6 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:11:39.57 ID:tCrXGCB8O
track-γ

──星の明かりすら見えないVIPの夜空の下。大自然の灯火に取って代わるよう煌めくは、街頭看板のいかがわしいネオン光。

ニューソク区33番街はチャイナタウン。

ニューソクの“闇”の巣窟たる繁華街は、その汚らしい素顔を毒々しい電飾で覆い隠し、今日も夜の中に浮かんでいた。

<ヽ●∀●>「ふぅ…ここの北京ダックも食い飽きたな。そうは思わないか、ヤン」

窓から視線を戻すとニダー香主は口元をナプキンで拭い、丸テーブルの向かいに座した部下に語りかけた。

(;#ゝ@)「は、はぁ…」

<ヽ●∀●>「本場の味を謳っちゃあいるが、ウリには大味過ぎてかなわん。チリソースの塊を食わされてる気分だ」

居づらそうに縮こまる部下を前に、香主は食後の一服を始める。
陳龍(チンロン)子飼いの中華料理店「凪凪」の店内は、今日も盛況だった。

<ヽ●∀●>y─~「で、これについてだが……何か言い訳は有るか?」

紫煙をくゆらせながら、香主は丸テーブルの上の書類を顎で示す。
部下の背筋に、一層の緊張が走った。
9 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:13:42.55 ID:tCrXGCB8O
<ヽ●∀●>y─~「この一週間で十件の構造体(ストラクチャ)が落とされた。それも、あの“狐翁”がセキュリティーを組んだにも関わらず、だ」

(;#ゝ@)「……」

<ヽ●∀●>y─~「何と言ったかな、く、く、……」

(;#ゝ@)「黒山羊のサーカス……でさぁ」

<ヽ●∀●>y─~「そうだったな。何処の馬の骨とも知れねぇが…いいや、この場合山羊の骨か?」

(;#ゝ@)「……」

<ヽ●∀●>y─~「お前さんが出来ると言ったから、ウリはこのヤマをお前さんに任せたんだがな…どうやら、とんだ見当違いだったらしい」

(;#ゝ@)「で、ですが兄貴……」

<ヽ●∀●>y─~「だから言ったろう、今更RMTに頼らなくとも、ウリ達には幾らでも“円”の洗い口があると。一体、どれだけの金と暇を使ったと思ってる?」

(;#ゝ@)「そ、それは……」

いよいよもって部下の背中が震えだしたのを見て、香主は葉巻を灰皿に擦り付けると静かに言い放った。

<ヽ●∀●>「さぁヤン坊や。聞かせてもらおうか。お前さんが、どうやってこの事態に落とし前を付けてくれるのかをよ」
11 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:15:37.78 ID:tCrXGCB8O
(;#ゝ@)「あ…え……」

殺される。

口元だけに笑みを浮かべて身を乗り出す香主を見ながら、部下はこれから訪れるであろう自らの運命におののいた。

それは何秒後に訪れるのか。

少なくとも、“双龍”が後腰のホルスターに手を掛けた瞬間には、自分の前に浄土への渡し船が到着しているだろう。

もう、引き返せない。彼の人生という名の列車は、終着駅へのアナウンスを流し始めている。

アナウンスを遮ったのは、無機質な電子音だった。

<ヽ●∀●>】「……どうした。公衆端末からかけてくるなんて、お前さんらしくない」

電子音は着信音。香主は携帯端末を取り出すと、話を遮り耳に当てた。

<ヽ●∀●>】「これから?……仕事の話しか……?」

相手の申し出に、香主は部下の顔をちらと見やり。

<ヽ●∀●>】「……ああ、構わない。お前さんなら歓迎だ。事務所で待ってよう」

微かにほくそ笑み、端末を切った。

12 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:17:18.96 ID:tCrXGCB8O
(;#ゝ@)「あ、あの、兄貴……」

自分の運命はどうなるのか。その行方を尋ねようとする部下を置き去りに香主は席を立つ。

<ヽ●∀●>「……いいか、ヤン坊や。この件からは手を引け。例え尻に拭い損ねた糞がこびりついててもな」

(;#ゝ@)「え?兄貴?」

戸惑う部下、足早に店を出る香主。

<ヽ●∀●>「さて、面白いことになってきたな」

ただ一つ部下に解ったことは、香主の後腰にホルスターが提げられていないことだけだった。
14 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:19:23.00 ID:tCrXGCB8O
 ※ ※ ※ ※

