1 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 21:21:51.18 ID:bLG+B6IJ0
愚かな科学者が手に手を取り合い、危篤な開発が発展し続けた時代。
戦に使われるものだけが進化し、進化し、ひたすらに進化したその末。
例えば女性だけに感染する細菌。例えば小指程度の大きさをした爆弾。例えば人間の体を基に作られた殺戮兵器。
そんなものが「沢山」という単位では数えられない勢いで生み出された世界。
 
戦、戦を! 戦、戦を! 戦を、戦を、世界に戦を!
 
―――最早科学者は盲目の域にあった。戦は愛されるべき、最も尊重されるべきが当然。
しかしその時代の流れをことごとく無視し、ただ過ぎていく日々を各々の思うままに過ごそうとする者達が存在した。
科学者を含めた人民すべての自由が許されないこの時代に、彼らは戦場に赴こうとせず、武器すら持たなかった。

何故なら、彼らは。
「人民」である事を否定し、否定されたからだ。
4 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 21:24:14.89 ID:bLG+B6IJ0
第一話 ― 弦月の騒動、引き金たるそれは




( ^ω^)「おっお、やっとこ見えて来たお、おっおっおっ!」


月がぎらぎらと、赤みを帯びて輝く夜。

一人の青年が、ゆるりとした坂を軽やかな足取りで上ってゆく。
青年の進む道の先―――その丘の天辺には、ふもとの町の住人に「無人の城」と呼ばれる建物がある。
屋敷と呼ぶには豪奢すぎて、また大きすぎて、しかし城と呼ぶにしても少し飾り気が無い。
そんな外観の建物だ。

青年は歩くのを止め、先に見える城を遠目でじっと見つめる。
半分に欠けた赤い月を後ろに控えた城は、黒い影を増して大きな怪物のように見える。
タイミングを見計らったように聞こえて来るふくろうの鳴き声に、青年は身震いした。

5 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 21:28:56.16 ID:bLG+B6IJ0
( ^ω^)「…立ち止まってちゃだめだお、僕。ぜんとようよう!」

すぐに顔をぷるぷると振ると、再び軽やかな足取りを取り戻す。
少し経つと、今度は両手を広げて「ブーン!」と声を上げ、雑草に覆われた道を走り出した。

目的地への距離は縮まり、比例して怪物のような城がより大きさを増してゆく。
青年は不安と小さな期待を胸に、誰もいない丘を走る。



事の始まりは、丁度その日の太陽が沈んだ時だった。
8 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 21:32:41.22 ID:bLG+B6IJ0
************



( ^ω^)「おっ?」

ふと、青年は目を覚ます。


はっきりとしない視界に紺から緑のグラデーションが映える。
ぼやけた目を擦ってようやく、その紺と緑が周囲一杯に広がる草原、そして黄昏を終えた空だと分かった。

背中にかかるような堅い感覚から後ろを向くと、自分が木にもたれていた事に気付く。
周囲の草原は夜を迎えようと静まり返り、少し冷たい風が吹き抜けている。
青年は起き上がる訳でもなく、ただぼうっとその風に頬を撫でられながら、風景を見渡していた。
13 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 21:38:21.51 ID:bLG+B6IJ0
隣には小さな老人が同じように木にもたれて、目を閉じている。
肩が擦れ、老人の低い体温が伝わって来た。

( ^ω^)(あ、一番星みっけだお)

雲がかって月の姿が見えないが、小さな星が輝いているのを彼は見つける。
星の周りだけ雲が晴れており、それは誇らしげに瞬いていた。

草原は涼しい。

青年はふう、と一息つくと、その星と暫く見つめ合う。
良い夜だ、青年は心の中でそう呟き、微笑んだ。



(;^ω^)「いやいやいや違う違う和む所じゃない和む所じゃない」


急に顔を左右にぷるぷるぷると振る青年。
態度を変え、もう一度周囲を見渡す。つい今までの和やかな目の色は消え失せている。
起こそうと考えたのか、隣の老人を肩を掴むとゆるく揺さぶり始めた。
17 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 21:41:12.18 ID:bLG+B6IJ0
(;^ω^)「お爺さん、お爺さん!起きてお!」

