18 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:16:46 ID:pisun.Qw0

 

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19 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:20:48 ID:pisun.Qw0

………

……



insert disc to 「The common case」

///hava a nice dive!///

20 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:25:26 ID:pisun.Qw0

 

Purple haze all around

Don’t know if I’m comin’ up or down

Am I happy or in misery?

Whatever it is, that girl put a spell on me

 

……Purple Haze/Jimi Hendrix

.

21 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:26:57 ID:pisun.Qw0

 

从 ゚∀从は鋼鉄の処女のようです

 =Яeboot=


「The, common case」

 

.

22 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:28:27 ID:pisun.Qw0


 
 
///disc.1///

 

.
24 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:29:45 ID:pisun.Qw0

Prologue

 
――少年がそのショーウィンドウの前に立ち尽くしてから、もう三十分ばかりの時間が経っていた。
朝から降っていた雨が上がり、雲間からやっとこさ太陽が顔を覗かせた、それは日曜日の午後の事だった。

黄色いレインコートを着て、揃いの傘を小脇に抱えた少年は、小路を歩く人々の視線も意に介さず、小さなまなこをめいっぱいに大きく開いて、水垢のこびりついたガラスケースの中を睨みつけている。
うらぶれた通りの寂れた楽器屋。その展示ガラスの向うでは、年季の入ったテナーサックスが飾り台の上で鈍い光を放っていた。
金色の輝きを反射した少年の目が、ゼロの沢山ついた値札に注がれる。
レインコートのポケットからロケットのアップリケのついた財布を取り出すと、少年はその中身を覗きこんで溜息をつく。三十分ばかり前から数えて、これで七度目の溜息だった。

「おーい、お待たせー」

雨粒を跳ね上げて、もう一人の少年がそこにかけてくる。
青色のレインコートを着たその少年は、黄色いレインコートの少年よりも頭二つ分程背が高く、両の手にそれぞれアイスクリームを握っていた。
25 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:32:01 ID:pisun.Qw0
「はいこれ、お前の分」

息を切らせて走ってきた青色のレインコートの少年は、ショーウィンドウの前までやってくると、左手に握ったチョコミントフレーバーのアイスをもう一方の少年に差し出す。
黄色のレインコートを着た少年は、それを一瞥しただけで顔を戻すと、再びショーウィンドウの中へと目を向けた。
古ぼけた中古のテナーサックスは相変わらず鈍い光を放っており、値札に並んだゼロの数も変わることはなかった。

「欲しいのか?」

背中越しに掛けられた言葉に、黄色のレインコートの少年は返事を返さない。
ランドセルの中にしまったままの給食費袋の事を少年は思い出す。ここで「うん」と返事を返しただけで、どうにかなる様なものではないと知っていた。

「どうしても、欲しいのか?」

だんまりを決め込んだまま恨めしげにショーウィンドウをにらみ続ける弟に、青のレインコートを着た少年は微かに嘆息をつく。
彼の手に握られたチョコミントのアイスは、既に溶け始めていた。

「――あーあー。またバイト増やさないといけないなあ」

やぶからぼうのそのぼやきに、黄色のレインコートの少年ははっとして顔を上げる。
両手を頭の後ろに回した兄の視線は、明後日の方向を向いていた。

「今度は何にすっかなあ。やっぱ工事現場が一番稼ぎが良いかなあ」

わざとらしい口調でぼやきながら、青のレインコートの少年は罅の入った楽器店の自動ドアの方へ向かって歩いて行く。
自分よりも頭二つ分大きい兄の後を慌てて追うと、黄色のレインコートの少年はその背中に飛びついた。
26 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:33:12 ID:pisun.Qw0
「ホントに、ホントにいいの?」

「はあ?何のこと?」

必死な顔をして聞いてくる弟を振りかえってとぼけてみせると、青のレインコートの少年は両手のアイスを弟に渡し、楽器店のドアをくぐる。
カウンターでまどろんでいた店員を起こしてショーウィンドウの中のテナーサックスを指差す兄の様子を、黄色のレインコートの少年は先にショーウィンドウを見つめていた時よりも更に大きく開いた眼で見つめていた。

やがて会計を終えた兄は、黒いケースを手に下げ店から出てくると、弟の手に握られたチョコミントアイスを奪い取り、空いたその手に黒の楽器ケースを押しつけた。

「お前、荷物持ちな」

ぶっきらぼうに言い捨てる兄の言葉におざなりな頷きを返し、黄色のレインコートの少年は火がついたかのような動きでケースの留め金を外す。
年季の入ったテナーサックスが、雨上がりの陽光を反射して、金色に輝いた。
黄色のレインコートの少年は、兄の顔を見上げる。

「おい、ちゃんと閉まっとけ。落としたりしたら承知しないからな」

ばつの悪そうな顔で視線を逸らす兄に、頷きを返す少年の顔には、テナーサックス同様に光輝く、満面の笑みが浮かんでいた。

「ありがとう、兄ちゃん!」

ある、雨上がりの日曜日の午後の事だった。
27 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:34:39 ID:pisun.Qw0

#track-1

――四隅の両面テープ(あのホームセンターで売ってる特別強力なやつだ)を剥がしたところで、俺はそれをくるりとひっくり返すと、目線の高さに合わせて事務所の錆ついたドアに貼りつける。
黒塗りの真新しい表札の上には、流麗な筆記体で「D&H detective」の銀文字。
予想以上に様になっているじゃあないか。

('A`)「うむ、イッツ・ソゥ・オシャンティ。どこからどう見てもお洒落な喫茶店だ。
ブラックボードに本日のお勧めを書いてイーゼルに立てかけて置けば、女子大生の顧客獲得も容易いぜ」

努めて満足げな顔を作ると、一歩下がって新たな事務所の入り口を見上げる。
通りに面した木目調の壁には西洋風の窓が五つ等間隔で並び、その下で行儀よく整列した植え込みから見ても、かつてはここがバーか喫茶店かだった事を窺わせる。
正面から見て右側の端にある、こじんまりとしたポーチと青銅を模した色合いに塗られたドアなども、如何にもといった作りで、首を左右に振ったりしなければ、ウラバラ・ストリートの喫茶店と言っても差支えは無いだろう。

('A`)「――首を、左右に振らなければな」

現実から背けていた視線を無理矢理に戻して、ビルの両脇を見やる。
右側には「兎夢猫〜トム・キャット〜」のピンクの看板が下がったソープランド。左側には錆ついたシャッターが半開きになった違法バイオ端子屋(これは果たして営業しているのかどうかも怪しい)。
VIP特別指定政令都市、ニーソク区13番街。ここが、風俗街と非合法商店街の間に挟まれた胡乱な通りの中にあるという事実は、出来るのならば思い出したくはなかった。
最も、ウラバラ・ストリートそのものに事務所を構えるなんて、死んでも嫌ではあるが。

28 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:37:30 ID:pisun.Qw0
「おい、聞いてくれドクオ。私は今凄い事を発見したのだがな――」

背後から掛けられた声に振りかえる。

从 ゚∀从「貴様を貶める為に幾つもの悪罵のバリエーションを考え続けてきた私だったが、
このたび遂にこれ以上なんという呼び名で罵倒したらいいのか分らなくなった」

買い物袋を両腕にぶら下げた、馴染みの相棒の姿がそこにあった。

('A`)「いや、それは重畳。俺もここ最近は、君の罵倒に対してい
ちいち気のきいたジョークを返してやるのが億劫になってきててね。歳かね」

銀の髪に赤い瞳。何時も召しているゴシック・ロリータのワンピースは、夏に合わせてやや薄手のものになっている。
最も、彼女にとっては夏の暑さも冬の寒さもおよそ関係の無い事ではあるのだが。

('A`)「いい機会だし、これからは清純系女子っぽい口調になってもいいんじゃないかな」

从 ゚∀从「え〜?そうですか〜?そっちの方がいいですか〜?」

声音だけを妙に甲高く黄色に、相も変わらずの仏頂面で彼女はその色素の薄い唇を開く。
何時ものことながら、彼女は俺に「ある日突然、フードプロセッサーが女の子の声で喋ったらどういう気持ちになるか」というのを懇切丁寧に教えてくれる。
彼女の存在があるからこそ、俺は寂しい夜にセクサロイド専門の風俗店の自動ドアを潜る様な過ちを犯さないでここまでこれたと言っても、過言ではないだろう。無論、皮肉だ。
31 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:39:33 ID:pisun.Qw0
从 ゚∀从「で、それが新しい事務所の表札か?」

