- 19 : ◆cnH487U/EY :2008/12/07(日)
21:25:51.11 ID:OZUgbC4+O
- disc 6. 硝煙挽歌
“入り口があって出口がある。大抵のものはそんな風にできている。
郵便ポスト、電気掃除機、動物園、ソースさし。
もちろんそうでないものもある。
例えば鼠取り。”
……村上春樹/1973年のピンボール
- 20 : ◆cnH487U/EY :2008/12/07(日)
21:27:07.95 ID:OZUgbC4+O
- prologue
━━彼女は、窓の外を、ちらほらと雪が舞い落ちていくのを、黙って見ていた。
ミ,,゚Д゚彡「街じゃもう、電飾のついた樅の木を引っ張り出してたぜ。全く、気が早いこって」
林檎の皮を剥きながら、オレは彼女に語り掛ける。
剥げかけたリノリウムの床に、リネンの香り。あまり衛生的とは言えない病室の中、窓際に置かれた一つのベッドがもぞもぞと動いた。
(*゚ー゚)「みんな焦ってるのよ。早いうちからクリスマスムードを作っておいて、そのムードに乗じて儲けようってね」
皮肉気に唇を緩め、彼女は微笑む。
もう何年も自分の足で歩いていない彼女にとっては、浮き足立った街の様子は気に食わないのだろうか。
そんなことを考えてしまう自分に、少し腹が立つ。
(*゚ー゚)「クリスマス、か……」
ふう、と溜め息をつき彼女はベッドの上で上体を起こす。
栗色の髪が、ほっそりした顔の輪郭にそって揺れた。
“ニューロリジェクション”
電脳空間への没入時に何らかの外的要因で、脊髄神経が傷付けられる事で下半身が麻痺する病。
- 21 : ◆cnH487U/EY :2008/12/07(日)
21:28:57.67 ID:OZUgbC4+O
- 発祥原因は不明。電脳空間の情報流(ストリーム)に脳が拒否反応を示した事が原因の一つだろうと医者は言っていたが、オレにはそんな専門的な話はちんぷんかんぷんで分からなかった。
ただ一つ分かる事。それは、彼女が……オレの数少ない肉親である彼女が……生まれつき血友病を抱えている為に、“ニューロリジェクション”の治療手術を受けられない、という……単純で、明白な、事実だけ。
ミ,,゚Д゚彡「しぃは、クリスマスプレゼントは何が欲しいんだ?」
うさぎの形に切った林檎を自分の口に放り込む。
それを恨めしげに見つめるしぃ。
(*゚ー゚)「…もう、フサにぃはそうやってすぐ私を子供扱いするぅ」
ミ,,゚Д゚彡「そういう意味じゃねえよ。レディになっても、プレゼントは貰うもんだろ?」
そっかぁと呟き、彼女は顎に指をあてて考え込む。
黒目がちな瞳が刹那の間宙をさまよい、やがてしぃはポツリと呟いた。
(*゚ー゚)「プレゼントはいいから、クリスマスは三人で過ごしたいな」
ミ,,゚Д゚彡「……」
昔みたいに、と付け加える彼女の顔に浮かぶ寂し気な色に、オレは俯く事しか出来ない。
- 24 : ◆cnH487U/EY :2008/12/07(日)
21:31:47.41 ID:OZUgbC4+O
- (*゚ー゚)「…ねぇ、ギコにぃはどうしてるかな?」
ギコ。その名前に、びくりと肩を震わせる。
ミ,,゚Д゚彡「……」
(*゚ー゚)「やっぱり、クリスマスは恋人さんと過ごすのかな…」
ミ,,゚Д゚彡「その……」
(*゚ー゚)「…?」
ミ,,゚Д゚彡「…こないだ、田島の奴が…駅前のWATANABEで見たって…」
やっとの事でそれだけ呟くと、額にじわりと脂汗が滲むのが分かった。嘘は、慣れない。
(*゚ー゚)「本当に!?」
ぱっと目を輝かせるしぃに、オレの罪悪感は膨れ上がる。
- 25 : ◆cnH487U/EY :2008/12/07(日)