──店のガラス窓が、びりびりと震えた。

(;'A`)「何だ!?何が起こったんだ!?」

椅子を蹴って立ち上がった。

lw´‐ _‐ノv「……まさか」

ネットカフェの中は、蜂の巣をつついたように騒然となった。

「テロだ!駅前で、爆弾テロがあったらしいぞ!」

誰かの叫び声が、騒ぎに拍車を掛ける。
野次馬根性逞しい利用客たちは、我先にと押し合いへし合い出口へ殺到した。

lw;´‐ _‐ノv「ドクオ君、私達もいくぞ!」

何時になく切迫したシュール嬢に腕を掴まれ、オレは会計も済まぬままにネットカフェから引きずり出された。

(;'A`)「ちょっ!シュールさんどうしたんすか!」

見た目からは想像もつかない程パワフルな彼女に引き摺られながらも、オレは何とか姿勢を立て直して尋ねる。
シュール嬢はこちらも見ずに、ただ一言だけ、呟くように告げた。

lw;´‐ _‐ノv「私の予感が外れてくれればいいんだがな……」

15 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:21:07.21 ID:tCrXGCB8O
宵闇が垂れ込めるニーソクの目抜き通り、人の海を掻き分け掻き分け駅を目指す。
頬を伝う風が異常な熱気を孕んでいる事に気付いたとき、オレ達は目的の場所に到着していた。

(;'A`)「何…だよ…これ…」

既に没しつつある夕日に代わって、空を焦がすは紅蓮の炎。
火元は駅前のロータリー、その中央、跪くようにしてひっくり返ったタクシー。
それだけならば、ただ、タクシーが横転して爆発しただけの光景にも見えただろう。

異常なのは、その周囲に群がる“群集”だった。

「燃えろ!燃えろ!もっと燃えろ!」

「裁きだ!これは裁きだ!メギドの炎なのだ!」

「浄化しろ!腐った世界を浄化しろおおぉぉ!」

手に手に旗やプラカードを持ち、揃いの鉢巻きを巻いた彼らは、朝からニーソクを騒がせていたデモ隊に間違いない。

彼らは、燃え盛る炎を前にして、歓喜し、狂喜していた。

16 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:23:25.73 ID:tCrXGCB8O
(;'A`)「何だ…こいつら…何が…そんなに嬉しいんだよ」

他人の不幸で飯が旨い、とはよく言うが、この熱狂ぶりは異常だ。
彼らの間には、吐き気を催すほどに宗教的な雰囲気が蔓延している。

一体、この集団は何なんだ。

オレの疑問に答えるように、誰かが叫んだ。

「黒山羊のサーカス万歳!ジョーカー様万歳!」

(;'A`)「なっ──!」

どういうことだ。黒山羊のサーカスって…奴らは、ネットテロリストじゃなかったのか?それに、どうしてジョーカーの名前まで?

lw´‐ _‐ノv「嫌な予感ほど当たると言うが…これほど不愉快なことも無いな」

歯噛みするようなシュール嬢の言葉に、オレは傍らを振り返る。

(;'A`)「シュールさん、これはどういうこと何すか?あんた一体、何を知って……」

襟首を掴み兼ねない見幕のオレを、シュール嬢は一瞥すると目を伏せた。

lw´‐ _‐ノv「……これは、私の罪だ」

17 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:25:51.14 ID:tCrXGCB8O
(;'A`)「は?どういう意味です?」

