10 名前:すみませんまちがえました:2009/05/27(水) 22:02:58.22 ID:MNVEVPTSP


 居合わせた水夫たちの目が一斉に中央のテーブルに注がれた。
 クーは自分の木皿をテーブルにたたきつけたときの姿勢のまま、高い声で叫んだ。

川 ゚ -゚)「おい、なんだこの肉は! 完全に腐ってやがるぞ! バカ野郎ォ!!」

 クーの声が低い天井と木の壁に反響し、
 さっきまで雑談で騒がしかった食堂が静まり返った。




   川 ゚ -゚)は探しているようです  第六話
13 名前:すみませんまちがえました:2009/05/27(水) 22:05:55.98 ID:MNVEVPTSP

 ややあって、クーの一つ隣に座るロマネスクが、わざとのんびりした声で応じた。

( ФωФ)「おやおやまあ、落ち着きなさいまし、お嬢様。
       海軍の肉ってのは、陸でのご立派な肉と違いまして、これこのくらいの腐り具合は…」

 といいながら、テーブルにこぼれていた、クーの木皿に入っていた肉を手に取ろうとした。

 ところがその肉はロマネスクの指をぐずりと受け入れ、ぶよぶよの白い脂肪の塊が指にまとわりつくばかりだった。
 指型に食い込んだ肉の部分には小さな虫がうねうねと身をくねらせていて、
 そして、えづきを起こしそうな、容易には耐え難い悪臭を放っている。

 ロマネスクはぞっとして手を引っ込めた。
 肉からは灰色のねばっこい粘液が指に張り付いて、どこまでも細い糸を伸ばしていた。

ミ,,゚Д゚彡「うん…ちょっと…こりゃあひどすぎるかもわからんね…」

 見ていたフサは、ぽつりと言った。
15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:09:53.78 ID:MNVEVPTSP

 ちょっとあった。
 それから、誰かがきっかけにそう言うのを待っていたかのように、一斉に男たちの不満の声が炸裂しはじめた。

「そうだ、そうだ!」
「何だよこの肉は!」

 食堂の何箇所かで続けざまに男たちの怒りの声が上がった。

「今日の肉は完全に腐ってやがるぞ!」
「ふざけやがって、俺たち寄せ集めの半端者には腐った肉で上等ってわけか?」

 怒りは怒りを呼び、水夫たちの上げる声が、どんどんと荒々しいものへとなっていった。

 皆同じだった。
 腐りかけの豚肉に辟易していたのも、
 そして、自分たちの新大陸行きに反対する艦長に、不満を抱えているのも。

 その不満には、ほんの少しの怒りの種火を添えるだけで、かんたんに火がついた。
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:11:40.59 ID:MNVEVPTSP

 食堂は騒然となった。

ミ,,゚Д゚彡「お、おい、どうしたんだ…」

 フサが立ち上がり、手近の知り合いの水夫に声をかけた。
 その水夫はおおいに興奮して、左手に皿を持ち、右手を頭上に振り上げて、抗議の声を高らかに上げていた。

 その水夫の弁舌の周りに小さな演説のグループが出来始めていた。

「これはよ、きっと司令部の罰なんだよ。俺達の新任艦長、あの青二才が命令に反抗するような真似をしたから、
 司令部からの配給が、こんなとびきり腐ったような肉だけになったんじゃないか」

 群集から「そうだ!」「それだ!」といった声が飛んだ。
「トップがあんな青二才だから、なめられてるんだよ俺たち!!」
「あいつのせいで腐肉を食わされてるんだ、俺たちは!」と、誰かが言った。

 椅子に座っていた男たちが次々と立ち上がり、演説の輪は勢力を増していった。


18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:14:15.66 ID:MNVEVPTSP

川 ゚ -゚)(……)

 クーはさっきから一言も言葉を発していなかったが、
 だが、不穏な空気はひとりでに食堂じゅうに広がっていっていた。

 演説会の中心で弁舌を振るっている水夫は、モララーの言う「協力者」たちに違いなかった。
 それによく見ると、群集の中で拳を振り上げて野次を飛ばしている連中も、
 実に的確に、演説の要所要所で話しを盛り上げる役割をはたしているようだ。

 フサはじめ、時ならぬ騒動に戸惑ってうろうろしている水兵もまだ見られたが、
 大半の男たちはこのやみくもな集団的な怒りの発作の熱気に当てられて、
 食堂中央で人の塊を作って、気勢をあげている。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:16:18.40 ID:MNVEVPTSP

 林のような水夫たちの塊の真ん中では、さっきの男がまだ弁舌を振るっていた。

「俺達は誇り高いニューソク海軍の兵士だ、忠誠心を持ち、愛国心があるってことは間違いねえ。
 だがその誇りを、無法なやりかたでぐずぐずに踏みにじってやろうとするやつらに対しては、
 俺達はたとえそいつが上官の帽子をかぶっていようが、国王の冠を頂いていようが、
 やるときには、きっちりとやらなければならねえ。俺達は虫けらじゃねえんだ」

「そうだ!」「やれえ!」「いいぞお!」

「やれえ、じゃねえ。やるのは俺達みんなでやるんだ。つまりはあの青二才よ!
 あいつが恐れ多くも国王陛下の艦隊司令官殿の命令に無闇矢鱈に反抗しやがるもんだから、
 そのとばっちりが俺達にまで降りてきたんだ。
 古今東西、水は高いところから低いところには流れても、低いところから高いところにさかのぼったなんて話は
 一つも聞いたことはねえ。だがあの青二才はそれをやった。たかが艦長大佐の階級のくせに、
 恐れ多くも将官に対して命令反抗をやってのけたんだ!
 だったら俺達も、敬愛する艦長閣下さまの真似をしてやろうじゃねえか。」

 男は豚肉スープの入った木皿を振り上げた。

「階級なんざ気にしなくていいってんなら、俺達が艦長閣下にこの夕食の惨状について直訴に上がっても、
 道理には反しないってことにならあな!!」

 野次と口笛と、水夫たちの間から賛同の拍手が沸き起こった。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:18:31.57 ID:MNVEVPTSP

