19 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:25:15.09 ID:CAks6kf30
第十話「本当の目的」

その日の夜、ブーンとドクオは早速マドリアドを徘徊している怪しい人物を見た。
薄い茶色の頭巾を深くかぶり、同じ色のローブを羽織っている。
そしてやはり、左手には鷲の彫刻がされた杖。

「間違いないと思うお」

「おk」

二人はそいつの尾行を開始した。

20 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:26:30.98 ID:CAks6kf30
「なんだ、ここ」

やがて二人が辿り着いたのは、薄暗い港の一介、波止場から程近い橋の下。
先ほどの人物はここら辺りで見失ってしまったが、その橋を支えている支柱の壁に更に不可思議なものがあった。
雑草や背の高いガマが生い茂っていて目に付きにくかったが、光でその壁を照らしてみると、うっすらと線のようなものが見える。
ドクオが剣でその壁を叩くと、薄っぺらい音がした。
それからすぐに、線の外の壁も叩いてみたが、明らかに音が違う。

「どうやら線の内側、空洞になってるみたいだお」

「みたいだな。さっきの野郎はこの中にいる可能性が高いな。
 だが、分かったところで……」

ドクオが壁を力いっぱい押すが、びくともする様子はない。

「何か仕掛けがあるんだろうお」

腕に力を込めるドクオの背中をブーンが叩く。
ドクオもブーンのほうを向き、わかってらぁと小さく言うと、腕を組み俯いた。
22 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:27:51.66 ID:CAks6kf30
「どうするよ」

ドクオが顔を上げ、ブーンに尋ねる。

「どうせ僕らがこれからやるのは不法侵入だお」

当のブーンはというと、口元を吊り上げ、ブキミににやけている。
ドクオは内心でキメェと思っていたが、表情に出さないように気をつけ、首を縦に振った。

「不法侵入は犯罪。
 なら更に犯罪を重ねれば良いだけだお」

「は?」

ドクオがその言葉を理解するより早く、ブーンは壁に近づく。
そして、壁との距離があと少しの辺りで、突然杖を掲げ、それを壁に向けた。
ブーンが何をしようとしているのか。ドクオにもやっと理解できた。

「壁を破壊して進入しようってのか」

「そうだお。ある意味で正攻法だお」

ドクオもやれやれとため息をつく。


23 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:29:26.26 ID:CAks6kf30
ドクオもやれやれとため息をつく。

「しかしブーンよ。敵兵が大勢いたらどうすんだよ」

「そんときゃドクオに任せるお」

「へいへい。っていうか、お前の術で平気なわけ?」

「馬鹿にすんなお。修士一級の杖だお。
 それに、ツンとショボの定理を少し頂戴したんだ。
 今までの僕とは違うんだお。さて、ドクオは離れているお」

ドクオの気の抜けた返事を聞くと、ブーンはやはりいつものにっこりした表情を見せて、詠唱を始めた。



「ん?」

その時、ドクオはちょっとした異変に気づく。
ブーンの杖先にある宝玉が詠唱に反応して光を放つと同時に、それに共鳴するようなもう一つの光を見つけたからだ。

(なんだ?)

夜で、しかも端の下という薄暗い場所だから殊更よく分かる。
ブーンの右目が、薄青く光っている。杖先からほとばしる赤い光に混じって尚、はっきりと分かるほどに。
その光の強さも、杖の光と同時に大きくなっている。

24 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:31:09.86 ID:CAks6kf30
「おい、ブー……」

そしてドクオが声をかけようとした刹那。


「のぉおおわあああ!!!」

言葉を遮ったのは、凄まじい轟音と爆風だった。
ドクオの視界は一瞬で砂塵と煙幕に遮られ、衝撃に体が吹き飛ばされそうになる。

「グッ……!」

剣の先を地面に突き刺して、どうにか持ちこたえられる。
両の足で踏ん張っただけでは、軽い鉄製の鎧を着込んでいてさえ吹き飛ばされる。
おかしい。ブーンはあんなに術力を持っていないはずだ。
定理を変えたところであそこまで力が出るものなのか。
ドクオの頬を冷や汗が流れた時、突然吹いた突風に煙幕が消し飛ばされ、やがて視界がはっきりする。



