11 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:28:15.51 ID:KzpbEqrr0
track-α



――ゴンドラ漕ぎが唄う調子っぱずれなカンツォーネを遠耳に聞きながら、眼下を見下ろす。
翡翠色の用水路の上を渡る橋の上は、平日の早朝だというのに人混みでごった返していた。

( ^ω^)「みんな暇人だおね」

かく言う自分もその一人なのだという事実を棚に上げて、首を上げる。
バロック様式の建物が水の上に立ち並ぶ様は、「アドリア海の真珠」という呼び名に相応しい美しさだった。
現実ではもうこの光景を見る事が叶わないのが、残念でならない。

( ^ω^)「ま、日本人の僕が言っていい事じゃないかお」

電脳都市メガロ・ヴェネツィア。
SNSサービスのパイオニアたるサイバーフロント社が提供する新世代のチャットルームは、誰でも気軽に住む事が出来る電脳都市という謳い文句を掲げて、今年一月に正式稼働を始めた。

今までは現実世界での肉体のケアが可能な富裕層にしか参加できなかった電脳都市のサービスを、一般のユーザーにも浸透させるのがサイバーフロントの狙いらしい。
実際のところは、戦前のヴェネツィアを再現しただだっ広いチャットルームに毛が生えただけのものなのだが、これがどうして一般市民の中で流行しているようだ。

( ^ω^)「最近の人の考える事は良く分らんお」

「ブーンさん、どうしたんですか?」


12 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:30:03.04 ID:KzpbEqrr0
可憐な萌えボイスに振り返る。
イタリアンなカフェのテーブルに着いた六人の男女が、僕の方を見ていた。

( ^ω^)「いや、なんでもないですお」

ハソ ゚−゚リ「そうですか」

先の萌ボイスの主である「なちっ娘☆」さんの一言で、六人は再び会話に戻る。
話題は最近のストリートシーンでどんなファッションが流行っているかだとか、何処の店のスイーツが美味しかっただとか、実にどうでもいいことだった。
プライベートメッセージに切り替えると、僕は無音の声を出す。

( ^ω^)『退屈ですお』

【+  】ゞ゚)『私もだ。宇宙超紐理論について話せると思っていたが、とんだ見当違いだったな』

( ^ω^)『誘った本人が何を言ってるんですかお』

【+  】ゞ゚)『私も、こんなニワカ共だったとは思わなかったのだよ』

丸テーブルを囲んで座るメンツの中で、蓋を閉めたまま超然と居座る棺桶のアバターは、完全に浮いていた。


13 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:31:46.97 ID:KzpbEqrr0
ハソ ゚∀゚リ「それで、そこの店員がですねー……」

【+  】「あーわかるわかる」

ハソ ゚−゚リ「……」

( ´∀`)「……」

(-@∀@)「……」

|  ^o^ |「……」

ハソ ゚∀゚リ「そう言えば、16番街のドルガバが……」

【+  】「マジあり得ないよねー」

ハソ ゚−゚リ「……」

( ´∀`)「……」

(-@∀@)「……」

|  ^o^ |「……」


14 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:34:20.19 ID:KzpbEqrr0
【+  】ゞ゚)『何こいつら。態度悪いんだけど』

( ^ω^)『先輩、先ずはアバターを変えてきましょう』

【+  】ゞ゚)『くそ、これだからゆとりは……』

無理に話についていこうとするシュール先輩をいなし、内心で溜息をつく。
本来ならこんな事をしてる場合じゃないのだが。

( ^ω^)『それで、何時になったらジョーカーの話が出てくるんですかおね?』

【+  】ゞ゚)『私に聞かれても困るね。見たところ、彼らはただの出会い厨みたいだし、その希望は無さそうだけど』

鼻で笑うようなシュール先輩の声。
ジョーカーに対する情報が少しでも欲しいと、ネットのジョーカーコミュニティに登録してみたのだが、これでは完全に時間の無駄だった。

ハソ ゚−゚リ「そう言えば、あの事件の続報、聞きました?」

事件、という単語に反応して顔を上げる。

(-@∀@)「事件って、“虚無の晩讃”の事ですか?」

ハソ ゚−゚リ「そうそう、それです。怖いですよねー。これで三人目だそうですよ」


15 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:36:02.00 ID:KzpbEqrr0
( ^ω^)「虚無の晩讃?」

