- 11 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:11:29.19 ID:LyU9t5X9O
- 〜track-ε〜
━━夜の帳が降りたニューソクの街並み。
暗く、闇が蔓延するその裏路地を駆け抜けながら、オレは出口の無い迷路のゴールを探し続けていた。
初めの一発以来、追撃の銃声は聞こえて来ない。
('A`)「オレを見失ったのか……?」
黒狼と相対した時点で、ハインが確認出来ていたのは目の前の奴のみ。
だとしたら、狙撃手はオレ達の死角…頭上…すなわちビルの上から狙撃してきた事になる。
とっさのことで着弾角度から正確な位置を図る事は出来なかったが、裏路地に逃げ込んだのは正解だったみたいだ。
(;'A`)「しかし、これからどこへ逃げたものか……」
相手がどんな連中なのかは知らないが、交渉が決裂した時の為に狙撃手を用意しておく奴らだ。
組織的で執念深いのだろう。
('A`)「真っ直ぐ事務所や家に逃げ帰ったところで、ご用だろうな……」
ならば、残された所は一つしか無い。
(;'A`)「セーフハウス、か……」
闇雲に動かしていた足を、その一点へ向ける。
- 12 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:12:52.41 ID:LyU9t5X9O
- ('A`)「ヘリカル、まだ走れるか?」
*(;‘‘)*「うん…大丈夫……」
涙の跡が残る少女の顔は、オレのペースに合わせて走った為に真っ赤だ。吐き出す息も、当然の如く荒い。
('A`)「無理するな。ほら、オレの背中使え」
立ち止まり、屈み込んで背中を差し出す。
*(;‘‘)*「有難う……」
こんな時に遠慮するような真似は流石に無く、ヘリカルは素直にオレの背にしがみついた。
('A`)「ちょっと飛ばすから、しっかり掴まってろよ」
そう言って彼女を背負い立ち上がったところで、遠耳に飛行機が墜落したかのような轟音が響いた。
('A`)「ハイン……」
不安が胸に広がる。様々な想像が頭をよぎる。今の音はどういう意味を孕んでいるのだろう。
('A`)「……任せたって、言ったろうが」
逆走する思考を無理矢理に押し出し、駆け出す。
裏路地を抜け、川沿いを走り、倉庫街に入り、プレハブのセーフハウスが見えた辺りでぽつぽつと雨が降り始めた。
- 13 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:13:57.73 ID:LyU9t5X9O
- 倉庫街の外れ。資材置き場の隣、クレーンや重機の陰に隠れるように立つセーフハウス。
周りに人の気配が無いの確かめ扉を開けると、滑り込むようにして中へと入った。
('A`)「ふぅー……一先ず、今日はここで夜を明かそう。ここなら見つかっても抜け道は有るし、少しの間だけなら応戦も出来る」
ヘリカルを背中から下ろし、壁を背にしてへたり込む。
極度の緊張状態から一時的にとはいえ解放され、どっと疲れが出た。
*(‘‘)*「お兄ちゃん……あの…」
('A`)「何だ?トイレならねぇぞ。悪いが外で……」
*(;‘‘)*「ごめんなさいっ!」
勢いよく頭を下げるヘリカル。
('A`)「……」
*(;‘‘)*「私のせいで、こんな事になっちゃって……」
('A`)「あー……」
*( ; ;)*「ごべ…なさい……」
謝罪の言葉は嗚咽に飲み込まれ、涙と共に空気を湿らせる。
('A`)「……なぁ、言っただろうヘリカル。オレは、何があっても……」
お前を裏切らない。絶対に、見捨てたりしない。
- 16 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:15:06.36 ID:LyU9t5X9O
- そう言葉にしようとして、出来なくなっている自分に気付いたオレは愕然とした。
*( ; ;)*「私…お兄ちゃんに迷惑ばかりかけて……こんな事にまで巻き込んで…うっ…うぇっ…うぇぇ……」
(;'A`)「……」
