4 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:18:49.76 ID:kTHXee+M0
track-δ



――スィルニキのきつね色に焼けた生地にフォークを差し込むと、私はそこで動きを止める。
ダイオード手製のデザートも、今朝は喉を通りそうもなかった。

/ ゚、。 /「どうしました、お嬢様。お食べにならないのですか?」

何時ものように穏やかな表情を崩さずに、ダイオードが訪ねてくる。

こんな時でも勤めて平静を装う彼は私よりもはるかに大人で。

だからこそ、私はそんな彼の態度が気に食わなかった。

ノ从パ-゚ル「……いらない」

そっけなく言い捨てて私は席を立つ。
長い食卓の上に並んだ二人分の皿は、ダイオードの前のだけが綺麗に片付いていた。

/ ゚、。 /「そうですか。…今日のは、自信作だったんですがね」

ダイオードの白々しい言葉を無視して食堂を後にする。
根雪のように蟠った憂鬱を引きずりながら西棟への階段を登ると、今日も私はその扉をノックした。


5 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:20:14.51 ID:kTHXee+M0
ノ从パ-゚ル「シャキン、起きてる?」

扉の向こうから、微かな返事が聞こえてくる。
これでもう一週間になるか。
一体こんな生活がどれだけ続くのかと思ったが、終りが来るのは思ったよりも早かった。

ノ从パ-゚ル「入るわよ?」

唇を噛みしめて、ドアを開ける。
カーテンを閉め切った部屋の中は薄暗くて、空気は六月の朝のようにとても湿っていた。

ノ从パ-゚ル「シャキン……」

部屋の隅で蹲った影に声を掛ける。
膝を抱えて俯いた彼は、私の声に顔を上げると力無く笑った。

(`・ω・´)「あぁ、お姉ちゃん。おはよう」

隈の浮いた目でこちらを見上げてくる彼の声には憔悴の色が濃い。
この一週間、気を休めて眠る事が出来なかったのだろう。
まだ15歳の少年がここまでやつれなければいけないこんな世界が、私にはどうしようもなく許せなかった。


6 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:22:11.31 ID:kTHXee+M0
“研究室の人達に連れて行かれそうになった”。

顔中に青あざを作って帰ってきたシャキンを問いただすと、彼はそう言った。

――日本の宣戦布告から二週間。

AKとアーマージャケットで武装した兵士が街を闊歩し、学校では毎日のように避難訓練が繰り返されている。

テレビからは娯楽番組が姿を消し、代わりに日本軍の動向が連日連夜報道されている。

カラフトに上陸した日本軍を抑える為に、モスクワの空を朝昼問わずに戦闘機が駆け抜けていく。

私たちを取り巻く景色は、瞬く間に戦争の色に染まってしまった。

大義も何も無い一方的な日本の侵略に、ロシア内では日本に対する怒りや憎悪が日に日に増している。

シャキンだけではない。日本人留学生を匿っているという事で、私もクラスメイト達から色々と嫌がらせを受けた。


7 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:23:25.59 ID:kTHXee+M0
今や、この国にシャキンの居場所は無い。

噂では、ロシア政府が国内に在留している日系人や日本人旅行者に対して領事館への出頭命令を出したという。

日本の内情を知るために協力させていると言うが、出頭命令に従わなかった者には懸賞金までかけていることから、中世の魔女裁判よろしく日本人狩りが行われ るのも時間の問題だろう。

シャキンがアカデミーの同僚に暴行を受けたのも、そんな背景があったからか。

彼が顔を腫らして帰ってきた次の日には、KGB(カーゲーベー)の者らしきスーツの集団がこの屋敷に押し掛けてきて、シャキンを引き渡すように言ってき た。

その日は私とダイオードとでなんとか誤魔化したが、彼らはそれで引き下がること無くそれから何度も屋敷を訪れては、“世間話のついでに”この屋敷の中を捜 してまわった。

日本の頭脳であるツクバからの留学生となると、ロシア政府が血眼になって欲しがるのも頷ける。
連行されたら、きっと“紳士的な質問攻め”が彼を待っているのだろう。

せめて、シャキンがそうなる前に彼を祖国に帰してやりたかったのだが。
9 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:25:56.13 ID:kTHXee+M0
ノ从パ-゚ル「朝ごはん持ってきたわよ」

ガウンの懐に隠していた菓子パンの袋を取り出す。
シャキンは小さく礼を言ってそれを受け取ると、のろのろと口の中に押し込み始めた。

(`・ω・´)「ん…んん…んむ…」

ノ从パ-゚ル「……美味しい?」

(`・ω・´)「うん、美味しいよ」

ノ从パ-゚ル「そう。…ごめんね、こんな食事ばかりで」

(`・ω・´)「美味しいって言ったじゃないか。…僕は、お姉ちゃんたちが僕をここに匿ってくれているだけで十分だよだから、そんな顔しないで」

ノ从パ-゚ル「何も特別なことじゃないわ。あなたは私達の家族なんですもの」



10 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:30:17.36 ID:kTHXee+M0
口にして、無責任な言葉を紡ぐ自分の口が憎たらしくなった。

家族。家族か。確かに私は彼を家族だと思っている。その気持ちに偽りは無い。

なのにこれから私は、その家族を見捨てる事を告げるのだ。

ノ从パ-゚ル「あのね、シャキン……」

(`・ω・´)「…ん?」

疲れ切った顔の中で、無邪気な輝きを帯びた瞳が私を見つめてくる。

言うのか。私は、こんな無垢な瞳を前にして告げねばならないのか。


11 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:30:57.25 ID:kTHXee+M0
ノ从ハ - ル「えっとね…その…」

(`・ω・´)「どうしたの…?なんか、顔色悪いけど…」

呼吸を止めて、目を瞑る。

ノ从ハ - ル「……こないだ、お父様からまた手紙が来てね」

嗚呼、神様。

ノ从ハ - ル「私、私ね……」

私は、あなたを。

ノ从ハ - ル「戦争に……行くことになっちゃった」

これから一生、呪い続けます。

(`・ω・´)「……」

ノ从ハ - ル「カンテミール家は元々軍閥だからって……」

ノ从ハ - ル「女だけど、私もカンテミール家の跡継ぎだからって……」

ノ从ハ - ル「それで…それで……」
13 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:32:14.86 ID:kTHXee+M0
ノ从ハ - ル「私が行かなきゃいけないって知ったら、ダイオードも一緒に入軍するって……」

ノ从ハ - ル「だから…だから…これ以上、私達…あなたを……」

絞り出すようにそこまで言うと、私は最後の言葉を飲み込んだ。
シャキンは何も言わずに、ただ黙って私の言葉を待っている。
そんな誠実な彼の顔を見ていられなくて、私は俯いてしまった。

――どれだけの時間、そうやって俯いていただろう。

(`・ω・´)「……そっか」

どこか嘆息するようなシャキンの声が、雪のように降り積もった沈黙の中に染み渡った。

顔を上げると、何時ものはにかんだような笑顔を浮かべた彼と目が合う。

真正面から見詰めた彼の瞳は、全てを悟ったような墨色をしていた。

(`・ω・´)「そっかぁ……」

ノ从ハ - ル「ごめん…なさい……」

(`・ω・´)「どうして、お姉ちゃんが謝るの?」

ノ从ハ - ル「だって…だって……」
15 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:34:22.95 ID:kTHXee+M0
(`・ω・´)「謝るのは、僕の方だよ。悪いのは、しなくてもいい戦争を始めた日本だよ」

もっとも、してもいい戦争なんて無いだろうけどね、とシャキンは疲れた苦笑を浮かべる。

ノ从ハ - ル「だからって、シャキンが謝ることじゃ……」

(`・ω・´)「……いや、僕が謝る事だよ」

そう言った彼の顔は、とても苦しそうで。
まるで、本当にこの戦争の原因が自分にあるとでも言っているかのように見えた。

ノ从パ-゚ル「シャ…キン……?」

(`・ω・´)「……それで、出発は何時になるの?」

聞こうとする私の言葉を遮って、彼は言葉を次ぐ。

ノ从パ-゚ル「えっと…荷物とかの用意はもう整ってるから、今晩には……」

(`・ω・´)「……そっか」

自分でも、出発の日になってこんな話をするのは卑怯だと思う。
そんな私の言葉を、ただあるがままに受け入れてくれる彼は、私よりもずっと大人なのかもしれない。


16 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:36:51.31 ID:kTHXee+M0
(`・ω・´)「もっと早く言ってくれれば、何か餞別の一つも用意できたんだけどね」

部屋に一つしかないクローゼットを漁りながらシャキンは言う。
私達がこの屋敷を後にしたら、彼は自分の力だけで生きていかなければならないというのに。
彼は、まだ、私達の事を気にかけてくれるというのか。

ノ从ハ - ル「餞別なんて…そんな場合じゃ……」

(`・ω・´)「そんな場合って……」

ノ从ハ:口;ル「わかってるの!?これから貴方、たった一人で生きていくのよ!?私達はもう貴方の事助けてあげられないの!そんな時に私達の心配なんかし て……」

声を荒げた拍子に涙腺が緩む。

日本の両親とも連絡がつかない。ロシア政府からは追われる身。私達はもう側に居てあげられない。

頼るものの居ない地で。異邦人の彼は一人ぼっちになるというのに。

ノ从ハ;-;ル「どうして…私達の心配なんか…してくれるのよ……」

(`・ω・´)「……」

泣きじゃくる私を前にして、まだ15歳の彼はただ黙って、その腕を私の肩に回す。

(`・ω・´)「大丈夫…僕は、大丈夫だから」

耳元で彼がそう囁くのを聞いて、私はその時はっきりと、私よりも彼の方が大人なのだと確信したのだった。
18 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:42:35.23 ID:kTHXee+M0
(`・ω・´)「僕は、大丈夫。日本にはもう帰れないかもしれないけど、きっとなるようになるよ」

ノ从ハ;-;ル「でも……」

(`・ω・´)「それよりも、僕はお姉ちゃんの方が心配だよ。戦争に行くって言うけど……」

苦しそうな顔でそう言うと、シャキンは次の言葉を飲み込む。

――戦争に行くという事。人を殺すという事。人に殺されるかもしれないという事。

それはとても現実離れした事で。それでも、今、私達の目の前にある現実だった。

ノ从ハう-;ル「大丈夫よ。没落したと言っても軍閥の娘よ?銃の撃ち方くらい習ったわ」

(`・ω・´)「でも……」

ノ从ハ;-;ル「それに、戦争に行くっていっても私はあくまでも従軍看護師として行くの。だから、ほら、実際に鉄砲を撃つ機会なんて、そんなに無いと思う し……」

嘘だった。従軍看護師ではなく衛生兵として、私は戦いの最前線であるカラフトの地で第13特務部隊に配属される事になっている。

第13特務小隊。戦闘の最前線において、敵陣の情報収集を任とする部隊。

というのは建前で、実際の所は日本の最新鋭部隊へのあて馬に使われるだけ。使い捨てのカメラとして没落貴族の人間は、実に使いやすい人材だろう。

書類で見ると、階級だけなら私は部隊内で二番目に偉いことになっていた。腐っても軍閥の娘、という事か。無駄な配慮だ、と思う。


19 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:44:23.73 ID:kTHXee+M0
ノ从ハうー゚ル「それに、ダイオードも一緒なんだからそこまで心配する事は無いわ」

(`・ω・´)「……」

わかってる。こんな言葉が、なんの気休めにもならないことぐらい。
それでも、言わずには居られない。
これ以上彼の側に居られない私が出来る――それが唯一の姉としての気遣いなのだから。

(`・ω・´)「お姉ちゃんは、本当に…強いね」

ノ从ハ - ル「そんな…こと」

(`・ω・´)「僕は、こっちに来るまで兄弟が居なかったから、本当のお姉ちゃんがどんなのかわからないけど……」

(`・ω・´)「でも、お姉ちゃんの弟になれて、僕は本当に良かったと思ってるよ」

(`・ω・´)「ねえ、お姉ちゃん。僕たちは、今までも、そしてこれからも、本当の家族だよね」

今までに見せた中で最高の笑顔を私に向けて、シャキンが言った。

ノ从ハ* ? ル「……」

その瞬間、胸の中がきゅっと締め付けれるような、そんな感覚がして。

嗚呼、そうか。私は彼の姉に、家族になることが出来たんだと分かって。

だから、そのたった一つの言葉だけで、私は多分、救われたのだと思う。
21 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:45:33.65 ID:kTHXee+M0
ノ从ハ*;-;ル「もち…ろん…よ……」

次から次へと流れてくる涙の粒の下で、私はその日初めて笑った。
どうしようもなく無慈悲な世界の中で、この子だけは何があっても守っていきたいと、心から思った。

ノ从ハう-;ル「絶対に…絶対に迎えに来るから…だから…だから……」

その言葉は、きっと果たされない。
けれどもこの約束は、とても大切な意味を持っている。
そうであるのだと、信じたい。

(`;ω;´)「お姉…ちゃん……」

これまで気丈に振舞っていたシャキンの瞳から水滴が落ちる。
私達は抱き合い、声を殺して涙を流した。
互いの感触を確かめるように、最初で最後の抱擁。長くて短い家族の抱擁。

