418 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 22:50:49.37 ID:n4Y0plzf0
 ……壇の向こうへと消える内藤とツンを見送り、ジョルジュはゴルフバッグを置いた。上部の
ジッパーを開いて、既に弾の尽きたアサルトカービンも仕舞い込んだ。

 代わりに取り出したのは、一振りの日本刀だった。大きく乱れた美しい刃文の、反りが少なく
重ね厚い二尺八寸の刀身に、黒紐を巻いた鉄柄と差した代物だ。刃の根元に付けられた鍔は
やや小振りな円形のもので、必要最小限の大きさで作られた感がある。
 見る者が見れば、刀身から青白い炎のような気が立ち上るのが見えるであろうそれは、室町
後期の名匠「勢州藤原朝臣村正」……"初代村正"の作品であり、その凄まじい切れ味と徳川
幕府に与えた因縁から、今も尚、妖刀として忌み嫌われる魔剣に他ならない。

 レプリカではない本物の妖刀を携えたジョルジュは、階段を登ってきた閑馬に相対する。

(+゚∀゚)「初めましてと言うべきでしょうか、閑馬永空殿……英語は通じないでしょう?」

 口にした言葉が日本語であったせいだろう、閑馬は唇の端を捻じ曲げるように笑った。

(´・ω・)「ほっ。四方やこの異国の地で、儂を知る者に合間見えようとはな」

(+゚∀゚)「万次さんから聞いただけですよ。江戸時代に唯一出会ったもう一人の無限の住人にし
て――――室町から江戸までで千人を切った逸刀流剣士ってね」

(´・ω・)「昔の話よ……それに、儂はもう、逸刀流の剣士では無い」

 それは失礼、と肩を竦めるジョルジュだが、既にその身に隙は無くなっている。

(+゚∀゚)「質問は一つ――――万次さんに殺された筈のアンタが、どうして生きてる?」

 剣呑な口調で訊ねるジョルジュに、閑馬は呵々とした笑い声を上げた。

(´・ω・)「呵ッ。儂が自らの毒に殺された事まで知っておるか。面白い、実に面白い」

419 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 22:51:42.12 ID:n4Y0plzf0
 閑馬は右手に握った刀を掲げた。板目肌に地沸が厚く地景が入った鍛に、湾れを主として互
の目を交え沸が厚く金筋が入った刃文を持つそれは、井上真改の作か。

(´・ω・)「……確かに儂は、万次に殺された。が、首だけになった儂の身体を掘り出し、吸血鬼
として蘇らせた、何とも酔狂なバケモノが居たのだよ」

 閑馬永空は、戦国時代にある無名の武将に仕えた武士で、血仙蟲と呼ばれる不老不死の秘
術を自らの内に宿し、二百年後の江戸までを生きた殺人鬼だ。
 千人を超える人間を唯一人で斬り続けた閑馬は、既に人の正気を失っていた。彼は狂人とし
て同じ無限の住人である万次と戦い、最終的には敗北した――――のだ。

 ジョルジュがその言葉から連想したのは、かつて千年に渡り日本の夜を支配した、観音菩薩
の変化である地の蛇神の名を冠した吸血鬼の一族だった。

(+゚∀゚)「夜刀の神か……そういえば、連中が滅んだのは幕末以降だったな」

(´・ω・)「そうだ。儂を不死者以上の化生に変えたのは、砌と言う名の夜刀の神だった。とは云
え、奴は遊ぶのが好きでな。吸血鬼にしたのは、儂では無い」

 見ろ、と言って口の端を持ち上げた閑馬に、吸血鬼の証とも言える牙は無い。だが、ジョルジ
ュの感覚は、目の前に立つのが吸血鬼だと感じている。
 奇妙な事と言えば、閑馬の肉体から数え切れないほどの吸血鬼の存在を感じ取れる事であ
るが、目の前に立つのは唯一人だからそれは有り得な――――まさか、

(;+゚∀゚)「吸血鬼になったのはあんたじゃない……身体中の血仙蟲が、吸血鬼なのか」

 血仙蟲は、人間を不老不死にする上、手足が切り落とされた程度なら、容易に繋げる事が出
来る。まぁ、切られた部分を失ったら、元には戻らないのだが。
 それ以外なら、頭や心臓を突き刺されても、滅多な事では死なない。欠点と言えば、肉体の
性能は埋め込まれた時の性能が永久保存される程度だが、瑣末な問題だ。

420 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 22:53:11.47 ID:n4Y0plzf0
 しかし――――この血仙蟲を吸血鬼にする方法があれば、心臓を刺されようが頭を刺されよ
うが絶対に死なない不死性と、高い身体能力を両立出来るのではないか。

(´・ω・)「そうだ。砌は儂の頭を掘り出すと、夜刀の神の血を注ぎ込んだ棺の中に漬け込んだの
よ。連中が人を同胞に迎え入れるには、血だけでなく牙も重要だからな……血だけを与えても
人は吸血鬼にはなれんが、血仙蟲はそれだけで奴等の仲間入りを果たした」

 静かに言い放つそれに、ジョルジュは畏れしか感じていなかった。それはもう、人では無い。
ヒトの体裁を取り繕った、蟲の群体とも呼ぶべき"モノ"に他ならない。

(;+゚∀゚)「そうまでして、アンタは生きたいのか? アンタもう、個体ですらないんだぞ?」

(´・ω・)「ほっ。野暮な事を言う。儂は御蔭で、より上手く人を斬れるようになった。折角死ねた
と思ったのを起こされたのには腹が立ったが、今では感謝しておるわ」

 方向性の定まったモノは、既に人ではない。閑馬永空は、殺戮と言う方向性から動けず、文
字通りの永遠を彷徨う事を余儀なくされた囚人だった。

(+゚∀゚)「ったく……砌も面倒な置き土産を残してくれたもんだ。よりによってアンタとは、な」

(´・ω・)「全くだ。さて、今度は儂から問わせてもらおうかな」 (+゚∀゚)「――――断る」

 ジョルジュは両脚に強く力を籠めると、短く答えて跳躍した。ジョルジュは上、閑馬は下。半
ば弾丸じみた速度で落ちてきた村正を、閑馬の井上真改が受け止める。
 目も眩まんばかりに散った火花が、二人の髪先をちりちりと焼く。コンマ数秒の短い時間で
発生した膠着を、閑馬が左手で抜いた匕首の斬撃が突き崩した。

 刀を支点にする形で後方へと飛び退いたジョルジュは、地を這うように再度駆け出し、下段
からの表切り上げで閑馬の脇から胴を断たんと刀を振るう。


421 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 22:54:30.53 ID:n4Y0plzf0
 固い鉄の階段を駆け上るツンの背中を、内藤は大急ぎで追った。既にあのダンスホールが
最上階だった訳だから、屋上にはあっと言う間に到達する。

