5 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:00:02.71 ID:nFvVGLOjO
〜track-γ〜

━━目の前を幾つもの気泡が昇っていく。

ぷくぷく。ぷくぷく。

暗い。とても暗い。寒い。とても寒い。狭い。とても狭い。

怖い。とても怖い。寂しい。とても寂しい。

お父様。お父様は何処にいるの?

会いたい。会いたいよ。お父様。

「━━やぁ、ツン、調子はどうだい?」

ああ、お父様。良かった。そこに居たのね。

「そうだよ。そうだとも。あぁ、ツン。今日は鷹撃ちをしよう」

鷹撃ちを?でも私、鉄砲なんて撃ったことないわ。
7 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:00:46.38 ID:nFvVGLOjO
「大丈夫だよ、ツン。お父さんが教えてあげるから」

それは嬉しいけど……。でも、私に出来るかしら?

「大丈夫さ。お前は飲み込みが早いからね。なんてったって、お前は━━の━━なんだから」

そうね。そうだったわ。私は━━だものね。

「さぁ、おいでツン。森まで競争だ」

待ってお父様。お父様。お父様ったら。

……あら?

ここは何処かしら。さっきまで私、お父様とお話してて…。
9 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:02:21.76 ID:nFvVGLOjO
「こら、ツン。何度も言ったろう。どうしてこんな問題が解けないんだ?」

ああ、お父様。そこに居たのね。

「どうして私を失望させるんだい?━━だったら━━のに」

ごめんなさいお父様。よくわからないわ。お父様の言っていることが聞き取れないの。

「━━の━━を使ってお前は━━というのに━━ったってお前は━━」

お父様待って。何処へ行くの?ねぇ、置いていかないで。

「お前は━━だ。失望したよ」

ねぇ待って。私を捨てるの?

ねぇ。お父様。捨てるの?ねぇ?ねぇ?

待って。どうして。行かないで。

お父様。

お父様!
14 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:05:25.23 ID:nFvVGLOjO
ξ;;)ξ「お父様ぁぁあっ!」

叫ぶのと同時、私は目を覚ました。

ξ;;)ξ「…はぁ…はぁ…はぁ……」

薄闇の中、目をこする。換気扇の回る音が、虚ろに響いていた。
近くのどぶ川の饐えた臭いが流れ込んでくる。
ニーソクの貧民街に立つこの貸し倉庫に住むようになってから1ヶ月。未だにこの臭いには慣れることが出来ない。

ξう;)ξ「お父…様…」

氷のように硬いマットレスの上で、身をよじる。
頬を伝う冷たい感触が涙だと気付いて、それを拭った。

ξ゚听)ξ「……」

ふと、右手の手首に視線がいく。

バーコード。刻まれた烙印。

ちょうど、右手首の裏側に刻まれたそれは、まるで私を縛る手枷のようで。

ξ゚听)ξ「お父…様……」

独りぼっちの夜に、私は我が身をかき抱く。

換気扇から流れ込む空気は、冷たかった。

15 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:07:16.51 ID:nFvVGLOjO
 ※ ※ ※ ※

ξ*゚听)ξ「……でね、つーったら可笑しいのよ!鯛焼きを見てね…」

('A`)「“これは鯛って言うよりも鯔だ。だから鯔焼きだ”」

ξ゚听)ξ「そうそう!…って、何でわかるの?」

('A`)「同じ話を何回聞かされたと思ってるんだよ。耳にたこ焼きが出来るっつうの」

うんざりとした顔で肩を竦め、ドクオは事務椅子に沈み込んだ。

狭苦しい事務所の中には、私たち二人の他に人の姿は無い。

('A`)「つうか、何でオタクはさも当然な顔でオレの事務所に居座っちゃってるわけ?オレは助手を雇ったつもりは無いんだけど」

ξ゚听)ξ「別にいいじゃない。どうせ暇なんでしょ?」

今日も今日とて閑古鳥が泣き叫ぶ事務所内。
ここ1ヶ月の間毎日通いつめているが、未だに私は客がいるところを見たことが無い。

('A`)「暇つぶしの相手も雇ったつもりは無いね」

彼と出逢ってから、1ヶ月と2日が経った。
最悪な第一印象はどこへやら。
何度か会って話しているうちに、気付けば私は暇な時間を見つけては彼の事務所に入り浸るのが習慣となっていた。

16 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:09:38.60 ID:nFvVGLOjO
何故こうなったのか。よくはわからない。

多分、居心地がいいからだろう。

基本的に飾らない質の彼と居ると、お互いに気を遣わないで済むから楽なのだ。

ξ゚听)ξ「つうかさ、あんた一体どうやって食いつないでいるわけ?そこが不思議なんだけど」

こんなことも、普通に言える。
今まで出逢った人の中でこういう間柄になったのは、「つー」ぐらいだ。

よく考えたら、そういうのって貴重なことなのかも。

17 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:11:06.44 ID:nFvVGLOjO
('A`)「金髪の貧乏神が居座ってるんだ。多分、それが原因だな」

ξ゚听)ξ「あら、私はまた所長の人相が貧乏面だからだと思ってましたわ」

<(*'A`)「オレがイケメン?よせやい、照れるべ」

ξ゚听)ξ「……」

('A`)「……」

ξ゚听)ξ「ねぇ、本当のところを教えなさいよ」

┓('A`)┏「オレは霞を食って生きてるんだ。つまり仙人ってわけ」

ξ゚听)ξ「そもそも、あんた本当にプロのボディーガードなわけ?」

('A`)「……」

途端、黙り込む残念フェイス。

18 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:12:34.74 ID:nFvVGLOjO
ξ゚听)ξ「…ずっと気になってたんだけど。本当にライセンス持ってんの?」

