526 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2005/12/04(日) 13:44:51 ID:TK6fiPop0
僕の所属する18番隊は兵力の3分の1を失いながらも、敵国市街地の制圧に成功した。

僕がその事を知ったのは、自軍キャンプの救護テントの中だった。
肩口を貫かれながらも、小隊長であるシュレディンガー曹長を護衛しながら前線、つまり市街地中心に向かって駆けた俺は
本国へ帰投した後、小隊長の武功報告のおかげで名誉戦傷章を賜ることとなった。
青地に白の縦縞が2本入った、隼のエンブレムのぶら下がった形をしていた。
少年兵、つまりは正規軍外の3等兵から入隊した僕だが、この勲功のおかげで一気に軍曹までのし上がることができた。

これで、本国のかあちゃんにも、いっぱいお金が送れる・・・
そう思うと、僕の目は自然と涙で溢れた。

この国の情勢もあり、喜ぶ暇など与えられないまま僕は次の戦地へ赴くこととなる。
次は、小隊長として・・・
537 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2005/12/04(日) 13:58:21 ID:TK6fiPop0
新たな隊員、つまり部下と合流した僕を待ち受けていたのは
羨望と嫉妬の交じり合った、隊員からの洗礼であった。

「なんだよ、この軍曹ガキじゃねぇか。」
「とんだ腰抜けが上官だってか。ハッ。」
「俺らの部隊、今度ばかりは負け戦だな。」

実際、知識も経験も、僕より部下の方が上である。
僕は言い返すことはできなかった。

出撃前夜の夕食。
僕の膳は無かった。
部下に全部食べられていたのだ。

「あの・・・僕のメシは・・・?」
目の前にいた兵士に尋ねてみた。
「あぁん?あんたは下士官なんだからどっかそこらで旨いメシでも食ってきたんでしょ?
だから俺らが変わりに食べてやったよ。軍曹様のためにな。」
ドッ、と笑いが巻き起こった。
「まさに外道ッ!」なんてはやし立てる者もいた。
僕は・・・それ以上言葉をつむぐことができなかった。

誰もいなくなった食堂の椅子に一人座っている僕がいた。
ひどく寒い。
空腹も限界で動く気が起こらない。
そこに座っていたってメシが出ないことは重々承知であったが、
部屋に帰る気も起こらない。



538 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2005/12/04(日) 13:58:41 ID:TK6fiPop0
「内藤軍曹。風邪引きますよ。」
不意に後ろから声をかけられ、僕の意識は現実へと引き戻された。
声は澄んだ女性の者だった」
「軍曹、明日は出撃ですよ。そんなところに座ってないで、
部屋に戻って、体力を温存するのが今一番必要でしょう?」
そう言われて初めて振り返った。
声の主は、声色に違わぬ清楚な美しい女性であった。
「軍曹、あの荒武者供にご飯食べられちゃったんですね。
これ、戦闘糧食であまりおいしくないかも知れませんけど
よかったら召し上がってください。」
言って、彼女は僕の机に近付き、膳を置いて帰っていった。

俺の小隊に、女性兵士なんていなかったよな・・・
556 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2005/12/04(日) 14:11:29 ID:TK6fiPop0
戦闘糧食を口にして、思わず涙が出そうになった。
飯粒が食道をとおり、胃の中に入っていくのが十分にわかる。
箸は、驚くほどに進んだ。
いつもは不味くて仕方なく口にしていた戦闘糧食だったが
この時ばかりは本当においしかった。
戦地でなくて軍の食堂で戦闘糧食に舌鼓を打つなんて、皮肉なものだ。
おいしさの要因は、僕の空腹のせいもあっただろう。
しかし、何よりあの女性兵士が引っかかる。
軍曹に昇進して、初めて僕を上官らしく扱ってくれた。
18にも満たないガキの僕に。

部屋に帰る途中、すれ違い様に同じ隊の部下から肩をぶつけられるわ、足を掛けられるわ
散々な洗礼にあった。
部屋にたどり着くその50メートルほどの距離の間、
22時を回り、とっくに静まったはずの廊下で実に8人の兵士とすれ違い
8回もの洗礼を受けた。
何度受けてもなれるものではない。


557 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2005/12/04(日) 14:11:56 ID:TK6fiPop0
部屋の照明を消してからも、やはり引っかかるのはあの女性兵士の事だ。
澄んだ声に清楚な顔立ち。よくよく思い出してみると、軍人らしくない肩より長い黒髪を垂らしていたと思う。。
襟の階級章は伍長だから、僕より1つ下だ。

彼女は何番隊の所属なんだろうか。
どうして軍にいるのだろうか
何歳なのだろうか。
彼氏は?

