3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:05:11.01 ID:BFMwKfpLP


 ゆったりとした白い木綿シャツ姿で、クーは椅子に腰掛けていた。
 小川のほとりに用意された野外用のテーブルセットには、お茶の用意がされている。

 照りつける日の光。
 それは強くもなく弱くもなく、心地よい暖かさを、座るクーに投げかけている。





   川 ゚ -゚)は探しているようです  第二十四話

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:07:09.98 ID:BFMwKfpLP
一.


 クーたち一行は、村のはずれの小さな川ぞいに座り、
 村のにぎやかな様子を遠く眺めながら、のんびりと朝の時間をすごしていた。

 軍務が休みのときにしばしばそうするように、
 彼女はこの日も、デレの村を尋ねていた。


 まばらな白樺は、葉を黄色や赤に染めて、秋風に梢を騒がせている。
 暖かく気持ちよい、森の中の秋の一日だった。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:10:00.71 ID:BFMwKfpLP

 フサとデレがさっきから話し込んでいた。

ミ,,゚Д゚彡「タンブルストン卿が帰ってきたんだよ」

ζ(゚ー゚*ζ「タンブルストンさん…。そう、ずいぶん久しぶりね」

ミ,,゚Д゚彡「おれ、あいつ嫌いなんだ。
      いつもむっつり黙って何考えてるのかわかんねえし、いちいち口うるせえしよ」

ζ(゚ー゚*ζ「そう? でもいい人よ。
      奴隷制には絶対反対だし、それに、あの悪者のクックルを撃ち殺してくれたし。
      覚えてる? ブラゲタウンの出来事。みんなはあれで、あの人に惚れ込んだよ」

ミ,,゚Д゚彡「覚えているさ。その、クックル射殺ってやつが、大問題になってるらしいんだなあ……」

ζ(゚ー゚*ζ「えっ、それって○○○…」

ミ,,゚Д゚彡「○○○…」

 聞くともなしに耳を傾けていたクーだが、
 ぽかぽかと照りつける日に暖められた体が心地よくなってくると、
 やがていつしか、友人二人の会話の声も、背後の小川の流れる水音に溶け込んでいく。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:12:33.63 ID:BFMwKfpLP

 椅子の背に沈み込み、心地よい自然の音に身を任せながら、クーは満ち足りていた。

 そう、クーはたしかに満ち足りていた。

川 ゚ -゚)(ねむい)
 


川 ' -゚)

 満ち足りた日々。
 それは、クーにとっては、いままで体験したことのない感情、人生これまでにない日々だった。

川 ' -`)

 暖かい日差しに体を温められ、クーはまどろんでいく。

川 ' -`)(…しあわせ)



 ぼんやりと、いろんな想念が、とりとめもなく浮かんでは、消えた。
10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:15:40.88 ID:BFMwKfpLP

川 ' -゚)(いいのかなあ。こんなにシアワセで)

 優しい日に照らされた体の、暖かい、浮き上がるような感覚の中、
 クーの頭は漠然と、その働きを続けていた。

川 ' -゚)(いままでの私は、いっつも何かに飢えていた。
     孤児だったころはもちろん、むりやり海軍に連れて行かれてからも、
     それから新大陸におんぼろの植民地を築いてからも、戦争に明け暮れる日々も、
     ずっとそうだった)

 食べるものに飢え、安全を求めて飢え、仲間を求めて。
 クーは飢えていた。

 どこかに、自分の居場所を探そうと。
 よりよく生きる方法を探そうと。

 ひょっとしたら私は、この年になるまで、ここに至るまで、
 ずっと、物心ついてからずっと、飢え続けていたんじゃないだろうか。

 
 それが今や、私はニューソク海軍の、正規の任命辞令を持った士官だ。
 紳士階級の仲間入りを果たしたのだ。
 金筋入りの海軍の制服を着て、従卒に身の回りの世話を任せる身分だ。


11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:19:45.93 ID:BFMwKfpLP

 毎日、なんにも不満はない。

 仕事にだって、不満はない。
 会計係の士官として、町の商人や船乗りたちを相手に、平和に過ごす毎日だ。


 袖口にナイフをしまいこむような習慣を、クーはもうすっかり忘れてしまっていた。
 その必要性も感じない、平和で安全な生活を送っているからだ。

 だいいち、隠してナイフなんか持ち運ばなくても、
 海軍士官はおおっぴらに剣とピストルを腰に吊るしているのだ。


 友達もできた。

 フサ。
 彼との出会いには多少問題もあったが、その後多くの戦いと日常を共にすごして、
 今や最高の親友になっている同僚士官。

 ドクオ。謎めいた部分を持ちながらも、どこか気にかかる存在であり続ける上司。
 ビロード。下品で無教養(無教養は、私もか…と、クーは思い直した)だが、素朴で快活で義理堅い部下。
 そして、この大陸に漂着したクーを助けてくれた命の恩人でもあり、
 また同じ家で過ごして家族のような存在でもある、今や先住民の王となった少女、デレ。

 みんなみんな、大切な友人だ。
 いろんな絆で結ばれた、かけがえのない仲間たちだ。 


12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:21:12.10 ID:BFMwKfpLP

川 ゚ -゚)(うん。私の居場所は、ここなのかもしれない)

 幸福感に包まれて、クーはそんなことを考えた。


 考えてみれば、生まれ故郷がニューソクであるとはいっても、
 クーがニューソク本国の中で知っている場所といえば、
 あの穢れた売春宿と、その周囲のちっぽけな港町の中だけなのだ。

川 ゚ -゚)(私は、ニューソク本国のことよりも、この新大陸ヴィップのことのほうが、よっぽどよく知っている。
     あっちでの私のことなんて思い出したくもないけど、、こっちでの私は、大好きだ)


 クーはちらりと目を開けて、正面に座るデレを見た。

 それは、快活で美しい、よく笑う褐色の女の姿だった。
 彼女は新大陸ヴィップの先住民。この大陸の、本来の持ち主だ。

 それからクーは視線を移し、その隣に座るフサの髭面に目を向けた。

 彼は白人だ。この大陸では、新参者だ。
 だが彼は、どういう運命からか、このヴィップに移り住み、ヴィップを愛するようになった白人だ。


 この新大陸の、この人間たちの間。
 ここが、私の生きるべき場所だったのかな。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:24:09.28 ID:BFMwKfpLP

 ふと胸の上、シャツの上のわずかな重みに気づいて、クーはまどろみの中、自分の胸をまさぐった。
 そして、小さな金属の、確かな手触りを感じた。

 いつも首に下げている、銀の十字架だ。

 いつか、デレと一緒に三人で同じ家で暮らしていた頃に、
 牧師ショボンがクーにくれたものだ。

川 ゚ -゚)(ショボン……)

 掛け値なしの幸福感に、わずかにちくりと、心の痛みが影を差す。


 最近、クーはショボンのことをよく思い出す。
 そして、思い出すたび、彼の思い出と彼の言葉が、今みたいにちくりちくりと胸を刺す。

 ショボン。
 私に無私の愛を注いでくれて、野獣のような子供だった私に、人間の生活を与えてくれた大恩人。

 …そして、私を殺そうとした男。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:26:08.48 ID:BFMwKfpLP


(´・ω・`)「誰も信じるな。そうしなければ、生きていけないぞ」

 彼の最後の言葉を、クーはいまだに、はっきりと覚えている。


 彼は一体、その言葉で何を伝えたかったのだろうか。

 誰も信じるな。

 クーはかつて一度、その教えを実践してみたことがある。
 それはちょうど、ブラゲとの戦争が始まって、初めて銃士隊の指揮を任された頃だった。

 仲間を疑って、全てを疑って、裏切って。
 皆に冷たくして、嫌われて。
 誰も信じず、誰とも敵対して、たった一人で肩肘張って生きて。

 そして。

川 ゚ -゚)(そんな生き方は、嫌だ。
     …そんなことまでして、生きたくはない)

 心の悲鳴とともに、クーの出した結論は、そうだった。


17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:28:40.24 ID:BFMwKfpLP

 いったい、生きるには、何が必要なんだろうか。
 どうすれば、うまく生きられるんだろうか。

 いまの自分は、とても満ち足りている。
 それは周りのみんなのおかげだし、それになんといっても、彼、ショボンのおかげだ。

 ショボンは、クーの周りを覆っていた分厚い氷の壁を溶かしてくれた。
 そして、氷の中で冷え切っていたクーの体を暖めてくれたのは、ドクオやフサやデレ、仲間たちだ。

 いまのクーは、人を信じ、友に囲まれ、豊かさに包まれ、やるべき確かな仕事を持っている。
 これを幸せといわずして、何だろう。


 ならば、これが正解なんだろうか。
 ショボンの言葉は間違いだったんだろうか。

 やっぱり、人を疑え、なんてのは間違いで、人を信じるほうが正解なんだろうか。

 天界に住む彼に、これが答えだ、と胸を張って言えるだろうか。

川 ゚ -゚)(こんなにシアワセで、いいのかなあ……)

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:35:47.51 ID:BFMwKfpLP

川 ゚ -゚)(それともこのシアワセは、かりそめのもので、やっぱり、最後には誰かが私を騙すのかな?)

 根深い疑りの虫が、別のもうひとつのショボンの言葉を、クーに思い出させていた。


「人間は決して分かり合えない」


 そのショボンの言葉も、クーは、よく理解することができた。

 クーの本国での前半生は、騙され通しの半生だった。
 騙し騙され、人の命すら、小さな1ペニー銅貨より簡単に捨てられるような最低の環境で、毎日を過ごしていた。
 そうして最後には、姉のように慕っていた女に、わずかばかりの金で、野卑た男たちに売られてしまったのだ。


 今のクーには、命をかけたショボンの最後の忠告を、
 最後の言葉を完全に否定し去るに足るだけの確信が、まだ持てないで居る。

 彼の言葉、彼の理論…。
 それは、今のクーの理知的な頭で分析的に考えても、やっぱり確かに、もっともらしく聞こえるものだった。
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:36:51.13 ID:BFMwKfpLP

 うとうとしていたクーの耳に、子供の声が、遠くから聞こえてきた。

( ^ω^)「おっちゃん、ひげのおっちゃーん」

 村の中央から男の子が飛び出して、
 三人が憩う川辺へと、可愛らしく駆け寄ってきた。
 ブーンだ。

ミ,,゚Д゚彡「おっ、ブーンか!」

 フサはデレとの話を一旦打ち切り、ブーンのほうに体を向けて、立ち上がった。

 ブーンは両手を広げて駆けていた。
 その姿勢のまま、フサの広げた大きな両腕の中に、勢いよく飛び込んでいった。

( ^ω^)「おっちゃん、おっちゃーん」

 どすん。

ミ,,゚Д゚彡「ははははは!」

 フサはブーンを抱きかかえ、そのまま空高く持ち上げた。

( ^ω^)「おーん。高いおー!」

 楽しそうに、ブーンは両手を広げて、ばたばたと飛ぶ真似をした。
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:44:18.19 ID:BFMwKfpLP

