- 5
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:22:26.62 ID:A7oJqjVY0
- 突き抜けるような青空。
そこに浮かぶ真っ白な入道雲に届く勢いで、蝉が大合唱する。
眩い日の光を受け、青々と茂る木々。
風を受けてざわざわと音を立て、潮騒の音のように心を落ち着かせる。
空に一筋の飛行機雲が浮かんでいる。
どこまでもまっすぐに伸びて、やがて、消える。
のどかな夏の昼下がり。
私は、自宅から車で一時間ほど離れた場所にある、祖父母の家を訪れていた。
実に十年ぶりに見る風景は、全く変わっていない。
都会の喧騒に慣れていた私にとって、この田舎の空気は新鮮そのものだった。
過疎化と少子高齢化によって村の人口は激減し、今ではほんの一握りの老人しかいない。
嘗ては大きな村だったその証に、人の住んでいない朽ちた民家が多く残っている。
(´・ω・`)
まるでこの村は、老いて死ぬのを待っているかのようだった。
時の流れに抗わず、穏やかな死を望んでいる気高い老夫人を、私は何故か連想してしまう。
実を言うと、今、私の祖父母の家には誰も住んでいなかった。
十年前に私が来たのは、祖父の葬式の時だったのだ。
元々心臓を患っていて、何時死んでもおかしくない状態だったという。
兵隊だった時から通算して5回、瀕死の状態に陥ったことがある。
しかし、その状態で祖父は20年以上も生き永らえたのだから、正に鉄人と言える。
最期に祖父は、祖母にこの様な言葉を送ったそうだ。
(´ФωФ)『ありゃ、婆さんががいに綺麗に見えらぃ。
……わしゃ、幸せもんじゃったわ』
- 8
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:26:54.57 ID:A7oJqjVY0
- そんな祖父が愛した祖母は、四年前にグループホームで亡くなった。
苦しまずに亡くなったのが、私にとって救いだった。
最期まで祖母は笑みを絶やさない人だった。
死に顔を見たが、驚くほど綺麗な笑顔をしていた。
川 ー )
きっと、昔は大変な美人だったに違いない。
深く刻まれた笑窪が、その生涯が幸せに満ちていたことを物語っていた。
私もいつか最期の時を迎えるとしたら、祖父母のように、と思う。
例え伴侶がいなくても、だ。
(´・ω・`)「……ふぅ」
――昼食を終えた私の足は、家から離れた場所にある小川に向かっていた。
この場所は私だけが知っている、と今でも思っている。
水の透明度は高く、氷のように冷たい。
昔と変わらず、綺麗な小川だった。
驚いたことに、昔私がよく使っていた大きな岩がまだあった。
記憶の中の形と僅かに変わっていたが、座るのにちょうどいい窪みは変わっていない。
その岩は木陰にあり、夏の強い日差しから私を何度も守ってくれた。
当時の私が足を伸ばせば水面に届く程だったから、今では膝ぐらいまで水に付けられるだろう。
ズボンの裾をまくって、私はサンダルで丸い石だらけの川岸を歩く。
コロコロとした石同士がぶつかると、コツコツと可愛らしい音が鳴った。
水が流れる涼しげな音と、木の葉が揺れる軽い音、そして私が歩く音と蝉の声が重なる。
こんなに夏らしい風景は、都会では決してお目にかかれない。
- 9
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:29:58.15 ID:A7oJqjVY0
岩の上に腰かけると、不思議と気分が落ち着いた。
懐かしい気持ちになるからだろう。
仕事の事も忘れ、社会人の立場を忘れられる。
何も変わらず、この岩は私に安らぎの場所を与えてくれる。
そう言えば。
初めてこの場所に来た日も、こんな気持ちになった事を思い出した。
違うのは私の見る世界の高さと、年齢だけだろう。
あれは、そう。
今から十五年前の事だっただろうか。
あの日も、今日と同じように暑く、大きな入道雲が山の向こうに見えていた。
私の記憶は、遠く十五年前に遡り始めた。
(´・ω・`)やはり嫁入り前には雨が降るようです
- 10
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:32:08.97 ID:A7oJqjVY0
