1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 20:29:31.21 ID:opwq1Ab20

 そのときのアーネム公の姿といったら。



 海上は夕凪で静まり、海一面が黄金色に輝いていた。

 船首に立つ青年がひとり。
 背はすらりと高く、白い肌が夕日を受けて赤く輝いている。
 細く穏やかな目。瞳は青く、ゆるくウェーブのかかった頭髪は、輝くばかりの金髪だった。


 朦朧とした意識の中、私はそのとき薄目だけを開けて、
 遠くに見えるその青年の姿を、病室の船窓越しにかじりつくようにして眺めていた。

 優雅とは、きっと彼のためにある言葉なのだ。

 私は今でも、初めて彼の姿を見たときの情景を思い出すことができる。
 こんなに美しく高貴な品格を見せる男を、私はそれまで、一度も目にしたことがなかったのだ。



2 名前:afo ◆2z7bKNbsWo :2008/12/26(金) 20:32:07.57 ID:opwq1Ab20
こんにちは。
まとめサイト様には超感謝です!





  川 ゚ -゚)は探しているようです 第三話

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 20:35:54.77 ID:opwq1Ab20
一.


 ニューソク王国海軍士官オットー・タンブルストンは、戦勝に沸く艦内を抜けて、船首に向かって大股に歩いていた。

 肩には将官を示す金色のモールをつけてはいるが、その風貌は壮年の訪れを全く感じさせない若々しいものだった。
 タンブルストンと狭い船の通路で行き交った兵士たちは、
 彼の長身と金髪を見てまず「おや」と振り返り、そしてその美貌と若さに驚き、それから肩の階級章を見てさらに驚く。


 ウェールズ公アーネムは、船首にひとり立ち、夕日が照らす海面と水平線にじっと目を向けていた。
 タンブルストンが彼に近づいたとき、アーネムはわずかに首の向きを変えた。


(´<_` )「海を見ているのですか」

 タンブルストンの声に、一瞬の間を置いてアーネムが答える。

( ´_ゝ`)「うん。いや、海って言うか…」

 アーネムはふたたび、ニューソク艦艇の影が長く伸びている海面に視線を移し、言った。

( ´_ゝ`)「ほら、この海面さ。
      いまはこんなに静かだけど、ついさっき、今日の昼には、ここで戦争があったんだなあと思ってね」

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 20:39:10.36 ID:opwq1Ab20

 二人の青年は舳先の船橋に並び立った。

 タンブルストンに劣らず、アーネムも美しい若者だった。
 やわらかに波打った金色の髪が、純アーリア系の白く整った顔の三方を覆っている。

 ただ、タンブルストンとアーネムとで決定的に違う点があるとすれば、それは二人の身長の差であったと言える。
 いま並び立つ二人を見れば、こうまで容貌の似ている二人にこうまで身長差があることに、
 誰もが驚きの声を禁じえないだろう。


 身長差が9cmを超えたところで、アーネムはタンブルストンに身長を測ることを禁じたものだ。

( ´_ゝ`)「二桁差の数字は見せないでくれ」

 というのが、そのときの理由だった。


7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 20:40:48.28 ID:opwq1Ab20

 アーネムの蒼い瞳は、いま、夕日に赤く染まった海面の光を受けて、炎のゆらぎのような煌きを宿していた。

(´<_` )「まずは戦勝のお祝いを申し上げます、ウェールズ公閣下」

( ´_ゝ`)「弟者、他に人が居ないときはそんな他人行儀な呼び方をしないでくれ。
      俺達は義兄弟の契りを交わした仲だろう」

(´<_` )「…はっ。では、お言葉に甘えまして」

( ´_ゝ`)「その喋り方もどうにかならないのか。お前にそんな言葉で話しかけられると、
      俺はくすぐったくてしようがないんだ」

(´<_` )「……」

( ´_ゝ`)「まあいい。で、どうした。何か用か弟者」


8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 20:44:02.02 ID:opwq1Ab20

(´<_` )「はい。ではですね、率直に用を申し上げるとですね、兄者…」

 言って、タンブルストンはアーネムの手首をがっしりと握った。

(´<_` )「あんた戦勝記念演説もせずに祝勝会を黙って抜け出して、こんな所で何をやってんですか」

 アーネムの表情が、みるみる「しまった」と言いたげな苦々しいものに変わる。

(;´_ゝ`)「そ、そんなこといってもさ、俺は苦手なんだよ人前で喋るのとか…」

(´<_` )「だからって総司令官が式典抜け出して一人で船首に立って風に吹かれて逃避行ですか」

(;´_ゝ`)「とと逃避行じゃないぞ、俺は俺なりにいろいろ考えねばならんことが…」

(´<_` )「どうせまた、海を見ながら人生の意味だとかのつまらぬことでも考えていたのでしょう、兄者」

(;´_ゝ`)「つ、つまらぬとは何だ弟者。一軍の司令官が人の生命について思いを馳せることの何が悪い」

(´<_` )「一軍の司令官を自認するなら、式典を抜け出すのはしっかりとその責務を果たしてからにしてください。
      さあ早く」

(;´_ゝ`)「アッーいてててて、手首痛い、ちょ、ひそかに柔術技をかけるのは勘弁してくれ。
      ときに待てわかった弟者、とりあえずその手を離そう、な?」


9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 20:49:15.49 ID:opwq1Ab20

 アーネムとタンブルストンは、純アーリア系の顔立ちこそ似ているものの、二人の間に血縁は無かった。

 アーネムは現ニューソク国王ロマネスク二世の、腹違いの弟だった。
 ただし、幼児の頃から将来の王として宮廷で育てられたロマネスク二世とは違って、
 アーネムは私生児として生まれ、島国ニューソクのどこかで14歳になるまで秘密裏に育てられていたのだ。
 
 ロマネスク二世は成長した私生児アーネムを正式に弟として認めはしたが、政界への参加は許さなかった。
 アーネムは正統な王族の血を引きつつも、宮廷では「いらない子」として扱われていたのである。


10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 20:51:47.61 ID:opwq1Ab20

 それでアーネムは無為の日々を過ごすうち、しだいに軍事の世界に興味を持っていった。
 海軍の艦艇の一部を借り受けて沿海を警備し、領海侵犯を行う他国の小艦隊と戦い、着実に戦績を重ねていた。

