72 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:17:57 ID:s7Hwe/XI0


 低い城壁が広がるニューソクタウン。
 白灰色の石壁が、長く長く、内陸の森から、海のほうまで伸びていた。


 その城壁のすぐ外側に、植民地軍は布陣している。

 緑の草が残る草原に、青い銃帯を装備した兵士たちが並ぶ。
 三列になった、ずらりと横に長い中隊がいくつも、ニューソクタウンの城壁と平行に並んでいる。

 その数およそ、三千。

 ブラゲのような長槍兵や、丸い盾を装備した剣士はいない。
 全員が、銃剣付きマスケット銃を装備した、近代的な軍隊だ。

73 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:19:44 ID:s7Hwe/XI0

 かなたには、早くも地平線にまで迫った、本国軍の旗が見えている。
 風に乗って、行軍のリズムを取っているドラムと横笛の音が聞こえてくる。

 植民地軍兵士たちは、迫り来る戦いを思ってか、どの顔も緊張した面持ちだった。
 ときおりくしゃみをする者や、体を掻いたりする以外は、みな背筋を伸ばして整列している。


 兵士たちの背後、城壁間近の丘陵の上には、植民地軍の本部が置かれていた。
 たくさんの天幕が張られたこの場所には、植民地軍の主だった指揮官が集合していた。

 正装の鮮やかな軍服を着込んだ上級指揮官たちの真ん中には、
 白馬に騎乗し、羽根飾りのついた金属兜を被ったアーネムの姿があった。


 本部の丘からは、戦場の様子が一望できた。
 ニューソクタウンは、その全体が、小高い丘の上に建てられている。
 だから、その城壁から郊外にかけては、なだらかな下り坂が続くことになるのだ。

 植民地軍は、迫り来る本国軍を高みから見下ろすことのできる、有利な位置を占めていた。
74 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:21:24 ID:s7Hwe/XI0
一.


 アーネムは望遠鏡を伸ばすと、
 まずは陸軍兵の布陣の様子を、ざっと確かめた。

 カラマロス大佐が直接の指揮をとることになっている陸兵は、定石通りの防衛型歩兵配置をとっていた。

 前衛、中堅、後衛と、兵の練度に応じて三重に配置を重ねる。
 古代ローマ期にはすでに完成されていた、古典的な、それゆえ堅牢性は保証つきの陣形だ。


 望遠鏡から目を離し、アーネムは後ろを振り返ると、
 満面に自信を浮かべてご満悦の体のカラマロス大佐と、目が合った。

(  ・ω・)「どうです! この完璧な布陣。
     地形に応じ、一分の隙もない配置になっていることが、お分かりですかな」

 アーネムは軽く頷き、返した。
 大佐は機嫌よく大きな声で、先を続けた。

(  ・ω・)「鍛え上げた我が陸軍兵であるからこそ、このような集団行動が可能となるわけですな。
     海軍のごろつきどもとは…おっと、彼らとて海では勇猛果敢で優秀な集団であることは存じておりますがな、
     まあ、陸では…。わあっはっはっはっ」

75 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:22:22 ID:s7Hwe/XI0

ミ,,゚Д゚彡「ちぇっ。好き放題言ってら、あのおっさん」

 マスケット銃を雑に肩に担いだフサが、小声でぼやいた。
 彼は、今度の戦いでは、海兵で構成されるマスケット銃士隊を率いることになっている。

 傍らには、騎馬姿のドクオがいた。

('A`)「数に倍する敵を前に、完全な防衛型の陣地、か」

ミ,,゚Д゚彡「ん、あの陣形じゃマズイんすか?」

('A`)「うむ、まあ…守りは堅いから、時間稼ぎにはなるんだがな。
   二倍以上の敵を打ち破るには、もうすこし戦い方を考える必要があると思うぜ」

ミ,,゚Д゚彡「戦い方、ねぇ。つっても俺は、あのおっさんが、
     「突撃」と「即時攻撃」以外の命令をしてるところを見たことがねぇ。
     ひょっとしてあいつ、戦術といえばその二つしか知らないのかね」

('A`)「…まあ、お手並み拝見といくか」
77 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:23:18 ID:s7Hwe/XI0

 地平線かなたに見える本国軍は、いまは前進を止めており、
 3キロほど離れた場所で、植民地軍と平行に布陣を始めているようだ。

 いよいよ、戦が始まる。

 カラマロス大佐はアーネムともう二、三語り合うと、
 馬を立てて、前線の陸軍兵たちのところ、自分の持ち場へと戻っていった。


 そして、本国軍の布陣が終わった。
 アーネムは望遠鏡を上げ、横に長く伸びた本国軍を、さっと掃いた。

 歩兵中隊を一列に並べ、その両脇に騎兵を配置する、これまた伝統的な攻撃陣形。

 敵将フィレンクト将軍は、こちらの昔ながらの防衛陣形を見て、
 ちょうどそれに対応するような陣を組んだようだ。

78 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:26:01 ID:s7Hwe/XI0

 ここまでは、士官学校の教科書通りの、戦の推移であると言えた。

 さて、教科書のとおりに戦いが進むとしたら、
 この後に行われるのは、両軍の挑発合戦である。

 いまや両軍は、布陣を終えてにらみ合い、互いに攻撃を開始する隙をうかがっている。

 このとき、敵の眼前で陣形を組み替え、陣を移動するなどして、
 みせかけの「隙」を作ることが、よく行なわれる。

 どちらかが挑発に乗り、兵を進め、攻撃を開始した時――、戦いが始まる。


 この戦いでは、戦端を開くのは、どちらになるのだろうか。
79 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:26:53 ID:s7Hwe/XI0

 植民地軍の砲兵隊が、遠距離砲撃を開始した。

 砲兵隊を指揮しているのは、海軍のロマネスク海尉だった。
 城壁すぐそばの丘陵群からは、敵軍と戦場の全体がよく見渡せるので、
 彼らはそこに砲を配し、陸兵の頭ごしに、敵陣に砲撃を浴びせることができる。


 よく訓練された海軍の砲手班は、二十門ほどの重砲のそばに控え、
 手馴れた動作で、装填と発射を繰り返している。

 距離が離れているので命中はほとんど期待できないが、撃たれている本国軍の赤服たちにしてみれば、
 真っ赤に焼けた鉄球がうなりを立てて自分たちに向かって飛んでくるのは、
 決して気分の良いものではないだろう。

80 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:28:37 ID:s7Hwe/XI0

 一方の本国軍の砲兵隊は、陸軍が運用する野戦用の軽砲があるのみだった。

 しかも、坂の下から見上げる形での発射となるので、
 味方歩兵の頭上越しに撃つというわけにはいかない。

 本国軍の砲兵隊は、前線のはるか後ろで、出番を迎えることなく終わるだろう。



 空は、よく晴れていた。
 朝の青空に、真っ白な薄雲がわずかに変化を添えていた。

 ときおり起こる、風切音。
 そして、砲の着弾の煙。

 城壁と森に囲まれた平原を埋め尽くす、青と赤の歩兵たち。
 そして、戦場に無数にたなびく、両軍の大きな軍旗。


 植民地軍と本国軍の雌雄を決する大会戦が、今、始まろうとしている。

81 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:30:49 ID:s7Hwe/XI0
二.


 本国軍の歩兵陣の後ろでは、フィレンクトとタンブルストンが馬を並べ、待機していた。


 タンブルストンは、じれていた。

 敵に向かうには、坂を上っていくような形になるため、
 ここからでは自軍の兵士の背中が邪魔になって、敵の歩兵陣を見ることができない。
 だから、敵陣の様子がわからない。


 時折、不気味な音を立てて、砲弾が物凄い速さで、頭上を飛び過ぎていく。

 敵の砲撃は散発的で、狙いも超長距離で不確かだが、
 それでも、砲弾は確実にこちらにまで届いているのだ。

 もし一発でも歩兵横陣に当たれば、その被害は大きいだろう。


 にらみあいが長引けば長引くほど、砲撃の時間が伸びる。
 それは、植民地軍の砲撃回数が増えることを意味している。

82 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:31:42 ID:s7Hwe/XI0

 ちらりと、タンブルストンは隣のフィレンクトを見た。

 老将軍は、落ち着き払って自信を湛えた顔つきで、細った体をぴんと馬上に胸を張り、
 まっすぐに、植民地軍の城壁のほうを見つめている。

 その表情からは、彼が何を考えているのか、まったく読み取れなかった。


 タンブルストンは、この老将軍の人物を測りかねていた。

 何せ、彼はその老齢にもかかわらず、常に忙しそうに動き回っているのだ。
 馬で練兵場を駆けていたかと思えば、次の瞬間には執務室で事務官に囲まれて書類の山と格闘し、
 少し休んだかと思えば、忽然と姿を消して街へ休息に出かけている。