(`;ω;´)「約束…約束だから……」

ノ从ハ;-;ル「うん…うん……」

やがて、惜しむようにして私達は互いに身を離す。
泣くだけ泣いた後に胸の中に残ったのは、確かなぬくもりだった。


22 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:47:21.47 ID:kTHXee+M0
(`うω・´)「お姉ちゃん、これ…」

涙の跡を頬に残したシャキンは、私に背を向けるとクローゼットの中から小さなポーチを取り出し私に渡す。

(`・ω・´)「僕から上げられるのはこれくらいだけど…きっと、向こうで役に立つと思う」

灰色のポーチはとても軽い。
中には何が入っているのだろうか。

(`・ω・´)「お守り。もうどうしようもなくなった時、それを開けてみて」

ノ从パー゚ル「有難う。私も、何か渡せればいいんだけど……」

「にゃー」

逡巡する私の耳に、聞き慣れた鳴き声が入ってくる。振り返ると、案の定“あの子”が黒い尻尾を立てて私の足元にすり寄ってくる所だった。

ノ从パー゚ル「…そうだわ。この子の事、貴方に預けてもいいかしら?」

(`・ω・´)「…うん。任せてよ。ちゃんと責任を持って世話する」

シャキンが頷くのを見てから、私は腰を落として子猫と視線を合わせる。
24 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:49:22.06 ID:kTHXee+M0
ノ从パ-゚ル「ごめんね、あまり構ってあげられなくて。短い間だったけど、楽しかったわ。シャキンの所でもいい子にするのよ?」

まだ名前も無い子猫の円らな瞳に、胸の奥が締め付けられるような感覚を覚える。

「にゃー……」

私の気持ちを知ってか、黒猫はどこか悲しげな声で泣いた。

(`・ω・´)「どうしてそんな、今生のお別れみたいな事を言うの?」

ノ从パ-゚ル「だって……」

(`・ω・´)「さっきお姉ちゃん、僕に“預ける”って言ったよね?」

ノ从パ-゚ル「……」

(`・ω・´)「預けたんなら、絶対受け取りにきてよね」

約束だよ。

そう言って朗らかに笑う彼のその顔を、私は一生忘れる事は無いだろう。

ノ从ハ ー ル「ええ…約束するわ……」

忘れる事は、ないだろう。


25 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:52:55.23 ID:kTHXee+M0
 ※ ※ ※ ※

――僕は何処とも知れない住宅街の一角に佇んでいる。電信柱の向こうでは、今にも沈みそうな夕陽が琥珀色の光を放っていた。

辺りの家々からは夕餉の匂いが微かに漂い始め、道行く人々は今日一日の仕事を終えた達成感と疲れの入り混じった足取りで僕の脇をすり抜けていく。

「ああ、今から帰るよ。今日のメニューはなんだい?」

携帯端末で妻と喋るサラリーマンの声に、なんとなくハンバーグが食べたくなった。

ハンバーグ。

この時間はファミレスは混んでるかな。
そんな事を考えながら手元に目を落とすと、ちょうどいい事に僕はナイフを握っていた。

なんというタイミングだろう。僕はささやかな幸運に感謝すると、横を通り抜けようとするそのサラリーマンに向き直った。
妻との会話を終えた彼は、携帯端末を懐にしまおうとしている。
僕はナイフを振りかぶると、その背中に向けて思い切り振りおろした。

ざくり。

柔らかい感触が僕の手を這い、脳髄を震わせる。この感じだ。そう、とてもいい感じだ。

ざくり。

もう一度、今度はうなじにめがけてナイフを突き立てる。途端、鮮血が吹き出して僕の視界を赤黒く染めた。


26 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:54:27.78 ID:kTHXee+M0
サラリーマンは声も上げずに前のめりに倒れる。
彼の背中とうなじから吹き出す血のスプリンクラーに興奮した僕は、そのまま彼の上に馬乗りになると、何度も何度もナイフを振り下ろした。

ざくり。ざくり。ざくり。

突き立てるたびに血が噴き出し、僕とナイフを赤く染めていく。
タンパク質や筋繊維が絡まったナイフは、黄色と白と赤の織り交ざった毒々しい色彩の中で鋭く輝いていた。

ざくり。ざくり。ざくり。

背中を、腰を、太ももを、ナイフで刺す。するうち僕の頭はだんだんボーっとしてきて、本来の目的を忘れそうになる。

……僕は、何をしているのだろう。

そうだった。僕はハンバーグが食べたかったんだ。忘れるところだった。

立ち上がって懐を弄ると、硬い感触が指に当たった。今日は何とついているのだろう。ネイルハンマーまで持ってきているなんて!
早速それを取り出すと、僕は動かなくなったサラリーマンの傍らにしゃがみ込む。

さし当たっては、一番硬い頭蓋を砕く事にしよう。

そう思ってハンマーを振り上げた時、視界の隅に見慣れた人影が立っているのが分かった。


27 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:55:21.99 ID:kTHXee+M0
「……」

あれは誰だっけ。よく思い出せない。

人影は、僕の方に向かってゆっくりと歩いてくる。

彼女は誰だっけ。思い出せそうで思い出せない。

そう言えば、僕は誰だっけ。思い出せない。

どうしてここに居るんだっけ。思い出せない。

「……思い出せない」

思い出せないなら、そんなに重要な事じゃないんだ。そうだ、そうに違いない。

「……違う」

僕の目の前まで来たその人が、僕の耳元で語りかける。

「違うよ。これは、違う」

うるさいな。僕の邪魔をするな。

「そうじゃない。違うんだ。よく考えてみろ」

尚も食い下がる彼女。
嗚呼、鬱陶しくなってきた。
立ち上がり、狙いを彼女の頭蓋に移してネイルハンマーをもう一度振りかぶる。


28 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 21:56:12.45 ID:kTHXee+M0
「まだ気付かないのか?」

まだ何か言おうとする彼女の言葉を、ハンマーの一振りで遮る。

鈍い手ごたえが快感に変わる一瞬、僕はその人の顔を思い出した。

lw´::::::ノv「意識の虚無に、目を向けろ。tanasinnは、何時も君の側に居る」

見慣れたシュール先輩の顔は、血と脳症で薄いピンク色に染まっていた。


29 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:01:23.89 ID:kTHXee+M0



う わ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ !



32 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:02:39.14 ID:kTHXee+M0
( ;^ω^)「はぁ…はぁ……」

叫び声と同時、視界が一気に開けた。
荒くなった息を整えながら辺りを見回す。
タップのジャックイン用シートと、その配線がとぐろを巻いた床。
電子機器が無造作に並べられたアルミラックが壁を隠したこの部屋は、まごうことなき僕の根城だった。

( ;^ω^)「夢…かお……?」

パイプ式ベッドから降りながらため息をつく。
夢にしてはいやにリアルだった。
鼻をつく鉄錆のような血臭も、腕を伝った肉の感触も、全てが本当に体験したかのような生々しさがある。
思わず自分の両手を見つめるが、寝汗の滲んだ手のひらにはナイフもネイルハンマーも握られていなかった。

( ;^ω^)「勘弁してくれお……」

何時もの現実の感触を確かめると、安堵のため息がまた漏れる。
夢の中とは言え、人を殺すなんて気持ちの良いものじゃない。
どうしてまた、あんな夢をみたのだろうか。


33 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:04:26.03 ID:kTHXee+M0
( ^ω^)「僕には殺人願望でもあるのかお……」

自分で言って笑いだしそうになる。僕が?一体誰を殺したいと?
冗談としては全くもってセンスが無い。
きっと、ここのところ猟奇殺人事件なんかを捜査しているから、それにあてられただけだ。そうに違いない。

( ^ω^)「まったく……」

悪態をつきながら脳核時計の表示を見る。
時刻は午前七時。
夕方にシュール先輩と別れて帰宅してから直ぐにベッドに倒れこんだので、随分長い事惰眠を貪っていた事になる。

( ^ω^)「……そう言えば、あのデータまだ見てなかったお」

渋沢から貰った記憶素子の事を、芋づる式に思い出す。
床に脱ぎ捨てたままのコートを探ると、案の定ポケットの中にそれはあった。

五百円硬貨程の大きさの六角形のチップは、光を反射しない黒色をしている。
渋沢はこれを調べてみろと言ったが、この中には一体どんな情報が入っているのだろうか。

( ^ω^)「まぁ、中を見てみれば一発なんだけど……」

もしも、ウィルスなどが入っていた場合の事を考えると、迂闊に手は出せない。
一見協力者にも見える渋沢だが、実態が知れない現状では頭から彼を信用するのも危険だ。


34 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:05:43.15 ID:kTHXee+M0
( ^ω^)「って言っても、結局は見るしかない訳で……」

危険を冒さないで手に入る情報など、この世には存在しない。
それに、なんだかんだ言っても僕は根っからのハッカーなのだろう。
リスクがあると分かった瞬間、もう好奇心が抑えられなくなっている自分がそこに居た。

( ^ω^)「病気だおね。治療はもう諦めたお」

ジャックイン用の椅子に腰かけると、背もたれに付随したヘッドセットを被る。
ヘッドセットの脇についたインサート部に記憶素子を挿入。
データの読み込みを開始した。

( =◎=)「防壁は二倍増しで、っと……」

視覚野に流れてくる情報が黒と緑のグリッドへと移り変わり、記憶素子の開発元である「WAT@NABEИET」のロゴが映される。

政府警察とWSS(ワタナベセキュリティサービス)は密接な関わりがあるというし、この記憶素子も政府警察内で支給されているものなのだろう。
どうやら記憶素子の中に入ってるファイルは一つだけのようで、ロゴの後には直ぐに緑色の文字列が表示され始めた。


35 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:06:50.32 ID:kTHXee+M0
( =◎=)「なんだお、これ……」

上から下までずらりと並ぶ文字の羅列は何かのリストのようだ。

地名と職業らしき記述の後に苗字と名前が連なっている。

ざっと見たところ共通点らしい共通点と言えば、そこに連なる名前の大半が日本人だという事くらいだった。

( =◎=)「これは、何のリストなんだお?」

リストの上から下までを何度か往復してみる。
それらしいものが見当たらなくて苛々し始めた折、左上の欄外に僕はその単語を見つけた。

( =◎=)「tanasinn……」

まただ。

一体、この単語は何を意味するのか。

今回の事件に、この単語は何か重要な関わりがあるのだろうか。

――ふいに、視界が真っ黒に染まった。


36 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:08:53.86 ID:kTHXee+M0
( =◎=)「――え?」

唐突なブラックアウトに声を漏らした刹那、耳朶の奥で“あの耳鳴り”がする。
モスキート音に似たそれは、前回よりも速い段階でサイレンの域にまで肥大すると、脳髄をかき回し始めた。

( ;=◎=)「あ…がっ…ぐうぅ……」

吐き気が込み上げてくる。
すぐさまアボートコマンドを入力してログオフ。
ヘッドセットを無理矢理脱ぎ捨てると、僕はジャックイン用の椅子から転がり落ちた。

( ; ω )「っあぁ…!ぃぎぎぎ……!?」

どこまでも加速していく混沌とした抑揚の波。
音は鳴りやまない。
明滅する視界。尾を引いては収縮するスペクトル。
ぐにゃりと歪んだ極彩色の世界は、僕の胸の内の言いようもない衝動を駆り立てる。

( ; ω )「…ああぁ…な…ええぇえ…げぎっ…!」

体の奥が熱い。瞼の裏が引き攣る。口の中は空からだ。

性器が勃起している。筋肉が脈動している。

何か。とにかく何でもいいから壊したい。


37 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:10:14.53 ID:kTHXee+M0
( ; ω )「はっ…あぁ…あはぁ……」

拳を握る。取り合えず床を殴る。不思議と痛くない。
立ち上がる。壁のラックを見つめる。殴ってみる。ラックが揺れる。拳は痛まない。

( ; ω )「へ…へへ…えへぇ……」

愉悦の息が漏れる。気分がいい。拳をもっと強く握ると、今度はラックの上に並んだ予備の結線用コードを引きずり出し、満身の力を込めて引きちぎった。

ぶちぶち。

まるで筋肉がねじ切れるような音を立てて、コードはその断面を曝す。
気持ちいい。とても、とても気持ちいい。

でも、まだ足りない。

( ; ω )「あへ…ああぁ!ああぁああ…ひひ……」

ラックを殴る。ラックから電子機器が落ちる。まだ足りない。
ラックを掴んで引き倒す。気持ちいい。だがまだ足りない。
ジャックイン用の椅子を蹴る。まだ足りない。
床の上に散らばった電子機器を踏みつける。足りない。
壁を殴る。ベッドを蹴る。電子機器を掴んで投げ飛ばす。

まだ、足りない。


38 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:12:07.99 ID:kTHXee+M0
( #゚ω゚)「足りない足りない足りない足りない足りないああああああああああ!」

頭を掻き毟って地団太を踏む。満たされない。何をしても満たされない。
もっと壊さないと。もっともっと壊さないと何も満たされない。
こんな無機物、幾ら壊しても満たされやしない。

そうだ。外に出よう。外に出れば、もっと壊し涯のあるものが沢山在る筈。

( ゚ω゚)「そう…だ。そうしよう。そうしようねえ」

善は急げ。そうと決まったらこんな狭い所になんか居られない。ドアを開けて飛び出そう。
そう思って玄関口に目を向けた瞬間、僕の頭は急激に熱を失った。

lw´;゚ _゚ノv「あ…あ…あぁ……」

台風が通り過ぎた後のように荒れ果てた僕の部屋の中。
外に続くドアの前にへたり込んだ華奢な姿は、シュール先輩に他ならなかった。

lw´;゚ _゚ノv「あ……」

茫然とした目でこちらを見上げる彼女の傍らにはコンビニのビニール袋が落ちていて、中からは総菜パンとペットボトルのお茶が覗いている。
買い物のついでにここに寄ることにしたのだろうか。
肩を震わせて自分の体を抱く彼女は、化け物を前にした少女のようだった。



39 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:13:22.98 ID:kTHXee+M0
( ;^ω^)「せん…ぱい……」

lw´;゚ _゚ノv「ひっ!」

僕の伸ばした手に、彼女はびくりと震えて後ずさる。

――違う。“ようだった”じゃない。彼女は化け物を前にした少女に他ならない。

そうだ。僕は、あの瞬間、まさに化け物だったのだから。

(  ω )「ああ……」

途端、胸の内から途方もない程の後悔の波が押し寄せてくる。

僕は一体何をしていたんだ。

物を壊すのが気持ちいい?何を狂った事を。

沸き起こる自己嫌悪と疑問。どうして僕はあんな事を?

