- 4
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 19:55:46.44 ID:HSkxY0YP0
- その日は5月下旬だったにもかかわらず、陽射しがとても強かった。
会場というのはえてして暑く感じるものだ、それはアスリートなら誰もがそう感じる。
アスファルトで目玉焼きでも焼けそうな中、男たちは順次溜め池の中に体を入れていった。
池は周りの気候に反するようにとても冷たい。
心臓に悪いなと毎度のことながら思う。
水は塩水だ、口の中に入るたび塩分が水分を吸収していく。
水を口に含んでいるというのに次第に喉が渇いていく感覚、口の中はすぐにもカラカラになる。
軽く水を含んでおけばよかった……今更だ。
スタートの方式はフローティングスタート、水に浮きながらスタートの合図を待つ。
水に浮くのが慣れていない者はこの動作でも体力を消耗する。
スタート前から緊張と相重なって心臓が大きく連呼する事など珍しくも無い。
この男はその点、浮く事には慣れていた。
そして……いよいよスタートの笛が鳴った。
プア〜
何だこの気が逸れる音は、そう思っていたらスタートが出遅れた。
あっという間に何人もの選手に飲み込まれた。
- 5
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 19:57:48.78 ID:HSkxY0YP0
- (;^ω^)「おっおっ!?」
出遅れた事に気付き慌てて泳ぎだそうとするが、人波に飲まれてそれ所で無い。
後ろから突如足を引っ張られる、思わず泳ぐテンポがズレて水中で息を吐き出しきってしまった。
慌てて息継ぎをしようものなら隣の選手の腕が自分の顔にヒットする。
息を吸いかけていた自分はそのまま水中に押し込まれ、水を飲み込んでしまう。
塩辛い。
ゴーグルから僅かに入った塩水が自分の目を痛めつける。
(;^ω^)「ぷはぁっ!!」
改めて大きく息継ぎをする。
前を見ると既にトップとは何十メートルと離れていた。
当然だ、一気に100人近い選手がスタートしようものならこうなるのは目に見えている。
これがトライアスロンだ。
気合を入れ直し、改めて泳ぎ出した。
人波を避けるように大回りをしてすぐにスピードに乗る。
一人外側から追撃を開始した。
- 6
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:00:21.25 ID:HSkxY0YP0
- 学生時代からずっと泳いできた、体に距離感など染み付いているものだと思っていたがプールとは勝手が違った。
一人外側からぐんぐんと選手を抜いていくが、隣の選手たちから巻き起こされる波。
焦り、トップとの差による焦りにこれだけの選手と供に競技するという焦り。
初トライアスロンというプレッシャー。
(;^ω^)(腕はまだ大丈夫だお……でも今どれくらいだお……)
今回の競技はトライアスロンでいう最もメジャーなタイプであるオリンピックディスタンス。
大抵の大会はこの距離が基本となる。
スイム1.5km、バイク40km、ラン10kmからなる合計51.5kmのタイムを競う。
ショートと呼ぶ場合もあるが、トライアスロンと言うと基本はこの距離を指すのだ。
よく言われる「最後にマラソンを走る」という種目は『アイアンマン』という別名で呼ぶ場合が多い。
今回のコースは一周750mの溜め池を2周する。
まだ半周もしていない、思っている以上に進みが遅い。
(;^ω^)(でも何とかトップ集団は見えてきたお……)
- 8
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:02:24.54 ID:HSkxY0YP0
- 100人あまりが同時スタート、そして同じキャップでゴーグルをして……
大勢観客はいるが、トライアスロンのスイム競技で望みの選手を探すことは容易ではない。
トップ集団にいるか、逆に下位集団にいるか、そして泳ぎ方を知っているか。
そうでないと大抵は見つけれずに終わってしまう。
(;'A`)「ちくしょう、どれがブーンでどれがジョルジュさんなんだ……」
ドクオという青年は頑張って目を凝らして見るが、どれが誰かなど皆目見当がつかない。
ブーンと呼ばれる青年こそ大外回りで猛追をしているのだから目立つ存在であるのだが、
まさかそれが捜している男などとは思ってもいないようだ。
(;'A`)「ああ……もう遠くに行っちゃったなぁ……スゲェ」
泳いで行った集団を見て、若干興奮しながら一人ぼやいた。
2周目に入った直後にもう一度前を泳いで通る、それまでお預けだ。
遠目に見ても分かる人間の塊に水しぶき。
絶え間なく続く隊列は、まるでアリの行列のようだった。
- 11
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:05:55.56 ID:HSkxY0YP0
- (;^ω^)(ようやくトップが見えたお……)
ブーンと呼ばれた青年は、怒涛の快進撃で中盤の集団を抜け出していた。
自分の前にはまだ選手が6名いる、ここで飛ばしてしまうのは心配になり、ペースを保ったまま泳ぐ事にした。
呼吸は短いが安定している、腕も若干きているがまだ余裕は十分にある。
無理に焦って自分のペースを崩すことも無いだろう。
ここでようやく半周が終わっただろうか、750mの半分……325m。