/ ,' 3「……」

常人であればすぐ目覚める揺らし方だが、しかし老人の瞼は微動だにしない。
単なる表現ではなく、青年には呼吸すらもしていないように見えたのだ。

(;^ω^)「…ちょ、お爺さん?」

今度は少し強めに、老人を揺らす。やはり老人は目を覚まさないままである。
青年の額から頬にかけて、たらりと嫌な汗が垂れる。

( ^ω^)「い…生きてるおね…?」

/ ,' 3「……」

青年は半ば祈るように、老人に声を掛け続ける。
ぴくりとも動かない老人。その頭が力なく垂れ下がった。
21 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 21:44:03.48 ID:bLG+B6IJ0
頬に伝った汗が顎へ到達し、青年の腕へ滴り落ちる。


(;^ω^)「うおおおおおおおい!?おっお、お、お爺さん!おじいたーん!」

叫ぶや否や、再び老人を必死に揺さぶった。前へ後ろへ、老人の首が揺れる。揺れる。

/ ,' 3「……ゲエッホ!オエッ、ゴホ!ゲーホゲホッ!」

老人は突然大きく咳き込み、その口から恐ろしい勢いで、握りこぶし程の大きさをした何かを吐き出した。
青年が目を凝らす。草の上にボトリと落ちたそれは、よく見ると入れ歯だった。

( ^ω^)「よ、良かった!おじいたん生きてたお……!」

/ ,' 3「ないをひゅうおるふあ!むぁっひゃふほふひゃふえ、はふっ、もがもが」

安堵する青年とは違い、老人はふにゃふにゃの口で何やら喚いている。
青年は焦って入れ歯を拾うと、老人の開いた口にそれを押し込めた。
老人は目を見開いて少しの間静止したが、キツと視線を鋭く尖らせ、またすぐに喚き始める。
26 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 21:47:32.34 ID:bLG+B6IJ0
/ ,' 3「何を言うとるか!全く、最近の若いもんはなっとらん!」

言葉を言い直すと、老人はふんっと鼻息を荒げた。

/ ,' 3「全く、まあったく理不尽!つくづく礼儀に欠けとる!
わしゃあの、午睡を楽しんどっただけじゃ!戯れか、小童!」

午睡にしては日が暮れきってしまっているが、そんな事を突っ込む余裕は青年に与えられない。
老人は説教じみた口調で、がみがみと青年を叱り始める。
青年は何かを言いかけたが、思わず姿勢を直し、正座になってしまう。

/ ,' 3「大体の、いきなり揺らすもんがあるか!お陰で入れ歯が草原の香りじゃわい!
悪戯にしてももう少し可愛いやり方があるじゃろうに、おい聞いておるのか!」

(;^ω^)「ご…ごめんなさい、だお…」
30 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 21:50:06.26 ID:bLG+B6IJ0
老人の説教に圧され、しょんぼりとうつむく青年。
しかしはっと顔を上げ、また老人の肩に掴みかかった。

(;^ω^)「そ、それ所じゃないんだお、お爺さん!
聞きたい事があるんだお、今ぼく達がいるここは…その、どこ、なんだお!?」

/ ,' 3「何じゃ小童、人の話は最後まで…」

(;^ω^)「お願いだお、教えて下さいお!!」

逆に老人が青年の威圧感に圧され、出掛かった説教を喉の奥へ押し込める。
不安が湛えられた瞳とその眼差しに、老人は視線を横に流してぼそりと答えた。

/ ,' 3「どこも何も、ヴィップの丘じゃろうに」

 
34 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 21:52:09.99 ID:bLG+B6IJ0
(;^ω^)「ヴィップ…、ヴィップ…?それじゃお爺さん、僕を知ってるかお?」

/ ,' 3「戯け、さっきから訳の判らん事を。お前のような小童の顔なぞ知らんわ」

それを聞くと、青年は老人から手を離し、困惑したように頭を抱えた。
説教をする気も失せたのか、老人は怪訝そうな目で青年を見る。

/ ,' 3「どうした、何が言いたいんじゃ」
(;^ω^)「……」

不穏な間を置いて顔を上げると、行き場を無くしたように震えていた手を垂らす。
蚊の鳴くような声で、青年はたった一言こう返した。


(;^ω^)「……、なんにも、覚えてないんだお」
38 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 21:54:54.15 ID:bLG+B6IJ0
************



