8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:18:09.36 ID:LuBUDGx70


 城門から駆け入ったクーは息を呑んだ。

 ブラゲタウンはやはり、都会だった。
 色とりどりのきらめきを放つ街の光景に、クーはしばし、足を止めた。





   川 ゚ -゚)は探しているようです  第二十一話

13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:22:43.21 ID:LuBUDGx70
一.


 五階建ての建物が、大通り沿いにずらりと立ち並んでいた。

 一階部分はだいたいが商店になっていて、
 こぎれいな飾り付けのされたウィンドーには、さまざまな商品が陳列されていた。

 青銅の街灯と街路樹が、石畳の中央通りに彩りを添えている。
 路上に放置された馬車は黒光りする外板と優美な装飾で飾られていて、
 歩道のところどころには、センスのいいレストランの黒板が立ててある。

 クーはマスケット銃を胸の前で抱えて、
 突如眼前に現れた、華やかな都会の光景に見入っていた。
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:27:48.49 ID:LuBUDGx70

 だがすぐに、たてつづけに聞こえてきた銃声が、クーを現実に引き戻した。

 あちこちで戦いが始まっているようだ。
 街の中心へと向かおうとするニューソク軍に、ブラゲが抵抗を始めたのだろう。

 銃声に混じって聞こえてくる叫び声はさまざまだった。
 ニューソク語の野太いもの。ブラゲ語の、特徴的な音が響くもの。
 そして、女の悲鳴も混じっているのは、
 一般市民もこの恐ろしい戦闘に巻き込まれているという証拠だった。

 民間人の被害。
 それは、市街戦の避けがたい悲劇だった。

 街、という場所は、本来は民間人が生活する場所である。
 そこで戦いが行われるということは、すなわち人々の平和な日常が、銃と剣によって中断され、
 数千人の軍靴によって踏みにじられることを意味していた。
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:31:13.37 ID:LuBUDGx70

 街の中では奴隷たちが叫び交わす声も多く聞かれた。
 はっきりと言葉を区切る彼らの声は、白人たちの使う言葉との違いが際立っていた。

 いろんな場所から奴隷たちの声が聞こえてくる。
 城壁での反乱が、市内にいた奴隷にも波及しているのだろうか、
 いまやブラゲタウン中の奴隷が一斉に反乱を起こしているようだ。


ζ(゚- ゚*ζ「行きましょう」

 後ろに控えていたデレが、クーに前進を促した。
 クーは銃を構えなおし、油断なく左右に目を配りながら、街路に歩みを進めた。

 ニューソク軍は進み続けていた。
 街の中央にある、行政の中心であるクックルの住処「総督の館」に向かって、
 抵抗するブラゲ軍と戦いつつ、彼らは一隊ごとに街路の辻から辻へと前進した。
21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:34:44.91 ID:LuBUDGx70

 三つほど辻を進んだところで、クーの銃士隊は、原住民の一団と出くわした。

 彼らの身なりは痛ましいものだった。
 ひと目見て、クーはその元奴隷たちに、同情の気持ちを覚えた。
 それは、ブラゲによる奴隷支配の苛烈さを物語るものだった。

 褐色の肌の彼らは、衣服すらろくに身に着けず、肌は鞭打ちの跡だらけ。
 体は痩せて、飢餓にでもあったみたいに、へんに腹だけが大きく出ていた。

 そして、彼らの手には、黒い鉄の手錠の輪がはまっていた。

 だが今では、支配と束縛の象徴である手錠は、その効力を失っていた。
 だれの物も、手錠の両腕を繋ぐ鎖が断ち切られて、
 鉄の輪から鎖の切れ端が所在なげにぶらぶらと垂れ下がっているのだ。

 彼らは今や、自由だった。
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:37:01.67 ID:LuBUDGx70

 怒りに燃えた反乱奴隷たちは、手に手に雑多な武器を取っていた。
 庭仕事の鉈や、台所の包丁、バールのようなもの、
 はては倒れたブラゲ兵から奪い取ったロングソードや、折れ曲がった銃に至るまで。

 彼らはニューソク軍の白人を見ても、それを襲おうとはしなかった。
 奴隷たちはニューソク軍を味方だと考えていた。
 共にブラゲと戦い、恨み重なるブラゲ人を殺す、仲間だと思っていた。

 奴隷たちは威勢よく現地語で呼び交わし、クーの銃士隊の前を走っていった。
 彼らはまるで訓練された軍隊のように、整然と秩序を持って行動していた。

川 ゚ -゚)「あいつら、いい動きするなあ」

 クーは驚きの気持ちで、褐色の元奴隷の集団を見ていた。

ζ(゚- ゚*ζ「当然です。彼らはもともと、誇り高い戦士たちです」

川 ゚ -゚)「あっそうか。
    ブラゲにとっ捕まる前は、彼らも部族の戦士だったんだな」


24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:39:28.33 ID:LuBUDGx70

 反乱奴隷の一団はしばらくまっすぐに走っていたが、
 次の四つ辻にくると、方向転換して、全員が右の通りへと駆け込んで行った。

 何が起こったのか不思議に思ったクーは、彼らの後を追った。
 そして、四つ辻まできたところで、右を見た。

川 ゚ -゚)(あっ、敵だ)

