52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:06:33.88 ID:A7oJqjVY0
快適な一夜を過ごした私の朝は早かった。
朝、祖母が私を起こしに来てくれて、着替えを手伝ってくれた。
それから、祖父母のいる家に行って、朝食を食べた。
詳しくは覚えていないが、卵の入った味噌汁が出たのは覚えている。

私の好物の一つが、この卵入りの味噌汁だ。
ジャガイモと玉葱に混じって、半熟状態の卵が浮かんでいた。
それをそのまま食べてもよし、崩して食べてもよしと、大変美味い料理だった。
そうそう。

私が朝食を終えてから、祖父と一緒にブーンに朝食を持って行ったのだ。

(∪^ω^)「わふ」

朝からブーンは元気だった。
皿に乗せたドッグフードをブーンの前に置いたが、彼女は匂いを嗅ぎもしなかった。

( ФωФ)「ブーン、待て」

(∪^ω^)「……」

( ФωФ)「よし」

祖父の言葉で、ブーンはようやく朝食を食べ始めた。
ガツガツと食べ、カリカリと音を鳴らして食べるドッグフードは美味しそうに見えた。
一粒残さず食べたブーンに、私は感想を聞いた。

(´・ω・`)「美味しかった?」

(∪^ω^)「わふっ」
55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:11:03.98 ID:A7oJqjVY0
美味しいらしい。
そこで私は、祖父に頼んで一粒だけドッグフードを貰った。
それを食べてみると、美味しくなかった。

( ФωФ)「はははっ、ボン君、そりゃあ犬用じゃけん。
       人間が食っても美味ないわい。
       ボン君、また散歩に行くか?」

(´・ω・`)「うん!」

( ФωФ)「お昼ぐらいに戻ってきたらえぇわい」

リードを受け取ると、昨日とは違ってブーンは私を引き摺る勢いで走りだした。
負けじと私も走りだす。
そんな一人と一匹の様子を、祖父母は温かく見守っていた。
私はそれどころではなく、このままリードを手放してはいけないと云う使命感で、全力で走っていた。

あまり私は足が早くなかったが、その時ばかりはそうも言っていられなかった。

(;´・ω・`)「まって、待って!」

(∪^ω^)「わう!」

散歩の道は昨日と同じだったが、速さが違いすぎた。
流石に私が哀れになったのか、ブーンは途中で走るのを止めてくれた。
立ち止ってひーこら言う私を尻目に、ブーンはマーキングをしていた。

(∪^ω^)「わふ」

(;´・ω・`)「も、もう?」

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:13:42.22 ID:A7oJqjVY0
(∪^ω^)「……ふ」

(;´・ω・`)「もうちょっと、もうちょっとだけ休もうよ」

(∪^ω^)「……」

私の言葉を無視して、ブーンは歩き始めてしまった。

(;´・ω・`)「ちょー!」

向かう先が分かってくると、私は大人しくブーンの速度に合わせる事にした。
楽しみにしていたのだ。
銀さんと会える事を。

(´・ω・`)「あれ?」

昨日と同じ河原に到着したが、銀さんはいなかった。
私がリードを離すと、ブーンは川の水を飲み始めた。
まだ喉が渇いていなかった私は、その時は飲まなかった。
川の石を持ち上げたり、投げたりして遊び始める。

少々太めの木の枝をブーンが咥えて来たので、私はそれを投げた。
物凄い勢いで走りだしたブーンは、それを取って、また私の元に戻ってきた。

(´・ω・`)「そりゃあ!」

もっと勢いを付けて投げると、もっと速いスピードでブーンは走った。
戻ってきたブーンを、私はぐしぐしと撫でた。
ブーンは笑顔だった。


57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:15:08.80 ID:A7oJqjVY0
(∪^ω^)「……わふ」

(´・ω・`)「まだ遊ぶ?」

(∪^ω^)「わふっ」

(´・ω・`)「それじゃあ今度は……」

遠投すると見せかけて。
私は、川に投げ入れた。
ところが、ブーンはそんなフェイントには引っ掛からず、ザブザブと川に入って行った。
気持ちよさそうに泳ぎながら枝を咥えて、川から上がって、体を振って水を撒き散らした。