そこには、呆然と立ち尽くし、口をあんぐり開けるブーンがいた。

「おいブーン……」

ドクオがブーンに声をかける。
ブーンは、術をかけた時のものであろう体制のまま停止している。
不安になるのは当然のことであった。
27 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:32:24.19 ID:CAks6kf30
「おいってば!」

だが、ブーンは反応しない。
段々とうるさく感じてきた心臓の鼓動をどうにか落ち着け、ブーンの前へ駆け寄る。
そして、ドクオはブーンの表情を見て、腰をぬかしてしまった。

「お、おま……」

ブーンの顔全体に、先ほどの光と同じ青い紋様がはしっている。
いや、顔だけではない。ローブからかすかにのぞく首筋を伝い、ドクオがその腕をまくると、そこにも紋様はあった。
慌てて腹を見る。勿論、そこにもある。体全身に、紋様がある。

「ド……ドク……」

「ブ、ブーン!」

ブーンの口がかろうじて動いた。
のだが、ドクオの名前を言い切る前に、その体は重りを失ったようにふらりと倒れ、ドクオが慌ててそれを受け止める。
気がつくと、全身を覆っていた青い紋様は消えていた。

「どういうことだ? いったい何が……」

「不思議かい? そこの君」

ドクオの背中に戦慄が走る。
背後から聞こえたその声。ブーンのものではない。当然だ。
では、この男の声は壊された壁の中から出てきた者だ。
だからドクオは後ろに誰がいるのか、容易に想像がついた。

28 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:33:45.99 ID:CAks6kf30
「ああ。不思議だな……ミルナ」

後ろを振り向くと、そこにいたのは先ほどの男だった。
深く被っていた薄茶の頭巾を外している。
短く整えた金の髪に、暗闇に溶け込みそうな紅い瞳が美しく、ドクオが一瞬見入ってしまうほど端麗な風貌であった。
だが、その肌の色は薄黒い。
視界が暗いからそう見えるのではなく、腐敗した肉体を維持させている雅の術の影響だろう、とドクオは勝手に納得した。

「退魔銀の剣。君が持っているのか」

ミルナがドクオの両の目をギッとにらみつける。
そのあまりの目力に、ドクオは少しだけ身震いしてしまった。

「悪いかい。俺はあんたの目的のために退魔銀を持ってんだ」

ドクオはブーンをその場に寝かせ、剣を持つ手に力を込めると、ミルナと対峙した。

「私の目的。果て、なんだったかな」

「ヴァンパイアを倒す。そうだろう、ミルナ=アンデルハイン!」

ドクオが叫ぶ。
が、ミルナの方は苦笑するばかりだ。
ドクオはその態度に苛立ちを覚え、ミルナに剣を突きつける。
31 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:35:14.68 ID:CAks6kf30
「お前はもう死んでいる。オルミアの方へ加勢しているならば、今この場で俺が殺す」

退魔銀の剣の刃先が、月明かりを浴びて鈍く光り、ミルナの顔と一緒に照らす。
その刃先を何処か懐かしそうな目で見るミルナ。
やがて何かを思ったかのようにため息をつくと、ドクオの方へ、その足を踏み出してきた。
ドクオは警戒し、迎撃態勢に入る。

が、次の瞬間には、ミルナはどうしてドクオの背後にいた。
気配を感じ取ったドクオが慌てて後ろを見ると、ミルナが倒れているブーンの前に屈みこみ、何かをしようとしているのが分かる。

「おまえ!!」

ドクオが慌ててミルナに切りかかるが、その前にミルナが短く詠唱する。
途端、ドクオの体はミルナから発せられる風に吹き飛ばされ、橋の壁に勢いよく叩きつけられた。

「安心しろ。私は君の敵ではない」

「何を……グッ」

ドクオが吐血する。
見た目以上にダメージは大きいらしく、両の足が折れているのか、立つことさえままならない。
ガクガクと震える両足で尚、剣を構えたが、もろくも体制が崩れ、剣を杖に体重をのせていることしか出来ない。

「そんな術力を……グッ、お前を殺した奴に渡していいのかよ……」

ブーンの前にかがむミルナに向けて、ドクオがか細い声で叫ぶ。
辺りからは風の音しか聞こえないほどの静けさだ。ドクオの声はミルナの耳にしっかり届いたようで、ミルナはドクオのほうを見る。
33 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:36:37.77 ID:CAks6kf30
「オルミアのことか?」