まだそんなものか、もっと泳いでいるものだと思ったが……距離感などまったく無い。
(;^ω^)(結局ジョルジュさん見なかったお……)
一緒に出場したジョルジュという先輩は結局見つける事が出来なかった。
抜き去るときに一人一人チェックしたつもりでいたが、みんな一緒にしか見えなかった。
「違う、違う……」そう思っていたらいつの間にかここまで上がってきていた。
まだまだ先は長い、ブーンは気持ちを落ち着けて泳ぎ続けた。
- 12
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:07:44.05 ID:HSkxY0YP0
- ブーンは小学生の頃から水泳をやっていた。
小学生時代は荒削りな泳ぎだったがそれでも速く、中学生時代には泳ぎを強制して県で一桁にまで登りつめた。
しかし高校時代にはほとんどタイムが伸びず、大会のたびに10番前後の微妙な成績で終わった。
速い選手でありそこそこ名は知れ渡ったが、表彰までは行かない……まるで噛ませ犬のような存在。
アイツを抜いたら県大会に出れるぞ、そう言われていた。
実際タイムは落ちる一方だったし、ベストタイムは未だに中学のものだった。
そして大学に入ると世界が違った。
全国何番という選手が数人いた。
大学から泳ぎだす者もいる、自分は所詮その世話だった。
まじめ組と不真面目組に分かれる部内、初心者はどれだけ頑張っていても高々知れている。
不真面目組に入れられる初心者達、まじめ組に行きたかったブーン。
結局ブーンは孤立し、部活を止めた。
- 13
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:09:47.04 ID:HSkxY0YP0
- それから彼はずっと泳いでいなかったが、ある時を境に少しづつ泳ぎ出した。
久しぶりの泳ぎはきつかった。
腰を痛めたし、腕を上げる度ピキピキと痛んだ。
昔の自分の泳ぎを思いだすたび、悔しくて躍起になった。
そんな悔しさでどうにかなりそうな壁をブーンは突き破り、楽しく長く泳ごうとなったのは今から2年前だ。
そして1年前に大学を卒業し、印刷会社に勤めた。
ジョルジュやドクオに会ったのもこの時だ。
さらに半年ほど前、近くの温水プールで泳いでいる時にジョルジュさんと会ってトライアスロンに誘われた。
そして今に至る。
- 15
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:11:23.55 ID:HSkxY0YP0
- (;^ω^)「プァハッ!!」
オーバーに大きく息を吸って吐いて、ようやくブーンは1週750mを終えた。
息は荒れているが、リズムは大丈夫、腕も動いている。
このままのペースでもう750mならいけると確信した。
(;^ω^)(余裕はあるお、水泳しかないブーンはここで決めるしかないお!)
残り750mでブーンは加速した。
すぐ近くにいる一人を抜くと前には残り5人。
さらにもう少し前にいる一人にすぐに噛み付いた。
一気に来る腕への疲労、腕が効かなくなってきた分は足で誤魔化して抜いた。
前には残り4人、しかしここでブーンは再びペースを元に戻した。
(;^ω^)(思ったよりも疲労が一気に来るお……とりあえず半周はこの位置をキープして、そこからまた追い抜くお)
スイム残り距離、650m。
- 16
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:13:26.44 ID:HSkxY0YP0
- (;゚∀゚)(ったくよ、この集団はなんだよ……いつもにも増して出場者多かったもんな。
しかし一周終わったってのに全然バラケやしねぇ)
ジョルジュという男はスイムは中の上といった速さだろうか。
速すぎず遅すぎず、当然そこに人は多く集まる。
いきなりペースを上げる者、逆に落ちていく者……あらゆる障害が付き纏う。
突然後ろから速いスピードで抜いていく者がいた。
腕がバチンと当たり、テンポが少しずれる。
さらにお返しとばかりに顔の真横でバタ足をされる。
(;゚∀゚)(ブハッ! 息継ぎし損なった……!
コイツこんなに速いんならさっさと前に行ってろよ……!)
ジョルジュはすぐに腕の回転速度を上げて、何度も息継ぎを繰り返す。
3回ほどすれば呼吸がようやく落ち着くも、腕がドンと重くなる。
(;゚∀゚)(これはやばいかも知れんな……だがブーンには負けれねぇからここで差をつけられたくない……)
色々な考えが回る中、ジョルジュは速度を少し落とした。
大きく水をかいて、のんびりとしたペースで改めて泳ぐ。
(;゚∀゚)(だからズイムは苦手なんだよ……!
他で挽回かけなきゃいかんからな、とりあえずバタ足は使わないが得策だな)
スイム残り距離、700m。
- 17
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:15:00.30 ID:HSkxY0YP0
- (;^ω^)(よし、残り半周だお! 死ぬ気でぶっ飛ばすお!)
ブーンは水しぶきを上げると、腕に力を込めた。
回転速度は変わらない、ただ今まで以上に大きく水をかいた。
重い、それでも一かきで水を沢山掴んだブーンは一気に加速する。
腕の回転速度は依然変わらないも、スピードの違いは歴然だった。
さらに一人抜き去ると残りは三人、前までは差が結構あるが構わずブーンは進んだ。
(;^ω^)(追いつけるお、下手したらトップまでいけるお……!)