 フサはゆっくりとブーンを地面に下ろした。
 ブーンは足が地面につくが早いか、ふたたび両手を横に広げたまま、飛ぶような真似をして駆けていた。

( ^ω^)「ぶーん、ぶーーーーん」

ミ,,゚Д゚彡「わっはっはっはっ……」

 笑いながらそれを見ているフサ。


 しかし、ブーンはいつまでたってもその遊びを辞める気配を見せない。
 目で追っていたフサが、だんだん物問いたげな顔つきになっていった。

ミ,,゚Д゚彡「おいブーン、それ、…新しい遊びか?」

( ^ω^)「あそびじゃないお!」

ミ,,゚Д゚彡「え?」

( ^ω^)「ブーンはそらをとぶれんしゅうをしてるんだお!」

 その子供っぽい無邪気な答えに、フサは破顔した。

ミ,,゚Д゚彡「はは、そうか、空を飛びたいってわけか!」

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:45:34.98 ID:BFMwKfpLP

 フサは近づいて、ブーンを持ち上げてやろうとした。
 だがブーンはフサの手をたくみにすり抜けて、なおも両手を広げて走り回っている。

( ^ω^)「おっちゃんの手は借りないお! ブーンはひとりでとぶんだお!」

ミ,,゚Д゚彡「おっ! なにを、こっいつー!」

 フサはむきになって、ブーンを追いかけて掴みあげようとした。
 だがブーンはちょこまかと上手く逃げ回り、
 両手を広げて楽しそうに「ぶーん、ぶーん」と連呼している。


川 ゚ -゚)「ブーンが元気そうでよかったよ」

ζ(゚ー゚*ζ「フサさんも元気ね、あいかわらず!」

 二人の女は腰掛けたまま、追いかけっこをする大人と子供を眺めている。 
28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:49:12.84 ID:BFMwKfpLP
 やがて男二人は騒ぎ疲れて、草むらの中に腰を下ろした。
 駆け続けた熱気と、心臓の高鳴る音に、フサは額をぐいっとぬぐった。

ミ,,゚Д゚彡「ふーっ…」

 地面に生えている、柔らかな草がそよぐ音がした。


 ふっ、と土が香る。
 汗をかき蒸れた体を、一陣のさわやかな秋の風が吹き通り、心地よく冷やしてくれた。


ミ,,゚Д゚彡「おいブーン、その調子なら、おまえ本当に空を飛べるようになるかもな」

( ^ω^)「ブーンはとぶんだお! とぶといったらとぶんだお!」

ミ,,゚Д゚彡「ははは。空を飛べるようになったら、何をするんだ?」

( ^ω^)「ママにあいにいくお!」

ミ,,゚Д゚彡「……」

ミ,,゚Д゚彡「えっ」

( ^ω^)「おそらにはママがいるんだお!
      だからブーンは飛ぶれんしゅうをいっぱいして、はやくママにあいにいくんだお!」



ミ,,゚Д゚彡

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:52:37.08 ID:BFMwKfpLP

 どばり。

 突如、フサの目から、大量の涙が噴出した。

ミ,,;Д;彡「うっ、うおおおおおおおおおん」

 一声吼えて、大泣きをはじめたフサは、
 ブーンにとびかかり、抱きしめようとしたが、

(;^ω^)「ちょ、おっちゃんきもいお」

 ブーンは華麗に身をかわし、

 哀れフサは空気をはすかいに抱擁した挙句、地面に前にのめって倒れた。

( ^ω^)「ブブブブーン!」


 草むらに勢いよく接吻したフサをその場に置いて、ブーンは再び両手を広げて、あたりを駆け回り始めた。


30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:54:40.41 ID:BFMwKfpLP

川;゚ -゚)「驚いたな。
     空を飛ぶなんて、よくそんなことを思いついたもんだ」

 一部始終を見ていたクーが、ぽつりと語った。

ζ(゚ー゚*ζ「そうなのよ。あれね、私が叱ったら、
       なんだか、ブーンの考えがそんな方向にいっちゃって…」

川 ゚ -゚)「…叱ったら?」

 デレはうなずいて、事の顛末を語った。


31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 19:57:28.50 ID:BFMwKfpLP

 ブーンは、母の死を知って以来、夜が来るたびに、毎日泣きとおしていた。
 毎晩遅くまで声を上げて泣いて、そのまま泣き疲れて眠る。
 そんな日々を繰り返していた。

 ある晩のこと。
 ブーンがあまりに毎夜泣いてばかりなので、
 それまでは優しく慰めてあげていたデレだったが、この日ばかりは、叱った。

ζ(゚ー゚*ζ「そんなにママに会いたいなら、会えるように頑張ってみろ! って、言ったの」

 ブーンは、ママは空の上にいるから会えない、と言って、また泣いた。

( ;ω;)「空なんかとべないお! できるわけないお! おーん!」

 そんなブーンに、デレはそれでも、できる、といって叱りつけた。

ζ(゚Д゚ζ「飛べる! 泣くな!
      にんげんは何でもできるの。 いつかにんげんは、鳥のように空を飛ぶことだってできる。
      いつか、空を飛ぶ魔法が見つかるかもしれない。いつか、空を飛ぶ機械が発明されるかもしれない。
      やろうとする人に、むりなことなんてない! やろうとする人が居る限り、できるの!」
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:01:19.28 ID:BFMwKfpLP

川 ゚ -゚)「はー…」

 なんだか理不尽な叱り方だなあ、とクーは最初、思ったが、
 ふと、思い出したことがあった。

川 ゚ -゚)「ああ、それで思い出したよ、デレ、確かきみの本当の名前は……」

ζ(゚ー゚*ζ「うん。私の本当の名前は、ノケイ・ニーア。
      『空を飛ぶ鳥』よ」

 ノケイ・ニーア。先住民の言葉で、「空を飛ぶ鳥」。

 それで思い出した。

 デレだって、かつて、帰るところを失った過去を背負っていたのだ。
 ブーンと同じように、永遠に癒えぬ悲しみを、負っているのだ。


35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:03:47.92 ID:BFMwKfpLP

 美しく、活気にあふれた若き王、デレ。


 でもクーは気づいていた。
 そんな彼女でも。
 いつもまわりにはじけるような笑顔を振りまいている彼女にも、ふと、影が差す瞬間がある。

 彼女は、自分の頭の中に頑固に居座り続ける感情を、どうやっても完全には追い出すことができずにいる。

 その兆候がわずかなので、たとえ他のものにはわからなくても、
 クーには、デレのその気持ちがよくわかった。

 痛いほどに自分と重なり合う部分があった。

 デレはいまや、王だ。
 だが、同時に、もし文明国の人間なら、まだ学校すら出ていないような、年端も無い少女なのだ。
 

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:07:50.09 ID:BFMwKfpLP

 デレの気持ちは、わかる。

 ニューソク本国での自分の姿を、忘れたわけではなかった。
 哀れな孤児、クー。

 暗い裏通りの、小さく不潔な売春宿で、
 どんな奴隷よりも、どんな荷役用のロバよりも酷い扱いを受けていた時代。

 クーの頭の片隅に、そのみじめで悲惨な姿は、いつまでも小さく染み付いて、抜けない。

( ^ω^)「ぶーん、ぶーん!」

 いま、目の前の広場を走り回っている、血色のいいにこやかな少年とは大違いな、クーの少女時代だった。


 ブーンのあのやさしげな目元は、母親譲りだろうか。

 …優しげな目元?

川 ゚ -゚)(あれ? おかしいな。優しげだって。
     あの、あんなにツンツンしていたツンさんが、ブーンのお母さんなのに)

 いつも怒ったように口を尖らせて、つんと澄ましていたツン。

 そんな彼女だが、クーは一つだけ、記憶の中で、ツンが優しく微笑む姿を見たような気がした。
 さて、その笑顔は、どこで見た笑顔だったか。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:10:21.15 ID:BFMwKfpLP

 …ああ、そうだ。

 ツンが死ぬ直前。
 私はその手で、ツンさんの心臓をピストルで打ち抜いたんだ。

 その直前に……
 あのときに見せてくれた、笑顔だ。


 美しかった。
 あまりに穏やかで、――神々しい、その、死に際しての微笑。

 クーはその美しさに、全身がぞくり、としたことを覚えている。


 彼女の普段のツンツンしたしぐさ、鋭く吊りあがった眉を知る者からは信じられないくらいに、
 あのときのツンの笑顔は穏やかで、優しく、そして、満ち足りていたように思う。


40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:12:19.31 ID:BFMwKfpLP
 クーは、そのときにツンと交わした会話の記憶を呼び起こした。
 おだやかな語り口。
 クーを思いやり、人間らしい感情を出した、言葉と言葉、気持ちと気持ちの、暖かな交歓。

 そして、ツンのおだやかな話し方と、…豊かな死に顔。


 いろいろなものが記憶からよみがえってくるうちに、
 クーの脳裏には、新たな疑問が一つ、浮かび上がっていた。

川 ゚ -゚)(どうしてツンさんは、あんなにおだやかに死んだ…
     死を受け入れて、迎えることができたんだろう?)

 死。
 恐怖と苦痛の王。
 すべての人間の、生命へのささやかな努力を無に帰し、すべての希望に終止符を打つ、冷酷な大鎌の主。

 そんな、誰もが恐怖に恐れおののいているはずの死神を、彼女はどうしてか、微笑んで受け入れたのだ。


 死は怖い。私だって怖い。
 私だって、いつかは死ぬだろう。

 だったら。

 だったら、私が死ぬときにも、あんなふうに。
 あんなふうに死にたい。

 穏やかに、笑って。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:14:53.54 ID:BFMwKfpLP

川 ゚ -゚)(そうだ。彼女は、彼女の生を生きたんだ)

 唐突に、クーは気づいた。


 ツンは、夫であるブラゲ総督ホライズン氏を、心の底から愛していた。
 そして、彼女はその愛のために、生きて、そして死んだ。

 彼女を動かしていたのは、夫への強い愛だった。

 総督クックルの脅しにも、決して膝を屈しなかったツン。
 絶望的な戦いに際しても、夫への愛を貫いて、自らを死地に置きつづけたツン。

 死に際して手渡された夫の遺品に注いだ、彼女の視線。
 夫の死に対する限りない悲しみと、そして夫の持ち物と再会した喜び。

 彼女の愛は本物だった。そして、彼女はそれに殉じたのだ。


川 ゚ -゚)(ツンさんは、最後の瞬間まで…)

 誰にも縛られず、強制されず。
 ツンは、自分のこころの思うままに従い、生きた。

 そしてそれこそが、彼女が満ち足りた死を迎えることができた、ただ一つの理由だったのだ。
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:19:38.26 ID:BFMwKfpLP

川 ゚ -゚)(彼女のように死にたければ、彼女のように生きればいい?)

 一つの結論に到達したような気がして、
 クーは深く息を吐き、目を閉じた。

 そして、頭を振って眠気を払い、眉を上げ、
 また、あたりを眺め渡した。

 デレとフサ、ブーンは、いつのまにか別の場所に移っていたようだ。
 小川のほとりのテーブルには、クーだけが残されていた。


 一人残されたことに気づいたクーは、三人の後を追おうか、とちらりと考えたが、
 もうすこし一人で思索に耽っていたいような気がしたので、また、目を閉じた。


 だんだんと、ショボンの最後の問いに対する答えが、自分の中に形作られていくような気がする。

 私は、これが私だ、と言える、自身の考え方を築きつつある。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:21:29.03 ID:BFMwKfpLP

 ひらめきが、近づいてきていた。
 真実の足音が聞こえてきた。

 そして――。


 椅子の背にもたれたまま、
 思わずクーは、その思いつきに、心の中で自分の膝をひとつ、叩いた。

川 ゚ -゚)(そうか。人を信じるとか、信じないとかじゃないんだ。
     …人がどうこうじゃないんだ!)


