3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:07:30.77 ID:Ls2vpUSc0


 戦いがはじまろうとしていた。


 ブラゲ、ニューソクの両軍が、平原いっぱいに布陣を終えていた。
 両軍はじりじりとした太陽の下で、辛抱強くにらみ合いを続けている。
 攻撃の機を伺っているのだ。


 整列した兵士たちの前を、馬上のタンブルストンがゆっくりと横切っていた。

(´<_` )「歩兵諸君! 勇敢なるニューソクの赤い服を着た諸君!」

 広大な平原を背景に、タンブルストンの最後の演説が、静まり返った陸軍兵の頭上に響いた。
 天頂に上がった太陽が、兵士たちの銃をぎらつかせていた。



   川 ゚ -゚)は探しているようです  第十九話


4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:10:16.13 ID:Ls2vpUSc0

 平原の眺めは壮観だった。
 はためくニューソクの幟の下、五千人の兵士が、幾何学的に正確な間隔をもって並んでいた。
 敵に対して傾斜した配置の、斜線陣だった。


(´<_` )「戦いはどれも楽ではない。
     ことに、今度の戦いは楽ではない」

 居並ぶ兵に静けさが増した。
 タンブルストンの言葉が持つ意味に、兵たちは心を用いていた。

(´<_` )「今度の敵は、いままでとは一味違う。敵は正規軍だ。
     大砲も持っている。よく訓練され、剣技はするどく、銃手の再装填は素早い。
     我々の新兵は戸惑うことになろう。彼は生まれて初めて、恐ろしい大砲による攻撃に晒されるのだ」

7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:14:47.10 ID:Ls2vpUSc0

(´<_` )「だが、諸君もご存知のとおり、歩兵の精強さに関しては――
     我がニューソクに敵うものは、地上にはいないのだ!
     世界にその名を轟かせた、この赤い服を着た諸君が、今日もそれを証明するだろう!」

 盛り上がる箇所だ。
 まずは、こういった戦いの前の儀式に手馴れた古参兵が、太い声で喚声を上げた。

 続いて、戦場では古参兵の動きを真似していれば生き残る確立が上がることを知っている
 知恵の回る新兵たちが、古参兵の声としぐさをまねて、マスケットを頭上に振り上げ、大声を出した。

 沸き起こった大歓声が、平原いっぱいに響く。

(´<_` )「諸君、今日はそれを見せてくれ。名高い赤服の、世界に誇る戦いぶりを。
     砲にも銃にも屈しない、真のニューソク人の勇気と意思の力を。
     『耐え抜いた者が勝者となる』というペルシウスの言葉どおりの振る舞いを、私は諸君に期待する!」

 タンブルストンの演説の締めくくりは、大歓声にかき消されて、ほとんどの兵士には聞こえていなかった。
 それでよかった。どうせ演説の内容など、誰も心にとどめてはいないのだ。
 皆で盛り上がるための、儀式の一環だった。

10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:16:58.53 ID:Ls2vpUSc0

 全幅にして2kmほどになる斜線陣の真ん中に、タンブルストンの馬は位置していた。

 彼はサーベルを抜いて、それを右肩の前に立てた。
 目はじっと、約5kmの距離を隔てて正対するブラゲ軍に注がれていた。


 タンブルストンのサーベルが振り上げられ、そして、切っ先を前に向けて、下ろされた。

(´<_` )「全軍、進め」


 今度の言葉は意味のあるものだった。
 殺気立つ男たちが、待ちに待った一言だった。

 五千人の赤い服を着た兵士から、応諾の太い声が、一斉に上がった。

15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:20:47.60 ID:Ls2vpUSc0
一.


ミ,,゚Д゚彡「始まったみてえだな…」

 赤服の上げた声は、本陣にまで聞こえていた。
 海軍士官たちは丘の上に立って、眼下の陸軍の動きを眺めていた。

 斜線陣形が注意深く保たれながら、そのままの形でブラゲ側へとせまっていく様子が見える。

('A`)「敵さんも動き始めたな」

 望遠鏡をのぞいていたドクオが言った。
 ブラゲ軍の歩兵も開戦を決意したのだろう、
 ニューソク側が動き始めたのと時を同じくして、歩兵の横隊が前進を始めていた。

('A`)「ロマネスク、砲撃準備だ。射程に入ったら、お前の裁量で自由に撃て」

( ФωФ)「アイ・サー」

 ロマネスクは言って、二門の砲が置かれている砲兵陣地に駆けていった。

19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:23:29.43 ID:Ls2vpUSc0

 しばらくして、本陣やや後ろの砲兵陣地から、つづけざまに二度、大きな炸裂音がした。
 クーは望遠鏡から目を離して、肉眼で戦場全体を眺めた。

 ブラゲ人たちの隊列の一部で、土埃とともに何人かの人間が宙に舞い上がるのが見えた。
 列から離れた場所でも、土埃が上がっていた。

川 ゚ -゚)(一発命中、一発はずれ、か)

( ´_ゝ`)「初弾から命中か。大したものだな」

('A`)「提督不在の間も、訓練は続けていましたので」

 並んで立つドクオとアーネムが言葉を交わした。
 ただの素っ気無い言葉のやりとりなのに、この二人の間には、どこかとげとげしい雰囲気が漂う。
 普通の会話のように見えても、なにか含むところがありそうな響きを持ってしまうのだ。


20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:24:44.57 ID:Ls2vpUSc0

 本陣からの砲撃が何度か繰り返された。
 砲弾の命中率は半々ほどだ。
 重砲による超遠距離射撃であることを考えれば、その命中率は平均より上であるといえた。


 やがて歩兵の列は双方1.5kmの距離にまで接近し、ロマネスクの砲兵隊の役目は終わった。
 今度は双方の陸軍が運用する軽砲による射撃が始まった。

 軽砲の数は、両軍ともほぼ同数だった。
 歩兵の隊列の後ろで、大量の小さなファルコネット砲やデミ・カルバリン砲が、
 一斉に炎の舌を突き出すのが見えた。

 直径9センチほどの鉄球が、両軍の歩兵陣を切り裂いて飛びかった。
 砲弾の飛んだ後は歩兵陣にきれいに直線の穴が開き、後には血と肉塊に舗装された道が残された。

26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:29:13.01 ID:Ls2vpUSc0

 クーは望遠鏡でその光景を眺めていた。
 丘の下からいくつもの砲声が、まるで花火の音のようにぱらぱらと聞こえてきた。

 彼女の望遠鏡は、ブラゲ軍歩兵の、とあるマスケット銃士隊に向いていた。
 ちょうどレンズに捕らえていた箇所に、一発のファルコネットの砲弾が飛び込んだ。
 重い鉄製の砲弾は、先頭を歩いていたブラゲ分隊長の脚を付け根から吹き飛ばし、
 一度地面でバウンドして、三列目の若者の頭をまるごともぎ取り、そのまま飛んでいった。

 脚を失った分隊長は、負傷した場所を両手で押さえようとしたが、
 その手は何も無い場所をただすかすかと横切るばかりになっていた。
 やがて彼は倒れた。一本立ちの棒人形が支えを失ったみたいにして、倒れた。

 頭を失った若者は、そのときもまだ立っていた。首から上が無くて、そこから血を吹き上げて。
 
 その二人は行進を止めたが、ブラゲの隊列自体は何事もなかったかのように進み続けていた。
 倒れた隊長と、立ち尽くす若者(の首から下の体)をその場に置いて、軍隊は進み続けていた。

