4 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 22:20:03.74 ID:LX8RAdDh0
第四話 ― 作戦会議後編、宴に酔歌の光あれ




( ^ω^)(もしかすると、僕が考えてるよりフクザツな事になっちゃったのかもしれないお)



柔らかな光が差し込む廊下、響く足音は二つ。


かたや擬音で表現するならば「にこにこ」と、しかし決して穏やかではない笑み。
かたやその後ろ、慣れない手触りの服を着慣らして、相も変わらず周囲を見回しながら歩く青年。
時折何かを考え込むようにしては、ふいに顔を上げてまた辺りを見回しての繰り返しだった。
6 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 22:24:36.43 ID:LX8RAdDh0
( ^ω^)(っと、だめだめお、またやってるお。……もしかしてこれ、癖付いて来ちゃったお?)

周囲を見回すという一番簡単な状況確認を、青年―――ブーンは昨夜目を覚ましてから何度も行っていた。

それぞれの部屋に特徴がある建物、例えるなら記憶喪失で迷い込んだ見知らぬ城。
そんな場所と条件でなら状況確認の回数も増えて当然なのだが、ブーンがそれを行うとどこか間抜けなものがある。
彼自身鏡で見た自分の顔をどこかでそう自覚しているので、尚更だ。


ブーンの数歩先を行く黒いマント。
その高い襟が、ゆったりとした歩みと共に右へ左へ揺れている。

襟ですら楽しそうな動きをするものだ、ブーンはいつしかその襟に視線を集中させながら考えていた。

( ^ω^)(城主さんで吸血鬼さんで、なんだか不思議な人で、ノリがよく掴みきれないけど。
けどきっとこの人は、僕が考えているより、だいぶ遠い所にいるんだろうお)


ブーンがそう確信したのは、つい先ほど連れて行かれた応接室での事である。

7 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 22:27:56.08 ID:LX8RAdDh0
討伐隊討伐宣言とでも呼べるのではなかろうか、ハインがあの一連の言葉を放った後の事だ。


幾らかテンションが落ち着き、ハインが再びツンに時間を確認した。
広間へ戻るのだろう、ブーンはそう理解する。だがその流れは、ツンの上げた声で断ち切られた。

ξ゚听)ξ「ハイン様、広間に向かわれる前に少し」

从 ゚∀从「おう?何だ」

徐に、ハインとブーンが座っていたものとは少し離れた所にあるソファーへツンが向かう。
ソファーの上に乗せられていた何かを掴むと、ツンはこちらも見えるようにそれを持ち上げる。
ブーンがそれをさっき自分が広間で落とした籠だと気づくまで、数秒と掛からなかった。
9 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 22:32:10.00 ID:LX8RAdDh0
( ^ω^)「忘れてたお、拾ってくれてたのかお?ありが……」

ξ゚听)ξ「私が拾ったんじゃないわよ、あの時ヒートが持ってきてくれたんだから。
それよりも、よいしょっ……と。ほら、この服。これ、あんたが着てたのよね?」

ツンが籠から取り出したのは、さっき脱衣所でブーンが着替えてから入れっ放しにしていたジャケットだった。
ブーン自身着慣れていた記憶がある訳でもないので、籠とは違いそれに気づくのには少し時間が掛かった。

( ^ω^)「おっお、覚えてるお。さっき脱いだ奴だお」

ツンは確認を取るように頷くと、ハインの方へ顔を向ける。

ξ゚听)ξ「見て下さい、この服。肩の所です」

从 ゚∀从「どれどれ?」

ハインがソファーから立ち上がる。ツンは自分からハインの方へ近寄り、その服を見せた。
ツンの指差す部分に視線を動かすと、たちまちハインの顔つきが険しくなった。
一人状況が飲み込めないブーンは、何が起きたのかと二人を交互に見比べる。
11 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 22:35:27.82 ID:LX8RAdDh0
从 ゚∀从「……国軍のシンボルは」

