7 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:04:18.35 ID:uZKb4BQP0
第一話「修士の日々」


最初に不運だと思ったのは、山頂に建物があったことだ。
他人からは山頂の空気が薄いとか、それを利用した高山トレーニングまであると聞かされていたが、ここまでとは。
とにかく、朝目覚めた時の気分がいただけない。
酸素を思い切り吸い込むことも何か出来ないし、雲がかっていて朝日もよく見えない。
目覚める、という事はイコールで日の光をさんさんと体に浴びる事だろう?
それも出来なくて、挙句には温度調節を冷房や暖房で賄っている所を見ると、やるせない気持ちになる。
そもそも、こんな高山地帯に建物を建てなければいいのに。
激しい運動の後、酸欠で倒れる生徒も希にいるのだぞ。
だのにこの学校の無能教師ときたら、お前たちの鍛錬が足りないだの………ふざけている。

大体が、朝の五時に起きろというのが特にふざけているのだ。
健康児なら、ぐっすりと朝は………そう、日の昇るころまで寝ていなければならない。
寝る子は育つ、という位なのだから、起きている時間の分に割のあわない睡眠時間は腹がたつ。
ちなみに就寝は二十二時。お祈りしてから眠るとか、正直な所どれだけだと思った。

8 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:05:46.93 ID:uZKb4BQP0
そんなこんなで、僕の目覚めは今日も今日とて宜しくなかった。
温もりの僅かに残る布団から這い出てカーテンを開けても、どよんとした空が広がるだけ。
辺りの景色はというと……草木なんて殆どない。ごつごつした岩肌が目前には広がっている。
ガラス越しに写る自分の姿も、なんだかいつもよりやつれて見える。
少し溜息を吐いた後、僕は何も言わずにカーテンを閉めた。

現在の時刻………四時半。少し早く起きたな、珍しい。
僕は朝に強い体質ではなく、修道院に来たころなんかは寝坊の常習犯だった。
そのおかげで何度無能教師に呼び出された事か。
朝早く起きる事の何が、トリーシャ様への信仰へと繋がるというのだろうか?
全くもって理解できないし、理解しようともしたくない。
お偉い人の考えている事は、僕には全くもって分からなかった。

9 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:08:02.67 ID:uZKb4BQP0
その後は、遅刻するのも嫌なのでさっさと法衣に着替えた。
僕の法衣は、修士五級のもの。ちなみに修士五級というのは、階級で言うと下位に当たる。
そこから四級、三級と行って、一級、特級、神官とどんどんランクが上がっていくのだが、それは試験の成績によって決まる。

果てさて、僕の成績ときたら酷いものだ。
試験には筆記と術のテストと、二つがあるのだが。
無能な僕は、どちらをやってもダメダメ。
筆記はまだしも、術に関しては才能がないのだろう。
術としては初級である治癒すらロクにできないのだ。
いい加減、無能教師も僕に愛想を尽かしてきている。
この調子で修道院をやめることが出来たら、どんなに幸せだろうか…。


いつの間にか、時刻はもうすぐで五時になろうとしていた。
五時からは、朝の祈りと称した黙祷の儀の様なものがある。
一時間、黙祷(神に祈る)をするのだ。誰も一言も喋らずに正座して。
暇といったらありゃしない。これが日課だから更にだ。
外の山は寒いというのに、生徒は法衣を一枚羽織った状態で黙祷しっぱなし。
暇だし、寒いし、良いことなんて一つもなかった。
それでも、クソ真面目な生徒は熱心にお祈りしているのだ。トリーシャ様の力の偉大さを感じるよ、まったく。

10 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:09:23.71 ID:uZKb4BQP0
さて、そろそろ部屋を出ねば。
木製の簡素なドアを開いて廊下へ一歩踏み出した時、僕は誰かが此方へ向かってくるのが目にはいった。

