- 32 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:02:35.50 ID:vh6HcH7A0
- 第弐話「最後の決戦」
「っ!」
廊下を駆け抜け、次の部屋に差し掛かったとき、ゆらりと一人の男が殺気を持った目でこちらを見るのが先頭を走っていたショボには見えた。
その両目には縦に真っ直ぐ伸びる古傷。
瞬きをし、男が目を閉じるたびにそれが十字に見える。その特徴は、ミルナがいっていたロマネスクと言う男に間違いない。
ショボは足を止め、ロマネスクと対峙する。
続く全員もその場に止まろうとするが、ショボはすぐに後ろを向き、
「ブーン、ドクオ! 二人は先へ行くんだ!
核をぶち壊せるのはその退魔銀の剣、そしてブーンの術力しかないんだ!」
ブーンとドクオは勿論、一瞬戸惑った顔をしてショボを見る。
そして二人とも次にクーの顔も見たが、クーも真剣なまなざしで二人に頷いて見せた。
「わかった。気をつけろよ」
「ドクオたちも!」
ドクオはショボとクーに言葉を残し、ブーンとともにロマネスクの後ろにある扉へ足を向ける。
それを阻止しようと走り出すロマネスク。だが、ロマネスクが進行することをショボとクーが許さない。
- 33 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:04:35.58 ID:vh6HcH7A0
- 「行くぞクー! 僕の制御を頼む!」
ショボの掛け声。
声は掠れている、ショボの身体は震えている。
恐怖ではない。武者震いだ。
ショボは目の前の出来事に感動し、これまで辿ってきた道のりに感動し。
ミルナの死を目撃したあの日から、ずっとこの時、この瞬間のために。
「おおぉぉおおおお!!」
ジョルジュの遺した炎が勢いよく燃え、業火は剣を溶かしそうなほどに熱い。
ロマネスクとドクオたちの間に炎は大きな壁を作り、その進行を許さない。
ミルナからロマネスクの事を聞いていたから対処が出来た。
普通の魔術士ならば、相対する水の術で打ち消すことが出来る。
だが、ロマネスクは自らの身体をヴァンパイアに改造しようとした術士。
不完全なヴァンパイアとなったロマネスクは、体術のレベルは凄いが、術を使用不可能になっている。
ならば、お得意の体術さえも潰してしまえばいい。ヴァンパイアも人も、炎が弱点だ。
- 34 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:05:59.15 ID:vh6HcH7A0
- 「私も全力を尽くそう……。
これがトリーシャ様に対する私の純粋な思いだ!」
その炎を巻き上げる風は、クーの術だ。
舞い散る酸素の流れが炎の勢いを絶やさず、風がそれの威力を増す。
真っ直ぐに燃えるショボの炎を、クールに制御する。見事な連携だった。
そのうち、ロマネスクを囲むようにクーが変形させたその炎の壁をロマネスクが無理にくぐろうとしたならば、身は即座に灰と化すだろう。
完全なる王手。
ロマネスクに逃げ道はなかった。
この円形の炎のドームの中で死を迎える。
それが彼の道であったが、実際は消耗戦であったりする。
「…………ッ」
汗を顔に浮かべ、息を切らすショボ。
あまりにも多すぎる質量の炎の術を、ずっと放出していなければならない。
ショボの術力が尽きる前にロマネスクが死ぬか、ブーンたちが核を倒すか。
どちらが先かは、誰にも分からない。
- 35 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:08:04.18 ID:vh6HcH7A0
扉を開くと、もう道は一本しかなかった。
豪華なシャンデリアが天井から視界を照らし、壁には肖像画がかかっているような廊下を必死に駆け抜け、やがて見えた扉を勢いよく開ける。
「ここが……?」
ドクオが声を漏らす。
目前に広がる光景は、先ほどの荘厳な飾り気ある部屋とは打って変わっていた。
部屋全体は暗く、じめじめとしていて、どこからか隙間風が入っているのだろうか、肌寒い。
部屋の壁の辺りには、不気味な水溶液の入ったカプセルが立ち並び、横には何かを動かすような機械も見える。
そんな部屋の中で、唯一光を放つ物体が、部屋の中心にあった。
遠くから見ても分かる。大きなカプセルに包まれた、薄青い培養液のようなものの中に、人間が一人。
二人は呼吸を整え、その物体に近づいた。
「こいつが核ってわけか」
ドクオが剣を抜きながら言う。
どういうわけか、オルミアもいない。ここで核を壊せば、全てが終わる。
だが、現実はやはり甘くは無かった。
「壊させはしない」