ハインがぼそりと呟く。
その声を上手く聞き取れず、ブーンは喉元に詰まっていた声を少し上げてしまった。

ξ゚听)ξ「青獅子です」

ツンがそれに応える。

国軍、シンボル、青獅子。ブーンには耳慣れない言葉が連続させられた。
その言葉の何がそうさせるのか、ハインはついに眉を顰め、眉間に皺を寄せる。
ブーンは少し迷ったが、自分に関連した事ではないかと不安になり声を上げた。

(;^ω^)「ど、どうかしたのかお……?」
14 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 22:40:10.25 ID:LX8RAdDh0
ハインがこちらを向く。
声を掛けたのは自分なのに、ブーンはそれに少し驚いてしまう。
表情を和らげると、ハインは返答を考えるように唸り声を上げる。

从 ゚∀从「こりゃ、軍服だ」

ツンの手からジャケットを受け取り、ハインが告げる。
軍服。言われてみれば、ジャケットのわざとくすませたような色合いはそんな風に取れるようにも思える。
それの何がハインの眉を顰めるような問題なのかブーンは考えたが、見当を付ける事は出来なかった。

( ^ω^)「軍服って言うと、僕が軍人だったかもしれないって事かお?」

从 ゚∀从「それもあるけど、もっと大事なのはこのシンボルだ」
17 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 22:43:27.36 ID:LX8RAdDh0
どうも軍人である可能性が問題なのではないらしく、ハインが軍服の肩の部分を指差す。

そこには、思い切り引っ張られたように無理やり伸ばされた跡のあるベルトがあった。
大よそその跡は、昨日ブーンがハインの手で宙吊りにされた時についたものだろう。

( ^ω^)「ベルト、だお」

率直な感想を述べるブーンに、ハインがその応えを否定する。

从 ゚∀从「違う違う、よく見ろ。ここだここ」

そのベルトの、ブーンが見ていたのとは少しずれた部分にハインが指を当て直す。
ブーンはそこに、歯車のような形をした白い刺繍が施されている事に気付いた。
20 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 22:47:04.46 ID:LX8RAdDh0
( ^ω^)「シンボルってこれの事かお?」

从 ゚∀从「そう、いま俺らがいるこの国の軍のシンボルは青い獅子の模様なんだ。
流行りだかなんだか知らねーけどさ、最近はよくそうやって装飾用のベルトにシンボルを入れてるんだよ」

初めて聞く知識に、ブーンはへえと素直に感心する。

ξ゚听)ξ「感心してないで、ちょっと位続きを推理しなさいよ」

突き刺すように呆れた顔での指摘を受け、ブーンは肩を落とした。

(;^ω^)「あうあう」

从 ゚∀从「良いってこった、どうせ推理で辿り着ける話じゃないからな。
それでこのシンボルなんだけど、どうも見覚えが無いんだよ。
港が出来てからもう二百年位はここに住んでるし、今ある軍のはほとんど覚えてる筈なんだけど」
23 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 22:51:31.79 ID:LX8RAdDh0
シンボルの話よりも、ハインの言った最後の言葉にブーンは衝撃を受けた。

二百年。
十年が十回、それ掛ける二回である。港が出来てからという事は、その二百年よりも長く生きているのだろうか。
吸血鬼の寿命などブーンには考えもつかない話だが、ハインの若々しい見た目のせいでそのギャップは凄まじい。
自分より年下だとばかり考えていたが、どうもこの城で外見から年齢を測るという試みは、今後やめた方が良いのかも知れない。

ともかくツンに釘を打たれているので、年齢に対する話を口に出すのは今の所やめておく事にした。


从 ゚∀从「俺、お前の身元が分かるまではここに住ませてやろうと思ってたんだけどさ」

(;^ω^)「おっ!?そ、そんな簡単に言っちゃって良いのかお!?」

確かにヴィップで身元を探す気ではあったが、今のブーンには宿屋を使う金も、その金を稼ぐ方法すら無い。
土下座して拝みたくなるような話を、ハインは一つの筋としてさらりと流す。
26 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 22:54:27.97 ID:LX8RAdDh0
从 ゚∀从「いーのいーの、俺賑やかな方が好きだし。
ただ、もしお前が軍人だったとして、どこの軍なのかが特定出来ないのは少し困るだろ」

