- 6 :
◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:29:33.73 ID:z4+o1j0HO
- 〜track-γ〜
━━夜眠れなかった、という経験はオレには珍しいことだった。
('A`)「……うぼぁ〜」
依頼の都合上寝るわけにはいかない、という場合を除いて、オレが安眠を妨げられた試しは殆ど無い。
少なくとも、悩み事や不安で眠れなかった、というケースでは。
('A`)「……」
隔離病棟の一件から、丸々二日が経った。
あれ以来、外出禁止令を食らったオレはベッドに縛り付けられ、襲い来る「退屈」という名の魔物との戦いを強いられていた。
いや、強いられているハズだが。
('A`)「……貞子」
時間の流れは、不思議だ。何もせず、ただただベッドの上で取り留めも無い考えに耽っているだけでも、物凄い勢いでそれは過ぎていく。
貞子。
それはひとえに、あれ以降彼女の姿を一度も見掛けていないことに起因するのでは、と思う。
('A`)「どうなったんだろう……」
去り際に耳にした医師の言葉を思い出す。
- 8 :
◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:32:53.49 ID:z4+o1j0HO
- “……処分については、会議を開かねばならないな”
('A`)「処分……」
その単語だけが、頭の中をぐるぐると回っては離れない。
言葉一つとっても、意味は様々だ。謹慎処分、解雇処分、そして……廃棄処分。
('A`)「冗談じゃ…ねぇぞ」
隔離病棟へ無断で侵入したことが、どれほど重い過失なのかはわからない。
わからないが、貞子はアイアンメイデンだ。きっと、その重さは人間の看護婦よりもはるかに重いものになるのではないだろうか。
……だとしたら。
- 9 :
◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:34:31.79 ID:z4+o1j0HO
- (〇ゝ〇)「おはようございます、ドクオさん」
オレの思考が最悪の結末を導き出すと同時、担当医がベッド周りの仕切りカーテンを開いてやってきた。
('A`)「……あ、ども」
(〇ゝ〇)「お加減ではどうですか?」
('A`)「体の方は…別に…」
心の中はどうにも調子が悪いみたいですがね。
(〇ゝ〇)「そうですか。うん、じゃあそろそろ点滴もとって大丈夫ですね。食事も、流動食から固形食に変えちゃいましょう」
入院してからこっち、鼻汁のようなメシを食わされてきた身としては、その知らせは喜ぶべきことなのだが。
- 11 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:36:28.55 ID:z4+o1j0HO
- ('A`)「……はぁ」
(〇ゝ〇)「このまま様子を見て、何も無いようでしたら明後日あたりには退院出来ますね」
何とも、それを素直に喜べないオレが居るわけで。
(〇ゝ〇)「どうしました?何だか、顔色が悪いようですが……」
('A`)「いえ…そういうわけじゃ……あの」
(〇ゝ〇)「はい?」
('A`)「貞子は…どうなるんでしょうか」
(〇ゝ〇)「……」
オレの問いに医師は苦い顔をする。
('A`)「処分…とか、言ってましたけど……」
たっぷりと、十秒程の沈黙があった。
彼は躊躇うようにしてオレから視線を外すと、節目勝ちにこう言った。
- 13 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:37:55.96 ID:z4+o1j0HO
- (〇ゝ〇)「先日の会議で…廃棄処分が決定しました」
(#'A`)「どうしてですか!?」
(;〇ゝ〇)「あの…」
(#'A`)「無断で隔離病棟に入ったのがそんなにいけないことだったんですか!?」
(;〇ゝ〇)「あの、ドクオさん…落ち着いて…」
(#'A`)「それに、あれは妹者が無理にせがんで開けさせたんです!貞子には何も非はありません!
