2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:05:35.48 ID:0/rOTmex0

 デレは立ちどまった。

 ラフォーシェ・バイユーに掛かる一本の橋は、今は通ることができなかった。
 饐えた血の匂いが一面に立ち込めていた。


 川は、人間の血で、赤黒く染まっていた。

 褐色の肌の死体が折り重なっていた。
 みな、体のどこかしらに刀傷を負っていた。

 あたりには打ち捨てられた背嚢が散乱していた。
 風が吹くと、包み紙の端っこや、荷物を縛っていた麻紐が、かさかさと地面を駆け回った。




   川 ゚ -゚)は探しているようです  第二十話
6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:08:30.12 ID:0/rOTmex0

 バイユー、とは、この南部地方独特の幅広の川を指す言葉だ。

 流れは穏やかだ。
 川面は鏡のようになめらかで、照りつける太陽の光をきらきらと反射している。

 両岸の湿地帯には、さまざまな木や植物がまばらに生えている。

 背丈を少し越すくらいの低木であるオークの木、マグノリアの木。
 それに絡みついた、芳香のあるイエロージャスミンのつる、またハナミズキの枝。


 ゆったりとバイユーがたゆたうラフォーシェ平原のはずれに、デレは佇んでいた。


7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:09:45.71 ID:0/rOTmex0

 彼女は道路脇に折り重なるように積まれた遺体に目を向けた。

 どの顔にも、恐怖と苦痛の色が、死してなお変わらぬように張り付いていた。
 むき出しの丸い眼球。ひきつり歪んだ頬骨と、傷の激痛にあえぎ、突き出た舌。

 やせ細り、足首に冷たい二つの鉄の輪をはめた褐色の死体の山は、
 死してなお、おぞましい殺戮と略奪の様子を、雄弁に物語っていた。


 震える膝を制して、デレは死体の列の中を歩いた。
 白いフリルが血と泥で赤黒く染まっていったが、彼女はかまわず歩き続けた。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:11:53.78 ID:0/rOTmex0

 どこまで行っても景色は変わらなかった。
 石畳の舗装路には、延々と原住民の、デレの同胞の死体が折り重なっていた。


 匂いをかぎつけたハゲタカが、近くの死体の山に舞い降り、一人の奴隷の目をほじくろうとした。
 デレは目をむいた。

 彼女は大声を上げて脅しつけ、右手を振り上げ、ハゲタカにむかって駆けた。

 大きな鳥は驚いて、ばさばさ、とうるさい羽音を残して飛び立った。


 抜け落ちたハゲタカの茶色い羽根が、いくつか宙に舞っていた。
 ぜえぜえと息をして、デレはその場にへたりこんだ。
 ひらひら、と、茶色い羽根が彼女の目の前を落ちていった。


 どこかで別のハゲタカの声がする。
 上空はすでに、彼らの仲間の、力強い羽ばたきの影で覆われ始めていた。
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:15:57.27 ID:0/rOTmex0
一.


 ラフォーシェ会戦での勝利の後、ニューソク軍は敗走するブラゲ軍を追撃した。
 この追撃戦で、戦場で殺されたよりはるかに多くのブラゲ人が、倒されたり、捕虜になったりした。

 かろうじてブラゲタウンの城門を潜ることができた兵は、さて、二千人もあったかどうか。


 大損害を受けたブラゲ軍とは対照的に、ニューソク側は、多くの部隊が健在だった。
 海軍兵だけが壊滅的な打撃を受けていたが、全体としてみれば、それは例外にすぎなかった。
 正確な統計はいまだ取られていないが、戦死者の数は千を超えるものではないだろう。

 会戦全体を見れば、タンブルストンの作戦に従ったニューソク軍の、完勝だったと言える。


 かろうじて逃げ延びたブラゲ兵は、彼らの首都ブラゲタウンに立てこもり、城門を固く閉ざした。
 それに対し、勢いに乗ったニューソクはそのまま軍を進め、ブラゲタウンを包囲した。

 城壁から少し離れた場所に陣を敷いて、ブラゲタウンをぐるりと取り囲んだのだ。
16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:21:06.79 ID:0/rOTmex0

 ブラゲ総督クックルは、会戦での決定的な敗北を受けて、失意の底にあった。

 城に帰ってきた彼は、居並ぶ貴族たちに罵倒された。
 新大陸でこれまで無敵を誇ってきたブラゲ軍、コンキスタドーレの軍隊が、
 ニューソク軍によって、ついに初めての「負け」を味わうことになったのだ。

 さらにまずいことに、現在ブラゲタウンは、敵の軍勢によって包囲されている。
 ブラゲタウンは大都市だった。街の人口は多い。
 このまま包囲が続けば、すぐに市内の食料は無くなり、水不足で衛生環境が悪化し、街は崩壊する。

 植民地始まって以来の危機に直面して、ブラゲタウンでは貴族会議が開催された。

 だが、会議に集まった貴族たちは、誰もがみな完全に動転していた。
 敵国の軍隊が自分たちの街の城壁にまで迫るなど、想像だにしたこともない事態だったのだ。

 会議は揉めた。
 議論は錯綜し、貴族たちは荒れ狂った。

 それをまとめあげる役割を担っているはずの総督クックルは、
 一言も発さず、力なくうなだれ座っているだけだった。
 敗軍の将は、怒鳴り散らす貴族たちを前に、なすすべを知らないようだった。