それは私に対するささやかな仕返しだと、当時の私は受け止めた。

(∪^ω^)「わふ」

尻尾をフリフリ。
誇らしげだった。

(´・ω・`)「むむ……」

ブーンは木の枝をそこらに置くと、濡れた鼻で私の尻を押した。

(´・ω・`)「ぼ、僕も?」

(∪^ω^)「わふっ」

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:17:26.56 ID:A7oJqjVY0
その通り、とブーンが言った。
また、昨日の様に濡れるが、楽しそうなのでそうすることにした。
昨日と同じく水は冷たかった。
習ったばかりの犬かきを使って、私はブーンと泳ぐのを楽しんだ。

ふと、ブーンが水中に潜った。
恥ずかしながらこの当時、私は深く潜る事が苦手だった。
しかし、ブーンは気持ちよさそうに泳ぎ、浮上して来たのを見て、気持ちが変わった。

(´>ω<`)「……っ!」

目を瞑って鼻をつまみ、私は潜ろうとした。
だが、上手く行かなかった。
もう一度、ブーンが潜る。
目は空いているし、鼻もつまんでいない。

意を決し、私は潜った。
鼻に水が入って、思い切り咳き込んだ。

(;´・ω・`)「ご、ごほっ!!」

イ从゚ ー゚ノi、「あーあ、見てられないのぅ」

その声に、私は川岸を見た。
黄色いワンピースと、大きな麦わら帽子。
銀さんだった。

イ从゚ ー゚ノi、「おはよう、ショボン君」

(´・ω・`)「銀お姉ちゃん!」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:21:45.97 ID:A7oJqjVY0
イ从゚ ー゚ノi、「気持ちよさそうじゃのう」

(´・ω・`)「うん!」

イ从゚ ー゚ノi、「じゃは、泳ぐのが苦手なのか?」

(´・ω・`)「ううん。 潜るのが苦手なの」

イ从゚ ー゚ノi、「なるほどの。 それじゃあ今日は、儂と一緒に特訓しようか?」

(´・ω・`)「本当?!」

イ从゚ ー゚ノi、「うむ。 それじゃあ、一旦川から上がろう」

ばしゃばしゃと泳いで川岸に上がった私は、日当たりのいい場所に移った。
ブーンは離れた場所で水を振り払ってから、私達の元に来た。
銀さんは、私達を少し上流に連れて行ってくれた。
水の流れが弱く、大きな岩が一つだけあった。

イ从゚ ー゚ノi、「ショボン君、あそこ。
       あの石の下、見えるか?」

岩の影に見えたのは、数匹の魚だった。

(´・ω・`)「魚だ!」

イ从゚ ー゚ノi、「あれを捕まえてみよう」

(´・ω・`)「え?」
64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:25:42.86 ID:A7oJqjVY0
それから教えられたのは、水中での呼吸の方法だった。
吸わずに、吐き出し続ける。
その練習をする為に、銀さんは私と一緒に川に入り、横で練習を見ていてくれた。
何度も私は水を飲んでは咽たが、笑いながら背中を擦ってくれた。

遂に、水中で三十秒間も息を止められるようになった。

イ从゚ ー゚ノi、「次は目を開ける練習じゃ」

(;´・ω・`)「えぇっ?!」

これが一番大変だった。
水中で目を開けると、その、あれだ。
乾くと云うか、違和感と云うか、私はあれが大の苦手だった。
それでも、私は銀さんの厳しくも優しい指導によって、目を開ける事が出来た。

その頃にはもう日が高くなっていた。

イ从゚ ー゚ノi、「ショボン君、続きはお昼ごはんを食べてからやろう」

(´・ω・`)「うん!」

一旦そこで解散し、私は家に戻って着替えてから昼食を食べた。
昼食はカレーライスだった。

川 ゚ -゚)「ボン君は今日もまた川に行っとったんか?」

(´・ω・`)「うん! 銀お姉ちゃんが泳ぎ方を教えてくれたんだ!
      後で魚を取るの!」


65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:28:41.55 ID:A7oJqjVY0
( ФωФ)「ほぉ、そりゃ偉いね。
       気ぃ付けや」

