8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 21:55:55.76 ID:tGm8mco8P


 門を潜り、いまやなつかしき我が家、ニューソク植民地を眺め渡す。
 むきだしの土の道にできた水溜りが、茶色い水をてらてらと光らせている。

 粗末な村だ。
 クーは率直に、そう思った。

 ニューソク植民地は、道具も期間もろくにないうちに、急ごしらえで築き上げられた村だ。
 十年以上もの歴史を持ち、しっかりとした国家の支援を受けているラウンジ植民地とは、比べるべくもなかった。




   川 ゚ -゚)は探しているようです  第十一話
10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 21:58:02.59 ID:tGm8mco8P
一.


 帰りの馬車では、ドクオは一言も口をきかなかった。
 歯車王に突きつけられた無理難題への対応について、同胞と議論してみたい気持ちはやまやまだったが、
 ラウンジの馬車の中ではどんな情報がラウンジ側に漏れてしまうか、わかったものではない。


 パーティの翌日の夕方、ニューソク人一行は自分たちの植民地に帰りついた。
 前日の浮かれ騒ぎと、二日続けての長旅で、皆疲れていた。

 門楼をくぐるや否や、ドクオが言った。

('A`)「クー、食堂から固パンとチーズを五人分持って来い。
   フサとロマネスクは俺の家に来い。ただちに会議を開く」

 自分のベッドでゆっくり眠れると思っていたフサとロマネスクは不満顔だったが、
 ドクオはさっさと自分の家に入っていってしまった。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 21:59:53.84 ID:tGm8mco8P

 ドクオは会議の最初から怒っていた。

('A`)「ふざけやがって」

 彼はクーが持ってきた固パンを、水兵流にテーブルに叩きつけて割った。

('A`)「何のことはない。パーティに招待、というのは、単に俺達を威嚇していただけなんだ」

ミ,,゚Д゚彡「威嚇?」

('A`)「お前らもラウンジの町並みは見ただろ。
   あんな町と戦って、今の我々が勝てると思うか? そういうことだ」

( ФωФ)「…なるほど、確かに威嚇ですな、これは。
       恐ろしげな軍備を見せるではなく、きれいな町並みを見せて威嚇とは、
       さすがはラウンジ共は品の良い連中揃いのようですな」

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:03:01.44 ID:tGm8mco8P

('A`)「諸君も待ち望んでいるとおり、春になれば我々はおそらく、
   アーネム公率いる本国艦隊の強力な支援を得ることができるだろう。
   だがあのラウンジ野郎どもが、この冬の間に攻撃をしかけてこないという保障は、どこにもない」

 ドクオはぐるりと一座を見渡した。

('A`)「相手はすでに手の内を見せた。我々に、到底飲めないような要求を突きつけてきた。
   ということは、やつらは我々の返事すら待たずに、攻撃を仕掛けてくる公算が高い。
   要求を飲めないことはわかりきってるんだからな。
   …いまや、ラウンジとの戦争は、避けられない」

 一座は緊張した。
 すでに分かっていたことでも、あらためて言葉にして聞かされると、やはり恐ろしかった。

 馬車の窓から見えていたラウンジのきらびやかな町並みを思い出し、
 そして、その富がもたらす恐ろしい質と量の軍隊を想像し、戦慄した。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:07:34.69 ID:tGm8mco8P

( ФωФ)「で、どうしやす?」

('A`)「おそらく、交渉は無益だろう。我々の軍事力は極めて限定的なものだ。
   そして、力を背景としない交渉は、ただの哀願だ。
   そんなものが聞き届けられるくらいなら、国家間の戦争は起こらない。
   やつらはいずれ軍を動かす。それは確実だ」

 ドクオはテーブルの上に置いた拳を握った。

('A`)「だから、我々は、こちらから攻撃する。
   やられる前に、やつらを、叩きのめす」

 フサがごくりと喉を鳴らした。
 ロマネスクが大きく頷いた。

( ФωФ)「まあ、それしか無いでしょうが…」

ミ,,゚Д゚彡「それで、勝算は…」

('A`)「奇襲だ、それがすべてだ。敵が砦の中でくつろいでいるうちに、倒せるだけ倒す。
   神が我々と共にあるなら、神は敵の目を曇らせて、我々が敵を圧倒できるように采配して頂けるだろう。
   もしそうでなければ、優勢なラウンジの軍隊の前に、我々は血まみれになって撃退されるが」

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:09:24.59 ID:tGm8mco8P

 フサは苦い顔をしている。
 彼我の戦力差を思って、心配な気持ちになっているのだろう。

 彼の心配はもっともなものだった。まずもって、人数が違う。
 ニューソク砦には三十人強の人間しかいない。
 対するラウンジ植民地には、町の規模から言って、少なくとも数百人はいるだろう。
 数だけ見れば、絶望的な戦いだ。

 ドクオはランプの明かりの中で、フサとロマネスクの顔を順に見て、言った。

('A`)「不安はわかる。我々の数は少なく、敵は強大だ。
   だが、向こうが我々を殺そうと迫ってくる以上、生き延びる道は戦争しかない。
   …勝利か、さもなくは死、だ」

 ヴィクトリー・オア・デス。
 ドクオの最後の言葉、「死」は、会議の席上に重苦しい雰囲気を投げかけた。


19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:11:00.59 ID:tGm8mco8P
二.


