2 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:09:12.54 ID:CAks6kf30
第九話「運命の悪戯」

「数日前、ここからオズヴァに向かうオルミアの姿を見た人がいた」

クーを仲間に入れて、5人は宿屋で談義をしていた。
外では燦々と日差しが照っているが、部屋の中はカーテンを閉め切っているので薄暗く、少し不気味な雰囲気を醸し出している。
ショボの複雑な表情がそれと合い、語るショボの姿はまるで暗がりの住人のようであった。

「何日くらい前なんだ?」

ドクオが訊ねる。

「一週間ほど前だそうだ」

「誰が見たのだ? その話の信憑性は?」

淡々と答えるショボに、今度はクーが口を割って入れる。
当然の疑問であった。ブーンもツンも、一度クーを見た後、ショボから目線を離さなかった。
ショボは一息つくと、テーブルの上にあったお茶をすすり。

「この宿の親父がね。オルミアの似顔絵を見せたら、一週間ほど前にこの宿を出たって話さ」

「じゃあ何か、オルミアさ……オルミアもこの宿に泊まってたのかお」

「そういうことさね
 というか、まさにこの部屋に泊まっていたらしいよ」
4 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:10:32.56 ID:CAks6kf30
ショボは苦笑して言っていたが、他の全員はきょとんとしてしまった。
オルミアがこの部屋に泊まっていた。
心配性のブーンなんかは、その事を聞いただけで、この部屋にオルミアの仕掛けた結界みたいなものがあるのではないかと深く考えてしまったようで、冷や汗をたらたらと流している。

「……手がかりを残すはずは、ないわよね」

ツンがすっと立ち上がり、手近な棚の引き出しを開けながら言う。
昨日からこの部屋を使っているのだから、棚などは一通り調べているはずである。
それでいて今まで何もないというのだから、何かがあるという心配事態今更するのがよそよそしい事ではあるが、ツンもやはりブーンと同じような不安に駆られていた。

オルミアを実際に見たことがないツンにとって、敵としての対象こそあれど、その姿かたちは実際ぼやけている。
ツンが思い出せるのは、やはりエルの姿くらいだ。
だから、オルミアの事で敏感になってしまうのは必然なのかもしれない。

「発つ鳥後を濁さずという。オルミアもそこまで浅はかじゃないさ」

ショボの言葉で、場の空気はまた、少しだけ落ち着きを戻した。
そして当のショボも。何時の間に垂れてきたのか、冷や汗を拭い、ふうとため息をついてうなだれていた。
そんなショボを見て一呼吸おいた後、ブーンが重々しく口を開いた。

「あの……」

ショボがうなだれて、少しだけ静寂が戻った部屋だった。
ブーンの声はよく通り、全員がその方向を見る。
6 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:12:11.60 ID:CAks6kf30
「どうしたんだ? 何か気になることでも?」

うなだれていたショボが目線だけを上に上げ、こちらをじっと見る。

「気になること……っていえば、気になりまくることだお。
 でも、信憑性が……一概にあるとはいえなくて……」

「言ってみろよ。いわねえよりマシだろ」

場の空気は重かった。
ドクオは少し苛立っているのか、言葉をかけた後、申し訳なさそうに俯いた。

「うん。昨日の夜の話だお。
 ツン、君は昨晩、宿をでたおね?」

「え? ええ」

クーを説得し、仲間にすることの承諾をみんなに得るとき、昨晩の話をツンはしていた。
だから、全員がそれを知っているのは至極当然で、ブーンが言ったのは一応の確認のためであった。

「その時、不審な人物を見なかったかお?
 ローブを深く羽織っていて、背格好は高かった……」

「…………知らないわ」

いったん間をおいてツンは何かを思い出すような仕草を見せたが、やがて首を横に振った。
だがしかし、だ。そのツンの横にいるクーがハッとしたように目を見開き、ブーンに向けて突然言葉を放ったのだ。

8 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:13:27.99 ID:CAks6kf30
「もしかしてその人物……左手に杖を持っていたか?」
「!! そうだお!」

ブーンの目が同じように見開かれる。
ブーンとクーの緊張した表情、何かあるのだと他の三人も二人から目をはずさなかった。

「僕は昨日の晩、トイレに行っていたお。
 そしたらツンが宿から出て行くのが見えて、用をたしてから後を追ったお。
 でも見失っちゃって。それで港のほうで呆けていたら、その男を見たんだお」