 私は、私の生を生きるんだ。


川 ゚ -゚)(自分なんだ!)

 私の心の思いに従い、私の気持ちに、嘘をつかないように。
 

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:23:05.13 ID:BFMwKfpLP

川 ゚ -゚)(自分なんだ!)

 クーはもう一度、心の中で呟いた。


 言葉が、力を持っていた。


 かつてないほど、クーの気分は晴れやかだった。
 ずっとかかっていたもやが、晴れたような。
 雲が吹き飛ばされたような。 

 私は、私の生を生きる。そうだ。
 私は、私の生を…。

 目を閉じて、クーは、心地よかった。
 その考えは、その言葉は、今までに聞いたどんな音楽よりも、甘美だと思えた。

 いま、クーは、安らかな顔をしていた。
 子供のように安心しきって、目を閉じ、体を深く椅子にもたせかけて、座っていた。


 …そして、クーが寝息を立て始めていたことに気づいたものは、いなかった。


 デレもフサも、ブーンを追ってとうにその場を離れていて、
 川辺の席に憩っているのは、クー一人だけになっていたのだから。 

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:24:32.94 ID:BFMwKfpLP
二.


 タンブルストンは総督邸――つまり、アーネムの屋敷――の、アーネム専用の居間に腰をおろしていた。
 卓を挟んだ向かいには、気楽な格好をしたアーネムが腰掛けている。

 蝋燭はあかあかと灯り、暖炉には火が燃え、目の前のテーブルには清潔なリネンのクロスが敷かれている。
 あとは、ここに夕食が運ばれてくるのを待つばかり、というわけだ。

 テーブルにともる六本の白蝋の蝋燭を見、それからその光に照らされた向かいのアーネムを見て、
 タンブルストンはいま、心からの喜びと安堵を覚えていた。


 一年間、未開の地ばかりを旅しつづけてきた。
 旅から旅の生活は、決して楽なものではなかった。

 ようやくニューソクタウンに帰ってきたと思ったら、今度は片時の休息を取る暇も与えられずに、
 重苦しく殺風景な軍営に連行され、そこでの息詰まる暮らしを強要されていた。

 そして、それらの後に、ようやく。


 査問が打ち切られ、こうしてアーネムと再会し、再開後はじめての夕食を共にする段になって、
 やっとタンブルストンの心は、ほっと一息入れ、安らぐことができたのだ。


52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:28:41.37 ID:BFMwKfpLP

 アーネムとタンブルストンは、常と変わらない調子で、話をした。
 席についてからも、給仕が最初のサラダを運んできてからも、終始一定のペースで話をしていた。

 それは、早くもなく、また遅くもないペースの会話で、
 二人が長い間共に過ごすうちに、自然に形作られてきた、二人のためだけの会話のテンポだった。

 骨折って思い出す必要はなかった。体が覚えていた。
 一年間のブランクも、恐ろしい査問会も、
 長い年月によって培われてきた、二人のその会話のペースを変更させることはできなかったのだ。

 ただ二人は、いつものペースで、
 二人の絆にしっかりとよりかかるように、落ち着いて、くつろいで、会話をしていた。


53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:30:59.61 ID:BFMwKfpLP

(´<_` )「やっぱり、そんなことが…」

( ´_ゝ`)「酷いもんさ。ニューソク本国は、次々とこの植民地に新しい税金をかけてくる。
      それこそ、『取れるものは取れるだけ取り尽くす』を地で行くような課税さ」

(´<_` )「それじゃ、商人や市民は、たまらんでしょう」

( ´_ゝ`)「ああ。新大陸に根を下ろした市民たちは、みんな本国のやり方に怒ってる。
      こんな話もあるんだ。
      ある有力なヴィップ市民がいて、こいつは茶を貿易品として扱う商人だった。
      ところがあるとき、ニューソク本国政府が、茶への課税を大幅に強化してな。
      くだんのヴィップ貿易商殿はこの本国の措置に激怒したんだが、さて、彼はどうしたと思う?」

(´<_` )「さあ…。兄者に猛抗議にでも来たんですか?」

( ´_ゝ`)「いやあ、そうじゃない。自慢じゃないが、俺はこれでも、植民地の人間にはずいぶん好かれてるんだ。
      その貿易商殿、なんと、手下をインディアンに変装させて、そいつらを引き連れて、
      港に停泊していたニューソク側の茶の貿易船を襲い、積荷の茶を、ぜんぶ海に投げ捨てちまったらしい」

(´<_` )「ほー、実力行使か。それはまた、思い切ったことをしたもんですね」

( ´_ゝ`)「それくらい、もう大陸側の人間は、ニューソクに対して頭に来てるんだ。
      遠く離れた大西洋の向こうの小島にすぎないニューソクが、本国ヅラして、いつまでもヴィップを植民地扱いする。
      ヴィップからはニューソク議会に議員を送ることもできないのに、税金だけはしっかり取られる、って」

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:33:42.64 ID:BFMwKfpLP

 魚の燻製を薄切りにした前菜に続いて、暖かいシチューが出てきた。
 その熱々を喉に流し込むために、二人はしばし、会話を中断した。

( ´_ゝ`)「うまいか、弟者?」

(´<_` )「うまいですね」

( ´_ゝ`)「うん、うまいな」

 ブラウン・ルーの中に埋もれた、さっくりした肉。ポーク・ラグーだろうか。
 柔らかく煮えたその塊を、タンブルストンはスプーンで取り、口に運んだ。
 これが、実に美味かった。
 
57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:35:59.88 ID:BFMwKfpLP

( ´_ゝ`)「で、査問はどうだった?」

 アーネムはさりげなく、まるで、天気の話の続きでもするように切り出した。
 そしてタンブルストンには、義兄のこの心遣いが有難かった。

 これが、自尊心と義務感の強いタンブルストンにとっては、話しにくいことを心の負担無く話すことのできる、
 最良の方法とタイミングであることを、アーネムはしっかりとわかっていたのだ。

(´<_` )「最悪です」

( ´_ゝ`)「そりゃわかってるよ。どう最悪なのかが、聞きたいの」

(´<_` )「あなたの言うとおりでしたよ、兄者」

( ´_ゝ`)「ん?」

(´<_` )「ニューソク本国政府のやつら、やっぱり、兄者からこのヴィップを取り上げるつもりです」

 アーネムは嘆息し、持っていたスプーンを皿に投げ、
 背を椅子にもたせかけた。


58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:37:01.50 ID:BFMwKfpLP

( ´_ゝ`)「そう言ったのか。あいつら、私から新大陸植民地を取り上げると……?」

(´<_` )「いえ、そこまではっきりとは言ってません。取り上げる、とはね。
      ただね、やつら、この査問で、それへの布石を打ったつもりのようですよ」

( ´_ゝ`)「ほう、というと」

(´<_` )「私に、『ニューソク本国へ帰って、近衛師団勤務をしろ』と言ってきました」

( ´_ゝ`)「ふむ」

 椅子にもたれていたアーネムは、しばらくは視線を空中に泳がせて、
 タンブルストンの言った言葉の意味を探って、頭を働かせていた。

 そして、とあるひとつの結論に達すると、
 彼はびっくりして椅子から背中を浮かせて、頓狂な声を上げた。

( ´_ゝ`)「お前の身柄を、俺から引き剥がす、と?」

(´<_` )「まあ、そういうことでしょうな。
      政治工作好きの本国のお偉方が考えそうなことですよ」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:40:32.86 ID:BFMwKfpLP

(´<_` )「あなたと私を引き剥がして、あなたの力を弱体化した後、
     本国政府はいろいろと難癖をつけて、ヴィップ植民地を本国に併合するつもりなんでしょうね。
     兄者一人では、やはり心もとないですから」

 タンブルストンの言葉の後、アーネムは不機嫌そうに、こつ、こつと人差し指でテーブルを叩き始めた。
 その表情から、弟者の軽口が気に障ったのではないことだけは、確かなようだ。
 アーネムの眉は、もっとずっと深刻そうに寄っていた。

 二人の間に、沈黙があった。

 アーネムの指先が立てるこつこつという音と、暖炉の薪の燃える音が、居間の空気に重なり合っていた。



 タンブルストンは迷っていた。

 言うべきか、言うまいか。

 いや、言おうとは決めていた。
 この胸の中にある、とある考えを。

 ただ彼は、それを「いつ」言おうか、を悩んでいた。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:43:24.05 ID:BFMwKfpLP

 タンブルストンはもう決めていた。
 というより、腹をくくっていた。

 査問が進むにつれて、そのとある「考え」が、彼の腹の内から持ち上がってきていた。



 タンブルストンが本国送還を拒絶することは、現在の状況を考えれば、難しいだろう。
 なんといっても大義名分は、ニューソク政府側にあるのだ。

 アーネムと彼が義兄弟であると言っても、それはあくまで私生活上の話。
 法的には、アーネムもタンブルストンも、ニューソク国王陛下に仕える、一介の軍人にすぎない。

 軍人は命令に従う義務がある。
 タンブルストンに本国転勤の命令が下れば、彼は、それに従わざるを得ないのだ。

 それは、今回のような、譴責を背景にした脅しに近いような形の命令であっても、
 また仮に単純な上からの転勤命令にすぎないものあったとしても、効果としては同じようなものだっただろう。

 
(´<_` )(しかし……)

 今回の転勤命令は、明らかに、ウラのあるものだ。

 アーネムとタンブルストンが離れ離れにされてしまえば、
 弱体化したアーネムは、たちまち汚い政治の力で、植民地の指揮権を取り上げられることだろう。

 そして、それが彼らの狙いであることは、どう考えても明らかだった。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:46:08.82 ID:BFMwKfpLP

 ニューソク国王ロマネスク二世は、アーネムが権力を握ることを恐れている。

 アーネムは、ロマネスク二世の腹違いの弟だ。
 そのアーネムが経済力と軍事力を持てば、いずれ彼は、自分の王位を脅かしにくるのではないか。
 ロマネスク二世は、これまで常に、そのことを恐れ、考え続けていたはずだ。

 ロマネスク国王は、機会があればアーネムの植民地指揮権を奪おうとするであろうことは、分かりきっていた。
 そしてその「機会」が、奴らにとっては、今なのだ。


(´<_` )(と、すれば。)


 やつらがそう出るならば。私がニューソクへ行かざるを得ないのならば。
 私が。そして兄者が取るべき道は、「これ」しかない。


 タンブルストンは、自らの腹の中にある計画を味わいなおし、確認した。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:49:59.95 ID:BFMwKfpLP

 だが、一足遅かった。

 タンブルストンが口を開くより早く、アーネムは勢いよく椅子から立ち上がり、
 怒気をはらんだ声で、こう言ったのだ。

( ´_ゝ`)「もうたくさんだ! 宮廷、陰謀、政治、そして血筋!
      俺はもう、そういうのに、しんそこ辟易してるんだ!」

 大声に先を制され、またその剣幕に気圧され、
 タンブルストンは喉まで出かかった、腹の中の「計画」についての言葉を、もう一度飲み込んだ。

( ´_ゝ`)「俺は…。俺は……」

 アーネムは怒っていた。
 顔を赤くし、振り上げた手には、拳が握られていた。


 タンブルストンは黙って座ったまま、アーネムの言葉の続きを待った。


( ´_ゝ`)「弟者。今日という今日は、俺ももう決意した。ずっと考え続けてきたことだ。
      つまり、おれはもう、ニューソクなどといういかさま師の命令は、金輪際聞かんことにする」

(´<_` )

(´<_` )「えっ」

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:52:55.58 ID:BFMwKfpLP

 とっさには、反応ができなかった。
 アーネムの言い出したことは、タンブルストンにとっては、全く想像もしていなかったことだった。

 アーネムの言おうとしているのは、まさか…?

