1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:14:37.78 ID:hiywf+PT0


――僕には歳の離れた義姉がいた。


父親の再婚を切欠に家族になったその女性は、とても綺麗で、とても優しかった。
不思議と、甘い匂いがしたのをよく覚えている。
柔らかくて、温かい気持ちになれる匂いが、僕は好きだった。
肩まで伸びた天然の茶髪は全体的に柔らかく波打っていて、顔立ちは端正で整っていた。

初めて会ったその日の内に、僕は義姉の事が大好きになっていた。
僕はその時から、義姉の事をハルねぇと呼ぶようになった。
千春だからハルねぇ、というわけだ。
ハルねぇは僕の事をショボンちゃんと呼んだ。

自分で言うのもあれだが、僕達は血の繋がった姉弟よりも仲が良かった。
歳が離れていたからだろうけど、一人っ子だった僕にとって姉が出来た事は何よりも嬉しかった。

昔、公園にある高い木を見て、後先考えずに上った事がある。
下りる事が出来ない事に気が付いて、僕は泣いた。
僕は少し馬鹿だった。

でも、ハルねぇはそんな僕を助けに来てくれた。

从´ヮ`从ト 「あのねぇ……」

(´;ω;`) 「は、ハルねぇ……」

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:16:15.74 ID:hiywf+PT0
木から下りる時、僕はハルねぇの背中におぶさった。
スルスルと木から下りて、ハルねぇは僕に無謀な事をしないようにと言い聞かせた。
それ以来、僕はハルねぇに心配をかける様な事はしないようにした。

当時の僕はとても泣き虫で、とても弱虫だった。
大きな犬を見ると泣いてハルねぇに抱きついて。
ホラー映画を見ると泣き叫んでハルねぇに抱きついた。
するとそれを見たハルねぇは、決まってこう言うのだ。

从´ヮ`从ト 「こら、ショボンちゃん!! しゃきっとしなさい!!
       男の子は、女の子の前で簡単に泣いちゃ駄目なのよ」

いつもは優しいけど、僕を怒る時のハルねぇはとても怖かった。
振り返ってみると、あれは愛情の裏返しだったんだろう。
僕が泣き止むと、ハルねぇは穏やかな笑みを浮かべて、僕の頭を撫でてくれた。

心細くなった時や、悲しくなった時。
ハルねぇは、必ず僕の手を握ってくれた。
柔らかく、温かく、包むように僕の手を握ってくれる、綺麗な手。

人生の中で大切な事は、みんなハルねぇが教えてくれた。
勉強、遊び、そして人を想う優しい心と強い心。
今の僕を作ったのは、ハルねぇだと言っても過言ではなかった。
ハルねぇのいない人生など、想像できなかった。


4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:18:32.68 ID:hiywf+PT0
両親は僕等を養う為に夜遅くまで働いていたので、僕には忙しそうな二人の背中しか記憶にない。
だから。
3月12日に両親が出張先で災害に巻き込まれて亡くなったのを聞いた時、涙が流せなかった事を、僕はよく覚えている。

どうしたらいいのか分からなかったんだと思う。
そんな僕の横で、ハルねぇは口を固く結んで、ずっと手を握っていてくれた。
おかげで僕は、思考の追い付かない寂しさと悲しさに押し潰される事は無かった。

幸い、一軒家を両親が残し、高校卒業間近だったハルねぇが就職したおかげで、僕が施設に行く事は無かった。
残った少しの遺産とハルねぇの給料で、僕達は細々と生活する事が出来た。

それから、どんな時でも、ハルねぇは僕の授業参観や運動会に欠かさず出てくれた。
遠足の時にはいつもよりも豪華なお弁当を作ってくれた。
仕事で忙しい事を知っていた僕は、それが申し訳なく感じると同時に、嬉しかった。

学校で作った色々な物は、全部ハルねぇにあげた。
子供の僕に思い浮かぶ恩返しと言えば、そんなことぐらいだった。
母の日に手紙を書いた事がある。
勿論、ハルねぇ宛てに。
内容はよく覚えていないけれども、手渡した時にハルねぇが笑ってくれたのは覚えている。

僕はまだ小学生だったから出来る事は少なかったけど、でも、ちょっとした事なら手伝えた。
洗濯と掃除は、小学校六年生の時には完璧に身に付けていた。

ハルねぇが帰ってくるまで、僕は友達と一緒に遊ぶ事で時間を潰していた。
泥まみれ、汗まみれになって帰る。
服を脱いで洗濯機に放り入れ、お風呂に入ってから、ハルねぇの帰りを待つ。

決して裕福ではなく、決して特別な生活でもない。
でも、そんな毎日が僕は好きだった。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:21:22.44 ID:hiywf+PT0

从´ヮ`从ト 「ただいま」

(*´・ω・`) 「おかえり、ハルねぇ!!」

仕事帰りのハルねぇは、疲れた様な顔を見せた事がない。
と云うより、そんな仕草さえ、僕は見たことがなかった。
ただ、ハルねぇは僕を見ると嬉しそうに笑って、抱きしめてくれた。

両親がいなくなってから、ハルねぇは僕をよく抱きしめる様になった。
僕はそれが好きだった。
ハルねぇの胸の中は冬の陽だまりの様に温かく、優しく、そして良い香りがしたからだ。

