10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:37:02.22 ID:6SJnoytZ0
9月にもなると風は強く、早朝は肌寒く感じるほどだった。

しかしと言うかやはりと言うか……試合会場には魔法でもかかっているのだろうか。
昼前にはギラギラと照りつける陽射しが選手達の皮膚に鋭く突き刺さる。

選手達はその気候を待ってましたと言わんばかりに意気揚々としていた。



……風はどうした。

どこから吹き付けることも無い、みるみる上昇する気温。


暑い。


応援者達は額の汗を拭った。



     プア〜



いい加減この気合の入らないスタート音にも愛着が沸いてくる。
選手は一斉にスタートを切った。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:38:36.36 ID:6SJnoytZ0
今回のレースは今まどと違い砂浜からスタートだ。
紐でくくられたスタートライン、立ち並ぶ沢山の選手。
季節的なものか、ウェットスーツで泳ぐ選手が多い。


砂浜から海へ猛然とダッシュし、バシャンバシャンと選手が海に入っていく。
少しでも走って距離をとろうとする人達は、水面が膝に来るまで無理矢理走り、そこから泳ぐ体勢に入る。


浜からのスタートは、水に浮いてスタートするフローティングスタートに比べ人が固まり易い。
我先にと人波をかき分けて海に飛び込む者が多く、人間の上を泳ぐことだってある。

(;゚∀゚)(この……乗るな……ッ!)

ジョルジュは選手に上に乗っかられてしまい、泳ぐ事はおろか息継ぎさえままならない状態にあった。
仕方なく息継ぎをせずにバタ足と軽い手の動きで泳ぎ始める。

そうこうしていると次の瞬間には人の上に乗ってしまい、勢いが止まった。

(;゚∀゚)(くああ、もう厄介だなコイツら!)

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:40:15.82 ID:6SJnoytZ0
ジョルジュは浜からスタートの大会は初めてだった。
参加者は少ないにも拘らずいつも以上の人の塊、いつも以上の腕のぶつかり合い。

お腹が蹴られた。
肘を頭にくらった。

バラけない集団。

自分のペースで泳ぐことなど到底ままならなかった。

(;゚∀゚)(集団心理でも働いてんのかコイツら……さっさとバラけろって!)

前にも横にも一面の人波。
その一部と化している自分。


苛立ちは募ったがどうしようもなかった。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:41:49.02 ID:6SJnoytZ0
ブーンはスタートの直後、我先にと詰め掛ける人間に萎縮してしまい後ろからのスタートとなった。

目の前で起こる大量の水しぶき。
海面が見えないほど人が敷き詰められた状況。
そこへさらに飛び込んでいく選手達。

とてもその中には混ざれないと思い、一人端のほうから泳ぎだした。

(;^ω^)(しかし……やっぱりちょっと肌寒いお……)

ウェットスーツを持っていないブーンは今回もトライスーツで挑んだが、思いのほか海は冷たい。
泳いでいればどうにかなるだろうとちょっと速い目のペースで泳いだ。

体もすぐに温まり、気付けばトップグループにいるのだから調子がいい。

(;^ω^)(そろそろスイムを一番で上がってみたいお……)

ブーンにはそんな野望があった。
15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:43:25.96 ID:6SJnoytZ0
ドクオもブーンと同様、後ろからゆっくりとスタートした。
他人のペースに合わせるのが嫌だったのだ。
大回りで少しぐらい距離を多く泳いでもいいから、自分のペースを守りたかったのだ。

そして思いのほか他の選手と争う事もなく順調に泳ぎ出せた。

('A`)(とりあえず、500m……それくらい泳いで腕の感覚が麻痺してきたら……)

水泳ではある程度泳ぐと腕の感覚が麻痺してくる。
そうなると疲れたと思う事無く一定のペースで泳げるのだ。

相変わらずドクオは自己流で水泳練習を続けてきた。
練習回数と距離をこなしたドクオだからこそ、ペースは体に染み付いていた。


(;'A`)(波が……荒いな。本番だしちょっとくらい無理しても大丈夫だろう)

9月の海は思いのほか波が強い。
波にあわせて体を上下させながらも、ドクオは一定のペースで泳ぎ続けた。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:45:07.56 ID:6SJnoytZ0
(;゚ω゚)「……フヒュッ!! ……ヒュッ!」

荒れる波、そんな中でブーンは思いのほか疲労していた。
いつも通りのペースだと思っていたが、波のために想像以上に体力を消耗していたようだ。

腕はまだまだ大丈夫だが、呼吸が辛かった。
バタ足も使いたくなかったのだがこの波では仕方ない。

(;゚ω゚)「……フヒュッ!」

しかしブーンは今、一位の選手と並んで泳いでいた。
しかも内側を泳いでいる、カーブでは断然有利だ。

一方相手も負けるかとペースアップをしてくる。
おそらくスイムには相当の自信があるのだろう。

(;゚ω゚)「……フヒュッ!」

まさにプライドのぶつかり合いだった。
まだ500mも泳いでないだろう、途中で相手が折れたら調子よく泳ぎ続けれるだろうが、自分が先に折れたら……
考えるだけでも精神的に折れそうだ。

(;゚ω゚)「……フヒュッ!!」

勝てば官軍、負ければ死刑。
そう、そんな感じだ。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:46:47.76 ID:6SJnoytZ0
大きな麦わら帽子が太陽からの陽を遮っていたが、それでも額を汗が伝う。
砂浜での車椅子はまったく意味がない。
とても一人では応援など無理だっただろう。

ξ*゚ー゚)ξ「ごめんなさい、わざわざここまで押してきてもらって……」

('、`*川「いえいえ、全然気にしないで下さい。一人だと心細かったですし」

ブーン達の同僚である伊藤は、車椅子のデレを押しながら応援場所を移動していた。
スタートを見ていたのだが、直後に巻き起こった激しい水しぶきにあっという間に望みの選手を見失ってしまったのだ。
しぶしぶ次のバイクの応援準備にかかった。

('、`*川「ブーンさんは分かり易くていいですね、きっとあのトップのどちらかですよ」

ξ*^ー^)ξ「そう信じたいですね、あの人は泳ぎだけですから」

笑うデレに、伊藤も笑顔で応えた。
でも探している人が分かるのは羨ましい限りだ、ドクオやジョルジュなどどこにいるのか想像も出来なかった。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:48:33.44 ID:6SJnoytZ0
コースはブイ(浮き)が375mの間に並んでおり、その周り1周750mを2周で1.5kmだ。
ただ波が高く、逐一コースの先を確認しないと気付けば全然違う方向に泳いでいたりする。
隣の選手につられて泳いでいると、一緒にコースを外れてしまったりした。

(;゚∀゚)(これは……今回は最悪だな……)

ジョルジュは隣の選手が押してくるものだから進行方向を逆方向へと逸らしていたが、気付けば明後日の方向を向いていた。
慌ててコースを修正するも集団でコースをずれたのは痛い、思うように元のコースに戻れない。

(;゚∀゚)(オマエら……いい加減邪魔だ、早くバラけろ!)