あのブルーの豊かな髪に……修士三級の法衣。
ああ、あれは。僕の友人でもある、クーだ。
僕と同時期に修道院に入り、ぐんぐんと成績を伸ばしていった。
今では、級に随分と差がある。下級は上級に敬語を使う規則があるが、知ったこっちゃない。

「クー、おいすー^^」

僕の間の抜けた声がクーに聞こえたらしく、彼女は小走りして僕の前にやってきた。

「やあ、ブーンじゃないか。これから朝のお祈りだな」

ちなみに、ブーンというのは僕のあだ名。
本名は内藤ホライゾンというのだが、何故こんなあだ名を付けられたかは、あえて触れないでいて欲しい。

「お祈りというか、黙祷だろ? 暇な事この上ないお……寝ていたいお」
「ハハ、そうかい? 私はトリーシャ様に祈りを捧げていられる瞬間が一番落ち着けるよ」

一瞬、こいつも頭がおかしいのだなあと思ってしまった。
まあ、人それぞれによってトリーシャに対するイメージは違うんだろうけども。
僕のトリーシャに対するイメージは、どうでもいいもの。
対してクーのトリーシャに対するイメージは、寄辺。
偶像崇拝でもしているような集団を、僕はいつの間にか蔑んでいるようになっていた。

11 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:10:39.78 ID:uZKb4BQP0
僕とクーは、廊下をゆたゆたと歩いていた。
寒い冷たい岩肌の上で行われる、つまらない黙祷をしに行く為に。
もっとも、そう思っているのは僕だけかもしれないのだけれど。恐ろしい事だ。
静かなのも難なので、クーに会話を持ちかけてみよう。

「クーはトリーシャ様への信仰があついねだお」
「む、そうか? 修道院にいる人間はみんなトリーシャ様を信仰しているのだろう」
「そうでもないお。僕は実際、あんまり神様とか信じてないんだお」
「? では、ブーンは何故修道院にいるんだ?」

当然の疑問だ。
修道院なんて、僕は進んでくる事は先ずない。
そんな僕が今修道院にいる理由は一つ。孤児だったからだ。
戦争で親を亡くし、行き場を無くして彷徨っていた所を、ここの神官の一人であるミルナ様に拾っていただいたのだ。

それから暫くはミルナ様の恩義に報うべく勉強に熱心になっていたが、ミルナ様が亡くなってからどうでもよくなった。
考えてみれば、神様を信仰だのどうのなど馬鹿馬鹿しい。
戦争が耐えないこの世の中で、自愛の精神を持とうとするのもおかしい話である。
今すぐ修道院なんてやめてしまいたいものだ。
だが、修道院をやめるにもリスクがいる。

僕は孤児の出で修道院に入った。
年会費など、全て修道院が持っている。
神官となればそれは全て免除されるが、中退する時はその金額を全て払わねばならない。
生憎だが、そんな金を僕は持ち合わせていない。
だから、やめることも出来ない…………いつか脱走してやる。

12 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:12:06.50 ID:uZKb4BQP0
「僕が修道院にいるのは、孤児だからなんだお」

クーには、そう返しておいた。

「そうか、ブーンは孤児だったのか。つまり、誰かに拾ってもらったんだな」
「うん、以前まで神官だったミルナ様に拾っていただいたんだお」
「ミルナ様というと………二年前に亡くなったあのお方か」

ミルナ様は、二年前に亡くなった。
病気でも、自殺でも寿命でもない。他殺だった。
誰が殺したとか、そういったことは現在でも不明である。
死因は、術によるもの。よって犯人は、僕らと同じ術を使える訓練を受けた者だ。
けど、ミルナ様はとても強かった。その術の威力、大陸でも本当に上位に入るものだろう。
そんな彼を殺すほどの術師が犯人。
だが、手がかりはそれだけ。犯人が早く捕まる事を、僕は願っていた。