ハソ ゚−゚リ「知らないんですか?今、ニュースですっごい騒がれてるじゃないですか」

( ^ω^)『シュール先輩、知ってます?』

【+  】ゞ゚)『あー、確か連続猟奇殺人事件とかだっけ』

ハソ ゚−゚リ「被害者の脳核が抉られて、頭蓋骨の中に毎回料理が詰め込まれているってやつです」

( ´∀`)「なちたん、女の子がそんな事言ったらダメモナよ」

(-@∀@)「確か、今回はボルシチが詰まってたとか」

ハソ >Д<リ「うえー!きしょーい!」

彼女達の会話に、そう言えばそんな事件もあったなぁと、おぼろげながら思い出す。
ニーソク区を中心に起こっている連続猟奇殺人事件。
シリアルキラーなど珍しくも無いこのご時世、どうしてそんな事が何時までも騒がれているのか、正直疑問だった。

ハソ ゚∀゚リ「またあの文句が残されていたんだってー」

(-@∀@)「“意識の虚無へ目を向けろ”、でしたっけ」

( ´∀`)「僕の目はなちたんに向けられているモナ」

17 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:38:26.41 ID:KzpbEqrr0
心底どうでもいい。
最後の晩讃だか何だか知らないが、僕が聞きたいのはそんな量産型殺人鬼の話なんかじゃない。

( ^ω^)『もう行きましょう。ここに居たって、碌な情報が聞けないですお』

【+  】ゞ゚)『そうするか』

プライベートメッセージで算段を合わせると、席を立つ。

( ^ω^)「そろそろ仕事なんで落ちますね」

ハソ ゚−゚リ「あ、そうなんですかー?乙でーす」

|  ^o^ |「おつ です」

(-@∀@)「おっつんです」

【+  】「赤い月が私を呼んでいる。さらばだ、諸君」

ハソ ゚−゚リ「……」

( ´∀`)「……」

(-@∀@)「……」

19 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:39:50.70 ID:KzpbEqrr0
みんなの微妙な視線を浴びながら、僕達はカフェを出た。

( ;^ω^)「そのアバター、ほんとどうにかなりませんかお?」

隣を並んで歩く――棺桶は地面から少し浮き、滑るように移動している――シュール先輩を振り返る。

【+  】ゞ゚)「3000000ゲイシポイントもしたんだぞ。軽々しく別の物に変えられるか」

棺桶の蓋を開けて覗いた血色の悪い顔が、憮然と言い放った。

【+  】ゞ゚)「それに、最近はゴスロリが流行っているというじゃないか」

( ;^ω^)「どこら辺がロリなんですかお……」

前々から思っていたが、彼女の美的価値観は何処かで破綻しているようだ。
今更僕がどうこう言った所で変わらないのだろう。
小さく溜息をつくと、ログアウトゲートを探して首を振る。

「あの、ちょっといいですか?」

――背後から掛けられた声は、唐突だった。


20 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:41:35.72 ID:KzpbEqrr0
( ^ω^)「お?」

⌒*リ´・-・リ「あの、えと、ちょっとお話がありまして」

( ^ω^)「えーと、君は……」

振り返った先に居たのは、リボンのお下げが似合う幼女のアバター。
そう言えば、先のテーブルについていたような気がする。
ハンドルネームは確か……。

⌒*リ´・-・リ「リリです。ブーンさんに、少しお頼みしたい事があるんです」

( ^ω^)「頼みたい事?」

【+  】ゞ゚)「告白ktkr」

⌒*リ´・-・リ「いえ、そういう事じゃなくて……」

( ^ω^)「あ、そう……」

⌒*リ´・-・リ「ここじゃなんですから、場所を移しましょう」

( ;^ω^)「え?ちょ、待っ……」

22 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:42:40.29 ID:KzpbEqrr0
リリと名乗った幼女(のアバター)は、僕達を置いてさっさと歩きだしてしまう。
頼みたい事と言うが、僕も暇ではない。
後を追うべきかどうか思案していると、彼女が振り返った。

⌒*リ´・-・リ「ジョーカーについて、知りたいんでしょう?」

( ;^ω^)「え!?」

⌒*リ´・-・リ「ついてきて下さい。詳しい話をしましょう」

どういう風の吹き回しなのか。
僕が付いてくると確信しているかのように、リリは歩みを止めない。

【+  】ゞ゚)「いってみるのも、悪くないんじゃないかな?」

隣の棺桶の言葉に、僕は躊躇いがちに頷く。
今は、どんな些細な情報でも逃すわけにはいかなかった。


23 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:43:55.90 ID:KzpbEqrr0
 ※ ※ ※ ※



