3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:06:30.90 ID:WrS6TLju0


 馬上のクーが夕日に照らされていた。
 
 ほどなくして日は沈んだ。
 夜営のための「とまれ」の命令が、隊から隊へと伝えられた。


 平原のあちこちに焚き火が作られた。
 青く暮れ始めた大地に、それはたくさんの光の輪を描き出した。


 クーは草むらを選んで寝転がった。
 すぐに、配給のラム酒が配られはじめるだろう。

 いつのまにか、空にはちらちらと、星が見え始めていた。





   川 ゚ -゚)は探しているようです  第十八話

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:09:59.42 ID:WrS6TLju0
一.


 空はすっかり夜の色に染まった。

 春の夜は冷える。
 兵士たちは焚き火の周りに集まって、配給の水割りラムを飲んで、楽しそうに笑っていた。

 彼らは上機嫌だった。
 これまでのところ、彼らの軍隊は負け無しでここまで進んできていた。

 ばらばらの服を着た水兵の輪が、赤い焚き火の炎に照らされて、
 にぎやかに笑い騒ぐあけすけな笑顔とジョッキが、夜の中に浮かび上がっていた。

 叉銃に組まれたマスケット銃や長槍の列が、彼らの後ろで鈍い輝きを放っていた。
8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:12:10.01 ID:WrS6TLju0

 そんな浮かれ騒ぐ兵士たちに背を向けて、クーは腰掛けていた。

 彼女は騒ぎの輪からとおく離れて、静かな暗闇の中で、一人ボトルを傾けていた。
 ひざの間に置かれたラム酒の濃いブラウンは、中身が士官用の原酒であることを示していた。

 遠くから兵士たちの笑い声が聞こえてくる。
 楽しげに手を叩く音もする。
 

 長いため息をひとつ、彼女は吐いた。
 息には酒のにおいが漂っていた。


 後ろで爆笑が沸き起こった。
 クーはうるさそうに顔だけで振り返って、水兵たちを見た。

 隈で浮き出た濁った黒い瞳が、遠くで笑い騒ぐ兵士たちのほうに、ぼんやりと向けられた。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:18:52.06 ID:WrS6TLju0

 たき火の明かりの輪の端に人影を感じて、クーはどきりとした。
 ドクオだった。

('A`)「クー、こんなところにいたのか」

 彼は、兵士たちから離れて一人ぽつんと座っているクーの姿を見つけ、
 ゆっくりと歩み寄ってきて、隣に腰を下ろした。

 ドクオは、数日前からクーの様子がおかしいことに気づいていた。
 だから彼は、それとなく彼女のことを気にかけていたのだ。

('A`)「どうした、一人でこんなところに座って」

 横に座ったドクオに、クーは顔を向けなかった。
 彼女はただじっと、足の間に置いた酒のボトルだけを見て座っていた。


('A`)「いよいよ明日は戦いだな」

 ドクオは言った。
 
 斥候は、ブラゲ軍が目と鼻の先にいることを伝えていた。
 遅くとも明日の昼には、ニューソク、ブラゲの両軍は激突することになるだろう。

('A`)「これまでの小競り合いみたいな戦いじゃない。
   正規軍どうし、全軍がぶつかる会戦だ。
   お前、こういうでかい戦いは始めてだろ。やっぱり緊張してるのか?」

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:23:38.53 ID:WrS6TLju0

 クーは黙ったままだった。
 ドクオのほうを見もしなかった。

 かまわず、ドクオは喋り続けた。

('A`)「まあ、無理もないさ、緊張するのは。正直いって怖いんだろ?
   今度の戦いは、いままでと違って、敵も正規軍だ。大砲も騎兵もいる。
   マスケット銃だって、今までみたいにばらばらに撃ってくるんじゃなくて、
   横隊を組んだ二百人からの歩兵が一斉に撃ってくるんだ。
   だから、お前が怖がるのも無理はないよ」

川"゚ -゚)「…そうなんだ。今度の敵は、強いんだな」

('A`)「ああ。大砲に撃たれるなんて、初めての経験だろ、クー」

 クーが顔を上げた。

川"゚ -゚)「じゃあ、今度こそ、私は死ねるかな」

('A`)「えっ?」

 ドクオはびっくりして、隣に座るクーを見た。
 目の下には大きな隈ができ、不健康そうな瞳は何を見ているのかわからない。

 死ねる、と言ったときのクーの横顔は、笑みを浮かべたようにも思えた。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:25:32.06 ID:WrS6TLju0