( ;^ω^)「シュール先輩…聞いてくれますかお…?」

lw´; _ ノv「…!」

( ;^ω^)「さっきのは、僕じゃないんですお。僕だけど、僕じゃないんですお」


40 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:14:24.36 ID:kTHXee+M0
そうだ。あれは僕なんかじゃない。

( ^ω^)「変な音が聞こえてきて、それで、なんか、知らないうちに体が言う事を聞かなくなって……」

いや、違う。体は脳に忠実だった。壊したいという欲望に、とても素直に動いた。

――違う!

( ;^ω^)「なんだか、自分が自分じゃいられなくなって…えーと…tanasinnって文字を読んだ時から……」

そうだ。tanasinnだ。僕がおかしくなったのは、あの単語を口にした瞬間だった。

( ;^ω^)「事件現場を初めて見たときも、僕は少しおかしくなってたじゃないですかお」

( ^ω^)「あの時、僕の頭の中で変な音が聞こえてたんですお。吐き気がするような、妙な音。さっきも、それが聞こえてきて……」

( ^ω^)「……でも、今度のはもっと酷い奴だったんですお。聞いた瞬間から、頭の中がおかしくなっちゃって……。それで、気がついたら、こんな事に なってて……。信じて下さいお」

懸命な僕の言葉が功を奏したのか。
今まで俯いていたシュール先輩はそっと顔を上げると、震える声で呟いた。

lw´ _ ノv「……信じる」


41 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:15:07.61 ID:kTHXee+M0
( ^ω^)「有難う…ございますお……」

lw´‐ _‐ノv「……もう、大丈夫なのかい?」

( ^ω^)「はい。ご心配をおかけしましたお」

lw´‐ _‐ノv「全く、君は何時も何時も……」

悪態にならない悪態を呟きながら、先輩は僕の服の裾を掴んでくる。

lw´ _ ノv「……罰として、暫くそこを動かない事」

俯き気味にそう言う彼女の肩はまだ震えている。

( ^ω^)「……わかりましたお」

その震えが止まるまでの間、そうやって僕たちは荒れた部屋の中でお互いに沈黙を守った。
43 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:22:47.79 ID:kTHXee+M0
 ※ ※ ※ ※

――蝋燭の頼りない明かりの中で、数時間前から耳にこびりついて消えない耳鳴りと私は闘っていた。

ノ从ハ;゚-゚ル「……」

仲間の鼾すらも聞こえない塹壕の中で、私の聴覚は昼間に聞いた爆撃音と仲間の断末魔をエンドレスでリピートし続けている。
ともすれば、今にも闇の中で叫び出してしまいそうになる私の正気を辛うじて保っているのは、先日ダイオードがナボコフ曹長から貰って来た安物のワイルド ターキーだった。

ノ从ハ;゚-゚ル「……っふ」

再び始まった手の震えを治める為に、ワイルドターキーを一口啜る。
焼けるような喉越しの後、徐々に頭に霞がかかると、手の震えは止まった。
酒なんてここに来るまではただの一滴も飲んだ事は無かったが、今ではこれが無ければ夜の見張りにも立てない。

ノ从パ-゚ル「……今夜は、静かになりそうね」

アルコールを摂取した事で微かな眠気を感じるも、ここに来てからというもの熟睡したためしは無い。

昼夜を問わず響く爆撃警報。音も無く忍び寄ってくる日本軍の無人攻撃機。
多脚型戦車と強化装甲服で武装した、日本軍の精鋭部隊「ロイヤルハント」。

日本軍とEU連合軍との最前線であるカラフトでは、一コンマごとに戦局が変わり一秒ごとに死人が出る。


44 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:25:10.04 ID:kTHXee+M0
眠りについたと思えば銃声で目が覚め、鉄の巨人が放つプラズマキャノンから逃げ切ったと思えば、物陰から無人攻撃機の蟹のようなシルエットが姿を現す。

死は常に隣人であり、ここでは硝煙とガンパウダーが香水の代わりだった。

ノ从パ-゚ル「帰りたい……」

何度も何度も繰り返した祈りは既に形骸化し、今では何の意味も持たない音の波になり下がった。

初めこそ一介の島国に何が出来るとたかを括っていた仲間の軍人たちも、日本軍の最新式兵器の投入によって日に日に悪化していく戦況の中、その多くが物言わ ぬ肉片となってカラフトの荒野に消えた。

開戦から一年と半年が経った今では、第13特務小隊の中で生き残っているのは私とダイオードを含めて七人しかいない。

友軍であるEU諸国の面々も開戦から一年もすると早々に降伏勧告を受け入れ、未だこの地で抵抗を続けているのはイタリアの保守派であるオールドイタリアと ロシアの二国だけになってしまった。

欧州連合の結束はあくまで欧州の中だけのものらしく、加盟国でないロシアの領土が軍靴に踏みつけられようとお構いなしと来ている。

肝心のロシアも、自国の領土が戦場と化すのを厭い降伏勧告を受け入れるのは時間の問題だろうと、兵士たちの間では囁かれていた。


45 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:27:07.35 ID:kTHXee+M0
最も、そんな話も人づてに聞いた噂でしかない。

本当の所はどうなのか、なんて前線に居る私達が知る由も無いが、少なくともこの先には敗戦しか見えないという事だけは言える。

もしかしたらイタリアもロシアも既に降伏勧告を受け入れていて、戦場で銃を握っているのは私達の部隊だけなのかもしれない。

開戦直後から、日本軍の新型電子兵器の影響か無線は今に至るまで一度も大本営と繋がったためしが無いし、ここ一カ月の行軍で友軍の姿を見かけなかった事が そんな可能性を助長している。

周りを鋼の蜘蛛とクロムメタルの巨人に包囲された塹壕の中で、たった七人。

そんな想像があながち間違っていないと思えてしまう程、状況は逼迫していた。

/ ゚、。 /「見張り番お疲れ様です、軍曹」

背後からの囁き声に振り返る。
肩に下げたAKとクルーカットがようやく様になってきたダイオードが、水筒片手に立ち尽くしていた。

ノ从パ-゚ル「お疲れ様ダイオード。二人きりの時はその肩書はやめてって言ったでしょ?」

/ ゚、。 /「いえ、今は自分も一介の二等兵です。上官殿に対してそのような口を利くわけにはいきませんよ」

そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべると、彼は私の傍らに腰を下ろす。
地面に掘った塹壕の入り口は階段状になっていて、私達はその一番上の段で地上に頭だけを出すようにして夜の荒野に目を馳せた。


46 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:28:33.99 ID:kTHXee+M0
今は確か秋の暮だったろうか。防寒用の軍服を着ていても、夜のカラフトを吹き抜ける風は、容赦なく私達の頬を切り裂いていく。
寒さを誤魔化すためにもう一度ワイルドターキーの小瓶に手を伸ばすと、ダイオードが横から自分の水筒を差し出してきた。

/ ゚、。 /「グレンリベットの20年物です。ナボコフ曹長から分けてもらいました。こんな所ではお目にかかれないような上ものですよ」

言われたままに水筒を受け取ると、それを一口呷る。
酒に詳しくない私にも、その宝石のような味わいはこの酒が相当に高級なものだというのが分かった。

ノ从パー゚ル「とても美味しいわね。ナボコフ曹長がこんな上玉をまだ隠していたなんて意外だわ」

/ ゚、。 /「曹長殿もこれだけは故郷に帰ってから、と決めていたようです。軍曹殿と見張りを交代すると言ったら、これを持っていくように言われました」

ノ从パ-゚ル「……そう」

ナボコフ曹長には、私がこの隊に配属されたその日から随分とよくしてもらっている。

最初は19歳という若さで強制的に徴兵された私に対する同情のようなものだと思っていたが、古くから彼の下に居た兵士に聞いたところ、彼には私と丁度同じ 年頃の娘さんが居るらしい。

第13特務小隊という隊名の通り、各地を転々とする任務が多い彼は、もうかれこれ十年も娘さんと会っていないとか。

彼が何時も肌身離さず持ち歩いているロケットの中には、きっとその娘さんの写真が入っているのだろうな、なんて、彼と話すたびに私は思うのだ。


47 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:29:45.59 ID:kTHXee+M0
ノ从パ-゚ル「なんだか、申し訳ないわね」

ナボコフ曹長に限らず、隊の仲間は皆私に対して何かと気を遣ってくれる。

軍閥の娘というだけで自分たちよりも階級が高い小娘など、普通なら目障りなだけのお荷物に違いないというのに。
彼らは、そんな私を他の誰よりも最優先で考えてくれるのだ。

少ない食糧を多めに分けてもらう度、行軍中に荷物を肩代わりしてもらう度、私は彼らに「どうしてそんなに良くしてくれるのか」と聞く。

その度に彼らは笑ってこう言うのだ。

「上官殿を敬うのは当然のことです」

上官。上官か。
確かに肩書だけなら、私はこの隊の中で二番目に偉いという事になる。

パーナリア・カンテミール軍曹。一体、そんな肩書に何が出来るというのか。
AKも満足に担げない、負傷兵の手当ても満足に出来ない、そんな、ずぶの素人が、どうして他を犠牲にしてでも生かされているのか。

私が若いから。私が女だから。多分、それだけの事なんだろう。

守られるだけの非力な小娘。この隊の中では、私の存在価値なんてものは何一つ無いのだ。

48 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:32:39.95 ID:kTHXee+M0
ノ从パ-゚ル「ねえ、ダイオード」

/ ゚、。 /「なんでしょう、軍曹」

また軍曹。

ノ从ハ - ル「私は――」

どうしてここに居なければならないの?

/;゚、。 /「危ないお嬢様――!」

言いかけたその言葉は、閃光と爆音にかき消された。


49 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:39:01.26 ID:kTHXee+M0
 ※ ※ ※ ※

――目に見えない天井が頭の直ぐ上にあるような、息苦しさと閉塞感を僕は感じていた。

( ^ω^)「うーん…幾ら考えても駄目だお…」

荒巻屋のカウンターに顔を埋めるとため息をつく。
店の隅に転がっていたパイプイスは、僕の体重移動によって断末魔一歩手前の苦鳴を上げた。

( ^ω^)「一体あれが何のリストだってんだお……」

僕の蛮行から早くも三日。
あれからシュール先輩と共にあのリストに載っている名前を片っ端から検索エンジンに放り込んでみたはいいものの、その結果はご覧の通りだ。

類似性皆無、共通点らしい共通点は国籍だけ。

政府警察の人間から託されたものだという事で、犯人候補者のリストかとも思ったのだが、だとしたら警察は全くもって犯人像を絞れていないという事になる。

一応、僕たちが導き出した犯人像である「元医者の経歴を持つ建築関係者」を探しては見たのだが、建築関係者は何十人も居るものの、その中に外科知識のある 者は一人も居なかった。

もしかしたら、僕たちは根本的な見通しから間違っていたのだろうか。


50 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:41:24.89 ID:kTHXee+M0
( ;^ω^)「だとしたら、また振り出しに戻るのかお……」

lw´‐ _‐ノv「おやじ―!生中一つー!」

/ ,' 3「ええい、お前ら雁首揃えて商売の邪魔じゃ!さっさと出て行かんかい!」

lw´#‐ _‐ノv「うるせー!これが飲まずにやってられっかー!」

僕の隣、前時代のパソコンのバカでかい筺体に腰を下ろしたシュール先輩と、老荒巻がカウンターを挟んで奇天烈ないがみ合いをしている。
もう午後の三時を回るというのに僕たち以外に客の姿が見えない(荒巻の爺さんからしたら僕たちも客ではないだろうが)荒巻屋は、これでよく食えているもの だと心配になってくるものだ。

