99 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:36:27 ID:GXwXwpuY0

 

           【IRON MAIDEN】

 

.
101 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:42:24 ID:GXwXwpuY0

………

……



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102 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:44:03 ID:GXwXwpuY0

 

           ///disc 2///

 

.
103 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:45:37 ID:GXwXwpuY0

#track-5

――喧しい電動ドリルの音が止んで暫くしてから、処置室のドアが開く。
機械油に濡れた白衣姿のサイバネ医師が姿を現した。

(@ゝ@)「終わったよ」

('A`)「どこか異常は?」

(@ゝ@)「関節部が少しばかり錆ついていたからギアをちょこっと交換した他は、これと言って特に。
     人工筋肉も、カーボン装甲も綺麗なもんさ。お前さんも、やっと機械の扱いってもんがわかってきたかね?」

('A`)「そうか、そいつは重畳だ」

黄ばんだマスクを顎までずらし、サイバネ医師は煙草に火を点ける。
その後ろから、着替えを終えたハインリッヒが手を握ったり開いたりしながら出てきた。

('A`)「調子はどうだ?」

从 ゚∀从「ああ、関節の滑りが大分良くなった。試してみるか?」

白磁の面に不敵な笑みを作り、鋼鉄の処女は俺に飛びかかると、コブラツイストの形を決める。
俺は溜息を一つつくと、その太ももを軽く叩いてギブアップを宣言。
舌打ちをして、構えを解くと、ハインリッヒはつまらなそうな表情を作る。
彼女も随分と冗談のセンスが落ちたものだ。
104 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:46:21 ID:GXwXwpuY0
(@ゝ@)y-~「そういや、ドクオ、お前さんもサイバネ義手にしたんだったよな?」

俺達のじゃれあいを眠たげな眼で眺めていたサイバネ医師が、紫煙を吐きながら言う。

(@ゝ@)y-~「ついでだから、お前のも見せてみろ。料金も気持ちばかりだがサービスしてやろう」

('A`)「そう言って余分な診断料をふんだくろうって腹づもりなんだろう?結構だよ」

(@ゝ@)y-~「ハッ!吹っかけるんならもっと金を持ってそうな奴にするよ。ま、お前がそう言うんなら――」

从 ゚∀从「ならば私から頼もう。このごくつぶしの左腕を診てやってくれ」

('A`)「何を余計な事を――」

从 ゚∀从「こないだから、貴様が撃ち損じた敵勢力を私が何体処分したか、数えていたか?
      私はきちんと記録している。答えは31体だ。では弾道のぶれは何処から来る?
      貴様の脳核が腐っているせいで、FCSがイカれたからか?」

問答無用で言葉を遮るハインリッヒ。
悔しい事に、彼女の言葉に嘘は無い。事実、一か月ほど前から左腕の調子は悪い。
具体的には、レスポンスの遅延と一瞬の硬直だ。

(@ゝ@)y-~「老婆心から言わせてもらえば、義手の整備不良は放っておくと、生身の方にも支障が出るぞ?
     最悪、俺とはまた別の医者に掛らなきゃならん。余計に金が飛ぶだけだぜ」

黒革の手袋に包まれた己の左手を見つめる。
最後にメンテナンスをしたのは何時だったか。憶えていない。

105 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:49:54 ID:GXwXwpuY0
('A`)「……わかった。それじゃあ俺の分も頼む」

苦々しい思いで首を縦に振る。
余計な金を使うのは気に入らないが、背に腹は代えられない。
これ以上、病院の厄介になるのはご免被りたかった。

(@ゝ@)y-~「素直で結構。なあに、そっちの嬢ちゃんと違って片腕だけだから、一時間も掛らんよ」

罅の入ったガラスの灰皿に煙草を押しつけると、サイバネ医師は白衣の裾を翻して処置室に戻っていく。俺もその後ろに続いた。

コンクリート打ちっぱなしの処置室内。
入るのは、これで何度目だったか。憶えていないが、そこまで多くは無い。

煤だらけの天井からは、配線が剥き出しの義手や義足がぶら下がり、壁際の棚には真空パック詰めにされた人工筋肉や培養臓器、合成血液パックなどが乱雑に積まれている。
部屋に一つだけの粗末な手術台へ座るように俺を促すと、サイバネ医師はその脇の銀のトレイからマイクロドライバーを手に取った。

(@ゝ@)「お前に設えてやったのは、確かギュウキだったか。実にお前さんらしいチョイスだよ」

('A`)「どういう意味だよ」

コートと手袋を脱いで、腕を捲る。
燻銀色に蛍光灯の光を反射する鉄板装甲の各所からは、筋肉繊維のような黄色と緑の配線の束が覗く。
スケルトン仕様、と言えば聞こえはいいが、ようは安かろう悪かろうの精神を体現しただけだ。

106 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:51:35 ID:GXwXwpuY0
(@ゝ@)「ギュウキは初期のモデルとしては、戦闘用義手の中でもずば抜けて頑丈だ。
     当時のバウンティハンター達なんかがよく愛用していた。あの頃は、ウチに来る奴らの大半がこれだったな」

マイクロドライバーを、鉄板装甲を止めるネジに当てて、医師はスイッチを入れる。
蚊の羽音に似た微細な回転音に、俺は束の間歯医者のソレとの相違点に思いを馳せた。

(@ゝ@)「しかしまあ、サイバネ技術の進歩に伴って、頑丈さと繊細を併せ持った義手が次々と開発されていくに従い、こいつを見る事も少なくなっていった。
     実際、ギュウキは戦闘の事だけを考えて設計されているから、握力調整なんかがかなり大雑把だ」

('A`)「今年まででもう二十個はグラスを握りつぶしたぜ」

(@ゝ@)「だろう?まあ、開発元がS&Kじゃあな。あそこは元々ガンスミスだ。
    あそこの銃との有線式ターゲット機構との互換性だとかは確かにいいが……。
    逆に言えば、それだけだ。今の時代、戦闘用義手という括りで選ぶにしても、もっといいものは幾らでもある」

('A`)「財布と相談した結果だ。それは前にも言っただろう?」

(@ゝ@)「守銭奴ここに極まれり、ってか。確かに、お前さんの相棒はそこら辺厳しそうだからな」

鉄板装甲を無造作に剥がしながら、サイバネ医師は鼻で笑う。
それについては、あの鋼鉄の処女においても「金より体の事を考えろ」という言質を頂いているが、それを口にしたらしたで、面倒になるのは目に見えていた。

107 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:52:15 ID:GXwXwpuY0
鉄板を全て剥がし終えたサイバネ医師は、染みだらけの白衣のポケットからペンライトを取り出して、俺の左腕の中身を左右に照らす。
その口から、呆れたような溜息が洩れでた。