 道のはるか行く手に、ブラゲ人たちの小さな陣地があった。

 通りを塞ぐようにして膝くらいの高さの土嚢が積まれていて、
 その向こうに、マスケット銃を構えたブラゲ兵の一団がいるのが、小さく見えた。

 反乱奴隷たちは恨みに燃えた大声で雄たけびを上げると、
 一丸となってブラゲ人陣地に向かって突撃した。

 呼応するように土嚢を積んだブラゲ陣地から白煙と銃声があがり、
 何人かの原住民が倒れたが、彼らは仲間が銃弾に倒れても足を止めず、
 勇敢に前に駆け続けた。
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:41:36.64 ID:LuBUDGx70

 何か気になるものが見えたような気がして、
 クーは奴隷たちの肩越しに、遠くのブラゲ人陣地に目を凝らした。

 そしてすぐに、違和感の正体に気づいた。
 ブラゲ陣地、土嚢の真ん中あたりに、注意深く隠された小型の四ポンド砲があった。

 四ポンド砲は、砲としてはきわめて小さな部類に入るものだった。
 軍艦同士での戦いの場面なら、ほとんど気に留める必要も無いような貧弱な武器だっただろう。

 だが、クーの脳裏には、ある一つの悪夢のような光景が思い出されていた。

 ラフォーシェ平原での戦いのとき、ロマネスクの重砲が放った「散弾」が、
 迫り来る敵槍兵連隊に、どんな被害を与えていたか。
 装填された無数のマスケット銃の銃弾が、いかにしてやわらかい人間の体を切り裂いていくか…。

 迫り来る褐色の戦士たちを待ち受けているかのように、
 土嚢に隠された四ポンド砲とその周りのブラゲ人砲員たちは、不気味な沈黙を保っていた。
30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:44:26.29 ID:LuBUDGx70

 クーは口のまわりに手で囲いを作り、駆ける反乱奴隷たちに向かって叫んだ。

川 ゚ -゚)「おい、お前ら止まれ! 敵陣には砲があるぞ!!」

 だが、奴隷たちの足は止まらない。
 ブラゲへの恨みに燃える彼らは、クーの言葉が聞こえているのかいないのか、
 ただ敵愾心をむき出しにして、一心にブラゲ陣地へと駆けていく。

 クーはもう一度、走る原住民たちの背中に向かって怒鳴りかけた。

川;゚ -゚)「砲に正面から突っ込むな、バカ野郎! 散弾にやられるぞ!
     止まれ、距離をとって散開しろ!
     おい、聞こえないのか!!」

 彼女は必死に叫び続けたが、猛り狂った戦士たちは、クーを振り向きもしなかった。
 あるいは、クーのニューソク語を、誰も理解できていないのか…。

 五十メートルほどの距離で、ブラゲ陣地から、マスケット銃の応射がぴたりと止まった。
 指揮官が何かブラゲ語で叫ぶと、ざっ、と兵士たちは道路の両脇に寄って、真ん中を広く開けた。

 土嚢が崩された。
 黒光りする四ポンド砲が、迫り来る原住民たちに向かって、うつろな砲口をあらわにした。
 砲員が緊張した顔で、発射ロープの端を握っていた。
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:48:10.36 ID:LuBUDGx70

 突然、街路に女の叫び声が響き渡った。
 音楽のように抑揚のついた、奇妙な叫び声だった。

 クーの声に対しては全く無反応だった原住民たちだが、
 驚いたことにその不思議な声にはぴたりと足を止め、一斉に後ろを振り返った。

 クーの脇を、デレが駆け抜けた。

ζ(゚- ゚*ζ<・・  ・ ・・!!>

 クーにはわからない言葉で、デレは叫んだ。

 独特の発声法を使っているのだろうか、その声は裏声に近いようでいて、
 騒音の中でもよく通り、不思議な音色を持った、聞いたことも無いような音をしていた。
 言葉の意味はわからなくても、クーはその声に、指導者の風格を感じとることができた。

 原住民は、デレの言葉に従った。
 彼らは前に飛び込むようにして、次々に地面に身を伏せていった。
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:50:24.50 ID:LuBUDGx70

 次の瞬間、地面が震え、轟音が大通りを覆った。
 四ポンド砲が長い炎を吐き出して、無数のマスケット銃の鉛弾を撒き散らした。

 散弾は広がり、通りのすべてを埋め尽くし、襲い掛かった。
 道路わきの商店のショーウィンドウが、大砲の発射の衝撃で一斉に壊れた。
 石畳で舗装された道路を跳弾が飛び交い、超高速の鉛球が通り過ぎる音は弦楽器のようだった。

 伏せるのが遅れた不注意な奴隷は、その場で死んだ。

 死んだ者の中でも比較的幸運だったのは、全身に鉛の弾丸を受け、粉々に引き裂かれた者だ。
 彼の肉体は一瞬にして血の霧へと変化したために、苦痛らしい苦痛を感じることは無かったのだ。