祖父母は結構な放任主義で、それが遊び盛りの私には嬉しかった。
実家に居る時は危ない事は一切するなと言われていたが、ここに来てからはその事を完全に忘れていた。
開放的な気分になっていたのだから、仕方ないだろう。
今でも祖父母の方針が間違っていたとは、私は思わない。

昼食を終えて、私は直ぐにブーンを連れて河原に向かった。
ただ、ブーンは私を気遣ってゆっくりと歩いてくれた。
はやる気持ちを抑えきれなかった私が走ろうとしても、ブーンがそれを許さなかった。
河原に着くと、私より先に到着していた銀さんが川に足を浸けて涼んでいた。

イ从゚ ー゚ノi、「こんにちわ、ショボン君」

(´・ω・`)「こんにちわ!」

(∪^ω^)「わう」

イ从゚ ー゚ノi、「うむ、ブーンも良き挨拶じゃ。
       ショボン君、ご飯はちゃんと食べたか?」

(´・ω・`)「うん! ねぇ、速く魚を取ろうよ!」

イ从゚ ー゚ノi、「うーむ、ショボン君。
       もう少し休んでからでないとと、上手く泳げないんじゃ」

(´・ω・`)「えー? どうして?」

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:31:23.47 ID:A7oJqjVY0
イ从゚ ー゚ノi、「食べてから直ぐに走るとお腹が痛くなるじゃろう?
       そんな感じじゃ」

(´・ω・`)「分かった」

イ从゚ ー゚ノi、「だから、それまでの間はお話しよう」

(´・ω・`)「また何か面白いお話聞かせてよ!」

イ从゚ ー゚ノi、「んふふ。
       どんなお話がいい?」

銀さんが聞かせてくれたのは、この地域に伝わる話だった。
その話は、強く印象に残っている。

イ从゚ ー゚ノi、「昔、この山には狐さんの妖怪がいてのぅ。
       その狐さんは人間の子供が大好きで、いつも皆が遊んでいる姿を羨ましそうに見ていたんじゃ。
       狐さんは少しの間だけ、人間に姿を変えることが出来たんじゃ。
       少しずつ練習して、人の言葉も話すようにもなった。

       じゃが、短すぎて遊べるほどの時間は人の姿になれなくての。
       毎日毎日、狐さんは変身の練習をしたんじゃ。
       近所で遊ぶ子供の数が減って、次第に楽しそうな声が聞こえなくなって……
       ……子供がいなくなってからも、狐さんは練習を続けたんじゃ。

       やっと長い時間、人の姿でいられるようになったが、遊ぶ友達はもうおらなくなってしまった」

(´・ω・`)「……それから狐さんは、どうなったの?」

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:33:34.33 ID:A7oJqjVY0
イ从゚ ー゚ノi、「このお話は一旦これでおしまい。
       続きは、そうじゃのぅ…… またいつか、教えてやろう。
       さて、そろそろ魚を取ろうか」

(´・ω・`)「僕、ちゃんと取れるかな?」

イ从゚ ー゚ノi、「ショボン君なら大丈夫。
       コツはな、川と一体になる事じゃ」

良く分からなかったが、私は兎に角魚取りを始めた。
ブーンと銀さんは川岸から私を見ているだけで、特に指示はされなかった。
私は早速潜って、魚と同じ視線に並んだ。
手をそっと伸ばしたが、魚は直ぐに逃げでしまった。

一旦浮上して空気を吸って、もう一度潜る。
川の流れる音だけが聞こえる。
ぼんやりと見える視界の先では、魚が優雅に泳いでいた。
素早く手を伸ばしたが、やはり逃げられてしまう。

