4 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:27:59.54 ID:lhUfmMmh0
第七話「過去の思惑」

ヴァンパイアの集うというオズヴァ。
そこは一概にトリーシアの東と表現できるが、実際はその間に多くの山々を挟んでいる。
旅人がもしトリーシアからオズヴァへ行こうとするなら、まずこの山間を越えるものはいない。
山の標高が高く、険しく、まさに命を賭けねば行けぬような道であるからだ。
登山者にとっても最高難易度のコースとされているこの山々は、ラウンジ山脈と呼ばれている。

では、旅人はどうやってオズヴァへ行くのか。
それは簡単。先ずトリーシアを北上し、リスボンへ。
次にリスボンを東に経由し、マドリアドに。
最後にマドリアドを南下して数日歩けば、オズヴァに到着といった感じである。

現在ブーンたちがいるのがリスボンなわけであるから、ここからはマドリアドへと向かうことになる。
一通り荷物の整理を終えたブーンたちは、今まさにマドリアドへと足を向けていた。
















5 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:29:41.24 ID:lhUfmMmh0
「いい天気だな」

ドクオが空を見上げながら言った。
平原を歩く四人の頭上には、確かにさんさんと輝く太陽、雲ひとつない空があった。

「マドリアドは気候が良いからね。農作物の産地ってほとんどここなんだよ」

ショボが付け足すように言った。

「へえ。マドリアドって豊かなんだな」
「そりゃまあ、リスボンに比べればね。帝都にも近いし、軍備も凄く充実してるんだ」
「じゃあやっぱり、僕らのいた修道院はしょぼしょぼだったのかお…」

他愛もなく笑う三人。
哀願に満ちた先刻までの…リスボン崩壊。
ジョルジュの死、退魔銀の事……それらを思わせないように、明るく振舞っていた。

その中でも、ツンだけは進んで会話に入ろうとはしなかった。
一人だけドクオの述べた青空を見上げ、とぼとぼと歩いている。

「おーい、ツン。お前もこっち来て話そうぜ」

ドクオの言葉に、ツンは一瞬間おいてから振り向いた。
顔色はリスボン崩壊直後のように青ざめてはいないものの、やはりそこまで優れているとは言いがたいものだ。

「……………」

ツンは何かを言おうと口ごもったのだが、それは口元から出ることなく喉に飲み込まれた。
その様子を見、ショボがドクオのわきから顔を出す。

6 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:31:22.10 ID:lhUfmMmh0
「リスボン崩壊は仕方のないことだ。君が責任を感じることでは……」

ショボの言葉を聞いたツンの口元がゆがむ。
キッとしたその表情はやがて穏やかになったが、また俯く。
これは感情に任せて攻めすぎたかと、ショボはリスボンが崩壊した頃を思い出した。

「あの時君を攻めすぎたのは済まなかったと思っている…。
 謝って許してもらえるとも思ってはいない。気にしていないといえば嘘ではあるが、やはり君が負い目を背負うことではない」
「それは、本心なの?」

俯く顔を上げ、ツンがショボをまっすぐ見ていた。
その表情は日差しに当てられ、眩しくてよく見えなかった。

「本心だ。二言はない」
「そう…」

ショボのきっぱりとした発言を聞いた後、ツンは両の手で顔をごしごしと擦る。
そして目をぱっと開くと、先ほどとは少し違った、明るい表情になった。

「オズヴァへ行って、ヴァンパイアを倒すんでしょう?」

ツンがショボに訪ねる。
ショボは一瞬きょとんとしていたが、すぐに落ち着き、微笑した。

7 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:33:15.67 ID:lhUfmMmh0
「ああ。オルミアもそこにいる」
「なら…退魔銀を持つ私の協力が不可欠なのよね」
「そういう事だ」
「じゃあ………仕方ないわね」

ツンが小走りをして、歩く三人の少し前に立ち、見向き、

「私はツン。リスボンの道具屋の娘です。よろしく」

と、一礼した。

ショボ以外の二人は少々戸惑い気味ではあったが、やがて同じく笑みを返すと、挨拶をした。





8 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:34:56.85 ID:lhUfmMmh0
「そういえば、ツン」
「何?」