ワケが分からない。戸惑うオレを余所に、シュール嬢は踵を返すと炎から逃げるように歩き出す。

(;'A`)「ちょ、ちょっと…!」

慌てて後を追うオレ。
シュール嬢は立ち止まり、振り返る事なく呟いた。

lw´‐ _‐ノv「ブーンの過去を知りたいんだったね」

(;'A`)「この騒ぎと、何か関係が…?」

lw´‐ _‐ノv「今、メールを送った。そこに添付されているアドレスにアクセスしてみなさい。後は、君の判断に任せる」

それだけ言うと、彼女はそのまま歩き去ってしまった。

(;'A`)「オレの判断って……」

途方に暮れるオレの懐で、携帯端末が久し振りに振動する。
背後では、騒ぎを聞きつけたマスコミがカメラを回し始めている。

o川;゚ー゚)o「何と言うことでしょう!金田官房長官に続いて、またもや政府官僚が……」

世界は、オレの知らない何処かで、ゆっくりと動き始めていた。

18 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:28:01.08 ID:tCrXGCB8O
 ※ ※ ※ ※

──情報流(ストリーム)の中を泳ぎながら、私は前を行く塩豚の背に声をかける。

从 ゚∀从「しかし貴様の情報網は測り知れんな。少し脅しをかけただけで、大の男があの様だ」

今し方出たばかりの構造体での一連の遣り取りで、私は情報戦の何たるかと言うものをこの塩豚から再認識させられた。

( ^ω^)「人伝の情報ばかりだったから、こっちもヒヤヒヤもんだったお。あいつが誘導尋問に引っかかるような奴で助かったお」

彼は例の情報屋を前にすると、恐らくはその男が他人にひた隠しにしてきたであろう“弱み”を次々と挙げ連ね、涙目になった男から見事に“その情報”を聞き出して見せた。

流石、“電子の王”を名乗るだけはある。

この分だと私の主も、彼に様々な弱みを握られているに違いない。
これも善い機会だ。“あれ”を大人しくさせられる情報が有るかどうか、聞いてみるのもやぶさかではない。

やぶさかではないが。

今は、他に聞くべき事がある。

19 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:30:41.34 ID:tCrXGCB8O
从 ゚∀从「……それで、さっき言ったことは、確かなのか?」

( ^ω^)「確かかどうかは、この目で確かめてみなければわからないお。結局は、噂でしかないわけだし……」

塩豚は──否、電子の王は──、振り返らずに呟く。
電脳の海は、膨大な数の構造体という浮島を漂わせて神秘的──ヒトならこう表現するだろう──な輝きで広がっていた。

从 ゚∀从「所詮は噂。されど、火のない処に煙は立たぬ。それも、貴様と彼女が調べた結果行き着いた仮説ならば、信憑性も増すと言うものだ」

( ^ω^)「お世辞はいいお」

自嘲気味に吐き捨て、彼は急停止する。

( ^ω^)「あいつに聞いたアドレスではここら辺なんだおけど……」

流れ行く構造体達に目を光らせ唸ること2.07秒。

( ^ω^)「あれ…かお…」

目的の“それ”を見つけて、電子の王は溜め息をついた。

从 ゚∀从「あれ、だな」

サーカスのテントを模した、漆黒の構造体。

( ^ω^)「ここが…奴らの…総本山……」

黒山羊の旗を掲げるそれが、私達を見下ろしていた。
21 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:33:27.55 ID:tCrXGCB8O
 ※ ※ ※ ※

──靴を脱いで居間を見やると、彼女はソファーに腰掛けたまま虚空を見つめていた。

('A`)「ただいまけぇりやしたよぉ…っと」

从 ゚∀从「……」

目を見開いたままに何の反応も示さないその人形のような姿に、相棒が未だ電子の海から帰って居ないことを知る。

('A`)「……ったく、御主人様をほっぽりだして、塩豚なんかと浮気かぁ?」

まぁそれならそれでこっちも遣りやすいというものだ。
ジャケットをベッドの上に脱ぎ捨てる。
携帯端末から据え置きの情報端末(ターミナル)へと件のアドレスデータを転送し、ハインの隣に腰掛けるとその初雪のような横顔を見つめた。

从 ゚∀从「……」

人形。こうして微動だにしない彼女を見ていると、改めてハインはロボットなのだと言うことが実感される。

('A`)「ちげぇよ…人形なんかじゃ…絶対ねぇ」

自分で考え、自分で行動する。
それは、自動人形(オートマタ)と呼ぶにはあまりにも役不足。

ならばオレは、彼女を何として見る?
25 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:35:47.61 ID:tCrXGCB8O
人間?

