1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 14:49:45.01 ID:BvFhMvL/0
 
 全てが眠る、深い夜。
 物音を立てないよう、注意をしながら部屋を出る。
 立派な装飾が施されいる大きな扉を、音も立てずに閉めるのには一苦労する。
 
 暗い部屋から外に出て、暗い廊下を静かに歩く。
 目を慣らすために、予め部屋の灯りを全て消し、真っ暗にしておいた。
 経験の末に覚えた知識。おかげで、石の壁に頭をぶつけることはなくなった。
 
 靴を履くと音が反響してとてもうるさいから、裸足で歩く。
 何日も何日もそれをしているうちに、いつの間にか足の痛みはどこかに消えた。
 
 石の壁、石の廊下、石の階段。冷たい石に囲まれた、城の中。
 暗闇も手伝って、まだ秋の口なのに、とても寒く感じる。
 おまけにここは最上階に近い場所。目指す裏口までは、かなりある。
 
 それでもわたしは、暗闇を進む。
 音を立てず、周囲に注意を払いながらお城の中を歩くのは、少しスリルがあっていい。
 
 兵士さん達が巡回する時間も、回数を重ねるうちに覚えていった。
 でもたまに遅れたりしている事があるから、気を抜けない。
 一度見つかれば、警備を強化されてしまうかもしれない。それは避けたい。
 
 ……よし、今日はなかなかの好記録が出た気がする。
 終点地点、木の扉の前でそんなことを思う。
 
 扉の向こうは、城の外。
 わたしは構わずに、扉を開けた。
 

2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 14:54:09.51 ID:BvFhMvL/0
 
 見上げれば満天の星空。大きな丸いお月様も、煌々と輝いていた。
 息を張り詰め、警戒をしながら歩いていたせいだろうか。
 外に出た途端、気持ちの良い解放感に包まれた。
 
 だけど、それに浸っているだけでは時間が勿体ない。
 そんなものを感じる為に、ここへきたのではないのだから。
 
 空から目を落とせば、わたしに気がついて駆け寄ってくる影が一つ。
 隠れる必要はもうない。わたしには、その影が誰なのかわかっているから。
 わたしはその人に、会いに来たのだから。
 
(;^ω^)「ツン様……」
 
 軽装の胸当てに、夜に紛れる黒の外套に身を包み。
 鉄のすねあてをがちゃがちゃと鳴らしながら、その男は現れた。
 そう高くない身長のわりに肩幅は広く、緩んだ顔が手伝って中太りに見えるが、
 贅肉は少なく、その実は意外とたくましい体をしていることを、わたしは知っている。
 
ξ゚听)ξ「見回り、ご苦労様です」
 
 困ったような表情をしていた彼に、形式上の労を労う言葉を返す。
 彼の名は、ブーン=ラダトスク。
 なんてことない、ただの兵卒だ。
 

3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 14:57:44.66 ID:BvFhMvL/0
 
 ヴィップ国正統第一王女、ツン=ヴィップ。
 それがわたしの重苦しい肩書と、名前だ。
 本当なら謁見することすら許されない身分の違い。まったく、面倒臭い。
 
 そんなだからわたしは毎晩盗人みたいな真似をして、こうして会いに来ているのである。
 彼がどう思っているかは知らないが、会う度にそんな顔をしないでほしい。
 ともあれあのまま放っておいても、わたしが話さない限り会話は生まれない。
 
( ^ω^)「勿体ないお言葉です」
 
 胸に手を添え片膝立てて跪き、こうべを垂れて予想通りお決まりの返事。
 多分これは本心から行っている。自爆なのだが、それをされると、少し寂しい。
 
ξ゚ー゚)ξ「はいっ! そういうのはやめましょう!」
 
 現実を見せられるのはもう十分。
 気分も態度も切り替えて、今だけは忘れよう。
 
( ^ω^)「……わかりました」
 
ξ゚听)ξ「……わかってないじゃない」
 
 まだだめ。敬語が抜けてない。
 だけどそんなやり取りも、ブーンと会話している実感が沸き、寂しい反面嬉しい部分もある。
 それだけでわたしは少し、顔がほころんでしまっていた。
 