( ^ω^)「おっお、おっお、おー」

ギャロップで丘を往く青年。
先程までのうろたえ様が嘘だったように、道を行く彼は楽しげである。

結局、彼がはっきりと覚えていたのは自分の名前だけだった。
ブーン。誰かがそう呼んでいる、その様々な声を彼は覚えていたのだ。
声の主の顔や情報は思い出せないにしろ、それは今の彼に支えを成していた。

( ^ω^)「いやー、しかし良いお爺さんだったお。
無理やり起こしちゃったのに、有名なお城の事まで教えてくれるなんて」

あの後老人に近辺の情報を教えて貰い、青年もといブーンはその中にあった城へと向かっていた。
43 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 21:57:54.89 ID:bLG+B6IJ0
無人の城、トールヒル。

その城が無人の城と呼ばれる理由を、ブーンは聞き取る事が出来なかった。
老人の言葉は難しかったらしく、ブーンの耳は見事にその話の途中経緯を左から右へすっぽ抜かしていたのである。

本当は「城へ近寄るな」という意味を込め、注意として老人が教えたものだったのだが。


( ^ω^)「うおお、すげー。無駄にでけー」

城に到着してすぐ、ブーンはその城を見上げた。
看板にはブーンの知らない字で、しかしながらいかにも様式的な字体で何かが書かれている。
本来ならば「はいるな!」とと書かれてあるその字も読めず、ブーンは大きな鉄柵の扉を開きにかかった。
49 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:00:57.12 ID:bLG+B6IJ0
( ^ω^)「鍵開いてるけど、勝手に入っちゃっていいのかお?」

半分程開けて、ふとブーンの手が止まる。
城と言うからには、きっとお偉いさんとかそういう部類の人が住んでいるに違いない。
しかし、明かりや警備はどこにも見当たらない。ブーンは首を傾げた。

( ^ω^)「こんばんはですおー!誰か居ませんかおー?」

声を張り上げてから様子を見てみるが、どうも応えが返って来そうな雰囲気ではなかった。
城壁に使われた黒い石のせいでもあるのだが、城全体に暗い雰囲気が纏わり付いている。

( ^ω^)「……ま、お爺さんが紹介してくれる位だし、きっと優しい人が住んでるおね」

一度ためらった手を一気に押し、鉄柵の扉は音を立てて左右に開く。
ブーンは内側に入り込んで扉を閉めると、周囲を見渡した。
53 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:05:09.18 ID:bLG+B6IJ0
白い石畳の道が、城の内部へ繋がるものと思われる扉へ続いている。
道の脇には小さな赤い花が点々と咲き、その中に時々色の違う綺麗な花弁が見えた。

( ^ω^)「おっお……それにしても、松明とか点けてないのかお?」

その道の石畳に所々月明かりが反射するだけで、道の先にも照明は見当たらない。
道を外れると、暗さでどこまで広がっているのかも判らない雑木林が広がっている。

(;^ω^)(真っ暗だお)

彼は小さな声で、ぜんとようようぜんとようよう…と呪文を唱えるようにして呟いた。
今度は大人しめのスキップで、石畳の道を進み始めた。
59 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:07:28.91 ID:bLG+B6IJ0
獅子の装飾が施された扉の前に立つと、ブーンはまた上を見上げる。
やはり窓に明かりが点っている様子は無く、所々蜘蛛の巣がちらついていた。