――ヘッドセットを外すと、私は溜息をつく。
人生とは、どうしてこうもままならないのだろう。

/ ゚、。 /「12時に交わされた音声通信の記録です」

/ ゚、。 /「イリヤ二等兵によると、ワタナベアヤカの携帯端末(ハンディターミナル)を通して、シャキン大佐の情報端末(ターミナル)にかけられたものであるとのことです」

本部から送られてきた“紙のメール”を握り潰す。
よりによって、このタイミングで。運命とは、かくも皮肉なものだ。

ノ从パ-ナル「……伍長。貴様は、神と言うものを信じるか?」

/ ゚、。 /「いえ、自分は無神論者であります」

ノ从パ-ナル「……そうか。私は今ならその“神”とやらを信じてやってもいい気分だ」

/ ゚、。 /「と言いますと?」

ノ从パ-ナル「神が居なければ、唾を吐きかける相手が居ないからな」

/ ゚、。 /「なるほど」


24 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:45:21.01 ID:KzpbEqrr0
革の執務椅子に腰を深く埋める。
お預けを食らった犬の気分だ。

ノ从パ-ナル「折角“首輪”まで点けて泳がせていたものを…本部の老人達には困ったものだ」

先月の頭に襲撃してきた「黒山羊のサーカス」のバックにあの渡辺が関わっていたのは知っていた。

世界の渡辺グループが、どうして安いネットテロリスト風情に肩入れしていたのかも、少し考えれば予想がついた。

日本の中心であるラウンジ区の一等地に進出して来た上に、自社株を独占している我々を、奴らは快く思っていない。

放っておけば、ロイヤルハントと結託して“実力行使”に出るのは時間の問題だった。

事は概ね予想通りに運んだ。

先の通信記録で、ワタナベはロイヤルハントの大佐殿に「氷の旅団本部への突撃計画」をペラペラと囀っていた。

全て予想通りに運ぶ筈だった。

この手紙が届くまでは。


25 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:46:32.54 ID:KzpbEqrr0
ノ从パ-ナル「後で全員に通達しておけ。本格的に“引越し”の準備を始めると」

/ ゚、。 /「イエス、サ―」

ノ从パ-ナル「…しかし、シャキンか。懐かしい名前だな」

執務机に肘をつき、在りし日の残像に思いを馳せる。

ノ从パ-ナル「……確か、奴と初めて会ったのは私がまだ小娘の頃だったか」

/ ゚、。 /「軍曹……」

苦い顔で何かを言おうとするダイオードを遮り、目を瞑る。

ノ从ハ-、ナル「憶えているか?私達がまだ、AKも握った事の無かった頃の事だ」

とうの昔に忘れたと思っていた光景が、瞼の裏にまざまざと浮かび上がってくる。

あの日、あの時、あの瞬間、葬り去ったと思っていたあの感情は、私の中にまだしっかりと残っていたのか。

ノ从パ-ナル「軍曹」

/ ゚、。 /「……なんでしょうか」

胸の内に湧き上がってくるセピア色の感情を舌に乗せる。

ノ从パ-ナル「今夜だけは、思い出話を肴に呑まないか?」

抽斗から出したワイルドターキーを見て、ダイオードは重々しく頷いた。

27 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:49:50.26 ID:KzpbEqrr0
 ※ ※ ※ ※

――揺れる水面に手を差し入れて、彼女は二進法が形作る水を掬い上げた。

⌒*リ´・-・リ「本当によく作られた世界。これじゃあ、どっちが現実なのか分らなくなるってのも頷けるわね」

偽りの陽光を反射して、水は彼女の掌の中で綺羅々々と輝く。
イミテーションの運河を進むゴンドラの上で、僕達は向かい合っていた。

⌒*リ´・-・リ「もう一つの世界の創造……神にでもなったつもりなのかしら」

愛らしいリボンをつけたロリータフェイスは、その可憐な容姿に似合わない愁いを秘めた表情で気だるげに呟く。
中の人は一体お幾つなのかしらん。
娯楽作品では萌えの対象である「ロリババア」も、いざ現実でお目にかかると対処に困る。
やはり、二次元の住人は画面の向うでこそ光るものなのだろう。

