7 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:09:36.53 ID:14dmck4bO
〜track-β〜

━━瞼に当たる日光が眩しい。

(;-A-)「う、うぅ〜ん……あと二年……」

寝ぼすけ学生みたいな言い訳をしながら、仕方なしに目をこじ開ける。

川^ー川「おはようございます。清々しい朝ですね」

ベッドサイドでカーテンの裾を掴んだまま、貞子がオレに柔らかな笑みを向けていた。

('A`)「あの、カーテン閉めてくれると嬉しいな。オレ、闇の眷族だから日光とかに弱いの」

川゚ー川「そうはいきません。ここはドクオさんだけが暮らしているお部屋では無いのですから」
9 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:11:35.74 ID:14dmck4bO
上半身を起こしながら、目をこする。
そう言えば、昨日から大部屋に移ったんだった。
窓際の隅から見渡す部屋の中には、オレのを含めて四つのベッド。

盲腸患者如きに何時までも個室は贅沢、ということだろう。

入院から二日程経った昨日、オレはベッドごと今いる大部屋にお引っ越しさせられることとなった。

川゚ー川「さ、検温を行いますのでお口を開けて下さい」

小首を傾げながら貞子は微笑みを浮かべる。

(*'A`)ノ「はーい☆」

この時ばかりは聞き分けのいいオレ。

10 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:12:59.98 ID:14dmck4bO
(*'口`)「あーん」

川゚ー川「では、失礼します」

従順な犬と化して開けたオレの口に、貞子の人差し指が差し入れられる。

川゚ー川「はーい、しっかりとくわえて下さいね」

(*'μ`)「ふぁい!」

うむ。何時もながら、程よい細さ。惜しむらくは、しゃぶることが出来ないもどかしさかな!

川゚ー川「……36℃。平熱ですね。もう離して下さって結構ですよ」

名残惜しむよう、再び口を開ける。
台車に載せて来たガーゼで貞子は人差し指を拭いた。
13 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:14:35.90 ID:14dmck4bO
彼女が看護用のガイノイドだと知ったのは、つい一昨日のこと。今日のように検温に訪れた彼女に、自らの人差し指をくわえるよう言われた時だった。

(;'A`)『おまっ!指をくわえろって…えぇー…』

(*'A`)『そ、そりゃあくわえさせてもらうには、やぶさかでは無いけど……』

健全な日本男児らしく初めはオレも恥じらったものだが、彼女の話を聞けば指に温度観測機が設えられているとのこと。

そこで検温された体温は、病院のマザーコンピューターへ、彼女のデータリンクを通してその場で伝えられるそうだ。

それにしても耽美的な検温方法ではないか。僕、この病院なら二カ月でも二年でも入院していたいな!
15 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:16:33.80 ID:14dmck4bO
川゚ー川「それでは、私は失礼しますね。何かあればナースコールで」

お決まりの文句を残して部屋を出ていく貞子。

三日間この病院で過ごして分かったことなのだが、とにかくここの病院の看護士達は対応が早い。
ナースコールを押して二分もしないうちに駆け付けてくれる。
何でも、ナースコールが看護士の脳核と繋がっているらしい。
病棟も病室数も少ないこの病院では、病室毎に担当の看護士が決まっていて、看護士達は自らの担当病室を中心に巡回を行っているから、迅速な対応が可能なのだそうだ。
18 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:17:57.38 ID:14dmck4bO
因みにオレの病室の担当は、お察しの通り貞子嬢である。

看護ガイノイドらしく規則正しい彼女は、ナースコールを押せば何時でもどんな時でも、一秒の狂いもなく駆け付けてくれる。

('A`)「貞子召還!」

ぽちっ!

川゚ー川「どうしました?」

ご覧の通りだ。

(*'A`)「下のお世話をお願いします」

川゚ー川「ドクオさんは一人で歩けますよね?」

(*'A`)「あ痛たたた!お腹が痛いよう!」

川゚ー川「嘘はいけませんよ?めっ!」

はにゃ〜ん。

19 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:19:49.09 ID:14dmck4bO
 ※ ※ ※ ※

━━暇だ。

('A`)「あー暇だ」

暇過ぎる。

(#'A`)「暇過ぎて死ぬぅぅぅう!」
 _、_
( ,_ノ` )「おい兄ちゃん、少し静かにしてくれねぇか」

('A`)「……すいましぇん」

お向かいさんに怒られちゃった。

('A`)「しかし、マジで暇だなぁおい」

入院生活三日目。
初日にあれだけ賑やかに押しかけてくれたブーン達も、あれ以来ぱたりと顔を見せない。
院内では電子機器の使用も禁止されているから、携帯端末でネット遊覧も不可。

('A`)「これで煙草があればなぁ……」

あの忌むべき鬼畜冷血機械娘の言が真実ならば、我が家に秘蔵されていたマルボロのカートン達は既に灰塵と化している。
無論、非喫煙者であるブーンやハインやシュール嬢に差し入れとして頼んだところで、麗しきニコチンが供給されることは期待出来ない。

('∀`)「ですから、あてくし考えました」

病院の公衆ターミナルから救難信号を出して、約三時間。地下リニアのダイヤを考えると、そろそろの筈だ。
21 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:21:32.99 ID:14dmck4bO
爪'ー`)「よぉ、時代遅れの盲腸患者さん。もうパイパンにされちまったか?」