否、彼女はアイアンメイデン。特A級護衛専任ガイノイド。正真正銘のロボットだ。

だがオレはどうだ。そのロボットにこき下ろされ、尻に敷かれ、彼女が居なければ何も出来ないこの体たらくは。

彼女は余りにも完璧過ぎる。

それは、単なるロボットという枠組みを超越して、ヒトというものすらも多くの面で超越している。

彼女は何だ?

ヒトでもない、ロボットでもない。彼女は、一体、オレにとって、どんな存在だ?

('A`)「君は、何処へ行こうとしてる?」

彼女の額にかかった銀糸の髪を、そっと掻き分ける。
露わになった白磁の額に自分のそれをつけて、零距離からその真っ赤な瞳を覗き込んだ。

('A`)「……馬鹿じゃねぇの」

今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ。他に、やるべき事があるだろう。

('A`)「これもまた、“逃げ”なのかね……」

彼女から離れると、情報端末から伸びる結線ケーブルを握ってうなじのニューロジャックに差し込み没入。
殺風景なエントランスから例のアドレスを呼び出しアクセスする。
27 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:39:19.21 ID:tCrXGCB8O
エメラルドグリーンの情報流に乗り辿り着いた先は、ファンシーなデザインの私設構造体だった。

('A`)「何だよこれ。こんなサイトの、どこがブーンの過去と関係有るんだよ」

淡いピンク色の壁紙で構成されたその構造体は、十代後半から二十代前半の女性の部屋を思わせる。
壁に掛かったラックに熊の縫いぐるみが置かれているところなんか、まさにだ。

('A`)「僕ちゃん、スイーツ(笑)のかほりは苦手なのよね」

顔をしかめながら、それでもシュール嬢が大真面目な顔をして送ってくれたアドレスだからと室内を見回す。

壁際に置かれた書き物机。

その上、一冊のハードカバー本のデータアバターが目に留まった。

('A`)「日記…か?」

直感が告げた。

これを読んだら、もう引き返せないと。

直感が告げた。

ここが、最終分岐点だと。

('A`)「今更悩むことか?」

ここで引き返すつもりなら、そもそもこの構造体にアクセスしていない。

オレは、ゆっくりとした動作でページを捲った。

28 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:42:09.73 ID:tCrXGCB8O
 ※ ※ ※ ※

──電子の王はプロキシのパネルを呼び出すと、そこに手打ちで一つのコードを入力した。

( ^ω^)「郷に入らば郷に従え、ってやつだお」

小気味良く言って彼はパネルを閉じる。
彼の姿は、一瞬にして黒いローブに身を包んだ異教徒のものに変わっていた。

从 ゚∀从「アクセスコードまで教えてくれるとは。あの情報屋も随分気の利く男だな」

彼にならい、私もプロキシに件のコードを通す。これで、私達も一時的に“奴”らの仲間入りを果たしたというわけだ。

( *^ω^)「ハインちゃんは何を着せても似合うお。如何にもこれから魔女裁判に連れてかれるみたいだお」

私の変化後のアバターをしげしげと眺め、塩豚は感想を述べる。
その視線が私の主と似ていることに、溜め息が漏れた。

从 ゚∀从「いいからさっさと行くぞ。萌え台詞は後で聞かせてやる」

( *^ω^)「おっおっ。期待してるお」

締まらない薄ら笑いを浮かべながら、塩豚はテントの幌を捲り上げる。
不可視の攻性防壁は私達を受け入れ、その内部への侵入を許可した。
30 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:44:29.29 ID:tCrXGCB8O
バスケットアリーナ並みに広大な中央のステージ。
それを囲むよう、円形に配置された客席は一段高くなっていて。

──黒山羊のサーカス。

塩豚に続いて足を踏み入れた先は、外観に忠実にサーカスのテント内部を再現していた。

( ^ω^)「こんなにメンバーがいたのかお……」

ブーンの漏らした驚嘆も無理はない。
国会議事堂の会議室以上の客席は、サーカスの団員であろう黒装束達によってその三分の二が埋まっていた。

( ^ω^)「……不気味だお」

恐らく五百人以上はいることだろう。
全員が全員、目深にフードを被って中央ステージを望む姿は、19世紀はヨーロッパの邪教徒達の黒ミサを彷彿とさせた。

( ^ω^)「一体、何を見てるんだお?」

塩豚が呟き、彼らの視線の先を追う。
だだっ広い中央ステージに、人影らしきものは見えない。
それとも、これから何かがあのステージの上で始まるのだろうか。

私の疑問の答えは、直ぐに明かされることとなった。

31 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:49:26.74 ID:tCrXGCB8O
从 ゚∀从「……何だ?」