 国王ロマネスク二世も、アーネムが政治の世界に入ることは許さなかったが、海軍入りを妨げることまではしなかった。


 だがしかし、国王はアーネムを完全に自由にすることもなかった。


 タンブルストンは、アーネムのお目付け役として、国王ロマネスク二世から派遣された人物だった。

 タンブルストンの父は政府の九等書記官だった。
 とりたてて高い地位でもなく、楽しみといえば仕事の後の黒ビールだけ、という平凡な市民だった。

 そんな低い出自を持つタンブルストンだったが、彼には思いがけない隠された軍事の才能があった。

 それは彼が兵役に出た17歳の時からすぐに、周りの目に見える形となって発揮された。
 こと軍事に関して、タンブルストンはずば抜けた理解力と明晰な判断能力を持っていた。

 そこで、誠実で冷静、官僚の家に育ったことから礼儀作法についてもある程度のものは持っていた彼を、
 国王ロマネスク二世は弟のお目付け役に相応しいと感じて、一兵卒から抜擢したのである。
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 20:53:25.52 ID:opwq1Ab20

 かくして、年齢も顔の作りも似通った二人の青年が、ここに出会うことになった。

 タンブルストンは彼の任務を忠実にこなした。つまり、アーネムの行くところには常に影のように付き従っていた。

 アーネムは、最初はどこにでも付きまとい口うるさく意見する、このひょろりと背の高い青年を嫌っていた。
 しかしやがて月日が経つにつれ、タンブルストンの優秀な頭脳と、その誠実な人柄にアーネムも気づく。
 老人ばかりの閣僚の中にあって唯一年が近い話し相手ということもあり、彼は次第にこのお目付け役に心を開いていった。

 一方のタンブルストンも、その頃にはアーネムの人格に惹かれ始めていた。
 生まれついての貴族性とでもいうのだろうか。
 彼の微笑みは、自然に生まれを意識している人がかもし出す、余裕と優しさに溢れたものだった。
 またアーネムは、どんな絶望的な状況に追い込まれても、決して機嫌のよさを失わない人物だった。
 それがある種の絶対的な自信に起因するもの――すなわち、注がれた愛情に対する信頼――だと悟ったとき、
 タンブルストンは自分の真に仕えるべきは国王ロマネスク二世でなく、この王弟アーネムであると悟ったのだ。


 この二人がアーネムを兄、タンブルストンを弟とする義兄弟の契りを交わすのは、
 それから三年後、彼らが20歳を迎えた年だった。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 20:57:50.98 ID:opwq1Ab20

(´<_` )「手、離しても逃げません?」

( ´_ゝ`)「逃げるわけないじゃないか弟者、私を誰だと思ってる。
      大ニューソク帝国沿岸警備艦隊の総司令官なんだぞ」

(´<_` )「本当に逃げませんね?」

( ´_ゝ`)「本当本当、絶対ホント」

(´<_` )「……」

( ´_ゝ`)「……」

(´<_` ) …ジーッ

( ´_ゝ`) プイッ

 タンブルストンはアーネムの手首をもう一度強くひねり、アーネムの短い悲鳴と沈みかけた太陽を背にして、船橋を下りた。
 艦隊総司令官閣下はその後ろから、引きずられるようにしてついてきた。


17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:00:13.23 ID:opwq1Ab20

( ´_ゝ`)「な、なあ弟者、手首を持って引きずるのは止めてもらえないかな。
      ほら、かりにも僕は総司令官なんだから、君は部下なんだし。それに弟なら弟らしく…」

(´<_` )「総司令官なら司令官らしい仕事をちゃんとして下さい。勲章受賞者はもう決めたんですか?
      こういう褒章は勝利の興奮冷めやらぬうちに与えないと、効果が激減するんですよ」

( ´_ゝ`)「あ、ああ、それならだいたい決めてある…」

(´<_` )「ほう。船首でサボりながらもいちおう仕事のことはちゃんと考えているんですね。兄者のくせに」

(;´_ゝ`)「なんか俺の扱いひどくない?」

(´<_` )「で、今回の戦功桂冠褒章は誰に授けるんですか?
      戦闘で一番功績のあった者に送られる勲章だから、やっぱり海兵隊の斬込隊長ですかね」

( ´_ゝ`)「いや、今回はクーって女の子がいたろ。あの子に授けようかと考えてる」

(´<_` )「…は?
      クーってあの…? 懲罰船の密航者の…?」


18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:03:43.28 ID:opwq1Ab20

(´<_` )「え? 兄者正気? それともバカ? 笑えない冗談ですか? 童貞?」
      
(;´_ゝ`)「どどどどど童貞ちゃうわ!! 俺は俺なりに考えて…」

(´<_` )「だってえーと…クーだっけ? そいつは民間人のガキですよ? しかも女? 童貞は女に幻想抱いてるの?
      女だったら何でもいいのですか? 伝統ある戦功桂冠褒章をそんなロリっ娘にあげちゃおうと?」

( ´_ゝ`)「いやだってどう考えても今回の海戦の勝利に一番貢献したのはあの子だろ。
      それにさ民間人の女の子が勲章受賞ってのも、考えようによっては隊員の士気の向上に大いに役立つんじゃないかな。
      愛国心に燃える一市民が我が身の犠牲を省みず果敢に敵に…ってかんじに宣伝…」

(´<_` )「……」

( ´_ゝ`)「……ってのはどう…かな……」

(´<_` )「……」

(;´_ゝ`)「……」


19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:07:30.01 ID:opwq1Ab20

(´<_` )「…かしこまりました、閣下」

(;´_ゝ`)(おまえに変に敬語を使われると不気味なんだよ…)

 と思ったアーネムだったが、ここは二人きりだった船橋とは違い、部下の水夫たちの目がある甲板通路なので、
 その思いは心の中にしまっておくことにした。


21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:11:39.09 ID:opwq1Ab20
ニ.