しばらく歩いた後、突然ドクオがツンに話しかけた。
ドクオは女性慣れしていないらしく、顔を赤面させていた。

「そ、そのさ。何でツンは教会の術士でもないのに術を使えるんだ?」

ショボとブーンもハッとした。
確かにそれは自分も思っていた疑問なのであった。

そもそも、術士というのは術の才能があるものだけがなれる。
生まれたときにその才能は定められていて、それが無いものはいくら努力しようと術士にはなれない。
術力には個人差があるが、それも鍛錬すればどうにかなるもので。

教会の人間でもないツンが退魔銀の杖を持っていること、強大な術力を持つこと。
そして術自体を使えることには、暗愚な事だと思う人間が多いのは無理の無いことであった。

「そうね……。これは、数年前の話になるかしら…」

ツンは瞼を閉じると、ゆっくりと語りだした。

9 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:36:42.78 ID:lhUfmMmh0
リスボンの道具屋の娘として物心がつき、その使命感から逃げ出そうとした頃。
もっといえば、父親がオズを養子にした頃のことであった。

寒さの続く真冬で、その日は父がたくさん持ってきた薪で、暖炉を焚いていた。
何せ外には雪も降っていて、とてもではないが外に出られるはずもない。
客足もめっきりと減ってしまって、ツンはオズの面倒を見ながら呆けていた。

オズはこの頃年、端もいかない幼子だった。
養子、である故にツンとオズの年齢はだいぶ離れている。その差、十。
ツンが十三で、オズはまだ三歳であった。

父親は一応、と言うことでカウンターに立ち、客を待っている。
もちろん、寒さの所為で一時間に一人、二人来るくらいであったが。
母はいない。数年前……オズが恐らく生まれたころであろうか、亡き人となった。

ツンの母の死は、事故として処理されている。
死因は体を炎で焼かれたことによる焼死。冬のリスボンの裏路地で、火達磨となっていたそうだ。
事件が起こった日も、今のような真冬の日だった。

だから、炎を使う作業も必然となる。焼死という事を誰も疑わなかった。
だが、何かがおかしかったのをツンは覚えている。

そもそも冬場に、焼死なんてことは滅多にない。
紅蓮の身を燃やす薪は鉄柵とにしきりにあり、暖炉の炎で死ぬと言うのは、煙突から落下し、その身を焦がすか。
道端で焚き木をしていた浮浪者にもらい火をして、火達磨となって死んだと言う可能性も否定は出来ないが、ありえない。
第一に、殺された場所が裏路地という人気のない場所であった事から鑑みて、殺人事件と見ることが当然だった。

だが、証拠も何もなかった。
ツンの父親も、ツンも諦めるしかなかったのだ。

10 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:38:23.78 ID:lhUfmMmh0
「……………ふう」

窓辺を見るツンの瞳には、あの日の光景がやはりあった。
結局、検死されるために搬送された母が戻ってきた時に、やっと死に顔を見られたのだ。

酷いものであった。
本人かどうか、ツンでさえわからなかった。
真っ黒にこげたその全身からは、未だにきな臭さが漂い、鼻腔を刺激していたことは、ツンにとって忘れられないトラウマだ。

やがて成長したツンは、可能性を手当たり次第に探した。
そして、辿り着いた仮説がある。
その頃はちょうどリスボンが教会で発展してきた頃で……ツンもそれに興味を抱いていた頃である。
教会には術士がいる。特殊な術(火炎、冷気、雷撃)を操り、他人の体を治癒する術を操る者。
その力は人々の位に役立てられていたが、逆に言えばその術を悪用できるものもいる。

しかし、いくら術力をもっていたとしても、術を開花させることは難だ。
詠唱、魔方陣、定理等、様々な方程式を組み合わせた上で、術は成る。
だから教会でそれを学ばぬ術士は、術力があったとしても術を使うことは不可能である。

だが、もちろん例外もいる。


11 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:40:04.79 ID:lhUfmMmh0
一派的に存在する、教会の術士(聖術士と称する)と対を成す、魔術士。
魔術士は元、聖術士を破門された者の成りはてで、術力のある人間を捜しては、己が道に引きずり込もうとしている。
その目的はもちろん、教会の殲滅。

が、教会は実際、政治的権力なども大きいため、魔術士というグループは実際表に名が出てきたこともないし、知名度もない。
術力を持つものは早いうちに教会の巡回者がそれを見抜き、魔術士に取られぬうちに教会へと連れ込む。
それが故、魔術士の数は極端に少ない。恐らく、両の指で数えられるほどしかいない。

