- 6 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
21:15:43.67 ID:IlzJWxlc0
- 【Seventh Color : Blue】
空虚な隣座席をなるべく見ないようにしながら、電車に乗っていた。
電車の揺れさえ心を刺激する今は、努めて無心でいようとするも、平静はあまりに儚い。
(内藤と椎野が……中学のときに……)
ちょうど、電車の中だった。
椎野が、『今まで誰とも付き合ったことがない』と言ったのは。
(……どういうことなんだよ……)
長岡の勘違い。
まず最初に考えたのは、それだった。
しかし長岡は、事も無げに言い放った。
―――――毎日手繋いで一緒に帰ってたんだぜ?
間違いねーよ
確かにそうだ、と思った。
俺とも、毎日手を繋いで登下校している。彼氏だからだ。
中学のときも同じことをしていたのなら、恋仲であった、と見て間違いない。
(……本当なのか……? 椎野……俺には、嘘をついたのか……?)
考え続けても、答えは出そうになかった。
- 10 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
21:20:54.28 ID:IlzJWxlc0
- 家に帰ってからは、飯も食わずに部屋で一人悩み続けた。
考えまいとしても、勝手に顔を見せる。沈めたくても、浮かぶ。
何なんだ、こいつは。何故、言うことを聞いてくれないんだ。
苦しくて仕方がなかった。逃げ出したかった。
(何でだ……なんで、誰とも付き合ったことないなんて言ったんだ……)
疑問はそれだけではなかった。
最近の行動がやけに気にかかる内藤。あの内藤と、付き合っていた。
椎野と、内藤。繋がりがないとは考えにくかった。
(……椎野が俺のことを前から好きだったって……アイツ、言ってたな……)
内藤の様々な言葉を思い返す。
前から、好きだった。内藤はそう言っていた。
あの言葉も、今は疑いたくなる。
(嘘だったとしたら……?)
内藤も、椎野と同じように、嘘をついたとしたら?
今まで形成されていた世界は、綻びを見せ、そしてそれは崩壊への足がかりとなる。
親父の言葉を思い出した。女を、信じるなという一言。
猜疑心に身を任せ、全てを疑ってみたくなった。
(そもそも、椎野は俺のことを好きじゃなかった、としたら……)
何か、目的があって俺の告白を受け入れたことになる。
女が好きでもない男と付き合うとしたら、目的は、恐らく金だろう。
- 13 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
21:25:40.96 ID:IlzJWxlc0
- (……金か)
内藤が俺のことを椎野に話したとしたら、俺の親父が開業医だということは知っていただろう。
金持ちである、ということを狙った可能性は、充分ある。
いや、そもそも、内藤が今も椎野と繋がっているとしたら?
あの二人が、ずっと付き合い続けていて、様々な策略をめぐらせていたとしたら。
(……色んな疑問が解決する、よな……)
クールでカッコイイ、という惚れた理由も、二人が口裏を合わせて嘘をついたとしたら納得がいく。
電車の中の俺を見て、カッコイイと思うはずがない。それはずっと疑問だった。
(あぁ、そうか……自分からベタ惚れの空気を出すことで、逆に相手を引き込むのか……)
もしそうなら、椎野には上手くやられた、と思った。
完全に引っかかっている。
(完全に俺が惚れて……それから、プレゼントとかをねだられたら……?)