 ドクオは何と言ったものか考えあぐねていたが、やがて意を決したように、言った。

('A`)「おいクー。
   最近、お前、何か…おかしくないか?」

川"゚ -゚)「ん?」

 しばらく沈黙があった。

川"゚ -゚)「おかしい?」

('A`)「ああ。様子というか、その…その目の下の隈とかさ。
   お前、もしかして、ちかごろ眠れてないんじゃないか?」

川"゚ -゚)「…まあ。
     夜はほとんど、眠れてない」

('A`)「マジかよ…やっぱりな。
   クー、どうしたんだ。何かあったのか?」

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:29:46.13 ID:WrS6TLju0

 クーはボトルを持ち上げ、中身の琥珀色の液体を喉に流し込んだ。
 原酒のきついアルコールが、熱を持った鉛のように、重く彼女の体に侵入した。

川"゚ -゚)「最近さ、なんていうか…」

 上を向いて、クーは言葉を探した。
 ドクオは彼女の言葉の続きを待った。

川"゚ -゚)「死にたい、んだ。なんだかしらないけど」

('A`)「は? 死に…?
   な、何を言ってるんだ?」

川"゚ -゚)「わかんない。私、何を言ってるんだろうな」

 ボトルが持ち上がり、酒が彼女の喉を通り抜けた。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:33:18.58 ID:WrS6TLju0

('A`)「俺は、お前ほど生に貪欲なやつはいないと思ってたぞ。
   お前、言ってたじゃないか。本国では恐ろしい環境の…その…宿で生き延びてきたって」

川"゚ -゚)「ああ、そういや…」

 クーは笑った。

川"゚ -゚)「そうだったな。あの最悪の売春宿で、私は必死になって生にしがみついていた。
     骨と皮だけにがりがりに痩せて、毎日最低のいじめを受け続けて、それでも生に執着していた」

 なつかしむように、彼女は目を細めた。

川"゚ -゚)「それが、死にたい、か…。たしかに、おかしなものだな。
     あんなに必死に生きのびていたというのに、今では死にたい、だなんて…」

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:34:38.95 ID:WrS6TLju0

('A`)「だろ? お前が死にたいなんて言うのは、どう考えてもおかしいだろ。
   クーお前、どうしてそんな、…死にたいなんて言うんだ?」

川"゚ -゚)「……」

('A`)「やっぱり、ショボンさんのことか?」

 しばらく待った。
 答えは無かった。

 ドクオはじっと暗闇を見つめて、クーの返答を待った。
 だが隣に座るクーから返事の言葉は、いつまでたっても返ってこなかった。


 …かわりに、すすり泣くかすかな音が聞こえてきた。


 伏せられたクーの顔がひきつり、大粒の涙がこぼれて、ひざの間に落ちていた。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:42:35.34 ID:WrS6TLju0

 ドクオは困惑した。こんな状況には、彼は慣れていなかった。
 泣き出した女を前にどう行動すればいいのかなど、本の中には書かれていなかった。

 なので仕方なく、彼は黙って、ただ泣くクーを眺めていた。

川"゚ -゚)「なあ…ドクオ」

('A`)「ん?」

川"゚ -゚)「生きのびるためには、人を信じちゃだめなのかな?」

('A`)「…?」

川"゚ -゚)「人を信じるな。他人は競争相手であり、敵だ。だから、常に他人には気をつけろって、ショボンが言ってた。
     他人を傷つけろ。暖かさを押しのけろ。誰もを疑ってかかれ。そうしなければ生きていけないって。
     生きていくためには、そうしろって」

('A`)「えっ。ショボン、そんなこと言ってたの」

 驚いてドクオが言った。
 あの、人のよさそうなショボン牧師がそんなことを言ったなんて、にわかには信じられなかった。

川"゚ -゚)「うん、誰も信じるな、って。これ、どう思う?
     たしかに私も、昔はそう思ってたんだ。だからやっぱり、正しいのかな。
     売春宿では結局誰一人、私の味方はいなかったんだから。
     姉のように慕っていた女ですら、最後には金で私を売ったんだもん」

