- 10
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:25:03.31 ID:Xg4vEpT5O
- track-01. 狼とシャム猫のメヌエット
──薄紫の空がコバルトブルーに変わっていく様を見届ける。
雀達の囁きと朝露の微かな輝きが、夜毎に繰り返される血と硝煙の饗宴を、束の間忘れさせてくれた。
ニーソク区、貧民街。
混沌の巣窟たる「万魔殿」も、早朝のこの一時だけは静謐の中にまどろんでいるようだった。
(,,゚Д゚)「……さて」
建設途中で投げ出されたマンションのなれの果て。
ガラスの無い窓枠から日の出を拝んだオレは、寝床である梁の上から身を踊らせた。
(,,゚Д゚)「……おはようございます」
返ってくる言葉など無いと知りつつも、習慣は変えられない。
虚しい呟きを自嘲しながら、足元のバケツに溜めておいた雨水をすくい顔を洗った。
ここ数ヶ月の間洗顔料の触れることのない顔面は、さぞかし脂でギトギトとしていることだろう。
“ギコ兄ぃはハンサムなんだから、もうちょっと身嗜みに気を使ったらモテるのに”。
何時ぞやの妹の言葉を思い出す。
色恋などとは洗顔料共々御無沙汰だった我が身を振り返り、苦笑が漏れた。
- 11
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:26:04.76 ID:Xg4vEpT5O
- (,,-Д-)「そうだな……たまには、まともに顔を洗わねばな」
今日、街に出たら薬局にでも寄ろうと思い、壁際へと歩み寄る。
放り出したままの整備工具の中から潤滑油を抜き出した。
八年前からオレの“肉体そのもの”となった外骨格。その関節部に、丁寧に油をさしていく。
(,,゚Д゚)「そろそろ、こいつも新調せんといかんかもな」
連日のフル稼働に、最近は神経加速装置(イグニッション)との併用も相まって稼働部と人工筋肉の摩耗は、以前の比ではなくなった。
“ニーソク”という“土地柄”故、仕事には困らないが、“貯金”の為に切り詰めた生活をしているオレには、なんとも頭の痛い問題だ。
(,,゚Д゚)「……はぁ」
溜め息をつき、床を見下ろす。
塵と埃の堆積したそこに“オレ以外”の足跡を見付けて、また溜め息がこぼれそうになった。
(,,゚Д゚)「……やっと落ち着けると思っていたんだがな。勘弁してくれ」
“貯金”の為には宿代すらも惜しい。
最低ラインの衣食住を考えて導き出されたのは、この混沌の巣窟での暮らしだったというわけだ。
- 12
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:28:40.20 ID:Xg4vEpT5O
- 幾ら無法地帯と言えども、人の集まる所には相応の「法」が存在する。
ホームレス達の間にもささやかながら共同体というものが存在し、顔役のような人物が住民間の様々な問題を取り仕切っているのだ。
誰が何処にねぐらを構えるか、配給は必要か否か、エトセトラエトセトラ。
故にここでも、プライバシーの権利は最低限では有るが守られている筈だったが……。
ざっと荷物を見た限り、不届き者は物盗りでは無い。
ここのルールを知らない新参か。はたまた、オレの“同業者”か。
(,,゚Д゚)「……またダディに新しいところを探して貰わんとな」
一人ごち、コンクリ壁に突き刺した単分子ナイフに下げたトレンチコートを掴む。
傍らに立てかけてある刀に手を伸ばしたところで、今日が何曜日だったのかを思い出した。
(,,゚Д゚)「……そうか。もう、週末か」
取り敢えずねぐらのことは帰りに持ち越すことにする。
使い古した携帯端末を取り出し、今月の生活費の残りと睨めっこ。
(,,゚Д゚)「……髭は、剃れるな」
物悲しい呟きにも、胸が少し温まる思いのオレだった。
- 16
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:34:46.72 ID:Xg4vEpT5O
