144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/04(金) 08:43:31.01 ID:FGIZM5UQ0

ブーンはとにかく近場のショップを片っ端からハシゴした。
中には親しげに接客してくる店員もいたが、ブーンには彼が話す内容の一割も理解出来なかったし、
薦めて来る服の値段はやはり彼にとってはまるで非常識なものばかりだった。

そうして彼が最後に訪れたのは駅前のパルコの中にあるセレクトショップだった。
その店の商品は、今までショップの値段より大分安めだった。勿論ユニクロの価格破壊的値段設定よりは
まだ高額ではあったが、ブーンが断腸の思いで決断すればなんとか手が出そうな価格帯ではあった。
またブーン以外の客も、今までのショップにいた客よりルックス的になんとなく劣って見えて、
それが逆に彼を安心させた。

(^ω^)(ここなら…)

やっと服を買えるかもしれない。過酷なショップ巡りの旅で心が折れる寸前だったブーンは
安堵の笑みを浮かべて店内を物色し始めた。

(^ω^)(確かに他より安いけど…)

頑張れば手が出ない事もない。他の店と違って雰囲気に萎縮する事もない。
しかしだからといってブーンが自分に似合う服をチョイス出来る訳では無かった。

(;^ω^)(ワカンネ…)

結局彼の目に留ったのは、いつもユニクロで買うのと大差がないようなチェックのシャツだった。

(;^ω^)(これじゃいつもと一緒じゃん…)


147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/04(金) 08:47:24.56 ID:FGIZM5UQ0

「そのシャツ気になってます?」

ラックの前で腕を組むブーンにちょっと小柄なメガネの店員が話しかけた。

(;^ω^)(…またこのパターンか)

服の前にしばらく留まっているとすかさず店員が声を掛けて来る、そして訳の分からない言葉を
使ってまくし立てる。何を言っているのかは分からないが、要約すれば恐らく皆同じ事を
言っているのだ。『この服は良いから買え』と。
ここに来るまでイヤという程体験したお決まりのパターンだった。

いい加減ヤケになってきた。

(#^ω^)「てか僕今までユニクロでしか服買った事ないし、どれがいいとか言われても
    正直訳分かんないですよ。お洒落してみたいとは思ってるけど雑誌とか読んでも
    何がなんだか分からないし、大体みんな高すぎるし」

もうどうにでもなれだった。


149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/04(金) 08:51:10.46 ID:FGIZM5UQ0

店員 「……。今日は何か探してるものとかあるの?」

店員は突然のブーンの独白に一瞬驚いた顔をしたが、またすぐに朗らかな表情を浮かべて接客を続けた。

(#^ω^)「……特には」

店員 「そう。普段はいつもそうゆう感じのが好み?」

店員はブーンの服装を指して言った。
本日のブーンのファッションはユニクロのワンウォッシュのジーンズに同じくユニクロのチェックシャツ、
シャツの前は開けて下は丸首の白いTシャツ(と言うか下着)、靴はアディダスだった。

(^ω^)「これは…、他に着る服が無いから着てるだけで。流石にコレは無いでしょ…」

いくらブーンでもそれ位は分かっていた。何がどう‘無い’のかはよく分からないが。

店員 「なるほどね…。例えばさぁ」

店員はそう言っていそいそと向かいのラックの方に早足で歩いていった。

店員 「コレなんかどう?」


150 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/04(金) 08:53:05.09 ID:FGIZM5UQ0

店員が持って来たのは黒いジーンズだった。所々控えめにダメージ加工がしてある。

(^ω^)「……」

どうと言われても答えようが無い。分からないのだから、何も。

店員 「黒のパンツは持ってて損ないと思うよ、着回しがきくから」

口をつぐむブーンに対して店員は尚も続ける。

店員 「ワードローブの基本はやっぱりパンツだから、始めの一本としては悪くない選択だと思うよ。
   シルエットもタイトでもルーズでもない感じだから色々合わせやすいし」

(^ω^)「……」

ブーンに理解出来たのはパンツと言うのは下着ではなくてどうやらズボンの事らしい、と言う事だけだった。

店員 「とりあえず一回試着してみます?」

やっぱりお決まりのパターンか。
ブーンはうんざりしていたが、もう断る気力もなくしていたので店員に言われるままに試着してみた。

152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/04(金) 08:55:26.90 ID:FGIZM5UQ0

店員 「どうですかー?」

(^ω^)「はい、オッケーです」

ブーンは試着室のカーテンを開けた。

店員 「うーん、やっぱシルエットきれいですねー」

(^ω^)「うーん…」

やはりよく分からない。ユニクロと何が違うのだろう?
渋い顔を浮かべるブーンの前に、店員がまた新しい服を持って来る。
今度はやや薄手のグレーのパーカーだった。

(;^ω^)(やばい…無限地獄だ)

店員 「例えばこれなんかと合わせると…」

店員は鏡の前に佇むブーンの上半身にパーカーを重ねた。

(^ω^)「んっ?」

155 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/04(金) 08:57:09.22 ID:FGIZM5UQ0