4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:00:11.56 ID:BvFhMvL/0
 
 にこにこと微笑むわたしの顔を見上げ、彼は息を静かに吐いた後に立ち上がる。
 立ち上がった後の顔は困ったような表情ではなく、独特の、優しい笑顔だった。
 
 
( ^ω^)「わかったお」
 
 
 ────ああ。
 
 
 ────これだ。
 
 
 この笑顔を、この声を求めて、わたしはここにきたんだ。
 彼に会えたことを、全身全霊で実感することができるこの瞬間が、たまらなく好き。
 一瞬体に震えが走り、両腕を胸の下で交差して、肘をぎゅっと抱きしめた。
 
( ^ω^)「夏も過ぎたし、そろそろもう少し暖かい恰好をした方が……」
 
 寒さで身震いしたと思ったらしい。
 彼の言う通り、そろそろネグリジェだけでは肌寒く感じる。
 明日からはガウンを羽織ってこようと思った。
 
 それでも、この震えは治まるものではないのだけれど。
 きっと彼は、一生気付くことがないんだろうなと、苦笑した。
 

5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:03:11.31 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚ー゚)ξ「ご忠告、ありがたく受け取っておくわ」
 
 彼の優しさは、決して無駄にしない。
 
 
 
 だから、どうか。
 
 
 
 月が夜空にある時だけは。
 
 
 
 星が輝くこの時だけは。
 
 
 
 あなたを好きで、いさせてください。
 
 
 
 ───ξ゚听)ξ嘘が紡いだ物語のようです
 
 
 
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:06:08.10 ID:BvFhMvL/0
 
 裏口近く、城壁の手前に彼が外套を地面に敷いた。
 それはいつものことで、この上に座れという意味だ。
 
ξ゚ー゚)ξ「ありがとう」
 
 男だらけの軍の中で育ったのに、こういう紳士的な面がある所も好き。
 わたしが腰を下ろすと、彼はその隣に座った。
 そして、どちらから言い出すともなく、同時に星を見上げる。
 
 一日で最も深く暗い夜に散らばる星達は、吸い込まれてしまいそうな澄んだ輝きを放っていた。
 あれに比べたら、宝石などただの石ころに思えてしまう。
 絶対に届かないから尊く、そう思えるのかもしれないけれど。
 
 ふと、ほぼ等間隔に位置する四つの星が目に止まった。
 
ξ゚听)ξ「……綺麗……」
 
 思わず言葉が飛び出してしまう。
 
( ^ω^)「どれだお?」
 
ξ゚听)ξ「ほら。あそこの四つの星」
 
 身を寄せ、その辺りを指差して伝えた。
 彼はわたしの腕の位置に顔を近づけ、斜線上をじっと見つめる。
 ちょっと、腕が疲れた。
 

8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:09:06.72 ID:BvFhMvL/0
 
( ^ω^)「あれはペガスス座だお」
 
ξ゚听)ξ「へ?」
 
 予想外すぎる彼の言葉に、素っ頓狂な声をあげてしまった。
 
ξ゚听)ξ「星座……詳しいの?」
 
 今まで彼がそんな素振りを見せたことは一切無かったから、驚いてしまった。
 何度か、というか結構な頻度で星を見上げてはいたけど、星座の話題に転じたことはない。
 わたしが綺麗と言ったら、彼はそうだねと相槌を打つだけだったのに。
 
( ^ω^)「いや、偶然あれは知ってただけだお」
 
ξ;゚听)ξ「あぁ……」
 
 なるほど、納得した。わたしの感動を返せ。
 彼が話す事と言えば、軍の遠征中の出来事だとか、軍に関係したことばかりだったから、
 たまには別のお話をしてもらおうと思ってたのに。
 