(;´・ω・`)「駄目だよ、お姉ちゃん……
      捕まえられないよ……」

イ从゚ ー゚ノi、「もっと静かにやらなねば、魚だって驚く」

(´・ω・`)「静かに?」

イ从゚ ー゚ノi、「そう。 そーっと、そーっと。
       長い間息を止めなきゃ出来ないけど、根気強く頑張るんじゃ」

(´・ω・`)「分かった!」
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:36:28.78 ID:A7oJqjVY0
そうして私は、徐々に潜水時間を増やしていった。
三十秒が三十五秒になり、最終的には四十秒以上息を止める事が出来た。
だが、どうやっても魚を捕まえる事は出来なかった。
諦めたくなかった。

意地になって何度も挑戦し、やっと、魚に指が触れる事が出来た。
喜びのあまり、水面に浮かんだ私は叫んだ。

(´・ω・`)「やった! 今触った、触れたよ!!」

イ从゚ ー゚ノi、「ほんにか? 良かったのぅ。
       それじゃあ、いったん休憩しようか」

(´・ω・`)「うん!」

川から上がると、木陰で寝ていたブーンが起きて私の元にやって来た。
私はびしょびしょになったシャツを脱いで、絞った。
びしゃびしゃと水が滴り落ちる。
そのシャツを日向に干して、銀さんの横に座った。

ブーンも私の横に座る。

イ从゚ ー゚ノi、「ほれ、ジュース」

そう言って手渡されたのは、ラムネだった。
今まで私はラムネを飲んだ事が無かった。
綺麗な瓶を受け取っても、私は飲み方が分からなかった。

イ从゚ ー゚ノi、「おや、ラムネは飲んだ事が無いのか?」
75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:40:04.10 ID:A7oJqjVY0
(´・ω・`)「ラムネっていうの、これ?」

イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃ。 これはな、これをこうして……」

ポン。
初めて聞いたあの音は、印象的だった。

(´・ω・`)「えっと……こう……?」

ポン。
私の手元からも、そんな音が鳴った。
そこで、私は気付いた。
ビー玉が入っているのだ。

(´・ω・`)「銀お姉ちゃん、どうしてビー玉が入ってるの?」

イ从゚ ー゚ノi、「確か、栓の意味があったと思うが、人間とは無意味なものが好きらしいから分からぬ」

クビリと飲んで、私はその甘くて刺激的な味に感動を覚えた。
ビー玉の事を、それだけで私は忘れた。

(´・ω・`)「美味しい!」

イ从゚ ー゚ノi、「良かった。 木の実のクッキーがあるんじゃが、食べるか?」

(´・ω・`)「うん!」

クッキーとラムネのおやつは、とても美味しかった。
最後に瓶に残ったビー玉を吸って取ろうとしたが、どう頑張っても取れなかった。


76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:42:18.04 ID:A7oJqjVY0
イ从゚ ー゚ノi、「ショボン君、ちょっとそれ貸してくれるか?」

苦戦している私から瓶を受け取り、それを咥えた。
如何なる方法かは分からなかったが、銀さんは事もなげに取っていた。
私が小学四年生になるまで、その技を身に付ける事は出来なかった。

イ从゚ ー゚ノi、「んふふ」

無邪気に笑って、口にビー玉を咥える銀さんであった。
さて、結論から言えば私は魚を取る事が出来なかった。
何度挑戦しても、私には触る事が限界だった。
涼しくなってくる前に、銀さんの指示で私は川から上がり、服を乾かした。

その間、銀さんと私は、自分の事について話し合った。
……話し合ったと云うのは、少し語弊があるか。
一方的に私が話して、銀さんがそれに相槌を打ったり質問したりしただけだ。
話が学校の事に及ぶと、銀さんは一層興味を示した。

イ从゚ ー゚ノi、「友達は多いのか?」

(´・ω・`)「……ううん」

イ从゚ ー゚ノi、「おや、何故じゃ?」

(´・ω・`)「話すの……苦手だから」

イ从゚ ー゚ノi、「儂とはよく話すのに?」

(´・ω・`)「銀お姉ちゃんは……優しいから」


77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:47:17.58 ID:A7oJqjVY0
イ从゚ ー゚ノi、「くふふ。
       話してみないと、その人が優しいかどうかって分からないじゃろう?」

