7 :1 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:11:46.79 ID:GS4lQuNU0
 真っ赤なコートを来た長身の男が、手にした白木の杭を突き出した。
 心臓を突き刺された吸血鬼が、断末魔の叫び声を上げ、灰になる。

 『God judgiment you......』

 男は聖句のような言葉を口にして、懐から巨大なマシンガンを取り出す。
 銃口から吐き出された銀の弾丸が、群がる吸血鬼達を悉く撃ちぬいていく。


( ^ω^)「やっぱりアルカードは凄いお……」

 内藤はブラウン管の向こうで戦う主人公に、食い入るような憧れの視線を向けていた。

 既に日はビルの向こうに沈み、電灯の明りが無ければ、彼は闇の中に埋もれていただろ
う。灯火管制では無いが、この辺りは寂れた路地だから、町の明りは届かない。

( ^ω^)「吸血鬼ハンターってカッコイイお……僕もやってみたいお」

 誰に言うとも無く、内藤はそんな言葉を口にした。或いは、誰も見ていないからこその言
葉だったのかもしれない。誰か居る所でそんな言葉は口に出来ない。多分。

( ^ω^)「でも、吸血鬼なんて居るわけないお。だからハンターもいないお」

( ^ω^)「仮に居たとしても、僕があんな奴等と戦えるわけないお。つーか怖いお」

( ^ω^)「…………」

( ^ω^)「哀しくなったから、気晴らしに外に出るお。散歩してくるお」

8 :1 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:12:22.58 ID:GS4lQuNU0
 内藤は、持っていた懐中電灯のスイッチを入れて、電池が入っている事を確かめた。
 既に時刻は午前二時。街灯の壊れた場所が多いこの辺りは、ライト無しでは自分の掌
すらも見えない。こんな時間にこんな場所を歩くのは、内藤だけだ。

( ^ω^)「人が居ない町は楽だお。人間なんてみんな死ねばいいと思うお」

 心にも無い……ことも無い台詞を呟きながら、内藤はコートの襟を正した。十二月に入
った今年は特に冷え込みが激しい。今日の気温は一桁以下だった筈だ。

(;^ω^)「でも、ここまで人が居ないとちょっと寂しいお」

 ふと。内藤は思い出した。恐らくは思い出さなくてもいい事、思い出さない方がいい事。
 脳裏に浮かぶのは、今日学校で、友人に見せられた新聞の記事だった。

 ――数日前に見付かった若い女性の死体の首筋に、二列に並んだ傷跡があり、
 ――ここ数日、似たような傷を負っている死体が、老若男女問わず見付かって、
 ――人々は口を揃えて恐れ戦く。それは正しく、現代に蘇った吸血鬼だ……と。

 その現場は、確かこの近くでは無かっただろうか――――

(||^ω^)「……思い出したら余計に怖くなったお。コンビニで何か買って帰r」

 言い掛けて。内藤は、遠くから聞こえてきた誰かの声に、耳を済ませた。
 それは男のようであり、女のようであり。笑い声のようであり、悲鳴のようであった。

(;^ω^)「人が居るお……ちょっと、往ってみるお」

9 :1 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:12:53.26 ID:GS4lQuNU0
 別段、深い意味があった訳でも、その可能性を考えた訳でもない。

 どちらかと言えば。自分以外の人間を見つける事で、安心したかっただけだ。多分。
 少なくとも。何かの本で読んだが、異常な殺人者と言うのは、自分より弱い獲物を狙う。
だから、獲物が二人以上になった場合、数で不利になるから襲わない……筈だ。

 故にそれは、内藤にとってやや予想外ではあったし、踵を返して家に帰りたくなる、どちら
かと言えば自分の境遇を思い知らされるような光景であった。


 二人の人間が居る。片方は背の低いほっそりとした女で、もう片方は背の高い男だ。
 男は纏った外套を翻し、女を腕に抱いていた。顔がくっつくほど強く抱き合っている様は、
控え目に見ても恋仲の男女が逢瀬を重ねる現場にしか見えなかった。

