69 :予告編 ◆azwd/t2EpE :2006/07/14(金) 00:39:25.81 ID:f+oiVEnt0
 俺の策略は完璧だった。

「内藤、津出さんって確か2組だったよな?」

 太陽の光がいつもより眩しく感じた朝。
 俺は内藤に話し掛け、頼み事を試みた。
 計画の第一歩であり、肝要でもあった。ここで躓けば、それは即計画の頓挫を意味する。

「いきなりどうしたんだお、毒尾?」
「ちょっとお願いがあるんだけどさ」

 確信の中の、不安。
 大丈夫だ、と思う一方で、もしかしたら、を拭いきれない。

「同じ2組の椎野さんに、ちょっと用があってさ、津出さんを通じて呼び出してほしいんだ」
「呼び出す?」
「あぁ、屋上に」

 内藤は鈍くない。この発言か何を意味するのかは、すぐに分かっただろう。
 内藤の顔がにやけていた。

「分かったお! 任せてくれお!」
「あぁ、頼むよ」
「頑張ってだお!」

 言葉を返すかわりに、軽く笑ってみせた。内藤は喜々として2組の教室に駆けていった。
 内藤の彼女を通じて“奴”を呼び出す。恐らく、内藤は上手くやってくれるだろう。あとはほとんど苦もなく進むはずだ。
 策略は、成功したも同然だった。
71 :予告編 ◆azwd/t2EpE :2006/07/14(金) 00:41:33.52 ID:f+oiVEnt0
 午後の授業が、いつもより早く感じた3時過ぎ。
 陽気な初夏の昼下がりは、それだけで心が満たされる。
 これから起きる出来事も、些事に過ぎないのだと思えた。

 放課後。
 まずトイレに行って、ゆっくり用を足す。
 携帯でVIPのお気に入りのスレをじっくり閲覧しながら歩き、少しずつ、屋上に向かった。
 薄汚れた「立ち入り禁止」の看板を無視して、階段を昇る。
 屋上への扉を開けると、床のコンクリートが夕陽色に染まっていた。

 フェンス際に立って、グラウンドを見下ろした。
 切ないほど、人が小さく見える。
 何もかもが、小さく感じた。

 眼を閉じて、1ヶ月前のことを思い出した。


 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 最後尾車両の、一番後ろの、窓際。
 空気が朱に染まった夕方。
 いつものように電車に揺られながら下校していたが、いつもと違うことがあった。

 女が、隣に座ってきた。

 俺のような陰気な男の隣りに座ってくるのは老人かサラリーマンくらいのもので、若い女が来るなど、珍事そのものだった。
 しかもその女は、同じ学校の制服を着ており、とてもじゃないが、自分には縁のなさそうな雰囲気を持っていた。
73 :予告編 ◆azwd/t2EpE :2006/07/14(金) 00:43:56.16 ID:f+oiVEnt0
 整った顔立ち、白雪のように汚れなき肌。
 力を込めたら壊れてしまいそうな華奢な体、馥郁する甘い香り。
 自分の高揚が、周りの人間すべてに伝わったかも知れない、という馬鹿な考えが浮かんだ。

 その女は眠そうに眼をこすっていたが、10分ほどすると眼を閉じていた。
 そして、薄茶色の髪が俺の肩に触れる。
 頭が、左肩に乗っかっていた。

「あ……ゴメンね……」

 そう言って、その女は俺が降りる一つ前の駅で電車から去って行った。

 それ以後、その女をよく見るようになった。
 朝も帰りも同じ電車、車両まで一緒。
 恐らく以前からそうだったのだろうが、存在に気付いたのは隣りに座ってきた日からだった。

 その女は、大抵2,3人の男と一緒に帰っていた。
 特に、背が高くて足の長い、いかにも女子に人気がありそうな男は、必ず一緒で、彼氏であろうということは容易に想像できた。
 特段衝撃を受けるでもなかったが、軽い嫉妬はあった。恋人という存在を傍らに置いている人間に対しては、当然のように抱く感情だった。

 それを毎日見るうちに、妬みはやがて恨みに変わった。

 幸せそうな笑顔、充足された空間。


 壊してみたくなった。
75 :予告編 ◆azwd/t2EpE :2006/07/14(金) 00:46:04.51 ID:f+oiVEnt0
 たかだか顔が人並み以上というだけで、幸福を掴める。それが、許しがたかった。
 俺は毎日冴えない男友達と面白くもない話をして、周りからの視線や嘲笑に堪えているのに、何故あいつは満ち足りているのか。
 あいつには味わい得ない、この苦しみ。
 一生、付き纏わせてやりたくなった。