 そんなわけで、まる一日の気絶から目を覚ましたとき、クーは自分が英雄になっていたことを知った。

 真っ白なふかふかの綿に包まれたベッドから身を起こすと、周りに控えていた医師と思われる人々が驚嘆の声を漏らし、
 つづいて続々と駆けつける立派な身なりの海軍士官たちが、口々にクーを褒め称える言葉を述べていった。

 病室は小さいながらも個室のようで、ベッドはクーが寝ているもの一つだけだった。
 清潔で、簡素で、それでいて必要な品々が十分に用意された部屋だった。

 黒髪も綺麗に整えられて、服も立派なフランネルのものに変えられていた。

 突然の出来事に面食らい、クーは士官たちが話す内容も、医師たちの検診に対しても、
 ただただ目を丸くして、頷くか首を横に振るかだけで受け答えをする有様だった。

 周りの人間にちやほやされるなんていう事態は、クーにとってはいままで体験したこともない異常な出来事だったのだ。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:16:47.52 ID:opwq1Ab20

 やがて士官たちの話す内容から、クーは自分が英雄として奉られている理由が判ってきた。

 今回の海戦は、当初の作戦では、敵ブラゲ艦船10隻をすべて砲撃し、海底に沈めてしまう予定だった。
 ところがクーが行った自爆により、ブラゲの旗艦を含む大型艦3隻を一気に沈めたため、
 恐れをなした残りのブラゲ艦隊が一斉に降伏を申し入れてきたのだ。

 結果として、ニューソク艦隊は七隻ものブラゲ艦船をいちどきに拿捕するという大戦果を得た。


 ニューソクの海兵たちは鹵獲したブラゲ船に乗り込んで驚いた。
 どの船も、船倉いっぱいにきらきらの黄金や財宝を満載していたのだ。

 彼らは、未開の新天地「新大陸ヴィップ」からの帰りだったのだ。


 戦勝を祝い、すべてのニューソク艦隊の船上で、盛大な祝宴が行われていた。
 船員たちはブラゲ船から分捕った持てる限りの財宝を体にくくりつけ、両手に握り締め、陽気な歌をがなりながら踊っていた。
 酒保の扉は開かれ、ラム酒の樽が甲板に出され、豚肉の切り身がテーブルに並べられた。


 クーが気絶から覚めたのは、そんなお祭りムードに艦隊全体が包まれていたときだったのだ。


24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:20:12.32 ID:opwq1Ab20

「あなたの勇気と英雄的行動が、我らが国家に大勝利をもたらしたのです」

 ベッド脇に立った士官が、クーの小さな手を取って、言った。

「いずれ艦隊総司令からもあなたに栄誉が授けられるでしょう。
 噂では、戦闘における最高位の勲章である戦功桂冠褒章があなたに授けられるとか…」

 クーは言葉を挟む暇も与えられず、ベッドに横たわったままただ目を見開いて、
 語り続ける名も知らぬ士官の立派な軍服姿を眺めていた。

 彼の後ろには、ほかに何人も、似たような服を着た貴族たちが居並んでいる。
 「英雄」クーへの見舞い客は、絶えることなく列を成して続いていたのだ。


26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:26:12.07 ID:opwq1Ab20
三.


 日もずいぶん傾いた頃になって、ようやくクーの病室は落ち着きを取り戻した。
 挨拶に来る士官もぱったりといなくなり、静かな病室にはベッドに横たわるクーと、
 隅の椅子に腰掛けている、クーの身の回りの世話をするために置かれた牧師の二人きりとなった。

 牧師はショボンと名乗った。
 どの船にも一名は乗り組んでいる、「聴聞僧」という役目を請け負っているのだという。

(´・ω・`)「死の間際に人は自らの罪を告解し、天国への道行きの錘となる現世の垢を落とすのです。
     私達は神の代理人としてその告解を聞く役目を負っています」

 問わず語りにショボンは語っていた。
 何もせずに横になっているクーが退屈だと思って、親切心からいろいろと語りかけているのだろう。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:29:03.89 ID:opwq1Ab20

(´・ω・`)「お加減は大丈夫ですか?
     ここに連れてこられてからあなたはまる一日の間眠り続けていたというのに、
     士官連中はそんなことにかまわず、ずかずかと押しかけてきたりして、まったく…」

 ショボンはじっとクーのほうを見つめていたが、クーは船窓から外ばかり眺めていて、
 僧侶の語りかけに対してもまったく返事をしていなかった。

 かまわずショボンは語り続けた。

(´・ω・`)「それにしても戦功桂冠褒章とはすごい。
     あれは戦いにおいて一番の功績があった者に授与される勲章で、そうそう手に入るものじゃないですよ。
     高貴な身分の軍人だって、あれを持っている人は少ないというのに」

 またすこし間を置いた。クーの反応は無かった。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:31:08.69 ID:opwq1Ab20

(´・ω・`)「授賞式では艦隊総司令官であるアーネム公が直々に桂冠を授けてくださるのです。
      あなたはアーネム公をご存知ですか?」

 アーネム公という名前を聞いて、クーの脳裏には、
 昨日夢うつつの中で船窓越しに見た金髪の青年の姿がふと浮かんできていた。

 その人物が「アーネム公」なる人物であるという証拠は何もなかったが、
 不思議とそれは自明のことであるように、その時のクーには思えていた。

 だから、ショボンの問いかけに対し、クーは長い時間を置いたあと、こくんとひとつ頷いた。
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:36:13.67 ID:opwq1Ab20

(´・ω・`)「アーネム公をご存知でしたか。いや、それはそうでしょうな。
     あの方のお名前は王国の中でも、…ええと、まあさまざまな形において語られておりますから」

 ショボンは初めて得られたクーの反応らしい反応に、気を良くしたらしく、さらに身を乗り出して語りかけてきた。

(´・ω・`)「ご存知でしたか? 桂冠勲章とは正式な名を『市兵冠』と言うのです。
     古代から、我が身の危険を省みずに勇敢に味方を救ったものに与えられてきた、
     公共の利益への貢献があった兵士に与えられる最高の名誉なんですよ」

川 ゚ -゚)(…兵士に与えられる?)

 クーはごほごほと咳をした。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:38:32.16 ID:opwq1Ab20

川 ゚ -゚)「わ、わ、わ」

 ショボンは驚いた顔をした。
 クーが言葉を発するのを、初めて聞いたからだ。

川 ゚ -゚)「わ、私は兵士じゃないぞ…。私は民間人だ。
     おまえら知らないのか? 私が、売春宿で働いていたただの孤児なんだってこと」
37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:43:27.96 ID:opwq1Ab20

(´・ω・`)「え? え? 民間人? ほんとに? あなた、軍属ですら無いのですか?
      じ、じゃあ、あなたはなぜ、あの船に乗って…」

 ショボンの言葉をさえぎって、クーの舌打ちの音がした。

川 ゚ -゚)「知らないのか。懲罰船のあいつらの…蛮行を」

 クーの言葉から、ショボンは思い当たることを見つけたらしく、はっと息を飲む。

(´・ω・`)「蛮行…民間人…。女……」
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:47:08.56 ID:opwq1Ab20