 要するに――――砕けた言い方をするなら――――お取り込み中。

( ^ω^)「……し、失礼しましたお」

 殆ど反射的に謝った。まぁ、こういう場面に出くわした十八歳童貞青年がする事なんて、
それぐらいしか無かっただろう。妥当と言うか、当然の反応である。

 転身して駆け出そうとした内藤は……何か、違和感のようなものを感じて立ち止まった。
大した事ではない。多分。それほど、気にする事では無いだろう。

( ^ω^)「……キスをする時って、首にするものだったかお?」

 振り返る。女を抱いていた男が、顔を上げていた。途端、内藤は全ての言葉を失った。
11 :1 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:13:30.75 ID:GS4lQuNU0
 牙の覗く口元は真っ赤な血に濡れて。肌は死人のように青白く。瞳の色もまた赤い。
 外套に包まれていた女の身体が、男の腕から零れた。首から赤い血を流した女は、死体
のようにぐったりとしていた。或いは本当に、死んでいたのかもしれない。

(;^ω^)「………………うぅっ」

 「………………見たな?」

 男が言う。内藤は、その問いに答える事も出来ず。ゆっくりとあとずさった。

 まともに考えれば、それは単なる異常な犯罪者だった。常識に照らして考えれば、そんな
モノが居るなんて、考えられなかった。考えたくは無かった。
 しかし、月も明かりも無い夜に、死体を手に立っている男を見て、言うならば。

 ――――それは間違いなく、吸血鬼だった。


 一瞬、男の姿が掻き消えた。それこそ、霞のように。霧のように。

 内藤はそれを目にした瞬間、咄嗟に後方へと飛び退いていた。そうしなければならない
のだと、内藤の全感覚が告げていた。それに従っただけだったのだ。

(;^ω^)「――――ッ!!!!」

 それを避けられたのは、単に運が良かったからだろう。少なくとも、内藤は自分の首を狙
って突き出された男の爪を、視界に捉えていたわけでは無かったのだから。
 バランスを崩して、内藤は背中から倒れ込んだ。硬いアスファルトに背骨を打ち付けて、
痛みに顔を顰めるがそれどころではない。目の前に死が迫っているのだ。

12 :657 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:13:58.24 ID:GS4lQuNU0
 「ほぉ……これを避けるのか。人間にしては、やる」

 にやり、と。唇の端を曲げて、男が笑う。平凡な顔立ちの筈なのに、目が笑っていないせ
いか、その顔は内藤がいつも見ている架空の怪物達より、何倍も恐ろしい。
 吸血鬼なんて居るわけが無い、と。内藤は胡乱な頭で考える。それでも、目の前で人の
血を吸う異常者がいて、それが自分を殺そうとしているのは確かだ。

(;^ω^)「どうなってるお…………」

 内藤は呆然自失の体で呟きながら、転がっていた五十センチほどの角材を拾い上げた。
三センチ角のカシで出来た木材で、元は椅子の脚か何かだったのかもしれない。

 「ククッ……そんな角材で、この私と張り合おうと考えているのか? 無理はするなよ」

 吸血鬼は笑う。全く以てその通りなので、内藤は黙って角材を構えた。邪魔だと判断した
のか、吸血鬼は手にしていた女を、何時の間にか地面に落としていた。

(;^ω^)「うおおおおおぉぉぉっ!」

 吸血鬼の姿が、再度消え失せる。内藤は心臓目掛けて突き出された腕を、身を屈める事
で避けた。屈むと言うより、頭を抱えてしゃがみ込んだのに近い。
 頭が地面に近付いた内藤の顔面目掛け、吸血鬼の爪先が叩き込まれる。それを角材で
受け流し(角材は壊れてしまった)、吸血鬼の足元を転がった。