('A`)「誰も信じるな、か…」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:46:33.94 ID:WrS6TLju0

('A`)「うーん、それもまた、極端な話だと思うけどなあ…」

川"゚ -゚)「でも、ショボンはそう言ってたんだぞ!」

 突然クーは、ドクオをにらみつけ、大きな声を出した。
 ドクオはびっくりして顔を上げた。

 クーの黒い瞳が、輪のように丸く見開かれていた。

川"゚ -゚)「そう言って、私を刺し殺そうとしたんだぞ、ショボンは!
     あいつは私を裏切った! あいつの言うことは正しいんだ!! 誰も信じるな、だ! 
     だから、私はあいつが言うとおり生きるんだ! 人は徹底的に疑うぞ! 温情は無用だ!
     仲間なんか幻想だ。しょせん人はひとりで生きていくんだ。皆は私を利用してるだけなんだ。
     だから…だから私は、すべてを疑い、人を押しのけて、たった一人で冷酷に生きる…」

 激しかった声のトーンが、しゃべるうちにどんどん尻すぼみになっていった。

 最後にはまた黙り込んで、クーは下を向いてしまった。


川"゚ -゚)「…のは、やっぱり、いやだな」

 ぽつんと、付け足すように、クーは言った。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:50:36.27 ID:WrS6TLju0

川"゚ -゚)「いやだ。
     誰も信じずに、他人に冷たくして、仲間だったみんなからも嫌われて、いつも恐怖の影におびえて。
     そんな生き方は、もういやだ。
     もう私は、生きていけなくてもいい」

 途切れ途切れにクーは言った。
 長い沈黙のあと、クーはまた下を向き、泣き出した。

川  - )「ショボン。
     どうして裏切ったの?
     やっと私も、一人ぼっちじゃなくなったと思ってたのに」

 消え入りそうな声でぶつぶつと、クーはつぶやいた。
 小さな肩が震えていた。

 ドクオは何も言えなかった。
 どんな言葉も、今のクーに掛けるには、ふさわしくないような気がしていた。

川  - )「ねえショボン、どうして死んじゃったの? どうして私を刺そうとしたの?
     ねえ、あんなに長い間いっしょにいて、家の中は明るくて、楽しかったのにね。ショボン」

 涙はクーの頬を伝い、絶えることなく地面に吸い込まれていった。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:54:49.70 ID:WrS6TLju0

 ドクオは黙って立ち上がると、
 自分の体にはすかいに巻きつけていた毛布を解いて、それをクーの肩に掛けてやった。

 クーは震えていた。
 春の冷たい夜気は、気づかないうちにずいぶんとクーの体を冷やしていた。
 毛布に包まれた部分がほんわりと暖かくなるのを、クーは感じた。


 ドクオは腰を下ろし、言葉を探した。
 運命の奔流を小さな体に一身に受けている、十五歳の少女にかける言葉を。

 ニューソク軍士官だと言っても、クーはまだ子供なのだ。
 その肉体と同じように、その精神も発達の途上にあった。
 年少期のやわらかな心に、降りかかった苛烈な出来事の数々は、鋭すぎたのだ。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:58:10.50 ID:WrS6TLju0

('A`)「ショボンはきっと、お前に生きてほしかったんだと思う。だから、それで…」

川  - )「やだ!
     やだ…もう…生きるの…いやだ…いやだよ…。
     仲間を疑って、裏切って。皆に冷たくして、嫌われて。
     そんなことまでして、生きたくない…」

('A`)「大丈夫だ。そんなことをしなくても、生きていく方法はある」

川 ; -;)「…どんな?」

('A`)「それは…」

 ドクオは上を向いてしばらく考えた。

('A`)「わからない。言葉では、うまくはいえないけど」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 22:59:51.67 ID:WrS6TLju0

('A`)「でもクー、その方法を探すためには、とりあえず生き延びてみなきゃ」

川 ; -;)「…?」

('A`)「ショボンは死に際に、お前に「生きろ」って言ってたんだろ。
   いろいろややこしいことも言ってたみたいだけど、
   結局のところ彼が言いたかったのは、きっとその「生きろ」の一言なんだと思うぜ。
   他人を疑えってんじゃなくて、クー、お前がより良く生きる方法を探せってことじゃないかな」