( ^ω^)「ごめんくださーい!」

獅子の口から下がったノッカーで扉を叩き、声を張り上げた。
声がこだました後、すぐに静寂が戻ってくる。

( ^ω^)「誰か居ませんかおー、宿を貸して貰えませんかおー!」

ノックを続けるが、中からは誰も現れないどころか人の声すら聞こえて来ない。
ふとブーンは、ノックの反動から扉に隙間が空いている事に気付いた。

( ^ω^)「ここのドアも開けっぱなのかお?」

試しにノブを引くと、重々しい音を立てたものの鉄扉はすんなりと開く。
呆気に取られたブーンは、口をぽかんと開けた。



扉の中を覗くと、入り口から赤い絨毯がずっと敷かれており、舞踏会でも開けそうな大きさをした広間があった。
左右対称に階段があり、天井の高い部屋を見上げるとステンドグラスが目に入る。
その大きなステンドグラスから入る月明かりだけが、広間をぼんやりと照らしていた。
63 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:10:26.96 ID:bLG+B6IJ0
( ^ω^)「誰か居ませんかおー…」


呼びかけるように言うブーンに、返事変わりに酒の匂いが漂って来る。
しかし広間に人の姿は無い。よもや誰も城に居ない訳では、とブーンは思った。

( ^ω^)(そういえば、さっきのお爺さんが無人の城がどうのって言ってたような)

でも、それってそのままの意味じゃなくて、なんか由来があるとか言ってなかったっけ?

( ^ω^)(うーん…忘れちゃったお、どうしよ。うーん、うーん、)

思い出せそうにないお、とりあえずここで寝かせて貰うとするかお。

( ^ω^)(そうするお。もし誰か居たって、きっと謝れば大丈夫だお。
明日になったらどうせ町へ降りるだろうし、せめて外で寝なくて済んだって事で)

脳内会議を終えたブーンは、中へ入り込んで鉄扉を閉めた。広間に扉の音が響く。
足音から衣擦れまで、ブーンの発する全ての音が広間に響いた。
67 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:13:16.27 ID:bLG+B6IJ0
( ^ω^)(それにしても、本当に誰もいないのかお)

階段の上や室内のドアの奥にはきっと別の部屋があるのだろう。
そう考えるのが当たり前だが、それすら疑いたくなる程城の中は静かだった。

ふとブーンは、根拠のない視線のようなものを感じる。
きっと不安なせいだと理由を付けると、ブーンは広間の端に座り込んだ。

首をもたげると、明かりの灯されていないシャンデリアがいくつも目に入る。

( ^ω^)(……)

無機質だがどこか寂しげなそのシャンデリアを、ブーンは暫くの間見つめていた。

記憶が無い事に気づいてから数時間。
楽観的にここまでの道のりを来た彼は、ほんの少しの寂しさを覚える。

両親はいたのだろうか。 ―――思い出せない。
兄弟はいたのだろうか。 ―――思い出せない。
故郷は、家は、仕事は。 ―――思い出せない。
71 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:16:06.01 ID:bLG+B6IJ0
( ^ω^)「なんにも、覚えてないんだお…」

不思議なようで、本当に覚えていないのだから仕様が無い。
足を弾ませていたのが何とも虚しくなり、ブーンはため息をつくとあぐらをかいた。


ぜんとようよう、前途洋洋。
良いじゃないか、記憶喪失って事はまっさらって事で、これから新しい生活が始められるという意味もあるんだ。
それに、きっと記憶を失う前にいた自分の身内や友達、自分を好いてくれている人間を探す事だって出来るんだ。
それは楽しみで一杯って事なのかもしれないんだ。そう考えていた時期が僕にもありました。

彼自身の持つ楽観さは大きいが、それこそ根が、そう至るきっかけが無い訳ではない。
ここまで楽観的であれたのはお爺さんの良心的な解きと、この城への期待があってこそだったのだから。
それに加え静けさの中で過ごす夜は、全ての人間に等しく悲観をもたらす。

何度も絡み付いてくる視線を無視し、ブーンは夢の船を漕ぎ始める。
76 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:20:31.15 ID:bLG+B6IJ0
やがて懐かしいような、ぼやけた風景が見えて来る。
茶色がかったセピアのその風景から、錆びた鉄の香りが漂って来る気がした。
これは僕の故郷なのだろうか、もしかしたら仕事場なのだろうか、いやもしかすると―――。



「気付いてるか?」

「寝てやがるんじゃねえかっぽ」

「君が追い出してくれよ、いつもそうしてるんだろう」
「ヤだよ、酒臭い。俺入りたくない」

「ボクだって嫌なんです」
「なら私が!」

「お前らじゃムリムリ、俺が行く」
「やりすぎちゃ駄目だよ、目的は追い出す事なんだからね」

「判ってんよ。ふふっ、任せとけって……」
80 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:23:39.23 ID:bLG+B6IJ0
( ^ω^)「……?」


不意に聞こえた声に、ブーンは船を急停止させる。
夢だろうか。男性の声だったような、女性の声もあったような。

( ^ω^)(気のせいかお?)