( ^ω^)「あの…それで、僕に頼みたい事って?」

⌒*リ´・-・リ「ああ、そうでしたね。ごめんなさい。お時間を取らせるつもりは無かったんだけれどもね」

妖艶な、とすら言える笑みを浮かべて、リリは掌の上に画像ファイルを表示する。

⌒*リ´・-・リ「先ずはこれを見て下さい」

言われるままに受け取って解凍。
光の速さで僕は後悔した。


28 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:52:14.34 ID:KzpbEqrr0
( ; ω )「うっ……げっ……」

電子体(アバター)じゃなければ、胃の中の内容物を1cc残らず吐き出していただろう。

画像データに映っている場所は、何処かの路地裏だろうか。
ポリバケツやごみ袋が乱雑に投げ捨てられたそこに、一人の男が壁を背にして座り込んでいた。
酒場を追われた酔っ払いが、行き場を失って酔いつぶれている。そんなふうに見えなくもない。

赤黒い色彩が画面を埋め尽くして居なければ、そんなふうに見えたかもしれない。

男の体中に打ち付けられているのは、大量の釘…だろうか。
手、足、胴、指の一本一本に至るまで鈍色の釘が刺さったその姿は、変質的な昆虫標本のようにも見える。
どんな顔をしていたのかなど、無論分るわけも無い。

まるで鍋から蓋を取っかのように、丸く切開された頭頂部。
脳核の代わりに、湯気を立てたカレールーが、血に濡れた頭髪の間から覗いていた。

( ; ω )「ぉ…えっ……うぶっ……」

其処に本来ある筈だった“人間の証明”は、男の股の間に、丁寧に銀の皿に乗っている。

“意識の虚無に目を向けろ”。

男の血で壁に書かれたその一文が、この画像の意味を教えてくれた。


29 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:54:15.03 ID:KzpbEqrr0
⌒*リ´・-・リ「虚無の晩讃。今最もホットな連続猟奇殺人事件の犯行現場のフィルムです」

何でもないことのように言ってのけるリリ。

( ; ω )「おっ…ヴォっ……!」

とんでもない物を見せられた文句を言ってやろうと思ったが、どうしても言葉にならない。
蟾蜍のような掠れ声で呻く僕を、シュール先輩が棺桶の中から窺う。

【+  】ゞ゚)「どうした、そんなに酷かったのか?」

( ; ω )「おぉ…おおぉ……」

喋ることもままならないので、無言で画像データを手渡す。

【+  】ゞ゚)「どれどれ…ふむ……ほう……」

圧縮解凍した画像データを視覚野にダウンロードしても、シュール先輩は顔色一つ変えない。
最も、アバター自体が蒼白な顔なので、変わっていてもわからなかったろう。

【+  】ゞ゚)「…で、この画像が君の頼みたい事とどう関係あるんだい?」

⌒*リ´・-・リ「それなんですけど……」

31 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:55:12.42 ID:KzpbEqrr0
面白そうにこちらの様子を眺めていたリリは、その幼い顔から表情を消して。

⌒*リ´・-・リ「貴方達に、この連続猟奇殺人事件の犯人を捜し出してほしいんです」

確かに、そう言った。

( ;^ω^)「……は?」

⌒*リ´・-・リ「貴方達、昔“ピーチガーデン”のメンバーだったんでしょう?」

( ;^ω^)「は?いや、何を言って……」

⌒*リ´・-・リ「スーパーハカーだったんですよね?」

【+  】ゞ゚)「ハカ―じゃない、ハッカーと呼べビチグソが」

⌒*リ´・-・リ「それなら、情報収集はお手の物でしょう?猟奇殺人犯ぐらい、捕まえるのはわけないはずです」

【+  】ゞ゚)「まあな」

( ^ω^)「おいちょっと待てお前ら」


32 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:56:29.09 ID:KzpbEqrr0
どこまでも好き放題に話を進めていく二人。
だがちょっと待って欲しい。
先ずは整理しよう。

( ^ω^)「どうして、僕達が元ピーチガーデンだと言うんだお?その根拠は?」

⌒*リ´・-・リ「この業界じゃ貴方達の名前は有名じゃないですか。ちょっと調べれば誰だってわかりますよ」

( ^ω^)「僕はピーチガーデンを抜ける時にアバターもホストも全部変えたお。僕があそこに所属していた痕跡は何一つ残していない筈。それなのに君は……」

⌒*リ´・-・リ「あら、じゃあやっぱり貴方達、ピーチガーデンに居たんですね」

( ;^ω^)「え?」

【+  】ゞ゚)「誘導されてもいないのに自分からほいほいと口を滑らせる馬鹿が一匹―」

シュール先輩に言われると無性に腹が立つのは何故だろう。

⌒*リ´・-・リ「やっぱり。私の勘も鈍っていなかったみたい」

したり顔で微笑むリリ。
垂れ下がったその小さな目に全てを見透かされているような気がして、僕は目を逸らした。
34 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:57:32.06 ID:KzpbEqrr0
( ;^ω^)「で、でも、だからと言って僕達がどうしてそんな猟奇殺人犯を捕まえなきゃいけないんだお?そんな事は警察が勝手に……」