川  - )「そう…かな?」

('A`)「そうだよ。きっとそうだ」

 しばらくあった。
 クーの表情が、いくぶんやわらかいものになった。

川  - )「じゃあショボンは、最後まで、私のことを考えていてくれたのかな…?」

('A`)「だろうな。
   あいつ、生前はずいぶん、お前のことを気にかけてたからな」


 沈黙の後に、かすかな息づかいがあった。
 クーはドクオの肩にわずかに触れる程度にもたれかかって、声を上げずに泣いていた。

 ドクオは肩をいからせて、そのままクーを受け止め、座っていた。


59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:02:22.63 ID:WrS6TLju0

 やがて、嗚咽がやんだ。
 しゃくりあげる動きが無くなったと思ったら、クーはすでに眠っていた。

 寝不足が重なっていたのだろう。
 泣いているうちに、沈むように眠り込んでしまったのだ。

('A`)「…やれやれ」

 呟いて、ドクオはそっと立ち上がった。
 そして崩れかかるクーを抱えて、持ち上げた。

 十五歳の体は意外に大きく、相応の重さがあった。
 まだまだクーは子供だと思っていたドクオは、その手ごたえと、
 自分の腕の中で寝息を立てている白い女の顔に、思わずどきりとさせられた。


 遠くの焚き火の輪では、あいかわらず兵士たちがラム酒を呑んで、大きな声で騒いでいた。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:06:11.84 ID:WrS6TLju0
二.


 ブラゲ軍の本営でも、兵士たちが酒を呑んで騒いでいるのは同じだった。


 兵用の天幕からすこしはなれて、本陣にはクックルの豪華なテントがあった。
 きらびやかな色のフライで飾られたテントからは、たくさんのカンテラの明かりが漏れていた。

( ゚∋゚)「斥候の報告では、ここからほんの二十キロほど離れた場所で、
    ニューソク軍の連中は夜営しておるそうです」

 テーブルに広げられた地図を指差して、クックルが言った。
 向かいに腰掛けたツンが頷いた。

( ゚∋゚)「明日の昼前には、この平原でやつらを補足して、撃破することができるでしょうな」

 言って、クックルは手の中のブランデーグラスを傾けた。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:08:50.96 ID:WrS6TLju0

ξ゚听)ξ「それは頼もしいことですわ。ですが…」

 ツンは足を組み替えた。
 質素だが見栄えのする革を張った長椅子に、彼女は優雅に腰掛けていた。

ξ゚听)ξ「私は考えますの。まずは、向こうの将軍と話し合いを持って、
      和平の道を探ってみたほうが、無益な死人を出さず、お互いの利益になるのではないかと。
      勝とうが負けようが、戦争があれば国土は荒れ、苦しむのは平民です。
      善良な農民たちの息子を、ここでいたずらに殺す必要はありません」

 クックルは小さく笑った。

( ゚∋゚)「ご婦人が生得的に争いを好まれないのは、私も重々承知しておりますが…。
     和平はありえません。戦争は、利益を生むのです。これは動かしがたい、世界の大原則です。
     死人? 下々の人間がいかに死のうと、我々には何の関係もありませんな。
     育った麦穂は刈り取るものです。それが敵であろうと、味方であろうとね」

ξ゚听)ξ「…それは、神の御心に適わぬ考え方です。
      支配者たるもの、民のことを慈しみ、むやみに苦しめぬよう心を配るべきで…」

( ゚∋゚)「ははっ。つまり私は、もともとニューソク植民地は粉砕する考えだったのですよ」

ξ゚听)ξ「…?」

( ゚∋゚)「今回のことがなくても、私はどうせ、そのうちやつらの植民地に軍を進めて、すべてを奪い取るつもりでした。
    街を大きく育てさせて、建物を作らせ、通商路が確立してから、それをまるまる頂こうと…ね」