(´<_` )「……反乱? この地で?」

( ´_ゝ`)「違う、反乱ではない。独立だ!」

(´<_` )「えっ」

 予想外だった。
 それは、タンブルストンの考えとは、根底の部分から異なるものだった。

( ´_ゝ`)「独立だ。新しい国を作るのだ。
      このヴィップは、国となるのだ!」

(´<_` )「新しい…国?」

 兄者は、何を言っているんだ。
 国?

(´<_` )「…つまり兄者は、ニューソクを捨てて、別の国に寝返るのですか?」

( ´_ゝ`)「寝返る? ばかな。どこに寝返るというのだ?
      このヴィップはもはや、ニューソクと並び立つ、独立国となるのだ!」

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:56:52.84 ID:BFMwKfpLP

 タンブルストンの頭は混乱した。
 とっさには、言葉が出てこなかった。

 アーネムの言い出したことは、タンブルストンにとっては、まったく予想外の、ありえないことだった。

(´<_` )「し、しかし兄者、このヴィップには、国はありませんぞ?」

( ´_ゝ`)「そりゃないさ、これから作るんだからな。
      私にとっては、このヴィップが私の国だ。
      そしてこのヴィップに根を下ろした、商人たち、市民たち、農民たちがいる。彼らも、ここが国だ。彼らが国民だ」

(´<_` )「いえ、彼らの国籍はニューソクです。ヴィップ国籍などというものは存在しない……」

( ´_ゝ`)「法的にはそうだと言いたいのか。だが彼らヴィップ市民の誰一人として、自分をニューソク人だと思ってる者はおらん。
      仮にもしそう思ってる者がいたとしたら、いいだろう、そいつは確かにニューソク人さ。
      それは認めるよ。だが、だがな」

 言葉はどんどん早くなり、語気に熱が増していく。

( ´_ゝ`)「だが私は、このアーネムは違うんだ。
      ニューソクに係累はいない。ニューソクに、私の帰る家はない!!
      私はニューソク人ではなく、ヴィップ人なんだ!」


77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 20:58:58.93 ID:BFMwKfpLP

 混乱と当惑の中で、タンブルストンは椅子に体勢を直した。
 
(´<_` )(そんな、そんなことは……)

 独立だって?
 兄者が、ニューソク人ではなくなるだって?

 ばかな。
 兄者は何を言ってるんだ。

 国は、国だ。
 たとえどんなに腐って、愚かしい存在であっても、ニューソクという国は、たしかに存在する。
 それだけは確かだ。

 そして、そのニューソクは、我々の国なのだ。
 それもまた、同じくらい確かだ。

 独立? 新しい国?

 …世迷言だ。
 そんなことを言い出したら、忠誠心はどうなる。
 王の座はどうなる。

 だいたい、新しい国だと言ったところで、王はどうするんだ。

 王のいない国などというものが、はたしてこの世に存在しうえるのか?
 決まってる、答えはNoだ。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:03:21.53 ID:BFMwKfpLP

 アーネムはなおも熱弁を振るっていた。

( ´_ゝ`)「ずっと私は考えていた。このヴィップ大陸に散らばるニューソクタウン、ラウンジ砦、ブラゲタウン…。
     なぜこれらの街と市は、ニューソク本国政府の言うことに従わなければならんのだ?
     遠く離れたちっぽけな島国ニューソクは、この広大な新大陸ぜんぶから税金を吸い上げる権利があるのか?
     おかしいじゃないか!
     吸い上げられた税金は俺達のために使われるんじゃない。本国の下種どもを食い太らせるために使われる。
     俺達はただ吸い上げられるだけ。そんな税金は、盗賊どもの略奪と、何も変わるところがない!」

(´<_` )(…まずい。兄者の過激な思想は、これほどまでに大きくなってしまっていたのか)

 タンブルストンは、必死で頭を働かせて、アーネムをなだめる方法を考えていた。
 こんなおかしな考えは、早く諌めて、止めさせなければ。

(´<_` )「そ、そうは言いますが、兄者。
      もし我々がヴィップ国を作ったとしても、その政府がそうしたニューソクタウン、ラウンジ砦、ブラゲタウンから税金を収奪すれば、
      それは、支配者が変わっただけで、結局は同じことをしているのではないですか。
      ヴィップ国などというものを作ったとて、それが収奪者になることは同じですよ」

 しどろもどろに、しかしそれだけははっきりといい終えて、タンブルストンはアーネムを見た。

 緊急の反撃にしては、けっこうな衝撃をアーネムに与えていたようだ。
 アーネムは一瞬怒りの表情をし、次に眉尻が下がり、やがて少し肩を落として、椅子に腰掛けた。

( ´_ゝ`)「それもなあ、考えてたんだけどなあ…」
 
 アーネムはしばらくうなだれている様子だった。

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:05:27.32 ID:BFMwKfpLP

 が、ぐいとテーブルに身を乗り出して、言った。

( ´_ゝ`)「そこをさ、考えて見たんだよ。聞いてくれ弟者。
      町と町が、人と人が、おたがい対等な立場で協力を約し、国となる。国のものごとは、皆で会議して決める。
      こうやって国を作れば、俺達は暴君の簒奪者にはならず、新しい時代の新しい国づくりができると思うんだがな。
      いわば、ヴィップ合衆国さ。こいつをどう思う?」

(´<_` )「は、それは…」

 言って、黙った。
 タンブルストンにとっては、まったく考えも及ばない世界だった。
89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:07:10.95 ID:BFMwKfpLP

 それは価値観の違いだった。

 タンブルストンにとっては、国とは、正統の血筋を持つ王が統治する、一定の領土を持った存在だった。
 国はときに征服を行い、自分たちの支配地域に、新しい土地を加える。
 そして、国が支配している土地の住民が勝手に国から離れることを宣言したならば、それは、反乱だ。

 タンブルストンにとっては、祖国は、祖国だった。
 そして祖国に対する忠誠は、絶対だった。

 彼の考えでは、征服地が本国に対し反旗を翻す独立など、ありえなかった。
 そんな不実は、この世に存在してはいけないのだ。



 だから彼は、

(´<_` )「兄者は、間違っておられます」

 そう、言った。

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:11:47.12 ID:BFMwKfpLP

 居間に、沈黙が訪れた。
 アーネムは一度、何かを言おうとして口をあけたが、何も言わずにまた、閉じた。

 アーネムは、国とは人だ、と考えているのだ。

 国は、国そのものが尊いのではない。「国」を形作っている「人」こそが尊いのだ。
 だから、人が国を宣言すれば、それは国だ。
 国とは、人が自分たちで団結するための、単なるシステムにすぎない。

 だが彼は、そこまで分析的にはっきりと、自分の考えを把握しているわけではない。
 ただ直感的にそう感じ、そう思っているだけなのだ。

 だから、アーネムは自分の考えを、言葉にして説明することができずにいた。


 いっぽうのタンブルストンも、続く言葉が出なかった。
 この場でこれ以上、「間違った」考えを持った義兄を、説得するための言葉を持たなかった。

 しばらく二人とも、無言だった。


 やがて、テーブルに置かれたシチューの皿がすっかり冷め切った頃、アーネムはぽつりと、こう言った。

( ´_ゝ`)「そうか、そういえば。
      君にはニューソクに郷里があり、そして、家族がいたな」


 そしてこの言葉が、この日の夕食で交わされた、最後の言葉になった。


93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:14:37.37 ID:BFMwKfpLP
 タンブルストンは立ち上がり一礼すると、震える腕で外套を取り、ドアを開け、部屋の外へと退出した。
 あとには、冷えたシチューと、テーブルについたままのアーネムが残された。

 アーネムは、彼の義弟の後を追うべきか迷った。

 話し合いが不調に終わったことは明らかだった。
 タンブルストンは、アーネムの提示した「ヴィップ独立」という考え方に、反対の意思を表明している。
 説得する必要があるのではないか。


 ため息とともにかぶりを振って、アーネムは椅子の背にもたれかかった。

( ´_ゝ`)「いいさ」



 アーネムは卓上に身を乗り出し、大声で従卒を呼んだ。
 扉の外の歩哨が次々と申し送りし、従卒を呼ぶ声が遠くへとリレーされていく。

 明日の朝食にもタンブルストンを誘う、その使者を出そう、とアーネムは考えていたのだ。

 義弟と意見を戦わせたのは、なにも、これが初めてではない。口喧嘩もしてきた。
 今日の夕食では、剣つくを食わせた形での別れとなってしまったが、
 その分の埋め合わせは、明日すればいい。

( ´_ゝ`)「俺達には、まだ時間がある」

 義弟とは、ゆっくりと話し合って、分かり合っていけばいい。
 アーネムはそう、考えていた。
99 名前:保守感謝:2011/01/25(火) 21:31:59.19 ID:BFMwKfpLP
三.



 総督公邸を出てから半時間は経っただろうか。
 すでに町の中心街を抜けて、彼は街灯もまばらな、郊外の歩道を歩いていた。

 暗い夜道、夜のニューソクタウンを大股で、早足で歩きながら、タンブルストンは考えをまとめようと躍起になっていた。

 自分は、アーネムの副官だ。
 アーネムはタンブルストンが17才のとき、彼を副官に、と指名してくれた。

 以来、彼は尊敬し敬愛するアーネム公の傍に、影と無く日向となく、常に付き従ってきた。


(´<_` )(だが、今にして思えば……)

 アーネムは、タンブルストンの軍事の才を見込んで副官に抜擢した、と言う。
 だが本当は、その生い立ち故に同年代の友達を持たないアーネムは、
 年の近いタンブルストンに、その役割をひそかに求めていたのではなかっただろうか。
 
 そしてそのことを証明するかのように、タンブルストンは、それこそほとんどの時間を共にすごす形で、アーネムに仕えていた。


100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:35:00.60 ID:BFMwKfpLP

 副官というものは、お目付け役の性質をも持つ。 
 放蕩を繰り返すアーネムのボディー・ガードのような役割を押し付けられた後、
 タンブルストンは、アーネムの無頼の件に対しては、いままでずっと、
 正面から本人に対して、はっきりと苦言を呈してきていた。

 他の者から叱られたのでは、アーネムは憤然と反発し、あるいは茶化してしまって、まともに聞かなかったのだが、
 しかしタンブルストンの叱責だけは、他のそれとは質が違った。

 タンブルストンは極めて頭脳明晰だった。
 彼は論理的に、びしりと容赦なく、厳然として苦言を呈する。

 ひとたびタンブルストンが説教を始めれば、アーネムにはもはや逃れる術はなかった。
 おとなしくそれを最後まで聞くか、もしくはこっそり隙を見て逃げるかの二つの選択肢しか持たなかった。

 もっとも後者についての、アーネムの涙ぐましいまでの数々の努力は、
 そのほとんどが、体格にも喧嘩の腕にも心理戦にも勝るタンブルストンによって、阻止されてしまっていたのだが。


101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:37:14.53 ID:BFMwKfpLP

 そんなタンブルストンの言葉を、今日のアーネムは受け入れなかった。

(´<_` )(兄が間違っていれば、それを諌める。
     それは、私の役目ではなかったか?)