「ミルナ様は偉大な神官だったな。術の威力も相当なものだったし、性格も優しかったしな」
「お? クーもミルナ様と何か関わった事があるのかお?」
「知らなかったのか。私は、ミルナ様から術の講義を受けていたんだ。だから、何度も話したこともあるんだ。言えば恩師だな」
「そうだったのかお・・・…。ミルナ様は人徳の厚いお方だったお。何故殺されたんだお……」
「私も同感だな。残念でとても悔しいよ。いつの日か神官となり、犯人を見つけ出してやりたい」

クーは拳をぎゅっと握り締めていた。
その悔しそうな表情には、僕も共感できる。
ミルナ様は、僕が唯一尊敬する神官だからだ。

13 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:13:42.61 ID:uZKb4BQP0
さて、そうこうしている間に、冷たい風の吹く岩肌にやってきた。
何処までも岩が広がるその様は、まるで壊滅した世界を思わせるが如く。
尾根の方に行けば川や木はあるが、この中腹部にはそういったものが一切ない。
乳色の朝霧が薄っすらと場を覆い、視界もあまりままならない。
全くもって僕は山が嫌いだ。太陽も、最近あまり見ていないし。

……太陽を見てないって、これは僕が引き篭もり故に言った台詞ではないぞ。


「さて、お祈りだな。じゃあ、後でな」
「また後でだお」

クーとは軽く手を振っただけで分かれ、僕は修士五級の列へ行く。
黙祷の時の隊列は、来た者の順からどんどん後ろに並んでいくという単純なもの。
ちなみに、前に行こうが後ろに行こうが寒いことは変わらないので、隊列の事はどうでもいいことだった。
唯一の利点といえば、後ろのほうが教官の目がつきにくいということか。
教官は、僕らと向かい合う形で瞑想している。
そして、時折目を配らせ、祈りを疎かにしていない者がいないかをチェックする。
ちなみに僕は何回かそれで見つかり、反省文だの体罰だのを色々受けてきた。酷いもんだぜ。

クーと話してきたからかは知らないが、今日は少し遅めに来たようだ。
幸いな事に隊列は殆ど完成しており、僕は後部という素晴らしいポジションを取ることが出来た。

14 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:15:16.74 ID:uZKb4BQP0
「今日も集まったな、諸君」

と、突然野太い声が聞こえてきた。
声の主はギコ教官だろう。黙祷の時は、彼が必ず指揮をする。
ちなみに、僕の脳内無能教師の一人でもある。何故こんな暴力的な奴がトリーシャに仕えている身だといえるのだ。

「それでは、トリーシャ様への祈りを捧げよう。今日も主に感謝したまえ」

ギコのこの言葉で、辺りは一気に静寂する。
鳥の声もしない、虫の声もしない、人の声もしない。
ただ唯一、風の匂いと音が辺りを駆け抜ける。
正直、僕がこの暇な時間にする事は眠るか妄想するかだ。
大方は後者で終わっているが、黙祷なんて目を瞑っているだけなので、運が良い時は寝ているだけで見つからない事もある。
今日は後ろの席を取れたんだし、眠っていよう。









15 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:16:51.45 ID:uZKb4BQP0
「ふわ〜ぁ…」

その後は、眠い目を擦りながら朝食を食べ終え、教官のくだらない授業を受けに行く。
本当にくだらない授業だ。神学をやっているくらいなら、何処かの科学者が編み出した数学論でもやっている方がマシと本気で思う。
トリーシャ様の伝承とかそんなこと、僕にはどうでもいいのだ。倫理学に興味などないのだ。
だのに無能教官ときたら、同じことを繰り返すばかりの授業。
トリーシャ様の伝承なんて、もう何回聞かされたことか……。
その他には、トリーシャ様の故郷がどうだったかとか恋人がどうだったかとか。
あとはそう、歴史学! これがまたつまらないったらありゃしない。
トリーシャ様の生誕から死後の流れまで暗記……そしてその後の教会の発足やら何やら。