ぎゅっと僕を抱きしめた後、ハルねぇはお風呂に入ってから、もう一度僕を抱きしめるのが習わしとなっていた。
曰く、ショボンちゃん成分と云う謎の物質を補給しているらしかった。
それからハルねぇは夕食を作って、僕はそれを手伝った。
一緒に食べた後、僕等は一緒にテレビを見た。

よく分からないけれど、僕はハルねぇの膝の上が好きだった。
ハルねぇが寝転がっている時も、正座をしている時も、僕はハルねぇの膝を枕にした。
そして、まどろんだ僕はハルねぇに抱えられて、一緒の布団で寝た。

二人で寝ている間、僕はハルねぇの抱きまくら代わりだった。
冬は最高に温かかったが、夏は流石に暑かった。
でも、嫌だと思った事は一度もない。

中学生になってもそれは変わらなかった。
変わった事と言えば、一つぐらいだろう。
僕とハルねぇの距離が以前にも増して、より親密な物になった事ぐらいだ。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:25:12.04 ID:hiywf+PT0

家族、姉弟としての距離とは、少し違う。
互いの存在がかけがえのない、半身の様に思えるような距離。
この距離がいつまでも続けばいいのにと、僕は思っていた。
僕は常にハルねぇに心を寄せていたので、高校に入学してからも、恋人はいないままだった。

高校生になったのを機に、僕はアルバイトを始めた。
スーパーマーケットの品出しだ。
初めてもらった給料で、僕はハルねぇに毛糸の帽子と手袋、それとマフラーをプレゼントした。
ハルねぇはとても喜んでくれた。

高校三年生になった時、僕はハルねぇの偉大さの片鱗を感じた。
学友達とは大きく異なる道を選ぶ事の難しさ。
それでも尚、ハルねぇは僕を育ててくれた。
そうでなければ、僕は今頃孤児院に預けられていた。

感動と同時に、圧倒的な感謝の念が僕の胸を締め付けた。
いつかこの恩を返したい。
その一心で、僕は死に物狂いで勉強をした。
その甲斐あって僕は、入学料、授業料が免除される特待生で大学に進学する事が出来た。

合格発表の夜、ハルねぇはささやかなお祝いをしてくれた。
僕の好きなジャガイモのグラタンと、仕事帰りに買ったイチゴのショートケーキ。
ハルねぇの前で泣いたのは、久しぶりの事だった。

その夜、ハルねぇは珍しく酔っ払っていた。
ハルねぇがお酒を飲む所を見た事があまりない僕にとって、それは新鮮な光景だった。
いつもは凛としたハルねぇの表情が、ふにゃりと、溶け落ちそうな笑顔を浮かべていた。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:29:08.36 ID:hiywf+PT0
頬はほんのりと朱に染まり、瞳は潤んで視線は僕の眼を見据えていた。
上機嫌であると、一目で分かった。
同時に、気分が高揚しているのも、よく分かった。

僕は初めてと云うか、久しぶりと云うか、ようやくと云うか。
ハルねぇが色っぽく、魅力的であると思ってしまった。
家族に対してその様な感情を抱く事が過ちである事は分かっていたが、心はどうしようもなかった。

気まずくなって視線を逸らしたのは、ハルねぇがショートケーキの上に乗っていたイチゴを食べた時だ。
机越しに体を乗り出したと思った時には、僕の唇にハルねぇの柔らかい唇が重ねられていた。
甘酸っぱいイチゴの味が、僕にとって初めてのキスの味だった。

僕は驚きのあまり体が硬直して、何も考えられなかった。
80年は続く僕の人生の中で、この日程驚いた事は無いだろう。

その日、僕は自分の気持ちに気付いてしまった。
憧れ、感謝、畏敬、尊敬。
僕の中にあった様々な感情の背景にあったのは、異性としてハルねぇの事を好いている、自分の気持ちだった。

自分の気持ちに気付いたその日から、僕は二人の距離を気にするようになった。
どうやらそれは、僕だけではない様だった。

なんだろう。
ハルねぇはまるで、度の過ぎた悪戯をして、相手の出方を窺う子供の様だった。

と云う事は、僕は悪戯でファーストキスを奪われたのだろうかと、少し不安に思った。
家族同士でキスをするのは、あまり聞く話ではない。
子供同士ならまだ有り得る話だけど、社会人と学生の年齢に達した姉弟でと云うのは流石に聞いたことがない。
新聞にある人生案内に載っていたのを見たぐらいだ。
それか、漫画かゲームぐらいである。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:32:52.59 ID:hiywf+PT0

ともあれ、僕達の関係が悪化する事はなかった。

入学してから、僕は大学で様々な勉強に打ち込んだ。
家から比較的近い大学を選んだのは、ハルねぇから離れたくないと無意識の内に思っていたからかも知れない。
ハルねぇより遅くなる事のない様に授業を組んで、サークルには所属しなかった。
高校時代からの友人と呼べる人間もいたが、僕は遊ぶ事よりも家庭を優先していた。
友人は僕の家庭の事情を知っていたので、仲違いする事は無かった。
事情を知らぬ人からしてみれば、僕は大分自分勝手な人間に映っただろう。