恐らく、金を出してしまうだろう。
椎野と別れたくない。プレゼントを拒否して、椎野の想いが冷めることを、怖がったはずだ。
それが、あいつらの思う壺なのか。
(いや、いや、いや……待て待て……話が飛躍しすぎだ……)
冷静になれ、と自分に言い聞かせるが、落ち着かない。
この前のカラオケ代を俺が支払ったことなども、引っかかり始めているからだ。
あれが"慣らし"だとしたら、と考えると、怖くなってくる。
- 15 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
21:30:47.88 ID:IlzJWxlc0
- (いや、あの後椎野は『今度は私が払う』って言ったよな……もし金目当てで俺と付き合ってるなら、そんなセリフは……)
しかし、椎野にそう言われても、俺は今後も金を出す気でいた。
椎野が何も言わなければ、今後は割り勘だったかも知れない。しかし、『今度は私が払う』と言われて、逆に俺が今後も払う気になった。
全部、計算づくなのか。
(……疑いすぎだ……いくらなんでも、無理がある……)
信じたかった。椎野と過ごした日々を、否定したくなかった。
だが、もう疑問は絶えない。どこかで、何かで、結論を作り出さなければならない。
このまま椎野に接することはできない。
(……やっぱり……あれを、突いてみるしかないかな……)
椎野の言動を思い返す。
今朝、電車の中で、メールが来ていた。そして、それにすぐ返信していた。
普段ならすぐに返したりはしないのに。
そして、その後、学校へ向かう途中でのセリフ。
『用事ができちゃって』と、椎野は言った。
(できちゃって……ってことは、ついさっきできたってことだ……)
つまり、あのメールでしかあり得ない。
ならば、起こすべき行動は一つだった。
- 18 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
21:35:49.28 ID:IlzJWxlc0
- (……やるしかないな)
新月の夜。
姿を見せぬ月を、少し探してみたくなって、窓の外を眺めた。
しかし当然、闇に紛れていて、光を放つことはない。
数日前まで、あんなに煌々としていたのに。
自分の様々な考えが、外れてくれることを願いながら、ベッドの中で目を閉じた。
「昨日、どうしたの?」
朝、電車で椎野が隣に座ってきて、すぐの一言だった。
今は雑談をする気にはなれない。最初に聞いたほうが良いと思った。
「えっ、昨日……? ……昨日は……」
「昨日は?」
椎野は、慌てているように見えた。
恐らく、想定していなかった第一声だろう。おはよう、の挨拶もなしに、いきなりこの言葉が来れば、驚くのは当然だった。
「……そんな、別に……話すようなことじゃ、ないよ……」
「……ふぅん」
椎野の表情が、焦りに変わった気がした。
- 22 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
21:40:52.51 ID:IlzJWxlc0
- 「ご、ごめんね……ホント別に大したことじゃないから……」
「……昨日の用ってさ、朝のメールが関係してるんだよな?」
「え、え? ……いや……っていうか……」
言葉の端々に狼狽が伺えた。
一気呵成に、攻め立てるべきだと思った。
「関係、してるんだよな?」
「……うん……」
諦念か、恐怖か。
どちらかに揺り動かされ、椎野は頷いた。
「誰から?」
心臓の高鳴りが、俺の言葉を震えさせた。
情けない声になったが、椎野は全く気にしていないようだった。
気にする余裕がない、と言ったほうが適切かも知れない。
「……誰から……って……」
「メール、見たい。残ってるでしょ?」
「……私、大事な人以外からのメール、すぐ消しちゃうから……昨日のは、お母さんからで、もう残ってない……」
「へぇ」
冷徹な一言だ、という自覚があった。
さっきの言葉を、信じろというほうに無理がある。見破って下さいと言わんばかりの嘘だ、と思った。
椎野の顔が青ざめて見えるのも、今は気に留めなかった。
- 24 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
21:45:11.81 ID:IlzJWxlc0
- 「俺、今日先に帰るから」
「ま、待って! ゴメン! 私の態度が気に入らないなら謝らせて!