 ドクオは時間を無駄にしなかった。
 その夜のうちに攻撃隊が編成された。

 戦える者は三十四名。
 これを二手に分けて、十七名ずつの二つの部隊が編成された。
 海兵隊員を中心とした隊をフサが、水兵を中心とした隊をドクオが率いることになった。

 数丁のマスケット銃を水兵たちが持ち、海兵隊員の武装はカトラスだけだった。
 ちゃんとした武器の無い水兵は、手斧や、棒の先に包丁の刃を取り付けた槍で武装していた。


 クーは海兵隊の列ではなく、ドクオの隣に立っていた。

 彼女は海兵隊をクビになった。
 だから、今度の戦いには、ドクオの従士として参加することになったのだ。
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:13:00.31 ID:tGm8mco8P

 フサは、先の原住民との戦いで、クーがカトラスを取り落としたことを重く見ていた。
 なんだかんだいってクーはまだ子供だ。大人相手に、筋力ではかなわない。
 正面から剣で切り結ぶような戦いは、クーにはこれ以上、任せられない。

 そして、船での軽装兵の戦いとは違って、文明国の陸兵は鎧を着込んでいる。
 幾多の戦に磨かれ洗練された構造の鎧には、ナイフを突き通すためのうまい隙間が無い。

 事実上の戦力外通告として、フサはクーを海兵隊の名簿から外した。

 射撃訓練を受けていないクーにピストルを持たせるわけにもいかなかったので、
 彼女の武器は、いまや自前の二本のナイフだけになっていた。


 開け放たれた門楼からフサ隊が出て行った。
 その後ろにドクオの隊も続く。

 これで植民地には、軍医とデレとショボン、そして怪我人だけが残ることになる。


22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:14:59.84 ID:tGm8mco8P

 ニューソク人たちは闇夜の中を歩いた。
 幾多の重い足音が響く中、皆が押し黙っていた。


 彼らはいいかげん戦いに倦んでいた。

 未知の世界で、恐ろしい嵐と戦ってなんとか命を広い、ようやく海岸に小さな居留地を開いたと思ったら、
 原住民には襲撃され、今またラウンジに敵意を示され、追い落とされようとしている。

 これまでのところ、彼らは耐えていた。豊かな本国からの補給も、支援もなく。
 だが、今回の危機も同じようにやりすごせる、という保障はどこにもない。

 ただ目の前には、自分たちの運命の全てを賭けた、絶望的な戦いがあるだけだ。


 クーもむっつりと口を曲げて、ドクオの隣を歩いていた。

川 ゚ -゚)「ねえ、また戦うの?」

 クーの問いかけに、ドクオはすぐには答えなかった。
 しばらく歩いた。
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:16:57.87 ID:tGm8mco8P

 ややあって、ドクオが口を開いた。

('A`)「いやか?」

川 ゚ -゚)「いやだ。また人が死ぬんだろう?」

 ドクオは驚いたような顔をした。

('A`)「お前がそんなことを言うなんてな」

川 ゚ -゚)「人が死ぬのは、嫌なことだ」

 クーの脳裏には、先の原住民との戦いの様子が浮かんでいだ。
 またあんな凄惨な戦いをして、おぞましい結末を迎えるのだろうか。

 小さな頃からたくさんの人の死を見てきて、自分はそれに慣れきっていたはずだった。

 そんな自分が、今では戦争を嫌がる気持ちになっているのは、
 やはり、いつも部屋の隅で小さく泣いている、デレの姿を見続けていたからだろうか。
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:19:59.77 ID:tGm8mco8P

('A`)「だが、生き残るためにはこれしかない。
   相手が我々を殺そうと試みるのなら、我々は相手を殺さなければならない」

 クーはうつむいた。ドクオの言葉は正しい、と思った。

 殺さなければ、殺される。
 それは、クー自身が貧民窟の中で、実際にそう考えていたとおりだった。

 肩を落としたクーを見て、ドクオの声がいくぶんやわらかくなった。

('A`)「牧師の言うとおりだ。エデンの東、だ。
   もしかして人間は、人間であることの罪を償い続けているのかもしれんよ」

川 ゚ -゚)「…罪?」

('A`)「人間は愚かなんだ。ラウンジを見ろ。あれだけの豪勢なものを既に持っていながら、
   なお我々の物資に目をつけて、それを奪い取ろうと、戦争を仕掛けてくるんだ」

川 ゚ -゚)「ふーん。人間は欲張りだから、戦争をするのか…」

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:23:30.36 ID:tGm8mco8P

('A`)「そうだ、欲張りだ。欲張りな貴族どもが、戦争を命令する。
   やつらの欲には際限が無い。既に多くの富を持ちながら、さらなる富を搾り取ろうとする。
   貴族の欲は海水のようなものなんだ。渇きを覚えてそれを飲めば、ますます渇く。
   …まったく、愚かなことだ!」

 ドクオの言葉がだんだん激しさを増していた。
 クーが驚いて言った。

川 ゚ -゚)「お前、貴族じゃなかったのか?」

 一瞬、ドクオの動きが止まった。
 伏し目がちになり、声を落として、彼は言った。

('A`)「ああ、俺の体には貴族の血が流れている。
   自らは働かず、他人の労働の上前を撥ねて生活している、寄生虫どもの血が」

 歯をかみ締めているドクオを見て、
 まずい質問をしてしまったかと思い、クーは焦った。

('A`)「俺は貴族だ。だから俺は、自分自身に流刑を課した。
   俺は絶対に、貴族の家には戻らない」

 ドクオは最期に、独り言のように呟いた。
 それきり彼は前を向き、再びむっつりと口を閉ざしてしまった。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:25:25.96 ID:tGm8mco8P
三.