 直情的で行動の早いアーネム。
 それに対し、タンブルストンはいつも理知的だ。

 冷静な考えにより、あらゆる問題に対し、論理的に正しい答えを導く。
 それがタンブルストンであり、また、それが彼のいつもの役割だった。

(´<_` )(それは今回の件でも、同じじゃないか?)

 タンブルストンは考えた。

 まずは、自分の腹の中に納まっている「計画」のことについて。
 そしてそのあとで、理性と論理のテストでもって、アーネムの言うことを考えた。
 ヴィップ合衆国、という考えを。


 そしてタンブルストンは、アーネムの考えが「まちがい」であり、自分の「計画」が正しい、と結論付けたのだ。
105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:39:19.82 ID:BFMwKfpLP

(´<_` )(…そうだ)

 タンブルストンは、街路で足を止めた。

 風が吹いた。


(´<_` )(兄者のまちがいを諌めるのは、私の役割だ)

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:42:26.54 ID:BFMwKfpLP
四.



 行きつ戻りつ、老将軍フィレンクトは部屋の中を歩き続ける。

 ニューソク軍が駐屯する郊外の軍営。
 その一室、さして広いともいえない一角に、老将軍の居室はあった。

 将軍は質実剛健を好む、古いタイプの軍人だ。
 今のように、ニューソク陸軍大陸派遣軍の総司令官、という高い職位についているときであっても、
 自分の部屋を華美に、贅沢に飾り立てたりするような人間ではない。

 部屋の隅では、暖炉が赤々と燃えていた。
 素朴な造りの壁時計が、午前一時を差している。

 深夜、と呼べるようなこんな時間になっても、
 老将軍はなお、狭い部屋の中を大股でのっし、のっしと歩き回っていた。


111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:44:47.86 ID:BFMwKfpLP

 歩き回るのは、老将軍が考え事をするときの癖だった。
 規則正しい歩調で、窓際のカーテンの手前から10センチのところで回れ右をし、
 一方は部屋の端のテーブルにぶつかる寸前のところでくるりと回る。

 老将軍は任務について考えていた。
 考えることは山ほどあった。

 自分が植民地に派遣された理由。
 配下の軍団をどのように編成し、任務を果たすべきか。
 ラウンジ、ブラゲといった外国政府が、先の事件について猛抗議しているのに、どう対処するか。

 まず、自分はなぜ植民地に派遣されたのか。
 ニューソクはなぜ、いまさら新大陸に新たな軍隊を送り込んだのか。

 度重なる植民地での戦争で、アーネム率いるニューソク植民地軍は、
 ラウンジ、ブラゲといった強豪を次々と破り、
 この新大陸からニューソク国以外の勢力を駆逐してしまっていたはずだ。

 一国支配が成った今であるというのに、
 わざわざ兵力を増派する必要性が、どこにあるというのだ?
 この新大陸には、すでにアーネム率いる植民地軍がいるではないか。


112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:47:09.64 ID:BFMwKfpLP

 フィレンクト将軍は、自分の配下、8000人の歩兵と騎兵、それに数十門の砲のことを考えた。
 それから、彼らを維持、運用するために、いったいどのくらいの金がかかるかを、すばやく計算した。

 8000人となると、彼らを飢えずにおかせるための牛肉の樽と小麦だけでも、
 信じられないくらいに莫大な金額になるだろう。
 それこそ、しみったれなニューソク政府の財政担当官の頭が、まるまる1ダースは禿げちらかすくらいには。

 いったい、これだけもの無駄な金を掛けて、
 ニューソク近衛連隊を初めとする、精鋭8000人もの無駄な兵力を新大陸に派遣した、国王ロマネスク二世の意図は何か?

 ラウンジ、ブラゲに対する示威行動か?
 新大陸ヴィップはもはや完全にニューソクのものである、ということを示すための…。

 いや。
 それは馬鹿げている。

 ラウンジやブラゲは、自分たちが築いた新大陸植民地が、アーネム率いるニューソク軍に撃破されたのを見て、
 既にヴィップ植民地経営からは完全に手を引いている。
 近衛連隊までを使って脅しをかける必要など、どこにもない。

 そもそもラウンジは、いま国内での統治体制すら怪しくなっているとも聞く。
 ラウンジ王家は、長年の圧政が祟って、怒れるラウンジ市民からの革命の危機に立たされているというのだ。
 そんな時期に、海外に目を向けることなど、とてもできないだろう。

 ではブラゲはどうだ?

 ブラゲ植民地総督代理クックルは騙し討ちで殺されたと聞く。
 その卑怯な暗殺をしたのは、アーネムの子分であるタンブルストンという男だとか。

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:49:16.87 ID:BFMwKfpLP

 そういえば数日前、当のタンブルストンを裁く査問会とやらに、老将軍は無理やり引っ張り出されていた。

 馬鹿げた集まりだった。
 タンブルストンの有罪は初めから決められているかのように、査問は進んでいた。
 そもそも非公開で裁判を行うなど。
 密室で死刑を宣告するというのなら、それは裁判を行わないのと、ほとんど同じことだ。

(‘_L’)(…まあ、そんな些細なことはどうでもいいわい)

 一介の士官のキャリアなどに興味は無い。
 老将軍には、他にも考えねばならないことがたくさんあった。
 一人の現場指揮官の運命などより、よほど重要で、頭を悩ます案件ばかりだ。

 フィレンクト将軍の指揮するニューソク派遣軍は、現在のところ、
 ニューソクタウンから少し離れた郊外の軍営に駐屯している。
 市内の軍営設備は、アーネム率いる植民地軍5000人で、すでに満員になっているからだ。


116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:51:11.88 ID:BFMwKfpLP

 老将軍は、配下の兵士たちをいつまでも郊外に野営させておくことはできない、と考えていた。
 じき、冬が来る。
 ここ北部ヴィップの気候は厳しい。戦時でもないのに、兵たちに無理はさせたくなかった。
 できるだけ早い時期に、本国へと返したい。

 そのためには、まずは、この派遣軍の本当の目的を知る必要があった。
 それがどんな目的であれ、派遣の目的を達成しないことには、
 ホワイトホール(本国官庁街)は、フィレンクト軍団の本国への帰還を認めないだろう。

(‘_L’)(まったく…。何をして良いかわからんのでは、目的の果たし様も無いわい)

 老将軍が本国政府から受けた命令は、「ヴィップ大陸に行け」という、それだけだった。
 細かい指示は、現地で活動している政府諜報機関から受けるように、と指示されていた。

 もちろん長年の軍人経験から、老将軍は知っていた。
 こういう場合は大抵、政治がらみの軍事活動なのだ。

 この種の命令にはいつも、胃が痛くなるような思いをさせられてきた。

 そしてこういう命令は、老将軍のような生粋の軍人の神経をいちばんすり減らし、
 夜ごとの心配ばかりを、いたずらに増させていく。

118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:54:06.56 ID:BFMwKfpLP

 政治がらみといえば。
 ニューソク国王ロマネスク二世は、植民地総督アーネム公の腹違いの兄だ、という噂がある。
 二人が兄弟だとすれば、この両雄が―――

 その時、ドアにノックの音がして、フィレンクトは気を散らされた。

(‘_L’)「入れ!」

 彼はぎすぎすした声で言った。


 ドアがゆっくりと開き、まずは赤い軍服を着たニューソク軍の歩哨が、将軍に向かってぱしっと敬礼した。
 続いて、歩哨に付き添われて立っている、青い海軍の制服を着込んだ、長身で金髪の士官が目に入った。

(‘_L’)「何だ?」

 ぶっきらぼうに、フィレンクトは言った。
 それからあらためて、この深夜の闖入者のほうに目を向けた。

120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:56:05.75 ID:BFMwKfpLP

 歩哨は、見慣れたいつものフィレンクト直属の歩哨だ。
 だが、青い服の海軍士官のほうは、見覚えが無かった。


 いや…。

(‘_L’)(こいつ、どこかで見たぞ?)


 老将軍は目を細め、テーブルのろうそくに照らされた海軍士官をよく見ようと、一歩、歩を進めた。
 なかなかの美男子だ。
 若々しく見えるが、肩の金モールからすると、それなりに地位の高い人物のようだ。

 フィレンクトは、その海軍士官の名前を思い出そうと、疲れた頭をもう一度勇気付けて、考えた。


121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 21:58:27.18 ID:BFMwKfpLP

 海軍士官が進み出て、口を開いた。

(´<_` )「このような夜更けに訪問しましたこと、まずは、お詫び申し上げます、閣下」

 おう。この喋り方。
 フィレンクトは思い出した。と同時に、いささか驚きの表情を抑えきれない。

 こいつはオットー・タンブルストン。先日の査問会での、被告その人じゃないか。

(´<_` )「お目にかかれまして、大変光栄でございます、閣下。私は……」

(‘_L’)「ああ、ああ」

 フィレンクトは片手を振って、タンブルストンが始めた長々しい挨拶を遮った。

(‘_L’)「タンブルストン卿じゃな。先日の査問会以来じゃのう。
    余計な挨拶はええわい。わしは忙しい。片時の時間も惜しい人間なんじゃ。
    けれんではないぞ、本当に忙しいんじゃ。無駄な挨拶に関わっている時間はない。
    のうタンブルストン卿、もしここに用があって来たのなら、
    どうか、用件は率直かつ直接的に言ってくれんかのう」

(´<_` )「はっ。それでは」

 タンブルストンは一瞬、姿勢をただし、
 それから左手を胸の前にかざし、一礼して、言った。


122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:00:18.54 ID:BFMwKfpLP

(´<_` )「私、オットー・タンブルストンは、ニューソク近衛連隊に入隊を希望します、閣下」

(‘_L’)「ほう?」

 フィレンクトは再び、驚いた。

 確かに、そんなような話も、聞いたことがある。
 いまは罪人として糾弾されているタンブルストンだが、
 もし本国近衛連隊に入り、このヴィップの地を離れるならば、罪は不問に処す…とする仲裁案だ。

 その案は確か、査問会メンバーの、なんとかとか言う僧職の委員が、提案していた。

(‘_L’)「無条件降伏か。
    君の噂を聞くにつれ、わしは、君はもうすこし抵抗するものと思っておったんだが」

(´<_` )「恐れ入ります、閣下」
125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:02:23.20 ID:BFMwKfpLP

(‘_L’)「…で?」

(´<_` )「はっ」

(‘_L’)「で、貴卿はそれだけを言うために、ここに来たのかね?
    それだけのために夜中の一時に、一人でこっそり、わしの貴重な考え事の時間を削りに来た、というわけかね?」