 そして、会議の席に、ツンの姿は無かった。
 男社会のブラゲでは、女が公式の場に姿を出すのは、無作法なこととされていたのだ。


17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:22:51.18 ID:0/rOTmex0

 議論の焦点は、講和か、それとも徹底抗戦か、の二択だった。


 徹底抗戦派は、意気も盛んに言い募った。

「わがブラゲタウンほどに堅牢な城壁を持つ都市は、旧大陸じゅうを探したって見つかりますまい。
 おろかなニューソク人どもは、我らの城壁を越える望みなど、ほとんど無いでしょうな。
 ニューソク軍四千? ハッ! ばかげている。
 たとえ数万の兵を擁していようとも、同時に城門をくぐってこれる兵は、せいぜいが百匹ほどですわい。
 守兵が二千もいれば、ゆうゆうと敵を撃退することができますぞ」

 講和派が、それに穏やかに反論する。

「ばかを言いなされ…いつの時代の戦争の話をされておるのだ。
 敵は重砲を持っておるのですぞ。
 あいつらがその気になれば、明日の日中にでも我々の誇る城壁は、瓦礫の山になっているでしょう。
 もはや我々にできることは、このブラゲタウンを明け渡し、彼らの慈悲を請うことだけだ」

 それに対し抗戦派は、机を拳で激しく連打して、怒鳴りかける。

「父祖の血が拓いたこの伝統のブラゲタウンを、貴様はみすみす敵に明け渡せというのか!
 そんなことは断じてせんぞ! わしはたとえこの身の最後の一遍までを焼き尽くされようと、
 決して敵の前に膝を屈するような、卑屈な真似はせん!!」
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:27:49.18 ID:0/rOTmex0

 クックルは夕方頃に席を立ち、一時退席することを、貴族たちに告げた。
「戦いで疲れ果てているので、少し仮眠を取る」というのが、その理由だった。
 じっさい、彼は憔悴しきっていた。

 貴族たちの刺すような視線の中、彼は会議室を後にした。


 会議は紛糾し、夜になっても終わらなかった。
 夜食と飲み物が運ばれ、会議という名の罵りあいは、延々と続けられた。

 やがて丸い月が高く上り、夜が深まった。

 果てしなく怒鳴りあいを続けてきた貴族たちも、その頃になるとさすがに堂々巡りの議論に疲れ果て、
 講和派も抗戦派も、じょじょに口数が少なくなってきていた。


 壁掛けの大きな時計が十時を打ったとき、クックルが会議室に戻ってきた。
 さきほどまでの態度とは打って変わって、彼は背筋をしっかりと伸ばして椅子に座った。
 彼の落ち窪んだ目には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 列席の貴族たちはクックルに注目した。
 先の見えない言い争いにうんざりして、彼の裁定を待つかのような視線を、総督に向けた。
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:29:32.94 ID:0/rOTmex0

( ゚∋゚)「講和します」

 開口一番、クックルは言った。


 徹底抗戦派の貴族が数人、椅子を鳴らして立ち上がった。
 クックルは彼らを身振りで制して、言葉の先を続けた。

( ゚∋゚)「貴族諸賢、どうか思い出していただきたい。講和とは、イコール負けではないのです」

「総督! あなたはブラゲ貴族の誇りを…」

 叫びかけた貴族を、クックルは直視した。

( ゚∋゚)「大丈夫。このブラゲタウンをやつらの手に渡しはしません。ご安心ください」

 クックルの言葉に、一座はざわめいた。


 こんどは講和派の貴族が、おずおずといった感じで発言した。

「し、しかし、ブラゲタウンを明け渡さずに、はたして講和が成立しますかな?
 ニューソクどもは会戦に勝って調子に乗っておる。
 ブラゲタウンの明け渡しという条件無しには、講和など、飲まんものと思うが…」
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:32:59.49 ID:0/rOTmex0

( ゚∋゚)「心配は要りません。我々はそれに関し、切り札を持っておるのです」

「切り札?
 …なにか、講和を有利な条件で結ぶ、良い手でも見つかったのですかな?」

 クックルは笑った。

( ゚∋゚)「人質を、使うのです」

「人質?」

 ふたたび座がざわめいた。
 ひそひそと尋ね交わす声が貴族たちの間で広がった。

「総督。人質…とは?」

( ゚∋゚)「奴隷です」

 手品の種明かしをするかのように、クックルはもったいをつけて言った。

( ゚∋゚)「和平交渉の相手方は、おそらくタンブルストン卿となるでしょう。
     じつは私は、彼とは戦争が始まる前、面談したことがありましてな。
     彼の性格については、少しは知っているつもりです」

 言って、クックルはテーブルの上に、優雅なしぐさで手を組んだ。

( ゚∋゚)「貴族諸賢。私が考えた作戦を、ご説明いたしましょう」


25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:35:21.77 ID:0/rOTmex0
二.