⌒*リ´・-・リ「何も捕まえて欲しいとは言ってませんよ。ただ、犯人を捜し出して欲しいだけ。ちゃんと報酬も払います」

( ^ω^)「いや、だからそもそも僕達には犯罪捜査は畑違いだと……」

⌒*リ´・-・リ「ジョーカー」

( ;^ω^)「……え?」

⌒*リ´・-・リ「ジョーカーの正体、知りたいんでしょう?」

( ;^ω^)「それが、この事件に関係あるのかお?」

⌒*リ´・-・リ「……」

( ;^ω^)「……どうなんだお?」

リリはそこで口を噤むと、意味深な笑みを浮かべて再び水面に視線を落とす。
ゆっくりと進むゴンドラが生む波紋が、緑の水鏡に映った彼女の顔を歪めた。


35 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:58:28.62 ID:KzpbEqrr0
⌒*リ´・-・リ「……綺麗な色をしてる」

出しぬけに、彼女がそう呟いた。

⌒*リ´・-・リ「綺麗な、エメラルドグリーン。とても、とても、綺麗」

( ^ω^)「……?」

⌒*リ´・-・リ「でも、それは表面だけ。プログラムを解体していけば、そこに残るのは零と一の識別コード。美しい川なんて、何処にも無い」

( ^ω^)「そりゃあ、ここはネットの中にしか無いんだから……」

⌒*リ´・-・リ「じゃあ、貴方の言う現実は何処にあるの?」

( ;^ω^)「……へ?」

⌒*リ´・-・リ「貴方が認識してる現実は、本当にそこにあるの?貴方が見ている景色は、本当に貴方が見ているものなの?」

( ;^ω^)「何を……」

この娘は何を言いたいのか。
もしかして電波か?


36 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 21:59:52.76 ID:KzpbEqrr0
⌒*リ´・-・リ「貴方が見ている現実は、薄皮一枚を隔てた先で、どす黒い泥濘を内胞している」

( ^ω^)「だから、それがジョーカーとどう関係……」

⌒*リ´・-・リ「……何か分ったら、ここに連絡を下さい。犯人が見つかったら、50万は出します」

僕の問いには答えず、リリはフリーメールのアドレスを提示する。

⌒*リ´・-・リ「じゃあね、スーパーハッカーさん。期待してるわ」

妖しく微笑むと、彼女の姿はノイズと共にその場から消えてなくなった。
視覚野の隅に、《リリさんがログアウトしました》と小さく表示される。

( ^ω^)「…何なんだお」

数瞬前まで彼女が居た空間を見つめて眉根を顰める。
一体、彼女は何者なのか。一体、彼女は何を知っているのか。

疑問は次から次へと浮かんでくるが、そのどれもが考えても解の出ない物ばかりだった。

【+  】ゞ゚)「…で、どうするんだい?」

隣に立った棺桶が、もう答えを知っているにも関わらず聞いてくる。

( ^ω^)「……勿論、受けますお。今は、どんな小さな事でも情報が欲しいんですお」

シュール先輩は、僕の言葉に無言で小さく頷いた。


37 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:03:30.40 ID:KzpbEqrr0
 ※ ※ ※ ※

――荘厳な鐘の音に目を覚ますと、むくりと起き上がり目を擦る。
部屋の隅に鎮座するアンティークの柱時計は、朝の七時を指していた。

ノ从ハ´-`ル「んぁー…もう朝ですの……?」

欠伸を噛み殺しベッドから起き出す。
ネグリジェを脱いでベッドに放り、黒壇のクローゼットから適当な服を見繕ってそれを頭から被った所でノックの音が聞こえた。

「お嬢様、お目覚めですか?」

ノ从ハ´-`ル「起きてますわー……ふぁ……」

扉越しの声に返事を返しながら、今日の時間割りをぼんやりと思い出す。
確か今日は四時限目に国語があった筈。
三時限目の歴史に次いで二連続であのハゲオヤジを相手にすることになるのかと思うと、今から気が滅入った。