*( ; ;)*「私だけの問題なのに…私が素直にあの人達に着いて行けばいいのに……」
それは、駄目だ。
そう言ってやれよ。お前はオレが守るって、抱き締めてやれよ。なぁ、気休めでもいいからさ。
そう理性は告げるが、上手く口が回らない。
(;'A`)「……あ」
自分に嘘は付けない。なるほど、その正直さは尊敬に値する。
オレは、彼女を守ってやれない。彼女の内側に踏み込む覚悟が無いのだ。
*( ; ;)*「私なんて…私なんて……」
だからオレは、耳と目を閉じ口をつぐんだ人間になろうとした。
(;'A`)「……っあ」
サリンジャーだ。そうだ、サリンジャーだ。あぁ、彼が嘲笑っているのがわかる。
ライ麦畑で遊ぶ子供は、そこに崖が有るのを知らずに足を踏み外してしまう。
崖の存在を知っているのは、オレだけ。助けるも助けないも、オレ次第。
- 18 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:16:33.62 ID:LyU9t5X9O
- サリンジャーと違うのは、彼女が今まさに崖から落ちかけ、必死の思いで崖の縁を片手で掴んでいる状態に有るという事だ。
(;'A`)「……ぅっく」
そして、その崖がオレだ。
オレが崩れれば、彼女は死ぬ。オレが崩れなくとも、彼女の腕は限界を迎えて谷底へと落ちていく。
*( ; ;)*「ごめんなさい…ごめんなさい……」
彼女には誰も味方が居ない。
オレ?違うね。オレはただ、自分が善行をしているという錯覚に酔う、無責任なエゴイストだ。
捨て猫を拾ってきて、一度餌を与えるだけで飼うつもりも無い、ただの偽善者だ。
(;'A`)「畜生……」
反吐が出る。吐き気がする。醜い。余りにも醜い。それは罪だ。誰もが心に抱える、最もありふれた、最も重い罪だ。
(;'A`)「……畜生っ…!」
泣き続けるヘリカルを前に、拳を握り締める。この期に及んで全てをぶちまけないオレは、まだ演技を続けるつもりなのか。
('A`)「もう……」
終わりにしないか。
決意が固まるその寸前、雨音に混じって小屋の外で足音がした。
*( ; ;)*「!?」
(;'A`)「着やがった……」
- 19 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:17:57.68 ID:LyU9t5X9O
- 状況は、オレに決断の時間を与えない。
('A`)「ヘリカル、頭を下げろ」
傍らに立てかけられていた、BARを掴み残弾を確認すると窓から外を確認する。
そぼ降る雨の中、人型に歪む空間が一箇所見えた。
('A`)「雨の中、光学迷彩なんて……アホか?」
このセーフハウスから10メートル程離れた位置、こちらを睨むようにしてその歪みは立っていた。
('A`)「無闇に撃ってこないって事は、ヘリカルを殺せばマズいって事だろうな……」
*(;‘‘)*「お兄ちゃん……」
オレ同様に薄汚れたコート。その裾を掴み震える少女の、頭に手を置く。
('A`)「大丈夫だ。オレが何とかするさ」
演技続行のサインが、監督から出された。
('A`)「優柔不断だよな……全く」
椅子を引き寄せ、注意深く腰かけると窓をそっと開け、BARの銃身を突き出す。
向こうがこっちの動きに気付く前に、終わらせねば。
('A`)「雨の中ご苦労さん。オレからお前さんへ、最高にホットな差し入れだ」
- 20 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:19:20.61 ID:LyU9t5X9O
- 狙いをつけ、引く、引き金。
マズルフラッシュが瞬き、銃身を震わせ、機関銃は分間300発の速度で鉛玉を吐き出す。
そこに居るであろう“何者か”の気配が、動くのが分かった。
(#'A`)「そらそら休みは無しだ!お次はもっと刺激的なの、いくぜ!」
着弾したかどうかも確認せず、弾倉が空になったBARを放り投げ、P90サブマシンガンを取り上げ構える。
('A`)「徹底抗戦だ」
窓枠から手だけを出し、目くらうちに5.7口径の弾丸をばらまく。