 二日、歩き通した。


 新大陸ヴィップはさまざまな姿をニューソク人に見せた。
 胸まである草が茂る草原。透き通った水に覆われた森。

 それらは畏敬を抱かせるような大自然の風景ではあったが、疲れ果てたニューソク人の心に感動を抱かせはしなかった。

 天候が崩れなかったことだけが、ニューソク人たちにとって幸いだった。
 冬の寒さも、からりとした空気とやわらかな日差しによって、いくぶんましに柔らげられた。


 夜のうちに一行は目的地にたどり着いた。
 いまや彼らは、ラウンジ砦近くの森の中にひそかに陣取り、
 攻撃前の最後の休憩のため、石のように固い地面にちりぢりに腰を下ろしているところだった。

 ここで夜明けまで休憩し、最初の曙光と同時に、ニューソク軍はラウンジ砦を急襲するのだ。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:28:42.99 ID:tGm8mco8P

 体がゆさぶられるのに気づき、クーは目を覚ました。
 いつのまにか眠り込んでいたのだ。

 秋口まではあんなにうるさく鳴いていた虫たちも、
 冬が始まった今では、すっかり姿を消してしまっていた。
 いまや夜は、風の音だけが支配する、静寂の世界になっていた。

 攻撃開始は夜明けのはずだが、あたりはまだ夜だった。

 星はなく、空一面を薄い雲が覆っているようだ。
 周りで皆は思い思いに寝ている。


 体を起こすと、目の前にはドクオがいた。

川 ゚ -゚)「なんだ?」

 クーは眠い目をこすりながら、言った。

('A`)「ラウンジ砦の様子を探る。お前も来い」

 ドクオは腰のサーベルを傍らに置き、かわりに音を立てない鞘無しの短剣をベルトに挿していた。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:31:07.79 ID:tGm8mco8P

 寝心地の悪いうたた寝から冷めたクーは、体中がずきずき痛んだ。

 皆が寝ている中で働かされることに少し不満を覚えたが、
 ドクオに偵察の戦力として頼りにされるのは、また嬉しくもあった。


 フサはずっと起き続けていて、周囲を警戒する歩哨の指揮をとっていた。

('A`)「砦の斥候に行ってくる。俺がいない間の指揮は、フサ、お前がとれ」

ミ,,゚Д゚彡「アイ・サー」

 フサがぶっきらぼうに言った。彼は強行軍と寝ずの番に、疲れきっているのだ。


 ドクオとクーは夜の森を慎重に進んだ。
 森の中には下草もなく、落ち葉は夜露にしめっていて、歩きやすかった。

 二人は忍び足で歩き続けた。耳をそばだて、目を闇に凝らせて。

 時折、風が、はるか高い森の樹木の梢をかけぬけていった。
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:34:36.01 ID:tGm8mco8P

 道は上り勾配だった。
 ラウンジ砦は、築城の定石どおり、防御に有利な丘の上に築かれているのだろうか。

 はたしてそのとおりだった。
 二人が森のへりにまで来たとき、開けた視界の向こう、丘の上には、
 ラウンジ砦の頑丈な石積みの壁が、月明かりに照らされてそびえ立っていた。


 森のへりから砦まで、二百メートルほどの土地が、
 すっかり樹木を切り開かれ、丸裸にされていた。

('A`)「くそ、射線を確保してある。木を伐採した斜面は、砲撃には見晴らしがいいんだ」

 ニューソク人が攻撃のために斜面を登るとき、身を隠せるものは何も無いだろう。
 ここを上るときに発見されたら、終わりだ。


42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:35:46.63 ID:tGm8mco8P

('A`)「少し後退して、様子を見よう」

 森のへりから白い顔を出していては、月明かりで砦の敵に見つかってしまう恐れがある。
 二人は森のなかに顔を引っ込めた。


 ドクオは望遠鏡を取り出して延ばすと、ラウンジの石壁の上を注意して覗き始めた。

('A`)「歩哨がいる。壁の上にも、見張り台にも」

 望遠鏡を左右に振って、ドクオが言った。
 クーは身を低く伏せながら、あたりの気配をうかがっていた。

('A`)「…警戒は厳重だな。このルートからの攻撃は、難しいかもしれん。
   夜明けまでに移動して、ほかの…」

川 ゚ -゚)「しっ!」

 クーが鋭く言った。ドクオは口を閉じた。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:36:48.67 ID:tGm8mco8P

 クーが耳を立てた。
 何か言いかけたドクオを、手で制した。


 近くでがさりと、落葉の踏み分けられる音がした。


 クーがそろそろと体を上げて、首をめぐらせて辺りを見た。
 暗い森の中のある一点を見据えて、クーの顔が止まった。

 ドクオが見ると、クーはその方向を指で指し示した。
 心臓がどきどきした。


 大きな木の下に、ラウンジ陸軍の白い軍服を着た若者が、こちらに背を向けて立っていた。


45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:38:43.70 ID:tGm8mco8P

 ややあって、落ち葉を叩く小便の音がした。

 二人は頷くと、音をたてずに立ち上がり、白軍服姿の兵士の背後から忍び寄った。
 ドクオがとびかかって足を払い、クーが首筋に飛びついて、兵士を地面にひきずり倒した。

 兵士は簡単にひっくり返り、地面に横になった。
 まだ若い、やせ細ったラウンジ人だった。

 若者は激しくもがいたが、ドクオが強い力で手足を押さえつけ、クーが口をふさいでいた。
 やがて彼は暴れるのを止め、荒い息のまま、仰向けにクーの顔を見上げた。
 哀れな光が、その目には宿っていた。