 皆が疲れていた。

 そこかしこに大規模な砂糖農園が広がる平原に、いま夕日の最後のかけらが落ちようとしていた。
 ニューソク軍はブラゲタウンの外に陣を張り、
 不運にも当直の任を課せられた兵士たち以外は、ゆっくりと夕食と夜営の準備を進めていた。

 陸軍兵士は昼の戦いで疲れきっていた。戦勝を祝うお祭り騒ぎは、ひとまずお預けだ。
 みな、武器を振るう利き腕が、使いすぎで痛んでいた。

 あちこちに掲げられたかがり火がぱちぱちと音を立てていた。

 陣営地に、夜が訪れようとしていた。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:38:42.82 ID:0/rOTmex0

 海軍兵の陣は、暗く沈んだ雰囲気だった。
 そんな中、急造の野戦病院だけが忙しく、さわがしい物音を立てていた。

 軍医スカルチノフは疲れきっていたが、仕事の手を休めることはなかった。

 彼は、のこぎりで兵士たちの手や脚を切る作業を続けていた。
 それは、傷の化膿が始まった兵士を死から救う、この時代での唯一の治療方法だった。

 悲痛なうめき声が、病院のテントから漏れていた。
 哀れな患者は、暴れて舌をかまないように口に布を詰め込まれ、
 体を屈強な衛生兵に押さえられて、自分の肉体が生きたままのこ引かれる地獄と向き合っていた。

 患者に要求されるものは、戦場で必要な勇気とは、また違った種類の忍耐力だった。
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:40:59.47 ID:0/rOTmex0

 生き残った水兵たちは、食卓仲間ごとに集まって、たき火のまわりに輪になって座っていた。
 ふだんは陽気な水兵さんも、この日はみな、押し黙っていた。
 バイオリンの調べも、さいころ賭博の歓声も、この日は無かった。


 やがて少年兵が夕食を運んできた。

 男たちは争って配給酒を受け取ると、悲惨な戦いに乾いた魂を癒そうと、
 ジョッキの中身をがぶがぶと胃に注ぎ込んだ。
 配給酒は量が二倍になっていた。
 多くの仲間を失った彼らへの、軍幹部のせめてもの配慮だった。

 こってりした塩漬け牛肉のスープは人気がなかった。
 固パンを肘で砕く音も、ほとんど上がっていなかった。


 男達はなにも食べず、ただ、酒を喉に流していた。
 昨日までは共に食卓を囲み馬鹿話に興じていたのに、
 今ではいなくなってしまった仲間たちのことを思って。
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:44:51.04 ID:0/rOTmex0

 士官用テントのわきで、クーは焚き火のそばに折りたたみの椅子を出して、腰掛けていた。

 クーは一人、みんなから離れた場所にいた。
 それはいつものことだった。

 原酒のラム酒のボトルを脇に置いていたが、中身はほとんど減っていなかった。


 食欲は無かった。
 褐色のビーフ・シチューの皿が、粗末な野外用のテーブルに乗っていた。
 その上にかけられた焦げ目のついたチーズは、冷えて固まっていた。


 人の気配を感じて、クーは顔を上げた。

 ビロードだ。
 焚き火の脇に、立っていた。


 しばらく、二人は無言で、にらみ合うように目線を合わせていた。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:49:53.65 ID:0/rOTmex0

 ビロードは口をもぐもぐさせていたが、やがて、言った。

( ><)「あの、昼間は、すみませんでした。
      槍を拾えって言われたのに、おれ、命令に背いちゃって。それで…」

 そこで言葉が途切れた。懲罰を覚悟しているように、彼の目は固く結ばれていた。


 気まずい沈黙の後、クーが口を開いた。

川 ゚ -゚)「…あいつは、助かったのか? ほら、お前の友達の」

 感情のこもらない声で、クーは言った。
 叱責の言葉を覚悟していたビロードは、思わぬ角度からの質問を受けて、面食らった。

( ><)「あ、その…ワカッテマス君は足を骨折してたんですが、おれが担いでいって、
      あのあと、槍壁の後ろに隠れることができて…」

 彼はここでびしっと居住まいを正すと、クーにむかってしゃちほこばって、敬礼した。

( ><)「ありがとうございます、クー海尉。あの、自分たちはこう考えてるんです、
      海尉は自らの命を危険にさらしてまで、おれ達のことを助けてくださったと。
      それで、わ、私は代表して、二人ぶんのお礼をいわなければならんと思って、ここに…」

川 ゚ -゚)「ああ…」

 クーは視線を落とした。
 表情は、やはり冷たいままだった。
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:53:38.05 ID:0/rOTmex0

川 ゚ -゚)「どうして私は、あんなことをしたんだろうな」

( ><)「えっ」

川 ゚ -゚)「わざわざ自分の身を危険にさらすなんて、ばかげたことだ。
     ことに、それが他人を救うためだったなんて、な」

 自嘲気味に、クーは呟いた。

( ><)「そんな。おれ達は、あなたに感謝を…」

川 ゚ -゚)「どうして私は、あんなことをしたんだろうな」

 クーはもう一度、同じ言葉を繰り返した。
 ビロードは何を言うべきかしばらく考えていたが、やがて息を吸い、喋った。

( ><)「海尉、あの…。自分たちは長い間、あなたの性格について、誤解をしていたんです。
      そしてどうやら今は、あなた自身も、
      自分の性格について、おれ達と同じ誤解をしておられるようです」