( ^ω^)「お……?」

ξ゚听)ξ「要は、この国の軍と敵対してる軍にあなたが所属してたとなると大変だって事。
仮にそうだったとして、記憶を失う前のあなたの顔が国軍の奴らに知れていたらどうする?
記憶喪失なんて言い訳はさせて貰えずに、その場で捕まえられるわよ」


言われて気付く、の繰り返しばかりだが、ブーンはようやっと話の意図を捉えられた。
軍人なのかどうかすらも確定出来ない状況ではあるが、その可能性は十分考えられる。
28 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 22:56:52.56 ID:LX8RAdDh0
( ^ω^)「んっと、今の僕が何も考えずに外を歩くのは危険って事かお」

ξ゚听)ξ「やっと分かったわね。そんな所よ」

(*^ω^)「えへへだお」

ξ;゚听)ξ「照れてるんじゃないわよ……」

(;^ω^)「……あうあう」

ブーンの体が縮こまった。流石に二度呆れられてしまうのは堪える。


从 ゚∀从「こりゃ一度町に下りて、今ある軍隊の一覧の新しいヤツを取りに行かなきゃ駄目みたいだな」
30 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 22:59:00.54 ID:LX8RAdDh0
(;^ω^)「そ、そんな!」


ブーンが声を上げた。繕う様な、気を遣った声色にハインは眉を上へと上げる。
ただでさえ町の人間と接触していないらしいのに、自分のために町へ下りて貰うなんて。
親切過ぎるような、それでもまだ、相手の思う所を読みきれていないようにもブーンは感じていた。

从 ゚∀从「何だ?引っ掛かる所でもあるか?」

(;^ω^)「僕の身元だとか、そんなののために町に下りて貰うなんて……その、悪いお」

ハインはああ、と声を上げると、顔に笑みを取り戻した。
32 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:02:46.45 ID:LX8RAdDh0
从 ゚∀从「気にすんな。どうせ時々、嫌でも町に下りなきゃ駄目になる時ってあるもんだしさ。
そうやって人間に慣れさせる訓練をしてる奴らもいるから、今度そいつらに頼んどいてやるよ」

そんな人たちもいるのかと思うのと同時に、ブーンは人間に慣れさせる、という言葉に違和感を覚える。
もしかすると人間が気付いていないだけで、こういう人ならざる人達が日常に紛れ込んでいたのかもしれない。
慣れさせるという部分からして、それはきっと生活文化の違いであったりとか、色々と難しい事なのだろう。

( ^ω^)「……ほんとに、良いのかお?ここに住ませて貰う事になっても」

从 ゚∀从「ほんとにいーんだってば。寧ろお前こそ、こっちに慣れる自信は持てるのか?」

にやりと悪戯な笑みを浮かべて問う、その表情に、ブーンはハインの根底を垣間見た気がした。
35 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:05:55.67 ID:LX8RAdDh0
あらゆる意味で、あらゆる部分が計り知れない人物だ。
しかし、今の自分がわかる範囲でだと、この人には気さくという言葉が良く似合うのではないだろうか。
困り事や悩み事を蹴飛ばす訳ではなく、簡単にその横を通り抜け、こちらへ接してくれる。
それは自分のような人間にとって救いになる、頼りたくさせてくれる接し方なのだ。

自分は今、この人の表情に、安堵している。
肩が軽くなったような感覚を、自然にブーンは感じ取っていた。


( ^ω^)「慣れるなんて、そんな事。
それよりも僕は料理なんて出来ないし、きっと家事とかもへたっぴだお」

从 ゚∀从「心配すんな。俺だってドが付く位下手だ」

互いに笑い合う。
ツンが何とも言えない困り顔で、「いい加減トースト位は……」と呟いたのを、ブーンは聞き逃さなかった。
37 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:09:50.26 ID:LX8RAdDh0
その後、汚したバスローブのままではとツンからまともな服を受け取り、ブーンはそれに着替えてから広間へ向かった。
ハインが待っていてくれたのでこうして二人で歩いているが、本人の足取りは大層ご機嫌なようである。

