630 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 22:56:52 ID:kTvu3mL.0

 〜 ソクホウ西部 市場北通り 〜


( ^ω^)「はい、薬草パン5つですお。ありがとうございましたお」

(∪^ω^)「わんわんお!」

(客)「この、クリームのやつ3つくれないか」

( ^ω^)「はい、少々お待ちくださいお」

(客)「チーズ1つ」

( ^ω^)「はい、少々お待ちくださいお。クリーム3つのお客様ー」



     第二十三話 帰する空は灰色に


631 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 22:58:26 ID:kTvu3mL.0

( ^ω^)「ありがとうございましたお、魔法道具屋サンライズをよろしくですお!」

僕の名前はブーン。
ヴィップの町で魔法道具屋サンライズを営む魔法使いだ。

(∪^ω^)「わんわんお!」

この子の名前はわんわんお。
僕のペットというか家族で、見た目は子犬だが実は元竜だ。

地下遺跡調査のクエストを終えてソクホウに帰った僕は、丸一日休養に当てた翌日の朝、
かねてからの予定であった薬草パンの販売をしている。

幸いな事にハインさんの傷もそれほど深くはなく、意識も昨日の内に戻っていた。
そのお陰で何の気がかりもなくなった僕は、こうやって薬草パンの販売に精を出す事が出来ている。

メシューマに比べると市場の活気は少し劣り、どこかしら穏やかな雰囲気に満ちた通りだが、
物珍しさもあってか薬草パンの売れ行きはそこそこのものだ。

( ^ω^)「お昼の食事時にまた売れてくれれば、今回も完売出来るかもしれんお」

(∪^ω^)「わんお!」

632 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 22:59:49 ID:kTvu3mL.0

今回もパン売りは僕とわんわんおだけで行っている。
ジョルジュさんとミルナさんはアニジャさんと武器の強化の話を相談した後、また騎士団の詰所に顔を出す予定らしい。

クエスト直後なのに元気な事だと思うが、今回のクエストはほとんど出番が無かったからだと、
少し不満気な顔をされてしまった。

ツンはハインさんの看病という名目でアニジャさんの家にいる。
ハインさんは意外と元気で、寝てれば直ると言うのだが、ハインさんと仲の良いツンは念の為、
今日は一緒にいるつもりとの事だ。

( ^ω^)「まあ、何はともあれ無事にクエストを終えられて良かったお」

(∪^ω^)「わんわんお!」

色々あったがクエストは成功させる事が出来た。
再度オトジャさんを迎えに遺跡の奥へ逆戻りする事になった時はどうしたものかと思ったが、
そのついでにGマンティスの鎌やミノタウロスの角なんかも回収したので結果オーライだ。

一応、オトジャさんも無事だった事は付け加えておく。

( ^ω^)「さて、がんばって薬草パンを売るお!」

(∪^ω^)「わんお!」

633 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:00:56 ID:kTvu3mL.0

しかしその後は中途半端な時間の所為もあってか、ぽつぽつとしか売れず、暇な時間が多くなってしまった。
昼頃まではしばらくこんな調子だろう。

( ^ω^)「ま、休み休みのんびりやるお」

(∪^ω^)「わんおー」

暇になると自然に考え事が浮かび、その内容はやはり先日のクエストの事が中心になる。
クエストは成功したが、僕自身の行動を振り返ると反省点が多く目に付いてしまう。

( ^ω^)「もう少し、うまく魔法が使えてたら良かったおね……」

(∪^ω^)「わんお?」

魔法1つ1つの精度や効力に関しては、多分問題はなかったと思う。
しかしながら、その選択については必ずしも最良であったとは言えない。
手段を多々擁していても、効果的に使えなければ意味が無いのだ。

クエスト中にも思ったが、経験不足は否めない。
難易度の高いクエストにそれほど参加したわけでもないのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。

( ^ω^)「でも、僕は冒険者ではないけど、魔法使いなんだお」

634 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:03:18 ID:kTvu3mL.0

魔法使いはもっとクレーバーに立ち回らなければならない。
全体を見通し、敵を知り、その都度最良の手段を提示出来る存在でありたいと思う。

( ^ω^)「咄嗟の判断力をもっと……」

(∪^ω^)「わんわんお!」
  _
/ {||||} 「……」

( ^ω^)「お、いらっしゃいませですお!」

考え事をしていたら、お客さんが来ているのに気付けなかった。
すぐ様応対をしようとするが、客は突然、恭しく深々と頭を下げる。

(;^ω^)「お? あの……」

僕はわけがわからず、客の方を改めて観察してみるが、これまでの客とはかなり異質な感じを受ける。
フード付きの深い紺色のローブを纏った姿は恐らく魔法使いであろう。

しかしローブの作りは上質で、かなり清潔感溢れる感じだ。
見慣れた某賢者のくたびれたそれと比較すると、ものすごく気品溢れて見える。

635 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:04:53 ID:kTvu3mL.0
  _
/ {||||} 「失礼、今はお分かりにならないんでしたね」

(;^ω^)「お?」

( ∵)「私はビコーズと申します。貴方の御祖父様に縁ある者と申せばお分かり頂けるでしょうか」

男はフードを取り、はっきりと素顔を見せる。
細身で背は低く、無表情で厳格そうというのが僕の第一印象だ。
その顔に見覚えはないが、御祖父様という言葉で大体の事情は察せられる。