また自分を押してくる隣を押し返し、相手の進路を強制してやる。
相手もコースを外れていると気付いたようで、慌てて進行方向を変えた。
それでもまだまだ集団は思うようにバラけない。

(;゚∀゚)(くっそ……もう腕が疲労しているな……これはマズイか)

今回は予想以上に進みが遅い、きっとドクオよりも彼はまだ後ろに位置していただろう。

集団の隙間を見つけると、ジョルジュは一気に加速して塊から脱出した。
腕には一気に疲労が溜まる。
呼吸が苦しい、酸素が足りない。

考えていた以上に辛い戦いを強いられていた。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:50:12.66 ID:6SJnoytZ0
ブーンは何とか1周目を終えた。
腕はもうパンパンでいつ止まってしまってもおかしくないほどだ。

バタ足も残す余裕がない、ウェットスーツを着ていないブーンは浮力が少ないので尚更だ。

(;゚ω゚)「ハヒュッ! ……フヒュッ!」

隣の選手もなかなかスピードが落ちない。
互いに一進一退していた。
片方がペースを落とすとつられてもう一方もペースを落とし、逆にペースを上げればもう一方も上げた。

このまま二人で競いながらゴールまで行こう、負けたくないと思う反面二人ともそう考えていたのだ。
自分一人になったら間違いなくペースは落ちるから協力していきたい。
でもスイムで負けたくない、そんなプライドと精神の葛藤。

(;゚ω゚)「……ハヒュッ!」

呼吸をする瞬間、隣を泳ぐ選手の息継ぎも聞こえてくる。
フォームを見れば相手が疲労していることも分かる。

それでも……相手を裏切って一気に勝負を決めようという気にはならなかった。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:51:44.37 ID:6SJnoytZ0
(;'A`)「……ハフッ! ……ハフッ!」

短い息継ぎを繰り返し、酸素を取り入れようと頑張る。
喉が痛い、塩水とはこうも泳ぎにくいものなのか。

それでもドクオは自分のペースを守って泳ぎ続けた。

腕は早くもいい感じで麻痺している、ここで無闇やたらにとばしたりさえしなければ、このペースでいける。

(;'A`)「……ハァッ!」

呼吸は短くて苦しかった。
でも体力はある、矛盾するようだが楽だった。

隣の選手が自分の方向に少しづつ寄ってくると、ドクオは素直に距離をあけた。

ぶつかって今のテンポ、今の調子を崩したくなかった。

(;'A`)「……ハフッ!」

いい感じだ、前回よりもきっと速いに違いない。
調子のいい自分に驚き、息継ぎをしながら口元に笑みを浮かべてしまった。
そんな余裕すらあった。
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:53:18.00 ID:6SJnoytZ0
ジョルジュは体にのしかかる強烈な疲れに苦悩した。

スイムでペースの変化を行うのは、想像以上に体へと負担をかける。
呼吸器が、腕の筋肉が、そして疲労を感じると供に精神的にも激しい負担となる。

(;゚∀゚)「……ハパァッ!」

息継ぎをしようとしたら、タイミング悪く波が口の中に入った。

突然のことに水中でむせる。
急いで手の回転を早めると、数度息継ぎをして呼吸を安定させた。

(;゚∀゚)(はぁ、はぁ……これでまたテンポが崩れたな……今回はボロボロだな)

どうしてこうも不幸は続くものなのか。
肉体的な負担もさることながら、精神的な負担がより彼を苦しめた。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:54:53.39 ID:6SJnoytZ0
ブーンは相変わらず1位で競り合いをしていた。
3度目の折り返しを行いラストが375mを切ると同時、互いに牽制のし合いが始まった。

ペースを一瞬だけ上げる。
逆に一瞬だけ落としたと思わせて突然ペースアップの素振りを見せる。
だが互いに自分が威嚇していると同時「相手が威嚇している」という事も分かっていたようで結局は並んだ状態だった。

(;゚ω゚)(そろそろ……落ちてもらいたいお、これ以上は精神的に厳しいお……)

ブーンは少しずつ相手に泳ぎながら寄っていく。
すると望むところだと相手も自分に寄って来た。


二人の手がビシッと接触した。


肩にドスンと重荷が乗っかったような衝撃がはしる。
しかし互いに泳ぎに自信があるのだ、安定したフォームは崩れない。

(;゚ω゚)(これくらいじゃ全然疲労しないお、腕も全然余裕だお、ダメージないお。
    でも相手はそうもいかないお、今頃接触した事を後悔しているはずだお)

暗示のように繰り返し、ネガティブな考えを浮かばなくする。
精神的に、なんとしてでも有利に立たなくてはいけなかった。
ここまでくると実力じゃない、心の勝負なのだ。
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:57:32.70 ID:6SJnoytZ0
トップを泳ぐ2人が、ようやくゴールまであと数十メートルとなった。
観客達もいよいよかと手に汗を握って待っていた。

('、`*川「2人……のままですね……」

ξ*゚ー゚)ξ「どちらかがブーンだといいんだけど……」

選手が泳いでいる時は、ほとんど応援など聞こえない。

スイムはそれなりのペースで泳いでいれば息が乱れ、苦しくなりとても集中力を使う。
聴覚にまで気が回らないのだ。

それでも大会では絶え間ない応援が続く。
それがトライアスロンという競技、選手と応援者が一体となる場所なのだ。
選手が頑張る限り、応援者は決して応援を絶やす事はない。

ξ*^ー^)ξ「がんばれー! もうちょっとー!」

小さな声で叫んだ。
届かなくてもいい、叫ぶことに意味があるのだから。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 20:59:11.73 ID:6SJnoytZ0
(;゚ω゚)(ラスト、まだ100m以上はあるお……でも行くお!)