 別にそればかりでも退屈ではないんだけどね。
 
( ^ω^)「ツンの視線を追って、もしかしてと思って……」
 
 とはいえ今は、いつもと違うお話が聞けるチャンス。
 それに神秘的なお話は大好きだから、この機は逃さない。
 

9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:12:06.87 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚听)ξ「あの四つでペガススなの?」
 
( ^ω^)「あれは胴体だお。あの四つを線で結んで、ペガススの四辺形っていうんだお」
 
ξ゚听)ξ「頭はどっち?」
 
( ^ω^)「右下の星から右の方に線を伸ばしたとこが頭だお」
 
ξ゚听)ξ「えっと……」
 
 わたしが必死に探していると、彼はわたしの手を上から握る。
 そのまま人差し指をぴんと立てて、目当ての星の辺りを指差した。
 
( ^ω^)「あそこの明るいのが、頭」
 
ξ゚听)ξ「……妙に首が長いのね」
 
(;^ω^)「おっ……そんなもんだお。絵にすればよくわかるんだお」
 
ξ゚听)ξ「ふーん……」
 
 小さい頃に絵本で見たペガサスを思い浮かべる。
 うん。あの四角形からペガサスなんて、全く想像できない。
 昔の人達の想像力には感心してしまう。
 

10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:15:06.80 ID:BvFhMvL/0
 
 絵を重ねて見てみれば、きっともっと神秘的に映るのだろう。
 そんなことを考えながら星を見つめていたら、ふと暖かい風が頬をくすぐった。
 季節外れのその風を不思議に思い、横を向く。
 
ξ*゚听)ξ「ッ!」
 
 真横。本当に真横。
 息がかかる程の距離に、星を見つめたままのブーンの横顔があった。
 今もわたしの手を握り、空を指差したままで。
 
 彼が今こちらを向いたら、唇が当たるほどの、距離。
 
ξ*゚听)ξ「ひゃぁっ!」
 
 一気に頭に血が上り、咄嗟に体が跳ね上がる。
 握られた手も思い切り引っ込めて、彼の隣から飛び退いてしまった。
 
(;^ω^)「おっ?! ど、どうしたんだお?」
 
 そんなわたしの突然の行動に、彼も驚いていた。
 いや、うん、悪かったけど、けど……う、うん……。
 
ξ*゚听)ξ「…………」
 
 落ち着け。落ち着けわたし。深呼吸して、動悸を抑えて頭を冷やせ。
 

11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:18:06.69 ID:BvFhMvL/0
 
 ほら、ブーンが不思議そうな顔をしてわたしを見てる。心配してる。
 ああ、だめだ。顔が熱い。
 
( ^ω^)「……虫でもいたかお?」
 
 そう言ってきょろきょろと自分の周辺を見回す彼。
 ……こいつは全部、何の気無しにああいう行動に出ていたのだろうか。
 わたしの手を握ったのも、わたしにあそこまで急接近したのも、素でやってたのか。
 
ξ*゚听)ξ「ん、あ、そ、そうよそう!」
 
 ……一人で慌てふためいたのが馬鹿みたいじゃない……。
 月明かりだけの暗い中、わたしの返事を本気にした彼は、いもしない虫を探し続けた。
 そんな彼を見つめながら、胸元で右手の甲を握りしめた。
 
ξ*゚听)ξ(……)
 
 彼に触れていた手は、まだ少し暖かかった。
 そういえば、肌に触れたことなんて今までになかった。多分。
 顔が熱い。そして、彼と接していた右の半身も熱い、気がする。
 
