- 131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:21:26.16 ID:K2tGYj2O0
- 四.
陸軍士官は、砲撃で崩れかけた通路を駆けた。
激しい戦いの爪あとが、公邸のいたるところに残されている。
タンブルストンの命令に、彼は困惑していた。
降伏の意思を明らかにしている兵士を殺すことは、はたして国際法上許されることなのか。
士官学校時代に習った条文を思い返しながら、彼は考えあぐねていた。
が――。
彼の心配は、結局、杞憂に終わった。
タンブルストンの命令を実行することは、もはやできなかったのだ。
陸軍士官が捕虜たちのもとに帰り着いたとき、
ブラゲ人捕虜は、全員が、一人残らず命を奪われていた。
- 133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:24:16.56 ID:K2tGYj2O0
時間はすこし遡る。
降伏したブラゲ人親衛隊は、武装をすべて解かれたあと、公邸の中庭に集められた。
数十人ほどの捕虜たちは、疲れきった表情で庭の真ん中に固まって座った。
中庭のまわりを、ニューソク人の一隊が囲んでいた。
彼らはいかめしく銃を構え、捕虜たちに油断の無い目を投げかけて、監視していた。
そこに、解放された奴隷たちが、なだれ込んで来たのである。
暴徒と化した反乱奴隷を押しとどめることは、誰にもできなかった。
周りを警護していたニューソク兵ですら、身の危険を感じて、逃げるようにその場を立ち去った。
大通りからあふれ込んでくる褐色の暴徒たちによって、公邸の中庭は埋め尽くされた。
ぐるりと回りを囲まれたブラゲ親衛隊員は、背中合わせに小さく一箇所に寄り集まって、震え上がった。
- 136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:26:18.37 ID:K2tGYj2O0
捕虜の輪の中から隊長らしきブラゲ人が立ち上がり、解放奴隷たちに何かを言おうとした。
しかし、彼は口を開く前に、その綺麗な金髪を褐色の手で掴まれて、
中庭の壁際に引き立てられ、めったやたらに殴られて殺された。
ブラゲ隊長の血を見た解放奴隷たちは、それで一気に殺気立った。
棍棒や包丁を振り上げて、捕虜たちの輪に四方から殺到した。
「おねがいだ、許してくれ!」
「俺達は降伏したんだ!」
親衛隊は口々にブラゲ語で叫んだが、それは無駄な労力だった。
狂ったように笑いながら原住民たちは捕虜に襲い掛かり、そして、虐殺した。
棒くいで殴り、枝きり鋏で斬り、三つ叉の鋤で突き、鉛の配水管で脳天を打ち、包丁で喉をえぐった。
奴隷たちには男も女も、老いも若いもいたが、みな同じようにブラゲ人を殺した。
恨みと怒りに燃える瞳の色は、同じだった。
- 139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:29:31.72 ID:K2tGYj2O0
いたるところで、同じような破局が訪れていた。
ブラゲタウンは滅亡の時を迎えていた。
暴徒と化した奴隷たち。
彼らを制御するものは、もう何もなかった。
長年にわたって積み上げられてきた恨みは、
彼らを血と破壊の飽くなき欲望へと駆り立てた。
奴隷たちにとっては、軍人も民間人も関係がなかった。
何であれブラゲタウンの建物ならば彼らの破壊の対象となったし、
誰であれブラゲ人であれば、彼らの殺戮の対象となった。
街中のあらゆるところに、復讐心に燃え、血の色に狂った褐色の集団の姿があった。
彼らの一団は、きまって火のついた松明を持っていた。
破壊の終わった建物には、その松明を投げ込んで、放火するのだ。