 作戦は、すぐに思い付いた。
 簡単で、効果絶大。
 自分に降りかかるダメージも果てしなく大きいが、惜しくはない。
 どうせ、全ては些事に過ぎないのだから。


 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 その作戦を思い付いたのは、まだ昨日のこと。
 昨晩は興奮でなかなか寝付けなかったが、体調に問題はない。


 どうせ、今日果てる命だ。


「あの……」

 扉が、開いていた。
 取っ手を掴む白い手が、夕陽に映える。短いスカートが、微風に揺れる。

 椎野と、眼を合わせた。

76 :予告編 ◆azwd/t2EpE :2006/07/14(金) 00:48:14.52 ID:f+oiVEnt0
「こんにちは」
「こんにちは……えっと……毒尾くん……だよね……?」
「知ってるんだ、俺のこと」
「いつも電車一緒だから……」

 存在を覚えられていたことより、名前を知っていることのほうが意外だった。内藤が教えたのだろうか。思わず、動揺する。
 しかし、二度呼吸するだけで気持ちは落ち着いていった。

「いきなり呼び出したりしてゴメン」
「ううん……気にしないで……」

 椎野に言葉を送りながら、周りを見回した。
 椎野が他に誰か連れて来てくれていれば、好都合だった。目撃者は多ければ多いほど良いし、それが椎野と親しければ尚良かった。

「それで……えっと……」

 聞き取りづらい声を椎野が発した。
 微風にすら、かき消されそうだった。

「私を……呼び出した理由は……?」

 分かっているくせに、白々しい。
 思わずそう言いかけたが、言葉を飲み込んだ。
 一時の感情に身を任せて、全てを台無しにすることはできない。

「うん……まぁ、大体分かるでしょ?」

 椎野からの反応はなかった。言葉だけではなく、表情さえ。
 苛立ちを抑えるのが辛かったが、努めて平静を保ち、そして、言った。

77 :予告編 ◆azwd/t2EpE :2006/07/14(金) 00:51:43.86 ID:f+oiVEnt0
「好きです」

 成功した。
 この一言さえ発してしまえば、もう何も不安はない。未来が、鮮明に見える。


 この後、俺はフラれる。
 そして、失意により、屋上から飛び下り自殺する。
 椎野の目の前で。

 フラれたことにより、自殺。
 フってしまったことにより、相手を、殺してしまった。
 椎野の心に、間違いなくその意識が根付く。
 罪の意識が。

 実際何かの罪に問えるわけでは当然ない。
 しかし、椎野は重い十字架を一生背負うことになる。

 顔が良いが故に俺に目を付けられ、そして苛みを得る。
 愉快極まりなかった。

「だから、良ければ付き合ってほしい」

 この一言で、策略の全てが終わった。決定的な一言になるという確信があった。

 もう一度辺りを見回す。残念ながら傍観者の気配を感じることは出来なかった。
 しかし、充分だ。充分、椎野の心に痛打を与えられる。生涯拭えぬ傷を心に縫い付けられる。

78 :予告編 ◆azwd/t2EpE :2006/07/14(金) 00:53:44.96 ID:f+oiVEnt0
 完璧だ。俺の策略は、完璧だった。

 ―――――だった。


「私も」


 時が、静止した。
 世界の流れが、間違いなく止まった。

 有り得ないことだった。

「私も、毒尾くんのこと、好き。付き合ってほしいな」

 ―――――何故だ?
 何故、どうして?

「……え?」

 情けない声が、無意識のうちに出てしまっていた。


 何の隙もない。破綻する要素など、どこにもない。
 俺の策略は、完璧だった。

 ―――――有り得ない例外を除けば。
80 :予告編 ◆azwd/t2EpE :2006/07/14(金) 00:55:31.50 ID:f+oiVEnt0
 この時、実はアザラシのような口を持ち、常に笑ったような目をした男が見ていたこと。
 そして、この策略がとんでもない方向に向かうこと。

 俺は、分かっていなかった。












【('A`)ドクオの策略がとんでもない方向に向かうようです】

                       〜近日公開予定〜
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