断続的な連射音、腕を伝う振動、そして硝煙。
やがて、銃口が弾を吐き出すのを止めたのを確認すると、オレは窓枠から顔を出す。
('A`)「……死体は、無いか」
5.7口径弾を無駄遣いした事で、少々胸が痛んだ。
('A`)「ハインに知れたらお目玉を食らうな」
P90を床からRPGを取り上げる。
('A`)「そして、こんなのを使ったら尚更だ」
対戦車用ロケットランチャーを人に向けるのは火力過多だが、まぁいい。
(#'A`)「諦めてお家へ帰んな!」
- 22 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:21:07.42 ID:LyU9t5X9O
- どこに居るかもわからない相手へ向け、その砲筒を構えた次の刹那。
「諦めるのは貴様だ」
音も無く砲筒が両断され、虚しく床を転がった。
(;'A`)「なっ…!?」
RPGを手放し、反射的に左へ飛ぶ。風切り音と同時、右の二の腕が血しぶきを上げた。
(;'A`)「ぐぉっ!?」
痛みをこらえ、左手でカスタムデザートイーグルを抜き構える。
「こっちだ」
(;'A`)「!?」
背後からの声に振り向こうとして、首筋にひんやりとした硬質の感触があてがわれた。
- 24 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:22:15.66 ID:LyU9t5X9O
- *( ; ;)*「お兄ちゃん!」
「散々鉛弾をバラまいてくれたが、これで王手だ若僧。大人しくすれば、命は取らない。銃を置け」
耳元で弁を垂れる声。そんな、馬鹿な。何故こいつがここに。信じられない。信じたくない。この声は……。
(;'A`)「“黒狼”の…ギコ……」
(,,゚Д゚)「何だ」
(;'A`)「てめぇがここに居るって事は……」
(,,゚Д゚)「貴様のお目付役の機械人形はオレが破壊した」
嘘だ。
(;'A`)「嘘…だ……」
(,,゚Д゚)「最後の頼みの綱は、断ち切られたというわけだ」
- 25 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:23:26.22 ID:LyU9t5X9O
- (;'A`)「そんな…見え透いた……」
(,,゚Д゚)「無駄な抵抗は止めておけ。いいか、逃げ道は……」
(#゚A゚)「嘘をつくなぁぁぁぁあ!」
(,,゚Д゚)「むっ…!」
肘を繰り出し前転、デザートイーグルを構えて黒狼を睨みつける。
(#゚A゚)「ハインを破壊した?頭が馬鹿かてめぇ。あいつがてめぇ如きに遅れを取るはずがねぇ。いいか、モノノフ気取り。冗談にも言っていいのと悪いのが有る。前言を撤回しろ。今ならギリギリで許してや……」
鳩尾に衝撃。
(,,゚Д゚)「……少し黙れ」
(;゚A゚)「あっ…が……」
くず折れる体、再び突き付けられる刀。
*( ; ;)*「いやぁっ!」
悲鳴を上げるヘリカル。
(,,゚Д゚)「最終選択の時間だ。選べ。彼女を渡して生き延びるか、渡さずに死ぬか」
(;'A`)「ぅ…あっ……」
ハインがやられた。剣を突き付けられた。ヘリカルが泣いている。さぁ、オレは何が出来る。
- 27 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:25:20.06 ID:LyU9t5X9O
- (;'A`)「何が出来るって……」
自己嫌悪と共に生きるか、悲劇の英雄を気取って死ぬか。
(#゚A゚)「格好付けるに決まってんだろバーカ!」
*( ; ;)*「ダメェェェェエ!」
左手を上げ、デザートイーグルを構え、引き金に指をかけ、そこで。
(,,゚Д゚)「……」
奴が剣を下げているのが分かった。
(;'A`)「何故……?」
(,,゚Д゚)「……止めだ」
ゆっくりと剣を収めると、奴はヘリカルに向かって鎮痛な眼差しを向ける。
- 30 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:26:57.05 ID:LyU9t5X9O