- ―
――
―――
→ 15年前 →
―――
――
―
十五年前、私は都内の小学校に通っていた。
両親は仕事で忙しく、私は幼いながらも、その現実を受け入れていた。
家に帰っても誰もいないことは当たり前で、夕食は一人で食べるのが常だった。
夕食は時々母が作っておいてくれたが、殆どはコンビニの弁当をレンジで温めていた。
ずっとその生活を繰り返していたので、何ら疑問にも思わなかったし、不幸だとも思わなかった。
寂しさを紛らわす為に、私は勉強に力を注いだ。
勉強は出来たが、運動は出来なかった。
小学校低学年の頃の私は、友達が少なかった。
二人が帰ってくる頃には、私は自室のベッドの中で寝ていた。
この生活のおかげで、私はある程度の事は自分で出来るようになっていた。
ただ、人と話す事が苦手ではあったが。
その年の夏休み、両親は私を父方の祖父母の所に一人で泊らせようと計画した。
何を思ってそう計画したのか、当時の私には分からなかった。
後になって分かった事だが、両親は自分達では教えられない事をそこで私に学んでほしかったそうだ。
その当時の生活について、両親は申し訳なかったと、私に謝罪してくれた。
こうした背景から、私は、生涯で初めて一人で遠くの地に向かう事となった。
- 13
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:34:53.04 ID:A7oJqjVY0
- 主な移動手段は電車だったのを覚えている。
自宅近くの駅までは父が車で送ってくれ、途中の車内で、父は私にキャラメルを一箱くれた。
どうしてその事を覚えているのかは分からないが、確かに、一粒で長い距離を走れるキャラメルだったのは覚えているのだ。
持ち物は水筒とお菓子の入ったカバンと、首から提げた財布だけ。
こうして、小さな私の大冒険は始まった。
何せ、私は一人で電車に乗った事が無いのだ。
一人で何処かに行くと云うだけでも心細かった。
だからこれだけの事でも、大が付く冒険だったのである。
最初に私がした事は、駅員に道を尋ねる事だった。
(´・ω・`)「すみません」
私は、おずおずと尋ねた。
今にして振り返れば、微笑ましい光景だった。
だからだろう、駅員は笑顔を浮かべて私の眼を見ていた。
ミ,,゚Д゚彡「はい、どうしました?」
子供だからと云って態度を変えることなく、その駅員は私に接してくれた。
(´・ω・`)「この駅に行きたいんですけど」
首に提げていた財布には紙幣と硬貨以外に、あるメモ帳が入っていた。
目的地までの経路が書かれたメモ帳だ。
これを大人に見せれば、最終目的地まで辿り着く事が出来る。
メモを見た駅員は、笑顔で私をホームまで案内してくれた。
ミ,,゚Д゚彡「ここで電車に乗って、あとは、その紙の通りに行けばいいですよ」
- 14
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:37:15.79 ID:A7oJqjVY0
- 電車に乗ってからも、私は不安だった。
当たり前の話だが、周りは知らない人だけで、助けてくれる人がいなかった。
駅員に教えてもらった駅名を何度も呟いて忘れない様にしていると、隣にいた女性が声を掛けて来た。
ミセ*゚ー゚)リ「僕、一人?」
恐らく、大学生ぐらいの女性だったのだろうと、私は推測する。
終始笑顔で、とても感じの良い女性だった。
だからそこまで警戒もしなかった。
多少テンションが上がっていたので、見知らぬ人と離さないようにと云う母親の忠告を完全に忘れていた。
結果オーライなので、反省はしていない。
(´・ω・`)「うん」
と云っても、私は少し人見知りの気があるので、返事はどうしてもぶっきらぼうになってしまう。
ぶっきらぼうな返事でも、その女性は気にする様子も無かった。
ミセ*゚ー゚)リ「偉いねぇ、どこまで行くの?」
目線の高さを合わせて私と話すその女性からは、花の香りがした。
顔は思い出せないが、その事だけは覚えている。
今でもあの花の香りをかぐと、この事を真っ先に思い出す。
(´・ω・`)「うんっとね、ここまで行くの」
財布から取り出したメモを見せた。
綺麗な字で書かれたメモを一瞥すると、女性は心配そうな顔になった。