グッグッと腕に力を込める。
抜ける。
そう確信したとき、追う方と追われる方の精神的なアドバンテージが発生する。
スイム残り距離、250m。
- 19
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:17:03.15 ID:HSkxY0YP0
- (;'A`)「お、トップがきた……どうしようか、ブーンとジョルジュさん見逃さないだろうか……」
ドクオはオロオロとし始めた。
なにせ100人近い選手が一気につめかかってくるのだ、集団に紛れ込まれたら見つけれないかもしれない。
そしてそれぞれがどれくらいの順位で来るのだろうかが分からない。
選手でもないのにドクオは胸が高鳴り、同時に武者震いのような、居ても立ってもいられない歯痒さがあった。
心臓の音が次第に大きくなる。
額を何度も汗が伝った、手も握るとすぐに汗ばむ。
(;'A`)「……来るっ!」
手が震えた。
これが……トライアスロンか。
- 21
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:18:46.71 ID:HSkxY0YP0
- ミ,,゚Д゚彡「ペッ」
トップで来た選手は口に溜まった唾か海水か、それを吐き捨てるとスイムキャップとゴーグルを外して走る。
水泳をしていた溜め池からロードバイクが準備してあるエリアまで約20mほどある。
当然この間の移動もタイムに加算される、ゆっくりとしている暇など無い。
(;'A`)(あれは……フサギコさんか、ジョルジュさんが言っていた全国レベルのトライアスリート……)
疲れているのだろうが、大きく呼吸をしてまだまだといった様子で走っていく。
黒光りして筋骨粒々で正にトライアスリートといった感じだ。
スイムからロードバイクまでの道はカーペットのようなシートが敷かれている。
地べたを走らなくて良い様通る道を指定されていて、観客はその真横にいることができる。
目の前をトップアスリートが駆けていった。
手を伸ばせば届くようなそんな距離を。
他のどんな競技よりも選手と観客の距離が近かった。
- 24
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:20:35.13 ID:HSkxY0YP0
- (;^ω^)「プハァッ!!」
(;'A`)(ブーン!!)
そうこうしているとブーンが到着する。
順位はまさかの二番、ドクオは驚きと興奮が入り混じった。
初めてのトライアスロンにも拘らず、ブーンがまさかの二番手に立っているのだ。
悔しさもあり、正直に喜んであげたい気分にもなり……結局興奮という感情でしかそれは表せなかった。
(;'A`)「ブーン!」
ドクオが叫ぶとブーンはキョロキョロと周りを見たが、目が合う事無く前を通り去ってしまった。
足がヨロヨロとしている、体はだらしなく曲がっており、とてもこの先競技を続けれるのかという感じだった。
(;'A`)「……!」
一気に歯痒い感情が湧き出る。
ブーンに気付かれなかった自分が。
そして同じ舞台にいない自分が。
- 25
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:22:15.54 ID:HSkxY0YP0
- ブーンはドクオの声がしたので周りを見ようとしたが、焦点が合わず見つけれなかった。
しかしそれどころでは無い。
足に力が入らない。
無理も無い、さっきまで海の中にいたのだから。
地面に足が着くという不思議な感覚。
水泳の時に何度か経験したが、泳いだ直後に走った事など無かった。
腕がバラバラに動く、腰が安定しない。
(;^ω^)「ハァッ……ハッ、ハァッ……!」
少し走ると前には100台近いロードバイクが並んだ。
準備した時に大体自分のバイクの場所は覚えていたはずだが……かなり戸惑った。
一体どこにいってしまったんだ。
一人途方に暮れてキョロキョロとしていると、3位の選手がやって来てすぐにヘルメットをかぶる。
そのまま自転車を押して行ってしまう。
(;^ω^)「どうするお……どこっ、どこ……!」
('A`)「ブーンッ!!」
ドクオの声に反応すると、ドクオが自分のバイクの場所を指差してくれていた。
- 26
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:23:32.43 ID:HSkxY0YP0
- 「ありがとう」と言う余裕も見つからない。
今は競技中なのだ、ブーンはすぐに自分のバイクの元へ行くとヘルメットをかぶった。
つづいてバイクシューズをはく。
既に次の選手も来ている、早く出発しないと……。
(;^ω^)(ドクオ……ありがとうだお)
そう思いながら、バイクのスタート位置まで頑張ってバイクを押して行く。
相手は速い、慣れ・経験が違う。
それでもブーンは躍起になって走った。
- 27
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:25:16.18 ID:HSkxY0YP0
- スイム→バイク、バイク→ランの間にはそれぞれ次の種目の準備をしなければならない。
それをトランジットと呼び、トランジションのバイクが設置された場所をトランジションエリアと呼ぶ。
そしてトランジットはトライアスロンの第4の種目といわれている。
それもそのはず、トランジットの時間はそれぞれスイム・バイクのタイムに加算されるのだ。
( ゚∀゚)『つまり、ブーンが実際俺よりも30秒早くスイムを終えたとしても
オレのトランジットがオマエより40秒早かったら結果として残るスイムタイムはオレのほうが10秒早いって事だ』
ジョルジュの言葉がブーンの頭に蘇る。
つまりブーンはスイムを2位で終えたが、トランジットで既に3位の選手に抜かれている。
現段階でまだ『スイム競技』は終わっていないから、ブーンは現在3位という事だ。
(;^ω^)(4位にまではなりたく無いお……!!)
ブーンは走る、もう一人に負けないように必死に走り……3位でスイムからバイクへと移行した。
ブーン:
スイム 19'51"(3位)
- 29
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:27:20.39 ID:HSkxY0YP0
- バイクのスタートラインに行ってからすぐに乗車してバイクシューズをペダルに固定する。
が、その瞬間早くも4位の選手に抜かれた。
腰を浮かして力強く、一気に加速して行った。
ブーンもそれに従おうとしたがとても無理だった。
スイムとはまったく違う『地面に足が着いていない感覚』。
まるで宙にいるような……とても力が入らない。
回転のイメージでこぎ始めると、意外にもそこそこのスピードは出た。
頑張って力を込めるとスピードメーターは35km/hを指す。
(;^ω^)(お……もしかして意外に好調かお?)
