- 3 :
◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:27:02.97 ID:vh6HcH7A0
- 第壱話「絶望の悪魔」
ミルナたちがオズヴァの地を踏みしめたとき、偶然か目の前にショボたちがいた。
これからオズヴァの町で情報を収集し、ヴァンパイアたちの根城を突き止める予定だったらしい。
だが、幸運にもこちらには内通者であるミルナがいる。
クーとショボはミルナを見た瞬間、涙を流すほどの感激をし、話をしたがっていたが、ミルナは真剣な表情で一言、今は時間がないといった。
だからショボたちには簡単なことのあらましだけを説明し、後はオルミアを止めてからということで、どうにか場はおさまった。
「オズヴァの郊外に、ヴァンパイアと魔術士と共にアジトを構えている場所がある。
案内しよう。そして、そこに到着するまでの間に主要なことは全て話す」
ミルナの言葉に従い、五人はオズヴァの郊外へと足を進めた。
- 4 :
◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:28:32.08 ID:vh6HcH7A0
- 「時間がないとは?」
ショボが早速訊ね、ミルナも黙ってそれに答える。
「ヴァンパイアの核というものの研究がされている」
「核ですかお?」
「そう、核だよブーン。
今オルミアたちが行っている研究とは、無敵のヴァンパイアを作り出すためのもの。
退魔銀も炎も効かない……そんな化け物を作り出して、世界を支配しようとしているんだ」
「世界を支配だと? まるでトリーシャ様の伝説ではないか」
クーがふと言ったことが、なるほど納得できた。
そもそもヴァンパイアという、架空の存在が実際にいるのだ。
トリーシャの伝説が本当であってもおかしくはない。その昔、世界を覆った闇がヴァンパイアと言うのならば、なんとなく頷ける。
「トリーシャ様伝説か。懐かしいな。
だが、核のヴァンパイアが完成したならば、そうはいかんだろうな」
ミルナが苦笑する。
- 6 :
◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:30:10.63 ID:vh6HcH7A0
- 「ってことはあれか。時間がないって言うのは、その核が完成間近だと」
「そうだ、ドクオ君。核はもう何時完成しても良い段階に来ている。
復活する前に、その退魔銀で灰にしなければならない。深刻な問題だ」
ミルナはツンとドクオを見ながら言った。
二人に戦慄が走る。自分の背負っている責任の重大さに、直面して初めて気づけたのだ。
「核を完成させようとしたのはオルミアの研究だ。
だが、中にはロマネスクと言う、自らをヴァンパイアに肉体改造しようとした術士もいた」
「自らを、ヴァンパイアに?」
ミルナが頷く。
「ヴァンパイアの体組織は人間と似ているが、違う。
ロマネスクは、あるヴァンパイアの細胞を自分の血液中に打ち込み、繁殖させた」
「それで……どうなったんですか?」
ツンの問いにミルナは、悲しいような目をして答えた。
「術士であったロマネスクは、術を失った。
だが、その代償にヴァンパイアの持つ強靭な身体力を得たようだ。
おそらく、これから正面衝突する際に出現するだろう。両目に十字のごとき傷がある。覚えておけ……っと」
ミルナが突然足を止める。
つられて後方にいた全員が足を止め、ミルナの視線のほうを見る。
- 7 :
◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:31:15.93 ID:vh6HcH7A0
- 「あの神殿だ」
その視線の先には、低い丘があった。
空にはいつの間にか暗雲がたちこめてきて、その丘の上に立つまるで廃墟のような建物の不気味な雰囲気を、より醸し出していた。
一見すれば城の様なその概観だが、壁は風化したかのようにボロボロだし、崩れ落ちている部分もある。
誰も近づかないだろうと、そう思えた。
既にその城との距離は目と鼻の先。
全員が唾を飲み、体を震わせた。
- 8 :
◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:32:37.43 ID:vh6HcH7A0
「いよいよ、最終決戦ですかお」
思い返せば、色々あった。
「やってやるぜ。一流の剣士様として、な」
修道院を出たあの日から。
「僕達の目的を果たすため。行こう」
たくさんの仲間と出会い。
「これで、全て終わるのね」
たくさんの別れをし。
「私達に出来る最善を尽くそう」