そして

なぜ僕の名前を知っていたのだろうか。
575 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2005/12/04(日) 14:26:46 ID:TK6fiPop0
僕はいつの間にか寝てしまっていたようだ
館内に響き渡る起床の放送で目を覚ました
早朝5時。軍の朝は早い。

出撃予定が9時だから急いで身支度を整えないと。

どうせ食堂へ行っても昨日みたくメシは食われてしまっているだろうから
僕は賢く最初から自室の食糧を口にすることにした。

自分の装備を整える。
なにせ周りはすべて共産圏。
しかも、10年ほど前に共産政権から独立を果たしたばかりの小国である
民主主義国家の連合軍から武器の支援が来るとはいえ
そんな国の軍にまともな武器が配備されているわけが無い。
ハンドガンはCZ75
小銃はUZIサブマシンガン
どちらも共産圏で開発・製造された武器を連合軍が買い占める形で僕らに支給しているのだ。
どちらも9mmパラベラムを使用する銃だ。
こんな銃、近代戦において、抗弾ベストに身を包んだ兵士に撃ち込んだって
役に立つものではない。
だが、敵だって貧乏な共産国だ。
抗弾ベストなんて着ているはずも無く、9mmパラベラムで十分に殺せる。
弾薬供給の安易さからも、この銃が支給されているのだろう。

まったく、よく考えている。
599 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2005/12/04(日) 14:36:32 ID:TK6fiPop0
下士官クラスにもなると、ちっとはマシな戦闘服が支給される。
とは言っても、せいぜいよれた革のベルトとホルスターぐらいである。
しかし、下級兵士よりはマシだ。
僕が初めて入隊した時は、ホルスターなんて無かったから
ズボンのベルトにハンドガンを挟みこんで、小銃の弾倉はポケットに突っ込んでいた。

とりあえずハコに詰まった弾薬を一発ずつ弾倉に詰めていく

パチン、パチン。

弾倉に弾を詰める音がむなしく響く。

小銃の弾倉が4本、ハンドガンが2本。全部で160発ある。
手先が寒さでかじかみながらも、ようやくすべてつめ終えた。
弾倉を一本一本、腰に下げられたマガジンケースへと収めていく。
200発入りのハコなので、余った弾薬は全部ポケットに突っ込んだ。

時計の針は6:30を示していた。

7時から作戦指令の説明がある。
講堂に向かわないと。
606 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2005/12/04(日) 14:52:35 ID:TK6fiPop0
隊の再編成があり、
軍曹の僕はエルガー旅団の下につく、3番小隊の小隊長として配属されることとなっていた。

今回の作戦は、西側の国境線に駐留するエルガー旅団が先日制圧した市街地・・・
つまり僕の初陣の地の防衛戦であった。

市街地西方には、いまだ敵の残留兵が潜んでおり、近日中に敵国が奪還を図ってくるだろうという推測から
市街地の完全制圧および防衛の目的のため、2週間をめどに作戦を展開する予定だ。

だが、先日奇襲を掛けて血の海になったばかりの街である。
中型都市なので、拠点にできるような建物はあるにはあるだろうが、
かなり苦しい戦いを強いられることは想像に難くなかった。
作戦司令官が指示棒で地図を叩いていく。
街の中心地にある市役所跡に大きな赤丸がついている。
そこを拠点として、西側にある主要施設を順番に制圧する作戦だ。

戦力として動員される兵士の数は、1個大隊。
それをさらに2つの隊に分け、
一隊は施設の制圧、一隊は制圧された施設の防衛および攻撃隊の援護。
つまり、一隊のうちに2個中隊を編成して行動をとる形になる。
敵の奪還作戦が始まる前にすべての施設を制圧できれば、僕らの勝利に等しい。
しかし、僕らの作戦中に敵の奪還作戦が始まったら・・・
1個大隊、しかも兵力を分散して展開しているような部隊なんて、あっというまに揉まれて壊滅するだろう。
一度のミスも許されない。ある意味で、賭けに近い作戦であった。