29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:31:22.60 ID:Ls2vpUSc0

 肩にそっと置かれた手に、クーは全身をびくりとさせて驚いた。

('A`)「大丈夫か」

 後ろからドクオが低く囁いた。
 クーは望遠鏡から目を離して、首を回した。

川 ゚ -゚)「大丈夫? 何がだ」

('A`)「お前、顔が真っ青だぞ」

 言われて、クーは気づいた。
 自分は震えている。かたかたと、全身が小さく震えている。

 初めて見た、砲弾の直撃に壊された人間の姿に、
 クーはいつのまにか恐怖を覚えていた。


川 ゚ -゚)「だ、大丈夫だ」

 震える声で言って、クーはふたたび望遠鏡を上げ、覗き込んだ。

33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:35:04.12 ID:Ls2vpUSc0

 突出した斜線陣の右翼は、すでにマスケット銃の射程距離にまで進んでいた。
 両軍の歩兵が足を止め、射撃戦が始まった。

 整列した歩兵が、横一列に広がって、まるで壁のようにマスケット銃を構えている。
 赤服の列から、号令とともに一斉に白い煙が噴き出した。
 ほぼ同時に相手の黄色の歩兵隊からも煙の列が吹き上がる。


 クーはその様子も眺めていた。
 望遠鏡のレンズは、銃を構えた前列の歩兵が、ばたばたと倒れて行くのを捕らえていた。

 棗の種ほどの大きさのやわらかい鉛弾は、人体に対して致命的な損傷を与えた。
 鉛球は体の表面に当たると変形し、人体のパーツを剥ぎ取って体内を突き抜ける。
 一人の赤服の頬肉がごっそり剥ぎ取られ、後頭部から白い脳漿が霧のように後ろに飛び散ったのを見て、
 クーは耐えられなくなり、ぎゅっと目を閉じた。


川 ゚ -゚)「ば、ばかげてる…」

 震える声でクーは言って、望遠鏡を畳み、両手に捧げ持った。

('A`)「無理するなよ」

 ドクオが言った。


34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:36:58.23 ID:Ls2vpUSc0

川 ゚ -゚)「おかしいよ。敵に撃たれるのは分かりきってるのに、どうして避けもせず、
     ばかみたいに隊列を組んで、密集して戦うんだ?」

('A`)「そりゃ…火力の集中だよ。お前も教典で読んだだろ」

 ドクオに言われて、クーは昔読んだ『海軍歩兵操典』の記述を思い出した。

 マスケットの命中率は低く、装填には時間がかかる。
 敵の一斉射撃を二回もやりすごせば白兵戦が始まる。
 その間の損害率は、多くても10%程度であるので、耐えられないほどではない。
 そして、白兵戦では、陣を密集していた者が圧倒的に有利だ…

川 ゚ -゚)「だからって…。あんなやり方は、ばかげているよ! 砲火に体を晒すなんて!」

 クーはなおも食い下がった。

('A`)「…まあ、ああいう戦術を取る本当の理由はな、別にあるんだ」

 ドクオはそれに、声を落として応じた。

37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:39:03.46 ID:Ls2vpUSc0

('A`)「正直言って、敵弾の飛び交う中で歩数や歩幅もそろえて歩くようなやり方は、俺もばかげてると思う。
   横隊を組んでいるときは、前に歩く以外のことは、決してしてはならないとされている。
   士官の号令がなければ、自主的な行動は一切できないんだ。
   たとえ敵が銃を自分に向けていても、それを避けることすら許されない。横隊は、そういうもんだ」

川 ゚ -゚)「そんな」

('A`)「でもな、そんなふうに隊列を組まないと、誰も戦場で前には進まない。
   考えてみろよ。兵士をばらばらにして自主性に任せたとしてもだ。
   あの恐ろしい敵の銃や大砲がこっちをにらんでいるときに、
   自分一人でそれの前に進んでいこうとするやつがいると思うか?」

川 ゚ -゚)「ん…
     それは…」

('A`)「まあ、いないだろうな。そりゃそうだよ、誰だって死にたくないからな。
   横隊を組んで、鞭と縛り首に対する恐怖心によって連隊への忠誠心を持たせる以外、
   兵士たちを戦場へ駆り立てる方法は無いんだ」

 クーは黙った。

 そう考えると、たしかに横隊というのは、よくできた戦術だと思わざるを得なかった。
 兵隊個人の抱く恐怖心を、集団への忠誠で押さえ込んでしまうのだ。

('A`)「つまり、信用が無いんだな。俺達兵隊は」

 最後にドクオは、そう付け足した。

39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:41:10.88 ID:Ls2vpUSc0
二.


 ラフォーシェ平原の会戦は、こうして始まった。

 突出したニューソク軍右翼は、マスケット銃の斉射が終わるや否や、突撃を開始した。
 ラッパの音が響き、指揮を任されたカラマロス大佐がサーベルを振り上げ、
 ニューソク軍の赤服たちは銃剣や長槍を掲げて敵の歩兵隊に斬りかかっていった。


 乱戦が始まった。あらゆる種類の野蛮な武器が振るわれた。
 銃剣が振るわれ、銃尾で兵士たちは殴った。槍が交差し、盾に火花を散らせた。
 地面に打ち倒された者に、とどめのハルバードの斧が振り下ろされる。
 乞い願うように突き出された右手ごと、ハルバードの重い斧は兵士の体を砕いていく。

 ブラゲの誇る丸盾剣士ロデレロが進み出て、赤服たちをロングソードで斬りつける。
 そのすばやい熟練した動きに赤服は混乱したが、ニューソク軍だって負けてはいない。
 槍の扱いはこちらのほうが先輩だとばかり、長いパイクを自由自在に振り回し、その柄で相手をぶっ叩く。


 右翼の白兵戦は、どちらも一歩も譲らぬ、白熱した戦いとなっていた。


40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:43:37.07 ID:Ls2vpUSc0

 そのとき、まだ戦闘に参加していなかった部分のブラゲ歩兵隊に動きが生じた。
 混戦を続ける右翼を支援して、全兵力を右翼に投入し、
 数の力で一気に赤服を敗走させよう、とブラゲの指揮官は決意したのだ。

 ブラゲ軍の横隊が崩れ、雪崩をうつように歩兵たちが右翼へと殺到した。
 カラマロス大佐率いるニューソク陸軍右翼は、数にして五倍以上の敵に囲まれることになった。


 しかしこれこそが、タンブルストンの待っていた瞬間だった。

 タンブルストンは戦術的に絶妙のタイミングで、ニューソク歩兵隊の中央と左翼に進撃命令を出した。
 団子状に固まったブラゲ軍の背後を縫うように進み、ニューソク軍は半月型にブラゲ軍を包囲した。

 ,.――――-、
 ヽ /ブラゲ―`ヽ、
  | |  (・)。(・)|  
  | |@_,.--、_,>   敵右翼を包囲しようとしたらいつのまにか全軍が包囲されていたでござる
  ヽヽ___ノ                                    の巻


 ブラゲ軍は混乱した。前方のニューソク軍右翼への攻撃を続けるべきか、
 それとも背後に展開しつつある包囲軍へ対処すべきかどうか。

 彼らの陣に、一瞬の混乱が生じた。
46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:47:03.03 ID:Ls2vpUSc0