 空気が激しく流動している。見れば、小型の軍用ヘリ――――UH-1イロコイ汎用ヘリコプタ
ーだろうか――――が、ローターを回転させてアイドリング状態にあった。

ξ#゚听)ξ「――――待ちなさい、コンラッド!」

 身に纏ったタキシードを風にたなびかせ、ヘリに乗り込もうとしているコンラッド=ヴァルカン
に叫んで、ツンが手にした杭撃ちライフルの銃口を向ける。
 振り返ったコンラッドが一瞬だけ意外そうな顔をしたものの、すぐにあの貼り付けたような笑
みを浮かべ――――まるで彼女を抱擁するかのように――――両手を広げた。

( ´∀`)「おやおや……まさかキミ達がここまで辿り着くとはね。閑馬はどうしたのかな」

(;^ω^)「はぁ、はぁ、はぁ……あの侍なら、ジョルジュが相手をしてくれているお!」

 遅れて到着した内藤が、額の汗を拭き取り、自らもレイジングブルを持ち上げて叫ぶ。

( ´∀`)「なるほど、なるほど……ならば、話は早い。私はこれで失礼させてもらう」

 踵を返してタラップに足を掛けたコンラッドに、ツンのライフルが火を噴いた。が、激しい風の
せいか、白木の弾丸はやや狙いが逸れ、吸血鬼の横を掠める。

ξ#゚听)ξ「待てよ! 自分の仲間を放っておいて逃げる積もりなの!?」

 決然と叫ぶツンに対して、コンラッドはやれやれと小莫迦にしたように肩を竦めた。

( ´∀`)「何を言うのやら……我々は自分の命には自分で責任を持つ者だ。それが正しい生
物の在り方だろう? 私が彼等を保護する理由なんて、一つも無いね」

422 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 22:55:14.41 ID:n4Y0plzf0
 確かに、そうだろう。他者に頼って生きるなんてのは、正しい生き方とは言えない。
 しかし同時に、人類は自分以外の他人を助け、己の力不足を補い合って生きて来たのだ。

 吸血鬼の言うそれは、自分の力を過信した驕りの言葉だ。例えば、下で戦っている吸血鬼達
が生き残れると信じているとか、そういうのとは全く異なる。それは唯、他人の興味が無いだけ。

( ´∀`)「ま、そんな事はどうでもいいんだがね。いい加減、私を父と呼んでくれないか?」

ξ#゚听)ξ「フンッ――――そんな考え方の奴を、父親なんて認めない!」

 立て続けに、全く容赦する事なく、ツンはライフルのトリガーを引く。今度は風圧も計算されて
撃ち込まれた白木の杭は、過たずコンラッドの脳天を貫こうと――――

( ´∀`)「そうか、それは残念だ」 (;^ω^)「な……弾丸が、止まってるお!」

 コンラッドの眼前に、赤い線の方陣が展開されている。その中心から突き出した腕が、ツンの
放った必殺の杭を――――まるで冗談のように、受け止めていたのだ。

( ´∀`)「私はマグラを召喚するために色々と勉強をしてね。結果、このぐらいの真似は出来
るようになってしまった。呼び出せるのは彼とは比べ物にならない低級だがね」

 魔方陣からずるりと這い出してきたのは、山羊の頭を持った巨大な男だった。蝙蝠の翼を生
やしたそれは、正しく悪魔と呼ぶに相応しい異形である。

( ´∀`)「そっちの太っている方を殺し、ガブリエレを奪うのは容易い。しかしそんな悠長な事
をしていれば、私はあの怪物に追い付かれてしまうだろう」

(;^ω^)「怪物……って、ジョルジュの事か? ジョルジュの事か!」

( ´∀`)「そうだよ。私はキミなんて怖くも無いが、彼の事は死ぬほど恐ろしいんだ」
424 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 22:56:58.93 ID:n4Y0plzf0
(#^ω^)「ジョルジュは怪物なんかじゃないお! れっきとした人間だお!」

ξ#゚听)ξ「そうよ! 人を怪物呼ばわり出来る立場じゃないって判ってるの!?」

 青筋を浮かべて激昂する二人の少年少女を、コンラッドは冷めた目で見下ろしている。

( ´∀`)「……鎖国を始めてから吸血鬼が流入出来なくなった日本は、ある吸血鬼の一族に
支配されていた。彼等は夜刀の神と呼ばれ、彼等だけが日本の夜を支配出来た。それから数
百年が経った現代に蘇った彼等は、着実に同胞を増やし続け、日本の首都である東京だけで
も、僅か二年で三百と言う数にまで膨れ上がっていた」

(;^ω^)「な――――と、突然、何の話だお?」

( ´∀`)「だが、彼等は一番の大本である吸血鬼を含めて、日本の警察機構に殲滅させられ
た。公式には警視庁公安部のマゴーラカ神教対策班によるとされているが、実際に手を下した
のは、ある人間の男と――――それに同調したヴァチカン法王庁の騎士だった。
 男の名は日向夕介と言うのはすぐに判ったが、もう一人の殲滅者については、全く情報が得
られなかった。何故なら、彼は名前を隠すのではなく、複数個の名称を使い分ける事によって、
自らの正体を隠蔽すると言う、新しい手段を以て情報を撹乱したからだ」

ξ゚听)ξ「……まさか、それがジョルジュだって言うんじゃないでしょうね?」

( ´∀`)「察したいいね、さすが我が娘だ。キミの言う通り、その殲滅者はキミ達がジョルジュ
と呼んだあの少年だった。ついでに言うと、あの閑馬永空と言う侍は、その夜刀の神最後の末
裔と言う事になるから、ある意味では因縁の対決なんだが、まぁそれはどうでもいい。
 興味深いのは、現代に入って滅んだ幾つかの魔の一族――――吸血鬼に限らず、人狼や
妖怪のような人に仇名す者達の絶滅に、必ず彼を指し示す名前が含まれていた事だ。単純計
算でも、彼一人で殺害したモノは二千から三千。名のある者、無い者、全てだ。

 僅か十八年の歳月で二千の魔を殺したモノ――――恐ろしいと感じるのが普通だろう?」

425 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 22:57:51.53 ID:n4Y0plzf0
(;^ω^)「それが何だって言うんだお! お前の話は長すぎるんだお!」