 そんな有様なので、タンブルストンはフィレンクトと、ろくに話をしたことがない。
 事務的な会話をする機会があっても、用が済むと老人はすぐに、次の仕事にかかってしまうのだ。

83 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:33:43 ID:s7Hwe/XI0

(‘_L’)「卿なら、この状況をどう打開する?」

 突然、将軍が口を開いた。

 タンブルストンは不意をつかれ、一瞬とまどいを見せたが、
 すぐに自分を取り戻して、自らの考えを頭の中でまとめ、述べた。

(´<_` )「そうですな…。一方的に砲撃を受けているこの状況は、好ましくないでしょう。
     しかし、敵は堅牢に守りを固めておるようです。
     敵は寡兵とはいえ、これだけの堅陣に正面から突っ込むことは、止めたほうがよいでしょう。
     無駄な犠牲を出す必要はありません」

(‘_L’)「ふむ。して?」

84 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:34:30 ID:s7Hwe/XI0

(´<_` )「陽動を行い、敵を釣ります」

 フィレンクトは頷いた。そして、続きを待つようにタンブルストンを見た。

(´<_` )「私の指揮する騎兵で、反乱軍歩兵の側面を大きく回りこみ、城壁沿いに敵砲兵を突く動きを見せます。
     そうすると敵は、砲の防御のために歩兵の配置を変え、動かざるを得なくなる」

(‘_L’)「うむ。やつらの12ポンド砲は、一つあたりの重さが2トンはあろう。
    そう簡単には動けんからな。守るには、歩兵を使うしかない……」

(´<_` )「あとは、フィレンクト将軍、あなたにお任せします。
     敵歩兵が動けば、必ずそこに隙はできましょう。
     それを見つけ、将軍の歩兵に攻撃をお願いします」

(‘_L’)「ふむ」

 フィレンクトは、何か考え込んでいるように、目線を前に据えたまま、答えた。

85 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:35:56 ID:s7Hwe/XI0

(‘_L’)「さすがはタンブルストン卿。
     噂どおりの才能じゃ。この状況では、満点の回答じゃろうな。
     …士官学校の答案としてなら、な」

 タンブルストンの額に、僅かに皺が浮かんだ。

(´<_` )「では、将軍の策は」

(‘_L’)「わしか。わしはな、大規模な機動戦を行なうには、年をとりすぎておるのじゃ」

(´<_` )「……?」

(‘_L’)「年寄りは年寄りらしく、感傷的にいこうと思う」

 はぐらかされたような気になって、タンブルストンは黙った。
 老将軍の言葉が何を意味するのか、しばらく考えてみたが、思い当たることはなかった。

 それきり、フィレンクトはタンブルストンには構わず、
 矢継ぎ早に手近な伝令に指示を出し、伝令は前線の歩兵たちに命令を伝えに、散った。

86 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:38:13 ID:s7Hwe/XI0

 しばらく経った。

 砲弾はあいかわらず、散発的に飛んできた。
 一つか二つは、本国軍の横隊をまともに切り裂いたものもあったようだ。

 遠くに見えるニューソクタウン城壁の下には、一連の砲兵陣地が、綺麗に見えている。
 こちらからはっきり見えるということは、向こうからは、しっかり射線が通っているということだ。


 また砲兵陣地の一角から、ぱっ、ぱっと白煙が上がった。
 続いて、焼けた砲弾の不気味な風切り音。
 本国軍歩兵陣の前の地面に、人間の背丈の三倍はありそうな、着弾の土煙が上がった。

 幸いなことに、バウンドした砲弾は歩兵横隊の頭上を飛び越えていったので、兵に損害は無かった。


 だが、いつまでもこんな状況で待たされていては、兵たちは不安が増す一方だろう。

87 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:39:37 ID:s7Hwe/XI0

 不安は、タンブルストンも似たような思いだった。

 彼は待つ間、望遠鏡を取り出し、はるか彼方に見えるニューソクタウン城壁下の、
 植民地軍の本部と思われる、天幕が多く張られた場所をじっくりと観察した。

 が、期待していたものは、そこには見つけられなかった。

 植民地軍を統括するアーネムの姿は、ここからでは捉えられない。
 何かの陰になっているのか、あるいはその場にはいないのか。

 タンブルストンは諦めて望遠鏡をたたみ、再び自軍の陣に目を戻した。

88 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:39:57 ID:s7Hwe/XI0

 ぱたん、という音に、タンブルストンは隣に並ぶフィレンクトを振り返った。

 フィレンクトはさっきから、手元の時計をじっと見つめ、何かを待っているようだったが、
 いま、時計のふたを閉めて顔を上げ、前線のほうを見やったのだ。

(´<_` )(一体、何をするつもりなんだ、将軍は…?)

89 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:42:27 ID:s7Hwe/XI0

 突然だった。
 大きな音が、本国軍の全部隊から、一斉に沸きあがった。

 いままで静かに待機していた本国軍のすべての部隊で、ドラムと笛の音が一斉に鳴り響いた。
 そして、進軍曲が始まった。
 戦列歩兵を進軍させるための、単純で力強い音楽が、奏でられた。

(´<_` )(む。全歩兵の進撃開始か)

 タンブルストンはそう捉え、進軍の用意をしようと、姿勢を正した。


 だが、兵たちは動かなかった。
 彼らは、その場にとどまったまま、

 …タンブルストンには信じられないことに、男たちの野性的な歌声が、
 何人、何千人もの男たちが声を合わせて歌う声が、聞こえてきた。
91 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:43:47 ID:s7Hwe/XI0

(´<_`;)(な、何? 歌だと?)

 曲は、「ローストビーフ」と呼ばれるものだった。
 ニューソクを代表する食べ物、ローストビーフ。
 ニューソク人ならば誰でも知っている、勇壮な愛国歌だ。



  力強いローストビーフがニューソク人の食べ物だった頃
    それは我等の頭脳を明晰にし、我等の血潮をたぎらせた

  我等の兵は勇敢で、意気盛んだった

  おお ニューソクのローストビーフ
      古きよきニューソクの食べ物よ



 短いフレーズが何度も繰り返され、物語調の歌詞を歌い上げていく。

(´<_`;)(敵前の、戦闘を間近に控えたこの時に、全軍に歌を歌わせる?
     何を考えているんだ、老将軍は)

 この歌は、全部で十分以上は続くだろうか。
 野太い数千名の合唱が、ニューソクタウン郊外の野を、草木を、震わせた。

92 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:44:43 ID:s7Hwe/XI0

 一つ終わると、また次。
 歌は、途切れることなく続けられた。


   どんな過去の勇士たちも
     勇猛なるニューソク兵とは比べ物にならぬ……


 これも、ニューソクの兵士なら誰もが知っている、国と国王に忠誠を叫ぶ愛国歌だ。
 陸軍のみならず、海軍でも、
 敵艦に接近する間に演奏されることもある、国民皆に親しまれている曲だ。

 中隊ごとに配備されている大きなニューソク旗がはためいている。
 その間に間に居並ぶ本国軍は、その場に留まったまま、声を合わせて歌っている。


(´<_` )(むう…音楽で皆を勇気付けよう、ということか…?)

 タンブルストンは、再びフィレンクトをちらりと眺めた。

 が、老将軍の表情は、相変わらず読めなかった。
93 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:45:28 ID:s7Hwe/XI0
三.


 
 時ならぬ音楽に驚いているのは、ドクオたち植民地軍でも同じだった。


 一曲目が始まったときは、ドクオは、おかしなことが始まったな、と思っただけだった。

 だが、それが十数分も続き、しかも、終わるとさらに次の曲が始まるとなると、
 本部に詰めている士官たちの間にも、疑念と不安の思いが、次第次第に広まっていた。

94 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:45:55 ID:s7Hwe/XI0

 ドクオは馬を進め、アーネムの隣についた。
 アーネムは困惑した表情で振り返り、言った。

( ´_ゝ`)「何だ。一体何なのだ、この歌は。
      ドクオ海尉、君はこれについて、どう考える?」

('A`)「しかとは判りかねますが、相手は老獪で知られたフィレンクト将軍です。
   何らかの策略であることは、間違いないと思うのですが……」

( ´_ゝ`)「策だと? どんな策だ」

('A`)「さあ、それは」

 ドクオは少し考え、言った。

('A`)「音で注意を引こうとしている。その点は間違いないでしょう。
   となると、音楽に我々の注意を引き付けている間に、
   他方面からの奇襲を行う。そんなことを、考えているのかもしれません」

95 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:46:59 ID:s7Hwe/XI0

( ´_ゝ`)「ふむ……」

 ドクオの言を受け、アーネムは考えた。

 敵の兵は、老将軍フィレンクト率いる歩兵団と、タンブルストン率いる騎兵団だ。

 いま眼前には、戦列を組む本国軍の歩兵は見えているが、
 タンブルストンが率いているはずの騎兵の姿が見えない。

 それは、たしかに気にかかる点であった。


 歩兵の戦列が、こちらからの視線を遮っているものか。
 あるいは…?