「ブーンよ、何時ごろだ?」

「午前1時だお」

「私がそいつを見たのは午後11時だ。
 町広場の時計塔の前で見たんだ。間違いない」

その言葉を聴くなり、全員が妙な面持ちになった。
その疑問を、ドクオがぶつける。

「おかしくないか? そいつは二時間も町の中をふらふらしてたってのか? それも夜遅く」

「確かにおかしいわね。マドリアドは夜中の治安が悪いことで有名なのよ?」

「……で? その人物がどうかしたのかい?」

ショボの言葉には、だからどうしたという雰囲気が込められていたようにブーンは感じた。
だから、手っ取り早く本題を話すことにしたようで、立ち上がって、全員を見回すと、


9 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:14:36.95 ID:CAks6kf30
「その人物の顔に見覚えがあった。
 ミルナ=アンデルハイン。その人だったお」



ツンとドクオ以外の三人に、戦慄が奔った。
ありえない名前なのだ。ミルナ=アンデルハインとは。
絶対に。そう、絶対に。何故なら。

「有り得るか! ミルナ様は他界しているんだぞ!?」

他界している。
二年前、オルミアの毒牙にかかって殺されているのだ。
ショボに至っては、その現場まで見ているし、ブーンもクーも葬式で遺体は見ている。
だのにブーンは、真っ直ぐな瞳でそんな馬鹿げたことを言うのだ。


10 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:15:48.94 ID:CAks6kf30
「やはり……そうか。私も、そんな感じがしていたんだ。
 雰囲気、背の高さ、そして何より………あの杖………」

「おい! クーも何を言ってるんだ! ミルナ様は死んでいるんだよ!?」

ショボが困惑した顔で、少しだけ怒鳴る。
それはリスボン崩壊のときの表情とこの上なく似ていた。
ツンが一瞬だけ身震いし、だがしかしブーンとクーはその表情を変えない。
ドクオに至っては、唖然としていた。

「信憑性がないのは確かだお。
 でも。僕は街灯の明かりで見たんだ。間違いなくミルナ様の顔だった。
 そして。その手に持っていた杖。あの鷲の彫刻は間違いなくミルナ様のもの」

「鷲の彫刻……!」

神官の杖というのは、一般的に杖の頭に女神の胸像を彫り、宝玉を埋め込むものである。
だが、ミルナだけはどうしてか鷲の彫刻を彫り、そこに宝玉を埋めて使っていた。

だが、その杖も遺体と一緒に焼いてしまったはずなのだ。
この世にある筈がない。

12 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:17:00.70 ID:CAks6kf30
「偽者だ! いるはずがない! 
 そんなはずがあるもんか! 遺体は確かに焼いたはずなんだ! 焼いた………はず………?」

そしてショボは。最悪の可能性に辿り着いてしまった。
これは、雅の術をオルミアが得意だとしているショボだから考えられた仮説。
そして恐らく、間違っていない。だからショボの表情は突然青ざめてしまい、目の焦点は定まらず、歯をがたがたと震わせるようになってしまった。

「ショ、ショボ?」

「あ……そんな……ありえない……」

ブーンが心配して声をかけるが、ショボは相変わらず呆然としている。
そんなショボの前に、ぬうっとドクオが立ちふさがる。

「俺が説明するよ。部外者の俺が、不思議だろ?
 そういえば退魔銀の剣を受け取るときにさ、水の精霊から聞いたんだよ。
 多分、今ショボが考えているであろう事と同じ事に辿り着けるようなことをさ。
 俺もミルナって人が死んだって言うのは何回も聞いていたから……この仮説に至った」

「ドクオ……」

全員が生唾を飲み、ドクオを見た。
ショボはその後ろで座り込み、深く考えるようにして座っている。
オルミアの事を憎み、そしてミルナの事を人一倍尊敬している彼だからなんだ。
と、ドクオは最初に補足して、喋り始めた。
14 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:18:35.81 ID:CAks6kf30
「ミルナ=アンデルハイン。神官だな。
 自分がオルミアに殺されるのを予測していたようだ。
 紅の森の湖に水の精霊……ホムンクルスを配置し、自分の宝である退魔銀の剣を守らせていた
 あ、ホムンクルスって言うのは術力で作る自分の媒体みたいなものらしいぜ」

「オルミアに殺されるのを予測していた? 何年前の話だと思っているんだ?
 それに何故、何も対策を……オルミアの正体を知っていたなら、院生への配慮も出来たはずだ」

「まあ聞いててくれよ」

割って入ってきたクーを煽てるかのように黙らせ、ドクオはなおも続ける。

「で、そのホムンクルスが言うにはだな。
 オルミアは雅の術が得意だと。雅というのは、相手を操る術のことだ。
 だが、生きた者は操れない。だから、死んだものを操る。
 で、ミルナを殺したのはオルミア。その目的が地位的なものでないとすると……?」

ドクオが口元を吊り上げながら、しかしその目は笑ってはおらず、言葉にしがたい表情で言う。
ブーンの表情もまた、ドクオには似つかないが、ショボの様に青ざめてしまっていた。