ミセ*゚ー゚)リ「遠いけど、大丈夫?」
- 16
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:40:11.41 ID:A7oJqjVY0
- 悲しいかな、男の子の性が、その顔によって火を点けられた。
無謀な事程燃えると云う性である。
(´・ω・`)「うん!」
何の確信も無いのに、よくもまぁ私はあそこまで見事に断言出来た物だ。
子供だったから、単に怖れを知らなかったのかもしれない。
後の関東地方を抜けるまでの事は、よく覚えていない。
ただ、乗り換えた電車が八両や十両編成でない事に驚いたことは、覚えている。
僅か一両の電車に乗ってからは、全てが未知の光景だった。
電車はトコトコと山道を上り、木々が作り出した自然のトンネルの下を潜る。
驚くほど小さな駅と低いホーム、驚くほどゆっくりとした電車の旅に、私は心を躍らせていた。
広大な田んぼの真ん中で停車したり、電車の中で出逢った老婦人達が飴をくれたりもした。
('、`*川「僕、飴好きかぇ?」
この地方の方言は、私にとっては未知の言葉だった。
アクセントと語尾が特徴的な方言で、和やかな印象を受けた。
(´・ω・`)「好きかぇ?」
思わず聞き返した私に、その老婦人は分かりやすく言い直してくれた。
('、`*川「飴じゃ、飴。飴は好きかと聞いたんよ」
(´・ω・`)「好きだよ」
('、`*川「じゃあほれ、ばあさんの飴やるよ」
- 19
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:44:30.24 ID:A7oJqjVY0
- 色褪せた手提げカバンから、袋に入った一粒の飴を差し出してくれた。
勿論私は飴は好きだった。
(´・ω・`)「でも、知らない人から食べ物はもらうなって言われてる」
これだけは、母からも先生からも耳にタコができる程言い聞かされてきた。
思い返せば、その言葉は主に都会でしか通じないと思う。
私の言葉を気にする様子もなく、老婦人はこう言った。
('、`*川「大丈夫じゃって。 そりゃ都会の人の事じゃろぅ?
ばあさん達の飴は、大丈夫」
そう言って、その老婦人は自分で飴を舐めた。
イチゴの匂いが漂う。
目の前で美味しそうに飴を舐めるものだから、私も舐めたくなって来た。
母親には黙っておけば大丈夫と、訳の分からない言い訳を自分にして、私は手を出した。
(´・ω・`)「……もらう」
('、`*川「はっはっは! そうそう、子供はそうでなきゃいけんわい」
甘くて美味しい飴を舐めながら、私は車外をずっと見ていた。
ビルは見慣れているが、目の前に広がる豊かな自然は初めてだった。
驚き続ける私を乗せた電車は、やがて目的地の駅に到着した。
駅に着くと、祖父母が私を待ってくれていた。
川*゚ -゚)「ありゃっ! 大きくなったねぇ!」
(*ФωФ)「ほんまじゃ、もう立派なお兄さんじゃ!」
- 21
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:48:04.14 ID:A7oJqjVY0
- 以前、都内の実家に祖父母が来てくれた事があったので、私は二人の事を覚えていた。
やっと知っている人間に会えて、私は喜んだ。
皺だらけの顔を更に皺だらけにして、祖父母は笑って私を迎えてくれた。
ゴツゴツとした二人に手を引かれて、私は祖父母の家に向かった。
見渡す限りの田んぼと、周囲を囲む山々。
本能的に、私はここに漂う空気こそが、夏の空気なのだと確信した。
何せ、実家の方で漂う空気は排気ガスの匂いしかしないのだ。
夏を全身で感じながら、私は祖父母の家に着いた。
川*゚ -゚)「ここが、ばぁちゃん達の家で〜す」
実にファンキーな祖母だと、その瞬間に私は理解した。
滞在中、厳しく怒る事は無く、優しく注意をしてくれた。
だから、私は祖母が大好きだった。
( ФωФ)「さて、じいちゃん達と昼飯食おうかね」
祖父も祖母と同じく明朗で、時には厳しかったが、優しかった。
何か質問をすれば直ぐに教えてくれるし、竹細工の作り方も教わった事もある。
悪戯の多くは、この祖父から私は学んだ。
だから、私は祖父も大好きだった。