96 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:48:11 ID:s7Hwe/XI0

 アーネムは、義弟の戦場での動き方を、よく知っていた。


 タンブルストンの騎兵戦術。

 戦いが乱戦となったら、義弟は騎兵を率いて先頭に立ち、
 歩兵部隊の間を、弱いところを見つけては駆け抜け、敵を小部隊に分断していく。

 そうして、敵歩兵の連携を、ずたずたに引き裂いていく。

 頃合いを見計らって、ばらばらになった敵の小部隊を、一つずつ撃破していく。


 この動きは、タンブルストンがアーネムと共に立った戦場で、
 彼の目の前で、何度もやってのけたものだった。

 そしてその度に、義弟のこの戦術は、彼らに決定的な勝利をもたらす原動力となっていた。

97 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:49:06 ID:s7Hwe/XI0

( ´_ゝ`)「ドクオ海尉」

('A`)「サー?」

( ´_ゝ`)「海尉、君の懸念はもっともなものだと思う。
      斥候に出てくれるか。敵の動きが気になるんだ」

('A`)「アイ・サー。ドクオ海尉、斥候に出ます」

 ドクオは帽子に軽く触れて敬礼し、馬をかえした。

98 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:49:50 ID:s7Hwe/XI0

ミ,,゚Д゚彡「あれ、なんだ、海尉。斥候ですかい」

 本部のはずれ、下級将校たちの天幕群を抜ける際、フサが声をかけてきた。

('A`)「ああ。ちょっと行ってくるぜ」

ミ,,゚Д゚彡「うちの大将も人使いが荒いなあ。艦長に斥候させるなんざ」

 古いなじみ、パートレム号の乗組仲間たちは、
 いまだに、ドクオのことを親しみをこめて「艦長」と呼ぶことが多かった。

('A`)「なに、いいさ。
   斥候は、あいつが言い出さなければ、俺から言い出すつもりだったんだ。
   この音楽には何かある。そいつを探らねえとな」

99 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:50:52 ID:s7Hwe/XI0

 ドクオは戦場の地形を考え、敵の攻撃のありそうなところを思い描いた。

 ニューソクタウンの城壁は、海岸から森のほうへと伸びている。
 その城壁沿いに布陣した植民地軍を突くならば、
 海側か森側、いずれかの側面を突くものだろう。

 そのうち海側からの奇襲については、おそらく、考える必要はない。
 海は、昼間の奇襲には向かない。
 視線を遮るもののない海から兵士を近づければ、すぐに気づかれるからだ。

 となると、森側。

 奇襲があるとすれば、こっちだ。

 男たちの大合唱で音を隠し、忍び足の騎兵を向かわせて、
 植民地軍の側面を突こうとする戦術をとった場合の、敵の攻撃方向は。

 馬の腹を蹴り、ドクオは森の方向へと、駆けた。

100 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:51:56 ID:s7Hwe/XI0

('A`)(そういえば)

 疾走する馬上で風を切りながら、ドクオは、はたと気づいた。


 森には、植民地軍の補給所が、仮設されていたはずだ。


 会計官の指揮のもと、前線で使用する大砲用の補給や、
 長期戦に備えた食料、天幕類といった軍需物資が集積されている。

('A`)(あの補給所は、守備兵がほとんどいなかったはずだ)

 今回の戦いでは、仮設補給所は、大事な戦略目標ではなかった。

 植民地軍は遠征軍ではない。地元での戦いだ。
 だから、食料や物資を失ったところで、そう大きな打撃となるわけではない。

 しかし…。
 
 妙な胸騒ぎがした。
 手綱を握る手に、力が入った。


 背中から聞こえる、ますます盛んに演奏される本国軍の兵士たちの歌は、
 いまや彼にとっては、聞きなれた歌ではなく、不気味な調子を伴う旋律となっていた。

101 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:52:54 ID:s7Hwe/XI0

 森のふちで、ドクオは念のため、ベルトからピストルを抜いて、打ち金を上げた。
 それから慎重に、薄暗い木々の密集した森へ、馬の歩を進めた。


 この森は、ニューソクタウンの住民に、森林資源を供給する目的で残されている。

 薬草、キノコ類、ベリー類、山菜。
 豊かな自然からの恵みを得るため、森は伐採などの手を入れられず、
 自然のままの密林を構成している。

 薄暗く視界の悪い森。

 補給物資を敵の目から隠すにはおあつらえ向けの環境だが、
 同時に、兵士を潜ませて奇襲を行うにも、理想的な地形だ。 


('A`)(…どこだ、どこにいる、補給班)

 ドクオは補給班の正確な位置を知らなかった。
 蔓草の這う湿っぽい森の地面を、ドクオは騎乗のまま、慎重に進んだ。

('A`)(呼びかけて、応答してもらうか?
   …いや、敵がすでにこの場所を占領していた場合、それは危険だ)

102 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:54:16 ID:s7Hwe/XI0

 手がかりのつかめないまま、彼は暗い森の中をしばし、彷徨った。


 やがて、視界の端に見えた潅木の茂みが、ドクオの注意を引いた。
 一箇所だけ妙に藪が濃い場所がある。


 意を決して、ドクオは声を出してみた。

('A`)「クー。おい、いるか、クー」

 ささやき声に近いほどに声を落として、ドクオは茂みの奥に呼びかけた。

 茂みの奥から返事が返ってくるまでの間は、ごく短い時間だったが、
 ドクオにとっては背中に冷たい汗が流れるのを感じたほど、長く緊迫したひとときだった。


川 ゚ -゚)「ん? ドクオか。
     何か用か」

 結局すぐ後には、茂みの奥から、拍子抜けするような、緊張感の無い声が帰ってきたのだ。

103 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:55:17 ID:s7Hwe/XI0

 ドクオは、体中の力が、緊張と一緒に抜けていくのを感じた。

('A`)「なんだ、ここにいたのか、クー!」

 言いながらドクオは馬から降り、人工的に作られた「茂み」を掻き分け、
 隠された植民地軍の補給所に入っていった。


 火薬樽や砲弾に囲まれた場所で、
 クーは折りたたみの事務机に片肘でもたれかかり、リラックスした様子で立っていた。

川 ゚ -゚)「うん、ずっとここにいたよ。
     今は、ロマネスクの砲兵に火薬を補給する準備をしてる。
     なんだいドクオ、ずいぶん急いで来たのか?」

 周りには補給班の課員たちがいるが、補給品を運ぶ準備は終わっているらしく、
 今は、みな一様に手持ち無沙汰な様子で、あたりをうろうろと歩き回っている。

 そんな様子に、ドクオもおもわず毒気を抜かれた。

 ピストルの打ち金を下ろし、ベルトに挟みながら、ぶつぶつと呟いた。

('A`)「ああ、急いでたさ。ったく…
   俺は、ここが奇襲されるんじゃないかと思って…」

104 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:56:37 ID:s7Hwe/XI0

川 ゚ -゚)「奇襲?」

('A`)「ああ。さっきから歌が聞こえるだろ。あれは本国軍の連中が歌ってるんだ」

川 ゚ -゚)「へえ? 本国軍が歌ってたのか。
     なつかしい歌ばかりだから、ウチの水兵どもが歌ってるのかと思ってた。
    『ローストビーフ』なんかを聞くと思いだすよね、パートレム号では上甲板で皆で歌ったり、
     君が招待してくれた夕食で『ブラゲの女たち』を歌ったり……」

('A`)「ああ、だがあれは俺たちじゃない、敵が歌ってるんだ。
   だから、何かの策略じゃないかと思って、俺はこうして斥候に出張ってんだよ。
   ちぇっ。のんきなもんだなあ、お前は」

 ドクオはもう一度、補給所をぐるりと見渡した。
 物資はほどよく森の中に偽装して隠されている。異常は無いようだ。

('A`)「まあとにかく、ここが無事でよかった。
   敵にはタンブルストンの騎兵がいるからな。奇襲攻撃には十分警戒しとけよ」

川 ゚ -゚)「うんわかった。動哨を倍に増やすよ。何かあったら信号弾を上げる」

('A`)「ああ、そうしてくれ」

 ドクオは来たときと同じように大急ぎで、補給所の茂みから駆け出て、馬に戻った。
105 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:58:38 ID:s7Hwe/XI0
四.