- 141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:32:43.86 ID:K2tGYj2O0
怒り狂った人海が都市を蹂躙していった。
ブラゲ人の民間人たちはそれぞれの隠れ場所――それは台所の戸棚の中だったり、
居間のソファの後ろだったりしたが――から丹念に探し出され、引きずり出され、
そして、捕まった白人は、あらゆる残忍な方法で殺された。
だがもし仮に、殺気だった原住民から隠れおおせたとしても、
それで幸運だった、というわけにはいかない。
彼らはきまって、家屋を立ち去る時には火を放ったのだ。
そうなると、隠れおおせるというのは、棍棒で死ぬか、焼かれて死ぬかの選択でしかない。
街路には死体が溢れていた。
エプロン姿の太ったブラゲ人のおかみさんが腹を刺され、白い脂肪を飛び出させて倒れている。
白くて高いパン屋の帽子を被ったひげ面のおっさんが、割れた頭から血と脳を垂らしている。
その脇を、褐色の裸足が駆け抜けていく。
街のあちこちで火の手があがっていた。
早くから反乱の始まっていた街区では、火はもはや大火事といっていい状態を作っていた。
昼だというのに、天を分厚く黒い煙が覆い、太陽は途切れがちだった。
- 144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:34:53.77 ID:K2tGYj2O0
生き残ったブラゲ市民は、街の中央にある大聖堂に立てこもっていた。
立錐の余地もないほどぎゅうぎゅう詰めの聖堂の中は、人いきれで不快なほど蒸し暑かった。
無数の赤ん坊の泣き叫ぶ声が高い天井に反響し、人々のいらいらと絶望感をますます煽った。
そして、死神の大鎌が、この最後の安全な聖地に、いよいよ振り下ろされようとしていた。
ぴたりと閉じられ、閂の下ろされた、大聖堂の重厚な両開きドア。
その向こうに、声高に叫び交わす現地語が、しだいに大きく、数多くなっていった。
ドンドンとドアを叩く拳の音、ひときわ大きな体当たりの音。
立てこもるブラゲ人は、いよいよ自分の人生に最後のときが来た、と悟り、震え上がった。
反乱奴隷たちは、この大聖堂の中にブラゲ人という獲物がどっさりと立てこもっていることを、
確実に知っている。
いくらもたたないうちに、ドアにすさまじい衝撃音が響き渡った。続いて二度、三度。
外ではドアを突き破るため、丸太を持ち出してきたのだろう。
こうなったら、もうドアが攻撃に耐えられる望みは無い。
- 147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:38:16.80 ID:K2tGYj2O0
何度目かの衝撃ののち、ついに大聖堂のドアが破られた。
悲鳴と怒号が交錯し、錯乱した原住民が、
ドアの下敷きになった人間を踏み越えて大聖堂に雪崩れ込んだ。
機械仕掛けの大聖堂の時計が四時の鐘を打つ前に、殺戮の音は止んでいた。
大聖堂の床は、折り重なったブラゲ人で見えなくなっていた。
血が、開け放たれたドアから流れ出し、通りにまで川を作っていた。
神の恩寵を失ったブラゲタウンに、大聖堂の鐘の音が、おごそかに時を告げた。
ブラゲタウンには終焉が訪れていた。
火と煙は街中にもうもうと立込め、一寸先も見えないほどだった。
そして、住民のすべてを朱に染めようと、褐色の肌をした残忍な虐殺者の集団が、
あらゆる街路、あらゆる建物の中を、ぎらつく目を四方に配って走り回っていた。
- 150 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:40:32.00 ID:K2tGYj2O0
- 五.