(@ゝ@)「ヒュー。こいつぁおったまげた。こんなんで良く一年も持ったな。錆やら液漏れやらでどろっどろだ。ちょっとしたゴアだな、こりゃ」

('A`)「治るのか?」

(@ゝ@)「――治る事は治るさ。ただ、なにぶんパーツが旧式でね。揃うまで少しばかり待って貰う事になる」

('A`)「幾ら掛る?」

(@ゝ@)「施術料で二十万。パーツの料金も合わせて七十万か」

('A`)「サービスするんじゃなかったのか」

(@ゝ@)「サービス込みでだ。ホントの所を言えば百万は最低でも貰っておきたい。
     だが、あんたには嬢ちゃんの定期メンテで世話になってる。こっちも赤字覚悟だよ」

俺は苦い顔を作る。
七十万。決して少なくない出費だ。闇医者の事。無論、保険は降りない。
金で健康を買えるなら、と割り切るしかなさそうだった。
108 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:53:20 ID:GXwXwpuY0
('A`)「……分った。それで頼む。パーツが揃うのは何時頃だ?」

(@ゝ@)「一週間、と言いたい所だが、こればっかりはどうなるか。互換性を無視すりゃ、三日と掛らないが。
     あとで整備不良を訴えられちゃ、俺の沽券に関わるんでね」

('A`)「知った事かよ。一週間で用意しろ」

(@ゝ@)「ヘイ、口には気をつけな。これはお前さんの為でもあるんだ。
    互換性を無視した結果、拒絶反応でニューロリジェクションを患いたかないだろう?」

語気を強めるサイバネ医師。
眠たげに垂れたその瞳には、有無を言わせぬ眼光が宿っていた。

('A`)「――オーライ、オーライ。俺が悪かった。お前さんに任せるよ。だからそうカッカすんな」

右手を上げて降参する。
サイバネ医師は肩を竦めると、マイクロドライバーを握って、鉄板装甲を留めに掛った。

(@ゝ@)「それでいい。お前さんはもうちょっと自分の身体を気遣う事だ。モルグに入るにはまだ早い。そうだろう?」

('A`)「――どうだかね。時たま、早い所コフィンで安らかに眠るのも悪くないと思う時があるよ」

(@ゝ@)「てめえの患者からそんな言葉を聞くのは些か悲しいね。そんなに人生は辛いか?」

('A`)「辛くない人生があるんなら聞かせて欲しいね。借金、借金、また借金。
   それを返す為に下らねえ仕事を繰り返す。時々、何のために生きているんだか分らなくなる」

109 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:54:09 ID:GXwXwpuY0
(@ゝ@)「仕事があるうちが華だぜ。それと、もう一つコトワザがあってだな…なんて言ったか…馬鹿は考えない方がいい、みたいなよ」

('A`)「馬鹿の考え休むに似たり、か?」

(@ゝ@)「そう、それだ。――思うに、考えるだけ無駄なんだよ。人生ってのはな。
     何で俺はこんな事をしているんだろう、とか、何で俺は生きているんだろうとか。
     答えなんてでねえのに、無い知恵絞って考え過ぎる奴はごまんといるがよ。考えたら負けだよ」

('A`)「ハッ!お前に人生を語られるとは、俺も落ちぶれたな」

(@ゝ@)「俺も何でお前さんと人生相談なんかしてるのかと、さっきから疑問だったよ。――っとこれでよし」

最後のネジを留め終えて、サイバネ医師が鉄板装甲を軽く叩く。
手術台から降りてコートをはおりなすと、俺は彼と共に処置室を出た。

(@ゝ@)「なるたけ大急ぎで、伝手を当たってみるが、それなりに時間が掛る事は覚悟しといてくれ。揃い次第、連絡する」

('A`)「それまで俺はベッドの中で震えながら、人生について考えておくよ」

(@ゝ@)「お前さんも大概しつこい奴だな。そんなに悶々としてるんなら、気晴らしにパーっとやったらどうだ?だが、ドラッグは止めとけよ」

('A`)「そんな金があったら、事務所の返済に充てるよ」

(@ゝ@)「馬鹿野郎、俺への借金を先にしやがれ」

110 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:56:19 ID:GXwXwpuY0
軽口の応酬をそこで切り上げると、ハインリッヒを促して俺は施術所を後にする。
貸しビルと貸しビルの間、猫の通り道めいた細い路地に出た所で、肌にまとわりつくじめりとした湿気を感じ、俺は思わず頭上を仰いだ。

('A`)「こりゃ、一雨くるか?」

ツタめいてビルの壁を這うパイプや、エアコンの室外機の間から見える空は、相変わらず黒灰の分厚い雲に覆われているが、今は何時にも増してそれが低く垂れこめている。
そろそろ梅雨入りが近いのだと、今朝のニュースホロが言っていたのを思い出した。

('A`)「嫌な季節が近づいてきたな」

从 ゚∀从「メンテナンスの頻度も増えるな」

前にも似た様なやり取りをしたな、なんて事を考えながら首を戻すと、この狭苦しい路地に入ってくる人影が目に入った。

「あの野郎…俺がヘマしたからって、報酬をケチりやがって…ふざけやがって…畜生め……」

ぶつぶつと呟きながら、ふらふらとした足取りで歩いてくるその男のシルエットは、些か不格好だった。
具体的には、右の腕が左よりも随分と太く、長く、角ばっていた。

「反応速度か…?もう少し処理の速いチップに変えるか?…いや、増設パックで火薬の量を増やすべきか……」

くたびれた鼠色のトレンチコートの袖越しにでもわかる、その節くれだった右腕は間違いなくサイバネ義手だろう。
人体のバランスを欠きかけたその大きさから見ても、格納兵装が内臓されているのは明らかだ。
恐らくは、杭打ち機構か、ハンドキャノンだろうか。片腕で扱える範疇のギリギリといったところだ。

111 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:56:59 ID:GXwXwpuY0
「……おい、何見てンだよ」

俺の視線に気づいたのか、剣呑な響きで言いながら、男が俯けていた顔を上げる。
瞬間、脳裏を「二度ある事は三度ある」という言葉が過った。

( ´_ゝ§)「――って、もしかしてアンタ、あの時の!?」

驚きの声を上げるその男は、記憶が確かならば、かつての俺のクライアントだ。

(;´_ゝ§)「ま、まさかこんな所でアンタとまた会うなんてな…いやあ、偶然ってのは恐ろしいものだぜ……」

左のカメラアイを中心に配線が這った顔には、困惑と焦りが浮かんでいた。

(;´_ゝ§)「ホント偶然だ。また会うなんて、これっぽっちも――」

視線を右往左往させて、男は取り繕うように左の手を振る。

(;´_ゝ§)「イヤ、でも俺は感謝してるんだぜ。アンタがあの時見逃してくれたから、俺は立ち直る事が出来たんだ…それだけは言わしてくれ……」

卑屈な笑みが、その口元に浮かんだ。

(;´_ゝ§)「見てくれよ、これを。アンタがくれた金で義手に換えて、バウンティーハンターをやってるんだ。お、俺にしては、中々様になってるだろ?」

右の袖をたくって、男はその下の鋼の腕を見せる。
ごつごつとしたクロムメタルの装甲板が、西洋甲冑の籠手めいたシルエットを形成するそれは、二世代程前の戦闘用サイバネ義手「チャリオット」だ。
記憶が確かならば、その武骨な太腕の中には、単分子槍が格納されていて、それを火薬を使い掌からパイルバンカーの原理で打ち出すものな筈だ。