ろくに掃除もされていない事務所の壁を見渡す。
本来、正式なボディーガードの事務所にはロイヤルガードが発行するライセンスが壁や表札に掲げられているものだが。

ξ゚听)ξ「そこんところ、どうなのよ?」

無論、このヘチマ顔の男の事務所にそれらしい物は見当たらない。

ξ゚听)ξ「もしかして、モグリなの?」

だとしたら、私はコイツに先の護衛料を払わなくていいことになる。
貧乏暗殺者としては嬉しいことだが、彼の一知人としては複雑な気分だ。

('A`)y-~「……」

ドクオは不機嫌な顔でタバコに火を灯すと、椅子ごと私に背を向けた。
何か不都合なことがあると、彼は直ぐにタバコを吸って誤魔化す。
この1ヶ月で私が見つけた彼の癖だ。

ξ゚听)ξ「…ねぇ、ちょっと。白々しいわよ。ちゃんと答えなさいよ」

('A`)y-~「……」

ξ゚听)ξ「別に、私はあんたがモグリだろうが困らないけどさ。…でも、もしお役所に見つかったら不味いんじゃないの?」

19 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:14:58.35 ID:nFvVGLOjO
医師免許を持たない人間が手術を行えないように、ライセンスを持たない人間がボディーガードとして人様から金を取るのは違法行為だ。

罰金か、懲役か。見つかったらタダでは済まない。

ξ゚听)ξ「…まぁ、ニーソクでは珍しいことじゃないのかも知れないけどさ」

やっぱり、彼の知人としては心配な訳ですよ。口が裂けてもそんなことは言わないけどね。

('A`)y-~「……目」

今まで黙っていたドクオが、唐突にそう呟いた。

ξ゚听)ξ「は?」

どういう意味なのか。
問い返す私の顔を、彼はじっと見つめる。

20 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:16:37.20 ID:nFvVGLOjO
('A`)y-~「……」

ξ;゚听)ξ「…な、何よ…」

('A`)y-~「“目”だよ」

相変わらず意味不明なことを言いながら、彼は顔を近付けてくる。

ξ*゚听)ξ「ちょ、ちょっと…近いっ…」

マルボロのキツい臭いに顔をしかめながら、私は自分の心拍数が跳ね上がっていくのを自覚していた。

('A`)y-~「目、閉じろよ」

ξ*゚听)ξ「ど…どういう意味……」

('A`)y-~「……いいから」
24 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:19:04.72 ID:nFvVGLOjO
よくないわよ。そう思う間も、縮まっていく距離。

ξ*゚听)ξ「え?え?」

何?もしかして、“そういう”ことなの?“アレ”なの?

いやいや、何考えてるの?

ないないない。絶対無い。そういう関係じゃないっての。勘違いも甚だしいわよ。

('A`)y-~「早く…閉じろよ」

ξ*゚听)ξ「ぇと……ぅん」

違う。違うったら。待て待て待て。待ちなさいったら。何流されそうになってるのよ。

いい?初めてなのよ?ツン・デリア・オルデンブルグ、あなた初めてなのよ?

初めては「好きな人と」って決めてたじゃない。あなたそれでいいの?ねぇ?

あなた、誇りはどこにいったの?ねぇ?

ξ*--)ξ「と、閉じたわよ……」

待て。待て。待ちなさい。時間よ止まりなさい。いや違うそうじゃない。
ああもう、何これ意味わかんない。
心臓の音がうるさいわ。脈拍も異常だし、どっかおかしいんじゃないの。
もうどうでもいいや。なるようになればいいじゃない。
知らない。私知らないからね。後で後悔しても……。

25 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:22:15.36 ID:nFvVGLOjO
('3`)y-~「ふぅ〜」

顔に、臭い息がかかった。

ξ;><)ξ「うわっぷ!」

吹きかけられたマルボロの煙に、思わず仰け反る。
紫煙が目に染みて、涙が出てきた。

ξ#゚听)ξ「ちょっと!いきなり何すんのよ!」

m9('∀`)y-~「ドイツ製のスモークトマトいっちょあがりぃwwww」

怒鳴る私の顔を指差し、彼はけたけたと耳障りな声で笑う。
どういう意味かとコンパクトを出して自らを顧みれば、トマトみたいに真っ赤に染まった私の顔。

ξ#゚听)ξ「〜っ!」

人間は、本当に腹が立った時は声が出なくなる。

('∀`)y-~「ねぇ?騙されちゃったわけだけど、今どんな気持ち?ねぇ?どんな気持ち?」

ξ#゚听)ξ「━━っ!」

その代わり、手が出るのだ。

(゚3(#)そ「みょっ!?」

彼の顔にめり込んだ我が鉄拳を見つめながら、私はその事実を悟ったのだった。
27 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:23:55.31 ID:nFvVGLOjO
 ※ ※ ※ ※