大きく膨れた買い物袋を提げたままの右手を上げて、相棒が俺の後ろを指差す。
彼女の視線は、俺が二時間をかけてやっとの思いで作り上げたあの表札を無感情な瞳で見つめていた。

('A`)「そ、ドクオ&ハイン、探偵事務所。だからD&H detective」

彼女の名前はハインリッヒ。特A級護衛専任ガイノイドに分類される、鋼鉄の処女、アイアンメイデン、所謂ロボット。
俺達は何でも屋。金さえ積まれれば、世の中の面倒事を一手に引き受ける、縁の下の力持ち。
飼い犬の散歩から庭の害虫駆除、護衛任務にトランスポート、相応のペイが望めるのなら、合法非合法は問わない。
真っ当な人間からしたら、言わばヤクザモノの商売だ。

从 ゚∀从「ドクオとハイン、というのでは少し語弊があるな。
     ドクオonハインでDoHか、もしくはハインwithドクオでHwDにすべきでは?」

('A`)「…まあ、お好きに」

从 ゚∀从「それと、detectiveというのもこのままでは表示詐称になる。実務内容から大きく逸脱しているからな」

('A`)「それじゃあ、キミの案は?」

从 ゚∀从「そうだな、分りやすさを追求して“生体廃棄物博物館”というのはどうだ?」

('A`)「いいね、的を射ている。これ以上ないくらいに的確だ」

从 ゚∀从「惜しむらくは展示品がドクオ一体のみな点だな」

32 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:41:15 ID:pisun.Qw0
('A`)「んで、言ってた通りの買い物は済ませたのか?」

日課の戯言に適当な返事をしてから、彼女の手にぶら下がった買い物袋を指差す。
帽子を被ったスカンクのマークがプリントされたホームセンターのビニール袋の口からは、食器やメタルラックなどがその顔を覗かせていた。

从 ゚∀从「買い物メモの象形文字を解読するのに手こずったが、他は滞りない」

右手の買い物袋を俺に押しつけながら彼女は憎まれ口「のような言葉」を使うが、彼女ほどの高性能な人工知能を有したアイアンメイデンが買い物メモを必要とするわけがない。
言わば、人間らしさの演出と俺の趣味を兼ねた手心というものだ。恐らく俺のこの行動は他人からは、理解しがたいフェティズムにも映るのだろう。

('A`)「よし、コーヒーもちゃんと買ってきてるな。オーケー、ここらで一つ一服をいれるか」

買い物袋の中を確認し、目当てのインスタントコーヒーの瓶を取り出すと、ハインに先じて新たな事務所の扉を開ける。
四十畳ほどの部屋は横に長く、奥にはバイオヒノキのバーカウンターと同じ素材の酒瓶棚、カウンターから見えるフロアには小さな木製テーブルが二席。
床の各所には未だに荷解きをしていないダンボールの山が転がって散らかっているとはいえ、かつてはバーか喫茶店が入っていたであろう、この新たな事務所の雰囲気を、俺はそこそこに気に入っていた。

从 ゚∀从「さて、今日ぐらいは私が茶の準備をしてやろう」

買い物袋をぶら下げたまま、バーカウンターの横合いから奥の厨房へと入っていこうとするハインに、俺は手にしたインスタントコーヒーの瓶を放り投げて、カウンターの隅に腰を下ろす。
既に自分の城であるとはいえ、真ん中に座るのは落ち着かないものなのだ。

33 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:42:56 ID:pisun.Qw0
「矢張り本格的な調理設備が整っているというのは良いものだな。腕がなる」

ビニール袋を漁る音と共に聞こえてくるハインリッヒの声に、「腕がなるのは関節の老朽化が原因じゃないのか」と胸中で呟く。
こないだの仕事が思ったよりも金になった為、戯れで準二級の調理プログラムの入った素子なるものを買い与えてみたが、果たしてこれは正解と言えるのだろうか。
一夜にして板前見習い程度の調理テクニックを身につけてからというもの、彼女は何かにつけて天然食材を買ってきては我が家の経済状況に小さくても決して無視できない打撃を与えるようになった。
その点の浪費については、しかし俺も常日頃から彼女に指摘され続けている為、真っ正面から抗弁する資格も無い。
何よりも以前よりも遥かに美味い飯が食えるようになったのは実際悪い事では無いとくれば、嬉しい悩みの部類に入るのだろう。

从 ゚∀从「お待たせしましたお客様、こちらモカ・ブレンドとレアチーズケーキになります」

わざとらしい口調で言いながらトレイの上にコーヒーとケーキを乗せてやってきたハインは、どういうわけかシックな給仕服に白いレースのエプロンを纏っている。

从 ゚∀从「昼は喫茶店、夜は何でも屋。そんな戯画的な雰囲気は嫌いか?」

なるほど。それもまた悪くない。

从 ゚∀从「貴様もどうせそのような雰囲気を期待してこの物件を選んだのだろう?」

('A`)「……分ってらっしゃるようで」

本場大英帝国も顔負けの動作でカウンターに置かれたコーヒーカップを、俺は左の手で包むようにして掴む。
感触を確かめながらゆっくりと持ち上げ、何とか口元まで運んだ所で、カップが粉々に砕けた。

34 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:44:39 ID:pisun.Qw0
从 ゚∀从「まだ、力加減が慣れないか?」

('A`)「ああ、そうみたいだ」

コールタールのように真っ黒なコーヒーで汚れたテーブルを、俺は右の手にダスターを握って拭いて行く。これで通算三度目の失敗だ。
生まれて初めてサイバネ義手なるものの世話になることとなってしまったが、矢張りこういうものに金を惜しんではいけないようだ。

从 ゚∀从「だからギーク12にしろと言ったのだ。いくらギュウキが
戦闘用の頑丈さを持っていようと、三世代も前のモデルでは日常生活に支障が出る」

('A`)「力加減は慣れればいいんだよ。頑丈なら、それでいいんだ」

俺の左手を覆う黒革の手袋の下には、クロームメタルの鉄板と配線が剥き出しになった武骨なフォルムが収まっている。
こんな商売をしているにも関わらず、今まではニューロジャック以外のインプラントの世話にならないで一生を終えるものだとばかり思い込んでいた。
ハインリッヒが何時も隣にいるからだろうか。実に、甘い認識だったと思う。
結果的に、サイバネ義肢をつけたことで、カスタムデザートイーグルの口径も義肢用に二周りほど大きくする事が出来たのは、怪我の功名という所か。

('A`)「大体、ここを借りるだけでも結構吹き飛んだんだ。その分、抑えるとこは抑えとかないとな」

从 ゚∀从「事務所と自分の左腕を同列で語るな。それだけ型が古いと、しょっちゅう整備しないとならないぞ。
      大体、貴様は金の使い所がおかしい。私に調理ソフトなどをインストールする余裕があるのなら……」

客観的な視点で実に的確なお説教が始まる。
最早日課になってしまいつつあることだが、自分自身も設定に関わっているAIに説教されるなんてのは、どうにもしまらないものである。進歩の無い所が、人間らしいとも言えようか。

35 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:46:17 ID:pisun.Qw0
('A`)「いっそ俺の頭の中身も定期的にアップデートされるようにならんもんかね……」

愚にもつかない戯言をぼやいた所で、懐が僅かに振動する。
よれによれたコートの内ポケットから携帯端末を取り出せば、そこには「非通知着信」の五文字。
傍らで小言の続きを垂れるハインに視線を送り、俺は受話ボタンを押した。

('A`)「はい、こちらD&H――」

「助けてくれ!追われている!」

思わず受話機から耳を離して顰め面を作る。
金切り声に近い叫びを上げる電話の向うの主。
それすらもかき消すかのように、ヘリのローター音じみた機銃の正射音が後に続いた。

('A`)「いや、いきなり助けてくれも何も先ずは――」

「何でも屋なんだろう!?金なら幾らでも払う!今すぐニーソク第五埠頭に来てくれ!大至急だ!」

銃声。続いて、爆発音。そして電話は切れた。

('A`)「……」

相棒を見る。

从 ゚∀从「却下だ。理由は言わずともわかるな」

('A`)「それも却下だ」

从 ゚∀从「理由は?」

俺は尻ポケットから財布を取り出してさかさまにする。
百円素子が三つ、新たな事務所の木の床を転がった。
36 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:47:34 ID:pisun.Qw0

