19 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 22:21:53.18 ID:ZcyBZLroO
〜track-α〜

━━だからオレは窓なんて開けるもんじゃないと言ったのだ。

「最早現在の最低賃金は違法な域にまで達している!」

「我々は、断固として抗議する!」

('A`)「あーあーうっせぇなぁこんちくしょうがぁ」

ニーソク区14番街。開け放した我が自宅の窓から聞こえてくるのは、最近随分と元気な労働組合の皆さんの怒鳴り声だ。

デモ隊とか言うのだろうか。
手に手にプラカードや旗なんかを持った彼らは、やれ休みを寄越せだの給料を寄越せだの、自分たちの労働条件がいかに劣悪なものかを力の限りに叫んでいる。

('A`)「知ったこっちゃあありまてん」

煙草の煙が充満して健康に悪いから、と相棒が口うるさく言うから窓を開けたのだが。
起き抜けの頭にこの騒々しさは我慢ならない。

从゚∀从「確かに、真面目に働いたことの無い貴様には関係の無いことかも知れんな」

掃除機をかけながら、したり顔で失礼極まりない戯言をほざく相棒。
22 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 22:24:26.66 ID:ZcyBZLroO
('A`)「まーたそうやってオレのネガティブキャンペーンするぅ。オレの活躍は君が一番側で見てるだろお?」

从゚∀从「故に貴様がいかにろくでもない人間以下の下等生物であるかも、よぉく知っている」

('A`)「手厳しいこって」

銀髪赤眼にゴスロリワンピースを召した彼女の名前はハインリッヒ。
特A級護衛専任ガイノイド━━商品名、アイアンメイデン。
内部知識と外部知識を応用した思考が可能な自由発想許容型AIも、最近ではオレをいかにして罵倒するかということだけに終始している。

オレ達は何でも屋。刺身の上にタンポポを乗せることから、世界征服の手助けまでをこなす次世代の英雄━━英語で言うとニュー・エイジ・ヒーロー━━。

だけど最近はそのニューエイジヒーローもお休みだ。

('A`)「さぁて、今日の運勢はぁ?」

寝そべったソファの上から、ホロTVのチャンネルをつける。
四角錐型の投影機は、中空にリボンの似合う美人女子アナを映し出した。
26 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 22:28:40.75 ID:ZcyBZLroO
o川*゚ー゚)o『はーい現場のキュートでぇっす!では早速、新しく総理に着任することとなったプギャー総理にインタビューを……』

ラウンジ区だろう。ホログラフの中では、ピラミッド型の新国会の前でしまらない笑みを浮かべた禿おやじが、押し寄せる取材陣を前にハンカチで広大な額を拭っている。

o川*゚ー゚)o『プギャー総理は宇宙開発推進派と以前から話題でしたが……』

総理へインタビューするってのに随分と軽いノリだなぁ、なんて思いながらオレはチャンネルを切る。

('A`)「なんだ、総裁選ってもう終わってたのか」

从゚∀从「貴様が引きこもってる間にも、世界は回っているのだ。どうだ、社会のはみ出しものになった感想は?」

相棒が言うとおり、ここ最近のオレの外出頻度は極端に減っている。
1ヶ月前に買い出しに出て以来、コンビニどころか事務所にすら顔を出していない。

从゚∀从「なぁ、ドクオよ。私は常々貴様を人間のクズだの猿以下の能無しだのと罵ってきたが、流石に今回ばかりは最早どう罵倒すれば、貴様の内面に心的外傷を与えられるかわからぬ」
33 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 22:33:11.23 ID:ZcyBZLroO
肩を落として溜め息をつく彼女。
鋼鉄の教育係がして匙を投げる原因は、今、オレの目の前に有る。

('A`)「さぁて、今日も一狩り行きますか!」

ソファに寝そべったままに、結線用コードを握る。

わざわざ壁際からソファの前まで引っ張ってきた情報端末(ターミナル)。
膝にかけられた毛布と、その上に散らばるポテチの食べかす。ソファの下に転がる、ペットボトルの山、山、山。
どこに出しても恥ずかしく無いネトゲ廃人のお手本を、オレは体現していた。

从゚∀从「貴様の本能からは、生命の危機を感じ取る能力が欠落しているのか?戦うなら現実と戦え」

('A`)「うるせぇ!電子の海でオレを待ってる奴が居るんだよ!」

从゚∀从「貴様の隣では、主の社会復帰を願う健気な下僕美少女が涙を流しているのだぞ」

きゅんっ!