街角の小さな教会の前で、一人の神父が倒れている石畳に、血文字が残されていた。
死んだ神父は教養人らしく、文字はラテン語で綴られていた。
「神よ、なぜ我々を見捨てたもうたのか」
十字架上のキリストの、最後の言葉を模したものだった。
川 ゚ -゚)「…何だこれ。ブラゲ語かなあ」
クーは屈んでいた血文字のそばから立ち上がった。
彼女にラテン語の知識は無かった。
ニューソク軍には、全軍に退避命令が出ていた。
ぐずぐず留まっていては市内の火災に巻き込まれる恐れがあったからだ。
クーは部下のマスケット銃士隊とはぐれてしまい、いまは一人で行動していた。
彼女の部隊は大乱戦にまきこまれ、部下はちりぢりになって、
それぞれの兵士がどこか知らない陸軍部隊と共に戦い、行動しているようだった。
- 153 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:44:20.79 ID:K2tGYj2O0
長く続いたブラゲタウン攻略戦の戦闘も、今ではほぼ全てが終わっていた。
市街地から聞こえてくる銃声は、まばらなものだった。
死体の溢れるブラゲタウンの街路を、クーは駆けていた。
大城門までは距離がある。この街は広い。
急がないと、撤退命令に間に合わない。
ある四つ角を曲がったとき、クーはぎょっとしたように立ち止まった。
彼女が行きかけたのは、高等法院前の大通りである。
ブラゲ・ニューソク間の最後の大激戦が行われた場所だ。
川;゚ -゚)(何だ、ここ…)
死体置き場にも、これほど多くの死体はあるまい。
赤服の死体、黄色いブラゲ近衛兵の死体、ドラグーンの死体、彼の馬の死体。
人、馬、そして捨てられた銃、折れた剣、転がったファルコネット砲。
それらすべてが、赤黒い血の海の中に、漂っていた。
- 157 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:47:14.06 ID:K2tGYj2O0
おぞましい光景に対してすこしは耐性のできつつあったクーも、
この場所のすさまじい破壊と殺戮の跡には、さすがに戦慄した。
貼り付けられたように、視線は死体たちの間を漂った。
ふと、クーは街路の脇、とあるアパートの低い階段に目が行った。
白い石段に腰掛けて、金髪の女が顔を伏せている。
死体のように動かないが、その姿には見覚えがあった。
クーは階段に駆け寄った。
がしゃがしゃという、自分に近づいてくる装具の音に、女は青白い顔を上げた。
川 ゚ -゚)(あっ、動いた。まだ生きてた)
思ったとおり、それはやはり、ツンだった。
クーはうずくまるツンの前に立った。
ツンは脇腹や肩などを三箇所、刺されていた。
右脇を赤く染め、流れ出た血が階段の片隅に血溜りを作っていた。
- 160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:49:30.84 ID:K2tGYj2O0
二人はしばらく、向かい合った。
川 ゚ -゚)「ツンさん…、でしょ?」
ツンは無言でクーを睨み返した。
川 ゚ -゚)「あの、戦いは終わったみたいだから、
あのあの、医者を呼ぼうか?」
ξ゚听)ξ「…いらん」
ツンは力無く言った。
脂汗の珠が、頬を伝った。
ξ゚听)ξ「腹をやられた。これでは助からん。どうせ、私は死ぬ。
まあ、しばらくは死ねんが――くっ!」
痛そうにツンは顔をしかめ、脇腹に手を当てた。
- 162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:52:02.83 ID:K2tGYj2O0
クーは痛がるツンの前でおろおろしていたが、
自分にできることは何も無いと気づくのに、そう時間はかからなかった。
わずかの時間、クーは逡巡した。
それから、士官服のポケットに手を入れて、一つの首飾りを取り出した。
川 ゚ -゚)「あの、ツンさん、もう渡せないかと思ってたんだけど。
こんな形でお会いするのは、あの、とても残念なんだけど、これ…」
クーが差し出した首飾りをいかがわしげに見ていたツン。
やがて、彼女の蒼い瞳が、衝撃に大きく見開かれると、
血にまみれた震える手を、銀の鎖にぶら下がったロケットへと、ゆっくり伸ばした。
ξ゚听)ξ「これは…」
クーは首飾りを離した。
差し伸べられたツンの手の中に、細い鎖がじゃりと落ち込んだ。
- 166 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:54:22.07 ID:K2tGYj2O0
ツンは震える手の中の首飾りを見つめていた。
ロケットの中身は、見るまでもなかった。
忘れようはずもない。
それは、最愛の夫ホライゾンが、いつも首から提げていた首飾りに違いなかった。
ξ゚听)ξ「…クー、って言ったかしら。