「失礼します」

重々しいバリトンの声が、ノブを回して部屋に入ってくる。

/ ゚、。 /「おはようございますお嬢様。朝食の用意が出来ましたので、お呼びに参りました」

長身痩躯、イトスギのような見かけをしたカンテミール家唯一の執事は、今日も相変わらず堅苦しい燕尾服に身を包んでいた。

38 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:05:12.64 ID:KzpbEqrr0
ノ从パ-゚ル「おはよう、ダイオード。貴方はどうして主人の言いつけを守らないの?」

/ ゚、。 /「は?…と言いますと?」

中性的な顔に疑問を浮かべて、執事は首を傾げる。
肩幅が余った上着に「着られている」その華奢な身を見回して、私は二の句を継いだ。
   _,
ノ从パ-゚ル「貴方は燕尾服が似合わないからベストだけでいいって、昨日あれほど言ったじゃない」

/;゚、。 /「あ、ああ、その事でしたか…しかしですね、そう言われましても……」
   _,
ノ从パ-゚ル「そう言われても、なんですの?」

/;゚、。 /「この燕尾服は、御頭首様から直々に頂いたものですので、着ない訳にもいきません」
   _,
ノ从パ-゚ル「別にそれが制服ってわけでもないんでしょう?」

/;゚、。 /「ええ、まぁ、……はい」

ノ从パ-゚ル「だったら問題無いじゃない。貴方は細すぎて似合わないのよ。脱いじゃいなさいな」

/;゚、。 /「しかし、ですね……」



39 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:06:08.49 ID:KzpbEqrr0
これ以上いじめるのも可哀想なので今日はこんな所で勘弁してあげよう。
私は優しい女の子なのだ。

ノ从パー゚ル「まぁいいわ。行きましょう。朝食が冷めてしまうわ」

/ ゚、。 /「そ、そうですね。今日はお嬢様の好きなスィルニキです」

ノ从パー゚ル「それを早く言いなさいな!」

スィルニキと聞いていてもたっても居られなくなり、私はダイオードの脇を駆け抜ける。

/;゚、。 /「ああ!お待ちくださいお嬢様!イブニングドレスでどちらに行かれるのですか!」

足に掛けた急ブレーキは、ぎりぎりで間に合った。
41 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:09:10.49 ID:KzpbEqrr0
 ※ ※ ※ ※

――ニューロジャックから結線ケーブルを引き抜くと、何時もの閉塞感が襲ってきた。

( ^ω^)「……はぁ」

ネットの海に潜っている時の、何処にでも行けるような全能感の反動だろうか。
物理法則に縛られたこの現実では、自分は何も出来ないちっぽけな存在だという事を嫌でも実感させられる。

医者に行ったら、電脳依存症の初期症状だと言われるだろうか。
ここ最近は食事や睡眠の時以外には殆んど没入(ジャックイン)しているので碌に外出もしていない。

( ^ω^)「うーん…ちょっくら散歩でもするかお」

大きく伸びをすると、天井からぶら下がった補助結線ケーブルに腕が当たった。
知らないうちに背が伸びたのだろうか。

穴蔵のような自室の扉を開け、日の光の下へとまろび出る。
ビルに四方を囲まれたエアポケットの様な空間にも、昼前の陽光は僅かながら差し込んでいた。

ニーソク区はダウンタウンの裏路地。その更に奥深く。
“万魔殿”の一歩手前に、僕の住居であるプレハブ小屋は建っている。


42 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:10:28.84 ID:KzpbEqrr0
頓挫した都市開発計画の遺物が林立するスラム。
ダウンタウン特有の下水の腐ったような悪臭に目を瞑れば、政府の手が入らないここは僕のようなはみ出し者が住むには最適な場所だろう。

特に、僕の住処は「万魔殿」のギリギリで一歩手前にあるため、そこに住む浮浪者達の煩わしいルールに縛られる事も無い。
初めこそ死んでいたネット回線の復旧に腐心したが、それが済んだら後は「住めば都」というやつだ。

僕は、僕の根城を存外に気に入っていた。

( ^ω^)「僕の認識している現実は本当に其処にあるのかお……」

ゆっくりと歩きながら、数時間前にネットの海で聞いたリリの言葉を思い出す。
彼女が一体どういう意味でそう言ったのかはわからない。
わからないが、現実は何時も通りこうして僕の目に映っている。
そのことに変わりは無い。