( ´∀`)「ふん。ガブリエレは、彼が無条件で自分の味方だと思っているだろうけど――――
"その刃が自分には向けられない"と、どうして断言出来るんだい?」

(;^ω^)ξ;゚听)ξ「――――――――ッ!!!!!!!!!!」

 それは、普段であれば確実に否定出来る戯れ言だが――――説得力はある。そもそもクル
ースニクであるジョルジュにとって、ツンもまた排除対象には違いないのだ。

( ´∀`)「私は確かにマグラを蘇らせるために、ガブリエレを利用しようとした。しかし、自分の
娘をあの怪物から遠ざけたいと思う気持ちがあるのも、事実なのだよ」

ξ;゚听)ξ「うそよ! 今更そんな事言われても、信じられる訳がないわ!」

( ´∀`)「嘘じゃないさ。キミが素直に従うなら、そっちの太っちょを生かしてもやっていい」

 ツンはコンラッドの甘言に、思わず内藤を流し見た。内藤はジョルジュが何時ツンを殺しても
おかしくないと言うコンラッドの言葉に打ちのめされて、ツンの仕草にも気付かない。

( ´∀`)「まぁ、そういう訳だから、今日はガブリエレを諦めるよ。何と言っても、儀式の日まで
あと何日かある訳だからね。それまで、精々首を洗って待っている事だ」

(;^ω^)「ま、待つお! 逃がさないんだお!」

 ヘリに乗り込むコンラッドに向けて、内藤が銃爪を引き絞る。が、銃弾はコンラッドが召喚した
山羊頭の悪魔――――ゴートリングの腕が文字通り遮った。

 ローター音と共に去っていくヘリコプターと、雄叫びを上げる悪魔。内藤とツンは戸惑いを隠
せないながらも、互いに銃を構えてその悪魔と対峙した。
438 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:32:45.72 ID:n4Y0plzf0
( ´・ω・)「きえぁっ!」 (;+゚∀゚)「チッ……!」

 甲高い気合いと共に放たれた匕首を、内藤は腰から抜き放ったグロックで撃墜した。そのま
ま第二の投剣と化して飛び掛かってきた閑馬を右手の刀で迎え討つ。
 鈍い手応えと共に、閑馬の腕が半ばから両断される。しかしもう片方の腕で握っていた井上
真改蟲殺が、ジョルジュの頸を断ち切らんと横に薙がれる。

(;+゚∀゚)「ううおっとおぉ!」 ( ´・ω・)「これも避けるか……やりおるわ、小僧!」

 ジョルジュは上体を逸らしてそれを避け切り、カウンターで刺突を放つ。避ける事すらしない
閑馬の心臓に突き立った村正を、閑馬は素手で掴もうと手を伸ばす。
 そう、たった今切断された筈の腕を即座に"生やして"次の攻撃を行っている。刀を掴もうと伸
ばされた手は村正の刃に触れたが、ジョルジュがそのまま引き抜いてしまったため、触れた指
が零れて床に落ちた。その断面で、奇怪な蟲――――血仙蟲が蠢いている。

 ……既にジョルジュと閑馬の戦いの場は、あの階段からホールの中央へと移っている。未だ
にジョルジュを殺そうと襲い掛かってくる吸血鬼は居るが、ハンター達は手出ししない。ジョル
ジュが一人で戦う時、加勢をすると却って邪魔になるのを知っているからだ。

(;+゚∀゚)「ふひー……全く、その再生力は殆ど夜刀の神以上だな」

 閑馬の手は、指が無くなって実にシンプルな形状となっていたが、すぐに傷口から湧き出た
無数の血仙蟲が、元の指の形を再現する。その様は、まぁ、かなり気色悪い。

( ´・ω・)「如何にも……儂は既に、人でも吸血鬼でも無いのだろう」

 自虐的に笑って、閑馬は背後から飛んで来た吸血鬼の胴を切り落とした。邪魔される事を嫌
ったのか、彼は加勢に来た吸血鬼を、先刻から全部斬り捨てている。
 ジョルジュは転がしていたゴルフバッグに手を伸ばし、そこからもう一本刀を取り出した。二
挺拳銃を使いこなす通り、彼は両利きだ。二刀流も容易に行える。

439 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:33:59.34 ID:n4Y0plzf0
 乱れ小丁子の刀身は重ね厚い二尺五寸の有り触れたものだが、どういう所業によるものか、
黒や墨を塗った訳でも無いのに、表面がほんのりと黒ずんでいる。
 しかも奇妙な事に、その柄の部分にはごてごてと機械が取り付けられており、鍔にはレーザ
ーサイト、柄の後端には二列に並んだ爪の如き刃が捩じ込まれ、鍔より下の人差し指が掛か
る部分には、トリガーガードまで溶接された異形の刀である。

 無銘ではあるものの、その刀身から立ち上る気は、相応の妖刀であると見て間違いない。ジ
ョルジュは黒刀を右手に、村正を左手に握って立ち上がる。

( ´・ω・)「ほっ。よもや、二刀流とはな。そこまで出来る剣士が、未だこの世におるとは」

 楽しそうに笑う閑馬に黒刀の切っ先を突き付けて、ジョルジュは宣言する。

(+゚∀゚)「……あんたがどれだけスゲェ剣士でも、この二刀を捌けるかい?」

( ´・ω・)「確かに、難しいかもしれぬな。では、儂ももう一刀取ってくるとしよう」

 唐突にそう言うと、閑馬は踵を返して走り出した。右手に刀を提げて血に濡れながら走る閑
馬永空は、まるで獣――――それこそマシラのようである。

(+゚∀゚)「逃がすか!」

 言い放ち、ジョルジュもその後を追う。両手を広げて地を這うように走るその様は、人ではあ
るまい。閑馬が猿ならば、ジョルジュは逃げる獲物を追う狼か。
 裏切り者を処断せんと手を伸ばす吸血鬼を井上真改蟲殺で斬り捨てながら、閑馬はホール
の端まで一気に辿り着いた。そのまま壁を蹴り、二階へと飛び上がる。

 ジョルジュはその後に続く。壁を蹴る事すらせずにそこまで到達出来るジョルジュの脚力は、
些か閑馬を上回っている。剣技でやや上回る閑馬とジョルジュが互角に戦えたのも、彼が閑
馬よりも高い身体能力を誇っていたから――――唯それだけなのだろう。

440 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:34:40.00 ID:n4Y0plzf0
 閑馬は二階の床に足が着くや否や、壁に立て掛けていた刀を手に取っていた。
 鞘から抜き放ったのは、特に何の変哲も無い直刃の日本刀だった。柄が鉄で作られていと
言う珍しい品だが、唯の人から見ればそれだけの刀だ。
 しかしジョルジュの視覚は、柄に括り付けられた二個の鈴と、その刀から立ち上る緑色の妖
気を確かに捉えていた。禍々しい、閑馬自身を具現したような気を。