しかし前の選手との距離は開いていく、一体どれだけのスピードでこいでいるというのだろうか。
とりあえず今のスピードのまま頑張らないと……そう思いながら進んでいった。
- 30
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:28:27.97 ID:HSkxY0YP0
- トライアスロンは魅せる競技でもある。
大抵バイクは同じコースを何周かするというものだ。
今回のレースでは一周8kmのコースを5周する。
つまり同じ場所に居ても選手の姿を5回見れるのだ。
当然その間に選手の関係などいくらでも変動するし、一周抜かしなどが重なり正確な順位はほとんど分からなくなる。
ブーンがバイクに出た直後から絶え間なく選手はスイムから上がってくる。
ドクオは緊張した表情でそれを見ていた。
ブーンへ応援が届いた嬉しさ、同時に自分に会釈すらされなかった悔しさ。
それは応援にぶつけるしかなかった。
- 31
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:30:39.63 ID:HSkxY0YP0
- 次々にスイムからバイクへと移動していく選手、ドクオはそれを見ながらジョルジュを探した。
もうそろそろだろう。
見逃してしまったんじゃないか。
いや、そんなはずは……でも……。
いくつもの考えが交錯しながら選手達を見守った。
(;'A`)「ジョルジュさん……」
スイムから上がってすぐにスイムキャップとゴーグルを外す選手は見分け易いが、
そのまま外さずに通過して行く選手など皆同じにしか見えない。
ブーンが通過してから何分と経っている、いくらなんでも遅くはないだろうか。
(;'A`)「どうしよう、どうしよう……」
( ゚∀゚)「おい!」
(;'A`)「あ……」
- 32
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:32:15.17 ID:HSkxY0YP0
- 見ると、ジョルジュは丁度スイムから上がってきたようだ。
恥ずかしい、まさか選手の方に見つけてもらうとは……
しかしブーンと違い、ジョルジュは意外に余裕ありそうな顔だった。
挨拶と同時に片手を出される。
思わずドクオも片手を差し出した。
ぱちん。
お互いの手で叩き合う。
そのままジョルジュは走り去っていった。
(;'A`)「が、頑張れジョルジュさん!!」
きっと届いただろう、そう信じながらすぐにバイクの並べられている場所へと向かう。
トランジットエリアは大きく一まとまりになっている、その中に応援者は入り込めないが周りにはいくらでもいられる。
ジョルジュを見つけると、すぐにその近くに行った。
近くといっても区切られているここでは10mほど離れてはいるが。
- 33
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:33:48.16 ID:HSkxY0YP0
- ジョルジュはブーンと違いウェットスーツを着用して泳いでいた。
それを脱ぐ分だけトランジットでのロスが大きい。
それでもテキパキと脱ぐとすぐにも準備をして次の競技へと移行する。
(;'A`)「頑張れジョルジュさん!!」
こちらを見なかったが、片手を上げてくれた。
ブーンに比べれば幾分も余裕あるようだ。
それでもブーンが出てからかなりの時間が経った。
この時間差……追いつけるのだろうか?
ジョルジュは乗車ラインを超えると、すぐにバイクへとまたがり行ってしまった。
ジョルジュ:
スイム 25'45"(23位)
- 42
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:53:58.67 ID:HSkxY0YP0
- (;^ω^)「お。おかしいお……」
足の調子は悪く無い、思った以上にスピードが出るくらいだ。
ただ……1kmが長い。
ペースアップをしようとしても100m程度こぐだけで足が悲鳴をあげそうになる。
どんどん選手に抜かれていく。
頑張って後ろにつこうともしたが、1分もしない間に置いて行かれた。
気付くとスピードが落ちている。
今は……29km/h。
これじゃいけない、頑張ってスピードを上げた。
(;゚ω゚)「くおおお、光る風追い越したらぁあぁッ!!」
集中してこぎ続ければ何とかペースを保つ事は出来る。
ただまだ漕ぎ出して10分程度、それでこの状態、この疲労。
どれだけ集中していろと言うんだ。
- 43
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:55:44.62 ID:HSkxY0YP0
- カーブのたびにペースが落ちる、向かい風になろうものならかなりの減速だ。
足に力が入らない、むしろ入れたくない。
力を入れても数分ともたないのだ、その後の激しい減速を考えるととてもペースを上げたいなどとは思わない。
現在スピードは33km/h。
これ以上は無理だ、このまま最後まで……行くしかない。
(;゚ω゚)「光る風追い越したらぁぁぁあぁぁっ!」
歌の同じフレーズばかりを口にしながら、ようやくバイクの一周目が終了した。
残り4周。
無理だ。
ブーンはその先に待っている膨大な距離に絶望さえ感じていた。
- 44
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:57:39.21 ID:HSkxY0YP0
- ジョルジュは快調にバイクへと移った。
風はそこまで強くない、そしてこのコースには坂が無い。
いい記録が狙えそうだと思った。
(;゚∀゚)「ブーンはかなり先だろうな……」
気がかりが一つだけあったが。
ジョルジュはブーンとの差はスイムでかなり開くだろうが、バイクで追い抜くくらいを考えていた。
これが達成できるかどうかでランへと移行する気構えが変わる。
精神的なダメージが違う。
一周回目はそれなりのペースで飛ばした、選手も数人は抜いた。
ジョルジュはそこからさらに足へ力を入れた。
ブーンとジョルジュの差、スイムで足を使ったかどうか。
ジョルジュは力強く、2周回目に入った。
- 45