それから私達が食べたのは、大きなジャガイモと人参、玉葱と牛肉の入ったカレーだった。
私の数少ない好物の一つが、祖母の作るカレーだった。
辛過ぎず、甘過ぎない味付けに、私は感動を覚えた。
何より驚いたのが、私は人参があまり好きではなかったのだが、どうしてか祖母の料理の人参は平気だった。
母の料理よりも美味しいと祖父母に言うと、お代りをよそってくれた。
- 22
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:52:23.21 ID:A7oJqjVY0
- 川*゚ -゚)「そがいなこと言ってもらって、ばぁちゃん嬉しいわい。
もっと食いさいや」
( ФωФ)「そうじゃ、食わないけんぞ。
一杯食べて、大きくなれ」
昼食後、祖父母は裏庭にいる犬を私に会わせてくれた。
可愛らしく丸まった尻尾が特徴の、柴犬だった。
当時の私の胸ぐらいまでの大きさがあり、立ち上がると私の背を優に超えた。
常に笑顔の犬だったので、私は直ぐにその犬に好意を抱いた。
(∪^ω^)
(´・ω・`)「じいちゃん、この子、何て名前なの?」
( ФωФ)「ブーン云うんよ。
そう見えても、ボン君よりもお姉さんなんよ」
ボン君、と云うのは祖父母が私の名を呼ぶ時に使う、所謂呼び名だ。
杉浦ショボンと云うのが、私の本名である。
こうして私は、杉浦ブーンと出逢った。
ブーンは直ぐに私に懐いてくれ、何度も顔を舐められた。
お手、とか、伏せ、と命じるとブーンは私の顔を舐めた。
祖母が、そんな私を見て大笑いした。
川 ゚ -゚)「はははっ! ボン君、ブーンにお手してもらいたいんか?」
(´・ω・`)「……うん」
- 24
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:57:09.05 ID:A7oJqjVY0
- 千切れんばかりの勢いで尻尾を振るブーンは、私の肩に両前足を乗せ、抱きついて来た。
気恥しかった私を慰める様に、また、ブーンが私の顔を舐めた。
川 ゚ -゚)「だったら、ブーンともっと仲良うならないけんね。
散歩に連れて行ってみるか?」
(*´・ω・`)「いいの?!」
川 ゚ -゚)「えぇよ。
散歩の道はブーンが知っちょるけん、迷子にはならんじゃろ。
一人で行ってみるか? ばぁさん達もついて行くか?」
(´・ω・`)「一人で行ってみたい!」
きっとその時の私は、未知の世界に興奮していたのだろう。
何もかもが新鮮で楽しい世界を、一人で体験したいと思ったのだ。
冒険心をくすぐると言うのか、何と言うか、男ならこの気持ちが分かるだろう。
ようやく私を解放したブーンは、落ち着かない様子でぐるぐると動き始める。
祖母から受け取ったリードを私が手にした途端、ブーンは歩きだした。
( ФωФ)「じいちゃん達は家におるけん、終わったら戻ってきさいや。
おやつとジュースを用意しちょるよ」
それは、祖父母なりの気遣いだったのかもしれない。
私を自由にさせることで、自分の考えで行動する事を学ばせたかったのだろう。
自然と触れ合う機会が少ない私にとって、それは絶好の機会となった。
砂利道を先導するブーンの背中は頼もしかった。
だが、負けたくないと云う子供の考えで、私はブーンの横に並んだ。
- 25
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:01:51.11 ID:A7oJqjVY0
- (∪^ω^)「……」
(´・ω・`)「……むぅ」
見上げて来たブーンの顔は、相変わらずの笑顔だった。
軽快な足取りのブーンと違い、私は半分小走りになっていた。
普段から運動ではなく勉強ばかりしていたから、当然の結果だ。
直ぐに私は息が上がり、一人と一匹の差は広がってしまう。
(;´・ω・`)「ま、まって……まってよ……」
(∪^ω^)「……」
笑顔で振り返ったブーンは、緩やかな下り坂に進んだ。
リードを離したら負けかなと思った私は、仕方なく後に続いた。
すると、川のせせらぎが聞こえて来た。
音は徐々に大きくなり、心なしか、涼しげな空気が私には感じられた。
程なくして、私達は河原に降りて来た。
丸い石だらけの河原を進み、ブーンは川の前で止まった。