#track-2

――黄色いドアを開いてドロイドタクシーの助手席に乗り込むと、ドライバーの中古ドロイドが骨格の剥き出しになった口から片言めいた日本語で警告音声を鳴らした。

〈-L-〉「お客様ノ座席は後部トナッテオリマス。恐縮デスが一度オノリカエノホドヲ――」

('A`)「やかましいんだよ、ポンコツ」

配線の剥き出しになった鉄板の顔面を、黒革の手袋に覆われた左手で殴りつけると、その首筋にジャックインケーブルを突き刺す。
視覚野に違法行為を示す「イリーガル」の赤い警告文が表示されるが無視。
“リッパー”を走らせてドライバードロイドの安いファイアーウォールをぶち抜くと、二秒のうちにドロイドの制御中枢を掌握した。

从 ゚∀从「ここまで行くとキセル乗車も堂々としたものだな。いっそ犯罪者に転向したらどうだ?」

('A`)「最初から似た様なものだろ」

从 ゚∀从「違いない」

軽口を叩く相棒が後部座席に乗ったのを確認して、俺はドロイドの脳核に行き先のデータを入力する。
ドライバードロイドがドラッグ漬けのロックミュージシャンめいてしわがれた電子音声を発した後、俺達を乗せたドロイドタクシーは、昼下がりのニーソクの交差点のど真ん中でUターンを決めると、猛スピードで発進した。

37 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:49:26 ID:pisun.Qw0
从 ゚∀从「しかし、名前も明かさぬ、予測される敵対勢力の情報も無い。
     これで幾らでも払うと言われて、はいそうですか、
     となる貴様の思考回路は雲一つない日本晴れのようだな」

('A`)「キミは学があるから諺にも詳しいだろ?いいか、溺れる者は――?」

从 ゚∀从「時々、何のために生きているか分からなくならないか?」

('A`)「言うな馬鹿。貧乏暇なし、下手の考え休むに似たり、考えるのはペイの支払いの時だけで十分だ」

後ろ腰のホルスターからカスタムデザートイーグルを取り出して、マガジンと薬室の弾丸、有線制御モジュールの正常動作を確認する。
バックミラー越しに見える相棒は、左腕のネイルガトリングの給弾ベルトを腕の中にしまって確認を終えた所だった。

最大効率を求めて即席でタイプされたプログラムに従い、ドロイドタクシーは制限速度を三十キロもオーバーした速度で公道を爆進する。
無茶な追い越しを繰り返す車体の窓越しに、煤けたネオン看板やサイバネ改造でごちゃごちゃしたパンクス達の頭が通り過ぎていく。
頽廃と享楽の街ニーソクは、ドロイドタクシーの暴走行為にも顔色一つ変える事無く、光化学スモッグの齎す淀みの底に沈んでいた。

('A`)「ここで一つ賭けをしようぜ。依頼人はどんな奴だと思う?」

从 ゚∀从「類は友を呼ぶ、と言う」

('A`)「交渉に失敗したヤクザか、預金残高の改竄に失敗したハッカーか」

从 ゚∀从「どちらにしろ、ボンクラだ。賭けにならない」

('A`)「ごもっとも、ってやつだ」

38 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:51:20 ID:pisun.Qw0
下らない毎日を構成するのには、碌でもない仕事と碌でもない依頼人、そして救いようのない俺。
何年続けても、これのうちどれか一つでも変わった試しが無い。
職業案内所へ行く気が起きないのもまた、それに拍車をかける。

('A`)「いっそ全てを投げ打って温泉旅行にでも行きたいと思わないか?」

从 ゚∀从「新しい事務所を借りる資金をそっちに回せばよかったじゃないか」

('A`)「その手があったか」

从 ゚∀从「たらればだが、もしそうしていたなら帰ってくる場所が無くなっていたがな」

('A`)「その時は旅先に骨を埋めるよ。キョート辺り、いいね」

从 ゚∀从「貴様との心中はご免被りたい。一人で涅槃でチークダンスでも踊っていろ」

機械との漫談も、慣れたものだ。
突き詰めていけば、全ては俺の独り言でしかないが、少なくとも孤独を誤魔化す程度には重宝している。
会話はこのとかく生きづらい世の中を渡る為の一種の精神安定剤だ。たとえそれが、機械とのものだとしても、だ。

下にもつかない“ひとり言”を繰り返しているうち、フロントガラスの向うに、コンテナや貸倉庫、無数の煙突やパイプを生やしたコンビナートの鉛色の威容が見えてくる。
石油資源の加工を目的とした施設が集中する、ニーソク区第五埠頭は昼夜を問わずに薄ら暗い。
光化学スモッグとそこから慢性的に降りしきる重金属酸性雨は、ここが出来てからというもの幾つもの公害問題の槍玉として挙げられてきたが、天下の渡辺グループ傘下の企業達がそれに対してまともに取り合う筈も無かった。
数年前まで盛んにデモ行進を行っていた労働組合も、今ではとんとその姿を見かける事も無くなって久しい。
“慰謝料”は幾ら程出たのだろうか?何処にでも転がっている、碌でもない話の典型だ。

39 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:53:10 ID:pisun.Qw0
('A`)「さて、クライアント殿はどちらに――」

ドライバードロイドに結線したまま首を巡らせていると、懐が再び振動。取り出して受話ボタンを押す。

「やっと来たか!遅いぞ!」

携帯端末を耳に当てると同時、今にも泣き出しそうな情けない声が飛び出してきた。

('A`)「これが最高速度でね、お客さん。既に棺桶に片足を突っ込んだ運転だったんだが、それについても別途の――」

「緑色のコンテナの下だ!早く!早くこっちに――」

銃声、銃声、後、爆発音。再び通話は切れる。
溜息をつきたくなるのを堪えて視線を巡らせれば、フロントガラスの向う、波打ち際にうずたかく積まれたコンテナの群れを背後に、二十人前後の人影とその間で閃く銃の火線が見えた。

('A`)「さて、久しぶりに荒い運転をするが、ジャイロの方は?」

从 ゚∀从「貴様の金銭感覚よりはバランスが取れている」

('A`)「オウケイ」

ドライバードロイドの操作をマニュアルコマンドに切り替え、オーディオのスイッチを入れる。
埃まみれのスピーカーから吐き出される、ノイズと区別のつかない野太いグロウル。
インディーズグラインドコアメタルバンド、「パペットマスター」のサードシングルのギターソロに合わせて、俺はニューロンの中でアクセルをめいっぱいに踏み込んだ。

40 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:54:43 ID:pisun.Qw0
唸りを上げて、ドロイドタクシーの黄色い車体が尻を振りながら走り出す。
向かう先は、コンテナの前に展開した鉄火場、そのど真ん中。
手に手にサブマシンガンやハンドガンを構えた黒服の集団が、招かれざる客である所の俺達を一斉に振り向いた。

('A`)「ヘイ、ヘイ、ヘイ、暴れ牛だ!マタドール気取りは止めとけよお!」

黄色の暴れ牛の突進に、黒服達の手のエモノが一斉に火を噴く。
乱れ飛ぶ銃弾の雨あられ。火花と共にボンネットがチーズめいて穴ぼこを晒し、フロントガラスに蜘蛛の巣が這う。
サイバネ義手の左でフロントガラスをぶち破って視界を確保した瞬間、右の頬を銃弾が掠めた。

「なんだこいつは!?」

「ざっけんな畜生め!撃て撃て!撃ちまくれ!」

車体を伝う肉の感触。鈍い衝突音の度に、ぶれる車体。
ごっ、ごっ、ごっ。三人引っかけた。後部座席のハインが、前のシートに頭をぶつける気配がする。

銃弾の猛攻は止まない。閃く火線にサイドミラーが千切れて吹き飛んだ。
横の窓を突き破って、銃弾が車内にまで飛び込んでくる。
頭を低くした瞬間、隣の運転席でドライバードロイドの不細工な頭が弾け飛んで、機械油の汚らしい茶色の飛沫が飛び散った。
有線結線の弊害で、フィードバックが俺の脳髄を駆け抜ける。
鼻の奥で熱い感触。ニューロンを丸ごと焼き切られなかっただけでも儲けものだ。

('A`)「ファックオフ!」

左の手の甲で鼻血を拭いながら、右の手でお留守になったハンドルを握る。
幸か不幸か、アクセルは全力で踏みぬかれたままだ。
舞飛ぶ怒号と銃弾の嵐の中を、スクラップ寸前の黄色い車体はコンテナ目掛けてフルスロットルで突っ込んでいく。
風通しのよくなったフロントガラスから、緑色のコンテナの山の下で頭を抱えて蹲る人影が見えた。