112 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:57:45 ID:GXwXwpuY0
(;´_ゝ§)「十万じゃ足らなかったから、借金をする事にはなったがよ…へへ…そんなのは屁でもねえさ……。
      クスリに溺れるのはもう止めだ。社会復帰するのさ、俺ァ……」

一度言葉を区切ると、そこで男は自身の右腕をうっとりとした眼で見つめ、クロムメタルの表面を撫でる。

(;´_ゝ§)「あの時、お前さんにドヤされてよ…俺ァビビってた…実際、小便をちびりかけた。
       ――だがよ、それと同時に、痺れてたんだ。頭の後ろを、何かに殴りつけられたような、って言うだろう?あんな…へへ…そうさ」

右腕を見つめる男の口には、引きつった様な笑みが浮かんでいた。

(;´_ゝ§)「ま、まだまだ駆け出しだけどよ…何とかかんとか、食いつないで行けてるよ…へへ……。
       もしかしたら、俺にはこういうのが向いているのかもしれねえ。今日も、新しいインプラントを増やしに来たのさ」

言いながら、男は俺の背後の闇サイバネ・クリニックを左の手で指差す。
そして、その指で首の後ろのニューロ・ジャックをほじくった。
引き抜かれた指の先には、黄色い油がべっとりとついていた。

(;´_ゝ§)「こ、ここまで来るのに色々あったがよ…人間、思ったよりも何とかなるもんだな……。
      破れかぶれになりゃあ、出来ねえ事はねえって言うかよ…まあ、それもこれもアンタのお陰なんだがな」

俺は、肩を竦めた。
114 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:58:35 ID:GXwXwpuY0
( ´_ゝ§)「もし…もしもだけどよ、アンタさえよけりゃ、今度奢らせてくれよ。
      何だかんだ言って、アンタとはゆっくり話もした事が無かったし……。
      それに、俺ァちゃんとした礼が言いてぇんだ。な?いいだろう?」

サイバネ置換していない方の男の瞳に、縋るような色が浮かぶ。
俺は、そのどんよりとした黒を暫くの間見つめていた。
やがて、俺は曖昧に頷いた。

( ´_ゝ§)「そ、そうか…ありがてぇ…ヘ、ヘへ…誰かと呑むなんて、ひ、久しぶりだな……そうか…そうか……」

安堵したように溜息をつくと、男はぎこちない笑みを浮かべる。
泣き笑いの様な、皺のよったその表情が、不思議と印象的だった。

( ´_ゝ§)「コレが、俺の端末のアドレスだ。飲みたくなったら、電話、くれよな」

鼠色のトレンチコートのポケットから、折れ曲がった名刺を取り出し、男は差し出す。
俺がそれに一瞥をくれて頷くのを確認してから、男は俺とすれ違い、闇クリニックの中へと消えていった。

从 ゚∀从「……」

無言で俺を見つめる仏頂面の相棒。
名刺をトレンチコートの内ポケットにしまい、俺は歩き出す。
鋼鉄の処女もまた、それに従った。

115 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:59:50 ID:GXwXwpuY0
从 ゚∀从「名刺は、捨てないのだな」

隣に並んだ相棒が、聞いてくる。

('A`)「ああ、そうみたいだな」

他人事めかして答えてから、空を見上げる。
どんよりとしたそこから雨粒が落ちてくるのを見て、俺達は足取りを速めた。
116 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:00:31 ID:GXwXwpuY0

#track-6

――饐えた臭いが鼻をつく。
もしも全身義体であったのならば、嗅覚のスイッチをオフにしている所だ。

('A`)「これで言うのは何度目か分らんが言わせてくれ。鼻がもげたら、換えの鼻ってつけられるか?」

傾いた冷蔵庫の上で、凝った肩を揉みながら弱音を吐く。
眼下に広がる粗大ゴミの山。
そこに腕を突っ込んでいた相棒が、振り返らずに言った。

从 ゚∀从「これで178度目になる台詞だが、言わせてもらおう。
     かつての貴様の部屋と比べたら、ここは滅菌消毒した手術室みたいなものだ」

扇風機、冷蔵庫、自転車、タイヤ、電子看板、果ては貨物コンテナから小型ジャイロコプターまでもが転がる夢の島。
ニーソク区の港湾部、遥か太平洋を望む、出島のようなその鉄屑の島は、誰が呼んだか地域住民達からは「グレイブ・アイランド」なんて通称をつけられている。
港から何十キロと離れたこの小島は、かつてはゴミ処理船によって行き来がなされていたが、相次ぐ不法投棄の末、遂にはゴミで形作られた道によって、港と繋がってしまったというショッキングな逸話を誇る、不法投棄のメッカだ。

人工的な埋め立て工事を行ったわけでもなく、ただ、無数のゴミだけによって浮島めいた形を保っているその威容は「圧巻」の二文字で済ませられるものではない。
グレイブ・アイランド周辺の海底には、海面まで出てこないだけで、多くの粗大ゴミ達が暗礁めいて沈んでおり、近隣を航行する船などがこれで船底を擦って沈んだという話は枚挙にいとまがない。
そうして座礁した船でさえもが、この夢の島を形成する鉄の陸地となる事で、このグレイブ・アイランドはその面積を今なお拡大している。
海面からビルめいて垂直に屹立するタンカーの黒い船体や、その下に群がるようにして船腹を晒しているクルーザーなどを見れば、ここがニホンのサルガッソーと呼ばれるのも頷けた。
117 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:01:38 ID:GXwXwpuY0
('A`)「何か、使えそうな物は見つかったか?」

額の汗を拭いながら、冷蔵庫の上から両腕を使って慎重に降りる。
「電脳喫茶しゅらふ」と書かれた巨大なネオン看板の上に足を置けば、そのプラスチックパネルがみしりと音を立てて軋んだ。

从 ゚∀从「いや、何も――いや待て、これは……」

こちらに背を向けたまま、鉄屑の山に手を突っ込んでいたハインリッヒが、確信めいた声音と共にその腕を引き抜く。
ケーブルや海藻が巻きついた、何世代も前のターミナルの液晶ディスプレイが、その両手に握られていた。