遅れて私がその横に到着すると、ブーンは水を飲み始めた。
そこで私は、自分も喉が渇いている事に気付いた。
だが、この川の水は飲めるものだろうか。
確かに驚くほど綺麗だが、飲んでも死なないだろうかと心配していた。
そんな私を笑顔で一瞥して、ブーンはお前も飲めと言わんばかりに水を飲み始めた。
私はリードを持ったまま、ブーンから離れた場所の水面に顔を近づけ、水を飲んだ。
(´・ω・`)「……美味しい!」
- 26
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:04:29.35 ID:A7oJqjVY0
- (∪^ω^)「わふ」
信じられない程冷たく、そして美味かった。
水が美味しいと思った事が無かった私にとって、それは衝撃以外の何物でもなかった。
腹がタポタポになるまで水を飲んだ私は、河原に座り込んだ。
あれだけ興奮していたのに、もう心が落ち着いている。
学校では味わえない体験を、私は早速楽しみ始めていた。
座り込んだ私の横に、ブーンがちょこんと座る。
それからブーンが私にした事の衝撃は、今でも忘れない。
私の肩に、ポンと前足を乗せたのだ。
(∪^ω^)「……ふ」
(´・ω・`)「……!!」
無言で私が手を伸ばすと、ブーンは私の手に前足を乗せた。
種族を越えた友情が芽生えた、歴史的瞬間であった。
(∪^ω^)「……わふ!」
遊ぼう、と言ったのだと思う。
何故なら次の瞬間、ブーンは川に向かって走り出していたのだ。
私の手からリードが離れ、私は急いでブーンを追った。
川に飛び込んだブーンは気持ちよさそうに泳いで、私を見た。
服が濡れてしまうのも構わず、私も川に飛び込んだ。
幸いな事に川は浅かったので、溺れる心配は無かった。
川の上には天然の木の傘があったので、夏の暑さから逃れるにはこれ以上ないぐらいの場所だった。
追いかけたり、追いかけられたりと、大はしゃぎだった。
- 28
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:08:00.40 ID:A7oJqjVY0
- 一人で心細いかと思ったが、ブーンのおかげで、私は寂しい思いをしないで済んだ。
ブーンが川から上がったので、私も川から上がった。
全身水浸しとなった私は、日当たりのいい場所に大の時になって寝転がった。
こうすれば、服が早く乾くと思ったのだ。
乾くのは服だけでは無かった。
当然のことながら、私も天日干しになり、あまりの熱さに耐えきれず、服を脱いで再び川に飛び込んだ。
男の意地で下着は脱がなかったが、何度も下着が落ちない様にする必要があった。
そうこうしている内に、河原で私を見守っていたブーンが、短く一回吠えた。
(∪^ω^)「わふ」
(´・ω・`)「乾いたの?」
(∪^ω^)「わふ!」
言葉の壁を越えて意思疎通が出来た、感動的瞬間であった。
実際に服は乾いており、次は私の体を乾かした。
あっという間に体が乾いたので、服を着直した。
(∪^ω^)「わふ」
(´・ω・`)「ちょっと待ってて」
(∪^ω^)「……」
ブーンは、年上らしい落ち着いた態度で私の着替えを待っていた。
(´・ω・`)「いいよ」
- 32
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:13:54.06 ID:A7oJqjVY0
- (∪^ω^)「わふ」
リードの端を咥えて、ブーンがそれを私に差し出した。
それを受け取って、散歩が再開された。
ペースは行きと変わらず、私は小走りで付いて行くしかなかった。
たっぷりと時間を掛けて行われた散歩から私が帰ってくると、ブーンは自分で裏庭に向かって行った。
家に入ると、二人は丁度、居間でテレビを見ていた。
川 ゚ -゚)「おかえり。
散歩はどうでしたか?」
(´・ω・`)「面白かった!」
川 ゚ -゚)「よかったねぇ。
ブーンはどこ行ったん?」
(´・ω・`)「裏に行ったよ」
川 ゚ -゚)「そうかい」
祖母はよいしょと立ち上がって、裏庭に向かって行った。
(´・ω・`)「じいちゃん、ブーン凄いよ!
僕、ブーンと友達になった!」
( ФωФ)「もうかい? がいに速いのぅ。
おやつの後、どうする?