ミルナの形相が変わったのが、ドクオには一瞬で見て取れた。
先ほどよりも目が強張り、視線を思わずそらしたくなってしまう。
だがしかし、ミルナがこちらに何故か近づいてきて、逃げ出したくなってしまいそうだというのに、ドクオは強がって目線を外さなかった。

やがて、ドクオの目前にミルナが立ち、杖をかざし、詠唱を始める。
これは俺の人生オワタか。ドクオは悟り、目を瞑る。

しかし、次に身体へ訪れたのは優しい暖かさ。
以前、ショボに同じ術をかけてもらったことがある。快癒だ。
身体からすうっと何かが抜けていくような感じがし、落ち着いた頃には手足が自由に動くようになっていた。

驚いてミルナのほうを見れば、先ほどからは想像も出来ないにこやかな表情で自分の前にかがんでいた。
何故。ドクオの表情はもうミルナを警戒するでもなく、呆然としていた。

「私はオルミアに操られているさ。表向きはね」

「表向き……?」

「ああ」

そういえば先ほどから気づいていたのだが、ミルナからは殺気が感じられなかった。
ジョルジュやエルと戦ったときには、身体がピリピリするくらいの殺気を感じたのに。
だからドクオはもう、退魔銀の剣など鞘に収め、よろける両足を何とか踏ん張らせて立ち上がり、自分より背の高いミルナをしっかりと見上げる。
35 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:40:03.13 ID:CAks6kf30
「退魔銀の剣を持っているなら、私のホムンクルスから事のあらましは聞いているだろう?
 死人を操る術を、やはりオルミアは私にかけてきたよ。
 だがね、私は自我を持てていた。何故だかは分からないけど、ね。
 とりあえず保身の為に、この二年間はオルミアに従う振りをして生きてきた。
 と言っても、私自身の肉体は既に死んでいる。日の本に出れば、腐敗が進んでいる肌を曝け出してしまう」

「だから夜にこそこそしてたのか。
 っていうか、あんたは知っててオルミアにむざむざ殺されたのか?」

ドクオが言う。
が、ミルナは首を振った。

「私の術力は単純にオルミアに及ばなかった。それだけさ」

「ふうん……」

悲しげにいうミルナを見ると、何故だか納得せざるを得ない。
ドクオは気まずくなり、話題を振りなおした。

「っていうか、あんたはオルミアの術をも跳ね除けてんのか。流石だな」

ドクオが感心したように言う。
が、ミルナはやはり首を振った。

「オルミアの術は先ほども言ったが、本物とは異なる。
 私の魔力は確かに大きいから、それと反応して何かが起きたのかも分からないな」

「……兎にも角にも、あんたが敵じゃないって事は大助かりだ」

37 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:41:03.05 ID:CAks6kf30
ドクオは一息つき、ブーンのほうに視線を送る。
相変わらず、ブーンは倒れたまま動かない。
先ほどミルナが何かブーンにしていたが、あれは何だったのだろうか。
ドクオが訊ねる。

「ブーンは?」

「君は退魔銀の剣を受け取っているね」

ミルナは、自分が質問したこととは全く関係ないことを口走る。
ドクオは少し苛立ちを覚えた。

「ブーンは大丈夫なんですか?」

「君は退魔銀の剣を受け取ったとき、ホムンクルスから聞かなかったかね。もう外せと」

「は?」

確かにそう聞いた。
だが何を外すのかが全く持ってわからない。
それをミルナに告げようとしたとき、ミルナは右の手をドクオに向かって差し出した。

その手の上には、何か丸い宝石のようなものが乗っている。
よくよく見ると、それは何処かで見たような青さを湛えており、ドクオはハッとしてその手の中を覗き込む。

「こ、これ……!」

眼球だった。
虹彩が未だに青さで一杯で、青い球のように見えてしまった。
39 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:42:06.32 ID:CAks6kf30
「まさか、ブーンの……!?」

「ああ」

ミルナは表情を変えずに、淡々としゃべる。

「ど、どういうことだ! 外せって、眼球をか!?」

「落ち着いて聞いて欲しい」

ミルナが、慌てるドクオをなだめる。

「数年前のことだ。私がこの子を拾ったとき、既に右目が何かに抉り取られていた。
 慌てて快癒をかけたが、既に目玉が何処かへいってしまっていたし、視力を戻すことも難しかった」