/ ,' 3「まったく、久しぶりに来たと思ったらお前らは相変わらず冷やかしか!うちはお前らみたいなごろつきの集会所なんかじゃあありゃせんぞ!」

lw´‐ _‐ノv「じゃあ葬儀場かな。この雰囲気は」

/ ,' 3「ほっとけ!」

lw´‐ _‐ノv「そんなことよりブーン、頭の方はもう大丈夫なのか?」

( ^ω^)「はあ、お陰さまで今は何とも。あの時は本当にすいませんでしたお」



51 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:42:39.18 ID:kTHXee+M0
あれ以来、僕の体にこれといった変化は無い。
以前に見た不気味な夢は、相変わらず毎晩見るが、それを除けばいたって普通だ。
少なくとも、突然言いようもない破壊衝動に駆られることも無いのだから、普通なのだと思いたい。

/ ,' 3「なんじゃ、ついに頭がいかれたのか?」

( ^ω^)「え、それをシュール先輩じゃなくて僕に対して聞きますかお」

lw´‐ _‐ノv「おい。おい、ちょっと面貸せ」

何時も通り走り始めたシュールワールドを何時ものようにスルーして、僕は二日前に僕の身に起こった事を荒巻の爺さんに説明する。

( ^ω^)「それで、そのtana……」

言いかけて、そこで僕は口を噤む。
先日も、tanasinnと口にした瞬間、あの音は聞こえてきた。
最早トラウマに近いその言葉を発音したくなくて、僕はメモ帳とペンをカウンターの上から拝借すると、そこに例の文字列を書いて見せた。

/ ,' 3「ふむ……」

例の文字列とその後ろに添えた「口に出さないで欲しい」という注意書きを読み、荒巻老は何かを考えるようにして唸る。


52 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:44:37.13 ID:kTHXee+M0
( ^ω^)「爺さん、何か分かるのかお?」

/ ,' 3「わかる、というわけでは無いのだがな……」

難しい顔で唸っていた彼はそこで咳払いを一つすると。

/ ,' 3「話の続きは、お前さんらの財布の中身次第じゃのう」

ふぇふぇふぇ、と意地の悪い笑いを零した。

54 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:50:01.46 ID:kTHXee+M0
※ ※ ※ ※

――今、私は目の前のその光景を信じられないでいる。

/ 、 /「あ…あぁ……」

粗末な寝袋の上でうめき声を上げる彼の存在を、私は信じられないでいる。

/ 、 /「お…ぉ…あぁあ…ああ……」

「止血帯を!誰か早く止血帯を!」

「くっそ…もう皮膚が炭化してやがる…」

「水を掛けるんだ!おい、水筒を貸せ!」

ノ从ハ;゚-゚ル「あ…あ…あ……」

兵士たちが忙しなく塹壕内を走り回っている。
ひっきりなしに怒号が飛び交っている。
軍服をはだけられたダイオードの胸は、プラズマキャノンの一撃で灰色に炭化している。

蜂の巣をつついたような騒ぎの中。

何もかもが現実離れした空気の中で、私はただ一人、取り残されたようにして壁際に立ち尽くしていた。


55 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:51:30.30 ID:kTHXee+M0
突然、闇夜が閃いた。そこまでは覚えている。

ダイオードが叫んで、私を押し倒した。そこからの記憶が、曖昧だ。

爆音が何度も何度も響いて、隊のみんなが塹壕の中から駆け出して行って、銃声がして。

あとは、もう、何も覚えていない。

気が付いたら私は、毛布に包まって塹壕の隅で震えていて、銃声が聞こえなくなって暫くしてからダイオードがみんなに運び込まれてきた。

“甲冑の野郎”だとか、“プラズマ”がどうのこうのとかという兵士の声を聞く限りでは、どうやら強化装甲服を着たロイヤルハントの機動歩兵が襲撃してきた のだと思う。

“包囲されてやがる”。“曹長がやられた”。

苦々しげに言うイリヤ二等兵の声が、現状を端的に伝えてくれた。

/ 、 /「はっ…あ…ああぁ……」

黒く焼け爛れたダイオードの顔が、苦悶の形に歪む。
私を庇ってついた傷は、恐らく致命傷だろう。

どうして私なんかを。
自問する度、心臓に焼き鏝をあてられたような痛みが胸を焦がす。
どうしてこんな事に。
おかしいじゃないか。だって、私は何も悪い事をしていないのに、どうしてこんな理不尽な処遇を受けなければならないのだ。
57 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 22:54:36.72 ID:kTHXee+M0
ノ从ハ - ル「夢よ……」

そうだ。これは夢なのだ。目が覚めたら私は屋敷のベッドの上で、ダイオードの作った朝ごはんの匂いを嗅ぎながらシャキンを起こしに……。

ノ从ハ - ル「シャ…キン……」

嗚呼、シャキン。貴方は今どこに居るの?貴方は今、生きているの?会いたい。貴方に会いたい。
貴方に会えば、こんな悪夢も直ぐに覚める筈だわ。

“お守り。もうどうしようもなくなった時、それを開けてみて”

ノ从ハ;-;ル「――あ」

その瞬間を、何と言い表わしたらいいのか、未だに私は分からない。
頭の中は真っ白で、ふいに思い出したシャキンの言葉だけが延々とリフレインしていた。

――多分、何かに縋りたかったのだと思う。

極度のストレスと、ダイオードが死に瀕しているという極限状態の中で、私の頭は縋るべきものを必死に探していたのだろう。
憑かれたように自分の荷物を漁って、あの日シャキンが渡してくれたポーチを探り出すと、私はそれを開けた。
59 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 23:00:05.27 ID:kTHXee+M0
 ※ ※ ※ ※

――“お疲れ様でした。情報の真偽を確かめ次第報酬は振り込ませていただきます。後は我々がどうにかするので、預金口座と睨めっこでもしていて下さい”。

“虚無の晩餐”の犯人の大凡の潜伏先を電話口で報告すると、リリはそれだけを告げて通信を切った。

( ^ω^)「何が“預金口座と睨めっこでもしていて下さい”、だお」

馬鹿にしやがって。
僕が欲しいのは金じゃない。

“ジョーカーについて、知りたいんでしょう?”。

僕が欲しいのは、あくまでジョーカーについての情報だ。
金など、そのついででしかない。

lw´‐ _‐ノv「とかなんとか言って、報酬が振り込まれてもいないのにエロゲの予約を入れたのはどこのどいつかな?」

( ^ω^)+「食べるものを買うのに躊躇する人間が何処に居ますか?そういう事です」

lw´‐ _‐ノv「あたし女だけど性欲処理にお金掛ける男の人って……」


60 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 23:01:09.63 ID:kTHXee+M0
リリが本当にジョーカーの事を知っているのかは分からない。
分からない、というよりは確かめようがない。
仕事完了の報告をして以来、例のアドレスには連絡が繋がらなくなった。
このアドレスは現在使用されていません、なんてそっけない返事で僕たちが満足するとでも思ったのだろうか。

( ^ω^)「無論、否だお」

今、僕たちの前には建設途中で放棄されたマンションの亡骸が聳え立っている。
二ーソク区、万魔殿。現在時刻は午後六時。
ダウンタウンの中枢を成す魔の巣窟は、逢魔が時を経て禍々しい橙色の光の中で不気味に沈黙を守っていた。

lw´‐ _‐ノv「本当に、ここであってる自信は?」

( ^ω^)「うーん、七割ってとこですかお」

「ビッグ・ダディ」なるホームレスの顔役から貰った手書きの地図と脳核マップを照らし合わせる。
少なくとも座標は間違ってはいない。
僕たちはどちらからともなくマンションの中へと足を踏み入れた。

( ^ω^)「それにしても、顔写真を見せただけで何処に住んでるのか直ぐに分かるなんて、ホームレスの情報網は侮れないおね」

lw´‐ _‐ノv「情弱には情弱なりのツテってのがあるものですよ」

61 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 23:02:32.12 ID:kTHXee+M0
万魔殿の中に住む者はその殆どが、IDランクX、市民権の存在しない者ばかりだという。
市民権を剥奪された、という事はニューロジャックを使ってネットにアクセス出来ないという事だ。
ジャックイン中毒一歩手前の僕からしてみたら、それはまさに生命線を断たれたようなものと変わらない。
最も、ニューロジャックが無くても人間が生きていた時代もあるのだから、彼らの方が真の意味での人間なのかもしれないが。

( ^ω^)「しかし、案外簡単に見つかりましたおね」

lw´‐ _‐ノv「全くだよ。結局のところ、私達が調べた事なんかその半分も役に立っていないんじゃないかな?」

( ;^ω^)「た、確かに……」

――確か、ロイヤルハントに居たころに、そんな単語を耳にした事があったわい。

動くかどうかも怪しいスパイキットをカウンターに置いて財布を開くと、荒巻老はそんな事をぼそりと口走った。

ロイヤルハント。「灰の二年間」において、最も戦果を挙げた日本軍の精鋭部隊。
荒巻の爺さんが本当に退役軍人だったのも驚いたが、何より僕たちが驚いたのはこの事件に日本軍が関わっていた事だった。

道理で政府警察も捜査を中断するわだ。

結局のところ、tanasinnというものが何だったのかは荒巻の爺さんにも分からないそうだ。
何かの作戦名なのか、新兵器の呼称なのか、そんなところだろう。

しかし、それだけ分かれば十分だ。


62 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 23:04:00.37 ID:kTHXee+M0
渋沢から貰ったリストの中で、灰の二年間当時従軍していた者で、現在建築関係の職に就いて居る人物。
たったそれだけの情報から絞り込んだ結果、該当したのはお誂え向きにも一人だけだった。

( ^ω^)「外科知識があったのは、衛生兵だったからなんだおね」

どうして犯人が今回のような猟奇殺人を犯したのかは分からないし、興味も無い。
僕が知りたいのは、この事件がどういう風にジョーカーと繋がっているのか、それだけだ。

lw´‐ _‐ノv「さて、やっこさんはどこに潜んでるのかね」

所々鉄筋が剥き出しになったマンションの階段を上りながら、僕たちはこの“城”の主を探して辺りを窺う。

オレンジの陽光に染め抜かれた廃墟の中は荒れ放題で、とても人が住んでいるとは思えない。

一介の建築会社とは言え、あのS&Kインダストリーの子会社もよくこんな所に住んでいる人間を雇ったものだ。

( ;^ω^)「もう、疲れたお…」

何階程になるだろうか。
運動不足の僕の息が上がり始めたころ、僕たちはそこに辿り着いた。

( ;^ω^)「これは――」


63 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 23:05:37.01 ID:kTHXee+M0
 ※ ※ ※ ※

――私の話が終わった後に隊の面々の間に広まったのは、沈痛な沈黙だった。

ノ从パ-゚ル「以上、説明はおしまいです。何か、質問はありますか?」

“件のポーチ”に入っていたレポート用紙を畳んで、私は小隊のみんなの顔を見回す。
突然の提案に、皆は戸惑いを隠せないようだった。

(+νΦ)「軍曹…それは、本気で言ってるのですか……?」

キリル一等兵が、おずおずと手を上げる。
皆同様、その顔には一抹の不安が見て取れた。

ノ从パ-゚ル「無論です。こうでもしないと、私達が敵の包囲からは脱出するのは不可能でしょう」

(;+νΦ)「と、言いましても……」

言いかけた言葉を飲み込み、彼は同意を求めるように周りを見回す。
彼の言葉に首を振るものは、誰も居なかった。

(;+νΦ)「こんな話、未だかつて聞いた事もありません。相手の銃を奪って使うのとは、訳が違うのですよ?」


64 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 23:06:47.53 ID:kTHXee+M0
皆が戸惑うのも無理は無い。私だって、こんな事が成功するという確信は無い。
それでもやるしかない。

偵察に出た兵の証言では、私達の塹壕を中心に半径20キロ程をロイヤルハントの機動歩兵小隊が包囲しているという。

敵方の数は大凡二十。

私達第13特務小隊で動ける者は、私を含めてたった五人。

絶望的なこの状況を覆すには、神の御業でも無い限り不可能だ。

ノ从パ-゚ル「だからこそ、私達はこの策に頼るしかない……」

神をも冒涜する禁断の技術。

ジネティックインプラント。

神の領域にまで迫ったこの技術があれば、もしかしたら。

(;+νΦ)「正気じゃ…ありません……」

シャキンがこんな研究をツクバで行っていたなんて、私にも想像がつかなかった。

狂気の技術。

陳腐だが、その言葉はポーチの中に入っていたレポート用紙を初めて読んだ時に私が受けた衝撃を的確に表現している。


65 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 23:08:58.34 ID:kTHXee+M0
あの日彼が見せた罪悪感の片鱗は、きっとこの脳核理論に対するものだったのだろう。