 ドクオとクーの目が合った。
 しばし、逡巡があった。

 捕虜を取っているだけの余裕は無い。
 この不幸な若者は、この場で殺されなければならないことは、明白だった。

 そして、今の二人では、片手が自由に動くクーがその嫌な役割を担うことになるのも、明らかだ。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:41:31.18 ID:tGm8mco8P

 クーは左手で若者の口を押さえながら、ナイフを取り出した。
 若者の目が見開かれた。
 うめき声をあげて再び暴れ始めたので、ドクオはまた手足に力を込めた。

 クーの手は、震えていた。

 若者の目は刃の上に凍りついていた。

川 ゚ -゚)(何をためらっているんだ。私と、この私のナイフは、いままでも同じように何人も殺してきた)


 自らの運命を悟った若者は、いよいよ激しく暴れだした。
 口を押さえるクーの手すら外れそうになった。
 それでクーは、反射的に右手を動かし、まっすぐに刃を、相手の胸へと突きたてた。

 哀れな強い悲鳴が、長く尾を引いてあがった。
 クーのナイフが、痩せた若者の肋骨を通して、心臓に突き立っていた。


 強い筋肉の最後のはじけるような鼓動が、ナイフを持つクーの手に、じかに伝わってきた。
 暖かい血が間欠泉のように噴き出し、何度もクーの手を染めた。

 若者は最後にびくん、びくんと全身を弓なりにして痙攣させると、それきり動かなくなった。
 クーはナイフを握り締めたまま、震えて固まっていた。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:45:10.15 ID:tGm8mco8P

 どこか近い場所で、甲高いラウンジ語の声がした。
 驚いてドクオとクーは森の中に伏せた。

 少し離れたところから、複数のラウンジ語のざわめきと足音が、あわてたように近づいてきた。

('A`)「しまった、巡回動哨か! …悲鳴を聞かれたな!」

 ドクオは立ち上がり、音のするほうを向き、短剣を抜いた。


 クーは青い顔をしていた。震えが止まらなかった。
 自分がミスを犯した、と思った。
 殺しをためらい、口を十分に塞がなかったから、敵に発見されてしまった。

 このままでは二人は、ラウンジの巡回動哨の一隊に、周りを取り囲まれてしまうだろう。
52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:46:47.00 ID:tGm8mco8P

川 ゚ -゚)「ど、どうしよう」

 クーの声は、すっかり動転して、裏返っていた。
 森のへりからざわざわと騒がしい音が迫ってきた。

('A`)「もうこうなったら、隠れていてもしょうがない。動哨を蹴散らすんだ。
   戦いの音を聞けばフサが助けに来るだろう。それまでの間はなんとか、俺たちだけで耐えるんだ!」

 十人ほどの白服の一団が、クーたちの姿を捉え、指差して何事かを叫んだ。
 銃士がマスケットを構えた。
 クーとドクオは左右に飛び分かれ、立ち込める木々に遮られ、銃士は目標を見失った。

 大木を迂回し、素早く動哨の一隊に近寄ったクーは、一人の白服に狙いをつけ、飛び掛った。
 かなりの身長差があったので首筋は狙いにくい。
 クーは腕を繰り出して、相手の心臓を突こうと、血にまみれたナイフを振り上げた。

 ナイフは正確に心臓の場所に突き当たり、そして――金属質な音がして、ナイフが止まった。
 服の下に着込んだラウンジ兵の胸甲は、クーのナイフの刃をたやすく弾いていた。

 クーの顔に、焦りの色が浮かんだ。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:50:42.82 ID:tGm8mco8P

 が、クーに突きかかられたラウンジ兵は、突然の奇襲の衝撃にふらふらとよろめいて、
 そのままばったりと後ろに倒れこんでしまった。

川 ゚ -゚)(…弱っ!)

 クーはここぞとばかりに首筋につかみかかり、喉元にとどめの一撃を刺しこんだ。
 声を上げようとしていた白服の口から、かすれた空気漏れの息が音を立てた。

 ナイフを引き抜きざま、クーは振り返って別の獲物を求めた。

 右側面に、片手剣を振り上げて切りかかってくる白服がいた。

川 ゚ -゚)(脇をすり抜けて、腕を切り上げてやろうか)

 一瞬、そう考えた。
 だが、この兵士も鎧を着込んでいた場合、ナイフは胴鎧に弾かれ、クーの作戦は自殺行為となる。
 自分の武器が通じないかもしれないという思いは、恐怖だった。

 クーがそんなことを考えているうちに、
 思いがけないことに、その兵士はクーの手前で、地面から出ていた木の根っこに躓いて、倒れた。
 赤子のようにばったりと前に倒れこんでいく兵士を、クーは信じられないといった面持ちで眺めていた。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:52:35.90 ID:tGm8mco8P

 白服たちは弱弱しい悲鳴を上げて、ばらばらと背を向け始めた。
 みんな、足がもつれるような、生気を欠いた動きだった。
 銃士もマスケット銃を放り投げて、一目散に砦に向かって逃げ帰っていった。


('A`)「クー! その銃を拾え!」

 ドクオが叫んだ。ドクオは短剣を振るって、敵の指揮官らしい白服と対峙していた。

 クーは銃にとびつき、拾い上げた。

 銃はどっしりと重たかった。
 マスケットに照準装置は無い。クーは逃げる白服たちの背中に銃身を向けて、腰ための姿勢で引き金を引いた。
 夜空に銃声がこだました。銃口から出る炎で、森の中が一瞬明るくなった。