今度ばかりは、命の保障は無い。

611 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2005/12/04(日) 15:04:00 ID:TK6fiPop0
「作戦の詳しい動き方は現地で説明する。解散ッ!」
中佐の階級章をぶら下げたヒゲオヤジは、
そう告げて講堂に集まった下士官たちを兵舎へ帰らせた。
いいよな。自分はコンクリートで囲まれた部屋に篭って地図と睨めっこしてるんだからさ。
でも、ぼやいてみたって自分の境遇は変わりなんてしない。

僕には、故郷に暮らすかあちゃんを養う役目がある。

兵舎に戻って、自分の部下を集め、今回の作戦の要旨を告げた。
普段は上官の僕をコケに扱う荒武者も、この時ばかりは真剣に耳を傾けていた。
「命の保障が無い?」
僕の吐いた言葉に、兵士たちが臆することなど無かった。
何度も死線をくぐってきた者たちだ。いまさらたかが市街地の防戦ごときでビビるはずがない。
命の保障が無いというのは、たった1度しか出撃していない僕の恐怖から生まれた考えなのかもしれない。
「軍曹様よぉ、こんな焼けた街の防戦ごときでションベンちびってるんっすか?」
「まったく、ここまで腰抜けだと俺らまで道連れにされてホトケになっちまうぜ。」
ハハハ、と笑いが漏れたが、僕が再び説明を始めると示し合わせたように静かになる。
この辺、彼らは軍人なのだろう。

8:30に整列点呼、9:00には出撃だ。
時刻は8:00。
部下に促し、僕らは出撃前の最後の身支度に取り掛かった。
618 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 15:14:56 ID:TK6fiPop0
自室に戻り、先ほどの装備を身につける。
ベルトの固定金具に金属製のわっかをパチン、パチンとはめていく。
最後の大仕事はゲートル巻きだ。
簡易ゲートルなんて高級なものは無い。
5・6メートルはある厚い綿布をぐるぐる巻いていく本来のゲートルだ。
まずは右足から。
兵学校でいやなほどやらされたので、しゅるしゅると手際よく、2分ほどで巻くことができた。
そして左足。
この間捻った足首がまだ痛むが、右足と同じく2分ほどで巻くことができた。

ハンドガンよし。弾薬よし。ナイフよし。手榴弾よし。メディカルボックスよし。水筒よし。

そしてリュックは?
戦闘糧食よし。飯ごうよし。発炎筒よし。

あぁ、無線機か。こないだ壊してしまったんだ。むこうで新しいのもらうか。

とりあえずは、兵舎前の広場に出よう。
足取りは軽かった。
637 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 15:36:07 ID:TK6fiPop0
まだ時間は早いのか、兵舎の前にはぽつりぽつりと人が立っている程度であった。
それぞれの兵士が楽しそうに談話している。
いまから戦場に行くのに。
3時間後の命の保障なんてどこにもないのに。

時間がたつにつれて、人が集まってきた。
ポケットの懐中時計を開いて時刻を確認してみた。
8:20
そろそろいい時間である。
5分もたてば、兵士のすべてがほぼ整列を終えていた。
僕は3番小隊の最前列、ニコライ中隊長の後方に立っている。

ここの地の朝はとにかく寒い。そろそろ日が上って温まるころであってもおかしくは無いが
今朝は特別に寒かった。
情けないことに、震える体を抑えきれず、手は自然の口の前に行っていた。

638 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 15:36:41 ID:TK6fiPop0
「内藤軍曹ッ!」
右斜め後ろから、聞き覚えのある声で呼ばれた。
あぁ、あんな澄んだ透明な声を忘れるはずが無い。
おそらく、昨日の女性兵士だ。
振り返ると、そこには清楚な顔立ち、肩まで伸ばした黒髪の女性が立っていた。
やはり。
鼻は高く、まつげも長い。目は大きく二重で、瞳は吸い込まれそうな黒だ。
健康なピンク色のふっくらした唇と見事に合っている。
肌は白く、しかし右頬に口元から耳に掛けて5センチほどの刃傷がある。
あー、この傷がもったいない。
しかしここまで美人なせいなのだろうか、その刃傷さえも美しいアクセントになっている。
美人だ。
でも、昨日といい、どうして僕の名前を?
これは神の思し召し。俺今日で死んじゃうから神がご慈悲をくれたのだろう。
それにしても美人だ。軍の慰安婦だっておかしくないぞこれは。
この娘が慰安してくれたんなら僕戦死してもよかったけど。
うはは。