 クーが顔を上げた。
 ビロードはさらに続けた。

( ><)「あなたは、士官になってから性格が変わられたものと、おれは思っておったです。
      とても厳しく、性質は冷酷で、部下に対しても憎しみに近い気持ちを抱いている…と。
      でも、それは誤解でした。表情はクールでも、あなたはやはり、昔のあなたです。
      重騎士に対してピストル一丁で立ち向かって、おれとワカッテマス君の命を救ってくれたあなたは、
      やっぱりかつておれ達といっしょに、作りかけの植民地を駆け、食卓を囲んでいた頃のあなたで…」
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 22:59:52.04 ID:0/rOTmex0

 なおもいいつのろうとするビロードを、顔を伏せたクーは、手で制した。
 彼は不承不承、黙った。

 しばらくの沈黙の後、ビロードは敬礼をして、その場を立ち去った。


 一人になってもしばらく、クーは顔を下に向けていた。
 が、その横顔は、ほんのわずか、恥ずかしそうにはにかんでいた。

川 ゚ -゚)(…感謝された)

 クーは傍らのボトルを持ち上げ、コルクの蓋を開けた。
 顔を上げて、ほんのすこし、酒を喉に送り込んだ。

 香り高いウィスキーの原酒が、さわやかな香気を鼻腔にまで運んできた。

川 ゚ -゚)(うれしい)


 アルコールが体の中に滑り降りていくように、
 古い仲間から送られた親愛の情は、乾きつつあった彼女の心に、潤いを与えていた。

 クーは冷えたシチューの皿を手に取った。ほんのすこしだけ、憂鬱が晴れたような気がしていた。
 うれしさのあふれだした心が、今は温かかった。

 そして、何日ぶりかで、おなかがすいていた。
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:01:32.20 ID:0/rOTmex0
三.


 大きなテントの中で、アーネムとタンブルストンは書類仕事に追われていた。

 大規模な会戦は、多くの英雄を生み出していた。
 また、多くの重要な地位にいる者の死も、運んできた。

 人事、輸送、苦情処理。
 最高司令官を煩わせる事務仕事は、前線のテントの中にあっても、数限りなくあった。


 大型ランプの明かりを手元に寄せて、アーネムは慣れない書類と格闘していた。
 片脇ではタンブルストンがものすごい勢いで紙を繰り、決済を進めている。

 アーネムは左手で印鑑をもてあそび、苦心して右手に持った書類を読み進めた。
 最高司令官の決済が必要な書類は、タンブルストンのさばく量に比べれば
 わずかなものだったが、それでもアーネムにとっては、
 たとえ地球の終わりが来ても、自分の仕事は終わらないのではと思えるほどの分量だった。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:04:33.14 ID:0/rOTmex0

 訪いが入り、戦場には不釣合いなメイド服姿のデレが、テントに入ってきた。


 掲げた銀の盆には二人の夕食が乗せられている。

(´<_` )「ああ、ありがとう」

 タンブルストンが言った。
 二人は書類から顔を上げなかった。今は手が離せないほど忙しいのだ。


 が、しばらくたっても、デレがテントから外に出て行く気配が無い。
 不思議に思って、アーネムは顔を上げた。

 デレは銀の盆を抱え、硬く唇を結んで、その場に立っていた。

( ´_ゝ`)「…まだ何か?」

 アーネムは、顔なじみになっている本部付き従者のデレに、軽い調子で問いかけた。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:09:05.88 ID:0/rOTmex0

ζ(゚- ゚*ζ「銃をください」

( ´_ゝ`)「えっ」

 デレの言葉に、書類を繰っていたタンブルストンの手が止まる。
 アーネムとタンブルストンは、たがいに顔を見合わせた。

ζ(゚- ゚*ζ「私を、兵隊にしてください。
      銃をとって戦いたいんです」

 断固たる決意を秘めて、デレは言った。
 目はまっすぐにアーネムを向いていた。

( ´_ゝ`)「…デレ。それはいったい、どういうことだい?」

ζ(゚- ゚*ζ「私はブラゲ人が許せない。
      やつらの汚い最後の一人を血の海に沈めるまで、私はブラゲを絶対に許しません」

 その言葉に、横からタンブルストンが口を挟んだ。

(´<_` )「すると君は、ひょっとして、ブラゲが奴隷達にした悪辣な仕打ちを見たんだね?」

 デレはこくりと、しっかりと頷いた。

( ´_ゝ`)「ああ、ラフォーシェ川の虐殺の現場を見たのか…」

 アーネムは唸った。
51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:10:59.21 ID:0/rOTmex0

( ´_ゝ`)「デレ。悪辣なブラゲが君の同胞にした仕打ちを考えれば、たしかに君の怒りは理解できる。
      しかしだね、その、軍隊というのは、君が考えているような所では…その…」