41 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:57:18 ID:pisun.Qw0

('A`)「ビンゴォ!」

右の足で無理矢理にブレーキを踏みつけながら、ハンドルを思い切り右に切る。
パンク寸前のタイヤがバンシーめいた金切声を上げて、車体がドリフト旋回。
ギリギリの所でコンテナにぶつからずに停止した。
止まない銃声の中で、ハインリッヒが後部座席のドアを開けて、よれよれのコートとハンチング帽を召したクライアントを片腕で車内に引きずり込む。
ドアが閉まった事も確認せずにブレーキを離し、俺は車体を急発進させた。

('A`)「待たせたね、お客さん。まだ脳核は無事かい?」

(;´_ゝ`)「ああ、お陰さまでご健在だよ畜生!地獄に仏とはこの事だ!」

再び黒服の集団へと突進を始めるタクシーの車内で、バックミラー越しにクライアントの姿を確認する。
茶色の薄汚れたトレンチコートと、同色のハンチング帽を被って大きな黒革のバッグを抱えた男は、齢にして三十代の半ば程だろうか。
煤と埃で汚れた顔には幾つもの皺が刻まれており、見ようによっては四十後半から五十代にさえも見える。
粗末な服装とも相まって、くたびれ切った雰囲気の拭いきれない所などは、如何にも与太者然としていた。
後生大事そうに抱えている手元の鞄には幾ら入っているのだろうか。
皮算用を始めそうになる自分を、俺は胸中で戒めた。

('A`)「安心するのはもうちょっと先にしてくれ。あと、頭を低くな」

再び黒服達へと突進を開始した車体を、銃弾の雨が叩く。
後部座席へとハンドシグナルでゴーサイン。
同時、水を得た魚のようにドアを蹴破り、一羽の隼めいてハインリッヒが車外に飛び出した。

42 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:59:03 ID:pisun.Qw0
(;´_ゝ`)「お、おい!あんな女の子一人置き去りにして、大丈夫なのか?」

('A`)「当然の反応、ドーモ。だがアイツに限ってはそんな心配はいらない。
少なくとも、そこらの戦車よりは丈夫に出来てるんでね」

銃弾に食いちぎられて殆んど原型を留めていないバックミラーの中では、アスファルトの上で転がった鋼鉄の処女が、今しも立ちあがって背中から長物を取り出そうとしている。

从 ゚∀从「やれ、残飯処理は何時も私と言うわけだ」

地上に顕現した死の天使のようなハインの姿に、泡を食いながらも小銃を構える黒服達。
黒銀の風となった鋼鉄の処女の、ダンス・マカブルが始まった。

(;´_ゝ`)「ジーザス…こいつは驚いた…こいつぁまるで――」

あっけにとられて溜息をこぼすクライアント。
血飛沫に真っ赤に染まったバックミラーから視線を前に戻して、俺はハンドルを左に切る。
猛牛の突進をかわして安心していた黒服の一人をバンパーで跳ね飛ばし、進路を埠頭の出口に向けた。

('A`)「それでだ、お客さん。あんたを三途の川のこちら側まで連れ戻す前に、運賃についての相談なんだが……」

( ´_ゝ`)「ああ、ああ、そいつについては安心してくれ。
今の俺はアラブの石油王みてえなもんだ。幾ら欲しい?吹っかけてくれても構わんぜ?」

('A`)「五、いや必要経費も含めて八って所か」

( ´_ゝ`)「お安い御用だ!もってけ泥棒!」

43 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:00:45 ID:pisun.Qw0
頭の横から生の札束が突き出される。
目の前に飛び出してきた黒服を跳ね飛ばし、札束をむしり取る。
数えるまでも無い厚みだ。

('A`)「ヘイ、桁が間違ってるぜ、お客さん。八十じゃない。八百だ」

( ´_ゝ`)「へへ、ジョークだよ、ジョーク。面白くなかったか?」

('A`)「ああ、悪いが笑えねえな」

( ´_ゝ`)「悪かったよ、ほら、そんなにかっかしなさんな」

黒革の鞄から更に札の束を引っ張り出すクライアントの手元を、バックミラー越しにそれとなく観察する。
生の札束の山と、色とりどりのキャッシュ素子の群れの中に、白い粉の袋が幾つか散見された。

( ´_ゝ`)「ほれ、小遣いだ!大事に使えよ!」

再び差し出される札束。今度のは厚みも十分にある。
俺は後ろ腰のカスタムデザートイーグルの安全装置を掛け直した。

从 ゚∀从『残飯処理が完了した。追跡の心配は、今のところは無い。合流地点は?』

('A`)『オーライ。取りあえずかぼちゃの馬車を処分する。五つ区画を離した埋立地で落ち合おう』

短く返事を返す相棒を確認し、脳核通信を終える。
ガタピシ唸るエンジン音に紛れて聞こえていた銃声も、確かに鳴りやんでいた。

俺達を乗せた元ドロイドタクシーは、工場区画の裏道を進んで行く。
鉄と鉄のぶつかり合いと、機械の駆動音の騒々しさに満たされた狭苦しい道に、人の姿は見られない。
どれだけオートメーション化が進んでいるのかは知らないが、ここいらの工場は規模の割には従業員数が少ないらしい。学歴の無い人間にはとかく生きづらい世の中だ。
45 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:02:45 ID:pisun.Qw0
('A`)「――で、だ。これからこのタクシーを処分するわけだが、お客さんはどちらまでの送迎をご希望で?」

後部座席でバッグの中の金勘定に夢中になっていたクライアント殿が、はっとしたように顔を上げる。

( ´_ゝ`)「何処までかって?ハッ!これだけありゃあ何処まで行ける?
     どこまでだって行けるだろうよ!キョート、カルイザワ、いや、なんならタヒチだっていい!」

('A`)「冗談は今は置いといてくれ。ビズの話だ。
   実際、あんたがそんな大金をどうやって手に入れたのかは知らんが、追手の事を考えたらそれなりに高跳びせにゃならんだろう?
   無論、その場合は別プランって事で別途料金の請求をさせてもらうがな」

( ´_ゝ`)「追手!ハッ!あいつらが!あのケチなヤクザ気取り共にそんなのを出す余力なんざ残ってないさ!
     ゆすり、ゆすり、集金のピンハネ、またゆすり!実際、それくらいしか手が出せねえのさ!
     デカイ後ろ盾があるわけじゃあねえ!ワンマン運営さまさまだな!」

鼻息も荒く一息にそこまでまくし立てると、男は鼻を鳴らして中身の飛び出したシートに深く身を沈める。
皺の寄った口が僅かに開き、そこから深いため息が漏れた。

( ´_ゝ`)「――下らない商売さ。何時までも続く訳がねえ。西村が仕切ってた頃とは違うんだ。
     大陸の奴らと張り合おうなんて、どだい無理な話さ。意地とか言ってても、馬鹿を見るだけだって気付きもしねえ。おめでたい連中さ」

46 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:04:23 ID:pisun.Qw0
男はトレンチコートの内ポケットから一箱180円の「綺羅星」を取り出すと、使い捨てライターで火を灯す。

('A`)「悪いがここは禁煙だ」

俺の言葉に構う事も無く、男は一口目を大きく吸い込むと、灰をバックシートに落とした。

( ´_ゝ`)y‐~「五年も前からとうに潮時だったのさ。さっさと切り上げるべきだった。
       この商売で一番大事なのは何か分るか?」

('A`)「さてね」

( ´_ゝ`)y-~「引き時だよ。そいつを見誤った奴から死んでいく。実際、あいつらは死んで、こうして俺は生きている。そうだろう?」

('A`)「かもな」

板金加工工場の角を左に曲がると、合流地点である所の埋め立て地の看板が見えてくる。
脳核通信で相棒に適当な連絡を送ると、俺は欠伸を噛み殺してオーディオのスイッチをまさぐる。
耳が寂しいと思っていたら、先の銃撃でカーステレオはダメになっていた。

( ´_ゝ`)y-~「長く続ける商売じゃあねえ。そこんところを弁えてンだ、俺ぁ。
       地獄のあいつらには悪いが、俺は一足先に上がらせてもらうってわけさ。
       退職金もたんまり貰った訳だし、ちまい喫茶店でも開いて隠居と洒落込ませてもらうさ」

顰め面で最後の一口を吸い終えると、男は風通しのよくなった窓枠に煙草を押しつける。
安い火の粉が僅かに舞い、光化学スモッグやその他諸々の汚染物質を含んだ潮風に嬲られ後ろに流れた。