 演説は何箇所かのグループに分かれて別々に行われているようだったが、
 内容は似たり寄ったりのものだった。

「あの新入りの青二才、どこまで俺たちに迷惑かければ…!!」
「あいつのくだらねえ命令反抗のせいで、俺達は財宝のチャンスも失って、おまけにこんな冷遇を…」

 彼らの演説で不思議にぴったりと共通していたのは、
 今日の夕食に腐った肉が出てきたいちばんの原因は、ひとえに艦長の命令反抗にある、ということだった。

 水夫たちは熱狂した。
 ドクオ艦長の命令反抗についてはみんな噂で知っていたし、
 多くの水夫はそれを不満に思っていたからだ。

 ひょっとして水夫たちは、誰かがその気持ちに火をつけるのを、待っていたのかもしれない。
 そう思えるくらいに水夫たちの団結は早かった。


川 ゚ -゚)(…なるほど、モララーという男、策士だな)

 騒ぎをぼんやりと部屋の隅から眺めながら、クーはそう感じていた。

 機を見るに敏。
 モララーは、水夫たちの不満が水面下でゼリーみたいにふわふわと漂っているのをいち早く見つけ出して、
 それを自分の目的達成のために利用したのだ。


23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:20:38.86 ID:MNVEVPTSP

「直訴だ、直訴だ!」
「やるか!」
「おお、やるとも!」

 口々に皆はそういいながら、食堂からタラップを上って上甲板に集まり始めた。
 群集の先頭には例の演説男がいる。
 しきりに何かをわめきつづけて集まった水夫を煽り立てている。

 クーは食堂からあらかた人が出ていってしまってから、どうしようかしばらく迷ったあと、
 彼らの後を付いていくことにした。

 水夫の一団は塊になって、艦尾楼にある艦長室に向かった。
 途中で意味もなく「ニューソク万歳!」と皆で叫ぶ声が上がった。

「どうだ! 皆のこの声は、きっとあの青二才にも聞こえたぜ!」
「奴ぁいまごろ部屋の隅で小さくなってがたがたと震えているに違いねえ!」

 と言い合って、水夫たちは意気を高めていたが、
 そういうふうなことを言う人物は、どうもさっきからずっと同じ人物のように、クーには思えていた。


24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:23:01.42 ID:MNVEVPTSP

 艦尾楼の入り口には数名の士官が立ち、ドアをふさいでいた。
 水夫たちは彼らをぐるりと取り囲んだ。
 演説男が進み出て、士官たちと何事か押し問答をしていた。

 「ここを通せ」「艦長を出せ」といった内容の要求を繰り返す演説男に対して、
 最も立派な服を着た士官はがんとして譲らなかった。

 水夫たちは殺気だったが、演説男がそれを鎮めた。

 演説男は全員での団体交渉をあきらめ、士官たちに「代表による交渉」を持ちかけた。
 群集の威力を目の当たりにした士官は、それが騒ぎを収めるいちばんいい方法だと同意した。

 それで演説男とほか何人かの主だった水兵たちが、艦尾楼の入り口ドアを開けてもらい、中に入っていった。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:25:13.79 ID:MNVEVPTSP

 しばらく時間が経った。
 艦尾楼の中からは音も聞こえず、誰も出てこなかった。

 一時間ほどが経った時、ドアの外につめかけた水夫たちには、じりじりとした空気が広がってきた。
 はじめのうちは意気をあげていた水夫たちも、中からいっさい何の音沙汰もないことに、
 じょじょに不安の気持ちを覚えてきた。

 彼らを煽り立てていた演説男やその仲間たちがいなくなったことも、彼らの団結を揺るがす要素になっていた。

 彼らは手に手に冷めたスープ皿を持ち、艦尾楼の中の物音を聞き取ろうと耳をそばだてた。
 だが中の様子は一向に伺えない。

「あっ」

 一人の水夫が声を上げたので、クーはその男の目線を追った。
 パートレム号右舷の前のほうに、艦隊旗艦であるニューソク海軍の大型ガレオン船が、
 すぐ近くまで接近し、横腹を見せていた。

 嫌な予感がした。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:29:33.47 ID:MNVEVPTSP

 大きな船体が近づくにつれ、水夫たちがざわめき出した。
 ガレオン船がいったい何の目的でパートレム号に接近しているのか、
 さまざまな憶測がささやき交わされた。

 そのうち皆の目に、ガレオン船の行動の意図が明らかになった。
 パートレム号と併走を始めたガレオン船の舷側には、渡し板を持った海兵隊員たちが並んで立っていたからだ。


 銃剣を付け打ち金を上げたマスケット銃を持った海兵隊員たちが、まるで海賊船狩りのときのように、
 ガレオンからぞろぞろとパートレム号の甲板になだれ込んできた。
 指揮官の号令一下、武装した海兵隊員たちは一糸乱れぬ動きでまたたく間に水夫たちを取り囲み、
 いくつもの銃口が、艦尾楼入り口に寄り集まったパートレム号の水夫たちの胸先に、ぴたりと擬せられた。

 群集の皆はわけがわからず、ただぼんやりとその光景に見とれていた。


31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:31:24.17 ID:MNVEVPTSP

 紺色の制服を着た海兵隊員の中から、一人の海尉が進み出た。
 海尉は抜き身のサーベルで甲板をこつこつと叩き、パートレム号の水夫たちに語りかけた。

「時ならぬ叫び声、通報を受けて駆けつけてみれば、…なんだ、この騒ぎは。
 お前たちの責任者は誰だ」

 水夫たちは互いに顔を見合わせた。
 演説男をはじめとして、水夫たちの先頭に立っていた主だった者は、いま艦尾楼の中にいる。

 海尉は水夫たちのらちがあかないさまをみて、いらいらした様子で、言った。

「お前たちの中で、最初に騒ぎを起こした者は、誰か」

 今度もたがいに水夫たちはお互いの顔を見た。
 そして、最終的にその視線は、皆の最後尾からぴょこぴょこと付いてきていた、
 つまりは銃口を向ける海兵隊員たちといちばん近い場所に立っている、クーの体に注がれた。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:35:35.77 ID:MNVEVPTSP