 振り返らず、内藤は吸血鬼の背中に向かって駆け抜けた。そのまま、足元に転がってい
た被害者を掴み上げる。小柄な身体を脇に抱え、止まらずに走り続ける。

 恐怖はある――――それでも、こんなわけの判らないまま、死にたいとは思わない。

13 :657 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:14:33.73 ID:GS4lQuNU0
 後ろで、吸血鬼の哄笑が聞こえた。気がする。それでも、男が追って来る気配は無い。
振り切れたとは考え難かったから、自分達で遊ぶ積もりなのかもしれない。
 好都合ではある。油断している分だけ、こちらの勝機が上がる。内藤はそんな事を考え
ながら走り続け、漸く目的の場所に辿り着く事が出来た。

⊂二二二(;^ω^)二⊃「ハァ、ハァ……フゥ、ヒィ、ハァ……」

 そこは教会だった。幼い頃には何度も足を運んだが、現在はその扉に手を掛ける事すら
無かった場所だ。この場合、他に往く場所があるとは思えなかったのだ。

(;^ω^)「ハァ、ハァ……や、やっと着いたお……危なかったお……」

 荒い息を吐きながら、内藤は扉を開けて中に転がり込んだ。何度も落としそうになった女
を信徒席に寝かせて、自分は床に尻餅を着く。深呼吸をして鼓動を落ち着かせる。

(;^ω^)「はぁ……何、やってんだお、僕は」

 誰に言うともなく呟く。今日は特に独り言が多い。しかし、口に出さずに居ると、沈殿し凝
った言葉が重しになってしまいそうで、内藤は喋るのをやめなかった。

(;^ω^)「あれって、やっぱり……吸血鬼、なのかお」

(;^ω^)「吸血鬼ハンターになりたいとは思ったけど、本物に会うとは思わなかったお」

(;^ω^)「しかもその吸血鬼に襲われることになるなんて……どうなってるお……」

(;^ω^)「僕……死ぬのかお……」

 それはあまり愉快では無い想像だったが、妄想と割り切るには現実的過ぎた。

14 :657 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:15:22.07 ID:GS4lQuNU0
 そうして内藤が一人悩んでいると。

ξ--)ξ「うぅ……ん……」

 彼の抱えてきた少女が、呻き声を上げた。ビビって思わず立ち上がる内藤。

Σ(;^ω^)「うおっ。び、びっくりしたお……生きてたのかお、この子」

 だったら何で連れて来たのか、と自分に突っ込みを入れつつ、内藤は自分が助けた女に
視線を向けた。女、と言うには幼く、内藤と同い年ぐらいだったのだが。

 長い黒髪が特徴的なイギリス系の白人で、黒いスカートとセーターを着ている。爪先まで
黒一色の中で、唯一、その肌だけが陶磁器のように白かった。
 一目で美少女だと判る。よく出来た人形にも似た美しさに、内藤は思わず見惚れた。

( ^ω^)「……………………綺麗な子だお」

( ^ω^)「……どうして、こんな可愛い子が襲われなくちゃならないお」

 可愛いから襲われたのかもしれない、と下らない事を考えつつ、内藤はその少女を抱き
抱えた。腕の中に収まった少女は、骨だけで出来ているように軽かった。
 内藤はその少女を信徒席の横にある柱の影に隠した。こんな小細工があの吸血鬼に通
用するとは思えない。それでも、他に彼女を護る方法は無かった。

 十八歳童貞の自分が、見ず知らずの少女を護るために、吸血鬼なんて言うバケモノと戦
おうとしている。その滑稽さに笑いたくなりながら、内藤は覚悟を決めた。

( ^ω^)「さぁ、いつでも来るお」

15 :657 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:16:01.38 ID:GS4lQuNU0