声にハッとすれば、次の瞬間二人の目の前には、ローブを着た見知った顔をした女が立っていて、呆ける二人を即座に殴り飛ばした。
- 37 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:09:40.71 ID:vh6HcH7A0
- 「ぐぁっ!」
二人とも力の方向に飛ばされ、扉の辺りの壁に背中から叩きつけられる。
痛みが全身を覆ったが、ブーンが即座に快癒をかけ、即座に立ち上がり、戦闘体制をとることは出来た。
「不意打ちとは卑怯な。あんたがオルミアか」
ドクオが剣を構え、オルミアと対峙しつつ言う。
ドクオはオルミアを見たことがなく、どんな女なのかと思っていたが、目の前にいるのはローブを羽織、美しい顔立ちをした女性。
とてもヴァンパイアには見えないが、先ほど自分を殴り飛ばした痛みがまだ身体にある。
「人は見かけによらんな」
短くはき捨てたドクオに、オルミアは微笑みかける。
だがその微笑みは、悪意のこもった。ブーンとドクオは、身震いした。
「あなた達と無駄話をするつもりは無いわ。核を壊すつもりなら、即座に殺させてもらう」
やはりあれが核であったか。
と、納得したドクオだが、今度はそれ以上に目の前の人間に注意を引かれる。
なんと、オルミアの虹彩が紅く染まり、両の手が黒く変色し、その先から鋭利な長い爪が姿を現したのだ。
そして次には、ブチリと繊維の切れる音がしたと同時に、オルミアの背中から紫色の翼が生えてきたではないか。
- 38 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:10:17.91 ID:vh6HcH7A0
- 「これが……ヴァンパイア……」
ブーンとドクオは、その姿に妙に見覚えがあった。
あの町で戦ったエル。エルと酷似している。当たり前だ、ヴァンパイアだもの。
だが、そのエルとは決定的に違う点があった。
顔の形ではない。オルミアの肌は、いつの間にかその全てが真っ黒な何かで覆われていた。
こちらも見覚えがある。あの時洞窟で戦った山賊、チンポッポに酷似している。
あの時はどうにか助かったが、チンポッポの肌は何物よりも硬く、何者をも受け付けなかったと覚えている。
やはりチンポッポはオルミアの刺客であったか。納得すると同時に、ブーンもドクオも焦慮の色が顔面に浮かんだ。
「さあ。楽に死なせてあげましょう」
やがて真っ黒な身体に紫色の翼、鋭い銀の爪を持った怪物がくぐもった声を発した。
ドクオもブーンもそれぞれ武器を握る手に力を込める。
- 39 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:11:52.77 ID:vh6HcH7A0
- (さて)
ドクオが一瞬のうちに戦い方を考慮する。
オルミアとドクオの距離は遠くはない。
部屋自体があまり広くない分、間合いの距離のつかみ方が難しかった。
それに何より天井が低いため、オルミアの翼は攻撃回避と言う点ではあまり役に立たないが、地形を無視しし、それなりの速度を持って戦われることは厄介であった。
(どうしたもんか)
円形の部屋の中心に、最強のヴァンパイアの核がある。
自分達の目的はそれの破壊、だがオルミアの目的はそれの保護だ。
戦で大将を打てば勝利となるように、オルミアを倒さずとも、核を潰せばその時点で自分達の勝利。
だが、オルミアもそれだけは死守してくるだろう。
その逆を突く。
ドクオの考え出した結論はそれだった。
「うし、ブーン! サポート頼む!」
「おk!」
ドクオは短くいうと、次の瞬間には動き出していた。
ブーンも同時に、オルミアとは距離を取り、術での迎撃、補助が出来る体制をとる。
「無駄なことを」
すぐにオルミアも小さく旋回し、ドクオへと向かう。
が、オルミアも馬鹿ではない。
ドクオの目線が核に向いていることに気づいたオルミアは、ドクオと核の直線状に素早く回り込み、鋭利な爪でドクオの肌を切り裂こうとする。
- 41 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:13:19.52 ID:vh6HcH7A0
- だがしかし、ドクオは一流の剣士。
並ならぬ反射神経を駆使し、退魔銀の剣で攻撃を受け流し、そのまま寝かせた剣を返しての一撃。
横にしたVの字の如くうねった剣は、だがやはりオルミアの腕によって止められていた。
「ぐ……!」
退魔銀の剣をもってしても灰にならない。
一撃浴びせてみて、やっと実感した恐怖だ。本当に無敵な研究していたのかよ。
加えて、ドクオの力にびくともしない皮膚。
この感覚に、ドクオは覚えがある。チンポッポと戦ったときの感覚だ。