(´・ω・`)「うん」

イ从゚ ー゚ノi、「だったら、怖がらないで話しかけてみるのが一番。
       そうしたら、友達が増えるぞ」

(´・ω・`)「……そうかな?」

イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃ。
       話したり遊んだりしないで、その人の事が分かる程、人は皆器用じゃない。
       ……そうだ、それじゃあ、ショボン君にいいこと教えてあげよう」

(´・ω・`)「いいこと?」

イ从゚ ー゚ノi、「そう。 話しかけた人と仲良くなる魔法の言葉じゃ」

(´・ω・`)「魔法はないって、学校の先生が言ってたよ?」

イ从゚ ー゚ノi、「髪の毛あんまりない先生か?」

(´・ω・`)「うん。 カッパみたいな先生」

イ从゚ ー゚ノi、「ならば仕方がない。この魔法はな、カッパみたいな先生には使えなくて、子供にしか使えないんじゃ。
       実は儂がショボン君と話した時に、その魔法を使っておったんじゃ」

(´・ω・`)「本当?」

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:49:35.15 ID:A7oJqjVY0
イ从゚ ー゚ノi、「あぁ、本当じゃよ。
       心の中でこう思いながら話すんじゃ。
       友達になろう、って」

(´・ω・`)「今度、やってみる……よ」

イ从゚ ー゚ノi、「そうそう。 ショボン君はいい子じゃから、大丈夫。
       儂が保証してやろう」

不思議な事だが、私がこの魔法を使って失敗した事はない。
小学生から今に至るまで、ただの一度も、だ。
会社でさえ通用した時は驚いた。

(´・ω・`)「……あのね、銀お姉ちゃん」

私が唐突に話を切りだしたのは、シャツも乾き、蜩が鳴き始めた頃だった。

イ从゚ ー゚ノi、「ん?」

(´・ω・`)「僕、明日で帰らなきゃいけないんだ……」

イ从゚ ー゚ノi、「そうかぁ……
       残念、儂はもっとショボン君とお話したかったんじゃが」

(´・ω・`)「また、会えるかな?」

イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃのぅ、ショボン君が友達をたくさん作って、儂の事を覚えてくれていたら、会えるかもしれんの」

(´・ω・`)「うん……」

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:54:38.29 ID:A7oJqjVY0
折角出来た友達と別れる事を想像すると、私の小さな胸は痛んだ。

イ从゚ ー゚ノi、「じゃあ、一緒に帰ろうか?」

(´・ω・`)「……」

差し伸べられた手を、私は無言で握った。
昨日と同じように、指を絡めて、手を繋いだ。
ブーンが私にリードを渡してくれた。
二人と一匹が、歩き始める。

銀さんが口を開いたのは、祖父母の家が見えて来た辺りだった。

イ从゚ ー゚ノi、「ショボン君、儂とまた遊んでくれるか?」

(´・ω・`)「うん」

イ从゚ ー゚ノi、「楽しみにしておるぞ。
       儂は、ショボン君の事好きじゃから」

この時はまだ、銀さんが言った好きと云う言葉の意味を分かっていなかった。
私は銀さんと別れ、落ち込んだまま祖父母の元に向かった。
ブーンは一人で裏庭に戻って行った。

( ФωФ)「どがいしたん?」

祖父が心配そうに私の目を見る。

(´・ω・`)「……また」


83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 00:00:13.18 ID:iQSPLTtG0
( ФωФ)「ん?」

(´・ω・`)「また、来てもいい?」

(*ФωФ)「……っ! は、はっははは!!
       えぇよ、勿論えぇよ。
       今度来る時は、もっと長くいたらえぇ」

(´・ω・`)「うん!」

( ФωФ)「そん時は、山の上に連れてっちゃらい」

すっかり元気を取り戻した私の頭を、祖父が撫でてくれた。

( ФωФ)「ほんじゃ、夕めしにしよわぃ」

食卓に着いて、祖母が作ったカレーライスを私は三杯食べた。

――ここに来てからの経験で、私は確実に何かが変わっていた。
それが、子供の私にでも実感できた。
もっと誰かと接したいと思うようになっていたのだ。
祖父母が、ブーンが、そして銀さんが私にそれを教えてくれた。