( ^ω^)「なるほど……はじめましてですお、僕は……」

( ∵)「存じ上げております。よろしければ、場所を変えてお話をしたいのですが」

ビコーズさんは申し訳なさそうに僕の言葉を遮り、そう提案して来る。
確かに、じいちゃんの話はこんな往来でしたくはない話なので、その申し出は受けるべきだろう。

( ∵)「ご心配なく。残りの商品はこちらでお買い上げ致しますので。馬車も宿泊先に運ばせます」

( ∵)「勿論、帰りもお送り致しますのでご心配なく」

636 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:06:17 ID:kTvu3mL.0

よく見るとビコーズさんの背後、少し離れた位置に騎士らしい人達が数人直立不動で並んでいる。
こちらの話が聞こえない距離で待機しているのだろう。
色々と言いたい事はあるが、ここは従うしかなさそうだ。

( ^ω^)「よろしくお願いしますお。でも、パンはそのままでいいですお。あとでこっちで処分しますんで」

( ∵)「いえいえ、ご安心を。ちゃんと食べる為に買うのですから、食べ物を粗末にすることはしませんよ」

私も後ほど頂きますと、全く笑っている様には見えないが、
多分本人は笑っているつもりなのだろうという顔で恭しく一礼をするビコーズさん。
それならばここでパンを売っている僕に断る理由は無い事になる。

( ^ω^)「わかりましたお。それじゃあ……っと、この子も一緒でかまいませんかお?」

(∪^ω^)「わんわんお」

( ∵)「ええ、勿論ですとも。それでは、参りましょうか」

ビコーズさんが振り向いて後方に合図を送ると馬車が1台やって来た。
僕らが使っている馬車と比べると装飾過多で、明らかに高級そうな雰囲気がある。

僕達はその馬車に乗り込み座席に座った。
すぐに馬車はどこかへ向けて走り出したが、行き先は聞かずとも大体の予測はついている。

637 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:09:24 ID:kTvu3mL.0

( ^ω^)「……」
つ∪^ω^)

( ∵)「……」

車内では特に話す事は無く、馬車に揺られる事十分ほど、僕達は王宮の門をくぐっていた。

( ∵)「こちらへどうぞ」

馬車を降り、案内されるままに王宮の東側から中に入り、王宮内を進む。
王宮内は思ったよりは質素な作りだと感じたが、清潔感は保たれており、よく掃除が行き届いているようだった。
ただ、王宮内の廊下を忙しなく人が行き来しており、どこと無く切迫した様子が感じられる。

( ^ω^)「何かあったんですかお?」

( ∵)「ええ、騎士団の方で少々問題が起こったようでしてね」

といっても、国家全体に関わるような話ではないから気にしないで下さいとビコーズさんは言う。
取り敢えず今僕が呼ばれた事とは一切関係がない様だ。

( ∵)「そちらへおかけください」

通された部屋は執務室であろうか。
ビコーズさんはしばらくお待ちくださいと一旦部屋を出ていった。

638 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:11:03 ID:kTvu3mL.0

僕はソファーに座り室内を見回す。
向かいのソファーの後ろの机の上に書類が山積みにされてはいるが、綺麗に整頓されていて、
それがビコーズさんの人柄を表しているように思える。

( ^ω^)「うちの師匠も少しは見習って欲しい部屋だおね」

(∪^ω^)「わんお」

少々堅苦しい雰囲気も感じるが、王宮内の執務室ならこのくらいが妥当であろう。

( ∵)「お待たせしてしまって申し訳ありません」

戻って来たビコーズさんの手にはティーポットとカップが乗ったお盆があった。
そんな気を使わなくてもとか、誰かにやらせればとかの言葉が浮かんだが、
これまでの経緯を考えれば、返って来る答えに予測がつくので口はつぐんでおいた。

( ∵)「さて、色々とお聞きしたい事はあられるでしょうが、まずは改めて自己紹介をいたしましょう」

ビコーズさんは意外と手馴れた手付きでお茶を淹れ、ソファーに座った所で話を始めた。
多分、この詳しい自己紹介で僕の聞きたい事はある程度わかるはずだ。
640 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:12:57 ID:kTvu3mL.0

( ∵)「私の名前はビコーズ=バラナゼナ、いわゆる宮廷魔術師を勤めさせてもらっております」

( ∵)「ブーン=ホライゾン様、貴方の祖父であらせられるバーン=ホライゾン様の最初の弟子でもありました」

ビコーズさんは年は40ぐらいで、じいちゃんの最初の弟子、つまりはドクオさんの兄弟子に当たる事になる。

それに対して僕の方は、名乗る必要もないらしい。
僕がヴィップの町で魔法道具屋をやっている事までビコーズさんは知っているようだ。

しかし、宮廷魔術師は予想外だった。
宮廷魔術師は単にお城に仕えている魔法使いでは無く、王直属の魔法使いでその相談役としての役割を持つ。

要するに相当偉いという事になる。
立場的には多分、騎士団長のフィレンクトさんよりも上だろう。

そんな人が僕に接触して来た事も驚くし、じいちゃんの弟子であった事にも驚いた。

(;^ω^)「その、いくらじいちゃんの弟子だったとはいえ、僕にまでそんな敬語とか使わないで下さいお」

( ∵)「何を仰る。私にとっては貴方は十分に敬うべきお方なのですよ。それに……」

( ^ω^)「それに?」

641 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:14:34 ID:kTvu3mL.0

( ∵)「いえ、失礼しました。時が来れば理由は自ずとはっきりお分かりになると思いますので、今は……」

( ^ω^)「?」

(∪^ω^)「わんお?」

何だか意味深な物言いだが、今は教えてくれそうに無いらしい。
過去にじいちゃんと僕の事で何か約束でもしていたのだろうか。

( ∵)「しかしバーン様の、御祖父様の弟子については聞き及んでおられませんでしたか?」

( ^ω^)「流石にドクオさんだけではないとは思ってましたが、具体的な事は何も」

過去にドクオさんに聞いた時には、爺ちゃんは多くは弟子を取らなかったと聞いている。
その眼鏡に適うほどの人物が滅多にいなかったからだと。

( ∵)「ええ、あのお方は大変お厳しい方でしたからね」

昔を懐かしむような口調で言うビコーズさんだが、僕はそれほど厳しかったというイメージは持っていない。
確かに、魔法の修行に関しては厳しかったような気もするが、平素は普通のおじいちゃんだったと思う。