━━それは闇の吹き溜まりの中。

(  )「あらぁ、随分とお早いおつきねん」

新月の闇の中。

(  )「あんたから会おうなんて、珍しいことも有るものだわ」

相対するは、二つの影。

(  )「随分とお顔が青いじゃなあい。こないだあげたお薬、もう切れちゃったってぇの?」

響く声は一つ。野太く、低いそれは、男のものか。

(  )「冗談じゃないわ。等価交換だって言ったでしょ。それなりの見返りがなきゃ、“ペインキラー”なんて代物、そうほいほいとあげらんないわよ」

対する影は黒衣。相も変わらずの囁くような声音は、押し殺せない欲求の高ぶりが伺えた。

(  )「あんたもわかるでしょ?最近じゃ当局の取り締まりも厳しくって、うちも在庫が少ないのよん」

窘める声は、そこでハタと何かを思いつく。

(  )「そうだわ。何なら、うちのラボで新しく出来たヤツ、使ってみる?それだったら、今回はモニターってことでお代はとらないわん」
29 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:26:10.58 ID:nFvVGLOjO
黒衣に、その申し出を断る余裕は無かった。
今にも噛みつかん勢いで詰め寄る姿は、狂気を孕んで震えている。

(  )「そう焦らないでん。━━えぇ、そりゃもう凄いの何のって。死人も飛び起きる程強力なヤツよ。きっと気にいるわ」

声が取り出した注射器。

それをひったくるように奪うと、黒衣は身を翻す。

黒く塗り込められた闇の中へと走り去るその後ろ姿を見送りながら、残った影は一人呟いた。

(  )「……これであんたも、本格的に“化け物”の仲間入りってわけ」

暗い喜びが、そこにあった。

30 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:27:54.50 ID:nFvVGLOjO
 ※ ※ ※ ※

━━駆ける、駆ける、駆ける、闇夜の石畳。

縫うように、縫うように、縫うように駆け抜けるは倉庫の間。

ξ゚听)ξ「はっ…はっ…はっ…はっ…」

規則的な呼吸が、ここ1ヶ月の間の私の成長を裏付ける。
予め叩き込んでおいた逃走経路も完璧で、追っ手の影は無い。
くすんだ倉庫の数多の中、“ねぐら”であるそれの扉に手をかけて、後ろを振り返る。

ξ゚")ξ「……」

この間埋め込んだ、“左目”を“開く”。
自腹を切ってこの倉庫街に設置した監視カメラへとアクセス。
網膜に映し出される、エメラルドグリーンの映像の林。
二十五のモニターの映像に、人影は無い。

ξ゚")ξ「……つけられては、ないわね」

扉を開けて、我が家の中へ。

ギターケースを下ろし、光学迷彩の付与されたコートのフードを脱いだところで、ようやく私は肩の力を抜いた。

ξ゚听)ξ『任務、完了です』

脳核回線を、組の上司へ繋ぐ。
上司は淡白に労いの言葉を述べると、電子バンクに給料を振り込んだことだけを告げて、早々に通信を切った。

31 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:29:53.10 ID:nFvVGLOjO
ξ゚听)ξ「……ふう」

溜め息一つ、ギターケースを持ち上げる。

殺し屋稼業に就いてから、1ヶ月。着々と任務をこなし、この商売が板についてきたとはいえ、やはり人を殺すというものは慣れない。

任務中は冷静でいられるが、事が終わって緊張が解けると言いようの無い不安が押し寄せてくるのだ。

ξ゚听)ξ「……」

灰色の倉庫内。二階建てのうちの一階部分は、「仕事部屋」。
狙撃用のライフルとその弾薬、リローディングプレスにサイドアーム用の拳銃やウージーなんかが木箱に収められたそこは、ガンパウダーの煤けた臭いで満ちている。
ギターケースを木箱の一つに立てかけると、私は寝床のある二階に引き上げた。

ξ゚听)ξ「お疲れ様ー!」

わざと芝居がかった口調で言いながら、ベッドに倒れ込む。

八畳ばかりの狭いロフト。
パイプベッドと木組みの化粧台があるだけの、小さな小さな私の王国。

ξ゚听)ξ「今度、可愛いカーテン買ってこよっかな」

一つしかない、明かり取りの窓を見ながら呟く。
最近は、めっきり独り言が増えてきた。
34 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:32:26.59 ID:nFvVGLOjO
ξ゚听)ξ「……あーあ、疲れた」

口に出して、バツが悪くなる。仕事の後は、何だか無償に人恋しい。
落ち着かないのか。怖いのか。多分、そう。人の命を奪うことの重みに、私は耐えられていない。

ξ゚听)ξ「どうせ、みんな悪党なんだから…死んで当然の奴らばっかりなんだから…」

言ってはみるものの、やはり怖い。

殺しの本質は、写し鏡。

スコープ越しに覗く、人が死ぬ瞬間。自分の末路が重なり、堪らなく怖くなる。

“次はお前さんだ”

死人の上げる断末魔は、間違いなくそう言っているのだと思う。

35 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:34:10.49 ID:nFvVGLOjO
ξ゚听)ξ「……っ」

止めろ。そこまで。これ以上考えたら駄目。ドツボにハマるだけ。何か、気分転換が必要だ。

ξ゚听)ξ「つーは……」

彼女を誘って一つショピングとでも洒落込もう。そう思ったが、今の時間は絶賛勤務中なのだと思い返し、踏みとどまる。

ξ゚听)ξ「後は……」

携帯端末のアドレス帳を見て、溜め息がこぼれた。

ξ゚听)ξ「アイツだけか…」

しょうがない、それで妥協しよう。
37 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:35:37.86 ID:nFvVGLOjO
ξ゚听)ξ「……やれやれ、ね」