('A`)(無駄足だったな)

 再び馬上の人となり、森を出ようと馬を繰るドクオ。

('A`)(だがまあ、補給班の無事を確認できたのはよかった)


 薄暗い森の中を駆けるうちに、彼はまた考え事を始めていた。

('A`)(側面からの奇襲が目的でないとすると、やつらの音楽の意図は、何だ?)

 あれこれを考えながら、ドクオの馬は濃い森を抜け、ふたたび会戦の平原へと戻った。

106 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 20:59:17 ID:s7Hwe/XI0

 暗い森に慣れた目に、日差しにあふれた平原の強い光が飛び込んできて、
 ドクオは思わず目を細め、額を手で覆った。



 そして、次の瞬間、
 彼は信じられないといった面持ちで、その細い両の目を、めいっぱい開いた。


 3キロの間合いを置いて、にらみあいを続けていたはずの両軍歩兵。
 それが…。


('A`)「進軍!?」

 思わず、ドクオは叫んでいた。
 植民地軍の、青い銃帯をかけた歩兵たちが、今や一斉に、前進を開始していたのだ。

('A`)「ば、ばかな!」

107 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:00:14 ID:s7Hwe/XI0

 馬を、駆けさせた。
 硬い大地を蹴って、激しい振動を耐え、ドクオは本部まで駆けに駆けた。


 アーネムの姿が視界に入るや否や、彼は、その後姿に大声で呼びかけた。

('A`)「閣下!」

 時ならぬ大声に、びっくりしたようにアーネムが振り返った。

('A`)「閣下、おやめください、攻撃をかけるにはまだ早いですぞ!
   待ち受ける本国軍の懐に飛び込むなんて!」

(;´_ゝ`)「ドクオ海尉! 私も君を探していたところだ!
      どういうことだ、勝手に攻撃命令を出すとは!!」

('A`)「えっ」

( ´_ゝ`)「えっ」

('A`)「…すると、攻撃命令を出したのは、閣下ではない?」

( ´_ゝ`)「わ、私なものか。私はてっきり、君が独断専行したものと…」

108 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:02:06 ID:s7Hwe/XI0

('A`)「この状況下で、私が攻撃命令を出すはずがありません。
   敵は我が軍の三倍近くの数です。
   『歩兵隊が相互に射撃を行なう場合、その損害は…」

( ´_ゝ`)「…両軍の戦力差の二乗の差に比例する』、だろう。
     私とてランチェスターの戦術理論ぐらい知っている。
     敵が砲撃で損耗してからならともかく、現状の、ほぼ無傷で残っている敵に対し、
     前進命令など出しはせん!!」

('A`)「し、しかし…」

 二人はほぼ同時に、平原の歩兵陣のほうを眺めやった。

109 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:03:15 ID:s7Hwe/XI0

 本国軍は、あいかわらずの攻撃横隊を維持していた。
 植民地軍の砲撃によって穴が開いている箇所もわずかに見受けられるが、
 全体としては、ほぼ布陣当時のままの威容を誇っていると言えた。

 そんな本国軍の待ち構える陣に、
 植民地軍はいま、防衛用の横隊を維持したまま、一歩一歩進撃を続けていた。

 三倍の数の攻撃横陣に正対して向かっていく植民地軍は、
 さながら、底なしの沼に飲み込まれていく哀れな小動物の姿のように、
 ドクオの目には見えないこともなかった。

110 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:04:35 ID:s7Hwe/XI0

( ´_ゝ`)「ドクオ海尉、君ではないとすると、この無謀な進撃命令を出したのは、
      前線で陸軍兵の指揮を取っているカラマロス大佐しかあるまい」

('A`)「そ、そうか! 大佐なら、陸兵は好きに動かすことができる」

 いまや本国軍の歌は止み、迫る植民地軍を、不気味な静かさの中で待ち構えている。
 そんな戦場全体の様子を、丘の上の本部からは、手に取るように見渡すことができた。

('A`)「クソッ! あの大佐、軍略といえば「即時攻撃」しか知らないのか!
   本国軍のマズル・トゥ・マズルでの堅忍さは、折り紙つきだ。
   数で勝る敵に、何の策もなしにぶつかるなんて!」

 この時代のマスケット兵の基本戦略である、
 お互いの射程内で立ち止まって、棒立ちのままマスケットで撃ち合う狂気じみた戦闘のことは、
 マズル・トゥ・マズルと呼ばれていた。

 銃口と銃口をつき合わせて、という意味である。

111 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:05:38 ID:s7Hwe/XI0

('A`)「閣下! こんな無謀な攻撃は、止めさせなければ…!」

( ´_ゝ`)「珍しく君と意見が一致することに、私もそう強く思っているのだが、
      しかし、その攻撃中止命令を、どうやって前線まで伝えれば良い?」

 ドクオは唸った。

 確かに、それは難題だった。
 今、ここから命令を伝える伝令を出したとして、
 はたして、進軍中の歩兵隊に、戦端が開かれるまでにたどり着けるだろうか。

 おそらく無理だろう。

 最初は3キロあった彼我の距離は、既に半ばほども縮まっている。

 マスケットの最初の斉射が始まるまでに、
 カラマロス大佐のもとに伝令がたどり着ける望みは、ほとんどない。

112 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:06:28 ID:s7Hwe/XI0

( ´_ゝ`)「もはや戦闘は、始まったと見なければならない。
      その上でドクオ海尉、残された我々としては、この状況を前提として、
      どういった対応を取るべきだろうか、考えなければならないようだ」

 ドクオは歯噛みした。

('A`)(くそっ… まずい…!)

 咄嗟には、何も思いつかなかった。
 ただ、カラマロス大佐の軽率だけが悔やまれ、腹立たしかった。


 ロマネスクは既に砲撃を中止していた。
 敵味方の距離が近すぎて、味方の横隊の真ん中に砲弾をぶち込んでしまう恐れがあるからである。

 丘の上、本部のメンバーは、はらはらしながら陸兵の進撃を見守っていた。

113 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:08:03 ID:s7Hwe/XI0

 やがて、最も先頭を歩いていた陸兵中隊が、敵から二百歩の距離に来たときに、足を止めた。
 まだ少し遠いが、先制射撃を行なうのだ。

 用意――

 の号令で、中隊の植民地兵たちは、肩の銃を、前に向けて構えた。
 照準の先には、本国軍の兵士たちがいる。

 ――――撃て!!

 各小隊の指揮官たちが、口々に射撃命令を叫んだ。

 青い銃帯の兵士たちのマスケットが、いっせいに赤い炎を吹き、煙を吐き出した。
 戦列からは続けざまに、銃の甲高い発射音がした。

114 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:10:46 ID:s7Hwe/XI0

 殺戮が、始まった。


 本国軍の赤い横隊の中から、間引くように、何人かの兵士が膝から崩れ落ちた。
 白く濃い硝煙が、壁のようにふくらみ、両軍の間を漂った。

 植民地軍の一斉射撃を受けても、本国軍の歩兵たちに、動揺は見られなかった。
 弾丸を受けて倒れた兵士のいた箇所は、後衛の兵がすぐに埋め、横隊を維持した。

 規律正しく、よく訓練された動きだった。


 植民地軍は、二百歩の距離に到達した中隊から順に足を止め、斉射を行っていたが、
 本国軍はいくら撃たれても不要なパニックなど起こさず、
 損害を意にも解さずに、ただ命令通り突っ立っていた。

 さすがは、堅忍不抜で知られるニューソク軍である。

115 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:11:53 ID:s7Hwe/XI0

 いっぽうの、丘の上の本部。
 ドクオが望遠鏡を構え、前線の様子を仔細に観察していた。

( ´_ゝ`)「どんな様子だ?」

('A`)「射撃戦が行なわれています。まもなく、突撃が始まるでしょう」


 着剣されたマスケットの、荒々しく光る銀色のぎらつく群れが、ドクオの覗く望遠鏡に映っている。

116 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:15:46 ID:s7Hwe/XI0

 そんなとき、「伝令」の到着を告げる触れ声が、本部の士官たちの注意を引いた。

 間を置かず、一騎の騎馬将校が、アーネムの前まで駆け出た。
 まだ若い、陸兵の中尉だった。

 陸軍からの伝令ということで、士官たちは一斉に、彼のほうに注目した。
 本部がなによりも欲していたのは、勝手な行動をとった前線の大佐の情報だったのだ。

( ´_ゝ`)「伝令! 君は、カラマロス大佐の部下か」

\(^o^)/「はっ。陸軍中尉、ライフオーバーであります!
      大佐よりの伝言を預かっております!」

 士官たちは伝令に注目していた。

 大佐は何を考えて、こんな無謀な攻撃を敢行したのか。
 それは、皆が思っている疑問だったからだ。

( ´_ゝ`)「伝言? かまわん、この場で言ってくれ」

\(^o^)/「はっ、では。大佐はこう仰っております。
       『アーネム公ならびに残兵は、我々に構わず、ただちにこの戦場を離れられよ。
        本国軍より逃れ、ドクオ海尉提案の遊撃戦に移られたし』。
       以上です!」