昼寝するか?」
- 33
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:19:13.74 ID:A7oJqjVY0
- (´・ω・`)「またブーンと遊びたい!」
( ФωФ)「そりゃあ、ブーンに聞いてみんといけんね。
こっちで手ぇ洗いや」
流し台に案内され、私は手洗いうがいをした。
再び居間に戻ると、祖母がそこにいて、お茶とお菓子を出しているところだった。
三時のおやつを食べ終えると、私は早速裏庭に向かった。
(´・ω・`)「ブーン、遊ぼ!」
(∪^ω^)「……わふ」
(´・ω・`)「そんな事言わないでよ……」
(∪^ω^)「わふ」
仕方ないな、とブーンが立ち上がる。
尻尾が嬉しそうに横に揺れていた。
祖父母はそんなブーンを見て、驚いていた。
川 ゚ -゚)「もう懐いちょるぜ」
( ФωФ)「ブーンはボン君が気に入ったんか?」
(∪^ω^)「わんお!」
- 34
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:22:46.60 ID:A7oJqjVY0
- こうして、私とブーンはもう一度散歩に行った。
ただ、今度ばかりは散歩と云うよりか遊びに出かけた。
向かったのは、あの河原だった。
河原にいるだけで、私は満足出来た。
座っているだけで、何かを学んだような気になったからだ。
座るのに都合の良さそうな岩を見つけ、私はそこに飛び乗って腰かけた。
ブーンも飛び乗って、私の後ろに座った。
一匹と一人は、河原の木陰で川の音に耳を澄ませていた。
(´・ω・`)「ブーン」
(∪^ω^)「……ふ」
(´・ω・`)「もふもふ」
(∪^ω^)「くふ」
風が気持ちいい。
山の向こうに、大きな入道雲が見える。
その雲を見ているだけで、何処までも行けそうな気持ちになる。
入道雲を横切って、真新しい飛行機雲が伸び続ける。
勉強で疲れていた心は、何処かに消えていた。
両親がいない寂しさは、今は感じなかった。
この自然の中で、私は自分が小さな存在だと思った。
不意に、私は視線を空の彼方から河原に向けた。
何時の間に、そこにいたのだろう。
- 36
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:25:09.52 ID:A7oJqjVY0
- イ从゚ ー゚ノi、「こんにちわ」
白いワンピースと大きな麦わら帽子の少女が、私を見上げていた。
歳は私よりも上で、小学校高学年ぐらいだったと思う。
肩まで伸びた黒い髪が風と戯れ、向日葵の様な笑顔を浮かべていた。
そして、何よりも印象深かったのは、その瞳だった。
青く、蒼く、吸い込まれそうな程透明な碧眼だ。
(´・ω・`)「こ、こんにちわ」
まさか、私以外にこの場所に来る人がいるとは思わなかった。
自分だけが知っていると思った場所に現れたその少女は、一人だった。
両手を後ろで組んで私を見上げ、ニコニコと笑みを浮かべている。
イ从゚ ー゚ノi、「のぅ、君。 名前、何て云うんじゃ?」
(´・ω・`)「え?」
いきなりの質問に、私はたじろぐ。
果たして、たじろいだ理由はそれだけでは無かった。
可愛いと評判のクラスメートは見た事があるが、その少女は次元が違った。
美しいと、私は初めて異性に対してそう思った。
イ从゚ ー゚ノi、「儂と、友達にならんか?」
(´・ω・`)「……ショボン」
恥ずかしさのあまり、私はそれだけしか言えなかった。
- 37
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:28:14.10 ID:A7oJqjVY0
- イ从^ ー^ノi、「ショボン君か。 うむ、その名、しかと覚えた。
のぅ、ショボン君。
ここで会うたのも何かの縁。 儂とお話しせんか?」
(´・ω・`)「……」
困った。
歳の近い女性と話す事に、私は慣れていなかったのだ。
それはそうだ。
普通に話すのでさえ、私は苦手だったのだから。
(∪^ω^)「わふ」
ほら、と促す様にブーンが鼻先で私の背を押す。
(´・ω・`)「うん、いいよ」
少しでもいい所を見せようと、岩から飛び降り、私はその少女の眼の前に着地した。
(;´・ω・`)「うわっ、と」
だがバランスが崩れてしまい、後ろに倒れる。
足場は不安定な石だらけなのだ。
大人だって、バランスを崩すに決まっている。
倒れ切る直前で、彼女が私を抱きとめてくれた。
イ从゚ ー゚ノi、「危ないぞ。
大丈夫か?」
(;´・ω・`)「う、うん」
- 39
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:32:39.28 ID:A7oJqjVY0
- 抱き起こされ、私は少女の顔を間近で見た。
やはり、美しかった。
途端に、胸が締め付けられるような錯覚に陥った。
正体不明の感情が胸から湧きだし、一気に顔が熱くなる。
二人の足元に、ブーンが華麗に着地した。
少女を見て、ブーンは短く声を上げる。
(∪^ω^)「……ふ」
イ从゚ ー゚ノi、「うむ、こんにちわ」
私から手を離し、少女は屈んでブーンに手を伸ばした。
(∪^ω^)「……」
イ从゚ ー゚ノi、「にまぁ〜」