639 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 15:36:51 ID:TK6fiPop0
「内藤軍曹ッ!」
再び名前を呼ばれて、妄想は飛び、意識が完全に戻った。
「作戦、がんばりましょう。絶対生きて還りましょうッ!」
彼女の並んでいる位置からして4番小隊だろう。
ということは、僕はこの人と一緒に作戦行動をとることになるかもしれない。
「そうだ・・・あのえっ・・・と・・・、・・・名前。」
女性と話すのは慣れていないので、どもってしまう。
情けないガキだな、僕は。
「あぁっ、ごめんなさい。アタシまだ名前言っていませんでしたね。
エルと言います。階級は伍長で4番隊の通信兵です。よろしくお願いします、軍曹殿ッ!」
とっても元気よく自己紹介された。僕もがんばってみよう
「内藤軍曹です。まだ駆け出しだけど、一生懸命がんばります。」
言って、ハッとなった。何をがんばるんだ?戦争?人殺し?
いや、
僕には、かあちゃんを養う使命があるんだ。
649 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 15:49:31 ID:TK6fiPop0
さっと彼女は手を前に出した。
僕は何のために手を差し出されたのかわからなかった

「ほら、軍曹。握手握手!」
そういうことか。
でも女性の手なんてまともに握ったことがないし。
「どうしたの?軍曹。握手だって、ほら!」
手を無理やり引っ張られて、僕の手はそのまま彼女の両手で握られた。
妙に強い
「じゃあ・・・改めて。絶対に生きて還りましょう!」
「うん!」
彼女に答えようと、元気よく返事をしたつもりであったが、ひどく弱弱しい声になっていたかもしれない。
情けないな、僕は。



650 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 15:49:45 ID:TK6fiPop0
8:30になり、全館にサイレンが鳴り響いた。
左前方には楽器隊が立ち、出撃のファンファーレを演奏している。

広場の前方にある台に、エルガー旅団隊長のエルガー大佐が上った。
今回は一個大隊しか動かないので、そもそも旅団の隊長が出て挨拶をする必要はないはずだが、
僕らの激励に来てくれたらしい。
話に聞くところによると、この人も少年兵上がりで、昔はこの国の独立派のゲリラとして活動していたらしい。
その武功と持ち前の知謀で数々のゲリラ活動を指揮し、この国を独立に導いた人間の一人であるとの話だ。
まぁ、傭兵みたいに金で雇われた僕には関係のない話だけど。
そんなゲリラ上がりの人だから、兵士を手厚く遇し、出撃の際には必ず激励に来るそうだ。

大佐が一通りしゃべり終え、いよいよ行軍である。
1個大隊、つまり4個中隊で16個小隊が行軍する。
僕の隊は3番小隊だから割と前列である。
1番隊の者が早足で兵舎の門へと向かった。
続く、2番、3番と順に並んで門を出る。
いよいよ出撃だ。
672 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 16:16:17 ID:TK6fiPop0
市街地までの道のりはおよそ20キロメートル。
駆け足で行軍し、途中で休憩を取り
4時間ほど、つまり13時には目的地に到着する予定だ。

舗装されていない土の道をひたすら走る。
周りには畑が広がり、その向こうには森が広がっている
この辺は寒冷地なのでブドウの栽培が盛んだ。
おいしそうに実を付けたブドウがたくさんぶら下がっている。
本当に平和な農村が広がっているのに、一歩市街地に踏み込めばそこは地獄。
たまたま市街地に住んでいた住民は、不運としか言いようが無い。

2時間ほど駆け足で行軍し、小川で休憩を取ることになった。
林の窪地に流れる小川だ。のども渇いたし早く休憩を取りたい。
ついでに何か口にしようかな。
こんなに木々が生い茂っている。自然心も休まる。