 そうなのだ。たしかわたしから身を寄せて、ずっと彼に触れていたのだ。
 星に夢中になっていて……気がつかなかった……。
 
ξ* )ξ「〜〜〜〜ッ……」
 
 自分でしたことが恥ずかしくて、更に顔が熱くなった。
 

12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:21:07.48 ID:BvFhMvL/0
 
( ^ω^)「どっかいったみたいだお」
 
 最初からいない虫の捜索を終えて、わたしの方を向く。
 少し不思議そうな顔をした後に、
 
( ^ω^)「大丈夫だお」
 
 にっこりと、いつもの笑顔。
 
 ああ、だめ。
 
ξ*゚听)ξ「そ、そう、よかった! わたし、そろそろ戻るわね!」
 
(;^ω^)「おっ? も、もうかお?」
 
 まだ、半刻も一緒に居ていない。わたしだってまだまだ一緒に居たい。
 でもだめ。もう無理。変に意識してしまって彼の顔を直視できない。
 照れくささと気恥ずかしさがわたしの胸で大暴れしている。
 
 そそくさと駆け出し、裏口へと戻る。
 冷たい木の扉に手をあてた後、彼の顔をもう一度見た。
 
(;^ω^)?
 
 困ったような、どうしていいかわからないって顔をしていた。
 大丈夫。わたしだって、どうしていいかわからないんだからね。
 ……でも、ごめんなさい。
 

13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:24:06.76 ID:BvFhMvL/0
 
ξ*゚听)ξ「……また明日、ね」
 
 そう言い残し、わたしは扉を開けてすぐに中へと飛び込んだ。
 こんな時でも、閉める時は大きな音がたたないようにしている自分。
 もう体に染みついているんだと、苦笑した後にため息を一つ。
 
ξ )ξ「…………」
 
 少し俯いた後、また靴を脱ぎ冷たい石の上を歩く。
 行きも帰りも、つま先立ちで音をたてないように。
 そういえばいつからか、足の痛みも消えていた。
 
ξ゚听)ξ
 
 いつからだろうか。こんなに彼を想うようになったのは。
 一国の王女とただの兵卒。本来ならば目を合わすこともない。
 そんな二人……ううん、少なくともわたしは、彼に惹かれている。
 
 切っ掛けは本当に、偶然だった。
 どんな出会いもそんなものなのだろうか。
 わからない。そもそも、同じ年の女性と話したことがない。
 
 初めてあった時は……あ、そういえば、三日後は誕生日だ。
 ということは、もう出会ってから二年近く経過したことになる。
 二年近くこんなことをしていたのなら、足が痛くなくなる事も納得してしまう。
 

14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:27:10.58 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚听)ξ「二年、かぁ……」
 
 呟いて、あの時の事を思い出した────
 
 

 
 
 二年前。正確には一年と十一ヶ月前の、十六歳の誕生日パーティー。
 祝ってもらえる事は嬉しいけれど、毎年少しだけ作業的に感じていた。
 式辞やら色々と気を遣うことが多く、あまり落ち着けないからだ。
 
 お昼は街でのパレードに、夜はいわゆる社交界のパーティー。
 パーティーには周辺の領主一族に、果ては隣国の王族までもやってくる。
 わたしの為にきてくれている。とはその時には既に思っていなかった。
 
 誕生日を祝うことは建前で、実の所は上流階級同士の親睦会のようなもの。
 半数以上がその為にきていることは、わかっていた。
 それでも純粋に祝ってくれる方々がいることも知っていたし、
 総合すれば、やはり嬉しいことに変わりはなかった。
 