74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:12:52.57 ID:WrS6TLju0

( ゚∋゚)「この新大陸に初めて植民地を築いたのは、我々ブラゲです。
    この新大陸は、すべてが我々の領土になるべきなのです」

ξ゚听)ξ「…我がブラゲ王国の領土が広がるのは、喜ばしいことですわね」

( ゚∋゚)「おわかりいただけましたか、ツン夫人」

ξ゚听)ξ「ですがその大義を実現するのに、なにもたくさんの資源を浪費する、
      大軍同士の会戦という手段をとる必然性はありませんわ。
      ニューソク側と会談を持ち、こんな無駄な戦いを回避する努力をしてみても、
      我々に損は無いと思うのですが?」

( ゚∋゚)「そうはいきませんな」

 クックルはグラスを持ち上げてツンを見て、にやりと笑った。

( ゚∋゚)「ニューソク軍は、我等が本拠地、ブラゲタウンの占領を狙っておるのですぞ。
     あなたとしても、夫ホライゾンと共にこの新大陸に最初に足跡を印した都市を
     野蛮な大軍に攻め落とされるような事態は、なんとしても避けたいのでは?」

 ホライゾンの名前が出た途端、ツンの表情に鋭さが増した。
 それを見て、クックルはいやらしい笑みを見せた。


75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:14:19.77 ID:WrS6TLju0

ξ゚听)ξ「…たしかに、ブラゲタウンは我が植民地の心臓部。守るべき都市ですわ」

( ゚∋゚)「でしょう? ならば、交渉など無用です。
     やつらがブラゲタウンに手を伸ばすなら、我々はその汚い腕を斬りおとすまでです」

ξ゚听)ξ「ですが、一切の和平交渉もせずに戦いを始めるなど。
      回避できたかもしれない大戦争で、味方の人命を危険に晒す…」

( ゚∋゚)「おっと、堂々巡りですな。その話は、さきほど済ませましたが…?」

 クックルは優越感を顔一面に浮かべて、口をつぐんだツンをにやにやと眺めた。


 ツンは苦々しく眉をひそめ、椅子から立ち上がった。
 それ以上に言うべき言葉が見つからなかったのだ。


 テントから出て行こうとするツンの背中に、クックルが声をかけた。

( ゚∋゚)「よい夜を。神がブラゲ人の上に、勝利を垂れ給いますように」

 腹が立つほどに、それはおだやかな言葉だった。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:18:08.38 ID:WrS6TLju0

ξ゚听)ξ(くそっ! クックルめ…
      民をいたずらに苦しめるあいつが、どの口で神の恩寵を乞うのか!)

 地面を荒々しく踏みしめて、ツンは自分のテントへと歩いていった。
 クックルとの会談は、どう考えてもツンの一方的な敗北だった。

 クックルは弁が立つ。
 直情的で口下手なツンは、いつもこんなふうに、クックルに言い負かされてしまうのだ。


 ホライゾンの名前を出されると、ツンは弱かった。
 夫との思い出の場所であるブラゲタウンは、たしかに、なんとしても侵略者の手から守りたい。

 でも、むやみに会戦に臨むのも、気が進まないことだった。
 正規軍が全軍あげて正面から激突すれば、どちらにも無数の死者が出る。


 ツンにとっては、ブラゲ植民地の住民は、貴賎の差なくみなが仲間だった。
 夫と夢を語り合い、荒野を開拓し、長い年月を共に苦労して立派な国を作り上げた仲間だ。
 無益な犠牲は、一人たりとも出したくない。

ξ゚听)ξ(戦いが避けられないものだとしても、なんとかして、犠牲を減らす方法はあるはずだわ。
      ようは、ニューソク軍に、ブラゲタウン攻略をあきらめさせればいいのよ…)


 天幕の覆いを跳ね除けて、ツンは自分のテントの中に入っていった。
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:21:18.47 ID:WrS6TLju0
三.


 翌日。
 ブラゲもニューソクも、お互いの存在と動きは斥候を通してよく知っていた。
 両軍とも敵が近くにいることは知っている。戦機をうかがいながら、慎重に前進を行った。

 そして、昼前に両軍は見敵した。


(´<_` )「斥候からの情報どおりです。ブラゲ軍は歩兵が七千、騎兵が四百の、計七千四百。
     この数字でおおむね間違いないでしょうな」

 本陣の旗が翻る丘の上、望遠鏡から目を離して、馬上のタンブルストンが言った。

( ´_ゝ`)「思ったより多いな。我が軍より、かなり数は多いじゃないか」

(´<_` )「我が軍は歩兵五千五百、騎兵二百。数の上ではたしかに、向こうのほうが勝ります。
     ですが、敵は統一した軍組織ではない…
     直前に傭兵をたくさん雇い入れたんでしょう。ブラゲ軍は、装備も軍服もばらばらです。
     要するにやつらは烏合の衆です。恐れるに足りません」