117 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:17:59 ID:s7Hwe/XI0

 その場に居合わせ、伝令の言葉を聴いた者の間に、
 いっせいに「て、撤退だと?」「攻撃中にか?」等、ざわめきが起こった。

( ´_ゝ`)「中尉、どういうことだ、それは?」

('A`)「ライフオーバー中尉、我々は前線の情報が不足している。
   あそこでは何が起こっていたのか、少し説明してくれないか」

\(^o^)/「はっ。ここに、大佐が最後に書かれていた連絡文書があります」

 陸軍中尉は、鞍の脇の伝令鞄から一通の軍事通信用紙を取り出し、
 アーネムに手渡した。

 短い手紙のようだった。


 アーネムはまず、その全体を、ざっと走り読みした。
 それからもう一度、今度はゆっくり、意味を考えながら読んだ。

 少し間をおいて、最後にもう一度、アーネムは手紙の最初から読んだ。


 今度は何かを確かめるようにゆっくりと、
 そして、持つ手を震わせながら。

118 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:18:42 ID:s7Hwe/XI0

('A`)「…閣下?」

 読み終わってもなお手紙から顔を上げないアーネムを不思議に思って、
 ドクオが声をかけた。

 アーネムははっとしたように顔を上げ、ドクオを見た。
 そして、カラマロス大佐からの手紙を、ドクオに差し出した。


 手は、やはり震えていた。


 ドクオは受け取り、急いでその中身に目を通した。

 そこには、大佐愛用のブルー・ブラックのインクで書かれた、
 大急ぎの乱雑な筆跡で、短い文章が記されていた。

119 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:20:31 ID:s7Hwe/XI0

アーネム公へ

簡潔に述べる。
敵の歌のせいで兵に動揺が走っている。私の部下には、本国に家族がいる者が多い。
ニューソクの歌を聴き里心がついている。このままでは兵は戦わず壊走するだろう。
いまだ攻撃力の残るうちに、私は残兵を率いて敵陣に突撃する。
私が思うに、本会戦は、敗北であろう。
この上は、公はその命を保全し、速やかにこの場より逃れ、新生ヴィップ国の礎となられんことを。

ヴィップ国陸軍大佐 ササキ・カラマロス

120 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:22:19 ID:s7Hwe/XI0

('A`)「た、大佐が自ら突撃の先頭に立っているのか!?」

\(^o^)/「はい。大佐の率いる擲弾兵中隊が、この総突撃を先導しています」

('A`)「どこだ! どこにいる!?」

 ライフオーバーは、二列の赤と青が接している戦場の一箇所を、すっと指差した。
 士官全員の望遠鏡が用意されて、その方向に向けられた。

 山高の擲弾兵帽が揺れ動く、突撃の始まった前線で、
 きらめくサーベルと金属兜で先頭に立っているのは、たしかに太っちょのカラマロス大佐だった。

 大佐は、徒歩で突撃していた。
 下馬していたため、本部からその姿は、いままで見えなかったのだ。


 見る間に、擲弾兵帽の波は本国軍の赤服が織り成す堤に衝突し、
 戦の喚声と剣戟の音に包まれた。

 二つの兵列に挟まれてしまった大佐の行方は、もはや窺い知ることもできない。


('A`;)「く、くそっ…! なんてこった…!」

 アーネムはなおも指先を震わせながら、大佐が飲み込まれていった戦闘のほうを眺めている。

121 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:24:06 ID:s7Hwe/XI0

 大型の望遠鏡を掲げた観測兵が、戦況を次々と報告していた。

 本国軍は、それぞれの中隊が150歩の距離から正確に、植民地軍に向けて射撃を開始した。

 兵を三列に分け、それぞれが交互にマスケットを発射し、装填を行うという、
 最新の射撃術「ランク・ファイア」を行っている。

 この方式では、戦列一列ずつの斉射威力は弱まるが、
 銃を間断なく発射しつづけることができるため、目標を効率よく選んで射撃することができる。


 青い植民地軍が、ばたばたと倒れていく。
 あまりに損害が大きい中隊の中には、進撃をやめ、敵に背中を向ける者も何人か出始めている。

 戦況は、「不利」であると言ってよかった。


 本部の士官たちは、自分たちが手を下すことのできない前線で味方が敗退していくのを、
 悔しさともどかしさで歯噛みしながら、眺めている。
123 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:25:22 ID:s7Hwe/XI0

 戦闘騒音で満たされた平原とはうってかわって、本部では、奇妙な沈黙が続いていた。


 やがて、アーネムが静かに言った。

( ´_ゝ`)「ドクオ海尉」

('A`)「…サー?」

( ´_ゝ`)「我々は、大佐を救援に行くべきではないだろうか」

('A`)「はっ、それは…」

( ´_ゝ`)「兵力なら少しは用意できるだろう。
      砲撃を終えた砲兵、本部の守備兵、輜重の守備兵……」

 ドクオは即答を避け、考えた。

 援軍。

 ロマネスクが、砲兵をまとめて本部に駆けつけ、待機している。
 また、本部付きマスケット銃士隊のフサは、手持ちの兵力として使うことができる。

 この兵力を用いて攻撃を行うことはできるだろう。
 …わずかな兵数だが。

124 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:27:35 ID:s7Hwe/XI0

 しかし。

 ドクオはさらに考えた。

 「植民地軍は士気低下により、もはや戦えない」とする大佐の状況判断は、おそらく正しい。


 もともとこの戦いは、アーネムがニューソクに叛旗を翻したことをまだ知らない、
 寝ぼけた陸兵たちをたたき起こして、有無を言わせずここまで引っ張ってきたものだ。

 寝てる間に自分たちが反乱軍になっていた、と知った兵士たちの動揺は、あるだろう。
 まして、陸兵たちは大佐が本国から連れてきた部隊だ。
 ニューソク本国に家族がいるとなればなおさら、「反乱軍」の烙印を押されることには耐えがたいだろう。


 前線に兵とともに立っていた大佐は、その士気の衰えを肌で感じたのだろう。
 だからこそ彼は、この、無茶な突撃に踏み切ったのだ。
 この会戦を、捨てたのだ。

('A`)(…アーネムを救い、彼を逃がすために)

 ヴィップを国として独立させるため。
 自分たちの未来を、つなげるために。

125 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:29:22 ID:s7Hwe/XI0

('A`)「…救援は、すべきではありませんな。
   アーネム公。あなたは今すぐ、ここを離れるべきだ」

 アーネムの態度が硬化したのが、見た目にもわかった。

( ´_ゝ`)「なに? 海尉、君は味方の危難を見捨てると言うのか?」

('A`)「植民地はここだけではない、と申し上げております。
   戦いは今日だけではありません。ここで全てを終わりにするのは、下策です」

( ´_ゝ`)「ふむ。私は、君は冷たい男だと思っていたが。そのとおりのようだな。
      そうか、勇戦するカラマロス大佐を、君は見捨てるのか」

('A`)「あなたはカラマロス大佐の、最後の遺志を無視しようとしておられる。
   あなたがここで大佐の救援に向かい、命を落としたら」

 ドクオはまだ手の中にあった手紙を、アーネムに見せ付けた。

('A`)「大佐の志は、どうなります。このヴィップは、どうなります」

126 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:32:11 ID:s7Hwe/XI0

 だが、カラマロス大佐の手紙を前にしても、アーネムの堅い表情は消えなかった。

( ´_ゝ`)「…私は逃げないぞ、海尉」

('A`)「閣下、前線への援軍は、今からでは、死にに行くようなものです」

( ´_ゝ`)「死、か。
     タンブルストンの軍が私を殺すというなら、それも良かろう」

('A`)「卿ならば、あなたを殺しはすまいと思いますが、それでも…」

( ´_ゝ`)「ふむ、そうかな」

('A`)「そうですとも。彼の狙いはわかっている。あなたの身柄だ。
   あなたを拘束し、ニューソク本国に連れ帰るのが、彼の狙いだ。
   卿ならば、あなたを殺しはしまい」