( ^ω^)「しっかし、虚無の晩讃かお……」

あの後、シュール先輩と手分けして「虚無の晩讃」について、ニュースサイトを巡って調べてみた。
最近巷を賑わせている事件だ。
事件概要を知るのに苦労する事は無かった。

44 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:12:49.26 ID:KzpbEqrr0
大まかな経緯をまとめるとこうだ。

一週間前、ニーソクの倉庫街で四肢を切断された身元不明の遺体が見つかった。
DNA鑑定にも脳核鑑定からも彼の身元は分らなかった為、被害者は市民IDを剥奪された浮浪者だと言われている。

ニュースサイトでは明かされていなかったが、被害者の頭頂部は先に僕が見た画像と同じように切開され、脳核が摘出されていた。
何処のクラッカーの仕業かは分からないが、事件現場の画像がネットに流出したのだ。

脳核を摘出された被害者の頭蓋骨の中には、真っ赤なボルシチが入れられ、遺体の傍の石畳には「意識の虚無に目を向けろ」という血文字。

この二つのことから、この事件はマスコミに「虚無の晩讃」と呼ばれるようになった。

その凄惨な手口から、世間では儀式的な犯罪として取り上げられ、政府警察もその方針で目下捜査中だという。

事件は今日にいたるまで三件起こっている。
一つ目は、一週間前に起きた発端となる前述の事件。

二つ目は、今から三日前にニーソクの「万魔殿」。
珍しく早朝から家の周りが騒がしかったので、寝付けなかった僕はニューソクのネットカフェに出向いてそこで眠りに就いたのだ。
今思えば、あの時の騒ぎはこの事件があったからなのだろう。

そして、三つめ。
これは、つい昨日(正確には今日)起きたばかりだ。


45 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:14:03.29 ID:KzpbEqrr0
事件現場はニーソクの飲み屋街。
事件の有様は、リリから貰った画像データにあった通りだ。

犯行時間は深夜二時から三時の間。
遺体が発見されたのは、今朝の五時。一般人からの匿名通報によって、ニーソク署の政府警察が駆け付ける事になった。

( ^ω^)「……」

今朝の五時と言えば、僕達が「メガロ・ヴェネツィア」でチャットをしていた時間帯だ。
大体四時くらいから一同が集まって下らない雑談をしていた。
絶対と言える自信は無いが、リリも最初からあの場に居た筈だ。

そうなると、彼女は匿名の通報があった前に現場の写真を入手したという事になる。

犯行が起きてから、匿名通報が入るまで約二時間。

遺体は、通報が入る前に既に誰かに発見されていた。

( ^ω^)「……このブランクは何なんだお」

47 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:16:13.02 ID:KzpbEqrr0
ぱっと思い浮かぶ仮説は二つ。

一つ。
匿名通報した人物が第一発見者。
彼(又は彼女)は、何らかの理由から通報を見送り(或いは出来ず)、結果、朝の五時に政府警察に自分から通報した。
リリの画像データは、彼(又は彼女)が撮影したものである。

二つ。
匿名で通報して来た人物は、第一発見者では無い。
それ以前に遺体を発見した人物がおり、その人物が現場の写真を撮影し、リリが何らかの手段でそれを手に入れた。

恐らくは後者だろう。
着目すべきは、「誰があの画像を撮影したのか」ということだ。

事件が正式に公開されたのは、朝七時のニュースホロでの事。
それ以前に事件現場の画像データが公開された形跡は無い。

祭り好きで何処よりも情報が早い事で有名な「4ちゃんねる」のニュース速報ルームも、過去ログを漁ってみたが「虚無の晩讃」の続報が取り上げられたのは今朝のニュースホロ以後だった。

現時点で僕が事件現場の画像をネットで目にしたのは、リリから渡されたあのデータファイルだけだ。


48 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:18:27.72 ID:KzpbEqrr0
( ;^ω^)「あれは…リリが、撮ったのかお…?」

単純に考えるとそうなる。
もしかしたら、別の誰かが撮影したものを、リリが入手したのかもしれない。
それでも、画像データがネットに流出していない事から、撮影者はリリと何かしらの繋がりが有る人物の可能性が高い。

“貴方達に、この事件の犯人を捜し出して欲しいの”。

どういう理由からかは分らない。
しかし、彼女(或いは彼女の協力者)は、警察に通報せずに僕達に接触して来た。

これは暗に、「警察よりも早く犯人を見つけろ」と言う事なのだろうか。

何故?警察に先に犯人を捕まえられると都合が悪いから?何故?