ζ(゚- ゚*ζ「私は、銃を取って戦いたいのです。
      ニューソク風の服を着て、ニューソク風の生活をしていても、
      王族の血を誇りに思う気持ちは、私の中から消えてはいません。
      そして、同胞を思う気持ちも。私は、ブラゲを決して許しません」

( ´_ゝ`)「そうか、そういえば君は部族の王の娘だったな」

 アーネムは黙り、しばらく考え込んだ。

( ´_ゝ`)「うむ…しかしだね。軍隊というのは、男ばかりで。その、やはり女の身でそこに入るというのは、
     考えにくいことではあるぞ。前線での力まかせの戦いに、華奢な女が耐えられるとも思えないしな」

ζ(゚- ゚*ζ「でも、海軍のクー海尉は、女です!」

( ´_ゝ`)「あ、その、それは…。うん…」

 彼は腕を組み、考え込んだ。
53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:14:57.17 ID:0/rOTmex0

 ややあって、アーネムは決心したように頷いた。

( ´_ゝ`)「…君の決意はわかった。事情も事情だ。任官を、許可しよう」

ζ(゚- ゚*ζ「ありがとうございます」

( ´_ゝ`)「君は、とりあえずクー海尉の下に行くといいだろう。彼女のことは知らない仲ではあるまい。
      対ブラゲ戦役のあいだは、君の地位を、軍属から仮の下士官にしておく。
      部下を持たせるわけではないが、下士官なら個室で寝泊りする権利を与えられるからな」

 デレは硬い表情のまま、一礼した。

( ´_ゝ`)「それでいいな。では、任官証明書を二、三日中に作成しておく。
      それが届いたら君は晴れて軍人に…」

ζ(゚- ゚*ζ「失礼ですが、できるなら、今すぐに任官をお願いします。
      戦いはいつ始まるかわからないものです」

( ´_ゝ`)「む。今すぐに、か。また急だな。
     俺はいま、ちょっと仕事が立て込んでるんだが…」

 ぶつくさと呟くアーネムに、デレはその黒い瞳から、まっすぐな視線を向け続けた。
 彼は気おされるようにたじろいで、しぶしぶといった様子で自分のペンを取り、
 デスクの上に新しい用紙を用意した。


54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:16:48.54 ID:0/rOTmex0

 任官証明書の作成は、ちょっとした手間だった。
 軍人以外を昇進させるような証明書はふだん作らないので、
 書類の書式からいちいち本で調べて、体裁を整えて作成する必要があった。

 分厚い手順書をぱらぱらとめくりながら、うんざりとしたような声で、
 アーネムは小声で、隣に座っているタンブルストンに言った。

( ´_ゝ`)「おい弟者、こんな面倒な作業、俺には無理だ。お前やって…」

(´<_` )「軍属任官証明書を作る権限は、兄者、あなたにしかありませんよ」

( ´_ゝ`)「そこをなんとか。なあに、代筆ってことにすりゃ、印鑑だけ俺のを押して…」

(´<_` )「規則です」

 タンブルストンはアーネムと目線をあわせようともせず、
 涼しい顔で言って、自分の書類仕事を続けていた。
56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:20:31.23 ID:0/rOTmex0

 さらに三十分ほどの時間が経った。

 ようやく最高司令官のテントから出てきたデレの手には、作られたばかりの任官証明書が握られていた。
 これで、たった今から、彼女はニューソク海軍の兵士となったのだ。


 テントの中では、一仕事終えたアーネムが肩を鳴らして、夕食に手をつけていた。

( ´_ゝ`)「うまいな、このシチュー。弟者、お前も食えよ」

(´<_` )「いえ、私は疲れておりますので、後で…」

( ´_ゝ`)「ん、そうか」

 クックル率いる重騎士隊を最後まで追い続けたのは、タンブルストン率いるハサーの一隊だった。
 朝からずっと陸兵を率いて戦い、さらに長距離の追撃戦を行って、
 この日ばかりは、さすがのタンブルストンも疲れきっていた。

( ´_ゝ`)「それにしても、流石のタイミングだったな、お前が救援に駆けつけてくれたのは。
      あそこでお前が来なければ、海軍兵は全滅していたところだったよ。
      流石だよな俺達」

 柔らかく煮込んだ肉の塊をたべて、アーネムは言った。

(´<_` )「考え無しの無鉄砲な兄を持った弟の苦労を、少しは察してください。兄者」

 タンブルストンは書類から顔を上げずに、冷たく言った。
59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:24:33.31 ID:0/rOTmex0

 テントの外から、また訪いが入った。
 赤軍服姿の伝令が駆け込んできた。

「報告します。ブラゲ人の使者が、陣営地の外に来ています。
 これをアーネム公に渡してくれと。クックルからの手紙だ、とのことです」

(´<_` )「手紙?」

 伝令は一通の封書を持っていた。封蝋の印章は、クックルのものらしき印だった。

 タンブルストンは封筒を開いて、手紙を取り出し、読んだ。


 内容をざっと目で追っているタンブルストンに、アーネムは聞いた。

( ´_ゝ`)「なんだ? 何の手紙だ?」

(´<_` )「あれこれと書いてあって、論旨がはっきりとはしないのですが…。
     大筋で言うと、講和のため、あなたがたの代表者と話し合いたい、とあります」

( ´_ゝ`)「講和? ふむ。和睦の会談の申し入れかな」


60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:26:13.74 ID:0/rOTmex0

(´<_` )「どうしますか、アーネム公」

( ´_ゝ`)「和睦か…。
      まあ、ブラゲが戦わずして降伏するって言うんなら、それもまたいいかもしれんな。
      戦えば人が死ぬ。避けられる戦いであれば、避けたほうがいいと、私は思う」