 クーを見た海尉は明らかに面食らっていた。

 水夫たちに混じって、その半分ほどの背丈の少年兵、いや、男ですらない人間が紛れていたこと。
 そして、その人間が、この騒ぎの首謀者だったということに。

「娘、お前がこの騒ぎを起こしたのか?」

川;゚ -゚)「あ……?」

 海尉の問いかけに焦って、クーは無意味にきょろきょろと周りを見渡した。
 背後の水夫たちはじりじりとわずかに身を引いて、クーと距離をとり始めた。

 水夫たちの態度を見て、海尉は決断したように頷いた。

「よろしい。この娘…少年海兵を逮捕しろ!!」

 手錠を持った海兵隊員が進み出て、クーの手に冷たい鉄の繋ぎ輪を、しっかりと嵌め込んだ。


 反乱はどうも、それで終わりだった。
 クーは手錠をはめられ、銃剣を突きつけられながら、
 旗艦である大型ガレオン船「ティベリウス号」に引き立てられていった。

 パートレム号の甲板には、ぽかんとして事の成り行きにただ呆然となった水夫たちだけが残された。
 集団の熱は、銃剣の冷たさの前にとうに冷めていた。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:39:21.88 ID:MNVEVPTSP
一.


 クーは手錠を掛けられて連行された不安から、落ち着き無くきょろきょろとあたりを見回していた。

 艦隊旗艦ティベリウス号は、基本的にはさっきまで乗っていたパートレム号とつくりが同じだが、
 大型艦らしくほとんどの擬装が一回りも大きいものだった。

 武装した海兵隊に囲まれながら、クーはその大型船の甲板の真ん中に引き立てられた。


 海兵隊を指揮する海尉は、冷酷だが、不親切な男ではなかった。
 ただっ広い甲板の真ん中まで来たとき、銃剣を向けながらではあったが、
 クーの手錠をはずしてリラックスしておくようにと命じてくれた。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:41:26.55 ID:MNVEVPTSP

 クーは鉄がこすれて赤くなった手首をさすりながら、思い切って海尉に言葉を掛けてみた。

川 ゚ -゚)「あ、あの」

 海尉の目がクーを見た。
 冷たいが、しかししっかりとクーの存在を捕らえてはいた。

川 ゚ -゚)「これから、どうなるの?」

 クーの質問に、意外にも海尉は、親しみのこもった優しい声で答えた。

「心配するな。お前が騒ぎを起こしたわけを説明するチャンスを、司令官殿はくださるのだ」

 甲板にあわただしくいくつかのテーブルと椅子が運び込まれた。
 それらはクーを囲んで、コの字型になるように配置された。


39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:43:08.75 ID:MNVEVPTSP

 視線を感じてクーは顔を上げた。
 そして、舷側通路の上の光景に不意を突かれた。

 通路には左右ともにびっしりとティベリウス号の水兵たちが野次馬に集まっており、
 そのすべての目、目、目が、甲板中央に立つクーの上に注がれていた。
 手すりの向こうには、着剣したマスケットを抱えた海兵隊が、横列を組み立ち並んでいた。

 ものものしい光景。
 そしてそれら、何事かが起ころうとしている舞台の中心人物は、
 この広い甲板の中央に立つ自分なのだということに気づき、クーは恐ろしくなって、隣に立つ海尉を仰ぎ見た。

 海尉はクーのほうを見返して、言った。

「うろたえなくていい。君は新兵かな。
 これが、公正で公開の軍法会議、というやつだ。覚えておけ」
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:47:07.02 ID:MNVEVPTSP

 ややあって、士官昇降口から眠そうな目をしたアーネム公が、姿を現した。
 続いてその後ろから居住まいを正したタンブルストン興が、渋るアーネム公を小突くようにして階段を降りてくる。

 脱帽の号令がかかった。
 居並ぶ者は、水兵も海兵隊も士官もみな帽子を取った。
 クーは最初から無帽だったが、それは珍しい例外だった。

 アーネム公とタンブルストン興はクーの正面のテーブルに着席した。
 両脇のテーブルには主だった士官たちが座っていた。


 上級将校の着席を待って、クーの隣にいた海尉が進みだした。
 そして怒鳴るように報告した。

「被告、パートレム号海兵隊員クーです、司令。騒ぎを起こし、皆を扇動しました」

 舷側通路に詰め掛けた野次馬たちの間にわずかなどよめきが起こった。
 「あんなガキが」「女が」「海兵隊員」といった声が、クーの耳にも届いてきた。


 アーネムの知的で穏やかな青い目が、じっとクーを見ていた。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:48:58.47 ID:MNVEVPTSP

( ´_ゝ`)「これは重大な告発だよ、クー」

 野次馬が静まるのを待ってアーネム公は穏やかに切り出した。

( ´_ゝ`)「君はこうした軍隊にまだ慣れていないから、反抗という罪が軍隊の中でいかに大きなものかは、
      まだよくわかっていないのだろう。
      私としてはできるだけその点への配慮はしたいのだが、しかし」

 アーネムは携えてきた黒い革表紙の本をテーブルに置くと、その上に右手を添えた。

( ´_ゝ`)「たとえ私であっても、国法たるこの『戦時懲罰規定』を曲げるわけにはいかんのだ。
      君がなにかこれに触れることをしていたのなら、君は処罰される。これはもう、動かしがたいことだ。
      そのことをよくよく考えて、我々の問いかけに返事をすることだ。わかったね」