そうして辿り着いた、この場所。
- 9 :
◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:33:52.52 ID:vh6HcH7A0
「だがしかし、簡単に行けるようではないな」
ミルナの声にハッとし、全員が武器を構え、戦闘態勢に突入する。
気がつけば、もう身体は辺りから嫌と言うほど伝わってくる殺気でピリピリしていた。
「ミルナさん。どういうことですかねえ、これは」
周りの森を掻い潜るようにして出てきたのは、黒フードを深く被った人間達だった。
魔術士。全員が直感する。
「どうも何もないさ。オルミアの研究を潰しにきたんだよ」
動じず言い返すミルナ。
だが、相手は気に食わない様子で、フードから目を覗かせ、ミルナをにらみつける。
「さいですか。では、死んでください」
その男が指笛を吹いた瞬間、今度はあちらこちらから人間とは形容しがたい生物が姿を現した。
紫色の不気味な翼、鋭利に伸びきった爪。ヴァンパイアに相違なかった。
「総員でかかります。
神殿の警護は最強のあの方がやってくれてる。とりあえず、最優先はあんたらを始末することだ」
総員と言う言葉には似つかない人数。
数は数十しかない。そう言えば、ヴァンパイアの数は少ないとジョルジュが言っていた。
それに加え、魔術士も全体的な人数は少ない。
その人数的な余裕のなさが、唯一の救いだった。
- 10 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:35:21.00 ID:vh6HcH7A0
- だが、そうはいってもこちらは五人。
圧倒的な戦力差は目に見えている。
ただでさえ時間がないというのに、これほどの人数を相手していては元も子もない。
頬を冷や汗がたれるのを、全員が感じていた。
しかし。
「ここは私に任せたまえ。君たちは先に行き、核を倒すんだ」
ミルナが杖を握りながら言う。
しかし、いくらミルナがデレに近いほどの最強の術士といっても、一騎当千などという言葉のとおりには行かない。
いつかは不意をつかれ、やられてしまうことは簡単に予想できた。
「ミルナ様、一人では!」
ショボが心配して声をかける。
だが、ミルナはショボの方になど目もくれず、ヴァンパイアと魔術士の群を見続ける。
その真っ直ぐな視線に、ショボも、他の全員も悟った。
ミルナの意思、そして自分達のすべきことを。
「みんな、行くぞ!!」
ショボを先頭に、全員が頷き、神殿へ向かって駆け出す。
が、勿論それを魔術士達が許すはずはない。
- 12 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:36:41.64 ID:vh6HcH7A0
- 「術が駄目なら俺たちが行くぞ!」
立て続けにヴァンパイアの群れがショボたちに向かい、更にその一部が自分を殺そうと迫ってくる。
だが、ミルナはその場から一歩も動かず、静かに詠唱を続けるのみ。
「死ねぇ!」
そして、ヴァンパイアの毒牙がミルナの喉元を切り裂こうとしたとき、ミルナの杖から発せられる一筋の閃光。
レーザーの如く真っ直ぐ伸びたそれは、目にも留まらぬ速度でミルナに向かってきたヴァンパイア全ての身体を貫通し、ショボたちに向かうヴァンパイアの群の中で爆ぜた。
爆ぜた光はドームを作り、その中にいたヴァンパイアたちは全員が姿を灰に変えていた。
見れば、ミルナの杖に付く宝玉は銀色。紛れも無い、退魔銀だった。
「さて、どうするね?」
その隙にもう、ショボたちは神殿へどんどんと近づいていた。
今からショボたちを追ってもミルナに足止めされ、その間に彼らがどんどん奥へと進んでいくだけ。
魔術士も、一部残ったヴァンパイアもそれを理解していたので、やはりその矛先はミルナへ向かうこととなった。
- 13 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:37:56.56 ID:vh6HcH7A0
- 「ミルナさん、まさかあんたに雅の術が聞いていないとは思いませんでしたよ」
魔術士のうち、一人が呆れた表情でミルナに言う。
「ふ。私を甘く見すぎなんだよ、君たちは」
ミルナもその魔術士を睨み付けてやりながら言った。
「こっちみんな。でもね、ミルナさん。
あんたはあの子供たちに過度な信頼を寄せすぎてる。それが仇になりますよ」
魔術士の妙な発言。
これには、流石のミルナも眉間に皺を寄せ、顰めっ面をした。
「どういうことだ」
ククと不気味に笑う魔術師は顔を上げ、
「神殿の警護にはビコーズ様だけでなく、ロマネスク様も付いているんですよ!