川 ゚ -゚)「お前…懲罰船に乗っていた牧師なんだって?」

 クーの問いかけに、こんどはショボンが黙ったまま頷いた。

川 ゚ -゚)「ふん。これは妙だな。あんな人の形をした獣どもに宗教と神が必要だとは」

 根底に嘲笑の響きを交えて、クーは言った。

(´・ω・`)『…丈夫な人に医者は要るだろうか?(マルコ2 マタイ9)』ですよ。
     神の救いが必要なのは正しい人たちではなく、むしろ、罪人たちのほうなのです」

 一瞬の静寂が、病室を支配した。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:51:24.69 ID:opwq1Ab20

 突然、クーは大声を上げて笑いだした。


川 ゚∀゚)「ははは……あははははははははははははははははははははっ!」


 両手を振り回して、ふかふかした布団を何度もばふばふと叩き、
 ベッドの枠も壁も、掌で力任せに叩いていた。


 先ほどまでの冷たい印象からがらりと変わったクーの態度に、ショボンは驚いて、
 思わず椅子から腰を浮かせ、たじろいだ。
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:53:26.65 ID:opwq1Ab20

川 ゚∀゚)「さすが坊主はうまいことを言う!
      あはははははははははははははははははははははははははははははははは。これは面白い。
      ものは、ものは言いようだな。ひっ……ひゃはははははははははははははははははは」

 クーは笑いながらベッドから起き上がり、床に足を下ろし、立った。
 とたんにバランスを失い、ふらりとよろめく。
 支えようと駆け寄ったショボンを乱暴に押しのけて、両唇をにたあと上げて、クーはさらに笑う。

川 ゚∀゚)「ええ? 私が英雄なんだって? 我が身の危険を省みず、味方を救った勇士だって?
     あはははははははははははははははははははははははははははははははは」

 クーはショボンの両肩に腕を伸ばし、がっしりと掴みかかり、顔を詰め寄っていく。
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:56:34.07 ID:opwq1Ab20

川 ゚∀゚)「ええ、まったくものは言いようだ!!
     私がいつ人道的行為をした? いつ公共のために貢献した?
     ガキどもの鎖を斬ったのだって、私が懲罰船から脱走するためにはあいつらと一緒に暴れたほうがやりやすいと思ったからだ。
     ブラゲ人どもと斬り合ったのも、そうしなければ殺されてしまうから、ただ私が生き残るためにやっただけだ。
     それにな、自爆はな、自爆はな……」

 ショボンの両肩にかけられたクーの手が、ぎゅっと僧衣を握り締めた。

川 ゚∀゚)「顔も知らない両親に捨てられて売春宿で冬の路上に蹴り出されて女主人のストレス解消の玩具にされて、
      ごみみたいなものばっかり食べてようやく生き続けてきたと思ったらやっと信じた姉のような女には金で売られて、
      騙し合い憎しみ合い蔑み合い殺し合い奪い合いグチャグチャになっちまったこんなクソな世界は終わらせてしまえと
      クソ野郎どもを一人でも多くぶっ殺す何かを起こそうと火薬庫に火を投げ込んで皆殺しにしてみたら、それで私は英雄?
      あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
      はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
      あーっははははははははははははははははははははは」


47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 21:59:16.78 ID:opwq1Ab20

 しばらくの間、クーは一人で笑い続けた。
 途中に廊下を通りかかった医者が、部屋から響いてくる狂ったような笑い声を聞き、
 何事が起こったのかと少しだけ病室に顔を出したが、
 あまりにも異常なクーと牧師の様子を見て、すぐに扉を閉めて出ていった。


 やがてクーは、すとんと落ちるようにベッドに腰をかけた。
 口は相変わらず笑った形に開いていたが、その喉からはもう声は出ていなかった。

 かすれたような呼吸の音だけが、ひゅー、ひゅーと聞こえていた。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:04:11.79 ID:opwq1Ab20

(´・ω・`)「でぃが死んだよ」

 ショボンは、クーが落ち着いた頃を見て、静かに言った。
 一瞬だけどきりとした真面目な表情を、クーは見せた。

(´・ω・`)「味方艦隊からの最初の砲撃を受けたとき、舷側に当たった砲弾によって船壁が破壊されて、
     そこから船底に海水が流れ込んで、彼女は溺れて死んだんだ。
     私は彼女を助けようと船底に駆けつけたんだが、どうにも遅すぎた」

川 ゚ -゚)「……」

(´・ω・`)「…正直、僕だって、僕ら懲罰船の人間をおとりにして殺そうとしたニューソク艦隊に良い印象は持っていない。
      君の言うことも、ある程度は正当なことだと思っている。
      知ってるかい? 艦隊総司令官のアーネム公は、恐ろしいお人なんだ」

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:07:19.39 ID:opwq1Ab20

 現国王の正当な弟という身分を持ちつつも、アーネム公は、所詮妾腹の子であった。
 ロマネスク二世が彼を弟と認めたのも、血を分けた兄弟としての愛情が芽生えたためではない。
 野放しにしておいては、いつロマネスク王に反目する諸侯が、
 このアーネム公を正当な王位継承者として担ぎ出して反乱を起こすか判らないからだ。

 ロマネスク二世はこのアーネム公を利用はすれど、便宜を図ってやる気など毛頭なかった。
 どこであろうと、王としての統治権の一端をも与えるつもりはなかったのである。


(´・ω・`)「彼の居場所は、王宮のどこにも存在しなかったんだ」


 それで公は軍隊に入り、海軍の艦艇を駆って、国中をふらふらと彷徨って放蕩無頼の生活を始めた。
 小艦隊を率いて、新大陸帰りの他国の商船を襲い、奪った財宝で方々の港町で豪遊した。

 折りしも新大陸開発競争が各国の間で始まっていた頃だったので、
 公の行為は他国の新大陸開発を阻害することになり、ニューソク王国政府としてもそれは歓迎すべき行為だった。


55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:10:34.45 ID:opwq1Ab20

 ショボンの話を、クーは驚きの面持ちで聞いていた。

川 ゚ -゚)(他国の商船を襲うだと…。それではまるで海賊ではないか。
     あの優男風の貴公子が、そんな人物であったのか)

 クーはどうしても最初にアーネム公を見たときの印象を拭い得なかった。
 まだ意識のはっきりせぬうち、朦朧とした視界の中に見た、あの船首に立つりんとした姿を。

川 ゚ -゚)(何の先入観もなしにあの気高い容貌だけを見れば、きっと、正義の象徴のように見えるだろうに)