「だが、ブーンは目の見えない素振りはしていなかったぞ」

「ああ。どうにかして私はその子の目を治してやりたくてね。
 そういえば、教会と言うのは、死人の魂を清める祭事の影響で、死体がたくさん来るんだよ。
 だから私は、そのうちの一人の目玉を抉り取り、私の魔力を込め、その子の右目に適合させた」

「……何年前の話だ」

「十年前だな。だからブーンは覚えてもいないだろう。
 酷く真っ黒な死体でな、火達磨にされていたそうだが、何故か目玉だけは綺麗に残っていたんだ」

十年前と言う数字、そして真っ黒な死体と言う言葉がドクオの頭の中で渦巻く。
42 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:43:48.24 ID:CAks6kf30
魔力、十年前、真っ黒な死体と言う言葉がドクオの中で最悪の可能性を作っていた。
ドクオはガマみたいに脂汗をかいていた。暑くもなく、涼しいはずなのに。

「なあミルナさん。あんたがブーンを拾ったのはリスボンの近くか?」

「ん? そうだが、何故?」

ドクオの顔が更に青ざめる。

「まさかそんとき、あんたはリスボンの教会に勤めていたか?」

ミルナの表情が、本当に変化した。
先ほどドクオがしていたのと同じような訝しげな瞳。
相変わらずの目力に、ドクオはやはり背筋をぞくっとさせる。

「……君は何を知っている」

「その目玉の持ち主、デレと言うだろう」

「…………ああ」

「魔術士というグループに術力を買われそうになり、否定して殺された術士だ。
 現存する術士の中でもかなりの術力を持っていると聞く。そのデレの娘が今、オズヴァにオルミアを倒しに向かっている」

「僕の目玉は、ツンのお母さんのものだったのかお……」

その声にハッと振り返ると、ブーンが立っていた。
右の目の穴は、ぽっかりと暗い空洞になってしまっている。
水の精霊の外せと言う言葉もあの目を意味していたのだろうと、ドクオは納得した。
47 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:46:51.85 ID:CAks6kf30
「その目玉がお前の魔力に栓をしていた。
 その魔力は何年もの間蓄えられ、今では最高になっているだろう」

「そりゃどうもだお。どうりで僕の術はダメだったわけだお。
 しかし右目が見えないのは気分悪いお。僕の右目はもう、一生見えないのかお?」

「わるいな。術は全知全能ではないのだ」

「そうかお」

ブーンは相変わらずの笑みを絶やさぬまま、俯いた。

「さて、君」

ミルナがドクオのほうを今度は向き、話す。

「ドクオです」

「ではドクオ君。君はデレ氏の娘がオルミアの元に向かっていると言ったね」

「ええ」

「どこへ向かっている」

「オズヴァへです」
49 : ◆X5HsMAMEOw :2007/07/04(水) 20:48:58.55 ID:CAks6kf30
「そうか。ならば早々に追いかけるぞ。誰から聞いたか知らんが、危険だ。
 オズヴァでは百を越えるヴァンパイアどもが待ち構えている。いくら術力が高くとも、一人でかなうわけはない!」

ミルナの剣幕に、ドクオもブーンも一瞬たじろいだが、落ち着いて言葉を返す。

「平気です、彼女は退魔銀の杖を持っている。
 それに炎使いの術士と、もう一人強力な術士もいる」

「それでも追いかけるんだ。
 オルミアはお前たちが思っているほど弱くはない。
 オルミアは退魔銀を無効にする研究を進めている。それが完成していたとしたら、手も足も出せんぞ」

ミルナの言葉にハッとさせられる。
いくらこちらが強力であるとはいえ、三対百では勝ち目がないのは火を見るより明らかである。

「それは……確かにそうだ」

ドクオとブーンが納得し、うなずく。

「では、今から私の呪文で君たちをオズヴァに送り届ける。
 私のそばから離れるなよ」

「呪文で移動!?」

聞いたことがない、呪文で空間を移動することなど。
と、驚くブーンとドクオをよそに、ミルナは詠唱を始める。

やがて暖かい光がそれぞれを包み始めたと思うと、次の瞬間にはもう、ブーンたちの姿はそこになかった。

第十話:完

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