それとも、ここのお医者様はガキの嘘泣きも見破れないような耄碌揃いなんですか!?」
- 15 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:39:29.95 ID:z4+o1j0HO
- (;〇ゝ〇)「ドクオさん落ち着いて下さい!他の患者さんもおられるのですから!」
医師に両肩を掴まれて、オレはようやっとここがどこだったかを思い出した。
('A`)「すいません…」
(〇ゝ〇)「……妹者さんのあれが嘘泣きだというのは、ちゃんとわかってますよ。きっと、貞子が隔離病棟を開けたのもあなたの言うとおりの事情があったからでしょう」
(#'A`)「じゃあ何で…!」
再び拳を握るオレを抑えるように、医師はオレの言葉を遮る。
(〇ゝ〇)「…そうだとしても、貞子は看護用ガイノイド…いえ、アイアンメイデンなのです。例えどんな些細なことでも、我々共の命令を無視するような機械は危険と判断するしか……」
(;'A`)「……っ」
機械。その言葉が、重くのしかかってくるようだ。
機械。彼女は機械。人間の命令通りに動かない機械は、確かに危険だろう。
“あの事件”があった後では尚更だ。
- 16 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:41:38.19 ID:z4+o1j0HO
- (;'A`)「だからって、何も廃棄処分することは……」
(〇ゝ〇)「それに、以前から彼女の電脳核や伝達系統には異常が見られておりましてね…」
('A`)「は?」
(〇ゝ〇)「たびたびフリーズしたり、四肢が稼動不良を起こしたりしているのです」
医師のその言葉に、オレは貞子と初めて会った時のことを思い出す。
妹者の悪戯で転んだ貞子。あの時は別段気にもしなかったが、よくよく考えればあの程度のことで特A級護衛専任ガイノイドであるアイアンメイデンが転ぶ筈が無い。
そしてその後の彼女との要領を得ない会話。医師の言葉が真実ならば、あれがフリーズ状態だったのだろう。
(〇ゝ〇)「そういうこともあって、今回、彼女の廃棄処分が決定したという分けです」
(;'A`)「そんな……」
(〇ゝ〇)「私も、出来るなら彼女をむざむざとスクラップになどしたくは無いのですが…患者さん方の安全を考えると……」
言葉を濁す医師。重苦しい沈黙。
('A`)「そんな……」
昼下がりの病室に、オレの間抜けな呟きだけが取り残されていた。
- 18 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:43:33.72 ID:z4+o1j0HO
- ※ ※ ※ ※
━━風が吹き抜ける。
('A`)「……」
屋上から見上げた空は、相変わらず高く、青く、済んでいた。
('A`)「だっつうのに、オレの心は雨模様なのでした」
冗談を言ってみるものの、今は乾いた笑いすら出ない。
('A`)「あーあ、なぁにしけたこと考えてんのかね、オレは」
これでもオレは他人に対して、極端なまでに情の薄い男だと自負している。
誰がどこでどう死のうと、そんなものはお構いなし。そんな男の筈だ。
('A`)「……廃棄処分、かぁ」
だというのに、今オレは会って一週間もしないアイアンメイデンのことで、これほどまでに心をかき乱されている。
('A`)「あー…畜生」
オレが悩んだところで、どうなる問題では無い…ということもあってか。
胸にわだかまったもやもやは一向に消える気配は無く、気分転換に青空でも見上げれば吹っ切れるかとも思っていたが。
('A`)「……」
その目論見は、屋上に出てから一時間経った今も、成功する見込みは無い。
- 21 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:45:37.56 ID:z4+o1j0HO
- これはいよいよニコチンに頼る時が来たか。
そう思いきびすを返したオレは、そこにあのクソガキの姿を発見した。
l从・∀・ノ!リ人「……」
何時からそこに居たのか。
子供用入院服の裾を両手で掴んだ妹者は、オレのことをじっと見つめていた。
('A`)「……」
大人気ないと後ろ指を指されようが、今はこいつの相手をしたくは無い。
無視して脇を通り過ぎようとするオレ。
l从;・∀・ノ!リ人「ま、待つのじゃ」
その裾を、やはりクソガキは掴んできた。
- 24 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:47:40.73 ID:z4+o1j0HO
- ('A`)「悪いけど、お前と遊んでやるほどオレも大人じゃねえんだよ」
妹者の手をやんわりとほどき、歩き出す。
l从;・∀・ノ!リ人「あ!」
院内への扉に手をかけ、ノブを捻る。
l从;>へ<ノ!リ人「ご、ごめんなさい!!」
屋上に響き渡るほどの大声に、オレの手はノブを捻るのを止めた。
('A`)「……」
溜め息をつきながら振り返る。
_,
l从。・へ・ノ!リ人「ごべっ…なさぃ……」
涙をこらえたクソガキの顔が、そこにあった。
- 25 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:49:11.82 ID:z4+o1j0HO
- ('A`)「あのなぁ……」
オレに謝ったところで、どうしようも無いだろう。
そう告げる前に、クソガキの涙腺ダムは決壊を迎えた。
l从;д;ノ!リ人「ごべんなざい!ごべんなざい!ごべんなざい!ごべんなざいぃぃい!ぶわぁぁあん!」
(;'A`)「うるっせぇなぁ…」
l从;д;ノ!リ人「びぇぇぇえ!あああ!ごべんなざい!ごべんなざい!ごべんなざい!ごべんなざい!」
嗚呼畜生!これだからガキは!