 アーネムの問いに、クーは緊張した面持ちで、こくりと頷いた。


46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:51:01.15 ID:MNVEVPTSP

( ´_ゝ`)「さてクー。君はパートレム号で、水夫たちの騒動を扇動したとの事件で告発されているが、
      これは真実かね?」

川 ゚ -゚)「……」

 何を答えればいいのかわからず、クーの目が泳いだ。

川 ゚ -゚)「わ…私はただ…スープが…
     その…肉が…」

 アーネムの隣に座っていたタンブルストンが、やれやれという顔をして、口を開いた。

(´<_` )「落ち着いて。いったい何があったのかを、最初から話してみろ」

川 ゚ -゚)「は…」

 クーは口を閉じ、しばらく頭の中で喋ることをまとめる作業にとりかかった。


47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:52:57.51 ID:MNVEVPTSP

 その作業をしている最中、左舷の舷側にすこしあわただしく人の動きがあった。
 一人の士官がアーネムに駆け寄り、小声で何事かを報告した。

( ´_ゝ`)「ここへ通せ」

 アーネムは伝令の士官にそう命じた。


 左舷の舷側通路に詰め掛けていた野次馬たちが左右に分かれて、
 その間にできた通路を通って、パートレム号艦長ドクオが姿を現した。
 そして…

 クーはそのドクオの後ろにつきしたがっている人物を見て、あやうく声を上げるところだった。
 その黒いローブに包まれた姿は見間違えようも無い、怪僧モララーのものだったのだから。


「目撃証人であるモララー牧師と、責任者であるドクオ艦長を、お連れしました。司令」

 伝令士官が怒鳴るように報告し、一歩下がった。


48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:55:46.25 ID:MNVEVPTSP

 パートレム号の二人は歩みを進め、クーの隣に、アーネムに向かって並び立った。
 アーネム公は三人を見比べた後、まず最初にモララーに語りかけた。

( ´_ゝ`)「きみは、この件の目撃者なのか?」

( ・∀・)「はい」

 モララーはクーの前に歩み寄り、真っ直ぐにクーを指差して、言った。

( ・∀・)「私は一部始終を見ました。…彼女の犯行を」

川 ゚ -゚)「なに?!」

 クーは気色ばんで、大きな声を発した。
 「黙れ!」脇に立つ海尉の声が飛んだ。
51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 22:57:32.24 ID:MNVEVPTSP

( ´_ゝ`)「何を見たのかね?」

 おだやかにアーネム公は言った。

( ・∀・)「食堂で夕食をとっていた時でした。皆に配膳が終わり、スープを食べているときに、
      彼女は突然自分の木皿を叩き割って叫んだんです。叫んだ内容は…
      あまりに聞くに堪えない侮辱の言葉の羅列ですので、それをそのままここで再現することはしませんが、
      おおよその意味だけを申し上げますと、食事の肉が悪いのはドクオ艦長のせいだ、
      というようなことを喚きたてていました。
      それで、食堂にいた水夫たちが扇動され、反乱を起こしました」

川 ゚ -゚)「き……」

 クーは歯を剥いてモララーを睨みつけていたが、隣に立つ海尉がクーの動きを警戒していたので、
 何らかの実際の行動を起こすことはできなかった。

( ´_ゝ`)「なるほど」

 アーネムは言って、黙り込んだ。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:00:02.10 ID:MNVEVPTSP

 隣に座るタンブルストンがアーネムの耳元に口を寄せて、囁いた。

(´<_` )「アーネム公、選択の余地はありません。
      クーの罪となるべき行動は、証人の言によれば、明らかです」

( ´_ゝ`)「うむ…
      だがちょっと待ってほしい。そうはいっても弟者、彼女は軍に来てまだわずか二日だ。
      鉄の軍規のことも知らないだろうし、
      海軍名物の腐りかけの豚肉は、彼女のような陸の人間にとっては、最初は耐え難いものだろう。
      罪を犯す意思は無かったにちがいないと思うんだが」

(´<_` )「だが、他の者たちの前で、軍規を犯すのは見られてしまった。
     その真偽はともかく、軍法上、有罪は明白です」

 アーネムはそれでもまだ、腕組みをして考えていた。
 タンブルストンはさらに続けた。

(´<_` )「何をためらっているのです、兄者」

( ´_ゝ`)「…俺は、こいつが惜しいんだよ。弟者」

(´<_` )「これは軍規の問題です」

 タンブルストンはあくまで冷たく事務的に、言葉を続けた。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:02:17.11 ID:MNVEVPTSP

 アーネムは腕組みを解くと、耳元に寄ったタンブルストンの顔をいらついたようにぐいっと押しのけ、立ち上がった。

 テーブルに置いた黒い革表紙の本を開き、ページをいくつかめくった。
 あるページで手を止めて、その冊子を片手に持ち、顔を上げた。

( ´_ゝ`)「戦時懲罰規定! 第25条、いかなる理由があれ、軍またはその構成員に対し連帯して命令に反抗し、
      または最初に連帯を呼びかけ、または……」

 関連する条文が長々と朗読された。

( ´_ゝ`)「……た者は、それに応じた懲罰を、軍法会議の定めに従って受ける。
      パートレム号海兵隊員クーは、『最初に連帯を呼びかけて反抗』した罪により、懲罰を受ける!」

(´<_` )「逮捕しろ!」

 アーネムの朗読が終わると同時に、タンブルストンの命令が飛んだ。
 海尉とほか数人の海兵隊がクーに駆け寄り、その手に再び手錠をかけて、腰にぐるぐると縄を巻いた。

( ´_ゝ`)「一ヶ月の入牢と重労働勤務への格下げ」アーネムが命じた。

 クーの隣で、モララーが半分くらいの背丈のクーを見下ろしてにやにやと笑っていた。
 どうしようもなく腹が立ったが、手足の自由を奪われて拘束された状態では、
 それは文字通り、どうしようもなかった。