痺れを切らし、とうとうブーンは先にスパートをかけた。
100m以上ある残りを全てペースアップできるなどとは思っていない、
ただこれで相手が闘争心を失い、後退していってくれれば気持ちは幾分も楽になる。

しかし相手はついて来た。

(;゚ω゚)(泳ぎは無茶苦茶だお! 早く落ちるお!)

そう思いながらも、ブーンこそすぐに減速した。
そして再び二人並んだ状態になった。

(;゚ω゚)(負けたくないお、負けたくないお……)

同時に様々な心配がブーンを苦しめた。

先ほどのスパートで決める事が出来なかったため、体はすでに限界だ、もうペースアップは無理だ。
このままのペースなら負けん気で何とかついていけるが、相手にここからスパートをかけられたらとても抗えない。

(;゚ω゚)「……ハヒュッ!」

呼吸をする時に聞こえる、相手の苦しそうな呼吸音。
きっと無理だ、相手はスパートなんて出来やしない。
そう信じる事でいっぱいいっぱいだった。


27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:01:10.93 ID:6SJnoytZ0
そしてブーンの望みどおり、相手はスパートをしなかった。
しなかったのか出来なかったのかは分からないが、そのまま二人は並んでスイムを終えて岸に上がった。
トランジットエリアは海岸にあり、スイムを終えてからそこまでは砂浜を走らなくてはならない。

  「頑張れーッ!」

  「負けるなーッ!」

二人同時にスイムを終えるというの白熱した場面に、歓声も大きく響く。
どちらが一番にバイクをスタートするのか、観客はもう二人の動向に目を奪われた。

(;゚ω゚)「……ハァッ、はっ、はっ!」

砂浜に体全体が埋まりそうになる。
地面を蹴っても進まない、頑張ってモモを上げて体を動かした。
フォームは滅茶苦茶で、腰は力なく曲がっている、そんな状態でもブーンは頑張って走った。

トランジションエリアまでのランニングでは僅かに相手に先を譲った。
しかしブーンは足の砂を素早く払うとすぐにバイクシューズをはいた。

(;゚ω゚)(先に……スイム、一番で……!)

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:02:47.21 ID:6SJnoytZ0
ξ*^ー^)ξ「がんばれー!」

('、`;川「すごいよ、トップだよがんばれー!」

二人の応援など届いていないのだろう、ブーンは必死の表情でヘルメットをかぶるとバイクを押してスタートラインへ駆ける。
ブーンがバイクの乗車ラインを超えるとさらに歓声は大きくなった。
彼がスイムを1位で終了した瞬間だった。

会場全体が揺れるかのような人の声。
応援に来ていた二人の声など打ち消された。

ξ*゚ー゚)ξ「……やっぱり妬いちゃうな」

('、`*川「……ん?」

ξ*^ー^)ξ「ううん、何も。それよりも次はどちらが来るのか楽しみね」


ブーン:
スイム 19'45"(1位)

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:04:55.28 ID:6SJnoytZ0
(;^ω^)(フサギコさんがいなかったから……ようやくスイムで1番取れたお……)

嬉しさで顔が歪む。
そんなブーンをスイム2番の選手がすぐに抜き去ったが、ブーンは全然気にしなかった。

足はいつもの乗り出しと同じで良く回転する。
呼吸はやはり辛い、塩水のせいもあって早くも乾いた呼吸になっている。

それでも……ブーンは笑っていた。

(;^ω^)(いける、いけるお……勝てるお……!)

スイムを1位で通過した事で精神的な余裕が生まれていた。

今回は無駄にスピードアップをしようとは思わなかった。
ただ、今の気持ち良くこげる状態でずっと行きたいとだけ思った。

(;^ω^)「……ふっ、……ひゅぅ……ッ!!」

呼吸はやはり酷いものだ、まだ乗り出しだというのに。
腕もガクガクで油断すると直線にも拘らず転びそうだった。

(;^ω^)(いける……勝てる……!)

それでもブーンは笑っていた。
精神的なアドバンテージはかなり大きかった。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:06:30.78 ID:6SJnoytZ0
(;'A`)「……ハヒュッ、……ハフッ! 」

スイムが終わりに近づくと、自分のペースで泳いでいたとはいえ体への負担は相当なものだった。
それでも……前回のスイムに比べれば格段に楽だった。
前回は最悪な結果を残したが、それをバネに彼は精神的強さを手に入れた。

(;'A`)(もしかしたら……奇跡ででもジョルジュさんに勝てないかな……)

疲れている、疲れているがこの後バイクとランならいける疲労だった。
これ以上泳げと言われると無理だが、そうでなければ何とかなる……そんな疲労。

むしろあまりにいい具合に力を使い切っていて、気持ちいいくらいだった。

(;'A`)(あーあ、やっぱ俺生粋のマゾかもしれんな)

短い息、苦しい。
肩が痛い、筋肉はパンパンに張っている。

そんなドクオのスイムはあと少しで終わりだ。

(;'A`)「……ハフッ、……フヒュッ!」
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:08:09.54 ID:6SJnoytZ0
(;゚∀゚)(くそ、全然スピードが出ない……)

もう腕は限界を超えていた。
水がかけない、こうなると一気に呼吸器にも負担がかかる。


もっと息が吸いたい。


(;゚∀゚)「……プハヒュッ!!」

腕が上がらない、悔しい……でもどうしようもない。

まだまだ苦しい。


苦しい。


(;゚∀゚)(苦しい)


肉体的限界の後に来る、精神的な悪循環。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:09:54.25 ID:6SJnoytZ0
続々とスイムを終わらせていく選手達を、2人は一人一人チェックしていた。

ξ*゚ー゚)ξ「そろそろ来そう……」

('、`*川「ジョルジュさんが先に来るとも限らないですよ、もしかすると……があるかもしれないですよ」

選手が競技を終える瞬間、この時は応援者が最も緊張する瞬間だ。
誰が、いつ来るのだろうかという期待や心配が交錯する。

トライアスロンでは安定した実力を出すのは難しい。
総合タイムが5分程度変動することだってざらにある、思わぬエネルギー切れで一気に減速することだって珍しくない。
実力よりも精神的面が記録を左右するシーンばかりだ。