それにオルミア様だっているんだ! やつらは死ぬしかありませんって」
「ロマネスクだと!? 神殿の中にいたのか……ッッ!!」
その言葉を聴いて、ミルナの頬を冷や汗がたれる。
死んでいるのにもかかわらず、心臓の鼓動が高鳴っているようで、ミルナは胸を押さえている。
酷く滑稽な姿だった。
- 14 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:39:33.55 ID:vh6HcH7A0
- 「魔術士最強のビコーズ様。それにヴァンパイアの力を手に入れたロマネスク様。
確かに彼らは退魔銀を持っていますが、この二人には何の効果もありません。
それに、核はもうすぐ誕生するのです。彼らならば、足止めするのには十二分すぎます」
魔術士最強。
その通りだった。ロマネスクのことは先ほどショボ達に話したが、ビコーズの事は言っていない。
魔術士最強といわれるビコーズは、その術力を活かして十数年前から魔術士を取り仕切るリーダーだ。
そのビコーズは人間、退魔銀の力は通用しない。
更に、五人がかりでビコーズの相手をしたとしても、ビコーズは単体でもミルナと同じほど強いし、何よりロマネスクも同じ神殿の中にいる。
ロマネスクとビコーズのいる場所が離れていたとしても、戦いの音を聞けば即座に二人は合流することが出来るだろう。
最強と呼ばれる二人に揃われてしまったら、それこそもう太刀打ちは出来ない。
更に言うと、この男の言うとおり、核が目覚めるまでに時間は無い。
最強に付け加え、時間とも勝負しなければならないということだ。
「さて、戦闘の続きとしましょう。
我々もあなたを倒し、神殿に行かねば」
魔術士は勝ち誇った顔で言った。
「…………」
ミルナにはもう、彼らを信じるほか無かった。
ならば、自分に出来ることは唯一つ。
「行かせないさ。私の命……もう一度尽きるまでは!!」
- 15 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:41:17.10 ID:vh6HcH7A0
ショボたちが最初に神殿に入ったときに見えたのは、どこぞの城で見るような荘厳なロビーだった。
部屋を照らしているのは、天井に無数につくシャンデリア。床に一面に敷かれた真っ赤な絨毯。
他にも壁にかけられた絵画などが目に付き、ここが本当にあのはたから見たら不気味な建物の内部化と困惑してしまうほどだった。
だが、その部屋の中心に。
部屋の雰囲気には似つかわしくない男が一人。
ぶっきら棒な無表情の顔に、深く被った黒フード。
その手には、真っ黒な宝玉の埋め込まれた杖。
一目で魔術士だと理解して、ブーンたちは警戒する。
「何物だ」
核が誕生するまで時間は無い。
全員が理解している。だからショボは短く言った。
「私はビコーズ。魔術士です」
男が顔を上げて答える。
そして、目を見開いた。ツンの顔を、真っ直ぐに見つめて。
心なしか、ツンはこの男を何処かで見たことがあるような気がしていた。
十年ほど前。母を失ったあの頃の記憶。
- 16 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:42:48.77 ID:vh6HcH7A0
- 「君はもしかして……デレの娘ですか」
ビコーズの表情が苦笑をしたようになる。
だが、その言葉に対してツンだけは。許せないような苛立ちを覚える。
間違いない。母親を殺した犯人。
魔術士はこの人物であるのだ。ツンの第六感的なものがそう告げていた。
歯をギリギリと食いしばり、怒りで震える腕を動かし、退魔銀の杖を懐から取り出すツン。
その目に宿っているのは、真っ直ぐな……憎悪。
「ブーンたちは先に行って。私がこの男を食い止めるわ」
ツンの一言に、思わずブーンたちは唾を飲んだ。
目の前の魔術師からほとばしる圧倒的な威圧感、身体を取り巻く強大な術力のオーラは、その場にいる誰もが感じられた。
だのにツンは、それと一人で戦う気でいると。
「無茶言うな! 僕も残るよ!」
ショボがそういい、残りの三人に扉を目指せ、とビコーズの後ろにいる扉を指差して指示する。
だが、そんなショボに向けられたのは、ビコーズとツンの冷たい視線だった。
- 17 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:44:04.80 ID:vh6HcH7A0
- 「邪魔しないでショボ。これは私の戦い……敵討ちよ」
「邪魔しないでいただきたい。デレの娘、興味がある。ぜひとも戦いたい」
立て続けに自分にふりかかる言葉にショボは苛立ちを覚えたが、何を言っても意味は無いとすぐに悟り、
