16 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 19:59:34.74 ID:VuC41SJj0
第六話「真紅の情緒」

マドリアドの手前、リスボンを少し北上した場所一体には森が広がっている。
リスボン、マドリアドと流れる聖河は森の中をそのまま続き、最後に帝都トリーシアに行ってまた広がる。
だが、マドリアドからトリーシアに行く際にこの森を通るものはいない。
この森の別名は真紅の森。まるで血のように染まった紅葉が、森を作っているのだ。
季節が秋を過ぎ、冬になろうともその葉は枯れ落ちる事はない。
一年中姿の変わらない、紅い森。誰一人として近づくものはいなかった。

伝説では、この森はトリーシャ時代の影響を受けた森だと言われている。
闇に覆われた世界で栄養分を失った木々は、死した人間の血を吸い、生き延びたと。
そして、血を吸った事により森の木は枯れず、紅く染まってしまったと言うのだ。
伝説に真偽があるものかは分からないが、兎にも角にもそんな不気味な森があると言うことだけは事実である。

その森に退魔銀の剣があると聞き、ショボとドクオはそこへ向っていた。


森へ行く前、ブーンが自分も連れて行けと言った
だが、ショボはそれを断った。
ブーンは勿論反抗したのだが、ツンを狙う刺客が来た時に守る者がいなくなると聞かせると、ブーンは黙った。
最近ではブーンは実戦経験を重ねた所為か、術力に向上の兆しが見えていた。
だからショボは、ブーンを足手まといとして置いたのではない。信頼して置いたのだ。
ブーンは自分に務まるだろうかと不安を募らせていたが、やがて自信を持ってそれを引き受けた。
ショボとドクオは、安心してリスボンの手前の街を出、マドリアドの近くにある森を目指した。

途中、リスボンを見た。
いや、リスボンだったものだ。
ショボが知っているような活気はなく、荒廃した唯の廃墟だった。
ドクオを外で待たせて、ショボは一人その廃墟に入って行った。

17 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 20:01:27.19 ID:VuC41SJj0
廃墟の中は瓦礫と灰と、死体でいっぱいだった。
既に固まっているが、血の水溜りであったろうものが何処を見てもあった。
建物に下敷きにされた人が潰れたのだろう。見ていて痛々しいものだと思ったが、ショボは特に何も感じなかった。
街の真ん中まで来ると、道具屋が目に入った。
本当なら、ここに来て旅は終わりだったのだろうか、とショボは思ったが、首を横に振った。

オルミアの目的は知っていた。
虚勢を張ったが、本当はミルナが殺される所をショボは目撃していたのだ。
ある夜、ショボがトイレに行こうと廊下を歩いていると、ぬうっと黒い影が立ち上がったのだ。
それは次第に大きくなり、何処かへ向おうとしていた。
ショボはひっそりと後を付けた。やがてその影はミルナの部屋へと消えて行った。
その直後、ミルナの短い悲鳴が一瞬だけ聞こえた。ショボは何が起こったのか分からず、震えていた。
影はそのままショボのことを気にせずに通り過ぎ、オルミアの部屋へと消えて行った。
ショボがこの事件から全てを悟ったのは、それから二年後だった。
二年後のその日、オルミアが講師の術の授業中。ショボは気付いた。
オルミアは雅の術を得意としていたのだ。それは、影だろうが虫だろうが、死人だろうが操った。
そしてミルナが死んだ後、神官となったのはオルミア。これでショボは理解した。
オルミアがミルナを殺した事を。

だが、同時に疑問にも思った。
オルミアは優秀だった。ミルナを殺さずとも、神官になるほどの実力は持っていた。
ならば、何か別の目的があったのではないか。ショボはそうして、探りを入れた。
そんなある時、ミルナに拾ってもらったと言う生徒、ブーンの存在を知る。
ショボは極秘で彼の部屋を調査する。そして、ミルナが書き上げたであろう退魔銀についてのレポートを発見した。
そこで退魔銀のことを知った。ヴァンパイアのことを知った。ミルナが求めていた退魔銀の剣の事も知った。
その日からショボはブーンに接するようになった。
レポートを写させてやったり、朝のお祈りの時間にたたき起こしたりしてやった。
その結果が、現在だ。見事にショボはミルナの目的を告ぎ、退魔銀を発掘する手前まで行った。