- ──やる気のない店員から包みを受け取ると、オレは薬局を後にした。
(,,゚Д゚)「案外ひげ剃りも高いものだな」
こんなことならナイフで代用すれば良かったか、と思いながらもその足で隣のコンビニへと入る。
休日のニューソク区には学生らしき若者達の姿が多く、週刊誌を立ち読みしている彼らの後ろ姿に気後れを感じた。
(,,゚Д゚)「青春、か」
自らの呟きを振り切り、トイレに入る。
鏡と向き合い包みを開けると、オレは数年振りの“おめかし”に取りかかった。
- 17
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:35:38.73 ID:Xg4vEpT5O
- ──小綺麗になった自分の顔を撫でながら、駅前を歩く。
あれほどしつこかった脂も洗い落とし、手付かずだった無精髭もきっちりと調伏してやった。
最も、全てを剃り落としてしまうのも何だか気が引けたので、顎の部分だけは残しているのだが。
(,,゚Д゚)「……悪くないな」
清々しい気分に浸りながら、街角のショーウィンドーで自分の身嗜みを確かめてみる。
浅黒い顔。短く刈り込んだ頭(無論、さっきコンビニの水道で洗っておいた)。黒いトレンチコート。返り血は付いてない。
(,,゚Д゚)「……よし」
心中でゴーサインを出し、目指す場所を見上げる。
(,,゚Д゚)「おっと、あれがまだだったな」
病院の白い壁に背を向けて、オレは花屋を探した。
- 19
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:41:26.42 ID:Xg4vEpT5O
- ──何時もの花屋の看板には臨時休業の文字。代わりの店を探すのに手間取ったせいで、気がつけば太陽は既に南中してしまっていた。
(,,゚Д゚)「…まぁ、急ぐ用事でも無いが」
右手の中の花束を見つめながら、病室を目指す。
午前の診察を終えたニューソク中央病院の廊下に、人影はまばらだった。
(,,゚Д゚)「……」
目的の病室の前で立ち止まると、襟元を正し、改めて自分の姿を省みる。
おかしい所は無い。
(,,゚Д゚)「……ふぅ」
何時も“あいつ”と会うときは緊張する。
“あいつ”の目が、オレの中の“獣”に気付くんじゃないかと、何時もオレは怯えている。
(,,゚Д゚)「情け…ないよな」
真っ当な仕事が出来たのならば、どんなに良かった事だろうか。
返り血を浴びすぎた体は、それを許さない。復讐を求める心が、それを許さない。
- 20
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:45:15.36 ID:Xg4vEpT5O
いや、本当は違う。本当は気付いている。
気付かないふりをしているだけだ。
(,,-Д-)「……違う」
違うと言い切れるのか?
(,;-Д-)「違…う」
本当は、ただ、単純に
(,;゚Д゚)「違う!」
- 21
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:46:27.38 ID:Xg4vEpT5O
- 自分の怒声で我に返る。
(,;゚Д゚)「あ……」
幸い、誰も聞いて居なかったようだ。
ばつの悪い思いに頭をかきながら溜め息。
まだまだ、オレは青い。
せめてあいつの前だけでは胸を張っていようと居住まいを正し、ドアを叩いた。
「どうぞー?」
猫のような愛くるしい声にドアを開ける。
(*゚ー゚)「やっぱりギコ兄ぃだぁ!」
たった一人になってしまったオレの“家族”が、満面の笑みをたたえてオレを迎えてくれた。
- 22
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:47:31.48 ID:Xg4vEpT5O
- (*゚ー゚)「そろそろ来る頃かなぁって思ってたんだ。でも今日はちょっと遅いね」