 タンブルストンは、そう断言した。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:24:22.15 ID:WrS6TLju0

( ´_ゝ`)「恐れるに足りない、か。
      タンブルストン卿。いつものことながら、貴卿のその言葉は、
      確かな勝算があっての発言なのだろうと思う。
      そこで、貴卿の作戦をおおまかに説明していただけると有難いのだが」

 兵や将校たちの前では、アーネムはタンブルストンに対して、しゃちほこばった他人行儀な喋り方をする。
 それがタンブルストンにとってはおかしくて仕方が無いのだが、ここで笑いを見せるような彼ではなかった。

 彼は遠くの赤服―ニューソク陸軍兵を指差しながら、作戦の説明を行った。

(´<_` )「斜線陣を組みます。
     定石どおりの布陣ではなく、左翼は下がって、右翼は突出した陣で敵に臨みます」

( ´_ゝ`)「ほう…それは珍しいな。歩兵の大軍を率いる戦いで、斜線陣とは」

(´<_` )「突出した右翼は敵左翼に触れ、早々と戦闘を開始します。すると、残りの敵は陣形を崩します。
     そこを、叩く。
     敵の崩れた一角を三日月型に包囲する。多分、これで勝てるでしょう。
     傭兵の多い軍隊は、一角を崩せば総崩れになるものです」

 いつものように平然とした顔で、タンブルストンは語った。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:27:26.85 ID:WrS6TLju0

 居並ぶ将校たちから驚きの声が上がっていた。
 タンブルストンの提案した作戦は、奇策であると言えた。
 マスケット銃の火力を最大限に生かすなら、一列横隊による平行陣を組むのが常識だ。

( ´_ゝ`)「ふむ…。その作戦で、確かに勝てるんだな?」

(´<_` )「敵を敗走させるには、タイミングがすべてです。
      敵の弱点を見つけ、そこを突いて、敵を動揺させ、一気に攻め込む。
      今回の敵の弱点は、傭兵だらけの烏合の衆である、というところですな」

( ´_ゝ`)「うむ。流石だな、タンブルストン卿」

 本陣の置かれた小高い丘の上から二人が見下ろす中、
 ニューソク軍はタンブルストンの立案した布陣計画に従って、平原に整然と陣を組み始めていた。

 いっぽうの遠くに見えるブラゲ軍もまた、輜重車を下げ、兵を動かして、真向かいに陣形を作っていた。


 春の日がやわらかく降り注ぐ、ヴィップ大陸南部の平原いっぱいを使って、両軍の布陣が行われていた。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:31:09.28 ID:WrS6TLju0

 風に流れる青と赤のニューソク旗の群れの動きを、ドクオは丘の上から眺めていた。
 海軍兵五百はアーネム直属の兵として、本陣のある小さな丘の上に配置されていたのだ。


 馬を並べたアーネムとタンブルストンが、布陣の進む両軍を俯瞰しながら、作戦について話している。

( ´_ゝ`)「ところで、ここにいる海軍兵五百は、どう使うんだ?」

(´<_` )「彼らは予備兵として、前線左翼後方に待機させます。アーネム公独自のご判断で、戦線に投入してください。
      まあ、マスケット銃士二百、槍兵二百、砲兵百の兵力では、この規模の戦いでは戦力になりませんが」

 ドクオを先頭に、海軍兵たちも丘の上に陣を組んでいた。

 海賊みたいにカトラスを腰に挿して、林のように長槍を立て、軍服もバラバラな海兵隊を率いるフサ。
 マスケット銃をかついで整列した水兵の隊を率いるクー。
 ロマネスクは掌砲長として、軍艦から降ろしてここまで引いてきた二門のカノン砲を整えている。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:34:12.75 ID:WrS6TLju0