 悲惨なのは、一発だけの弾丸を腹に受けた者だった。
 焼ける鉛弾に内臓をかき回され、恐ろしい苦しみを受けつつも、なかなか死に至ることはできないだろう。
 その場に倒れ、なすすべも無く、ただもがき続けることしかできないのだ。

 散弾によってアパートの高層階の壁面が削られ、ぱらぱら…と道路に土のかけらを撒き散らした。
 それらは立っている死者と、地面に横たわる生者の上に、均等に降り注いだ。


38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:52:20.32 ID:LuBUDGx70

 戦場の時間は止まらない。
 よく訓練されたブラゲ人砲員は素早く動き、四ポンド砲に次の散弾の装填を始めていた。
 ブラゲ指揮官はきびきびと矢継ぎ早に命令を出して、マスケット銃がふたたびその仕事を開始した。

 伏せて動かない褐色の原住民が、ブラゲ人銃士たちの格好の的になった。

ζ(゚- ゚*ζ<戦士たちよ、立て!>

 デレがマスケット銃を振り上げ、再び叫んだ。

ζ(゚- ゚*ζ<二手に分かれ、建物の中に入り、進め!>

 叫び、デレはショーウィンドーを壊されていたタバコ商の店先へと飛び込んだ。
 近くの奴隷たちはたがいに顔を見合わせたが、すぐにデレの後を追った。

 奴隷たちは二手に分かれた。
 通りの南側にいた奴隷は、デレと反対側の建物の中に入った。

 タバコ商の店に入った奴隷たちは、デレを先頭に、前へと進んだ。
 建物の部屋から部屋へ、勝手口から裏路地へ。
 扉を蹴破り、あるいは手にした鈍器で壁を打ち破りつつ、
 彼らは壁に守られた安全な建物の中を、ブラゲ人陣地に向かって一歩ずつ前進した。
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:55:08.75 ID:LuBUDGx70

 陣地に十メートルほどの距離に近づいたとき、反乱奴隷は建物を出て、
 陣地に立てこもるブラゲ人に襲い掛かった。

 原住民はとりどりの武器を振り上げ、ブラゲ人陣地になだれ込んだ。
 最初の棍棒の一撃が、土嚢ぎわでマスケット銃の装填をしていた若いブラゲ人の脳天を叩いた。
 鉄製の兜がひしゃげて、金属音が鳴り響いた。

 奴隷とブラゲ兵との白兵戦が始まったが、それは長くは続かなかった。
 数が、圧倒的に違った。

 デレが手にしていた武器は、銃剣を装備したマスケット銃だった。
 彼女は、血で足が滑って倒れているブラゲ人を見つけると、
 それに踊りかかって銃剣で胸を突き、背中まで刃先を貫通させた。
 ブラゲ人青年の、哀れでか細い悲鳴があがったが、デレは手を止めず、攻撃を続けた。

 悪鬼のような顔で、デレは刃を振るった。何度も何度も、青年の全身を執拗に刺した。
 胸に、腹に、心臓に、喉に、顔に。
 彼女は長く鋭い刃先を体に差し込んでは抜き、ブラゲ人青年が動かなくなるまでそれを繰り返した。

 その場にいた守備隊の三十人全員が死んでも、奴隷たちは、狂乱の騒ぎを止めなかった。
 長年の恨みを晴らすときは今とばかりに、
 彼らはブラゲ兵士たちの死体を相手に、儀式めいた攻撃を続けていた。

 元はブラゲ人の兵士たちだったはずの、今ではもうただの動かない三十個の肉塊が、
 熱狂する原住民たちによって、とりどりの鈍器や刃物によっていつまでも殴られたり、斬られたりしていた。
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 22:59:57.00 ID:LuBUDGx70
二.


 太陽がずいぶん西に傾いても、戦闘は終わる気配を見せなかった。

 激烈な市街戦は数時間に及んでいた。
 市内のあらゆる場所で、ニューソク軍とブラゲ軍、それから反乱奴隷たちは、戦った。

 ブラゲは勇敢に戦ったが、劣勢は、もはや覆いようもなかった。
 ブラゲ軍は、追い詰められていた。


 最後の激戦が、高等法院前の大通りで行われていた。
 そこは街の中央広場に通じる唯一の道であり、ブラゲタウン占領には欠くべからざる場所だ。

 この街路を守備しているのは、クックル直属の近衛兵連隊と、ツン率いるドラグーン隊。
 いずれもブラゲ軍の誇る、最後の精鋭部隊だ。


 石畳の街路をうまく利用して作られた急造のブラゲ軍防衛陣地に、
 これまでニューソク軍は四度突撃して、四度とも撃退されていた。

 陣地の土嚢の前には、赤い服を着た死体の山が築かれていた。
47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:02:12.60 ID:LuBUDGx70