(´・ω・`)「底抜けに優しくも、底抜けに冷酷にもなる。つまりは徹底した現実主義者(リアリスト)。
      あの人はそういう人だと、僕は思う」


56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:13:40.48 ID:opwq1Ab20

 そんな彼の性格を物語るエピソードとして、ショボンは次のような話をした。

 あるとき、アーネム公と大陸のラウンジ王家の王女との間で、結婚話が持ち上がった。
 もちろん政略結婚であったため、公と王女は、お互いに相手がどんな人物か全く知らなかった。

 そんな二人が、結婚が本決まりになる前に一度だけお見合いをすることになった。

 見合いの席。
 二人きりの会食の最中に、ラウンジ王女が、アーネム公に一つの「質問」をした。
 その問いは、ラウンジ王家の女たちの間にひそかに代々伝わる、
 結婚相手には必ずその問いを発することとされている、歴史と伝統のある質問だった。

「結婚した二人が、何も無い砂漠を歩いているとき、右も左もわからないその真ん中で遭難してしまいました。
 二人とも大変にお腹がすいています。そして、二人の手元にある食べ物は、たった一つのパンだけ。
 さて、あなたはどうしますか」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:17:47.88 ID:opwq1Ab20

 王女の問いに、アーネム公は顔色一つ変えず、こう即答した。

( ´_ゝ`)「僕なら、あなたを殺します」



(´・ω・`)「もちろん結婚話はなくなった。
     それどころか、あわやニューソクとラウンジは開戦間際、というところまでいったそうだよ。
     以来アーネム公に結婚の話は来ない。王族としては珍しいことだけど、あの公ではね…」

 クーはじっと押し黙って、ショボンが語る話を聞いていた。
 そして、ほんの少しだけアーネム公という人物に、親近感に似た感情を覚えていた。
60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:21:52.41 ID:opwq1Ab20

(´・ω・`)「そんな人だから、きっとそうだね、例えば…
     仮に、99人を殺せば100人が助かるという場面があったとしたら、平気な顔をして99人を殺すだろうね」

川 ゚ -゚)(…たしかに、筋は通っているな)

 クーはショボンの話を聞きながら、彼女の住む街を何度か襲ったことのある、黒死病のことについて思いを馳せていた。

川 ゚ -゚)(黒死病患者を哀れむあまり、彼らを市井に放置しておけば、たちまち疫病は国中に広がってしまう。
     いくら気の毒であっても、黒死病が発生したら、病人たちは直ちに焼き殺されなければならない…。
     個人の人命という価値は、より大きな数の人命の安全という価値の前には、一歩後退を余儀なくされるのだ)

(´・ω・`)「で、その殺される99人の側に立ったのが、たまたま今回は僕らだったってことさ。
      何かを得ようとすれば何かを失う。
      犠牲がなければ発展は無い、弱者に目を向けていては何も出来ない…ってね…」


61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:27:03.94 ID:opwq1Ab20

川 ゚ -゚)(犠牲がなければ……)

 クーの頭に、でぃの姿が浮かんだ。
 といってもそれは滑稽なほどに特徴を失った姿で、ただ薄幸と悲惨と諦念の象徴としてだけ存在する、
 じつに不正確な、輪郭だけのぼんやりとした像だった。

川 ゚ -゚)(考えてみれば、私はあいつの姿を、闇の中に声だけでしか知らないんだな)

 続いてギコの顔が浮かび上がってきた。
 そして、その光景のうしろにずらりと並んだ、顔のはっきりしない不良少年たち。

 かれらの後ろにはフサもいた。

 みんなみんなクーの見る幻のなかで、あやふやな輪郭をして、
 笑っているのか悲しんでいるのか、よくわからない。

川 ゚ -゚)(こいつらみんなを私が殺した、な。
     爆薬で四散させて、それで私は生き残って…)

 最後に、クーの脳裏には、赤い夕日を背景にした金髪の貴公子の姿が、
 これははっきりとした形を持って、浮かび上がってきた。


62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:29:16.40 ID:opwq1Ab20

川 ゚ -゚)「…私は、アーネム公を殺す」

(´・ω・`)「!?」

 ショボンは、びっくりして顔を上げた。

川 ゚ -゚)「あいつがこの艦隊を指揮しているんだろう?」

(´・ω・`)「殺す、って……。そんな…?」

川 ゚ -゚)「たしか私は明日、あいつから直々に勲章を授けられるんだったな。
     いい機会だ。そのときにぶち殺してやる。どんな人殺しよりもいちばん、胸がすっとするだろうな」

(´・ω・`)「ちょ、ちょっと…」

 ショボンは椅子から立ち上がり、クーのほうへ歩み寄った。
 だがクーはそれきりぴったりと口を閉ざしてしまい、それからは、ただ船窓から外を眺めるばかりだった。

 窓の外は暗くなり始めていた。
 クーがこのニューソク艦隊旗艦に拾われてから、二日目の夜が訪れようとしていた。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:33:13.50 ID:opwq1Ab20
四.


 翌日。

 その日も朝から晴れていた。
 クーとショボンは、アーネム公からの命令を受けて、いま司令官室に向かっているところだった。

 甲板を並んで歩きながら、クーはショボンに問いかけた。

川 ゚ -゚)「勲章の授与は司令官室で行われるのか」

(´・ω・`)「そうだ」

川 ゚ -゚)「では、その場には人の数は多くないのだな?」

(´・ω・`)「……」

 ショボンはクーの質問の意図と、彼女が心に秘めている決意のことを知っている。
 だからそれ以上を答える気にはなれなかった。


66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:35:40.81 ID:opwq1Ab20

(´・ω・`)「クー。ちょっと聞いてくれ」

 ショボンは先を歩くクーの背中に声を掛けた。

川 ゚ -゚)「何だ。坊主の説教か」

(´・ω・`)「説教じゃない。フジツボの話さ」

川 ゚ -゚)「…フジツボ? あの、貝の?」

(´・ω・`)「そう。船が長い間航行すると、喫水線以下の艦底には、「フジツボ」がビッチリと付着してしまうものなんだ。
     ほら見て、隣の船にも、その隣の船にも、水面より下の部分にはみんなついてるだろう。
     コレが何気にクセモノで、遠洋航海の途中で「フジツボ」がビッチリついてしまうと、
     艦船の速度は低下してしまうんだ。そして、軍艦にとって、速度低下は致命的なことなんだ」