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 20:59:39.87 ID:HSkxY0YP0
- ドクオは見ていて驚いた。
ブーンはジョルジュに決定的なスイムの差を見せてバイクに移った。
バイクは5周回。
初めの1周回は若干ジョルジュが近付いたか……というだけだったが、
2周回目には何分とあった二人の差があっという間に近付いていた。
(;'A`)「これが……」
あれだけの差も意味が無い、トライアスロンとは3種目あるのだ。
見ているドクオですらハラハラし、息が乱れてくる。
まるで自分も戦っているような錯覚に陥った。
(;'A`)(おれも……一緒に……)
同時、やはり傍観者となっている自分が悔しくなった。
そうこうしている内に3周目の選手達が来た。
ジョルジュは……ブーンが見えるだろう位置まで近付いていた。
このペースなら次の周には順位が逆転するだろう、そう思った。
- 46
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:01:35.77 ID:HSkxY0YP0
- 3周目が終了、ようやく半分以上が終わったのだ。
そう思っても精神的にはまったく楽にはならなかった。
この体でさらにもう2周、とても行ける気がしなかった。
朦朧とする意識、集中が切れそうになると一瞬だけ蛇行してしまい慌てて持ち直す。
スピードメーターは31km/hを指している。
が、油断すると一気に27km/hまで落ちる、しかし集中力などもう残っていなかった。
スピードメーターとの戦い、そう思っているとまた抜かれた。
(;'ω`)(また抜かれたお……もうどうでもいいお、早く終わって欲しいお……)
抗う気力さえ無くしたブーンに、その抜いた相手は声をかけてきた。
(;゚∀゚)「よう、大分とへばってるじゃねーか」
(;'ω`)「!!」
ジョルジュだった。
- 48
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:03:35.73 ID:HSkxY0YP0
- そのまま一気に抜き去ろうとするジョルジュだったが、ブーンは必死に追いついた。
ただでさえもう嫌だと思っていたのだ、なのにここで抜かれてしまっては精神的に辛い。
もうダメになるかもしれない。
何よりもスピードメーター以外の目標が欲しかったのだ。
後2周は持たないだろう、そう思いながらも必死にブーンはジョルジュに追いついた。
(;゚∀゚)「お、来るか?」
(;゚ω゚)「うい……ッ!」
ブーンは既に呼吸を乱していっぱいいっぱいだった。
それでも頑張ってジョルジュに食いつく。
一回転一回転力を入れないと置いていかれそうになる。
残りは10km以上、果たして何千回転すればいいのだろうか。
何千回足に力を入れればいいのだろうか。
ブーンはジョルジュ以外が見えていなかった。
そのまま必死に食いついていくが、ジワジワと距離が離れていくのもどこかで感じていた。
- 49
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:05:17.38 ID:HSkxY0YP0
- およそ5m。
時間にすれば一秒にも満たないその距離、その距離を空けた瞬間ブーンは一気に脱力した。
もう追いつけない。
ジョルジュという最後の目標をも見失い、ブーンはとうとう完全に落ちた。
それでもまだバイクは終わらない、
(;゚∀゚)「ブーン、ようやく落ちたか……予想よりも早かったな」
そしてジョルジュは4周目を終わらせ、ラスト5周目に入った。
後を追うようにブーンも5周目に入ったが、彼はもう前を見てすらいなかった。
(;'A`)「ブーン、ジョルジュさんはまだ見えてるぞ頑張れ!」
ドクオの声もブーンには届かなかった。
- 51
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:07:09.59 ID:HSkxY0YP0
- ( ゚∀゚)「さて、それじゃ行くか!」
ここに来てさらにペースアップするジョルジュ。
ブーンは後ろからそれを確認すると、完全に落ちた。
精神的に殺された。
追いつこう、頑張ろうという気力がゼロに等しかった。
早くこの競技から終わりたい。
辛い、もう嫌だ。
(;'ω`)(ジョルジュさんは余裕だったのに、自分は……)
足に力がまったく入らなくなった。
それでも集中しないと、何とか頑張ろうとする。
27km/h……26km/h…………27km/h……
それでもいっぱいいっぱいで、とうとうブーンは集中力まで切れた。
24km/h。
それ以上は出せなかった。
- 52
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:09:02.08 ID:HSkxY0YP0
- 表現としては足の筋肉がスカスカになったとでも言おうか、力が入らないしペダルをこいでいる感が無い。
ただ足をクルクル回すだけだ。
ペダルに足を乗せるだけ。
どんどんと抜かれた、それでもブーンは頑張る事が出来なかった。
(;'ω`)(チェーンが外れてくれないかお……ここでパンクしたら終われるお……)
そんな事ばかり考えていた。
終わりたい、完走なんてどうでもいい。
目の前の道が揺れて見えるのは陽炎か、視点が合っていないのか、それを確認すら出来なかった。
- 53
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:10:54.98 ID:HSkxY0YP0
- ジョルジュは最後の1周を快調に飛ばした。
想像以上に飛ばしたのか、予想以上のダメージが足にあったがタイムは悪く無いだろう。
脹脛、モモに力を入れてペダルを引く。
ペダルと靴が一体化しているロードバイクでは押し込むだけではいけない。
引く・押す、これらのバランスが取れることで効率よいペダリングが可能になる。
そのままいいスピードでジョルジュはバイクを終える。
停止ラインで停止すると、バイクを降りて再びトランジットエリアへ入る。
バイクを置いてヘルメットを脱ぎ、バイクシューズからランニングシューズに替える。