( ^ω^)(二百年よりも長いこと生きてるって、どんな感じなんだろうお)

考えた所で、人間であるブーンには到底分かり得ない疑問である。
鼻歌を歌い始めたハインを見ていると、その疑問はブーンの中でどうでも良い物に格下げされた。


やがて、広間の扉の前へ辿り着く。


中からは再び、あのヒートという女性の熱い叫び声が聞こえた。
ハインの方に顔を向け直すと、向こうもこちらを見て笑っている。
いつもああなのだろう、これからの生活に小さな期待が出来たようにブーンは感じる。

扉が開く。中からは廊下よりも明るい光が漏れて来た。
39 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:12:57.77 ID:LX8RAdDh0
(´・ω・`)「遅かったね、ハイン」



男性の声が耳に入るより早く、まずブーンの目に飛び込んできたのは、長い長いテーブルだった。


さっきここへ来た時には置かれていなかった筈の、貴族の晩餐会か何かに使われそうな、長い机。
長さに比例してずらりと、アンティークか何かのような古い威厳のある椅子が並べられている。
沢山が空いたままだが、その幾つかに点々と、一度見た顔や全く知らない顔が座っていた。

その誰もが、こちらを見ている。
一つは期待、一つは驚き、一つは友好。
中からお早う城主殿、と良く似た声が二つ上がる。

ヒートが何かを叫んでいるが、ブーンの耳にそれは入らなかった。
41 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:16:28.71 ID:LX8RAdDh0
************




/ ,' 3「やはり出て来ん、か」

( ゚д゚ )「ねー隊長ぅ、もう止めましょうよー。
点呼まで時間無いですし、町民の写真全部見るなんて無理ですよー」

/ ,' 3「黙っとれ、あと十分ちょいなら余裕じゃて。
……その本、間違った棚に直してくれるなよ。ここの室長は神経質での」

( ゚д゚ )「ていうか好い加減教えてくれたって良いじゃないですか、この人どういう方なんです?
名前も住所も分からないのに、似顔絵から人探しなんて凄い事考えますね隊長。
……あと室長って女の人ですか隊長」


”ヴィップ郊外”と緑の付箋が付いた本を一冊づつ床に立てて並べながら、ミルナが皮肉を含んで言った。
老兵はその言葉を無視し、同じ色をした本をひたすら捲り続けている。
二人は背中合わせに床へ座り込んでおり、誰もいない書庫にページを捲る音だけが続いていた。

42 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:20:32.43 ID:LX8RAdDh0
( ゚д゚ )「……」

返事を返さない老兵をしばらく睨むと、いや彼の場合常に真顔なのだが、そのままそっぽを向いた。
立てていた本をドミノの様に一気に崩し、大きな溜息を一つついてばったりと後ろに倒れてしまう。

( ゚д゚ )(ほんとにこの人は、僕を何だと思ってるんだろうか。
もっと訓練とかそういう事に付き合わせて欲しいのに、人探しを手伝えだなんて)

辺り一面を埋め尽くす住民の名簿、機密情報駄々漏れの丸秘付き書物群。
気の狂いそうな分厚さをしたそれらに囲まれながら、ミルナは時計に目をやる。
なぜか時針、分針には目が行かず、規則的に動き続ける秒針だけに視線が動いた。

( ゚д゚ )(この町じゃ一番の老兵で、実戦経験も個人的な戦歴も豊富な凄い人の筈なのになあ)


性格上慕う人を必要とする彼は、兵役に就く前からその老兵―――スカルチノフに憧れを抱いていた。
普段は孫と二人で宿を経営し、緊急時には誇りも高き兵長へと変わるその姿に、彼は憧れていたのだ。
その感情の中には少々勝手な想像というものも含まれており、どうも彼の想像と実物とは幾らか離れた存在だったらしい。
45 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:25:37.14 ID:LX8RAdDh0
( ゚д゚ )(なんか、若造!って呼ぶんじゃなくて、もっとこう……戦友よ!とかさ)