- (,,゚Д゚)「……こんな幼子が、な」
(;'A`)「?」
(,,゚Д゚)「どうした、撃たないのか?ご覧の通りオレは無抵抗だ。絶好の機会だと思うが」
(;'A`)「……お前の行動が理解出来ない。何故だ?理由を言えよ」
戸惑うオレの言葉に、黒狼は自嘲の笑みを浮かべるとオレに背を向けた。
(,,゚Д゚)「…ただのつまらん感傷だ。貴様が気にする事では無い」
('A`)「……納得がいかないな」
(,,゚Д゚)「見逃してやると言っているのだ。いいから撃て。無傷で任務を失敗したとあっては、オレの信頼に傷が付く」
- 33 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:28:03.71 ID:LyU9t5X9O
- ('A`)「……」
(,,゚Д゚)「ただし、急所は外せ。貴様にくれてやる程安い命ではない」
しばしの逡巡。
('A`)「ハインの借り、返して貰うぜ」
オレは引き金を引いた。
- 35 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:29:53.74 ID:LyU9t5X9O
- ※ ※ ※ ※
━━灯り一つ無い地下通路の中は、折からの雨の為かしっとりと湿っていた。
*(‘‘)*「……」
('A`)「……」
セーフハウスから伸びた隠し通路を、二人、静かに歩く。
薄闇と静寂の中に居ると、何もかも全てが夢の中の出来事だったんじゃないかとすら思えた。
('A`)「疲れたろう」
*(‘‘)*「……うん」
('A`)「オレもだ。家に帰ったら、真っ先にベッドに倒れ込みたいもんだ」
*(‘‘)*「……」
続かない会話にそれの継続を諦めると、オレは再び黙して歩く事に没頭する。
やがて微かな明かりが見え、出口が見えてきた。
文字通り、この長い夜の出口が。
('A`)「……ふぅ」
通路の突き当たり、垂らされた縄梯子を登り穴の外へと這い出て辺りを見渡す。
埃にまみれたステンドグラス、規則正しく並べられた長椅子、静謐な空気。
神が不在の廃教会。その、祭壇の下に空いた穴にこの隠し通路は繋がっていた。
- 38 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:31:34.65 ID:LyU9t5X9O
- ('A`)「そういや、こんなとこに繋がってたんだっけな」
懐かしい、のだろうか。
六年前までここは、オレとアイツだけの聖域だった。
ここで夢を見て、ここで睦言を交わし、ここで幾つもの夜を超えて、そして。
('A`)「クソったれた事、思い出しちまったな…」
ここで最後を迎えた。
('A`)「なんでこんなとこに繋げたんだかね」
感傷か、あるいはただ単にここが人目につかない場所だからだろうか。後者であって欲しいものだ。
- 39 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:32:43.19 ID:LyU9t5X9O
- *(‘‘)*「お兄ちゃん……」
何時の間にか穴から這い出していたヘリカルが、オレの袖を引っ張る。
('A`)「……ん?どうした?」
彼女が指差す先、目を向け、そこで、思考が停止した。
ξ )ξ「お久しぶり。奇遇ね、こんな所で逢うなんて」
教会の入り口、大開きの扉の前。真闇の中、そこだけ灯された燭台の炎の中に浮かび上がる影。
( A )「……て、めぇ」
ξ゚听)ξ「元気だったかしら、“負け犬さん”」
ブロンドの巻き髪、蒼と黄金のオッドアイ、白雪の肌。
六年前と何一つ変わらない姿で、ソイツはオレの前に再び現れた。
- 42 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:34:11.55 ID:LyU9t5X9O
- ( A )「何をしにきた。神様にお祈りするようなタマじゃねぇだろうが……」
ξ゚听)ξ「随分な言い種ね。まぁ、確かにあなたと違って私は見えないものに縋ったりはしないけれど」