どうしてあなたが、これを?」
ツンは顔を上げて、クーに聞いた。
川 ゚ -゚)「あ、そ、それは…」
答えかけて、クーはためらって言い澱んだ。
この首飾りを手に入れたいきさつを説明しようとすれば、
どうしてもホライゾンの死について、触れざるを得なくなる。
たしかツンは、まだ夫ホライゾンの生死について、確たる情報を得ていないはずだった。
死に瀕したツンに、夫ホライゾンの確定した死を伝えることは、はたして良いことなのだろうか。
- 169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:56:31.01 ID:K2tGYj2O0
クーはしばらく口をもぐもぐさせていた。
ツンはそれを見て、ふっ、と表情を緩めた。
大人の女の、余裕のある美しい笑みが、とまどうクーをどきりとさせた。
ξ゚ー゚)ξ「優しいのね」
川;゚ -゚)「えっ、な、何が」
ξ゚ー゚)ξ「うそのつけない子。
私を傷つけないように、嘘をつこうとしたんでしょう?」
川;゚ -゚)(あう)
クーは真っ赤になって腕をばたばたさせたが、もう遅かった。
ξ゚ー゚)ξ「わかってるわよ。
海の上で一年半も行方不明だった人が、どうなったのかなんて、ね」
ツンは手に持った首飾りを、いとおしそうに胸に掻き抱いた。
最愛の夫ホライゾンの、遺品を。
- 172 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:59:31.72 ID:K2tGYj2O0
彼女の目から、一筋の細い涙が流れ出た。
が、その顔には、柔和な笑みが浮かんでいた。
ξ゚ー゚)ξ「やっと、見つけた」
そっと目を閉じて、彼女は呟いた。
いままでだって、眼を閉じれば、彼女のそばにはいつだってホライゾンがいた。
ただ、それに触れることができないという事実だけが、どうにも彼女の心を責めさいなんでいた。
彼女は胸に抱いた首飾りを、いつまでも愛おしそうに撫でていた。
今、ツンは、そのロケットの上に、夫ホライゾンの姿を思い描いていた。
どれくらいそうしていただろう。
炎の迫る音も、遠くに聞こえる恐ろしい銃声や悲鳴も、クーの耳には入ってこなかった。
ただ、目の前のツンの姿にだけ、彼女の目は張り付いていた。
やがてツンは、ゆっくりとその体を地面に横たえた。
ふらつく頭を支えていた最後の気力も尽きたのだ。
ツンはおだやかに、血の気の抜けた真っ白な顔を、石畳の上に傾けていった。
- 178 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:02:01.31 ID:K2tGYj2O0
体を横たえて休めると同時に、たえようもないほどの悲しみが一度にツンに襲い掛かった。
夫はもういないという事実が、いまようやく、実感となってツンの体を駆け抜けたのだ。
でも、あふれ出る涙の中で、彼女の心は温かかった。
ホライゾンの死の報を受けて、悲しみは深かったが、
一度でも心からの男の愛を受けた女は、孤独ではなかったのだ。
ツンの目が、クーに向いた。
クーはどきりとして、姿勢を正した。
ξ゚ー゚)ξ「首飾り、届けてくれてありがとう。優しい子。
ねえ、もう一つだけお願いしてもいいかしら」
川;゚ -゚)「あ、は、はい」
ツンは微笑んだ。そして、腰のベルトに挟んでいたピストルに手をかけた。
クーはどきどきして、その光景を眺めていた。
- 180 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:04:31.53 ID:K2tGYj2O0
ツンはピストルの銃身を持ち、握りをクーに向けて、差し出した。
ξ゚ー゚)ξ「…私を、夫のところに送って」
川 ゚ -゚)「えっ」
ξ゚ー゚)ξ「できれば、早くしてね。脇腹の傷は、とっても痛いから…」
クーは差し出されたピストルを手に取った。
そして、手の中の重たい装飾の施された武器と、横たわるツンとを、交互に見比べた。
ピストルには「ホライゾン」と飾り文字が掘り込まれていた。
彼女の夫の持ち物だったのだろうか、無骨な金銀細工の装飾がなされていた。
そして地面に横たわるツンは、豊かな、満ち足りた表情だった。
見たことも無いほど柔らかな微笑みで、彼女はクーのほうを眺めていた。
クーはピストルの銃口を、ツンの心臓に向けた。
顔に向けることは、どうしてもできなかった。
満足したように、ツンは両の瞳を、おだやかに閉じた。
それを合図に、クーはピストルの引き金を引いた。
最後の銃声が、長々とした残響音を伴って、高等法院前の大通りに響いた。
- 182 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:06:24.05 ID:K2tGYj2O0
- 六.