(;'A`)「なぁんて騙されるもんか!君に涙腺なんて存在しねぇことぐらいわかってんだよ!」

从゚∀从「ごたくはいいから働け人外畜生。このままではネットゲームどころか、息をすることも出来なくなるぞ」
37 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 22:36:15.36 ID:ZcyBZLroO
('A`)「……ふふふ」

从゚∀从「…何が可笑しい」

('A`)「ぬふふふ…」

从゚∀从「遂に言語野がいかれたか。待っていろ、直ぐに葬儀屋に連絡する。介錯は勿論私が行うから安心しろ」

('∀`)「はーはっはっはっはっ!」

从゚∀从「……許せ、主よ。私はもうこれ以上貴様が墜ちていく姿を見たく無いのだ…南無三!」

(;'A`)ノノ「うぉおぉいストップストップゥウ!」

オレの制止に、暴力美少女は振りかぶっていた格納式ダマスカス剣を下ろした。

38 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 22:37:47.70 ID:ZcyBZLroO
从゚∀从「…なんだ、遺言か?良かろう。主の最後の言葉だ。しかとメモリに刻み込もう」

(;'A`)「いやいや、そうじゃなくて。先ずは落ち着いて欲しい」

从゚∀从「エラー。当ハードには、ユーザーの言い訳をインストールするスペースが有りません」

(;'A`)「うぉっほん!」

从゚∀从「……」

('A`)「実は、だな。君にはオレが電脳世界の中に没入して、現実から逃げているように見えるだろうが……」

从゚∀从「私以外が見ても間違いなく同じ事を言うだろう」

('A`)「こう見えて、オレはきちんと働いているのだ」
41 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 22:41:52.02 ID:ZcyBZLroO
从゚∀从「……」

('A`)「……」

しばしの沈黙。━━やがて。

从゚∀从「…安心しろ。痛みは一瞬だけだ」

鋼鉄の処女はまさに中世ヨーロッパの同名拷問器具のように、両腕を広げてオレに迫り出した。

(;'A`)「ホントホントホント!ホントだってホント!」

从゚∀从「幼児ですらそんな嘘はつかぬ。私を欺くならば、もう少し高度な……」

(;'A`)「嘘だと思うなら君も一緒にログインしてみればいいだろ!」

从゚∀从「……」

(;'A`)「それなら文句無いだろ?な?な?」

胡乱な眼差しでオレを真正面から見据える冷血処女。
オレは、その絶対零度の瞳から視線を外さないようにするだけでいっぱいいっぱいだった。
44 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 22:46:26.48 ID:ZcyBZLroO
 ※ ※ ※ ※

━━ここは狩人の酒場だ。仕事を探してるなら、奥のカウンターに居る姉ちゃんに聞いてみな。
そう言ったのは、がたいのいい30代半ばの半裸男だった。

从゚∀从「……なんだ、ここは」

隣に立つ相棒が、辺りを見回して眉を潜める。
天井からぶら下がった古めかしいカンテラが照らす店内。
並んだ十数の樫材のテーブルに腰掛ける人々は、中世ヨーロッパ風の鎧からエキゾチックな獣革の戦装束まで多種多様。
この現代社会において、ここだけがまるで時間の流れから取り残された━━否、次元というものがズレたような、そんな場所。

('A`)「だぁから狩人の酒場だって言ってんべー」

そう言うオレも、漆黒の甲冑に身の丈以上の大剣を背負った出で立ちなことで、ハインリッヒはますます眉ねを寄せた。

从゚∀从「……これが、貴様のプレイしているオンラインゲームとやらか」

呆れたように肩をすくめる彼女の姿は、疑似アバターとして設定してあるティーンエイジャー・私服風。
カーディガンにロングスカートのなりは、“狩人の酒場”では浮いていた。
46 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 22:49:43.48 ID:ZcyBZLroO
('A`)「そう。ここが、今のオレの“職場”ってわけ」