(;'A`)「わかった!わかった!わかったから!泣くな!泣くなったら!」
観念して宥めるオレ。情けない。
l从;д;ノ!リ人「ぅうっ…ひっく…うぇぇぇ…ぅぁぁ…ぇっ…ぇっ……」
頭に手を置き、これでもかと撫でくり回してやったところで、クソガキはようやっと落ち着いて来たのか。
嗚咽をこらえながら、再びオレの裾を掴んできた。
l从;д;ノ!リ人「貞子…死んじゃうの…?」
(;'A`)「……」
l从;д;ノ!リ人「いやなのじゃ…そんなの…いやなのじゃ…」
何と答えたものか。オレが答えにつまり四苦八苦していると、クソガキは再び爆発した。
- 27 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:51:44.16 ID:z4+o1j0HO
- l从;д;ノ!リ人「いやじゃぁぁぁあ!貞子死んじゃいやじゃぁぁぁあ!あああぁん!ああぁぁん!貞子ぉぉぉお!びぇぇぇえ!」
(;'A`)「死なない!死なないから!大丈夫!貞子は死なねぇよ!」
言って、後悔した。
l从;д;ノ!リ人「本当に……?」
ここで無責任に頷くのは容易い。容易いが、その後はどうする。
それは、何時ものオレが得意とする「逃げ」と変わらない。
嫌な現実から逃げて、結果色々なものを傷つけ、失う。
(;'A`)「……えと…」
l从;д;ノ!リ人「本当に…死なないのじゃ…?」
それでも。
(;'∀`)ъ「ああ、大丈夫。貞子がそう簡単にくたばるかよ。なぁにがスクラップだ。そんなもん、オレが絶対許さねぇよ!」
泣く子と地頭にゃかなわない、とでも言おうか。
オレの軽口は、自分でも驚嘆に値するぐらいの無根拠で無責任な言葉を吐きやがった。
l从うへ;ノ!リ人「……ぐすっ」
さて、このくそったれな舌をどうしてやろうか。引っこ抜いて新しい人工舌と交換してやろうか。
- 28 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:53:26.35 ID:z4+o1j0HO
- l从。・ー・ノ!リ人「うっ…ひっく……有難う…なのじゃ」
涙を目尻に残したまま、ぎこちない笑顔を浮かべるクソガキ。
(;'A`)「へっ…あんでもねぇよ」
強がるオレ。
胸の中のもやもやは、悪化する一方だった。
- 29 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:55:11.73 ID:z4+o1j0HO
- ※ ※ ※ ※
(>;'A`)>「なぁんて言ってみたところで、オレに何が出来るっての……」
唸り、ベッドの上で頭を抱える。
从゚∀从「りんごが剥けたぞ」
( ^ω^)「いただきまーす」
lw´‐ _‐ノv「うめぇwww」
事態は、泥沼にはまっていた。
('A`)「どうするよ…マジでどうするよ……」
从゚∀从「おい塩豚、うさぎの形に切ったのには手をつけるな」
( ;^ω^)「え」
lw´‐ _‐ノv「ダァリン専用ですねわかります」
从゚∀从「……どういう意味だ」
lw´' 3'ノv「べーっつにー?」
- 30 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:57:13.59 ID:z4+o1j0HO
- (;'A`)「あーあーあー……なぁんであんな約束しちまったかねぇ……」
从゚∀从「おい盲腸、さっきから何を一人で唸っている」
( ^ω^)「お腹が痛いのかお?」
Σlw;´‐ _‐ノv「ま、まさかつわりか!?」
ハインの一言で、好き勝手にりんごをむさぼっていた連中が一斉にオレに振り向く。人が悩んでる時に、こいつらは全く脳天気なことだ。
- 31 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
21:59:11.40 ID:z4+o1j0HO
- ('A`)「……いや、何でもない」
こいつらに相談したところで、何か建設的な答えが返ってくるとは思えない。
何より、ハインがこの話を聞いたらまたお小言モードに突入するのは目に見えている。
('A`)「はぁ…鬱だ…」
( ^ω^)「なぁに辛気くさい溜め息ついてんだお!」
lw´^ _^ノv「ほぉらスマイルスマイル!」
('A`)「うぜぇ」
これは完全に八方塞がりか。
- 34 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:00:16.82 ID:z4+o1j0HO
- ( ^ω^)「そういえばハインちゃん、この前僕が作った“やる美ちゃん”はどこに置いたんだお?」
从゚∀从「知らん」
( ;^ω^)「ちょっ!片付けたのはハインちゃんだお?知らないわけが……」
从゚∀从「知らぬものは知らぬ。文句が有るなら自分で片付ければ良かったのだ」
( ;^ω^)「あーあー!せっかく新型のAIを組んだのに……あんまりだお……」
('A`)「新型のAI?」
( ;^ω^)「そうだお。自己学習型のコミュニケーション用インターフェイスを搭載した、画期的なクラッキング補助AIなんだお!」
('A`)「へー」
- 35 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:03:13.44 ID:z4+o1j0HO
- ( ´ω`)「せっかく僕が一年かけて作り上げた傑作なのに…アイアンメイデンの電脳核並みのスペックにまで仕上げるのに、一体どれだけの夜を寝ずに過ごしたか……」
('A`)「おい、ちょっと待て」
( ´ω`)「お?」
('A`)「アイアンメイデンの電脳核並みって言ったか?」
( ´ω`)「おっおっ。等級で言ったら特Aとまではいかないまでも、AAぐらいの代物だお。ハッキングだけじゃなく、電脳空間でのお喋りの相手にもなってくれるんだお」
( ´ω`)「はぁ…“やる美”…パパは…もう、お前の顔も見られないのかお…」
('A`)「なぁハイン、その“やる美”とか言うの捨てたわけじゃ無いよな?」
从゚∀从「当然だ。居候の分際で家主の持ち物を勝手に捨てられるわけが無いだろう」
よし!