団員達が見守る中央ステージ。

その真上、一筋の“歪み”が生じる。

やがて、“歪み”は大きな“うねり”となり、ついに裂け目となると。

从*‖*从『御機嫌よう諸君。随分とお待たせしたね』

見覚えの有る、巨大な仮面のアバターを其処に顕現させた。

从 ゚∀从「「ジョーカー……」」(^ω^; )

「「「「ハロー、マスター」」」」

団員達は一斉に頭を垂れると、宙に浮いた仮面に向かって唱和する。私達も一歩遅れてそれに倣った。

从*‖*从『ハロー、諸君。それでは今回の“公演”の結果報告から始めようか』

一同の視線が再び自分に集まるのを確認すると、道化の仮面は歪な合成音声を発する。

从*‖*从『率直に言おう。忌々しい国賊たる羽山議員殿は、ニーソクの駅前で裁きの炎に焼かれて死んだ』

厳かな託宣に、場内は割れんばかりの拍手に包まれた。
33 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:52:16.50 ID:tCrXGCB8O
从*‖*从『これも偏に諸君らの働きの賜物だ。ジョーカー様も、きっとお喜びになられていることだろう』

大仰に頷く道化のアバター。その言葉に、違和感を覚える。

( ;^ω^)「ジョーカーじゃ…ないのかお…?」

隣のブーンも私と思う所は同じなのだろう。

“黒山羊のサーカスの統率者はジョーカーなんじゃないか”。

あの時ブーンはそう言った。

ネットの各所で囁かれていた噂を頼りに、彼が追い続けていたこの集団の実態はしかし、彼の予想とは些か違う形を取っていたのだろうか。

ならばこの道化の仮面は?

从*‖*从『今の日本は、凡人には解らないレベルで腐り始めている』

我々の疑問を余所に、道化は語り始める。

从*‖*从『かつて、我々崇高なる大和人は、ユーラシアに覇を唱え、世界にその偉大さを知らしめた。その科学力を持って、世界の頂上に君臨していた』

从*‖*从『我々に敵は居なかった。強大な我が大和大国に敵う国など、世界中を探しても見つからなかった。まさに天地に無双。我々は間違いなく、最強だったのだ!』

34 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:55:43.31 ID:tCrXGCB8O
从*‖*从『だが、今、その最強の座がゆっくりと、しかし確実に浸蝕されつつあることに、一体どれだけの国民が気付いているだろうか?』

从*‖*从『勝って兜の緒を締めよ、とはよく言ったものだ。今やどの政治家達も、日本の繁栄を信じて疑わず、玉座の上に胡座をかいてうたた寝をする始末だ!』

从*‖*从『彼等は気付いていない!いや、気付いていて無視を決め込んでいるのか?だとしたらそれは、国の舵取りを担う者として赦されざる大罪だ!』

从*‖*从『VIP!この街を見てみろ!ユーラシアでの勝利に浮かれて、大陸からの難民を受け入れたこの街の現状を見てみろ!』

从*‖*从『ニーソクでは昼日中を問わず大小の犯罪が頻発し、ニューソクの利権のその三割は中華街に進出して来た華僑共が握っているではないか!』

从*‖*从『挙げ句の果ては、あの“シベリア”までもがこの街に支部を構える始末……今のこの国には、獅子心中の蟲があまりにも多すぎる!』

35 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 21:59:02.28 ID:tCrXGCB8O
从*‖*从『何故、奴らのような国敵の侵入をこうまでして許したのか……それは、ここに集まってくれた諸君らならばお分かりだろう』

从*‖*从『汚職!何時の時代も支配者達は自らの利益に貪欲だ!
金さえ積まれれば、相手が国敵だろうが尻尾をふるその態度は、全く持って唾棄すべきものだ!断じて赦してなるものではなぁい!』