火災は市内の全域を覆いつくした。
ニューソク軍は、全軍がすでに市内から撤退していた。
彼らはブラゲタウンの城壁の外、広い砂糖農園にひとかたまりに集まって、
赤い舌に焼かれていく大都市を、なすすべもなく眺めていた。
解放奴隷たちがその後どうなったのか、知る者はいなかった。
城門はすでに焼け落ちた梁で埋まっていた。
炎を上げる木材で、全ての出入り口はいまや、塞がれていた。
元奴隷たちは、殺戮と報復の宴に熱中するあまり、
燃えさかる地獄の都市の中に取り残されてしまったのだ。
兵士たちはそう、噂しあった。
時折、火だるまになった原住民の元奴隷が城壁の上に姿を見せ、城外へと身を躍らせた。
彼らは生きる松明のように炎の尾をなびかせて宙をすべり、
そのまま下の地面へと、体を叩きつけられた。
飛び降りた者の誰一人として、生きているとは思えなかった。
- 185 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:08:46.62 ID:K2tGYj2O0
炎は風を呼び、夕方ごろには、台風のような暴風がブラゲタウン周辺に吹き荒れた。
空はいちめんの黒煙で覆われ、太陽は完全に隠されていた。
遠く街を焦がす炎だけが、暴力的にゆらめく光を、ニューソク兵たちに投げかけていた。
燃え盛る炎は黒雲を呼び、やがて、一帯は滝のような雨に包まれた。
市内のすべてを焼き尽くそうとしていた大火災も、
流れる川のような大粒の雨によって、一箇所、また一箇所と消し止められていったようだ。
ずぶぬれになって、ニューソク軍兵士たちは砂糖きび畑の間に立っていた。
彼らにはもう、やらねばならぬ任務も、また誰かのために何かできることもなかった。
ブラゲタウンはニューソク軍によって攻め落とされ、奴隷たちによって徹底的に破壊されて、
そして、彼らの放った炎によって焼き尽くされた。
すべてはもう、おしまいだった。
- 187 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:13:12.81 ID:K2tGYj2O0
- 七.
夜が来た。
空を覆う黒雲が過ぎ去った後の夜空には、丸い満月が高く上っていた。
アーネムとタンブルストンは、連れ立って夜の城内を歩いていた。
あたりを見渡して、アーネムは嘆息した。
ブラゲタウンは、もはや街ではなかった。
建物は崩れ、あらゆる木材は黒く焼けただれている。
街路樹はむざんに灰になり、焼け残りの根元だけがとがった杭のように立っている。
瓦礫の山となったブラゲタウン。
高い建物が崩れ去った街はばかに広く、見通しがよかった。
焼け残った大聖堂の一部と、石造りの一部の建物だけが、
ちりぢりにぽつん、ぽつんとかろうじて立っているのが、遠くに小さく見えた。
- 191 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:16:24.36 ID:K2tGYj2O0
辺りは不気味なほど静かだった。
犬の鳴き声も、鳥の羽音もなかった。
雨の後の街路を歩く、自分たちの靴が立てる水音だけが、二人の耳に届いていた。
アーネムは珍しくむっつりと考え込んでいた。
城門をくぐってから、彼は一言も口をきいていなかった。
青く幻想的な月が、天頂に浮かんでいた。
それがアーネムの物憂げな横顔にさして、彼の不機嫌そうな表情を照らし出していた。
ふと彼は、一本の街灯の前で足を止めた。
通り沿いには、焼け残った青銅の街灯が、亡霊のように立ち並んでいる。
炎にあぶられたそれは、熱によって金属の肌がまだら模様に変色している。
その街灯に、炭のように黒こげになった人間がぶら下がっていた。
人間は首に鎖をかけられ、街灯から吊るされて、振り子のように揺れていた。
太ったブラゲ人の中年の男のようだ。裕福な商人だったのだろうか。
吊るされた男の胸には、槍のように作られた大きな金属片が突き刺さっていた。
殺されてから吊るされたのか、それとも吊るされてから殺されたのか、それはわからなかった。
- 192 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:18:28.55 ID:K2tGYj2O0
(´<_` )「奴隷たちがやったんでしょうな」
タンブルストンが後ろから言った。
アーネムは振り返らず、ふたたび足を前に進めた。