18 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 20:03:14.39 ID:VuC41SJj0
正直な所、ブーンが退魔銀の事を聞いているかどうかと訊ねたのは憶測だった。
ミルナほどの術師が拾った子供なのだ。何か、潜在的なものがあったに違いない。
いや。もしくは剣士として育て、退魔銀の剣を後継させる予定だったのかもしれない。
だから、保身の為にブーンには剣の在り処を言っているのだろうと。憶測は正解していた。
だが、得た情報は真紅の森の何処かにあるということだけ。だが、ショボはミルナの為に諦めなかった。

別に、ショボはミルナに恩があるわけではない。
ただ、父親がミルナと同期の神官で、昔に良くして貰った事があるだけだった。
その父はミルナよりも数年前に何処かで死んだ。殉職だったのかさえ分からない。
とにかく、それから家は貧しくなった。生活をする為にショボは働き、一家を助けた。
そんな時、ショボはトリーシャに縋ったのだ。神がいるものなら助けてくれと、祈った。
やがてショボは修道士になる事を決意する。ミルナが多少の金を免除してくれて、ショボは修道院にはいった。
だから、ショボはせめてミルナの遣り残した事をやりたい。唯、それだけだった。

廃墟を進み、実家の前まで来た。
ショボの家は、倒壊していた。すっかりその辺りは瓦礫で埋もれてしまっていて、母の生死も確認できない。
ショボは暫く下を向いていたが、やがて大空を見る。
鳥が一羽、飛んでいた。ショボはそいつをキッと睨みつけると、咆哮した。

19 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 20:04:04.66 ID:VuC41SJj0
「ヴァンパイア!! よく聞け!!
 僕はこれから退魔銀の剣を手に入れる! そしてお前たちを倒す!
 お前は僕からいろいろなものを奪いすぎたんだ! 家族も、尊敬する人も!!
 赦さないぞ! 絶対に赦さない! 復讐でもなんでもいい!! 僕はお前たちを倒す!!」

喉の、いや、腹の奥から叫んだ。
喉がひりひりと痛くなるほどの大声を出した。
やがてショボは力なくうな垂れ、廃墟に寝そべって空を見上げた。
先程の鳥は何回か旋回すると、やがて太陽の方へ消えていった。
後に残った日の光が、妙にまぶしかった。








20 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 20:05:52.58 ID:VuC41SJj0
やがて、二人は真紅の森へたどり着いた。
真紅の森という名だけあり、本当に目前が全て紅に染まっていた。
木の幹は茶だが、その葉は全て紅。地面に落ちる無数の落ち葉も紅。
その先の何処かに、求めている退魔銀の剣がある。
ジョルジュとショボは頷きあい、森の中に足を進めた。

だが、それを阻止する影が一つ。
ドクオとショボの目の前から、不意に現れた。

「ジョルジュ……」

ジョルジュだった。
相変わらず炯々とした紅い目はこちらを凝視している。
マントはとっていた。肩まで伸びる黒髪がそのせいか、妙に目立った。
腰に挿すのはあの時付けられた紅い剣。
ジョルジュの風貌は、あの時とあまり変わっていなかった。

「後を付けさせてもらった。そして、退魔銀の剣のことを知った」
「ご苦労様なこったな」

ドクオは腰から剣を抜いた。
戦闘態勢になったのはドクオだけではない。
ショボも青い宝玉のついた杖を構え、ジョルジュと対峙した。
ジョルジュの目はやはり憎悪の紅に染まっている。それは、リスボン崩壊を知ったショボの目と同じ。
ならばつまり、ジョルジュは過去の自分の幻影だ。

21 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 20:07:36.12 ID:VuC41SJj0
「お前たちがミアの使いだったと言う事も知っている。ミアには全て報告させてもらったよ。もう知っているんだろう、全て」
「ミア……オルミアの事か。まあね、知っているよ」
「なら話は早い。俺たちはヴァンパイアだ。伝説上の生き物と思っていたのかもしれないけどな。こうして存在しているんだから仕方ない」