「アポカリプス・オンライン」。
ナウなヤングにばかうけの、今最もホットなオンラインゲーム。
プレイヤーはハンターとなり、中世はヨーロッパ風のオーソドックスなファンタジー世界の中で、モンスターを狩猟するのが目的。
電脳時代に入ってからこっち、ゲーム業界では大規模な世代移行が進み、ほぼ全てのゲームが電脳空間でのアバターを応用した体感型となった。
「アポカリプス・オンライン」も勿論例外ではなく、電子体アバターとして襲いかかってくる巨大なモンスター達の迫力は、初見ではお漏らしものだ。

从゚∀从「……それで、その仕事というのは?ちゃんと、“現実で使える”金を稼いでいるのだろうな?」

('A`)「まぁ、それは実際に目で見て貰って……」

未だ信じられ無い様子の現代っ子をいなすオレ。
ふと、その視界の隅に見覚えが有る赤い甲冑が映る。
49 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 22:53:36.72 ID:ZcyBZLroO
('A`)ノシ「おぉいちょっと!」

オレの呼びかけにそいつはギクリとしたように立ち止まると、恐る恐るこちらを振り返った。

( ;^ω^)「げっ…!」

全身を覆う鋭角的なデザインの赤い鎧から覗いている顔は、リアルでのやっこさんとは似ても似付かぬ超絶美形。

('∀`)「いやぁ、“紅の堕天使”様とこんな所で会えるなんて光栄ですなぁ。フヒヒ!」

( ;^ω^)「そ、その呼び方は止めるお!」

一体どれだけの金をかけたのか。
特注のアバターに希少アイテムで覆われた紅の堕天使(笑)の堂々たる風格は、オレ並みの廃人などまだ可愛いものだという事を体現していた。

('∀`)「聞きましたよ聞きましたよぉ。最近ギルドに顔を出さないと思ってたらあーた、自分のギルドをおっ立てたそうじゃありませんか。
なんて言ったかなぁ…紅蓮の……」

( ;^ω^)「わわわ悪かったお!勝手にギルドを抜けたことは謝るお!だからこれ以上はっ!」
52 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 22:56:57.36 ID:ZcyBZLroO
('∀`)「しかも何?男子禁制でこれでもかって程におにゃのこを囲ってるそうじゃあありませんか!ひょひょひょ、君も隅に置けませんなぁ!」

( ;^ω^)「ストップストップストォオップ!」

必要以上に狼狽する紅の堕天使(笑)。そろそろ可哀想になってきたので、話を変えてしんぜよう。オレって優しい!

('A`)「まぁ、んなこたぁどうでもいいんだよ。今日はな、新しい仲間を連れて来たんだ」

言葉と共にオレは背後を振り返る。

从゚∀从「なか…」

( ^ω^)「MA…?」

豆鉄砲を食らったような顔のブーン。
自らを指差し目を丸くするハイン。
大仰に頷くオレ。

从゚∀从「ちょっと待て。理解出来ない。もう一度言ってみろ。何?私が新しい仲間だと?それはつまり……」

もう一度頷くオレ。
55 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:01:26.92 ID:ZcyBZLroO
从゚∀从「腐ってる腐ってるとは言及してきたが、よもやここまでとはな。
貴様の脳核の腐敗レベルは深刻な域にまで達していたようだ。早急に適切な処置を受けることを推奨する」

反論するハイン。

('A`)「さぁてそれじゃあアカウントを作成しましょうねぇ。はい付いて来て下さーい」

( ;^ω^)「ちょっ!それって不味いんじゃ…」

異を唱える周囲を黙殺して、オレはハインの腕を掴むと酒場の奥へとずんずん進む。

从;゚∀从「おい離せ脳腐敗。何を考えている。私はアイアンメイデンだぞ。ネットゲームのアカウントなど……」

('∀`)「それが、取れるんだなぁ」

从;゚∀从「貴様…何を…」

ハインの言うとおり、ネットゲームのアカウント取得には、接続者の個体識別情報と市民IDの登録が必要となってくる。
いくら電脳核を有しているとは言え、ハインリッヒのようなガイノイドは個体識別情報の入力の際に、サーバー側からBOTと見なされはじかれるのがオチだ。
58 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:05:34.87 ID:ZcyBZLroO
('∀`)「だから、ここであなた様の出番でございますよ」