 タンブルストンはそれを見逃さなかった。

(´<_` )「騎兵、ついてこい!」

 一声あげると、彼は麾下の二百騎の軽騎兵を率いて、ブラゲ軍の只中に駆け込んでいった。
 彼は突撃をかける目標を、最も混乱が生じているブラゲ軍最外郭の部隊に絞った。

 彼が率いているのは、ハサーという名で知られる身軽な軽騎兵だった。
 一切の鎧を身に着けない、伊達衣装に身を包んだハサーの一団が、
 馬上からサーベルを振るって、混乱するブラゲ歩兵隊を内側からかき回した。


 軽騎兵ハサーは神出鬼没だった。
 戦場に立ち込める土埃の中から突然現れて、血の滴るぎらぎらしたサーベルを二、三度左右に振るって、
 そのままいずこともなく駆け去っていく。後には敵の死体だけが残された。

 剣で切りあいをしていた丸盾剣士が、突如現れた騎兵に背中を切りつけられてのけぞり、倒れる。
 またある所では、ものすごい勢いで迫りくる身軽な騎兵を眼前にして、脚がすくんでしまったブラゲ銃士を、
 こともなげにサーベルの一振りで首を飛ばし、振り返りもせずに駆けていく。


 まるで戦場の海を泳ぐようにして、タンブルストン率いる二百のハサーは練り歩き、駆け回った。
 彼らの後ろには点々とブラゲ人の死体が残された。彼らはけっして、足を止めなかった。

49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:51:30.57 ID:Ls2vpUSc0

 内と外からの攻撃に、ブラゲ軍は混乱した。
 そして縦横に駆け回るタンブルストンのハサーによって、
 混乱は疫病のようにブラゲ歩兵全体に広がり始めていた。


 ころあいを見計らって、包囲を完成させたニューソク軍が、マスケット銃の一斉射撃を行った。
 ブラゲ軍外周部の歩兵が、切り倒されたかかしのように、ばたばたと倒れていった。

 包囲側のニューソク軍が突撃に移った。いよいよ全軍による白兵戦だ。
 それに呼応するように、包囲されていたカラマロス大佐も、内側から猛烈に反撃を始めた。
 五千と七千の歩兵は完全な乱戦となり、もはや両軍の指揮系統は機能しなくなっていた。

 危機に瀕していたのは、ブラゲ軍の戦線である。
 彼らの戦術的優位が完全に失われていたのは、誰の目にも明らかだった。

 ブラゲ人たちは落胆した。
 戦場の主導権は、タンブルストンの手にあった。
 このまま泥仕合の白兵戦を続けていても、結果は明らかだった。
 国家のために働くより、むしろ自らの利益のために戦っているブラゲ軍の傭兵たちが、
 この戦いを続けても自分の利益にはならないと気づくのは、もはや時間の問題であろう。

53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:54:30.44 ID:Ls2vpUSc0
三.


ミ,,゚Д゚彡「すげえ…」

 眼下の歩兵が大乱闘を繰り広げている様子を見ながら、フサは言った。
 丘の上からは戦いの様子が一望できた。

 砂埃と砲煙がひどかったが、おおまかな歩兵の動きは、かろうじて見えていた。
 平原を埋め尽くした、粒みたいに小さな無数の兵隊たちが、
 ちょこまかとぎらつく武器を振るい、戦っていた。

川 ゚ -゚)「ねえこれ、どっちが勝ってるの?」

ミ,,゚Д゚彡「んー。うち側、じゃねえかな…」

川 ゚ -゚)「そうなんだ。なんで?」

ミ,,゚Д゚彡「ほら、ニューソク軍がうまく敵を包囲してるだろ、あの辺とか」

 クーは手びさしをして、遠くで戦う歩兵たちを眺めた。

川 ゚ -゚)「うーん…。
     ぜんぜんわかんない」

 フサはがく、と肩を落とした。
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 22:57:30.20 ID:Ls2vpUSc0

('A`)「気に入らんな」

 ぼそっと、ドクオは言った。

川 ゚ -゚)「えっ、何が」

('A`)「騎兵だよ。どこにいるんだ?」

川 ゚ -゚)「タンブルストンの?」

('A`)「違う。敵の騎兵だ」

 ドクオは望遠鏡を熱心に覗き込み、戦場の端から端までを眺め回している。

川 ゚ -゚)「あっ、そういえば」

('A`)「ブラゲの誇る(笑)二百のドラグーンと二百の騎士は、どこへ行ったんだ?」

川 ゚ -゚)「うーん…戦場全体が大砲の煙と砂埃に覆われちゃって、ぜんぜん見えないなあ」

('A`)「気に入らんな…やつら必ず、俺達の側面を狙ってくると思ったんだが」

61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:01:28.43 ID:Ls2vpUSc0

 海兵の列がざわめいた。
 伍長が飛び出して、アーネムのそばに駆け寄った。

「アーネム公、前方三百五十歩(フィート)に敵です!」

 伍長は前を指差して叫んだ。
 士官組はいっせいに首をそちらに向けた。


 砂埃の中に、ぎらぎらときらめく密集した槍の穂先が見えた。
 黄色と白で作られたブラゲ旗が、先頭に翻っている。

 林のような立方体をなしている槍兵の方陣が、
 着実な歩みで、クーたちのいる本陣のほうに迫ってきていた。

('A`)「くそっ、こっちにも歩兵が来たか!」

 ドクオは望遠鏡を向けた。
 しばらくじっと数を数えていたようだったが、やがて顔を上げて、言った。

('A`)「敵はおそらく、スイス傭兵の槍兵連隊。数は六百です」

( ´_ゝ`)「ふむ…」

64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:05:08.59 ID:Ls2vpUSc0

( ´_ゝ`)「槍兵六百ていどなら、援軍を要請しなくても、我々だけで対処できるな。
      ドクオ海尉、敵をこの場で迎え撃つぞ。指揮を頼む」

('A`)「はっ」

 ドクオは居並んだ海軍兵のほうへ向かい、右腕を回して大声で叫んだ。

('A`)「全隊、戦闘準備ー!」

 命令と同時に、フサは海兵隊へ、クーは銃列のほうへと駆けていった。
 ドクオも駆けた。徒歩で走り回って、各隊の配置を細かく直したり、指示を出したりした。

('A`)「ロマネスク、砲は散弾を装填だ。三百歩の距離なら、二回撃てるな?」

( ФωФ)「ういす。敵が走らない限り、たぶん大丈夫っす。
       でも、できるだけ時間を稼いでくれたら、ありがてえんすが」

('A`)「わかった。二百歩の段階で銃列の射撃を始めさせて時間を稼ぐ。なんとか二回撃て」
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:07:41.85 ID:Ls2vpUSc0

 すべての隊に指示を出し終えたドクオは、
 最後に海軍兵五百人の前に立ち、サーベルを抜いて頭上に掲げた。

('A`)「いよいよ俺たちの戦いだ、気合入れていけ!」

 五百人の海兵たちはドクオに応えて、短く、しかし元気よく、一斉に声を上げた。
 海軍兵、とくにパートレム号時代の乗組員は、ドクオ海尉の能力に対しては絶大な信頼を寄せていた。
 緊張した面持ちで槍を構え、マスケット銃を掲げる彼らだが、悲観の色はあまりなかった。