 四度目の攻撃を撃退されてからは、にらみあいが続いていた。
 生半可な攻撃では突破できないと見たニューソク軍カラマロス大佐は、
 多くの友軍をこの大通りに終結させ、飽和攻撃で一気にかたをつけようと考えていた。


 ツンは面甲を上げて、砲煙と煤で黒くなった顔の中にぎらぎらと光る目を、
 辻の向こうに集結しつつあるニューソク軍に向けていた。

 総司令官クックルは、すでにこの世の人ではなかった。
 だから、この強力な防衛兵のすべてを指揮しているのは、ツンだった。

 ブラゲにとって、戦況は思わしくなかった。
 度重なるニューソク軍の勇敢な突撃の前に、精強なブラゲ近衛兵もドラグーンも、
 多くが傷つき、倒されていた。
 ツン自身も愛馬を敵弾で失い、今はこうして徒歩で指揮を執っている。

 手持ちのブラゲ軽砲は、すでに弾切れだった。
 補給のために弾薬倉庫に派遣した一隊は、いつまでたっても戻らない。
 市内のどこかで敵の攻撃を受けたか、あるいは、弾薬庫自体がすでに敵の手に落ちたか…。
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:04:18.18 ID:LuBUDGx70

 無数のブラゲ人負傷者が、建物の影でうめき声を上げていた。
 街のあらゆるところから、たなびく山彦のように戦闘騒音が上がっていた。

 ブラゲ兵士たちは、悲壮な決意を顔に浮かべていた。
 論理的に考えて、このブラゲタウンの陥落は時間の問題だろう。

 ニューソク軍にはまだまだ兵力に余裕がある。
 それに対し、ブラゲ軍は最高司令官を失い、市内に敵の侵入を許し、
 兵士のほとんどが既に倒されてしまっている。
 おまけに、最悪のタイミングでの、奴隷たちの大反乱だ。

 奴隷反乱。
 その言葉を思い返し、ツンは苦々しい思いで、歯噛みした。

 この反乱は、防ぐことのできた反乱だ。
 クックルの圧政はいつか重大な結果を招くだろう、と、ツンは何度、彼に進言していたことか。

 だが、それはもう過去の事だ。今さら言っても仕方が無い。
 クックルの横暴をとめることができなかったのは、自分の責任だ。彼女は思い直した。

 それで、心の中で彼女は、夫に頭を下げた。

ξ゚听)ξ(愛しいホライゾン。私は、貴方の理想を守り抜くことができなかった…)
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:06:21.44 ID:LuBUDGx70

 敗北が避けられない未来である以上、彼女に残された選択肢は、二つしかなかった。
 降伏の白旗を揚げてニューソクの慈悲を請うか、それとも抗戦してブラゲタウンと運命を共にするか、だ。

 問うまでもなかった。
 ツンの心は、最初から決まっていた。

 ツンにとってこのブラゲタウンは、夫ホライゾンとの、二人の生活の象徴だった。
 ここを捨てて降伏することなどありえない。
 たとえ自分が最後の一人のブラゲ兵になろうとも、彼女はこの街を守り抜き、そして死ぬつもりだった。

 敵を迎え撃つ準備はできていた。
 ツンの傍らには六丁のピストルが用意されていた。
 愛用の二丁に加えて、予備の四丁を加えて、脇の野戦テーブルに用意してあった。


 辻の向こうのニューソク軍の動きがあわただしくなった。

 赤い服を着た歩兵が隊列を組み、砲兵が装填を始めている。
 彼らは、いよいよ五度目の、ニューソク総力を挙げた突撃をかけるつもりなのだろう。


 ツンは右手を上げて、土嚢にとりついているブラゲ近衛兵に命令を発した。
 二列横隊の前列が膝をつき、敵の突撃に備えて、マスケット銃の銃口が持ち上げられた。


54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:08:00.15 ID:LuBUDGx70

 耳を聾する万歳が、赤服たちから沸き起こった。
 ニューソク国王を褒め称える三唱だ。
 続くカラマロス大佐の叫び声で、ニューソク軍の最後の突撃が始まった。

 吶喊の声を上げて、赤服たちは高等法院に殺到した。
 砲撃がレンガ作りの法院の三階部分を縦射し、ライフル銃を装備したブラゲ軍狙撃手を殺した。

 ブラゲ軍のマスケット銃一斉射撃の前でも、ニューソク軍の士気は衰えなかった。
 降り注ぐレンガの破片と、溢れる鬨の声の中、
 赤服の奔流は土嚢を乗り越えて、ブラゲ軍の最精鋭部隊が守備する陣地に襲い掛かった。

 そして、血みどろの白兵戦が始まった。

 カラマロス大佐は、こんどこそ一歩も引かない構えだった。
 どれだけ斬り死にの損害が出ようとも、彼は撤退命令を出すつもりは無かった。

 この白兵戦が終わる条件は、一つ。
 ニューソクかブラゲか、どちらかが全滅するときだ。
 彼はそう、決めていた。


55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:11:08.33 ID:LuBUDGx70

 両軍の兵士は入り乱れ、空間を刃の煌きが満たした。
 血走った目をして迫りくるニューソク軍の兵士をかいくぐり、ツンは咆哮した。
 両手のピストルを矢継ぎ早に手近な赤服に叩き込むと、その二丁を放り捨てて、新たな二丁を拾う。