( ´_ゝ`)「後ろ暗いだけで碌な事がねえ。あんたも、さっさとこんな商売にはケリをつけた方がいいぜ」

俺は適当に相槌を打つ。この男の戯言にはうんざりしていた。

47 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:06:07 ID:pisun.Qw0
('A`)「つまり、俺もあんたも尻拭いの手間を考えなくてもいいってことか?」

( ´_ゝ`)「ま、そう言う事だ。あの嬢ちゃんに撃ち漏らしが無けりゃな」

('A`)「それについては問題ないさ」

俺が言うのと同時、バックミラーにゴシック・ロリータ・ファッションの死神の影が映る。
返り血に汚れたそのワンピースのクリーニングの事を考えていると、オンボロの車体が強い衝撃に揺れ、ルーフがへこんだ。

(;´_ゝ`)「うおっ!?なんだ!?撃ち漏らしは無いんじゃなかったのか?」

('A`)「おい、ムービーホロじゃねえんだ。演出をサービスするこたあねえぞ」

从 ゚∀从「そうだったか?」

鋼鉄の処女が、運転席の窓から首だけを出して車内を覗く。
後部座席で目を丸くするクライアントにウィンクを投げかけると、ハインリッヒは運転席にへばりついたままのドライバードロイドの残骸を片腕で引きずり出し、そこに滑り込んだ。

('A`)「随分と遅かったじゃないか」

从 ゚∀从「新しい兵装の運用方針を試していた。多人数相手なら弾薬費と修理費を天秤にかけても使う価値があるな」

('A`)「そいつは良かった。最も、えり好みしてる余裕なんざ無いがね」

从 ゚∀从「それについては、彼次第という面もあるのでは?」

48 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:08:11 ID:pisun.Qw0
唐突に水を向けられた事で男は瞬きを繰り返していたが、直ぐに首を振った。

(;´_ゝ`)「ヘイ!ここまでの仕事の分はさっき渡したばっかだろ!?
      いくら退職祝いだからって、これ以上は出せねえぞ!俺の新生活の元手なんだ!」

从 ゚∀从「そうなのか?」

('A`)「ああ、ペイの支払いは済んでる」

从 ゚∀从「それを踏まえて、ということか?」

俺が無言を貫いた事で、男がにわかに慌てだす。

(;´_ゝ`)「おい、冗談じゃないぞ!まさかこれ以上俺から揺すろうって言うのか?
      俺が金を持ってるから、吹っかけようってタマか?ああん?」

('A`)「いや、別にそういう訳じゃないが……」

(;´_ゝ`)「止めろ!もういい!ここで下ろせ!冗談じゃないぜ!」

男のわめき声に合わせて、鋼鉄の処女がブレーキを踏みこむ。
フレームだけで走っていたような車体が、悲痛なうめき声をあげて急停車。
男は既に閉まらなくなったドアを蹴り開けると、黒煙を上げる工場の裏の路上に転がり出た。

(;´_ゝ`)「ガッデム!忌々しいチンピラ共が…ゴロツキを頼ると碌な事がねえ……」

黒革の鞄を両腕でかき抱きながら、男はおぼつかない足取りで路地の暗がりへと歩いて行く。
俺と相棒は、そのよれたトレンチコートに包まれた曲がった背中を、ボロボロのタクシーの中から見送った。

49 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:09:41 ID:pisun.Qw0
暫くの間、俺達は肩で息をするようなアイドリングの中で、おしのように黙っていた。
遠くで、パワーショベルがのそのそと動く音がしている。
やがて、口が寂しくなったので、懐からマルボロを取り出して火を点けた。

从 ゚∀从「――で、幾ら貰ったんだ?」

最初に口火を切ったのは鋼鉄の処女だった。

('A`)y-~「800」

从 ゚∀从「800!ハッ!」

鋼鉄の処女は器用に鼻で笑う。

('A`)y-~「組の金を横領しようなんて考えるヤツにしてはそこそこだと思わんか?」

从 ゚∀从「事務所の移転費の足しにもならない。ネイルガトリングを使わずにいて正解だったな」

('A`)y-~「キミのメンテナンスは……」

从 ゚∀从「誤魔化せるのは再来週までだろうな」

('A`)y-~「やれやれだな……」

溜息をつくと、ダッシュボードにマルボロを押しつけて発車を促す。
老人が堰きこむようにして走り出した車体から、ホイールが外れて乾いた音を立てた。
気のせいか、頭の奥が微かに痛む様な気がした。
50 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:11:51 ID:pisun.Qw0

#track-3

――ドロリとした喉越しのそれは、酒と言うよりかはトマトジュースを飲んでいるような感覚に近い。
グラスの縁に塗られた湖沼の味が、ピリリとした後味を気持ちばかりに残すが、正直な感想を言わせてもらうのならば、あまり美味いとは思えなかった。

∬´_ゝ`)「――それでヨ?こっからが肝心なのヨ。ソイツ、なんテ言ったと思う?」

从 ゚∀从「……さてな」

∬´_ゝ`)「“妻とは別れる!これからは君一筋だ!この指輪に誓うよ!”」

从 ゚∀从「……ほう」

∬#´_ゝ`)「ジョーダンじゃないってんだワヨ!ソーイウことを言ってンじゃないってのヨ!
     妻が居るんだったら付き合う前から言いなさいッテことヨ!」

从 ゚∀从「……ああ、うむ」

∬´_ゝ`)「それをアータ……これじゃアタシが道化みたいじゃない?ネエ?アータもそう思わない?」

从 ゚∀从「それはご愁傷様だったな」

∬´_ゝ`)「ネッ!ネッ!アータもそう思うでショ?」

51 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:13:06 ID:pisun.Qw0
唐突に水を向けられ、手元のグラスから顔を上げる。
ファンデーションや頬紅をべたべたに塗りたくった、五十路前の中年ママのどぎつい顔が、俺を覗きこんでいた。

('A`)「――ん?ああ、いや、すまん。聞いてなかった」

∬´_ゝ`)「ンモー、まーたコレよ。コレ。コレだからアータは女の子にモテないのヨ!」

从 ゚∀从「それだけが原因ではないだろうがな」

('A`)「――るせえ。ほっとけ」

∬´_ゝ`)「モー、ヤーダー!コーワーイー!」

酒に焼けてしわがれただみ声で芝居めかすと、常連客達から“姐者”と呼ばれるくたびれたママは、自分の手元の芋焼酎を一息に煽った。
抑えめの照明がカウンター席とホールに二つばかり設置された店内には、客達がグラスを傾けてささやかな享楽を楽しむ音がぼんやりとまどろんでいる。
日付変更間際のバー「コシモト」は、居酒屋特有の騒々しさや、洒落込ましたバーの気取ったようなところとは無縁の独特な雰囲気を、今夜も保っていた。

∬´_ゝ`)「……デネ、コレがその時の指輪」

姐者がカウンター向うのシンクの縁から飾り気のないシルバーリングを取ってくると、俺の右隣に座るハインリッヒの前に置く。
仄かな電球照明を受けて鈍い光を照り返すリングは、長い年月の中で随分と摩耗してしまっているようで、内側に刻まれていたであろう二人の名前は掠れて読めない。
未だにこの“姐者”の本名を知らない俺だが、今回もそれを知る機会は無さそうだった。

52 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:15:11 ID:pisun.Qw0
∬´_ゝ`)「やッすいリングよ。イミテーションシルバーなの。渡辺の百貨店だってもっとマシなのが買えるワ」

从 ゚∀从「――その割には、大切にしているようだが」

∬´_ゝ`)「……そうネ、馬鹿な話ヨネ。こんなオモチャ、何時までも持ってたってしょうがないのにネ」

从 ゚∀从「いや、そういう意味で言ったのでは――」

∬´_ゝ`)「イイの、分ってるワ。アータはそういう子じゃないもの。ただ…ううん、何でもないワ」

独特のイントネーションで鋼鉄乙女の言葉を遮ると、姐者は懐かしむようにシルバーリングの表面を撫でてから、再びシンクの縁にそれを戻す。
話の流れは聞いていなかったから分らないが、何となくそういう事なのだと思った。

∬´_ゝ`)「アータも気をつけるのヨ。顔や性格が良いからッテ、直ぐに男を信用しちゃダ・メ。
     アイツら、こっちが何も知らないと思ッテ、裏では何やッテるんだか分ったモンじゃないンだかラ!」

从 ゚∀从「んん、ああ…はあ…」

∬´_ゝ`)「アータみたいなカワイイ子は特に注意しナきゃダメ。
     男なんテ蠅みたいにたかってくるけど――アラヤダ、喩がバッチかったワネ――
     その内碌な奴なンテ、ホンの一握りヨ!」