(´<_` )「同感です。講和したいというのであれば、それが納得できる条件であるなら、
     我々も徒にブラゲタウンを蹂躙する必要はありません」

( ´_ゝ`)「そうだな。よし、会談は受けよう」

 タンブルストンも頷いた。

(´<_` )「で、会談へは兄者が?」

( ´_ゝ`)「いや、お前が行ってくれ。俺はあんまり、ブラゲ語は上手くないんだ」


 アーネムは会談の時間と場所を記した返書をしたため、伝令に持たせた。
 ブラゲ人の使者は、手紙を確実にクックルの下へ届けてくれることだろう。
62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:29:54.00 ID:0/rOTmex0
四.


 翌日、太陽が昇って朝のもやが晴れる頃、
 タンブルストンは直衛のハサーのみを連れて陣営地を出た。

 会談場所は、ブラゲタウンの大城門から二キロほど離れた低い丘である。
 そこは、ブラゲタウンの城壁からも、またニューソク軍の陣営地からもよく見える場所だった。


 丘の中腹まで来たところで、タンブルストンはハサーを止めた。
 そこからは彼が一人だけで頂上へと上った。

 クックルの姿はまだ無かった。
 タンブルストンは懐から銀時計を取り出すと、蓋を開け、時間を確かめた。
 時計の針は、九時五十八分を示していた。

 会談の時間は、十時、とはっきり手紙の中で指定してあった。


63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:31:42.28 ID:0/rOTmex0

 十時を十五分ほど回った頃、ブラゲタウンの大城門が開き、クックルらしき騎馬の姿が現れた。
 彼は部下の重騎士を後ろに従えて、悠然と丘へ向かって歩き始めた。

 クックルもタンブルストンにならって、丘の中腹で部下の重騎士たちを止めた。
 それから上へは単騎で上った。

 頂上で二人が向かい合ったのは、十時も半ばを過ぎたような時間になってからだった。


 まず、クックルが口を開いた。

( ゚∋゚)「ようこそ、我がブラゲタウンへ。ニューソクの軍よ。
     昨日の痛ましい戦いからまだ日も経ないうちに、このような平和的な会談が持たれたことを、
     私は大変に喜ばしく思う。
     なぜなら、先の会戦では、我々もあなた方も、尊い人命を多く失ったからだ。
     神より授かりし宝石である人命を、もうこれ以上浪費することは、避けたいと思う。
     これは、我々とあなたがたとが、共通して胸に抱いている願いであると、私は強く信じる」

 クックルはここで言葉を切って、タンブルストンの反応をうかがった。
 が、タンブルストンは無表情にクックルを眺めるばかりで、口を開こうとはしなかった。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:33:38.25 ID:0/rOTmex0

 仕方なしといった感じで、再びクックルが口を開いた。

( ゚∋゚)「そこで私には、それをする用意がある。すなわち、戦闘を止めるのだ。
     偶然と運命の神は気まぐれである。あなたがたよりはるかに強力な軍勢を擁していた我々ブラゲが
     先の会戦で運命の気まぐれを受けたように、今度の包囲戦ではあなたがたニューソクに
     偶然の女神がいたずら心を起こさないとは限らないのだ。
     だから、わたしは提案したい。
     ニューソクは、これまでの戦いで占領したブラゲ農村すべての正式な所有者となる。
     ブラゲ王国は、これらの地方の再復のためには、二度と戦争という手段には訴えないと宣言する。
     わたしは、この条件こそが現在考えうるかぎりで最も公平なものであると思うし、
     ニューソク王国、ブラゲ王国双方の利益にもっとも合致するものであると信じる」

 クックルの話が終わった。次は、タンブルストンが口を開く番だった。

(´<_` )「運命の輪が気まぐれをもたらすものであることは、私も承知しているつもりだ。
     だから私は、あなたの提示した条件にたった一か条を付け加えるだけで、
     あなたがたのいう講和の申し出を、ニューソク王国を代表して受けようと思う」

( ゚∋゚)「その一か条とは、ブラゲタウンの引渡しか?」

(´<_` )「そうだ。このような重囲を行っている以上、ブラゲタウンは、もはや我々のものとなるべきである。
      なぜなら、この先あなたがたがいくら抵抗しようと、
      それは我々のむきだしの力で排除されるであろうからだ」


67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:35:53.03 ID:0/rOTmex0

( ゚∋゚)「他のいかなる点において交渉の余地があるとしても、ブラゲタウンを明け渡すという一点だけは、
     我々にはどうしても飲めない条件である。
     その代わり、なにか他に条件があるというのなら、ぜひ遠慮なく申し出ていただきたい」