642 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:15:45 ID:kTvu3mL.0

( ∵)「現在、御祖父様の弟子であった者は3人います」

( ^ω^)「というと、ビコーズさんとドクオさんの他にも、もう1人いらっしゃるのですかお?」

( ∵)「ええ、今はラウンジの方にいますが、ドクオ君と同時期に弟子入りしたモララー君という者がおります」

ビコーズさんが言うには2人とも東の賢者、西の賢者と並び称される実力者らしいが、
僕としてはその知ってる方の東の賢者があれなので、西の賢者の方の実力というか人柄も少し疑ってしまう。

( ∵)「彼らは良きライバルでしたよ」

( ∵)「要領の良さでモララー君の方が認められることが多かったですが、実力に差はなかったと思います」

( ^ω^)「見た目で損しそうな人ですしね」

(∪^ω^)「わんおー」

( ∵)「そうですね。しかし、実力を認められていたからこそ、最後までお祖父様の側に置いてもらえたのでしょう」

( ∵)「全く、羨ましい限りでした」

ビコーズさんの話では、じいちゃんが隠居する時にビコーズさんやモララーさんも共に行く事を希望したらしいのだが、
じいちゃんはドクオさんだけを連れていったという。
ビコーズさんにはニューソクの事を、モララーさんにはラウンジの事を頼むと後事を託したらしい。

643 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:18:05 ID:kTvu3mL.0

その割り振りだと、ドクオさんでは頼りないからそうしたような印象も受けるが、
弟子としては尊敬する師の側にいられる事は何より嬉しいのかもしれない。
少なくともビコーズさんの言い様は、当時のドクオさんを心から羨んでるように聞こえる。

( ∵)「彼は芯の通ったまっすぐな男でしたから。御祖父様が側に置きたがった事には納得いきます」

( ^ω^)「僕としては、顔も含めて所々歪に曲がってる印象なんですけどね、ドクオさん」

( ∵)「ハハ、見た目はそうかもしれませんが、あれで根は責任感の強い男ですよ」

( ^ω^)(見た目は否定しないんだ……)

( ∵)「ですから、託された事を忠実にやってのけています」

( ^ω^)「あんまり働いてる印象無いんですけどね」

( ^ω^)「まあ、ヴィップ近辺は平和ですから、知らないとこでちゃんとやってくれてるんでしょうけど」

( ∵)「ええ、それはもう」

やけにドクオさんの肩を持つビコーズさんだが、僕には若干気になる事がある。
僕はドクオさんの王族嫌いは、じいちゃんの事に起因する物だとばかり思っていた。
しかし、同じじいちゃんの弟子であるビコーズさんはこうやって王宮に仕えており、ドクオさんにも好意的だ。

644 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:21:23 ID:kTvu3mL.0

その辺の所も聞いてみたいが、そろそろ本題に入って欲しくもある。
結局まだ、僕が何故ここに呼ばれたかわかっていない。

( ∵)「正直な所を申しますと、実の所、これと言って用事はないのです」

(;^ω^)「お?」

(∪^ω^)「わんお?」

( ∵)「敬愛する我が師の忘れ形見であらせられるブーン様が、このソクホウにお越しと聞き」

( ∵)「それならば一目お会いしておきたいと思いましてご足労願ったわけです」

( ∵)「私のわがままにお付き合い頂く事になって真に申し訳ありません」

( ^ω^)「いえ、謝られるような事では……。それに僕も、じいちゃんの話が聞けて嬉しかったですお」

最初は身構えてしまったが、そういう事なら納得は出来る。
僕の事を色々調べていたようだし、弟子として師の亡き後の事まで色々心配してくれていたのだろうか。
そう考えると頭の下がる思いだ。

645 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:23:12 ID:kTvu3mL.0

( ^ω^)「余計な気を使わせてすみませんお」

( ∵)「いえ、こちらが勝手にやった事です。咎められこそすれ、感謝されるのは恐れ多い事ですよ」

( ∵)「勿論、貴方の出自が明らかになる様な不手際は起こしておりませんので、ご安心ください」

それからしばらくはじいちゃんの事や魔法の事、ここ最近のクエストの事など色々な話をした。

( ∵)「なかなか無茶をしておられますね。くれぐれもご無理はなさらぬように願います」

( ^ω^)「若い内に色々と経験は積んでおきたいと思いますお。最近、経験不足を痛感してばかりですし」

( ∵)「良き心がけだと思います。まだお若いのですし、焦らずじっくりと経験をお積みになられるのが良いかと」

ビコーズさんは終始低姿勢ではあったが、魔法に関してはかなり詳しいアドバイスもしてくれた。
無表情なビコーズさんだが、魔法に関する知識は流石に素晴らしく、僕はかなり有意義な時間を過ごす事が出来た。