肩をすくめて、コールする。

ξ゚听)ξ「あ、ドクオ?これから会える?」

端末越しにアイツのヘチマ顔を見ながら、無意識のうちに化粧台に向かっている自分に気付いて、私は内心で溜め息をついた。

38 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:38:44.59 ID:nFvVGLOjO
 ※ ※ ※ ※

━━人混みの中、私は後ろを振り返りながら歩く。

ξ;゚听)ξ「……」

息を殺し歩く、眠らない街。

今日の仕事先がラウンジ区だったとは言え、自分の家以外で安心出来る場所など無い。
すれ違う人の中に“その手”の人間を見つける度、私は背筋が凍る思いをした。

('A`)ノシ「おぉーい、こっちだこっち」

だから、街頭ホログラフの毒々しい立体ビジョンの下に、彼の眠たげな顔を見つけた時、私は正直泣き出してしまいそうになった。
40 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:40:14.89 ID:nFvVGLOjO
ξ*゚听)ξ「ドクオ!」

勢い良く駆け出し、足元の浮浪者につまづき、つんのめる。

ξ;゚听)ξ「うぁっ!」

('A`)「…っとぅ」

よろけた体を抱き止められ、束の間、私達は見つめ合う。

ξ*゚听)ξ「……」

('A`)「……」

ξ゚听)ξ「あ、目脂」

('A`)「君がこんな時間に起こすからだよ」

ぼやきながら、私の体を押し返して彼はあくびを一つ。

ξ゚听)ξ「いいじゃない。どうせ暇なんでしょ」

('A`)「この時間に暇だから寝てる奴はいねぇよ…」

全くもってその通り。
43 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:42:24.10 ID:nFvVGLOjO
(うA`)「…で、何の用だ?今は勤務時間外だ。残業手当てはきっちりと取らせて貰うぞ」

目をこすりながら、彼はまたあくびをする。
まだ意識が半分夢の世界に居るのだろう。彼の口の端についた涎を見て、私は化粧までしてきた自分に何だか申し訳なさを感じた。

ξ゚听)ξ「……ちょっと、付き合ってよ」

そう言って、彼の手を握る。

(;'A`)「━━っ!?」

ξ゚听)ξ「何か眠れないのよね」

別に、握れるなら誰の手でも良かった。

その時は、そう思っていた。
46 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:45:50.68 ID:nFvVGLOjO
 ※ ※ ※ ※

━━目的も無く、意味もなく。二人、歩く夜の街。

ξ゚听)ξ「……」

薄汚れたビルも、毎日のように流れた血を啜るアスファルトも、今は夜の帳が覆い隠してくれている。

('A`)「……なぁ、どこに向かってるんだ?」

怪訝な顔で問う、繋いだ手の主。
そう言えば、初めてこの通りを一緒に歩いた時も、彼はそう言ったっけ。

ξ゚听)ξ「……」

あれから、1ヶ月。
この国に来て右も左もわからなかった私は、気がつけばこの国で年を越して、今この国の夜空の下を歩いている。

ドイツに居た頃からは、想像もつかないことだ。

('A`)「……なぁ、ツン?」

尚も問い掛けてくる彼に答える代わり、私は強く手を握る。
目的地など無い。ただ、誰かと繋がっていたい。
彼の手だけを離さぬように、私は人の少ない方へと歩いていく。

ネオンの明かりから遠ざかり、胡散臭い人間の群れを避けるうち、私達は自然とそこに辿り着いた。
49 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:48:57.77 ID:nFvVGLOjO
('A`)「ここって…」

隣で見上げる彼。扉を押し開ける私。

初めて彼と出逢ったあの夜。転がり込んだ廃教会。

別に人影が無いところなら、何処でも良かった。

ξ゚听)ξ「……ふぅ」

溜め息は安堵。廃教会とは言えど神の家か。
緊張の糸がぷつりと切れた私は、覚束ない足取りでベンチに腰を下ろした。

('A`)「……」

手を繋いだままに、彼もまた私の隣へと腰を下ろす。

真闇の教会の中、照らすのは月明かりだけ。

(;'A`)「なぁ…そろそろ、手を離してくれないか?」

幾分か具合の悪そうな顔をして彼は言う。

50 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:50:31.35 ID:nFvVGLOjO
ξ--)ξ「もう少しだけ…こうさせて」

体の震えを押し込めるよう、私はまた彼の手を強く強く握る。
手の平を通して伝わる彼の体温が、私の冷たい手を温めた。

ξ--)ξ「……落ち着く」

目を閉じ、夢見心地に呟く私。
久々に触れた人の温もりは、自分でも驚く程に私の不安を払いのけてくれた。

(;'A`)「な、なぁ…あの…」

落ち着かな気に目を白黒させる彼。
正直、ちょっぴり頼りない。
52 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:52:22.97 ID:nFvVGLOjO
ξ--)ξ「ま、そこは我慢ね」

(;'A`)「は?」

ξ゚ー゚)ξ「何でもなーい」

言いながら、彼の肩に頭をもたれさせた。

(;'A`)「ちょっ!」

彼はいよいよもって慌てふためく。
見ていて面白いが、何だか嫌がられてるみたいで心外だ。

ξ--)ξ「ねぇ、ドクオ」

(;'A`)「な、何だよ」

そう言えば、と思い出す。

ξ--)ξ「私、まだ自分がどんな仕事をしてるか教えてなかったわよね?」

53 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:53:35.20 ID:nFvVGLOjO
何だかんだでこの1ヶ月、彼の事務所に入り浸って居たが、お互いの事に突っ込んで話す機会は無かった。
こんな業界では、不干渉が暗黙の了解とは言え。彼には、何となく話しておきたい。