病室の扉を開けて入ってきたロン毛の我が親友。手には、タバコ屋の包み。

(*'∀`人)「うっひょぉぉお!フォックスちゃん愛してゆぅぅう!」

爪'ー`)「きめぇから近寄んな」

ベッドのスプリングをきしませ狂喜乱舞するオレをいなしながら、奴は手に持った包みをオレの膝の上に投げて寄越した。

爪'ー`)「マルボロで良かったんだよな?」

(*'∀`)「うんうん、いやぁ助かったよ。ニコチン切れで死ぬかと思ったぜ」

爪'ー`)「しかしオレをパシリに使うなんて、いつからお前はそんなに偉くなったんだよ」

('A`)「うっせ。見舞いにも来ねぇお前こそ偉そうにさえずるなよ」

爪'ー`)「お前にゃ愛しのハニーが居るだろうよ。彼女に頼めば良かっただろうが」

('A`)「あーダメダメ。あんな血も涙もない奴に貴重なニコチンは持たせられない。つうか家のカートンも全部燃やされたし」
23 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:24:18.47 ID:14dmck4bO
爪'ー`)「ざまぁwwwこの際、いい機会だから禁煙したら?」

('A`)「オレが煙草を止める時は、肺ガンで死ぬ時だよ」

爪'ー`)「おうおう、お前と同じ死因だけは勘弁願いたいね」

('A`)「ほざけよ。お前だって、喫煙仲間が減るのは寂しいんだろ?え?」

爪'ー`)「まぁな。つーわけで、喫煙室に行かないか?病室入ってから一本も吸ってねぇんだよ」

落ち着かな気に立ち上がる腐れ縁にならい、オレもベッドを降りる。
確実にこいつのが先に死ぬだろうな。一分一秒だって煙草を我慢出来ないなんて重症だ。
 _、_
( ,_ノ` )「おぉ、兄ちゃんたち喫煙室行くのかい?」

向かいのベッドからおずおずとかけられた声に顔を上げる。

('A`)「えぇ、そうですけど……」

うわぁ、また何か言われんのかな。

お向かいさんとは、オレがこの部屋に入って来てから何かと文句を言われてきた。
壮年の渋みのあるおっさんだが、オレには「かみなりオヤジ」という印象しか抱けない。
 _、_
(*,_ノ` )「その……オレにも分けてくれないか?」
25 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:26:01.58 ID:14dmck4bO
 ※ ※ ※ ※

(*'∀`)「ニコチン最高!」

喫煙万歳!

(*'∀`)「パープルヘイズ!」

紫煙万歳!もう絶対に離さないよ!

(*'A`)「……ふぅ。やっと人心地ついたぜ」

居心地の良い煙の園から出て、一息つく。
至福のひとときだった。煙草と、友と、時々おっさん。時間を忘れて語らった。
お向かいさんは渋沢さんというらしい。なかなか話の分かるおっさんだった。
やはり喫煙者に悪い人は居ないな。
何でも政府警察の駐在所に勤めているらしいが、どっかで会ったような気がしないでも無い。忘れっぽいのは困ったもんだ。

('A`)「……さて、と」

フォックスも渋沢さんも先に帰ってしまった為、再びオレは一人となった。
そうなると自然、オレは退屈という名の魔物と戦わなければならなくなるわけだ。

('A`)「どうしたもんかねぇ……」

何か良い暇つぶしは無いかと、辺りを見渡す。
一階のエントランスは、受付に来た患者と入院患者の双方でそこそこ賑わっている。病院が賑わうというのもアレだが。

26 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:28:04.02 ID:14dmck4bO
('A`)「おっ、あれは……」

そんな中で、車椅子を押す見慣れた背中を発見。

川^ー川「━━」

(*゚ー゚)「━━」

貞子は、車椅子に乗せた女性と笑顔で何か会話しているようだ。
格好の暇つぶしを見つけたオレは、彼女の側へ向かうべく足を踏み出す。━━と。

(*-@∀@)「あー、貞子だぁ!」

後方から舌っ足らずな声。同時、怒涛の勢いで突進してくる子鬼達の群れ。

(;'A`)「のわぁ!?」

(*・ω・)「わぁい貞子ー!」

(*゚μ゚)「絵本読んでー!」

(*'∀')「読んで読んでー!」
28 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:29:29.95 ID:14dmck4bO
奴らは五、六人程で貞子に突撃をかますと、あっという間に彼女の周りを取り囲んでしまった。

川;^ー川「あらあら、困りましたね。私、しぃさんをお部屋までお連れしなければならないのですが……」

彼女は、車椅子の女性とちびっ子達を交互に見てたじろいでいる。

(*゚ー゚)「ふふ。私は一人で戻れるから、この子達に絵本を読んであげて」

そんな彼女に助け舟を出すように微笑む車椅子の女性。

川;゚ー川「しかし……」

(*-@∀@)「貞子ー!」

(*゚ー゚)「ほらほら、お客さんがお待ちよ」
30 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:31:33.55 ID:14dmck4bO
川゚ー川「……わかりました。しかし一人でベッドに戻れますか?」

(*^ー゚)「大丈夫ー。心配しないで」

女性はイタズラっぽいウィンクを貞子に投げると、自ら車椅子を動かしちびっ子達の包囲網の中から出て行った。

(*・ω・)「ねぇねぇー早く早くぅ!」

川^ー川「はいはい、わかりました。それでは、そちらのベンチに行きましょう」

(*'∀')「絵本!絵本!」

(*゚μ゚)「今日は何読んでくれるのー?」

川゚ー川「そうですねぇ……」

黄色い声をあげながらはしゃぐちびっ子達を引き連れ、貞子はエントランスの隅のベンチへと歩いていく。

31 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:33:21.25 ID:14dmck4bO
('ー`)「……」

その姿が看護士というよりは保母さんみたいで、オレは柄にもなく口の端がにやけるのを止められなかった。

(*゚ー゚)「ふふ。彼女、みんなの人気者なんですよ」

傍らからかけられた声に見れば、先ほどの車椅子の女性がオレの隣で微笑んでいた。

(*゚ー゚)「何せ、この病院の名物アイアンメイデンですから」

('A`)「アイアンメイデン?」

病院には似つかわしくない単語に、オレは思わず聞き返す。

32 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:34:37.49 ID:14dmck4bO
(*゚ー゚)「えぇ。彼女は元々、軍の方で運用されていたアイアンメイデンなんです」