とびっきりの笑顔で振り向くと、彼はやっぱりかというように溜め息をつく。

( ;^ω^)「ドクオ、僕はこういう下らない目的の為にハックするなんてごめんだお」

('A`)「あー何て言ったっけなぁ。“紅蓮の騎士団”…だっけ」

( ;^ω^)「ぐぬっ…」

('∀`)「オチスレの奴らに教えてやったら、さぞかし喜ぶだろうなぁ」

( ;^ω^)「あ…あ…あ…」

('∀`)「見える!私には見える!アポカリプス史上最大規模の祭りに湧く酒場が!見える!狩り場に凸されて涙を流すおにゃのこ達が!」

( ;^ω^)「わかった!わかったお!やりゃあいいんだお!?やりゃあ!」

('A`)「物わかりが良くて宜しい」

( ;^ω^)「ちっ…」

しぶしぶといった感じにアバターの懐をあさり始めるブーン。
“交渉の折りは相手の弱みにとことん漬け込むべし”。バイ、ドクオ。
ちょろいもんだね!

59 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:07:20.13 ID:ZcyBZLroO
从;゚∀从「おい塩豚、まさか本当にハックするつもりじゃないだろうな?」

( ;^ω^)「すまんお、ハインちゃん。僕にも、守るべき生活というものがあるんだお……」

奴は懐から取り出したナイフ型のハッキングツールを、カウンターの奥に居る受付嬢に向けて嘆息する。

从;゚∀从「この…腐れ外道が…!」

オレを睨むハインリッヒの瞳は、まるでクリムゾンの同人誌に出て来るヒロインのようだった。
62 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:09:12.47 ID:ZcyBZLroO
 ※ ※ ※ ※

━━見渡す限りの草の海。傍らに聳える切り立った岩山。
頭上の青空では、始祖鳥のような姿をした鳥が群れを成して輪を描く。
エリアナンバー・01「コトハジメ平原」。時折ここが、電子の海に浮かぶ零と一で構成されたゲーム構造体(ストラクチャ)の中だということを忘れる程に、その光景は美しい。
∧,,,∧
从゚∀从「にゃあ」

オマケに、隣にこんな猫耳美少女なんかが立っていた日にゃ、現実を忘れてこの世界で暮らしたいなどと思ってしまいたくもなるものだ。

('A`)「そうだろう?なぁ?」
∧,,,∧
从゚∀从「ぼくは現実と戦ってるご主人の方が好きだにゃ」

('A`)「…有難う。その言葉だけで、オレはまた明日からも生きていける」
∧,,,∧
从゚∀从「いいから働けろくでなし」

猫耳処女の何時も通りに手厳しい苦言を受け流しながら、オレは改めて彼女の全身をねっとりとねめまわす。

(*'A`)「…やっぱ、獣っ子は最高っすね兄貴!」

( *^ω^)「わかるか…弟よ!」
∧,,,∧
从゚∀从「最高に“気持ち悪い”ぞ貴様ら」
65 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:12:26.55 ID:ZcyBZLroO
極端に肌の露出が多いエキゾチックな原住民風の衣装。
背中の弓と矢筒が表すのはアーチャーのクラス。
そして、頭のてっぺんとお尻から生えた“それ”が表すのは……。
∧,,,∧
从゚∀从「…何が初心者向けの種族だ。萌え豚向けの間違いじゃないのか」

彼女が誇り高き大地の民、ヴァーナ族を選んだ(正確にはオレ達が選ばせた)という事に相違ない。

(*'A`)「いやいや、マジでヴァーナは使えるから!DEX上がり易いし、固有スキルもHP低い序盤では重宝するし…」

( *^ω^)「そうだおそうだお!このゲームは回避が基本だから、素早いヴァーナを選ぶってのはそれだけでアドバンテージなんだお!」

多くのMMORPGがそうであるように、「アポカリプス・オンライン」も先ずはゲーム内でのアバターを作成することから始まる。
職業、人種、髪型、etc.etc...用意されたパーツを組み合わせて文字通りゲーム内での自分の分身を形作るという分けだ。
我が相棒もそうやって我々上級者の助言のもと、自らのアバターを作ったのだが。

66 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:14:27.08 ID:ZcyBZLroO
∧,,,∧
从゚∀从「…ふむ。まぁ、仮にそうだとしよう」