 入れ替わり立ち代り踊りの相手が代わる事には、正直疲れてしまうけど。
 そして一応主役ということで、ホールの中央で踊るのも嫌だった。
 ……ダンスは苦手だからだ。
 

15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:30:29.04 ID:BvFhMvL/0
 
爪'ー`)「誕生日、おめでとう」
 
 何人目か数えるのもやめて、疲れてきてしまった時。
 祝福の言葉と共にわたしの前に現れたのは、お父様だった。
 つまりは国王様。フォックス=ヴィップ、その人だ。
 
ξ゚ー゚)ξ「ありがとうございます」
 
 ドレスの裾を軽く持ち上げ、膝を曲げてそれに応えた。
 
爪'ー`)「踊ってくれるかな」
 
 静かにわたしの胸の高さまで手をあげて、笑顔で申し出た。
 見れば周りで踊りを楽しんでいた人達も足を止め、こちらを見ていた。
 最も注目を浴びる瞬間だけど、お父様とならば嫌ではない。
 
ξ゚ー゚)ξ「喜んで」
 
 手を取り、そのまま全身を委ねる。
 幾多の場数をこなしてきたお父様のリードには、さすがの一言。
 少し疲れた重い足に加え、ダンスが苦手なわたしでも自然に足が出た。
 
 その頃は身近にいた男性はお父様と兄だけで、二人を尊敬していたっけ。
 国を背負う姿も、肉親としての姿も、素晴らしい人達だって。
 勿論、それは今も変わらないことなのだけど。
 

16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:33:51.74 ID:BvFhMvL/0
 
 パートナーがお父様ということは、次に踊る方はもういないということだ。
 お腹も空いてしまっていたし、ほんの少し胸を撫で下ろしていた。
 ……お父様には失礼だけど、ね。
 
 そんな不謹慎なことを考えている時、ふいにお父様がわたしの右手を持ち上げた。
 そのままわたしの頭の上でぐるりと囲うように腕を滑らせる。
 まったく意識をしていなかったのに、わたしの体はくるりと回ってしまった。
 
 ドレスの裾が花開くように舞い、止まると同時に綺麗な円を描き、ふわりと沈む。
 視線を下ろせば、自分の手をわたしの右手に添えたまま片膝をつくお父様の姿。
 その瞬間、ホールに響いたのは感嘆の声。そして、盛大な拍手だった。
 
 お父様は跪いたまま胸の内ポケットを探り、小さな箱を取りだした。
 そのまま握るわたしの右手にそれを乗せ、わたしの指を曲げて包み込む。
 
爪'ー`)「私からのプレゼントだ。中身は、言わなくてもわかるだろうがな」
 
ξ゚ー゚)ξ「……ありがとうございます。お父様」
 
 笑顔と笑顔を少しの間交わした後、お父様は立ち上がり、
 
爪'ー`)「さぁ、皆様。今宵は時の許す限り、我が最愛の娘ツンの誕生───」
 
爪'ー`)「……っと、こういうのは少し、親馬鹿ですかな?」
 
 おどけたように言ってみせたお父様の言葉に、ホールは笑いに包まれた。
 

17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:38:21.40 ID:BvFhMvL/0
 
 お父様と来賓の方々に一礼をした後、わたしはその場を後にした。
 グラスに注がれた葡萄酒を受け取り、カナッペをいくつか小皿に乗せ、
 自室へ戻ると従者に告げて、パーティー会場を後にした。
 
 華やかな広間の外は、別世界のように静かで、暗かった。
 あの時はまだ夜の城内が薄気味悪くて、ちょっと怖かったっけ。
 見回りの兵士さんの足音にも、びくびくしていた気がする。
 
 しかし、いくら危険から身を守る為とはいえ、お城の最上階近くの部屋は不便だ。
 いつもいつも長い階段を登らないといけないことが、かったるくてたまらなかった。
 
 
 
 

 やっと自室のあるフロアに辿り着くと、曲がり角から急に人が現れた。
 
ξ;゚听)ξ「わっ」
 
 驚いて、思わず声を上げてしまう。
 でもその人を見て、わたしは静かに胸を撫で下ろした。
 
( ・∀・)「あぁ、驚かせてすまなかった」
 
 その人は、王族でありながら、王直属部隊である『白騎士団』を束ねている人。
 お父様と同じく、わたしが尊敬している男性の一人、兄のモララーだった。
 

18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:42:15.53 ID:BvFhMvL/0
 
 父曰く、国を背負う者は強くあらねばならぬ。
 そんな理由で、兄は十三の頃から騎士団に入団させられたらしい。
 そして兄は、実力だけで齢二十四にして、白騎士団の団長にまで上り詰めた。
 