('A`)「それが、どうしてまた病院なんかに?」

(*゚ー゚)「ほら、ちょっと前に軍用アイアンメイデンの暴走した事件が有ったじゃないですか」

軍用アイアンメイデン暴走。
去年の秋口に起こったあの事件を機に、VIP軍は基地内のアイアンメイデンを全て処分し、バージョンアップされたAIを搭載した新型アイアンメイデンを再配備することとなったらしい。
事件にある程度関わっているオレとしては、そのことに少なからず責任を感じずには居られなかった。

(*゚ー゚)「その時に民間に払い下げられたアイアンメイデンが、彼女なんです」

('A`)「あぁなるほど…って、ちょっと待って下さい」

(*゚ー゚)「はい?」

('A`)「確か、民間に払い下げられたアイアンメイデンは全て、危険防止の為に電脳核が取り除かれていたハズだけど……」

言うなれば、電池の入って無いラジコンのような状態か。
暴走の原因は別にあるとは言え、軍も体面を保つ為に電脳核を取り除く必要があったわけだ。
34 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:36:41.47 ID:14dmck4bO
そうなってくると、一般人がアイアンメイデンの素体を手に入れたところで、動かすことは難しくなってくる。

貞子と会話しているとわかるが、彼女の受け答えを見る限り相当等級の高い対人用コミュニケーションインターフェイスを使用しているのが伺える。
うちの鬼畜娘と何ら変わらないグレードだろう。

そんなものを手に入れるには、この病院の財力では些か無理がありそうだ。
何より、貞子は元が軍用アイアンメイデンだ。素体自体、対人用コミュニケーションインターフェイスに対応していない為、組み込んだところで声を発することも叶わないだろう。

('A`)「それとも、この病院って実はかなり儲かってるんかな……」

(*゚ー゚)「まさか。看護婦さん達の立ち話を聞いたんですけど、何でも、貞子ちゃんは外部から寄贈されたらしいんですよ」

('A`)「外部かぁ」

(*゚ー゚)「その寄贈者さんってのが、これまた不思議な人らしくて……寄贈を提案もメールのやり取りだけで受け渡しの時も、一回も姿を見せなかったそうですよ」

何だか、足長おじさんみたいですよね。そう言って、彼女はまたいたずらっぽく笑った。
36 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:38:45.58 ID:14dmck4bO
(*゚ー゚)「病院がお礼をしたいって言っても、頑として会おうとしなかったとか。名前を聞くと、ただ“マドレーヌ氏”とだけ名乗っただけらしいです」

('A`)「へぇ…今時、そんな人が居るんですね」

大したもんだ。オレには恐れ入ることしか出来ないね。

(*゚ー゚)「電脳周りの難しいことはわからないですけど、多分その人が貞子ちゃんを喋れるようにしてくれたんじゃないですか?」

まぁ、そういうことなんだろうな。

(*゚ー゚)「だとしたら、素敵なことですよね」

彼女は優しげな笑みを浮かべ、ちびっ子達に囲まれた貞子の方を見つめる。オレも、それに習った。

川-ヮ川「━━」

母親のような表情で絵本を読み上げていく貞子。

(*・ω・)(*-@∀@)「「「━━━━」」」(*'∀')(*゚μ゚)

絵本の展開に、表情をサイコロのように変えるちびっ子達。

汚れきったオレの心にも、それはとても穏やかな光景として映った。

(*゚ー゚)「だって、その人は彼女に人と会話をすること以上のものをプレゼントしたんですよ」
38 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:40:42.44 ID:14dmck4bO
('ー`)「……」

柔らかい表情で、貞子達を見守る車椅子の女性。

そんな風景の中にオレが居ることが、何だか場違いなものに思えて。

('A`)「それじゃあ、オレはそろそろ……」

立ち去ろうとした時、入院服の裾を彼女に掴まれた。

('A`)「あの……」

何?フラグ?なんて考えながら振り向くオレに、彼女は。

(*゚ー゚)「せっかく色んなこと教えてあげたんですから、私のこと病室まで送って下さっても宜しいんじゃないですか?」

あのいたずらっぽい笑みを浮かべてみせたのだった。
40 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:42:34.44 ID:14dmck4bO
 ※ ※ ※ ※

━━点滴の下がったハンガーを押しながら、別に重くもない足を引き摺って歩く。

('A`)「ったく、オレも病人なんですが」

先程の車椅子の女性を部屋に送り届けたオレは、特に当てもなく再び病院のエントランスをさ迷っていた。

昼の書き入れ時(何とも不謹慎な表現ではあるが)を過ぎて、受付の周辺は一旦の落ち着きを取り戻している。

その中に、この場とは明らかに不釣り合いな黒い影をオレは見た。

(,,゚Д゚)「……」

(;'A`)「黒狼……!?」

炭のような漆黒のトレンチコートに身を包んだ鬼神は、こちらに気付いてはいないのか。
脇に花束を下げ、病院の廊下を静かに歩いていく。

('A`)「見舞い…なんかね…?」

戦場で刀を振るう修羅の如き様しか見たことの無いオレとしては、彼のそんな姿が不思議なものに映った。

('A`)「……まぁ、世の中そんなにゴロゴロと化け物ばかりって訳でもないだろうしな」

彼にも、彼なりの人生が有るだろうし、剣を握る理由もどんなものかは知らぬが、確かに存在するのだろう。
43 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:44:26.29 ID:14dmck4bO
<('A`)>「人にドラマ有り、ってとこかね」

ま、オレにはどうだっていいことだけど。

('A`)「ん?」

視線を黒狼の背中からエントランスに移したオレの目に、ベンチを占領している例の一団が入ってきた。

川゚ー川「……それからも、お爺さんとお婆さんは二人仲良く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