( ^ω^)「……わかるわけねーお」

或いは、逆に警察関係者なのかもしれない。
事件現場をいち早く発見したから、昇進目当てで抜け駆け捜査をしている、とは考えられないか。

( ^ω^)「うーむ……」

どちらかなんて今は分らない。
どちらだろうと構わない。
重要なのは、彼女が、リリが、ジョーカーの事を、何か知っているかもしれないという可能性、それだけだ。

51 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:22:39.26 ID:KzpbEqrr0
彼女が信用できるかどうかはこの際置いておく。
今は、ただ、一歩ずつ進むしかない。

( ^ω^)「……取りあえずは、現場百辺、かお」

パーカーの前ポケットから携帯端末(ハンディターミナル)を取り出すと、耳に当てる。

( ^ω^)】「もしもし、シュール先輩?これからデートにでも行きませんかお?」

( ^ω^)】「……ああ、大丈夫。“チケット”はもう、とってありますお」



52 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:25:28.47 ID:KzpbEqrr0
 ※ ※ ※ ※

――ナイフとフォークが立てるかちゃかちゃという音だけが、食堂を占めていた。

ノ从パ-゚ル「……」

クリスタルのシャンデリアの下での朝食。
誰一人して、言葉を発する者はいない。

/ ゚、。 /「……」

それ以前に、言葉を発する存在が、この部屋には三人しかいなかった。

ノ从パ-゚ル「……」

ダイオードが作ったスィルニキは相変わらず美味しかったけど、私の頭の中はその味で埋まる事は無かった。

十メートルは有る長テーブルに、食器は三セットしか置かれていない。
椅子は何十個もあるのだけれど、埋まっているのは三つしかない。

空席が多いのは何時もの事だから問題無い。

(`・ω・´)「……」

問題は、何時もより食器の数が一つ多い事だ。


53 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:26:37.12 ID:KzpbEqrr0
ノ从パ-゚ル「……」

誰だこいつ。

食堂に入って一番最初に目に入ったのは、日常の中に無遠慮に溶け込もうとしている異物の存在だった。

(`・ω・´)「……」

歳の頃は初等学校10年生の私より二つか三つ下…14、5歳ぐらいだろうか。
インクのような黒髪に、黄色い肌の彼は、アジア系の顔立ちをしている。
あどけない顔を歪めてぎこちなくナイフとフォークを繰る姿は、まるで人型の小動物を見ているようだった。

ノ从パ-゚ル「……ん、おほん」

(;`・ω・´)「!」

私のわざとらしいせき払いに、彼はびくりと肩を震わせる。
驚いた拍子に彼が落としたナイフが乾いた音を立てて床を打った。

ノ从パ-゚ル「――ダイオード」

/ ゚、。 /「……なんでしょうか」

ノ从パ-゚ル「なんでしょうか」
55 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:28:56.93 ID:KzpbEqrr0
ノ从パ-゚ル「……じゃありません!」

(((;`・ω・´)))「!」

ノ从パ-゚ル「当たり前な顔をして朝食を食べているけど、この子は一体何なの!?」

/ ゚、。 /「何、と申されましても。シャキン様はシャキン様にございますが」

きょとんとした顔で首を傾げるモヤシ執事。
まるでこの少年がここに居るのは当然の様なその反応に、私は戸惑う。

ノ从ハ;゚-゚ル「シャキンって……え…?」

/ ゚、。 /「はて、昨日話しませんでしたか?」

ノ从ハ;゚-゚ル「昨日……?」

/ ゚、。 /「はい。日本からの留学生が明日からやってくるのでどうか仲良くしてあげて下さい、と確かにお話したつもりですが」

ノ从ハ;゚-゚ル「……」

ダイオードの言葉をゆっくりと咀嚼し、記憶の中からその会話履歴を探す。
高速で遡っていく昨夜の記憶。寝る前の挨拶、半開きのドア、覗いたダイオードの口が呟いた言葉。


56 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/17(水) 22:31:28.36 ID:KzpbEqrr0
ノ从ハ;゚-゚ル「……そう言えば、聞いたような」

/ ゚、。 /「良かった。私も言ったかどうか不安でしたので」

ほっと息をつく若執事から視線を移し、件のシャキン少年を窺う。

(;`・ω・´)「あの…えっと…これから…その…宜しくお願いします」

椅子から立ち上がり頭を下げる彼は、可哀想なくらい鯱鉾ばっていて。

ノ从ハ^-^ル「ええ、こちらこそ宜しくね」

私は、思わず噴き出したのだった。



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