川 ゚ -゚)「マスケット隊、二列横隊! 前列は膝をつけ! 二百歩で同時射撃を行う!」

 クーが叫んだ。女らしい甲高い声は、ドクオの芯のある声ほど通りはよくなかった。
 前のほうの銃列だけが返事をした。短く、躍動感の無い返事だった。


ミ,,゚Д゚彡「五十歩の距離で槍隊は前に出て、銃列を守る槍壁を作るぞ!
      わかったかクズどもー!」

 フサが叫び、海兵隊員が口々に、下卑た野次と口笛で応じた。
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:11:07.78 ID:Ls2vpUSc0

 敵のスイス槍兵は、身長の二倍以上の長さがある槍を林立させ、
 きらきらと光る磨きこまれた鋼鉄の鎧に身を包み、密集隊形のままニューソク本陣に迫った。

 きっかり三百歩の距離で、ロマネスクの重砲が火を噴いた。
 装填されているのは散弾だ。
 無数のマスケット銃の弾丸が霧のように広がって、スイス槍兵の密集陣に襲い掛かった。
 散弾は、硬い鎧に包まれたやわらかい人間たちに、すさまじい殺戮をもたらした。

 悲鳴と絶叫が一斉にスイス槍兵から沸き起こった。
 散弾に晒された隊列の箇所が挽肉となって崩れ落ち、ぽっかりと綺麗な半円があいた。

 前列の数人は、文字通りの肉塊となって、赤い霧とともに細切れの肉片をぼたぼたと地面に落とした。
 直撃を免れた後列も、散弾に脚を貫かれた者、兜の中に入った弾が飛び回って頭をぐしゃぐしゃに潰した者、
 貫通は免れても、潰された鎧で肺を圧迫されて、倒れもがき、紫色の顔で地面をのた打ち回る者…

 クーは眼前の光景に立ちすくんだ。恐ろしくもあり、陶然ともしていた。
 今度の光景は、望遠鏡越しですらなかった。彼女の目の前で、それは起こっていた。

72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:13:25.40 ID:Ls2vpUSc0

 だが、クーにとってより恐ろしいことは、それだけもの破壊的な損害をいちどきに出しながら、
 スイス槍兵の連隊はそれをまったく意に介すこともなく、前進を続けていたことだった。

 散弾砲撃で倒れた兵士は五十人ほどだろう。
 残りの槍兵は、隙間の開いた箇所はそのままに、変わらぬペース、変わらぬ隊形で歩んでいた。

川;゚ -゚)「……」

 クーはそれを信じられない面持ちで眺めていた。
 あれだけもの残虐で、すさまじい殺戮の威力を目の前にしながら、この男たちは…


ミ,,゚Д゚彡「二百五十!」 

 少し離れたフサからの掛け声で、クーははっと我に返った。

川 ゚ -゚)「銃を上げろ! 前列、後列とも、私の合図で同時射撃だ」

 カチャカチャカチャ…
 小銃独特の金属音がいくつもクーの背中で鳴って、
 部下の銃列がマスケット銃を水平に構えたのがわかった。

76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:15:57.98 ID:Ls2vpUSc0

 スイス槍兵の足音が聞こえる。
 規則正しく集団で地面を踏みしめるその音は、得体の知れない威圧感を、クーに投げかけた。

川;゚ -゚)(まだか…まだか…)

 銃を構える腕がこんなに重く感じたのは、クーは初めてだった。
 槍兵は近づいていた。彼らのかぶる伊達帽子の羽飾りまで見え始めていた。

ミ,,゚Д゚彡「二百ー!」

川 ゚ -゚)「撃てー!」

 叫ぶと同時にクーは引き金を引いた。銃口が火を吹き、銃尾がクーの肩を力強く蹴った。
 ばららららら… と、背後で発砲音が連続した。
 二百発の一斉射撃で、あたりには一気に濃く白い硝煙が広がった。

 槍兵の前列がばたばたと倒れていくのが見える。
 兵士と共に、天高く突き出ていた長槍も、前に倒れる。

 五メートル近くある長槍が、ゆっくりと前にかしいで、そのまま地面に二、三度バウンドして転がる。
 槍兵隊のあらゆる場所で、人と長槍が倒れた。
 それはまるで、林の中の木が、次々と切り倒されていくかのような光景だった。

 銃撃を受けても、スイス槍兵はやはり止まらなかった。
 銃に撃たれて血を噴き出している仲間をその場に置いて、槍兵隊は行進を続けていた。

79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:19:27.25 ID:Ls2vpUSc0

 百五十歩を少し過ぎたところで、ロマネスクの砲がふたたび火を噴いた。

 こんどは散弾ではなく、普通の一発弾、丸い大きな鉄の砲丸だった。
 距離が近すぎるため、散弾は味方に当たる危険がある、と判断したのだろう。

 重量とエネルギーに満ちた焼けた砲弾は、スイス槍兵の林をなぎ倒した。
 砲弾が通ったラインが、ぽっかりと筋状に空白となって残った。
 この二撃目は十字砲火だった。
 砲弾は正方形の槍兵の陣を斜めに切り裂いて飛び、縦射よりも多くの人間を殺した。

 クーのマスケット隊は自由射撃を始めていた。各個に目標を選び、好きに撃つのだ。
 スイス槍兵は一人、また一人と数を減らしていった。
 度重なる銃砲撃を受けて、槍兵の数は半数近くにまで減っていた。

 彼らは行進を止めなかったが、さすがに損害が多すぎて、陣はすかすかになっていた。
 行進しながら彼らは互いに近寄って、隊形の組み換えをはじめていた。

82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:22:53.27 ID:Ls2vpUSc0

 クーのとなりにドクオがやってきた。
 彼女はちょうど、銃の装填のために、羊皮紙の薬莢を歯でかみ千切ろうとしていたところだった。

川 ゚ -゚)「射撃はいつまで続けたらいい!?」

 背後でけたたましく銃声の響く中、クーは大声でドクオに尋ねた。

('A`)「あとすこしだ、あとすこしで、おそらく敵は士気を失って逃げ始める。
   この戦い、勝てるぞ! このままどんどん撃ち続けろ」

川 ゚ -゚)「そうか、わかった!」

 言い終わらないうちに、前方の槍兵の列が崩れ始めた。
 端のほう、ばらばらになった一角が、槍を捨てて後ろに走り始めていた。
 砲撃ですかすかになっていた陣地は、傭兵たちの孤独感と不安感を煽り立てていたのだ。

 スイス槍兵連隊はついに行進を止めた。
 傭兵たちの後ろで指揮をとっていたブラゲ人は、面食らった。命令に従わない傭兵に、彼は怒り狂った。
 めったやたらと何事かを叫び、ニューソク陣地を指差しながら、手近な槍兵をサーベルの峰で殴りつけた。
 それでも一度足を止めた傭兵たちは、頑として誰も動かなかった。

