148 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 20:30:48.14 ID:BvFhMvL/0
 
 

 
 
 虫の音を流す秋の風が、心地良い。
 見上げれば真円の満月が、誇らしげに世界を照らしていた。
 
 あの日から数えれば、もうすぐ二年の月日が経つ。
 二年もの時を、あの月と星の下、この場所で過ごしてきた。
 
 ツン様と共に。
 
( ^ω^)(…………)
 
 それももうすぐ、終わる。
 いや、終わらせなければ、ならない。
 
 気がつけば、ツン様への想いはどうしようもない程に、大きくなっていた。
 課せられた使命も、誓ったはずの忠義も、全て忘れて。
 
 次に彼女が現れた時、僕は決断しなければならない。
 本来の使命に、従順に。
 
 できるだろうか、ではない。
 やらなければいけないのだ。
 
151 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 20:34:05.04 ID:BvFhMvL/0
 
 
 風が吹いた。
 
 
 月は満ち、時も満ちた。
 
 
 きっと僕は、この夜を忘れない。
 
 
 耳に走るのは、いつものあの音。
 
 
 木が、扉が、軋む音。
 
 
 彼女は今日も、僕の前に現れた。
 
 
 さあ、僕と貴女の、最後の夜だ。
 
 
 別れの言葉は、この剣で、始めよう───
 
 

152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 20:39:50.54 ID:BvFhMvL/0
 
ξ )ξ「……ブーン」
 
( ^ω^)「ツン様……」
 
ξ; )ξ「……やだ」
 
( ^ω^)「……?」
 
ξ;凵G)ξ「ブーン!!」
 
 ツン様は顔を上げるとすぐに駆け出し、僕の胸に飛び込んできた。
 その姿が、数ヶ月の期間を空けた直後の姿に重なった。
 あの時も目に涙を浮かべ、真っ直ぐに僕へと駆けていた。
 
 温もりと涙を通して、彼女の気持ちが伝わってくる。
 たまらずに、強く、抱きしめた。
 
( ^ω^)「……大丈夫、大丈夫だお」
 
 もはや形式上の言葉は捨てた。
 今夜の僕に、それはもう、必要ない。
 
ξ;凵G)ξ「ぅ……ブーン……っく……」
 
157 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 20:57:59.90 ID:BvFhMvL/0
 