付け加えると、少年時代の彼はちょっと恥ずかしい台詞の多い冒険譚がとても好きだった。


/ ,' 3「……」

老兵の手によって、分厚い本が力強く閉じられる。
ミルナはやけに大きなその音を合図だと直感し、倒していた身を起こす。
周りで崩れていたドミノの本を拾い集めると、そこから立ち上がった。

( ゚д゚ )「先に片付けますよ」

/ ,' 3「……むううぅ」

老兵は立ち上がるのも難儀だという風に伸びをする。
ミルナがいそいそと本を片付け始めたのを暫く見上げ、面倒臭そうに立ち上がった。
自分の周りにある本をいくつか抱えると、該当する棚へそれぞれを直していく。
48 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:29:21.21 ID:LX8RAdDh0
手に取っていた本の付箋が老兵の目に入る。
他の付箋とは違い、何故か赤い付箋には”郊外 ヴィップ丘周辺”と書かれている。


老兵は目を伏せた。


/ ,' 3「トールヒルの事じゃから、もう丘を下りとるとは思うがの……」

老兵はミルナが気付かない程の小さな声で小さく呟くと、その本を棚へと仕舞った。

( ゚д゚ )「ほーらね、一番大変なのは片付けなんですよ……って、うわあ!」

背後から何かが崩れ落ちる音、倒れる音、そしてミルナの悲鳴が一気に上がる。
老兵はそれに振り向かないまま、本を直す作業を続けた。

49 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:33:24.32 ID:LX8RAdDh0
************




( ^ω^)「要は、僕にオトリをやれって事かお?」


テーブルに腰掛けている全員を見渡せる位置の席へ座らされたブーンが、首を傾げて言う。

从 ゚∀从「オトリとは心外だな。案内人と言ってくれ」

人差し指を立て、ハインが返答する。
椅子から立ち上がると、立てたままの指をくるくると回して言葉を続けた。

从 ゚∀从「勇ましく城へ乗り込む討伐隊御一行、その前に現れるあからさまに非力な少年。
少年は叫ぶのだ、”妹がまだ中に!”それを聞いた討伐隊はメンツを保つ為にも少年に導かれ中へ中へと進み行く。
だがしかし、それはこちら側の見事な罠!深きに入り込んだ彼らを待ち受けていたのはハイン様と愉快な仲間達!」

身振り手振りで何かを表現しながらハインのあらすじが続くが、何を表現したいのかブーンには良く判らない。
仲間達、の部分に差し掛かると、勢い良くステンドグラスを指差し、空いた椅子に片足を乗せた。

最近のブーンを襲うデジャヴの数は、そろそろ頻繁どころではなくなって来ている。
51 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:38:09.78 ID:LX8RAdDh0
从 ゚∀从「でもって、それ以降は上手いこと出口に誘導しながら、骨の髄まで楽しんでって貰おうと思います。
誘導の仕方とかは任せた。誰かミスったら俺が手伝いに行くし、とにかく面白い事してくれたら何でもイイです」

なぜかですます調に言葉を直し、額に手を当てて満足気に息をつく。
やんややんやといった風に少数の歓声が上がり、生暖かい空気と共にハインは椅子から足を下ろした。


ハインが言うには、手鏡を抱えた少年―――名はビロードと言うそうだ―――の使う魔法とやらで、自分の顔を変えて貰うらしい。
その範囲は城の中でなら有効で、とにかく入り口の鉄柵から外へ出なければ元の顔はバレずに済むそうだ。
ブーンには魔術師という存在自体が初耳なのだが、それをさも当たり前とするような彼らの会話に流されている自分があった。
53 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:42:23.75 ID:LX8RAdDh0
(´・ω・`)「僕らが人間の振りをすると、どこかでミスを犯してしまう事が多いからね。
いつもの習慣とかが仇になるって奴かな、例えば浮遊してたりとか、”ないもの”があったりとか」