ジョルジュが嘲り笑うのと同時に、ショボも苦笑した。
それが気に食わなかったのか、ジョルジュは渋い表情をして紅い剣を抜き放った。

「いいのかい? 僕は退魔銀を持っているよ?」
「所詮腕輪だ。当たらなければどうと言う事は無い。あの街で警戒せず、殺しておくべきだったな」
「全くだね。あの時、殺されるんじゃないかって冷や冷やしていたよ。
 君が相当警戒してくれたおかげで助かったよ。まあ、そのせいで君はここで斃れるんだけどね」

風が吹いた。
紅葉の落ち葉が空を舞い、ショボとジョルジュの髪をなびかせる。
二人はじっと対峙していた。石のように。鏡に映った姿のように。
どちらも動かない。唯一人、ドクオだけが場から取り残されていた。

「ドクオ」
「……なんだ」
「こいつは僕が引き受けるよ。君は退魔銀の剣を取りに行くんだ。
 君が退魔銀の剣を持って必ずここに戻ってくること、僕は信じてるからね」

ドクオは一瞬だけ困惑した。
ショボを一人残していいのか? 術士とヴァンパイアでは力の差が歴然としているのではないか?

だが、すぐに考え直した。
ヴァンパイアに止めを刺すには退魔銀が必要なのだ。
エルのときはツンの退魔銀の杖があったからいい。
だが、今の状況ではジョルジュを確実に倒せる武器が存在しない。
だからショボが時間を稼ぐ。それだけのことだ。

22 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 20:09:25.85 ID:VuC41SJj0
ドクオは何も言わずに森の奥へ駆け出した。
ジョルジュはそれをただ見ていた。追おうともしない。
やがてドクオは風と共に森の奥へ消える。後に残ったのは、ショボとジョルジュだけ。
ジョルジュの視線はドクオからショボに移り、また二人は対峙する。

……やがて、風が吹き。
一枚の紅い葉が、二人の間を舞い、そして散った。


瞬間、ジョルジュは動いていた。紅の剣が間髪をいれずにショボに向う。
だがショボは動揺せず、腰を引き、印を結ぶ。
次の瞬間、木々のツタが蠢く。そしてそれはショボを守る盾となり、ジョルジュの攻撃を確実にガードする。
だが、ジョルジュがツタを攻撃した瞬間、ツタは灰となった。
ツタは、一瞬のうちに燃え去ったのだ。それほど強い火の威力。
ショボは体勢を直し、間合いをあけた。

「炎使いか」
「ご名答。俺の剣は炎の剣。剣に触れれば火傷では済まないぞ」

周りは木々。
ジョルジュが剣を振るえば、この森を燃やし尽くす事も容易だ。
だが、それは自分の見も同時に危険に晒す事になる。
つまり、ジョルジュが使用する炎の範囲はかなり小さい。
迂闊に落ち葉など燃やさないように、炎を制御しているのだろう。
ならば、その好機を窺うしかない。

23 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 20:11:20.34 ID:VuC41SJj0
「行くぞ!」

ジョルジュが叫び、突進する。
だが、そこのにあったのはショボの虚像。
水鏡の作り出した虚像を、ジョルジュの剣が貫く。
炎の剣が水浸しとなるが、それによる鎮火を期待していたわけではない。
どうせ、すぐに蒸発させられるのがオチだ。だからショボは、チンポッポの時と全く同じ手を使うことにした。

そう、次に轟いたのは雷鳴。
ジョルジュの剣に向って、一直線に向い落ちた。
このまま剣に雷撃が当たれば、剣を通してジョルジュは体を内から焦がされるだろう。
ジョルジュは雷撃に気付いていた。だから、避ける事は容易だっただろう。