 ばん、と音を立てて、教会の扉が開かれる。内藤も期待はしていなかったが、どうやら吸
血鬼は神の家に入れないと言うのは、流石に迷信であったようだ。
 ゆっくりとした足取りで歩いてくるのがあの吸血鬼であるのは、見なくても判る。だから内
藤は顔を上げず、教会の中心で静かに佇んでいた。

 「Good evening! やぁ、そんな所で何してるんだい、少年!」

 吸血鬼は笑いながら、ゆったりとした足取りで内藤の居る場所まで近付いてくる。
 そこには警戒なんて欠片もなく。油断しているのは明白だが、内藤は黙っていた。

 「いけないなぁ、略奪愛なんて。私の花嫁はどこにいったのかな?」

 「覚悟を決めたようだねぇ……死ぬ覚悟かい? ハハハハハッ!」

( ^ω^)「お前、うるさいお。黙るお」

 笑い続ける吸血鬼に、容赦の無い言葉を浴びせる。突然笑うのを止めたその様は、まる
で鳴き続ける目覚まし時計のスイッチを切ったみたいだと、内藤は思った。

( ^ω^)「お前が何なのかとか、どうしてこうなったのかなんて、どうでもいいお」

( ^ω^)「女を襲うしか出来ない臆病者なんて、全然怖くないお」

( ^ω^)「お前なんて、僕みたいなクズ一人殺せない、下らない奴だお」

( ^ω^)「僕はお前を殺すお。死ぬ覚悟を決めるのはお前だお」

 内藤にはまるで臆する所が無く。眼前の脅威に対する恐怖心すら、感じられなかった。

16 :657 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:16:25.10 ID:GS4lQuNU0

 あまりにも身の程知らずな内藤の言葉に、一瞬、吸血鬼は唖然としてしまった。

 「ハ、ハハハ……」

 きょとんとした表情を浮かべていた吸血鬼は、疲れたような笑い声を漏らした。その声は
段々と大きくなっていき――――やがて、狂ったような爆笑に変わった。

 「ククク……クカ、ハ、ハハ、ハハハハッ! カハハハハハッ!」

 長い、長い。聞く者を絶望させるような、哄笑。しかし男の瞳は、笑っていない。むしろ、先
刻まで無表情だった瞳に、明確な怒りの色が浮かんでいる。

 「あぁ、もういいよ、お前。そんなに死にたいのか」

 ひとしきり笑った吸血鬼が、顔面の表皮から笑みを消す。平凡な白人男性の顔に、背筋
が凍りつくような、冷たい怒りの表情が浮かんでいた。

 「だったら――――死にたくなるまで、殺してやる」

 言うが早いか――――内藤の腹に拳が打ち込まれた。それは例えば空手やなんかとは
無関係な、無造作極まりない一撃で……しかしその威力はあまりにも強い。

(;^ω^).・;'∴「ぶ、ぐげぇ――――ッ!」

 内藤の腹の向こう側に突き抜けた衝撃は、四時間前に喰った夕食を吐き出させた。身体
がくの字に折れ曲がり、視界から斃すべき吸血鬼の姿が消えてしまう。
 続いてその顔面に、先刻外れた吸血鬼のつま先が直撃。内藤は鼻血を撒き散らしながら
昏倒し、倒れた背中に今度は硬い靴底がぶつかった。

17 :657 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:16:49.15 ID:GS4lQuNU0

 内藤の首根っこを捕まえて持ち上げ、そのまま腹に膝を入れる。仰向けに倒れた内藤に
圧し掛かり、マウントポジションとなった吸血鬼が拳を振るう。

(#^;;ω^).・;'∴「ごっ……ぐぶっ……ぐけっ……」

 「ヒャアアハッハッハハッ! どうだ、俺を殺すんじゃなかったのかぁ!?」

 吸血鬼は最初に見せた紳士風の態度を、既に取り繕っていない。力を得た者は力に溺れ
力に酔う。そうして真実を見逃すのだ、と誰か偉い人が言っていた気もする。
 内藤は顔面の痛みに涙が出そうになりながら、そんな事を考えた。考えつつ、内藤は右手
を伸ばして吸血鬼の顔面――――正確には眼球――――に指を突き入れる。