 あっという間もあったかどうか。
 黄色い服を着たブラゲ人指揮官は、部下のスイス槍兵が突き出した長槍に、あっさりと胸を貫かれた。

 それで、敵の壊走は決定的になった。

84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:26:25.22 ID:Ls2vpUSc0

 槍兵連隊は一斉に逃げ始めた。
 重い長槍はその場に捨て、身一つになって、傭兵たちは後ろに向かって駆けていた。

 火薬と弾丸を装填しながら、クーはその光景を眺めていた。


 ニューソク陣地からは歓声が沸きあがった。
 マスケット隊は逃げる槍兵を後ろから執拗に銃撃し、ますます多くの槍兵を撃ち倒していた。
 フサ麾下の海兵隊が、長槍を地面に置いてカトラスを抜き放ち、追撃戦に備えていた。

 が…。

 すぐに明らかになった光景に、海軍兵たちは言葉を失った。

 騎兵がいた。
 土煙と硝煙の向こう、スイス槍兵連隊が駆け去ったその後ろには、無数の騎馬が並んでいた。

 スイス槍兵連隊の長槍の林に隠れて、
 まんまとニューソク本陣に接近を果たした、ブラゲ騎兵が。

91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:32:50.23 ID:Ls2vpUSc0

 騎兵隊の先頭に立つのはツンだった。
 面甲の下、赤い唇が、不敵に微笑んでいた。

 ひづめの音が、始まった。


ミ,,゚Д゚彡「や、槍を拾えー!!!」

 フサが絶叫した。
 その声に海兵隊員がはじかれたように動き、あたふたと捨てた槍を探して駆け回った。

('A`;)「くそっ、やられた! スイス槍兵は、ただの騎兵の隠れ蓑だったんだ!」

川;゚ -゚)「ど、どうするんだ」

('A`)「…銃列、前へ! 海兵隊は後ろに下がり、槍壁を組め!
   どうやら最初の相手はドラグーンだ、マスケット隊、あいつらを寄せ付けるな!」

 ドクオは言って、落ちていた長槍を拾った。
 彼も海兵隊の列に加わって、槍壁の一部に混ざるつもりなのだろう。

('A`)「アーネム公は槍壁の後ろへ。
   前に立っていては危険です、突撃を受ける可能性があります」

( ´_ゝ`)「う、うん」

 抜き身のサーベルを抱えたアーネムは、海兵隊の作る槍壁の後ろに入った。

94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:35:34.94 ID:Ls2vpUSc0

 ブラゲ騎兵が土を蹴立てて迫ってきた。やはり先頭はドラグーンだ。
 早い。
 そのスピードは、さきのスイス槍兵隊とは比べ物にならない。

 馬上のブラゲ人たちは、左手で手綱を繰り、右手にはピストルを握っていた。
 砂埃で視界の悪い中、ピストルの金具が反射する陽光だけが、ぴかぴかと不気味に光っていた。

 クーは一呼吸して、落ち着いてマスケット銃を構えた。
 装填はもう、済んでいる。

川 ゚ -゚)(騎兵は早い。三百歩の距離とはいえ、射撃のチャンスは、一回だけだろう…)

 彼女の背後からは、部下の放つマスケットの散発的な銃声が聞こえる。
 ときおり銃弾は命中し、馬上のブラゲ人が地面に落ちたり、馬が棹立ちになったりもするが、
 たいした損害は出ていないようだ。

 二百騎のブラゲ軍ドラグーンは怒涛のように迫ってくる。
 「騎兵を寄せ付けない」というクー隊の目標は、現在のところ、まったく達成できそうにない。


川 ゚ -゚)(…こいつらを、食い止めるには)

 クーは慎重に目標を探した。
 そして、見つけた。

 男だとすれば華奢な体つきと、兜の隙間からのぞく金色の髪が輝く、先頭に立つ騎馬を。
 ドラグーンの指揮官、ツン。

99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:38:38.20 ID:Ls2vpUSc0

川 ゚ -゚)(指揮官を潰す。これで、敵は浮き足立つはずだ)

 ぐっと、クーは銃を肩に引き寄せた。
 脇を締め、銃身に沿わせた視線の先にツンを置いて、狙いをつける。


 照門の中にぼやけたツンの顔が、クーに向いた。
 心なしか、面甲の下に隠された顔が笑ったような気がした。

 鉄の面の細い隙間から、射るような鋭い眼光が飛んできたような気がして、
 クーはぞくりと背中が寒くなった。


 ツンの馬の首がめぐり、まっすぐにクーのほうに向けられた。
 クーにむかって一直線に、ツンは馬を駆けさせた。

 黄色と白の軍服に羽飾りのついた銀色の兜。
 手にはピストルを持ち、重いひびきを立てて、騎馬はクーにむかって駆けた。


 マスケット銃を握るクーの手には、いつのまにか、汗がにじんでいた。

104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:43:40.59 ID:Ls2vpUSc0

 百歩ほどの距離で、クーの指が引き金を引いた。
 カチン、パタン…ドン!

 打ち金が下り、重々しい銃声が響いて、白煙がマスケットの銃口から噴き出した。

 馬上のツンは身を伏せた。
 まるでクーが引き金を引く瞬間を知っていたかのように、弾丸の飛び来る数瞬前に、
 ツンは馬の首にかじりつくように、すばやく体を倒し、伏せた。
 鉛の弾丸が、すこし前までツンの頭があったはずの虚空を、むなしく飛び抜けていった。

 撃ったばかりの銃口から白煙が渦巻く中、クーはマスケットを構えたまま、立ち尽くした。
 気づけば、騎兵は目の前にいた。

 馬の首から身を起こしたとき、ツンはクーを見て、もう一度はっきりと、笑みを浮かべた。
 それは決して、見知った二人の再会を喜んでのものではない。
 勝利を確信して、犠牲となる獲物に対したときのような、そして、それを喜ぶような…、


 馬上の白い指が、ピストルをしっかりと握り締めている。
 ぴたりと、銃口がクーの頭に向けられた。


 クーはまだ空のマスケット銃を抱えていた。
 そして馬上の赤く美しい唇が微笑むのを見て、
 彼女はその時、心の底からのわきあがる、黒い雨のような恐怖を感じた。

107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:46:32.38 ID:Ls2vpUSc0

 クーは絶叫した。
 マスケット銃を放り投げて、頭を抱えて体を投げ出し、地面に倒れこんだ。

 途端、宙に残されたクーの三角帽を、光の槍が貫いた。

 引きちぎられた三角帽は宙に舞った。
 むき出しになった黒髪が、吹き寄せる風でふくらみ、ばさりと地面に広がった。


 そして、それきりだった。
 地面にうずくまって、見開いた瞳を震わせてがたがた震えるクーを残して、ツンは駆け去った。


 ドラグーンたちは正確に五メートルの距離で次々に発砲し、
 そしてそのまま長居はせず、ニューソク陣地の左右に分かれて駆け去っていった。
 攻撃もあざやかなら、撤退もじつにあざやかなものだった。