从 ゚∀从「……ああ、うん、うん」

53 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:16:39 ID:pisun.Qw0
∬´_ゝ`)「そこのヘチャムクレだって、ハードボイルドを気取ってるけど、何考えてるんだか分ったモンじゃないのヨ?
      変な事されそうになったラ、直ぐにアタシに言いなさいネ?」

从 ゚∀从「それについては日頃より心得ている」

('A`)「やかましいわ」

このこじんまりとした飲み屋のママにおいては、鋼鉄の処女たるハインリッヒの素性を明かしていない。
無論、それは姐者だけにとどまるわけではなく、商売柄、何処で敵を作って何処に敵が潜んでいるかが分らない以上、無闇矢鱈にアイアンメイデンを所有しているなどと吹聴するのはいただけない。
それ以前に、お役所に対して彼女の所持を正式に届け出ていないという事の方が、理由としては遥かに大きなウェイトを占める。
叩けば埃の出る身は何かと辛いものだ。

∬´_ゝ`)「もしも辛くなったラ、何時でもアタシのトコ来なさいネ。     アータ、トッてもカワイイから、お客さンもきっと喜ぶワ」

从 ゚∀从「今すぐでも問題ないか?」

∬*´_ゝ`)「ヤーダー!ホントにィー?モチロン大歓迎よォー!」

('A`)「……」

最早口を挟むのも面倒になり、未だ半分も残っている手元のグラスに口をつける。
トマトの匂いに顰め面を作りかけたその時、ドアベル代わりの風鈴が何時もより騒々しい音を立てた。

54 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:18:03 ID:pisun.Qw0
∬´_ゝ`)「いらッシャーい。ごめんネェ、今カウンターしか空いて無いのヨォ。それでもいいかしらン?」

「――だぁとよぉ。大丈夫だよなあ?」

「アーちゃんと一緒なら何処だっていい〜」

「だはは!こ〜いつぅ〜!」

手慣れた風に出迎える姐者に、新たな客のアベックは喧しく答えると、荒く覚束ない足音を立ててこちらへと近づいてくる。
既に何軒か回ってきたのか、玄関からここまで来る間にも呂律の回らない口調で囁き合う二人は、この店で見かける中では珍しい部類の人種のように思われた。

∬´_ゝ`)「ンデ、何にしまショウか?」

「ジンだ!きっついジンをな!しこたま頼む!」

「あたしモスコミュール〜」

新たな客達が俺から左に二つ離れた席にどっかと腰を下ろしたのを耳で確認しながら、手元のグラスに目を落とす。
脳核時計のデジタル表示は、深夜の一時を回った所。
閉店までの残り一時間程を、この騒々しさの中で過ごすのかと思うと、少しばかりも溜息をつきたくなった。

55 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:19:29 ID:pisun.Qw0
「でね〜、ヨシコがねえ、彼氏にジョージ・ヤマモトのバッグを買って貰ったって自慢してくるんだケドさぁ〜」

「ジョージ・ヤマモトォ〜?あんなのコケオドシだろォがあ。俺だったらもっとこう…ルシオ・タバタモリとか、選ぶ所だ」

「ええ〜、でもルシオって高すぎない〜?英国王室御用達なんでしょ?アタシじゃ手が出ないっていうか――」

「はんっ!ルシオの一つや二つ、俺が買ってやンよぉ。何がいい?ネックレスか?バッグか?それともドレスがいいか?」

「キャー!ホントにィ〜?嬉しぃ〜!…でも、大丈夫?」

「バ〜カ。俺を誰だと思ってンだよ。金ならはいて捨てるだけ余ってンだよ」

「スッゴーイ!流石アー君だ〜!」

∬´_ゝ`)「ハイ、モスコミュールと、ジンのキッツイのしこたま」

「おーし、じゃあイッキ行ってみるぜえ〜!」

「イェ〜イ」

姐者の化粧以上にけばけばしいアベックの会話に、微かな胸焼けを覚え、身ぶりで水を頼む。
差し出されたそれを一気に飲み干して、氷の残ったグラスを額につけると、ゆっくりと目を閉じた。
瞼の裏で、ちりちりとしたノイズが瞬き、一つの像を結ぼうとするが、歓楽街のネオン看板のような隣の話声がそれを遮る。
――今日はもう引き上げるべきか。
財布を探してコートの内ポケットに手を伸ばしたその時だ。

56 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:21:00 ID:pisun.Qw0
「アー!アンタ!アンタだよアンタ!」

にわかに上がった素っ頓狂な声に右隣りを見ると、そこに何処かで見た顔があった。

(*´_ゝ`)「アンタだよな!?ああ、確かにアンタだ!そのセツは世話になったなあ!俺だよ!俺!」

('A`)「……ん?」

一体何処で見た顔なのか、と首を捻りかけた所で思い出す。
二か月程前、駆け込み乗車よろしくトランスポートしてやったあの男だ。
直ぐに思い出せなかったのは、男がデザイナーズブランドのスーツに身を包み、整髪料で頭を撫でつけた、あの時とは随分違った井出達をしていたためだ。

「ん〜?お知り合い〜?」

毛皮のコートにワンピースドレスを着た連れの女が、アルコールに緩んだ顔を覗かせる。
頭の上でサザエのようになった髪から見ても、水商売の女のように見えた。

(*´_ゝ`)「ああ、コイツァ――っと、このお人は、俺の昔馴染みで…命の恩人、みてぇなモンだ。だよな!?」

('A`)「ん?ああ、どうだろうな……」

馬鹿正直に肯定するのも何だか間抜けに思えて、おざなりにお茶を濁す。
二人はそんな俺の反応をさして気に留めた様子も無く、酔っ払い特有の胡散臭い笑顔を浮かべた。

57 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:22:27 ID:pisun.Qw0
(*´_ゝ`)「あん時はヒデえこと言っちまったけどよ…思えば、今の俺があんのもアンタと、アンタの相棒の活躍あってこそだよな」

「ってことはァ、アタシとアーくんが出会えたのも、この人たちのお陰ってこと?」

(*´_ゝ`)「そーいうこったあな!」

「キャー!スゴーイ!」

必要以上に大げさな声を上げて二人は顔を見合わせると、互いに蛸のように唇を突き出して、何やらむにゃむにゃと睦言のようなものをかわしあう。
何としてこの場から立ち去ろうかとぼんやりと思案を巡らせていると、男の方がやおら俺の肩を抱いて、酒臭い顔をぐいと近付けてきた。

(*´_ゝ`)「アンタに乾杯だ!今日は奢らせてくれ!何がいい!?何を飲む!?」

('A`)「いや、俺はもうそろそろ……」

(*´_ゝ`)「ええい、もう何だっていいぜ!これだけあれば足りるかい!?」

俺の言葉にも構わず男は身を捩ってスーツの内ポケットから長財布を取り出すと、その中から大量のクレジット素子をカウンターに叩きつけた。
グラスを拭きながらひいふうみいと素子を数えていた姐者が、口紅を分厚く塗った口を阿呆のように開けて俺を見やる。
俺はそれに眉をしかめてみせた。

58 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:24:20 ID:pisun.Qw0
('A`)「悪いが、これは受け取れ――」

(*´_ゝ`)「だああ!遠慮なんてらしくねえぜ兄弟!そうだろう!?
     アンタは俺の恩人で、俺は恩返しがしたい!ただそれだけのことさな!」

('A`)「しかし――」

「ねェ〜アタシそろそろ眠くなってきちゃった……」

(*´_ゝ`)「お?お?しょうがねえなあ〜。じゃ、そういうことだからよ!閉店まで楽しんでくれよな!」

しなだれかかる女を受け止めながら、男は自分達の分の勘定をカウンターに叩きつけ、くんずほぐれつ、千鳥足で店を後にする。
来た時と同じように、ドアベル代わりの風鈴が喧しい音を立ててドアが閉まると、店内には台風が過ぎ去ったあとの様な静けさが訪れた。
去り際にちらりと見えた二人の首筋には、三角形のように三つ並んだ注射針の痕が窺えた。
酒だけじゃなかったのか、と得心がいった。

∬´_ゝ`)「何したのか知らないケド、アータついてるわネ。
     これだけあれば、今年いっぱいはアタシとタダ酒が飲めるワヨ」

カウンターの上のクレジット素子を数え終えた姐者が、出目金のように目玉を大きくして言う。

('A`)「そいつは大いに結構な事だね」

沈むようにどっかりと席に腰を下ろすと、胸ポケットからマルボロを取り出してくわえる。
何もしていないのに、無性に疲れを感じた。

59 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:25:44 ID:pisun.Qw0
カウンターの隅、クレジット素子の山の陰から「コシモト」と書かれた紙マッチを手にとり、火をつけようとした所でふと姐者の顔を見上げる。
グラスとダスターを握った彼女の視線は、先の二人組が出て行ったドアを呆けたようにして見つめていた。