 老将軍の問いかけに、タンブルストンは意味ありげな目顔を返した。
 そしてちらりと、片脇に立つ歩哨に視線をやった。

(‘_L’)「席をはずせ」

 老将軍はすぐさま、歩哨に命じた。
 が、歩哨はとまどいの表情で、フィレンクトとタンブルストンの顔を見比べた。

「し、しかし、この方は……」

(‘_L’)「罪人とわしを二人きりにするのは抵抗がある、ってか? ん?
    さっさと出て行け!」

「は、はっ! 閣下!」

 老将軍に怒鳴りつけられた歩哨は、ばね仕掛けのように踵を打ち鳴らし敬礼すると、
 そそくさとドアを開け、退出した。

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:05:08.57 ID:BFMwKfpLP

 二人きりになり、老将軍が目を向けるとすぐ、タンブルストンは口を開いた。

(´<_` )「近衛騎兵の一隊を、私にお貸しください。閣下」

(‘_L’)「ほう。騎兵をね。
    いますぐかね、タンブルストン君」

(´<_` )「はい、今すぐです。閣下」

 フィレンクトはしばらくじっと、タンブルストンの顔をうかがっていた。
 それから後ろ手に両手を組み、窓際まで歩いていくと、くるりと回ってテーブルまで歩き、
 そしてまたタンブルストンに向き直った。

(‘_L’)「騎兵を、何に使うのだ?」

(´<_` )「アーネム公を、ここに連れてきます」


128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:07:16.40 ID:BFMwKfpLP

 フィレンクトは、心の中で快哉を叫んだ。
 いろいろな考え事を解く鍵が、タンブルストンのこの一言によって、いまようやく得られたような気がした。

 そうか。
 この一連の事件、ニューソク軍の大陸派遣騒動は、いわば、お家騒動だったのだ。

 国王ロマネスク二世は、王弟アーネムが新大陸という新しいおもちゃを手に入れたことを、快く思わなかったのだ。
 それで、フィレンクトら軍隊を派遣して、アーネムを新大陸から引き剥がそうというのだ。

 そう考えれば、派遣軍の規模、8000名というのにも納得がいく。
 アーネム率いる植民地軍は5000名。
 もし植民地軍を武力で鎮圧する必要が生じたら、
 このフィレンクト率いる近衛師団を含めた8000名というのは、ちょうどいい兵数となることだろう。

 今にして思えば、タンブルストンを陥れようとするあの査問会も、
 王弟アーネムの有能な副官である彼を、アーネムの手から引き剥がすための方便だったのだ。

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:09:31.89 ID:BFMwKfpLP
(‘_L’)「ほー、そうなさるか。アーネム公をここへ、のう」

(´<_` )「そのほうが、ニューソク派遣軍の皆様のお心に適うかと考えまして」

 なるほど、そういうことか。
 老将軍はまたも、胸中で手を打った。

 このタンブルストンは、いまでは貴族に叙任されているとはいえ、元は平民の出と聞く。
 何の因果かこれから近衛師団に入るというが、
 近衛師団はもともと、身分の高い者の集まりであるという性質を持つ。

 何代にもわたる貴族の家柄、そうした者が決して珍しくはないような集団の中では、
 平民出の新入りとなれば、さぞかし肩身も狭くなろう。

 新しい環境でうまくやっていくためには、何かの手土産が、ぜひ欲しいところだ。
 たとえば、めざましい軍功とか。

 アーネム公を新大陸から引き剥がして本国ニューソクに連れ帰れば、それは最高の手土産、というわけか。




(‘_L’)「よろしい。騎兵を貸そう。
    厩のほうに宿直のものが一箇班、待機しておるはずだ。それを連れて行くが良い」

(´<_` )「さっそくに有難うございます、閣下」

 タンブルストンの返事を待つこともせず、従卒を呼びつける老将軍のどら声が、
 深夜の寝静まった郊外の軍営に、響いた。
132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:12:17.49 ID:BFMwKfpLP
五.


 びゅう、と一陣、強い風が吹いた。
 秋の夜気を含んだその風を受けて、クーは思わず、外套の襟をかきあわせた。

川 ゚ -゚)(うう、すっかり遅くなっちゃったな)

 クーは一人でニューソクタウンの街を歩いていた。
 デレの村に遊びに行った、その帰りだった。

 フサは先に帰っていた。
 クーがいつまでも川べりでぼんやり考え事をしているから、
 あきれて、一人でさっさと帰ってしまったのだ。

川 ゚ -゚)(いま何時くらいだろ。夜の二時か、三時くらいかなあ)

 クーは懐に手を入れ、銀の蓋のついた時計を取り出すと、
 ボタンを操作して覆いを開け、文字盤の数字を読み取ろうとした。

 だが折悪しく、その日は闇夜だった。
 星明りが、わずかに時計の輪郭を照らし出すだけだった。

川 ゚ -゚)(ちぇっ)

 ぱたん、と蓋を閉めて、クーは時計を懐にしまった。

134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:14:22.17 ID:BFMwKfpLP

川 ゚ -゚)(ま、もうすぐ家だ。急ごっと)

 クーは自分の家、そして同時に職場でもある、総督の公邸に向かって歩いていた。
 ニューソクタウンの中とはいえ、このあたりは緑も多く、木々の空気が心地よかった。

 街路に光は無かった。
 まばらな間隔に立つ街灯も、その灯はすでに落とされている。
 クーは、わずかな星明りだけをたよりに、緑地の中を通る石畳の舗装路を歩いていた。

 そして、気づいた。

川 ゚ -゚)(……ん?)

 遠くから奇妙な音が聞こえてくる。
 石畳をうがつ、しっかりとした硬い音。
 あれは…。

川 ゚ -゚)(騎馬?)

 それも、一騎ではない。騎馬の群れだ。
 忍び寄るように微かにだが、それでも、あれはたしかに騎馬の蹄の音だ。

 その音は街路のむこう、郊外方向から、総督邸に向かう方向に近づき、確かに聞こえてくる。

川 ゚ -゚)(訪問者?
     こんな深夜に、誰だろう)

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:17:05.14 ID:BFMwKfpLP

 街路のむこう、ゆるやかなカーブの端に、騎馬が姿を現した。
 遮光したカンテラで前の地面だけを照らし、十数騎のシルエットが、星明りに照らされて見えた。

 クーは彼らが近づくのを、じっと立って、待った。
 どこか、嫌な感じを受ける一行だった。

川 ゚ -゚)(あれ)

 騎馬隊の先頭に立つ人物には見覚えがあった。

 遮光されたカンテラにわずかに照らされる顔。
 あれは、タンブルストンじゃないか…?
139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:20:20.55 ID:BFMwKfpLP

 はたして、そうだった。

 騎兵隊の指揮官――タンブルストンは、道の脇に立つクーの姿を認めると、
 隊を止め、自分の馬をクーの前にすすめ、止まった。
 クーはとまどいながらも、その場でびしりと敬礼し、姿勢を正した。

(´<_` )「こんな時間にこんなところで、何をしている。クー海尉」

川 ゚ -゚)「はっ。休暇を終え、公邸に帰還するところです、閣下」

(´<_` )「休暇。休暇か。…ふん」

 このタンブルストンの様子。

 いつのまにかクーの心臓は、早鐘を打っていた。
 タンブルストンの態度は、おかしい。
 いつものタンブルストンではない。

 何かを決意したように、まなじりを決して。
 ただでさえ冷たい目に、氷のような表情を浮かべて。


140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:22:42.13 ID:BFMwKfpLP

(´<_` )「クー海尉。君は公邸に帰る必要はない」

川 ゚ -゚)「は? …と、いいますと?」

(´<_` )「アーネム公は、本国への転勤が決定した。公邸は閉鎖される」

川 ゚ -゚)「えっ」

 突然のことに、クーはすぐには、話を飲み込めなかった。

川 ゚ -゚)「じ、冗談でしょう。
     アーネム公が、この新大陸ヴィップを離れるはずがない…」

 クーの抗弁に対し、馬上のタンブルストンが、冷たい目を向けてきた。
 射すくめられたような心持ちだったが、クーはそれでも、先を続けた。

川 ゚ -゚)「公はこのヴィップを愛しておられます、閣下。
     本国からの転勤命令程度では、決して自分から、この地を離れるようなことはなさらぬかと…?」

(´<_` )「だから、私が、連れて帰るのだ」

 タンブルストンが、言った。

146 名前:saru..:2011/01/25(火) 22:35:22.34 ID:BFMwKfpLP

 一瞬、黙った。
 タンブルストンの言葉の意味が、わからなかったのだ。

 連れて帰る。
 タンブルストンが。
 アーネムを、ヴィップ大陸から引き離す。

 クーの顔に、驚きが広がった。

川 ゚ -゚)「ア、アーネムを逮捕だと!?」

 叫び、一歩を踏み出した。
 タンブルストンはそんなクーを、馬上から眺め下ろしていた。

川 ゚ -゚)「気でも狂ったのか、タンブルストン! アーネムを逮捕するだと?!
     お、お前は、アーネムの一番の親友じゃなかったのか?!」

(´<_` )「口を慎め、クー海尉。
     君はいま、上級の階級に対し必要な敬意を払っていないと、私は考える」

 タンブルストンの冷静な言葉にも、クーはなおも、食い下がった。

川 ゚ -゚)「お前も私たちと新大陸で共に戦った仲間じゃないか!
     お、お前、この植民地を裏切るのか!!」
148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:38:03.67 ID:BFMwKfpLP

(´<_` )「裏切る? おかしなことを言う。
      我々はみんな、ニューソクの旗を立てて戦っていたニューソク人だろ?
      ニューソクの旗の下にはせ参じ、祖国に帰ることが、どうして裏切りになる?」

川 ゚ -゚)「そ、それは…」

 もごもごと二、三語、口の中で呟いてから、クーはまたも、叫ぶように言い募った。

川 ゚ -゚)「だ、だけどお前、アーネムのことをあんなに好きだったじゃないか。
     いまさらニューソク側に寝返るなんて、どういうつもり……」

 あたふたと腕を上下させ、必死に訴えを続けるクー。
 そんなクーに、タンブルストンは手綱を取り、馬を近寄らせた。

 目の前に迫る馬の巨体に、思わずたじろぎ、クーは一歩後ずさった。

 馬上のタンブルストンはわずかに上体を傾け、クーの耳元に近づき、
 そして、クーにだけ聞こえるよう、小さく囁いた。

(´<_` )「私は、兄と共に、ニューソク本国に帰る。
      そしてその地で、王冠を頂く兄を見るのだ」

151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:41:03.44 ID:BFMwKfpLP

 あっ、と、クーは声を上げた。

 そうか。
 タンブルストンは、アーネムをニューソク本国に連れて行くといっても、
 それは決して、兄王の味方をするということを意味しない。

 それどころか、こいつがやろうとしていることは…


 タンブルストンは、はっきりと言った。
 王冠を頂く義兄を見る、と。


川 ゚ -゚)(…革命)


 現王にノーを突きつけ、新しい王のために、玉座と王冠を奪い取る。

 タンブルストンは現国王を廃し、アーネムを、彼の義兄を、ニューソクの新しい王にするつもりなのだ。

 アーネム戴冠。
 それこそが、タンブルストンがずっと腹の中で持っていた、「計画」だった。

155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:43:47.05 ID:BFMwKfpLP

 クーは震えていた。
 革命。叛乱。

 タンブルストンの考えは、あまりに大それていた。
 強大なニューソク王家を打倒し、新しい王政を打ちたてようなどと。


 いや、それより。

 クーの脇を、冷たいものが流れていた。
 タンブルストンの目に射すくめられ、細かな震えが止まらない。

 革命。
 それはまだ先の話だ。

 それより、いま。

川;゚ -゚)(タンブルストンは、どうしてそんな重大なことを、いま、この私に明かしたのだ?
     …私だけに、密かに?)