 沈黙。

 前を見詰めていたアーネム。
 彼は、ぎゅっと下唇を結んでいた。

( ´_ゝ`)「殺さぬ、か。それは、余計に……」

127 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:35:18 ID:s7Hwe/XI0

( ´_ゝ`)「海尉、君はブラゲのツン女史を、覚えているかな?」

 アーネムは、腰のガンベルトに用意された、装飾付き二連拳銃を取り出しながら、言った。

('A`)「…サー?」

( ´_ゝ`)「今なら、わかるのだ。彼女の気持ちが」

 震える声で、アーネムは誰に語りかけるともなく、呟いた。

 観測兵が次々と上げる、
 「前線が崩壊しかかっています!」「右翼の我が軍が囲まれつつあります!」という報告も、
 今のアーネムの耳には、入っていないようだった。

( ´_ゝ`)「私はこれまで、あらゆるものを無だと捉えてきた。
      世を捨て、何もかもをあきらめて生きていた。この自分が生きていることすら、他人事だった。
      …そうすれば、少しは楽になった。背に何の荷も背負わずにおれば、苦しみを忘れられた。
      だが」

 アーネムは拳銃に、青色と赤色の信号弾を装填しはじめた。
 予備兵力の全軍に、集結と攻撃を命ずる合図だ。

( ´_ゝ`)「見つけたんだ。守るに値するものが。
      命を、自分を賭けるに値するものが。
      ここは、私が心血を注ぎ、築いた街だ。…弟者と一緒に、皆と共に」

128 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:39:11 ID:s7Hwe/XI0

('A`)「閣下! お待ちください。早まってはいけません。
   激情で目を曇らせてはなりません。閣下は人の上に立つ者としての判断を…」

( ´_ゝ`)「判断か。それが、逃げるということなら、逃げてどうなる?
     …もう、逃げぬ。
     私はこの街を、この大陸を、このヴィップを愛している。
     そして、私はこの道を選んだのだ。これが、私の戦いだ」

 アーネムは拳銃の装填棒を仕舞い、打ち金を上げた。

( ´_ゝ`)「わかるか海尉。みじめで不名誉な生を長く送るべく運命づけられた、私の気持ちが。
     そして、戦うべき場所で戦うべきものに殉じ、終わることの、気高さが!」

('A`)「閣下!」

 アーネムは拳銃を持った腕を、高らかに天に突き出した。

( ´_ゝ`)「今だ! 今が、私の戦うべき時なのだ!!」

129 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:41:57 ID:s7Hwe/XI0


 強く鈍い打撃音が上がった。


 そして、きらきらした鏡面仕上げの金属の輝きと共に、
 アーネムの羽根付き兜が、青空を背景に、宙を舞っていた。

 逆刃にした剣を振りぬいたドクオが、
 その重い刀身を、中空に捧げていた。

 
 アーネムの頭を離れて飛んでいた羽根付き兜が、
 あっけにとられて口をあけているフサのそばに落ち、転がった。


 アーネムは、しばらくその姿勢のまま座っていたが、
 やがて、無帽となった金髪をたなびかせ、白馬の鞍を離れ、ふらりと地面に落ちかかった。

 その上体を、馬上のドクオが腕を伸ばして、受け止めた。

130 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:43:11 ID:s7Hwe/XI0

 アーネムはぐったりとして、ドクオの腕の中で、伸びていた。


 突然の出来事だった。
 本部の誰もが、この事態に対し、何をどう行動して良いのかわからず、戸惑った。

131 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:45:26 ID:s7Hwe/XI0

 そんな彼らに、ドクオは矢継ぎ早に命令を出した。

('A`)「フサ」

ミ,,゚Д゚彡「い。はいっ!」

('A`)「お前は我が軍の残兵をまとめ、組織して、そしてどこかに逃がせ。
   ここにいる水兵も、前線で壊走した陸兵もだ。
   重要な任務だ。ヴィップ国軍再生の核となる軍人を集め、無事に逃がす任務だぞ」

ミ,,゚Д゚彡「ア…アイ・サー!」

('A`)「残兵の回収は追っ手との戦いだ。厳しいものになると思うが、フサ…死ぬなよ。
   逃げのびろ。命を残して、次の戦いに備えるんだ。
   そしてロマネスク、お前は確か馬が使えたな?」

( ФωФ)「…アイ、あっしは北部地方の出で」

 ドクオは、抱きかかえていたアーネムの体を自分の鞍の前に置き、
 気を失った彼に、馬の首を抱え込むような姿勢を取らせた。

('A`)「では、アーネム公が乗っていた馬に乗り、私と共に来てくれたまえ」

 ロマネスクは素早く、アーネムの乗っていた白馬の鐙に足をかけ、
 慣れた動きで飛び乗って、手綱をつかみ、敬礼した。

( ФωФ)「出港準備完了っす、サー」

132 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:50:19 ID:s7Hwe/XI0

 ドクオはロマネスクを伴い、その場を立ち去ろうとしたが、
 ふと足を止め、後ろを振り返った。

 いまや、戦線は崩壊が始まっていた。


 分厚い硝煙の煙の中に、ときおり、きらきらと閃く刀剣の光が見える。
 戦場の霧を通して、三倍の敵を相手に一歩もひかず、獅子奮迅の働きを見せるカラマロス大佐の姿が、
 ドクオには、ちらりと見えたような気がした。


 彼は、手綱から右手を離し、前線に向かって敬礼した。

 ドクオは、大佐にいろいろと言いたいこともあったが、
 彼を臆病者だと思ったことだけは、一度も無かったことを、今更ながらに思い出していた。


 そしてドクオは、アーネムを前に乗せた自分の馬をめぐらせ、
 こんどは振り返らずに、本部の丘から土煙を蹴立てて、駆け去った。

133 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:52:01 ID:s7Hwe/XI0
四.


 ドクオとロマネスクは、戦場から逃れ、林の中の道を全力で駆けていた。


 クーの補給班が隠れていた森に逃げ込むことも考えたが、
 あの濃い森の中では、逃げるにもスピードが出ない。
 遠くまで逃げるには、馬で駆けるのに適した、ちゃんとした道があるところが良い。

 そう考えたドクオは、森のふち、林の中の道を逃げることにした。


 この会戦の敗北は、疑うことができない。

 ドクオが林に入る直前に、遠く平原の歩兵戦線が一斉に後ろに崩れ、
 雪崩れるように撤退が始まっていたのを目撃している。

 植民地軍の敗北は、もはや決定的だったのだ。

134 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:52:44 ID:s7Hwe/XI0

 二人乗りの馬を駆けさせながら、ドクオは無念の思いを噛み締めていた。

 ニューソクタウンは敵の手に渡る。
 ヴィップ国独立の夢は、ひとまず、先にお流れとなった。


 この上は、馬上に伸びているアーネム公だけでもどこかに逃がし、
 植民地のどこかで再起を図るしかない。

 …それが、カラマロス大佐の遺志に、
 そしてこの戦いに散っていった戦士たちに報いることができる、一番の、また唯一の方法だ。

 ドクオはそう、信じていた。

135 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:53:31 ID:s7Hwe/XI0

 ところで、そういった先々の懸念だけではなく、
 彼らには、目先に迫った、予想されうる危険もあった。

 タンブルストンだ。


 タンブルストンは、植民地軍本部から離脱しようとする騎馬の影を、見逃しはしないだろう。
 彼の本当の目標は、そこにあったからだ。

 だからドクオは、大軍での一斉の離脱ではなく、
 たった二騎での脱出という方策を採った。

 より注目されにくいように、と考えてのことだった。

136 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:56:06 ID:s7Hwe/XI0

 だがやはり、それだけの注意を払っていても、タンブルストンの鷹のような目を欺くことはできなかった。


 本部から二騎が脱出していくのをタンブルストンが目撃したのは、
 彼がちょうど、植民地軍の歩兵横隊を突っ切って、城壁側に抜け出てきた時だった。

 彼は、丘の上の植民地軍本部から、二つの騎馬の影が走り出たのを見るや、
 部下の近衛騎兵を率いて、敗走する植民地軍の歩兵を迂回し、二騎を追撃する運動をとりはじめた。

 タンブルストンが本当にやりたいことは、青い服の植民地兵をいたずらに殺戮することではないのだ。


 会戦の勝敗には一切興味がないとでも言うがごとくのこの行動に、
 彼に付き従う騎兵たちは驚いたが、
 戦線後方から望遠鏡でその様子を眺めていたフィレンクト将軍は、一つ小さく頷いたのみだった。