ちなみに、今日の一限は歴史学。
僕の大嫌いな教科だと言おう。はっきり言ってとてつもなくだるい。


さて、そんなこんなで歴史学の講義室に入った僕にぶちかまされたのは、歴史の教員であるギコの怒声であった。
突然の事にたじろぐ僕に、ギコはどんどん引きつった顔で近づいてくる。

「ゴルァ! ブーン、てめぇは………!」

イキナリ、襟首を鷲づかみにされた。
何だっていうんだよ、一体!
17 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:18:31.74 ID:uZKb4BQP0
「何ですかお!」
「何ですかお? じゃねえよバーロー!」

ギコは僕をそのまま、地面に放り投げた。
顔面から地面に落下し、頬を思い切り地面にぶつけた。
畜生! 痛い! 何しやがるんだこの無能教師ッ!!

「お前、何で今怒られているのか理解できねえのか?」

ギコは僕を見下しながら言う。
図に乗るなよ、この無能教師が……!

「僕が何かしましたかお…!? 何でいきなり暴力を!」
「バッカヤロウ!! お前には特別講義をしてやるから講義開始の三十分前には来いと言ったろうが!!」

そこで僕は思わず、あ、と声を漏らさずに入られなかった。
その様子を見て、ギコが僕の頭をポカリと殴る。

そうだ、僕はあまりの成績の悪さに特別講義をされる予定だったのだ。
すっかり忘れていた。今回は僕のほうが悪いのは認めよう。
だが、体罰とはいかがなものだろうか!? 宗教家ってのは暴力はダメなんじゃないのか!?

「何だ、ブーン。その目は…」
「暴力を振るっていると、トリーシャ様から見捨てられますお」
「―――――ッ!!」

ギコはそこで、堪忍袋の緒が切れたようだ。
顔を真っ赤にし、手近な杖を持って僕に殴りかかってきた。

18 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:19:42.32 ID:uZKb4BQP0
「やべえお」

そこで僕は、ギコを怒らせたことを後悔した。
こいつは、キレると何をするかわからないことで有名なのだ。
以前は反感的な生徒をボコボコにして、謹慎をくらっていた事もあった。
そのギコが、今猛烈に怒っている。マズイ、マズイマズイ!
これは死を覚悟するべきかもしれない………って、考えてる暇はない!!
悠長にしている間に、ギコの杖が目前まで迫ってきた!


思わず覚悟して目を閉じたが、その杖が僕にあたることはなかった。
おそるおそる目を開けると、誰かがその腕を掴んで止めたらしい。
一体、誰が―――。

「暴力とはいただけませんよ、ギコ先生」
「――――ッ!?」

ああ、こいつか。クラスメートのショボだ。
超優等生で、何故修士のままでいるのか謎な奴。
ショボは、暴力が嫌いだった。修道院にもたまに暴力的な生徒がいるのだが、仲裁に入るのは決まってショボだった。

「退け! 俺はこいつを―――ッ!」
「大人気ないなあ」

護身術か何かだろう。
ショボは掴んだギコの右腕を自分の手ごとくるりと回し、次の瞬間にギコは体をひっくり返していた。
ギコは何が起こったのか分からず呆然としていたが、暫くすると羞恥の感情が出、歯を食いしばっていた。

19 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:20:55.44 ID:uZKb4BQP0
「糞がッ!! もういい! お前ら後で覚悟しろよ!! 今日の授業はこれで終わりにする!! あーくそ、レンジ聞いて心を癒すぜ!」

ギコは怒声をかまして、講義をすっぽかして何処かへ行ってしまった。
教室に残された生徒達は唖然とするばかりだったが、暫くするとひそひそと会話が聞こえてきた。

「ちょ………あいつレンジファンかよ」
「マジキモイんだけど」
「レンジってあのレモンジレンジでしょ? まだあのグループ好きな人いたんだ」
「レンジファン(´・ω・`)ぶち殺すぞ」
「あのパクリグループきもいおwwww」
「アンチのこと人種とか言ってんのかね。きんもーっ☆」
「レモンジレンジ(´・ω・`)知らんがな」