 地面にはいつくばるクーの後ろで、
 ニューソク軍の海軍兵は次々にピストルに撃ちぬかれ、死んでいった。

 厳しい訓練を重ねていたツンのドラグーン隊は優秀だった。
 跳ね回る馬上からの射撃でも、その命中率は平均をはるかに上回るものだったのだ。

112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:50:32.64 ID:Ls2vpUSc0

 ひづめの音が遠ざかってから、クーはようやく体を起こした。

 クーの周囲はうめき声を上げる水兵たちで埋まっていた。
 前に出ていたマスケット銃兵で、ドラグーンの攻撃に耐えて立っているものは半数もなかった。


ミ,,゚Д゚彡「前方二百、新手の敵騎兵ー!」

 フサが叫んだ。
 はっとしてクーは顔を上げ、前を見た。

 ドラグーンが両脇に駆け去って開けた「通路」。
 その向こうに、また新たに騎馬の一団が見える。

 人も馬もぴかぴかに輝いている、重騎士だ。ランスを抱えた騎士の突撃だ。

ミ,,゚Д゚彡「や、槍壁、急げー!!
      カトラスを捨てて槍を拾え! 拾ったやつから、俺の周りに密集しろ!」

115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:54:46.30 ID:Ls2vpUSc0

 前方からはひづめの重い音が折り重なって聞こえてくる。
 馬上槍をしっかりと脇に抱え込んだ、破壊的な突撃が迫ってくる。

('A`)「ちっ…もう一馬走もないぞ! 隊列関係なく、槍を拾った者から密集陣を組め!」

 ドクオも槍を拾い、密集陣の端に加わっていた。
 ドンと、槍の床尾を地面に突き立てて、それを前に傾け、
 重騎士の突撃の重さに耐えられる槍壁を作る。


 クーは立ち上がり、部下たちの様子を眺めやった。
 配下のマスケット銃士隊は壊滅状態だった。
 立っている皆の目が、不安げに指揮官クーの上に注がれていた。
 彼らは、命令を待っている。

 クーはすばやく息を吸い、大声を出した。

川 ゚ -゚)「マスケット隊、銃を捨てろ!
     動けるものは槍を拾って槍壁に加われ! 急げ!」

 ひづめの音が恐ろしげに迫ってくる。
 生き残りの銃士たちは、銃を捨てて槍を拾い、槍がみつからなかった者は銃に銃剣を付け、
 必死の形相で、作られつつある槍壁に参加すべく、駆けていく。

119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:57:22.03 ID:Ls2vpUSc0

 クーも長槍を探したが、近くには見当たらなかった。
 だが、そばに倒れていた敵ドラグーン兵の死体の脇に、ブラゲ製のピストルが落ちていた。

 クーはそれに駆け寄り、手に取った。
 弾は装填されているようだ。


 ピストルを眺めてクーは考えた。

川 ゚ -゚)(長槍が見つからなかった以上、私の武器は、これ一つ。
     心もとない武器だがな)

 ピストルの射程は五メートルほどしかない。
 それは、ニューソク製でもブラゲ製でも、同じだろう。

川 ゚ -゚)(できるだけ敵騎兵をひきつけて撃たねば。
     この一発だけが、私の命綱だ…)


 手の中のピストルを、クーはぎゅっと握り締め、それから迫りくるブラゲ騎士たちをにらみつけた。

124 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/31(金) 23:59:09.15 ID:Ls2vpUSc0

 ふとクーは気づいた。
 配下のマスケット隊が元いた場所、いまや死体の山が築かれているその場所に、まだ誰かがいる。

 ビロードだ。
 彼は折り重なる死体から、何かを引きずり出そうと引っ張っている。

川 ゚ -゚)「何をしている! 走れ、馬鹿!
    ブラゲ騎兵が来るぞ! さっさと槍壁の後ろに隠れろ!!」

 遠くに見えるビロードに、クーは叫んだ。

127 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:01:45.51 ID:0/PcOtBm0

( ><)「ワカッテマス君が、怪我を!」

 ビロードから声が返ってきた。
 彼が引っ張っていたのは、気絶したワカッテマスだった。

川 ゚ -゚)「馬鹿野郎、けが人に構うな! 敵が迫ってるんだぞ、お前は槍を拾え!!」

( ><)「足が挟まれてるんです!! このままじゃ…」

 どうやらワカッテマスは、倒れこんだ死体の山に左足をはさまれているようだ。
 彼はそこから親友を引きずり出そうと、必死になって引っ張っていたのだ。

川 ゚ -゚)「お前だけでも早く槍壁の後ろに行け、さもないとお前は…」

( ><)「仲間をほっとけないんです!!」


 もう騎兵の奔流は傍まで来ていた。
 狂ったように音をたてる鎧や馬具、ぴかぴかに輝く全身の板金鎧が、模様まではっきりと見えた。

 騎士たちは、三角穂の鋭い槍先がつけられたランスをしっかりと脇に固定して、
 人馬の重みと疾走の威力を載せた破壊的な一撃を歩兵に叩き込もうと、迫りくる。
131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:05:03.87 ID:0/PcOtBm0

 騎馬のなかの一騎が、槍壁とは離れた場所にいるビロードを見つけ、狙いを定めた。
 赤い房飾りをつけたその騎士は、槍をぴたりとビロードの胸に向けて、突撃の最後の行程を始めた。

 もう猶予は無い。ビロードはいまから逃げても、もう遅い。
 彼は槍に刺し貫かれ、親友のワカッテマスは動けないままひづめに踏みつけられ、殺される。

川 ゚ -゚)(ええい!)

 クーは手にしたピストルを両手にかかえて、騎士の赤い房に向け、撃った。
 銃口から炎が噴き出し、強烈な鋭い発射音が轟いた。

 発射された弾丸が命中するはずはなかった。距離がありすぎた。
 丸い弾丸は騎士の手前で弧を描くように右にまがり、彼をかすめもせずに飛んでいった。

 が、騎兵の気を引くことには成功したようだ。
 ブラゲ騎士はクーのほうに顔を向けた。そして、突撃の軌道をすこし変え、槍先をクーのほうに向けなおした。
 喧嘩を売られたら喧嘩を買う。古い時代の、騎士たちの伝統だ。


 銃声にびっくりしたビロードが振り返った。
 クーは彼に怒鳴りかけた。

川 ゚ -゚)「さっさとそいつを助け出して槍壁の後ろに隠れろ、クソが!!」

 クーは叫び、煙の出ているピストルを投げ捨て、腰からサーベルを抜き放った。
 重そうなその刀身も、全身を鎧に包んだ騎士を前にしては、いかにもたよりなげな輝きだった。

134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:10:43.17 ID:0/PcOtBm0

 クーは切っ先を騎兵に向けて雄たけびを上げた。
 それから姿勢を低くして、突撃を続ける騎士に、まっすぐに駆け寄った。
 騎士の突撃の軌跡は変わらない。槍先は、ぴったりとクーに向いている。

 一人と一騎は、互いに殺気をみなぎらせ、駆け寄った。

 スピードに乗った重い馬体と槍がクーの体と交錯する瞬間。
 騎士が通り過ぎる瞬間に、クーはサーベルを地面に刺し、その反動で、地面を蹴った。

 ランスが彼女の脚をかすめた。いや、彼女がランスの上に乗り、それを蹴って飛び上がったのか。

 クーは空中に高く飛んだ。
 馬上の騎士すらも飛び越えて、無帽の頭から長い黒髪をなびかせて回り、離れた地面に降り立った。


 騎士はランスを立てて馬を止め、驚いたように振り返った。

 彼の背後、やや離れた場所では、冗談みたいに小さな水兵ナイフを抜いたクーが、
 騎士に向かって身構えていた。彼女はまだ戦う姿勢を解いていなかった。
 肩で息をしているクーが、ぜえぜえとあえぎながらも、馬上の騎士をじっとにらみつけていた。