('A`)「まだやってたんか」

絵本を閉じる貞子、嬉しそうな笑顔を浮かべるちびっ子達。

(*'∀')「ありがとー貞子ー!」

一人があげた声に、彼らは一斉に立ち上がると、蜘蛛の子を散らすようにわらわらと方々へ駆け出していく。あいつらは神出鬼没の忍集団か。

('A`)「朗読会はおしまいか?」

ガキ達が雲散霧消した後にぽつねんと一人ベンチに座る貞子。
彼女へと歩み寄りながら、オレは口を開く。

川゚ー川「はい、丁度今終わったところです」

彼女は絵本をベンチの後ろの本棚に戻しながら、こちらを振り返った。

('A`)「だったら、今から暇だろ?ちょっと散歩がてら病院の中を案内してくれないか?」
46 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:48:07.12 ID:14dmck4bO
 ※ ※ ※ ※

━━ゆったりとした時間。時の経過が、緩やかに感じられる。
貞子は、一緒に居るだけでそんな錯覚を覚えるような、そんな存在だった。

川゚ー川「こちらがナースセンターになります」

オレの一歩前を先導するように歩いていた彼女が立ち止まり、こちらを振り返る。

示す先には、言葉通り白衣の天使達の詰め所。

∫ノハ*゚ヮ゚ノルノシ「あ、貞子ちゃーん」

その中で書類整理に追われる天使のうちの一人がオレ達に気付き、手を振ってきた。

川^ー川ノシ「ナオナさん、お疲れ様でーす」

それに胸の前で手を振り返す貞子を見ながら、オレは考える。

('A`)「……」

数カ月前、オレは彼女と同型のアイアンメイデンを相手に極上の鉄火場を演じていた。

三原則を取り払われ、人間社会の中に赤子同然の形で放り出された鋼鉄の処女は、今貞子が手を振っているような平凡な人間に牙を剥いた。

三原則の有る無しで、彼女たちは人間に向けるものが笑顔から銃口へと変わるものなのか。

だとしたら、それはとても悲しいものだ。
48 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:50:49.87 ID:14dmck4bO
('A`)「でも……」

川^ー川「━━」

∫ハ*゚ヮ゚ノル「━━」

同僚(この表現が正しいかはわからないが)と談笑する貞子を見て思う。

もし、彼女の電脳核に三原則がインプットされていなかったら。

自分の行動を縛る枷が無かったら。

それでも、彼女は人間を襲ったりはしないだろう。

根拠は無い。それでも、何故だか彼女が人間を襲っている姿など、想像もつかない。

盲目的な考えだが、貞子の笑顔にはそう思わせるような“何か”があった。

川゚ー川「ドクオさん」

('A`)「んぁ?」

川^ー川「お次は、屋上までご案内しますね」

107 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 23:02:19.01 ID:14dmck4bO
“何か”。

オレが数カ月前に相対した軍用アイアンメイデンと、貞子を分ける“何か”。

それがきっと有るはずだ、と。

('A`)「んー……」

川゚ー川「ドークーオーさん?」

('A`)「んぁ?」

川^ー川「屋上、ご案内しますね」

('A`)「お、おう」

その“何か”を探して、オレは唸りながら貞子の後ろを歩き出した。
52 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:57:14.21 ID:14dmck4bO
 ※ ※ ※ ※

━━扉を開けると、強い風がオレ達の顔面に吹き付けてきた。

(;'A`)「のわっ!」

川゚ー川「今日は風が強いですねぇ」

思わず髪を押さえつけるオレ。
それに微笑みを浮かべ、貞子は屋上へと足を踏み出す。

川゚ー川「もう、春ですねぇ」

物干し竿がぽつりと立つ屋上。
遮るものの無いそこからは、ニューソク区が一望できる。

('A`)「つっても、そんないい眺めじゃないんだが」

53 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 21:58:50.21 ID:14dmck4bO
商業区に有るこの病院から見えるものといったら、隣に建つ駅ビルや、雑居ビルの群れぐらいか。
それでも、オレの家の窓から見える景色よりは幾分かましだろう。

川゚ー川「さっきの風は、春一番でしょうか」

オレが目の前のビル群を眺めているのとは対照的に、貞子は首を仰け反らせて空を見上げている。

<('A`)>「かーもねー」

そんな彼女にならって、オレも天を仰ぐ。

雲一つ無い晴天とはこのことか。

高く、高く、どこまでも澄み渡った空は彼女の言うとおり、春の色を映しているようだった。
55 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:00:36.88 ID:14dmck4bO
川゚ー川「ここから見える空は、私のお気に入りなんです」

横に立つ貞子が、ぽつりとそんなことを呟いた。

('A`)「……」

それは、機械の身である彼女には不相応な言葉である筈なのに。

川゚ー川「特に、こんな済んだ空の日は、旦那様のことを思い出されて……」

何故だろう。不思議と、違和感は感じなかった。

('A`)「旦那様?」

川゚ー川「はい。私、この病院に寄贈される前は別の主の元でご奉公させていただいておりました」

そういえば、さっきの女性も言ってたっけ。“マドレーヌ氏”だったか。

川゚ー川「あちこちの記憶が抜け落ちてしまって、思い出せないことも多いのですが……」

そう前置きをすると、彼女は“旦那様”との思い出を語り始めた。

川゚ー川「海の見える丘……そこに、旦那様の家は立っておりました。周りには旦那様のお家以外には、見渡す限りの麦畑が広がっていたと記憶しています」

('A`)「今時珍しいな。そんな田舎、未だかつて目にしたことも無いよ」

川゚ー川「人里から大分離れた場所だったのでしょうね。今では、そこが何処にあるのかもわかりませんが。私と旦那様は、その家で二人で暮らしておりました」
57 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:02:49.24 ID:14dmck4bO
川゚ー川「聞こえるのは、潮騒の音。それに海猫が仲間と戯れる楽しげな鳴き声だけでした」

('A`)「まるで映画の中の世界だな。一回行ってみたいね」

川゚ー川「私はそこで、主に旦那様の身の回りのお世話をさせて頂いておりました」

川゚ー川「朝起きたら、井戸から水を汲んできて花壇のお花に水を上げ、それから旦那様の朝食の下拵えを始めて」

('A`)「ちょっと待った。貞子は料理出来るのか?」

川゚ー川「はい。旦那様に教えていただきまして。大したものは作れませんが……」

おいおいすげぇな。職人保護法なんて悪法が制定されたこの御時世で料理が出来るなんてよ。
“旦那様”は元料理人か?