从 ゚∀从「ハズレ、か」

無感情に言い捨てて、彼女は液晶ディスプレイを放り投げる。
そのまま再び、黙々とゴミ漁りに戻る彼女の、汚れたゴシック・ロリータ・ワンピースの背中を見て、俺は溜息が洩れるのを禁じ得なかった。

('A`)「まさか、この歳でゴミを漁るような生活を経験するなんて、思いもしなかったよ」

从 ゚∀从「経費削減の一環だ。そもそも、事務所の経営難の十割は貴様の浪費癖と甲斐性不全が原因だろう」

('A`)「それについては、全面的に謝罪するがな……」

それにしたって、グレイブ・アイランドくんだりまで来て、ゴミを漁らないといけないなどと考えれば、惨めにもなろうものだ。

118 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:02:36 ID:GXwXwpuY0
从 ゚∀从「ゴミ漁りと考えるから惨めなのだろう。スカベンジング、もしくはサルベージと言えばいい。
     分りやすい所でリサイクルというのを採用するのもいいだろう」

('A`)「スカベンジングの方は英語になっただけだろ……」

懐からマルボロを取り出そうとして、持ってきた分は全て吸い終えてしまったことに気付く。
煙草が切れた以上、最早一分一秒でも早く帰りたかった。

無論、我が相棒がそのような怠慢を許すわけも無い。
千切れた義体の腕を検分しては、無言でそれを投げ捨てゴミの山と格闘するその背中から視線を外すと、辺りを見渡す。
何か適当な物でもないかと視線をさ迷わせていると、ズタズタになった日の丸の国旗の陰に、アップライトピアノを見つけた。

('A`)「ふむ、どれ」

煤けた日の丸国旗を取り払ってみれば、茶色の表面は思ったよりも綺麗だ。
試しに、鍵盤を叩いてみる。
くぐもってはいるが、修理に出せばまだまだ使えそうだった。

近くに転がっていた外部記憶端末の四角いボディを引っ張ってきてそれに腰かける。
鍵盤に右の手を乗せると、少し考えてから、唯一弾ける曲である所の、「ねこふんじゃった」を引いてみる事にした。

ねこふんじゃった、ねこふんじゃった、ふんづけちゃったら、ひっかいた

ねこひっかいた、ねこひっかいた、びっくりして、ひっかいた

119 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:03:16 ID:GXwXwpuY0
('A`)「ははっ、意外と憶えているもんだな」

ふざけた歌詞だが、片手だけで弾けるというのを知った当時は、ただそれだけで画期的な事だと思っていた。

無論、きちんと弾くとなると左の手も使う事になる。
演奏を止めて、黒革の手袋に包まれた左の手を見やる。
未だ、修理が済んでいないとは言え、これといった支障は出ていない。

('A`)「……やれるか?」

恐る恐る、鍵盤の上に左の手を乗せて、曲の頭から弾き直す。

ねこふんじゃった、ねこふんじゃった、ふんづけちゃったら、ひっかいた

ねこひっかいた、ねこひっかいた、びっくりして、ひっかいた

わるいねこめ、つめをきれ、やねをおりて、ひげをそれ

('A`)「おっ、おっ、いけるんじゃないのか?」

にゃーご、にゃーご、ねこかぶり、ねこなでごえで、あまえてる

ねこごめんなさい、ねこごめんなさい、ねこおどかしちゃってごめんな

――ばきりっ。

120 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:04:31 ID:GXwXwpuY0
('A`)「……」

左の手の下で、鍵盤が砕け散り、白と黒の木屑と化している。
義手の動作不良という訳ではない。
調子に乗って弾いていたら、力加減を間違えた。

('A`)「やっぱ、楽器弾くのは無理そうだな」

从 ゚∀从「相棒にゴミ漁りを任せて自分は演奏ごっこか。良い御身分だな」

('A`)「サボタージュじゃないさ。もしも使えそうだったら、持って行って売り飛ばせるかと思ってよ」

从 ゚∀从「――それをか?」

鍵盤の砕けたアップライトピアノを顎で指して、相棒が尋ねる。

('A`)「偶発的な事故だ」

俺は肩を竦めてみせた。
同時に、懐で携帯端末が振動した。

('A`)「はい、こちらD&H探偵事務所」

('A`)「…ええ、ええ、はい…分りました」

('A`)「では、これから戻りますので、夕方頃という事で…はい、お待ちしております…」

通話を切り、懐にしまう。
相棒が、何時もの仏頂面でこちらを見ていた。

?

121 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:05:50 ID:GXwXwpuY0
('A`)「仕事が入った。さっさと戻ろうぜ」

从 ゚∀从「――思っていたんだが」

('A`)「ん?」

从 ゚∀从「矢張り、D&Hというのはいかがなものか」

('A`)「今更何を言っているんだか……」

やれやれと首を振り、ゴミの山の上を歩きだす。
ここから立ち去れるのならば、仕事であっても大歓迎だった。
122 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:07:12 ID:GXwXwpuY0

#track-7

――兄を、探して欲しいんです。

ああ、これが兄の写真でして――僕とそっくりでしょう?――ええ、よく言われます。

……最後に会ったのは、僕が高校を卒業してからなので……もう、十年も前ですね。

僕達兄弟は、早くに両親に先立たれてしまいましてね。父親は僕の物心がついた時には既に居ませんでしたし、母親も僕が小学生に上がる頃には食道ガンで逝ってしまったものですから、僕らはそれから孤児院に引き取られる事になったんですがね……。

――ああ、いえ、すいません。大丈夫です。ええ…ただ、あまり、孤児院の事は思い出したくないものでして。……あそこは…何というか…とにかく、決して「良い所」とは言えない所だった。

結局、逃げ出しちゃったんです。僕達は、孤児院をね。僕が十二歳で、兄が十九歳の頃の事です。

ニーソクのあちこちを転々としましたよ。日銭は、兄がアルバイトで全て賄っていました。ここら辺は、身元照明がはっきりしていなくても、たとえ未成年であっても、「働き口」にだけ関して言えば、困る様なことはありませんからね。

アパートも、最低限の所を選んで借りる事が出来ていました。廃教会の裏側の、路地の所に「耶麻無」ってプレハブみたいな建物があるの、ご存知ですか。ええ、ええ、そこです、そこ。

僕は、あそこから小学校、中学校、高校と通っていたんです。今にして思えば、よくアパートなんて借りて居られたな、って思いますよ。万魔殿で寝泊まりしていたとしても、決して不思議じゃなかった。
123 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:08:52 ID:GXwXwpuY0
人一人が幾つもアルバイトを掛け持ちした所で、僕の学費や生活費の全てを捻出できるわけがないんです。