 ショボンはそこでいったん言葉を切った。

 彼が何をいわんとしているのかよくわからず、クーは黙ったままショボンを見上げていた。


67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:37:47.43 ID:opwq1Ab20

(´・ω・`)「この立派なニューソク艦隊も、一見完璧な状態にあるように見える。
     だが、そういう船でも、ときどきは港に入る必要がある。港に入って休息し、乾ドックでフジツボを落としたりする。
     そういう時間が、船にはかならず必要なんだ。休息できる港が、どんな船にも必要なんだ」

川 ゚ -゚)「…はは、そうきたか。坊主らしいたとえ話だな。
     私は疲れているから、すこし休んでもう一度よく考えろ、というわけか」

 クーは小さく頭を振った。

川 ゚ -゚)「それじゃあひとつ、高僧殿にご質問といこうか。
     生みの両親の顔すら見たことも無く、生涯に一度も我が身を愛してくれた人がいなかったこの私は、
     いったいどこに行って、誰に頼って休息を得ればいいのかな?」

(´・ω・`)「それこそ神の出番であり、神は何人にも分け隔てなく恩寵を垂れ給うのですよ」

 言って、ショボンはクーの横顔を見た。

(´・ω・`)「…という返事では、君は満足しないんだろうね」

川 ゚ -゚)「はは。よく解ってらっしゃる。
     信じる者は救われると言うが、とすると、信じない者は救われないわけだ」

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:42:58.02 ID:opwq1Ab20

川 ゚ -゚)「残念なことに、休もうにも、私には港が無いんだ。私に優しくしてくれる何者もこの世にはいないし、
     そして、それはきっとアーネム公も同じことだと思うよ。
     周りに跪く家臣たちはみな、アーネム公という人間に対してではなく、王弟という地位に対して頭を下げているのだ、
     ということを、私生児である彼は身にしみて解っているだろうな。
     だからこそ、平気な顔をして味方艦隊への砲撃命令を出すことができるのさ」

(´・ω・`)「…ならば一層、彼の心情について考えを及ぼす必要があるのでは?」

川 ゚ -゚)「なんだ? 可哀想なヤツだから許してやれということか?
     あいつを殺せば私の魂が地獄に落ちるとでも言いたいのか? ふん、地獄に落ちるのはあいつのほうだ。
     公はその手で何人の人間の信頼を裏切り、生命を踏みにじってきたと思う。
     まあ私の知っている懲罰船の一件だけですでに数十人であって、
     それに私の行動の理由としては、私の見知っている数人の命を戯れに屠ったという事実だけで、十分だ」

(´・ω・`)「タンブルストン卿については知っているのかい?」

川 ゚ -゚)「……?」

 突然のショボンの話題転換についていけず、クーは口をつぐんだ。

(´・ω・`)「王命を受けて、顧問としてアーネム公に付き従っている人物だ。
     この人物は常にアーネム公の傍についている。背も高く、武術の達人なのだというもっぱらの噂だよ」


71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:44:35.51 ID:opwq1Ab20

川 ゚ -゚)「つまり、アーネム公にはボディーガードがついているということか?」

(´・ω・`)「そう。それも強力なね。
      いいかい、タンブルストン卿がアーネム公の傍についているかぎり、暗殺なんて絶対に成功するわけがないぞ」

 ショボンは意気込んで、クーに向き直り、言った。

(´・ω・`)「クー。僕は君を死なせたくないんだ。わかってくれ」

 だが、隣を歩くクーの返事はそっけなかった。
 ははっ、とクーは小さく笑って、答えた。

川 ゚ -゚)「あいにくだが、私は死にたいんだ。わかってくれ」

 二人の会話はそれで終わりだった。
 甲板は狭く、二人はすぐに士官室にたどり着いた。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:49:31.52 ID:opwq1Ab20

 船尾の司令官室の前にいた衛兵は、クーとショボンの姿を見て敬礼し、
 クーが前に進み出ると、衛兵長が立派な黒塗りのドアを、うやうやしく開けた。


 クーは緑色の豪奢な壁紙が張られた司令官室に足を踏み入れた。
 その後ろからショボンが続き、衛兵長がドアを外側から閉めた。

 窓を背にアーネム公が立っていた。
 蒼い瞳をクーに向け、窓から差し込む光に照らされて、金色の髪の輪郭がまぶしく輝いていた。

川 ゚ -゚)(…やっぱり、こいつだったか)

 今、目の前にいる人物。

 クーが夢うつつの中で見ていた人物は間違いなくアーネム公だった。
 船首にひとり立っていた、若い貴公子。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:55:07.62 ID:opwq1Ab20

 しかし今は、その貴公子の隣に、
 氷を思わせる冷たさを持った目の、見上げるような長身の若い男が、手を後ろに組んで控えている。

川 ゚ -゚)(こいつがタンブルストン卿、か…)

 細い眼窩に鳶色の瞳。すらりと高い長身から、小さなクーの全身を眺めおろしている。



( ´_ゝ`)「やあ、君がクーか。思ったよりも小さい子供なんだな」

 思いがけず気さくな声で、アーネムが口を開いた。

( ´_ゝ`)「話は聞いたよ。このたびは大活躍だったみたいだね。
      ブラゲ人どもを相手に一歩も退かず斬り合って、最後は敵の旗艦を道連れに自爆したんだってね。
      いやあ、それにしてもあの爆発の中、よくケガ一つなく生き残れたもんだ…。
      神は真に善なる者を守り給うというが、まこと、そのとおりじゃないか」

 重そうなテーブルの上に、乾いた桂の枝で編まれた冠が載っている。
 アーネムはそれを手に取ると、板張りの床に軍靴を鳴らして、クーのほうに歩み寄った。


80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 22:57:36.04 ID:opwq1Ab20

( ´_ゝ`)「おめでとう。今回の桂冠勲章受賞者は、君だ。
      君はニューソク人だろ? どこの生まれなのかな?」

 アーネムは軽い調子で問いを発した。
 だがクーはアーネムの瞳をじっと見るばかりで、その唇は動かなかった。


( ´_ゝ`)「…クー君?
      そうかしこまらずに、君も喋っていいんだよ?」

(´・ω・`)「総司令官閣下、申し訳ありません。この子は元来、あまりものを喋りたがらない子でして…」

川 ゚ -゚)「アーネム公閣下」

 クーのがらがら声がアーネムに投げつけられた。
 桂冠を両手で持ったまま、アーネムは立ち止まった。

川 ゚ -゚)「ひとつ聞きたい。懲罰船への砲撃命令を出したのは、あなたか」

(´・ω・`;)「クー!」

 タンブルストンの眉がぴくりと動き、ショボンがクーを鋭く呼び止めた。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:02:42.82 ID:opwq1Ab20