人の脳とネットワークを機械的に接続するこの技術は、レポート用紙を読む限り初めから軍事利用が目的で進められた研究だと言う。

戦争の道具になると分かっていて研究を止められなかった事に対する彼の悔恨は、レポート用紙の三分の一を使ってしたためられていた。

世界の技術水準を根本から引き上げるだけの天才も、結局は一人の人間でしかない。

彼は結局、自分では手に余るこの技術を私に開示して許しを乞う事しか出来なかった。

なんと愚かで、無力な存在なのだろうか。

ノ从ハ - ル「本当に…馬鹿な子なんだから……」

だからこそ、姉である私が彼を許してやらねばならない。

他の誰でも無い、この、私が。


66 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 23:10:21.09 ID:kTHXee+M0
ノ从パ-゚ル「他に質問は無いですね?でしたら、直ぐに手術の準備に取り掛かって下さい」

(;+νΦ)「ぐ、軍曹!」

ノ从パ-゚ル「聞こえませんでしたか?キリルさんは麻酔の準備をお願いします」

(;+νΦ)「しかし……」

ノ从パ-゚ル「初めての試みかもしれませんが、手術の手順は全てこのレポート用紙に書かれています。お誂え向きに、手術器具も応急セットで代用できるも のばかりですしね」

(;+νΦ)「ですが……」

ノ从パ-゚ル「それでも不安でしたら、そこの見本を参考にするといいでしょう。脳核のパーツも、適宜そこから移植する形で行きたいと思います」

そう言って私は、塹壕の床に横たわった日本兵の遺体と、その横の強化装甲服を顎で示す。
途端に、彼は押し黙った。

ノ从パ-゚ル「いいですか、これは命令です。ナボコフ曹長亡き今、この隊の指揮権限は私にあります。みなさんは、私の命令に黙って従ってればいいので す」

再びの沈黙。誰も、顔を上げようとする者はいない。


67 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 23:11:18.58 ID:kTHXee+M0
ノ从パ-゚ル「では、各自それぞれの持ち場について下さい。準備が整ったら、イリヤ一等兵の指示の元に執刀を初めて下さい」

(+νΦ)「本当に…いいんですか?」

ノ从パ-゚ル「これしか方法が無いのです。他にあるとしても、私には考えもつきません。ですから……」

(;+νΦ)「だとしても…何も、軍曹が…自ら被験者にならなくても……いいじゃないですか」

ノ从パ-゚ル「……」

(+νΦ)「成功するかもわからない…いや、成功する可能性なんて万に一つも無いのに…それを…どうして…」

( ν )「どうして…軍曹のような…お若い方が……」

ノ从パ-゚ル「……キリルさん」

( ν )「軍曹が人柱になるくらいなら、自分が……」

ノ从パ-゚ル「すいませんが、それは出来ません」

(#+νΦ)「どうしてですか!」


68 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /29(木) 23:12:21.90 ID:kTHXee+M0
ノ从パ-゚ル「…だって、それが人の上に立つ人間の役目でしょう?」

(;+νΦ)「……」

ノ从パ-゚ル「…だから、お願いします。ここは、私にやらせて下さい」

誰もが、俯いて、私から目を反らす。

今まで、私はこの人たちに助けられてばかりいた。

数え切れない夜を、仲間の兵の犠牲の上で生きて来た。

ノ从パ-゚ル「……今度は、私の番」

これ以上、誰かの死の上で胡坐をかくのは止めだ。

その為なら私は、悪魔に魂も売ろう。

ノ从ハ - ル「もう一度言います。術式の準備を」

私の言葉が、暗い塹壕内に重々しく響いた。
81 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04/30(金) 00:19:35.25 ID:jufu7TGa0
 ※ ※ ※ ※

――その空間は、とても、歪だった。

( ;^ω^)「狂っ…てる……」

思わず漏れた呟きが、赤く染まったコンクリート壁に染み込んで消える。
一秒でも早くこの場から立ち去りたい。本能は、今までにない類の警鐘を鳴らしていた。

lw´‐ _‐ノv「流石の私も、この手の趣向は理解できないわ……」

あのシュール先輩ですら顔を顰めて目を背けている。
それだけ、この空間は歪だった。

うち捨てられた廃マンションのワンフロア。
ここまで来る間に幾つもの階層を見て来たが、角材やドラム缶の代わりに無数のマネキンが転がっていたのはここが初めてだ。

( ;^ω^)「これ…何をするつもりだったんだお……」

床に転がった何十体にも及ぶマネキンは、皆体のどこかに例の強化タングステン製パイルが突き刺さっている。
加えて、人で言う急所の部分に赤いペンキか何かでターゲットマーカーのようなものが描かれているのが印象に残った。

殺人訓練。

そういう、事なのだろうか。


82 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04/30(金) 00:22:37.64 ID:jufu7TGa0
lw´‐ _‐ノv「……これ、WATANABEの新作じゃないか」

ハリネズミのようになったマネキン達には、律儀にも服が着せられている。
フォーマルなスーツを着たマネキン、カジュアルなプリーツスカートを履いたマネキン。
どれもこれも、一つ一つのコーディネイトがきちんと整えられているのが、逆に不気味だった。

擬似的な殺人現場と言える狂った空間。

「虚無の晩餐」の犯人のねぐらとしては申し分ないそこに駄目押しの一点を追加したのは、全てのマネキンの頭頂部に空いた穴だった。

( ;^ω^)「ビンゴ…ですね」

ここまで嬉しくないビンゴもあったものじゃない。
例えるなら、一等の景品がバスタブいっぱいに詰まった蛆虫だった時の気分だ。

lw´‐ _‐ノv「ここで待っていれば、奴らが来るのか?」

( ^ω^)「多分、そうだと思いますお」

奴ら、とシュール先輩は言う。

リリ。

僕にこの事件の捜査を依頼してきた、謎の女性。

85 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 00:26:07.52 ID:jufu7TGa0
探偵が依頼を受けた時、一番最初にするのは依頼人についての情報を調べる事だという。
本来ならば僕もそうするべきだったのだろう。
ここに来るまで彼女の事についてノータッチだった事が悔やまれた。

先の電話口でのやり取りから、恐らく彼女が複数人で行動しているという事は何となく予想できる。

――彼女がどんな姿をしているのかわからない。もしかしたら、男なのかもしれない。

それでも、今このタイミングで此処を訪れる人物など、犯人か彼女たち以外には考えられないので、見分けは容易に付くだろう。

( ^ω^)「さて、蛇が出るか鬼が出るか……」

lw´‐ _‐ノv「マジレスすると、どこかに隠れるのを推奨する」

彼女の言葉に従い、僕はマネキンの林をかき分ける。
今は僕たち以外に人の気配がしないと言え、“家主”が何時帰ってくるとも限らない。

いや、もしかしたらもうここに潜んでいて新しい獲物の到来に舌舐めずりしている事だって考えられる。

「――目標捕捉。これより、尋問を開始する」

( ^ω^)「え」

耳元で、何かが風を切った。


86 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 00:28:12.08 ID:jufu7TGa0
lw´;‐ _‐ノv「ブーン!」

切迫したシュール先輩の声。
同時、頬を灼熱した感触が走る。

痛い。

指を這わせると、ぬるりとした感触。

(メ^ω^)「――あ」

僕の人差し指に、真っ赤な鮮血が纏わりついていた。

(メ゚ω゚)「うああああああああああああああ!」

絶叫するのと同時、床を転がる。
再びの風切り音に、頭の上を何かが通り過ぎた。

(メ;゚ω゚)「な、な――」

すぐさま立ち上がり辺りを見回す。
マネキンの墓場の中に、僕たち以外の人間の姿は無い。
光学迷彩か?


87 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 00:30:36.98 ID:jufu7TGa0
lw´;‐ _‐ノv「ブーン、後ろ!」

脊髄反射で振り返る。
目の前の空間が、人の形に歪んでいた。

(メ;゚ω゚)「ああああああああああ!」

我武者羅に腕を振り回し、目の前の見えない悪魔から後ずさる。
恐怖というものはいとも容易く人間の理性を奪っていくものだ。
混乱のままに踏みだした足はマネキンの胴体に躓いて、僕の体はマネキンの墓場の中に倒れこんだ。

「そのまま…そこを…動くな…手が滑ったら…大変だ」

人型の歪みが、僕を見下ろして言葉を発する。
抑揚を欠いたその声からは、まるで生気というものが感じられなかった。

(メ;゚ω゚)「ひぃ――」

「恐れるな。心安らかに…感じるのだ。…意識の…虚無に…目を向けて…」

ぶつ切りの言葉を紡ぐのと同時、人型の腕と思しき部分がゆっくりと持ちあがる。
きっと、その手にはナイフが握られているのだろう。

殺される。

生物の本能というものは、恐らくこの世で一番信頼できる予知能力の類なんじゃないだろうか。

89 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 00:32:53.46 ID:jufu7TGa0
逃げろ。立ち上がって、今すぐ逃げ出すんだ。……なんて、脳は命令してくるけれど、体は思うように動かない。

クソ!クソ!クソ!ネットの中なら、頭で考えた瞬間にレスポンスがあるというのに!これだからリアルは嫌いなんだ!

「目を…こらせ…見えないものを…探すのだ…皮と皮の間の…僅かな隙間に…目を向けろ…大事なのは…それに気付く事……」

人型の振りかぶった腕が、ぴたりと止まった。
一瞬のタメがあった。

「tanasinnは、常に我々の隣に居る」

ナイフが、振り下ろされた。

(メ゚ω゚)「            」

目の前が、真っ赤に染まった。
真っ赤に染まったと思ったら、直ぐに真っ黒になった。
世界から、音が遠のいていく。
体の感覚と言うものが全く感じられない。
五感が、完全に失われた。

嗚呼、僕は死んだのだろう。

何故だかわからないが、意識だけは存在する。
もしかしたら、「死ぬ」というのは世界との接続を解除されるという事なのだろうか。

91 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 00:34:23.88 ID:jufu7TGa0
成程、そうだとしたら僕は少しだけ嬉しい。
死後の世界では、あんなに煩わしかった肉体という枷から解き放たれ、こうして思考を滑らせる事が出来るのだから。
ある意味、この現状は僕の理想に近い。死ぬという事も、あながち悪いものではないな。

「――ン」

なんだろう。どこからか声が聞こえるような気がする。

「――ン――っれ――!」

おかしいな。五感なんて、存在しないはずなのに。

「ブ――を――て――!?」

闇の奥に、一筋の明かりが輝いている。あれは何だろう。
光源は、次第に大きくなっていく。
これは、どういう事だろう。僕は、もう死んだんじゃないのか?

「ブーン!」

(メ゚ω゚)「――お…おぉ……」

一際大きく響いたノイズと同時、光が弾けて僕の視覚が現実を映し出した。

93 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 00:37:42.54 ID:jufu7TGa0
(;‘_L’)「がっ――ああああぎぎぎぃいい…!」

目の前で、タンクトップとカーゴパンツに身を包んだ男が、右腕を押さえて苦鳴を漏らしている。
彼の足元には、小さな鉈程もある単分子ナイフが転がっていた。
  _、_
( ,_ノ` )「やれやれ…何とか間に合ったか…坊主、無事か?」

男の後方、僕たちが上ってきた階段の入り口の前で、よれよれのトレンチコートを着た渋沢が時代遅れのリボルバーを構えて立っている。
非電脳の骨董品の銃口からは、白い硝煙が立ち上っていた。
ああ、僕は彼に命を救われたのか。彼が今ここに居ると言う事は、彼があの「リリ」だと言うのか?

lw´;‐ _‐ノv「ブーン!ブーン!おい、返事をしろ!」

彼の隣では、今にも泣き出しそうなシュール先輩が必死に声を張り上げて僕を呼んでいる。
大丈夫ですよ。僕は、この通りぴんぴんしています。

(‘_L’)「イレギュラー要素の介入を確認。作戦進行の妨げる可能性を考慮し、速やかに排除する事を推奨する」

タンクトップの男は何やらぶつぶつと呟くと、回れ右して渋沢へと向き直る。
彼がしなやかな筋肉がついた左腕腕を捻ると手首の付け根が開き、そこから強化タングステン製パイルが掌の中に滑り出した。

(‘_L’)「売国奴には死を。tanasinnは、それを望んでいる」

男の姿が、僕の目の前から消失する。
光学迷彩。
脊髄反射でそう判断した僕の脳核は、一コンマ秒後にその答えを否定した。

95 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 00:39:38.41 ID:jufu7TGa0
  _、_
(;,_ノ` )「ちぃっ…!」

焦燥に歪んだ顔で床を転がる渋沢。
彼が寸前まで居た位置。その、背後の壁。
強化タングステンの杭を突き立てた虚無の殺戮者が、ゆっくりと渋沢に振り返った。

(‘_L’)「素人では無い…警戒レベルを…Bマイナスに引き上げる」

壁から杭を引き抜きながら、男は表情の無い顔で呟く。
あまりにも無機質なその雰囲気に、彼はもしかしたらドロイドか何かじゃないかと一瞬疑った。
  _、_
(;,_ノ` )「こいつぁかなり骨の折れる相手だな。お嬢ちゃん、少し下がってな」

lw´;‐ _‐ノv「ば、馬鹿もの!姫と呼べ!」
  _、_
(;,_ノ` )「そいつは失礼しましたね。姫様、危険ですのでどうかお下がりくださいませ」

トレンチコートと不思議娘の寸劇が終わると同時、殺人鬼が動く。

(‘_L’)「意識の虚無だ…感じる…感じる…tanasinn…目では見えない…虚無に…」

杭を構えた低い姿勢での疾走は、訓練されたド―ベルマンを僕に想起させた。
96 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 00:41:44.01 ID:jufu7TGa0
  _、_
( ,_ノ` )「こういうのは専門外なんだが――なあ!」