きっと、あの時で既に兄は裏の社会に片足を突っ込んでいたんでしょうね。

全て、僕を養う為にしてくれていたのに、僕はそれを許してやることが出来なかった。

高校三年の時です。もう、あと数週間で卒業するって時になって、兄に向って言ったんです。

卒業を機に、自分も大人になる。これからは、自分の食いぶちは自分で働いて自分で賄う。だから、もうヤクザな仕事は止めてくれって。

随分と生意気な事を言ってしまったと、今でも後悔してます。

あの時の僕は、兄がどれだけの覚悟で裏の仕事に手を出していのか、それを知らなかった。

ただ、世間体というものに怯えるだけの子供でしか無かった。

兄は、何も言いませんでした。何も言わないで、それから二日後に家から姿を消してしまいました。

残されたのは、僕用の口座に振り込まれた五百万円と、兄のピアノだけでした。

当時は、そんな無責任な兄の行動を恨み、憤る日々でした。

何も言わずに居なくなるなんて、どういう事なんだって。

やっと自分の行動を反省して、後悔するようになったのは五年前程からです。

それまでは、唯一の家族である筈なのに、捜そうともしなかった。

兄のお陰で、僕は高校も卒業出来て、ちゃんとした会社にも就職出来た。それなのに僕は――。

124 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:10:08 ID:GXwXwpuY0
――来月、結婚するんです。だから、兄には是非出席してもらいたくて…今更、ムシの良い話かな、とも思うんですが……。

兄のお陰で、僕はこんなに幸せになれた、兄のお陰でここまで来る事が出来た、それを兄に伝えたいんです。そして謝りたいんです。あの時の言葉を。

だからどうか。どうか、兄を、捜してやってくれませんか。

('A`)「“報酬は、そこまで多くは用意出来ませんが”」

从 ゚∀从「我らが事務所の相場も随分と下がったものだな。
私としては、あの額では猫一匹捜してやる気にはならないものだが」

('A`)「“仕事を選んでいる程高貴な身分では無いだろう?”ってのは、何時ものキミの言葉と記憶しているが」

从 ゚∀从「塩豚への調査費用も含めれば、完全に赤字だ。こんなふざけた仕事は前代未聞だな」

('A`)「宣伝効果を期待してるんだよ」

「一体何を宣伝しようというのだ。貴様の頭の悪さか?」、というハインリッヒの言葉を聞き流して、後ろ腰からカスタムデザートイーグルを抜いて構える。

「イヒ…いヒヒ…アバー…アア…ヒッヒッヒヒ…」

闇の吹き溜まりの中から、引きつった笑い声が上がった。

125 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:10:54 ID:GXwXwpuY0
('A`)「……この中に、入っていくのか?」

从 ゚∀从「それが、仕事と言うものだ」

万魔殿。崩れかけたビルの廃墟の一室。
俺達の目の前には、地下へと続く階段が口を開けている。
傾きかけた太陽の、橙色の光さえも届かない、暗闇への入り口だ。

「アヒッ!ヒヒヒッ…ヒヘッ!…ウブブ…ゴエ…ッフ――ヒィヒィイィヒヒッ!」

暗がりの中から、再びあの引きつった笑い声が響いてくる。
常人のものからはほど遠い、病み、狂ったような、そんな響きの笑い声。

俺は、もう一度相棒の顔を振り返る。
傍らの相棒は目を閉じ、首を左右に振った。

('A`)「――やれやれ、だな」

カスタムデザートイーグルから結線ケーブルを引っ張り、ニューロジャックに繋げる。
左手で銃を、右手でマグライトをそれぞれ頭の高さに構えると、俺は地下室への階段を一段一段、慎重に降りて行く。

マグライトの明りの中に照らし出される、朽ちかけたコンクリート壁からは、パンクス達が描いていったであろう、スプレーグラフィティアートの髑髏や悪魔などがこちらを睨んでくる。
階段のそこここには、鼠の糞や酒瓶の破片、何十年も前の新聞の切れはしなどが散乱しており、アンモニアとアルコール、そして仄かな血の臭いもがそれに混じり合い、吐き気を堪えるのにも一苦労した。

126 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:13:53 ID:GXwXwpuY0
思いの他長い下りの末、視界が開ける。

深さにして、地下5メートル程だろうか。
地下室の割には天井の高い部屋は、元はボイラー室だったのだろう。
パイプやダクトが這いまわり、錆ついたボイラー設備が無言のままに鎮座する空間。
階段を降り切って、真っ直ぐ、突き当りの壁に、背を預けて座り込む人影があった。

( ※_ゝ§)「ヒヒ…アー…イイ…ソイツを…アア……」

('A`)「……」

これで、会うのは五度目だな。
そんなことを、ぼんやりと考えながら近づいて行き、その前にしゃがみ込む。
サイバネティクスの配線が顔面を這いまわる男は、俺の接近にも何ら反応を示す事も無く、痙攣した様な笑いを漏らし続けていた。

( ※_ゝ§)「コ、コレが…フィヒ…き、キモチイイんだ…アア…フィヒヒヒ!」

前に会った時は、右腕と左目だけだったサイバネ改造は、今は右眼と左腕にまでも広がっている。
配線や強化樹脂装甲が露出する男の左耳の下には、追加ニューロジャックやソフトウェアソケットが増設されており、そこからは膿みと機械油の混じった腐汁が溢れ、彼の肩に垂れていた。

改造に次ぐ改造。整備不良によるサイバネティクスの老朽化。
それらによってニューロンが損傷した結果、精神を病む者は少なくない。
目の前の彼もまた、「サイバーサイコ」と呼ばれるその一人だった。

127 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:14:51 ID:GXwXwpuY0
('A`)「……」

頭の高さに構えていたカスタムデザートイーグルを、だらりと下ろす。
こうなってしまったら、もうどうする事も出来ない。
ふん縛ってアサイラムに入れた所で、何かが変わるわけでもない。傷ついたニューロンを修復することなど、今の科学では不可能だ。

俺は、踵を返す。
腹の底から胸へと向かって、言いようのない倦怠感のようなものが、せり上がってくる。
背後で聞こえていた笑い声が、ふいに途切れた。

(;'A`)「――シッ!」

即座に振りかえり、銃を構える。

( ※_ゝ§)「ケヒ!ケヒヒヒィィイイ!」

バネ仕掛けめいて飛び出してくる男を、ニューロンが補足。
コンマゼロ秒の誤差も無く、パルス信号の命令で、直結されたカスタムデザートイーグルのトリガーが引かれる。
少なくとも、引かれはした。