 銃弾は外れた。逃げ去る白服たちには何の影響も与えなかったようだ。

 だがこの銃声を聞いたフサが、じきにニューソクの兵士たちを率いて、ここに駆けつけてくれるだろう。
 そして同じくこの銃声は、眠りこけているラウンジ砦の守兵の連中も、起こすことになるに違いない…。


58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:55:09.41 ID:tGm8mco8P

 ドクオが白服の指揮官のサーベルを、短剣で受け止めた。
 そのまま足を前に上げて、白服を突き蹴った。

 吹き飛ばされるように白服は後ろに飛んで、落ち葉の中に倒れこんた。

 ドクオは駆け寄ると、喉仏に短剣の刃を添え、真横に引いて?き切った。
 血飛沫の筋が扇形に飛んで、近くの木の幹を赤く染めた。


 肩で息をして、白服の手からサーベルをはがし取りながら、ドクオが言った。

('A`)「何だこいつら。ひょろすぎるだろ、前蹴り一発で後ろに飛ぶなんざ…」

川 ゚ -゚)「こいつら、みんな痩せこけて非力だ。これが文明国の兵隊か?
     木の根でころりと躓きやがった…」

 クーも白服の一人が持っていた短剣を、鞘から抜いて、奪った。
62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 22:58:24.24 ID:tGm8mco8P

 落ち葉をがさがさと言わせて、
 フサを先頭にしたニューソク人たちが、森のへりまでやってきた。

 ドクオはすぐに砦への攻撃を命令した。

('A`)「分かれて攻撃する。フサ隊は左から、俺の隊は右から行く。ついてこい!」

 攻城道具を持ったフサの隊が、まず森から飛び出した。
 続いてドクオ指揮下の水兵たちが雑多な武器を手に駆け出した。

 砦からのろしが上がった。
 石壁の上から無数のたいまつが壁の外に突き出され、あたりを真昼のように照らし出した。
 駆け寄るニューソク人は隠れようもなく照らし出され、
 にわかに城壁の上が騒がしくなり、号笛の音と、ラウンジ語の怒号が飛び交った。

 二つの隊は、切り開かれた切り株の斜面を、石壁に向かって駆け上っていった。


 逃げ去った巡回動哨の生き残りが、砦の石壁の下で何事かラウンジ語で叫んでいた。
 砦の仲間に見捨てられたのだろう。敵の攻撃の最中には、城門は開けられないからだ。
 中に入れてくれと泣き叫ぶ、哀れな声が響いていた。

 彼らはすぐに、いまや血に飢えたニューソク人たちの、最初の獲物となることだろう。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:00:39.37 ID:tGm8mco8P

 城壁の上の一角で花開くように銃の閃光が走った。石壁のてっぺんが硝煙で覆われた。
 マスケット銃の一斉射撃だ。

 走っていたニューソク人が四人、倒れた。
 続いて、豆を炒るようなぱらぱらぱら…という音が、遅れて聞こえてきた。

('A`)「止まるな! 突っ切れ!!」

 ドクオが叫んだ。


 鉤のついた縄梯子を抱えたフサが、城壁の下にたどり着いた。

 フサは鉤を振り回して、力いっぱいはしごを上に放り投げた。
 石壁の胸壁に鉤爪はがっちりと食い込み、縄梯子が城壁に垂れ下がった。

 クーの混乱した意識が、フサの体がびくんと跳ね上がるのを、視界の端に捉えた。

 またぱらぱら…と、豆を炒るような音がした。違う場所の城壁の上が、濃い硝煙に包まれていた。
 フサが縄梯子から手を離し、ゆっくりと、体を崩し、膝を折った。
68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:04:52.99 ID:tGm8mco8P

 クーはフサに駆け寄った。
 フサは地面に倒れたまま、体を弓なりに反らせて、のたうちまわっていた。

 城壁の上に顔が現れた。
 倒れて転がっているフサを撃とうと、身を乗り出してマスケットを構えた。

 クーは咄嗟に、持っていたナイフを、下手投げで城壁の上の男に向かって投げ上げた。
 頭上で悲鳴が上がり、まずマスケット銃が、続いて白服の男の体が落ちてきた。
 痩せこけた白服は、数メートルの高さから落ちて、ぼきりという嫌な音を立てて、肩から地面に叩きつけられた。
 地面に横になった死体は、首が変な方向に曲がっていた。

 クーはフサに駆け寄って、その上体を抱き起こした。
 どす黒い血がべったりとクーの手についた。
 フサは頬の筋肉を引きつらせながらも、無理ににっこりと笑顔を作ると、クーの頭をぽんぽんと叩いた。

 また新たな顔が城壁の上に突き出てきた。
 フサが掛けた鉤が刃物で切り取られ、縄梯子はむなしく城壁の下に落ちた。

 敵意に満ちた白服たちの目が、クーとフサを見下ろしていた。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:08:06.29 ID:tGm8mco8P

 なにかが、クーの心を突き動かした。

 激しい、怒りとも悲しみとも分からない感情が沸き起こった。
 クーは切り落とされたフサの縄梯子の端を掴んで、素手で城壁の石積みを登り始めた。

 城壁の上のラウンジ兵は目を見開いた。
 子供が、道具も使わずに、素手で城壁を昇り始めたのだ。

 クーの背後でマスケットの音がした。ニューソク人たちが、城壁から顔を出した白服めがけて撃ったのだ。
 白服たちはあわてて顔を引っ込めた。


 クーは身軽だった。石のくぼみからくぼみへ器用に手足を動かして、上へ上へと登り続けた。
 すぐに城壁を登りきると、胸壁の上に立って、持っていたフサの縄梯子を下にぱらりと垂らした。