从*‖*从『その為にもと、今日まで政治屋の風上にも置けぬ国賊共に天誅を下してきたが、事態は最早それだけでは間に合わない域にまで迫りつつある!』

从*‖*从『今こそ我々はこの姿を衆目の下にさらけ出し、世の平和ボケした凡愚共に真実を知らしめてやるのだ!』

仮面の熱烈な煽動に、団員達が歓声を上げる。
それを満足気に見下ろして、仮面は続けた。

从*‖*从『これを見よ』

仮面の横の宙空、五メートル弱のホロが浮かび上がる。
恐らくは街頭カメラの映像だろう。
ノイズ混じりに映し出された光景は、私達のよく知るニーソク駅前のロータリーだった。

36 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:01:04.95 ID:tCrXGCB8O
( ;^ω^)从 ゚∀从「「これは……」」

紅蓮。
ロータリーの中央、横転したタクシーを苗床にして燃え盛る橙の焔。
そして、それを取り囲むようにして拳を突き上げている集団は、朝から街を騒がせていたデモ隊にほかならなかった。

从*‖*从『この通り、我々の行動は多くの市民によって支持を得ている。
我々は今や、彼らか弱き人民達の正義の代行者ですらあるのだ!正義は今や我等に有り!』

歓声。そして拍手。
電脳の世界で有るにも関わらず、ホールの中に熱気が渦巻いているような錯覚を覚えるほどに、その熱狂は高まっていき。

从*‖*从『さぁ!遂にこの時が来た!私はジョーカー様の代弁者としてここに宣言する!
今宵、我等はこのVIPに蔓延る癌細胞の一切合切を駆逐するため、裁きの剣を手に取るのだ!』

一瞬の静寂の後。

从*‖*从『これより、“シベリア”掃討作戦を実行に移す!』

一気に爆発した。
39 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:07:09.44 ID:tCrXGCB8O
 ※ ※ ※ ※

──胸の痛みは、既視感から来るものか。

('A`)「……」

同情心に近いこの痛み。これほどの業をあいつが抱えて生きて来たのかと思うと、どうしても臆してしまうオレが居た。

('A`)「ブーン……お前も……」

電子の海を泳ぎながら、奴の顔を思い浮かべる。オレは果たして、再びあいつを前にして何時も通りに振る舞えるのだろうか。
正直、そんな自信は毛ほども持ち合わせてなどいない。

いないが。

('A`)「オレが…ビビっちまってどうすんだよ……」

オレだからこそ、あいつの痛みを解ってやれるんじゃないかとも思う自分がいる。あの日記に綴られていたことが、真実なら……。

('A`)「けっ、相も変わらず綺麗事かよ」

解ってる。結局、理由がないとダメなんだ。

“オレにしかあいつを救ってやることは出来ない”だと?思い上がりも甚だしい。

本当は、そう思い込んで義務化でもしないと、あいつと顔を合わせる事も出来ないんだ。

('A`)「これも、同族嫌悪かね……」

それ程に自分と向き合う事を、オレは恐れている。

40 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:09:09.39 ID:tCrXGCB8O
('A`)「でも、今は形だけでもしゃんとしなきゃな」

独りごちると同時、何時ものチャットルームが見えてきた。
あいつらはまだ居るだろうか。
今を逃せば決心が鈍ってしまいかねない。
オレは、複雑な気持ちでチャットルームの扉を開けた。

从 ゚∀从「……貴様か」

出迎えの第一声を上げたのは、仏頂面の相棒。

('A`)「わたしです」

投げやりな冗談で応えて奥を見やる。

( ^ω^)「……」

神妙な顔をした“あいつ”が、そこに居た。

('A`)「……あー、ブーン…?」

( ^ω^)「……」

さて、どう切り出したものか。

やはりと言うか、いざこいつを前にすると舌が鈍って上手く言葉を紡げない。
43 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:14:34.27 ID:tCrXGCB8O
('A`)「あーその……」