( ^ω^)「……ツン」
 
ξ;凵G)ξ「……っ?」
 
( ^ω^)「少し離れたとこにある丘に、大きな切り株があるんだお」
 
( ^ω^)「そこへ、行かないかお」
 
 僕の胸の中で、ツンはこくりと頷いた。
 ツンを抱きかかえ、僕らは丘へと向かう。
 
 ここまで彼女が追い詰められているのは、恐らく、決心をしたのだろう。
 
 僕と、離れることを。
 
 こんなに軽く、華奢な体で、悩み苦しんで。
 きっと僕以上に、辛かったのだろう。
 自分の立場に苦しみ、僕への責任に悩み。
 
( ^ω^)「……ごめんお」
 
 小さく、呟いた。
 せめてこの腕の中でそれが軽くなるのなら、それで……。
 ツンはまた泣きながら、首を何度も横に振っていた。
 
159 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:02:06.26 ID:BvFhMvL/0
 
 丘の頂上。
 
 辺りは一面草原で、月も、星も、よく見えた。
 振り返れば、ヴィップ城も見下ろせる場所だ。
 
 そこにぽつりと残された、大きな切り株。
 静かにツンを、座らせた。
 
 隣に座ると、またすぐに胸に顔を埋め、彼女は泣いた。
 僕はその間、ずっと彼女を抱きしめて、頭を撫でた。
 
 明日以降、もう二度としてやることができないから。
 たくさん、たくさん、彼女の温もりを感じ、与え続けた。
 
 心が、痛い。
 
 何度も思い、感情がそれを止めた。
 今もそれが、僕の心の中で、何度も、何度も。
 
 彼女を連れて、逃げようとも思った。
 それで捕まり、自分が死ぬのはどうでもよかった。
 だけどそれでは、彼女が悲しむ。
 
 それならば、二人一緒に───
 
 何度も何度もそう考えては、やめた。
 本当に殺すべきは、私情なのだ。
 黒い感情が思考を凌駕する前に、動かなければと、悩み続けた。
 
161 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:05:05.94 ID:BvFhMvL/0
 
ξ )ξ「……ブーン」
 
 泣き止んだ彼女が、胸に顔を埋めたまま僕の名を紡ぐ。
 
( ^ω^)「なんだお?」
 
 
ξ )ξ「私……ブーンを……」
 
 
ξ )ξ「愛してる……」
 
 
 ツンの言葉が、胸を貫いた。
 初めて聞いた、彼女の本心。
 
 心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
 胸が、痛い。張り裂ける程に。
 
( ^ω^)「ツン……」
 
 
ξ゚听)ξ「……?」
 
 
( ^ω^)「僕も、愛してるお」
 
 
164 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:07:37.67 ID:BvFhMvL/0
 
 互いの口から、初めて紡がれた愛の言葉。
 互いが求め、互いが恐れた、想いの告白。
 
ξ;凵G)ξ「うん……ぅん……」
 
 そしてまた交わされる、抱擁。
 
 このまま時が止まってしまえばいいのに。
 このまま別の世界に、二人で飛び立てればいいのに。
 
 時間は流れ、座する場所も当然、変わらないままだ。
 
 
(  ω )「ツン」
 
 
 彼女が別れを、自分から決意する前に。
 
 
 僕は彼女に、しなければいけないことがある。
 
 
(  ω )「僕はツンに、言わないといけないこと」
 
 
(  ω )「そして、しないといけないことがあるお」
 
167 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:10:29.16 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚听)ξ「……?」
 
 彼女を座らせたまま、立ち上がる。
 
 この手が届くように、彼女の、目の前で。
 
 
 言わなければ、いけないこと。
 
 
( ^ω^)「僕はツンに……ずっと嘘をついてたお」
 
 
ξ゚听)ξ「う……そ……?」
 
 
 静かに頷いて、外套の中へ手を滑り込ませる。
 
 手に当たる、固い感触。
 
 それはいつも帯刀している、短刀だ。
 
 僕はそれを、ゆっくりと引き抜いた。
 
170 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:12:27.99 ID:BvFhMvL/0
 
 
 
 
 そして。
 
 
 
 
 しなければ、いけないこと。
 
 
 
 
 短剣を、握り締め。
 
 
 
 
 
 ゆっくりと、突き立てた。
 
 
 
 

171 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:15:11.90 ID:BvFhMvL/0
 
ξ;゚听)ξ「ブーン?!」
 
 突然の僕の行動は、やはり驚かせてしまったようだ。
 外套の内側に短剣を突き立て、それをゆっくりと引く。
 縫い付けた縫合を、離すために。
 
 秋からは厚手の外套に。

 春からは薄手の外套に。
 
 どんな時も、君を傍に感じていられるように。
 
 小さな布袋を毎日着用する外套に、縫い付けていた。
 糸を解かれた布袋は、添えられた手の中にとさりと落ちた。
 
( ^ω^)「……嘘をついてて、ごめんお」
 
 紐を解き、ツンの手をとる。
 手の平を開いてもらい、その手に、袋の中身を、落とした。
 
ξ゚听)ξ「…………」
 
 もう、ツンも、わかっていたようだ。
 
174 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:17:41.51 ID:BvFhMvL/0
 
 
 
 
 
 布袋から落ちて、ツンの手に転がる物。
 
 
 
 
 それは彼女が探し続けて、
 
 
 
 探しているのに、見つけたくない、探し物。
 
 
 
 
 
 
 十五個目の、オパールだった。
 
 
 
 

176 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:20:50.66 ID:BvFhMvL/0
 
 それはとっくに、見つけていたのだ。
 でも僕は、ずっと隠していた。
 
 渡したら、ツンに会うことができなくなってしまうから。
 
 理由はそれだけだった。
 僕はずっと、ツンに嘘をついていたのだ。
 彼女が宝石探しをしなくなった時は、正直ほっとした。
 
 国に仕える使命を忘れ、自身の身分から目をそらし。
 ツンといることが、僕の全てになっていた。
 
 利き腕の親指を無くし、両の手で剣を握ることができなくなった。
 あの時は本当に絶望した。死のうとも思った。
 それでも青騎士団長は、僕をここに留まらせてくれた。
 
 涙を流し、地に頭を擦り付けて感謝したことを覚えている。
 騎士団へ、国へ、生涯を賭して尽力しようと、あの時に誓った。
 
 その誓いは、一人の女性を前にした途端、ガラスの様に砕け散った。
 出会った当初は王女の為にと、最善を尽くしただけだった。
 
 そして一週間、一ヶ月と月日を重ねる毎に、ツンへの想いは強くなっていった。
 
 彼女はじっと、僕を見つめている。きっと軽蔑をしているのだろう。
 
179 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:23:52.50 ID:BvFhMvL/0
 
(  ω )「……自害する覚悟も、できています」
 
 当然の報いだ。王女を騙し続けていたのだ。万死に値する。
 
 跪き、彼女の言葉を待った。
 
 
(  ω )
 
 
 風が、心地良い。
 
 全てを話した今、胸のつかえが取れたように、解放感に包まれた。
 僕はなんと、虫の良い男なのだろう。
 
 こんな男に、王女に二年もの月日を使わせてしまった。
 そして僕は、純粋な王女を弄んだ。
 
(  ω )
 