('A`)「斬り込め!!」

 下からドクオの声が聞こえた。クーの下ろした縄梯子に、一人の目の細い水兵が取り付いた。
 彼は滑るように手足を交互に動かして、いくらもかからないうちに上がってきた。


 城壁の上では、クーが短剣を構えて振りかざし、左右を白服たちに囲まれて、対峙していた。

( ><)「よくやった坊主! 背中は俺に任せろなんです!」

 細目の男はカトラスを抜き、クーに背中合わせに立ち、加勢した。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:11:02.09 ID:tGm8mco8P

 砦の壁にさらにいくつかの縄梯子がかかった。水兵たちは次々と身軽に城壁の上に体を躍らせた。
 ニューソク人水兵たちは、艦上作業で鍛えた水兵技術を生かして、
 皆がものすごいスピードで縄梯子を繰って、昇った。

 城壁のあちこちで白兵戦が始まった。

 水兵たちは生き生きしていた。
 城壁への切り込み戦は、敵艦の舷側に乗り込むようなものだった。
 ニューソク人は縄梯子の突端から身軽に城壁に乗り移り、狭い足場の中でも的確に、
 立ち向かう白服どもに刃を振るっていた。

 白兵戦では、ラウンジ人たちはニューソク人の敵ではなかった。
 ……あまりに、弱すぎた。

川 ゚ -゚)(こいつらやっぱり、白兵戦ではふらふらだぞ)

 城壁の上にはたちまちラウンジ人の死体が積み重なった。
 斬り込み斧で胸甲ごと叩き潰されて胸から血を噴き出す者や、素早いカトラスの動きで首を飛ばされる者…

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:13:18.32 ID:tGm8mco8P

 ニューソク水兵たちは白服の死体を乗り越え、続々と城壁の内側へと降りはじめた。
 敵は混乱しており、抵抗は散発的だった。
 クーも水兵たちに混じってラウンジの町へと駆け下りた。

 戦闘は終結に近づいていた。
 白服たちはもはや組織的な抵抗をしていなかった。
 多くの白服は、ニューソク人の顔を見ただけで武器を捨てて、背中を見せて逃げ出した。


 石造りのラウンジの町を駆けながら、クーはどこか、違和感を感じていた。

川 ゚ -゚)(ここは本当に、ラウンジ植民地か?)

 家々の窓ガラスは、多くが割れたままになっていた。
 そうでなくても、それらは土ぼこりにまみれ、汚く手の跡が残ったものだった。

 ドアが開け放しになり、きいきいと軋んだ音を立てて、風に吹かれている家がある。
 窓とドアに、十字に木を打ちつけて閉鎖し、使えなくした家もあった。

 クーが駆け抜けた沿道のどの家にも、人間の住んでいる気配が無い。
 ラウンジの町並みは、月明かりで見える範囲だけで言っても、荒れ果てていた。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:16:49.59 ID:tGm8mco8P

 通りの向こうから、血のしたたるサーベルを持ったドクオがやってきた。
 クーの姿を認めると、サーベルの血振りをして、ドクオは近くに寄り、並び立った。

川 ゚ -゚)「おい、何か変じゃないか、この街」

('A`)「お前もそう思うか」

 クーとドクオはラウンジの街並みに目を向けた。

 馬車の窓から見た壮麗な建物が立ち並ぶラウンジ植民地は、そこには無かった。
 かわりに、時計を100年ほど先に進めたような、
 荒れ果てて人の気配が無くなった石造りの街並みが、目の前にあった。



 突然、路地の暗がりからかぼそい声が上がった。クーとドクオはびっくりして飛び退いた。
 闇に目をこらして見ると、骸骨のようにやせ細った人間が、声にならない呻きをドクオとクーに投げかけていた。

 その人間の周りには、同じような痩せこけた体が、いくつかあった。
 だが、動いているのは、その人間だけだった。

 そしてそれはすぐに、またもとのとおり、動かなくなった。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:20:04.03 ID:tGm8mco8P

 ドクオは一隊を率い、町の中央にある総督の館へと向かった。

 驚いたことに、総督の館に通じる中央の太い道のまわりだけは、
 手入れの行き届いた、きらびやかに飾り立てられた家々が並んでいた。


川 ゚ -゚)「私たちが見た街並みは、これだったんだな」

 クーが左右に目を配って、言った。

('A`)「俺達がパーティのときに通ってきた道だけが、こんなふうに立派に仕立てられていたわけか。
    ここ以外は、まるでぼろだらけの、使われていない廃墟なんだな…」



 立派な通りは総督の館まで続いていた。
 一行は館の華麗な彫刻が施された鉄門をくぐった。

 ドクオは、前庭に上がっていたラウンジ国旗を降ろし、ニューソク国旗を揚げるよう、部下に命じた。

 これで、戦いは形式的に終結した。
 伝統あるラウンジ植民地は、今やニューソクの所領となったのだ。


83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:22:01.29 ID:tGm8mco8P

 カンテラに灯を入れて、ドクオ隊は総督の館に入った。

 立派な絨毯の敷かれた廊下と大広間は、パーティのときと変わらずあった。
 そこは、荒廃しつくしたラウンジ砦のほかの部分とは、まるで別の世界のようだった。


 ドクオは大広間を抜けて総督の部屋へと向かった。
 両開きのドアは開け放たれていたが、室内に明かりはなかった。

 腕を伸ばし、カンテラをさしわたしながら、一行は総督の部屋に入った。


 薄暗い部屋の奥で、銀色の金属の板が、カンテラの光を反射した。

 歯車王アランソンは、前に見たときと全く同じ場所で、同じ姿のまま、
 周りに部下も従えず、一人で物憂げに暗闇の中に腰掛けていた。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:25:30.74 ID:tGm8mco8P