('A`)「ブーン、その“やる美”、今すぐ家に戻って探し出して来てくれ。オレが買い取るぜ」
一筋の光明が、天から差した気分だった。
- 36 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:05:15.80 ID:z4+o1j0HO
- ※ ※ ※ ※
━━ドアの開く音に、オレは顔を上げる。
(〇ゝ〇)「はーい、検温の時間ですよー」
入ってきたのは、担当医。手には体温計。貞子嬢による素敵な検温タイムでないのが惜しまれるが、そんなことよりオレには言わなければいけないことがあった。
('A`)「あの…」
(〇ゝ〇)「脇に入れてくださいね。……はい?」
体温計をケースから取り出しながら、医師が顔をあげる。
しばしの逡巡。意を決して、オレは口を開いた。
- 37 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:06:50.25 ID:z4+o1j0HO
- ('A`)「貞子を、僕に譲ってはくれませんか?」
(〇ゝ〇)「……は?」
医師が怪訝な顔でオレを見返してくる。「何を言ってるんだこいつは」って感じだ。
('A`)「どうせ廃棄処分にしてしまうなら、僕が引き取ろうかなぁ…と思いまして」
(〇ゝ〇)「……」
('A`)「……ダメですかね?」
医師はしばらく苦い表情でオレの目を見つめていたが、やがてため息をつくと口を開いた。
(〇ゝ〇)「……引き取ったとしてどうするおつもりなのですか?」
- 38 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:08:10.01 ID:z4+o1j0HO
- ('A`)「…知り合いに、AI作成が得意な奴が居るんです。彼の協力で、貞子の電脳核を修理してみようかな…と」
(〇ゝ〇)「それで、そのままあなたが彼女の面倒を見ると…?」
('A`)「……いえ」
ハインリッヒを維持していくだけでも、我が家の財政事情ではギリギリなのだ。
戦闘的運用を行わないとはいえ、毎日のモーター充電や人工筋肉の手入れを考えるとそこに貞子を引き取る余裕は無い。
(〇ゝ〇)「では、どうするのですか?」
('A`)「修理が済んだら、またお宅にお返ししますよ。それなら問題は無いでしょう?」
不良品故に廃棄されるなら、直してやればいい。それなら、貞子だって廃棄されることは無いんじゃないのか?
彼女を引き取って面倒を見る金は無くても、修理をしてやれるだけの金は有る。
(〇ゝ〇)「……」
('A`)「ですから、引き取るっていうのはちょっと違うかもしれませんね。少しの間、僕に預けて下されば……」
(〇ゝ〇)「ドクオさん」
('A`)「……はい?」
(〇ゝ〇)「…残念ですが、当方にも彼女を維持していくだけの余裕は無いのですよ」
- 39 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:10:46.86 ID:z4+o1j0HO
- (;'A`)「な、なんで…!?」
(〇ゝ〇)「これは我が医院の内部事情ですから、普通はお教え出来ないのですがね。実のところ、うちもスタッフに給料を払うので精一杯な状態なのですよ」
(;'A`)「そんな…」
そんなの、聞いてない。
(〇ゝ〇)「こう言うと、首切りみたいな言い方で心苦しいのですが…貞子を廃棄処分すれば、今まで彼女の維持に払っていた分の資金が浮きますので……」
(;'A`)「それじゃああんたらは、貞子を人柱にするって言うのかよ!?」
(〇ゝ〇)「それにもう、浮いた分の資金で新たな医療設備を購入する話も進んでおりますし…」
(;'A`)「貞子を…何だと…思ってるんだよ……」
これじゃ、まるで貞子が使い捨ての部品みたいじゃないか。
(〇ゝ〇)「……では、ドクオさん。あなたは彼女を何だとお思いですか?」
(;'A`)「……え?」
それは…貞子は…。
(〇ゝ〇)「彼女はアイアンメイデンです。機械なのです。いくら人の姿をとっているとはいえ、“あれ”は機械なのですよ」
“あれ”。
医師が、彼女をそう呼んだ瞬間。
- 44 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:16:19.95 ID:z4+o1j0HO
- (#'A`)「てめぇふざけんなっ!!」
オレは怒りに身を任せ、その襟首を鷲掴みにしていた。
(#'A`)「貞子は!貞子は!貞子は…!」
(;〇ゝ〇)「…貞子は?」
オレに襟首を掴まれ顔を苦しげに歪めながら、それでも医師は冷静な顔でオレに問い返してくる。
(;〇ゝ〇)「貞子は…?何なんですか?」
(;'A`)「貞子は…貞子は…」
貞子は、何だ。
機械。
確かに、それはどうやっても覆しようのない事実。
だけど、彼女はそんな一言で片付けられるような単純な存在じゃない。
- 47 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:17:40.72 ID:z4+o1j0HO
- 貞子は笑う。貞子は微笑みを浮かべる。貞子は空の“青さ”を知っている。
それは決してプログラムにそう設定されているからではなく……。
(;〇ゝ〇)「貞子は、機械ですよ」
(;'A`)「ちがっ…」
(;〇ゝ〇)「違いませんよ。彼女は機械です。ですから、決して人間よりも彼女の優先順位が上に来ることは無いのです」
(;'A`)「…!」