 アーネムは右手でタンブルストンの言葉と行動を制し、クーに向き直った。

( ´_ゝ`)「ああ…脱出ルートが変更になったんだけど、連絡手段が無くてね。
      結果として、懲罰船の面々には不幸な事故となってしまったようだ」

 タンブルストンがその長身から、鳶色の目でクーを見据えていた。
 後ろに組まれていた手は、いつのまにか腰の装飾剣のあたりに移動していた。

 ショボンは身じろぎも出来ず、脇につめたいものが流れるのを、どうすることもできなかった。


川 ゚ -゚)「砲撃命令を出したのは、あなたか」

 クーはもう一度同じ問いを発した。

 それは細い一本の糸のようだった。
 張り詰めて、いまにも切れそうになっていて、それでも両側から引っ張られて、張り詰めているような。

 士官室の静寂を縦糸として、緊張の横糸が張り、薄く鋭く、震えている。


( ´_ゝ`)「…そうだ」

 アーネム公は、短くそう言った。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:05:30.24 ID:opwq1Ab20

 二筋の殺気が同時に空気を切り裂いた。
 小さな子供が喉元に放つ銀色の殺気より、男が顎先に放つ蹴りのほうが早かった。

 タンブルストンの蹴り足が床に着く「たん」という軽い音で、クーの隣に立っていたショボンは我に返った。
 アーネム公の喉元に、クーの持つナイフの刃が、光を受けて煌く。

 どれくらいクーはその姿勢のまま固まっていただろうか。
 おそらく、時間にすれば僅かな間だったのだろう。

 やがてクーは膝から崩れていき、白目を剥いたまま、どさり、と士官室の床に横たわった。


85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:07:27.28 ID:opwq1Ab20

 タンブルストンがサーベルを抜いた。
 ぎらり、とした輝きを見せる凶暴な刃が、鞘から解き放たれた。

 澄んだ金属音を残し、切っ先がクーのほうを向く。

(´・ω・`)「あ、あの、その…」

 おろおろしているショボンを無視し、タンブルストンはアーネムの横顔をちらりと見た。
 サーベルの剣先で、倒れたクーを示しながら。


 アーネムはしばらく黙っていた。


 考えるそぶりを見せていたが、やがてひとつため息をつき、言った。

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:09:19.07 ID:opwq1Ab20

( ´_ゝ`)「やあれやれ。貧血を起こしちゃったんだね。ま、しょうがないか。
      子供の身で桂冠勲章を授与されるなんて栄誉に浴して、緊張しちゃったんだろうな」

 アーネムはわざと明るくそう言って、くるりとショボンのほうに向き直った。

( ´_ゝ`)「ショボン牧師。すまないけど、彼女を病室に運んで、看病してやってくれ。
      それで目が覚めたらこの冠を、彼女の頭に」

 アーネムは持っていた桂冠をショボンに手渡した。

 ショボンはひたすら畏まって、床に伸びているクーの体をかついで、いそいそと司令官室を出て行った。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:12:38.90 ID:opwq1Ab20

(´<_` )「…良いのですか、閣下」

( ´_ゝ`)「ああ。何度も言うようだが、今回の戦いでいちばん戦功があったのは彼女だと私は思っている。
      桂冠勲章くらいは授けておくべきだろう」

(´<_` )「いえ、そうではなく」

 タンブルストンはサーベルの柄に手を置いたまま、抑えた声で言った。
 目に、妖しい光が宿っていた。

( ´_ゝ`)「良いさ、生かしておけ。いいか、この王弟アーネムに対して刃を向けようなんて考える子供が、
      このニューソク王国にはいったいどれくらいいると思うんだ?」

(´<_` )「…残しておくと、のちのち災いにならぬとも」

( ´_ゝ`)「なに、安定の時代にはああいう変わり者は厄介なだけだが、
      これからの変革の時代ではああいうのが必要になってくる。
      とくに、新大陸開発なんて大事業には、私はああいう子供がうってつけだと思うんだ」

(´<_` )「…新大陸開発?」

 アーネムは大きな事務机に腰を掛けると、タンブルストンのほうに向き直った。

( ´_ゝ`)「私はあのブラゲ船の大財宝を見て、決意したんだ。これからの私の計画を、君に話そう」


92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:15:10.78 ID:opwq1Ab20
五.


 会見の翌日。

 ニューソク艦隊上で行われていた戦勝のお祭り騒ぎも、さすがに戦闘から三日目ともなると陰を潜め、
 船員たちに日常の仕事の日々が戻ってきた。

 鹵獲した七隻のブラゲ船は、ほとんどが砲撃による損傷で満足な航行ができない状態になっていたため、
 うち六隻はニューソク本国に曳航して修理することになった。

 ただし、損傷の少なかった一隻のブラゲ製キャラベル船が、沈没した懲罰船の代わりとして、
 ニューソク艦隊とともに行動し、戦列に参加することになった。


(´・ω・`)「キャラベルか。これはいいね」

 ショボンとクーは、自分たちの新しい乗艦の甲板を、並んで歩いていた。

(´・ω・`)「遠洋航海を前提に開発された、ヨーロッパでは初の船種。
     大西洋の高波でも船体の安定を保つだけの巨体と、大量輸送に適した広い船倉を持つ。
     それまでの帆船に比べ、横帆・縦帆を見事に組み合わせた艤装を持ち、
     自在に張り替えたり数を増減させたりすることが容易であるため、高い帆走能力を持つ」

 誰に語りかけるともなく、ショボンは持ち前の知識を開陳していた。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:17:21.42 ID:opwq1Ab20

 クー達の新しい乗艦となった、このパートレム号と名づけられていたブラゲ船も、
 自力航行は可能なものの、各部に深刻なダメージを負っていた。
 そのため今は、船のいたるところに船大工がとりついて、洋上での応急修理が急ピッチで行われていた。

(´・ω・`)「キャラベルは艦隊戦用としてではなく、むしろ探検船として多く用いられている。
      かの新大陸ヴィップを発見したのだって、キャラベルに乗った探険家たちだったんだ」