……まぁ、行動の中心に絶えずハルねぇの存在があったから、自分勝手と云うのは間違いではない。

学校の授業が午前中で終わる日や授業が無い日は、アルバイトをしてお金を稼いだ。
高校から続けていたおかげで、アルバイトの時給は大分上がっていた。
昼食はハルねぇがお弁当を作ってくれたので、お金がかかる事は無かった。
稼いだお金で学業に必要な物を買い、残ったのはハルねぇに渡した。
結局、ハルねぇは受け取る代わりに、僕の銀行口座に全額振り込んでいた。

从´ヮ`从ト 「いつか、自分が使いたい時に使いなさい」

僕は信じていた。
この優しい日々が何時までも続いて行くんだと。
多くを望みさえしなければ、この関係は曖昧なまま、崩れる事は無いと、信じていた。

だけど。
それは、大きな間違いだった。

二人で過ごしたクリスマスも終わった大学二年生の冬、それは唐突に。
何の予兆も無く、僕達に訪れた。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:37:46.73 ID:hiywf+PT0
――ハルねぇが、仕事中に吐血して病院に運ばれたのだ。

携帯電話を持つ手から血の気が失せ、全身が氷漬けになったかのように冷たくなった。
目の前が真っ暗、と云う言葉は知っている。
冗談か比喩の類だと思っていた。
だけど、そうじゃなかった。
現実を否定する為に目の前の視覚情報を遮断するのだと、後になって思った。

僕は電話を受けてから直ぐに、そのまま病院へと向かった。

ハルねぇが手術室から出て来た時には、日付は変わっていた。
唯一の家族である僕は、執刀医に容体を聞く事にした。
きっと、過労だろうと僕は思っていた。

これから暫くの間は僕が家事をやる事になる。
ハルねぇが休めるのなら、それもいい。
自宅療養になれば尚いい。
どんな料理をしようか。
二人で料理をしながら、ハルねぇにはゆっくりとしてもらいたい。

――なんて、そんな甘い考えは直後に否定された。

('A`) 「……非常に言いにくいのですが、お姉さんは末期の膵臓癌です」

医者の言葉に、僕は思わず聞き返していた。

(´・ω・`) 「すみませんが?」

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:42:45.59 ID:hiywf+PT0

('A`) 「膵臓癌は発見が困難な上に、治療が困難なのです。
    腫瘍もだいぶ肥大化しており、検査の結果、他の臓器にも転移している事が分かりました。
    申し訳ありませんが、ここまで進行していると手の施しようがありません」

何か言おうとした僕に先んじて、医者が指を二本立てて告げる。

('A`) 「二つ、道があります。
    一つは抗癌剤投与による延命措置。
    そしてもう一つは、延命措置を続けながら、新薬が現れるのを待つ事です」

これがこの人の仕事である事は分かっている。
こうして事実を歪曲せずに告げる事が、この人の仕事なのだ。
一体どれだけ宣告をしてきたのか、その顔に刻まれた皺の数が、如実に物語っている様な気がした。

僕は漠然と情報を耳に入れ、愕然とそれを理解した。
当然、僕に答えが出せる筈がない。
この医者も、それを知っているだろう。
あくまでも、家族に覚悟をさせる為の言葉なのだ。

答えを出す代わりに、僕は質問をした。

(´・ω・`) 「延命治療をしなかった場合、どれぐらい長生きできるんですか?」

('A`) 「よく持って半年。最悪、二ヶ月も持たないかもしれません。
    初期症状があった筈なのですが、お姉さんは何か言っていませんでしたか?」

……僕は、何も知らなかった。
ハルねぇは、僕の前では弱みを見せた事が無い。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:47:13.90 ID:hiywf+PT0

医者は小さな溜息をもらして、こう言った。

('A`) 「癌治療の最も有効な手段は、早期発見にあります。
    もう少し発見が早ければ……と言っても、仕方ないのですが」

医者「新薬が出ない、とは言い切れません。
間違っても、心霊療法や健康食品による治療に頼らないように。
あんな事で人が助かるのであれば、医者は必要ありませんから」

(´・ω・`) 「……僕が決める事では、ありませんので」

翌朝、僕は学校を休んでハルねぇの病室に向かった。
医者にハルねぇの余命宣告を受けたその日に、僕はアルバイトを辞めた。
アルバイト先の店長に理由を告げると、残ったシフトの事は気にしなくていいと言われた。
ありがたい提案だった。
これで、一分一秒でも長く、ハルねぇと一緒にいられる。

ハルねぇが起きたのは、正午少し前の事である。
静かに寝息を立てていたハルねぇが目を開けると、僕は思わず涙を流してハルねぇに抱きついていた。

从´ヮ`从ト 「あら、どうしたの?」

(´;ω;`) 「……っっ!!」

僕は、声を殺して泣いた。
震える僕の頭を、ハルねぇが撫でる。
呆れたように息を吐いて、優しい口調で尋ねた。

从´ヮ`从ト 「何か、悲しい事でもあったの?」
14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:52:40.23 ID:hiywf+PT0