(;'A`)「なっ――!?」

腰の高さで固まった左腕。あらぬ方向へと飛んでいく銃弾。ここに来てのフリーズ。
たとえそれが、一コンマの遅れであろうと、命のやり取りにおいては致命的な遅れだ。
低く飛んだ男が、両腕を熊めいて振りかぶった姿勢で、突っ込んでくる。
咄嗟に左の手で上体を庇おうとするが、三世代も前のサイバネ義手は未だその硬直が解けない。
間に合わない。俺は、反射的に目を閉じる。

128 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:15:49 ID:GXwXwpuY0
予測された痛みは、しかしやってこなかった。
ゆっくりと目を開ける。

从 ゚∀从「やれ、矢張り貴様を先行させるべきでは無かったな。これは私の判断ミスだ」

黒衣の堕天使めいた鋼鉄の処女が、サイバーサイコの振り上げた左の長腕を、両手の長物で受け止めていた。

从 ゚∀从「――で、“コレ”は処分してしまっても構わないか?」

つばぜり合いを続けながら、鋼鉄の処女は振り返らずに尋ねてくる。

( ※_ゝ§)「イヒ!フィヒヒヒー!裂いて!裂いて!裂きたいのおおおお!アヘヒャヒャヒャ!」

俺は、依頼人の言葉を束の間思い出す。

「来月、結婚するんです。だから、兄には是非出席してもらいたくて…今更、ムシの良い話かな、とも思うんですが……」

「兄のお陰で、僕はこんなに幸せになれた、兄のお陰でここまで来る事が出来た、それを兄に伝えたいんです。
 そして謝りたいんです。あの時の言葉を」

('A`)「……」

俺が答えを出しかねている間にも、鋼鉄の処女はサイバーサイコを腕ごとその長物で押しやり、自分もバックステップで距離を取る。
ボイラー室の狭い通路ギリギリの長さを誇る彼女のエモノは、幅広にして肉厚な刃を持つ大鎌だ。
伸縮式の柄と取り外し可能な刃によって構成されるそれは、何の特殊機構も持たない極めて原始的な武装だ。
刃自体の重量と、伸縮式の柄により間合いの調整が可能な事以外、何の強みも持たないそれは、本来は常人が扱う様な代物ではない。
ハインリッヒが、人外の運動能力を有する鋼鉄の処女が握ってこそ、初めて一線級の活躍が期待できるものなのだ。

129 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:17:22 ID:GXwXwpuY0
( ※_ゝ§)「ヘヒ…ヘヒヒ…?」

从 ゚∀从「……哀れな奴だ。私の主の次くらいには、哀れな奴だよ、貴様は」

二人は、互いの間合いを窺うように、足を前に出したり引っ込めたりしながら、通路の間で睨み合う。
だがすぐに、サイバーサイコの方が待ちきれなくなり、右の腕を腰だめに構えて地を蹴った。

( ※_ゝ§)「刺して!挿して!サシテサシテサシテサシテエエエ!」

鋼鉄の処女に向かって一直線に突進するサイバーサイコの右腕の掌が、カメラのファインダーめいて開く。
ボディブローの要領でもって、電撃的速度で突き出される右腕。
その肘の部分に仕込まれた火薬が炸裂し、くい打ち機構めいて打ち出された単分子ランスの鋭い切っ先が、鋼鉄の処女を狙う。

ハインリッヒはこれを、上体を僅かに逸らして回避。
サイバーサイコはすぐさま右腕を引き戻し、続く第二撃を放つ。
瞬時に格納された単分子ランスが、次弾の装填の済んだ火薬によって再び爆発的に突出。
鋼鉄の処女は上体と膝を曲げてブリッジの姿勢。
難なく避けると、そのままの姿勢で両手を地面につき、バックフリップの勢いで蹴り上げた。

下から掬いあげるように繰り出された爪先が、カミソリのような鋭さでサイバーサイコの顎を捉える。
金属と金属のぶつかる硬質な音。鋼鉄処女の重い蹴りを受けたサイバーサイコはよろめき後ずさる。
一回転して姿勢を整えたハインリッヒは、大鎌を構えて一歩前進。両者の距離は2メートル弱。

从 ゚∀从「攻撃が単調に過ぎる。最も、サイコに判断力を求めるのが間違いか」

無機質な言葉と共に、両手の中の大鎌を振るった。

130 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:18:03 ID:GXwXwpuY0
( ※_ゝ§)「アバッ!?アババババ!?」

銀の閃きとなった大鎌の切っ先が、サイバーサイコの右腕を捉える。
和紙を勢いよく千切る様な断裁音に続いて、西洋甲冑の籠手めいたサイバネ義手が宙を舞う。
一拍遅れて、その平坦な切断面から、潤滑油と血の混じり合った毒々しい液体が噴出、地下ボイラー室の湿った床を斑に染めた。

从 ゚∀从「トドメッ!」

振り抜いた勢いを利用して大鎌を頭上で回転。
ハインリッヒは袈裟掛けに切り下ろす。
死神の審判めいたその切っ先がサイバーサイコの肩口を捉える寸前、狂える男はその場で後ろに跳躍、死の刃を逃れると同時、後方の壁を蹴って斜め上からの奇襲に出た。

( ※_ゝ§)「アイイイイイ!エエエエエェエ!」

サイバーサイコが頭上で振りかぶる右の腕は、左に比べて線の細いシルエットの鉄板装甲に覆われている。
軽装鎧の籠手めいた上腕部の装甲が跳ね上がり、そこからスリット状の発射口が出現。
空気の抜けるような乾いた射出音と共に、そこから円盤状の小型刃が無数に飛びだした。

閃く銀環の群れが、鋼鉄の処女の黒衣を裂いて、その上体に次々と突き刺さる。
矢襖めいて円盤を生やした鋼鉄の処女は、しかし怯む様子は無い。

从 ゚∀从「羽虫の特攻が――」

先に袈裟掛けに振りおろしていた大鎌の刃を上に向け、彼女は柄を逆手に握り直す。

从 ゚∀从「私を止められるなどと思いあがるな!」

怒号と同時、鋼鉄の処女は逆手に握った大鎌を振り上げる。
悪鬼の下顎から突き出す牙めいて跳ね上がった大鎌の切っ先が、頭上に迫ったサイバーサイコの腹を貫通。
振りあげた勢いもそのままに、鋼鉄の処女は半身を捻ると、空中で串刺しにした狂人の身体を、後ろの床に叩きつけた。
131 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:19:05 ID:GXwXwpuY0
( ※_ゝ§)「オグッ――!カッ――ポッ――!?」

ずしりと音を立ててボイラー室の床に伏したサイバーサイコの口から、血の泡が吹き出す。
蛙めいて手足を痙攣させるその体は、大鎌の刃によって縫い付けられ、最早身動き一つ取れそうも無い。
最後の足掻きとばかりに、大鎌の刃を掴もうとする右の手を、鋼鉄の処女が無慈悲に踏みつけた。