 内藤は柔らかいものを押し潰す感触と、耳鳴りの向こうの吸血鬼の悲鳴を感じた。その隙
を突く形で、そのままマウントを取る吸血鬼の身体を弾き飛ばす。

(#^;;ω^)「はぁ……はぁ……ひどいお……痛いお……ボコボコだお……」

 そんな弱音を吐きながらも、内藤の足は自然と吸血鬼から離れる――――否、彼の足は
逃げるのではなく、教会の最も奥にある、祭壇へと向かっていた。
 吸血鬼の悲鳴はまだ続いている。内藤はその甲高い声をBGMにして、祭壇に辿り着いた。

(#^;;ω^)「ごめんなさい、神様……少しの間、お借りするお……」

 言いながら、内藤は祭壇の上に置かれた十字架――――銀製。縦五十、横十五センチ
ほど。手に持てる大きさ――――を握り、ふらりとした足取りで振り向く。
 視線の向こうでは、漸く眼球を再生した吸血鬼が、今正に立ち上がらんとしている。

 内藤はふらつきつつも素早い動きで駆け寄り――――手にした十字架を、振り上げる。
19 :657 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:18:29.23 ID:GS4lQuNU0

 懇親の力で振り下ろした十字架は、吸血鬼の肩口にぶつかり、その部分を根こそぎ吹き
飛ばした。千切れた腕が転がり、赤い鮮血が聖なる家の床を汚す。

 内藤は、最初からこれを狙っていた訳ではない。むしろその祭壇の前に辿り着くまで、彼
は自分が何を求めているのか、よく判っていなかったのだから。
 それでもその十字架を見付けた瞬間、内藤にはこれを武器にして吸血鬼を斃すと言う事
しか思い浮かばなかった。或いは既に、内藤の意識は無いのかもしれない。

 十字架を振り上げ、振り下ろす。その聖なる一撃に、今度は右足が抉り取られる。

 「くっ……くそおおぉっ!」

 吸血鬼の口から、初めて焦燥の言葉が漏れる。そうして彼は、残った左足を使って、内藤
から離れるように飛んだ。その驚異的な跳躍に、内藤はついていけない。


 ついていけなかったから――――

(#^;;ω^)「お前――――いい加減に――――」

 ――――持っていた十字架を、

(#^;;ω^)「――――――――死ぬお」

 ――――――――投げた。
22 :657 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:19:58.96 ID:GS4lQuNU0

 投擲された十字架に腰から下を切り落とされる吸血鬼を眺めながら、内藤はその場に膝
を突いた。手加減されていたとは言え、何発も殴られた身体は既に限界だ。

 運が良かったとしか言いようが無い。吸血鬼が嬲り殺すために手加減をしなかったら――
――十字架を見付けられなかったら――――正しく運が味方をしたのだ。

(#^;;ω^)「……勝ったのか、お」

 ぱたぱたと鼻血を垂らしながら、内藤は自分の両掌を眺めた。人よりも指が長く太いと言
われるこの手が、吸血鬼を殺害すると言う芸当をやってのけたのだ。
 あんなバケモノに勝利出来たなんて信じられなかったし、自分がここまで攻撃的な人間
だと言う事がショックでもあったが、何より生き残れた事が嬉しかった。

 安堵から、その場に崩れ落ちる。冷たい木の床が、内藤の昂奮を冷ましていく。

(#^;;ω^)「そういえば、あの子はどうしたんだお……?」

 ふと思い至り、内藤は自分が助けた少女のもとへと歩こうとした。しかし立ち上がる事が
出来ず、仕方なしに両手を使った匍匐全身で、彼女の所へと向かう。
 柱に寄り掛かるようになっていた少女はまだ眠っていたが、内藤に比べると無傷に近い。
首筋にある傷は既に塞がっており、薄い胸板が静かに上下している。