(;〇ゝ〇)「彼女を維持する為に、我々はこの病院で働くスタッフ達や入院患者達のことを疎かにする訳にはいかないのです」
- 48 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:20:27.25 ID:z4+o1j0HO
- 正論だ。非の打ち所の無い、完璧な正論だ。
例え、貞子が感情を有していようと。貞子が人間と同じような存在だろうと。
彼女が「機械」である以上、その存在が人間の命よりも重くなることはない。
“ヒト”という生物の社会の中に在る限り、それは絶対に覆ることの無い法則だ。
(;〇ゝ〇)「我々も日々を生きることで精一杯なのですよ。今だって、設備不足のせいで救えない命が沢山居るんです。それが、彼女の犠牲で救えるなら…」
(;'A`)「……」
医者の襟首を掴んでいた手から、力が抜ける。
自由になった彼は、乱れた襟元を正ながらオレに背を向けた。
(〇ゝ〇)「……そこのところを…御理解下さい」
最後にそれだけを言い残すと、医師は病室を後にする。
('A`)「……」
それを呆けたようなまま、オレは何時までも見送っていた。
_、_
( ,_ノ` )「……」
- 51 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:22:13.31 ID:z4+o1j0HO
- ※ ※ ※ ※
━━紫煙がもたらすまどろみにたゆたう。
('A`)y-~「……」
ぼんやりとした意識の中では、最早何もかもがどうでも良くすら思えた。
('A`)y-~「まぁ…こんなもんだろ」
諦観したような口振りで、自嘲する。
どうせ、こんなものだろう。
オレなんて、こんなものだろう。
諦めるのは慣れている。割り切るのにも慣れている。失望するのにも慣れている。
オレは今までそうやって、この26年をのらりくらりと生きてきたのだ。
今回は今まで経験した失望の中でも、大して酷いものじゃない。
“所詮、機械じゃないか”
そうだ。彼女の犠牲で、この病院に新しい設備が増えるんだ。何も無駄な犠牲ってわけじゃない。
むしろ、喜ばしいことじゃないのか?
('A`)y-~「……そうだろう?なぁ、そうだろうがよ」
胸がチクりと痛む。誤魔化す為に、マルボロを一気にフィルターまで吸った。
- 53 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:24:22.76 ID:z4+o1j0HO
- _、_
( ,_ノ` )「ちょいと邪魔するよ」
ぼんやりとした目を向ければ、入ってきたのは同室の渋沢さんだった。
('A`)y-~「……ども」
検査入院の為身軽な格好の彼は、懐からポールモールを取り出すと、それに火をつけオレの向かいに腰掛けた。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「……先生と随分揉めてたみたいじゃねぇかい」
やっぱり、見てたのか。まぁあれだけの大声を出してたんだ。聞こえてないわけがない。
- 56 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:26:28.66 ID:z4+o1j0HO
- ('A`)y-~「…うるさかったですよね。すんません」
_、_
( ,_ノ` )y━・~「おぉおぉ、ホントによ。真剣十代喋り場かと思ったぜ」
肩をすくめてうそぶく渋沢さん。
オレには乾いた笑いを返すしか出来なかった。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「……なぁ、兄ちゃん」
('A`)y-~「はい?」
_、_
( ,_ノ` )y━・~「うちはよ、父子家庭なんだ」
出し抜けに彼は何を言い出すのか。
(;'A`)y-~「……はぁ」
渋沢さんの真意を計りかねて、オレは曖昧な相づちをうつ。
- 59 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:28:03.80 ID:z4+o1j0HO
- _、_
( ,_ノ` )y━・~「かみさんに逃げられて、もう五年になるかね。情けないことに、何でかみさんが出てったか、未だにオレにゃあわからねぇんだわな」
渋沢さんは自嘲気に笑うと、ポールモールを一口吸い煙を吐き出した。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「当時生まれたばっかの娘と離婚届だけを置いて、霞みたいに消えちまってよ。理由も言わず、何も言わず……」
('A`)y-~「……」
_、_
( ,_ノ` )y━・~「それから五年間、男手一つで娘を育てて来たよ。こんな情けないオレでも一応は国家公務員だからな、金には困らなかったが…」
- 60 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:30:06.60 ID:z4+o1j0HO
- どこから取り出したのか、缶コーヒーを啜る渋沢さん。
そう言えば彼は政府管轄の警察屋さんだったっけ。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「代わりに、娘には寂しい思いをさせちまってきたんだろうな。毎日、オレが帰る頃には娘は寝床で夢の中よ」
“何処にでも有る、ありふれた話さ”