でも私ホントに」
「違う。別にさっきのことは関係ないよ。俺今日、テスト一つだけなんだ。帰る時間違うでしょ?」
「え? あ、そっか……私は二つだ……」
「うん。待ってようかと思ったけど、でもちょっと帰ってやりたいこともあるし……だから、先に帰るけどゴメン、っていう話」
「……そっか……うん、分かった……わざわざありがとう……」
「ううん。テスト、頑張ってね」
「うん、ありがと……」
ここまでは、上手くいっている。
果たして、仕掛けた策略が、機能するかどうか。
答えは、放課後に出る。
数学のテストを終えて、廊下を歩くと、2組の教室の前に椎野が居た。
廊下にあるロッカーに教科書を入れて、違う教科書を取り出している。
「ドっくん! 帰るの?」
「うん。次、選択授業の英語だっけ?」
「そうだよ。これがなければドっくんと一緒に帰れるのに……」
「まぁ、しゃーないな」
俺が普通に話しかけたことで、些かの不安は吹き飛んだようだ。
椎野の表情を見れば、安心が手に取るように分かった。
- 32 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
21:50:39.86 ID:IlzJWxlc0
- 「……そういえば、内藤もこの授業取ってたな」
「あ、そうだね。内藤君も私と一緒で、勉強苦手だから、多分捨ててるんじゃないかな……」
「多分な。まぁ、頑張って」
「うん! ありがと!」
手を振って、背を向けた。
心臓の鼓動が、早まりだした。
椎野がこちらを見ていないことを確認して、昇降口ではなく、階段へと向かう。
素早く三階まで昇って、誰も居ない廊下で一息ついた。
窓辺に佇み、眼下に見える生徒たちが帰る様を眺める。
二十分もそうしていると、さすがに生徒の姿はほとんど見えなくなった。
(俺の読みが正しければ……椎野は……)
外れろ、と願った。
バカバカしい深読みだ。あり得ない。
杞憂で終わるはずだ。
授業終了のチャイムまで、あまり考え事をせずに済んだ。
下の階が騒がしくなりはじめたが、誰も三階までは昇ってこない。
三階は特別教室ばかりで、誰も来る用事はないからだ。
- 36 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
21:55:30.55 ID:IlzJWxlc0
- 階段を降りる。
一階へと、慎重に近づく。
椎野に見つかっては全てが終わりだ。策略は崩壊する。
不審者の如く周りに目を配りながら、ゆっくり歩いた。
そして、一階の廊下の端で、椎野を見つけた。
内藤と二人、並び歩く、椎野を。
(……椎野……)
二人の後をつけた。
知り合いには見つからないように、慎重に。
(どこに行くんだ……?)
二人は階段を昇っていく。
俺がさっき昇り降りした階段とは違い、屋上へと通じる階段だ。
案の定、三階を通り過ぎ、更に上へと向かう。
屋上は一応立ち入り禁止になっているため、人が来る心配はほとんどない。
テスト後なら尚更だった。
二人が屋上への扉をくぐったあと、音を立てないようにゆっくり、扉を開けた。
素早く扉を抜け、二人の死角へと走る。
二人は外を見ている。気付かれてはいないようだった。
- 39 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
22:00:22.32 ID:IlzJWxlc0
- 「……。……、……」
「……? ……」
「……、……」
「……」
会話の内容は聞き取れない。
しかし、どうやら読みは当たったようだ。
策略が、成功してしまっている。
二人は、手を繋いで、喋りあっていた。
(……はっ……なんだこりゃ……)
総身から力が抜けていくのが分かる。
固く手を結んだまま、会話している。ただの、友達同士のはずの二人が。
結局、そういうことか。
お前らの企みに、上手く嵌められたのか。
愉快すぎる不愉快が、俺の体を通り抜けた。
乾いた夏風と共に。
「今までありがとう」
二人に歩み寄って、大きめの声で、しかし静かに言い放った。
二人は同時に振り返り、一瞬にして顔面が蒼白になっていった。
- 42 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
22:05:25.73 ID:IlzJWxlc0
- 「ド、ドっくん……!? な、なんで……!?
なんで、学校に居るの……!?」
「居ちゃマズイってわけ?
そりゃそうだよな」
「ち、違うお! 毒尾、勘違いだお!」
「何がだよ。まだ何も言ってねーのに勘違いもクソもあるか」
「で、でも誤解してるお! ブーンとしぃちゃんは、そんなんじゃなくて……」
「繋いだ手をほどいてから言えよ」
はっとして、慌てて手を離す二人。
この二人の、あんな表情は見たことがなかった。視線を地面に落としていて、俺と目を合わせることは決してしない。
とんでもないことを、してしまった。表情がそう語っていた。
「あ、あのね、ドっくん……手を繋いでたのは、そういう意味じゃないの……た、ただの癖で……」
「何の癖だよ。俺と繋いでた癖か?
