21 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/12(日) 23:41:57.82 ID:QW6b7wiz0
4.
先にそれの接近に気がついたのは猟師の男の方だった。
流石にこの山を歩き回り、獲物を追う事が生活の一部になっているだけあって、この山の中の事は男の方が詳しいようだ。
だから、問題の川辺で男の表情が強張ったとき、内藤はそれの接近を知ることが出来た。
男はそれの存在を視認できたわけではない。だが、幼い頃から山で育ち、山を仕事場として生きてきた男の勘が、その圧倒的な存在感を放つ生物の接近を感じていた。
それ―――山の主とも山の神とも呼ばれる蟲は、彼等に気づかれる事無く彼等に接近していた。
内藤が気づいたときには、それは既に川辺で川の水を眺めていた彼等の対岸まで来て川の水を啜っていた。
この山は火山で、昔に噴火でもあったのだろう。そこら中に玄武岩等の噴出した溶岩が急冷してできたと思われる火山岩が転がっている。
その火山岩の上から川の水に口先を沈めている山の主は、その巨体とも相まって威風堂々、自然と一体化した芸術性すらも漂わせていた。

(;^ω^)「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!!」

手を伸ばせば触れられる程の距離とまではいかないが、川を挟んで一丈(約3.03メートル)程先に緑色の巨体がある。
主の体長もこれまた一丈(約3.03メートル)程だろうか。言われて見れば虎に似ているが、その体に縞の模様は無い。
ならば何に似ているのかと聞かれれば、正直首を傾げざるを得ないのだが・・・。


22 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/12(日) 23:42:24.39 ID:QW6b7wiz0

(:^ω^)(やっべ。虎ってこんなでかいのかお。こりゃ主とか神とか関係なしに、襲われたら楽に死ねるお・・・。)

先ほど調合した薬のおかげで、主は彼らに気づいてはいない。
今も対岸で自分を観察する者達がいるなどとは夢にも思わず、川から水をすすり続けている。

(:^ω^)(成る程、気配からして普通の獣じゃないお。見たところ火山岩だらけのこの山がここまで緑で埋まってるのも、光脈筋とこの主のおかげみたいだお。)

内藤は隣の男へと目線で「音を立てないように」と伝えるが、男はそんな内藤の視線など目に入らない様子で震えている。
おそらく、これほどの至近距離でこの山の主を見るのは初めてなのだろう。
青ざめて震えている。
その時、山の主のが川から顔をあげた。
それはただの偶然でだったのだろうし、主もただ水をすするのを一息つけて、なんとなしに対岸を眺めていただけなのかもしれない。
しかし、その主の何気ない行動が男に与えた恐怖は大きかった。

「・・・・・・・・・ッッッッ!!!!!」

男の喉の奥から、「ヒッ」と「ハッ」の中間のようなかすれた音が漏れた。

(:^ω^)(あ、バーロー。声だすなって言ったのに・・・。)

音に敏感に反応して、主が音の発生源へと目を向ける。
そこには先ほどまでは視認できなかった男たちの姿。

23 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/12(日) 23:42:46.68 ID:QW6b7wiz0
調合した薬で意識を逸らして自分たちの存在を感知される事を免れてきたが、音から存在を感知されては、もう意識を逸らし続けることはできない。
どこを眺めるでもなく、あちらこちらへ動いていた山の主の視線が固定された。
だが、それからの男の行動は迅速だった。
幼いころから父親の猟についていき、山での生き方を学んできた男の体は、恐怖の中でもしっかりと今まで積み上げてきたそれらを無意識のうちに使っていた。
ほとんど反射とも言える動作で男の手が猟銃を構えて発射。
山の主は銃口が自分にぴたりと据えられた瞬間、その場から飛びのき事なきを得るが、再び男の銃口が動くと、一目散にその場から駆け出した。
しかし、恐怖に囚われた男の手は止まらない。

(:^ω^)「ちょっと待つお!!!」

山の主を殺してはならない。
主の変調や死はそのまま山の変調、死へと繋がる。
内藤が急いで静止するが、男の猟銃からはすでに銃弾が放たれていた。
銃弾は一直線に、背を向けて逃げ去る山の主へ追いつき、食らいついた、が―――

「・・・・・・・・・・・・。はずした・・・・・・?」

確かに銃弾は主の体を捉えたはずだったが、山の奥、主の逃げていった先には死体どころか血一滴たりとも流れていない。
山に変調が見られないことからも、主に以上が無いのは明らかだ。

(:^ω^)(・・・どういう事だお?)


24 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/12(日) 23:43:33.60 ID:QW6b7wiz0
内藤は怪訝そうな顔で、弾丸が主に食らいついたと思われる地点まで歩いていく。

( ^ω^)(しかしあの主、弾が当たった瞬間に消えたように見えたお。)

首をひねりつつ周囲を見渡すと、そばに大量の落ち葉が集まっているのが見えた。落ち葉だというのに、つい先ほどまで木についていたかのように、やけにみずみずしい。
落ちていた落ち葉の内、一枚を背負った薬籠に入っていた瓶の中へと入れると、内藤は背後で固まったままの男へと振り返った。
男は山の主とあれほどの至近距離で遭遇したショックからか、銃を構えたまま呆然としていた。
( ^ω^)「そろそろ日が落ちてきたし、さっさと下山するお。」
「え・・・?あっ、はい。」
( ^ω^)「・・・落ち葉・・・・、か。」
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