突然、少女はブーンの頬を掴んで、後ろにぐいっと伸ばした。
無理矢理満面の笑みを浮かべさせられたブーンだったが、怒りはしなかった。
(´・ω・`)「あの、お姉ちゃんの名前は?」
イ从゚ ー゚ノi、「儂? 儂は銀。
銀お姉ちゃんとでも呼んでもらえると嬉しいのう。
ところで、ショボン君。
君はどうしてここに来たんじゃ?」
(´・ω・`)「じいちゃんの家がここにあるの」
- 41
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:40:44.97 ID:A7oJqjVY0
- イ从゚ ー゚ノi、「へぇ、お父さん達と一緒か?」
(´・ω・`)「ううん。
僕一人で来たの」
イ从゚ ー゚ノi、「偉いのぅ、ショボン君」
銀さんは、私の頭を優しく撫でてくれた。
母に撫でられなくなって久しかった私は、恥ずかしいやら嬉しいやら、複雑な心境だった。
いや、正直に言おう。
嬉しかった。
ふと、蝉の鳴き声に混じって私が聞いた事のない音が聞こえて来た。
カナカナカナ、と。
何ともさびしげな鳴き声だった。
(´・ω・`)「銀お姉ちゃん、これは何の鳴き声なの?」
イ从゚ ー゚ノi、「これか?
これはな、ヒグラシという蝉の声じゃ」
(´・ω・`)「何だか寂しそうだね」
徐々にヒグラシの鳴き声が増えて行く。
気温が少し下がったのか、風が涼しかった。
イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃ、このヒグラシの鳴き声にはちょっとしたお話があるんじゃ」
(´・ω・`)「え? どんなお話なの?」
イ从゚ ー゚ノi、「それでは、ちと座ろうか」
- 42
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:48:10.10 ID:A7oJqjVY0
- (´・ω・`)「うん!」
二人で木陰に座ると、私の横にブーンも座った。
きっと、聞きたかったのかもしれない。
理屈は分からないが、私はブーンの考えている事が分かった気がしていた。
イ从゚ ー゚ノi、「昔、ある小さな村に一人のお母さんと男の子がいてのぅ。
お父さんは随分昔に死んでしまい、家族は二人だけ。
そのお母さんは男の子を随分と可愛がっていたんじゃ。
じゃがある日、お母さんが遠くの村に買い物に出かけて行ったきり、帰ってこんかった」
銀さんの声には不思議な力があった。
聞いているだけで、その情景が直ぐに頭に映し出されるのだ。
説明が短いのに、私は理解する事が出来た。
(´・ω・`)「何で帰ってこなかったの?」
イ从゚ ー゚ノi、「実はそのお母さんは帰ってくる途中、家まで後少しの所で、川に落ちてしまったんじゃ。
川に流されたお母さんはずっと離れた村で助けられたが、記憶を失っておっての。
お母さんが帰ってこなくなって、何日も、何日も経ったんじゃ。
一人で留守番をしていた男の子は夕方になると、村で一番背の高い木に登って、遠くを見た。
そして、お母さんが帰って来るのを毎日、毎日待っておったんじゃ」
少し間を開ける。
すると、合わせた様に、ヒグラシたちが合唱する。
- 44
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:51:38.50 ID:A7oJqjVY0
- イ从゚ ー゚ノi、「まだかな、今日かな、明日かな、いつかな、って泣きながら待ったんじゃ。
ようやくお母さんが記憶を取り戻して村に帰ったが、もう手遅れ。
あまりにも長く泣き続けていた男の子は、悲しそうにカナカナと鳴く一匹の蝉になってしまった。
その蝉は、ヒグラシと名付けられた、というお話じゃ」
(´・ω・`)「……可哀そう」
イ从゚ ー゚ノi、「うむ。 だから、ヒグラシの泣き声が悲しそうに聞こえるのかもしれんのぅ」
(´・ω・`)「銀お姉ちゃん、他のお話はないの?」
イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃのぅ……
どんなお話が聞きたい?」
まるで図書館に並ぶ本が目の前にあるかのように、銀さんはスラスラと多くの物語を語った。
ある時は遠く離れた異国の地の昔話や、冒険譚、少し怖い話や哀しい話もあった。
蝉の寿命が短い事や、天気雨が狐の嫁入りと言う事等、簡単な雑学も教えてもらった。
私はその全てを、今でも誰かに語って聞かせる事が出来る。
それだけ、彼女の話は面白かった。
(∪^ω^)「わふ」
物語が一息ついたところで、ブーンが私の肩を揺らした。
空を見上げると、日が暮れ始めている。
そろそろ帰らねばと、私は分かっていた。
(´・ω・`)「銀お姉ちゃん、あのね」
イ从゚ ー゚ノi、「そろそろ帰るか?」
- 47
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:54:45.25 ID:A7oJqjVY0
- (´・ω・`)「うん……」
本当に私は別れるのが嫌だった。
名残惜しさのあまり、そこに残って銀さんの話を聞き続けたいぐらいだった。
しかし、祖父母の元にも戻りたい気持ちもあった。
銀さんが一緒に来てくれれば、と私は思った。
見透かしたかの様に、銀さんは言った。
イ从゚ ー゚ノi、「また後で会おう、の?