(*'A`)ノ「ドクオ、インディアン、嘘ツカナイ」
∧,,,∧
从゚∀从「そうだとしても、だ」

(*'A`)「あい?」
∧,,,∧
从゚∀从「私は別にこのゲームを遊ぶのが目的では無い。貴様が如何にしてこのゲーム内で働いているのか。それをしっかりと確かめるのが本来の目的なのだ」

(;'A`)「ぐっ…!」
∧,,,∧
从゚∀从「貴様の、一般的価値観から見て“理解され難い”趣味に合わせてこんな格好をする為に没入した訳では無いこと、忘れて貰っては困るな」

痛い所をピンポイントで的確に攻めてくる相棒に、オレは何時も通り論破されるのだった。

(;'A`)「分かった。分かったよ。働いてるとこ見せりゃいいんだろ、見せりゃ?」
∧,,,∧
从゚∀从「ああそうだとも。貴様が真面目に勤労に励んでいるのが確認出来れば、私も……」

彼女の言葉は、大気を震わす咆哮によって遮られた。
72 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:24:50.86 ID:ZcyBZLroO
∧,,,∧
从゚∀从「…む?何だ、何が……」

( ;^ω^)「ドクオ、まさかこれ……」

突然のサプライズに焦る二人。
オレは、“百万分の一の奇跡”に遭遇出来たことに内心でほくそ笑みながら、背中の大剣を構えた。

('A`)「あぁ、違いねぇ。“奴”だ」

瞬間、オレ達の頭上を黄金に輝く颶風が駆け抜ける。
∧,,,∧
从;゚∀从「くっ!何だこれは!おい、何が起こって…」

凄まじい風圧に怯むオレ達。
嘲笑うかのようにして、それはオレ達から二十メートル程離れた草地の上に舞い降りた。

( ;^ω^)「ま、マジ…かお…」

奴の姿を確認したブーンの顔が、驚愕に歪む。
黄金に輝く翼。血の色に染まった鉤爪。三つに分かれた尻尾と、そこにびっしりと生えた棘。
有り体に言えばファンタジー世界お馴染みのドラゴンだ。ドラゴンなのだが。

(#'A`)「希少種だ!ブーン、スリープを唱えろ!絶対に…逃がすな!」

( ;^ω^)「は、把握!」

千載一遇の荒稼ぎチャンスに、オレ達は走り出した。

73 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:27:34.18 ID:ZcyBZLroO
 ※ ※ ※ ※

━━電子の海に浮かぶエメラルドグリーンのグリッド。素組みの構造体の背景色は、殺風景な黒真珠色。
データ容量を極端に少なくして形成されたデザインは、私設のネット構造体(ストラクチャ)によく見られるものだった。

('A`)「ふぅ、稼いだ稼いだ」

( *^ω^)「これだけ稼げば、しばらくは働かなくても食ってけるおね」

金色火竜から剥ぎ取った素材アイテムが入ったデータチップを手に、オレ達誇り高き狩人は至福の笑みを浮かべる。
∧,,,∧
从゚∀从「……納得がいかないな」

一方の猫耳処女は憮然とした顔でオレ達の様子を眺めている。
最も、何時もと変わらないと言われれば大差は無いのだが。
∧,,,∧
从゚∀从「何故だ。先の戦いでは明らかに私が一番多く攻撃を当てていたではないか。だというのに、奴は効いてる素振りすら見せなかったぞ」

('A`)「そりゃ…ねぇ?」

( ^ω^)「初期装備であいつを削り切れたら、それこそ神業だお」
75 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:30:35.74 ID:ZcyBZLroO
流石は特A級護衛専任ガイノイド、戦闘のスペシャリストと言ったところか。
ゲーム中でも五本の指に入る強敵である金色火竜に対し、彼女はとても初見とは思えない程の立ち回りを見せてくれた。
しかし悲しいかな。作成されたばかりのキャラクターが装備している武器では火力不足過ぎる。
結局、彼女を囮としたオレ達がやっこさんに引導を渡して今に至ると言うわけだが。
∧,,,∧
从゚∀从「結局は火力か。随分といい加減に組まれたゲームシステムだな。何がリアリティだ。現実の戦いで最も重要視されるのは、兵自体の練度だというのに……」