( ´・ω・)「はぁっ!」 (;+゚∀゚)「チッ、うおおらあぁっ!」

 心臓目掛けて突き出された妖刀の切っ先を、ジョルジュは咄嗟に手にした二刀を交差させた
点で受け止めた。が、手摺を足場に立っていたため、バランスを崩して吹っ飛ぶ。
 飛ばされる瞬間に方向を修正したジョルジュは、唯一残っていたシャンデリアの上に着地し
たが、閑馬はそれすらも見越して追って来た。トンデモナイ奴だ。

( ´・ω・)「死ね!」 (;+゚∀゚)「ってぇ、冗談じゃねぇぞ!」

 表切り上げと逆袈裟――――左右同時の二刀を、ジョルジュは全く同じ軌跡で刀を振るう事
で捌いた。しかし、逸れた妖刀がシャンデリアを固定する鎖を断ち切った。
 落下していくシャンデリアの上から飛び退き、互いの間合いから逃れる閑馬とジョルジュ。落
ちて来たその質量に巻き込まれて、ハンターや吸血鬼が悲鳴を上げているが、どちらも相対す
る相手が気になって、そんな事には構っていられない。

 ジョルジュは、閑馬が手にした妖刀に見覚えがあった。何時かレプリカを見た事があるだけだ
が、それでもソレが本物かどうかぐらい、一目で判る。

(;+゚∀゚)「妖刀ニヒルだと――――どうしてそれがここにある!」

 それはかつて、ある作家の描いた妖刀だった。数百の人の怨念を吸い込んだ妖力は、ジョル
ジュの持つ村正にも匹敵する、非常に強い呪いである。
 そうして人を殺し続けた刀は、何時しか本当に妖怪を宿すようになった。今では、持つ者に「人
を斬れ」と言う抗い難い強制暗示を掛ける諸刃の剣となっていた。

441 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:36:16.83 ID:n4Y0plzf0
( ´・ω・)「知れた事。儂は人を斬る事に執念を燃やし、この刀は斬った者の魂を吸う事を欲して
おった。利害が一致したのだから、共に居るのは当然であろう?」

 笑いながら言い放つ閑馬は、その強烈な呪いに曝されながらぴんぴんしている。それは詰ま
り、閑馬にとってこの妖刀の暗示は常態と何ら変わりないと言う事か。
 最悪とは言わないまでも、あまり好ましい組み合わせではない。最強クラスの斬殺魔と、最強
クラスの妖刀が組んだのだ。鬼に金棒どころではあるまい。

( ´・ω・)「果てさて、得物が揃った所で再開しようではないか。血塗られた剣舞の続きを」

 両手の剣をかちゃりと鳴らし、閑馬永空は構えを取る。右手の井上真改蟲殺を頭上に、左の
妖刀ニヒルを腰の位置に置いたそれは、かの二天一流と同様の構えである。
 無論、閑馬永空は新免宮本武蔵など知るまい。あれは閑馬が戦いの中で実用を求めて自然
と編み出した構えであり、単にそれが二天一流のものと重なっただけの事。
 そして、ジョルジュが取った構えもまた、閑馬とほぼ同じであるのも理由は同じだった。

(;+゚∀゚)「チッ……冗談じゃねぇぜ。あんなの、どうやって殺せばいいってんだ」

 頸を落とす事五回、足を断つ事八回、腕を斬る事四回。心臓を貫いた回数は、恐らく十を超
えるのだろう。それでも、閑馬はこうして立っているのだ。

 閑馬を含む夜刀の神が自らの肉体を再生する原理は、肉体に拠るものではない。
 人間とは、肉体と精神、魂の三つで構成されるとする考えがある。本来、これらは分類が可
能なだけでほぼ同一の存在であり、分離すれば人間が成り立たない。
 しかし吸血鬼は、肉体に宿った魂と言う名の設計図から自身の情報を取り出し、常にこの形
を保つように出来ている。彼等が失った部位をそのままに肉体を直せるのは魂によるところが
大きいからだ。そうでなければ、脳を失っても生きる事は出来ない。

 それでも、吸血鬼は弱点を持っているから、肉体を殺す事で魂諸共殺す事が出来る。しかし
閑馬永空は、最早その肉体を殺す術は、完全に無くなっている。

442 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:37:20.06 ID:n4Y0plzf0
 吸血鬼である以上、心臓を貫けば殺せるのだろう。しかし、閑馬は血仙蟲を保持する不死者
であるから、心臓を貫いたぐらいでは殺せないのだ。
 かと言って、血仙蟲による不死者を止める手立て――――腕や足を切り落とす、頸を破壊す
る――――と言った手も、夜刀の神である故に無意味。

(;+゚∀゚)「(しかも、そんなのが二千人斬殺した剣技を惜し気も無く披露するんだもんなぁ)」

 閑馬永空が最初に殺された約二百歳の時までに殺したのは、凡そ千人。その後に吸血鬼と
して蘇ってから、彼は更に二百年を生きた。単純に倍で二千人だ。
 確かに相手は自分より弱い人間が多かっただろう。しかし、それだけの人間と命の遣り取り
をして生き残ったその剣技は、最早現代で適う者が居るかも怪しい。

 魔術も秘術も使えず、身体能力も向上したとは言え、並の吸血鬼と同程度。

 唯それだけの閑馬を最強足らしめるのは、「決して殺せない」と言う事と、「ジョルジュと同等
の剣技を持つ」と言う、この二点に集約されるのだろう。

 相手を殺す手立てがあるなら、やがてはそれに至れるだけの力をジョルジュは持っている。
しかしながら、殺す手立てが無い相手を殺す事は到底出来ない。

(;+゚∀゚)「こういう連中は、どうやって殺すんだったかなー……」

 一応、一級の概念武装によって彼等が拠り所とする魂を浄滅すると言う方法が、無い事も無
いのだが――――そんな代物、今のジョルジュは持ち合わせていない。

( ´・ω・)「何をぶつぶつと呟いておる。そんな暇があるなら、戦え」

(;+゚∀゚)「チッ……ヤベェな、流石に死ぬかも」

 閑馬が飛び掛かってくる。それを迎え撃つジョルジュは、己の敗北すら幻視していた。

443 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:38:40.64 ID:n4Y0plzf0
ξ;゚听)ξ「内藤、危ない!」 (;^ω^)「ちょwwwww死ぬスwwwwww」

 内藤はツンの声を聞きながら、頭上から叩き付けられる拳に向けてトリガーを引いた。
 発射された.454カスール弾は、人間であればどの部位に当たっても確実に死に至らしめるだ
けの威力がある筈だが、着弾の衝撃はその拳の軌道を僅かに変えるに留まった。
 頭蓋を叩き割らんとした山羊頭の悪魔――――ゴートリングの一撃から逃れ、内藤は続け
てレイジングブルの銃剣を閃かせ、悪魔の腹を切りつける。