56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:04:53.86 ID:MNVEVPTSP

 アーネムは本をテーブルに置き、ふたたび椅子に腰を掛けた。

( ´_ゝ`)「続いて、ドクオ艦長に関する告発の件を審理する。」

 おだやかな口調を取り戻し、モララーの隣に立つドクオに向かって、言った。

 ドクオは三角帽を脱いで胸の前に捧げ、形式どおりアーネムに向かって一礼した。
 あらわになった銀色の髪がカンテラの光を反射して、野次馬たちの目を引いた。

( ´_ゝ`)「君は部下の反乱を誘発した、任務懈怠、監督不行き届きの件について告発を受けている。
      君は有罪かね? 無罪かね」

('A`)「無罪です、司令」

 ドクオは細い目をいっそう細め、ぶっきらぼうに答えた。

( ´_ゝ`)「ふむ…」アーネムは頷いた。

( ´_ゝ`)「否認か。では引き続き、正式手続きに入ろう」

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:07:05.31 ID:MNVEVPTSP

( ´_ゝ`)「モララー牧師。告発者として、ドクオ艦長の有罪の理由を述べて――」

川;゚ -゚)「なに?!」

 アーネムが言い終わらないうちに、クーが叫んだ。
 海尉の鋭い叱責が飛んだが、クーは怯まなかった。

川#゚ -゚)「お、おまえが私達を告発したのか!」

 モララーに駆け寄ろうとするクーを、屈強な海兵隊員たちが後ろから腕を取り、押さえ込んだ。
 クーはなおももがき、言葉にならないような叫び声をあげた。

 モララーはあいかわらずにやけ顔のまま、クーのほうを見ようともしなかった。


60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:12:37.79 ID:MNVEVPTSP

( ・∀・)「司令。続けさせて頂いても?」

( ´_ゝ`)「…うむ」

 モララーは例によって長弁舌のもったいをつけてから、発言を始めた。

( ・∀・)「事件が起こる前から、パートレム号の艦内はある噂で持ちきりでした。
      本件被告であるドクオ艦長が司令の命令に反抗し、新大陸行きを断ったという噂です。
      今回の事件はまさに、その噂が引き起こしたものであるといえるでしょう」

( ´_ゝ`)「ほう」

( ・∀・)「というのは、今回の事件の発端は夕食の肉が腐っていたことでしたが、
      こんな肉が配給された理由は艦長が命令違反をしたからその罰だ、という見解が、
      水夫たちの間の一致した意見だったからです。
      つまり、ドクオ艦長の司令部への反抗が、今回の事件の原因となったのです」

( ´_ゝ`)「わかった」

 アーネムはドクオ艦長のほうを見た。
 細い目からまっすぐに見つめてくる、どこか超然としたような視線と目があった。
62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:14:06.74 ID:MNVEVPTSP

( ´_ゝ`)「ドクオ、いまのモララーの話に間違いはあるか」

('A`)「ありません、司令」

 ドクオは即答した。

( ´_ゝ`)「では今回の件は、ドクオ艦長、君の命令反抗が引き起こした事態であることは間違い無いのだな」

('A`)「はい」

 そっけない返事だった。
 アーネムはしばし考えた後、やさしげな口調でドクオに告げた。

( ´_ゝ`)「では君は、いますぐ私の命令に従うことをここに言明するのなら、
      今回の騒乱の罪は免れることになるだろう。罪となるべき事由が消滅するんだからな。
      この件を終わらせることは、簡単だな。
      さあ言いたまえ。私の命令に従って、単艦で新大陸に行く任務を受けると。それですべて罪は…」

('A`)「いえ、お断りします」

 まったく考えるそぶりも見せずに、ドクオは言った。


63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:16:50.52 ID:MNVEVPTSP

('A`)「いまは九月も終わろうという時です。冬に向かうこの時期、大西洋は嵐の季節となります。
   そんな中に単艦で、しかも全く何の予備知識もない新大陸なんて土地に、真冬に向かえといわれるか。
   そんな命令は私の部下を徒な危険にさらすものであり、適切な命令ではありません」

(´<_` )「ドクオ艦長。本件は騒乱事件の審理である。軍令の是非を検討する会議の席ではない。
     本件に関係の無い発言は慎むように」

('A`)「…外洋の嵐を受けたこともねえくせに」

 ぼそっと、ドクオの口から暴言が飛び出した。
 アーネムの椅子の背もたれが鳴り、タンブルストンは鳶色の瞳を光らせた。

( ´_ゝ`)「ドクオ艦長。それ以上の不規則発言は、貴官の経歴に非常にまずい影響を与えることになる」

('A`)「私は部下に、死地に向かえと命令する立場。
   ならば私自身が納得のできる命令でなければ、受諾することはできませんな」

 睨みつけるようなアーネムの視線にもかかわらず、ドクオはまっすぐにアーネムを眺めやって、言った。


64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:18:54.92 ID:MNVEVPTSP

 アーネムは周りに聞こえるような大きなため息をつくと、言った。

( ´_ゝ`)「もういい。部下、部下というが、君はその部下の束ねもできない男じゃないか。
      君にはどうも、士官に必要な忠誠と統率の能力が不足しているようだ。
      私は君の艦長の地位と指揮権を剥奪し、逮捕する」

 軽く手を上げてアーネムが合図をすると、海尉の命令で、六人ほどの海兵隊員が、
 ドクオのまわりをゆるやかに取り囲んだ。

( ´_ゝ`)「あわせて命令反抗、上官侮辱の罪でムチ打ち九回だ」

 立ち上がりざまアーネムはそう宣告した。
 それは短く、しかし有無を言わせぬ調子を持った、
 おだやかなアーネム公には珍しい、いくぶんの怒気をはらんだ言葉だった。
66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:21:04.12 ID:MNVEVPTSP
二.


 ムチ打ちは即座に執行される。
 判決の言い渡しを見ていた野次馬たちが、続いてムチ打ち刑の立会人になるのだ。

 二人の海兵隊員がドクオの前に進み出て、待った。

 ドクオはこれまでもたくさんのムチ打ち刑を見ていたから、その手順と作法については知っていた。
 ムチ打ち台に縛り付けられる前に、服は自分で脱ぐのが慣習だ。

 濃紺の制服ジャケットを脱ぎ捨て、ゆっくりとその下の白いシャツを引き剥がした。
 シャツを甲板に落とすと、ドクオの生身の体が、カンテラの薄明かりのもとにあらわになった。

 タンブルストンまでとは言わないまでも非常な長身の彼は、すらりとして白く細い上体で、
 だが身体の各部の筋肉はムダなく鍛えられ、鞭のようにしなやかだった。


67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:23:07.47 ID:MNVEVPTSP

 海兵隊員がドクオをつかまえて鞭打ち台のほうへ引きずっていった。
 一人が彼の両腕を広げて、背中を見せて台に縛りつけ、
 もう一人は舌を噛まないように布きれをドクオの口に押し込んだ。