('A`)「まぁまぁ、ゲームだから。ゲーム。ね?」

AIがAIの悪口を言っているというのは、なかなかに面白い光景ではなかろうか。
∧,,,∧
从゚∀从「…で、だ」

('A`)「あいあい」
∧,,,∧
从゚∀从「ここまでで大方察しはついているが、一応聞こう。貴様がこのゲームを職場と呼ぶ、その理由は何だ?」
78 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:36:33.78 ID:ZcyBZLroO
壁も床も天井もグリッドのみで構成された、構造体とすら呼べない構造体を見回して彼女は尋ねる。

('A`)「まぁ、お察しの通りだと思うよ。RMTさ」
 ∧,,,∧
┓从-∀从г「……」

罵倒するのも無駄な労力としてか、彼女は侮蔑の籠もった眼差しでしてただ肩を竦めるに留めた。オレとしては一番精神的にキツい攻撃だ。
∧,,,∧
从゚∀从「そんなもので生計が立てられるのか?」

('A`)「当たり前だろう?儲からなきゃ誰も進んで犯罪に手は染めねぇよ」

RMT。リアル・マネー・トレーディング。ゲーム内のアイテムデータなどを現実の通貨で売買する行為をこう呼ぶ。
電脳時代以前から、ゲーム内経済を混乱させることや犯罪組織のマネーロンダリングに利用されるとして、違法行為と定められたこのビジネス。
数年前まで手の出しやすさや当局の監視の甘さから、RMT行為はほぼ全てのオンラインゲームで見受けられていた。
ネットの海を暇つぶしに泳いでいれば、換金所の構造体がゴロゴロと漂っていたものだ。オレ達が今居るこの構造体も、そんなRMT黄金時代から続く老舗サイトだ。
80 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:46:08.71 ID:ZcyBZLroO
それでもその道に精通した者にとっては、監視の目をくぐり抜けることが不可能となったわけではない。
商売敵が減った今、プロのハッカーにとってアポカリプス・オンラインは安定して稼ぎを上げることの出来る市場と言えよう。

('A`)「という訳だったのさ」
∧,,,∧
从゚∀从「…ほぉ」

( ^ω^)「それよりもさっさと換金するお。で、今日はもうログアウトして焼き肉食いに行くお」

('A`)「わぁったわぁった」

逸るブーンを宥めつつオレは粗末な構造体の中を、奥へ向かって歩き出す。
この手の換金所というものは、当局に見つかった時の事を考慮して装飾タグなどの無駄を省いて作られている為、極端に殺風景だ。

('A`)「これ、幾らになる?」

構造体の奥まで来たオレは、壁際で明滅する黄色の立方体に、件のチップを差し出す。

◇「ンー……」

黄色の立方体はその面の一つから、大昔に流行った玩具のようなマジックハンドを生やしてそれを受け取った。
こう見えてもこの立方体はブローカーのアバターで、回線の向こうにはこれの主である人間が存在するのだ。
82 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:49:12.20 ID:ZcyBZLroO
性別不詳、年齢不詳。業界人の間で「キューブ」とだけ呼ばれているそのブローカーは、データチップをマジックハンドで弄んだのち濁った電子音声でこう言った。

◇「15、ッテトコロカ」

(#'A`)「ざっけんな!」

これには流石のオレも大激怒。冗談じゃない。

(#'A`)「年末ジャンボ一等賞並みのレアモンスターの素材だぞ?50は出してもらわにゃ、苦労の甲斐がねぇ!」

83 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:50:31.28 ID:ZcyBZLroO
◇「ウルセェナ、コッチハ副業ナンダヨ。ソンナ金出セルカばーか」

(#'A`)「こっちは本業なんだよ!そんなはした金で食っていけるかバーカ!」

◇「ソイツハオ気ノ毒様。アタシノ知ッタコッチャナイガネー」

(#'A`)「ムキー!この守銭奴が!見た目だけじゃなくて頭も堅いのかよ!」

◇「オ前サンハ見タ目ダケジャナクテ、頭モ猿並ダナ」

(#'A`)「てめぇ……」

◇「ハハハ」

(#'A`)「40!」

◇「15」

(#'A`)「35!」

◇「15」

(#'A`)「20!」

◇「15」

(#'A`)「ぐっ……」
85 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/03(水) 23:53:09.83 ID:ZcyBZLroO
畜生め。あくまでも譲らない気か。だからってオレも、そう易々とこいつの言い値で売るつもりはねぇ。こっちは生活が掛かってるんだ。