从 ゚∀从「――それで、どうする?」

刹那の内に殺陣を終えた鋼鉄の処女が、上半身に食い込んだ銀環を引き抜きながら、こちらを振り返る。
血の様に真っ赤な双眸は、相変わらずの機械らしい無表情を湛えて、真っ直ぐに俺を見つめていた。

从 ゚∀从「ここで処分して、依頼主には適当な報告を返すか?それとも拘束して連れ帰り、引き合わせるか?」

('A`)「……」

妙に気だるい体を動かし、サイバーサイコの元へ近づき屈みこむ。
未だに痙攣し続けながら、血の泡を噴き出す男の顔を、俺は覗きこんだ。

( ※_ゝ§)「ゲフッ――ガッ――ハァ…カアァ…ェエェ――ッサをヤるのサ…」

虫の息の彼の口が、意味のある言葉を紡ごうとしている。
俺は、耳をそばだてた。

132 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:20:07 ID:GXwXwpuY0
( ※_ゝ§)「俺がマスターで…お前が給仕でよゥ…ヘヘッ――ジャズ喫茶を…やるんだ」

むせながらうわ言を言う男の眼は、焦点があっていない。

( ※_ゝ§)「だから――お前…ジャズ喫茶だからヨゥ…練習――チャんとしておけよゥ――ゲホッ!ウェホッ!エホッ!」

('A`)「……」

( ※_ゝ§)「オオオオオレも――ゲホッ!ガホッ!――ピピピアノの…練習…しとくかラ――ウェッ!…馬鹿野郎――俺ァ、お前とは年季が――ゲホッ!ガボッ!ゴボッ!」

そこまで聞いて、俺は立ち上がる。
カスタムデザートイーグルの遊底を引いて、銃口を男の頭に向けた。

( ※_ゝ§)「イイ案だと思わねェか?なあ、兄弟でジャズ喫茶だ――なあ――」

俺は、無言でトリガーを引いた。
乾いた音が地下室にこだまし、男の身体が一瞬大きく跳ねた。
薬莢が、ボイラー室の床を叩く音が、耳朶を打った。

133 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:21:43 ID:GXwXwpuY0
从 ゚∀从「依頼主には、何と報告する?」

大鎌を引き抜き、柄と刃を分解しながら相棒が聞いてくる。
しばらく考えてから、俺は答えた。

('A`)「病死だ。過労が祟っての病死。カルテや戸籍は適当に用意する」

ホルスターに銃をしまいつつ、コートの内ポケットを探る。
くしゃくしゃになった紙片を引っ張り出して、それを開く。
ミミズののたくったような字で書かれたアドレスを一瞥してから、俺はそれを男の亡骸に向かって放った。

从 ゚∀从「――結局、一度も飲むことは無かったな」

別段興味も無さそうに言う相棒を促し、俺は地下室の階段へと足を進める。

('A`)「そういう事の方が多いさ、この街では」

言いながら火を点けたマルボロは、味がしなかった。
134 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:23:18 ID:GXwXwpuY0

track-8

――その日の「コシモト」には、俺達以外の客の姿は無かった。

∬´_ゝ`)「ン何よモウ!今日は暇だったからもう閉めようと思ってたのにン!」

来店一番、俺達の姿を認めた姐者が顰め面で口をとがらせる。

('A`)「客商売がそんな事を言ってて成り立つのか?」

∬´_ゝ`)「アータ達は別ヨゥ!うちにボトルも入れてくれないじゃないの!」

相棒が入ったのを確認して、後手にドアを閉めるとガラガラのカウンターに腰を下ろす。

('A`)「それじゃあ今日は特別だ。コレで空けられる適当なウィスキーを頼む」

一万円のクレジット素子を、カウンター越しに姐者に放る。
両の手で挟むようにしてそれをキャッチした彼女が、珍しそうに眉を上げた。

∬´_ゝ`)「何?ボトル?アータが?何があったのヨ?」

('A`)「快気祝いだよ。俺の」

∬´_ゝ`)「ハァ?アータが病気?ヤダモウ、変な冗談止めテよネ!」

右の手を振り、ケタケタと笑いながら酒瓶棚へと向かう姐者。
隣の相棒が密かに鼻を鳴らすのを聞きながら、俺は黒革の手袋に包まれた左の手を見つめる。
ここに来る度に何度も繰り返したが、もう一度掌を握っては開いてみる。
微細な稼働音こそすれ、以前よりも遥かにマシになった感触がニューロンに返ってきた。
135 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:24:16 ID:GXwXwpuY0
('A`)「そう言えば、前にキミは事務所の名前が気に入らない、って言ってたな」

右隣に行儀よく座って、お冷のグラスをじっと見つめる相棒を振り仰ぐ。

从 ゚∀从「んん?ああ、そう言えばそんな事もあったな」

膝の上に両手を揃えて、魅入られたようにグラスを見つめていた彼女は、まるで慌てたようにしてこちらを向く。
カウンターで酒瓶を吟味する姐者をちらりと見て、先の鋼鉄乙女の挙動を思い出した俺は、胸中で密かに笑った。

('A`)「今、良い案が思い浮かんだんだ。リブート、と言うのはどうだろう」

从 ゚∀从「リブート?再起動?――由来は?」

問い返してくる相棒に、左の手を振って見せる。
相変わらずの仏頂面でそれを見ていた彼女は、口を半開きにしたまま暫く思案するかのようにしていたが、やがて鼻を鳴らして首を振った。

从 ゚∀从「まあ、貴様にしては悪くないんじゃないか?」

('A`)「新しい門出、ってわけ。再出発だよ」

从 ゚∀从「これで借金もリセットされれば言う事は無いんだがな」

('A`)「違いねえ」

136 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:25:32 ID:GXwXwpuY0
束の間、封を切っていない督促状の山の事を思い出しかける。
幸いな事に、目の前に勢い良くおかれたウィスキーのボトルが、俺の思考を遮ってくれた。

∬´_ゝ`)「どうせもう閉めるつもりだったんだから、アタシにも付き合わせなさいヨ」

氷の入った二つのグラスに、銘柄も知らないウィスキーが注がれる。
先に注いだグラスに俺が手をつけようとすると、姐者はそれをひったくる様にして奪うと、一気に煽ってゲップを吐いた。
俺は、唖然としてそれを見つめるしかなかった。

∬´_ゝ`)「アータ達だからこんな姿見せるのヨ」

('A`)「嬉しくねえよ」

∬´_ゝ`)「ヤーダー!モーウ!」

芝居めかしてしなを作ったかと思えば、一転、厚かましい中年女性の態度で笑いだす姐者に、俺は顰め面を作る。
仕方なく、手酌でウィスキーをついでいると、視界の端では隣の相棒が、カルピスの入ったグラスを前に、再びあの姿勢を取っていた。
洗浄が面倒なので、今までこのような場面になる度お預けをくわせていたが、少しばかり哀れに思えた。