そうつけ加え、渋沢さんは遠い目をする。
- 63 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:33:38.77 ID:z4+o1j0HO
- _、_
( ,_ノ` )y━・~「ホントはオレが仕事を減らして、娘の側に居てやるのが一番なんだろうけどよ…何つうか…オレは不器用だから…」
がしがし、と頭をかき。
_、_
( ,、ノ` )y━・~「そろそろ、あいつの面倒を見てくれるような家政婦さんを雇おうと思ってるんだが、兄ちゃん、どっかにいいあては無いもんかね?」
ニヒルな笑みを浮かべた。
- 67 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:37:02.30 ID:z4+o1j0HO
- ※ ※ ※ ※
━━春の空は、青く、高い。
<('A`)/「ん〜…!」
点滴のとれた腕で思いっきり伸びをすると、背骨がぽきりと鳴った。
∫ハ*゚ヮ゚ノル「退院おめでとうございますっ!」
ニューソク中央病院の玄関前。幼い顔立ちのナースが、柔らかな笑みを浮かべてオレに花束を手渡してくれる。
<('A`)「ども。お世話になりました」
頭をかきながらそれを受け取ると、ナースの隣にちょこんと立っていたクソガキが、オレの治ったばかりの腹にタックルをかましてきた。
- 69 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:38:35.99 ID:z4+o1j0HO
- (#'A`)「てめぇ、何様のつもりだ!?」
l从・∀・ノ!リ人「妹者様のつもりじゃ!」
(#'A`)「このクソガキは……」
いっぺんいてこましたろか。
l从・∀・ノ!リ人「……貞子、絶対直してくれるのじゃ?」
('A`)「……」
l从・∀・ノ!リ人「……直して、くれるのじゃ?」
('A`)「心配すんな。約束しただろ?」
不安気にオレを見上げるひよこ豆みたいな頭を、思いきり撫でくり回す。
l从;@∀@ノ!リ人「あぅあぅあー!」
('A`)「だから、安心しろ」
l从・∀・ノ!リ人「……うゆ」
- 71 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:40:28.50 ID:z4+o1j0HO
- 妹者の舌っ足らずな返事を聞き届けると、オレは傍らの仏頂面を振り返った。
('A`)「では、ハインリッヒ君。いざ行こうか!」
从゚∀从「……」
ぶすっとしたまま、彼女はオレを睨んで来る。
この間からずっとこんな調子だ。
('A`)「…さて、先ずはブーンの家か」
平日の大通りを、ロータリーに沿ってニューソク駅まで歩く。
スーツ姿のサラリーマン達に混じって地下リニアに搭乗。
30分ほど揺られ、降り立ったニーソク16番街。
入り組んだ裏路地を幾つも抜けて、薄ら暗いかのあばら屋へ。
('A`)「ドクちゃん運輸でーす。例のものを受け取りに参りますた」
納骨所のそれのような鋼鉄の扉を叩くと、ややあって這いずるような音とともに塩豚が顔を出した。
- 73 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:43:05.66 ID:z4+o1j0HO
- ( ^ω^)「おっ、今日退院したのかお。ちょっと待ってるお」
そう言って塩豚は一旦その暑苦しい顔を引っ込めると、少しして“例のもの”を手に戻ってきた。
( ^ω^)「……くれぐれも、大切に扱ってくれお」
念を押すようにして、奴が差し出してきたのはちょうど人の頭くらいの大きさの丸い鉄の塊。
('∀`)「わぁってるわぁってる。処女のように優しぃく扱ってやるさ!どぅふふふwww」
( ^ω^)「やっぱり返せお」
(*'∀`)「げへへwwwこの娘はもうオレ様のもんさwww」
( ;ω;)「おーん!おーん!やる美ー!やる美ー!パパは!パパはお前のことを一生忘れないおー!」
('A`)「それじゃ、貰ってくわ」
( ;ω;)ノ~「たまには手紙を書くおー!」
- 76 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:44:49.40 ID:z4+o1j0HO
- ……。
そんなこんなで気持ち悪い塩豚の豚小屋を後にしたオレ達は、その足で行き着けのサイバネ技師の闇クリニックへと向かう。
('A`)「……なぁ、ハイン。貞子はもう預けてあるんだよな?」
从゚∀从「……」
無言で頷く撲殺天使。やはり、今回のことを快くは思ってないのだろう。
- 79 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:46:57.60 ID:z4+o1j0HO
- ('A`)「ま、これも慈善事業だと思えって」
从゚∀从「ノーリスクのボランティアならば、私も推奨するが、金が掛かるとなると話は別だ…というのは、以前にも言っていたと思うが」
('A`)「なんでいなんでい。君の同族を助けようって言うんだ。何が悪い?」
从゚∀从「……」
それきり彼女は押し黙り、何時もの仏頂面に戻る。
一体ハインは何を想うのか。色のない表情からは何も推し量ることは出来ない。
無言のままに並んで歩くオレ達は、やがて目的地に到着した。
('A`)「ちわーっす。愛の伝導師でーす」
錆の浮いたドアノブを捻り、闇クリニックの中へ。
薄暗いモルタルの室内。見慣れたやつれ顔のサイバネ技師が手をあげてオレ達を迎える。