159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:47:58.67 ID:BFMwKfpLP

 革命。
 それは、恐ろしい考え。
 計画するだけでも死刑となるほどに、王政を取る国においては、最高の罪悪とされている。

 革命、などという恐ろしい単語は、
 どんなニューソク現政府の下っ端役人の耳にちらりとでも届いただけでも、
 それだけで、タンブルストンの首など、たちまち10個は跳ね飛ばされてしまうほどの威力を持つ。


 そんな重大な言葉を、どうしてタンブルストンは、私にだけそっと耳打ちしたんだ?


 クーは深夜、一人で、星も無い道すがら、タンブルストンが公邸に向かうところを目撃した。
 そしていつの時代も、目撃者の証言というものは、…厄介なものだ。


川;゚ -゚)(消……され…る?)


 馬上のタンブルストンは、全く表情をうかがわせない双眸で、じっとクーを見下ろしている。

 脇には彼の騎兵副官が並んでいる。
 その後ろには十数騎の、武装した兵士たちが、クーをじわじわと囲むようにして、待機している。

 屈強な軍人たちは、機械のように平板な表情で、
 次にタンブルストンから下されるどんな命令でも忠実に実行しようと、皆、待っている。


160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:50:49.70 ID:BFMwKfpLP

 波打つ胸を押さえ、クーは必死に考えていた。
 なんとかこの場を逃れるための方策を。

 タンブルストンは、仲間だ。
 いや、少なくとも仲間だった。
 共に植民地を作り、共に戦い、新しい土地を切り開くために共に働いた仲間だ。

川;゚ -゚)(そうだ、こいつとは長い付き合いだ。
     仲間なら、そう簡単に仲間の命を奪ったりはするまい?)

 クーは無理にでも、作り笑いを浮かべようと、頑張った。
 そして、その愛想笑いの出来損ないのような顔で、タンブルストンを振り仰いだ。


 だが。

 彼女はたった一度の試みだけで、
 それ以上タンブルストンに笑顔を向けようとする試みを、あきらめた。

 タンブルストンは、冷たい目をしていた。

 猫は可愛がってくれる人間を鋭くも見抜くというが、クーは、女も猫と同じだと思っている。
 それは、なびきそうな男は、視線を交わした瞬間に見抜くから。

 そして、いま馬上よりクーを見下ろすタンブルストンは、冷たい目をしていたのだ。
164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:53:45.07 ID:BFMwKfpLP

 刹那。
 クーは、街路から飛びのいた。

 道路わきの緑地、その茂みの中に飛び込んだ。

「あっ!」

 騎兵の誰かが、クーが消えたあとの路上で声を上げている。

 濃い茂みは、乱暴にもそこを通り抜けようとする人間に対し、容赦しなかった。
 しなやかな幹や、尖った枝先が、容赦なくクーの露出した顔と手を責めた。

 それでもクーは駆けた。
 藪の中を、さらに真っ暗な茂みの奥へと。

「ま、待てっ、女! くそっ追え! おまえら下馬して、追うんだ!」

 逃げるクーの後ろで、騎兵軍曹が金切り声で叫ぶ声が聞こえた。
 金属の胸甲と長いサーベルが、背後の茂みの中でがちゃがちゃとやかましい音を立てて、追いかけてくる。

 恐怖と混乱でクーの心臓は破裂しそうに大きく脈打っている。
 耳の中に、自分の心臓の音が聞こえてくるようだった。

 それでもクーはただ、茂みの中を掻き分け駆け続けて、逃げた。
 後ろから間断なく聞こえてくる罵声と、追いすがる男たちの武器の音に、心の底からおびえながら。
167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 22:58:17.07 ID:BFMwKfpLP
 いっぽうのタンブルストン。
 街路には、彼と副官、それに乗り手を失ったからっぽの馬が十数騎、取り残されていた。

「で、どうします? 閣下」

 近衛騎兵副官が、鷹揚に問いかけてきた。

(´<_` )「…あの女の敏捷さは、私が一番、よく知っている。
      それから、いついかなるときも不思議に冴えている、あいつの頭のこともな」

 遠ざかる近衛兵たちの罵声を聞きながら、タンブルストンは言った。

 タンブルストンは気づいていた。
 クーを追い連呼される罵声は、藪の中を右に左にふらふらと行っているようでいて、
 それでも着実にゆっくりと、総督の公邸のほうに向かっていることを。

「つまり、あの女は捕まらない、ってことになりますかな? 閣下。
 しかも、捕まる前に、公邸に急を知らせに駆け込むであろう、と?」

 副官はいくぶん言葉に棘を潜ませるような口ぶりで、言った。
 タンブルストンは不快をあからさまに顔に出して見せたが、
 闇夜の中、その表情は副官には伝わらない。

(´<_` )「結果の出る前に、あれこれと推測を口にすることは控えてもらおうか。
      それで、君はいますぐ郊外のニューソク軍営に帰り、
      フィレンクト将軍にこれまでの経緯を報告し、増援を要請してくれると、有難いんだがね」

「…はっ。了解しました、閣下」

 副官は再び無機質な声色に戻り、手綱を引いて、街路を来た道どおりに駆け戻っていった。
171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:02:05.46 ID:BFMwKfpLP

(´<_` )「…ふん」

 誤算だった。
 まさか、こんな時間の、こんな人気の無い街路に、
 アーネム側の人間が、明かりも持たずに一人、歩いているのに出くわすとは。

 クーはこのまま、藪の中を逃げ回りながらも屋敷に逃げ帰り、邸内の人間に急を知らせるだろう。

(´<_` )(声の場所からして、やつらはもう、公邸に着くころだろう)

 その考えの正しさを証明するように、総督の公邸の方角から、遠くマスケット銃の音が聞こえてきた。

 少し間を置いて、夜空に赤色の信号弾が打ちあがり、続いて太鼓を連打する音。
 総督警備に当たっている海兵隊の部隊に、非常呼集を告げる警報だ。

 二、三発の遠い銃声に続いて、ぱらぱらと続けざまの銃声と、人間の叫び声が聞こえる。
 公邸の守備隊と、クーを追っていったニューソク近衛兵との間で、小競り合いが起きているのだろう。

 タンブルストンは、唇を噛んだ。

173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:04:21.39 ID:BFMwKfpLP

 公邸の守備兵は、完全軍装を整えた海兵隊員だ。
 いっぽうタンブルストンが連れてきたニューソク近衛兵は、軍装を整えさせる時間の余裕がなかったために、
 全員がピストルが一丁にサーベルが一振りだけの、軽装だ。

 正面きっての戦闘を戦っては、勝ち目はない。
 奇襲の機会が失われた今、公邸の守備兵と戦って、アーネムをもぎ取ることは難しい。

(´<_` )(もはや、騎馬の奇襲で兄者を捕らえることは、不可能だろうな)



 馬が、乗り手の苛立ちを感じて、力強く鼻を鳴らした。
 タンブルストンは、知らず手綱を握る右手に力が入っていた。

 そして、ひとり低く、呟いた。

(´<_` )「クー。やはり、殺しておくべきだった。
      そう、私は、
      …私は最初に出会った時から、あの女の存在は気に入らなかったのだ」

175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:06:24.91 ID:BFMwKfpLP
六.


 公邸の方角では、銃声が一段と激しさを増している。

 総督の公邸があるあたりの夜空が、ぼうっと赤く浮かび上がり始めている。
 防御の海兵隊員が、闇夜の襲撃軍の姿を照らし出そうと、
 ありとあらゆる可燃物に火をつけて、石畳に放り出しているのだろう。


 タンブルストンは、近衛騎兵たちが残していった十数騎の空馬に囲まれて、
 闇夜の中に一騎立ち、あれこれと、思案を巡らせていた。


 遠くで戦闘が行われているにも関わらず、この場所は、静かだった。
 深い森にあたりを囲まれ、深夜の通りを行く影もなく、タンブルストンは、ただ一人だった。

177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:09:39.23 ID:BFMwKfpLP

 ふと、背後に気配を感じた。
 タンブルストンは何気なく、馬上にて振り返った。

 何も見えない。

 あたりは闇だった。
 かろうじて街路の幅がわかる程度の星明かりしかなかったのだ。

(´<_` )(…気のせいか?)


 だが、その闇の中には、何かがいた。

 タンブルストンは逡巡の後、馬の鞍にかけていた遮光したカンテラを持ち上げ、その覆いを取り除けた。
 船用蝋燭のぼんやりした明かりが、手近な舗装路を照らし出す。


 いた。

 いままでどうやって潜んでいたものか、また、一体いつのまに姿を現していたのか。
 タンブルストンの馬からわずか数メートルほどしか離れていない場所に、
 すっぽりと黒いフードをかぶって、闇に溶け込んでいた人物がいた。 

( ・∀・)「やあ。ごきげんよう、タンブルストン卿」

 カンテラに照らされわずかに浮かび上がった口元が、言葉を発した。

179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:11:19.91 ID:BFMwKfpLP

 牧師モララー。タンブルストンはこの男を知っている。
 確か、聖職者であり、査問会のメンバーであり、

 …そして、ニューソク国王直属の秘密組織の工作員。

 出合って、あまり愉快だとは思わない相手だ。

(´<_` )「何しに来た」

( ・∀・)「何しに来た? ご挨拶ですなあ。私はようやくあなたに親しみを覚え始めているというのに。
      あなたの行動は、すべて見させて頂いてるんですよ」

(´<_` )「なに?
      …私の後を付回していたのか?」

( ・∀・)「付回して、なんてとんでもない!
      それはただ、あなたが、私の前をずっと歩いていただけのことですよ」

(´<_` )「ふん」

 タンブルストンは上唇を上げ、怒りの中に、軽蔑の表情を浮かべる。

(´<_` )「くだらん言葉遊びを。結局は私を尾行していたんだろう。
      用が無いなら、以後、そうした行為は謹んでもらいたいものだ、牧師」

 後を付回されていた怒りが、タンブルストンの声を、わずかに震えさせていた。

181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:14:04.50 ID:BFMwKfpLP

( ・∀・)「いやあ、そう言われてもね。用ならあるんですよ」

 黒衣の人物は、その全身を覆うマントの内側で、なにやらもそもそと懐をまさぐっている様子を見せる。

( ・∀・)「ああ、あったあった。これです」

 モララーは、懐から、帆布で包まれた書類のようなものを取り出した。
 包みの外見に、タンブルストンは見覚えがあった。

( ・∀・)「はいこれ。恩赦ワラントですよ。
      あなたの罪を赦す、国王直筆のね」

 モララーはその包みを、すっ、と馬上のタンブルストンに差し出した。

( ・∀・)「近衛師団入隊おめでとうございます、タンブルストン卿。
      あなたの行動はすべて見させて頂きました。いやあ、アーネム逮捕を本当に試みるとは。
      どうやらあなたは本心から、国王の錦の御旗のもとにニューソクに帰参し、
      栄光ある近衛師団の一員として活躍する心積もりができているようだ。
      となれば、あなたは今や、これを受け取る資格がある」

183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:16:10.11 ID:BFMwKfpLP

 タンブルストンとモララーは、しばし、闇をはさんで、にらみ合った。

 やがてタンブルストンは二、三歩馬を進めると、
 モララーの手から、恩赦ワラントの入った包みを受け取った。

 モララーは、満足そうに深くうなずいた。

( ・∀・)「大切になさるがよい。
      その包みは、罪深いあなたと、あなたの未来を救うために、唯一残された道なのですから」

 タンブルストンは受け取った帆布の包みを解き、中に入っていた書類を取り出して、
 カンテラの明かりにかざして、そこに書かれている文字を目で追った。

 その書類は、たしかにいつか、査問の行われた軍営の廊下で、モララーが見せたものと同じだった。
 恩赦、という文言が明記され、国王の署名と印蝋もついている。
 ニューソク王国の正規の書類だ。