渋沢が吠えると同時、アンティークのリボルバーが火を噴く。
一回、二回、三回。
銃声が響く度、殺人鬼の身で火花が走った。

(‘_L’)「コルトパイソン…懐かしい…銃だ」

狂犬の疾走は止まらない。
合計六回の被弾は、彼の顔から表面の皮を削り取っただけだ。

ニビ色の内骨格を剥き出しにした顔は、相変わらずの無表情。
全身義体。灰の二年間を生き延びた退役軍人が、中年男性の風貌を保っているのは、つまりそういう事なのだろう。
  _、_
(;,_ノ` )「くそったれ――!」

スピードローダーをリボルバーにあてがう渋沢の懐に、殺人鬼が飛び込む。

(‘_L’)「好きなだけ…食うといい…おかわりは…沢山ある…から」

強化タングステンの杭がその腹に突き立つ。
  _、_
(#,_ノ` )「っらあ!」

……寸前、渋沢は殺人鬼の胸板を蹴り飛ばした。
鈍い音と共に殺人鬼は吹き飛ぶと、マネキンの墓場に後頭部から突っ込んだ。
102 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04/30(金) 01:32:09.32 ID:jufu7TGa0
  _、_
( ,_ノ` )「明日のジョーって知ってるか?我ながら巧いクロスカウンターだったろう」

リロードを終えた渋沢は、嘯きながらマネキンの墓場に向かって引き金を六回引く。
耳障りな金属音と共に、殺人鬼の体躯が震えた。
  _、_
( ,_ノ` )「こんな安い鉛弾じゃお前さんは満足しないだろうが、今日のとこはこれしか持ち合わせがねえんだ。我慢してくれや」

撃ち尽くしたそばから、渋沢は再びスピードローダーを取り出し装填を始める。
旧式の銃はそこに込められる弾丸も旧式で威力の弱いものだ。
全身義体の内骨格に致命的なダメージを与えるには、少しばかり頼りない。
現に、渋沢の言葉通り殺人鬼はマネキンの墓場の中から立ち上がろうとしていた。
  _、_
( ,_ノ` )「まぁ、なんだ。不味い飯も量を食えば満腹になるもんだしよ」

リロードを終えると同時、彼は再びその弾倉を一瞬で空にする。
旧式の弾丸とは言え、その衝撃は偽物ではない。

(‘_L’)「むっ…ぐっ…」

着弾の度に殺人鬼はのけ反り、たたらを踏む。

一発当たって一歩。二発当たってはもう一歩。

そうやってじりじりと後ろに押されていく殺人鬼の背後に、とうとう地上への“非常階段”が迫ってきた。

104 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04/30(金) 01:39:33.62 ID:jufu7TGa0
  _、_
( ,_ノ` )「さて、あと何発でお前さんは退店してくれるかね?」

スピードローダーのストックが切れたのか、渋沢は手篭めでリボルバーに弾丸を込めていく。
僕は、そんな彼の手元を背中越しに覗きこみながら、このおっさんはなんて隙の多い人なんだろうと思った。
  _、_
( ,_ノ` )「そろそろうちの在庫も少なくなってきた。ここらでラストオーダーにしてはくれな――」

(メ ω )「はい、アウト♪」

僕の右手が、彼の頸筋に強化タングステンの杭を突き立てる。
皮を破るぷちっとした感触と、筋肉を引き裂くぶちぶちっとした感覚は“生”ならではのリアルさに溢れていた。

lw´;゚ _゚ノv「ブー…ン――!?」
  _、_
(;,_ノ` )「お前――どう…して――?」

渋沢の驚愕に見開かれた目は、僕の顔を信じられないとでも言うようにして見ている。
何を疑問に思う事などあるのだろうか。
理由なんて、ことさら必要なものでもないだろうに。

(メ ω )「ふひ…ふへほ……」

ぬめりとした、血の手触り。肉を貫くときの何とも言えないあの感覚。
それだけあれば、十分だろう?他に、何が必要だって言うんだ。

106 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04/30(金) 01:42:49.81 ID:jufu7TGa0
(メ゚ω゚)「ふへひひ…ひ!」

壊すものがそこにあれば、それを壊す。

それが、tanasinnから与えられた、僕の役目だ。

(‘_L’)「意識の虚無に…気が…ついた、か…」

崖っぷちに追い詰められていた殺人鬼が、僕の方へと歩いてくる。
まあ待て、あんたをやるのはまだ少し早い。

lw´; _;ノv「ブーン、どうしちゃったの?ねえ、何とか言ってよ……」

先ずは、一番近い彼女からだ。

(メ゚ω゚)「先、輩……」

lw´; _;ノv「な、なに?どうしてこんな事したの?ねえ――」

(メ゚ω゚)「先輩って…とても…柔らかそうですね」

lw´; _;ノv「――え」
108 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 01:45:30.00 ID:jufu7TGa0
杭を振りかぶる。
へたり込んだ彼女の眉間に狙いを付ける。
涙で充血した二つのつぶらな瞳は、昔飼ってたハムスターを思い出してとても愛おしい。

嗚呼、先輩、貴方はなんて可愛らしいのでしょう。

サラサラのセミロングヘアも、柔らかそうなその頬っぺたも、泣きはらしたその瞼も。

(メ゚ω゚)「全部、ブーンが食べちゃいたいくらいですお」

lw´; _;ノv「ひっ――!」

――爆発音は、唐突に響いた。

(メ゚ω゚)「何が……!」

炸裂火薬の爆ぜるような音と同時、視界を白光が覆い隠す。

閃光手榴弾だと気付くも、既に遅い。

視覚野は壮絶な光のショックでいかれてしまい、僕は手の中の杭をとり落してしまった。

「これ…は……」


109 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 01:50:16.00 ID:jufu7TGa0
「撃て撃て撃てぇ!」

「出し惜しみはするな!奴の義体は“FUGAKU”だ!AMB(対物弾)くらいでおしゃかにはならんさ!」

「Дa!Дa!Дa!」

機関銃のものと思われる銃声と、男たちの怒鳴り声。慌ただしくなだれ込んでくるような、靴音。

戦争でも始まったのかとも思える程に壮絶な銃撃は、僕の視覚が回復するまでの一分弱の間、絶えず鳴り響いていた。

(メ ω )「くっ…ぐっうぅ……?」

やがて銃声が止み、視界がぼんやりと回復してくると、僕の目にスーツを纏った集団が飛び込んできた。
彼らは手に手にアサルトライフル(確か、カラシニコフとか言うのだったと思う)を握りしめ、スーツの上からボディーアーマーを着ている。
一見すると、潜入任務中の特殊部隊か何かのようにも見えた。

(+νΦ)ゞ「軍曹殿、目標の捕縛を完了しました」

一団の一人である灰色の髪の男がこちらを振り返り、敬礼する。
彼の左の眼窩には、大昔のカメラのレンズのような旧式のサイバーアイが埋め込まれていた。



110 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 01:53:10.35 ID:jufu7TGa0
「御苦労だった、同士諸君」

背後からの突然の声に、僕は振り返る。

ノ从パ-ナル「では、これから楽しい楽しい質問タイムと行こうか」

グレーの髪に白亜の肌をした隻眼の女傑が、軍用コートの裾をはためかせ、其処に立っていた。


111 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 01:55:14.89 ID:jufu7TGa0
※ ※ ※ ※

――目を覚ますと、世界の色は変わっていた。

ノ从パ-゚ル「成功…したのか……」

ぼんやりとた視覚で、辺りを見回す。心配そうにこちらを窺う仲間達の顔。
薄暗く、埃っぽい塹壕の空気。
消毒薬と、火薬の匂い。

世界に、変化は無い。

だと言うのに、この言いようも無い違和感。

ノ从パ-゚ル「どういう…事だ…?」

「軍曹殿!」

「目を覚ましたぞ!やった!成功したんだ!」

「神よ!こんな奇跡は生まれて初めてだ!」

歓喜の声を上げて、私の下に駆け寄ってくる兵士たち。

ノ从パ-゚ル「――沈まれ。敵に聞かれたらどうする」

口を衝いて出た、私の言葉。

瞬間、理解した。
114 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 01:59:53.19 ID:jufu7TGa0
ノ从パ-゚ル「――あ」

変わったのは、世界では無く、私自身、なのだと。

(+νΦ)「軍曹…殿…?」

ノ从ハ;゚-゚ル「あ――あ――」

この体は、私の物だ。
頭の中の脳核も、その中に入っている脳も、覚えている記憶も、全て私の物だ。

それでも、これは私では無い。いや、間違いようも無く私は私だ。

ただ、以前の私では無いという、それだけのことだ。

ノ从ハ;-;ル「あ――あぁ――」

(;+νΦ)「ど、どうされました?」

何故だろう。たった、それだけの事なのに。

――以前の私には、もう戻れない。

そう考えたら、涙が零れてくるのだ。
115 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 02:03:34.02 ID:jufu7TGa0
ノ从ハ;-;ル「くそっ…!どうして…どうして…!」

泣くな。
ここで流す涙に価値なんて無い。
止めろ。泣く理由なんて、何処にも無い。

ノ从ハ;-;ル「どう…して……」

聞き分けのない体が、どうしようもなく憎らしい。

言う事をきかない眼球が、煩わしい。

涙など、いらない。涙を流す眼球など、必要無い。

ノ从ハ;-;ル「…くっ!」

傍らに立つキリル一等兵の腰からナイフを引き抜くと、私は自らの左目に当てがい。

(;+νΦ)「な、何をなさ――」

煩い眼球を、一気に抉り出した。

ノ从ハ; 口 ル「ぐっ――あぁあぁあああぁあ……!」

壮絶なまでの痛みが、顔面を沸騰させる。
肉体の痛みに、その瞬間、心は泣く事を永遠に止めた。


116 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 02:05:36.69 ID:jufu7TGa0
(;+νΦ)「何をなさっているんですか!誰か!包帯と消毒薬を!ああ!どうしてこんな事を――」

慌てふためく周囲とは対照的に、私の頭の中は急速に冷えていく。

これでいい。この、氷のような理性こそ、私が望んだものだ。

ノ从パ-#ル「…私の事はいい。それよりも、強化装甲服は動かせる状態にあるか?」

(;+νΦ)「いいわけありません!いいから大人しく――」

ノ从パ-#ル「二度、言わせるなキリル一等兵。強化装甲服は動かせるかと聞いている」

(;+νΦ)「軍…曹……」

ノ从パ-#ル「動かせるのなら、直ぐに結線の準備をしろ。五分後には私が出撃出来るように、整えておけ」

(;+νΦ)「……」

ノ从パ-#ル「ぼさぼさするな、早く行け」

(;+νΦ)ゞ「ヤ、ヤー」

敬礼をして駆け出していくキリル一等兵の背を見送ると、周囲で茫然としている兵士たちを見回す。


117 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 02:07:50.29 ID:jufu7TGa0
ノ从パ-#ル「何をぼーっと突っ立っている。命令が聞こえなかったか?貴様らも戦闘配置に付け」

私の言葉に異を唱える者は、もう居ない。
伏し目がちに俯いた彼らは、それぞれの了解の言葉と共に塹壕内の各所へと散らばっていく。
医務室とは名ばかりの穴倉には、私と、未だ意識を取り戻さないダイオードだけが残された。

ノ从パ-#ル「…見たか、ダイオード。私もやっと軍曹らしくなってきたとは思わないか」

/ 、 /「……」

ノ从パ-#ル「もう、誰も死なせはせん。絶対に、な」

物言わぬ“元執事”に誓うと、私は粗末な寝袋の上から立ち上がる。
彼と、彼らと共に過ごしたかつての日々を胸の奥で氷漬けにすると、私は一人呟いた。

ノ从パ-#ル「これより、私は氷の槌持ち立ちふさがるものの一切合切を駆逐する事をここに誓う」

終戦まで、残り二カ月となったその日。

暗い塹壕の中で、“カラフトのバーバヤーガ”と“氷の旅団”は誕生した。
119 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 02:11:26.72 ID:jufu7TGa0
 ※ ※ ※ ※

――女傑は、僕の横を通り過ぎるとスーツの一団を掻き分けて進む。

ノ从パ-ナル「こいつが、ここ最近VIPを騒がせていた悪趣味なコックか」

黒服達に囲まれた殺人鬼の前で足を止め、彼女は僕の方を振り向く。
どうやら、質問されたのは僕のようだ。

(メ^ω^)「鴨志田フィレンクト、元日本軍第03遊撃大隊機動歩兵小隊所属。現在はS&Kインダストリーの下請け会社である大橋建設に派遣社員 として勤務」

(メ;^ω^)「……って、え?」

べらべらと喋った後で気付く。
どうして僕は、初対面である彼女に向かってこうも素直に口を割っているのだ。

ノ从パーナル「あらあら、天下のピーチガーデンのエースがこんな即席のプログラムに引っかかるなんてね。どうしたの?腕がなまっちゃったのかしら?」

(メ;^ω^)「まさか、自白プログラムかお…!?」

ノ从パーナル「今更気付くなんてやっぱり勘が鈍ってるのね。少し、買いかぶり過ぎたかしら」

そこで彼女の言動に、僕は違和感を覚える。
まるで僕の事を以前から知っているかのような口ぶり。
このタイミングでここに居る、という事実。

122 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 02:14:53.54 ID:jufu7TGa0
(メ;^ω^)「もしかして…あんたが、あのリリなのかお?」