ドクオの脳に蘇るあの時の光景。
あの時自分は気絶し、ブーンに聞いた話では、チンポッポはやがて自分の身を崩してしまった。
でも、その時のようにいかないのは、ドクオも十分承知している。
どうするか。このまま鍔迫り合いを続けても意味はない。
その時だった。ドクオの後方から迫り来る一筋の雷光が彼の目前まで出てきたのは。
「!!」
- 42 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:14:42.10 ID:vh6HcH7A0
- オルミアもドクオも、同時に間合いを開けるが、電撃の筋はオルミアへの進撃を止めることがない。
言わずもがな、ブーンの後方支援だった。
ブーンは何も考えずにその雷撃を打ったのだろうが、ドクオの頭にはそれの所為で一つの策がフラッシュバックしていた。
「ブーン。もう一度雷撃を、お前の全身全霊を込めて頼む」
オルミアが雷撃をたやすくその右手で受け止めたとき、ドクオはオルミアに聞こえないように、ブーンに小さな声で言った。
ブーンもいちいち理由を問うことはしない。唯うなずき、もう一度詠唱に入る。
「小癪なことを」
詠唱をするブーンを見つけ、オルミアがそちらへ向かう。
「阿呆が! ブーンにかまってる暇あんの?」
だがしかし、ドクオはブーンを庇おうとはしない。
あくまで目的はオルミアを倒すことではない。核を潰すこと。
ドクオが剣先を向けたのは、オルミアが何としても守りたい核。
オルミアもそれに気づくなり、すぐに舌打ちをしてドクオの前方にすぐ追いつく。
今にも核のカプセルを突き刺しそうなところまで来ていたドクオの剣は、オルミアが突き出してきた爪によって受け止められるはずだったのだが、ドクオはオルミアが自分を追い越した瞬間に身体ごと軌道を変える。
オルミアはその様相外の動作に動揺し、一瞬だけ身を止めてしまう。
- 43 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:16:12.53 ID:vh6HcH7A0
- 「今だ!!」
ドクオはそのまま、走った勢いとともに向かいの壁を蹴り、円形の部屋の壁を添う形で飛び、同時に剣の遠心力を最大限に駆使し、寝かせたまま振りぬく。
剣は、壁際に設置されていた、水溶液が満タンに入ったカプセルを次々と薙ぎ、その中身を放出させる。
核に注意を向けていたオルミアは部屋の中心辺りにいたので、容赦なく、勢いよく噴出する水溶液を浴びせられた。
「くっ!」
そしてオルミアが水を振り払おうとしたその一瞬、何よりも速く駆け抜ける一筋の巨大な閃光が。
ブーンが魔力を最大に込め、放った電撃の筋。
それは、気をそらしたオルミアの身体に容赦なくふりかかり、その身を焦がす。
「しかしこの程度の電撃など!!」
不意をつかれたオルミアは全身でその雷撃を受け止めるも、だがやはりオルミアにその手は通用しなかった。
水溶液により電流の通りやすさを増したとしても、やはりチンポッポと同じく効果はあまりない。
ならばドクオの目的は?
勿論、雷撃によるショックを狙ったわけではない。
- 44 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:17:46.56 ID:vh6HcH7A0
- 「うおおおぉおぉぉおお!!」
壁を蹴った勢いを殺さぬまま、ドクオの剣がオルミアに向けられる。
オルミアもすぐに反応し、爪で攻撃を受け止めようとする。
だが。
「クッ………!!」
いくら表面を硬質化して防御を高めようと、オルミアはその全てを硬質化させているわけではない。
先ほど雷撃を受け止められた胴は確かにそれを無効化させたが、そこから貫通するかのように、雷撃は無防備な翼にダメージを残していた。
神経は、全てが繋がっている。
彼女にその意識はないだろうが、電撃は翼から全身を伝い、ほんの一瞬の麻痺症状が出る結果が生まれた。
全てがドクオの算段どおり。ドクオは唯この一瞬だけを狙っていた。
オルミアが反応しない体の中、唯一動かせる目で見たのは、口元をにっと吊り上げたドクオの顔と、退魔銀の剣。
「終わりだあぁああ!!」
ドクオが剣を振り下ろすと同時に、その腕に暖かい光が降り注ぐ。
ブーンの補助、身体強化術。腕の筋力を無理やり増強させる荒い技だ。
ドクオの一撃は先ず、硬質化していない両の翼を根元から切断。
その瞬間、そこから噴出したどす黒い潜血から身をかがめるように姿勢を崩す。
そして軸足に力を込め、剣を思い切り返し、電撃を浴びきった胴を懇親の力で叩ききろうと剣を向ける。
