183 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 04:13:08.74 ID:jufu7TGa0
epilogue



――全てを語り終えると、ブーンはとっくに火の消えた葉巻を灰皿に押し付け、それきり押し黙った。
窓の外では西日が輝いており、オレ達が入ってきたときにはがらっとしていた店内にも、学校帰りの女子高生やアフターファイブを楽しむ女の子達で賑やかにな りつつある。

('A`)「な…るほどねえ……。なかなか、へヴィな体験をしてきたじゃねえの」

なんとなく間が持たなくなった俺は、我ながら適当な相槌でお茶を濁す。
塩豚は塩豚でそれに対して何かを返すでもなく、再びあの遠い目でガラスの向こうの雑踏を眺めていた。

('A`)「でもま、ジョーカーの情報がほとんど無かったとはいえ、そんな大金が転がり込んできたんなら御の字だろ。今度なんか奢れよ。つうかこの店もお 前が奢れ」

(メ^ω^)「そう、だおね……」

相変わらず上の空で奴は人混みに目を凝らしている。
まるでそれは、何か、目に見えないモノを探しているようにも見えた。

(メ^ω^)「……結局、僕たちは目で見えるものをそのまま信じるしかないのかおね」

('A`)「あん?」


184 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/04/30(金) 04:15:43.19 ID:jufu7TGa0
出し抜けな奴の呟きに、俺は間の抜けた返事を返す。
塩豚の目は、人混みに向けられたままだ。

(メ^ω^)「人格プログラムなんてものを頭に入れられて、思ったんだお」

(メ^ω^)「今、こうしてドクオと話している僕は、一秒前の僕と本当に同じ僕なのかなって」

(メ^ω^)「もしかして、それは僕に似た違う誰かで、記憶も体も僕なんだけど、根本的な所で僕とは違う別人なんじゃないかって」

('A`)「はあ?」

(メ^ω^)「僕に限った事じゃないお。ドクオだって、もしかしたらアラブに行く前のドクオとは違う、僕の知らないドクオなのかもしれないんだお」

いやいや、ちょっと待て。
何を言い出すかと思えばまたこの塩豚は随分と電波な事仰られる。

('A`)「ちょっとお前、ノイローゼなんちゃう?大丈夫?病院行く?」

(メ^ω^)「冗談で言ってるんじゃないお。ドクオは実際に体験した事が無いからわからないかもしれないけど、あれは本当に……」

そこまで言いかけて、塩豚は何を思い出したのか急に言葉を噤むとまた何かを考えているような小難しい顔になる。
186 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 04:18:28.35 ID:jufu7TGa0
(メ^ω^)「でも、結局、僕はまだいい方なのかもしれないお」

('A`)「あの、さっきからオレ、おいてけぼりなんですけど」

(メ^ω^)「人格プログラムを、僕がパーナルに入れられていたのはさっき話したおね」

('A`)「ああ、聞いたとも。それをアンインストールしてもらった事もな」

(メ^ω^)「後から知ったんだけど、人格プログラムってのは長い事インストールしていると完全に元の人格を食いつぶしてしまうらしいんだお」

('A`)「お前は、ごく短い期間のうちに取り除いたから、今もこうしてオレとお喋りに興じて居られると。そう言う事か?」

(メ^ω^)「おっおっ。でも、フィレンクトやパーナルは、そうじゃなかった」

“彼らが昔、どんな人生を送っていたのかは僕にも分からないお”

(メ^ω^)「だけど、彼らはもう、昔の自分に戻る事は出来ないんだって思うと、なんだか少し……」

('A`)「感傷的にもなっちまうってか?」

(メ^ω^)「おっ」

('A`)「はあ、それはまたお優しいこって」


187 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/04/30(金) 04:20:43.11 ID:jufu7TGa0
お人よしな塩豚の言葉に肩を竦めると、オレは自分の分のコーヒーに口をつける。
奴の長話につきあったせいで、これでもう五杯目になる。