次の瞬間、目の前が発光する。
ジョルジュの剣に稲妻が落ちたのだ。
ジョルジュはその場に倒れ、体を麻痺させていた。
剣を持つ手に力が入らないのだろう、炎の剣はその場に落ちていた。
ジョルジュはそれを拾おうともせず、ただ不敵に笑っているだけだった。
ショボはそれを見て、不思議な感情がわいてきた。

「何故………避けなかった」

ショボは気付いていた。
ジョルジュがわざと雷撃に当たった事を。
それにドクオを追わなかった。ドクオが退魔銀の剣を携えて戻れば、確実にジョルジュはやられると言うのに。
ああ、そうか。ショボはハッと気付いて、ジョルジュを悲しい目で見つめた。

「死ぬ気……だったのか。お前……」
「…………………フフ」

24 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 20:13:11.32 ID:VuC41SJj0
ジョルジュの口元が動く。
ショボはすぐに麻痺を解く術をかけた。
もうジョルジュが襲ってこない事は分かっていた。何故か、それが分かっていた。
だが、快癒の術はかけない。ジョルジュにとって、この苦痛こそが今は幸せなのだろうと、理解していたから。

「エルは俺の恋人だった。俺はエルを信頼していた。だからミアがツンと言う女を処分しろと言った時、エルに任せてしまった。
 もしもあの時リスボンへツンを処分しにいったのが俺だったなら……未来は変わっていたのだろうな。俺が死んでいたのかもしれないけどな」
「エルは好戦的な性格だったのか」
「ああ。だから、リスボンもろとも壊しちまったんだな。俺だったら、ツンを暗殺するだけにとどめておいたがな」
「お前の言う事に、気に食わないが同意してやる」

紅い落ち葉が舞い散る中、二人は旧友のように笑っていた。
もはや戦意はお互いにない。ただ、今は胸のうちを空っぽにしてしまいたかった。
ジョルジュもショボも、お互いが似たようなもの同士だということに気付いていた。
だから胸に秘めた感情をぶつけられる。それが二人にとっての、今は最高の安堵となる。

「エルの後を追うのか?」
「そのつもりでお前らのところに来たんだ。ヴァンパイアは、退魔銀無しに死ぬ事はできん」
「オルミアを……怨んでいないのか?」

ジョルジュの口元が歪み、顔は下を向く。
拳を握り締めていた。目元には、微かだが涙が見えたような気もした。

「怨まないはずは無い。俺たちは所詮、ミアに操られていた人形に過ぎないのさ。
 エルが死んだと報告した時のミアのあの顔。何も感じてなどいなかった。ミアはそんな奴だ」
「分かるよ。オルミアがミルナ様を殺した次の日、アイツはとても普通だった。
 人の死ぬ事に何の躊躇いも持っちゃいないんだな。そしてそれを目撃した僕を殺そうとする事も、如何でも良い事だったんだろう」

25 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 20:15:13.09 ID:VuC41SJj0
少しだけ、静寂が空間を支配した。
風の音だけがひゅうひゅうと聞こえる。ドクオが戻ってくる様子はまだ無い。
やがて口を開いたのは、ショボの方だった。

「一緒に来る気はないか? 僕達はオルミアを倒しに行く」

ジョルジュは、すぐに首を横に振った。

「俺は罪を背負いすぎた。ミアの事はお前たちに任せて、エルと居たい」
「………そうか」

ショボは、ジョルジュを引きとめようとしなかった。
ジョルジュにとっての幸せは、痛みなのだ。それはジョルジュが特殊な性感の持ち主という意味ではない。
今まで自分の背負った罪の分だけ自分が痛む事で、ジョルジュはそれを無にしようとしているのだ。
そして最後は、自分の死でそれを償おうとしている。それはただ、極悪人を処刑するのと同じだけ。
だからショボは止めない。それがジョルジュにとっての幸せでもあり、世間の望む事でもあるのだろう。