「1番隊、2番隊よりそれぞれ5名ずつ歩哨を出せ。窪地の上に立たせろ。」
ニコライ中隊長の指示で、僕は戦地へ赴いていることを改めて実感し、
さっきまでの心の安らぎは飛んでいった。緊張で体がゾクッとしたのを感じた。
一個大隊が装備を緩め、休憩しているのである。敵にとって、奇襲を掛けるのにこれほどの好機はない。
付近の見張りは欠かせないのだ。



673 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 16:16:48 ID:TK6fiPop0
「軍曹!」
声の主はエルである。
「いいですよね、こう木々が生い茂って、川が流れて。鳥や虫の鳴き声がする。
アタシ、田舎育ちだから、どうも人がたくさん集まるとことか、喧騒の中って慣れなくて・・・。」
「田舎?どの辺?」
「西の市街地を抜けた、オルテガの農村。」
彼女が口にした場所は、2年前に敵国に侵略された場所だと聞いている。
虐殺・強盗・強姦。
村人は皆殺しで、本当にひどい有様だったらしい。
「アタシね、父が戦争で死んで、母を養うために軍に入ったんだけど。
2年前の侵略でね、母が行方不明になっちゃったんだ。アタシは軍にいて農村を離れてたからなんとも無かった。
皮肉だよね。母を助けるために軍に入ったのに、結局母の行方はわからなくなっちゃうし・・・」
彼女は淡々と話すが、目はどこか遠くを見ている。自然、声の調子も下がる。
「同じだね。」
僕はそう口にしていた。
「僕も、本国のかあちゃんを養うために、軍に志願したんだ。
エルのかあちゃん、絶対どこかで生きてるから、一緒に戦おう。戦って生き抜こう。生きて、生きて、生き抜けばいいんだ
そうすれば絶対、かあちゃんに合えるから!」
エルの境遇を聞いて、僕は自分の中にこみ上げる何かを抑えきれず、口にしていた。
抱いていた怯えを、エルの境遇と、戦争に対する憎しみが吹き飛ばした。
683 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 16:29:39 ID:TK6fiPop0
スパパパン!パシン!
乾いた銃声が辺りにとどろいた。
「敵襲、敵襲だ!」
歩哨の怒号が響き渡る。
軍の経験が長いのだろう、エルは10秒とかからないうちに装備を整え、戦闘に備えた。
僕は・・・銃声を聞いておろおろして、しばらく自分が把握できなかった。
「軍曹、何ボサッとしてるんですか?早く銃を持って!」
彼女の言葉で、初めて自分の置かれている現状、とるべき行動を把握できた。

「銃声はあまり多くないわね。おそらくは歩哨が敵の偵察隊を発見して、
気づかれたことを悟った敵が応戦しながら退いているのね。深追いしなければそれほど危険はなさそうね。」
経験の長い彼女は、独り言のように憶測をつぶやいた。

ツーツーツー
無線が入った。今朝もらったばかりなので、真新しく傷がほとんどついていない。
ピカピカだ。
「ニコライ中隊長より各位、本隊は敵の偵察隊と遭遇、現在応戦中である。
全軍、陣形を取れ!フォーメーションCだ。」
「ほらね?すごいでしょ、軍曹。アタシの言ったとおりですよ。」
まったく、彼女の言ったとおりだ。
「そうとわかれば、軍曹。急ぎますよ!」
あわてて装備を整えて、エルと僕は窪地を後にした。
715 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 16:53:27 ID:TK6fiPop0
僕らが銃声のした場所に着いたときには、すでに戦闘は終わっていた。
歩哨の兵士一人が右ふくらはぎを撃たれて重症になったが、それ以外に負傷者はいない。
偵察隊は15人ほどで、6人射殺、4人を捕虜として捕らえたが残りの5人に逃げられてしまった。
このままでは、作戦を展開する前に敵の援軍がやってきて、僕らの部隊は壊滅に追い込まれる。
すなわち、死を意味していた。
「逃げられてしまいましたね〜。」
彼女はケロッとしている。偵察隊を逃がしたことが、死につながるかも知れないのに。
「あ、そろそろ行軍も始まるし、行かないと。じゃあ軍曹、また市街地で!」
「うん。じゃあね。」
元気そうに手を振って、彼女は自分の隊へと戻っていった。
そんな彼女とは対照的に、僕は元気に言葉を返すことができなかった。