抱えられた手鏡からあの男性が声を上げる。

ないものとは、ヒートの犬耳や尻尾のような部分の事だろう。
確かにその理屈のみであればブーンが適役になるのだろうが、それでも疑問は残る。


( ^ω^)「それは分かるけど、討伐対の人達はそんなに上手く入って来てくれるかお?
もし入り口で僕の言う事が聞いて貰えなかったらちょっとヤバいんじゃないかお」

(´・ω・`)「多分大丈夫なんじゃない?一応民間人の安全が第一で動いてるみたいだし」

(;^ω^)「多分とはまた……」

(*‘ω‘ *)「っぽ。危なくなったら”科学者共にチクんぞ”って叫んでやりゃ大丈夫だっぽ」
56 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:46:54.93 ID:LX8RAdDh0
やたら外道な発言の多い女の子が付け加えた。
可愛らしい声とこちらを見る大きな目は、その内容とは真逆である。

どうもアバウトだが、取り合えず皆乗り気ではあるらしい、とブーンはある程度の空気を読もうとする。
通り掛かりに女の子の頭を荒々しく撫で回すと、何が可笑しいのかハインは笑い声を上げた。

从 ゚∀从「ま、そーいうこった!
俺は例の部屋で待機やら監視やらさせて貰う事にするぜ、今の内にそれっぽい配置とかを決めといてくれ!
楽しみにしてるぜ、何せ久々の宴なんだからなぁ」


言うなりスキップで扉へ向かい、そのまま出て行ってしまう。
廊下から未だに響くスキップの足音と、おいこらドクオ……と誰かの名を呼ぶ声が聞こえて来る。
盛大なのか適当なのか、予想の付かない高さの波にブーンは揉まれ続けていた。
58 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:50:33.28 ID:LX8RAdDh0
(;><)「し、心配しなくて良いんです!ブーンさんが出るのはハインさんと合流するまでで大丈夫なんです!」

(;-_-)「う、うん……。城の中でならぼくも応戦出来るし、ちゃんと見てるから絶対大丈夫だよ」


二人の少年が機嫌を保つように声を掛けて来る。
応戦やらなんやらという単語に、ブーンは合戦の重役でも命じられたような気分になってしまう。
というよりこの少年は、一体何で応戦をする気なのだろう。それすら知れたものではない。

(;^ω^)「なるべく変な風にならないようにはするけど、フォローお願いしますお……」

ノパ听)「まっ、か、せっ、ろっ!!私、がっ、つい、てるっ、ぞぉっ!!」

椅子の上で逆立ちをし、片腕だけで身を支えて腕立てをしながらヒートが叫ぶ。
やたらと光る汗を散らしながらこちらへ顔を向け、笑顔を送ってくれた。次元が違う。

59 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:54:35.26 ID:LX8RAdDh0
( ´_ゝ`)「主人はな、”宴”が好きなのだ」

( ^ω^)「おっ?」

左斜め後ろから、どこか同情したような声色と共に肩に手を乗せられる。

(´<_` )「何月かに一度位は人間が訪れる、あまり良くない形でな。
いつもはある奴に追っ払って貰ってるが、主人はそれに乗じてこういう風な宴を起こしたがるんだ」

その逆からもう一つ、似た声色ではあるが幾らか感情を抑えた声が掛けられる。
双子か何かだろうか、ブーンが振り向くと瓜二つの顔がこちらを見ていた。

(´・ω・`)「敢えて目立つように追い出す事で、悪戯をしに来る人達を減らすのが一番の目的なんだけどね。
こっちが楽しんでるのは事実だから、あまり気を張らなくても良いと思うよ」

( ´_ゝ`)「そうそう。楽に構えると良い」

二人に言われ、ブーンは心持ち気を緩める。
ふいに青年が背後から隣へと移動し、ブーンの顔を覗き込むようにした。
63 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/08(日) 23:58:57.76 ID:LX8RAdDh0
(*´_ゝ`)「なっなっ、どうせここに住む事になるんだろ?そうなんだろう?
慣れておかないと後々後悔するぞ、弟者の言う通り主人は楽しい事が好きだからなあ」