 敵の銃弾がツンの鉄兜を掠めた。弾は跳弾し、兜の中に不快な金属音が鳴り響いた。
 変な形にゆがんでしまった兜を、ツンは思い切って脱ぎ捨てた。

 汗で額に張り付いた金髪。半開きにした赤い唇からせわしなく漏れる、荒い息。

 一人の赤服が目と歯をむきだしにして、長いマスケット銃をふりかぶり、ツンに駆け寄ってきた。
 赤服は何かを叫んでいた。
 神を侮辱する言葉に続いて、「死ね」というニューソク語が聞き取れた。

 ツンの唇に、笑みが漏れた。
 戦闘で高揚した気分が、彼女の脳を奇妙な冷静さへと導いていた。

ξ ー )ξ(はは。私を殺したいのか。
       ならば、早く殺してみろ)

 ツンは両手に持ったピストルを持ち上げて、彼の胸元に狙いをつけた。
 その目に映る周囲の景色はスローモーションのようだった。
 ゆっくりと突き出される銃剣、そして…

ξ゚听)ξ(…まぁ、容易い事ではないぞ!)

 ツンの手から伸びた二条の炎と弾丸が、彼の体の両胸を貫いて、後ろに跳ね飛ばさせていた。

59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:14:27.59 ID:LuBUDGx70

 周囲の光景がゆがんでいた。
 兵士たちが奇妙にゆっくりと動き、戦っていた。

 部下のドラグーンが次々に撃ち殺され、突き殺されていく。
 自分の周りのブラゲ人が、どんどんいなくなっていく。

 ツンは剣を抜いた。
 ピストルはあと二丁残っているが、乱戦になったときは、刃物のほうが戦いやすい。
 舞うように走り、ツンは赤服たちの中に斬りこんだ。

 戦いは続いた。
 ニューソク軍の数の前に、ブラゲの劣勢はもはや、どうしようもなかった。

 ツンは目の前で、ブラゲ最後の近衛兵が頭を撃ち抜かれ、射殺されるのを見た。
 黄色い服を着たブラゲ人は一瞬体をのけぞらし、サーベルを天に掲げる動作をしたが、
 すぐに彼は突き倒され、ニューソク兵の軍靴の下に飲み込まれた。

 これでもう、高等法院の前で立って戦っているブラゲ人は、ツンだけだった。

 赤い服を着たニューソク軍兵士が、蟻のようにツンを取り囲み、殺到した。
 最後に残された、彼らの敵に。
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:18:25.22 ID:LuBUDGx70

 サーベルを振るうツンは笑っていた。
 死に瀕した体が、無条件で作り出した微笑だった。

ξ ー )ξ(私は、あの人の街を守って、死ぬ)

 ツンの体はよどみなく動き続けた。
 疲れなどまるで感じないかのように、彼女のサーベルは舞っていた。

 ブラゲタウン――それは夫の作った街であり、夫との思い出そのもの。
 それを守るという、たった一つの願いに殉じることができた彼女。


 右手から袈裟に切り下ろし、ツンは手近にいた太った赤服の首筋を斬りつけた。
 サーベルは命中し、敵は噴き出した血に驚いて、甲高い声で一声叫んで飛びのいた。

 すぐにその後ろから、別の赤服が飛び出して、ツンに剣を向けてきた。
 ツンは素早い突きを繰り出して、攻撃をかけようとしてきた兵士を牽制した。 

 その時、一人のニューソク兵がタイミングよく後ろから突き出した銃剣が、
 冷たく鋭い鋼鉄の刃で、ツンの右脇腹をずぶり、とえぐり取った。

 ツンの目が、丸く見開かれた。
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:22:33.41 ID:LuBUDGx70
三.


 高等法院を制圧したニューソク軍は、休むことなく総督の公邸まで前進した。

 ここを守備しているのは、「親衛隊」と名づけられていた、クックルの私兵たちだった。
 親衛隊は、クックル政権のもと、
 統治の暗い側面――暗殺、諜報、秘密警察など――の役割を担ってきた者たちだ。

 主人であるクックルを失った今、親衛隊の兵士たちには、もう帰るところが無い。
 彼らは奴隷たちにはもちろんのこと、同胞のブラゲ市民にすら嫌われ、恨まれていたからだ。

 追い詰められた私兵たちは、頑強に、そして残忍に抵抗した。
 せめて自分たちの本部であった総督の公邸だけは守る、という決意をもって。

 ニューソク軍は苦戦した。
 邸宅の敷地は広く、中は複雑だった。

 建物内部の構造がわからないニューソク軍は、
 勝手知ったる親衛隊の待ち伏せ攻撃で、各所で多くの損害を出していた。
73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:25:31.82 ID:LuBUDGx70