(,,゚Д゚)「あぁ、少し買い物をしてたんだ」
言いながら病室に入り、ベッドサイドの花瓶の花を返る。
(*゚ー゚)「ふーん。ってか、髭剃った?」
我が妹は、早速オレの微妙な変化に気付いたようだった。
(,,゚Д゚)「こないだお前に言われたからな」
(*゚ー゚)「あ、気にしてたんだ」
(,,゚Д゚)「オレはこう見えてナイーヴなんだ」
(*^ー^)「うっそくっさー」
しぃのコロコロとした笑い声に、オレも自然と口の端が緩む。
胸の中に蟠り続ける鬼火も、今は忘れられた。
- 24
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:50:26.68 ID:Xg4vEpT5O
- (,,゚Д゚)「りんご、食べるか?」
(*゚ー゚)「食べる食べるー♪」
(,,゚Д゚)「そうか」
(*゚ー゚)「……」
(,,゚Д゚)「……」
(*゚ー゚)「……あれ?剥いてくれないの?」
(,,゚Д゚)「聞いただけだ」
(;゚ー゚)「うわ、何それー……小学生ですか」
(,,゚Д゚)「……冗談だ」
(*゚ー゚)「寒いんだけど。ギコ兄ぃ、冗談の才能ないよ」
(,,゚Д゚)「自覚はしてる」
苦笑を漏らしながら冷蔵庫を開ける。
サイドボードの上から果物ナイフを掴んだところで、脇に立てかけられたキャンパスに目がいった。
- 25
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:51:40.14 ID:Xg4vEpT5O
- (,,゚Д゚)「新作か?」
先週来たときには何も架けられては居なかったイーゼル。
今、そこには一枚の風景画らしきものが架けられていた。
(*゚ー゚)「うん。久し振りに描いてみようと思ってさ」
海を望む草原。
その真ん中に、一本の古木が描かれたそれは、まだ下書きの段階なのだろう。
白と黒の、鉛筆が縁取った景色が、どこか頼りなげにそこに在った。
(*゚ー゚)「ただ、やっぱこればっかりは現物を見てみないことにはねぇ」
- 26
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:54:39.23 ID:Xg4vEpT5O
- そう、あっけらかんと言うしぃの足は、自ら動くことはもう無い。
(*゚ー゚)「今度の日曜日に外出許可貰おうと思ってるんだけどさ、ギコ兄ぃ付き合ってくれる?」
何でも無いことのように振る舞ってはいるが、自分の体が思うように動かない事への葛藤は相当のものだろう。
(,,゚Д゚)「……ああ、わかった」
血友病の治療には、特別な設備が必要だ。
生憎、地上にはまだその技術が存在しない為、手術を受けるには軌道上のオービタルコロニーに行くしかない。
治療費や入院費だけでも天文学的な金額であるし、軌道エレベーターの乗車券だって安くは無い。
オレの“貯金”の先はまだまだ長い。
(*゚ー゚)「ありがと。とか言っておいてあれだけど、ぶっちゃけ外出許可がそう簡単に貰えるか微妙なんだよね」
(,,゚Д゚)「こないだは普通に貰ってたじゃないか」
(*゚ー゚)「あれは、ほら、御葬式だったし……」
たった二人しか遺族の居ないそれを、世間一般で葬式と呼ぶのかはわからない。
- 28
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 21:57:42.90 ID:Xg4vEpT5O
- 去年の暮れのあの一件で、オレ達の帰るべき家はこの地上から姿を消した。
“シベリア”は噂に違わぬ徹底ぶりを見せたのか。
西村の者も、元ヘブンズゲートの者も、“オオカミ”の構成員という肩書きを持つもの全て。
その誰一人として連絡がつかないことが、“それ”を物語っている。
オレは、しぃにその事を伝え、殴られ、泣きつかれ、もう何処にも行かないと約束させられた。