 五年前の団長を決める御前試合は、今でもわたしの目に焼き付いている。
 実力だけなく人望もあり、文字通り自慢の兄だった。
 
ξ゚听)ξ「ん……見回りですか?」
 
( ・∀・)「そ。ここらは自分で見てみないと、不安だからね」
 
ξ゚ー゚)ξ「相変わらずですね」
 
( ・∀・)「神経質なだけさ。……それよりも」
 
 一歩下がって、わたしの足元から頭へとゆっくり視線を動かす。
 腕を組んで、大きく一つ頷いた。
 
( ・∀・)「ツンも大人になった。とても綺麗だ」
 
ξ゚ー゚)ξ「あら。わたしにお世辞なんて、どういう風の吹き回しですか?」
 
( ・∀・)「おっと。世辞の返事も、上達したじゃないか」
 
ξ゚听)ξ「えー。やっぱりお世辞なんじゃないですか」
 

19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:46:07.52 ID:BvFhMvL/0
 
 口をとがらせ言ったわたしに、兄は少し笑うと、
 
( ・∀・)「冗談だ。綺麗にはなった、が、大人と呼ぶにはまだまだだな」
 
 うまく乗せられたということ、ね。
 兄にはいつもそうして子ども扱いされるのだけど、嫌な気はしなかった。
 今思えば、甘えられる人が兄しかいなかったから、かもしれない。
 
 お父様は今日のような特別な日にだけ、それもごく少しの時間だけ父親の顔を見せる。
 あの時はおどけて見せていたが、普段は国王として、とても厳しい人だ。
 寂しい反面、しっかりとけじめをつけている事が、尊敬している面だった。
 
 そして、兄のモララー。
 騎士団長に座する前はわたしとの交流はほとんどなく、顔見知り程度の認識だった。
 この大役に即いた今は、お城にいることが多くよく顔を合わせている。
 
 それ以前に、御前試合での勇猛果敢な兄の戦いぶりに、わたしは誇りを覚えていた。
 自分の兄はすごい人なんだと、その時に初めて自覚をした。
 
 それから接していく内に、兄の優しさにも触れるようになった。
 お父様に感じる寂しさと、今まで兄に触れることができなかった期間を埋めるように、
 わたしはどんどんと兄に依存し、甘えていったのだった。
 
 母はわたしを産んですぐに亡くなったので、幼い頃からずっとそんな人を、
 甘えられる人を心のどこかで求めていたのかもしれない。
 今もブーンに依存している自分を鑑みるに、それはきっと、確実にあるのだろう。
 

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:49:07.15 ID:BvFhMvL/0
 
( ・∀・)「自室へ戻るなら、付き添おうか」
 
ξ゚ー゚)ξ「……はい。ご厚意、甘えさせて頂きますわ」
 
 兄は小さく頷くと身を翻し、わたしの自室の方向へ進みだした。
 わたしもその背に続く。長身の兄の背はとても大きく、広かった。
 多分、わたしが兄に感じている物も、兄の背を広くみせているのだろう。
 
( ・∀・)「パーティーは、退屈だったか?」
 
ξ゚ー゚)ξ「そんなことはありませんわ。とても有意義な時間でした」
 
( ・∀・)「そうか……」
 
 そう答えた兄の声は、少し元気がなかった。
 
( ・∀・)「顔を出せなくて、すまなかった」
 
ξ゚ー゚)ξ「……気にしないで下さい。お兄様には、大事な務めがあるのですから」
 
 なるほど、それを気にしていたのか。それは少し、意外だった。
 
 女の式典に軍の男が参加することは無礼に値するなどと、慣例というものは面倒臭い。
 しかし、いかに肉親と言えどそれを良しとしなかったのは父であり、
 王族たるもの他の模範と成るべきだと、断固として兄の参加を許さなかったのだ。
 