- 45 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:19:15.46 ID:vh6HcH7A0
- 「おおおぉおお!!」
硬い。だが、斬れる。
ドクオは直感的にそう感じる。
だから、腕の筋肉が悲鳴を上げても、胴を叩ききろうとするその剣に込める力を抑えなかった。
「ぐうううおあおおおお!!!」
オルミアの絶叫。
見れば、確実にドクオの剣は少し、少しずつオルミアの胴を切り裂いていっている。
ブーンから見れば、まるでそれは木こりが斧による一撃だけで木を切り倒そうとしているようにも見えた。
しかし、ドクオの剣は次の一瞬には、詰まったものが取れたかのように、勢い良くオルミアの胴を裂いた。
「あああああああああああああ!!!!!!!」
オルミアが叫び狂う。
見れば、その身体は光に包まれながら、段々と灰に化していっているのが分かる。
分断された腹の辺りから、上半身も下半身も、全てが。
灰の粉塵は、どこから吹くのかわからない風に吹き飛ばされ、四散していった。
やがて、下半身が全て灰に化した時、オルミアの上半身はもはや頭だけを残すものとなっていた。
そのオルミアの頭と。ドクオもブーンも眼があった。
形容できないほど、恐ろしい形相だった。
この世に悪魔と呼べるものがいるならば、間違いなくオルミアだろうと。
二人は直感的にそう思った。
思った瞬間、その頭も消え、オルミアを包んでいた光も全て消え、気がつけばそこは、元のじめじめした部屋に戻っていた。
- 46 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:21:06.60 ID:vh6HcH7A0
- 「終わっ……た」
ドクオが剣を落とし、背中から身を落とし、大の字になって寝そべる。
「快癒……してやるお」
ブーンも大きい術の反動か、少し息を切らしながらドクオに快癒をかける。
ドクオは自分の身を包むその暖かい光に、昨日ミルナがかけてくれた快癒を思い出していた。
「腕、動くかお?」
ブーンの声に応え、ドクオは両の腕をぶらんと動かして見せた。
身体増強による腕力の強化は筋肉に多大な疲労を与えただろうが、快癒の影響もあって、なんとか動かせるほどではあるらしい。
ブーンはホッと一息ついたが、しかしその目は次にはドクオでなく、ある物に向けられていた。
ドクオも頷き、剣を取り、杖にして起き上がる。
「さて、俺たちの最後の仕事だ」
「うん。これで最後、だお」
二人とも、部屋の中心にある核へと近づく。
その瞬間、ピキリと鈍い音。
核のガラスが割れ、中のヴァンパイアが自我をもって飛び出そうとした、まさにその刹那だった。
ブーンには考えられないほどの反応の速さでドクオが剣を一直線に突き出し、そしてその刃先は確実に核の心臓を捉えていた。
- 47 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:22:13.89 ID:vh6HcH7A0
- 「…………」
核のヴァンパイアも何も反応できなかった。
ただ、あっけにとられたような顔で、すぐにその身を全て灰にした。
もう少し遅ければ、退魔銀に完璧に耐性をつけたヴァンパイアが誕生していた。
ブーンは思わず冷や汗をかき、ドクオもそれを見終えた後に、剣を落とした。
「これで終わりだな。あー、つかれた。腕やっぱいってえ」
そしてもう一度寝そべるドクオを見ながら、ブーンはやっと全てのことが終わったのだと。
安堵して、ドクオとともに寝そべった。
「っていうか僕ら、もう国民的英雄だお」
「バーロー。ヴァンパイアの研究のことなんて政府も知れない極秘裏で動いてたんだ。
今更国に報告したところで誰も信じちゃくれないさ。いわば俺らはあれだな、影の英雄だ」
ドクオの言うことはもっともだった。
魔術士もヴァンパイアも殲滅した今、この国をどうにかしようとする連中もいなくなったけど。
それを誰かに言ったところで信じてもらえるわけがないのだ。
- 49 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
20:23:30.86 ID:vh6HcH7A0
- 「しっかしまあさ」
「ん? なんだお?」
「俺らって言うのは、第二次トリーシャ様みたいなもんなんだな」
ドクオの言葉に、思わず笑みがこぼれた。
トリーシャ。ブーンも憧れていた存在。その人に近づけたことに。
だから二人とも、ただそれだけで。
自己の満足だけで、後のことはどうでも良く、不思議な安堵感に包まれていた。
第弐話:完
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