(´・д・`)「オオオォォォオオォォォォォォ――――」

 鼓膜に響くような凄まじい怒号が響き、ゴートリングが比喩でも何でも無く冗談抜きで丸太の
ような太さの腕を振るう。内藤はステップを踏んで直撃を回避する。

(;^ω^)「ツン、頼むお!」 ξ#゚听)ξ「オーケイ! さぁ、とっとと地獄に帰れ!」

 罵倒と呼ぶには頭の悪い台詞を吐きながら、ツンが携えた杭撃ちライフルを撃つ。叩き込ま
れた白木の杭は過たずゴートリングの肩を穿つが、大して効いた様子は無い。

 コンラッドの残した悪魔は、必要以上に強かった。しかし、ツンの的確な援護射撃と何より内
藤の格闘技能は、人ならざる悪魔との戦いを可能としていた。
 特に内藤の動作は凄まじく、紙一重に見せ掛けて悪魔の打撃を避けていた。とは言え、先日
手合わせしたブレイドと比べれば、ゴートリングの動きは大したものでは無かった――――少
なくとも内藤はそう体感し、実感している――――のだが……

(´・д・`)「ガアアァアァァァアアアアァァァァッ」

 しかし、無限の体力を誇る(ように見える)悪魔との戦いは、内藤とツンを確実に追い詰めて
いた。互いに決定打は与えられていないが、体力の差は如何ともし難い。

ξ;゚听)ξ「ハァ、ハァ……なんか、勝てる気がしないわよ」 (;^ω^)「確かに辛いお……」

444 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:39:26.10 ID:n4Y0plzf0
(;^ω^)「ツン、残りの弾はどのぐらいだお?」 ξ;゚听)ξ「後マガジン一個ぐらい……」

 ツンの言う通り、彼女の武器はもう何発も撃てない。内藤のレイジングブルも既に装填されて
いる分で終わりだから、それが無くなったらもう仕込み刀と銃剣で戦うしか無くなる。
 内藤は肩に刺さった杭を抜く悪魔を横目に、現状を打破する手立てを考えていた。

(;^ω^)「でも、ダメージはある筈なんだお! 勝てない事は無いお!」

 そうだ。あの悪魔は、内藤達の攻撃を回避するような動作を何度かしている。詰まり、避けな
くてはいけない――――全く効いていない訳では無いのだ。
 倒せない訳では無いのなら、倒せる。倒す。倒す以外に自分達が生き残る道は無い。

ξ;゚听)ξ「それまで私達の体力が保つか判らないけど……やるしかないわね」

 ツンが最後のマガジンをライフルに叩き込み、ボルトを引く。じゃこっ、と言うその大きさの銃
にしては頼もしい音を聞きながら、内藤は軽く膝を曲げた。

 三メートルはありそうな図体を持つ山羊頭の悪魔は、意外と動きが素早い。おまけにその巨
体から繰り出される一撃には、きっちりと力が乗っている。
 こういう奴は懐に潜り込んで倒すのが定説だが、果たしてそこからどうすれば良いのか。頸
を落とすか心臓を貫くかしたら死ぬのかも、怪しいものだ。

( ^ω^)「行くお、ツン!」 ξ゚听)ξ「任せて!」 (´・д・`)「ゴオオォアアァアァァッ!」

 駆け出す内藤の背中から、三発の白木の杭がゴートリング目掛けて撃ち込まれる。彼は例
えば魔力の障壁のようなものは使えないから、それは避けるか受けるかしかない。
 避ける事で内藤との距離が開く事を嫌ってか、悪魔はその全てを手で受け取った。しかしそ
れを期待していた内藤は、振るわれる腕を掻い潜って懐に入り込んだ。

(´・д・`)「――――――――!」 (#^ω^)「死ねだおおおぉぉぉぉぉ――――ッ!」

445 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:40:20.39 ID:n4Y0plzf0
 ゴッ、と酷く鈍い音が聞こえた。溢れていたアドレナリンが、一気に止まるような感じ。

( ^ω^)「――――え?」

 内藤は何が起こったのか、一瞬判らなくなった。取り敢えず、目の前にはゴートリングの巨体
があって、その心臓目掛けて突き出した仕込み刀が止まっているのは判る。
 どうして止まったのかと問われれば、内藤の腹に突き刺さったゴートリングの膝が、自分の身
体を押し留めているからで。だからこそ先刻の音が聞こえたのか。

 時間にすればコンマ数秒にも満たない短い間だったのだろうが、兎に角内藤はその一撃に
強い衝撃を受け、そのままごろごろと地面を転がった。

ξ;゚听)ξ「内藤!」 (||^ω^)「き、来ちゃだめだお、ツン!」

 思わず駆け寄ってくるツンの前に、両手を振り被ったゴートリングが立ち塞がる。

ξ#゚听)ξ「チィッ……邪魔なのよ!」

 叫んで、ツンが手元のライフルを撃ち込む。発射された杭は、ゴートリングの腕や足をゼリー
のように貫いていく。が、それはあくまで足止めにしかなっていない。
 一瞬躊躇したツンだったが、すぐさまライフルの銃口をその山羊頭に向ける。トリガーを引い
たツンだったが――――放った杭は、悪魔の指が受け止めていた。

(´・д・`)「ガアアアァァァッ……アアアァァァァッ!」

 雄叫びを上げるゴートリング。ツンは次弾を撃とうと銃爪を引いた――――しかし、響いたの
は銃声ではなく、がちん、と言う虚しい金属音だけだった。弾が、切れたのだ。
 この悪魔は知性を持ち、ツンの弾が切れた事を理解した。その顔に人ならぬ笑みが浮かぶ。

ξ;゚听)ξ「あ……こ、来ない、で……」 (´・д・`)「グルルルルルウゥアアァァ……」

446 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:41:13.30 ID:n4Y0plzf0
 ――――身体が動かない。白くなった視界が、正常な映像に戻り、そして暗くなっていく。

(#^;;ω^)「く、ううぅ……」 ξ;゚听)ξ「内藤――――あぁ、もう! 来るなってば!」

 倒れた内藤の視界では、弾の切れたライフルを振り回して、悪魔を殴り付けるツンの姿が映
っている。しかし、悪魔はツンの腕を容易く掴み、その身体を持ち上げる。

 内藤は破壊された己を自覚しながら、立ち上がろうと足に力を籠めた。そうして震える足を無
理矢理地面に突き立てるものの、完全に起き上がる前に崩れ落ちる。
 既に彼の肉体は規定以上のダメージ――――内臓の幾つかが破損、肋骨が何本か折れて
肺に刺さっている上、背骨に皹まで入っている――――を受けている。