∬´_ゝ`)「それよりヨ、ちょっとアレ見テ、アレ」

既に赤ら顔になりつつある姐者の指し示す先、カウンター席の隅の壁には、古ぼけたグランドピアノが置いてある。

137 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:26:30 ID:GXwXwpuY0
∬´_ゝ`)「こないだ馴染みのお客さンがね、持って来たのよ、ソレ」

('A`)「は?」

∬´_ゝ`)「トラック呼んでヨ!?信じられル!?」

グラスを煽ろうとして開いていた口が、そのままの形で固まる。

∬´_ゝ`)「ピアノの心得があるから、ここで弾きたいって言いだしてサ。
      でも、ウチにそんなピアノを買うお金なんテ無いッテ言ったのよ。
      そしたら、自分で用意するカラいいって言って、それでアレよ」

「ホント、信じられないわ」と言いながら、二杯目をグラスに注ぐ姐者。

从 ゚∀从「世の中には、貴様以上に想像を絶する狂人が居るものだな」

皮肉っぽく言って、相棒はカルピスのグラスを手に取る。
唇にグラスが触れた所で、我に返ったのか、彼女は恨めしげな顔でグラスをカウンターに置こうとした。
視線でそれに、OKサインを出す。
目を見開いた後、彼女は僅かに眉を顰め、それでもグラスを空にした。
口元が僅かに緩んだ。

∬´_ゝ`)「でもネ、結局そのお客さん、それから一度もウチに来てないのヨ。
      連絡先も知らないし、捨てるにもお金が掛るじゃない?だから仕方なく、そこに置いてるッテわけ」

('A`)「まあ、置いてる分には金は掛らんからな」

138 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:27:55 ID:GXwXwpuY0
言いながら、グラスを空にしてカウンターに置くと、俺は立ち上がってピアノの方へと近づく。
年季こそ入っているが、黒塗りのそれには傷一つ無い。
不釣り合いに粗末なパイプ椅子に腰を下ろすと、鍵盤を覆うカバーを上げた。

∬´_ゝ`)「なにアータ、ピアノ弾けるの?」

('A`)「いや別に」

露われた鍵盤も綺麗なものだ。
白い鍵盤の上に両手を乗せると、俺は矢張り「ねこふんじゃった」の譜面を頭に思い浮かべた。

ねこふんじゃった、ねこふんじゃった、ふんづけちゃったら、ひっかいた

ねこひっかいた、ねこひっかいた、びっくりして、ひっかいた

∬´_ゝ`)「やだもう、下手くそねェ。アタシのがヨッポドか上手いワヨ」

('A`)「芸才には恵まれてなくてね」

言いながらも、鍵盤の上を打つ指は止めない。
修理を済ませた為か、左の手も前より滑らかに動いている。

にゃーご、にゃーご、ねこかぶり、ねこなでごえで、あまえてる

ねこごめんなさい、ねこごめんなさい、ねこおどかしちゃってごめんな

歪んだ音が、ひと際高く響いた。
俺は、両の手を止めた。

139 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:28:57 ID:GXwXwpuY0
∬´_ゝ`)「ンモー、ホンッと下手くそ。なにヨソレ、小学生?アータ小学生でももっとマシよソレ」

げんなりした表情で茶々を入れてくる姐者に苦笑いを返して、左の手を見つめる。
黒革の手袋に包まれた三世代前の戦闘用義手は、相変わらず低いモーター音を立てていた。
140 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:29:41 ID:GXwXwpuY0

Epilogue

――暮れなずむ夕日が、あばら家の建ち並ぶ下町の傍らを流れる、ドブ川を黄金色に染め上げる。
少年とその兄は、まばゆい金の輝きを反射する川沿いの堤防を、二人並んで家路についていた。

「ねえ、兄ちゃん、僕の演奏どうだった?」

胸の前で、両手を演奏の形にして動かしていた少年が、傍らの兄を振り仰ぐ。
黒い楽器ケースを肩に担いだ兄は、小さく鼻を鳴らすと、その顔に意地の悪い表情を浮かべた。

「まだまだだな、ありゃ。全然、まだまだ」

「えー!だってお客さん、沢山拍手してくれたよ!?」

「そりゃ、お前がガキだからサービスしてくれたんだよ、馬鹿」

兄の言葉に、少年はしゅんと項垂れる。
予想以上のその落ち込みように、兄は幾分かばつの悪い表情で頭をかいた。
カラスが、遠くの空で鳴いていた。

「あー、その、なんだ、それじゃあ今度一回、俺と音合わせしてみるか?」

「だって兄ちゃんピアノじゃん。意味無いじゃん」

「馬鹿、他の楽器に合わせるってだけでも、練習になるんだよ」

「本当に?」

「本当だ」

141 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:30:42 ID:GXwXwpuY0
納得のいかないような顔を作る少年。
その歩みが、知らず知らずのうちに遅くなる。
夕飯の買い物を済ませた主婦が、スーパーの袋を自転車の籠に入れて通り過ぎていく。
兄は、空いている手で少年の背中をどやしつけた。

「ジャズ喫茶、やるんだろ?なあよ?だったら、今からその時の為に練習しねえとよ」

少年は、兄の顔を見上げる。
兄はそれに、にっかと笑ってみせた。

「ちゃんとよ、俺の演奏についてこられるように、練習しねえとなあ。お前はまだまだだから……」

ぶつぶつと言いながら歩き出す兄の背中を、少年は足を速めて付いて行く。

「ねえねえ、じゃあどっちがマスターやるの?僕?」

「はっ?お前、酒作れんの?」

「作れるようになる!」

「あそう」

「作れるようになるよ!」

「酒もいいけど、お前はサックスの方をいっちょ前にしろよ」

「うん!」

142 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:32:18 ID:GXwXwpuY0
「分ってんの?」

「うん!」

「本当に?」

「うん!」

目を輝かせて、自信満々に頷く少年に、兄は苦笑を返すと再び前を向く。
夕焼けが、丁度彼らの向かう先を照らして橙色に灼熱していた。

「約束だぞ。ちゃんと、サックスの練習をすること」

「約束する!」

元気に返事を返す少年に、兄は手を差し出す。
その手を握ろうともせずに少年は駆けだすと、兄を追い越していった。
紅の中で逆光になったその背中を、目を細めて見送りながら、兄はゆっくりと瞬きした。

「兄ちゃん、早く!早く!」

ある日の、帰り道の事だった。
144 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:37:49 ID:GXwXwpuY0
 

 

         从 ゚∀从は鋼鉄の処女

           =Яeboot=
 

         「the common case」

 
          /// the end ///

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