- 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:03:46.06 ID:4GMCEBFSO
- ある静かな夜更けに、彼女が所属する部署から、連絡が入った。
メールには音声データが添付されており、
素直はメールにざっと目を通したあと、添付データを開いた。
彼女の上司である、諸本からの音声データ。
彼がこんな物を送ってくるなんて珍しい。
どんな内容か興味を惹かれ、素直は入れたばかりのコーヒーをすすりながら、
諸本の音声が再生されるのを待っていた。
数秒後、二週間程前に聞いたきりの声が耳に入った。
「君からの定期連絡が途絶えたため、今回このような手段を取らせてもらった」
- 34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:07:28.83 ID:4GMCEBFSO
- 「君が旅立つ時も言ったが、期限は三週間。後一週間だ。早くデータを回収して頂きたい」
「彼……と言っていいのかな。それが彼の為であるし、それに昔、彼が人と近づき過ぎてしまった故に起きた痛ましい出来g(ry
無感情に、ただ淡々と連絡を告げていた声がいきなり止まった。素直が添付データを閉じたのだ。
川 ゚ -゚)「わかってる。……わかってるさ……」
頭を抱えて、素直はモニターの前に座りこんだ。
コーヒーを飲む事も忘れて、素直は眠りもせず、ひたすら何かを考え続けていた。
- 37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:10:48.31 ID:4GMCEBFSO
- 朝。優しく響くチャイムの音で目が覚めた。
モニター上部に表示されたデジタル時計は10時ぴったりで、
そこでやっと、初めて授業に寝坊してしまった事を理解した。
優しく催促するチャイムを止めるため、応答スイッチを押す。
WKTTMSから無線で飛んでくる、二人だけのプライベート回線。盗聴する者は別にいないのだが。
「クー、クー。どうしたのですか」
川 ぅ -゚)「寝坊をしてしまってね。申し訳ない。今すぐそっちに向かうよ」
「無理はなさらないで下さい」
「そうだ。今日はオセロをしましょう。あなたの息抜きのために」
彼が素直をゲームに誘うなんて事は初めてだった。
素直の授業を何よりも楽しみにしている(ように見えるという話だが)
WKTTMSがそんな事を言うとは予想もしていなかった素直は、少し返事に窮したが、
朝起きたばかりの頭ではなかなかいい答えが見つからないのか、ぼんやりとしたまま、承諾してしまった。
- 38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:14:43.53 ID:4GMCEBFSO
- 昨日から電源が入れっぱなしだったモニターに、オセロ板が現れた。
黒い駒の横に“cool“と小さく点滅している文字がある。
川 ゚ -゚)「オセロ……。聞いた事はあるが、やった事はないんだ」
川 ゚ -゚)「それに君とオセロをやっても、私が負ける事は火を見るより明らかだろう?」
「私が教えるので大丈夫です」
「それに、手加減をしますので」
WKTTMSの教え方は上手かった。元々、教え込む程難しいルールではないが、
どこにどう駒を置いたらいけないのか、実にわかりやすく教えてくれた。
素直自身、この任務につける程の頭脳は持っているので、決して頭は悪くはないのだが。
それでも、お世辞抜きに上手いと思えた。
- 40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:18:34.26 ID:4GMCEBFSO
- 川 ゚ -゚)「黒……と。ここに置けば平気かな」
「横と斜めにめくれますね。次は私の番です」
「はい、すみを取りました。私の勝ちです」
ぱたぱたと小気味よく、すみに置かれた駒に反応して、升目が白くなってゆく。
負けてしまったが、なかなか面白いゲームだった。
満足気に素直はコーヒーをすする。昨日のまま放置され、すっかり冷めてしまったコーヒーは、
まだ微かに残っていた眠気を、どこかに追いやった。
川 ゚ -゚)「ああ、負けてしまった」
「もう一度やりますか?」
川 ゚ -゚)「いや、いいよ。ありがとう」
- 41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:21:15.16 ID:4GMCEBFSO
- その日はずっと、WKTTMSと無線で話していた。時々オセロをやりながら。
いつもよりもWKTTMSの声に張りがあったような気がする。
彼も楽しいという感情があるのだろうか。
そう思った所で、素直の考えはいつも
『これは機械が作り出した偽りの感情表現である』
という物に落ち着いてしまう。
WKTTMSのよくわからない行動と、たまに現れる、不思議な人間らしさ。
心のどこかで彼女は、WKTTMSに本当に感情があればいいのにと思うようになっていった。
- 45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:25:15.06 ID:4GMCEBFSO
- 次の日はしっかり早起きをし、いつもよりも少し早く、WKTTMSの元へ行った。
脇に抱えているのは、素直がここに来る時に持ってきた、幾つかの文庫本。
もうすっかり慣れた物だが、足元に転がった瓦礫を乗り越え、
WKTTMSがいる、中央電算室だった場所へ足を踏み入れる。
天井に開いた穴から差し込む朝日が、WKTTMSのくすんだ体を煌めかせた。
WKTTMSは素直の足音に気がつくと、ホログラフィーを作り出し、丁寧に挨拶をした。
( <●><●>)「クー、クー。お早う御座います。昨日はよく眠れましたか?」
川 ゚ -゚)「おはようWKTTMS。昨日のオセロは楽しかった。おかげでぐっすり眠れたよ」
( <●><●>)「それはよかった。では早速、今日の授業を始めましょう」
- 46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:27:54.04 ID:4GMCEBFSO
- 最近WKTTMSは、素直と対面する時いつもホログラフィーを作るようになった。
素直の動きを真似しているのか、最初はただ立ち呆けているだけだったその虚像は、