 鉄兜の奥から重々しいラウンジ語が響いた。
 その声は心なしか、疲れ果てた者が漏らすため息のような響きがあった。

|::━◎┥<おまえか…>


 ドクオはサーベルを手に歯車王に近づき、テーブルを挟み、その前に立った。

('A`)<閣下、この砦は我々が占領しました。
   あなたを逮捕します。只今よりあなたは、我々の捕虜です>

 歯車王に動きはなかった。面甲に覆われ、その表情も窺い知れなかった。

|::━◎┥<…殺すがよい。ラウンジ貴族は、敵の手に落ちて生き延びる恥より、むしろ死を好む。
      ここに来たのがお前でよかった。気高き血を持つお前の手にかかるのなら、
      わが死も、誇り高いこのラウンジ砦の最期も、意味のあるものになろう>

 ドクオが眉をひそめた。
 荒々しく一歩、前へと足を踏み出した。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:28:34.73 ID:tGm8mco8P

('A`)<誇り高い、だと?>

 ドクオは怒ったように言った。

('A`)<先日、お前は俺達をパーティに呼んだな。その席にはおまえら貴族や位の高い者もたくさん出席していた。
   みな血色が良く、太った者もいた。それを見て俺は、お前たちラウンジ植民地は豊かなのだと思った。
   ところが、それは間違いだったようだ。
   実際には町は荒れ果て、人々はやせ細り、兵士たちはふらふらになりながら軍務に就かされていた>

 ドクオは歯車王に歩み寄った。

('A`)<何が誇りだ。豊かなのは、お前ら貴族だけだったんだ。
   何も働かず、何も貢献せず、ただ人々の食べ物を奪うだけで泥棒のように生活するお前らだけが、
   この植民地では良い思いをして、まるまると怠惰に太ることができたのだ。
   民をかえりみず自分たちだけで贅沢するのが、お前らの誇りなのか>

|::━◎┥<ほう、面白いことを言うな。
     …貴卿は食用牛に慈悲の心を抱くのか?>

 歯車王は、くっくっと面甲の下で笑った。

|::━◎┥<牛に生まれれば、必ず殺され、その体を食べられる。それを可哀想という者は偽善者だけだ。
      牛は食われるために存在する。同じことだ。貴族と平民は、生まれが違うのだ>

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:31:27.71 ID:tGm8mco8P

('A`)<…そう言いながらも>

 ドクオはさらに歩を進めた。
 突然、手にしたサーベルを床に投げ、やおらに左手を伸ばして歯車王の胸倉を掴んだ。
 金属鎧の部品同士がぶつかり、濁った音を立てた。

('A`)<お前は自分の悪行を認識し、神と正義の前に恐怖を覚えているんだろう。
   日々ゆっくりと滅んでいくこのラウンジ砦の状況を見て、お前は自分が正しくないことを知ったはずだ。
   市民を飢えさせ、自分たちだけが豪華できらびやかな生活をして、お前の魂は震えたんだろ?
   …その恐ろしさから逃れるための手段が、この鎧なのか?>

 ドクオは右手をすばやく動かし、歯車王の面甲を跳ね上げた。

 白く輝く鋼鉄の面の下からは、
 醜く太り頬肉が垂れ、猜疑心と卑屈なプライドのないまぜになった、ひとりのラウンジ貴族の顔が現れた。

 だが、その目はすでに、虚空を見つめていた。
 盛り上がった唇の両端からは、血が筋となって垂れていた。

 舌を噛み切ったのだろう。


('A`)「…最期くらいは、ラウンジ貴族の誇りを思い出したのか」

 ドクオは手を離した。鋼鉄の鎧は音を立てて落ち、元の豪奢な椅子の中にきれいに収まった。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:33:36.98 ID:tGm8mco8P
四.


川 ゚ -゚)「あいつはかわいそうなんだと思うよ。
     知らなかったんだ。仲間たちってのは、特別な友情で結ばれているってこと。
     友達を知らないから、鎧なんか着こんで、びくびくしながら毎日を過ごしてたんだ」

 総督の屋敷の探索を進めながら、クーはドクオに話していた。

川 ゚ -゚)「仲間ってものの良さを知らないと、あいつみたいに頭がおかしくなっちゃうんじゃないかな。
     これはさ、私が今すっごくそう思ってるから、言うんだけど」

('A`)「ふーん…。
   仲間って、良いものか?」

川 ゚ -゚)「うん、とてもいい。仲間に出会えて、私は変わったように思う。
     仲間は、上司でも部下でも、先輩でも後輩でもない。仲間なんだ」

 クーはうきうきした様子で、饒舌に喋っていた。


98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:35:07.57 ID:tGm8mco8P

 クーを上機嫌にしていたのは、さっき入った一本の知らせだった。

 ドクオの下にやってきた伝令が、ニューソク人の戦死者と負傷者のリストを持ってきた。
 負傷者のリストの中にフサの名前があった。
 フサは戦死者ではなく、負傷者だった。