結局、その後ギコが戻ってくることはなかった。
部屋でレモンジレンジの歌でも歌っているのだろう……きめぇ。

20 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:22:12.76 ID:uZKb4BQP0
そのまま一限は無事に終了したのだが、その後すぐにやってきた教官が僕とショボを神官室へ呼び出した。

神官室というのは、この修道院の長がいる部屋だ。
少し前まではミルナ様が長であったのだが、彼の死後からはオルミアという女性神官が長になっている。
一説では、オルミア様が長の座を狙ってミルナ様を暗殺………なんてのもあるが、正直そうは思えない。
何故ならば、オルミア様はとても温和で、心優しい方なのだ。
無能教官のギコなんかとは段違いだ。世の中の人間全てがオルミア様の様だったら良いのにとさえ思う。

「内藤君、ショボ君」

オルミア様が、冷笑しながら僕らを見つめる。
何だか知らないが、僕もショボも背筋にゾクッとしたものを感じた。

「ここに呼ばれた理由は分かるね?」
「ええと………その」

僕はとぼけたが、優等生のショボはそうしなかった。
僕の一歩前に出、オルミア様と対峙する。

「もしかしてギコ先生のことですか? あれは、彼がブーンに暴力を振るおうとしたからですよ」

オルミア様は一瞬眉をひそめると、僕らの方ではなく、後ろ向きになって窓の方を見た。
何だ、温和ないつもの先生とは違うふいんき(何故か変換できない)が漂ってる……。

「ギコ先生も確かに悪いです。彼には、厳しい処罰を与えましょう。しかし」

オルミア様が振り返り、僕ら………と言うよりは、僕だけをじっと見詰めてきた。
それも、厳しい眼差しで。一瞬、身の毛がよだったほどだ。

21 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:23:31.10 ID:uZKb4BQP0
「内藤君の成績が悪いのもまた事実。そして、ギコ先生の講義をすっぽかしたのも事実」
「はぁ………それについてはすいませんでしたお」
「よって、君には処罰を与える事にします」
「はぁ、そうですかお………………って……え? 処罰?」

処罰、という言葉に縁がないのは当然だ。
それは、相当DQNな生徒に下される処分の事だろう。
そんな、たかが講義をすっぽかして、挙句の果てには無能教師を勝手に怒らせただけで処罰!?
何だよ、それ! 退学とか言われたら僕はどうすればいいんだ!?
中退金は払えない。なら、せめてでも謹慎処分………されたら、行き場もない……。
ああ、僕はどうなるんだよ。葛藤が……あぁ。


と、困惑している僕の眼中に突然飛び込んできたのは、洋紙であった。
インク臭い。何か書いてあるのだろうか。
よくよく見ると、まだ艶の残る黒インクでこう書かれている。


『お守りの在庫がきれてしまいました。
 なので、下山してリスボンの町からお守りをもらってきてください。
 既に発注はしてあるので、道具屋に行って、この書類を見せれば貰える筈です。
 あ、道具屋さん、お金は口座に振り込んでおきましたのでお願いします^^;
                                                オルミア』

22 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:24:43.44 ID:uZKb4BQP0
「……なんですかお、これ」
「お守りは教会の収入源です。ですが、在庫が切れてしまったため、今少し苦しいのです」
「それで、あなたはもしかして…」
「ええ、君にはこの書類を持ってリスボンへ行ってもらいます」

最初に心に浮かんだ感情は、不満ではなく満悦だった。
一瞬でもこの薄汚い修道院からおさらばできるのが嬉しかった。

だが、次の瞬間に困惑する。
僕は、下山した事はない。例え地図をもらっても、それを読んでうまく町までいける自信はない。
コンパスとか、使い方さえ知らないし、この辺りは磁力が働いているはずなので、針がまともに作動しないだろう。
と言うか、それよりも前に盗賊や野獣とかに殺されてしまう可能性だってあるんだ。
町から町に移るには、帝国騎士団やら何やらから護衛を付けるのが常識の世の中。
以前聞いた話では、リスボンなる町までは下山後に山一つ越えねばならないらしい。
まさか僕一人で行けと言うのではないだろうな、オルミア様。