 総督の公邸でニューソク軍の陣頭指揮を執っていたのは、
 アーネムとタンブルストンの二人だった。

 彼らは、多くの部下を失いつつも、着実に軍を進めていた。

 ニューソク軍は、屋上に設置されている旗台に向かって進んでいた。
 そこに掲げられているブラゲ国旗を降ろして、代わりに自分たちのニューソク旗を立てるためだ。

 赤服たちは、それぞれの隊ごとに、自分たちの国旗と隊旗を用意していた。
 どの隊も、自分たちが総督公邸の屋上にニューソク国旗を掲げる名誉を勝ち取ろうと、
 先を争って公邸の中を進み、敵と戦い続けていた。


 激戦に告ぐ激戦が、公邸の屋内で繰り広げられた。

 親衛隊の抵抗は強力で、しかも恐ろしいものだった。
 考えうるあらゆる手段を駆使して、親衛隊員は徹底的に抗戦を続けた。

 花瓶に油を満たし、即席の火炎瓶を作り、それを二階から大量に落とし、ニューソク兵を焼いた。
 廊下を走るニューソク兵に対し、壁一枚をまるまる爆薬でぶちぬいて、生き埋めにした。

 白昼の総督の公邸では、悲鳴と怒号、爆発音と剣戟の音が、絶えることなく響き続けていた。

77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:29:01.19 ID:LuBUDGx70

 だが、永劫に続くかと思われた炎と鋼鉄の儀式も、
 ニューソク軍の粘り強い攻撃の前に、少しずつ少しずつ、その勢いを弱めつつあった。


 そしてついに、赤服の一隊が、屋上のバルコニーに姿を見せた。

 彼らはわずかの交戦で屋上にいた数人の親衛隊を撃破すると、
 槍のように長く重いニューソク旗を持った旗手が、勇んで公邸の先端部の旗台に駆け寄った。


 だが、彼は旗台までもう少しというところで、胸から血を噴き出して、前のめりに倒れた。
 旗台の影に巧妙に隠れていた親衛隊員が、ピストルで赤服旗手の胸を撃ったのだ。


 赤服の分隊長が飛び出し、隠れていた親衛隊員を思い切り蹴飛ばして、地面に倒した。
 彼はそのまま、体を「く」の字に曲げた親衛隊員を、マスケット銃の銃尾で乱打した。
 あたりに血しぶきが飛び散り、親衛隊員の折れた歯がマスケット銃のオークの銃尾に突き刺さった。

 ぐんにゃりした親衛隊員のそばに、分隊長は自分の銃を投げ捨てた。
 そして、胸を撃たれた部下の旗手に駆け寄って、肩を貸して立たせた。


 部下は激痛に涙を流しながらも、かみ締めた歯をむき出して、一歩一歩、旗台に向かって足を進めた。
 左手は分隊長に持たれながら、右手にはしっかりとニューソク旗を握って離さなかった。

82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:32:35.34 ID:LuBUDGx70

 分隊長が旗台に駆け上り、翻る二本のブラゲ旗を引き裂いて、
 支え棒を台座から引き抜き、眼下の中央広場へと蹴り落とした。

 そして彼は脇にどき、部下の旗手に道を譲った。

 旗手はニューソク旗を杖にして、一歩一歩、旗台を上った。
 そして、国旗台の基部に、しっかりとニューソク国旗の太い柄を差し込み、固定した。

 彼はリボンを解いて、大きな国旗を引っ張って、広げた。

 風が吹いた。
 ブラゲタウン公邸の最上部に、青と赤の大きなニューソク旗が、風をはらみ、ひるがえった。


 脇では隊長が立っていた。不動の姿勢で、部下の旗手と国旗に向かって敬礼していた。
 中隊の兵士たちは、離れたところからその光景を見ていた。

 憑かれたように、誰もが無言だった。旗が風を打つ音だけが、ばたばたと聞こえた。


 そして旗手は、力尽きた。
 体が傾いて、はるか下に見える中央広場に向かって、彼は音も無く、屋上から姿を消した。
 

 彼のいた場所には、ただ、おびただしい血痕と、巻いたままの一本の中隊旗が残されていた。

86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:37:37.29 ID:LuBUDGx70

 総督の公邸にひるがえったニューソク旗。
 高い位置に立てられたそれは、市内のあらゆる場所から見ることができた。

 それは、この街の所有者が、ブラゲからニューソクに変わったことを知らせるものだった。
 さまざまな場所で戦っていた赤服たちが、それを見て一斉に歓声を上げたのだ。



 爆発のような大歓声を、アーネムとタンブルストンは公邸の一階、書斎のような部屋で聞いた。
 ちょうどそのとき、彼らはいまだ頑強に抵抗を続ける親衛隊の一隊と交戦していた。

 抗戦を続けていた親衛隊も、その大歓声にはさすがに動揺した。
 総督の公邸が陥落した今、彼らが戦いを続ける理由は、もはや何もなかった。


 タンブルストンの目の前で戦っていた親衛隊が、一人、また一人と背中を向けて逃げ始めた。
 どこへ逃げるというのか。当ては無いのだろうが、彼らはとにかく、逃げ始めた。
 潮が引くように戦闘の音は無くなっていき、総督の公邸の戦いは、終わった。