川゚ー川「そう…旦那様は、料理以外にも私に色々なことを教えてくださいました」

川゚ー川「花の名前、鳥の名前、何で波は起こるのか、何で鳥は空を飛べるのか。何で太陽は昇り、何で沈むのか。全て、一つ一つ、丁寧に」

('A`)「これまた面倒なことを……電脳核にはそういった知識は最初からインストールされて無かったのか?」

今の御時世、口伝でガイノイドに知識を教え込むのはさぞかし骨が折れたことだろう。オレならソフトのインストールで済ませちまうね。
59 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:04:46.40 ID:14dmck4bO
川゚ー川「起動時のことはあまり覚えておりませんが…そのようなものは、インストールされていた記憶はありませんね」

('A`)「じゃあ、まっさらな電脳核のままに君は目を覚ましたわけだ」

川゚ー川「そうなりますね。それでも、大抵のことは全て旦那様が教えて下さったので、こんな私でもこうしてドクオさんとお話が出来ます。有り難いことです」

('A`)「すげぇな、旦那様…」

元々貞子の素体は声を出す為の構造をしていない。
それに対人用コミュニケーションインターフェイスをしつらえ、更に“言葉”を紡ぐ機構に素体を作り替えたのだ。
よっぽどその道に精通している人間でも、一人で易々と出来ることではない。本当に大したものだ。

川゚ー川「知識の吸収はとても楽しく、私は日常の中で少しでも旦那様に尋ねられる機会があれば、すぐに旦那様の袖を引いたものです」

貞子が“旦那様”の袖を引いて質問している様を想像してみる。

川*゚ー川『ねぇーねぇー旦那様ぁ』

……。

(*'A`)「いい……」

うむ、そこはかとなく微笑ましい光景なのだろう。

60 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:06:56.56 ID:14dmck4bO
川゚ー川「そんな中でも、私が一番楽しみだったのは旦那様が読んで聞かせてくれる本でした」

川゚ー川「本を読んでくださるのは、何時も…そう、ちょうど、こんな風に空が高く澄んだ日のお昼時。
旦那様と私は、お庭の大きな木の下のベンチに腰掛けて、二人で朗読会を開くのです」

川゚ー川「最初は絵本から、次は児童文学、そして一般小説…という風に少しずつ、私の学習程度に合わせて、様々な本を読んで下さいました」

川゚ー川「字の勉強の意味もあったのでしょうが、何より印象的だったのは一つの本を読み終わる度に、旦那様が私にその本の感想を聞いてくることでした」

川゚ー川「私はそういったものが苦手でしたので、感想を求められる度にうんうんと唸ったものです」

まぁ、機械だからな。なんて普段はそんな冷たい言葉が出て来るところだが、今のオレはそんなことを考える余地も無いほどに、「彼女を一人の人間」として見ている自分に気付いた。

川゚ー川「時には感想を考えるだけでも、十分もかかってしまう程でした。それでも旦那様は、私が感想を言うまで辛抱強く待っていてくれたものです」

61 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:09:13.06 ID:14dmck4bO
川゚ー川「そして、私が感想を言い終えると、今度は旦那様が感想を言う番です」

川゚ー川「旦那様は、必ず最初にこう前置きされていました」

“これは、あくまで僕自身の感想だからね”

川゚ー川「きっと、旦那様は自分の意見を押し付けるようなことが嫌いだったのでしょう。そうでなくとも、私は常日頃から旦那様の言葉を鵜呑みにする傾向がありましたから」

そこで彼女は口に拳を当てると、コロコロと苦笑する。

川゚ー川「それから私たちは、お互いに登場人物の心情なんかをあーでもない、こーでもないと論じあったものです」

川゚ー川「その時もやはり旦那様は、私の考えを尊重してくれた上で自分の考えを述べられていました。
思えば、その時に議論や話し合いというものを私に学ばせようとしてくれていたのかもしれません」

川゚ー川「そんな暮らしが、どれだけの間続いたのかは覚えていません。ある日、私は旦那様からこの病院へ寄贈されることを伝えられました」

('A`)「……それで、貞子は…?」
64 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:12:47.84 ID:14dmck4bO
川゚ー川「その時の事は…すいません、よく覚えてないんです。私がどんな気持ちで、その言葉を受け止めたのか…旦那様が、最後に何と仰ったのかも……」

寂しげに目を伏せる貞子。

彼女がどれほどの等級の電脳核を有しているのかは、正確には定かではない。
それでも、彼女たちアイアンメイデンの記憶が「自然に失われていく」ということはまず考えられない。

恐らくは、彼女の“旦那様”が意図的に電脳核からその部分の記録を削除したのだろう。

川゚ー川「ぼんやりと……人に例えるなら、夢見心地のままに……気がついたら、私はこの病院で看護ガイノイドとして存在していました」

それは恐らく、一方的な別れだ。

川゚ー川「旦那様は私を、どのような思いでこの病院にされたのでしょうか……そればかりが、気になるのです……」

“もしかしたら、捨てられたのでは”

貞子の悲しげな顔は、暗にそんな思いを漂わせていて。

('A`)「きっと、“旦那様”も貞子と別れる時は寂しかっただろうよ」

オレは、そんな言葉を吐かずにはいれなかった。

65 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:15:25.22 ID:14dmck4bO
川゚ー川「そう…なのでしょうか…?」