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:53:08.60 ID:BvFhMvL/0
 
 気に掛けてくれていただけで、わたしはとても嬉しかった。
 
( ・∀・)「国王はいかん。少し頭が固い……」
 
( ・∀・)「……っと、聞かなかったことにしてくれ」
 
ξ゚ー゚)ξ「でも確かに。同意しますわ」
 
( ・∀・)「……耳に入れば、不敬罪も免れないがな」
 
ξ゚ー゚)ξ「では、お兄様と二人だけの秘密ということに」
 
( ・∀・)「ああ、そうしてくれると助かる」
 
 足音だけが反響していた暗い廊下に、二人分の笑みが漏れる。
 兄は時々、お父様の愚痴を零す。その度に、二人だけの秘密が増えていくのだ。
 もちろんわたしまで怒られてしまうので、その秘密を漏らしたことは一度もない。
 
 そうでなくても、秘密厳守はするのだけど。
 
( ・∀・)「ツンももう十六、か」
 
ξ゚听)ξ「はい」
 
( ・∀・)「そうか……どうりで綺麗になったわけだ」
 

23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:56:27.20 ID:BvFhMvL/0
 
ξ*゚听)ξ「あぅ……」
 
( ・∀・)「自信を持て。兄として、お前は誇れる女になった」
 
ξ*゚听)ξ「ありがとう……ございます……」
 
 他の人に言われるよりも、兄に言われた方が、心に響いた。
 尊敬する人に認められた気がして、嬉しくて、でもそれが恥ずかしかった。
 お父様には、未だそんなことを言われた事がない。まだまだ、ということだろう。
 
 今思えば、兄に対する気持ちは恋心に似ていたのかもしれない。
 優しい言葉に、心をくすぐられるような感覚。
 それを恋心と自覚したのが、ブーンと会うようになって少し経ってからの事。
 
 今でもそれには、どうしても慣れなくて困っている。
 照れたり恥ずかしくなると、口ごもるか断固否定し出すかのどちらかだ。
 そんな自分の性格には、今でも戸惑ってしまう。
 
 顔を少し熱くさせ兄の背中を追っていたら、いつのまにか自室の前についていた。
 
( ・∀・)「さ、ゆっくりと休みなさい」
 
 兄が部屋の扉を開けてくれる。笑顔を返して、自室に入った。
 

24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 15:59:16.98 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚ー゚)ξ「……おやすみなさい、お兄様」
 
( ・∀・)「おやすみ」
 
 静かに扉が閉まりかけ、顔だけ覗ける隙間を残し、兄はそこで手を止めた。
 隙間から兄がじぃっとこちらを見ている。なんだろうか。
 
ξ゚听)ξ「……?」
 
( ・∀・)「……」
 
( ・∀・)「……誕生日、おめでとう」
 
 その後にすぐ、扉を閉めた。
 その一言を言いたくて、しかしどこか気恥ずかしくて言えなかったのか。
 だとすれば、兄は照れていたと言うことで……。
 
ξ゚ー゚)ξ「ふふっ」
 
 そんな貴重な兄を見ることができて、思わず笑みが溢れた。
 テーブルに葡萄酒と、カナッペをのせた小皿を置き、ひとつまみ。
 
 薄く切られたバケットを生地に、子牛のパテにふりかけたトリュフソルト。
 口に含んだ固いバゲットを、しっとりとしたパテが優しく包み込み、
 トリュフの香りが口の中いっぱいに広がり、喉を通る塩気が葡萄酒を誘った。
 