(#^;;ω^)「あぁ……良かったお……」

 生きる目標も無く、唯漫然と日々を過ごしてきた自分が、命を賭けて誰かを護った。

 その事実に小さな感動を覚えつつ――――内藤は、その場で意識を失った。

23 :657 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:20:21.99 ID:GS4lQuNU0

 ずるり、ずるり、と何か重たい袋のようなものを引き摺る音がする。先刻とは比べ物になら
ない速度で、それは倒れた内藤の方へと近付いていく。

 「ぐ、ううぅ……許さん、許さんぞ、小僧おおぉ……」

 地獄の底から響いて来るような呪詛を発するのは、内藤の投げた十字架に下半身を切り
落とされた、あの吸血鬼に他ならない。それは青ざめた顔を更に青くして、内臓と血の跡を
床に引きながら、それでも確かに、気絶した内藤の方へと近付いていく。

 記録に記されている通り――――吸血鬼は、心臓を貫かれるか首を落とされるかしない
と滅ぶ事は無い。下半身を切り落とされた程度では、死なないのである。

 「殺してやる……生きながら、内臓を引きずり出してやる……」

 男は、今まで負けた事が無かった。吸血鬼となった数年前から、何人もの人間を殺して
喰ってきたが、ここまではっきりと疵付けられた事は一度も無い。
 それだけ上手くやって来た。自分達を殺そうとする者から、彼は必死に隠れてきた。今回
だって、相手が唯の人間のガキだと思ったから、遊んだだけなのだ。

 だと言うのに。屈辱的な敗北を味わわされて、男の怒りは沸点を遥かに超えていた。

 「心臓を抉り出して、眼球を潰してやる……死ねぇ、死ねええぇ!」

 吸血鬼が叫び、内藤に手を伸ばす。その腕が内藤の心臓を抉り出そうと、

 「――――いや、死ぬのはお前だって」

 次の瞬間、吸血鬼は自分の心臓を貫く白木の杭を眺めながら、訳も判らず灰になった。

24 :657 ◆2hwVANPeHc :2006/03/17(金) 18:20:45.80 ID:GS4lQuNU0

 ――――灰になっていく吸血鬼を、冷たく見下ろす者がいる。

 背は低く、身体は細い。カソックのような黒のロングコートを羽織っている。顔はフードを目
深に被っていて、よく判らない。背中に身長に届きそうなゴルフバッグを担いでいる。

 手に持っているのは、巨大なライフルだった。機関部の上に突き出た弾倉は対物ライフル
並に大きいのに、長さはカービンライフルと同程度。排莢口は下についている。

 「ふむぅ……まさか一人で吸血鬼をぶっ殺しちまうとは……」

 フードの向こう側から呟いた声は、歳若い少年の声だった。明瞭な発音で、早過ぎず遅過
ぎず、やや抑揚に欠ける以外はしっかりした英語である。
 少年は――――と仮にしておくが――――ライフルの弾倉を抜き取り、ボルトを引いてか
らゴルフバッグに納めた。落下した弾薬は、12.7mmの対物弾の薬莢に白木の杭を詰めた
代物であり、市販されるような代物ではないのが一目で判る。

 「ただの人間だと思ってたんだけどな……俺と「同類」だったのかよぉ……」

 そんな台詞を口にしながら、少年は内藤の身体を抱え上げ、壁に寄り掛からせた。そうし
て疵付いた内藤の顔を眺めながら、はぁ、と小さく嘆息する。
 立ち上がって、踵を返す。半開きだった教会の扉を開けて、明け方の空を仰いだ。

 「最悪だなぁ、内藤……お前の夢、叶っちまうよ」

 少年は溜息混じりにそう呟いて、教会を後にした。一度も振り返らなかった。
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