じっと周りの音に耳を澄ませるが、聞こえたのは遠いふくろうの鳴き声だけだった。
気のせい気のせいと自分に言い聞かせると、またブーンは船を漕ぐ。
視線も声も夢などではない事に、彼はまだ気付かない。



ふわりと黒いマントが、ステンドグラスの前に浮かび上がった。
84 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:26:01.48 ID:bLG+B6IJ0
月明かりを受けて黒く影が差すそれは、大きく立った襟から中性的な顔を覗かせる。
邪な笑みを浮かべると、ゆっくりと下降する。首のみを動かしてブーンを見下ろすと、それは笑みを深くした。

( ^ω^)「タイトなジーンズに…、ううん…捻じ込むぅ……」

滑るように宙を移動し、寝言を呟くブーンの頭上へと辿り着く。

「楽しそうな夢見てんじゃねーか」

( ^ω^)「…おっ?」

声に目を覚ますが、ブーンが見渡す視界には誰もいない。
思惑通り、といった風に喉を鳴らした笑い声が響いた。
88 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:29:02.02 ID:bLG+B6IJ0
( ^ω^)「誰かいるのかお?」

「おう、ここにいる。いるとも。無人の城の王様だ」

妙に落ち着いたその声色に、ブーンはぞわりとする。
こちらの出方を知り尽くされているような、見透かされているような声色。
口ではなく別の何か、どこか目には見えない部分から発され、異様な雰囲気を伴っているような。
そんな印象の声色だ。

(;^ω^)「やだな…、お、脅かそうとしてる、のかお?」

「…その通りだ!」


ブーンがおずおずと問いかけると、突如として大声でそう言い放たれる。
ようやく頭上から声が響いている事に気付いたブーンは上を向くが、少し遅かった。
その一瞬の間に声の主はブーンの背後へと回り込み、ブーンの上着の装飾品であるベルトを掴む。

途端、革のベルトが悲鳴を上げた。
92 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:32:02.09 ID:bLG+B6IJ0
(;^ω^)「うお!?…うあっ、うあああああ!!」

上を向いていたブーンの頭は、一気に下へと垂れ下がる。
声の主であろうものの体が、ベルトを掴んだまま上空へと舞い上がったのだ。
どんどん床と自分との距離が離れ、ブーンはくらりと眩暈を起こしかける。

从 ゚∀从「よーお、起きたか少年?」

(;^ω^)「お…おほっ、おひょおおおおっ」

少年、と呼ぶとブーンに顔を寄せるが、宙吊りのショックが大きすぎてブーンはそれに気付かない。
97 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:35:20.93 ID:bLG+B6IJ0
声の主は目を丸めたが、すぐに笑みを取り戻してブーンの顎を掴む。

从 ゚∀从「カッコ悪いぞ?キャーキャー叫んでんじゃねえよ、こっち見ろ」

そのまま引っ張り、自分の方を向かせる。ブーンの首がごきょっと嫌な音を上げた。

(;^ω^)「おげえッ!」

世界がぐるりと回転し、メートルにすら及ばない程の近さで赤い眼と視線が合う。
声の主はブーンの顎から手を離すと、大きく息を吸い込んだ。

从 ゚∀从「良いか少年、よく聞け!人呼んで無人の城トールヒル、たる所以を!」
101 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:39:42.77 ID:bLG+B6IJ0
从 ゚∀从「この城に住んでる奴の中にはな、人間なんざ一人だって居やしねえ!
居るのは幽霊に人狼に化け物共がわんさかだ!生きた人間なんかが入ったら皆で煮込んで食っちまうのさ!
そしてそれを束ねる城主こそ、この吸血鬼ハインリッヒ・トールヒル様よ!」