軽く水分を補給すると帽子をかぶってすぐに走りだした。
トランジットもいい感じだ、そしてランのスタートラインを越えた。
(;゚∀゚)(先に行くぜ、ブーン)
ジョルジュ:
スイム 25'45"(23位)
バイク 1:10'04"(17位)
スプリット 1:35'49"(18位) ※スイムとバイクを足した通過タイム及び順位のこと
- 55
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:12:27.36 ID:HSkxY0YP0
- この大会のランのコースは2.5kmのコースを2往復する。
若干の高低差はあるものの、ほぼフラットと考えてもいいのではないだろうか。
ジョルジュは勢い良く走り出すが、さっきまでバイクに乗っていたのだ、腰の位置が安定しない。
地面を蹴るたびに体全体が宙に浮く感覚になった。
その度慌てて腰の位置をキープしようと努める。
(;゚∀゚)(思ったよりも体は大丈夫だな……)
しかし油断してはいけない、疲れは一気に来る。
既に1時間半以上を絶え間なく運動しているのだ。
ジョルジュはゆっくりと走った。
数人に抜かれるが気にしない、出だしで飛ばしても後半で痛い目を見るだけだ。
バイクのせいで上がらないモモに活を入れ、一歩一歩進んでいった。
- 56
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:14:11.52 ID:HSkxY0YP0
- ブーンは遅れてバイクをこいでやって来た。
ゴールが見えてもスピードを上げる気にならない、
そのままゆっくりと停車ラインまで来るとペダルから靴を外してバイクから降りた。
地面に足が着くと、直後に脹脛に強烈な衝撃が走った。
まるで脹脛が下から持ち上げれるような感覚。
歯を食い縛り、ブーンはバイクを押してトランジットエリアへと入って行った。
バイクを置くとヘルメットを脱ぐ。
呼吸を整えたい、そんな暇は無い、葛藤と戦いながらバイクシューズを脱いだ。
そしてランニングシューズをはこうとしたその瞬間、脹脛が完全に持ち上がった。
攣(つ)ったのた。
(;゚ω゚)「おおおっ!?」
慌ててストレッチをする。
周りがどんどんとランへ移行する中、ブーンは一人アキレス腱を伸ばしていた。
- 57
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:16:10.48 ID:HSkxY0YP0
- (;゚ω゚)(くそ……くやしいお……)
そう思っても靴すら履けない状態なのだ。
アキレス腱をしながら置いてある飲み物に口をつけた。
喉が渇いているはずだが、不思議とがぶ飲みする気にはならなかった。
むしろ気持ち悪さを感じて少し口にしただけでドリンクを再び地面に置いた。
(;'ω`)(そろそろ……大丈夫かお?)
改めて靴を履こうとすると、やはり脹脛の筋肉が持ち上がろうとする。
(;'ω`)(今はかないと、いつまで経ってもスタートできないお……!)
ゆっくりと、慎重にブーンは靴をはいた。
何とかはき終わると、帽子をかぶって走り出す。
(;゚ω゚)「……おっ!」
が、一度攣りかけた足はブーンの走りを妨害する。
接地するその衝撃ですら脹脛が殴られたかのような衝撃だった。
- 58
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:17:54.74 ID:HSkxY0YP0
- (;'A`)「ブーン、頑張れー!!」
(;゚ω゚)(……ドクオ! そうだお、ここで頑張らないといけないお……!)
バイクのせいでモモの筋肉は完全に殺された。
足を上げようと思っても上がるわけが無かった。
ゆっくりと引きずるように、それでもブーンは一歩一歩足を前に出した。
歩かないように、せめて走り続けなければ……。
ランのスタートラインをようやく跨いだ。
とうとうラスト、3種目めがスタートした瞬間だった。
ブーン:
スイム 19'51"(3位)
バイク 1:22'46"(76位)
スプリット 1:42'37"(33位)
- 59
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:19:38.20 ID:HSkxY0YP0
- ジョルジュは出だしで数人に抜かれたが、1kmもしないうちに抜き去った人間達との差は開かなくなった。
ラン重視の人間はここで驚異的なスピードを発揮する。
そういう人間が1人抜いていったが、それは相手にしてはいけない。
自分のペースを守った。
そして2.5kmの折り返しでようやく前を1人捕らえる。
ジョルジュの息は当然乱れているが、相手ほどではない。
相手は肩で息をして一歩一歩が安定していない。
しっかりと抜いた。
そしてターンする。
(;゚∀゚)「うし……っ!」
2.5kmが終わった。
往復のコースでは後ろの状況や前の選手までの距離が明確になる。
それがプレッシャーとなるか力となるか……ジョルジュはそれも上手くコントロールした。
(;゚∀゚)(もう一つ前のヤツは顔からしてもう限界だった、あと少しだ……少し耐えればきっと落ちてくる……)
- 60
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:21:24.50 ID:HSkxY0YP0
- ジョルジュの読みどおり、しばらく走ると前の選手はペースダウンした。
それを変わらぬペースで抜き去る。
(;゚∀゚)(悪いね)
相手を抜き去ることで精神的に楽になる、重要な事だ。
ジョルジュはここで改めて気持ちを切り換えてさらに前の選手を見据える。
結構な距離がある、それでも……自分を信じた。
(;゚∀゚)(このペースでずっと走れば抜ける、だから相手よりも先にペースを落としたら負けだぞ……!)
モモの上がらない足は心もとなかった。
ペースだって落ちてないと信じているが、実際は少なからず遅くなっているはずだ。
だからこそ精神的に楽でいないといけない。
ジョルジュは頑張って足を動かした。
(;゚∀゚)(クソ……ッ! なかなか距離が縮まらないな……!)