ようやっと泣き止んだ僕は、分かる範囲でハルねぇの病状を伝えた。
ハルねぇは驚く事も泣く事も、怒ることも無く。

从´ヮ`从ト 「……そう」

とだけ、言った。
それからハルねぇの主治医がやって来て、正確な病状を伝え、例の二つの選択肢を提示した。

从´ヮ`从ト 「……自分の好きなように生きたいと思います」

('A`) 「……そうですか。
    決して自暴自棄にならずに、余生を過ごして下さい。
    多幸感や笑いが癌細胞を消したと云う実例があります。
    何かあれば、こちらに連絡を」

名刺を近くの机の上に残し、主治医は病室を去った。

从´ヮ`从ト 「ねぇ、ショボンちゃん」

ハルねぇが僕の名前を呼んだのは、5分程の沈黙を挟んでの事。

(´うω;`) 「うん?」

泣き腫らした眼を擦って、そんな返事をした。

从´ヮ`从ト 「私、旅行に行きたいな。
       それでね、綺麗な風景を一杯見たいの」

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:05:12.63 ID:hiywf+PT0


僕は驚いた。
ハルねぇが初めて僕に頼みごとをしたのだ。
初めて頼られた事に、僕は嬉しく思うと同時に、こんな時にしか頼りにされない事に悲しみも覚えた。


同時に僕は理解した。
これは、ハルねぇの我儘だと。
残された時間を有意義に使いたいと云う、ハルねぇの我儘。


从´ヮ`从ト 「ショボンちゃん、一緒に来てくれる?」


拒む理由など、何処にもなかった。


(´・ω・`) 「うん、ハルねぇ」


――これが、今から一週間前の事である。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:08:41.17 ID:hiywf+PT0
それから。
手付かずだった貯金を使って、僕達は飛行機で遠く離れた雪国に向かった。
空港に到着した途端、僕達は揃って感動の声を上げた。

(´・ω・`) 从*´ヮ`*从ト 『うわぁ……』

今までに僕が経験した雪の降り方とは全く異なる。
世界に白い化粧を施す純白の雪は、灰色の空から花弁の様に舞い落ちる。
風に合わせて絶えずその向きを変え、雪は世界を白くした。

空は灰色、淡い灰色だ。
銀世界とはよく聞くが、その景色を見た瞬間、それは間違っていると思った。
モノクローム、と云う表現の方がしっくりくる。

タラップを降りて空港のロビーに向かい、バックパックとキャリーケースを受け取った。
それから、僕達は一先ず昼食を取ることにして、空港を出た。

氷の様に冷たい風が、僕達を歓迎してくれた。

从´ヮ`从ト 「やっぱり、ここに来たからにはカニを食べたいわね」

僕がプレゼントした毛糸の防寒具一式は、ハルねぇを寒さから守っているようだ。
対して、僕は寒かった。
結構な防寒対策をしたつもりだったのだが、考えが甘かった。

ダウンジャケットの襟を掻き寄せ、僕は辺りを見回した。

やはり、この土地は冬に栄えるようだ。
外国人のツアー客だろうか、外国人の団体がバスに乗り込むのが見えた。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:11:10.54 ID:hiywf+PT0
ハハ ロ -ロ)ハ

/ ,' 3

僕達は近くに停まっていたメルセデスのタクシーに乗って、漁港に向かう事にした。
内装的にも車種的にも、どうやら、個人経営のタクシーの様だ。
会社でやっているタクシーよりも、こう云う方がなんとなく僕は好きだった。

漁港にある食堂は、一般人でも利用する事が出来る為、密かな観光名所となっている。
この地に来たからには、そこに行きたいとハルねぇが言っていた。

運転手さんに行き先を告げると、心得ているとばかりに短く返事をして、タクシーを発進させた。

窓の外の風景は相変わらず色彩の豊かさに欠けていて、どこか物悲しく見える。
灰色の街。
灰色の空。
灰色は、燃え尽きる直前の色。

信号機の色はまるで星の光。
僕の眼には、それら全てが悲哀に満ちた世界に映った。

从´ヮ`从ト 「あら、どうしたの?」

我知らず物悲しげな表情を浮かべていたのだろうか、ハルねぇに心配されてしまった。
僕は無理矢理顔に笑顔を浮かべ、何でも無い風を装った。

(´・ω・`) 「こんなに雪が積もってるの、初めて見たからさ」

从´ヮ`从ト 「そうだね。私達の住んでたところじゃ、雪が降っても積もらなかったからねぇ」


23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:14:06.15 ID:hiywf+PT0

僕がまだ小さい頃、何度か雪が降った事がある。
山に囲まれた地域だからだろうか、雪が積もる事は殆どなかった。
十年以上も住んでいるが、積もったのは二度ぐらい。
そして、雪だるまが作れたのはその内の一回だけだ。
雪国の人にとっては邪魔になるらしいが、僕は未だかつて雪が邪魔だと思った事は無い。

非常にゆっくりとした速度で進むタクシーの車内は暖房が入っていて、窓ガラスは直ぐに曇った。
曇ったガラスに指を走らせ、ハルねぇは垂れ眉の顔文字を書いた。

『(´・ω・`)』

从´ヮ`从ト 「今のショボンちゃん、こんな顔してたよ。
       ショボーン、って」

(´・ω・`) 「そ、そう?」

从´ヮ`从ト 「ショボンちゃんはこっちの方が似合ってるわよ」

そう言って、ハルねぇは眉尻の吊り上がった顔文字を書いた。

『(`・ω・´)』

从´ヮ`从ト 「シャキーン」

無邪気な笑顔を浮かべるハルねぇを、僕は久しぶりに見た気がする。
色々な枷から解き放たれた鳥が自由を謳歌する様で。
それこそが、僕の守りたかった物で。
泣きたいぐらいに、僕は悔しかった。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:19:16.46 ID:hiywf+PT0