「あの剣士が来たら、俺を殺すように言え。もし反抗するなら、お前が俺を殺せ」
「いいんだな? 本当に、それで」
「ああ」

ジョルジュの炯々とした瞳に、初めてショボは輝きを見た。
ああ、こいつはこんなに綺麗な瞳をしていたんだな。と、思ってしまうほどだった。

「ショボ。一つ警告する。ミアは退魔銀の剣を恐れてトリーシアの東、オズヴァに逃げた。
 オズヴァにはヴァンパイアの集まるギルドがある。と言っても、その数は少数だし、俺たちよりも弱いけどな」
「退魔銀の剣があれば、行けるか?」
「退魔銀の杖まであるなら尚更な。だが、ミアはとても強い。覚悟だけはしておけよ」
「ああ」
27 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 20:16:33.04 ID:VuC41SJj0
二人は、親指を立てて笑いあった。
その姿は、もはや戦友としか思えないほど、紅の森に美しく映えていた。
そしてそこに落ちている紅の剣を、ジョルジュはゆっくりと拾い、ショボに差し出した。

「俺の剣を持っていけ。唾に杖の先の宝玉をはめ込めば、炎の魔法の威力だけは格段に上がるはずだ。
 ヴァンパイアには、退魔銀だけでなく炎も効く。ミアの元に集う下級のヴァンパイアなら、俺の剣で倒せるだろう」
「そうか。お前だと思って持って行ってやるよ」
「光栄だな。さて、そろそろ時間のようだ」

ジョルジュの視線の先には、銀色に美しく輝く剣を持った男が此方へ向っている姿が見えた。
ドクオである。見慣れぬあの銀の剣こそが、退魔銀の剣なのだろう。
柄から唾まで青みを帯びていて、刀身は美しい銀。見るものを魅了するその姿は、神々しさを湛えていた。
やがてドクオが、ショボとジョルジュの間に立つ。
だが、戦意を喪失した二人を見て、ドクオは困惑してしまった。

「勝負はどうなったんだ?」

ドクオの問に笑って答えたのは、ジョルジュだった。

「俺が負けた。だからお前は俺を殺さなければならない。分かるな?」

ドクオは動揺した。
ここまで思い切りがいいとは。
それに、負けたといっても外相は殆ど見当たらない。
ショボが雷撃で内側から攻撃したのだろうと想像はつくが、それでいてもまだ戦闘が続行できそうなのに。

「いいのか? 本当に?」
「ああ、早くやれよ。でないと、決心が鈍っちまう。なあ、ショボ」
「……そうだな。ドクオ、早くそいつを逝かせてやれ」
30 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 20:18:03.13 ID:VuC41SJj0
ジョルジュも、ショボも泣いていた。
嗚咽など漏らさず、ただ天を見上げて涙を流していた。
ドクオはそこで悟った。ジョルジュが、エルの後を追おうとしていることを。
そして、ショボもそれを認めている。ジョルジュは、死ぬ気でここに来たという事か。

「なあ、ジョルジュ。最後にいいか?」
「なんだ?」

今正に剣を振り下ろそうとしたドクオを静止させたのは、ショボの震えた声だった。

「僕とお前さ。こんな形で出会わなかったら……」
「いい友達になれたかもな。残念だ」

ショボはジョルジュと逆の方を向いた。
そして、更に震える声で言葉を続けた。

「………向こうへ逝っても、仲良くな」
「分かったよ。じゃあな」

ショボが聞いたジョルジュの声は、それで最後だった。
後ろで、何かが消える音をはっきりと聞いた。
おそらくでもない。退魔銀の剣が、ジョルジュの体を消滅させたのだ。
32 名前: ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/17(日) 20:19:13.68 ID:VuC41SJj0
そのままショボは空を見上げた。
大空を、鳥が一匹飛んでいた。先程、リスボンで見たあの鳥に良く似ている気がした。

「なあ、ジョルジュ」

ショボはその鳥に向って手を伸ばした。
勿論、届きはしない。届きはしないが、必死の手を伸ばした。

「お前ももう……自由になれたのか?」

ショボは鳥に伸ばした手と逆の手でジョルジュの剣を握り、それを大空に突き出した。
既に時間は夕刻になっていて、夕日に映えて炎の剣は更に紅く染まっていた。
一面を全て紅が支配するその中、ショボの青い瞳だけが凛々と輝き、茜色の空の果てを見ていた。


第六話:完
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