普通の仕事について、毎週会いに来ることを、泣きじゃくる彼女と約束した。
だが、実のところは何も変わらなかった。
オレは、表面上は車の整備士として彼女に振る舞い、夜毎に人を殺めては、その報酬で得た金を彼女の入院費に当てている。
そうすることしか、馬鹿なオレには考えつかなかった。
(*゚ー゚)「んあー……ギコ兄ぃもなんか考えてよ」
(,,゚Д゚)「考えるって?」
(*゚ー゚)「だーかーらー、婦長さんを納得させる言い訳!」
(,,゚Д゚)「何時も素直に大人しくしてれば、たまの外出くらい多めに見て貰えるだろう」
б(;゚ー゚)「え?あ、まぁ、そうなんだけどねぇ……」
- 30
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 22:02:12.91 ID:Xg4vEpT5O
- l从・∀・ノ!リ人「おおーいしぃ姉ちゃーん!探検行くのじゃー!」
(*゚ー゚)「あ、妹者ちゃん」
(,,゚Д゚)「……?」
年の頃は七、八歳といったところか。
癖っ毛が印象的な、ひよこ豆程に小さな少女が、活発な笑みを浮かべて部屋の入り口に仁王立ちしていた。
l从;・∀・ノ!リ人「うお!おっさん誰なのじゃ!」
(*゚ー゚)「はは!ギコ兄ぃおっさんだって!」
(,,゚Д゚)「おっさん……」
子供の弁とはいえ、そこはかとなく胸中を抉られる。
当の本人はそんな事など気にもせずオレの脇をすり抜けると、しぃのベッドに飛びついた。
l从・∀・ノ!リ人「そんな事より、早く早く!」
(*^ー^)「はいはい、わかったわかった」
苦笑しながらも頷くしぃを見ていると、まるで仲のいい姉妹のようにも見えてくる。
(*゚ー゚)「ギコ兄ぃ、にやけてないで早く車椅子用意してよ」
(,,゚Д゚)「ん?あぁ、すまん」
オレは、自分でも気付かない内に口元が緩んで居たのを知った。
- 32
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 22:05:40.99 ID:Xg4vEpT5O
- (,,゚Д゚)「一人で大丈夫か?」
ベッドの脇の車椅子を広げ、しぃを座らせながら聞く。
l从・∀・ノ!リ人「いもじゃがおすのじゃー!」
(*^ー゚)「だってさ」
元気に飛び跳ねる「いもじゃ」と、悪戯っぽいウィンク。
(,,゚Д゚)「そうか」
それらを微笑のうちに見送ると、オレは毛布を正して数歩遅れて病室を出る。
「今日はおくじょーたんけんなのじゃ!」
遠ざかっていく二人の少女の後ろ姿を見送りながら、オレは病院を後にした。
夕日に陰る駅前通りを歩きながら、何時か必ず、この道を二人の足で踏みしめる事を誓う。
先は長いが、差し当たっては今日出来ることを。
裏道の裏道を選び、闇が濃くなる方へと足を運んだ先、“裏の職安”の扉を開いた。
(,,゚Д゚)「……よう、儲かってっかよ」
一つしかない蛍光灯の灯りの下。顔を突き合わせるゴロツキ達。
酒場の体を取ったジョブ・キラー達の集会所。
カウンター越しにマスターへとチップを放りながら、オレは端の席に付いた。
- 33
名前: ◆fkFC0hkKyQ
:2009/09/30(水) 22:06:41.67 ID:Xg4vEpT5O
- 「あら、奇遇ね。もしかて常連さんなのかしら?」
背後からの声に振り返る。
ξ゚ー゚)ξ「隣、いいかしら?」
テーブル席から立ち上がってこちらに歩いて来るのは、いつぞやの仕事を共にした女山猫だった。
(,,゚Д゚)「構わんが。何か奢ってくれるのか?」
オレの問いに彼女は含み笑いをすると。
ξ゚ー゚)ξ「そうね。じゃあ、奢る代わりに、一つ御伽噺でもしてさしあげるわ」
どこか上機嫌に席に着き、口を開いた。
(,,゚Д゚)「御伽噺?」
マスターからスコッチを受け取り、オレは先を促す。
どうやら今晩は長くなりそうだった。
-fin-
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