∬´_ゝ`)「……」

('A`)y-「どうかしたか?」

∬´_ゝ`)「ンエ?ああ、いいエ、何でも無いのヨ」

俺の言葉に姐者は我に返ったように首を振ると、再びグラス磨きに戻る。
紫のスパンコール柄という時代錯誤も甚だしいスーツを着た彼女の肩越しに、シンクの縁のシルバーリングが何となく目に入った。
俺は黙ってマッチを擦った。

∬´_ゝ`)「それよりアータ、何時まで一つのグラス握ってるのヨ。洗い物済ませちゃイたいカラ、早く空けちゃッテよネ」

言われて手元のグラスに視線を落とす。
とうの昔にグラスの中の氷は溶け切っており、半分ほど残ったブラッディメアリーは、血の色からは程遠いニンジンのような色合いになっていた。
なるたけ握りつぶさないように煙草を左の手に持ち替えると、水滴だらけのグラスを握って残りを飲み干す。
予想通り薄くなりきったトマトの味が口の中いっぱいに広がり、俺は自然と顰め面を作ることとなっった。

60 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:27:09 ID:pisun.Qw0
('A`)y-~「……こんなのを好き好んで飲む奴の気が知れないね」

∬´_ゝ`)「ハァ?アータ何言ってるのヨ?」

('A`)y-~「いや、何でも」

口直しに、震える手でマルボロを一口吸いこむ。
トマトとヤニの味が口の中で混じり合い、よりいっそう苦々しい味わいとなる。
半分も吸わないうち、俺は灰皿にマルボロを押しつけた。
夜が、更けていく。
61 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:28:22 ID:pisun.Qw0

#track-4

――吹きすさぶビル風が背筋を震わせて、思わず両手に息を吹きかける。
吐きだしたそれが白い色に染まっているのに、少なからずの驚きを覚えて、空を見上げる。
光化学スモッグに覆われた、万魔殿外周区の空は、相も変わらずどんよりと曇り、その向うにある筈の星の輝きも見当たらなかった。

('A`)「そろそろ、雪が降り出すかね」

視線を前に戻して、崩れかけたコンクリート壁に背中を預ける。
ひんやりとした感触がコート越しに伝わり、反射的に首をすぼめた。

从 ゚∀从「ヒマワリネットによれば、もう三日ばかり先だという事だ」

('A`)「今年もあの黒いのを見るのかと思うと、それだけで滅入っちまうね」

从 ゚∀从「メンテナンスの回数も増えるな」

('A`)「……やんなるね」

足元の暗視ゴーグルを取り、建設途中で放棄されたマンションの廃墟を見渡す。
三時間前から何度同じ動作を繰り返した事だろうか。
こうも動きが無いと、集中力が途切れて余計に寒さが気になる一方だ。

('A`)「本当に、来ると思うか?」

从 ゚∀从「ビッグ・ダディの弁を信じるなら、ここが取引場所と見て間違いない。
     少なくとも張り込むポイントの座標を間違えた訳ではないことだけは確かだ」

从 ゚∀从「「誰かさんと違って、私が地図を読み間違えるようなことは決してないしな」」('A`)

62 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:30:03 ID:pisun.Qw0
傍らにしゃがみ込んだ鋼鉄の処女の仏頂面が、俺を無言で睨みつける。
俺は肩を竦めてみせた。

('A`)「――しかしだ。あのオッサンも一応はここの主みたいなもんなんだろう?
   腕の方も憶えがあると聞くしよ、俺達が出張る必要も無かったんじゃないのか?」

从 ゚∀从「彼は既に売人達に面が割れている。それに、別件の方で立てこんでいるとか」

('A`)「……まあ、ここときたら厄介事のネタには事欠かないだろうしな。そういうことならしょうがないか」

从 ゚∀从「ここが今年最後の稼ぎ時だ。凍え死なずに年を越せるかどうかは、この仕事の成否如何に掛っている。気張れよ」

('A`)「オーライ、オーライ、任せとけ」

まだ何か言おうとする相棒を、右手を振って遮り、暗視ゴーグルを覗く。
白と青の斑に塗り分けられた視界の中で、動くものがあった。

从 ゚∀从『来たな』

('A`)『ああ、ミスター・サンタクロースの遅れたご到着だ』

即座に脳核通信を起動して、後ろ腰のホルスターからカスタムデザートイーグルを引き抜く。
結線ケーブルを引っ張り、首の後ろのニューロジャックと繋ぐと、FCSを起動。
白と青の視覚野に赤いターゲットマーカーが人の形に表示されたのを確認すると、腰を低くして俺は歩き出した。

63 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:31:40 ID:pisun.Qw0
周りの廃墟よりも幾らか背の高いビルの亡骸の下。
今にも崩れそうな非常口――として作られていたであろう四角い穴――の壁に手をついて話し込む二人組の姿が見えた。
コンクリートの瓦礫や、隆起したアスファルトのせいで、でこぼことした足元に注意しながら、左手の愛銃の有効射程圏内まで近づくと、手近な瓦礫の陰にしゃがみ込んで耳をそばだてる。

「――チッ、またテメェかよ。金はあるんだろうな?」

「だ、大丈夫だ。今日は、今日はちゃんとある」

「どれ、見せてみろよ」

やや巻き舌の入った棘のある声と、舌の根が震えているような情けない声。
前者は売人で、後者はその顧客のジャンキーと言ったところか。
未だ覚束ない左手に代わって、右の手でカスタムデザートイーグルのセーフティーを解除すると、俺は少し腰を浮かせた。

「ふーん、持ってんなら最初から出しゃいいんだよ。――ホレ」

「助かった…これが無いと俺ぁ……おい、たったこれだけか?」

「ああ?何か文句でもあンのかよ?」

「だだだって、いいい何時もより、量が――」

「相場が上がったんだよ」

「そ、そんな――」

「ああン!?テメぇまだケチつけるってのか!?ざけんなよコラァ!」

64 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:33:45 ID:pisun.Qw0
恫喝も荒く、売人が手を振り上げる。
曲げた膝を伸ばし切る。今だ。

('A`)「フリーズ!企業警察だ!両手を頭の後ろに回して膝をつけ!」

(-@∀@)「アアンッ!?マッポだァ?――テメェ、ハメやがったな!」

パーカーのフードを目深に被った売人が、隣のジャンキーを束の間睨みつける。

「ししし知らない!俺じゃない!俺は違う!」

左の手にバタフライナイフを握った与太者の恫喝に、哀れな中毒者は必死に首を横に振って跪いた。

('A`)「二人とも大人しく武器を捨てて投降しろ!少しでも逃げる様な素振りを見せたら撃つ!黙って言う事を聴いた方が身のためだぞ!」

無論、俺達が企業警察に就職した訳じゃない。単なる脅し文句だ。
麻薬の売人程度のチンピラだったら、こんなコケオドシでも通じる事がある為、無駄弾を節約する意味でもこの警告は重要だ。

(-@∀@)「チッ!マッポ如きがなんだってんだよ!やってやる――やってやらァ!」

最も、最近使い始めたこのハッタリが、思惑通りに上手く行ったためしは、数える程しかない。
今しもその最たる例の一つが、バタフライナイフだけを手に、瓦礫の山をこちらへ向かって真正面から突き進んでくる。
カスタムデザートイーグルを突き付けられても啖呵を切れるその根性は、愚かを通り越して天晴れなものだが、彼の不運はそれだけでは終わらなかった。
66 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:35:50 ID:pisun.Qw0
スプリントを切って走り出した彼の頭上。
廃墟となったビルの窓枠から、乾いた夜に舞い踊る影。
闇よりも尚濃い、黒の衣を召したそいつは、翼の無い堕天使めいた急降下で売人の前に降り立つ。
着地と同時に、重々しい音が響き、うねるアスファルトに新たな亀裂が走ったのが、暗視ゴーグル越しに見えた。

从 ゚∀从「その手に握った物は、抵抗の意志ありとみなしていいのか?」

天からの予期せぬ乱入に、泡を食う売人。
その首筋に、鋼鉄の処女は右の掌の付け根から飛び出した振動式ブレードを突き付ける。

(-@∀@)「――ヒ、ヒィ!?」

流石の猪突猛進も、人外の身体能力を見せつけられては為す術も無い。
第三者が聞いたら思わず噴き出してしまいそうな情けない声と共に、売人の手からバタフライナイフが零れ落ちた。