 フサが生きている。
 その知らせを聞いて、クーは喜びを顔一面に浮かべた。

 今のクーにとって、フサの存在は、何物にも変えがたい価値のある大切な仲間の一人だったのだ。
 ともに多くの戦いに参加し、力を合わせて切り抜けてきた仲間。
 頼れるたしかな実力と、誠実で暖かい双方向の信頼と、それに答える実直さ。

 かつて二人の間にあったいきさつと恨みは、新しい関係の前に、もうすっかり色褪せてしまっていた。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:37:45.46 ID:tGm8mco8P

 ドクオ率いる一隊は、楽しげに歩くクーを先頭に、屋敷の奥まったところにある一室に入った。


 その部屋のドアを開けたとたん、なんともいえない良いにおいと熱気が、あたりに立ち込めた。
 カンテラの明かりに、壁に掛けられた調理器具の金属がきらめいた。

('A`)「どうやら台所みたいだな、この部屋は」

 ドクオがカンテラをあたりに振り回して、言った。

 その規模からして、かつては屋敷に住む貴族と使用人のために食事を作る台所だったらしいが、
 大きな軍用の器具がたくさんあるということは、今では砦の兵士用の厨房も兼ねているようだ。


 傍らの調理台の上には、食材と小さな鍋があり、料理の準備がなされている。
 四つあるかまどの一つでは熾火がおこっており、その上で大きなスープ鍋が、蓋をことこと言わせていた。

 おなかの空くような良いにおいは、その鍋から立ち上ってきているようだ。


102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:40:25.35 ID:tGm8mco8P

 十人ほどのニューソク人たちがカンテラを掲げながら、部屋の中を詳しく調べた。

 ロマネスクが、かまどの上で湯気を上げているスープ鍋の蓋を開けた。
 薄いスープの中には、具がほとんど入っていなかった。
 野草とわずかな肉のかけらだけが、しゃばしゃばした汁の中に浮かんでいた。

('A`)「…粗末なスープだな。
   この砦では、庶民には、こんなものしか食べさせてなかったんだ」

 傍らの食器棚から使えそうな食器を持ってきたロマネスクが、服の裾で椀の中をぬぐって、
 スープ鍋からひとすくいスープをとって、注いだ。

 ニューソク兵士たちがそれに従った。
 初冬の夜風に晒され続けて冷えた体に、暖かいスープはおいしそうだった。

川 ゚ -゚)「戦いがなければ、白服どもは、夜食の時間だったのかな」

 クーも自分で見つけた椀に、大きなスープ鍋から汁をすくいながら、言った。

( ФωФ)「皮肉なもんだな。
       これを作ったコックは、白服どもを元気づけるために、仕事をしてたんだもんな。
       それが今や、敵である俺達の寒さと空腹を癒してる」


103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:42:34.35 ID:tGm8mco8P

 クーはあつあつの椀の中身を吹いて、汁を少しすすった。
 ロクでもない味だが、身体は十分に温まりそうだ。

 椀の中身をかきまわすと、小さな肉が出てきた。
 クーはそれをスプーンですくって口元に運んだが、突然、脳裏に、自分が殺した若い歩哨の顔が浮かんできた。
 心臓をえぐったあの感触は、いまだにクーの手に生々しく残っている。

 クーはスプーンを握ったまま、立ち尽くした。
 肉片を口に入れる気には、どうしてもなれなかった。

川 ゚ -゚)(どうして私は、今日、人殺しが嫌だなんて思ったんだろう。
     汚い貧民窟では、あれほど手を汚してきたというのに…)

 何度思い返しても、あの若い歩哨を殺した時の経験は、とてもいやなものだった。

 それまでそうだと思い込んでいた自分とは、まるで違う自分が、自分のなかにあったのだ。
 そう思うと、クーは不思議な気分になった。

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:44:54.22 ID:tGm8mco8P

 ふと、気がついた。
 クーのスプーンに乗った肉片。

 クーはなにげなくカンテラの明かりを引き寄せて、スプーンの上をくわしく眺めてみた。
 肉片にへばりつくようにぶらさがっていた四角い半透明のものは、人間の爪のような形をしていた。

 クーの左手から椀がこぼれ落ちた。
 陶器が床で砕ける音で、皆の目が、クーのほうに向いた。


 カンテラを持ち上げ、おそるおそるクーは、かまどの上の鍋を照らして見た。
 白い骨―おそらく手の甲と指の―が、スープの中で野草とからまって、ぐずぐずの肉の合間から見えていた。
 間違いなく、それは人間の手だった。

 クーの肩越しに鍋の中身を覗いていたロマネスクが、怪鳥のような声で絶叫した。

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/17(水) 23:47:39.84 ID:tGm8mco8P

 ニューソク人たちは一斉に、跳ね飛ばされるように部屋から飛んで逃げ出した。
 汁椀を投げ捨て、大声で絶叫し、かろうじて嘔吐を押さえながら、こけつまろびつ……

 クーは涙目になって、台所の隅で空えづきを繰り返していた。
 肉は口にしていないが、その汁は飲んでしまっていた。


 スープに手をつけていなかったドクオだけが、厳しく、悲しげな顔で、鍋の中身を見つめていた。

('A`)「そうか、それでラウンジどもは、俺達の物資を奪おうとしていたんだな。
   あいつら欲張って襲ってきたんじゃなくて、じつは、援助が必要なのはあいつらだったんだ。
   本当に、本当にもう、何も無くて、どうしようもなかったんだ…」

 力の無い声で肩を落とし、ドクオは小さく、独り言をつぶやいた。




第十一話 ここまで―――

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