口元に描かれた弧を伸ばしつつ、何やら楽しげに青年が言った。
その後ろに素早く回り込み、弟者と呼ばれた方の青年が長く太い袖を振るって、後頭部を殴った。
袖の中に何かを入れているのか、重い金属をぶつけた様な痛々しい音がする。

(´<_`#)「あんたって人はこれだから……!普通に慰めるなり出来んのか、兄者!一々楽しそうにすんな!」

(;´_ゝ`)「OKOK落ち着け、落ち着いてくれ弟者、ごめん。ごめんなさい。あと暗器で殴るのはやめて」

殴られた方、兄者と呼ばれた青年は頭を抱え前のめりになる。
兄である筈の青年から威厳は感じられないが、互いの呼び方と容姿からしてやはり兄弟だったようだ。
始終を眺めているブーンは、大丈夫かお、とだけ声を掛けてみたが、兄者から切ない目でこちらを見られてしまった。

64 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/09(月) 00:03:26.63 ID:LX8RAdDh0
(´<_` )「見苦しい所をすまん、ええと」

( ^ω^)「ああ、ブーンですお。気にしないで大丈夫だお」

(´<_` )「ありがとう、覚えておく。……傷心だろうに済まなかった、ただの阿呆なんだ。
こんな兄だが悪気がある訳じゃないんだ、見なかった事にしてやってくれ」

( ´_ゝ`)「すみません。ただのあほうですみません」

言いながら弟者は兄者の後頭部を髪ごと掴み、ぐいぐいと前後に動かして頭を下げさせる。

( ^ω^)「おっお、ほんと全然気にしてないお!
傷心だなんて、寧ろこれからが楽しみなんだお。こんな面白そうな所に住まわせて貰えるなんて」

ブーンがそう言うと、二人は同時にこちらに顔を向けて「それは良かった!」と同じタイミングで返す。
途端に弟者がむっとした顔になるが、それを見て兄者は何とも嬉しそうな顔をしている。
二人の関係がそれとなく把握出来たように、ブーンは感じた。
66 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/09(月) 00:06:42.21 ID:5zAtsO510
(´・ω・`)「とにかく、夕方位までには配置だけでも決めておこうか?
ブーンには後でハインの部屋を教えるから、そこまでの行き方を覚えておくと良いよ」

ノパ听)「ふぅ、賛成だっ!なるべく早い内に決めておかないとな!」

器用に椅子から飛び降り、着地してヒートが続ける。

( ^ω^)「誘導って、ハインの部屋まで行けば良いのかお」

(´・ω・`)「正確にはハインの部屋じゃないんだけどね。差し詰め、この城の核みたいな所さ。
毎回ハインが動向を監視するのはその部屋なんだ。特殊な仕組みがあって、城全体が見渡せるように出来てる」
68 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/09(月) 00:11:12.44 ID:5zAtsO510
( ^ω^)「核……、それは凄いお!軍の機械か何かなのかお?」

(´・ω・`)「どうかな?行ってみれば分かると思うよ。
あと言い忘れていたね、僕の名前はショボン。今後とも宜しく」


意味ありげに言うと、広間に雫の落ちる音が響き、鏡の表面に波紋が広がる。
すると鏡から再びあの腕が現れ、ブーンの方へと伸びて来た。
ブーンの前へ辿り着くと、指の一つ一つがはっきりと形作られ、握手を求めるように掌を差し出す。

ブーンが掌を握れば、鏡の腕もそれを握り返す。
ショボンの方へ視線を移すと、こちらへ柔らかい笑みを向けていた。

69 : ◆TARUuxI8bk :2008/06/09(月) 00:14:51.52 ID:5zAtsO510
太陽はどんどん上へと昇り、ステンドグラスから入る光は徐々にその強さを増していた。
鏡の腕がブーンの前から戻って行き、指を鳴らしてから手鏡へ沈むように消える。


(´・ω・`)「……さて、それじゃあ皆、こっちに集まってくれるかい」

ショボンの声が少し長く、広間に響いた。




― 第四話 了

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