 ――――心は未だ、朽ちていない。しかし、身体はもう、戦う事を拒否している。

(#^;;ω^)「ツン……クソッ、その小汚い手を放すお!」

 言って。内藤は持ち上げたレイジングブルのトリガーを引いた。叩き込まれた.454カスールは
ゴートリングの腹を抉ったが、大した損傷を与えてはいない。
 悪魔は構わずツンの身体を拘束すると、背中から巨大な翼を取り出した。悪魔と言う言葉に
相応しい蝙蝠のような翼がぶるりと震えるだけで、大気が流動する。

(#^;;ω^)「――――コンラッドの所に、連れて行く気かお……」

 ツンの肉体は血の神マグラ復活の上で、とても重要なファクターだ。連れ帰る事が出来るな
ら連れ帰れ――――おそらく、コンラッドはそう命じていたのだろう。
 そんな作戦、成功すれば御の字と言う程度のものでしかない。しかし今、内藤の力が至らな
いばかりに、ツンはコンラッドの下へと運ばれようとしている。

 ――――そんな所業を、させてはならない。だが、今の装備では止められない。

447 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:41:46.31 ID:n4Y0plzf0
 ――――さて、どうしたものか。

 考えながら、内藤はレイジングブルのトリガーを引き続けた。発射された銃弾は全て悪魔の
背に生えた翼を撃ち貫き、ゴートリングの飛行を妨げた。
 無論、それはあくまで一時凌ぎだ。修復させようとすればすぐに直せるだろう。重要なのはそ
うして作った隙の合間に、現状を打破する手立てを考える事だ。
 まぁ、敵もそんな悠長に時間を与えてくれる筈も無く。振り返ったゴートリングが、ツンを抱え
ていない方の手を掲げ、広げた掌に魔力を集中し始めた。

(´・д・`)「オオオォォォ――――」 ξ;゚听)ξ「内藤、危ない!」

 そんな事は判っている。しかし、避けようと思って避けられるものでもあるまい。
 流石に死ぬかもしれない、と思いつつも、内藤は酷く冷静にそれを眺めていた。

(#^;;ω^)「ごめんだお、ツン……」 ξ;゚听)ξ「内藤――――」

 既に意識は無い。悪魔の姿も見えない。唯、ツンの声だけが耳に届いている。
 悪魔が片手を振るう。途端、魔力で形作られた"火炎の玉"が、内藤に襲い掛かる。

 炎は全てを浄化すると誰かが言っていた。牙も爪も持たないヒトが、恐ろしい獣と対峙するた
めに、彼等は自然に発生するしかない炎を制御する術を身に付けたと。
 だから、悪しきものを滅ぼすためには、燃やしてしまうのが手っ取り早い。内藤も二度目に吸
血鬼を殺した時、.454カスールのエクスプローダーを使ったのだ。

 内藤は右手を握り締めた。以前にイカレジャンキー共と戦った時の感覚を思い出す。ブレイ
ドに止められなければ、自分はそこに辿り着いていただろう。

(#^;;ω^)「だから――――今辿り着いても――――同じ事――――」

 世界が白く燃える。否、燃えているのは己だ。答えは全て、己が内に。

448 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:42:57.67 ID:n4Y0plzf0
 その場の誰もが驚愕していた。ツンも、悪魔も、そうした内藤自身すら若干驚いていた。
 狭いヘリポートの上は、白い炎に覆われている。闇を縫う火炎が、コンクリートを這うように取
り囲む。大気に満ちたエーテルが、炎へと形を変えていた。

 クルースニクの特殊能力――――彼等は、動物の他に自らを火炎に変える事が出来る。

 素質はあったのだろう。まだ、何も知らなかった頃……ジャンキーに殴られてボコボコにされ
た内藤は、そうして自分を疵付ける者達を燃やそうとしたのだから。

ξ゚听)ξ「内藤……」 (´・д・`)「――――――――」

 心配そうに見守るツンを他所に、内藤は立ち上がった。痛みは既に麻痺している。口からは
冗談のように大量の鮮血が零れる――――その血すらも炎に変わる。
 そこは一つの異界……否、結界と化していた。内藤は殆ど意識の無い状態で、ビルの屋上
と言う限られた空間を、まさに体内の延長として取り込んでいる。

 そこは正しく――――内藤のために用意された、内藤の舞台。

(´・д・`)「ウ、オオオォ――――」 ξ゚听)ξ「キャッ」

 その獣に近い本能から、目前の危険に気付いたのだろう。ゴートリングは大事に抱えていた
ツンをその場に放ると、両手を大きく振り被って走り出した。
 内藤は動かない。血だらけの顔を俯かせて――――右手を前方に振り切った。

( ゚ω゚)「――――」 (´・д・`)「――――ガアァァァッ!」

 地面に撒いたガソリンに引火するような勢いで、白い炎が悪魔の足を焼く。衝撃も伴っていた
のか、悪魔は足を炭化させながら結界の中を転がった。
 吹き飛んだ悪魔の身体が結界の淵に触れる――――触れた部分が燃え上がる。片脚を奪
われた悪魔は、続いて背中に生やした翼すら失ってしまった。

449 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:43:36.42 ID:n4Y0plzf0
 左腕ではいけない。生身である右腕でなければ、燃やす事は出来ない。

( ゚ω゚)「――――――――――――――――!」

 内藤は倒れた悪魔に向かって、凄まじい勢いで駆け寄った。背骨に皹が入った状態でどうし
て走る事が出来るのか。或いは既に傷は治っているのか。
 それを見て取ったゴートリングは――――悪魔が決して感じないと言われる恐怖、恐れから
――――内藤から離れるために、残った片足で跳躍した。

 内藤の火炎は、地面から離れられない。だから、空に飛べば何とかなる――――

(´・д・`)「ギイイィャアアアァァァッ――――!」 ( ゚ω゚)「――――――――」

 無言のまま内藤が振るった右腕が、文字通り火柱と化して悪魔の身体を焼いた。地を走るだ
けであると言う悪魔の推測は、そもそも間違っていたのだ。
 遠くから見たら、強力極まりないサーチライトに見えただろう。しかしこれを唯一間近で目撃
する事が出来たツンにとって、それは炎で出来た剣に近かった。

ξ゚听)ξ「凄い――――これが、クルースニクの力なの……?」

 ツンが呆然と呟く。視界を白く焼き尽くしていく内藤の炎は、更に勢いを増していく。
 自分が焼かれるかもしれないと言う状況ながら、ツンはその美しさ故に逃げられなかった。

(´・д・`)「キィイイィィ――――!」 ( ゚ω゚)「――――――――」

 右半身を完全に焼き尽くされた悪魔が、バランスを失って落ちて来る。落下地点に先回りして
いた内藤は、下段に溜めた右手を天を貫く勢いで突き上げた。

 白い火炎のアッパーは天空を突き破り――――途上にいた悪魔を消し炭に変えたのだ。

450 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:44:19.74 ID:n4Y0plzf0
 燃え尽きた悪魔の身体が地に落ちる。重い音を響かせて墜落したゴートリングは、既に生物
としての機能を完全に失っていた。もう頭と右腕しか残っていない。