('A`)「まぁ、大体察しはつくけどな」

ξ--)ξ「ふーん…じゃあ、当ててみて?」

('A`)「…大方、汚れ仕事だろ。人様の生き死にに関わるようなさ」

ξ--)ξ「…何で、そう思うの?」

('A`)「…おいおい、ギターケースにレミントン800なんか詰め込んでるような女を、OLだと思うか?」

ξ--)ξ「あら、古物商かも知れないわよ?」
55 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:56:36.85 ID:nFvVGLOjO
('A`)「…それに、この街に居るような奴は、まともな仕事になんか就いてないさ。みんな、訳ありだ。オレも含めてな」

そう言って、彼は遠い目をした。

ξ--)ξ「……確かに、あんたの言うとおり。私は人様の命を啜って生きてる吸血鬼よ」

('A`)「吸血鬼ねぇ…オレもまた、随分とおっかないもんと知り合いになっちまったもんだ」

ξ--)ξ「安心して。あんたの血はマズそうだから、一生吸う予定は無いわ」

('A`)「そいつぁ有り難いね」

軽口を叩き合い、私達はカラカラと笑う。
57 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:58:33.53 ID:nFvVGLOjO
('A`)「…しっかし、解せないね。君みたいな年頃の娘が、ジョブキラーなんてな。三文小説でもあるまいしよ」

ξ--)ξ「…まぁ、色々と、ね」

お茶を濁して、言葉を切る。

ここで私が話さなければ、彼はきっとこれ以上は追求してこないだろう。

この街で生きていくには、それが一番賢い選択なのだから。

ξ--)ξ「…私、ね。“ヒト”じゃ無いんだ」

('A`)「……」

だから、私がこんなことを口走ったのは酔狂。一時の気の迷い。

そうだと、思いたい。
59 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/22(日) 23:59:56.46 ID:nFvVGLOjO
ξ--)ξ「私はね、お父様が、事故で死んじゃった娘の遺伝子で作った代わりの人形。所謂、クローンってやつ」

('A`)「何を言うかと思えば……」

右手を繋いだまま、私は彼にその手首に捺されたバーコードを見せた。

ξ゚听)ξ「ね?製造番号は0。試作品ってことかしら。他にも私みたいなのが居るのか知らないけど、とにかく私が一番最初に作られた“ツン・デリア・オルデンブルグ”のクローン」

恐る恐る、彼の顔を伺う。

('A`)「……」

どんな表情をしたらいいものか決めあぐねているのだろうか。
私の手首を呆然と見やる彼の表情は、とても複雑だった。

ξ゚听)ξ「びっくりした?ま、クローンなんてこのバーコード以外じゃ見た目にわかるものでもないしね」

('A`)「…まぁ、そうだけど…それより……」

ξ゚听)ξ「それと、私がこんな商売をしてるのに何の関係が有るのか、ってこと?」

('A`)「……あぁ」

ぎこちなく頷く彼に、私は少し躊躇う。
果たして、彼にこんな打ち明け話などしていいものか。
62 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:02:22.21 ID:aC+btorSO
いや、自分がクローンだと告白した時点で私は半分以上彼に干渉してしまっている。
四捨五入したら十だ。それなら今更躊躇うことは無いか。

ξ゚听)ξ「…捨てられたの。私」

('A`)「その…お父様に?何故?」

ξ゚听)ξ「……大した理由じゃないわ。私が、“ツン・デリア・オルデンブルグ”じゃなかったからよ」

そう、私は、お父様の娘にはなれなかった。

ξ゚听)ξ「お父様は、愛する娘ともう一度会いたくて私を科学者に作らせた。落ちぶれたとはいえ、ナチスの頃から続いている名家だもの。金はそこそこあったみたい」

記憶の糸を手繰り寄せ、私は自分がこの世に“生”を受けた瞬間を思い出そうとする。

ξ゚听)ξ「きっと、私はおっきな試験管の中で生まれたんでしょうね。お父様は、そんな私に“ツン・デリア・オルデンブルグ”として生きるように強制した」

ξ゚听)ξ「でも、所詮はクローン。“紛い物”。本物の“ツン・デリア・オルデンブルグ”にはなれない。例え、同じ遺伝子を持っていようとね」
64 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:06:21.11 ID:aC+btorSO
ξ゚听)ξ「だってそうでしょう?本物の“ツン”は赤ん坊の頃からお父様に育てられたのに、私は彼女が亡くなった時の姿で生まれたのよ?全然の別物よ」

試験管から外へと出た時の私の姿は、肉体年齢にして14歳だった。
ある程度成長した状態で生まれ、それからまた成長するとは実に歪な命ではないか。

ξ゚听)ξ「一応、“ツン”の記憶は有ったわ。でも、私にとってそれは全く違う人のアルバムを、無理矢理頭の中に詰め込まれたようなものだった」

記憶は有れど、経験は無い。ならば、私のそれが虚ろなものであっても何もおかしな事などないだろう。

ξ゚听)ξ「お父様は、直ぐに“ツン”と“私”の違いに幻滅して、生まれてから半年もしない内に私は孤児院に預けられたの。そう、永久に」

('A`)「その孤児院では…」

ξ゚ー゚)ξ「多分、あなたの想像通りだと思う。クローンだからってよくイジメられたもんだわ。ふふ」

('A`)「……笑いごとかよ」

ξ゚ー゚)ξ「笑いごとよ。子供なんてみんなそんなもんでしょ?」

('A`)「……まぁ、な」
66 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:08:21.34 ID:aC+btorSO
ξ゚ー゚)ξ「それに、私は別に見捨てられたなんては思ってないわ。私がちゃんと、お父様の望む“ツン”になれたら、またきっと迎えに来てくれるはずよ」