 タンブルストンは馬を繰って、海軍兵たちの前をゆっくりと歩き、視察した。
 まずはロマネスクの砲兵隊、二門の重砲が配置されている場所に来た。

(´<_` )「ロマネスク海尉。君の任務は、歩兵の横隊が敵と接触するまでの間、
     その二門のカノン砲をひたすら敵歩兵隊に撃ちこむことだ。
     陸軍兵どうしの白兵戦が始まったら、砲撃を止め、別命あるまで待機すること」

( ФωФ)「アイ・サー」

(´<_` )「それからクー海尉、フサ海尉。
      諸君ら海軍兵の任務は、ロマネスク砲兵隊の護衛だ」

ミ,,゚Д゚彡「護衛?」

(´<_` )「そうだ。
      この海軍の誇る重砲、十二ポンド・カノン砲の二門は、本来ならこんな平原で使うものではない。
      この砲は、ブラゲタウンの城壁を崩す攻撃に使う目的で、ここまで引いてきたのだ。
      だから今回の戦いでは、この砲を活躍させる必要は無い。もし仮に敵の攻撃があったら、逃げろ。
      諸君ら海軍兵五百は、とにかく砲を守り抜くことを第一義に考えて行動しろ」

('A`)「なるほど、了解しました」

 ドクオが言った。
 ドクオは海軍兵五百の全体の指揮を任され、本陣に配置されていた。

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:36:32.20 ID:WrS6TLju0

 海軍兵への指示が済むと、タンブルストンは直接の指揮下にある二百の軽騎兵を率いて、
 前線に布陣した赤服―陸軍歩兵の列に駆けていった。
 タンブルストンは、会戦の主力たる五千の陸軍兵を、陣頭に立って指揮することになっていた。

 一方でアーネムは本陣に残った。彼はここからニューソク軍全体の指揮を執ることになっていた。


 かくしてニューソク軍はすべての戦闘準備を終えた。

 敵と接触する最前線には、斜線陣を組んだ五千の陸軍歩兵と、タンブルストン率いる二百の軽騎兵。
 前線からやや下がった小高い丘の上に、海軍兵五百が固める本陣。
 本陣からは、ロマネスク指揮下の二門の重砲が、冷たい鉄の砲口をブラゲ軍に向けていた。

 睨み合いが始まっていた。布陣を終えた将兵は、戦端が開かれるのを、今か今かと待ち続けていた。
 青と赤のニューソク旗の下、全軍はただ、攻撃開始の命令を待つばかりとなっていた。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:40:30.42 ID:WrS6TLju0
四.


 いっぽうのブラゲ軍も、布陣を急いでいた。

( ゚∋゚)「斜線陣…?」

 歩兵隊の後ろに陣取ってニューソク軍の配置を見ていたクックルが、頓狂な声を上げた。
 大軍の歩兵どうしの会戦で斜線陣を取るなど、聞いたことがない。

 いっぽうのブラゲ軍は、定石どおりの横陣である。
 マスケット銃の射程距離は短いので、
 全員が同じ射程を保つことができる横陣こそが、常識的に考えて、最高の布陣であるはずだった。

ξ゚听)ξ「やつら、何かたくらんでいるのかしらね。
      どうします? セニョール・クックル」

( ゚∋゚)「ふむ…」


98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:42:53.65 ID:WrS6TLju0

( ゚∋゚)「なに、しょせんこけおどしの奇策でしょう。兵力はこっちのほうが二千も上回っている。
    敵が小手先の小細工を弄するなら、我々はその愚かな小細工ごと叩き潰すまでです」

 馬上のクックルは、その全身を、ぴかぴかと光る板金の鎧で覆っていた。
 彼の声は鉄兜の中でこもり、くぐもっていた。

 クックルと同じような銀色の鎧をまとった二百人の騎士たちが、彼の後ろに続いていた。
 みな手には色とりどりに彩色された、三メートルほどの長さのランスを抱えている。

 騎士たちはこの馬上槍を構えて、歩兵陣地に対して破壊的な突撃をしかけるのだ。
 栄誉と名声を求める名門出身の彼らの士気は高く、開戦の時を今や遅しと待っていた。

ξ゚听)ξ「まあ、勇敢なこと。でも注意だけは、ゆめゆめ怠りなさいませぬよう。
      罠があるとわかっていてみすみすそれにかかるのは、ばからしいことですから」