「みんな、行こう。
でもツン、これだけは覚えておいてくれ。
今の君の表情は、リスボン崩壊で君に当たってしまった僕と同じだ。
憎悪なんかに任せて行動したんじゃ、ぼろが出る。僕たちは君を信じているから……この場は任せたよ」
と言い、自らが先頭に立って走り出した。
「………っ」
ブーンもドクオもクーも、心配した様子でツンを見ていたが、その複雑な表情を見ると何もいえなかった。
仕方なく三人もショボに続き走り出した。
- 18 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:45:51.97 ID:vh6HcH7A0
- 「……止めないの?」
ツンが言う。
確かにそうだ。ビコーズの目的は神殿の警護。
核に向かう彼らを止める……それが本来の目的のはずなのに。
「止めませんよ。私の興味を一番ひくもの。
それはヴァンパイアでも核でもなく……あなたですから」
ビコーズは忍び笑いをしてみせる。
「一つ聞かせて」
ツンの真っ直ぐな声。
「母さんを殺したのは……あなた?」
「そうですよ」
間をおかずに返ってきたビコーズの返答。
先ほどショボに言われたことを気にして心を落ち着かせていたが、その形相は一瞬にして戻ってしまった。
「あなたを殺す!!」
ツンがすぐに詠唱をし、火球をビコーズに飛ばす。
その火球の威力は、以前エルと戦ったときに見せたものとは比較することが出来ないほどに速く、そして大きかった。
- 22 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:49:38.47 ID:vh6HcH7A0
- 「ッ!」
ビコーズは身を翻してそれを避けるが、ホーミングの如く火球は旋回し、再度ビコーズの身体を目指す。
向かってきた火球をもう一度かわし、ビコーズもすぐに水の呪文を詠唱。
自分に向かってきた火球を消し、そして背後からツンがもう一発放った氷の矢を素早く避ける。
「やりますね。さすがはデレの娘。
定理もさることながら、術力もデレより高い……」
ビコーズの口元が不気味に微笑む。
「どうです? 私たちとともに来る気は……」
「ないわ」
キッパリと言い放つツン。
ビコーズはそんなツンを見てもう一度高らかな笑いをすると、
「では戦うとしましょうか。魔術士最強と呼ばれる私と、最強の術士デレの娘のあなた。どちらが強いのかを!!」
言葉と同時、ビコーズの身体を目に見えない空気の流れが渦巻き囲む。
術士だから見えるその境地、ツンも風に警戒し、詠唱をはじめる。
- 23 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:51:11.64 ID:vh6HcH7A0
- 「デレの後を追わせてあげましょう!」
ビコーズの気持ち悪い笑い声とともに、真空の刃が迫る。
それが近づく間近、ツンは精神集中のために閉じていた目を見開き、次に杖を前方に構える。
「風だか何だか知らないけど、吹き飛びなさい!!」
次の瞬間、ツンの目の前に一瞬現れた小さな光の球は、瞬きをする間もなく爆ぜた。
そして、轟音とともに地面を抉るほどの衝撃が大地を揺らす。
爆風でビコーズの風は相殺され、豪華な城壁やら床やらがこっぱみじんに吹き飛び、砂塵の如く視界を阻む。
だが、その視界を一瞬にして晴らすほどの風がツンに向けてもう一度迫り来る。
「くっ!」
煙幕の中から、風の軌道を読むことができる。
だが、いかんせん速い。詠唱する暇も無く、避けることしか出来ない。
「どうしました? 避け続けているのにも限度があるでしょう!」
「ハァハァ……ッ!!」
風の刃は大きく、飛び、掻い潜って避けているツンは明らかに疲れの兆しを見せていた。
ツンは詠唱に即効性がある炎の魔法を好んでいたが、風を避け、第二波が来るまでの時間は時計の秒針が動くよりも早い。
このままでは体力を消耗し、いずれは風によって身体を分断されることは目に見えている。
- 24 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:52:56.63 ID:vh6HcH7A0
- 「張り合いがありませんね。残念です。では、これで終わりにしましょうか」
ビコーズの一声。
同時に、今までとは桁にならないほどの大きさの風が見える。
その大きさは部屋を分断しそうなほどに。高さは天井まで、幅は両の壁まで。
素人が目に見ても分かるほど、ツンの目前にある景色はゆがんで見えた。
だがこれはある意味でチャンスかもしれないと。ツンの頭には、逆境を生かす考えが浮かんでいた。