「不安そうな顔ですね」

オルミア様、僕の思考を完全に理解しているのだろう。
この人お得意の冷笑が、また僕の心を貫いた。

「僕一人で行けと言うんですか?」
「いいえ。その為にショボ君も呼んだんです」
「はい?(´・ω・`)」
24 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:26:10.05 ID:uZKb4BQP0
ショボと僕の声が同時に重なる。
当然だ。ショボにとっては、全く想定外の出来事だろう。
まさかこの神官、ショボを僕のお使いに付き合わせるつもりじゃないだろうな…。
いや、それが的中だろうな。オルミア様ときたら、ショボの事を横目で見て笑っていやがる。

「ショボ君、ギコ先生を怒らせてしまったのは君です」
「で、でも! それはあの先生が悪い事で…!!」
「言い訳無用。それに内藤君だけでは不安なので、君にも行ってもらいます」
「ちょ………(´・ω・`)知らんがな」
「私も知らんがな」


結局、ショボがその後オルミア様に言いくるめられてしまった事は言うまでもない。
優等生のショボは、神に祈る時間が等とぼやいていた。信じられん。
こいつもクーと同様、厚い信仰で修道院に来たのだろう。
全く、この山を下山したらそこはどんな世界なんだろう。
人口の半分近くがトリーシャ教と聞くし………恐ろしいよね。

その後のショボの機嫌は、妙に悪かった。
話しかけても、ぶち殺すぞという単語だけを連発された。
本当にショボはこの修道院から出たくなかったらしい……乙なことだ。

25 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:28:17.91 ID:uZKb4BQP0
さて、当の僕はというと、明日から下山するための支度をしていた。
食料、水、野宿セット等、生活に最低限必要なものは勿論。
暇な時読書するための本や、携帯ゲーム機や。
後は野獣なんかに遭遇した時の為にと、オルミア様がくれた高レベル術師用の杖。
修士二級以上に与えられる杖であり、五級の僕なんかが持っていていいのかと思うほどだ。
この分では、ショボなんかは修士一級の杖でも頂いたのではないか?
それで明日の朝には機嫌を直してくれていればいいんだがね。


「ふわぁ。」

欠伸が出た。
今日は疲れたので、眠気がさしてきたようだ。
明日の朝から、あの退屈なお祈りもなくていいのか。
そういう意味では下山が嬉しい。というか、嬉しくない事なんて一つもないんだけど。
明日の朝は早いので、さっさと眠る事にしよう。

僕はベッドにもぐりこみ、布団を自分に覆いかぶせた。










26 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:29:51.56 ID:uZKb4BQP0
明朝、朝日は相変わらず差し込まない。
やはり乳色の霧がかすみ、辺りの景色はハッキリしない。
気温は昨日よりも寒くて、毛が逆立ちっぱなしだ。おかげで、法衣を二枚も羽織る羽目になった。
視界がはっきりしないといっても、それは最初だけの事で、ショボがしぶしぶながら光の法術で辺りを照らしてくれた。
その右手には、やはり修士一級の杖が。
ショボも、ちょっとご機嫌な様子であった。
僕はそれを見て、ホッとしたものだ。


「ショボ、リスボンまでの道は把握しているのかお?」
「まあね。こう見えても僕、リスボンの出身だし。地図がなくてもいけるよ」
「へぇ。ショボって、リスボンからここを受けに来たのかお。近くに修道院ないのかお?」
「リスボンの最寄修道院ってここなんだよ。意外とあの辺、トリーシャ教に過疎いんだよね」
「そうなのかお? トリーシャ教って世界の人口の二分の一とか聞いたけど」
「誰から聞いたんだよ。トリーシャ教は、精々でも人口の四分の一くらいだと思うよ」