だからこそ、応援者も供に頑張ろうという気になるのだ。
応援に熱が入るのだ。


ここでデレが、見慣れた人物を発見した。
あれは……前回ブーンと一緒に出ていた同じ会社の人だ、間違いない。

ξ*゚ー゚)ξ「伊藤さん、来たみたいですよ」

('、`;川「え、はい!」

伊藤は慌てて、今まさに海から出ようとしている人物に目を向けた。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:11:40.18 ID:6SJnoytZ0
ξ*゚ー゚)ξ「ごめんなさい、私まだちょっと分からなくて……あれはどちら様?」

筋肉質で背の高い影が、砂浜をトランジションエリアへと向かって走っていた。

('、`*川「あれがジョルジュさんです」

ξ*^ー^)ξ「ありがとうございます。
    ジョルジュさん、がんばれーッ!」

やはり応援しても気付いてくれない、焦りながらも慎重にウェットスーツを脱いでバイクの準備に掛かる。
そしてバイクを押してすぐに乗車ラインへと向かった。

('、`*川「あ、ドクオ君も来た!」

その時スイムを終えたドクオがトランジットエリアへ来た。
バイクを押していくジョルジュの背中を見て、小さくガッツポーズしていた。

(;'A`)(よし、これくらいの差なら……)

ジョルジュは後ろにいるドクオに気付いていない。
そのままバイクを押して乗車ラインを跨いだ。


ジョルジュ:
スイム 26'43"(16位)

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:13:13.66 ID:6SJnoytZ0
('、`*川「ドクオ君、がんばれー!」

ξ*^ー^)ξ「ドクオさん、ジョルジュさんはすぐ前ですよー!」

二人の声にドクオはチラと顔を向けると、照れ臭そうに笑った。
自信に満ちた笑顔だった。

手早く準備を終えると、バイクを押して乗車ラインへと向かう。
そして乗車ラインを超えると、すぐにバイクをこいで行ってしまった。

ξ*^ー^)ξ「……ドクオさん、頼もしい笑顔でしたね」

('、`*川「はい、期待できそうです」

そして二人はバイクの応援場所へと移動した。


ドクオ:
スイム 26'58"(18位)
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:32:15.42 ID:6SJnoytZ0
既に1.5kmものスイムを終えたはずだが、体は不思議と疲労を感じなかった。
後からズシンと来るのだろうが、今はむしろいい感じで体が動く。

(;'A`)(ジョルジュさん……見えた!)

ドクオがバイクをこぎ始めると、すぐにもジョルジュを確認した。
思ったよりも距離がある、しかしドクオはそれをもろともせずにペースを上げた。
風もあまり感じない、これなら……いける。

(;'A`)(前回のバイクタイムは1時間8分……今回は1時間5分だな……)

ドクオは加速して行く。
すぐにもジョルジュへと並んだ。
そのまま一気に抜き去る。

(;゚∀゚)(コイツ……早えぇぇぇぇ!!)

あわよくば後ろにつこうとも考えていたが、そんな暇も与えないほど一気に抜かれた。

(;゚∀゚)「……はぁ、はぁッ!」

(;゚∀゚)(今のオレが38km/h……40km/hは出てるな……もつのか!?)

そう思いながらもドクオに抜かれた事でジョルジュは一気に疲労を感じた。
まだ乗り出してすぐだというのに……ジョルジュは顔を大きくしかめた。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:33:58.25 ID:6SJnoytZ0
(;'A`)(よし、ジョルジュさんは来ない……!)

ジョルジュを抜き去り、相手が自分について来ない事を確認してドクオはさらに調子を上げた。

スイム、バイク、ランとトライアスロンには3種目あるが、共通する事、それはリズムだ。
特にスイムとバイクはそれを大切にする事が重要だ、自分に適したリズムが絶対にある。

リズムは毎日違う。

疲れや体調などによって、その時々に合ったリズムが存在するんだ。
そしてそれは練習を重ねる事で、次第に明確になってくる。


ドクオはそれだけの練習を重ねていた。
特にバイクは彼が最も力を入れた種目だった。
前回の初トライアスロンで良い記録を出してから、彼はさらに練習を重ねた。


(;'A`)「……ふぅ、……ふぅ」



そして今日は調子が良かった。
最高のリズムだった。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:35:32.67 ID:6SJnoytZ0
(;^ω^)(よし、1周目終了だお!)

今回のバイクは10kmのコースを4周で40kmと、1周がかなり長い。
一度選手が通過してから次来るまで15分以上あり、応援者には少々辛いか。
同時に選手にとっても気持ちの切り替えが難しい。

そんな中、ブーンは気を楽に持って1周目を終了させた。

(;^ω^)(流石に足に少しきてるお……)

それでも精神的な疲労はかなり少ない。
1位でスイムを終えた展開はブーンにとって物凄い力となっていた。

ξ*^ー^)ξ「がんばれー」

('、`*川「ファイト!」

デレと伊藤がいるのが見え、応援を聞くと軽く手を振った。
大丈夫だ、全然余裕がある。

同時、ブーンは思った。

(;^ω^)(バイクでドクオとジョルジュさんに抜かれなかったら……勝てるんじゃないかお?)

考えが浮かぶと同時、足に力を入れてスピードアップしていた。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:37:06.82 ID:6SJnoytZ0
('、`*川「ブーン君、手を振るなんて余裕ね」

ξ*^ー^)ξ「まだ1周目だからかな、でも調子良さそうだったからよかった……」

スイムの貯金があるブーンは、バイクは遅かったがまだ順位は上位に食い込んでいた。
デレの言うとおりまだ1周目だ、半分も終わってない。
それでも気持ちよくバイクをこいでいたブーンを見ると良い結果が出そうな気がした。

それからすぐドクオとジョルジュが来るかと待ったが、やはりスイムの貯金がものをいっているのか、二人は中々来ない。

('、`*川「遅いですね……」

ξ*゚ー゚)ξ「でもそろそろじゃないかしら……」

話をしていると、ようやくドクオが姿を表す。
必死の応援に気付く事無く、真剣な面持ちで二人の前を通過していった。

ブーンに比べると格段に疲れていそうな、そんな表情だった。

('、`;川「大丈夫ですかね?」

ξ*^ー^)ξ「でもこの前の大会もドクオさんはすごくバイク速かったから、今回もすごく期待できますよ」

軽く話をしてその後すぐに来るだろうジョルジュを二人は待ったが……
ジョルジュは姿を表したのは少し後だった。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:38:16.48 ID:6SJnoytZ0
ジョルジュはブーンやドクオよりもさらに辛そうな表情で通過していった。
体全体で息をして、選手3人の中でも一番疲労の色を露にしていた。