両親のいない食卓、温かみのない食事。
両親が不在の家庭の、その寂しさ。
誰かがいる食卓、温かい食事。
誰かと触れ合う事の、その心地よさ。
86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 00:04:05.89 ID:iQSPLTtG0
それを私は知ってしまった。
夕食後、私は祖父と一緒に風呂に入って汗を流した。
風呂上がりには、ジュースとスイカを食べた。
今まで私が食べて来たスイカが偽物に思えてしまう程、そのスイカは甘かった。

その後、のんびりとテレビを見て過ごしていたが、私は猛烈な睡魔に襲われた。
明日で帰ると云う安心感と、遊び疲れた為だ。
私は祖父に背負われ、離れに連れて行かれた事をなんとなく覚えている。
それからは、曖昧な夢の記憶しかない。

こん。

(´-ω-`)「……」

こん、こん。

(´-ω-`)「……」

軽くノックをする様な、そんな音が私の耳に聞こえたのは、何時ぐらいだっただろうか。
正確な時刻は分からないが、祖父母が寝ていたのだけは分かる。
ぼんやりと目を覚ました私は、一先ず起きた。

(´-ω-`)「……んぅ?」

こん、こん、こん。

音は、窓の方から聞こえて来た。
お化けかと思った私は、慌てて目を閉じた。

イ从゚ ー゚ノi、「し〜ょ〜ぼ〜ん〜。 起きてるか?」
88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 00:07:29.07 ID:s+1rp00I0
それは、銀さんの声だった。
安心した私は起き上がって、窓辺に向かう。
窓の外に、白い浴衣を着た銀さんがいた。
髪を後ろで一つに束ねていたが、見紛う事は無い。

(´うω-`)「おき……たて……る」

イ从゚ ー゚ノi、「うはは、すまぬ、起してしまったか」

(´・ω・`)「ううん、いいよ。
      お姉ちゃん、どうしたの?」

イ从゚ ー゚ノi、「うむ。 ショボン君、明日帰るんじゃろ?
       だから、その前にいい物見せてあげようと思ってな」

(´・ω・`)「いいもの?」

イ从゚ ー゚ノi、「うむ! ショボン君さえよかったら、今から行こう」

あまり深く考えなかったのは、私が銀さんを信用していたからだ。
それに、いい物と云う言葉に惹かれたのが強い。
我ながら何とも無防備だと思う。
パジャマ姿の私が離れから出てくると、銀さんは指を絡めて手を繋いでくれた。

イ从゚ ー゚ノi、「見つからない様に、そーっとな」

(´・ω・`)「うん」


89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 00:10:30.52 ID:iQSPLTtG0
跫音を極力立てない様に祖父母の家を出た私達は、見知った道を歩き始めた。
それは、河原に続く道だった。
じゃり、じゃりと跫音が鳴る。
鈴虫の声が、本当によく聞こえた。

街灯さえもなかった為、辺りは真っ暗だった。
不思議な光景だった。
暗闇に目が慣れた私の眼に映る風景は、黒っぽいのにどうしてか、優しげに見えたのだ。
空には信じられないぐらい多くの星が輝き、大きな月が浮かんでいる。

その月の見事さよ。
今に至るまで、私はあれほど見事で美しい満月を見た事が無い。
白銀の月は、見上げた私の視界の半分を埋め尽くしていた。
この事を誰かに言っても、信じてもらえた試しがない。

しかし、確かにそれほど巨大な月だったのだ。
月光に照らされた私達の足元には、クッキリとした黒い影があった。
私は奇妙な興奮を覚え、銀さんを見た。
そこで私は、もっと興奮を覚えた。