「うあああああ!!」
次の瞬間、ツンは風に向かって真正面から走り出した。
ビコーズにはその姿、歪んでいても確認することはできる。
その滑稽な姿に、ビコーズは苦笑を隠しきれなかった。
「良い足掻きっぷりですね。では、彼らを追うとしますかね」
ビコーズは勝ちを確信した。
だから敵に背中を向けてしまった。
それが、最強の唯一の敗因だったろう。
- 25 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:55:03.38 ID:vh6HcH7A0
- 「かっ……は……?」
ビコーズが自分の体を貫く痛みに気づいたのは、胸から突き出た銀色の鈍い剣先を見てだった。
そこから止め処なく溢れる赤い血。
何が起こった? 痛みよりもビコーズはそれが気がかりになり、思うように動かない首をゆっくり後ろに向ける。
そこにいたのは紛れもなくツンだった。
衣服の所々が真空の刃で切り裂かれている。
その様子を見る限り、先ほどの攻撃は受けたはず。何故死んでいない。
いや、それよりも……。
「仕込み杖……だと!?」
ツンの腕から伸びた銀色の長い刃。
退魔銀の杖の頭のほうをツンはしっかりと両手で持ち、鞘の抜かれた刀身をビコーズの腹にしっかりと付きたてていた。
「一体……どういう事ですか……」
今になってやっと痛みが鮮明になってきたようで、ビコーズの息が荒々しくなってきた。
その表情は、わけがわからないと言った。まさにそう形容するべき様なものだった。
そんなビコーズの表情を眺めながら、ツンはニッと笑ってみせる。
- 27 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:56:45.71 ID:vh6HcH7A0
- 「今までの攻撃は鎌鼬だったから、真正面からは受けられなかったわ。
でも、最後の最後で……あなたは消耗しきった私をなめて、風圧で潰そうとしたのよね。
それがあなたの、最大のミスよ!!」
ビコーズの腹に突き刺さったその剣を、ツンは勢いよく横に薙ぎ、わき腹まで一気に引き裂いた。
引き裂かれた腹からは、叩ききられた内臓が露出している。
快癒をしても、もう助からない。目に見えていた。
「身体強化魔法は炎の魔法よりも詠唱に即効性があるわ。
風に飲まれるその時まで詠唱はかかったけど、脚力と腕力を向上させて、剣を盾に無理やり風を掻い潜ったわ。
正直賭けだったけど、何とか成功したみたいね。風が視界を歪めてくれていたから、あなたも反応できなかった。
この勝負、完全にあなたの不覚よ。そして、これで『魔術士』も終わりね」
血塗れた剣の刃をビコーズのフードで拭い、鞘に納めた。
その仕草を見て、まだ息のあったビコーズはどうしてか笑っていた。
「何がおかしいのかしら」
ビコーズの頭に杖の先端を向け、言葉をかける。
少しでも不自然な態度をとったら頭を爆発させる。
ツンはそういう事を表していたし、ビコーズもそれには気づいていた。
だが、やはりビコーズは笑っている。
「ふっ。こんな私が最強だなんて、井の中の蛙もいいところでしたね
しかしその杖が仕込み杖だったとは。全く気づきませんでしたよ」
「あんたは知らなくて当然よ。
刀として使うことはないと思っていたけど、意外なとこで役に立ったわね」
- 28 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/07(土)
19:58:39.46 ID:vh6HcH7A0
- 「ふ……私の完全敗北……か」
ビコーズの声は、今にも擦り切れそうだった。
その目も、もう焦点が定まっていない。
だがその掠れた声で、なおもビコーズはしゃべり続ける。
「デレを殺したのは確かに私だ。これは当然の報復なのかもしれませんね。でも」
「でも……?」
ツンが訊ねかけた瞬間、ビコーズは虚ろな目を見開き、この世のものではないような声を張り上げて笑い出した。
「はははははは!! 最後に貴様のようなつわものと戦って死ねたのは本望ですよ!! はははははh」
笑い声が終わる前に、ジュッと一瞬だけ乾いた音がした。
次の瞬間には、もうそこにビコーズの姿は無かった。
「ハァ、ハァ……」
大量の汗をかきながら、杖を握る手に込めた力をぬかないツン。
ビコーズを一瞬で蒸発させたのは、彼女のありたっけの魔力だった。
「気持ち悪いのよ……下種」
息を切らしたツンは、もう立っている事も出来ないほどに疲労し、その場に倒れこんだ。
第壱話:完
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