('、`;川「……まだ1周目ですよね?」

ξ;゚ー゚)ξ「そのはずだけど……ジョルジュさん大変そうでしたね」

まさか1周でここまでジョルジュとドクオの差が開くとは思ってもおらず、二人は驚きを隠せないでいた。
51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:39:51.12 ID:6SJnoytZ0
(;゚ω゚)「……はぁっ、はぁっ!!」

ペースアップと同時に来る体への疲労、負担。
先まで調子良かったのが嘘のようだ。
顔に笑みはもうない。

(;゚ω゚)(逃げ切れるお、ジョルジュさんからも……ドクオからも……勝てるお)

このままのペースで頑張ればきっと勝てる。
減速する事無くこのまま行けば絶対に勝てる。

そう信じてブーンは必死にバイクを走らせた。

(;゚ω゚)(もうモモの筋肉が……このまま40kmはもたないお……)

分かっていてもペースを落とすわけないはいかなかった。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:40:56.91 ID:6SJnoytZ0
2周目はまだブーンがトップで通過した。
しかしドクオとジョルジュの差はもう大きく開いており、
ジョルジュはバイクの後ランに移れるのかというほど疲労を見せていた。


(;゚ω゚)(逃げ切るお、このまま……抜かれないお……!)


(;'A`)(ブーン、まだか……流石に足が……くそ!)


(;゚∀゚)(だめだ、ペースは悪くないが疲労が……)


ξ;゚ー゚)ξ(ブーン、頑張って……)


('、`;川(ドクオ君、もうちょっとでブーン君の所にまで……)

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:42:30.41 ID:6SJnoytZ0
そして3周回目の終わり、とうとうドクオはブーンへと追いついた。

(;゚ω゚)(ドクオ……!)

そのまま一気に抜き去る。
スピードの違いは明らかだった、とても抵抗できるようなスピードでなかった。

ブーンへ襲い掛かるいきなりの疲労。
足の回転は遅くなった。
筋肉が途端に固まる。


(;'ω`)(ドクオ……)


既に彼は見えなかった。
完全なスピードの違い、ブーンはみるみる間に減速した。

ラスト1周に差し掛かった直後の出来事だった。
55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:44:03.47 ID:6SJnoytZ0
しかし同時にドクオもブーンを抜いた事で安心してしまったのか、大きな疲労を感じた。
目標がなくなってしまったのだ。

何とかと力を入れるが思うように進まない。

リズムが悪い、今の力でこのままこぎ続けることは不可能だ。


(;'A`)(ちくしょ……1時間5分が……くそ、体がいう事きかねぇ)


残り10kmを切り、ブーンとドクオは同時に失速した。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:45:36.73 ID:6SJnoytZ0
バイクが始まって間もなくドクオに抜かれたジョルジュは激しい疲労を感じ、思うようにスピードに乗れずにいた。

しかし中盤にもなると初めの方にペースを上げなかった事が功を奏したか、体は動き精神的に楽になってくる。
後半に入り調子を上げてきていた。

(;゚∀゚)(よし、初めの方はダメだったがこのまま後半減速なければいい感じでいける……!)

最後の周回に入ってもまだまだ体は十分に動く。
呼吸は苦しい、モモはパンパンですごく熱を持っている。


でも、いける。


ラスト1周、ジョルジュはペースアップしないまでも、キープしてバイクをこぎ続けた。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:47:34.91 ID:6SJnoytZ0
トランジットにはバイクを終了した選手がちらほらと現れ出した。
最後の周回に入った直後にブーンはドクオに抜かれていた、まずはドクオが来るだろう。

('、`;川「そろそろですね」

ξ*゚ー゚)ξ「ドクオさん、どれくらいで来るかしら……」

また一人、また一人と選手が到着する。
トップの方は集団で来ても3人程度だ、大きな選手の塊ができることは珍しい。

ξ*゚ー゚)ξ「……今来た選手で6番目ですね」

('、`;川「ドクオ君……がんばれ……」

まだかまだかと待っていると、次第に汗が噴き出してくる。
やはり暑い。
特にこうやって選手を待つときは心が急いて、余計に暑く感じた。


そんな中、いよいよドクオが登場した。
59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:49:11.65 ID:6SJnoytZ0
ξ;゚ー゚)ξ「すごい……」

まさかこんな上位まで登ってくるなど想像もしておらず、見ている方としても驚きと興奮が入り混じる。
またさらに暑さを感じた。

('、`*川「ドクオ君、がんばれー!」

ξ*^ー^)ξ「ドクオさん、ラストいけー!」

応援する二人の方を見て軽く手を出すと、すぐにもヘルメットを脱ぎ靴を履き替えて走り出した。

前回とは違い、安定していた。
期待が十分に持てそうな走りだった。

ドクオはランのスタートをいち早く切った。


ドクオ:
スイム 26'58"(18位)
バイク 1:06'31"(3位)
スプリット 1:34'29"(8位)

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:51:25.17 ID:6SJnoytZ0
前回の初大会ではバイクで完全燃焼してしまい走るどころではなかった。
実際あまりの辛さに走る事を放棄して歩いてしまった。

しかし今回は違う。

(;'A`)(よし、走れる……!!)

腰が上下して思うようなテンポを作れずに困るも、思いの外足は動いた。
予想をはるかに超える出だしだ、今回もバイクでかなり体力を使ったからどうなるかと思っていたが、上手く走れそうだ。

(;'A`)(……くっ!)

しかし酷使しきった足、体に蓄積された疲労。
毎日ランニングの練習をして自分のテンポを掴んだつもりでいたが全然分からなかった。

どれくらいのテンポでいけばいいのだろうか。

予想外に動く体がさらに彼を悩ませた。

(;'A`)(このまま行ける訳はないが……行けそうな気がする……)

困惑した。
まるで他人の体で走っているようだった。
61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:53:02.94 ID:6SJnoytZ0
ドクオが来てからブーンとジョルジュを待っていたが、やはりそれなりに時間が空いた。
ドクオは相当なタイムでバイクをこいできたのだろう。

トライアスロンでは精神力が重要な事は何度と説明したが、
その上で「自分はバイクが速い」などと自己暗示をかけている場合はさらに強い。
逆に「自分はバイクが弱い」などと思っていると想像以上に脆く簡単にペースを乱すことになる。

ブーンはバイクに自信がなかった。


ξ;゚ー゚)ξ「いくらなんでもそろそろ……」

('、`*川「あ、来ましたよ!」

若干蛇行しながらブーンはバイクの最後の周回を終えると、すぐにトランジションエリアへ入ってくる。

(;^ω^)(まだジョルジュさんに抜かれていないお、このままドクオを抜いて逃げ切るお……!)