(´<_` )「ブラゲタウンが明け渡されないのなら、私はこの会談が失敗に終わったとみなして、
      席を失意のうちに立たざるを得ないことになる。
      そうならないように、私はあなたがたの誠意ある賢明な対応を求める」

( ゚∋゚)「それはできない。
    そもそも、平和的であった我々の領土を、軍隊を進めて侵略したのはあなたがたである。
    だが過去をいくら責めても、現在の問題は解決できない。今は、そのことは忘れよう。
    我々が要求するのは、ただ一点。ブラゲタウンは我等の領土であることを、再確認することである」


 タンブルストンは長い間黙っていた。

 やがて、彼は低い声で呟いた。

(´<_` )「…停戦の合意ができなかったことを、私は残念に思う。
      この先どのような事態が起ころうとも、それはこの席を台無しにしたクックル総督、あなたの責任である」

 そう言って、タンブルストンは馬の手綱を取った。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:38:01.26 ID:0/rOTmex0

 立ち去ろうとするタンブルストンの背中に、クックルは声をかけた。

( ゚∋゚)「お待ちあれ。あなたがそのように頑なな態度を取られるのであれば、
    我々は侵略者たちに対して、断固たる手段で抵抗の意思を示す用意がある」

(´<_` )「断固たる手段? それは、銃を取って最後まで戦うということか。
     それなら、その意思はこの会談の場で言葉で示すのではなく、戦場においてこそ示されるべきで…」

( ゚∋゚)「タンブルストン卿。あなたはいま、我々の城壁の上に注目すべきである」

 クックルは自信ありげに胸を張って、言った。
 タンブルストンは怪訝な顔をして、ブラゲタウンの城壁の上、回廊を見た。

 ずらりと、人が並んでいた。
 めずらしいものではなかった。城を防衛するための、定番の防衛兵の配置だ。

(´<_` )「あれが、何か?」

( ゚∋゚)「わかりませぬか。もっとよく見たほうが、良いのではありませんか」

 いやらしく、クックルは言った。
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:41:38.54 ID:0/rOTmex0

 タンブルストンの目が見開かれた。

 城壁の上にずらりと並んでいるのは、人間は人間でも、ブラゲ人兵士などではなかった。
 それは、手足を黒い鉄の鎖に縛られた、半裸の褐色の原住民たちだった。

 驚いた様子でタンブルストンはクックルを見た。
 クックルは満足げに頷いて、言った。

( ゚∋゚)「もし、十一時になってもあなたが我々の善意の提案に同意なさらなければ、
    彼ら原住民は、一分に一人ずつ、もしくはそれ以上の数が、
    あの城壁から下へと突き落とされていくでしょうな」

 タンブルストンは、信じられないといった面持ちでクックルを見つめた。
 手綱を握る手が震えていた。

( ゚∋゚)「彼らの死の責任は、タンブルストン卿、あなたにあるのですぞ。
     侵略軍を進めて我等の土地を奪っておいて、さらに強欲にも我々の首都の明け渡しを強要するとは。
     それら、あなたの非道な行いすべてが、いまここに罪なき原住民たちの死という形で結晶するのです」
77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:45:13.40 ID:0/rOTmex0

 タンブルストンとクックルは向かい合い、まんじりともしなかった。
 張り詰めた表情のタンブルストンとは対照的に、クックルは顔に余裕の笑みすら浮かべていた。


 そして、時間が経った。

 遠くに鐘の音が聞こえた。
 ブラゲタウン中央にある、ブラゲ大聖堂の時計が鳴らす、十一時を示す鐘の音だった。


 二騎の睨み合いを、悲鳴が破った。
 はっとして、タンブルストンは城壁を眺めやった。

 三体の褐色の体が、宙に舞っていた。
 地面と肉体が衝突する、どさり、ともごきり、とも取れぬ嫌な音が、
 はっきりと三つ、丘の上にまで聞こえてきた。
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:48:10.82 ID:0/rOTmex0

 城壁の上を見つめたまま、タンブルストンは言った。

(´<_` )「クックル。いま私は、同じキリスト教徒として、あなたに強く言う。
     このような残虐な行いは、するべきではない。部下に命じ、今すぐに止めさせろ」

 声が、震えていた。

 対照的にクックルのしぐさには余裕があった。

( ゚∋゚)「ええ、ええ、いいですとも。今すぐに止めさせることができますよ。
    あなたが、我々の出した講和の条件を飲みさえすればね」

 彼は目の前のタンブルストンの態度に、会談の勝利を確信しつつあった。


 タンブルストンは視線をクックルに戻した。
 そして、腰の革帯をまさぐって、装飾の施された重いピストルを引き抜いた。


 彼は撃鉄を起こすと、クックルの前の地面に狙いをつけた。

(´<_` )「クックル。あなたはいま、あの愚かな命令の中止を、城壁の部下に命ずるか?」

( ゚∋゚)「おっとっと。
    そんな直接的な脅しで私が動じると思われたのなら、それは失敗ですな」
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:50:50.46 ID:0/rOTmex0