ツンはそこで悩んだ。
何故、そんな少数派が、教会の術士でもない自分の母親を殺したのか。
明確な理由を思いつけない。分からない。

だが、この頃から。ツンは術士を恨めしく思うようになっていった。
元、炎が怖かった。母を亡くした悲しみを、誰かにぶつけたかった。
だから、その可能性がある……術士全てを恨んだ。ツンの家に教会の巡回者が来たときにも、ツンは居留守でやり過ごしていた。

「何を考えてるのかしら、私」

自分にじゃれてくるオズを身ながら、ふと思った。
オズは無邪気だ。何も知らない。
だから将来、オズが教会の術士となることは……嫌だった。
そんな内心でツンはオズが道具屋を継ぐことに関しては賛成だった。


12 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:42:03.02 ID:lhUfmMmh0
「さあ、オズ。そろそろお昼寝の時間よ」
「あー?」

ツンは椅子から重い腰を上げると、オズを抱いて寝室へ行く。
やがてオズを眠りにつかせると、カウンターの父親のところへ向かった。

父親はちょうど、客足が途絶えたために店を閉めていたところであった。

「ツンか。オズは?」
「寝かせた。もう店は閉めちゃうの?」
「ああ。この雪じゃあ、もう客は来ないさ」

父親は「CLOSED」と書かれた看板を玄関に張り、戸の鍵を閉めた。
一瞬だけ外から吹き込んだ風が、とても冷たかった。

「………ツン」
「なに?」

父親が眺めるように、遠い目で自分の姿を見てきた。
そのいつもと違った不自然な態度に、ツンは妙な違和感を覚えた。

「母さんが死んだこと、覚えてるな」
「!」

先ほど、外の雪を見て母の死を考えていた。
ツンは思わずぎくりとする。
14 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:43:49.12 ID:lhUfmMmh0
「お前も分かっているとは思う。母さんは事故じゃなく、殺されたんだ」

はっきりと言い放った。何故、父親は。何を知っているのだろう。
その全ての考えが、父親の次の言葉で真っ白にされた。

「お前の母さんは。教会の術士だったんだ」
「え……?」

意識が呆けた。
自分が忌むべき対象……としていた教会の術士。母親がそれであった?
ツンの心に葛藤が現れた。

「だが母さんは普通の術士じゃない。数年前、教会から破門されている」
「そ……それって……!!」

魔術士。
その言葉が不意にツンの頭の中でぐるぐると回りだし、ツンは吐き気を覚えた。
独学で調べ、辿り着いたことだ。母を殺したかもしれない組織の名前だ。

しかし、教会を破門された者全てが魔術師ではない。ツンは心を落ち着かせようとした。
だのに、

「そして、母さんは、魔術士という組織と関わりがあったらしい」
「そん…………な……」

ツンは目の前が真っ白になるのを感じた。
母が魔術士? 何故? いったい何故!!
そももそも何故母は教会を破門された? 何故父はそのことを知っている?
ならば何故あの事故と言う結果を、素直に受け止めたのだ?
ツンは頭の中に浮かんだことを、乱暴な態度で全て父に尋ねた。

15 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:45:28.85 ID:lhUfmMmh0
父は、おっとりとした顔で話し始めた。


母は父と出会う前、教会の術士だった。
とても優秀で、偉大だったらしい。地位も大神官。
何より特筆すべきはその術力。地方の教会では、誰にも負けぬほどの術の使い手だったらしい。

だが、ある日事件がおきる。
母の生徒がとあることで口論となり、喧嘩をした。
生徒たちに呼ばれ、すぐに母は駆けつける。
その頃には喧嘩も激化し、なんと術同士をぶつける戦いに成っていた。
術は危険だ。もちろん直撃すれば、死の危険も有り得る。

だから威嚇をしようとした。
二人の間の床に、強烈な雷撃の呪文を浴びせようとした。

威嚇は成功した。二人の間には大きな雷撃が落ち、二人の動きは止まった。

その瞬間、周りにいる全ての人間が。
母は威嚇ではなく、二人を止めるには殺すしかないと判断し、雷撃を放ったのだと。
そう、無茶苦茶な発言をしてきた。母は何がなんだか分からず、立ち尽くしていたと言う。