('A`)「……」

ξ゚ー゚)ξ「“ツン”はね、とても鉄砲を撃つのが巧かったの。だから、私も鉄砲が巧くなれば、お父様は私を“ツン”だと認めてくれるわ。私は…そう信じてる」

そこで話を締めくくると、私は溜め息を一つついた。

冷えた夜の空気は、暖の無い廃教会の中を容赦なく凍てつかせる。
身震いする代わりに、私はドクオに身を寄せた。

('A`)「……君は、純粋なんだな」

悲しげな目をして彼はそう呟く。

初めてこの教会を訪れた時に見せた、あの儚げな瞳だ。

皮肉では無い、もっと複雑な思いが込められたその言葉に、私は思わず彼を抱き締めたくなる。

('A`)「…何でまた、そんな話をオレにしてくれたのかわからないけどよ…流れ的に、今度はオレの打ち明け話をするべきかね?」

そんな空気を払うよう、彼は冗談めかして言った。
68 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:10:29.22 ID:aC+btorSO
ξ゚听)ξ「別に、そんなこと無いわよ。さっきのは私が勝手に喋っただけ。あんたが昔話をする義務なんか無いわ」

でも、と付け加え。

ξ゚ー゚)ξ「…良かったら、聞かせてくれる?私もあんたの事に興味が有るわ」

彼の手を握る右手の感触を確かめるように、私は握り直す。

('A`)「……」

彼はしばらく宙を見つめたまま、黙していた。
話していいものか決めあぐねる、と言うよりはただ、そうしたいからそうするように。
白い吐息を二、三度吐き出すと、彼は表情を取り払った顔で口を開いた。

('A`)「…君が思っている通り、オレはロイヤルガードのライセンスを持って無いモグリのボディーガードなんだ」

ξ゚听)ξ「…それが、打ち明け話?」

だとしたら、これまた随分と格好のつかない告白だこと。

('A`)「まぁ待てって。ちゃんと君好みの悲劇を用意してるからよ」

ξ;゚听)ξ「べ、別に私はそういう意味で言ったんじゃ……」

('A`)「わかってるよ。……さて、どこから話したもんかな」

69 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:12:34.04 ID:aC+btorSO
言葉を探すように視線を足元に落とすと、しばらくして彼は再び話し始めた。

('A`)「…オレの生い立ちは、君みたいな劇的なものでも無ければ、どこにでも有るような平凡なものでも無い、中途半端なもんだった」

('A`)「中途半端だからこそ、一番がたちが悪いのかもな。この街で生まれて、この街で育って、高校までは普通に卒業して」

('A`)「…まぁ、こんな街で育ったヤツなんて、まともな人間になんかならねぇのが相場だ。ガキの頃から、オレは中途半端な不良もんだったよ」

それでも、オヤジとカーチャンは立派な人間だったと思うよ。多分。

('A`)「授業をサボって万引きしたり、食い逃げでサツにとっつかまったり、他人様のバイクを盗んでハイウェイをちんたら走ったり…」

みっともねぇったら無いわな。
そう自嘲気に話す彼は、それでもどこか楽しそうだった。

('A`)「で、だ。さっきも言った通り、高校を卒業するまではオレも何処にでも居るつまらん悪ガキだった」

つまらん人間なのは今も変わらないがなと、付け加える。
72 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:15:00.05 ID:aC+btorSO
('A`)「簡単に言うと、オレはそこで社会進出に失敗した。二年前のことさ」

ξ゚听)ξ「それって、進学も就職もしなかったってこと?」

('A`)「ああ。自宅警備もせずに毎日街をぷらぷらしてたんだから、ただのニートよりたちが悪いよな」

ξ;゚ー゚)ξ「……はは」

何て返せばいいんだろ。反応に困るんだけど。

('A`)「…馬鹿だよなぁ。周りのヤツらも同じように穀潰し街道を走るもんだとタカをくくってたら、見事にオレだけ取り残されたよ。本当に、救いようが無いっつうの」

ξ゚听)ξ「……じゃあ、どうしてクリスタルシールドなんか持ってるのよ?」

('A`)「まぁ待てって。今話すからよ」

そう言って彼は懐からタバコを取り出すと、火をつけないまま口にくわえた。

('A`)「…そんな風に毎日、意味も無く街を彷徨いてはモラトリアムにしがみついていたオレは、ある晩路地裏である人物に出くわした」

('A`)「血まみれで石畳の上に横たわった彼女は虫の息だった。血で汚れていたとはいえ、綺麗な顔立ちだったとは思うな。でも、残念ながらオレが見つけてから五分としないうちに死んだよ」
74 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:16:57.68 ID:aC+btorSO
('A`)「人が死ぬ瞬間を見るのはそれが初めてでね。びっくらこいたもんだったが…そのうち、オレはそれよりも凄いもんを見つけた」