( ^ω^)「……ドクオ」

(;'A`)「は、はひっ!?」

唐突に声を掛けられ、思わず声が裏がえる。

( ^ω^)「それからハインちゃんも」

从 ゚∀从「……」

( ^ω^)「悪いけど、一人にしてくれるかお?」

押し殺すように呟かれたその言葉に、オレは押し負けそうになる。
それ程までに、奴の言葉は確かな重みを持っていた。
46 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:18:27.61 ID:tCrXGCB8O
(;'A`)「……えと」

だが、ここで機会を逃す訳にはいかない。

何故奴がそんなことを言うのかは解らないが、こっちも少しは“意地”を見せなきゃいけないだろう。

('A`)「先ずは、理由を聞かせて貰おうか」

( ^ω^)「ドクオには関係ないお」

冷たく、突き放すようなその響き。

(;'A`)「あ……」

その瞬間、悟った。

“あぁ、所詮オレはこいつに心を赦して貰ってないんだな”

愕然とする胸中とは裏腹に、オレはどこか諦観にも似た思いでブーンを見つめ返した。

( ^ω^)「だから、今日はもう、一人にしてくれお」
48 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:20:03.13 ID:tCrXGCB8O
そうだ。向こうが嫌がってるのなら、無理して干渉することは無いさ。
どれだけオレがこいつの人生に干渉する覚悟を固めた所で、ブーンが嫌だってんならそれは一方的な独り善がりじゃないか。

一方的に他人の事情に首を突っ込んだって、迷惑なだけだ。
一定の距離を保って生きるからこそ、みんなある程度仲良く生きてるんだ。

だから、今ここでオレがこいつに無理に干渉することは無い。

それで、何時も通り、生ぬるくも居心地の良い関係を、また明日から続けていこうじゃないか。
50 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:22:55.45 ID:tCrXGCB8O
(;'A`)「……」

それで良いのか。

(;'A`)「……良いんだよ」

( ^ω^)「……?」

本当に、それで良いのか。

(;'A`)「……」

ブーンと初めて会った時のことを思い出す。

場末の寂れたチャットルーム。常連の輪の中に入らず、何時も一人でプログラムを弄っていたブーンの姿を思い出す。

“馴れ合いきめぇ”

そう言って、何時も遠巻きに此方を嘲笑していたあいつを思い出す。

どうして、オレは、今こいつと話すようになった?

どうして、オレは、こいつを“友人”なんて呼べるようになった?
52 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:25:21.50 ID:tCrXGCB8O
“お前さ、誰と話す訳でもないのにどうして何時もここに居る訳?”

“お前には関係ないお”

決まってる。

“そう邪険にすんなよ。つうか何弄ってんのそれ?ちょっと見せろや”

オレが、あいつに話し掛けたからじゃないか。

('A`)「……」

( ^ω^)「ドクオ、頼むから、何も聞かずに……」

そうだ。

待ってたって、何も始まらない。

歩き出すこと。歩み寄ること。

全ては、其処から始まる。

53 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:27:22.49 ID:tCrXGCB8O
例え、それで誰かが傷付く結果を招こうと。

痛みを恐れていたら、オレは、何処にも行けない。

('A`)「なぁブーン」

きっと、覚悟した所で、オレは痛みに耐えられない。

( ^ω^)「……お?」

だけど。

だけど。

だけど、オレは。

('A`)「シュールさんから聞いたよ。お前が、昔、自分の恋人にしたことを」

( ^ω^)「……」

('A`)「オレは……」

オレは。

('A`)「オレはさ……」

オレは。
58 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:30:51.91 ID:tCrXGCB8O
('∀`)「流石ブーン、ストーキングのレヴェルが違うぜ!」

( ;^ω^)「……はぁ?」

オレは。

('∀`)「いやぁ、オレも“あいつ”に結構な仕打ちをしたけどさ!
流石に脳核にハッキングかける何て思い付かなかったわ!その手があったか!って感じ?」

( ^ω^)「……」

('∀`)「まぁ?ちょっとやりすぎて精神崩壊起こさせちゃったわけだけど?そこはご愛嬌って奴だよな!」

(  ω )「……」

('A`)「……」

沈黙。痛みを。激烈な痛みを伴う沈黙。

オレが、ブーンが、お互いが無言の叫び声を上げる中。
62 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:32:50.48 ID:tCrXGCB8O
オレは。