おじいちゃん達を心配させたら駄目じゃよ」
(´・ω・`)「……分かった」
イ从゚ ー゚ノi、「いい子いい子」
私の手を取って、銀さんが立ち上がる。
ブーンのリードを私が握って、もう片方の手で私は銀さんの手を強く握った。
その手は優しく解かれ、指を絡め合った。
イ从゚ ー゚ノi、「じゃあ、途中まで一緒に行こう?」
(´・ω・`)「うん」
鈴虫の声が聞こえ始め、いよいよ、日が暮れる。
二人と一匹で歩く道は、少し狭かった。
ただその分距離は近く、銀さんの温もりを感じる事が出来た。
祖父母の家が見えてくるまでの間、私達は終始無言だった。
(´・ω・`)「あそこが、じいちゃんの家」
- 49
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:57:58.93 ID:A7oJqjVY0
- イ从゚ ー゚ノi、「それでは、また今度会おう」
(´・ω・`)「うん。 また明日会える?」
イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃのぅ…… うむ、明日も会えるぞ」
(´・ω・`)「本当?」
イ从゚ ー゚ノi、「本当じゃ。 だから、おじいちゃん達と楽しくご飯を食べるんじゃ。
そうしたら、明日遊ぼう」
(´・ω・`)「分かった!」
銀さんは私とは反対方向に向かって歩いて行った。
私は、ブーンと一緒に走って祖父母の家に向かった。
帰って手洗いうがいを済ませると、祖父が最初に尋ねて来た。
( ФωФ)「どうじゃった?」
(´・ω・`)「面白かった!
あのね、銀お姉ちゃんが面白いお話を沢山聞かせてくれたの!」
( ФωФ)「……銀お姉ちゃん?
知らんのぉ。
ばぁさんは知ってるか?」
食事を運んで来た祖母は居間の机の上にそれを乗せて、首を傾げた。
川 ゚ -゚)「さぁ、この辺の人じゃ知らんねぇ。
苗字は分かるか?」
- 51
名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 23:03:32.65 ID:A7oJqjVY0
- (´・ω・`)「ううん、分からない」
川 ゚ -゚)「それじゃあ、ばぁちゃんは知らんのぉ」
用意された夕食は、カレーライスと肉じゃがだった。
昼の時と同じく、カレーは美味しかった。
肉じゃがは想像を絶する美味さで、用意された肉じゃがを全て平らげてしまった。
( ФωФ)「よ・く・く・う・のぉ。
じいちゃんの倍は食べたな」
(´・ω・`)「すっごい美味しいんだもん!」
カレーと肉じゃがを腹いっぱい食べた私は、少しの間今で祖父と遊んでいた。
私達はオセロで遊んだが、一度も祖父には勝てなかった。
大敗北を喫した私は、祖父と一緒に風呂に入る事になった。
木で出来た風呂に初めて入ったが、いい匂いがしたので私はそれが気に入った。
私が寝る場所は、祖父達とは別の建物だった。
祖父たちが寝起きする家の直ぐ横にある、離れが私に宛がわれた。
最初、大きな家を私一人が使うのは気が引けたが、直ぐにそれを忘れた。
秘密基地の様で、楽しかったのだ。
一日目を終えた私は、緊張と興奮であまりよく眠れなかった。
都会とは違い、そこは静かで騒音とは無縁の世界だった。
クーラーも扇風機も無かったが、そんな物は必要ないぐらいに涼しい夜だった。
鈴虫の合唱と蚊取り線香の匂いを、今でも覚えている。
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