そんな感じで、車内は何とも言えない空気に包まれた。
ラジオから流れてくるゆっくりとしたテンポの音楽だけが、車内に静寂が満ちるのを防いでいた。

こんな時、どんな風に接したらいいのだろう。
両親よりも長い間僕と一緒にいるハルねぇが、後数か月、もって半年と言われて、僕はどうしたらいいのか。
正直なところ、よく分かっていなかった。
それは、頭が真っ白になっているのではなく、やりたい事が溢れすぎている為だった。
言いたい事、言ってもらいたい事。
したい事、してもらいたい事。
それらは際限なく、こうしている間にも頭の中に次から次に浮かんでくるのだ。

程なくしてタクシーは漁港に着き、僕達は荷物を持って漁師食堂に向かった。

一見して、そこは倉庫だった。
所々の塗装は剥げ、錆びが浮かび、年季を漂わせている。
しかし、独特の活気がそれらをみすぼらしく見せず、歴史ある建物が持つそれと同等の雰囲気を作り上げていた。
如何にも漁師と云った風体の中年男性達がひっきりなしに動きまわる中、僕達は完全に場違いに思えた。

( `ハ´)「おう、どうした兄ちゃん」

立ち尽くしている僕等の横から、その人は声を掛けて来た。
浅黒い肌、ウィンドブレイカーの下から押し上げる、岩の様に発達した筋肉。
がっちりとした体躯と野太い声をしているが、人の良さそうな表情をしている。

(´・ω・`) 「あ、えっと、この辺に食堂ってありませんか?
      出来れば蟹が食べられるところが良いんですけど」

( `ハ´) 「だったら、そこの花丸食堂が一番だ。
     あそこの蟹の味噌汁を一度飲んだら、もう他のは飲めねぇよ」

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:24:46.40 ID:hiywf+PT0

髭面の人が指差した先には、薄汚れた看板が見える。

(´・ω・`) 「ありがとうございます」

从´ヮ`从ト 「御丁寧にありがとうございます」

僕達は殆ど同時にお礼を言った。

( `ハ´) 「なぁに、イイってことよ」

さっぱりとした性格とは、実に気持ちがいい物だ。
心に思った事をそのまま口にしているのだと分かるので、変に気遣う必要がない。
髭面の人は手を上げて、のしのしと、クマの様に何処かへと行ってしまった。

僕が二人分の荷物を持って、食堂に行く。

海の匂いに混じって、確かに、食欲をそそる香りが漂ってくる。
醤油、いや、味噌?

大分傷ついて汚れた引き戸の向こうには、大勢の漁師達がいた。
不思議だ。
食堂独特の雰囲気がこれほどまでに色濃く出ているとは思っていなかった。

自分達は場違いではないだろうかと危惧していると、三角巾を頭に巻いた中年女性が内側から扉を開けた。

('、`*川 「あら、どうしたんだい?
      食べてくんじゃないのかい?」

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:29:12.75 ID:hiywf+PT0

从´ヮ`从ト 「えぇ、ここの蟹のお味噌汁が絶品だと聞いて」

('、`*川 「そりゃあそうさ。
      そこらのケチくさい店とは違うからね。
      だから、ここにはこんなムさい人達が集まるのさ」

笑顔で冗談を飛ばすおばちゃんの顔を見て、僕は変な緊張を解いた。
もっとも、ハルねぇは最初から緊張していなかったみたいだけど。

扉の向こうから漂ってきた香りに、僕のお腹が音を鳴らした。

('、`*川 「それじゃ、外は寒いからさっさと中に入りな」

从´ヮ`从ト 「ほら、行きましょう」

(´・ω・`) 「あっ……」

本当に。
本当に久しぶりに、僕はハルねぇに手を引かれた。
子供の頃、僕をいろんなところに連れて切ってくれた、優しい掌。
その感触は、何年経っても変わっていなかった。

店内の片隅。
空いていた席に案内され、僕達はそこに荷物を置いた。
ラミネート加工されたメニューを渡されて、ハルねぇは蟹の味噌汁定食を頼んだ。
僕も同じ物を頼もうかと思ったけど、ハルねぇの眼を見て、それを止めた。
違う物を頼めば、違う味を楽しむ事が出来る。
サザエのつぼ焼き定食を頼んで、僕達は一息ついた。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:33:26.87 ID:hiywf+PT0
(´・ω・`) 「それにしても、予想以上に寒いね」