(メ^ω^)「ドクオは、もし自分が明日、前の人は趣向も考え方も丸きり違う自分によく似た別人になっているとしたら、どう思うお?」

('A`)「は?オレ?なんでオレが?」

(メ^ω^)「もし、だお。もし。まあ、僕だって何時人格プログラムをインストールされたのかも覚えてないんだから、あり得ない話でもないお」

('A`)「んーどうかねえ……」

もし、オレが全く違う人格になっていたら。

今のオレは、こうしてうだうだと平日から塩豚なんかと喫茶店でスイーツを前にだべっているようなうだつの上がらない人間だ。

例えばそれが、朝起きたら急に女をバリバリ口説けるような口達者なコミュ力マックスのリア充的性格に変わっていたのなら。

(*'A`)「悪く…ないな。むしろ、いい事づく目だろうじょしこうせい」

(メ^ω^)「ホントに、そう思うかお?」
189 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 04:25:16.27 ID:jufu7TGa0
('A`)「お前はさ、そんな致命的なバグを抱えた人格プログラムなんかインストールされたからいい印象を持てないかもしれないけどさ……」

('A`)「ようは、今の自分の欠点を改善するようなプログラムだったらいいとは思わないわけ?」

(メ^ω^)「……まあ、確かにドクオの言いたい事も分かるお。けど……」

そこで塩豚は一瞬言葉を切ると、また雑踏に目を向け言った。

(メ^ω^)「それって、機械に自分が乗っ取られる事と、何が違うんだお?」

('A`)「……」

奴の言葉に、オレは直ぐに反論が思い浮かばず、釣られるようにして奴の視線の先を追う。

オレンジの夕日に暮れなずむニューソク区の大通には、数え切れない程人間が溢れかえっている。

ふと目に付いた会社帰りのサラリーマンを目で追おうとしても、彼は直ぐにスクランブル交差点の人の波に飲み込まれ、見失ってしまった。

(メ^ω^)「確かに、表面的には自分で考えているように思えるお。でも、違うんだお」

塩豚は、オレが手をつけていなかったクリームを開けると、出し抜けにその中身をオレのカップにぶちまけた。

191 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 04:27:55.09 ID:jufu7TGa0
(メ^ω^)「自分の意思だと、そう思っていても、根本的にはプログラムされた行動指針に則った範囲で思考しているわけだから、結局そこに自由なんてもの は存在しないんだお」

“それでもドクオは、人格プログラムを、インストールしたいかお?”

('A`)「……」

塩豚は、クリームの白が広がったコーヒーを、スプーンでかき混ぜる。

黒と白のコントラストは、見る見るうちに溶け合い、直ぐに茶色の液面へと移り変わった。

('A`)「オレは……」

もし、明日、目を覚ました時、自分が自分でなくなっていたら。

('A`)「オレは……」

答えを誤魔化すように、オレはクリームの混ざったコーヒーに口を付ける。
砂糖を入れないクリームだけのコーヒーは、とても歪な味がした。


192 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/04/30(金) 04:29:51.02 ID:jufu7TGa0
(メ^ω^)「……」

オレが答えなかった事をブーンは特に追及するでもない。
再び窓の外に目を向けた奴との間に、本日何度目かの沈黙が訪れた。

そうしてどれくらいの時間が経ったのか。

オレンジの光が宵闇に取って代わり、それを街のネオンが飲み込む頃になって、奴はふいにまた葉巻を取り出すと、それに火を付けた。

('A`)「しかし、タバコも吸ったことの無いお前がよく葉巻なんて吸えたもんだな」

茶化すようなオレの言葉に奴は顔を顰めて紫煙を吐きだすと、

(メ^ω^)y―~「追悼、だお」

相も変わらず、甘ったれた事を抜かしやがった。

('A`)「追悼、ね」

肩を竦めて、オレはガラス越しに夜空を見上げる。
空に輝く小さな星明かりは、街のネオンに飲み込まれそうになりながらも、そこで確かに輝いていた。



-fin-

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