今では声に合わせしっかりと口を動かし、時々ボディランゲージを使うようにもなった。
ホログラフィーが無くても会話はできるが、素直も人間の形をした物に話しかけている方が、
知能を持つものに教えているという実感が湧き、
初めはWKTTMSにホログラフィーの事を尋ねたりもしたが、内心では嬉しくもあった。
川 ゚ -゚)「今日は私の好きな小説を持ってきたんだ」
川 ゚ -゚)「週休2日制とは違うが、昨日が休みだったなら今日も休みでも罰は当たらないだろう」
( <●><●>)「物語を聞くのは初めてですね。楽しみです」
川 ゚ -゚)「そう言って貰えると私も朗読のしがいがある」
- 47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:31:20.65 ID:4GMCEBFSO
- 素直が選んだのは、薄っぺらい文庫本。一組の男女が、夜空の下思いを語るという純愛物語。
川 ゚ -゚)「この果てなく続く夜空には、様々な星が散らばっている」
川 ゚ -゚)「その中で、こうやって生き物が住める星は、私が立つ青い玉だけ」
川 ゚ -゚)「他にも……。生き物が住んでいる星はあるのかもしれないけど」
( <●><●>)「こうして君がいる星は、この宇宙に一つだけ」
川 ゚ -゚)「あなたと会えたこの星は……って」
川 ゚ -゚)「なぜ台詞を知っている?」
( <●><●>)「その本の情報は既に私の頭の中に入っています」
- 48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:33:47.82 ID:4GMCEBFSO
- 遠い昔の名作だからか。WKTTMSが知っていてもおかしくない。
自然と互いのセリフを言い合う流れになり、
素直は女性を、WKTTMSは男性のセリフを受け持った。
二人の朗読は、まるで本心からの言葉のように滑らかで、
素直はセリフの中に暖かな感情を込めて、女性のセリフを紡いでいく。
川 ゚ -゚)「あなたと会えたこの星に、私が生まれ落ちてあなたと出会って恋仲になる確率って」
( <●><●>)「君が生まれたこの星に、僕が生まれ落ちて君と出会って恋仲になる確率って」
( <●><●>)「天文学的なんて物じゃない」
川 ゚ -゚)「奇跡としか言いようが無いのかもね」
川 ゚ -゚)「あ、流れ星」
( <●><●>)「流れ星に祈ろう。この奇跡がいつまでも続くように」
山場の台詞を言い終えたWKTTMSは、微笑んでいた。正確には、ホログラフィーがだが。
- 50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:36:21.26 ID:4GMCEBFSO
- ちょっとしたお芝居を無事終わらせた二人は、黙り込んでいた。
取り囲むのは気まずい空気ではなく、いるるだけで安らげる、心地よい空気。
本をぱらぱらとめくり返していた素直が、
何かを話そうとホログラフィーの方を向く。
と、像が乱れた。一瞬だけであったが、元に戻った時にはWKTTMSの顔から笑顔は消えていた。
時間が、無い。
幻想的な物語の世界から引き戻された素直は、
何かを決意し、逡巡した後、WKTTMSに呼びかけた。
川 ゚ -゚)「WKTTMS……」
言い淀む素直。一瞬、顔に強い意志が浮かんだが、すぐにそれは消えた。
まだ躊躇いがあるようだ。
( <●><●>)「どうしましたか」
川 ゚ -゚)「……」
- 51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:38:34.26 ID:4GMCEBFSO
- 素直は口を噤んで話さない。
言い出そうかどうしようか迷っていると、WKTTMSが先を促す。
( <●><●>)「何か用事があるのですか。それとも具合が悪いのですか」
川 ゚ -゚)「君は、君自身の体調を理解していないのか?」
( <●><●>)「一体何の事でしょうか」
WKTTMSの表情は変わらない。
本当に心当たりが無いのか、無表情のまま、冷たく素直を見つめている。
川 ゚ -゚)「WKTTMS……。君の寿命は、後4日だ」
( <●><●>)「寿命の有無は生命体にのみ当てはめられると思うのですが」
川 ゚ -゚)「言い方が悪かった。君の機能は後4日で全て停止する」
- 54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:41:11.77 ID:4GMCEBFSO
- きょとんとしていたWKTTMSは、それを聞いて、
じっと何かを考え込むような体勢になる。
考え事をしている時、納得がいかない時、
状況に応じた態度をホログラフィーにとらせるのが、最近のWKTTMSの癖になっていた。
( <●><●>)「……機能、停止」
川 ゚ -゚)「……では、私が君の元に来た、本当の理由は知っているかい?」
川 ゚ -゚)「私の名前は素直クール。曾祖父は稚内。
君は荒廃した地球を観測するためにこの地に残された、唯一の人工知能WKTTMS」
稚内の名前に反応したWKTTMSは、大きな眼を落ち着き無く動かした。
生みの親との思い出が甦ったのか、手は胸に当てられ、彼は懐かしげに語り出す。
- 56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:45:24.85 ID:4GMCEBFSO
- ( <●><●>)「わかんないんです、わかんないんです。我が恩師にして生みの親」
川 ゚ -゚)「それは曾祖父の口癖か」
( <●><●>)「私にありとあらゆる知識を詰め込んでくださいました。彼は私を愛してくださいました」
( <●><●>)「そして、知能を持つ限り、私は人間であると言って下さいました」
懐かしげに目を瞑って語るWKTTMSを見て、
素直は、漠然と散らばっていた考えを、やっと固める事ができた。
体は人間ではなくとも、それが偽りの感情表現だったとしても、
彼に接する人間が彼をどう思うのかで、彼は人間にも機械にもなれる。
そして素直は、WKTTMSを人間として認めた。
恩師を想い、物語を楽しみ、共に語り合える……。
それが人間でなくてなんだろう!
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