(;^ω^)「すみません、少々長居し過ぎましたおね」

( ∵)「いえ、こちらがお呼び立てしたのですから、お気になさらないで下さい」

646 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:24:22 ID:kTvu3mL.0

( ∵)「しかしそうですね、そろそろお話し疲れもあるでしょうし、頃合いでしょうかね」

ビコーズさんに案内され、僕は部屋を出て馬車に向かう。
僕は最後まで慇懃な姿勢を崩さなかったビコーズさんに礼を述べる。

( ^ω^)「今日は色々とお話聞かせて頂いてありがとうございましたお」

( ∵)「いえいえ、礼を述べるのはこちらの方です。お付き合い頂いて感謝しております」

またソクホウに来た際はいつでも気軽にお越しくださいと言うビコーズさん。
僕は再度感謝の言葉を述べ、別れの挨拶をした。

( ^ω^)「それではまた。お元気でですお」

(∪^ω^)「わんわんお」

( ∵)「はい、またお会い致しましょう。ブーン様のご健勝をお祈り申し上げます」

僕は深々と一礼し、馬車に乗ろうとした。

( ∵)「おっと、忘れておりました」

( ^ω^)「お?」

647 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:25:46 ID:kTvu3mL.0

( ∵)「クー様をよろしくお願いしますね」

( ^ω^)「……」

ビコーズさんは僕を呼び止め、近付くとそっと耳打ちをした。
僕はビコーズさんの目を見詰め、その真意を測ろうとしたが、相変わらずの無表情で何も読み取れる気がしない。

何を言うべきか定まらぬ僕は、促されるまま馬車に乗る。
その後、僕はアニジャさんの家まで送ってもらい、馬車を降りた。

( ^ω^)「ふぅ……。ちょっと緊張したけど、楽しかったお」

(∪^ω^)「わんわんお」

( ^ω^)「わんおはだいぶ大人しかったおね。わんおも緊張したのかお?」

(∪^ω^)「わんおー」

今思えば、わんわんおの事もビコーズさんに打ち明けておけば良かったかもしれない。
多分、わんわんおが天空竜だと気付いてなかったと思う。
ひょっとしたらドクオさん経由で話が言ってる可能性もあるので、僕はまた今度でいいかと結論付けた。

648 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:27:01 ID:kTvu3mL.0

( ^ω^)「しかし、最後の最後であれとは……」

(∪^ω^)「わんお」

すっかり失念していたが、僕の事を調べていたのならクーの事も知っていておかしくない。
それに、ビコーズさんはクーの事を本名ではなく、今名乗っている偽名で呼んだのだ。
知っていると見て間違いはないだろう。

その上であの発言だ。
正直な所、僕にはビコーズさんの意図が全くわからない。

( ^ω^)「知っていてクーの事を連れ戻さないって、どういう事なんだおね?」

(∪^ω^)「わんおー」

( ^ω^)「……そういえばクーにペンダントの事でアドバイスしたの、ビ何とかさんだったおね」

( ^ω^)「それがビコーズさんだった可能性は高いお。ていうか確定だと思うお」

(∪^ω^)「わんお」
651 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:30:34 ID:kTvu3mL.0

その辺りの事はヴィップに戻ってからクーに聞いてみようと思う。
じいちゃんの弟子であった事や魔法使いである事を考えれば、聞くまでもなく正解だとは思うが、
何かしらの情報は得られるかもしれない。

直接ビコーズさんに聞くと言う手もあるが、教えてくれるかどうかはわからないし、向こうは忙しい身の上だ。
悪いと思うし、じいちゃんの名前に頼って行動するのは本意ではない。

( ^ω^)「ま、取り敢えず帰るかお」

(∪^ω^)「わんお!」

( ^ω^)「ただいまーだお」

(∪^ω^)「わんわんお!」

僕は既に滞在数日目にして勝手知ったるアニジャさんの家に入る。
まず自分の部屋に荷物を下ろし、それからハインさんの部屋に向かった。

( ^ω^)「お? 返事がないお?」

ハインさんの部屋のドアをノックするが反応がない。
鍵は開いていたので静かにドアを開けて中を覗いてみると、ハインさんは眠っており、
看病していたツンもベッドの側の椅子で眠っていた。

652 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:33:10 ID:kTvu3mL.0

わざわざ起こす理由もないので、僕はそっとドアを閉め、リビングへ向かう。
リビングではアニジャさんがお茶を飲んでいた。

( ´_ゝ`)「おかえり。売れ行きはどうだった?」

( ^ω^)「ただいまですお。まあまあ、ってとこですお」

実際には完売したのだが、最後のあれは参考にはならないので濁しておく。
次に売るときは自分の力で完売したいものだ。

( ´_ゝ`)「それで、えーと……聞いてもいいのかな?」

( ^ω^)「お? 何をですかお?」

少々歯切れの悪い口調のアニジャさんだったが、
騎士が僕の馬車をこちらに届けた理由を聞いてもいいものか迷っているらしい。
僕は皆まで説明する事は出来ないので、昔、僕の祖父にお世話になった人に招待されたと曖昧に説明した。

( ´_ゝ`)「ふーん。お偉いさんに知り合いがいるって事か」

( ^ω^)「そんなとこですお。今日まで全然知らなかったですけど」

653 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:35:28 ID:kTvu3mL.0

( ^ω^)「そういえば、武器の強化プランはどうなったんですかお?」

これ以上この話を詳しくしたくはないので、僕は話を変えようとする。
アニジャさんもそれほどこの話に興味はなかったのか、すぐに乗ってくれた。

( ´_ゝ`)「ああ、いい感じにプランが纏まったぞ。久しぶりにやり甲斐のある仕事になりそうだ」

回収した素材もあるし、料金も半額になったから単に強化に止まらず、根本的に作り直す事に決めたらしい。
ジョルジュさん達と納得いくまで話し合ったとアニジャさんは言う。

( ^ω^)「そりゃ大仕事になりそうですお」

( ´_ゝ`)「ああ、俺の持つ技術の粋を集めた大仕事だ」

細かい話を聞いていると、大変所の騒ぎではない気もするが、アニジャさんは随分と張り切っている。
きっと武器職人としての、機工技師としての仕事が大好きなのだろう。

( ´_ゝ`)「まあ、それもあるにはあるが……」

( ^ω^)「お? 他にも理由があるんですかお?」
655 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:39:49 ID:kTvu3mL.0