 ツンは望遠鏡を構えて、注意深くニューソク軍の陣地を探っていた。


99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:46:11.17 ID:WrS6TLju0

 ふと、望遠鏡を構えるツンの手が止まった。
 彼女の望遠鏡は、ニューソク軍の本陣、丘の上にある二門の重砲の上に向けられていた。


 熱心に望遠鏡で一つところを眺めているツンに、クックルは声をかけた。

( ゚∋゚)「何か、面白いものが見つかりましたかな」

ξ゚听)ξ「砲です。陸軍の小さなカルバリン砲ではありません。
      重砲…おそらく十二ポンド・カノン砲です」

 クックルも望遠鏡を取り出して、ツンと同じ方向を眺めやった。

( ゚∋゚)「ほう、攻城兵器ですな。
     ニューソクどもはあんなものを、ここまで引っ張ってきましたか…」

ξ゚听)ξ「攻城兵器?」

( ゚∋゚)「さよう。ああいった重砲は、主に城攻めのために使用される武器です。
    ま、今回の会戦では、さして注意を払う必要はないでしょう。
    砲もカノン・クラスにまで大きくなると、狙いの角度をすこし変えるだけでも一苦労です。
    こういった平原での戦いでは、重砲はたいした働きができないものでしてな」

ξ゚听)ξ「なるほど…」

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:48:18.05 ID:WrS6TLju0

 言いながらもツンは、望遠鏡から目を離さなかった。

( ゚∋゚)「…どうされました、ドーニャ・ツン。ほかになにか、面白い物でも」

ξ゚听)ξ「ニューソクが持つ重砲は、どうやらあの二門だけのようですわね。
      とすれは、あの二門の大砲を潰せば、
      彼らはブラゲタウンまで攻めてくることができなくなるのでは?」

( ゚∋゚)「ふむ、なるほど、それは確かに…。
    小さなカルヴァリン砲だけでは、ブラゲタウンの壮麗な城壁を崩すのには、
    いささか力不足ですからな」

 クックルを呼ぶ声がした。伝令が報告を持ってきていた。
 会話は中断され、クックルはツンの傍を離れていった。


 ツンの頭の中には、ひとつの考えがあった。

ξ゚听)ξ(ニューソク人どもの目標は、ブラゲタウンの攻略。
      だったらあの二門の重砲さえ破壊してしまえば、それで、やつらの野望は打ち砕けるんじゃない?)

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:51:19.31 ID:WrS6TLju0

 ツンは重砲を扱う砲兵たちの姿を、詳しく遠望した。
 望遠鏡の枠の中には、重砲の周りで射撃準備をしているロマネスクの姿と、
 それを護衛するように前に立ちはだかっている、マスケット銃を構えたクーの部隊が映っていた。

ξ゚听)ξ(あっ、あのマスケット部隊は…)

 ニューソクきっての精鋭部隊としてのクーのマスケット銃士隊の噂は、ツンの耳にも届いていた。
 死を全く恐れず、悪鬼のように攻め寄せ、敵に対しては残忍無比。
 まるで都市伝説のように、その噂はブラゲ人兵士たちの間で格好の話の種になっていた。

ξ゚听)ξ(あのコが隊長だったの…)

 それにツンは、クーの顔を忘れてはいなかった。
 自分を地面に叩きつけ、ナイフを突きつけて捕虜に取った子供。
 誇り高いブラゲ人にとっては、その仕打ちは到底忘れることのできない屈辱であるといえた。

 自分の体の中に熱い闘志が湧き起こるのを、ツンは感じた。
 情熱の国とよばれたブラゲ人の血を、彼女は十分すぎるほどに受け継いでいた。


105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 23:54:59.37 ID:WrS6TLju0

 望遠鏡から眼を離すと、ツンは豊かな金髪の上に乗せた銀色の鉄兜を、拳でとんとんと叩いた。
 がしゃんと音がして面甲が降り、彼女の顔を隠した。

ξ゚听)ξ「ついてこい。我々の攻撃目標が決まった!」

 彼女は、背後に控える直属の部下、二百騎のドラグーンに呼びかけた。
 男たちの声がそれに応えて、走り出したツンの馬の後ろを、砂埃を蹴立てて追った。


 騎馬隊の立てる地響きが、平原の空気を震わせていた。





第十八話 ここまで―――

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