101 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土) 23:17:52.18 ID:z4+o1j0HO
epilogue

━━春風が、オレ達の間を吹き抜ける。
 _、_
( ,、ノ` )y━・~「じゃあ、預かっていくぜ」

乗用車の運転席から顔を出した渋沢さんが、ニヒルな笑みを浮かべた。

('A`)「えぇ。宜しくお願いします」

オレはそれに片手をあげて応えると、後部座席に座った“彼女”の横顔を見つめる。

川゚-川「……」

AIの置換及び書き換えを無事に終えた貞子は、ただぼんやりとした目で前方を眺めている。

彼女の電脳核には、もうオレの名前も、彼女が“旦那様”と過ごした日々のことも存在しない。

動き出した車の窓越しに、彼女が手を振ってくることを期待していたオレは、遠ざかっていく車の窓が開かなかったことでそれを思い出し、胸がチクリと疼いた。

('A`)「……行っちまったな」

闇クリニックの前。取り残されたオレとハインとサイバネ技師の三人は、小さくなっていく車が見えなくなるまで見送る。
吹き付ける春風は、暖かさの中にも少しの肌寒さを感じさせるものがあった。

102 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土) 23:19:49.25 ID:z4+o1j0HO
(@ゝ@)「只今、絶賛感傷中って面してるな」

('A`)「……」

(@ゝ@)「なら、その感傷ムードを盛り上げるお知らせを一つお教えしようか?」

黙ったままのオレに構わず、ヤツはぽつぽつと語り始める。

(@ゝ@)「彼女の電脳核を取り出す時にな、その外殻にちょいと面白い悪戯書きを見つけたんだ」

('A`)「外殻に悪戯書き?何言ってんだお前」

(@ゝ@)「いや、そういう意味じゃなくて。多分、彼女の電脳核をしつらえた誰かさんが残したもんだろうさ」

('A`)「科学者先生は、電脳核にサインでもしてったってのか?」

(@ゝ@)「まぁ、その類だろうね。水圧カッターで薄く、こんな一文が刻まれてあった」

('A`)「どんな一文だよ」

(@ゝ@)「“大海よりもいっそう壮大なものは大空である。大空よりもいっそう壮大なものは人間の心である”」

('A`)「……なんだそれ?」

(@ゝ@)「ビクトル・ユゴー。300年も前のフランスの作家の残した言葉さ」
104 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土) 23:21:38.29 ID:z4+o1j0HO
('A`)「ユゴー……」

その名前に、オレは有ることを思い出していた。

('A`)「確か、隔離病棟に置き忘れられていた本も、ユゴーの小説だったな……」

レ・ミゼラブル。あぁ、無情。

確か、ジャン・バルジャンという男の波乱万丈の人生を描いた物語だったと思う。

一切れのパンを盗んだ罪で16年間も牢獄に押し込められていた彼は、出所後、神父の大切にしていた銀の燭台を盗むのだ。

彼はそれでまた警察に捕まるのだが、神父は警察に向かって「その燭台は私が彼にあげたものです」と言う。

ジャン・バルジャンはその神父の優しさに感動し、以後、名を変えてあちこちの街を転々としながら人々の為に善行に尽くす…確か、そんな話だ。

('A`)「確か、神父と別れた後…マドレーヌとか名乗って……」

マドレーヌ。その名前も、つい最近耳にした。

('A`)「えぇと……」

病院に貞子を寄贈した人物が名乗ったのは……。
106 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土) 23:24:37.61 ID:z4+o1j0HO
('A`)「……まさか」

隔離病棟に置き忘れられていたレ・ミゼラブル。
貞子の“旦那様”が名乗った、マドレーヌという名前。
そして、貞子の電脳核に刻まれていた言葉。

単なる偶然なのか。
('A`)「……どう、なんだろな」

从゚∀从「……帰るぞ」

思考を遮るよう、割り込む鬼畜機械娘。

('A`)「ん?お、おう」

既に歩き出していた彼女に並ぶように、歩みを合わせて辿る帰路。
108 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土) 23:25:56.22 ID:z4+o1j0HO
从゚∀从「……ドクオ」

珍しく固有名詞で呼ばれたオレは、首を傾げながら彼女を振り返る。

从゚∀从「もし…私の記憶が消えたとしたら、貴様はどうする?」

('A`)「……」

貞子のことで、彼女も思うところが有るのだろうか。
何時もの仏頂面に、僅かな翳りを見てオレはしばし言い淀んだ。

从゚∀从「私が…貴様のことを忘れてしまったとして……貴様はどうする?」

ハインがオレを忘れてしまったら。

貞子みたいに、オレを忘れてしまったら。
110 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土) 23:28:14.77 ID:z4+o1j0HO
('A`)「……それでもオレは、君を廃棄処分になんかはしないさ」

自信を持って、オレはそう言い切る。

从゚∀从「……理由を、聞かせろ」

('A`)「何年も連れ添った相棒だ。そう簡単に廃棄処分にしてたまるかよ」

从゚∀从「……絶対に、記憶が戻らないとしてもか?」

('A`)「……ったりめぇだろ。いちいち新しい相棒探すの面倒くせぇもん」

从゚∀从「……そうか」

('A`)「それに……」

从゚∀从「それに?」

一度、“心”を通わせたんだ。

例え記憶が消えてしまったとしても、きっとまた時間を掛ければ。

“生きている”限りは、きっと、もう一度通じ合える筈だ。

だから、貞子も……。

111 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土) 23:29:45.50 ID:z4+o1j0HO
('A`)「いや、何でも無い……」

从゚∀从「何だ、勿体ぶらずに言え」

('A`)「黙秘権を行使します」

从゚∀从「動物性タンパク質の塊である貴様に人権は無い」

('A`)「言ってくれるね君。話が変わった。今からスクラップ業者に連絡してレッカー車を呼ぶ」

从゚∀从「いいだろう。貴様が携帯端末を取り出すのか、その前に私のネイルガトリングが貴様の脳核をミンチにするか。どっちが速いか試してみようではないか」
114 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/02/21(土) 23:31:32.18 ID:z4+o1j0HO
空は高く青く、春の色を映している。

新たな芽吹きを祝福する季節は、すぐそこまで迫って来ていた。



-fin-

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