川 ゚ -゚)「新大陸か…。この船も、新大陸ヴィップの植民地で使われていた船なんだろうか」

(´・ω・`)「おそらくそうだろうね。
     財宝を満載していたから、新大陸で稼いだ財物を本国に持って帰る途中だったんだろう」

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:19:37.92 ID:opwq1Ab20

 クーとショボンは、甲板に転がる砲弾の破片や、帆桁の折れた棒などを避けながら、船尾に向かって歩いていた。

川 ゚ -゚)「何だこれは。あの戦闘からこのかた、掃除もされていないのか」

(´・ω・`)「みんな、あの戦闘から三日間、騒ぎっぱなしだったからね。ブラゲ船には略奪のために立ち入りはしても、
     掃除しようなどとは誰も考えなかったんだろう」

川 ゚ -゚)「まったく。私達がこの船に来て最初にやることは、掃除か…」

 甲板に残った血の跡を見て、クーが顔をしかめる。


 士官用の二人部屋がクーとショボンには与えられていた。
 一民間人であるクーにとってもショボンにとっても、これはたいへんな厚遇であると言えた。

川 ゚ -゚)「狭い廊下だなあ」

(´・ω・`)「えーと三号室…ここだね」

 ショボンは「ホライズン」とネームプレートに書かれたドアを開け、船室の中に入った。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:22:02.55 ID:opwq1Ab20

 饐えた匂いが二人の鼻をついた。
 部屋の様子を一目見て、クーはおもわず右手で顔を覆っていた。

 船室の一つのベッドに、血にまみれた死体が置かれていた。
 右目に巻かれた包帯はどす黒い何かにすっかり蔽われていて、それがベッドのシーツの上にまで垂れている。
 幾筋もの血液のあとが、死体からシーツに向かって伸びていた。

 その死体はブラゲ軍上級指揮官の軍衣に身を包んでいた。
 少し太り気味のその体は、まっすぐに寝台に横たえられ、周りには医療器具が散乱していた。

 死体はにやけたような、ふざけたような顔つきのまま、青白い肌と顔を天井に向けて晒していた。
105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:24:01.03 ID:opwq1Ab20

(´・ω・`)「…この部屋の、元の持ち主のようだね」

 ショボンが口元を僧衣の袖で覆い、死体のほうに歩み寄った。
 クーは入り口ドアを開けたまま、息を止めて船窓まで走りよって、小さな三つの窓すべてを全開にした。

川 ゚ -゚)「おいショボン、さっさとこいつを外へ運び出そうぜ…」

 ショボンは目を閉じて両手を組み合わせると、やがて何事かぶつぶつと口の中で呟き始めた。

川 ゚ -゚)「おい! ショボン! お経なんか唱えてないで、さっさとこいつを…!」

 いらだったような声でクーがうながしても、ショボンの聖書を読む声は止まらなかった。

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:25:52.11 ID:opwq1Ab20

 仕方なくクーは、自分の手につくところから部屋の中を片付けていくことにした。
 前の持ち主の気配を一刻も早く消し去ってしまいたかったのだ。

 日用品が床中に散乱している。砲撃戦のさなか、衝撃を受けた船はおおいに揺れたことだろう。
 クーは散らばった羽ペンや羊皮紙を乱雑に拾い集めていった。


 ふと、羊皮紙にはびっしりと文字が書き込まれていることに気がついた。


 クーはほとんど字を読むことができない。
 だが、簡単な言葉と、名前くらいなら読み取ることができる。

 羊皮紙の束は女に宛てた手紙のようだった。
 いくつかの愛を語る言葉が、手紙の中にはあった。

 差出人の名前らしい「ホライゾン」の文字と共に、その手紙は締めくくられていた。


110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:27:51.17 ID:opwq1Ab20

 クーはその手紙の束と、寝台に横たわる血まみれの死体を交互に見比べた。

川 ゚ -゚)(なるほど、この死体は「ホライゾン氏」、か…)

 そのうちクーは、ホライゾンが胸で組んでいた手に、きらりと光るものが握られていることに気がついた。
 クーは死体の手をほどいて、その光るものを取り出してみた。

 クーの思ったとおり、それはロケットだった。
 ボタンを操作して蓋を開ける。

 流麗な細工が施された蓋の中には、金色の巻き髪も豊かな、美しい女の肖像画が入っていた。
 その肖像画は珍しいことに、笑顔を描いたものではなく、どこかツンツンとした表情をしているものだった。

川 ゚ -゚)(こんな表情の肖像画を持ち歩くとは、おかしなやつだな、ホライゾン氏は)

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:31:09.21 ID:opwq1Ab20

 それにしても。
 この士官は、これほどの重症を受けて、死の間際には相当な痛みと苦しみに悩まされていたことだろう。

 なのに、最期の瞬間にはしっかりとこのロケットを握り締めて、まっすぐに体を伸ばした状態で死んでいた。

川 ゚ -゚)(愛…か)

 クーは自分の手のなかにある、血にまみれた小さな肖像画と、羊皮紙の束を見つめた。
 そしてゆっくりと船窓に歩み寄ると、それらを持った手を、船窓の外へと突き出した。

川 ゚ -゚)(「依存」に与えれられた、最大の美名だな。
     まったく、下らない……)

 一陣の風が吹き、クーの手をつめたい潮風が舐めていく。
 何枚かの羊皮紙が風にさらわれて、クーの手をすり抜けて、どこかへと飛んでいった。

 その瞬間、クーははっとして、窓の外に出していた手を引っ込めた。



 心臓が早鐘を打っていた。
 なにか、とりかえしのつかないことをしてしまったような不思議な切迫感が、彼女の心に芽生えていた。

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/26(金) 23:33:44.58 ID:opwq1Ab20

 甲板の上では水夫たちが忙しく駆け回っていた。
 皆が新大陸について噂しあって、財宝を得る夢を口々に思い描いて、語り合っている。

 ブラゲ艦隊に積まれていた金や宝石のことはみんな知っていた。

 「新大陸に行けば、大金持ちになれる」
 大財宝の存在は、それを末端の水夫たちにまではっきりと約束し証明する、格好の証拠となったのだ。

 だれかがニューソク万歳と叫ぶ声がする。
 船上のニューソク人たちは、だれもが未来への期待に目を輝かせている。


 このニューソク艦隊はいまから新大陸ヴィップに向かい、入植を行うことに、決まっていたのだ。




第三話 ここまで―――

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