('A`)「あぁ、間違いないさ。だって、手塩にかけて育てた娘を手放したがる親がいるか?」

オレの言葉に、貞子は思案気な色を顔に浮かべる。

川゚ー川「……そう、ですね」

細められた目と、綻んだ口元。

今なら、“旦那様”がどうしてわざわざ回りくどい方法で彼女に教鞭を振るったのかがわかる。

今ではソフトのインストールだけで読める本。

知識の吸収には最も効率的なそれには、しかし、決して伝えられないものがある。
67 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:16:54.28 ID:14dmck4bO
川^ー川「旦那様も、きっと寂しかったのでしょうね」

満面の笑みをたたえる貞子。

デジタルでは決して学ぶことの出来ない彼女の笑顔の作り方。

それこそが“旦那様”の教えたかったものなのでは無いだろうか。

('ー`)「あぁ、“超”寂しかった筈さ」

空は高い。青く、青く、どこまでも澄んでいる。

その向こう側がどうなっているのかを、科学は解き明かす事に成功はしているが。

('A`)「……空って、高いよな」

それが、今のオレには何だか野暮ったいことのように思えた。

68 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:18:21.43 ID:14dmck4bO
「貞子はっけんなのじゃー!」

そんなオレのロマンティックエンジンの高ぶりを遮るよう、その声は昼下がりの屋上に木霊した。

('A`)「?」

屋上の入り口を振り返る。
開け放たれたドアの前、腰に手を当て仁王立ちするひよこ豆程に小さな影。

l从・∀・ノ!リ人「呼ばれず飛び出ていもじゃじゃじゃ〜ん!」

不敵な笑みを浮かべた癖っ毛の“それ”は、オレが初めて貞子と会った時に彼女を転ばせた悪戯少女であった。

('A`)「相変わらず落ち着きの無いお子様だこと」

l从;・∀・ノ!リ人「うおっ!なんじゃ、このかわいそうな生き物は!」

(#'A`)「哀れんでくれて有難う、小動物さん」

Σl从;・∀・ノ!リ人「しゃ、喋ったのじゃ!?」

(#'A`)「てめぇ……」

川゚ー川「あらあら妹者さん、ドクオさんに失礼ですよ?」

l从・3・ノ!リ人〜♪「妹者は思ったことを言っただけなのじゃー。すなおくーるを目指す妹者は自分に正直に生きるのじゃー」

川゚ー川「正直なのは良いことですが、建て前も時には必要なのですよ」

('A`)「ウツダシノウ」
71 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:19:59.96 ID:14dmck4bO
地上最後の天使だと思っていた貞子の堕天に、生きる希望を奪われたオレはうずくまり脳内一人オセロを開始する。

('A`)「よっしゃ、四隅ゲットだぜ…!」

川゚ー川「それで、妹者さんは私に何かご用があるのですか?」

l从・∀・ノ!リ人「おぉ!そうなのじゃ!忘れるところだったのじゃ!」

('A`)「畜生…アウト・オブ・蚊帳かよ……」

語呂悪いな……。とか思っている間にも二人はオレを置き去りにして話を進めていた。

l从・∀・ノ!リ人「貞子にお願いがあってきたのじゃー」

川゚ー川「お願い…ですか?」

小首を傾げる貞子。
それに向かって妹者は何やら含みのあるような笑顔をつくると。

l从・∀・ノ!リ人「かくりびょーとーに連れて行って欲しいのじゃー!」

貞子の手を掴み、走り出した。
75 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:25:50.35 ID:14dmck4bO
 ※ ※ ※ ※

━━切れ切れになった息を調える。

(;'A`)「はぁ…はぁ…どうして…はぁ…はぁ…そんなに…ぜ…元気が有り余ってやがりますかね…はぁ…」

目の前の韋駄天少女を睨み付ける。

l从#・∀・ノ!リ人「何でお前までついてくるのじゃー!」

(;'A`)「いや…何となく……」

自分の居場所を見失う。

l从#・∀・ノ!リ人「巣に帰れ残念顔面!」

嗚呼母上様。世界はどうしてこうもオレに冷たいのでしょうか。

76 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:28:26.29 ID:14dmck4bO
川;゚ー川「あのー妹者さん、どうしてまたこんなところに?」

戸惑うように貞子が首を傾げる。

妹者に引きずられてオレたちがやって来たのは、本館の外れ。
一般病棟と隔離病棟を隔てる鉄格子の前だった。

(;'A`)「隔離病棟って……」

静まり返った廊下には、人っ子一人居ない。
鉄格子の向こう側には、厳重なエアロック制のドアが立ちふさがり、いよいよもって物騒な雰囲気を漂わせている。

こんな場末の病院に隔離病棟なんて物々しいものが存在すること自体不思議だが、何よりこの厳重さは異常では無いだろうか。

(;'A`)「モロに禁断の扉って感じだな」
80 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:30:08.95 ID:14dmck4bO
l从・∀・ノ!リ人「貞子、ここを開けて欲しいのじゃー」

(;'A`)「っておおい!?」

何を言い出すかと思えば、このひよこ豆はとんでもないことを!

川;゚ー川「妹者さん、流石にそのお願いは私としましても……」

l从#・∀・ノ!リ人「えぇー!何で何で何でなのじゃー!?」

川;゚ー川「ここは一般の方の立ち入りは禁止されておりますので、院長の許可なく妹者さんをお通しするわけには……」

l从#・∀・ノ!リ人「いやなのじゃ!入るのじゃ!冒険するのじゃー!」
83 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:33:11.55 ID:14dmck4bO
ガキ特有の好奇心に、これまたガキ特有の駄々っ子我が儘っ子ぶりを遺憾なく発揮し、床の上で暴れまわる妹者。

川;^ー川「それに、ここはもう何年も前から使われておりませんから、入ったところで何も面白いものなど……」

それに困ったような笑顔を浮かべる貞子。

さて諸君。大人に対して自分の主張が通らなかった場合に子供が取る手段は限られてくる。

l从#。・へ・ノ!リ人「うぅっ…泣くじょ……」

川;゚ー川「あ、あの……」

即ち、最終兵器「泣き脅し」の起動である。

84 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:34:59.78 ID:14dmck4bO
l从;д;ノ!リ人「びぇぇ!貞子が虐めたぁぁあ!貞子が妹者を虐めたのじゃぁぁあ!」

川;゚ー川「あうあう…」

(;'A`)「うわぁ…」

爆発的な嘘泣き。見事なまでのすり替え。それでいてオレ達をたじろがせるそれは、まさに最終兵器。

l从;д;ノ!リ人「さ、貞子がぶったぁぁあ!貞子が妹者をぶったのじゃぁぁあ!」

何という事実無根!