いつもとは違う美しさに、私は目を奪われた。
白い浴衣は月光を反射し、輝いていた。
月明かりの下で見る銀さんの顔は、あまりにも美しすぎた。
息を飲んだ。

そうこうしている内に、私達はあの河原に到着した。
相変わらず川の音は涼しげだったが、夜と云う事もあり、少し肌寒かった。

(´・ω・`)「銀お姉ちゃん、何があるの?」


90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 00:11:40.23 ID:iQSPLTtG0
イ从゚ ー゚ノi、「それじゃあ、ちょっと静かに座ろうか。
       そうしたら、見られるぞ」

手をつないだまま、私達は河原に座った。
直後。
幻想的な光景が、目の前に広がった。
月光に照らされた闇の中に、黄緑色の光が次々に浮かび上がって来たのだ。

美しい光だった。
何十ではとても収まりきらない光の群れは、少なく見積もっても数百以上。
圧倒的な光景だった。
光は自由に飛び回り、渦を作り、直ぐに消える。

風に合わせて踊る様に舞う光に、私は声を失った。

(´・ω・`)「……すごい」

イ从゚ ー゚ノi、「じゃろう?
       これがホタルじゃよ」

長い事、私達はホタルの作り出す幻想的な光を見ていた。
この光景を忘れない様に。
目に焼き付ける様に、私はホタルを見続けた。

イ从゚ ー゚ノi、「……どう?
       気に入ってくれたか?」

(´・ω・`)「……うん」

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 00:15:37.33 ID:iQSPLTtG0
そうとしか言えなかった。
それは本当にきれいで、それ以外の言葉が、子供の私には浮かばなかった。
大人になった今でも、あの光景を前にして言葉が発せるかどうか。

イ从゚ ー゚ノi、「よかった」

(´・ω・`)「ありがとう、お姉ちゃん」

イ从゚ ー゚ノi、「んふふ、いいんじゃよ」

(´・ω・`)「どうして僕に、この事を教えてくれたの?」

イ从゚ ー゚ノi、「どうして、か。
       言ったじゃろ、儂はショボン君が好きじゃと」

(´・ω・`)「どうして?」

イ从゚ ー゚ノi、「ここはね、儂のとっておきの場所なんじゃ。
       ショボン君もこの土地が気に入ってくれたみたいだから、もっとここを好きになってほしかったんじゃ。
       同じ物が好きなのは、素敵だと思わんか?」

(´・ω・`)「いいと思う。
      僕も銀お姉ちゃんの事好きだよ」

イ从゚ ー゚ノi、「本当か? なら、いつか儂と結婚するか?」

(´・ω・`)「うん、いいよ!」
94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 00:18:21.33 ID:iQSPLTtG0
イ从゚ ー゚ノi、「よかった。じゃあ、その時は白無垢を着て行こう。
       ……もっとお話したかったんじゃが、そろそろ寝ないと、明日起きれなくなるからの。
       帰ろうか?」

もう少し一緒に居たかった。
私は、どうしてもその言葉を口に出す事が出来なかった。
まるで魔法に掛かったかのように。
銀さんの蒼い瞳に見つめられ、私は何も喋る事が出来なかった。

喋れない代わりに、私は繋いだ手に力を込めた。

イ从゚ ー゚ノi、「……ふふっ」

薄らと笑って、銀さんが私を抱きしめてくれた。
顔を胸に埋め、甘い香りがいっぱいに広がる。
温かい。
ここに来てから、ずっと私は人と触れ合ってきた。

駅員の方、電車で一緒になった女性や、老婦人。
親切にしてもらい、私は人と触れ合う事を本当の意味で学んだ。
短期間の内に、両親に教えてもらえなかった事を私は知る事が出来た。
学校でも学べなかった事なのに。

ブーンが、祖父母が。
そして、銀さんがたった二日で私を変えてしまった。
私は怖かったのだ。
誰かと触れ合う事が。
96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 00:22:39.00 ID:iQSPLTtG0
触れ合って相手を傷つける事が怖かった。
その方法を知らなかったから。
両親がいなくて寂しかったが、私は何も言わなかった。
相手の反応が怖かったからだ。