(@ゝ@)「おぉ来たか。早速だけど、例の新型AIってのを見せてくれよ」
牛乳瓶の底を二枚重ねたような眼鏡越しに目をぎらつかせる“ヤツ”。
('A`)「優しく扱えよ」
オレは先程塩豚から受け取った鉄の塊を渡した。
- 80 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:49:10.60 ID:z4+o1j0HO
- (*@ゝ@)「ほぉ、これが…ふむふむ…」
受け取ったそれをしげしげと眺めながら、何やらオレにはわからないサイバネチックな横文字を、ぶつぶつと呟く技師。
('A`)「いいから早いとこおっぱじめてくれんかね」
(@ゝ@)「んー、それなんだけどねぇ……」
('A`)「何だよ。何か問題が?」
オレの問いにヤツは難しい顔をして唸る。
(@ゝ@)「何ともなぁ。お前さんが来る前にちょこっと彼女の電脳核を調べてみたんだが…」
('A`)「勿体ぶらないで早く言えよ」
(@ゝ@)「…どうも、思考プログラムのロジックや記録媒体とその伝達系統が特殊でねぇ。汎用性が効かないというか…」
('A`)「つまり?」
(@ゝ@)「つまり…彼女の電脳核は、彼女のそれ専用に作られたようなタイプのものだから、他のプログラムやデバイスを置換するのにちょいと骨が折れるんだ」
('A`)「……でも、不可能じゃないんだろう?」
(@ゝ@)「…まぁ、出来ないことは無いんだけどね。ただ、記録媒体がAIそのものに組み込まれているから……」
- 82 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:51:33.69 ID:z4+o1j0HO
- ('A`)「なぁ、オレにもわかるように……」
(@ゝ@)「あぁ、すまん。お前も彼女の特殊性については知ってるだろう?その…ものの考え方とか」
('A`)「あぁ。何つうか……機械らしくないよな」
(@ゝ@)「そう、それ。普通、ドロイドやアイアンメイデンは知識や記憶なんかをデータバンクっていう、AIとはまた別のチップに保存しておく。
で、必要になったときにそこからAIにダウンロードして使ってるんだ」
(@ゝ@)「だけど彼女の場合、それをAI自体が学習、フィードバックしてるんだ。
普通なら、データバンクに記憶を収納する時点で、不要なものと必要なものをふるいにかけられるんだが、彼女にはそれが無い」
('A`)「つまり、あるがままを受け止めてるってことか?」
(@ゝ@)「ロマンチックな言い方をすればそうなるね。だから、人間らしいファジィな表現をしたり、ある意味では情緒的な言動を取ったりするんだ」
('A`)「へぇ……。で、それがどう問題になるんだよ?」
- 83 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:54:18.62 ID:z4+o1j0HO
- (@ゝ@)「……AI自体に刻まれた記憶の、その膨大さと特殊性がネックだ」
('A`)「は?」
(@ゝ@)「ただのデータとしての記憶なら、外部記憶素子にそのままコピーしてまた新しいAIにそれをダウンロードすればいいんだけど…」
('A`)「けど…?」
(@ゝ@)「彼女のそれは、機械から見たら無駄な部分が多すぎるんだ。捨取選択も無しに詰め込まれている。そのくせ、彼女にとってはその“無駄”なものすら行動の判断材料になっているんだ」
('A`)「で…?」
(@ゝ@)「はっきり言って、それをそっくりそのまま全部コピーすることは出来ない。うちの在庫の外部記憶素子だけじゃ足りないね」
('A`)「……」
(@ゝ@)「どうしても全部コピーしたいっていうんなら、外部記憶素子を買う金の分も追加で出して貰わなきゃね」
('A`)「……それは、幾らかかるんだ?」
(@ゝ@)「大体、900万ってとこか」
900万。冗談じゃない。AIの書き換えと交換だけで50万も出してるっていうのに、それ以上の大金がどこから出て来るというのだ。
- 85 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
22:57:51.49 ID:z4+o1j0HO
- ('A`)「……なぁ、まからないか?」
(@ゝ@)「ダメだね。こっちも慈善事業でやってるんじゃないんだ。生き死にが掛かってるのさ」
('A`)「……」
記憶をコピー出来ない。
単純に言えば、今までの記憶を貞子が失うということ。
ここに来て、最大の壁にオレはぶち当たったようだ。
('A`)「……」
今のままの故障を抱えた電脳核では、渋沢さんに彼女を託すことは出来ない。
きちんとした整備状態で、というのが彼との約束だ。
その代わり、きちんと修理をすれば貞子の記憶が代償となる。
世の中は等価交換だとはよく言ったものだ。何事も、そう都合良くいかないというのが何時もオレを苛む。
(@ゝ@)「……で、どうするんだ?」
オレ一人で、この問題は決められない。
('A`)「……貞子に、聞いてみるよ。決断するのは彼女だ」
オレに、拳を握るだけの気力はもう残されていなかった。
- 87 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
23:00:36.01 ID:z4+o1j0HO
- ※ ※ ※ ※
━━薄暗い手術室の中には、うっすらとモルヒネの臭いが漂っていた。
('A`)「よぉ」