 騎士はその場にしばらくいたが、やがて面甲の下の口がにやりと笑った。
 冷笑を浮かべて右手を上げクーに敬礼すると、彼は馬をめぐらせ、その場を駆け去っていった。

135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:13:47.17 ID:0/PcOtBm0

 クーは去っていく騎士の背中を目で追った。
 そして、彼の姿が戦場の砂埃の中に掻き消えていったとき、
 やっと、彼女の緊張の糸が切れた。

 クーはその場に座り込んだ。崩れるように膝が折れた。
 水兵ナイフを握った手が、だらんと地面に落ちた。

 心臓が信じられない速度で脈打っていた。
 上気した顔でぺたんと地面にすわりこみ、彼女は浅い呼吸をせわしなく繰り返した。

 頬が、緩んだ。
139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:16:51.49 ID:0/PcOtBm0

 いっぽうのフサの部隊は、ひどいありさまだった。
 重騎士の突撃をまともに受けてしまったのだ。

 フサと、その周辺に固まっていた歩兵は無事だった。
 だが、彼の組む槍壁に幸運にも参加できた兵士は、多くはなかった。

 密集陣を組んでいない歩兵は、騎兵に対してまったく無力だった。
 ばらばらに戦っていた兵士は、ほとんどが重騎士の槍に貫かれていた。

 そこかしこに死体が転がっている。
 折れた槍の突き刺さったままの体。重い馬体の体当たりを受けて、鼻から血を流して死んでいる者。
 倒れたところをひづめに踏みつけられ、体の一部を潰されて死んでいる者。

ミ,,゚Д゚彡「くそ…!
     おまえら、まだ動くな。槍壁は崩すな、必ず次が来るぞ!」

 今はニューソク本陣に、ブラゲ騎兵の姿はなかった。
 ランスによる破壊的な一撃を加えると、ブラゲ重騎士隊はすぐに引いていったのだ。

 といっても、彼らは逃げたのではない。
 重騎士のいちばんの武器は、突撃によって生じる馬の重みの衝撃力だ。
 彼らは助走距離を稼いで、何度も何度も、突撃をかける気なのだ。

141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:19:00.71 ID:0/PcOtBm0

 あまりの損害に、生き残ったニューソク本陣の海軍兵たちは呆然としていた。
 もう戦争どころではなかった。
 半数以上の仲間が、ドラグーンと重騎士によって、わずかの時間のあいだに殺されていた。

 ロマネスクを先頭に、砲兵たちが砲を捨て、海兵隊の助勢に駆けつけようとしていた。
 彼らは手に手に雑多なものを持っていた。
 装填用の羊皮が巻きつけられた棒や、手斧、桶をかつぐための棒にナイフをくくり付けたもの…
 まともな武器を持っている者は、ほとんどいなかった。


 フサは、海軍兵全体の指揮官であるドクオを見た。
 彼は壊滅的な状況に苦りきった顔をして、唇をかみ締めている。

 彼の手が震えながら、後ろに向いている。
 撤退命令を出すつもりなのだろうか。

 それは、不名誉ではあるが、
 この状況では最も適切で賢明な判断であるように、フサには思えた。

144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:21:15.72 ID:0/PcOtBm0

 ふと、フサの視界の端に、金色の何かが飛び込んできた。

 アーネムだ。
 彼は倒れていた地面から起き上がった。

 兜が脱げて、顔があらわになっていた。
 よろよろと、彼は膝に手を置いて、体を引き起こした。

 彼は肩と額から血を流していた。
 きらきらと光る金色の前髪から、血の筋が幾本も垂れていた。


 彼の壮麗な板金鎧は、わきの下の部分が大きくへこんでいた。
 ランスの槍先をその部分に受け、突撃の勢いで体ごと吹き飛ばされたのだろう。

 わきの下に手を当てながら、彼はびっこを引いて、歩き始めた。
 がしゃん、がしゃんと、一歩ごとに板金鎧が音を立てた。


145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:23:35.02 ID:0/PcOtBm0

 彼は傍らに落ちていた長槍を拾った。
 その槍は分隊旗手のものだったらしく、先端に小さなニューソク国旗の幟が付いていた。
 
 それを抱えて、アーネムはゆっくりと前へ歩き始めた。

('A`)「…アーネム公、何を?」

( ´_ゝ`)「反撃戦に移る。ブラゲ騎兵を、追撃するぞ」

 その場にいた誰もが、耳を疑った。
 半数以上を殺された歩兵隊で、有効な対抗手段も持たないまま、強大な騎兵を追撃する?

ミ,,゚Д゚彡「…は?」

 アーネムは槍の床尾を地面に突くと、まわりを見渡して、大声を出した。

( ´_ゝ`)「動ける者は俺についてこい! 敵騎兵を、追撃する!!」

 槍の穂先についた小さなニューソク旗が、丘を吹く折からの風に翻った。
149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:26:43.09 ID:0/PcOtBm0

 ドクオが顔を真っ赤にして、アーネムにつっかかった。

('A`)「ふ、ふざけるな! あんた状況がわかってるのか!!」

( ´_ゝ`)「わかっている。今ここで我々が追撃に移ることこそが、最良の戦術的な選択だ」

 アーネムは自信満々に応えた。
 その表情に、迷いの色は無かった。

('A`)「ばっ…無茶苦茶だ!
   歩兵が俊敏な騎兵に対して追撃するなんて、聞いたことがないぞ!」

( ´_ゝ`)「あー、うん、大丈夫だって」

('A`)「は? 何を根拠に…」

( ´_ゝ`)「タンブルストンと協力して、ブラゲ騎兵を挟み撃ちにするんだ。
      こっちからは海軍兵が追撃して、前線からはタンブルストンのハサーが攻撃する。
      こういう作戦さ」

('A`)「えっ…」

 ドクオの勢いが緩んだ。
 ハサーと海軍兵の挟み撃ちができるなら、それはたしかに、
 現状では考えうる限り最もよい戦術となるだろう。

153 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:29:27.88 ID:0/PcOtBm0

('A`)「で、でも、彼の騎兵隊は、いま前線で戦ってるんだろ。どうやって連絡を取るんだ?
   あんた、タンブルストン騎兵隊がこっちに来るのを見たのか?」

( ´_ゝ`)「いや。見えるわけないだろ、この砂埃の中で」

('A`)「じゃあ…」

( ´_ゝ`)「安心しろ、絶対にあいつはここに来る。
      あいつが、俺のピンチに、俺のもとに駆けつけないはずはないんだ」

 アーネムはそう、言い切った。
 ドクオの口が、あんぐりと開いた。

158 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:32:48.03 ID:0/PcOtBm0

('A`;)「ふ、ふざけるな! そんなあいまいな目論見で…!」

 アーネムはドクオの言葉が終わるのを待たなかった。
 長槍を抱えて、こんどはしっかりとした足取りで、ブラゲ騎兵を追って、前へと駆け始めた。
 逡巡していた兵たちも一人、また一人と槍を取って、アーネムの後を追った。

 ドクオは、信じられないといった面持ちで、成り行きを眺めていた。
 アーネムのバカみたいな根拠のない作戦と無謀な命令に、兵士たちが従うとは。

 たしかにこの軍隊の最上級の指揮官はアーネムだ。形式的には、彼には全軍に命令権があった。
 だが兵士たちを実際に動かしたのは、そんな軍隊内での序列などではなかった。

 アーネムの顔には、迷いが無かったのだ。
 彼の作戦と論理は大いに問題があるものだったが、
 彼自身は自分の考えに何の疑問も抱かず、絶対の自信を持って、追撃に移ることを決意していた。

 手痛い敗北にうちひしがれていた兵士は、彼の横顔に浮かぶ自信に、引き寄せられるように賭けたのだ。
 兜が脱げて美しい横顔を見せていたアーネムが、先頭に立ち槍を抱えて敵に向かって行く姿は、
 兵士たちにとって、何か輝かしい栄光のようなものの象徴に思えていた。

 ドクオとフサも、結局は彼の後を追うことにした。
 上級指揮官の命令だし、それに、本当にタンブルストンの騎兵が来ているとするならば、
 今は絶好の挟撃のチャンスであると言えた。
 ここで待っていても、繰り返される騎兵突撃で兵数を削られ、待っているのは敗北だけだ。
 ならば。

 彼らも、アーネムの直感に賭けたのだ。

161 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:35:13.01 ID:0/PcOtBm0
四.