だけど、今なら分かる。
人と上手に触れ合う方法など、どこにもないのだ。
思うままに動けば、それでよかったのだ。
傷付けたとしても、それでもいいのだ。

そうすることで人は距離を知って、やがて心地の良い距離を保つようになる。
この時の私にとって、銀さんとの心地の良い距離は、正に今の距離だった。
果たして銀さんがどう思っているのか、その時、私には分からなかった。
それから、私は銀さんの胸の中で眠りに落ちてしまった。

――眠りに落ちる寸前、唇に柔らかい感触が触れたのは、私の気のせいだったのだろうか。

翌朝、私は何事も無かったかのように離れの布団の上で目を覚ました。
見渡しても当然銀さんはおらず、私は夢でも見ていたのではないかと思った。
だが、鼻に残った銀さんの香りだけは、消えていなかった。
もやもやしたまま、私は祖父母の元に朝食を食べに行った。

朝食の後、駅に向かう前に私はブーンの元に向かった。

(´・ω・`)「おはよー」

(∪^ω^)「わう」

(´・ω・`)「にぱぁ」

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 00:25:56.71 ID:iQSPLTtG0
銀さんがやったのと同じように、私もブーンの頬を後ろに引っ張ってみた。
ビックリするぐらいの笑顔だった。

(∪^ω^)「ふ」

パタパタと尻尾を振るブーンの顔は、心なしか寂しそうだった。

(∪^ω^)「わふ」

(´・ω・`)「うん、今日で僕帰らなきゃいけないんだ」

(∪^ω^)「……わう」

(´・ω・`)「うん、勿論だよ。
      また来るよ」

(∪^ω^)「お!」

前足を私の肩に乗せ、ブーンが私の顔を一度だけ舐めた。
思わず、私は涙ぐんでしまった。

川 ゚ -゚)「ボン君、そろそろ電車来るで」

祖母に呼ばれて、私はブーンと別れた。
遠ざかる私の背中に向かって、ブーンが吠えた。

(∪^ω^)「わんお!」


98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 00:30:30.37 ID:iQSPLTtG0
またな、と。
確かに、ブーンはそう言ったのだ。
駅に向かうまでの間、私は泣かない様に頑張った。
祖父母はそんな私を見て笑っていた。

三人揃ってホームで待ち、暫くすると電車がゆっくりとやって来た。
電車に乗る直前、祖父母は笑ないながらこう言ってくれた。

( ФωФ)「また来いや。
        じいちゃんもばぁちゃんも、待っちょるよ」

川 ゚ -゚)「今度来る時は、もっと長ごういたらえぇ」

(´・ω・`)「うん!」

電車の扉が閉まる。
ゆっくりと、私を乗せた電車が走り出す。
大冒険とはいかなかったが、貴重な経験が出来た。
帰る前にもう一度銀さんに会いたかったな、と私は考えていた。

――流れゆく景色を眺めていると、視界の端に、見えた。





白いワンピース。
大きな麦わら帽子。
空よりも綺麗な碧眼。
背の高い木の梢にしがみ付いて、大きく片手を振っていたのだ!
106 名前:すみません、猿ってました:2012/10/08(月) 01:00:35.65 ID:iQSPLTtG0
それは、一枚の絵画の様な光景だった。
青々とした山々と蒼穹を背景に、白いワンピースが映える。
山の向こうに見える大きな入道雲。
笑顔の少女。

涙があふれ出した。
まともに息が出来なかった。

(´;ω;`)「お姉ぇぇぇぇぇぇちゃぁぁぁぁぁぁん!!」

私は泣き叫んで、大きく手を振り返した。
彼女の、銀さんの姿が見えなくなるまで、ずっと。
ずっと。




――
―――
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―――
――




十五年前の回想を終えた私の意識は、現在に戻ってきた。
夏の空に浮かぶ入道雲を見ると、どうしてもあの日の事を思い出さずにはいられない。
悲しい夏の思い出。
冷たい川の水に足を浸し、気分を変える。

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