何か感じるものがあった。
ブーンは鏡に映る自分の姿から目が放せなくなった。

(;^ω^)(アレ…?これちょっと…)

かっこいい。
今日初めてショップを見てまわって、はじめてそう思った。

そんなブーンに店員がすかさず声を掛ける。

店員 「よかったらコレも試着してみます?」

(;^ω^)「あ…ハイ」
161 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/04(金) 08:59:25.05 ID:FGIZM5UQ0

試着を終えたブーンは、鏡を見て鳥肌が立った。
よくは分からないけどなんかカッコイイ。なんとなくオシャレっぽい。

店員 「あー、似合ってますね。パンツがいいから結構何着ても似合っちゃうんですよw」

店員が薦めたコーディネートは実はそれ程大した事はない、オシャレと言うには少し気が引けるような
難易度の低い着こなしだった。しかしブーンのような少年には、敷居の低いファッションの方が
理解しやすい事を彼は知っていた。あまり高等過ぎる着こなしは、知識やセンスの無い人間には
手に余ってしまう。購入はまず期待出来ない。
まずは簡単な着こなしから基本的な事を抑えてもらって、後は客のレベルアップに応じて
それなりのモノを薦めて行けはいい。
ショップと量販店のちょうど中間のようなこの店に勤める彼は、ブーンのようなファッションについて
右も左も分からないような客の対応には慣れていた。
最も、ブーンのように初対面でイキナリ「自分はダサイ人間だ」などとぶっちゃける客はいなかったが。
しかしだからこそ彼はブーンのレベルや要求を即座に把握する事が出来たとも言えた。

163 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/04(金) 09:01:58.42 ID:FGIZM5UQ0

(;^ω^)「これ…幾らですか?」

店員 「えーと、パンツの方が16800円で、パーカーは5800円かな」

(;^ω^)(両方で2万3千…。ニンテンドーDS買ってもお釣りが来るな……。いっそジーンズだけ……いや
    このパーカーがカッコイイんだし…)

店員 「このパンツ立体裁断なんだよね、最近は安くなったよホント。あとこのパーカーは
   ジップアップだから前を開れば重ね着にもかなり使えるし」

(;^ω^)(……)

立体裁断も重ね着もよく分からないが、とにかくこれはカッコイイ。
決して買えない金額でもない。ならば何を迷う事があろうか、自分は変わるんだ、
『キモい』を消して『魅力』を増やすんだ!

(;^ω^)「コレ…両方下さい!」


166 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/04(金) 09:04:49.72 ID:FGIZM5UQ0

ブーンはそれからも熱心にパルコの中のセレクトショップに通った。
始めにブーンを接客してくれた店員は竹内と言う名前だった。
ブーンはいつも、初めて訪れた時と同じように分からない事は見栄を張らずに
素直に分からないと伝え、竹内のアドバイスを少しでも理解しようと真剣に話し込んだ。
そしてその話の流れの中で、竹内がさりげなくブーンに商品を薦める。
ブーンは竹内の店でしか服を買わないので立派なお得意様になる。

(^ω^)(僕にとって竹内さんの『魅力』は知識。竹内さんにとって僕の『魅力』はお金か)

自分と竹内の間に築かれたギブアンドテイクの関係を、ブーンは冷静に把握していた。

168 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/04(金) 09:07:08.96 ID:FGIZM5UQ0

努力の甲斐もあり、ブーンはファッションについて『何が分からないのか分からない』
という状態を抜け出し、自分が知るべき事、身につけるべきセンスと言うものが
非常におぼろげながらではあるが段々とわかるようになってきた。

また、自分に似合う服装というものが分かり始めると、その感覚はそのままヘアスタイルの
チョイスにも応用出来た。

スタイルの良いモデルがどんな服を着ても似合ってしまうように、頭の形の良い人間は
髪型を選ばない。
逆に頭の形の悪い人間は自分の頭には似合わない髪形を選択肢から除外し、
逆に形の悪い部分をカバーしてくれる髪型を選ばなければならない。

美容院は服屋のようにハシゴして選ぶ訳にはいかなかったが、ブーンは服を選ぶ時と
同じように自分の頭の形やファッションなどの情報をなるべく細かく理容師に伝え、
自分の気の済むまでとことん話し合って髪形を模索していった。

理容師によっては熱心に相談をしてくるブーンを嫌がったりバカにした態度を取る人間もいたが、
彼は一切気にしなかった。



169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/05/04(金) 09:10:00.62 ID:FGIZM5UQ0


陸上とファッション、そしてコミニュケーション能力。

これらを向上させるためにブーンは尋常ではない集中力と根気を発揮した。

それ程までに彼は以前の仲間達に囲まれた生活を渇望していたし、
転校後の苦しい生活の中で、自分の居場所は与えられるものではなく
自ら勝ち取らなければいけないものだと言う事を強烈に思い知らされたのだ。

それは様々な失敗や試行錯誤などを物ともしない程固い意志だった。


ブーンは自分という存在を急速に変貌させていった。






( ^ω^)ブーンが転校して来たようです  中編  終わり

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