急がなければ。
718 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 16:54:07 ID:TK6fiPop0
予定より30分ほどはやく、市街地の市役所跡に到着した。
市役所の駐車場に、慣れた手つきで兵士がテントを設営している。
僕は下士官なので、市役所の中に設営された作戦司令室に足を向けた。

作戦司令室は市の会議場跡に作られており、前面の壁にでかでかと銀幕が垂らされている
その銀幕にはOHPでこの街の地図が映し出されていた。

下士官が出揃い、大隊長からの説明が始まった。
「ニコライ中隊は北西方向の団地の制圧、エリック中隊は南西方向の市場を制圧せよ。
残りの隊は各隊の援護およびグリーンゾーンの防衛に当たれ」
僕が所属するのはニコライ中隊なので団地の制圧にあたることになった。
大隊長から、伏兵がいると思われる場所、崩落に注意すべき施設など、諸注意を促された。

20分ほど作戦の説明があって、解散。

僕は部下に作戦を伝えようと、テントにもどろうとした。
テントまで10メートルのところで気がついた。
女性が立っている。エルである。
「お帰りなさい、軍曹!」
僕たちはいつから夫婦になったんだ。
美人にこんなせりふを吐かれると、嫌でも頬がほころぶ
「うん、ただいま。でも、ごめんね。いまから部下に作戦を説明しないと。」
「あ、ごめんなさい。アタシ、本当に悪いことをしました。迷惑でしたよね?ホント、アタシ迷惑ですよね。」
「あ、いや、あのそうじゃなくて、っと、うん、ごめん。」
とりあえず謝っておいた。
「軍曹があやまることないですよ!」
まぁ、そうだな。
「とにかく、後でね。」
「はい。」
そういって、僕らは別れた。
721 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 17:00:48 ID:TK6fiPop0
先ほどのやり取りを、部下はきっちり聞いていたらしい
「いいですね、お子様軍曹は!」
「まったく、綺麗なお姉さんに慰安してもらえるんだからな。」
「いや、きっとこいつ精通きてねぇから慰安は無理だ。オムツの交換だ。」
ドッ。といつものように笑いが起きる。

「いいか?作戦を伝える」

上官らしく、威勢良く言ってみた。
僕の威勢のおかげではなく、作戦が伝えられるという緊張感からなのだと思うが
さっきまで大声で笑っていた部下たちは静まり返った。

自分たちの隊が団地の制圧に当たること、戦闘が予想される場所の諸注意などを一通り説明し終わり、
僕はテント内の自分の荷物を確認した。

作戦開始は午後2時だ。
731 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 17:07:10 ID:TK6fiPop0
作戦開始の前に、エルのテント、つまり4番小隊のテントに足を向けた。
中をのぞいてみた。
数人の男性兵士が談話している。その中にエルが混じっていた。
「エル・・・」
呼びかけてびっくりした。
僕の姿と階級章を見るなり、みな一様に敬礼するのだ。
「軍曹殿、我が隊に何用でございますか?」
この隊の兵士は本当に礼儀が正しい。
いや、この隊の兵士が特別に礼儀が正しいのではなく
自分の部下の気性が特別に荒いのかもしれないと僕は初めて思った。
「あの、っとエルを呼んでいただけますか?」
初めて上官らしく敬語なんて使われたので、自分の言葉もつい丁寧になってしまう。
タメ口だっていいのに。
「はっ!。 伍長、エル伍長、軍曹がお呼びです。」
エルを呼んだ彼は一等兵の階級章を下げていた。
「あ、内藤軍曹!」
「ここは何だし、外で話そうか。」
「はい!」
742 名前: ◆RxrTkmrI6E :2005/12/04(日) 17:11:09 ID:TK6fiPop0
どうして自分からエルを呼びに行ったのかわからないが
自然と歩は進んでいたのだ。
あ、そうだ。
どうしてテントの前で待ってたのか聞くためだった
「なんで、テントの前で待ってたの?」
「いや、その・・・特に用事は無かったんですけど。軍曹と・・・えっと、話したいなぁ、って。」
僕も似たようなものだ。
特に用事は無いけど、エルにさっきテントの前で待っていた理由を尋ねる用事にかこつけて
単にエルと話がしたかっただけかもしれない。
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