( ´_ゝ`)「オトジャの為にあれだけがんばってくれたんだ。今度はこっちがそれに応える番だろ?」

極めて当たり前の事の様に言うアニジャさんだが、あれは正規のクエストの依頼でこちらにも利のある物だった。
故に冒険者として、プロとして仕事を遂行しただけなのだ。
アニジャさんがそこまで恩義を感じる必要はない。

必要はないが、そういう風に考えられるアニジャさんの事は好ましくも思う。

( ^ω^)「アニジャさんって、意外といい人ですおね。見た目はちょっと胡散臭いですけど」

(;´_ゝ`)「な、何だ急に? いや、そりゃ俺はナイスガイだよ? あと見た目もエレガントだろ」

(∪^ω^)「わんおー」

(;´_ゝ`)「何か否定されたような鳴き方だった気がするんだが……」

(∪^ω^)「わんおー」

(;´_ゝ`)「うん、全く同じ音調で鳴かないで。少し凹みそうになるから」

( ^ω^)「そういえばジョルジュさん達は騎士団の詰所ですかお?」

( ´_ゝ`)「ああ、丁度ブーンと入れ違いぐらいのタイミングで出ていったぞ」

656 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:40:55 ID:kTvu3mL.0

どうやらすれ違ったらしい。
この後の予定は特になかったので、一緒に付いて行こうかとも考えていたのに残念だ。

( ´_ゝ`)「観光とかは行かないのか? 全然この街は見てないだろ?」

( ^ω^)「これといって見たいものは……あ、1つありましたお」

( ´_ゝ`)「何だ? わかり辛い場所ならオトジャに案内させるが」

( ^ω^)「アニジャさんの、というか機工技術での作業風景とかですお」

( ´_ゝ`)「ほほう……そう来たか」

嬉しそうに頬を緩めるアニジャさんに、僕はその作業風景を見せて貰えるか頼む。
泊めてもらっている社交辞令とかではなく、純粋に興味はある。

( ^ω^)「あのオトジャさんが使ってた、ワイヤーのやつはかなり役立ちましたしね」

(*´_ゝ`)「あれは俺の自信作だよ」

一見簡単そうな作りに見えるが、中はだいぶ凝った物らしい。
それはそうだろう。あの大きさで相当の長さのワイヤーを仕込んであるのだ。
内部がどうなっているか非常に興味はある。

657 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:42:52 ID:kTvu3mL.0

( ^ω^)「アニジャさんからすれば邪道と思われるでしょうけど」

( ^ω^)「あれと魔法を組み合わせれば更にいい道具になりそうですお」

( ´_ゝ`)「邪道とまでは思わないが、その分扱える人間が限られてくるだろうな」

( ´_ゝ`)「しかし、使いこなせればかなり有用な道具になりそうだ」

保留にしてた僕の報酬として、あれを譲って欲しいと考えていたが、
あれは今の所オトジャさん用のあの1つしかないらしい。

( ^ω^)「正直、買いたいぐらいなんですけどね」

( ´_ゝ`)「そこまで言ってもらえるなら、俺も期待に応えたい所だな」

アニジャさんはジョルジュさん達の武器改造の後になるだろうけど、
新しくあのサースガ式ワイヤーを作ってくれるという。

( ^ω^)「それは是非ともお願いしたいですお」

( ^ω^)「出来た時は、またソクホウに遊びに来ますお」

(∪^ω^)「わんわんお」

( ´_ゝ`)「ああ、待ってるよ」

658 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:45:06 ID:kTvu3mL.0

( ´_ゝ`)「……ん、そうか、ブーンはもうすぐヴィップに帰るんだな。いつ頃の予定なんだ?」

( ^ω^)「数日中には、と考えてますお」

(;^ω^)「そろそろ帰らないと、だいぶお店を放置してますしね」

当初の予定からすれば、かなりの長い滞在となっている。
作り置きして来た薬草とかの道具はまだ足りると思うが、そろそろ帰らないとまずいだろう。

( ´_ゝ`)「そうか、寂しくなるな」

( ^ω^)「今度はアニジャさん達がヴィップに遊びに来てくださいお。歓迎しますお」

( ´_ゝ`)「それもいいな。考えとくよ。例のブーンのお師匠さんにも是非会ってみたいしな」

その時は是非とも紹介してくれとアニジャさんは言うが、会うとがっかりするんじゃないかという不安もある。
まあ、モテモテ通信の事を思えば趣味は合いそうではあるのだが。

( ´_ゝ`)「そういえば、モテモテ通信の新刊がもう出来るんだが、1冊持っていくか?」

( ^ω^)「結構ですお」

659 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:46:29 ID:kTvu3mL.0

(;´_ゝ`)「そこは社交辞令的に貰っておこうとか思わない? まだ発売前の本ってなかなか見れないよ?」

( ^ω^)「荷物になりますんで」

(∪^ω^)「わんお」

(;´_ゝ`)「いや、こんなに薄いよ? 馬車にまだ何冊も乗るよ?」

( ^ω^)「それはともかくとして、アニジャさんは何で武器職人、機工技師をやってるんですかお?」

僕は強引に押し付けられるモテモテ通信を脇に避け、露骨に話題を変える。
未知の物を追う為という様な答えはオトジャさんから聞いてはいたが、
アニジャさん本人の答えも聞いてみたいというのもあった。

( ´_ゝ`)「そうだな……それに加えて、誰も見た事のない様な発明で皆を驚かせたいといった所かな」

単純に自分が面白いと感じるからその道に進んだという理由もあるが、
それで他人が驚くのを見るのが何より楽しかったから、あまり知られていない機工技術の習得を志したという。