ξ゚听)ξ「……まさか」

('A`)「そのまさかさ。クリスタルシールドがな、そいつの傍らに落ちていた」

ξ;゚听)ξ「あんた、じゃあ死人からそれをかっぱらったって言うの?」

信じられない。どんな神経をしていれば、そんなことが出来るというのか。

('A`)「悪いか?君は貴族の家で育ったんだろうが、この街じゃそんなことは日常茶飯事だ。むしろ、そいつの死を無駄にしないという点では誉められたことかも知れないぜ」

ξ;゚听)ξ「で、でも…!」

('A`)「それによ、オレだって後悔してねぇわけじゃないさ。当時はそんなこと考えもしなかったが……。
あの時クリスタルシールドを手に取らなかったら、もっとまともな人生を歩めたんじゃないかって思うと死にたくなる」

彼はあくまで淡々と話すと、くわえていたタバコに火を灯す。
一息で半分ほどそれを吸った彼の様子に、私も彼の後悔の深さを垣間見て押し黙るしか無かった。
77 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:18:58.56 ID:aC+btorSO
('A`)y-~「…オレはそれを拾った時は本当に頭の悪いガキでね。“こいつを使ってボディーガードを騙れば、金には困らないな”…なんて思ってよ」

ξ゚听)ξ「それで、あの事務所を構えたの?」

('A`)y-~「オヤジとカーチャンを騙くらかして、あのビルに部屋を借りたわけだ。最悪の親不孝もんさね」

ξ゚听)ξ「…でも、ライセンスが無きゃまともな仕事は来ないんじゃないの?」

('A`)y-~「だから、必然的にヤバい仕事が回ってくるようになったのさ」

例えば、オレみたいな「死人の持ち物」をかっぱらうようなヤツらの依頼とか。

そう言って、彼は一息ついた。

('A`)y-~「ロイヤルガードの試験をパスしたわけじゃねぇオレは、ボディーガードとしては完全に素人だった。そこを、狙われたわけさ」

ξ゚听)ξ「……」

('A`)y-~「初めての依頼は、マフィアのご息女の護衛っつう名目で転がり込んで来た」

('A`)y-~「世の中を知らないクソガキは何も考えずにそれを受けると、新しい設備を増やしたいからと両親を騙くらかして、拳銃まで買って貰ってその依頼に臨んだ」

78 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:21:13.66 ID:aC+btorSO
それが、この銃さ。

付け加える彼。

腰に差していた電子制御式のカスタムデザートイーグルを抜くと彼は手の中で弄び、再びそれをホルスターに戻した。

('A`)y-~「依頼内容は至ってシンプル。護衛目標である彼女を、オレの事務所で三週間預かること。報酬は500万。オレ達は、一つ屋根の下で偽りの生活を重ねていった」

ξ゚听)ξ「一つ屋根の下…」

('A`)y-~「いい女だったよ。気だてはいいし、慎ましいし、何よりオードリー・ヘップバーンみたいな美人だった」

彼が、私の知らない女とあの事務所で暮らしている様子を想像してみる。
何故か、胸の奥がチクりと痛んだ。

('A`)y-~「筋書きは、どっからどう見ても陳腐な三文小説としか思えないな。
訳ありボディーガードと護衛対象のお嬢様の、束の間の共同生活。そこに芽生える恋。
これはもう、騙される方が馬鹿だとしか言いようが無いわな」

ξ゚听)ξ「…その人のこと、好きだったんだ」

('A`)y-~「馬鹿だよな。本当によ。更に呆れたことに、それが初恋だってんだからな。あの日に戻れるなら、自分で自分を殺してやりたいね」
84 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:26:55.06 ID:aC+btorSO
ξ゚听)ξ「……」

('A`)y-~「…短針銃(フレッチャー)を突きつけられて初めて気付いたよ。初めから、彼女はオレのクリスタルシールドを奪うつもりで、依頼を寄越したんだってな」

そのどれもがアダマント重水晶製のクリスタルシールドは、それ一つで都心に一戸建てが立つほどの値打ちがある。
ともすれば、それを狙う賊が居ても不思議では無い。

ξ゚听)ξ「それで、あんたはどうしたの…?」

('A`)y-~「撃ったよ。眉間をな。そうしてなきゃ、今ここには居ない」

乾いた笑い声を上げると彼は床でタバコをもみ消し、天井を見上げた。

('A`)「思えば、オレは生かされたのかもな。だって、彼女はオレを殺そうと思えば短針銃を突きつけなくても、食事に毒を盛れば良かったんだからな」

遠くを見つめる瞳に、映っているのは一体どんな女の子なのか。

ξ゚听)ξ「…多分、彼女もあなたのことが好きだったんじゃないの?」

そう言ってから、私は自分の声がずいぶんとトゲトゲしい色を帯びているのに気付いて、ばつの悪い思いをした。

85 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:28:22.39 ID:aC+btorSO
('A`)「……まさか。ただのお情けだろうよ。あんまりにもオレがド素人なもんだったから、引き金を引くときに罪悪感でも感じちまったんじゃねぇの?」