从´ヮ`从ト 「そうねぇ。でも、その分温かい食べ物が美味しく感じるわよ」

熱いお茶を啜りながら、ハルねぇは店内を見回した。
喧騒に満ちた店内で交わされる会話は断片的に僕の耳にも届いている。
家族の話、漁の話、世間話。

他愛のない話の中に。
何て云う事のない日常の中に。
掛け替えのない物がある事に気付いたから、この光景が変わって見えるのだろう。

置かれていたおしぼりで手を拭って、二口目のお茶を啜り終えた時である。

('、`*川 「はい、お待ち」

大きなお盆を両手に持って来たおばちゃんが、それを僕とハルねぇの前に置いた。

从´ヮ`从ト 「あら、すごくいい匂い」

確かに、これまで僕が経験した事のない匂いが、ハルねぇのお味噌汁から漂っていた。
その香りは磯の香りと蟹の香り、そして味噌の香りが混ざり合って作り出した、複雑な芳香だった。
ちなみに、僕のサザエのつぼ焼き定食からは強烈な、それこそ海を凝縮させた様な香りがする。

从´ヮ`从ト 「ショボンちゃん、ビールは飲まないの?」

(´・ω・`) 「流石に昼間からは飲まないよ」

从´ヮ`从ト 「私は飲みたいなぁ」

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:36:01.20 ID:hiywf+PT0
期待に満ちた目を向けられると断れない。

(´・ω・`) 「……分かったよ、僕も飲むよ」

从´ヮ`从ト 「そうそう。お姉ちゃんは素直なショボンちゃんが好きよ」

(´・ω・`) 「すみません、生ビールを二本お願いします」

('、`*川 「はいよ」

瓶ビールとグラスが運ばれ、僕はハルねぇのグラスにビールを注いだ。
少し、泡が多くなりすぎてしまった。

从´ヮ`从ト 「ショボンちゃんはあんまり慣れてないのね」

そう言って、ハルねぇが今度は僕のグラスにビールを注いだ。
絶妙な量のビールがグラスを満たし、グラスの淵ギリギリに泡の蓋を作った。

从´ヮ`从ト 「ビールはこうやって注ぐのよ。
       ……はい」

と、ハルねぇがグラスを掲げる。
僕もグラスを掲げ、軽くぶつけ合った。

从´ヮ`从ト 「乾杯」

(´・ω・`) 「乾杯」

小さな乾杯の音頭の後、ハルねぇは美味しそうにビールをのどに流し込んだ。
僕はビールの美味しさがよく分かっていないので、一口だけ飲んでグラスを置いた。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:43:37.99 ID:hiywf+PT0

ハルねぇは真っ先にお味噌汁に手を伸ばし、まずはその汁を一口啜った。
ぱぁっ、とハルねぇの顔が明るくなる。

从*´ヮ`*从ト 「うん、美味しい」

僕はつぼ焼きから身をほじくり出して一口で食べた。
塩味と苦味の奥にある甘みは、何とも言えない美味さがある。
思わずビールを飲みたくなる気持ちも分かる味だ。
置いたばかりのビールで口の中のサザエを飲み下し、思わず息を吐いた。

(´・ω・`) 「かぁっ〜!!」

从´ヮ`从ト 「もう、ショボンちゃんオヤジっぽいわよ」

とか言いながら、ハルねぇは汁に浸かった蟹の身を食べ、ビールを飲んだ。
一連の動作は上品な仕草で行われたが、最後の最後で。

从´ヮ`从ト 「ぷぁっ」

(´・ω・`) 「あ、ハルねぇだってしてるじゃないか」

从´ヮ`从ト 「私はいいのよ、大人だから」

(´・ω・`) 「えぇー」

ハルねぇの頼んだ蟹の味噌汁定食は結構な量がある。
ご飯に白身魚の刺身、お新香に海鮮サラダ、そして味噌汁だ。
一口ずつ、順番に食べ、ビールを飲む。
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:45:27.62 ID:hiywf+PT0

身を取ったサザエをハルねぇに差し出すと、代わりに蟹の味噌汁を渡してくれた。
こうして、僕達は料理を交換する事で、より多くの種類の海の幸を食べる事が出来た。
ただ、ハルねぇはあまり料理を食べる事が出来なかったみたいで、六割は僕が食べる事になった。

食後のまったりとした時間。
ハルねぇがほろりと酔っているのが分かった。

仲の良い、取り分け、心を許している人間とお酒を飲むと、こんな風に良い酔い方をする。
数少ない僕の親友が教えてくれたことだ。

溶けそうな笑みの下に垣間見えた悲しみの表情を、僕は見てしまった。
でも、それに気付いていないふりをしなければならない。
僕とハルねぇは他愛のない話をしてから、食堂を後にした。

从´ヮ`从ト 「おおぅ、やっぱり寒いね」

白い息を吐きながら、店の外に出たハルねぇは体を震わせた。
僕はもっと震えていた。

从´ヮ`从ト 「ショボンちゃん、次は何処に行こうか?」

(´・ω・`) 「時計台にでも行く?」

ハルねぇが眉を顰めた。

从´ヮ`从ト 「……あのがっかり観光名所に行くの? 嫌よ、時間の無駄」

酷言い草だ。
そりゃ確かに、がっかり観光名所としてネタにされているけどさ。
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:47:46.10 ID:hiywf+PT0

(´・ω・`) 「ひょっとしたら、がっかりしないかもしれないよ?」

从´ヮ`从ト 「それなら、私は喜望岬に行きたいな」

喜望岬とは、この地域で最も有名な観光名所だ。
断崖絶壁の上に作られた展望台は、ドラマや映画の撮影で使われる程の景観を誇る。
名前の由来は、嵐に巻き込まれた難破船がこの岬に浮かぶ明かりに救われたからだと言われている。
その明かりの正体は、忘我灯台であるとも、街の明かりとも言われているが、真偽は不明だ。