( ´_ゝ`)「まあ、単純に俺に魔法の才能がなかったからってのもあるんだけどね」

660 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:47:57 ID:kTvu3mL.0

( ´_ゝ`)「機工技術みたいにマイナーな方が、知ってる人が少なくて驚かせやすいかなって思ったのもある」

( ´_ゝ`)「武器や防具をメインに作ってるのは、それが一番需要があるからだな」

( ^ω^)「なるほど」

アニジャさん本人はそれほど深く考えてこの道を選んだわけではないと言うが、
聞いた限りではそれなりに納得の行く答えだった。
使える使えないはさておき、実際にアニジャさんの発明には驚かされている。

( ^ω^)「ちなみに、今のアニジャさんの目標とか目的とか何か目指してるものはありますかお?」

( ´_ゝ`)「ああ、あるぞ。今は新素材の開発が一番の目的だ」

アニジャさんは従来のと同等の硬度、もしくはそれを凌駕しつつ、薄くて軽量な素材の開発を目指しているという。

素材と聞くと地味に聞こえるかもしれないが、実際に開発出来れば武器に防具にと需要はいくらでもあり、
かなり有用なものになると思う。

( ^ω^)「そういう技術が確立されれば、色々と面白いものが作れそうですおね」

661 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:48:40 ID:kTvu3mL.0

( ´_ゝ`)「うん、それが出来れば俺の長年の夢に一歩近付けるんだ」

( ^ω^)「お? 夢ですかお?」

聞けば新素材の開発はそれ自体が目的ではなく、本来の目的の為の手段という事らしい。

( ^ω^)「それってどんな夢ですかお?」

(*´_ゝ`)「聞きたいか? どうしよっかなー? 教えようかなー? 秘密にしとこうかなー?」

( ^ω^)「いや、無理には聞かなくていいですけど」

(∪^ω^)「わんお」

(;´_ゝ`)「そこはもう少し食い下がってよ! 俺の人生に興味持ってよ!」

アニジャさんはその素材を使ってある物を作るのが夢らしい。
僕は気は進まないが、勿体付けるそのある物とやらが何かを聞く事にした。

( ^ω^)「そのある物って何ですかお?」

(*´_ゝ`)「フッフッフ、それはだな……」

662 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:51:34 ID:kTvu3mL.0

(*´_ゝ`)b「ずばり、ビキニアーマーだ!」
.  _,
( ^ω^)「ビキニ……? 何ですかお、それ?」

(*´_ゝ`)「知らないかい、ビキニアーマー?」

アニジャさんの説明によると、ビキニアーマーというのは古代の文献に載っている防具の一種らしい。
その名の通りビキニ、いわゆる女性用の水着のような外見をしているとの事だ。

( ´_ゝ`)「普通に考えれば、そんな薄く防御面積も少ない防具なんて役に立たないだろ?」

( ^ω^)「クソ役に立ちませんお」

( ´_ゝ`)「だが文献にあるそのビキニアーマーは違ったんだ」

( ´_ゝ`)「斬撃を弾き、打撃を通さず、果ては魔法の威力さえも軽減させたらしい」

( ^ω^)「それって多分、魔法の防具ですおね。何でそんな形状なのかはともかく」

そう考えれば有り得ない話ではない。
その場合は防具というよりは、魔法を発動させる為だけの媒体と考えるべきだろう。

663 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:53:05 ID:kTvu3mL.0

ただ、その形状である必要性は皆無だが。
軽さや動き易さを追求したとしても、そこまで防具面積を小さくする必要はないし、
魔法の定着や汎用性から見ても効率が悪い。

(*´_ゝ`)「そこは男の浪漫の話だろ、常考」

( ^ω^)「まあ、仮にそれを再現するとして、それだと魔法が必須なんじゃないですかお?」

( ´_ゝ`)「現状ではそうなるよな」

( ´_ゝ`)「だから、極限まで薄く、そして透過性のある素材にして再現するんだ」

何となくプランの全容は掴めたが、かなり難しいと思う。
魔法を使った防具で再現するにしたって、定着や魔力の供給を考えると相当高度なものだ。

一番手っ取り早いのは魔法使いが装備して魔力の供給はある程度自前でやる事だが、
それだと防具として無駄が多く、着けてないのとそう変わらない。

( ´_ゝ`)b「大変だからこそ、目指す価値がある夢なんじゃないか」

( ^ω^)「言ってる事は立派ですけど、目標考えると馬鹿らしく感じるのは気の所為ですかおね」

(∪^ω^)「わんおー」

664 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:55:24 ID:kTvu3mL.0

僕はアニジャさんの熱弁を制し、作業を見せてもらう為にアニジャさんの作業場へ向かおうとした。
しかし、玄関のドアが開く音がしたので僕達はまず玄関に向かった。

( ´_ゝ`)「誰か来たのか……って、お前達か」
  _
( ゚∀゚)

( ゚д゚)

玄関には騎士団の詰所に向かったはずのジョルジュさんとミルナさんが立っていた。
2人は無言でこちらを見詰めていて、どこか様子が変だ。

( ^ω^)「何かあったんですかお」
  _
( ゚∀゚)「ああ……」

( ゚д゚)「説明は道すがら話す。ブーン、一緒に来てもらえないか。出来ればツンも一緒に」

( ^ω^)「お……」

僕は2人のただならぬ雰囲気に、自然と首を縦に振っていた。

665 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:57:18 ID:kTvu3mL.0

 〜 ニューソク正教会 第3礼拝堂 〜


普段は椅子と机が置いてあるのであろう場所に整然と並ぶ黒の棺。
その数は20近くにもなる。

棺桶の蓋は全て閉じられ、中は見えないようになっている。
死者の尊厳を保つ為にも、見えない方がいいと考えざるを得ないほど死体の損壊は激しいらしい。

( ^ω^)「何で……」

ξ゚听)ξ「……」

思わず漏れた言葉に誰も反応しない。
静寂だけがこの場を支配している。

死者の家族はまだ呼ばれてないらしい。
ここにいるのは教会の関係者と騎士達だけだ。

どちらも悲痛な表情は見せても、泣く事はしない。
騎士という職業を志した時点で誰しもある種の覚悟は持っていた。
そんな言葉で抑えられるほどに、悲しみは軽くはないと思う。