( A )「質問に答えろ。“何をしにきた”阿婆擦れ外道」
ξ゚听)ξ「ふぅ。…私も嫌われたものだわ。最も、私もあなたの事は大嫌いだけれどね」
(#'A`)「何をしにきたっつってんだろうが!」
デザートイーグルを撃ち放つ。
憎悪を込めた弾丸はヤツの傍らの燭台を打ち抜くと、神の寝床に炎を撒き散らした。
ξ゚听)ξ「相変わらず吠える事だけは一人前ね。見苦しいったらないわ」
(#'A`)「てめぇと話す口は売り切れだ。オレの質問に答えるか、さっさと失せるか、それともオレの言葉がよく聞こえるように額にもう一つ耳穴開けるか、この三つから選べ」
ξ゚听)ξ「私が理由も無くこんな場所に来ちゃいけないっていうの?つれないわね。ここは、私とあなたの思い出の場所じゃない」
引き金を立て続けに三回引く。一発がヤツの巻き髪を掠って、金糸が宙を舞った。
- 44 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:35:23.52 ID:LyU9t5X9O
- (#'A`)「てめぇもよぉく知ってるように、オレは気が短い。いいか、その言葉を二度と口にしてみろ。その減らず口をぶち抜いて、お利口さんな新しい口をこしらえてやる」
ξ゚听)ξ「あらあら怖い怖い。でもね、お利口さんにしているのはあなた」
ヤツの言葉が終わると同時、静謐な神の家に場違いな銃声が響いた。
(;゚A゚)「ぐぅ!?」
太ももに激痛。痛みに、膝をつく。
*(;‘‘)*「イヤァッ!」
ξ゚听)ξ「そう、お利口さんね。そのままお座りしててね“負け犬”さん」
ヤツが銃を抜いた気配は無い。他者による狙撃だ。
ξ゚听)ξ「チェックメイト、よ。察しはついてると思うけど、この教会は包囲されているわ。大人しく、その娘を渡しなさいな」
(;'A`)「て…めぇ、も…あの黒狼とぐるか…どうして、ヘリカルを狙う?彼女がいったい何をした?」
ξ゚听)ξ「……教えて欲しい?」
(;'A`)「……」
ξ゚听)ξ「…その娘はね、うちのクライアントが買い取った商品なの」
(;'A`)「商品…?」
- 46 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:37:09.94 ID:LyU9t5X9O
- ξ゚听)ξ「人身売買よ。今時珍しいことじゃないでしょう。その娘の両親は借金のツケを払う代わりに、その娘を私のクライアントに売った。ただ、それだけの事よ」
(;'A`)「それだけの事って……」
ヘリカルを振り返る。
俯いたままオレの裾を掴んだ彼女は泣いているのか、沈黙のままに肩を震わせていた。
(;'A`)「てめぇは、その依頼を受けてここに居るっていうのか」
ξ゚听)ξ「そうよ。その子が逃げ出しちゃったから、連れ戻してくれってね。だから、さっさと……」
(#'A`)「そうよじゃねぇ!てめぇだって同じような身の上だろうが!よく平気な面を……」
言葉は、頬を掠める銃弾に遮られた。
ξ゚听)ξ「お利口さんにしてて、って言ったわよね?」
(;'A`)「……」
抜きはなったサイレンサー付きのベレッタを突きつけ、ヤツは無表情にオレを見下ろす。
ξ゚听)ξ「まだ、そんな風にヒーローごっこをしてるの?おめでたいものね。覚悟も力も無いくせに……反吐が出るわ」
(;'A`)「……」
- 47 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:38:31.62 ID:LyU9t5X9O
- ξ゚听)ξ「あの時もそうだった。散々味方の振りして、『オレを頼れ』なんて言っておいて…いざとなったら手のひらを返したように裏切って……」
(;'A`)「あれは……」
ξ゚听)ξ「誤解だとでも言うの?笑わせないで。あなたみたいなクズをね、何ていうかわかる?偽善者よ。偽善者。あなたは、口では散々モラルだの人情だの偉そうな事を言っておいて、それに責任が伴うとケツを捲って逃げ出すような卑怯者よ」
(;'A`)「……」