喜望岬を利用する観光客の約八割は恋人で、時には喜望岬で結婚式を挙げる者もいると云うから驚きだ。
ただ、この季節にあの場所で結婚式をする人は間違いなく少ないだろう。
なにせ、寒い。
タキシードでこの寒空の下で笑顔を浮かべるのは、実力派と呼ばれる俳優だって難しいに違いない。

(´・ω・`) 「その前に、ホテルに行って荷物を置きたいんだけど」

从´ヮ`从ト 「そう言えばそっか。
ごめんね、すっかり忘れてちゃってた」

(´・ω・`) 「そりゃそうだよ、荷物持ってないんだもん」

从´ヮ`从ト 「重みが違うってやつね」

港の入口で僕達を待っていたタクシーに乗り込んで、ホテルの場所を告げる。
運転手さんがタクシーを走らせる。
車内は暖房がよく効いていて、外とは天と地の差があった。
僕が鼻を啜ると、ハルねぇがポケットテッシュを差し出してくれた。

从´ヮ`从ト 「啜ったら駄目よ」
48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:51:27.09 ID:hiywf+PT0
(´・ω・`) 「あっ、ごめん」

素直に受け取って、僕は軽く鼻をかんだ。
丸めたテッシュを上着のポケットに入れようとしたら、運転手さんがルームミラーを見て言った。

(,,゚Д゚) 「真ん中にゴミ箱がありますから、そこに捨ててください」

確かに、運転席と助手席の間にプラスチックのごみ箱がある。

(´・ω・`) 「すみません」

一言断ってから、僕はテッシュを捨てた。

タクシーが信号で停まる。

(,,゚Д゚) 「お客さん達、恋人同士ですか?」

やおら、運転手さんが質問してきた。

从´ヮ`从ト 「そう見えます?」

答えたのは、ハルねぇだった。
運転手さんは首を横に振った。

(,,゚Д゚) 「いいえぇ。夫婦に見えましたよ」

从´ヮ`从ト 「あら、そうですか」

ハルねぇのまんざらでもなさそうな反応に、僕は困惑した。
どう云うつもりなんのか、勘ぐってしまう。
57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:54:14.57 ID:hiywf+PT0

(,,゚Д゚) 「自分で言うのもなんですがね、私は結構人を見る目があるんですよ。
     お二人共、相思相愛だって云うのがよく分かりますよ」

からかっているのか、それとも本気なのか。
運転手さんの言葉は、嘘に聞こえない。
本当であれば良いのにと、僕は密かに思った。

从´ヮ`从ト 「運転手さんも結婚してらっしゃるんですか?」

(,,゚Д゚) 「えぇ、もう50年連れ添った女房がいますよ」

(´・ω・`) 「50年って事は、運転手さんはおいくつなんですか?」

心の動揺を悟られないよう、僕はさり気無く会話に参加した。

(,,゚Д゚) 「今年で68になります。この仕事は、まぁ、定年後の暇潰しみたいなもんです」

信号が青になり、タクシーが動き出す。
逆算すると、つまり……

从´ヮ`从ト 「18歳の時に結婚されたんですか?」

(,,゚Д゚) 「そうですよ。家内は姉さん女房でしてね。小さい頃は本当の姉代わりだったんですよ。
     昔は両親が夜遅くまで仕事に出ていて、今の女房が晩飯を作ったりしてくれましてなぁ。
     まぁ、本物の姉と変わりないですよ」

その言葉は、僕の心を揺り動かすのには十分過ぎた。

(,,゚Д゚) 「それがいつの間にやら好きになって、気付けば結婚してたんですよ」
65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:57:34.21 ID:hiywf+PT0

懐かしい日に思いを馳せているのか、運転手さんの眼は遠くを見ている。
聞かなくてもいいのに。
僕の口は、自然と動いていた。

(´・ω・`) 「姉代わりの人を好きになる事に抵抗は無かったんですか?」

(,,゚Д゚) 「ははっ、最初は悩んだのかもしれませんがね」

自嘲気味に、運転手さんは嗤った。
長年考え続け、やがては常識へと昇華したかのように、運転手さんは自然にこう言った。

(,,゚Д゚) 「でもね、自分の気持ちに嘘を吐いて生きるって云うのは、苦しい事なんですよ。
     夢を諦めるって云うのは痛い物でね、長い間、心を空っぽにするんです」

溜息がエンジンの音にまぎれて薄れる。

(,,゚Д゚) 「心に風が吹く感覚は、後悔の証なんですよ、お客さん。
     15の時におふくろが死んで初めて、私はそれに気付きましてね。
     だから私は、正直に生きることにしたんです」

ルームミラーに映る運転手さんの顔は清々しくもあり、寂しげでもあった。

(´・ω・`) 「正直に生きる、ですか」

(,,゚Д゚) 「だからと言って、浮気はいけませんよ」

冗談めかしたその言葉に、僕は即答した。

(´・ω・`) 「まさか」
71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:02:14.76 ID:hiywf+PT0