 操舵手が前へ進み出て、麻袋の中から、先が九本に分かれている長いムチを取り出した。
 海軍伝統の「九尾の猫」と呼ばれる恐ろしげなムチだ。
 彼はいかにも慣れた動作でそれを二、三度前後に振って、しなりぐあいを確かめた。

 操舵手はちらりとアーネム公のほうを見た。
 裸のまま背中を向けてくくりつけられているドクオを見て、アーネムはいくぶん気後れがしていたようだったが、
 操舵手の視線に気づくと、短く、しかし鋭く「やれ!」と命じた。

 とつぜん艦尾楼でドラム・ロールの音が激しく響いた。
 ドロドロドロドロ…と連打の音が続く中で、操舵手が猫ムチをいっぱいに振りかぶった。

 太鼓の音が終わると同時に、操舵手の腕が動いた。
 ヒューッと風を切る恐ろしい音が聞こえ、むきだしのドクオの背中に、最初のムチが落ちた。


68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:24:57.24 ID:MNVEVPTSP

 ドクオは悲鳴を上げなかった。
 悲鳴をあげるよりも前に、激痛のあまり止まった呼吸を再開することのほうが先決だったからだ。
 ややあってせわしなく何度か息を繰り返したあと、ドクオは低いうめき声を上げた。

 また太鼓の音が始まった。ドクオは覚悟を決めて目をつぶり、歯を強くかみ合わせた。

「にーぃ!」

 ムチが振り下ろされた。ドクオの口から篭ったような声が漏れた。
 たった二回のムチ打ちでも、ドクオの背中からは血がにじみ、ミミズ腫れの生々しい傷が既に刻まれていた。
 長いムチはすさまじい威力をもって人間の身体に襲い掛かるのだ。

 息つく暇もなく三回目のムチが振り下ろされた。ドクオの背中から、ついに血しぶきが上がった。
 つづいて四回目、五回目。

 ドクオの背中は一ムチごとに目に見えて損傷していった。
 思っていたよりはるかに残酷な光景に、海軍に入って日が浅い者などは、目を背ける者があらわれはじめた。
 苦痛のあまりかみ締めたドクオの口の端から、細い血の筋が垂れていた。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:27:00.07 ID:MNVEVPTSP

 こうして九回のムチ打ちが終わった。

 ムチ打ち台のまわりには血が飛び散っていた。
 ドクオの背中の皮はもうとうに剥がれており、血まみれの肉くずのようなものがムチにまで張り付いていた。

 ドクオは意識を失ってムチ打ち台に張り付いていた。
 縛り付けられた両手だけが、かろうじて彼の身体を支えていた。

 海水がドクオの頭からバケツで掛けられた。
 それはいくらか彼にこびりついていた血と肉くずを洗い流し、中の肉がはっきりと見える背中をあらわにした。

 海水にまみれてべったりとした銀色の髪からは、ぽたりぽたりと雫が落ちていた。

( ´_ゝ`)「ロープを切って、そいつを降ろせ」

 アーネム公が言った。その声はわずかに震えていたように、クーには感じられた。
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:30:00.98 ID:MNVEVPTSP
三.


 船医スカルチノフは、叩き切られた生レバーのようにぐずぐずの赤黒い肉の上に、乱暴に消毒液を吹き付けた。
 それはドクオの背中だった。
 苦痛にうめくドクオの声が、低い地鳴りのように壁に反響する。

 パートレム号の船底にしつらえられた牢獄。
 鉄格子で仕切られたその狭い空間の中に、クーとドクオは放り込まれていた。

/ ,' 3「なに、数日すりゃ、背中の傷はよくなるわい。
    ちょっと肉がえぐれて背骨が見えとるだけじゃ」

 スカルチノフはそういいながら、ドクオの胴体に包帯をぐるぐると巻いていった。
76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:32:08.58 ID:MNVEVPTSP

/ ,' 3「囚人との面会は基本的に禁止されとる。
   だからお前ら、何か必要なものがあったら、ワシに言え。たいていのものは持ってきてやる」

 船医は部屋を出て行く前、そう言ってドクオとクーに憐れみの篭った視線を投げかけた。
 この男は二人の虜囚に対し好意的な感情を持っているようだった。

 スカルチノフが入り口ドアを閉めると、牢獄はふたたび薄暗い闇に包まれた。

 あかり取りの格子窓が天井に小さく切られているが、そこは喫水線に近い場所にあるために、
 ときどき高波がもろに入り込んできて、二人に海水をひっかけていく。

 船底はどぶ臭かった。
 空気がひどく澱んでいて、息をするのも苦しいくらいだった。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:33:58.94 ID:MNVEVPTSP

 クーとドクオがこの船牢に入れられてから、既に二日が経っていた。
 そのあいだ一度もこの牢から出されていないから、外の様子はわからない。

 フサやロマネスクといった食卓仲間がどうしているのか、クーはときおり気になった。
 この船がいまどこへ向かっているのかも気になった。
 ドクオの後釜としていったいどんな艦長が来たのかも気になった。

 毎日ドクオの治療に来てくれる船医スカルチノフによると、
 この船はけっきょくアーネム公の命令どおり、艦隊を離れて、新大陸に向かって単艦で進んでいるのだそうだ。

 それを聞いたとき、ドクオは小さく舌打ちをして、ひどく悔しそうな顔をしていた。
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:36:05.11 ID:MNVEVPTSP

 ドクオは一日中黙り込んでいた。
 彼は両手に鉄の手錠をはめられたまま、背中の痛みでぎくしゃくした動きをしながら、
 むっつりと何かの小さな本を読んでいた。

 一方のクーは、このところ、なにやらあけすけな気分になっていた。
 なにもかもがもう下らないことのように思えてきて、時折にこにことした笑顔を浮かべたりしながら、
 両手にはまった冷たい鉄の鎖をじゃらじゃらといわせたりして遊んでいた。