ハインリッヒと名乗った彼もしくは彼女が、そう一気にまくし立てる。

驚いたかと言わんばかりに尖った八重歯を光らせると、少し下降してブーンから手を離した。
変な悲鳴を上げてブーンは地に落ち、”吸血鬼”の一言とその歯にたじろぐ。
壁際へ身を寄せるが、手足が思うように動かない。

从 ゚∀从「くくく、どうだ怖いだろ、逃げたくなったろぉ?」

尻餅をついていたブーンに、ハインリッヒがじりじりと近寄る。
ブーンは震えを大きくするが、いつの間にか腰が抜けており、その場から動けなかった。
105 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:44:29.63 ID:bLG+B6IJ0
(;^ω^)「ひいいいっ、お助け、お助けだおー…!」

从 ゚∀从「そうは行かねえ、ここに入ったのが運の尽きだ!
そーらお前の血を飲みつくしてやる!ほれ逃げてみろ、ほれ!おらおら!」

何やら逃げる事を促そうとするその口調にハッとし、ブーンはすぐ立ち上がろうとする。
しかしブーンの腰はすぐにへたり込み、まるで生まれたばかりのバンビのようにそれを繰り返すだけだった。


( ^ω^)「……」

从 ゚∀从「……」

( ^ω^)「……」

从 ゚∀从「……いや逃げろよ」

(;^ω^)「あ、その……腰が、抜けて」

从 ゚∀从「こッ……」
109 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:46:56.82 ID:bLG+B6IJ0
照れたように汗を拭うブーンを、妙に強張った笑顔で見つめるハインリッヒ。

しんと音がする程の静寂が訪れる。
ブーンと視線を合わせたまま、ハインリッヒは何故か硬直した。


背はお世辞にも高いとは言えず、顔立ちからは女性なのか男性なのかの判断が付け難い。
ただ、白すぎる肌と八重歯と険しい表情を除けば可愛い印象の顔をしている。


(;^ω^)(ナンチャッティー、現状確認してる場合じゃないお)

我に返るが、未だ静寂は続いている。
その静寂を堪えているように、ハインリッヒの笑顔はどんどんと硬くなる。
113 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:49:58.72 ID:bLG+B6IJ0
様子がおかしい、そうブーンが悟った途端、急にハインリッヒは笑顔をほどく。
困ったように眉間に皺を寄せると僅かに後ずさった。

从 ゚∀从「ううう…、萎えさせんじゃねーよ、ったく!興醒めだ興醒め!」

いきなりの表情の変化に驚くブーンを置き去りにして、ハインリッヒが叫ぶ。

从 ゚∀从「いちぬけた!後は頼んだからな、とっとと出て来いお前らァ!」

ヤケを起こしたような声と、指を鳴らした小気味良い音が余韻を残して高く響く。
するとそれに呼応するように、部屋中のドアがブーンに近いものから順に一斉に開け放たれた。
ただ開かれた訳ではない、何か重さのあるものを思い切りぶつけたような強い衝撃で開かれている。

(;^ω^)「うわ…!」

ドアの奥は空ろ。圧倒的な非科学の光景に、ただただ目を見張る。
明らかに人間を超越したそれの作用である事を理解し、焦ってハインリッヒの方へ視線を戻す。
だが気づけば、ハインリッヒはブーンの眼前から消えていた。
115 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:52:15.88 ID:bLG+B6IJ0
ブーンは目だけを動かしてハインリッヒの姿を探すが、広間にあのマントは見えない。
月明かりが当たらない場所に移動したのだろうか、それとも部屋自体から消失したのか。
これから何が起こるのか。

( ^ω^)(…扉からは何も出て来ないのかお?)