ξ゚ー゚)ξ「そうだわ。その娘にも教えてあげましょう。あなたがどれくらいクズなのかを、ね」
嗜虐的な笑みを浮かべ、ヤツはヘリカルへと向き直った。
*(;‘‘)*「え……?」
(;'A`)「止めろ…」
ξ゚听)ξ「あのね、お嬢ちゃん。あなたが大好きなドクオお兄ちゃんはね……」
(;'A`)「止めてくれ……」
ξ゚听)ξ「むか〜し昔、私にね……」
*(;‘‘)*「え?え?」
( ;A;)「止めてくれぇぇぇぇえ!」
オレの叫びに、ヤツは振り返る。その顔には、満足気な笑みが浮かんでいた。
- 49 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:40:09.81 ID:LyU9t5X9O
- ξ゚ー゚)ξ「あらあら、涙なんて流しちゃって。うふふ……まるで子供ね」
(;A;)「はぁ…はぁ……」
ξ゚听)ξ「……ふぅ。まぁ、こんな所で一つ許してあげましょうか。これから死に行く者をいたぶったってしょうがないし」
ベレッタの引き金に指をかけるツン。
それがまさに引かれようとした時。
「あー!ダメダメ!殺しちゃ駄目だよ〜!」
ふいに木霊した聞き慣れない声に、辺りを見渡す。
从'ー'从「私、血に弱いんだからぁ。流血沙汰は、御法度だよ〜」
真闇の教会。神の家の戸口、濃紺の毛皮のコートを身に纏ったとろそうな女がそこに立っていた。
*(;‘‘)*「!」
彼女の姿を認めたヘリカルに、明らかな怯えが見える。
(;'A`)「あんたは……」
从'ー'从「初めましてぇ。渡辺グループ総取締役、ワタナベと申しま〜す」
(;'A`)「渡辺グループ……だと?」
世界経済の四割を牛耳る多国籍型巨大コングロマリット。この街で逆らってはいけない人物ベスト3が1。そんな奴らを、オレは相手にしていたというのか。
从'ー'从「そっ。渡辺グループ。皆さんにより良い生活を提供する、渡辺グループ」
- 52 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:41:42.47 ID:LyU9t5X9O
- 間延びした口調とは裏腹に、彼女の周囲には十人程の光学迷彩を纏った守備隊が付いている。
姿こそ見えずとも、目を凝らせば薄闇の中妙に歪んだ空間が発見出来た。
(;'A`)「そんな大企業が、どうしてヘリカルなんかを……」
殺し屋を二人も雇って、秘蔵っ子の私設軍隊まで動員して。そこまでして彼女がヘリカルを狙う理由が、わからない。
从'ー'从「あのねぇ、ドクオさん。女の子の欲しいものと言ったら、何が思い浮かぶ?」
(;'A`)「……は?」
从'ー'从「ブランドもののバッグ、恋人、安定した生活、ラブロマンス……い〜っぱいあって困っちゃう」
从'ー'从「でもね、私はそういうのは全部手に入れた。お金も、バッグも、毛皮のコートも、マンションも、ビルも、恋人も、愛人も、全部全部、ぜぇ〜んぶ」
从'ー'从「そう、美貌も」
从'ー'从「整形手術もした、皮膚移植もした、骨格移植もした、眼球移植もした。出来る事は全部やって、この美貌を手に入れたわ」
从'ー'从「だけど、ある日気付いたの。“若さ”だけは、どうやっても手に入らないって」
- 56 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:43:02.70 ID:LyU9t5X9O
- 从'ー'从「ホルモン剤でも、皮膚移植でも、こればっかりはどうしようも無い。細胞が朽ち果てていくのを止める手段は無いもの」
从'ー'从「だからといって、義体にするなんてのはイヤなの。私は、あくまでも“生身”のまま美しさを保ちたい」
(;'A`)「おい、まさか……」
从'ー'从「だから、その子の体を貰うの!それなら、いちいち面倒で時間のかかる手術を受けずに、脳核移植だけで済むでしょ?えへへ、私って頭いい〜!」
(;'A`)「体を…貰う……」
信じられない。何が信じられないって、この女の思考形態が信じられない。
美しくて若い体が欲しいから、他人の体を奪うだと?