「僕は……遺体を……燃やされたところを……」

思い出すのはミルナの葬儀。
世話になった院生は、全員がその遺体の顔を見、焼香をつみ、帰るという単純なものであった。
実際に火葬された所を見た生徒はいない。
遺品の杖も、棺とともに納められているところしか見ていない。

15 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:19:47.71 ID:CAks6kf30
なら、考えられる事態は? 一つしかない。今度はクーも、顔色を悪くした。

「馬鹿な……オルミアが、二年もミルナ様を操っているとでも言うのか……?」

「それしか考えられん。
 オルミアはミルナに次ぐ優秀な者だったと俺は聞いている。
 ならば、地位のためにそんな不正を働くとは考えにくい。ミルナは年配だったのだろう?
 では、何のために殺したのか? さて、ここで俺は一つの考えにぶち当たった」

ドクオは手に持っていた退魔銀の剣をブーンに突きつけ、続ける。

「これ、さ。
 オルミアはヴァンパイアだ。退魔銀の存在に困る。
 で、オルミアは気づいてたか知らんが、ミルナはやつがヴァンパイアだということを知っていた。
 さて、ここで邪魔になるのが…」

「退魔銀の剣、ね……」

ツンもまた、懐から退魔銀の杖を取り出し、その銀色に輝く宝玉を眺めながらつぶやく。

「二年前にミルナ様は死んだ。退魔銀が恐らくその目的。
 そして私の母は十年前に殺されているわ。その真の目的は、退魔銀だったのかしら」

「それも否定は出来ない……。
 それに、これは十年前から魔術士とヴァンパイアとに接点があった何よりの証拠だ」

クーが渋い表情で俯いた。

16 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:21:09.51 ID:CAks6kf30



あまりにも話題が飛躍しすぎた所為か、全員の頭は混乱し、談義は一時中断となった。

ドクオは頭を冷やすといって外へ出て行ったし、ツンとクーはそれぞれ寝室へ行った。
残ったのはブーンとショボだけで、二人は何も話さずに呆けていた。

「ねえ、ブーン」

そんな静寂も、ショボの突然の声で打ち破られた。

「なんだお?」

「どう思う、あの仮説は」

ショボも落ち着いたようで、しっかりと目を見ながら話をしてきた。
ブーンは一息つくと、同じように目を見ながら、

「真実に近いと思うお。それしか、考えられる事態はない。
 現に僕らはミルナ様が焼かれるところを見ていないわけだし……オルミアなら情報操作も可能だお」

「………だよね。参ったな、もう」

ショボは右手で両の目を覆い隠し、大きくため息をつくと、やがてソファに仰向けに寝転がった。
それきり二人は何も言葉を発さなくなり、また静寂が訪れたのであった。

17 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:22:12.71 ID:CAks6kf30
やがて、時間が発ち、それぞれが部屋に戻ってくる。
全員の顔がそろったとき、ショボはうなだれていた体を起こし、神妙な顔でこう言った。


「これから行動する部隊を二つに分けようと思う」


ショボの突然の提案に一瞬は全員が驚いていたが、すぐに表情を戻し、うなずいた。
その真意は分かりきっている。オルミアを追う部隊と、ミルナを追う部隊だ。
ミルナがこの町を昨日移動していたとなると、少なくともまだ近くにいる可能性が高い。

対して、オルミアは間違いなくオズヴァにいる。
これは身内のジョルジュの証言もあったから絶対である。

双方から攻め、何とかする。
これが今考えられる、最善の策であった。

「退魔銀を持つドクオとツンは、必然的に別れることになるよ。
 ドクオはミルナを、ツンはオルミアの方に行ってもらって良いかい?」

「了解」

「わかったわ」

ツンとドクオがうなずく。
ショボはそれを見、今度はブーンとクーを見る。

18 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:23:28.61 ID:CAks6kf30
「ブーンもミルナの方へ行ってくれ。君は彼とゆかりが深い。
 そしてクー、君はオルミアの方へ行ってもらう。良いかい?」

「おkだお」

「把握した」

「そして最後に僕。
 ドクオには悪いけど、僕はオズヴァへオルミアを倒しに行く。
 なに、ブーンも最近は術の質がよくなってきている。心配することないさ」

「おkおk。
 どう考えてもオズヴァの方が敵兵は多そうだ。
 俺とブーンは、ミルナの事も分かる。任せておけ」

ドクオが胸を張っていっていたが、その後ろでブーンはげんなりしていた。
まだ自分の術力に自身が持てていない。またドクオの足手まといになるのでは。
そんな考えからだったが、そんなブーンを見る者は誰もいなかった。



「では、すぐにでも出発しよう。
 この先、双方で連絡が取れなくなる。とりあえず二十日後、またここに集合しよう」

「おk!!」



第九話:完

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