 その後に起こった出来事を、クーは伝聞でしか知らない。


 アーネムの読みは最高のタイミングで的中した。
 乱戦のなかをどう兵をまとめたのか、タンブルストンのハサーは、正確にブラゲ騎兵たちの前に姿をあらわした。
 そして、騎兵どうしの戦闘が始まった直後に、その背後をアーネム率いる海軍兵の生き残りが襲った。

 ニューソクの長槍は、騎兵に対して効果的だった。
 鉤爪が騎士の鎧を引っ掛けて、馬から引き摺り下ろした。
 いきおいをつけて振り回される槍に、騎士たちは馬上から叩き落され、斧でとどめを刺された。
 マスケット隊が至近距離から銃撃し、板金の鎧を貫通させ、騎士を馬の上で殺した。


 絶妙のタイミングで挟み撃ちされることになったブラゲ騎兵隊は、損害が大きくなる前に撤退することを決意した。
 …というより、我が身危うしと見たクックルが、背中を見せて逃げ出したのだ。

 ブラゲ騎兵は総崩れとなって、騒がしい装具の音を立てながら、一塊になって戦場を後ろへ逃げていった。

164 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:37:54.98 ID:0/PcOtBm0

 前線で戦っていた両軍の主力歩兵が、戦場から逃げるクックルと重騎士の一団を見た。
 指揮官であるクックルが逃げ出したことで、ブラゲ歩兵の動揺は決定的なものとなった。

 もともと傭兵主体で士気もあまり高くなかったブラゲ軍は、総崩れとなった。
 秩序を失ったブラゲ陣営は、「各自勝手に逃げろ」の命令と声で埋まった。


 ニューソク軍はただちに追撃戦に移った。
 カラマロス大佐が歩兵隊を指揮して、逃げ惑うブラゲ人たちを背中から斬り倒し、撃ち殺した。

 タンブルストンのハサーは俊足を生かして、逃げるクックルを追い続けた。
 ツン率いるドラグーンは身軽なので、既に戦場を離脱していたが、
 クックルの重騎士隊は、鎧の重さが災いして、あわやタンブルストンに追いつかれようとしていた。


 そして、彼はそこで、ちょっとした事件を目撃することになった。

169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:43:46.90 ID:0/PcOtBm0

 戦場となったラフォーシェ平原の端に、ブラゲの輸送部隊がいた。
 彼らは水や火薬、食料といった軍需物資を運ぶため、
 鎖で繋がれて無理矢理つれてこられた、原住民の奴隷たちだった。

 奴隷たちは重い荷物を背中に背負って行軍していた。
 そんな輸送隊は、撤退命令が出ても荷物を捨てることは許されず、
 足を縛る重い鉄の鎖にあえぎながら、必死に戦場から逃げ出そうとしていた。

 そんな彼らの列は、不幸にも、クックルが逃げる道をふさぐ形になってしまっていたのだ。


( ゚∋゚)「どけい、下民ども!!」

 面甲を下ろし、ランスを構え、クックルは輸送隊の褐色の奴隷の列に、重い馬体を突っ込ませた。
 部下の重騎士たちはそれに習った。自分たちの指揮官と同じように、奴隷の列に突撃した。

 鎖で繋がれた奴隷の列に、地獄が訪れた。
 やせ細った原住民の体は、鎧で包まれた重い馬の衝撃力に、いとも簡単に跳ね飛ばされた。
 なぜ自分たちが味方に、それも植民地総督じきじきに攻撃されるのかわからないまま、
 奴隷たちは槍に貫かれ、馬に踏みつけられて殺された。

 輸送隊は大混乱に陥った。
 悲鳴をあげ逃げ惑う、鎖に縛られた男女。放り捨てられた補給物資と奴隷の死体の山で、道は遮られていった。
 そうなると後続の騎士たちは、道を切り開こうとますます別の原住民を殺し、その隊列を踏み越えていく。

 タンブルストンの追撃隊は奴隷たちを踏み越えることはできず、道を大きくはずれて迂回した。
 そのためにクックルは時間を稼ぐことができて、なんとかブラゲタウンまで逃げ延びることができたという。

173 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:46:58.23 ID:0/PcOtBm0

 奴隷たちの不運はこれで終わらなかった。
 重騎士が嵐のように通り過ぎたと思ったら、こんどは味方であったはずのブラゲ軍傭兵たちが、
 ブラゲ製の武器を振りかぶってやってきたのだ。

 彼らの目的は略奪だった。
 奴隷が背中に背負った食料や医薬品、こまごまとした道具などを目当てに、傭兵たちは輸送隊に殺到した。

 傭兵は、まだるっこしいことがなによりも嫌いだった。
 彼らはぎらつく刃物で奴隷を脅すようなことはしなかった。
 まずは、殺した。それから背中の荷物を漁った。
 敗戦の憂さを晴らそうとするかのように、傭兵たちは残忍に、執拗に逃げ惑う奴隷を追い、丹念に殺した。

 鎖でつながれた奴隷たちは、逃げることも、抵抗することもできなかった。
 それに抵抗したところで、傭兵は、戦士としては優秀だ。腕力ではとてもかなわなかっただろう。


 ブラゲは多くの傭兵を雇っていた。だから、多くの傭兵が奴隷たちを殺しにやってきた。
 傭兵たちはブラゲを見捨てていた。ブラゲタウンには帰らず、どこかに逃げていくつもりだ。
 彼らにとっては、食料の確保が急務だった。

 傭兵による略奪は、重騎士の突撃以上に凄惨を極めた。
 なぜなら、野蛮な彼らには一片の慈悲も無かったし、殺戮には略奪という明確な目的があったからだ。

177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/01(土) 00:49:45.92 ID:0/PcOtBm0

 こうして、ラフォーシェ平原における、ニューソクとブラゲの会戦は幕を閉じた。


 敵を敗走させたという意味では、会戦の勝者はニューソクだと言ってもよい。

 だが、地面にへたりこんでいるクーには、そんな実感は全く沸いていなかった。
 足腰が立たず、頭は働いていなかった。
 彼女は味方の兵が迎えにくるまで、いつまでもその場に座り込んでいたのである。

 部下のマスケット銃士隊が死体となって折り重なっている、血にまみれた場所で。





第十九話 ここまで―――

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