137 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 21:57:12 ID:s7Hwe/XI0

 林の中に入った二騎の騎馬を、タンブルストンは追い続けた。

 余分な装備を捨てるよう部下に指示し、自らもピストルとサーベル以外の防具はかなぐり捨て、
 可能な限り身軽な姿となって、追撃を行なった。

 
 その甲斐もあってか。
 先を行く二騎の騎馬を直視で確認するまでに、そう長くはかからなかった。

138 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:01:38 ID:s7Hwe/XI0

 ドクオは、タンブルストンの接近に気づいていた。

 かなりの数の騎馬の音がする。
 それが、地鳴りのように、後ろから不気味に迫ってきていたのだ。

(;ФωФ)「艦長、後ろに敵です! ありゃニューソク近衛騎兵ですぜ!!」

('A`)「わかってる。うるせぇ音が聞こえてるぜ」

 ドクオは後ろを振り返った。
 木々の間から、いくつもの派手な装飾のついた騎馬の影が、ちらちらと見えている。

('A`)「くそっ…もう追手に追いつかれたか。
   やはり、二人乗りでは、馬足が落ちて逃げ切れんか!」

 ドクオとロマネスクは、さらに馬の腹を蹴り、速度を上げようとしたが、
 二人の乗る馬は、もうとうに限界いっぱいの力を出していた。


 小川にかかる橋を渡ったところで、ドクオは再び振り返った。
 彼我の差は、さらに縮まっていた。

 そして、近衛騎兵たちの先頭に立って馬を駆っている将校の顔が、はっきりと見えた。
 やはり、タンブルストンだった。

139 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:03:17 ID:s7Hwe/XI0

('A`)「ロマネスク!」

( ФωФ)「ホイ、艦長!」

 ドクオはロマネスクの返答を待たず、握っていた手綱を、併走する彼のほうに放り投げた。

('A`)「こいつは任せた! お前が逃がせ!!」

 そして自らは鐙を蹴って、馬の背から、飛んだ。


 彼のひょろりと細長い体は、後ろ向きのまま宙を舞い、
 そのまま埃っぽい林の地面に、砂煙をたてて、転がり落ちた。

140 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:04:09 ID:s7Hwe/XI0

(;ФωФ)「って、えええええええええええええええぇぇっ!!」

 投げられた手綱を受け取って、気を失ったアーネムだけを乗せた馬を引き、
 ロマネスクは困惑を顔一面に浮かべながら、それでも自分の馬は、しっかりと走らせ続けた。

(;ФωФ)「か、艦長おおおぉぉぉぉぉ!!!」

 声をフェードアウトさせながら、二騎の騎馬は、道の向こうに木々に隠れて、やがて見えなくなっていった。

141 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:08:42 ID:s7Hwe/XI0

 地面に転がったドクオは、背中に受けた衝撃の激痛に悶えていた。
 霞む視界に、間近にまで接近した近衛騎兵隊の姿が映りこんでいた。

 先頭を行く、タンブルストン。

 普段はめったに表情を変えない彼も、
 この時ばかりはさすがに驚きを浮かべて、地面に横たわるドクオに視線を向けていた。

 騎兵隊は疾走の速度を緩めなかった。

 林の中の狭い未舗装路を、ドクオは、塞ぐようにして倒れている。
 タンブルストンの馬は、その障害物を踏みつけにすることを嫌った。
 そして、それを飛び越えようとして、大きくジャンプした。


 ドクオは地面に横たわったまま、息の出来ないほどの苦痛に歯ぎしりしながら、
 ベルトに挟んだピストルに手をかけ、引き抜くことなく、銃口だけを真上に向けて、引き金を引いた。

 銃声が鳴り、光のさえぎられた馬体の下を、発射炎が一瞬明るく照らし出した。
 柔らかい鉛の弾丸は、ドクオを飛び越えようとするタンブルストンの馬の腹に、まともに命中した。

 悲痛な馬のいななきが響き渡り、
 弾丸を腹にくらった馬は、全力疾走の勢いのまま前に一回転して、
 それから、地面をすべりつつ、横倒しに倒れた。

 馬上のタンブルストンの体は宙に浮き、道の先、潅木の茂みに放り出された。

142 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:09:37 ID:s7Hwe/XI0

「た、隊長!!」 

 後続する近衛騎兵たちが、落馬したタンブルストンのまわりに集まった。

 タンブルストンはすぐに灌木の中から起き上がった。
 そして、部下の騎兵たちに、

(´<_` )「逃がすな、アーネムを追え! 絶対に捕らえろ!!」

 と、大声で指示を喚いていた。

 近衛騎兵たちはどうしたものか少し逡巡していたようだが、
 タンブルストンが何度か同じ命令を繰り返すと、再び隊伍を組み馬を駆って、追撃を再開した。

 十数騎の駆ける音が、林の向こうに、ゆっくりと遠ざかって行った。

143 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:10:19 ID:s7Hwe/XI0

 ドクオは呻きながら起き上がった。
 全身をしたたかに地面に打ったので、体のどこもかしこもが痛んでいた。

 一方のタンブルストンも、左肩をかばいながら灌木の中から抜け出て、
 びっこを引くようにして、一歩一歩、ドクオのほうに歩み寄ってきた。


 二人は互いに目線を離すことなく、距離はじりじりと詰められた。

144 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:10:59 ID:s7Hwe/XI0

 間合いに入る前に、タンブルストンは足を止めた。
 そして、騎兵用のサーベルを引き抜き、構えた。

('A`)「おい、やめろ、タンブルストン。
   こうなった以上、俺たちがここで争う理由は無い」

(´<_` )「…ふん。
     ドクオ。貴様はそれで、兄者を守ったつもりか?」

 タンブルストンは、構えた剣を下ろさなかった。
 じりじりと、僅かに、彼はドクオのほうに向かって歩を進めた。

 それでドクオも、海上での斬り合いに使う重い闘剣を抜き、構えた。 

('A`)「ロマネスクは馬の名手だ。おまえらの重装騎兵では追いつけまい」

145 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:12:28 ID:s7Hwe/XI0

(´<_` )「仮に、逃げおおせたとして」

 タンブルストンはそこで、足を止めた。

(´<_` )「お前は、兄者の立場を、より悪くしているだけだ!」

 気合と共に、彼は鋭く、ドクオの喉先を突いた。

 ドクオは剣をからめ、突きを打ち下ろすと、返して相手の小手を切りに掛かった。

 タンブルストンはそれに応じて軽いパリィでいなし、刃先を向けなおし、
 相手の懐へと一歩足を進めた。

 バックステップで間合いをとるドクオ。
 タンブルストンはすかさず反対足を進め、もう一段距離を詰めるようとするが、
 ドクオのフェイントを受けて、受けの姿勢で前進を止めた。

 二人の短く浅い吐息が、向き合った。

146 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:15:27 ID:s7Hwe/XI0

(´<_` )「ふん。独立だと。
     あの愚かな考えは、お前が兄者に吹き込んだのだろう。…植民地軍には、その力も無いくせに。
     なぜ兄者は、お前のような者の言うことを聞いたのか。なぜ兄者は、お前に従うのか」

('A`)「おい、なんか誤解してないか?
   アーネムは別に俺の言うことを聞いたんじゃないぞ。
   あれは、あいつが自分で考えて、自分で決め…」

(´<_` )「ばかな。それは、ありえん」

 タンブルストンは自信に満ち溢れた調子で、ドクオの言葉を即座に否定した。

(´<_` )「あのお方が、自分の考えを持つことなど、ありえない」

('A`)「……なに?」

147 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:20:02 ID:s7Hwe/XI0

 謎めいたタンブルストンの言葉に戸惑ったドクオを、鋭い斬撃が襲った。
 ドクオは右向きの受けでそれを払い、こんどは自分の腕を伸ばして、自分の刀で突こうとした。

 そうと見て取るや、タンブルストンは半身で闘剣をやりすごしざま、掬い上げて相手の手首に切りかかった。
 ドクオはその予想外の攻撃をナックル・ガードで受け止めて、また素早くあとずさり、間合いを取り直した。

 そのすきにタンブルストンは突きを入れた。
 バランスを崩しかけたドクオが、時間稼ぎに刀をからめてきたところに、
 十字に切り結んだ剣をぐっと下向きに力を加えて、ドクオを押し倒そうとした。

 かろうじて後ろ足の踏ん張りが間に合ったドクオは、下になった受け刀を押し返し、タンブルストンに抵抗した。

 鍔迫り合いとなった二人の絡み合った刀は、じわじわと上から押し付けられて、下がっていく。 
 力は、タンブルストンのほうが強いようだ。

(´<_` )「…お前などには到底わかるまい。私だけが知ることだ。
      兄者の、闇だ。それは底知れぬものなのだ」

('A`)「闇、だと…」

 たがいに押し合う二人の顔は、たがいの息のかかる距離しか離れていない。

(´<_` )「そうだ。捨てられ、疎まれ、孤独のみを友として過ごした者の持つ、闇だ。
     闇は、否定の力なのだ。
     他人を否定し、自分自身をも否定し、世界のすべてを無価値にする、力だ」

148 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:21:59 ID:s7Hwe/XI0

 だしぬけにドクオが、この場には不釣り合いな声で笑い出した。
 タンブルストンはびっくりして身を引いた。
 最後に打ち合わされた鋼どうしが澄んだ金属音を立て、鍔迫り合いが終わった。

