8.
「昔さ、山で迷った時、山の神が助けてくれたんだ。」

村を目指して山を降りていく途中、ヒノデがぽつりぽつりと話しはじめた。

「迷ってるうちに崖から落ちて足をくじいてさ、動けなくなってる俺をあの緑色のやつが山の神のところまで運んでくれて、私の脚がよくなるまで果物やら木の実やらをとっては持って来てくれたんだ。」
( ^ω^)「それでおまいはそんなに山の主を崇めてるのかお。」
「私だけじゃない。昔は皆山の神を崇めてたさ。けど、十年くらい前から山の神が人里に下りて助けてくれる事が無くなったからしいんだ。」
( ^ω^)「それで若衆連中は年寄り衆と違って山の主に対する敬いが無いのかお。」
「それでも多少の敬意はあったんだ。けど、最近になって地震が増えてきたり、人を襲うようになってからは掌を返したように山狩りをしようなんて言い出した。」
(;^ω^)「いや、そりゃあ襲われれば誰でも怖がると思うお。」
「でも怪我人は一人も出てない!あいつ等、山の神の事を化け物扱いして・・・これまではずっと敬ってきたのに・・・。」

ヒノデがそこで口をつぐんだ。


36 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/13(月) 00:05:37.00 ID:UqUBwYH90

( ^ω^)「・・・・・・・・・・・・塵、か。」
「え?」
( ^ω^)「この国からずっと西、清の国がある地からさらに西、遥か西にある南蛮の地では、人は塵からつくられたと信じられているらしいお。今の話を聞いて、それを思い出していたんだお。」
「塵?確かにこれまで守ってきてくれた神を狩ろうなんて、性根の腐った汚い奴等だけど・・・」
( ^ω^)「そういう事じゃあ、ないお。」
「?、それはどういう―――」

そこで、二人は前方から照らされる明かりに気づいた。
夜明けにはまだ早い。
では一体何の明かりなのか。
そう考えて、明かりの発生源を探す二人はそれを見た。
二人の歩く先、村のある山の麓付近から山の上へと向かって広がっていく炎を。

「山が燃えてる・・・。」

二人の視線の先、山の麓、村の側から山に火が放たれていた。油でも使っているのだろうか、ただの山火事にしては火のまわり方が早い。

(;^ω^)「まさか村の連中・・・・ッ!!!」

38 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/13(月) 00:06:07.10 ID:QW6b7wiz0

嫌な予感に突き動かされ、内藤が走りだすとヒノデもそれに続いた。
火のまわり方から見ても、これが人為的なものであることは明らかだ。
そう考えながらも走り続ける彼等の前に、火の着いた松明と油の入った水がめや酒樽を持つ村人たちが見えてきた。
村人たちも彼等に気づいたか、視線が集まる。
内藤は彼等の前に来るなり彼等を問い質した。

(;^ω^)「何やってるんだお!!!」
「あんた・・・確か蟲師の・・・」
(;^ω^)「おまい等、自分たちが何やってるのかわかってるのかお!」
「見てわかんないのか?山狩りだよ。あの化け物を何とかしないと、俺達はもうどうにもならない。」

化け物。確かに男はそう言った。
見れば、山に火をつけている男たちは全員若い者ばかりだ。
確かに村の老人たち以外には山の主を敬う心は無いらしい。
男達の口調に篭められた忌避感や嫌悪感に敏感に反応したヒノデが、食いつくように男へと話しかけた。

「なんで!!お前等なんで山の神を!!!」
「ヒノデ!!?おまえ、無事だったのか!!?」
「え?」
「お前のとこの親父さんもお袋さんも、お前が奴等に食われたと思って悲しんでるぞ!!」
( ^ω^)「奴等?」
「あの緑の化け物共だ。さっき村が奴等の群れに襲われた。もう奴等を方って置くわけには―――」
「おい!!!居たぞ!!!!こっちだ!!!」
「わかった!!!今行く!!!」
(;^ω^)「あ、コラ、ちょっと待つお!!」

39 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/13(月) 00:06:44.91 ID:UqUBwYH90
内藤が止めるまもなく、男は別の男からかけられた声に従って山の中を駆けていく。
走り去っていく男の背には猟銃が背負われていた。
山の奥からもいくつもの銃声が響く。
何をやっているのかは明白だ。

(;^ω^)「糞ガキ、奴等を止めたいお!!!一緒に説得を―――」
「・・・のせい・・・・・・たし・・・・・・が・・・」
(;^ω^)「おい!!!糞ガキ!!!もしも山の主が死んだら、光脈筋の流れるこの山は―――」
「私のせいだ!!!私が居なくなってたから!!!私が殺されたと思ったからあいつ等は!!!!」

そこで内藤はハッとなった。
そうだ、あの山の主は人を襲いはしても殺しはしない。
あの木霊の側で、木霊の作り出した獣と視線が工作した一瞬にそれだけは読み取る事はできた。
ならば、村を襲ったとしても誰も被害を受けていないはずだ。
しかし、村を出て山の主に会いに行っていたヒノデの姿は無い。
彼等は思ったはずだ。
「ついに最初の犠牲者が出た」と。

「わたしが!!わたしのせいで―――」
(;^ω^)「違うお!!!おまいのせいじゃないお!!!奴等はいずれ山狩りをするつもりだったお!!!」
「でも私のせいでそれが早まった!!!あんただって分かってんだろ!!!私のせいだって―――」
(;^ω^)「違うお!!!」
「何が違うって言うんだ!!!私のせい―――」

40 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/13(月) 00:07:17.18 ID:UqUBwYH90
(;^ω^)「だから―――」

瞬間、世界が揺れた。
此の世を誰かが揺らしているのではないか、そう思えるほどの大地震と共に、轟音が響き渡った。
三度、ヒノデの言葉をさえぎろうとした内藤の台詞が、さらにその轟音でかき消された。

(;^ω^)「な・・・ッ!!!!!」

その場に居合わせた誰もが呆然としていた。
山に火を放って居た男たちも、緑の獣たちを追い回していた男たちも、内藤も、ヒノデも。
全員が全員、口と目を開いてそれを見上げていた。
轟音とともに、頂上付近から溶岩を吐き出す山を。

「噴火だ!!!!山が噴火したぞ!!!」

誰かが言った。
山から溶岩とともに吐き出された岩石は空に炎で赤い弧を描きながら落下していく。
その空に浮かんだ火の雨によって夜の世界がほんのりと照らし出された。
天から火の雨が降ってくるかのようなその光景は、まるでこの世の終わりを見ているようで、地獄の釜の底のようで、
しかし一つ一つが人や家を押し潰すだけの威力を秘めたその赤い雨は、どこか息を止めさせる程に美しくて―――

「逃げろおおおおおおおおおおおッ!!!」

再び誰かの叫び声が響き渡った。


41 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/13(月) 00:07:39.13 ID:UqUBwYH90
内藤本人は気づいていなかったが、それは彼自身の喉から発せられたものだった。
内藤の声に、夢から覚めたかのようにその場で固まっていた男たちが走り出した。
その日、その時、確かに彼等の世界は、彼等の山は一度終わったのだった。
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