全員、グルだったのだ。
母の術力を恨む他の神官が、生徒を買収し、母に問題を起こさせた。
母は量刑裁判にかけられ、術士を破門されることでその責任を負った。

それから放心して各地を彷徨った母は、偶然リスボンで倒れ……父に救助される。
それが母と父の出会いだった。


16 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:47:15.37 ID:lhUfmMmh0
母がリスボンで暮らしてから数年、突然母の元に不気味な人物が現れるようになったと言う。
黒ずくめのフードに身を覆った、何人かの人間。
しつこく母にせがむ様に何かを言うのだが、母はそれを拒否する。
そうすると男は一瞬のうちにどこかへ消えた。遠くから見ていた父は、それが術士であると確信していたと言う。


「今思うと、私は馬鹿だった。その時、デレにあのことを問い詰めておくんだった…」

地下への階段を下りながら、父はつぶやいた。
こぶしをぎゅっと握り、歯を食いしばりながら。

「………過ぎたことよ。それより、うちにこんな地下室があったなんて」

ツンたちは今、地下室へ向かっている。
父が母の事を知った理由、それはこの地下室で母の遺書を見つけたからだと言う。
その中には、ツンに当てたものもあるという。だが、父はなぜかどうしてそれを開けられなかった。

いつかツンも連れて行かねばならない。
今日を選んだのは、あの時と同じ雪の日であること、ツンが成長したこと、そして何より。
かつての事件と、ちょうど同じ日であるからだった。


17 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:48:58.20 ID:lhUfmMmh0
父はその黒ずくめを不審に思いながらも、教会から何か言付けを預かっているのだろう。
と、問い詰めはしなかった。

それからツンが生まれ、そして母は死んだ。

父が最初に母の死体を見たとき、これは術士の仕業なのではないかと直感的に思った。
母が破門されたことは知っていた。だから、それでも尚母を恨む術士が、母を殺したのではないかと。
だが、そこまでだった。証拠も何もなかった。

だから父は。母の手がかりをつかむために、教会のお守りを作り始めたのだ。
教会と内通し、その手がかりを得るために。


18 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:50:46.69 ID:lhUfmMmh0
「さあ、ここがその部屋だ」

地下へ続く螺旋階段を下り、古い木の扉の前に立つ。
父がそのきしむ扉を開けると、中にはなんとも簡素な、三つの箱があった。
どの箱も簡素な鉄の塊で作ってある。
鍵穴も見当たらない。だのに父は、真ん中にある自分宛の宝箱を開けられないと言うのか。

「信じられないのならば、私の箱を開けてみなさい」

向かって左にある箱が、父への箱だった。
箱の表面にそう彫られているのだから間違いない。
ツンがその取っ手を握ってみると、確かに開かなかった。

「何か強力な術がかけてあるようだ」
「そうみたいね」

ツンは向き直り、自分の箱に手をかける。
すると、いとも簡単にその箱は開き、中からは一枚の紙切れが出てきた。

「……なんと書いてある」

今までにないほど、父が目を炯々とさせて言う。
ツンは静かにその遺書を読んだ。

19 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:52:32.44 ID:lhUfmMmh0
『                                       ツンへ
 あなたがこの遺書を読んでいるのならば、私は死んでいますね。
 あなたには私の全てを話します。この部屋に貴女以外の者がいるのならば、追い出しなさい。』


そこまで読んで、ツンは父を部屋から追い出した。
父も、母からの命令なので素直に従った。



『カラマロス(ツンの父である)から聞きましたか?
 私は昔に教会を破門されました。
 それ以降、私を付けねらう黒い影がありました。
 それを魔術士といいます。私の術力を、悪に利用しようとする組織です。』

「……魔術士」

母が魔術師ではないことを知って安堵した。
話から推測すると、父の言っていた黒ずくめの男こそが魔術士だ。

『私が死んだと言うことは、次に狙われるのはあなたです。
 注意しなさい、ツン。貴女は私と同じほどの術力を持っています。
 いつになるか分かりませんが……貴女も確実に毒刃を向けられます。
 あなたに私の術の定理と、杖を差し上げましょう。どうか、自分の身を守ってください。
                                                    デレ』


20 : ◆X5HsMAMEOw :2007/03/10(土) 12:54:13.35 ID:lhUfmMmh0
ツンの頬を涙が伝っていた。
母に黒は何もなかった。悪いのは全て術士なのだ。
其の安堵による涙だった。
 
その後暫くして、ツンは一番右の箱……デレの遺品の入った箱を開けたのだ。


第七話:完

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