 ふう、と、タンブルストンは息をついた。

 書類の向こうに、モララーの、いかにも嬉しそうなにやにや顔が見える。
 タンブルストンほどの高名で、そして美しく実力のある士官を、
 王の威を借りてとはいえ、自分の計略どおりに屈服させたことが、よほど嬉しいのだろう。

 下衆な笑いだ。

 タンブルストンはそう思い、そして、ある種の嫌悪感を抱いた。

185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:18:36.17 ID:BFMwKfpLP

 その嫌悪感は、モララーに対して抱いたのだろうか。
 それとも、何か他のもの――例えば、今ここで義兄アーネムの意向に逆らい、
 ニューソク王国の手先となって彼の身柄を略取せんと図っている自分自身――に対して抱いたものか、
 それはわからない。

 ただ、嫌悪感は、彼自らの中に激しい怒りを呼んだ。

(´<_` )「救う?」

 タンブルストンは、ワラントを持った自らの手を、わずかに下に下げた。
 最上級の羊皮紙、王室のみが使用をゆるされたその紙の先端が、カンテラの中で燃えるろうそくの炎に、触れた。

(´<_` )「…こんなものは」

 油分を含んだ羊皮紙は、よく燃えた。
 たちまち炎は紙全体にまわり、一瞬、タンブルストンの顔が、明るく照らされた。

 そして、国王直筆のサインの入ったニューソク王国の正規書類は、みるみるうちにその姿を変えていった。

(´<_` )「何も救いはしない」

 それが燃え尽きる寸前、タンブルストンは、火のついた紙をつまんでいた指を離した。

 ひらひらと舞う焦げた燃えさしと、うっすらとたなびく青白い煙の向こうに、
 強い驚きに目を見開いているモララーの姿が、見えた。

190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:21:01.58 ID:BFMwKfpLP

 ふたたび、夜の街路に沈黙が訪れた。
 沈黙。そして緊張。


 やがてモララーが、震える声で口火を切った。

( ・∀・)「…国王の名の入ったワラントを燃やすとは。
      あなたのなさったことは、国王の名を汚す行為ですぞ」

 タンブルストンはそれには答えなかった。ただ、肩をわずかにすぼめ上げた。
 そして馬を進め、立ちすくむモララーの脇を通り、街路を歩み去ろうとした。

 瞬間、モララーは心がざわつくのを感じた。

( ・∀・)(ボクの言葉を、無視だと?)


 モララーはこれまでの人生の大半を、裏の世界の人間として生きてきた。
 支配することに慣れていても、侮蔑されることには慣れていなかった。
 力だけが物をいう世界で生きていくためには、侮辱を放置することは、ありえなかった。

( ・∀・)「おい。ボクをバカにするのか?」

 苛立ちを隠そうともせずに、モララーはタンブルストンの背中に、言葉を投げかけた。

 やはり、答えは無かった。

192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:24:05.98 ID:BFMwKfpLP

 モララーはふたたび懐をまさぐり、今度は、黒光りする鉄の塊を取り出した。
 なめらかな金属の表面に、星明りがきらりと反射した。

 手に持っているのは、この時代に発明されたばかりの、最新鋭の武器。
 回転式の弾倉を備えた、六連発の、リボルバー拳銃だ。

 その銃口を、数フィート向こうの離れていくタンブルストンの背中に向け、狙いをつけると、


 ……モララーは思い切り良く、引き金を引いた。


 はじいたような鋭い銃声が、夜の街路にこだました。

196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:27:35.53 ID:BFMwKfpLP

 タンブルストンの馬が歩みを止めていた。


 撃ち抜かれた右肩の肩章は、まだ、宙を舞っていた。
 金モールがカンテラの光を受けて、きらきらと輝きながら、石畳に落ちた。


 タンブルストンは、ゆっくりとモララーのほうを振り返った。

( ・∀・)「タンブルストン卿。あなたを逮捕します」

(´<_` )「…ほう?」

( ・∀・)「国王に対する反逆の意思あり。不敬罪です」

 モララーは、まだ煙の上がる銃口を、今度はぴたりとタンブルストンの頭に向けていた。

( ・∀・)「残念でしたね。あなたを法的に守る国王の恩赦ワラントは、もう、無いのですよ?」

 照星にタンブルストンの頭を重ね、銃の狙いをつけながら、
 勝ち誇ったような笑みを浮かべて、モララーは言った。

198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:31:37.70 ID:BFMwKfpLP

(´<_` )「国王の赦免は、私には必要無い」

( ・∀・)「そうかな?
      死刑を宣告され、絞首台の上に立たされてから慈悲を乞うても、それではもう、遅いのですよ?
      さあ。今ならまだ、国王陛下の慈悲におすがりすることも、不可能ではないかもしれませんよ?」

 モララーはにやり、と嫌らしい笑みを浮かべると、

( ・∀・)「跪け、タンブルストン! ボクの足元にな!」

 銃をタンブルストンのほうに突き出し、そう、叫んだ。



 タンブルストンは嘆息した。

(´<_` )「もうすぐ交代する王から慈悲を頂いても、それは、何の助けにもなるまい」

( ・∀・)「なに?」

 モララーはタンブルストンの言葉を、咄嗟には理解できなかった。

 もうすぐ交代する? 何を言っているんだ?
 国王は健康だ。交代の予定も無い。
 王の交代など、しばらくは起こりえないだろう。ラウンジ国のように、革命軍にギロチンにかけられない限り…


 革命でも、起こらないかぎり……?

203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:33:15.64 ID:BFMwKfpLP

 何かのパズルが、モララーの中で組みあがった。
 そして王弟アーネムと、この国王に反抗的な義弟タンブルストンが、
 植民地戦争で鍛え上げられた軍隊と共に本国ニューソクへ帰ることの意味について、
 モララーはここでようやく、思い至った。

 モララーの脳裏に、次々とすばやく、映像が浮かんだ。

 ニューソク本国の沿岸に上陸するアーネム軍。
 首都に進撃するタンブルストン。
 会戦に敗れ、敗走する国王側の軍隊。

 そして、ギロチン台の置かれた広場に引き出される、国王ロマネスク二世……。



 モララーの眉が釣り上がった。




 そして、時をおかず、二発目の銃声が、石畳に響いた。

205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:36:20.53 ID:BFMwKfpLP

 驚きの表情を顔に貼り付けたモララー。
 騎兵銃を構えているタンブルストン。

 二人が向け合っている銃口のうち、
 いま煙が上がっているのは、タンブルストンが構えている騎兵銃のほうだった。


 モララーの黒衣の足元に、黒い水溜りが急速に広がっていた。

 がくがくと震える足でしばらくは立っていたが、
 やがて、彼は力なく崩れ、そして、前のめりに倒れた。


 ばしゃっ、と、血溜りの中に、モララーの体は崩折れた。
209 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:38:49.13 ID:BFMwKfpLP

 タンブルストンはしばらく、銃を構えたまま、倒れたモララーの姿をじっと観察していた。
 司祭の黒衣に包まれた体は、もう、動かなかった。



 いつのまにか、遠くの総督公邸での戦闘騒音も収まっていた。
 あたりには再び、闇と静寂が戻っていた。


 タンブルストンは腕をあおり、騎兵銃を器用に半回転させて、馬の鞍に付けられた鞘に収めた。

(´<_` )「…よい夜を、司祭。
      あなたがたの時代は、終わったのだ」

 馬の足元、血溜りの中に伸びているモララーを眺め下ろして、タンブストンはそう、小さく呟いた。

214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:42:12.82 ID:BFMwKfpLP
 背後の茂みから、騒々しい物音が近づいてきた。
 クーを追いかけていった近衛兵たちが、その任務を果たせず、戻ってきたのだ。

 彼らは一人、また一人と、藪の中から街路へと飛び出してくる。

 最初に街路に出てきた騎兵中尉が、石畳の上に伸びている黒衣の死体に気づき、妙な声を上げた。

「こ、これは…?」

 騎兵中尉は、路面の死体と馬上のタンブルストンを見比べた。

(´<_` )「なんでもない。それより、お前達のほうはどうなったんだ?
      先任者は誰だ? 報告しろ」

「は、はっ、閣下」

 有無を言わせぬタンブルストンの声に気圧され、
 一人の中年の近衛兵が、兜の白い羽根飾りをゆらせながら、進み出た。

「我々はあの逃げた女を追って藪の中を駆けました。
 女は総督の公邸に逃げ込みました。それであの女、猿みたいにすばしっこくて。
 公邸の外壁を、まるではしごでも上っているみたいに、するすると登って行ったんです。
 垂直で足がかりもない建物の壁を、ですよ。
 女は三階の窓から建物の中に入りました」

 三階の窓。タンブルストンは知っている。
 そこは、アーネムの部屋だ。

「我々は女を追って公邸に入ろうとしましたが、その時、守備兵の太鼓の音がして、警報が発せられました。
 公邸の警備兵が続々中庭に集まって、我々は彼らと交戦しました」
215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:44:44.01 ID:BFMwKfpLP

「銃撃戦が膠着してきた頃、何騎かの騎馬が、裏口から抜け出して駆け去るのが見えました」

 やはりか。
 予想はしていたものの、やはりタンブルストンは心の中で舌打ちをした。
 その数騎の中には、アーネムも含まれていたのだろう。

 逃げ出した方角が裏口というのなら、彼らはおそらく、市内にある植民地軍の駐屯地に向かったのだ。

 植民地軍はアーネムの味方だ。
 アーネムは自分を守ってくれる軍隊の中に、まんまと逃げ込んだのだ。

(´<_` )(網中の大鵬を、逃がしたか…)

 なおも報告を続ける近衛兵の言葉を、タンブルストンは手で遮った。
 そして近衛兵たちに、着いてくるよう身振りで指示を出した。

(´<_` )「さて、帰るぞ。これ以上ここにいても仕方が無い」

「はっ、閣下」

 タンブルストンは馬の向きを変え、駆け始めた。
 近衛兵たちは次々に、乗り捨ててあった自分の馬にまたがると、タンブルストンの後を追った。

219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/25(火) 23:46:24.91 ID:BFMwKfpLP

(´<_` )(逃がしてしまった。兄者はいまや、植民地軍に守られている。
      こうなっては、平和的な手段で兄者を連れ出すことは、もはや不可能だろう)

 戦争。
 その予感が、タンブルストンの考えの大部分を占めていた。

 アーネムを本国に連れ帰り、自分の計画――革命、それにアーネム戴冠――を実現するためには、
 もはや、本国軍を動かして、植民地軍を打ち破るしか方法はない。

 それは、同じニューソク人同士が銃を向け合い、血を流し合う、悲惨なものになるだろう。
 だが。


(´<_` )(だが俺は、兄者をニューソクに連れ帰らねばならんのだ)


 それが、義弟としての自分の義務だ。
 間違いを犯そうとしている兄を諌める、よき弟であるための、たった一つの方策なのだ。


 闇夜の中を、タンブルストンは駆けていた。
 ニューソク本国軍の軍営地へと向かって。



第二十四話 ここまで―――

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