21:32:16.10 ID:OZUgbC4+O
- ミ,;゚Д゚彡「あ、あぁ。……試食品コーナーで、合成沢庵を摘んでたって」
(*゚ー゚)「えー…ギコにぃ、そんなセコかったっけ?田島さんの見間違いじゃない?田島さん、そそっかしいから」
ミ,;゚Д゚彡「……はは、かもしれねぇや」
くすくすと笑うしぃ。頭をかき、苦笑いを浮かべるオレ。
(*゚ー゚)「……本当、どこ行っちゃったんだろ。あの日から8年も…手紙もよこさないで」
ミ,,゚Д゚彡「……」
(*゚ー゚)「フサにぃはいいよね。たまに、会ってるんでしょ?」
- 27 : ◆cnH487U/EY :2008/12/07(日)
21:36:01.98 ID:OZUgbC4+O
- ミ,,゚Д゚彡「…まぁ、な」
(*゚ー゚)「なのに、私も会いたいって言うと“仕事が忙しい”とか言ってさぁ…」
これ以上は、耐えられそうにない。
オレは、壁掛け時計に目をやると慌てた素振りで立ち上がる。
ミ,,゚Д゚彡「わりぃ、しぃ。もういかねぇと」
(*゚ー゚)「えぇー、また組の会議ぃ?」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ、そんなとこだ。…で、プレゼントは何がいい?」
頬を膨らませるしぃをごまかすよう、せき立てるオレ。
(*゚ー゚)「んー…そうだなぁ…」
- 28 : ◆cnH487U/EY :2008/12/07(日)
21:36:59.58 ID:OZUgbC4+O
- しばし可愛いらしい顔を歪めて考えた後、しぃはオレの髪を指差し。
(*゚ー゚)「白」
ミ,,゚Д゚彡「?」
(*゚ー゚)「それと、黒の絵の具」
それだけを言うとにっこりと微笑んだ。
ミ,,゚Д゚彡「…絵の具…だけで、いいのか?」
念を押すオレに、彼女は微笑んだまま頷く。
ミ,,゚Д゚彡「そうか…。じゃあ、オレはこれで。しばらくは来れないと思うが、クリスマスだけは必ず来るからよ」
きびすを返し、二、三歩き病室の扉へ手をかけるオレ。
(*゚ー゚)「フサにぃ」
その背中に、しぃの声が降りかかる。
- 30 : ◆cnH487U/EY :2008/12/07(日)
21:40:05.77 ID:OZUgbC4+O
- (*゚ー゚)「フサにぃが、組の為に頑張ってるのは凄く…立派だと思う」
ミ,,゚Д゚彡「……」
(*゚ー゚)「お父さんが殺されてから、私や組の…西村のみんなが露頭に迷わなかったのは、お兄ちゃんのお陰だって…みんな、そう思ってる」
ミ,,゚Д゚彡「……なぁ、しぃ…」
(*゚ー゚)「……だから、これ以上は…無理、しなくていいんだよ。ね?私が言いたい事、わか…」
ミ,,゚Д゚彡「……もう、行かねぇと」
(;゚ー゚)「おにぃ…!」
縋る声。振り払うよう、扉を閉める。
「……何処にも行かないで」
扉越しに聞こえるすすり泣きに耳を塞ぎ、コートの襟を立てて歩き出す。
- 31 : ◆cnH487U/EY :2008/12/07(日)
21:40:43.57 ID:OZUgbC4+O
- ミ,,゚Д゚彡「……田島か。オレだ」
病院の廊下を歩きながら携帯端末を耳に当て、ひっつめにした髪に指を入れる。
ミ,,゚Д゚彡「…ヤツらの動きは…」
病院の玄関敷居をまたぎつつ、乳白色の長髪を指で弄ぶ。
ミ,,゚Д゚彡「そうか。……ちょいと野暮用が出来た。何時もの場所で待ってろ。一時間ってとこだ」
電話を切る。
ミ,,゚Д゚彡「……オヤジ、もう直ぐだ」
“もう直ぐ、終わる”
呟きは、降りしきる雪の中に消えた。
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