(;'A`)「……狂ってる…」
从'ー'从「えぇ!?どうして?女の子なら、いつまでも可愛いままでいたいっていうのは当たり前でしょぉ?」
(;'A`)「他人の体を奪ってまで保つ美しさに何の価値が有るって言うんだ…?それ以前に、アイデンティティはどうなるんだ?あんたは、他人の体で生きる事を気持ち悪いとは思わないのか?」
- 59 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:44:44.14 ID:LyU9t5X9O
- オレの問いに、ワタナベはきょとんとした顔で。
从'ー'从「へ?何言ってるの?他人の体じゃないよ?その子の体は、私のものじゃない」
本当に、何を言っているのかわからないとでも言うような答えを返した。
(;'A`)「狂人め……」
从'ー'从「さぁ〜て、それじゃあ取引の時間です。トソン、あれを出して」
そう言ってワタナベが指を鳴らすと、闇の中からアタッシュケースを携えた秘書らしき女が姿を表す。
(゚、゚トソン「ここに」
从'ー'从「ドクオさんに中身を見せて上げて」
(゚、゚トソン「かしこまりました」
- 60 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:46:03.60 ID:LyU9t5X9O
- 女社長の言葉に従い、アタッシュケースを開く秘書らしき女。
(;'A`)「なんのつもりだ……」
どさどさと、アタッシュケースから落ちる札束の山、山、山。
从'ー'从「引き渡し賃だよ〜。これで、その子を譲って欲しいの。駄目かなぁ?」
(;'A`)「……」
何を言っているのか、わからない。
何故、こんな回りくどい事をするのか。
(;'A`)「理解出来ない…な」
从'ー'从「何でぇ?」
- 65 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:47:52.18 ID:LyU9t5X9O
- (;'A`)「そんなにヘリカルが欲しいなら、オレを殺せば済む話だろう。
あんたらの力があれば、オレ一人を殺したところで隠蔽するのもお手のものだろう?なのに、どうしてこんな大金を……」
オレの疑問に、ワタナベは嬉しそうな笑みを浮かべると。
从'ー'从「分かってないなぁ。お金か情か、その狭間であなたが葛藤するのを見たいからに決まってるじゃなぁい」
悪鬼の如き台詞を口にした。
(;'A`)「て…めぇ……」
化け物だ。この女は、他人の不幸を食い物にして肥大化した飽喰のベヘモットだ。
他人など、自らが食い潰す為の餌としか見ない、正真正銘の化け物なのだ。
从'ー'从「さぁて、制限時間は10秒です。その間に、どっちを取るのか決めて下さ〜い」
両手の指を広げ、カウントダウンを開始する女悪魔。
(;'A`)「地獄に…落ちやがれ……!」
目の前の札束の山を睨む。
幾らほど有るのだろうか。おそらくは、一千万単位もあろうかという札束があれば、破壊されたというハインの修理費に当てたところで大量の釣りが帰ってくるだろう。
(;'A`)「しかし……」
- 69 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:50:24.62 ID:LyU9t5X9O
- *( ; ;)*「お兄…ちゃん……」
涙を浮かべるヘリカルに目を移す。
オレは、ここで札束を選んでいいのか?
何のために、オレはここまで来たのだ?
ヘリカルを守る為じゃなかったのか?
それともやはりあれは演技だったのか?