 どんな罵詈雑言も、拷問も、死も、全てを受け入れよう。
 
 それが僕の償いであり、けじめなのだから。
 

180 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:26:29.37 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚听)ξ「…………」
 
 
(  ω )「……?」
 
 
ξ゚听)ξ「馬鹿」
 
 
(; ω )
 
 
ξ゚听)ξ「ばーか」
 
 
(;^ω^)「……?」
 
 
ξ゚听)ξ「……もう嘘は……ついてないの?」
 
 
(;^ω^)「は、はい」
 
 
ξ゚听)ξ「……そう」
 
182 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:29:19.82 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚听)ξ「ねぇ、ブーン?」
 
( ^ω^)「……はい」
 
ξ゚听)ξ「あなたは、私に会うために嘘をついたんでしょう?」
 
( ^ω^)「……その通り……です」
 
ξ゚听)ξ「そう。なら、許します」
 
( ^ω^)「はっ……どんな罰もお受け致します」
 
ξ゚听)ξ「許します」
 
(;^ω^)「え……あれ……」
 
ξ゚听)ξ「ばか。」
 
(;^ω^)「おっ……」
 
ξ゚听)ξ「少し驚いたけど……ね」
 
ξ゚听)ξ「それだけ、かな」
 
(;^ω^)「そ、それだけ?」
 

183 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:32:03.72 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚听)ξ「えぇ、それだけです」
 
(;^ω^)「……」
 
 まったく理解ができなかった。
 自分の事だけを考えて、自分勝手な振る舞いをしたというのに。
 
ξ゚听)ξ「……ともかく」
 
ξ゚ー゚)ξ「見つけてくれて、ありがとう」
 
 まだ貴女は、僕にそんな笑顔を向けてくれるのか。
 そんな資格、僕にはありはしないというのに。
 
 これでは、諦めがつかないじゃないか。
 このままでは、また振り出しに、戻ってしまう。
 
ξ゚听)ξ「……ブーン」
 
( ^ω^)「はい」
 
ξ゚听)ξ「宝石があってもなくても、私はもう決めていたの」
 
( ^ω^)「…………」
 
185 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:35:08.30 ID:BvFhMvL/0
 
ξ )ξ「でも、だめなの」
 
( ^ω^)「ツン……」
 
ξ )ξ「心が、まだだめ……」
 
ξ )ξ「明日になったら、変わるから……今日だけは……」
 
ξ )ξ「今日……この日だけは……いつものままで……」
 
( ^ω^)「……わかったお」
 
 立ち上がり、隣に座る。
 そしてまた、彼女を強く、抱きしめた。
 
 僕も今日だけは、いつもの二人のままでいよう。
 明日からは、元の関係に、王女とただの兵卒に、戻ろう。
 そして生涯を、国へ仕える為に、使おう。
 
 僕はもう、十分に満たされた。
 今日のブーン=ラダトスクは、明日へは連れて行かない。
 
 だけどこの温もりは、絶対に忘れない───
 
187 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:38:58.51 ID:BvFhMvL/0
   。      .     。          '          
       ゚  .    。            ゜    +   ゜  
。   ' o ゜          ☆          ゜    +.     
  ゜     。            ゜   。  o      ゚    
   * .      ゜         。        ゜     +  
  ゚        。      .        +     。      
。      +       。     *  .    ゜        ゜
   ゚   ,;/    。   .          +      。  .     '
  。   ゚   。.     +         。         .  ' ゚ 
     。          ,;/   '   ゜             o      .
 。             *''          *       .゜     
 
 
 
ξ゚听)ξ「ねぇ、ブーン?」
 
( ^ω^)「お?」
 
ξ゚听)ξ「また、星のお話をして?」
 
( ^ω^)「任せておけお」
 
ξ゚ー゚)ξ「うん」
 
 もう、僕とツンの心に迷いはない。
 二年の時を、永遠に。今日という日を、永遠に。
 大切に、大切に心に刻みながら、二人で星を、見つめていた。
 
189 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 21:42:54.97 ID:BvFhMvL/0
 
 
 
 突如。
 
 
( ^ω^)「───ッ?!」
 
 
 虫の音が、一斉に止んだ。
 同時に生まれたのは、気配と、殺気。
 
( ^ω^)「ツン。できるだけ、ここから動くなお」
 
ξ;゚听)ξ「え……?」
 
( ^ω^)「心配するなお」
 
 ツンに笑顔を見せた後に、立ち上がる。
 城とは逆側、僕らの位置からさほど遠くない位置に、そいつはいた。
 夜間の見回りに慣れた僕の目でも見えづらい程に、闇に溶け込んでいた。
 
 近づいてくる。
 全身を覆う真っ黒の外套に身を包み、それに加え、放ち続ける殺気。
 それがそいつを、ただの山賊や浮浪者であることを、否定していた。
 

戻る

inserted by FC2 system