666 名前:名も無きAAのようです:2012/04/09(月) 23:58:52 ID:kTvu3mL.0

(‘_L’)「ご足労頂きまして相すみません」

( ^ω^)「フィレンクトさん……」

僕達を呼んだ本人、フィレンクトさんが僕達の方に来て深々と頭を下げる。
僕は軽く首を振り、フィレンクトさんに案内されて別室に移った。

(‘_L’)「もうジョルジュさん達からお聞きのこととは思いますが、整理する為に簡単に状況を説明致します」

つい先日、第8騎士団の護衛の元に件の盗賊団をメシューマに移送している最中、何者かの襲撃にあい、
護衛の騎士16名、魔法使い1名、及び盗賊団28名、その全てが殺されたという事だ。

(‘_L’)「それも、恐らく1人の魔法使いの手によって」

( ^ω^)「1人の……」

魔法使いなら不可能な事ではないと思う。
強力な広範囲魔法を使えば、馬車ごと人を殺す事は出来る。

しかし、護衛に付いていたのはその辺の冒険者ではなく騎士団で、魔法使いまでいた。
強力な魔法を使えば、発動前に確実に騎士団側の魔法使いに魔力を感知されただろう。
それを1人で全滅させるなんて、とんでもない強さだ。

667 名前:名も無きAAのようです:2012/04/10(火) 00:01:22 ID:1tAp3y.k0

ξ゚听)ξ「全滅したのに、どうして1人だとわかったのですか?」

(‘_L’)「駆け付けた時、まだかろうじて息のある者がいました」

(‘_L’)「その者によると、相手は灰色のローブを纏った魔法使いただ1人」

(‘_L’)「顔も見たとの事ですが、見覚えは無く、特徴のない壮年の男という事ぐらいしかわかっておりません」

この条件ではあまりに漠然とし過ぎていて、それが誰なのか特定するのは難しいだろう。
実力の面から考えると、そんな事が出来そうなのは僕の知り合いでは1人ぐらいしか思い当たらない。
いや、今日増えた知り合いも実力的には可能かもしれない。

ただ、どちらもそんな事をするとは思い難い。

(‘_L’)「この条件で考えろというのは難しいと思いますが……」

( ^ω^)「ええ、流石にちょっと……」

そこまで期待されてたわけではないのだろう。
フィレンクトさんはさほど落胆した様子はなかった。
それ以前に、これ以上落胆しようもないくらい内心は落ち込んでいるのかもしれない。

668 名前:名も無きAAのようです:2012/04/10(火) 00:03:31 ID:1tAp3y.k0

( ^ω^)「宮廷魔術師の方にもお聞きになられたのですか?」

(‘_L’)「ええ、ですが心当たりはないと。調査の協力はしてくれるようですが」

( ^ω^)「僕もヴィップに戻ったら師に聞いてみますお」

(‘_L’)「ブーン殿の師は東の賢者殿でしたね。出来ればよろしくお願いします」

ドクオさんがニューソク王国絡みの事に答えてくれるかは疑問だが、今回の件は僕も関わっている。
殺された騎士の人達の為にも知っている事があるなら何としても聞き出したい。

ξ゚听)ξ「その魔法使いというのが、あの盗賊団の裏なんでしょうかね?」

(‘_L’)「そう考えるべきなのでしょうな」

(‘_L’)「ただ、そうなると腑に落ちない点も多々あるのですが」

捕まえた盗賊団が口を割らなかったのは、口を割れば殺されるという事がわかっていたからかもしれない。
割らなくても殺されてしまったわけだが、恐怖心が盗賊団の口を固くした可能性は高い。
盗賊団が詳しい事は知らなかったとしても、何らかの関係はきっとあるだろう。

フィレンクトさんの話によると、盗られた物は何も無く、ただ皆殺しにされただけだ。
そもそも、罪人を護送している馬車だと見た目でわかったはずだ。
それを襲ったとなると、目的はやはり盗賊団と見るべきで、関係があると考えるべきだろう。