ξ゚听)ξ「内藤…………」 ( ゚ω゚)「――――――――」

 駆け寄って来たツンは、その近寄り難い雰囲気に思わず足を止めた。内藤は死した悪魔の
死体を見下ろしているように見えて、その目はどこも見ていない。


 そうして短い沈黙の後――――内藤は、びくり、と身体を震わせた。

Σ( ^ω^)「ハッ……僕は、僕は一体どうしたんだお!?」

 言葉を取り戻した内藤は、足元に転がっている悪魔の死体を見て「ちょwwww何このグロ画
像wwww」と叫んで飛び退いた。ツンは最早呆れて言葉も無い。

ξ゚听)ξ「え……? 何、覚えてないの?」 ( ^ω^)「何がだお?」

 どうやら内藤は、本当に記憶を無くしているらしい。確かにあの火炎を自在に操ると言うより
は、何処か放心の態にて技を扱っていた気もするが……
 ツンはそこまで考えて止めた。どうせ自分は専門家では無いのだし、何があっても内藤は内
藤だ。彼が何であるか考えるのは、コンラッドの甘言を気にするようで良くない。

ξ;゚听)ξ「って、そうだ。コンラッド!」 ( ^ω^)「コンラッドがどうかしたのかお?」

 暢気に首を傾げる内藤の頭を、ツンはかなり思い切りはたいた。

(;^ω^)「ちょwwwwイタスwwwww」 ξ;゚听)ξ「逃げちゃったじゃない! 追わないと!」

451 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:44:47.26 ID:n4Y0plzf0
(;^ω^)「でも、相手はヘリコプターだお。どうするんだお?」 ξ;゚听)ξ「それは……」

452 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:45:38.40 ID:n4Y0plzf0
(+゚∀゚)「おーい、何やってんだご両人〜」

 言葉に詰まったツンと内藤の背に、そんな暢気な声が掛けられた。振り返ると、頭から明ら
かにノープロブレムとは言い難い量の血を流したジョルジュが歩いてくる所だった。

(;^ω^)「だ、大丈夫なのかお、その傷! それに、あの侍は……」

(+゚∀゚)「あー、大丈夫大丈夫。疵は直ぐ治るから。でも、閑馬永空には逃げられたよ……一階
まで飛び降りていったけど、不死身だから多分生きてると思う」

ξ;゚听)ξ「飛び降りるって――――何てヤツよ。流石にそれは追えないわね」

 地上からどれだけの高さだと思っているのか。吸血鬼としても、五十階建てのビルから飛び
降りるなんて真似をして、唯で済む筈は無いが、彼はそれが出来るのだろう。
 確かにあのツラは、自殺をするような性格とは思えない。きっと今もどこかで生きている。

(+゚∀゚)「いや、俺も出来るけどな、そんぐらい」 (;^ω^)ξ;゚听)ξ「出来んのかよ!」

ξ゚听)ξ「じゃあ、何で追わなかったのよ。アイツはここで倒した方が良かったでしょ?」

(+゚∀゚)「まー、そうなんだけどな……装備が足りなくて殺し切る自信が無かったから、今回は見
逃す事にしたんだよ。次は絶対に――――逃がさないが、な?」

 特に気負うでもなく気楽に言い放つジョルジュだが、それがどれだけ困難であるかは内藤と
ツンも判っていた。あの侍は、決して並大抵の剣士ではない。

(+゚∀゚)「ところでコンラッドは? 真逆、もう殺っちまったなんて事はねーよな」

( ^ω^)「そうだったお! コンラッドは逃げたんだお! 早く追わないと――――」

453 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:46:14.10 ID:n4Y0plzf0
(+゚∀゚)「逃げたって言うと……なんだ、翼でも生やして飛んでいったのか?」

ξ゚听)ξ「いや、普通にヘリだったけど……なんだっけ?」 ( ^ω^)「UH-1だったお」

(+゚∀゚)「イロコイか……軍用じゃないよな、退役しているし。ちょっと待ってろ」

 ジョルジュはそう言うと、ポケットから取り出した無線機に何やら話しかけた。

(+゚∀゚)「えぇ、はい、お願いします……今日のフライト記録を調べてくれるってさ」

ξ゚听)ξ「誰が?」 (+゚∀゚)「米空軍」 (;^ω^)「そんなコネまで持ってるのかお……」

 アメリカに限った話では無いが、基本的に航空機やヘリコプターは、航空局の許可無しに飛
行する事が出来ない。そのため、記録を調べれば意外と行き先が判るのだ。
 それに無印のUH-1は米陸軍が採用していた回転翼機としては既に退役している旧式である
が元軍用には違いない。それだけで特定は容易だと言えよう。
 逆に許可無しで飛行しているのなら、公的に警察機関などが追跡する事が出来る訳だ。

(+゚∀゚)「さてと。良い知らせと悪い知らせがあるんだが、どっちから聞きたい?」

 無線機を仕舞ったジョルジュは、ニヤニヤと妙にやらしい笑みを浮かべて訊ねた。

ξ゚听)ξ「え? じゃあ、悪い知らせからで」 (;^ω^)「(僕はシカトかお……)」

(+゚∀゚)「今日の戦いでハンターの半分ぐらいが戦線離脱したよ。まぁ、死人が出なかったのは
殆ど奇跡の類だけど……おかげでちっとばかしやり難い状況だ」

ξ;゚听)ξ「…………」 (;^ω^)「それって、結構マズイのかお……?」

(+゚∀゚)「吸血鬼に挑む時は多対一が基本だぞ? こっちの方が数が少ないなら、戦えない」

454 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:47:17.18 ID:n4Y0plzf0
 吸血鬼は人間よりほぼ全てにおいて優れた戦闘能力を誇る。故に、人間が彼等と相対する
場合、少しでも有利な状況で戦うと言うのは基本である。
 ヴァンパイアハンターの先駆けとも言えるヴァン=ヘルシング教授も、別に真正面から莫迦
正直にドラキュラと戦って勝利した訳では無い。彼は眠っている吸血鬼の心臓に杭を突き立
てると言う、いわば奇襲によってドラキュラを滅ぼすに至ったのだ。