 それは、やけの気持ちに近いものだった。


 クーは自分で自分を大ばか者と思えて仕方なかった。

川 ゚ -゚)(私はもっとも原始的で、単純なペテンに引っかかってしまった)

 信じた瞬間裏切られた、モララーという存在に対してというより、
 むしろクーの後悔の念は自分自身のおろかさに対して向けられていた。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:38:01.71 ID:MNVEVPTSP

川 ゚ -゚)(おかしいよな。誰かを信頼できないからって、より信頼できないヤツの言うことを信じてしまうなんて)

 くっくっく、とクーは口の中で笑う。

川 ゚ -゚)(ウラ情報やら闇ルートやらといった言葉を、どうして人は、無条件に信頼してしまうんだろうな。
     冷静に考えれば、裏やら闇やらのほうが、まっとうなものより余程あやしいはずなのに)

 あかり取りの格子窓から波のしぶきが入り込んできた。
 クーは身をひねって、その水の流れをかわす。
 手に吊るされた縛めの鎖が金属質の音を立てた。

 モララーはいったい何のために、ドクオのみならずクーまでをも陥れたのだろうか。
 疑問に思わないでもなかったが、今のクーに、そんなことまで考えている余裕はなかった。

川 ゚ -゚)(私は、ばかだ)

 あははははは・・。と、クーは心の中で笑った。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:41:22.84 ID:MNVEVPTSP

川 ゚ -゚)(ばかといえば、こいつもばかだな)

 クーは片隅で押し黙って本を読んでいるドクオを見た。

川 ゚ -゚)(こいつは上官の命令にかたくなに反抗した罪で、今この牢獄の中に入れられている。
     その反抗の理由は、自分の部下たちを危険な目にあわせないためだ、と来たもんだ。
     他人のために、牢に入るとはな)

 あはははは、と、今度はクーは、声に出して笑った。
 ドクオはいぶかしげに本から顔を上げてクーを見た。

 クーはドクオに声をかけた。

川 ゚ -゚)「お前は、ばかだな」

 ドクオは、何を言っているのかわからないといった様子でしばらくクーを眺めていたが、
 やがて押し黙ったまま、本に視線を戻した。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:44:31.41 ID:MNVEVPTSP

('A`)「そういえばお前、どうしてこんな船に乗っているんだ?」

 ドクオが突然、口を開いた。

('A`)「お前みたいな小さな女の子が、こんなところにいるなんてさ。
   外国で行方不明になった肉親を探しでもしているのか?」

川 ゚ -゚)「肉親…?」

 一瞬、その言葉の意味がわからなかった。
 クーは物心ついた時から孤児だったから。

川 ゚ -゚)「ああ、肉親ね。そんなもの、私にはいない」

('A`)「いないってことは無いだろ。どっかの地面から生えてきたわけじゃないんだから。
   それを探すために、海軍に入ったのか?」

川 ゚ -゚)「バカを言え。私は海軍に入ったりしない。ただ無理矢理さらわれてきただけだ」

('A`)「…うちの海軍の連中は、こんな小さな女の子まで攫ってきちまうのか」

 苦いスープを口に含んだような表情に、ドクオはなった。


87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:45:57.87 ID:MNVEVPTSP

川 ゚ -゚)「肉親。肉親ねえ…」

 クーにとってその単語は、普段使ったこともない、もの珍しい言葉だった。

川 ゚ -゚)「考えたこともなかったな。そうか、私にも親がいるのか」

('A`)「そりゃ、そうだろう」

川 ゚ -゚)「私の肉親か。確かに、一度くらい見てみたい気もするな」

('A`)「探せばいいだろ」

川 ゚ -゚)「……いや、いいや。やっぱやめた。
     この犬畜生どもの世の中に、探してまで見つけ出す価値のあるものなんか、存在しないや」

 クーは腕を後ろに放り投げて、ごろんと板張りの床に横になった。
 ドクオもまたすぐ本の続きを読み始めた。

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:47:59.77 ID:MNVEVPTSP
四.


 二人が牢に入れられたまま、パートレム号の月日が経った。
 満月と新月を、クーは牢の中で一度ずつ見た。

 朝夕に肌寒さを感じる日が増えた。
 季節は秋へと向かっているのだ。

 船が新大陸へと正しく向かっているのかどうかは、牢内の二人には知る由も無い。
94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:49:57.61 ID:MNVEVPTSP

 その日は朝から波の角度が急だったので、パートレム号の細長い船首は、
 波にぶつかっては突っ込み、そのたびに船体ぜんぶが大きく縦に揺れていた。

('A`)「こりゃ、時化る」

 と、牢の中でドクオが言った。

川 ゚ -゚)「わかるのか?」

('A`)「空気のにおいが湿気ってるだろう。午後から来るな。
   さて…新しい艦長のお手並み拝見といくか」

 さして興味もなさそうに、ドクオは言った。
96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:52:00.15 ID:MNVEVPTSP