そうだ、扉。
もしかすると、さっきハインリッヒが口走った”化物共”とやらが現れるのではとブーンは考える。
一時の宙の散歩を存分に楽しまされたブーンは、既にその存在を認めてしまっていた。

ドアの奥は、空ろ。何を考え出すにも一拍遅れる自分に、ブーンは苛立ちを覚える。

(*‘ω‘ *)「その通りだっぽ、いちいち反応するのが遅ぇんだっぽ」

(;^ω^)「うおおおおおっ!?」
120 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:54:56.30 ID:bLG+B6IJ0
またも上がる、今度は少女の声。
この可愛らしい声ですら化物か化物なのか化け物のものなんだろうか、ブーンは全うな悪態をついた。


(*‘ω‘ *)「るっせえっぽ誰がバケモンだっぽ。騒ぐとミンチにするっぽ」

(;^ω^)「なっ……!?」

(;><)「あんまり脅しちゃ駄目なんです、ちんぽっぽちゃん!」

(*‘ω‘ *)「てめぇは黙ってろっぽ」

いつの間に現れたのか、目の前で寸劇を繰り広げ始める幼い少年少女。
少女に至っては、その可愛らしい声とは裏腹すぎる言葉遣いである。
しかもその少女は、つい今ブーンの考えを読んでいたかのような発言を繰り返した。

人の心を読むだなんて―――いや、読まれたからといって、僕に不利益はあまりないのか。
だがもし本当に、少女にそんな能力があるとすれば。
ブーンはいよいよ、自分の置かれた状況の異常さを把握する。
124 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 22:58:08.12 ID:bLG+B6IJ0
( ><)「ご主人さまからあんなに言われてたのに!」

(*‘ω‘ *)「騒ぐなっつってんだろっぽ、ガチで死ろすぞっぽ」

(;><)「あーん、これじゃまたおやつ抜きにされちゃうんですー!」

「はいはい、それ位にしとけ。奴さんが黙ってるぞ」

更に追加される男性の声。
ブーンの思考はよりまとまりを無くす。パンクしそうな頭が鈍く痛んだ。


ああ、これは確か一番初めに聞いた声だ。
そんな考えが過ぎった途端。


何か冷たい物が、ブーンの体を侵した。
128 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 23:00:55.23 ID:bLG+B6IJ0
(;^ω^)「っ、あ」

それに気付いた後、白いもやが視界を過ぎ去る。もしくは、ブーンを通り過ぎる。
もやからは痩せた男性が現れ、否、男性がもやを身に纏わせているように見える。
妙な悪寒に襲われて歯を鳴らし、ブーンは両腕で自分を包み込むようにした。

(;><)「うわ、ドクオさん後ろ!」

('A`)「ん?……あぁ、悪いな。見えなかったもんで」

男性はゆっくりと振り返ると、ブーンと視線を合わせた。
その体のあちらこちらが時折透き通り、背景の闇が垣間見える。
132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/25(日) 23:04:55.89 ID:bLG+B6IJ0
今、どこからこの男性は現れたのだろう。

ブーンの背後にドアは存在しない。
自分を、壁を通り抜けた?まさか、まさかそんなものが本当にいる筈は。
そんなもの、の部分を明確に描写する事を、ブーンはとにかく恐れた。こんな事って。こんな事って。
恐怖心が喚き出す。否定したくてたまらない。

('∀`)「……寒くなったか?」

意地悪くニィっと口の端を吊り上げて、ブーンが”そんなもの”だと予感した彼が、笑った。




―――もう、着いて行けません。
137 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 23:09:10.12 ID:bLG+B6IJ0
( ><)「ふぇ……」

('A`)「うあ?」

(*‘ω‘ *)「ぽ」



ブーンは口癖の語尾も付けず、うわ言のようにそう呟くと、瞳をのし上げ白目を剥いた。
一斉に上がる三人の声から少し遅れて、あえなく意識を手放し、混濁の海へ投じる。

後にこの一夜が”騒動”と呼ばれ、一つの話題として継がれて行く事を、知る由も無く。
141 名前: ◆TARUuxI8bk :2008/05/25(日) 23:11:55.25 ID:bLG+B6IJ0
気を失ったブーンの周りに、トールヒルの城と同じ黒をした人だかりが出来ていった。

正しく表現するなら、人が成す野次馬ではなく、人外のわだかまったそれが。






― 第一話 了

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