それとも、内藤との癖か?」
椎野が押し黙った。
否定してこない。つまり、無言の肯定だ。
思わず吐き出した溜息が、乾いた空気に溶け込んでいった。
「俺を騙してたってわけか。二人がグルになれば、容易いわな」
「だ、だから違うお! 誤解だお!」
「じゃあ何で俺を監視してたんだよ、内藤。言ってみろ」
そして、内藤も口を閉ざした。
咄嗟の嘘でもつけばいいのに、今の状態ではそれも無理、ということか。
誰も発言しなくなり、声を出しにくい空気が三人を包んだ。
「……ゴメン……ね……」
数分続いた静寂を、掠れた声でかき消したのは、椎野だった。
- 47 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
22:10:38.53 ID:IlzJWxlc0
- 「内藤君と二人で会ったこと……手を繋いじゃったこと……ホントに……ゴメン……」
「もういいよ」
椎野が、初めて俺と目を合わせた。
歓喜か、絶望か。それを伺うような表情を浮かべていた。
「もう、いい。俺と椎野は、もう恋人でもなんでもないんだから」
椎野の瞳から、色が消えた。
くずおれそうになった椎野を、内藤が支える。
内藤が、慌ててつつ、しかし強い口調で言葉を発する。
「待つお! しぃちゃんはちゃんと謝ってるお!
たった一回くらい、許してあげるのが彼氏ってもんだお!」
「お前が言うなよ。俺と津出さんを騙しながら椎野と付き合ってたお前が」
「だ、だから誤解だお!
そんなんじゃないお!」
「もういいって。やめろ。見苦しい」
内藤の表情に、恐怖が浮かんだ。
口が、上手く動かないようだ。開閉を繰り返していた。
「反論もできねーのに否定ばっかするなよ。うざったいな。そこまでして金に縋りつきたいのか?」
「な……な、何言ってるの……? ね、ねぇ……ドっくん……」
「もういいってば。今までありがとう。楽しかったよ」
これ以上、話したくなかった。苛立ちが口を突いて飛び出しそうだ。
罵詈雑言の嵐を浴びせかねなかった。
- 56 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
22:16:55.56 ID:IlzJWxlc0
- 「じゃあ、バイバイ」
背中で椎野にそう告げて、屋上から立ち去った。
二人が追ってくる気配はなかった。
帰りの電車の中、そして家の中。
ずっと、無心でいられた。
結局一回しか嵌めていないリングは、机の引き出しの奥に閉じ込め、鍵をかけた。
捨てるかどうかは迷ったが、踏ん切りがつかなかった。
未練がないと言えば、嘘になるからだ。
しかし、椎野を好きな気持ちはもう欠片もない。
あの屋上で最初に椎野と会ったときと、同じような気持ちだ。恨みが強い。あのときより、純粋に。
結局、あの屋上で全てが始まり、全てが終わった。
綺麗な終結だ、と思った。
(いつも通りの日々が帰ってくるわけか……気楽だな……)
しかし、心の色は暗いままだった。
- 61 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
22:21:44.81 ID:IlzJWxlc0
- 翌朝の電車に、椎野はいなかった。
隣に座ってくる可能性が、ないとは言えなかった。少し不安だったが、さすがに車両を変えたようだ。
慣れ親しんだ空気に身を委ねながら、しかし不穏さを拭いきれないまま、学校へと向かった。
学校に着いてから、教室へ向かう途中、2組の教室を見た。
椎野の姿は確認できない。学校に来ていないのだろうか。
一本遅い電車では遅刻する。今日は休んでいるのかも知れない、と思った。
(明日は土曜だし……まぁ、休みやすい状況ではあるな……)
大して気に留めずに、4組の教室へと向かった。
内藤も休んでいることに気付いたが、それも疑問に思わぬまま、テストに臨んだ。
一人で過ごす土日。
物寂しさがないとは言えない。しかし、今までは当たり前だった状態だ。
孤独なら既に飼い慣らしている。すぐに馴染んでいくはずだ。
時々椎野のことを思い出しはしたが、放っておいた。
そのうち、考えないようになるだろう。
- 67 名前:第7話
◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/09/03(日)
22:26:48.33 ID:IlzJWxlc0
- いずれ、この状況を、何とも思わない日が来るだろう。
希望的観測を多く抱えたまま、月曜を迎えた。
椎野が学校を辞めたという話を長岡から聞いたのは、その日の朝のことだった。
第7話 終わり
〜to be continued