目に見えて焦りながら靴を履き替え、ヘルメットを脱いだ。

ξ*^ー^)ξ「ブーン、がんばれー!」

('、`*川「ブーン君、がんばれっ!」

応援が届いたらしくブーンは二人の方をちらと見ると、ふっと笑った。
そしてそのまますぐランのスタートを見据える。
63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:54:36.99 ID:6SJnoytZ0
(;^ω^)(何とかジョルジュさんに抜かれなくて良かったお、抜かれていたら精神的にきつかったお……)

帽子をかぶるとすぐにも走り出した。
ドクオの姿はないが、きっと追いつける。
そう信じて体を動かしていく。

地面を蹴る感覚が分からず、体が思った以上に弾んでリズムを作れない。

(;^ω^)(何とか、ドクオまで……)

ドクオが見えればきっと力はみなぎってくる、ドクオを見つけるまでのランが勝負だ。
大きな応援の中、歯を食い縛ってランのスタートラインを跨いだ。


ブーン:
スイム 19'45"(1位)
バイク 1:16'52"(29位)
スプリット 1:36'37"(11位)
65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:56:17.64 ID:6SJnoytZ0
('、`*川「ブーン君、ドクオ君に追いつきますかね……?」

ξ*゚ー゚)ξ「表情を見てると厳しそうだったけど、ドクオさんも逃げる方は大変そうですしね」

逃げる方と追う方、その精神的な優劣はドクオがどこまで逃げ切れるかで決まる。
終盤まで逃げ切れば追う方は精神的に辛くなるが、前半の内に捉えられれば逆に心が奮い立つ。


何よりも勝負は二人の勝負ではない。
もう一人、実力的にはもっとも強い男がまだいるのだ。


ブーンよりもさらに少し遅れてジョルジュはトランジットに姿を表した。

('、`;川「ジョルジュさん来ました!」

ξ;゚ー゚)ξ「結構差が開いたけど……大丈夫なのかしら」

ジョルジュは慣れた手つきでヘルメットを脱ぎ靴を履き替えると帽子をかぶった。
そして走り出す前に軽く水を含む。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 21:57:51.28 ID:6SJnoytZ0
(;゚∀゚)(勝負はランか……やべ、楽しいわ)

ジョルジュは笑っていた。
体はもう疲労だらけで、まだ最後にランを残している状態で、身内の順位は最後だったのだが……彼は笑っていた。

ξ*^ー^)ξ('、`*川「ジョルジュさんがんばれー!」

(;゚∀゚)「おうっ!」

大きな声で応援の二人に返事してジョルジュは駆け出した。
そしてすぐにもランのスタートラインを跨いだ。

追う者、追われる者、そして追い追われる者。
とうとう勝負は最後のラン種目に委ねられた。


ジョルジュ:
スイム 26'43"(16位)
バイク 1:11'02"(10位)
スプリット 1:37'45"(13位)

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:00:02.63 ID:6SJnoytZ0
この大会のランのコースは、バイクと同じ10kmのコースを1周だけする。
これは応援する者にとっても競技する者にとっても辛かった。

応援する者にとっては、スタートしてからゴールするまでその選手の状況が分からない。
声援もかけれない、ゴールする寸前までひたすら待ち続けることしか出来ないのだ。

競技する方は距離感がなく、いつ見えるか分からないゴールに向かって走り続けるしかない。
途中僅かにあるキロ表示はアバウトで、意識しすぎると思わぬしっぺ返しをくらう。


(;'A`)「はぁッ、は……ッ!!」


逃げるドクオにとっても、当然辛かった。
どこまで逃げ切ればいいのかが分からなかった。

常に追われているというプレッシャーは自分を急かし続ける。

(;'A`)(ダメだ、このペースはオーバーペースだ……!)

しかし止まらない。
このままだとすぐにも限界が来る……分かっていてもプレッシャーを跳ね除けることは出来なかった。
69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:01:35.73 ID:6SJnoytZ0
(;^ω^)(ドクオ……全然見えないお……!)

少しでも早くドクオを捕らえようと走り出したブーンだったが、ドクオは一向に見えてこない。
ペースは遅くない、むしろ飛ばしているはずだが……影も形も見当たらない。

(;^ω^)(早く捉えないと……)

ジョルジュに自分が追いつかれる前に、ドクオを抜いて精神的な余裕を持っておきたかった。



何よりブーンは前回の大会からランニングばかり練習を頑張った。

スイムは既にある程度の速さがあり、練習しても大きくタイムが伸びる事は望めない。
そしてバイクの練習は彼にとって辛いだけだった。




『泳いでる、楽しんでいるブーンが好き』


彼は楽しくないからバイク練習はしなかった。
ただ、その代わりにラン練習を精一杯頑張った。
とうぜん楽しいわけではない、それでも辛いとばかり思って運動をする事は自身が許せなかったのだ。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:02:11.55 ID:6SJnoytZ0
(;^ω^)(今までの僕よりももっと速く走れるお、絶対ドクオに追いつけるお……)

既に足は上がらない、地面を蹴る力が出ない。
呼吸が苦しい、腕を振れず肩を動かした。


それでも……頑張った。
追いつける、そう信じて走り続けた。


笑ってゴールをする。


それが一番楽しい事だから、そのために。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:03:40.83 ID:6SJnoytZ0
ジョルジュは飛ばし過ぎずに自分のペースを守って走った。
それでも今までのレースに比べると格段に速いペースだった。

(;゚∀゚)(えらいな……でも久しぶりに楽しいわ)

笑いながら走っていた。

当然足はボロボロだ。
肩が揺れて腰の位置が安定していないのは今回だって例外じゃない。

それでも……不思議と精神的に楽だった。

疲労困憊といえるほど大きな疲労だったにも拘らず、走れないとは思わなかった。

(;゚∀゚)(ブーンにドクオ……待ってろよ。今回だけは負けれないからな)
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:05:16.09 ID:6SJnoytZ0
ジョルジュがトライアスロンを始めたのに然程大きな理由はない。