川;゚ー川「あぁごめんなさい、ごめんなさい!」

おぉいもっと胸を張ってくれよ!

l从;д;ノ!リ人「びぇぇぇえ!」
87 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:37:11.35 ID:14dmck4bO
川;゚ー川「困りましたねぇ…どうしたら、妹者さんは許して下さるのですか?」

(;'A`)「いや、許す許さないじゃなくて……」

l从うへ・。ノ!リ人9m「そこを開けて欲しいのじゃ……」

川;゚ー川「そ、それは流石に……」

l从;д;ノ!リ人「貞子が虐めるのじゃぁぁあぁあ!」

川;゚ー川「あわわ!わかりました!開けます!開けますから!」

ちょっ!おまっ!

l从・∀・ノ!リ人「ほんと?」

川;゚ー川「……ほんとです」

(;'A`)「えぇぇぇえ〜!?」

88 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:38:33.91 ID:14dmck4bO
 ※ ※ ※ ※

━━圧縮空気が解放される抜けるような音と共に、隔離病棟の扉が重々しくスライドすると、オレ達の前に短い廊下が姿を表した。

川;゚ー川「五分だけですよ。それ以上は、誰かに見つかる可能性があります」

壁際のコンソールから結線ケーブルを引き抜きながら、貞子が心配気な声をあげる。

('A`)「なんだ、案外狭いもんだな」

鉄格子を越え、厳重なエアロックを解除した先に広がった隔離病棟は、オレが思い描いていたほどに広くは無かった。むしろ、狭いとすら言える。

川゚ー川「婦長さんから聞いた話では、国立病院に収まりきらなかった感染症患者さん達を、一時的に入院させておくためだけの病棟だそうですから」

十メートルも無い廊下の両脇に並ぶドアは、合計で四つ。
そのどれもが開け放たれていることから、今ではここが誰からも忘れ去られた秘所であることが伺えた。

l从*・∀・ノ!リ人「おぉ!レッツ探検なのじゃー!」

歓声を上げながら、妹者がオレ達の傍らを駆け抜けていく。

89 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:40:41.86 ID:14dmck4bO
川;゚ー川「あ、あまり大声は出されないで……」

貞子の焦燥した忠告にも悪ガキは構わず、一番近い病室の中へと飛び込んでいった。

川;゚ー川「あぁ…院長に知られましたら、私は……」

('A`)「うーん…まぁ、その時はオレも何とか言い訳を考えてやるよ」

肩を落とす貞子の背中を労るように叩き、オレは改めて隔離病棟の廊下を見渡す。
いけないことだとはわかっているのだが、正直なところオレもここに興味が無かった訳ではない。

('A`)「しかし、ホントに密閉空間って感じだな」

窓のない病棟内を照らすのは、非常灯の頼りない緑光のみ。
エアロックで完全に外界から隔絶されているとはいえ、リノリウムの床には埃一つ落ちていない。


('A`)「なぁ貞子、ここって一回も使われたことは無いんじゃないのか?」

川゚ー川「いえ、そういう訳では無いですよ。以前に入院記録を見た時は……」

「おぉーい!貞子ぉー!ちょっと来て欲しいのじゃー!」

('A`)「……だってよ」

川;゚ー川「あはは…」

オレ達は顔を見合わせ肩をすくめると、妹者が入っていった病室へと足を向けた。
92 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:42:51.36 ID:14dmck4bO
川゚ー川「どうなされましたか?」

l从・∀・ノ!リ人「これ!これは何て書いてあるのじゃ!?」

まるで独房のように狭苦しい病室の中。
無機質な印象を受けるベッドの縁に座った悪ガキが、手に持ったハードカバーの本をオレ達に向かって突き付けてきた。

川゚ー川「あぁ…これは、“レ・ミゼラブル”ですね」

l从・∀・ノ!リ人「おぉ!そこはかとなく“ばてれん”な響きなのじゃ!……で、何て意味なのじゃ?」

川゚ー川「“あぁ無情”。ビクトル・ユゴーというフランスの作家が書かれた小説ですね」

('A`)「よく知ってんなぁ。確か300年も前の作家だろ?」

川゚ー川「旦那様に一度読んで頂いたことがあるのです。……妹者さん、この本はどちらから?」

l从・∀・ノ!リ人「この部屋に置いてあったのじゃー」

尋ねる貞子に妹者はベッド脇のサイドボードを指差す。

川゚ー川「おかしいですねぇ…。入院記録によれば、確かこの部屋が最後に使われたのは、11年も前の筈ですけど……」

片付け忘れたのでしょうか?そう言いながら、合点のいかない様子で貞子は首を傾げた。
94 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:45:28.60 ID:14dmck4bO
('A`)「忘れ物、ねぇ……」