錆び付いた鉄扉を後ろ手に閉め、オレは手術台の上に腰掛けた彼女へと声をかける。
川゚ー川「あ、ドクオさん」
切りそろえられたストレートロングの黒髪を揺らして、貞子は顔を上げた。
川゚ー川「ご退院、おめでとうございます」
('A`)「今度は君が入院する側になっちまったわけだ」
貞子が召しているのは、ナース服とは対照的な色合いの黄ばんだ白衣。
裾から覗く青白い肌に、どこかしら非人間的な印象を受けた。
- 88 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
23:02:42.24 ID:z4+o1j0HO
- 川゚ー川「……私、直るんですよね?」
('A`)「……」
川゚ー川「そしたら、今度は保育士さんのお仕事ですか」
('A`)「……あぁ」
川゚ー川「ふふ…ちゃんと、馴染めるかどうか少し心配です」
何も知らず目を細めて笑う貞子。
川゚ー川「せっかく旦那様に頂いた“命”ですから…少しでも、皆さんのお役に立てられるのら…私はやっぱり嬉しいです」
オレはいたたまれない気持ちになって目を伏せた。
- 90 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
23:04:36.33 ID:z4+o1j0HO
- 川゚ー川「……」
('A`)「……」
貞子が口を噤んだことで、沈黙の帳が下りる。
言わなければ。
そう思うも、オレの舌は下顎に張り付いて頑として動こうとしない。
('A`)「……なぁ、貞子」
やっとのことで引き剥がし、少しずつ言葉を絞り出していく。
('A`)「その…修理のこと何だけど…」
川゚ー川「……」
('A`)「……君の記憶は、新しいAIに…全部は…入らないそうなんだ……それで…」
それで……。その後を紡ぐ前に貞子は微笑みながら遮った。
川゚ー川「…それで、以前の記憶は消えてしまうということですよね」
- 92 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
23:06:12.27 ID:z4+o1j0HO
- ('A`)「……」
川゚ー川「薄々、そんな気はしていました。ほら、私の電脳核は少し特殊ですし……」
('A`)「……ごめん」
川゚ー川「ドクオさんが謝るようなことはありませんよ。誰も悪くなんかありません。…ただ、運が悪かっただけです」
居心地の悪い沈黙が、また腰を下ろす。
二人きりの手術室は、春だというのに冷たい。
- 93 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
23:08:29.64 ID:z4+o1j0HO
- 川゚ー川「……あの」
('A`)「……ん?」
川゚ー川「記憶が無くなったら、一体私はどうなるのでしょうか」
('A`)「それは……」
川゚ー川「ドクオさんのことも、妹者さんのことも、病院の皆さんのことも…そして、旦那様のことも……全部、全部忘れてしまった私は…それでも私なのでしょうか?」
彼女の言葉に、オレはぼんやりと考える。
貞子を、今の貞子たらしめるもの。貞子が、貞子で在る根元。
彼女が今こうして悲しそうに微笑んでいるのも、“旦那様”が彼女に教えてくれた様々な“モノ”がその根底に在るのでは無いだろうか。
- 94 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
23:09:51.06 ID:z4+o1j0HO
- 川゚ー川「……きっと、記憶を無くした私は、もう“私ではない”のではないでしょうか」
貞子もまた、オレと思うところは同じなのか。
記憶の死は即ち、“存在の死”。
アイデンティティは記憶と密接な繋がり持つ。
川ー川「それならばいっそ、私は……」
自ら死を望む。
('A`)「……そんな」
そんな悲しいことを言わないでくれ。
言おうとして、オレは口をつぐむ。
これはオレが口を挟める領域では無い。貞子を“一人”の“存在”として認めるなら、彼女自身が決めるべきことなのだから。
- 96 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
23:13:33.70 ID:z4+o1j0HO
- 川ー川「……でも」
('A`)「でも?」
川ー川「私のこの“命”は、旦那様に頂いたものです。それをみだりに、私の勝手で投げ捨てるようなことは…許されないでしょう。
例え旦那様の記憶が、無くなることになろうとも」
('A`)「あぁ。そうさ。そうだとも」
川ー川「ですから、私は……」
長い、長い、間。
文脈から予想される次の言葉は、もう確実に決まっているというのに。
川д川「です…から……私…私…は…」
その先を継ごうとしない貞子は、まるで泣いているように見えて。
- 97 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土)
23:15:51.07 ID:z4+o1j0HO
- ('A`)「……」
オレは、無言で彼女を抱き締めていた。
川д川「ドクオ…さん…」
声を震わせしがみついてくる彼女を、更に強く抱き締める。
川ー川「暖かい…」
例えこの温もりを彼女が忘れてしまうのだとしても。
例えオレが、鉄の塊を抱き締める偏執狂の烙印を押されようと。
川ー川「本当に…暖かいです…」
今、この瞬間だけは、心臓の鼓動を彼女に聴かせてやりたかった。
戻る