( #^ω^)「ドクオー、何してるんだお!さっさと換金しないと、何時オマワリが来るかわからんお!」

(#'A`)「うるせぇ!こちとら取り込み中なんだよ!」

◇「アタシハ別二買イ取ラナクテモイインダケドネ」

(#'A`)「くそったれ……」

背後からはせっつく塩豚。目の前には小憎たらしい守銭奴サイコロ。
今月の生活費を掛けてオレが一世一代の葛藤に唸っている時に、“それ”は訪れた。

('A`)「……ん?」

「キューブ」の背後のグリッドが、一瞬だけ歪んで見えた。

◇「ドウシタ?」

目を凝らしてもう一度見る。

('A`)「気のせい…か?」

口に出した言葉を、視覚情報が即座に否定した。

◇「オイ、ドウシタッテ…」

尋ねる「キューブ」の背後。エメラルドグリーンのグリッドが、歪み、捻れ、その輪郭を徐々に不鮮明にしていく。
87 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/04(木) 00:01:35.19 ID:+MZfxtWRO
(;'A`)「まさか…」

嫌な予感に辺りを見回す。天井、壁、床、変化は構造体全体に広がっていた。
∧,,,∧
从゚∀从「なんと…」

◇「ファッキン…ジーザス…」

テレビの接続不良のような歪みと、ノイズ混じりの“ぶれ”。
過去に経験した事の有る異常事態の正体は、背後の塩豚の口から飛び出した。

( ;゚ω゚)「DOSだお!」

瞬間、視界を埋め尽くすような無色無音の情報爆裂が巻き起こりオレ達を飲み込んだ。

(;゚A゚)「ぬぉぉぉお!?」

何故。誰が。疑問を浮かべる暇さえ与えずに、ゴミ情報の濁流はオレ達を押し潰そうとする。
全ての感覚情報が遮断され、情報過負荷のレッドアラートを叫びたてた。

( ;゚ω゚)「強制離脱(アボート)を!早く強制離脱を掛けるお!」

ゼロになった視界。微かに聴覚情報に響いてくるブーンの声に従い、統合制御AIへと指令を出す。

しかし。

(;'A`)「そんな!おい、強制離脱だって言ってんだろ!」

オレの統合制御AIは、哀れな子羊に沈黙でもって返答した。
89 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/04(木) 00:03:56.23 ID:+MZfxtWRO
∧,,,∧
从;゚∀从「ここいら一体のサーバー自体が落ちている。自力で逃げるしか無いな」

猫耳処女の冷静な声が告げたのは、ネットのロジックを司る神の死亡。
なる程、それならオレの守護天使が応答しないのも頷ける。

◇「ジョ、冗談ジャ……ギャアアアァア!」

大瀑布のようにうねる情報流(ストリーム)。0と1の大洪水の中オレは死に物狂いで出口まで泳ぐ。
アバターの感覚情報が、耐え難いまでの重圧に絶叫のごときアラートを上げていた。

(;'A`)「くそ!間に合え…間に合え…」

ぶれる視界、抉れるグリッド、不鮮明になっていく情報流。
エメラルドグリーンの光柱の再現に確かなラグが生じた事で、オレの脳裏を脳死の二文字がよぎった。

(#'A`)「なぁにくそぉぉお!」

ふざけるな。せっかく金火竜なんかと出会えた日に、こんなセコい場末の換金所で死んでたまるか。オレはまだ、ゲンナマを見てないんだ。
92 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/04(木) 00:09:28.86 ID:+MZfxtWRO
(#'A`)「焼ぁぁあき肉ぅぅぅうう!!」

アバターの緩慢な四肢を精一杯に動かし、目指すは出口。
ダウンした視覚情報に見切りをつけ、脳核内のマップを頼りに全力で。

(#'A`)「ハラミィィイ!」

それを導いたのは、生への渇望か、はたまた“食”に対する不屈の闘志か。
先まで限界を超えて絶叫していたアラートが止み、回復した視覚情報に電子の海のダークブルーが映し出されていた。