 ピストルの銃口がゆっくりと上がって、ぴたりとクックルの胸に向けられた。

(´<_` )「もう一度だけ、聞こう。
     クックル、城壁の部下に出したばかな命令を、おまえは今すぐ撤回するか?
     …それとも、命を賭けるか?」

( ゚∋゚)「はは、あなたは撃ちやしませんよ。
    将軍同士の和平の会談の席で、相手を射殺なんかすれば、これは暗殺だ。
    国際法上も道義上も、どれほど不名誉なことか。それを知らぬあなたではありますまい。
    あなたがたの国際的な信用は地に落ち、我々は労せずして――」

(´<_` )「私は同じことを三度聞いた。だから、これが最後だ。答えろ。
      撤回するか、クックル?」

( ゚∋゚)「…これはあなたがたの責任です。ですから、お尋ねの件にはこうお答えしましょう。
    否、と!」
86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:53:54.51 ID:0/rOTmex0

 ピストルが火を噴き、轟音とともに銃弾は馬上のクックルに命中した。
 低い丘の上に、鉛が鋼鉄の鎧を打つ、音楽的な澄んだ音が響いた。

 たなびく硝煙が中空を満たした。

 クックルは馬の背から後ろに吹っ飛んで、地面に落ちた。
 鋼鉄鎧がさわがしく金属質な音を立てた。


 地面に横たわった彼は、ぴくりとも動かなかった。
 両腕がぐんにゃりと曲がっていた。

 やがて、彼の下の地面に、どす黒い血だまりが、じょじょに大きく広がっていった。


 クックルは死んだ。
 そう確信したタンブルストンは、煙のたなびくピストルの銃口を、ゆっくりと下ろした。


 あまりの出来事に、丘の中腹に待機していた両軍の騎兵は、凍り付いていた。

 重騎士たちから主君クックルの報復を叫ぶ声も、
 ハサーからタンブルストン卿の身の安全を確保しようとする声も、上がらなかった。


 ブラゲタウン郊外の低い丘の周囲は、奇妙な沈黙に包まれていた。

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:56:13.29 ID:0/rOTmex0

 沈黙のしじまを破る音は、両軍の護衛騎兵からではなく、ブラゲタウンの城壁の上から聞こえてきた。

 城壁の上、回廊から再び悲鳴があがった。
 ばらばらと、人が何人か、高い城壁から宙に舞い、落ちていった。

 ただし、落とされた人間は、今度は褐色の奴隷ではなかった。
 白人の、ブラゲ人の奴隷使いだった。


 回廊の上では原住民の言葉で叫び声が交わされていた。
 もみ合い、争う声がしたかと思うと、つづけざまにぽんぽんと、白人の体が城壁の上に舞った。

 城壁の上では、声を一つにした大歓声が湧き上がった。
 それは、最近では絶えて久しかった、原住民が上げる戦いの雄たけびだった。

 褐色の奴隷たちは、みなが鉄の輪のはまった両腕を大きく天に掲げて、叫び声を上げていた。
93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 23:58:43.67 ID:0/rOTmex0

 クックルの護衛としてついてきた重騎士の一団は、事態の成り行きに動揺していた。

 いま城壁の上で起こっているのは、あきらかに「奴隷反乱」だ。
 それは、ブラゲ人からしてみれば、ある程度は慣れ親しんだ出来事ではあったが、
 今回ばかりは、そのことの持つ意味が違った。
 ニューソク軍の包囲下で、自分達の足元、ブラゲタウンの中で反乱が起こった。
 しかも強力な指導者であったクックルの死、という、考えうる限り最悪のタイミングで。

 いや…。

 奴隷たちは、圧政の象徴であった総督クックルの死を目の当たりにしたことで、
 重石がとれたかのように、溜まりに溜まっていた暴虐への恨みを爆発させ、
 反抗に結びつけたのかもしれなかった。


 丘の中腹に待機していた重騎士たちは、馬を返し、ニューソク軍に背を向けた。
 とにかくまずはブラゲタウンに戻ろう。彼らの隊長は、そう考えていた。
97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/06(木) 00:04:35.59 ID:7Hb5hKBB0

 城壁の上から銃声が響いた。
 反乱を起こした奴隷達と、それを鎮圧しようとするブラゲ人の兵士たちの間で、戦いが始まっていた。


 タンブルストンは、丘の中腹に待機していた彼のハサーに「ついてこい」と叫ぶと、
 馬を走らせて重騎士の後を追い、門が開いているブラゲタウンの大城門へと向かった。
 待機していた二百騎の部下は、あわてて彼に従った。

 門の開け閉めをする役のブラゲ人兵士は、既に反乱奴隷の手にかかって殺されていた。
 開いたままになっていた城門から、タンブルストンはブラゲタウンの城内に突入した。

 陣営地で待機していたニューソク歩兵も、急いで武装を整え隊列を組み、動きだした。
 四千人の歩兵は、陸軍兵を先頭に、開いたままの城門から、ブラゲタウンに雪崩れ込んだ。


 いまや、壮麗な大都市ブラゲタウンは、
 その創設以来の長い歴史の中ではじめて、外国の軍隊によって踏みにじられようとしていた。





第二十話 ここまで―――

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