- 61
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:23:07.47 ID:HSkxY0YP0
- ブーンはずっと上がらない足や攣りそうな脹脛と戦っていた。
1cmの段差でもあればきっと転んでいるだろう、そう思う程足は上がっていない。
暑い、頭も朦朧とする。
今になってスイムで飲んだ海水が体を蝕む。
吐き気がする。
何より、この暑さだというのに汗が体から出ていないのだ。
途中にある給水にようやくたどり着くとコップ一杯の水を飲んだが、一向に汗は出てこない。
(;゚ω゚)(やばいお……死ぬお、死ぬお……)
脹脛の筋肉が膝を通り越してモモまで持ち上がりそうになる。
モモの筋肉はさらにその上、お尻まで持ち上がりそうだ。
腰の位置も安定しない、下がりすぎて靴底が地面を擦りながら走ったりもした。
- 62
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:24:42.89 ID:HSkxY0YP0
- コースの途中でジョルジュはブーンを発見した。
(;゚∀゚)「よお、頑張れ!」
しかしブーンは目線を足元に合わせたままピクリとも反応しない。
足を引きずって、肩を揺らしながら、呼吸はヒッヒッと水分が足りない音をしている。
(;゚∀゚)(あちゃー、大分とやられているな……)
だが自分よりも辛い相手を見ると幾分精神的に楽になる。
酷い話だと思うが、これがスポーツの世界だ。
(;゚∀゚)(悪いな、ブーン)
ジョルジュは再び前を見た。
まったく距離の縮まらない相手がそこにはいた。
それでもその選手と一緒に、その更に前にいる選手を喰らっていく。
しかしラン重視の人間も多い、何人も抜いた一方で、何人にも抜かれた。
(;゚∀゚)(順位的には2つくらいアップしたかな……?
だがまだランも半分以上あるしな、まだまだだ……)
- 63
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:26:26.65 ID:HSkxY0YP0
- (;'A`)「ジョルジュさん頑張れー!」
ドクオの応援に笑顔で答える。
余裕か……そうドクオは思ったが、当のジョルジュに余裕など無い。
一向に前はペースを落とさない、そしていよいよジョルジュはペースダウンしてしまった。
(;゚∀゚)(クソ……さっさと落ちろよ……やられたぜ)
一気に襲い掛かる疲労、足首の痛み、自分の体重を支えきれない膝。
ジョルジュだって汗が出ていない。
呼吸が乱れた。
(;゚∀゚)「ヒュッ、ヒュォッ!」
腰が落ちてきた。
肩が揺れだした。
(;゚∀゚)(給水は……まだなのか……!?)
早く気持ちを切り換えなければ落ちるばかりだった。
- 64
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:28:09.02 ID:HSkxY0YP0
- ようやく折り返したブーンだったが、
辛い辛いと思いながら一定ペースで走っていた彼にとって折返しですら障害となった。
乱れるリズム、途切れる集中力。
足が攣りそうな事ばかり意識していて忘れかけていた、純粋な疲労。
顔を大きくしかめた。
歩いている人がいる、自分は絶対に歩かないぞ。
そう思いながらも、歩いたらどれだけ楽だろうと考えてしまう。
そしてよそ事を考えて走っていると突然来る攣りそうな衝撃。
とてもまともに走れなかった。
(;゚ω゚)「フヒッ、ヒュー、……ヒュッ!」
無茶苦茶な呼吸だ。
給水では水の入ったカップを2個もらって、両方とも頭からぶっ掛けた。
しかしちょっと走ればすぐに肌は乾きだす。
死ぬんじゃないのか、そんな事をまじめに考えてしまった。
- 66
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:30:04.17 ID:HSkxY0YP0
- ジョルジュはようやく3度目になる折り返し、7.5km地点を通過する。
何とかえらいと思わずにここまで走れたが、折り返しで集中力が切れて疲れを改めて認識した。
そういえば足も痛かったな、そう思った途端痛くなるから不思議だ。
否定的な事を考えれば落ちる一方だ。
一周抜かしの選手も混ざって誰を抜いていいのかも分からない中ひたすらに走った。
(;゚∀゚)(そういえばブーンを見かけなかったな……俺も注意力散漫か……。
いや、逆に走る事に集中できていたと考えるべきだろうな……)
僅かな事でも良い、ポジティブな事を考えるんだ。
何人に抜かれても良い、相手を抜いたことだけを考えるんだ。
残りは4分の1、ジョルジュは無理にペースを上げる事無く走った。
- 67
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:31:59.46 ID:HSkxY0YP0
- (;゚ω゚)「ハヒュッ、ヒュッ……!」
ブーンはもうボロボロだった。
辛い、酷使し過ぎた体、ここまでの疲労は生まれて初めてだろう。
一歩一歩が筋肉から心肺器官、脳といった全てを刺激する。
既に筋肉は悲鳴を上げている、バイクの筋肉痛が来ているとでもいうのか。
一歩踏みしめるたびに痛み、自分の筋肉の形が手に取るように分かった。
(;゚ω゚)(筋肉は……こんな形、していたんだお……)
そして脹脛にある筋肉という名のボール。
このボールが上がると足が攣るのだ。
つま先立ちなどしたら一発でそうなる事だろう。
(;゚ω゚)(もう、限界だお……)
2度目の折り返し、5kmを通過した。
残り半分、それでこの長かった戦いは終わるのだ。
ここまで来てようやくブーンはゴールが見えた。
しかし頑張ろうという気になれないのはどうしてか。
- 68
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:33:56.83 ID:HSkxY0YP0
- (;'A`)「お、ジョルジュさんだ!」
ドクオがゴールで待っていると、ようやくジョルジュが帰ってきた。
足に力は無いが、ラストだからだろうか、体を必死に動かして走ってくる。
フォームなんてあったものじゃない、しかしもうこれで終わりなんだ。
低い腰位置で無理矢理体を動かし、大きな一歩でゴールへと向かう。
そしてゴールテープを切った。
(;゚∀゚)「くおりゃぁぁ!」
ゴールしたと同時、力なく歩く。
ドクオは慌ててジョルジュに寄った。
(*'A`)「お疲れ様です、メッチャすごかったです!」
(;゚∀゚)「あー、やっぱきついわ。でもブーンの、おかげでがんばれたな、負けれねーなって」
慎重に体をさすりながら、ジョルジュはその場に座った。
足を伸ばしてふぅと息を吐いた。
- 69
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:35:39.55 ID:HSkxY0YP0
- (;゚∀゚)「ブーンはどの辺り?