今は主無き病室の中は、オレ達三人が居るだけでその容積の半分が埋まってしまう程に狭苦しい。

日の光すら差し込まぬ、まさに監獄。
一体、以前にこの病室に息づいていた人物はどんな想いで“レ・ミゼラブル”のページを捲っていたのだろうか。

('A`)「なぁ貞子、ここには前はどんな人が……」

川゚ー川「私もここに入ったのは初めてなのですが、婦長さんのお話を聞く限りではここに入院されていたのはk-2バクテリアの患者さんだったそうです」

('A`)「k-2バクテリア…?聞いたことが無いな。新種のバクテリアか?」

川゚ー川「えぇと…そうですね、ツクバ軌道エレベーター倒壊事故、と言えばお分かり頂けますか?」

('A`)「あぁ、なる程…k-2バクテリアって、そういうことか」

ツクバ軌道エレベーター倒壊事故。

12年前に、ツクバ学園都市で建設途中だった軌道エレベーターが、不慮の事故により倒壊。

倒れた軌道エレベーターは地下のバイオラボラトリーまで破壊し、ラボで研究中だった新種のバクテリアを地上にばらまかれた、今世紀最大、未曽有の大災害だ。

95 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:47:37.24 ID:14dmck4bO
貞子が言うには、“k-2”というのはその時ツクバのバイオラボラトリーで研究されていた、バクテリアのことらしい。

川゚ー川「この病室におられたのは、そのツクバ軌道エレベーター事故から生き残った、数少ない被災者の一人だったそうです」

事故の死者総数は二万五百人。うち、軌道エレベーターの倒壊に巻き込まれた者が一万と三千。
残りの七千と五百人が、k-2という人喰いバクテリアによって死に至ったと聞く。

当時13歳で中坊真っ盛りだったオレも、バクテリア患者達の凄惨さはニュースで見て知っている。

ケロイドなんてものでは無かった。腐っていく、というものも表現としては正しくない。

人喰いバクテリアの名の通り、それはまさしく人体を内側から、何か目に見えない獣に喰い破られているかのような状態だった。

('A`)「その人は、結局どうなったんだ…?」

川゚ー川「発見が早かったからか、何とか義体化処置が間に合って、一命は取り留めたそうです」

96 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:49:50.73 ID:14dmck4bO
ニュースで聞きかじっただけの知識だが、バクテリアの侵食速度は凄まじいものらしい。

感染した途端、潜伏期間もくそも無しに身を焼くような痛みに苛まれ、半日もしない内に体内の内蔵の大半を喰い尽くされ、命を落とすそうだ。

('A`)「殆ど奇跡みたいなもんじゃねぇか……」

川゚ー川「えぇ…それでも、あまりにショックが大きかったのでしょう。意識を失ってから丸二年間、ずっと目を覚まさなかったようです」

('A`)「そりゃあ、てめぇの体に虫食いみたいな穴が空いてるの見たら、正気を保ってる方が凄いだろうしな……」

川゚ー川「始めは国立病院に収容されていたその人も、一年ほど目を覚まさないことで医者が匙を投げたのでしょう。
厄介払いされるように、当医院のこの病室に収容されることになったとか」

('A`)「……で、今は?」

川゚ー川「奇跡的に目を覚まして、ちゃんと退院されたそうです。義体との拒否反応も無かったと聞きます」

('A`)「ふーん……」
98 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:52:45.84 ID:14dmck4bO
世の中には、そんな奇跡の申し子みたいな人間が居るものなんだなぁ。

('A`)「そして、これがその奇跡の申し子の忘れ物、かぁ……」

妹者の手の中のレ・ミゼラブルを見つめる。

その時だった。

「誰だ!」

病室の外から、野太い怒鳴り声がする。

川;゚ー川「はっ!?」

(;'A`)「やべっ!」

同時、入り口から差した懐中電灯の灯りがオレ達を照らす。

(;〇ゝ〇)「貞子!何故ここに!?」

目の前には、オレの担当医の驚きと怒りの混じった複雑な顔。

(;〇ゝ〇)「それに、君たちは……」

99 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:54:20.86 ID:14dmck4bO
わけが分からないといった顔で、オレと妹者を交互に見る。

川;゚ー川「これは…その……」

(;'A`)「えと……」

狼狽える貞子。予想出来ていた展開とはいえ、オレも何と弁解したものか決めあぐねていると。

l从;д;ノ!リ人「びぇぇ!怖かったのじゃー!」

ベッドに腰掛けていた妹者が火のついたように泣き出し、医師へと飛び付いた。

(;〇ゝ〇)「お、おっと!?ど、どうしたんだい一体?」
101 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:56:25.83 ID:14dmck4bO
突然のことに慌てる医師。妹者の行動を理解出来ないオレ達。
それらを置き去りにして、妹者は口を開き。

l从;д;ノ!リ人「貞子が!貞子が妹者を無理矢理ここに連れて来たのじゃー!」

(;〇ゝ〇)「なっ!」

(;'A`)「何だってぇぇえ!?」

とんでもないことをほざきやがった。

l从;д;ノ!リ人「い、妹者は嫌だったのじゃ…でも、貞子が…貞子が無理矢理…うぇっ…うぇぇぇぇ……」

(;'A`)「な、な、な……」

このガキ、てめぇ可愛いさにとんでもない大ボラふかしやがって!
103 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 22:58:18.36 ID:14dmck4bO
(;〇ゝ〇)「ほ、本当なのかね!?」

真偽の程を確かめるよう、オレと貞子を交互に見る医師。

(;'A`)「んなわけあるかよ!そんなんガキのたわご…」

ここぞとばかりに弁明しようと開いたオレの口はしかし。

川д川「本当です」

その被弁護人によって遮られた。

(;'A`)「貞子、おまっ!」

尚も食い下がるオレ。貞子は小さく首を振る。

川д川「私が、妹者さんをここまで連れてきました」

その背中が、どこか酷く無機質なものに見えたのは、オレの気のせいだったのか。
105 名前: ◆cnH487U/EY :2009/02/07(土) 23:00:16.29 ID:14dmck4bO
(;〇ゝ〇)「……と、とにかくあなたたちは、早くここを出て自分の病室に戻って下さい」

l从;・∀・ノ!リ人「「……」」('A`;)

戸惑いを隠せぬ医師の言葉に従い、部屋を出るオレ達。

「……処分については、会議を開かねばならないな」

その耳に、そんな声が聞こえたのは、気のせいでは無かった。



next track coming soon...

戻る

inserted by FC2 system