 外から聞こえる割れんばかりの万歳の声が窓ガラスを震わせている。
 タンブルストンは安堵のため息をついて、銃を床に立てた。


87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:39:42.30 ID:LuBUDGx70

 追撃の指示を下級指揮官に出して、タンブルストンは手近な椅子に、自らの体を投げた。
 アーネムも自らのサーベルを重厚な書き物机の上に置き、壁にもたれかかった。

 二人とも息が上がっていた。
 今の今まで、戦い続け、指揮の声を張り上げ続けてきたのだ。


(´<_` )「終わった、ようですね」

 激しい息の下、タンブルストンが言った。
 アーネムは顔を上げた。が、何か答えるほどの余力はなかった。


 しばらくたって、タンブルストンがまた言った。

(´<_` )「おめでとうございます。
      これで、新大陸のすべては、あなたのものになったのです」

( ´_ゝ`)「ああ、ありがとう…」

 アーネムはようやくそれだけを言って、また顔を苦しそうに下に向けた。

91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:42:22.06 ID:LuBUDGx70

 タンブルストンは腰の水筒を取り出して、コルクの蓋を開け、中身をあおった。
 口元をぬぐいながら、それをアーネムに差し出す。
 アーネムは奪うように水筒を受け取り、中身のぬるい水を飲み干した。

 二人の呼吸が、ようやく落ち着いてきた。

( ´_ゝ`)「ブラゲ植民地は滅びた。
      これで、新大陸に居を構える文明国は、俺達ニューソクだけになったんだな」

 タンブルストンが力強い目で頷いた。

(´<_` )「そうです。たった今、兄者は、新大陸の全てを統べる者となったんです。
      あなたは、新大陸の王です」

( ´_ゝ`)「新大陸の、王…。
      はは、よせやい。俺はただの私生児だ。
      どうせ本国の兄王が横からちゃちゃを入れてきて、俺からすべてを巻き上げるのさ」

 冗談めかして笑い、アーネムは言った。
 だがタンブルストンは、厳しい表情を崩さなかった。

(´<_` )「大丈夫です。兄者は、私が護りますよ」

 至極真剣な顔で、タンブルストンはそう言った。

 アーネムはにやりと唇を上げて笑った。
 そして、脇の本棚に手をついて、壁にもたれていた姿勢を正した。


92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:45:24.12 ID:LuBUDGx70

(;´_ゝ`)「…っと?!」

 急にアーネムは、バランスを崩してよろめいた。
 手をついていた本棚が、横に動いたのだ。

(;´_ゝ`)「な、何だ??」

 一見して全く動きそうに無い重そうな本棚が、レールに乗っていたように横にすべり、動いた。
 そして、本棚の動いた背後の壁には、一枚の隠されたドアがあった。


 タンブルストンが銃を取って、立ち上がった。

(´<_` )「隠し部屋、ですね…」

 赤服の一隊が廊下を通りかかった。
 タンブルストンは彼らを呼びとめ、隠し部屋のドアの中を探索するよう命じた。

 ドアを開けると、そこは石造りの階段が、下へと向かっていた。
 ひんやりとした地下室の冷気が立ち上ってくる。
 壁には火の入ったカンテラが吊るされている。ちゃんと使われている場所のようだ。

 赤服隊に続いて、アーネムとタンブルストンも、階段をゆっくりと下りていった。

95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:50:59.48 ID:LuBUDGx70

 通常の地下の三階分くらいの長い階段を、一行は注意深く下っていった。
 ひんやりとした通路は、石と石の間から染み出した水で、床がびしょびしょに濡れている。

 やがて通路は、一枚の木でできた質素なドアの前に突き当たった。
 カンテラの薄明かりに照らされたそのドアには、
 親衛隊の紋章と、磔にされたキリストの像が浮き彫りになっていた。

(´<_` )「親衛隊専用の地下礼拝堂ですかな」

( ´_ゝ`)「ふむ…。しかし、礼拝堂なら、なぜそれを隠す必要があるんだ?」

 二人は顔を見合わせた。

 赤服の分隊長の問いかけるような視線に、タンブルストンは頷きかえした。
 隊長は木のドアのノブを回し、ゆっくりと扉を開けた。


 むわっと、悪臭が一行を包み込んだ。
 ドアの向こうは、石造りの広い部屋だった。

 ところどころの壁や石の柱にカンテラが掲げられていて、部屋の中は薄暗く照らされていた。
 そしてそこは、人工の地獄だった。

98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:53:16.76 ID:LuBUDGx70

 そこは拷問部屋だった。
 車裂きの大きな機械がついた台が、ドアの脇いちばん手前にあった。
 鞭打ち台、それにアイアン・メイデンと呼ばれる鉄製の針責め人形が、その後ろに続いていた。

 壁際に置かれた逆さ吊りのための台には、褐色の若い女が三人、頭を下にして吊り下げられていた。
 彼女たちは足を鎖で縛られ、顔をぱんぱんに膨らませて、目と舌をむき出しにして絶命していた。
 部屋の中が蒸し暑いのは、奥のほうに置かれた、巨大な火責め用の石の炉のせいだろう。