669 名前:名も無きAAのようです:2012/04/10(火) 00:04:58 ID:1tAp3y.k0

ただ、これだと辻褄は合うがよくわからない点もある。
その際たるものは、これだけの力がありながら、何故盗賊団を使ったかだ。

(‘_L’)「そうですね。考えられるのは、複数の盗賊団を使っていた可能性ですが……」

いくら強くても、広範囲に渡って盗賊活動をするのは無理があるので、複数の盗賊団を従え、
何かしらの目的の為、盗賊行為を行っていた。
そう考えると一応筋は通る。

ξ゚听)ξ「その場合だと、まだその魔法使いの息のかかった盗賊団が現れる可能性がありますね」

(‘_L’)「ええ、やつの目的が達成されてないならばその可能性もありますね」

(‘_L’)「ただ、今回の失敗で活動を控えてほとぼりを冷ます事も考えられますが」

例によって推測だけならいくらでも可能性が考えられ、答えに近付いているかどうかはわからない。
決め付けて視野を狭める事は避けねばならないと思う。

(‘_L’)「何にせよ、我々の威信にかけて、そして亡くなった団員達の為にも私はやつを捕えねばならない」

そう宣言するフィレンクトさんの声はとても静かなものであった。
しかし、同時に断固たる思いも感じ取れた。

670 名前:名も無きAAのようです:2012/04/10(火) 00:06:12 ID:1tAp3y.k0

( ^ω^)「僕に出来る事があるなら、協力しますお」

(‘_L’)「ありがとうございます」

(‘_L’)「しかし、勝手ばかり言うようですがこの件にはあまり深入りしない方が賢明だと思います」

(‘_L’)「とんでもなく危険な相手です。貴方達若い身の上に何かあっては私は償っても償い切れない」

(‘_L’)「何かわかったら知らせてくれる程度でかまいません」

(‘_L’)「それも危険だと思われるなら、今日の件は忘れてください」

(‘_L’)「こちらから呼び出しておいて勝手極まりないと思われるでしょうが、誠に申し訳ない」

( ^ω^)「……流石に忘れる事は無理ですお」

( ^ω^)「亡くなった騎士さんの中には、僕とそう変わらない若い人もいたんですお」

亡くなった騎士達は総勢16名。
護衛の任務に当たっていたのは第8騎士団の騎士で、うち半数は経験を積ませる為に若い騎士だった。

その中にあのトラギコさん他、訓練場で共に過ごした数名の騎士がいたのだ。
672 名前:名も無きAAのようです:2012/04/10(火) 00:07:54 ID:1tAp3y.k0

(-_L-)「自分より若い者に逝かれる時が、一番この身の不甲斐なさを痛感致します」

(-_L-)「前途ある若い騎士が、私の見通しが甘かったばっかりに多数その生命を落としてしまった」

フィレンクトさんの所為ではない、そう言ってあげるのは簡単だ。
実際、こんな事は想定外も甚だしい事だと思う。

用心の為に魔法使いまで帯同させての結果なのだ。
これをフィレンクトさんの所為だとは思うのは騎士団の中にも誰もいないだろう。

しかし、そんな事を僕が言った所で何の意味も無い。
部外者で子供の僕が、騎士団長の責任を軽くしてあげられるなんて思っていない。

(‘_L’)「この件は聖騎士団の協力も仰ぎ、精鋭をもって当たるつもりです」

(‘_L’)「ですから、貴方方はこの件は深く関わらぬよう、お願いします」

( ^ω^)「わかりましたお。師には聞いてみますが、それ以上は控えますお」

(-_L-)「よろしくお願いします。理不尽な物言いばかりで誠に申し訳ない」

再び深々と頭を下げるフィレンクトさんに、僕も立ち上がり、同じく頭を下げて部屋を辞した。

673 名前:名も無きAAのようです:2012/04/10(火) 00:10:53 ID:1tAp3y.k0

礼拝堂に戻ると、そこにはジョルジュさんとミルナさんが並んで立っていた。
どうやら僕達を待っていてくれたらしい。
  _
( ゚∀゚)「話は終ったのか?」

( ^ω^)「ええ、これといって役には立てませんでしたけど」

( ゚д゚)「一旦屋敷に戻ろうか」

ξ゚听)ξ「はい」

交わす言葉も少なく、僕達は教会を出る。
外に出ると、空は灰色に満ちていた。
この分なら直に雨になるかもしれない。
  _
( ゚∀゚)「ブーン、お前らはいつヴィップに戻る予定だ?」

( ^ω^)「数日後、明後日位でしょうかおね。でも……」
  _
( ゚∀゚)「明後日か、わかった。それならヴィップまで俺とミルナも護衛について行くから」

674 名前:名も無きAAのようです:2012/04/10(火) 00:13:50 ID:1tAp3y.k0

ジョルジュさんは僕の言葉を遮り、明後日の出発を決定事項の様に捲し立てた。
僕はそれに短く礼を述べるだけに止め、口をつぐんだ。

フィレンクトさんにはああ言ったが、僕は心のどこかにこの件を詳しく調べる気があった。
その為、ソクホウにしばらく留まる事も考えていたが、恐らくジョルジュさん達はそうして欲しくないのだろう。
理由はきっとフィレンクトさんと同じで。

( ^ω^)「ジョルジュさん達はどうするんですかお?」
  _
( ゚∀゚)「俺達はしばらくアニジャ待ちだからなあ」
  _
( ゚∀゚)「お前らを送った後はまたソクホウに戻って適当にクエストでもやってるよ」
  _
( ゚∀゚)「武器の改造中、代わりの武器はアニジャから貸して貰ってるしな」

( ^ω^)「そうですかお……」

それが嘘だという事は僕にはわかっている。
ジョルジュさん達はきっとこの件を調べるつもりなのだろう。
ジョルジュさんも僕がそれを理解している事に気付いているかもしれない。
  _
( ゚∀゚)「……酒でも飲もうって約束したのにな」

( ^ω^)「……薬草パン、食べて欲しかったですお」

675 名前:名も無きAAのようです:2012/04/10(火) 00:15:56 ID:1tAp3y.k0

言うつもりはなかった事なのだろう。
それでも、思わず漏れてしまったジョルジュさんの心の内。

言ってしまってちょっと顔をしかめてしまったジョルジュさんに、僕は努めて平坦に聞こえるように返した。
  _
( ゚∀゚)「全く……騎士様が約束破りやがって」

ジョルジュさんは空を見上げ、悪態をつく。
僕はただ、何も言わずに歩く。
  _
( ゚∀゚)「明日は雨かな、こりゃ……」

( ^ω^)「かもしれませんお……」

晴れ渡らない空がこんなにも重苦しく感じたのは、じいちゃんが亡くなったあの日以来だ。
そんな灰の空の下を、僕達はただ歩き続けた。



     第二十三話 帰する空は灰色に 終

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