途中からそれ所じゃ無くなってさ」
('A`)「もうちょっと後だと思います、5kmはもう超えましたが」
(;゚∀゚)「そうか。……あー、しっかし疲れたー!」
ドクオは急いでサービスのドリンクを貰って来るとジョルジュに渡した。
それをジョルジュは一気に飲み終える。
(;゚∀゚)「もっと貰って来てもらえるか?」
(;'A`)「あ、はい!」
急いでドクオがドリンクをもってくると、ジョルジュはまたすぐに飲み乾した。
(;゚∀゚)「あー、やっぱり2L位なら一気に飲めるな、トライアスロンの後は」
決してそれは比喩では無かった。
実際今も2Lを越えてもおかしくないほどの量のドリンクをジョルジュは飲んでいた。
それだけエネルギーを使ったのだ。
遅れたように多量の汗がジョルジュから噴き出した。
- 70
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:37:34.02 ID:HSkxY0YP0
- ( ゚∀゚)「さて、それじゃブーンを待つか」
そう言ってジョルジュは体を持ち上げる。
体育祭の後の帰宅部のようだった、体を持ち上げるのすらスローに、慎重に。
そしてゆっくりと歩きながらゴール地点へと移動する。
ドクオは既に両手にドリンクを持っていた。
ブーンがゴールしたらすぐに渡すためだ。
しかし中々ブーンは来ない。
('A`)「来ませんね……ジョルジュさん、大丈夫ですか? 座っていますか?」
( ゚∀゚)「大丈夫だよ、立ってるだけならへーき。
それよりもドクオ、トライアスロンを見た感想は……どうだ?
次はお前も加わるんだぜ?」
(;'A`)「ちょっと恐怖の方が大きくなったっていうのが本音ですね」
そう言うドクオにジョルジュは笑って見せた。
- 71
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:39:04.47 ID:HSkxY0YP0
- ( ゚∀゚)「大丈夫、記録さえ狙わなければもっとまったりと楽しめるよ」
嘘だ。
そう感じながらも、ドクオは笑って返した。
('A`)「でも、次は絶対に二人の中に加わります。
見ているだけってもどかしかったので」
( ゚∀゚)「そうこなくちゃな」
そして二人で改めてブーンを待った。
軽く話しては止めて、そんな行為を繰り返しているとようやくドクオがそれらしき人影を見つける。
('A`)「あ、アレじゃないですか?」
( ゚∀゚)「どれどれ……マジだ、あれっぽいな」
上半身を左右にぶらしながらこちらに向かって走ってくる影。
その見慣れた影。
必死に叫んだがその影はこちらを向かない、ずっと下だけを見て走ってきた。
- 73
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:40:48.59 ID:HSkxY0YP0
- ('A`)「ブーン!」
( ゚∀゚)「おいブーン、ラストだぞー!」
叫ぶ二人、ようやくブーンが反応したと思うと、応援の二人よりもゴールのゲートに感動したのだろう。
すぐに走りに力が入ったのが分かった。
相変わらず上がらないモモ。
地面スレスレで入れ替わる足。
それでもゆっくりと一歩一歩近付いて行った。
顔は笑っていた。
疲れているのだろうが……それでも笑いを忘れていなかった。
そして……手を広げて……ブーンはゴールテープを抜けた。
数歩歩いてその場にしゃがみこんだ。
(;'A`);゚∀゚)「ブーン!!」
- 74
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:42:28.85 ID:HSkxY0YP0
- ようやく終わった試合、完走した喜びよりもようやく終わったという安堵感が大きく増していた。
それでもドリンクを飲み、少しづつ汗を噴き出して回復していくと達成感が漲ってきた。
(;'ω`)「僕は……完走したんだお……」
言ったブーンに、二人は大きく頷いた。
そして汗まみれのブーンの体を、バチンと叩いた。
('A`)゚∀゚)「お疲れ様!」
(;^ω^)「おっおっ!」
完走した喜び、それは当然あった。
ただ……漠然としすぎていて、ブーンはただ笑うことだけしか出来なかった……。
- 75
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/09/07(木) 21:43:35.66 ID:HSkxY0YP0
- ニューソク トライアスロン大会
ショートの部:51.5km(スイム1.5km、バイク40km、ラン10km)
参加者 101人
ジョルジュ:
スイム 25'45"(23位)
バイク 1:10'04"(17位)
スプリット 1:35'49"(18位)
ラン 46'57"(27位)
総合 2:22'46"(17位)
ブーン:
スイム 19'51"(3位)
バイク 1:22'46"(74位)
スプリット 1:42'37"(33位)
ラン 57'40"(77位)
総合 2:40'17"(47位)