ノ从パーナル「流石にそこまでは外さないようね。その通りよ」

ご明答、と言わんばかりに彼女は微笑む。
ネット空間のアバターとリアルボディは全くの別物とは言え、ここまで年齢詐称をしているのは少しどうかと思う。

……いやいや、待て。そうじゃない。もっと重要な事を彼女は口にしていた。

(メ;^ω^)「ちょ、ちょっと待つお。自白プログラムって、そんなもの僕は仕掛けられた覚えは無いお!」

彼女は腕が鈍ったなどとのたまうが、流石にそんな極悪なプログラムを仕掛けられたら気付くというもの。
僕自身が気付けなかったというのは、納得がいかない。

ノ从パーナル「確かに、自白プログラムと言うと正確性に欠けるわね」

(メ;^ω^)「じゃあ何だって言うんだお?」

ノ从パーナル「そうね、一番分かりやすいのは実際に体験してもらう事かしら」

(メ;^ω^)「体験…?」

いぶかしむ僕をよそに彼女は鮫のように笑うと、“その言葉”を口にする。

ノ从パーナル「tanasinn」
124 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 02:20:44.88 ID:jufu7TGa0
(メ; ω )「あ――がっ――!」

瞬間、あの耳鳴りが僕の体の中心を突き抜けた。

喉が渇く。胸が、とてもむかつく。そう言えば、僕にはまだ壊していないモノがあったんだ。

(メ ω )「そう…だお…僕は……」

せんぱい。ぼくの、いとしい、シュールせんぱい。

いま、ぼくが、その、やらかい、にくを、ひきさいて、あげますからね。

ノ从パ-ナル「…さて、ここら辺でいいだろう。フリーズ」

耳元で、何かが弾けるような音がした。

(メ;^ω^)「あ…れ…?」

世界の色が、一瞬にして移り変わる。
数瞬前までの僕の価値観は雲散霧消し、すぐさま自己嫌悪が押し寄せて来る。

(メ; ω )「あ…あ…僕は…また……」

ノ从パーナル「分かった?それが、貴方の頭の中に仕掛けられたプログラムの正体。名前は、さっき私が言った通りよ」

126 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 02:24:54.17 ID:jufu7TGa0
(メ; ω )「これが…プログラム…?」

ノ从パーナル「そう、プログラム。日本軍が開発した、軍用人格プログラム」

人格プログラム。

その名が示す通り、人間の深層意識に入り込み、その人間の性格や趣向という人格(パーソナリティ)をプログラムに設定されたものに作り替える違法ソフト ウェア。

人間の尊厳というものを完全に無視したこのプログラムは、電脳技術の草分け期に作成されたはいいものの、その危険性から製作者自らが研究を中止したという 噂がまことしやかに語り継がれている。

僕もその噂はネットに潜りたてのころ耳にタコが出来る程聞いてきたが、あくまでそんなものは「洗脳プロジェクト」だとか都市伝説の類だと思っていた。

ノ从パーナル「貴方の頭に入り込んだそれは、日本軍が灰の二年間が始まる直前にロールアウトした最初の軍用人格プログラムで、今とは少し違った方式の言 語で作られているの」

(メ; ω )「だから、現代の防壁ではそれを違法ソフトと認識できなかったのかお」

ノ从パーナル「そう言う事ね。それで、軍用人格プログラムっていうくらいだから、それがどういう効果を人間にもたらすかは、想像がつくわよね?」

(メ; ω )「つまり…殺人機械の…量産…ってことかお…?」

ノ从パーナル「そう。上官の命令に忠実で、任務の為には自分の犠牲も省みない、どんな敵をも恐れない勇敢な兵士の作成」

128 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 02:26:30.28 ID:jufu7TGa0
(メ; ω )「さっき、僕があんたの質問に喋ったのも……」

ノ从パーナル「そう、このプログラムの機能の一つ。上官の質問に答えない兵士は居ないでしょう?」

(メ; ω )「はは…その…通りだおね……」

戦争を前にして、人間の道徳など簡単に崩れてしまうのか。
ここまで非人道的なプログラムが平気で開発されるような国に、僕は住んでいたなんて。

ノ从パ-ナル「でも、このプログラムには一つ、どうしようもなく致命的な欠陥が存在した」

(メ^ω^)「欠陥…?」

ノ从パ-ナル「このプログラムは、指揮官用の親プログラムと、その下で戦う兵士用の子プログラムの二種類が存在するの。因みに、貴方の頭の中に入ってる のは子プログラムよ」

ノ从パ-ナル「この、子プログラムは、一定期間上官から命令が無いと上手く情動をコントロールをする事が出来なくなってしまうの。それがどういう事か、 貴方にはわかるでしょう?」

(メ; ω )「っ――!」

ノ从パ-ナル「“どんな敵をも恐れないように”、このプログラムはインストールした人間の恐怖を取り除き、攻撃的本能を増幅させる作用があるわ。合言葉 一つで、即席のヘラクレスが出来上がる」

ノ从パ-ナル「それは親プログラムの下でなら、とても優秀な働きをするでしょうね。あくまで、親プログラムの下でなら、だけど」


129 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 02:27:57.50 ID:jufu7TGa0
ノ从パ-ナル「鎖を失った猛獣は、ただの害獣でしかない。戦場を離れた英雄は、ただの殺人鬼でしかない」

(メ;^ω^)「……」

女傑はそう言うと、フィレンクトに向き直り屈みこむ。
黒服達によって手足を拘束されたフィレンクトは、最早完全に抵抗の意思を失い、不気味な程大人しくしていた。

ノ从パ-ナル「久しぶりだな、フィレンクト兵長。もう50年振りになるか」

(;‘_L’)「あ…あ…バーバ…ヤーガ…」

ノ从パ-ナル「貴公の小隊にはカラフトで随分と世話になったが、貴公の元気そうな姿を見られて私も嬉しい」

(;‘_L’)「来るな…来るな…来る…なあっ!」

先に、彼女は兵士の恐怖を取り除く効果がtanasinnにはあると言った。
だがどうだろう。
世間話でもするかのような女傑の言葉に、フィレンクトは拘束された手足をばたつかせ抗おうとしているではないか。

ノ从パ-ナル「そう邪険にするな。知らぬ仲でもあるまい。最も、こんな所ではゆっくりと話す事も出来ぬというのもあるがな」

(;‘_L’)「止めろ!止めろ!止めてくれえええええええええええええ!」
143 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:01:30.46 ID:jufu7TGa0
ノ从パ-ナル「伍長、フィレンクト兵長をお連れしろ」

/ ゚、。 /「ヤ―」

女傑の言葉に応えるよう、彼女の傍らの空間に突如身の丈2メーター半もある巨漢が出現する。
彼は後ずさるフィレンクトの体をその丸太のような片手で担ぐと、再びその姿を霞のように消した。

ノ从ハ -ナル「奴もまた、玩具を取り上げられた赤ん坊の一人か……」

感傷的な様子で彼女は呟くと、葉巻ケースから一本抜き出しオイルライターで火を点す。

ノ从パ-ナルy―~「――さて、探偵殿。君には改めて例を言わねばならんな。堅実な任務遂行、御苦労だった」

紫煙と共に吐き出された彼女の言葉は、胃袋の底に氷塊を入れらるような、そんな響きが籠っていた。

ノ从パ-ナルy―~「口座には今し方振り込ませてもらった。確かめてみるといい」

携帯端末を取り出し、自分の口座画面を呼び出す。
彼女の弁通り、僕の預金残高の桁は三つほど増えていた。

ノ从パ-ナルy―~「それと、君の脳核に忍び込ませた例のプログラムもアンインストールしておかねばな。任務は忠実に果たしたのだし、もう監視もいるま い」

女傑は僕の傍らに歩み寄ると、自分の首筋から結線ケーブルを伸ばして僕のニューロジャックに繋ぐ。
脳髄が痺れるような感覚の後、僕の頭の中から何か得体の知れないモノが抜けた気がした。

146 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04/30(金) 03:06:27.42 ID:jufu7TGa0
ノ从パ-ナル「さて、これで今回の件は一件落着だ。後は各自で勝手にスタッフロールでも流すがいい」

吐き捨てるように言うと、彼女は葉巻を放って僕の脇を通り過ぎようとする。

呆気ないまでの幕切れ。

そんなもので、僕に満足しろというのか。

(メ^ω^)「――待つお」

ノ从パ-ナル「……まだ、何か?」

(メ^ω^)「あんたは、この依頼の話をした時に、ジョーカーについて何か知っている素振りを見せたお」

ノ从パ-ナル「……そうだったかしら?」

(メ^ω^)「とぼけるなお。こうして依頼もこなしたけど、結局この事件がどうジョーカーと関係があるのか、僕はまだ聞いてないお。今日、ここにこうして 来たのは、あんたの口から直接その事を聞くためだお」

一気にまくしたてると、僕は彼女の出方を窺うように口を噤む。
しばらく女傑は考えるようにして俯いていたが、やがてその顔に冷笑を浮かべて口を開いた。

149 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:10:48.32 ID:jufu7TGa0
ノ从パ-ナル「……そう、それは随分と無駄足を踏ませた事になるわね」

(メ;^ω^)「どういう…事だお…?」

ノ从パ-ナル「残念ながら、それは貴方を釣るための餌でしか無いわ」

(メ;^ω^)「なっ――!」

ノ从パ-ナル「悪いけど、私はジョーカーの事については何も知らないし、そんなハッカーが実在するなんて、信じてもいないわ」

(メ;^ω^)「ちょ…え……」

ノ从パ-ナル「でも、一つだけ言えるのは――」



“そんな天才ハッカーが実在するとして、そいつは本当に単独犯なのかしら?”




151 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:13:23.61 ID:jufu7TGa0
(メ;^ω^)「それはどういう……」

ノ从パ-ナル「じゃあね、探偵さん。私は忙しいの。縁が有ったら。また会いましょう」

勝手に話を切り上げると、彼女は去り際に懐から葉巻ケースを取り出して僕に放ってよこす。

ノ从パ-ナル「貴方の事、少し気に入ったわ。それは私からのホンの気持ち」

落ち着いた金細工が施されたケースからは、葉巻特有のきつい匂いが仄かにした。

(メ^ω^)「……」

僕はそれをパーカーのポケットに突っ込むと、去っていく彼女の背中を見送る。

(メ^ω^)「あんたも、tanasinnの犠牲者の一人なのかお?」

ノ从パ-ナル「……」

女傑はもう立ち止まらない。

年季の入った灰色の軍用コートはもう、振り返らない。

「少なくとも、私は犠牲になったなどとは思ってない」

黒服達を引き連れて階段に消えていくその煤けた背中が。

心なしか寂しげにも見えたような。そんな、気がした。

153 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:15:28.18 ID:jufu7TGa0
(メ^ω^)「……」

彼女たちが消えた階段を、僕は暫くの間見つめていた。
  _、_
( ,_ノ` )y━・「カラフトのバーバヤーガか。こいつは、とんだ大物を取り逃がした事になるな」

(メ^ω^)「カラフトのバーバヤーガ?……って――」

何時の間に意識を取り戻したのか、首筋に包帯を巻いた渋沢が僕の横に立っていた。
包帯から滲んだ赤い色に、僕は今更ながらに自分がした事を思い出し、胸を締め付けられる。

(メ;^ω^)「あ、あの――えと…あ……」
  _、_
( ,_ノ` )y━・「なあに、傷の方は嬢ちゃんに直ぐ手当てしてもらったから大事にはならなかった。それに、お前さんがどういう事情であんな事をしたのかも、最初か ら分かってる。自分を責める事は無い」

本当に何でも無い事のように彼は言うと、急に眼を細める。
  _、_
( ,_ノ` )y━・「しかし、大物を取り逃がしたとは言え、今回はそれで良かったのかも知れんな」

(メ^ω^)「大物?」
  _、_
( ,_ノ` )y━・「“シベリア”の“氷の旅団”と言えば、聞いたことぐらいはあるだろう」

(メ;^ω^)「さっきのが…?」
  _、_
( ,_ノ` )y━・「“カラフトのバーバヤーガ”、“氷の暴君”、パーナルその人だ」

155 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:18:24.83 ID:jufu7TGa0
今になって、僕の背筋を冷たいものが走り抜ける。
僕は、そんな大変な人物と真正面から対峙して話をしていたのか。
そう考えると、未だに命が有るのがとんでもない幸運に思えて来た。
  _、_
( ,_ノ` )y━・「彼女たちが動くなら、俺がする事はもう無いな」