 ドアのそばに一人の小男が立っていた。
 彼は宣教師のように頭頂の髪を剃っていて、黒い司祭服に身を包み、銀の十字架を首から提げている。

 にこにこと温和な笑顔を浮かべて、彼は振り返った。

「お侍さんたち。ここに、何か御用ですかな」

 ブラゲ語で、彼はそう言った。

102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:54:50.31 ID:LuBUDGx70

 ニューソク人たちは絶句した。
 目の前に広がる凄惨な光景に、しばし言葉もなかった。

 その広い石造りの部屋は、考えうる限りの人間の悲惨な苦痛で満たされていた。
 あらゆる拷問器具で責められているのは、なぜかきまって、若い女ばかりだった。

 水責めの水車はその動きを止めることなく回っていた。
 水車にくくり付けられた原住民の女は、寒さと窒息で青白い顔をして、うつろだった。

 炉の脇に吊るされた女の体には、焼きごての跡が無数につけられていた。
 炭火の燃え盛る炉には、いまも三本の鉄の鏝が真っ赤に熱されて刺さっている。

 奇妙な椅子に縛り付けられた女は、手指と足の関節をすべて、機械で一本一本外されているようだった。
 彼女は見開いた瞳と口から、一本の流れのように涙と唾液を流し続けていた。
 その光を失った目は、二つともどこを向いているのかわからなかった。


 やがて、タンブルストンが、声を震わせて聞いた。

(´<_` )「こ、これは、何だ」

 銃を握る彼の手が、音がするほどにかたかたと震えていた。

104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:56:46.83 ID:LuBUDGx70

「原住民どもは、誤った信仰を持っておるものでしてな」

 ゆっくりとしたおだやかな声で、小男の宣教師は語り始めた。

「そして、祭司となるのは、きまって部族の若い女たちなのです。
 ここではご覧の通り、彼女たちに正しい神とは何かを、教えてあげておるところなのです」

 男は喋りながら、手近な紐をひとつ引いた。
 とたんに、石の壁に悲鳴が反響した。

 どの装置がどう動いたのか、ニューソク人たちにはわからなかった。
 ただ、部屋中に張り巡らされた仕掛けのどれかが、ほんのわずか動いたのだろう。
 それだけで、拷問を受けただれか一人の人間に、すさまじいばかりの恐怖と苦痛をもたらしたのだ。


 タンブルストンは何も言わずに小男の襟首を掴むと、
 有無を言わせず彼をひきずって、部屋の真ん中のほうに歩みを進めた。

 彼はそのまま宣教師の顔を、水責めの桶に張られた大量の水の中に突っ込んだ。


 小男ははじめて大声を出そうとした。
 しかしそれは、水の中にあっては、がぼがぼといった水泡を水面に浮かべることにしかならなかった。

108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/11(火) 23:59:05.28 ID:LuBUDGx70

 暴れ続ける宣教師を、タンブルストンは襟首をつかまえたまま、
 いつまでも彼の顔を水の中に漬けていた。

 ばたついていた手足が、やがて、力なく垂れ下がった。


 タンブルストンは宣教師の尻を蹴飛ばして、水の中にその体を突き落とした。
 そして身をひるがえし、唯一の出入り口であるドアのほうへと向かった。


(´<_` )「全員を助け出し、必要な手当てをしろ」

 呆然としている赤服たちの前を通り過ぎるとき、彼はそう小さく呟いた。
 そして、アーネムを目線で促すと、石の階段を足早に上がっていった。

 彼は一刻も早く、この穢れきった空気の充満した部屋を出たかったのだ。

111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:02:33.87 ID:LuBUDGx70

 駆け上がるように早足で階段を上るタンブルストン。
 入り口ドアから差し込んでくる外界の光が、ようやく彼の心をわずかなりと落ち着かせた。


 窓から陽光が差し込む落ち着いた書斎に、タンブルストンが姿を現した。

「ああ、タンブルストン卿」

 彼の姿を探していた陸軍士官が、不動の姿勢をとって敬礼した。

(´<_` )「何だ」

「あの、親衛隊が降伏しました。現在われわれは、敵の武装解除を進めております。
 それで、彼らをどこに移送しようかと思いまして」

(´<_` )「捕虜?」

「ええ、監禁場所について、ご指示をお願いします。
 捕虜収容には広い場所が必要ですので、やはり中央広場ですかね。
 でもブラゲ人どもは反骨心が強いから、一箇所に固めると…」

113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/12(水) 00:03:40.75 ID:K2tGYj2O0

 タンブルストンは陸軍士官から目線を逸らし、言った。

(´<_` )「捕虜だと?
     そんな命令は、していないぞ」

「は?」

 感情のこもらない冷徹な声で、彼は窓の外に視線を向けながら、言った。

(´<_` )「処分しろ。親衛隊員は、一人残らず」




第二十一話前編 ここまで―――

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