マイナーで、一人で出来て、そして体を酷使するスポーツ。
それに当てはまっていたから彼はトライアスロンを始めたのだ。

彼はトライアスロンを始めて今年で3年目になる。
その3年間、初めての大会以外で彼は心の底から楽しいと思って競技をしなかった。
自分を傷付けることだけに満足していた。

初めて出た時は経験として楽しいと思ったがそれだけだ。


勝ちたいと思わない人間に力は出ない。

今まで最後のランニング種目で彼は本気で走った事などなかった。
ある程度のペースで走っていれば結果的に全力を尽くしたような形にはなるが、
あくまで自分を追い込み、最後の最後まで足が動かなくなるほど追い込んだことは無かった。


どこかで求めていたのだろう、一緒に競技できる仲間を。
競い合えるだろう仲間を。


そして今、彼は勝ちたいと心から思った。
それが楽しかったのだ。
74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:06:53.86 ID:6SJnoytZ0
(;゚∀゚)(ブーンにドクオか……感謝だな)

ブーンを誘ったのも深い意味はない。
偶然プールで会って、トライアスロンをやっていると話した。
そして社交辞令の一環として、半ば冗談で彼を誘ったのだ。

(;゚∀゚)(どこにトライアスロンに出るか聞かれて「出る」って即断するバカがいるんだよ……)


そこにいたんだ。


そして偶然にもそのバカに声をかけてしまったんだ。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:08:03.29 ID:6SJnoytZ0
(;゚∀゚)「……はぁっ、はぁっ、はッ!」

考え事をしていたが、ペースは落ちていない。
体は相変わらず今にも砕けそうな状態だったが、やはり走れないとは思わなかった。

選手を一人抜くたびに、抜いた相手に「ファイト」と軽く声をかけた。

余裕を見せているわけじゃない。
ただそれくらい嬉しかったんだ、楽しかったんだ。


(;゚∀゚)(まだブーンは見えないか……)


ジョルジュはペースを上げた。
ただでさえ限界の体に極度の負担がかかるも、やはり走れないとは思わなかった。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:09:38.02 ID:6SJnoytZ0
看板に残り4kmと表示されるころ、ようやくブーンはドクオを発見した。

(;^ω^)(ドクオ……見えたお!)

とうとう来た、ブーンにみなぎる闘志。
精神的アドバンテージ、ペースは無意識に上がった。

(;^ω^)「……はぁ、はッ!」

ドクオはこちらに気付いていない。
この隙に一気に抜き去る。


気付くな、気付くな、気付くな。


ペースを上げるな、上げるな、上げるな。


そう思いながらブーンは走り、ジワジワとドクオとの距離を詰めていった。
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:11:15.35 ID:6SJnoytZ0
残り3kmの看板が見える頃、ドクオとの距離はあと10m程度にまで縮まっていた。
もう少しだ、彼の真後ろにまで行ったら一気に抜いてやろうと思っていた。


そんな矢先、誰かがブーンを抜き去った。


ジョルジュだ。


確認するや慌ててペースを上げてジョルジュに喰らいつく。
ただでさえドクオに近付こうとペースアップしていたのだが、ジョルジュはそれよりも速いペースでブーンを抜いた。

ブーンはすでにいっぱいいっぱいのペースで走っているつもりだったが、つられて更にペースは上がった。

(;゚ω゚)「……フヒュッ、フハヒュッ!!」

喉が痛い、フォームは一気に崩れた。
それでも必死にジョルジュへ喰らいついた。
79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:14:11.56 ID:6SJnoytZ0
(;'A`)(あと3kmもあるのか……しんどいな……)

ドクオは初めにペースを上げ過ぎたために、5km程度から一気に失速した。
何とか頑張って一定ペースに留めようとするも、バイクでの疲労が思うようにさせてくれない。

体力がほとんどない状態での残り3kmは、いつも以上に長く感じた。
追われる者の精神的な余裕はまだ生まれてこない。

(;'A`)(ブーンには抜かれていないぞ、このまま……)

そう思って振り返った先にはジョルジュとブーンがいた。
顔が引き攣る。

振り向いた時には10m程度あった距離が、すぐにも縮められた。
並びかけられる。

(;'A`)(こんなペースで……ッ!?)


並んだと思うとすぐに前に立たれた。
逃がすかとばかりにドクオもブーンの後ろにつく。

ついに3人は縦に並んだ。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:16:12.30 ID:6SJnoytZ0
(;゚∀゚)(ドクオもついて来たか……後ろを振り向かれなかったら一気に抜くつもりだったのにな……。
    どっちか早く落ちてもらわんと、オレが危ないな……)

精神的な余裕があっても、やはり肉体は正直だ。
一番後方から走ってきたジョルジュの体はとっくに限界を示している。

地面を蹴る足に一回一回力を入れる。
気を抜けば地面を蹴れずに足が止まる気がした。



(;゚ω゚)(ドクオ……来るなお……! このままのペースは絶対に無理だお……!)

こんなスピードでまだ走れる自分に驚くほど、ブーンは精一杯のペースで走っていた。
筋肉が熱く痛い、脹脛の筋肉が今にも膝まで上がって足が攣りそうだ。
腹筋ももうもたない、ひどく前傾姿勢で走らざるを得なかった。



(;'A`)(二人とも、やっぱり……速い……)

ドクオは思わず二人について行こうとペースを上げたが、すぐに限界がきた。
モモを上げなければ付いて行けないようなハイペース。

バイクで最も足を酷使したドクオにとって、ここまでのペースで走られれば初めに脱落するのは目に見えていた。



残り2km。
ドクオがとうとう脱落した。
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:18:07.70 ID:6SJnoytZ0
もうモモが上がらない。
呼吸だって限界だったが、それ以上に足が耐え切れなかった。

リズムを戻して自分のペースへと減速する。

(;'A`)(くそ……とんでもないペースだ……)

しかしドクオも完全には落ちない。
ジワジワと距離を広げられるも、完全に離されない様にと走り続ける。

(;'A`)「ひぅっ、ひッ、はひッ……!!」

(;'A`)(ブーンとジョルジュさん、どっちが次に落ちてくる……?)