( ´_ゝ`)「慈悲を乞う者がいれば、可能なかぎりそれを与えてやるのが、人の道ではないだろうか」
ぼそぼそと早口に、アーネムは言った。
聞き取りにくい小声だったが、あたりが静かなので、その言葉はタンブルストンの耳にも届いた。
(´<_` )「慈悲? ブラゲが奴隷たちに、どんな慈悲を示しましたか」
いつものようにタンブルストンの声は冷静で、冷酷だった。
口下手なアーネムは、それ以上は何も言えず、黙った。
ブラゲは奴隷たちにひどいことをした。
だから奴隷たちは、ブラゲに同じくらいひどいことをするのだ。
それはたしかに、筋の通る通理ではあった。
- 194 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:22:04.32 ID:K2tGYj2O0
歩きながらアーネムはなおも考えた。
ひどいことをされたから、ひどいことをやり返す。
それはたしかに正当な報復である。
頭では、わかる。
しかし、その結末は、いま目の前に広がっている、荒涼とした廃墟なのだ。
ここはかつて、新大陸一の人口と豊かさを誇る、宝石のような都市だったはずだ。
それが今や、動くものは一つもない、焼け焦げた瓦礫の山となっている。
彼には耐えられなかった。
あまたの人命が、ただむなしい怒りに駆り立てられて、徒に破滅へと駆け入っていくことが。
冷徹な思考と理論が示す「正解」と、
現実に自分の胸に沸き起こる感情とのギャップが、いま若い貴公子を責めさいなんでいた。
- 197 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:26:47.52 ID:K2tGYj2O0
二人は散策を続け、大聖堂の跡地に通りがかった。
梁を失って崩れ落ちた大聖堂。
祭壇にあったと思われる、磔になった十字架のイエス像だけが、
瓦礫の中に傾きつつも、高く突き出ている。
この瓦礫の下には無数のブラゲ人市民の死体があることを、二人は知っていた。
逃げ場を失った市民たちは、最後には大聖堂に集まって立てこもり、
そして、そこを反乱奴隷が襲ったのだ。
アーネムはキリスト像を見上げて、唇を噛んだ。
ブラゲ人たちは、熱心な旧教徒だった。
教皇庁とのつながりも深く、国民みなが礼拝を欠かさない、信心深い宗教国だった。
だが、そんな彼らですら、しかも神のお膝元である大聖堂の中でですら、
神は何人にも恩寵を垂れ給うことはなかったのか。
神の子はただ、祭壇の上から、市民に優しい視線を投げかけているだけだったのだ。
- 198 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:28:47.29 ID:K2tGYj2O0
アーネムは瓦礫の中にそびえ立つ十字架にむかって、歩いた。
自分でも何をするつもりなのかはわからなかった。
ただ、握り締めた拳は、怒りで震えていた。
十字架の前まで来ると、彼は足を止めた。
あたりは恐ろしいくらいに静かだ。
彼は、自分の背丈をはるかに越す位置に磔にされているキリストを、顔を上げて見上げた。
痩せて、苦悩を顔に浮かべた救い主が、茨の冠をかぶせられて、殺されている姿だ。
足元で、なにか声がした。
最初、アーネムは気づかなかった。
もう一度声がした時、彼は驚いて、自分の立っている場所から後ろへ飛びのいた。
そして、耳を済ませた。
聖像の下から声がする。
たしかに、誰かのすすり泣く声がある。
- 201 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:31:17.74 ID:K2tGYj2O0
アーネムははっとして、聖像の下の瓦礫に手をかけ、取り除け始めた。
白くやわらかい絹の手袋はたちまち破れて、薄い絹の切れ端が垂れ下がった。
彼はもどかしそうに両手の手袋を脱ぐと、ふたたび瓦礫を取り除ける作業を続けた。
(´<_` )「…兄者、どうしました」
( ´_ゝ`)「人がいる。声が聞こえた。この祭壇の下だ」
(´<_` )「えっ」
おどろいて駆け寄るタンブルストンに、アーネムはもどかしそうに答えた。
声は、イエス像の台座になっている、棺のような木の祭壇から聞こえているようだ。
彼は瓦礫を取り除け終わると、急いで祭壇の裏、聖具収納用の戸棚になっている部分を見た。
声は、まちがいなくそこから聞こえていた。
はやる気持ちをおさえ、アーネムは棚の扉を、慎重に開いた。