ξ;゚听)ξ「じゃあ、何人ぐらい戦える人がいるの? 私と内藤とあなたと――――」

(+゚∀゚)「人間じゃない人達は大体生き残ってるよ。ブレイドさんとかレインさんとか。後は夕介さ
んとかフリッツさんみたいな、古参のハンターで……十人ぐらいか」

(;^ω^)「敵の数は大体どのぐらいだお?」 (+゚∀゚)「推定でも二百は超えるらしい」

 序でに言えば、コンラッドは悪魔召喚の術を手に入れている。数字だけでも絶望的だ。

ξ;゚听)ξ「はぁ……それで、良い知らせって言うのは?」

(+゚∀゚)「アメリカ合衆国政府からコンラッド=ヴァルカンの処分命令が出た。今までは政府機関
の一部に勢力を伸ばしていたからホワイトハウスも達観してたみたいだけど――――流石に世
界を滅ぼすなんて真似をする奴を、野放しには出来ないって事らしい」

 吸血鬼は長生種と言うだけあり、政府の裏側にも相応のコネクションを持っている。故に大抵
の国は彼等の処断に消極的なのだが、それもまた場合に拠りけりだ。

( ^ω^)「そうすると……えっと、どうなるんだお?」

(+゚∀゚)「政府はヴァチカンに協力を仰いだ。クリスマスまでには二百人規模の応援が来る」

ξ゚听)ξ「それって、詰まり――――」 (+゚∀゚)「あぁ。俺達はまだ、戦える」

455 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:48:20.30 ID:n4Y0plzf0
(+゚∀゚)「そうと決まったらとっとと帰ろうぜ。野郎をぶっ殺す準備をしなくちゃ」

ξ゚听)ξ「そうね……そうよ。このままで済ませるもんですか!」

 ぐっ、と両手を握り締めるツンとジョルジュを見ながら、内藤はほっとしていた。

 自分達が生き残れる可能性は、決して高くなかった。ツンのマンションで吸血鬼信奉者に囲
まれた時、パーティ会場で吸血鬼と戦った時……何時死んでもおかしくない。
 それでも、自分達は今日を生き抜いた。この困難な状況を生存したのだ。これから先、どん
な敵と戦う事になろうとも、それらを打破する事は出来る気がする。

 そうして自信を持った内藤は――――しかし、背後に迫る脅威に気付かない。


 ふと。出口へと向かっていたジョルジュが、首だけを巡らせて内藤とツンの方を見た。
 内藤がふらつきながら歩いてくる。ツンがその肩を支えている。それだけの光景だ。

 ――――二人の背後で、黒く焼け焦げた腕が持ち上がったりしていなければ。

(+゚∀゚)「内藤、後ろだ!」 ξ゚听)ξ( ^ω^)「え――――――――?」

 ジョルジュが叫ぶが、内藤が振り返るよりやや迅く。その腹に岩のような拳が叩き込まれ、内
藤の身体はもう何度目か判らない強制的な跳躍によって宙を舞った。

(;^ω^)「げふっ……」 (´#・;;д・`)「ゴアアァアアァァァァオオォォォォォ――――」

 肉体の九割近くを焼かれながら、ゴートリングは未だ生きていた。それこそ、彼等が悪魔と呼
ばれる所以なのかもしれないが、内藤達にとってはそれどころではない。
 悪魔の腕が持ち上がり、突然の凶行に硬直していたツンを掴んだ。彼女が悲鳴を上げる間
もなく、悪魔はその背から新たな翼を生やして、素早く飛び上がる。

456 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:49:20.69 ID:n4Y0plzf0
(;+゚∀゚)「ツンさん――――! 畜生、放せよこのクソ悪魔が!」

 真っ先に反応していたジョルジュが、懐からグロックを引き抜いて悪魔に向ける。しかしゴー
トリングはツンを盾にすると、そのまま凄まじい勢いで飛んでいく。
 今にも落ちそうな危なっかしさで飛ぶゴートリングだが、逆にそのランダム飛行がジョルジュ
の照準を妨げた。そうして狙いを定められずに居る間に、悪魔は射程から逃れている。

(;^ω^)「うゥ……ツン、ツン――――!」 ξ;゚听)ξ「ヤだ……内藤、内藤――――!」

 二人の呼び声が虚しく響く中、ゴートリングは闇の向こうにその姿を消した。

 ……十秒にも満たない短い攻防の中で、内藤はツンを奪われてしまった。


( ;ω;)「く、うぅ……! くそっ、ツン……僕が不甲斐ないばかりに……」

 悪魔の拳を受けたおかげで先刻のダメージが蘇った内藤だったが、身を焦がす怒りが痛み
を忘れさせていた。或いはその憤怒が、彼の身体を強引に治しているのか。
 そうしてその場に崩れ落ちる内藤……そんな彼を、悔しそうに夜空から目を放したジョルジュ
が、コートの襟首を掴んで、殆ど無理矢理立ち上がらせた。

(#+゚∀゚)「――――何、メソメソないてやがる! 立て!」 ( ;ω;)「うぅ……ジョルジュ?」

 今にも殴り掛かろうとしたジョルジュは、しかし無限の忍耐で以て冷静な態度を保った。

(+゚∀゚)「いいか、よく聞け。ツンさんは、少なくとも二十五日までは大丈夫だ。彼女が生存してい
ないと、儀式は成り立たない。それまでは絶対に殺されない。儀式が始まる前に助け出せば、
何も問題はない――――これはもう変えようの無い事実だ。判るよな?」

( ;ω;)「そうかお……」 (+゚∀゚)「そうだ。さぁ、立てよ内藤。泣いている暇は無いぜ?」
458 :腹痛の吸血鬼狩人 ◆Vampja/kBo :2006/03/18(土) 23:50:52.06 ID:n4Y0plzf0
 内藤は乱暴に涙を拭くと、何とか自分の足で立ち上がった。ゴートリングが飛び去った方角
に視線を向けるが、そこにはツンの影すら伺う事は出来ない。

 ――――別段、数年来の恋と言う訳では無い。むしろ付き合いは短い方だと思う。

 吸血鬼に襲われた彼女を助けると言う、実に珍しい出会いをした。それから何度か話をする
機会を得て、気が付くと二人の人生は常軌を逸したものになっていた。
 内藤はツンの事を好いていたし、それはツンも同じだ。それが真実の愛なのか、単なる吊り橋
効果なのか、それは二人にも判らないし、きっとどうでもいい事だ。

 今この瞬間、己は彼女を取り戻したいと願っている――――それで充分ではないか。

( ^ω^)「……やるお。僕は、ツンを助けるお! あんな連中の手には渡さないお!」

(+゚∀゚)「その意気だぜ、内藤。ヴァチカンの吸血鬼殲滅部隊の実力は折り紙付きだからな。あ
のいけ好かないキザ野郎に、目にもの見せてやるぜ!」

 内藤の肩を力強く叩いたジョルジュが、その手を引いて出口へと走り出す。

 ツン達が消えていった空はそこにある。しかし、内藤はもう振り返らなかった。


      Daybreak is near
 ――――夜明けが近い。


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