苦笑いの形に歪めた彼の顔。
その目尻から、一筋の涙。

(うA`)「…やだねぇ、やだねぇ。悲劇の主人公でも気取ってるみたいじゃねぇかよ。見苦しいったらねぇわな」

ξ゚听)ξ「……」

('A`)「死人から物を盗んだってんで、罰でも当たったんだろうよ。全部…全部、てめぇが巻いたタネさ」

最低で、最悪で、生きているのがお門違いだ、と彼は言う。

('A`)「未だに、あいつの最後の顔が頭を掠める時があるよ。それも決まって、オレが引き金を引いた後の死に顔だ」

罪悪感からか。わからない。
とにかく、そいつが叫ぶのさ。絶叫だ。この世の終わりが来たみたいに、叫ぶんだ。
幻聴か、幻覚か。そんなものはどうだっていい。

重要なのは、オレがノイローゼになっちまったってことだ。

('A`)「今じゃ、女と手を繋いだだけで吐き気がしてくるぐらいなんだから、酷いもんだろ」

ξ゚听)ξ「……じゃあ、今も?」

私は、自分の右手と絡まり合った彼の左手を見る。

86 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:30:02.33 ID:aC+btorSO
('A`)「いいや、君の場合は不思議と何とも無いんだな、これが。自分でもわからねえけどさ」

ξ゚听)ξ「…ふーん」

何だか、私は特別なんだと言われてるような気がして、ちょっぴりこそばゆい。

ξ゚听)ξ「…でも、そんなことがあったのに、どうしてまだボディーガードなんかしてるの?」

女性アレルギーになるほどのトラウマを抱えてまで、彼はどうしてクリスタルシールドを握り続けているのか。
それが不思議で、私は尋ねた。

('A`)「……」

彼はそれに険しい顔を浮かべると、ゆっくり、言葉を選ぶようにして言った。

('A`)「短針銃(フレッチャー)を突きつけられた時、彼女にこう言われたんだ。“自分の身も守れないのなら、軽々しくその盾を持つな”ってね」

('A`)「彼女、凄く悔しそうな顔をしてそう言うんだ。一体、そこにどんな想いが込められてたのかは知らないけど……」

('A`)「それを思い出すと、この盾を手放しちゃいけないような気がしてさ。躍起になって、護衛術の勉強をしたもんさ。結局試験は受からなかったけどな」

ξ゚听)ξ「……」

87 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:31:39.20 ID:aC+btorSO
('A`)「でも結局、そうやって自分の行動理由を他人に押し付けてるんだから、最低なことに変わりはないさ」

肩をすくめて、彼は再び溜め息をつく。

贖罪か。後悔か。それとも、恋心か。

恐らくは、自己嫌悪の日々だったのだろう。許しを乞うべき人は存在せず、自分の未熟さだけを責め苛む二年間。

彼はただ、心が通い合ったことすら定かでない少女の言葉だけを寄りどころに、自らの道を進んだ。

それが果たして正しいのかすらも解らず。ただ、ただ、前へ前へと。きっと、縋るように。

……叫び出したくなるような激情を押し殺し、歩き続けてきたのだろう。

それでも彼が赦される時は来ない。絶対に。一生、その影はついて回る。

何時かはその重みに耐えかねて、潰れてしまうのでは無いか。

彼の横顔からは、そんなことすら思わせる危うさが見て取れて。

('A`)「ま、ライセンスが無いボディーガードにやってくる依頼が有るわけもなく、今もこうして君みたいな暇人のお喋りの相手をしてるというわけさ」

ξ゚听)ξ「……ねぇ」

('A`)「ん?」
90 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:33:35.12 ID:aC+btorSO
ξ゚听)ξ「じゃあ、私が新しい依頼を紹介してあげよっか?」

('A`)「は?」

胡散臭げな顔でこちらを振り返った彼。

その唇が何かを言う前に。

(゚A゚)「っ!」

私は、自分の唇でそれを塞いだ。

ξ*゚ー゚)ξ「……」

完全に虚をつかれて、驚きに丸くなった彼の目。
それを真っ直ぐに覗き込み、私は言うんだ。

ξ*゚ー゚)ξ「今日からしばらくの間、あんたを私の専属のボディーガードとして雇ってあげる。三食寝床付きよ。どう?受ける?」

(;゚A゚)「えと…その…」

彼はやっぱり、しどろもどろなまんまで答えられない。
95 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:36:05.50 ID:aC+btorSO
だから、私が。

ξ゚ー゚)ξ「…もう、疲れたでしょ?少し休憩してもいいんじゃない?」

('A`)「……」

ξ゚听)ξ「ドクオが盾を握るようになったきっかけは、誉められたものじゃないけどさ…」

それでも。

ξ゚听)ξ「それでも、ドクオはライセンスこそ持ってないにしろ、一人前のボディーガードになれたんだもん」

それは。

ξ゚ー゚)ξ「それは、あんたに守られたこの私がよぉく知ってるよ」

だから。
97 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/03/23(月) 00:37:40.13 ID:aC+btorSO
ξ゚ー゚)ξ「…だから、ここでちょっぴり休憩。ね?」

今度は、その体を抱き締める。

その苦悩が終わることは無いとは言え。

少しでも、彼の支えとなれるなら。

…安い同情かもしれない。一時の気の迷いかもしれない。

それでも、今は彼を放っておけない。彼を抱き締めていたい。

その気持ちだけは、嘘じゃないから。

('A`)「……オレみたいな、モグリに依頼していいのか?」

ξ*゚ー゚)ξ「あなたにしか出来ない仕事なの」

私は、彼をかき抱く。

あの日あの夜、罵り合ったこの廃教会。

月明かりだけが照らす中、私たちは長い依頼の契約を交わした。



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