从 ゚∀从「ふむ、大人しくするのなら最初からそうしてればいいのだ。
     ――さて、それでは拘束の後に楽しい楽しいインタビュータイムと行こうじゃないか」

悪鬼の様な残酷な笑みを白磁の横顔に浮かべて、死の天使は売人の首筋に振動ブレードをあてがいその薄皮を裂く。
一筋の血液が首を伝うのと同時、売人は糸の切れた人形のようにして膝をつくと、しめやかに失禁した。
今年最後の仕事は、実にあっけなく終わった。あとは、後始末だけだ。

67 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:38:23 ID:pisun.Qw0
('A`)「そこ」

ターゲットマーカーの中で動くものを捉えた俺のニューロンが、有線直結された銃のトリガーを半自動で引き絞る。
アクションムービーの一幕のような捕物劇の傍らで、自分だけ密かに逃げ出そうとしていたジャンキーは、足元の瓦礫が爆ぜた事でその場にへたり込んだ。

('A`)「誰が動いて良いって言った?お前さんもギルティなんだよ」

「勘弁…!勘弁してくれよぉ……」

瓦礫の陰から進み出て、嗚咽を漏らすジャンキーの元へと近づいて行く。
インフラという概念が存在しない、万魔殿の原始の闇の中。
地べたに這いつくばって土下座するジャンキーの下にしゃがみ込むと、俺はその顎を右の手で掴んで引き上げた。

( ;_ゝ;)「頼む…!見逃してくれ…!後生だから…!なぁ…!」

その顔を見るのは、これで三度目だった。

('A`)「お前――」

穴のあいた襤褸布を纏っただけの男の顔は、長く洗髪も散髪もしていないであろう、ぼさぼさの油ぎった髪と無精髭に覆われているが、間違いなく何時ぞやのあの男のものだ。

( ;_ゝ;)「ア、アンタあの時の!」

そして、どうやら向うも俺に気付いたようだった。

68 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:40:28 ID:pisun.Qw0
( ;_ゝ;)「よよよ良かった…地獄に仏とはまままさにこのことだぜ…!
     なァ、俺とアンタのよしみだろ?頼む!見逃してくれよ…!」

薬物中毒の為に呂律の回らない舌を繰り、男は必死で俺のスラックスの裾にしがみつく。

( ;_ゝ;)「つつつつい出来心だったんだよ!ツイてねえことがあって、むしゃくしゃしてて――
     それでつい!こんな事になるなら手なんて出すんじゃなかったって後悔してるんだ!」

襤褸雑巾のような顔で許しを乞うその姿は、あの夜「コシモト」で大見栄を切っていた時のそれからはあまりにもかけ離れすぎていて、とても同じ人物だとは思えなかった。

( ;_ゝ;)「株も、新しい商売も失敗するし、女には逃げられるし…そうだ、あのクソ売女…!
最初から俺の金が目当てですり寄ってきてやがったんだ…!
畜生…畜生…忌々しい阿婆擦れがッ…!思えばアイツの浮気から全てが上手くいかなくなったんだ…!」

憎々し気に吐き捨てて、男は砕けたアスファルトの破片を握りしめる。
真っ赤になったその手からじわりと血が滲み始めた所で、男ははっとしたようにその汚い顔を上げた。

( ;_ゝ;)「そうだ!あの晩!俺ぁ、アンタに酒を奢ったよな!なァ、憶えてるだろ!?」

俺は、微かに頷きを返した。

( ;_ゝ;)「べべべ別によ、今更それを返せだなんて言わねェよ…言わねェけど…なぁ、分るだろう…?なあ?」

泣き笑いのような表情を浮かべて、男は縋るように俺を見上げる。
恥も外聞も何もかもを捨てたその顔を、俺は随分長い間見据えていた。

69 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:42:35 ID:pisun.Qw0
( ;_ゝ;)「なァ…頼むよぅ…この通りだよぅ…頼むって言ってんだ…なあよおおお!頼むっつってンだろうがア!」

哀願から一転、吠えるような恫喝。

( ;_ゝ;)「俺ァ…もう何もねぇンだ…組の金は株とギャンブルと女に使っちまった……。
      何も残ってねェんだよ…こんな俺をふん縛った所で、何も出てこねえんだからよぉ…なぁ……」

そして、二度目の泣き脅し。
カスタムデザートイーグルをホルスターに戻し、俺は立ち上がる。

( ;_ゝ;)「……あ」

('A`)「――失せろ」

( ;_ゝ;)「――え」

('A`)「聞こえなかったか。目障りだから失せろって言ってるんだよ」

( ;_ゝ;)「あ…アァ…ああ…!」

その時、男の顔に浮かんでいたのは安堵だろうか、悔しみだろうか。
情けない嗚咽を漏らしながら、這いずる様にして歩き出すその背中は、見た目以上に小さく見えて。
だからというわけではないが、俺はその蟾蜍のようになった男を呼びとめると、財布の中から10万クレジット素子を取り出して彼の足元に放った。

70 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:44:10 ID:pisun.Qw0
( ;_ゝ;)「――これは…?」

乾いた音を立てて転がるクレジット素子を、ポカンとした顔で見つめて男は問い返す。

('A`)「――借りは返す。それで足りるかどうかは知らんがね。
   それを持って、カルイザワでもキョートでもグアムでも、何処へなりと消えろ。
   そして、もう二度と俺の前に現れるな」

( ;_ゝ;)「ぅあ…アァ…!」

それらしく聞こえるように、途中から語気を強めて言った俺の言葉に、男は弾かれたようにして記憶素子を鷲掴みにすると、もんどりうちながらも逃げるようにしてその場から駆けだした。
明り一つ無い万魔殿の闇の向うへと消えていく、その後ろ姿を見送りながら、大きく溜息をつく。
先刻まで胸の中で蟠っていた苛立ちが、行き場を失い倦怠感となって俺の身体を支配していた。

从 ゚∀从「おい、貴様は今、一体何をしたんだ?」

売人を後手に縛って転がした鋼鉄の処女が、文字通り鋼のように冷たい視線を向けてくる。

从 ゚∀从「初めに言わなかったか?今日の仕事の成否如何が、年末を越せるかどうかの瀬戸際だと。
     あんなゴロツキに情けを掛けてやる程、私達の事務所の経済事情は軽いものではないと知ってのことか?」

予想通りの説教。俺は肩を竦めた。

('A`)「別に、情けを掛けた訳じゃない。借りを返した。ただそれだけだ」

从 ゚∀从「……」
72 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:45:46 ID:pisun.Qw0
ハインリッヒは、その血の様な双眸でじっと俺を見つめる。
表情の無い、真っ赤なガラス玉を、俺も見据え返す。
実際、嘘は何一つついていなかった。

从 ゚∀从「――まぁ、言った所で貴様のその悪癖が治ったためしは無いのだがな」

長い視線の交換の後、鋼鉄の処女が芝居めかして両手を上げる。

('A`)「だから、別にそんなんじゃないさ」

俺の抗議を何時もの仏頂面で聞き流す彼女に、更に抗弁を重ねようとしたその時、眼前に白い綿の塊のようなものが降ってきた。

('A`)「あ――」

从 ゚∀从「雪、だな」

俺の言葉を継ぐように言い、ハインリッヒは頭上を仰ぐ。

从 ゚∀从「今年は、白だったな」

予報よりも三日早い初雪は、光化学スモッグと排煙けぶるVIPの空にあって、珍しい純白。
ビルとマンションの骸の間から見上げる、真闇の黒を背景に、真綿のような雪が降る様は、自分が光の届かない海の底に居る様な心持にさせた。

73 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:48:55 ID:pisun.Qw0
('A`)「一足遅れのクリスマス・プレゼントにしては悪くないかもな」

口の端を緩めて、相棒と共に歩き出す。

从 ゚∀从「――今夜は鍋だな」

('A`)「ああ、炬燵も出さなきゃな」

从 ゚∀从「炬燵で鍋を囲んで、説教の続きだな」

('A`)「ああ、今年の垢は今年の内に落とさないとな」

純白にはまだ一歩遠い綿雪は、VIPの街のアスファルトに触れるそばから溶けていく事だろう。

('A`)「――お手柔らかに頼むぜ」

年の瀬の、晩の事だった。

74 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:53:00 ID:pisun.Qw0



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