(;'A`)「……生きてる」

自らのアバターを見回し確かめる、生命の鼓動。ネット空間で実感するなんて皮肉なものだ。

('A`)「……やれやれ、飛んだハプニングだぜ。こりゃ投稿ビデオ大賞もんだな」

一息ついて見渡す電子の海。データマップにはオレの他には連れの二人のアバター反応しか無い。

('A`)「…けっ。しみったれ野郎は命も安上がりになるもんだ」

存外しぶとく生き延びてることも無いとは言い切れないかと思いながら、二人が居る座標へと向き直る。

('A`)「おぉーい、無事かー?」

呼び掛けながらそちらへ泳いでいくオレの視覚情報に、やがて見慣れた二人のアバターがはっきりと見えて来た。
95 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/04(木) 00:12:20.08 ID:+MZfxtWRO
从゚∀从「貴様に心配されるとはな。護衛ガイノイドとしては失格やも知れん」

自嘲気に憎まれ口を叩く冷血処女の姿は、キャラメイク以前のものに戻っていた。
DOSを凌ぐ為に少しでも情報量を削いだ結果だろう。

('A`)「そっか、オレもそうしときゃ良かったな」

どうりで動作が重かったわけだ。まぁ、助かったんだし良しとするべ。

('A`)「しかし、一体誰がDOSアタックを…?Kサツ?」

从゚∀从「まさか。貴様ら外道と違って、勧告も無しにこんな手荒な真似はしないだろう」

確かに。奴らしろ販売元のカプリコンにしろ、公的機関である彼らが幾ら違法構造体とは言え、いきなりネット兵器なんざぶっ放したりはしないだろう。

('A`)「…じゃあ、誰が?」

从゚∀从「大方、貴様らの同業者だろう。あんな商売をしてれば、敵など幾らでもガン細胞の如く増殖していくものだ」

('A`)「そんなもんかねぇ…」
110 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/04(木) 00:48:02.35 ID:+MZfxtWRO
从゚∀从「何にせよ、悪いことは出来ないと言うことだ。これに懲りたら、真面目に外に出てだな…」

('∀`)「冗談!たかがDOSアタック如きでこのドクオ様が怖じ気づくと思ったら大間違いよ!」

从゚∀从「……」

('∀`)「オレは目の前に金の生る木が生えてたら、ショベルカーを持ってきて自分の庭に植え替える男だぜ?この通り、チップもここにあるし……あれ?」

あれれ?

('A`)「おかしいな…どこにしまったっけ…」

まさか。

从゚∀从「……」

(゚A゚)「そうだ!あいつに渡したままだ!」

何たる!何たる不覚!このドクオ、生涯最大の大失態!

(;゚A゚)「そんな…そんな事って…嘘だろ…嘘だと言ってくれよハイン…」

从゚∀从「なぁ人間失格。貴様はこの世界そのものがフィクションだと考えたことは無いか?」

(;A;)「あんまりだ…あぁぁあんまりだぁぁぁあ」

シェイクスピアの主人公になった気分で泣き叫ぶオレを慰める者は誰も居ない。
ただ、暗い偽りの世界を無慈悲に流れる情報流だけが、オレの脇を掠めていくだけだった。
━━ドクオはRMTで成金になる夢を見ていたようです━━完。
100 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/06/04(木) 00:24:49.41 ID:+MZfxtWRO
( ;^ω^)「ちょっと二人とも、アレ……」

何時からそこに居たのか、オレ達の会話を遠巻きに聞いていたらしい塩豚がある座標を指差し目を見開いていた。

('A`)「アレ?」

ハムレットごっこにあきて、オレは奴の指先を辿り首を巡らす。
深海のようなネット空間のその一点。オレ達が今し方、這々の体で逃れて来た場所。ブーンが指差していたのは、換金所の元在った座標だった。

('A`)「なんだ、ありゃ?」

首を傾げるオレの目に映ったのは、その残骸に突き立った一本の旗のアイコン。

墨で塗られたような黒地に、白い縁取りで黒山羊が描かれている。

( ;^ω^)「まさか…“黒山羊のサーカス”…なのかお……」

何か心当たりがあるのか。一人呟くブーンの声を聞きながら、オレはその旗に描かれた黒山羊の真っ赤に輝く瞳を、見つめていた。



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