まだまだ分からない、どちらかが減速しようものなら十分追いつける距離とスピードで必死にドクオは走った。
毎日練習を重ねたんだ、スピードが無くても引けをとらないだけの体力はあった。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:19:43.54 ID:6SJnoytZ0
(;゚∀゚)(よし、ブーン……決めるか?)

残り1kmの看板がまだ見えない頃に、痺れを切らしジョルジュが一気にスピードを上げた。
ラストスパートと呼ぶには早過ぎる。
ペースだって明らかにオーバーペースだ。

(;゚ω゚)(ジョルジュさん、こんな所で……)

慌ててブーンも追いつく。
二人一気に加速した。

残り1km以上を残してのスパート、先に諦めた方が負ける。
勝った方は精神的優位に立てる、負けた方は一気にのしかかる疲労にやられてペースを落とす一方だろう。

(;゚ω゚)(キツイ、もう持たないお……)

(;゚∀゚)(くッ、まだ来るか……)

残り1kmの看板がようやく見えた。
長いラスト1kmの攻防が始まった。
85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:21:23.13 ID:6SJnoytZ0
トップの選手は既にゴールし、少しづつ終わりの選手が見えてくる。

('、`*川「今何人ゴールしました?」

ξ*゚ー゚)ξ「この選手で4人目ですよ」

('、`*川「まだもうちょっとかかるかな」

そんな話をしていると、5位の選手が見えてきた。

ξ*^ー^)ξ「がんばれー!」

('、`*川「ラストファイトー!」

スタートとゴールでしか応援できない今回のレースでは今まで以上に熱い声援がゴール選手に寄せられた。
遠目に選手が見えようものならだれ彼構わず応援の声がいくつもこだました。

そして5人目の選手がゴールする。
また歓声が大きく響き渡った。
88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:22:56.29 ID:6SJnoytZ0
ξ;゚ー゚)ξ「……? 伊藤さん、あれ……」

('、`;川「あ……!!」

5位の選手がゴールし終わっても歓声は止まない。
それもそのはず、6位の選手がこちらに向かってくるのが見えていたのだから。

ラストスパートとばかりにモモを上げ、スピードを上げた。
今日何度目になるのだろうスピードアップ。
思うようにペースは上がらなかったが、そのまま必死に走った。

(;゚∀゚)「……はっ、ヒュハッ!」

ξ*^ー^)ξ「頑張れジョルジュさんー!」

('、`*川「ラストスパート、ゴールもうすぐー、頑張れー!」

デレと伊藤の応援が届いたのか、二人の方を見て大きくガッツポーズすると、ジョルジュはゴールテープを切った。
90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:24:59.78 ID:6SJnoytZ0
まだまだ歓声は止まない、次の選手がこちらへ向かって走ってきている。
知らない顔だったが、その更に後ろには知っている顔が二つ並んでいた。

ブーンとドクオだった。

(;゚∀゚)「ガンバレッ!!」

ジョルジュはアスファルトに寝転がったまま、切れ切れの息遣いで叫んだ。

ξ*^ー^)ξ「がんばれー!」

('、`*川「ラストだ行けーッ!!」

ブーンとドクオよりも一足お先に7位の選手がゴールする。
同時に更に大きくなった歓声の中を、二人は走ってきた。

(;゚ω゚)「……ヒュフッ、ヒュッ、ハヒュ!」

(;'A`)「……ヒュッ、ヒュッ、ハヒュッ!」

揃った息の切れる音。
残りの距離はあともう僅かだ。
94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:27:16.56 ID:6SJnoytZ0
(;゚ω゚)(ドクオ、まだ……負けれないおッ!!)

その二人の争いは、ブーンが先行していた。
ジョルジュとのスパートに負けて一度はドクオに追いつかれたが、再び残り少なくなったところでスパートをかけたのだ。

ドクオはバイクでモモを完全に使い切っていて、今以上スピードを上げて走れなかった。
スパートをかけたブーンとの距離は無常にも開いていった。


そして残り数十メートルでブーンは更にスパートをかけて、一気にゴールテープを切った。


数秒遅れてドクオもゴールテープを切る。




長かった試合が終わった。

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:29:09.39 ID:6SJnoytZ0
('、`*川「お疲れ様!」

ξ*^ー^)ξ「お疲れ、みんな」

ドリンクを持って駆け寄ると、3人は我先にと奪い合ってすぐに飲み乾す。
慌てて応援の二人はドリンクを貰いに行ったが、やはりすぐに飲みほされた。


しばらく荒い息遣いだけが響いて、誰も声を出さなかった。
膝が笑い、それぞれが立つことも出来なかった。


(;゚∀゚)「……お疲れ様」

(;^ω^)「……だお、おっ」

(;'A`)「です……」

やっとジョルジュが声を出すも、皆覇気の無い声だった。

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:30:44.43 ID:6SJnoytZ0
ξ*^ー^)ξ「みんな凄かったよ、見ていて凄く興奮した、ね」

('、`*川「うん、本当にお疲れ様」

そう言って二人はそれぞれにタオルを預けたが、一同寝転がったままだった。


また少しゆっくりすると、ジョルジュがフゥと息を吐いた。
頷くようにドクオ、ブーンと続いて大きな息を吐く。


(;゚∀゚)「あー、マジつっかれたもう走れねーッ!!」


(;'A`)「ああああー、もうぜってえトライアスロンなんてやらねぇぞおおッ!」


(;^ω^)「もう限界だおしばらく運動はしたくないおおおおッ!」


そしてそれぞれが思いのまま、大きく叫んだ。
98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/09/10(日) 22:32:17.78 ID:6SJnoytZ0
VIPトライアスロン ニューソク海岸大会


ショートの部:51.5km(スイム1.5km、バイク40km、ラン10km)
     参加者  64人


ジョルジュ:
スイム 26'43"(16位)
バイク 1:11'02"(10位)
スプリット 1:37'45"(13位)
ラン 43'48"(7位)
総合 2:21'33"(6位)

ブーン:
スイム 19'45"(1位)
バイク 1:16'52"(29位)
スプリット 1:36'37"(11位)
ラン 44'33"(10位)
総合 2:22'10"(8位)

ドクオ:
スイム 26'58"(18位)
バイク 1:07'31"(4位)
スプリット 1:34'29"(8位)
ラン 47'47"(21位)
総合 2:22'16"(9位)
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