('A`)「……オレも、お前と同類だよ」

自らの傷口を抉った。

( ^ω^)「……同…類…?」

('A`)「本当に、愛されているのか不安だったから、お前は彼女の脳核にハッキングなんか仕掛けたそうだな」

(  ω )「……」

('A`)「オレも、同じだよ。オレも彼女が信じられなくて、銃口を向けた」

( ^ω^)「え?」

('A`)「向けただけならいい。オレは、扉越しとは言え何度も引き金を引いた。
弾倉が空になるまで。いや、空になっても、引き続けた」

从 ゚∀从「……」
66 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:39:35.12 ID:tCrXGCB8O
('A`)「だから、お前がどんな気持ちでハッキングを仕掛けたのかは、わかるつもりだ。きっと、いや多分、メイビー」

( ^ω^)「……」

('A`)「だからさ、その…何だ。気にするなっ、て言うのもあれだけどよ。
業が深いのはお前だけじゃねぇんだよ、ってことを言いたかった。そんだけだ」

( ^ω^)「……」

黙り込むブーン。再び訪れる沈黙。

オレは拒絶されるのだろうか。

だったらそれでもいいか、なんて思う。
69 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:42:31.77 ID:tCrXGCB8O
結局、人間なんて独りぼっちだ。

友達だろうが、恋人だろうが、真にお互いを理解し、信頼しあえるなんてのは御伽噺の中だけの話だ。

それは、人の脳味噌の中身を覗けるこの時代でも変わらない。どんなに科学が発展しようと、解決出来ない永遠の命題だ。

オレ達は、“絆”という名のフィクションを夢見て、葛藤し、足掻き、傷を広げていく。

絶望と孤独の中で、すがるようにして“フィクション”を求める。

何処までも突き詰めていけば、有るのは虚構だけ。

誰も助けちゃくれない。誰も真の“絆”なんか用意しちゃくれない。

だからオレは、自分でそれを用意する。

独り善がりだろうが、紛い物だろうが、オレは、オレがそこに“絆”の輪郭を見いだせれば、それでいい。

( ^ω^)「……ふぅ」

('A`)「……」

( ^ω^)「あーあ。もうそんなことまで知ってるのかお」

どこか吹っ切れたような顔でブーンがため息をつく。

( ^ω^)「これは僕の問題だから、ドクオは巻き込みたくなかったんだけど……」

その一言に、思わず涙腺が緩んだ。

70 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:45:36.01 ID:tCrXGCB8O
(;'A`)「おま……」

( ^ω^)「ホントに、ドクオは…何時も何時も、余計なところで首を突っ込んで…」

(;'A`)「わ、悪かったな」

( ^ω^)「初めて会った時だって、無理矢理僕を話の輪に加えようとして……」

(;'A`)「あの時は自分でも空気読めてなかったと思います」

( ^ω^)「ホントだお。空気は読めないし、でしゃばるし、足は臭いし、顔は潰れたガマガエルだし……」

(#'A`)「おい…それ以上は流石のオレでも……」

( ;ω;)「ホント、救いようのない糞野郎だお……」
71 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:47:07.05 ID:tCrXGCB8O
(;'A`)「っておい何泣いてんだよ!」

突然の涙に狼狽えるオレ。現実に忠実なアバターは、見事にオレの理性をかき乱した。

( ;ω;)「ドクオ…頼みがあるお。聞いてくれるかお?」

(;'A`)「あぁ、あぁ、聞く。聞くよ。聞くともさ。だから……」

( ;ω;)「ジョーカーを…止めて欲しいんだお……」

(;'A`)「は?」

ジョーカー?どういう意味だ?

(;'A`)「なぁブーン、先ずは落ち着こうぜ。言ってる意味が……」
74 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/07/25(土) 22:48:56.48 ID:tCrXGCB8O
( #;ω;)「これが落ち着いてられるかお!」

(;'A`)「のわっ!」

激昂するブーン、思わず仰け反るオレ。
何が何やらさっぱりわからないオレに、ブーンはすがりつくようにして詰め寄ると。

( ;ω;)「ジョーカーを……僕の仲間を止めてくれお!」

稚児のように泣き叫んだ。



next track coming sooon...

戻る

inserted by FC2 system