怪訝そうな顔をする僕に、ショボが真実をさらりと。
そういえばこの噂、誰から聞いたんだっけ? 何でも鵜呑みにしてはいけないな。

27 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:31:26.16 ID:uZKb4BQP0
「まあ、いいお。それより、リスボンまではどのくらいなんだお?」
「山道は一本道だからね。もう少しで多分ふもとの町まで出ると思うよ。そこで休憩しよう」
「把握した。それまでに野獣とか盗賊とか出たりしないおね?」
「まあね。この辺りには獰猛な生物は住んでない筈だし、盗賊なんかも教会の周りは自警団が退治してくれてるしね。あれ見てみなよ」

ショボが指差した先には、鉛色にどんよりと光る鎧に身をまとった騎士がいた。
と言っても、帝国の騎士団とは違い、修行僧の中から教団の警護の為に騎士となった者だ。
それを自警団と称する。彼らは、朝早くからこの辺りの治安を維持してくれているのだろう。
自警団の人は、僕らに気付くと手を振ってくれた。僕とショボも手を振り返す。
僕らを一目見て不審者でないと理解するとは、視力はとても良いらしい。
これで腕っ節が強ければ、トリーシャ教は本当に安心だな。

「まあ、心配せずにのほほんと行こうよ」
「そうだねだお」

僕とショボは、ゆるゆると山道を下っていった。

28 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:33:16.01 ID:uZKb4BQP0
やがて、絢爛な風景になる。
背低な木やら巨木が立ち並ぶようになって、辺りは一気に気温を上昇させた。
その初めての暑さに、僕はたじろいでいた。
それは正に、シベリアで寒さしか知らない人間が砂漠の暑い空間に放り込まれたような。
長い間低気温の中で育ってきた僕は、そう言う訳で暑さが苦手なようだった。
ショボに比べて、その数倍の量の脂汗を流し、息を荒くしているように思える。
ショボはというと、蔑むような目で僕を見て何も言わない。悔しい。

「暑いお」
「知らんがな」

会話も、二言返事だけで終わる。
ショボの奴、暑くて少し気が立っているようだった。
山の上にいて気付かなかったが、今の季節は夏だったのだ。
それも、猛暑な日々が続いているらしい。
夏鳥や夏虫の声は、最初こそ心地よいものであったが、いい加減に鬱陶しくなってきた。
プンプンと耳の周りを飛び回るのは、吸血する虫。
羽音が嫌に耳に響く。煩い。叩き殺してやりたい。

耐え切れず、その虫をぺちんと潰す。
そうすると、手の中には汗に塗れた虫の死骸と、その虫のありとあらゆる体液が。
嫌な羽音はその一匹を殺しただけでは終わらないし、手は汚れるし。
下の世界は良い事ないな。山の上って、案外快適だったのかもしれない。

29 名前:豆男 ◆X5HsMAMEOw 投稿日:2006/09/10(日) 17:34:22.62 ID:uZKb4BQP0
「ショボ……町までは後どれくらいだお」

この言葉、何回言っただろう。
でも、言わずにはいられないこの気持ちを分かって欲しい。
ショボはもう、いい加減にしろという眼差しをこちらに向けて、何も言わずに指を指した。
その方向に、僕は見た。何か大きな建物があるのを。

屋根の部分くらいしか見えない。
美しい紫の色をしているようだ。何の建物だろう。
っと、建物? 建物があるという事は、あそこが例の町なのか。
距離的には、今まで来た道に比べれば大した事はない。
歩いてでも、十分以上はかからないだろう。
やっと目前に見えた休息に、僕は胸を弾ませた。

「ショボ、急いで街行って休むお!」
「うるさいな、お前一人で行けよ」

走る気力もなくしているショボをおいて、僕は一人山道を駆け出した。
地を蹴る足は強く、一歩一歩しっかり前に踏み出して。




―――思えば、ここから、僕の小さな冒険が始まったのだ。


第一話 完
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