- 203 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:33:25.47 ID:K2tGYj2O0
中にいたのは、五歳ほどの男の子だった。
彼は真っ暗な戸棚の隅でおびえ、小さく固まって、すすり泣きの声を漏らしていた。
子供はブラゲ服を着ていた。
黄色と白のストライプの宮廷衣装で、相当に立派なものだ。
( ;ω;)「お、おじちゃんたち、だれだお」
子供はブラゲ語で言った。
泣きながらも、なんとか生まれに相応しい気丈な振る舞いをしようと、頑張っているようだった。
( ;ω;)「ママの家来かお? ぼ、僕は、ママのいいつけどおり、ちゃんと隠れてたお。
ママはどこだお? ママのところに、早くつれていってくれお」
アーネムは額に皺を寄せて、祭壇の中の子供を見つめていた。
これは一体、誰だ。私はこの子供をどう扱うべきなのだ…。
- 205 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:35:04.19 ID:K2tGYj2O0
小さな金属音が、アーネムの背後でした。
ピストルの撃鉄を起こす、それは聞き間違えようの無い音だった。
驚いてアーネムは振り返った。
タンブルストンが、銃口の象眼模様を、祭壇の中にいる子供に、ぴたりと向けていた。
(;´_ゝ`)「やめろ弟者、何をするんだ!」
アーネムは狼狽して叫んだ。
(´<_` )「兄者。私はこの子供を知っています」
( ´_ゝ`)「えっ」
(´<_` )「この子の名前は、ブーン・ホライゾン。ブラゲ総督ホライゾン氏の実子です。
私がブラゲタウンを訪問した際、奥方ツンより紹介を受けました」
語り続ける間にも、彼の構えた銃口は動かなかった。
- 210 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:39:10.07 ID:K2tGYj2O0
アーネムは立ち上がり、タンブルストンの手を押さえた。
( ´_ゝ`)「だめだ、こんな幼子を殺すな」
(´<_` )「この子供は総督の遺児です。
よって彼は、我々が今日ブラゲタウンを滅ぼしたことの恨みを、生涯忘れはしないでしょうな」
( ´_ゝ`)「そんなことはわかっている」
(´<_` )「分かっている? では、私がやろうとしていることを、なぜお止めになる。
生かしておけば、彼はいずれブラゲ国の中で高い地位を占める人間になる。
彼が軍勢と権力を手にした時は、復讐の嵐が、新大陸に吹き荒れるでしょうな。
我々のニューソクタウンに、かつてのブラゲタウンと同じ運命をたどらせようとして」
( ´_ゝ`)「だからといって…」
(´<_` )「手を離してください、兄者。これは国の為なのです」
( ´_ゝ`)「…銃をしまいたまえ。タンブルストン卿?」
アーネムはタンブルストンの目を見て、おだやかな声で、言った。
- 212 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:41:15.84 ID:K2tGYj2O0
二人はしばらくまんじりとも動かず、見詰め合った。
タンブルストンは何も言わなかった。
だが、アーネムの手に握られた彼の手は、震えていた。
二人きりの場で名前を呼ばれたのは、いつ以来のことだっただろう。
時間が経った。
やがて、タンブルストンはピストルをおろして、
アーネムに背を向け、毅然としてその場を歩み去っていった。
- 215 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 01:43:26.87 ID:K2tGYj2O0
崩れ残った聖堂の、静かでたおやかな青い光が、祭壇の前に立つアーネムを照らしていた。
瓦礫に投げかけられる細く長い人間の影は、もはや、彼一人のものだけになっていた。
彼は泣かなかった。
ただ、月明かりに照らされた青白い頬を、敢然と夜空に向けていた。
祭壇の隅ですすり泣いていたブーンが、もぞもぞと外に這い出して、瓦礫の中に立ち上がった。
アーネムはブーンに手を差し伸べた。
ブーンは素直に、その手を取った。そして、不安そうに、アーネムの顔を見上げた。
アーネムは何も言わず、ブーンの頭の上にそっと、優しく手を置いた。
第二十一話後編 ここまで―――
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