意味深な言葉を吐くと、彼は僕を振り返る。
  _、_
( ,_ノ` )y━・「今日の所はこれで解散、と行きたいところだが……」

彼の視線が向く先は、僕の背後。

lw´; _;ノv「うっ…っぐす…ひっく……」

振り返ったそこには、目の周りを真っ赤にしてへたり込むシュール先輩の姿があった。
  _、_
( ,_ノ` )y━・「嬢ちゃん、この様子じゃ一人で立てないだろう。お巡りさんとしては、送ってやってもいいが……」

そこでもう一度渋沢は僕の方を見て、嫌な笑みを浮かべる。

確かに、彼女がこうして泣きはらしているのは僕の責任だし、その事については痛い程の罪悪感を感じているが、なんだか無性に腹が立った。

158 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:20:28.40 ID:jufu7TGa0
(メ^ω^)「彼女は、僕が責任を持って家まで送りますお」
  _、_
( ,_ノ` )y━・「それでこそ男の子だ。俺が見込んだだけあるじゃねえか」

にやけ面で茶化してくる彼を無視して僕はシュール先輩の傍らにしゃがみ込むと、そのか細い肩に手を回す。

(メ^ω^)「先輩、立てますかお?」

lw´; _;ノv「ブーン…?本当に、何時ものブーン?」

不安気に僕を見上げて来る彼女は、母親に見捨てられた赤子のように頼りない。
何時もは何を考えているのか分からないおかしな言動で煙に巻かれる僕は、先輩が女の子何だと言う事をここに来て初めて意識した。

(メ^ω^)「はい、何時ものブーンですお。また、心配かけちゃいましたおね。本当に、すいませんお」

これで、三度目になるだろうか。
仏の顔も、なんて言うがこれで本当に僕は彼女の信頼を失ってしまうかもしれない。

lw´; _;ノv「もう、おかしくなったりしない…?」

(メ^ω^)「信じてもらえるかわかりませんけど、もう大丈夫ですお」

160 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:22:44.27 ID:jufu7TGa0
lw´; _;ノv「本当に?」

(メ^ω^)「本当ですお」

lw´; _;ノv「本当に本当?」

(メ^ω^)「本当に本当ですお」

lw´; _;ノv「……」

(メ^ω^)「……」

lw´; _;ノv「……おんぶ」

(メ^ω^)「はえ?」

lw´; _;ノv「立てない…おんぶしろ……」

(メ;^ω^)「えっと……」

lw´; _;ノv「何回も言わせるな。それとも君はあれか、他人が顔を赤らめているのを見て喜ぶ変態か」

(メ;^ω^)「いや、そういうわけじゃ……」

lw´; _;ノv「変態!変態!変態!変態!こうやって罵られると気持ちいいだろう!この変態!」

163 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:25:36.23 ID:jufu7TGa0
(メ;^ω^)「わわわかりました!おんぶしますから!おんぶすればいいんでしょ!」

放っておくとこの世の終わりまで変態を叫び続けそうだったので、僕は慌てて駄々っ子に背中を差し出す。

lw´; _;ノv「……うむ。これでいい」

彼女の重みと体温を背中で確認すると、僕は立ち上がった。
  _、_
( ,_ノ` )y━・「愛しの彼女の機嫌は直ったか、坊主」

(メ#^ω^)「ほっといて下さいお」
  _、_
( ,_ノ` )y━・「へいへい、そんじゃ、邪魔な中年おやじはさっさと退散しますかね」

肩を竦めて渋沢は階段に足を踏み出す。

(メ^ω^)「待って下さいお。まだ、言ってない事がありますお」

その大きな背中を呼びとめると、僕は頭を下げた。

(メ^ω^)「色々と、助けてくれて、有難うございましたお」

彼は、首だけで振り返る。
165 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:27:28.51 ID:jufu7TGa0
  _、_
( ,_ノ` )y━・「俺も、何だかんだでお前さんたちを利用した事になるし、そこの嬢ちゃんに手当てもしてもらったんだ。これで貸し借りはちゃらさ」

そう言って口の端を釣り上げる彼は、とても大きくて。

僕もこんなおっさんになりたいな、なんて不覚にも思ってしまった。

(メ^ω^)「……それじゃあ、僕たちもいきますかお」

lw´; _;ノv「階段は、ゆっくりおりるんだぞ」

(メ^ω^)「了解、ですお」

長い、長い一日が、終わる。

168 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:32:06.55 ID:jufu7TGa0
 ※ ※ ※ ※

――目の前に広がった光景に、その時の私は完全に言葉を失っていた。

(;`・ω・´)「う…あぁ…」

空襲警報を遠耳に聞いたのが一時間前。
慌てて地下室に逃げ込んだ私は、爆撃が止むと同時に地上への扉を開け、その光景を目の当たりにした。

(;` ω ´)「そん…な……」

見渡す限りに広がる、瓦礫の山、山、山。
紅蓮に燃え盛る、カンテミール家の樹海。
私達が数ヶ月間を共に過ごしたカンテミールの屋敷は、ダイオードの一族が百年以上に渡って守護してきた森が、今まさに消えていこうとしていた。

ふと、足元に目を遣ると、そこには見覚えのある小さな黒い塊。

(` ω ´)「あ…あ…あ……」

私が彼女の誕生日に送った黒猫が、私が彼女から託された子猫が。

冷たく。とても、とても冷たくなって、そこに居た。

170 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:34:22.36 ID:jufu7TGa0
(` ω ´)「これが…これが…軍隊の…する事なのか……」

その瞬間、私の胸の中に、初めて怒りと言う感情が沸き起こった。

(#`;ω;´)「これが!これが!これが人間のする事なのかああああああああ!」

冷たくなった子猫を胸に抱いて、私は声の限りに叫んだ。

胸の中の憤怒の炎はしかし、現実の爆弾と違って何も焼き尽くす事は出来なかった。

どれくらいの時間、瓦礫の中で理不尽な世界を呪っただろう。

ぽつぽつと雨が降り始める頃になって、ヘリのローター音が私の耳に届いた。

最早爆音に近いそれは段々と近づいてくると、屋敷の焼け跡の上まで来た。

見上げると、一機の兵員輸送ヘリの縦長のシルエットが私の頭上でホバリングしている。

阿呆のようにして私が見上げていると、ヘリからロープが落とされ、それを伝って一人の兵士がするすると私の下まで降りて来た。

「君は…日本人か?どうしてこんなところに……」

その時の私は、自分の国への怒りと憎悪を吐きだした後の放心状態にあって、兵士の言葉には何の反応も示さなかった。
何もかもがどうでもよくて、そのまま世界から消えてなくなりたいとすら思っていた。


171 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:37:07.49 ID:jufu7TGa0
「とにかく、ここは危険だ。私達と避難するんだ」

そうやって私は兵士に抱えられ、救助されることとなった。

火の海の上を往くヘリの中で、私は自分を助けてくれた兵士達に少なからず殺意を抱いた。

実際の所、彼らがこの屋敷を爆撃したかどうかはわからないが、その時の私には日本軍というだけで十分憎悪の対象たり得た。

ヘリの揺れに何度も吐きそうになりながら、私は如何にしてこいつらを血祭りにあげてやろうかとどす黒い思考を繰りまわしていた。

あいつのナイフを奪って、一人一人殺してやろうか。それともパイロットを殺してこのヘリごと皆殺しにしてやろうか。

そうやって兵士達を頭の中で何度も殺すうち、私は自分の思考の不毛さに気付き、激しく自己嫌悪した。

そんな事をしては、姉に顔向けできないと、私の中の理性が告げていた。

そんな事をするよりだったら、もっと健全な方法があるじゃないかと、耳元で姉が告げたような気がした。

(` ω ´)「…も…れて…ださい……」

「え?何?」


172 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:38:23.20 ID:jufu7TGa0
(` ω ´)「僕も、軍隊に…入れて下さい」

私のような人間を、これ以上増やさないためにも。

私が、この国を内側から変えてやる。

その時の私は、そう思っていたのだ。

174 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04/30(金) 03:40:23.80 ID:jufu7TGa0
※ ※ ※ ※

――幾つものモニターに映し出される“氷の旅団”の本部ビルの映像。
ハイレゾホロの中で銃を構えたロイヤルハントの部下達の姿を眺めながら、私は突入の合図を今まさに出そうとしていた。

「シャキン大将!大変です!」

自動扉の開く音がして、薄暗い指令室の中に通信兵の一人が駆け込んでくる。
半ば予想していた展開に心中でため息をつくと、私は指令椅子ごと彼に振り返った。

(`・ω・´)「作戦行動中だ。静かにしたまえ」

「で、ですが大将!これを見て下さい!」

息も絶え絶えの通信兵は、握りしめていた羊皮紙とホロテープを私に差し出す。
彼女もまた、随分と古臭い媒体に拘るものだ。

「ついさき程、駐屯地の警備をしているものが、小学生と思われる少年から受け取ったそうです…これは、本物なのでしょうか…?」

羊皮紙には、日本軍が灰の二年間時に開発した軍用人格プログラム「tanasinn」のオリジナルを自分達が保有している事。

今回の襲撃を取りやめねば、「tanasinn」の存在を世間に公開すると言う事について、簡潔に書かれている。
177 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 03:55:44.92 ID:jufu7TGa0
(`・ω・´)「なるほど。氷の旅団も、考えたものだ」

政府警察やWSS(ワタナベセキュリティサービス)の方から、「tanasinn」の被験体が収容施設を脱走したという事は聞いていたが、彼女達がそれを 確保していたのか。

「い、いかがいたしますか?自分も先は取り乱しておりましたが、冷静になってみると何だか……」

(`・ω・´)「現場の兵士達を引き上げさせろ。作戦は中止だ」

「……え?」

(`・ω・´)「聞こえなかったか。作戦は中止だと言ったのだ」

「しかし……」

(`・ω・´)「現時点を持って第二種戦闘配備を解除する。各自、平常時の配置に戻れ。以上、解散」

まだ何かを言おうとする周囲の兵士達を視線で黙らせ、私は指揮官用の椅子に深く腰を沈める。
誰も居なくなった指令室には、電子機器が立てる低い唸り声だけが流れていた。

(`・ω・´)「……ふぅ」

深いため息は、自分に対しての呆れか。
日本という国を変えてやろうと軍に入ってから五十年。
官僚主義社会の中で生きていくうち、気付けば初めに抱いていた志はすり減って、どこかに消えてしまっていた。

179 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 04:02:33.31 ID:jufu7TGa0
私一人が大勢を変えようと努力したところで、周りの人間が変わらなければ世界は変わらない。

そもそももって世界というものを変えようと言うのが傲慢なのだ。

変わらない世の中を嘆くよりも、自分が世界に合わせて変わる方が、よっぽど健全なのだ。

そうやって自分に言い訳をつき続けた結果、今では自己嫌悪も忘れた。

(`-ω-´)「変わらなければ…生きていけないんだよ…姉さん……」

ここには居ない彼女に言い訳をすると、先に通信兵から受け取ったホロディスクを端末に入れて再生する。
メインディスプレイに立体ホログラフが立ち上がり、懐かしい顔が私の前に浮かび上がった。

ノ从パ-ナル『久しぶりだな、シャキン。元気でいるか?ロイヤルハントでの仕事は順調か?』

天然マホガニーの執務机にかけた彼女の顔は、記憶の中のそれよりも少し年を経ている。
30代の半ばで時を止めた彼女の顔に、私は思わず自分の顔に刻まれた皺を撫でた。

ノ从パ-ナル『風の噂じゃ、なんでも大将にまで出世したそうじゃないか。お前の姉として、誇らしく思うよ』

口の端に冷笑を張り付けて、彼女は机の上のウィスキーグラスを手に取る。

ノ从パ-ナル『しかし何だ、大将まで上り詰めるとドンパチが無くて退屈だろう。私も今ではデスクワークばかりで心底気が滅入る毎日を過ごしているよ』

私の記憶の中では下戸の筈の彼女はウィスキーをそのまま一気に呷ると、グラスを静かに置いた。

181 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/04 /30(金) 04:08:02.84 ID:jufu7TGa0
ノ从パ-ナル『…で、あるからして、今回は久しぶりに楽しめると思っていたのだが――。中間管理職の悲しい性だな。シチリアの老人達から、お前達との “親善試合”を取りやめるよう言われてな』

ノ从パ-ナル『こういう形で、今回は手を引いてもらう事になった』

ノ从パ-ナル『大変遺憾な事だが…遺憾。遺憾、か。くくく……。お前も、こんな言葉を日常的に使っているのかと思うと非情に愉快だな…くく……』

ノ从パ-ナル『ああ、遺憾な事だが……何も、今回が最後のチャンスとなる訳ではない』

ノ从パ-ナル『私にも出世願望というものはあってな…何時までも、シチリアのレモン臭い御隠居達の飼い犬で居るつもりは無い』

ノ从パ-ナル『何時か、期を見て私は奴らにはめられた首輪を引き千切ろう』

そこで彼女は鮫のように残忍な笑みを浮かべると。

ノ从ハ ーナル『その時こそは、互いが果てるまで、愛し合おうじゃないか』

手元のグラスを、勢いよく握り砕いた。

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