25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 16:02:44.64 ID:BvFhMvL/0
 
 葡萄酒を一口、口に含んだ後、重いドレスをよいしょと脱ぐ。
 
ξ゚听)ξ「はーっ……」
 
 やはり少し、息が詰まっていたらしい。
 大きく息を一つ吐くと、風に当たりたくなった。
 バルコニーに出ようとした所で、はっとする。
 
 ドレスを脱いだわたしが纏っている服は、ビスチェにペチコート。
 服というか、もう下着だ。いくら人目につかないとはいってもこの恰好はいささかまずい。
 クローゼットから全身が隠れるガウンを取り出して、それを羽織った。
 
 そしてこの時、お父様から貰ったプレゼントを持って、
 今までに貰った物をいれた宝石箱も一緒に持ち出した。
 
 その時、それを持ってバルコニーに出なければ、ブーンと出会うことはなかったと思う。
 
 二年前のあの夜も、星は変わらずに、煌々と輝いていた。
 
 宝石箱をバルコニーの手摺りに置き、プレゼントを開ける。
 そこには指先程の大きさの、宝石があった。
 星の下でも美しく輝くそれは、オパール。
 
 十月の、誕生石だった。
 
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 16:07:06.10 ID:BvFhMvL/0
 
 主となる色はあるものの、一色だけに留まらず多彩な輝きを放つのがオパールだ。
 プレゼントのオパールは毎年色が違い、今年頂いたオパールは赤く輝いていた。
 
ξ*゚听)ξ「はぁ……」
 
 オパールを星にかざし、この世界と別世界の輝きの共演に、感嘆の溜息。
 わたしが二十になった時、それまでの宝石を装飾したティアラを作ってくれるとのこと。
 年を重ねる毎に一つ、一つと輝きを増し、それに見合う女になれというお父様の言葉。
 
 全ての輝きを束ねた時、わたしはそれに負けないくらいの女になっているだろうか。
 そうして星と一緒に眺め、神秘的な輝きを放つそれを見ていると、自信がない。
 そう思っている時点で、まだまだわたしは宝石には遠く及ばない、ということだ。
 
 その時。
 
 身を揺らされるほどの強い風が吹いた。
 
ξ;゚听)ξ「あっ!」
 
 声を上げた時にはもう遅く、手摺りに置いた宝石箱は風に流され落ちてしまっていた。
 その時ほど、背筋が冷たくなったことはなかった。勿論、冷たい風のせいではなくて。
 どうしていいかわからずに、わたしはしばらく暗い地面を見つめていた。
 
 どのくらいの時間そうしていたかわからない。
 突然我にかえり、とにかく、宝石箱を探しに行かなくてはと、駆け出した。
 

28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/17(土) 16:10:15.22 ID:BvFhMvL/0
 
 わたしの部屋は城内で最奥の棟にある。
 つまり城の裏側なのだが、落ちた場所には裏口からしか出ることができない。
 
ξ;゚听)ξ「はぁっ……はぁっ……」
 
 人生であれだけ走ったのも、あれが初めてだった。
 子どもの時ですら、あんなに息を切らせて走ったことは恐らくない。
 とにかくもう、無我夢中だった。
 
 お父様に怒られるとか、そういう考えはなかった。
 大切な物を無くしてしまうかもしれない焦燥感が全てだった。
 足が痛くなっても、それでも走り続けた。
 
「ツ、ツン様?!」
 
 途中、数名の衛兵さんにどうしたのかと呼び止められたが、
 なんでもないと言いくるめ先を急いだ。
 今思えば、そんなことを言われても心配しただけだろうなと思う。
 
 やがて裏口に到着し、急いで扉を開けた。
 吹き込んだ冷たい風が、火照った体と頭を冷やしてくれる。
 呼吸を落ち着かせると、バルコニーの下へと向かった。
 
 その時に居た、黒い影。
 身を屈めて、地面を探る人の影。
 それが、ブーン=ラダトスクだった。
 

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