('A`)「ハッ! おい、てめぇ、知らねぇみたいだから教えてやる!
   あいつはな、昔のあいつとは、もう違うんだ!」

(´<_` )「なに…?」

('A`)「あいつはな、あいつは…。なぜだか知らねぇし、不思議な事だがな。
   皆から愛されてんだよ! 今や、このヴィップの皆からな!!」

(´<_` )「ばっ…! あ、あの兄者が!?」

('A`)「うん、信じられねぇのは無理ねぇと思うわ、俺だって不思議だよ。
   でもよ、もう、違うんだよ。あいつ、好かれてんの。マジで。
   誰からも愛されずたらい回しにされて、私生児の厄介者だったあいつとは、もう違うの」

(´<_` )「う、嘘だ。嘘だな。そうか、そうやって兄者の耳に毒を流し込んだんだな。
     神かけて…兄者を一番知るのはこの私だからな、この私が信じられないことは…」

('A`)「フン。一年間のブランクってのは、寂しいな」

 ドクオは言って、そして、言い過ぎたかと、少しの後悔を覚えた。

 というのも、対峙するタンブルストンの表情が、今までみたこともないような
 恐ろしく、そしておぞましいものへと、変化したからだ。

149 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:22:55 ID:s7Hwe/XI0


 裂帛の気合と共に、タンブルストンが激しい突きを繰り出してきた。
 ドクオはかろうじて左にかわし、後ろに引くのがやっとだった。

 姿勢を立て直す一瞬の間も、タンブルストンは容赦しなかった。
 力強い斬撃の繰り返しに、ドクオも連続した受けで応じざるをえなかった。

( <_  )「兄者を、返せ」

('A`)「返せだと? それが本音か? 
   お前こそ、いい加減にあいつを、あいつ自身に返したらどうだ!」

 剣戟は、一層激しさを増していた。

 ドクオもタンブルストンも、互いに幼少の頃から、正式な剣の訓練を受けていた。
 だから、実力はほぼ互角だった。

 剣を持つ腕を体から離した体勢で、
 鋭く正確な攻防が、いつはてるともなく続いていた。

150 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:25:26 ID:s7Hwe/XI0

 押されているのは、ドクオだった。

 体格の差か、腕の差か。はたまた、思いの差か。
 彼は一歩一歩、力強く荒々しい攻撃を受けるたびに、ステップを後ろに下げざるを得なかった。


 木の根が、唐突に、二人の剣戟に終止符を打った。

 すり足で一歩下がろうとしたドクオの靴に、地面から飛び出た木の根が引っかかった。

 その隙を見逃すタンブルストンではなかった。
 渾身の力で、隙だらけのドクオに、タンブルストンは重いサーベルを振り下ろした。

 それは十文字に受けたドクオの剣をすさまじい力で叩き折り、
 体勢を崩したドクオは、衝撃で後ろに飛ばされ、
 後ろにあった大きな木の幹に、その体をしたたかに打ち付けた。

151 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:26:42 ID:s7Hwe/XI0

 大木の根元に座りこみ、噎せ込むドクオ。
 その前に、サーベルを片手にしたタンブルストンが、ゆらりと近づいた。

 タンブルストンは、激戦を物語るあちこち刃の欠けたサーベルを、ドクオの目の前に突きつけて、言った。


(´<_` )「ドクオ海尉。これでわかっただろう。私が、正しいのだと。
     兄者を守れるのは、私だけなんだと」


 もはや声も無く、荒い息を繰り返して、
 ドクオは、迫るタンブルストンを、その剣の影を眺め上げていた。

152 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:29:19 ID:s7Hwe/XI0

 ふと、二人の耳に、人の話し声と、多くの足音が聞こえてきた。
 声は、二人にも聞きなじみのある人物のものだった。


 二人は同時に、音のしたほうを振り向いた。


(´<_` )「あれは…!」


 それは、フサの声だった。

 無数の植民地軍の兵士たちが、フサに率いられて、林の道を駆けていた。

 武器や装備がふれあう、がちゃがちゃというやかましい音がいくつも聞こえてくる。
 それは、ドクオの指示どおり残兵をまとめあげたフサが、植民地軍の大勢の兵士を率いて、
 林の道をこちらに向かって、徒歩で駆けてくる音だったのだ。
153 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:30:00 ID:s7Hwe/XI0
五.



ヴィップ軍本部付総会計長 クー海尉


部族連合の王にしてトゥーロン族戦士長 デレ

 親愛なるデレ、挨拶に費やす時間が無いため、非礼は許して欲しい。
 そして、きみたちの土地に勝手に上がりこんだ我々白人が勝手ばかりして、本当にすまなく思う。
 しかし君は、我等が懐かしの父、ショボンがいっていた言葉を覚えているだろうか。
 人間は決してわかりあえないとする彼の言葉は、現実に根拠を持つ、筋が通ったものだった。
 これは確かな事実だ。すなわち我々は、タンブルストンの裏切りに遭ったのだ。


ζ(゚ー゚*ζ「タンブルストン卿!? 裏切り!?」

 デレは思わず声を上げて、フサを見た。
 フサは目顔で続きを読むように促した。

154 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:32:05 ID:s7Hwe/XI0

 我々植民地の軍隊は、いま、ニューソク本国の軍隊と戦争状態にある。タンブルストンは本国軍に走った。
 あれほどアーネム公に忠誠を尽くしていた彼が、だ。だが、ここでつらつらと恨み言を言っても始まらない。
 そこで私は単刀直入に君に用件を切り出そうと思う。
 デレ、すまない。君は、君自身の身と、ブーンを守ってほしい。友人として、切にお願いする。
 我々は敗北した。いま、美しいニューソクタウンの城壁から眼下に見えるのは、
 ちりぢりになって敗走していく植民地兵の姿だ。ニューソクタウンは本国軍の手に落ちる。
 この植民地の首都が、もうすぐタンブルストンの手に落ちる。私たちの力では、もう、ブーンを守ることができない。
 あいつはブーンを殺そうとしている。それを抑えていたのはアーネムだ。しかし、アーネムは戦いに負けた。

 タンブルストンは、きっと君たちの村へ行く。そして、奴は自らの信念を貫き、やりたいことをやるだろう。
 逃げてくれ、デレ。目的を果たすためなら、奴はきっと君たちの村を焼きもしよう。
 目的を果たすために義兄を滅ぼしたあいつだ。自らの思いを実現するためには、手段を選ぶまい。

 デレ、逃げてくれ。君たちも、君たちの同朋も、危険だ。
 あいつの手の届かない所へ。この広大な大陸の、安全な場所へ、逃げてくれ。





 手紙はここで終わっていた。
 なおも続けようとする筆跡もあったが、それは紙の中途で、乱雑に途切れていた。

 デレが読み終えたと見るや、フサが息せき切って声をかけた。

ミ,//Д゚彡「まあ、そういうことなんだ。
      デレ、頼む。今すぐ部族のみんなを連れて、ブーンと共に逃げてくれ。
      そして、各地に点在するお前の同胞たちにもこのことを知らせて、共に逃げて……」

155 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:33:21 ID:s7Hwe/XI0

 フサはここで、いったん言葉を切った。 

 それは、デレが恐ろしい表情になっていたからだ。
 そこには、つきあいの長いフサでも、今まで見たことも無かったような迫力が備わっていた。

ミ,//Д゚彡「デレ、俺たちは…」

 激したデレは、激しい口調でフサをさえぎって、言葉をぶつけた。

ζ(゚−゚*ζ「おまえたちは、バカだ!
      おまえたちは、船でこの土地にやってきた。そして、最初は、私たちを殺した。
      つぎにラウンジを殺した。つぎにブラゲを殺した。
      それで最後には、自分たちニューソク人同士で、殺しあったというのか!!」

156 名前:同志名無しさん:2014/03/13(木) 22:35:52 ID:s7Hwe/XI0

 フサは、何もいえなかった。

 デレの圧倒的な威圧感は、いまや部族連合の王としての威厳が備わったものだったし、
 なによりフサは、倫理的な正義は、自分たちより彼女の言葉のほうにあると感じていた。

ζ(゚−゚*ζ「そんなに殺しが好きなら、好きなだけ殺すがいい!
       われわれを奥地へ、奥地へと追いやって、おまえたちだけの世界でな!!」

 デレは叫んだ。

 フサはやはり、何も言えなかった。
 動くことすら躊躇われ、ただ、馬上で視線を落とし、座っていた。


 彼女は、怯えるブーンの手を取って促すと、
 フサを振り返ることなく、自分たちの村へと駆け戻っていった。



第二十六話 ここまで――

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