从'ー'从「8…7…」
(;'A`)「くそっ!」
選べる訳がない。
从'ー'从「6…5…」
オレの大好きなヒーローなら、そんなモノローグが似合うだろう。
从'ー'从「4…3…」
- 70 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:51:58.78 ID:LyU9t5X9O
- しかし、オレは。
从'ー'从「2…1…」
(;'A`)「……降参…だ」
*( ; ;)*「…!」
ただの、偽善者だ。
从*'ー'从「あははは!だよねぇ〜!やっぱりお金が欲しいよねぇ〜!当然だよね〜!」
勝ち誇ったように笑うワタナベ。
*( ; ;)*「……そん…な…お兄…ちゃん……」
信じられない、といった顔でオレを見つめるヘリカル。
(;'A`)「済ま……ない……」
うなだれる、オレ。
从'ー'从「それじゃあ、話も纏まったところでこの子は貰っていくねぇ。あぁー面白かった」
闇の中から現れたワタナベの私設兵達が、ヘリカルの手を引き扉へと歩いていく。
- 74 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:53:08.44 ID:LyU9t5X9O
- うなだれるようにして兵士達に従う彼女は、暴れる事もしない。
諦めか。全てを許容して、反抗すらしないというのか。
(;'A`)「ヘリカル!」
我慢出来ずに、叫んだ。
*(‘‘)*「……」
ゆっくりと振り返る少女。その顔に浮かんでいたのは、疲れきった笑顔。
*(‘‘)*「もう、いいのお兄ちゃん。最初から、こうなる運命だったんだから。仕方ないの。だから、もういいの」
そして。
*(‘‘)*「それに、お兄ちゃんは結局私を助けてくれなかった。裏切らないなんて言って、結局最後の最後で裏切ったじゃない」
憎悪。
(;'A`)「……」
*(‘‘)*「本当に助けてくれるんなら、自分の命を投げ捨ててでも、私の為に戦ってくれるよね?それなのにお兄ちゃんはお金を選んだ。どうして?ねぇ?どうして?」
(;'A`)「それは……」
*(‘‘)*「結局お兄ちゃんは、私の事なんか助けたいと思って無かったんでしょ?私が事情を聞いて欲しいって言った時も、綺麗事を言ってごまかして……」
- 79 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:55:03.74 ID:LyU9t5X9O
- (;'A`)「オレは……」
*(‘‘)*「偽善者、いくじなし。私の事を救う覚悟も無いくせに……」
(;'A`)「オレは……」
*(‘‘)*「お兄ちゃんなんか……」
止めろ。止めてくれ。その先を、言うな。
*( ; ;)*「大っ嫌い…!」
押し殺した糾弾を最後に、彼女は二度とオレを振り返る事は無かった。
遠退いていく、小さな背中。差し伸べる手も無い、己の卑しさ。
('A`)「はは……」
大っ嫌いか。
('A`)「ははは……はは…はははは……」
あぁ、オレもオレが大っ嫌いだよ。
- 82 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:56:26.57 ID:LyU9t5X9O
- (;∀;)「あはははは……!」
何を、していたのだろうか。
オレは一体この三日間、何をしていたのだろうか。
ヘリカルと出会い、彼女と触れ合って、守ると口先だけで約束して、それで。
それで一体、何が残ったというのか。
何も無い。何も無いじゃないか。
そりゃあそうだ。始めから、何も残る筈なんか無かったのだ。
誠意が無い言葉は、責任の無い言葉は、不実な言葉は、結局のところ上辺だけを塗り固めるだけで、中身を埋める事など出来やしない。
- 87 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:58:05.34 ID:LyU9t5X9O
- ただ、善行の真似事をしたいが為にヘリカルに接していたオレには、お似合いの結末だ。
(;∀;)「はは…ははは!傑作だ!傑作だよ!まったくもって最高の笑い話だよなぁ!」
拳を握り、床を打つ。
(#;A;)「畜生!畜生!畜生!畜生!」
何度も、何度も、何度も。自分を殴る勇気すら無いオレの、卑怯な慟哭が教会の中に木霊する。
(;A;)「畜…生……」
虚しさと、悔しさと、胸の痛みと。
それらに押しつぶされるよう、頭を垂れるオレの耳元で悪魔が囁いた。
- 91 : ◆cnH487U/EY :2008/11/08(土)
21:59:35.58 ID:LyU9t5X9O
- 从'ー'从「最高に面白かったよぉ。あなたの事、気に入っちゃった!縁があったらまた会いましょう」
(#;A;)「てめぇ!」
立ち上がり、デザートイーグルを構える。
「これからも、渡辺グループを宜しくねぇ〜」
しかしその姿は既に無く、ただ、闇の中に溶け込むように間延びした声が響くだけだった。
(;A;)「ぅ……あ…ぁぁあ……」
無人となった廃教会を、雨の音が包む。
神は死んだ。
ニーチェの嘲笑う声を聞きながら、オレはいつまでも床を打ち続けた。
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