(,,゚Д゚) 「私の知り合いに、結婚式当日に浮気がばれて喜望岬から海に飛び込んで逃げたのがいましてね。
     結局奥さんに掴まって、散々な目にあったそうです。
     髪の毛だけが自慢だったのに、すっかり禿げ上がってましたよ」

声のトーンを落として、運転手は付け加える。

(,,゚Д゚) 「長続きの秘訣は、互いを思いやる事ですよ」

从´ヮ`从ト 「その点は、しっかりと信頼していますから大丈夫です」

(,,゚Д゚) 「結婚生活はこれからが大変ですからね。
     ここで会ったのも何かの縁。
     次にまたここに来たら、その時は案内させていただきますよ」

从´ヮ`从ト 「ありがとうございます。
       運転手さんのお名前は?」

(,,゚Д゚)「ギコです。ギコ裕彦。
    お二人は何と?」

从´ヮ`从ト 「杉浦千春とショボンです」

互いに自己紹介を済ませた頃、目の前に目的地のホテルが見えて来た。
グランデ・ホテルの質はこの辺りでは最高の物で、サービスについては文句なしに最高水準を満たしている。
ホテルの前で降りた僕達はギコさんに待っていてもらう事にして、先にチェックインする事にした。

ビロードの赤い絨毯が敷かれたロビーに人はまばらだったが、従業員はきびきびと動いていた。
74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:10:48.67 ID:hiywf+PT0

(´・ω・`) 「予約をしている杉浦ショボンですけれど」

ξ゚听)ξ 「はい、杉浦様ですね。
       お待ちしておりました」

受付の人に名前を告げると、青いカードキーが渡された。
これ一枚で部屋の扉を開けるのは勿論の事、自動販売機や売店の利用まで出来るのだと云う。
便利な時代になった物だと、ハルねぇが呟いた。

ξ゚听)ξ 「ごゆっくりとお過ごしください」

部屋は35階建てのホテルの最上階にあり、街並みが一望できる所を予約していた。
値が張ったが、ハルねぇの想い出作りにお金の心配はしない事にしている。
大きなガラス窓の向こうに広がる景色を見て、ハルねぇは声に出して驚いてくれた。

从´ヮ`从ト 「すごぉい」

眼下に広がるのは、白いレースのカーテンが引かれたかのような、灰色の街。
車は蟻の様な大きさとなり、テールランプは光る点にしか見えない。

天井は吹き抜けになっており、部屋全体が解放感に満ち溢れている。
巨大なガラスは緩やかに弧を描き、天井の半分を占めていた。
ガラスに継ぎ目は見当たらず、精巧な匠の技か、それとも、高度な技術か。
どちらにしても言えるのは、空を仰ぎ見てもそこに障害物は無く、視界を遮らないと云う事だ。
夜になれば、街の明かりで賑わう眼下の夜景を楽しむ事も出来る。

ハルねぇが気に入ってくれればいいのだがと危惧していたが、それは杞憂に終わりそうだ。
79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:15:18.67 ID:hiywf+PT0

从´ヮ`从ト 「ショボンちゃん、ありがとう」

この笑顔が見られただけで、十分だったのだから。

从´ヮ`从ト 「さ、行きましょう」

荷物を置いて、僕達はホテルを出た。
ホテルの前で待っていてくれたギコさんのタクシーに乗って、喜望岬に向かった。

正午も過ぎ、温かい車内の温度も相まって、僕は穏やかな眠気に襲われた。

从´ヮ`从ト 「着いたら起こしてあげるから、寝ていいわよ」

ハルねぇはそう言ってくれたけど、一人眠るのは悪い気がした。

(´・ω・`) 「い、いいよ。大丈夫」

从´ヮ`从ト 「いいから。ね?」

ハルねぇの慈しむ様な表情を見たとたん、僕は息苦しさを覚えた。
胸が締め付けられるような感覚に陥る。
逆らえない。

僕の人生がどれだけ長く続こうが、どれだけ偉い立場になろうが。
僕はハルねぇのお願いを断れないのだ。
何か約束させられれば、僕は必ず。
何があろうとも、それを守り通すだろう。

惚れた弱みとは、かくも恐ろしい物である。
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:18:05.81 ID:hiywf+PT0

僅かに頷いて、僕は大人しく瞼を下ろした。
ガラスに頭を預けると、驚くほどあっさりと眠りに落ちた。

夢らしい夢は見る事は出来なかった。
でも。
温かくて、とても懐かしい何かを感じていた。

从´ヮ`从ト 「――ちゃん。ショボンちゃん、着いたわよ」

頭上から掛けられたハルねぇの優しい声で、僕は目を覚ました。

……頭上?

(´・ω・`) 「へ?」

起き上がって、僕は自分の置かれた状況を理解した。
ハルねぇの膝の上で寝てしまっていたのだ。
一体何時、僕はこんな事に……

从´ヮ`从ト 「おはよう」

にっこり笑顔を浮かべるハルねぇとは対照的に、僕は動揺していた。
この歳になって膝枕、しかも、他人のいる所で。
顔からヨガフレイムとは、正にこの事だ。

(,,゚Д-) 「……」

ルームミラー越しに、ギコさんがウィンクした。
その気遣いが、今は痛かった。

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