 はたして午後になると、だんだん低くなっていた黒い雲がものすごい速度で頭上を飛ぶようになり、
 それにあわせて叩きつけるような横殴りの豪雨が始まった。

('A`)「考えてみりゃ、この一ヶ月ほどの中で、嵐が来るのは始めてだな」

川 ゚ -゚)「うん」

 風向きが変わったらしく、パートレム号の揺れに、右に左に大きく揺れる横揺れが加わった。
 船胴を大粒の雨が激しく叩いている音がする。

('A`)「もし本当にこの船が新大陸を目指して大西洋の外洋を横切ってるんだとしたら、
   この季節に一ヶ月も嵐に遭わずにすんだのは、奇跡的なことだぜ」

 ドクオは言いながら、天井の格子窓から空の様子を眺めている。
 遠くで雷の音がした。

 霧のカーテンを張り巡らしたみたいに、暗い空を一面の雨が埋めている。

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:54:30.19 ID:MNVEVPTSP

 日没近くの頃だった。
 嵐はいっこうに落ち着かず、雨も風も激しくなる一方だった。

 とつぜんパートレム号全体が、地震のような揺れに襲われた。

 雷鳴かと思うようなすさまじい音の後、なにかにぶつかったと思うと、船首から前のめりに突っ込み、
 そのままかなり長い距離を滑り落ちていった。
 
 船じゅうにすさまじい衝撃と、木が裂けるめりめりという音が重なった。
 ことにその音は、外壁に近い船底のクーたちのいる牢には強く響いた。

 クーとドクオはあわてて立ち上がった。

川;゚ -゚)「な、何だ」

 ごぼごぼ、という不気味な水音がすぐ近くでしているのを、牢内の二人は聞いた。

('A`;)「あっ、暗礁だ! いや? 珊瑚か?
    と、とにかく船の底を何かがこすったんだ!」


100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:56:44.66 ID:MNVEVPTSP

川;゚ -゚)「お、おい!」

 クーは牢の唯一の出入り口であるドアを指差して叫び声をあげた。
 ドアと床の隙間から、湧き出るように海水が牢内に流れ込んでいた。

 ドクオの細い目が、うっすらと見開かれた。

('A`;)「まずい、船底に穴が開いたな。水が入ってきている」

 ドクオはドアに駆け寄り、両こぶしでどんどんと叩いた。
 しばらくたたき続けたが外からの応答は無かった。

('A`)「おい、外に誰かいないか! ここを開けろ! 浸水している!!」

 ドクオはなおも叫び、ドアをたたき続けた。
104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/27(水) 23:59:05.57 ID:MNVEVPTSP

 唐突に牢のドアが開いた。
 船医スカルチノフが、雨合羽にカンテラと鍵の束をかかげて立っていた。

/ ,' 3「お前ら出ろ! 船底に穴が開いた! もうこの船はおしまいじゃ! 逃げるんじゃ!」

 船医は緊迫した面持ちで二人に鍵の束を投げつけると、そのまま自分は元きた梯子段を上がっていった。
 二人はスカルチノフの後に続いた。

('A`)「排水ポンプは?!」

/ ,' 3「最初はがんばっとったが、大穴が船底に開いちまってはもうだめじゃ!
   ポンプ手から何からみんな、今ではボートを下ろしたり、海に飛び込んでいっちまったわい!」

('A`)「えっ、もうみんな逃げたのか! ばかな! 持ち場を…」

/ ,' 3「艦長が無能じゃったんじゃ。嵐にあってもうろたえるばかりで、
    いよいよひどくなってからは自室に篭るありさまで――」

106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/28(木) 00:01:04.41 ID:knHtjiDxP

 三人が砲列甲板まで上がったときに、艦は突風をまともに横腹に受けて、大きく右に傾いた。
 そして海水を腹にたっぷりと溜め込んだパートレム号は、
 その傾きを自力で直す力は、もう残されていなかった。

('A`)「なんてこった、こんなに簡単に傾くなんて」

/ ,' 3「トゲルン・ステースルすら畳んでないんじゃ。風を受けて木の葉のようにあちこち舞いおったわい」

('A`)「ジブは?」

/ ,' 3「張ったまんまじゃ」

 ドクオはしだいに不機嫌になった。

('A`)「じゃあ、何もしてないんじゃないか、嵐と戦うやり方をよ」

/ ,' 3「こんなことなら、軍令を無視してでもあんたを牢屋から出して、艦長にしとくべきだったよ」

 三人は甲板にまで上がってきた。
 クーとドクオにとっては、ひさしぶりの外の空気だった。


107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/28(木) 00:02:59.93 ID:knHtjiDxP

 傾きはどんどん大きくなっていった。
 三人は甲板中央から滑り落ちるようにして、右舷の舷側にまでたどり着いた。

 灰色の海面には渦を巻く白波が無数に立っていて、それが縦横にさまざまな模様を作り上げている。
 高波のしぶきをまともに受けて、唇に潮の味がした。

 張ったままの帆は嵐の強風に頭上でぴんと張り詰めて、まるで板のようになっていた。

 船はいよいよだめだった。
 このままではすぐに船腹を水につけて、完全な横倒しとなるだろう。

('A`)「…もう、飛び込むしかねえな」

 船医のスカルチノフも蒼白な顔をしながら、ドクオの言葉に頷いた。

川;゚ -゚)「と、飛び込むのか? ここに?」

 海面にはクーの背丈の何倍もある波がのたうちまわり、
 それらが強風で頭をたたききられ、真っ白なしぶきを散らしている。
110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/28(木) 00:04:57.52 ID:knHtjiDxP

('A`)「選択の余地は無い。この船にのしかかられて、一緒に海の底に沈みたくないんならな。
   なに、暗礁でも珊瑚でもいい、そんなものが水面間近にあるんなら、ここは陸の近くなんだろう。
   俺達どうやら、新大陸に到着したみたいだな」

 船体をきしませる耳障りな音と、張り綱が震えて鳴る音とが、いっそう強くなってきた。
 船が限界に来ているのだ。

('A`)「あばよ、分捕り船パートレム号。短い間だったが、世話になったな」

 ドクオは言って、舷側の板を蹴った。
 たちまちその姿は放物線を描き、波間に隠されて見えなくなった。

/ ,' 3「ワ、ワシも」

 スカルチノフが雨合羽と白衣を脱ぎ捨て、ドクオのあとを追った。

 クーはまだ両手で舷側にしがみついていた。
 破壊される船体のきしみ音と、炸裂する波しぶきを目の当たりにして、恐怖で足が動かなかったのだ。

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/28(木) 00:07:00.88 ID:knHtjiDxP

 クーの間近いところでひときわ大きく、船体の裂ける音がした。
 ふいにクーは自分の身体が宙に浮き上がるのを感じた。

 両手はいまだしっかりと舷側の手すりを掴んでいた。
 ただ、その手すり自体が、パートレム号から離れて宙に舞っていたのだ。

 クーは何が何だからわからないまま甲板から転げ落ちて行き、海面に体を横向きに激突させた。


 波間に漂う小さな女の子の体は、やがてすぐに水しぶきの中に掻き消されて、見えなくなった。






第六話 ここまで―――

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